少々きつい残酷表現があるので、苦手な方はお戻りください。
小悪魔の性格がイメージと違うかもしれませんので、小悪魔が好きだ、という方は気をつけてください。
大丈夫だ、という方はどうぞ。
小悪魔はとんでもなく悲しかった。パチュリーは本を読み出すと何を言っても相手にしてくれなくなるし、そうでないときも自分とは話をしようとしない。あんまりしつこく話しかければ、ナイフと同じ形をした鋭い目でこちらを睨んでくる。自分が、そのへんに落ちてる紙ごみ同然に扱われているような気がした。同じ図書館に住んでるのに、何とも思ってくれないだなんてそんなの嫌だった。小悪魔は寂しいのが嫌いだ。一人なんて耐えられない。
本を破いてもだめだった。落書きしたり、一ページしっちゃばいて紙飛行機飛ばしたりしても、パチュリーは感情を表してはくれなかった。あの、人の腹の底を覗こうとするような目で睨みつけてきながら、感情のない声で叱ってくるだけ。
だから小悪魔は、パチュリーにかまってもらう方法を必死になって考えた。その結果、図書館を火事にしてやろうと思いついた。香霖堂で万引きしてきた、ライターとかいう金メッキの小さな道具。こいつで、よく燃えそうな古い本を集めて火をつけるのだ。紅魔館の図書館は広い。だから全焼することはない。だが、その分発見も遅くなる。空気も乾いていることだし、パチュリーが気付く頃には、『バックドラフト』の監督も拝み始めるような炎の壁が出来上がっていることだろう。さすがのパチュリーも、何かしら反応を示すはず。
本棚は小悪魔の背丈の六倍はある。なので飛び回って必死に古そうな本を探した。なるべくパチュリーの側を、わざと本棚にぶつかったりして音を立てて飛んだのだが、とうとう彼女は一回も本から目を離すことはなかった。
パチュリーの元から大きく離れて、本棚と本棚の間に、かき集めてきた古い本を山積みにした。本棚の半分ぐらいまでの高さだが、まあまあいいほうだろう。スカートのポケットからライターを取り出すと、適当な一冊の本に火を近づけた。そのあと他のいくつかの本にも火をつけ、ライターをしまって少し離れた。火は、電球の明かりがゆっくり灯っていくように強さを増していき、三分と経たないうちに積み上げた本の四分の三近くを包み込んだ。生き物みたくゆらめきながら、それは隣にあった本棚に移り、収まっていた本をはしごにしてどんどん上っていく。
めらめらと本の焼ける音を聞きながら、小悪魔は微笑んだ。さっと振り向くと空中を飛び、パチュリーの隣にある本棚まで来て、様子を窺った。
数分経った頃、小悪魔の鼻にかすかに煙の臭いが届いた。だがパチュリーは、相変わらず本を見つめている。この冷静な顔がどんなふうに変わるのか、少し楽しみだ。
さらに五分ほど経ったとき、パチュリーの後ろから薄い黒煙が漂ってきた。亡霊のようにゆったりと進むそれが包み込んできたとき、初めてパチュリーが反応した。目を丸くし、本をぱたと閉じて振り向く。そのあと、ぱたぱたと弱々しい走り方で煙の出所に向かっていった。小悪魔は笑い出したい衝動を一生懸命に抑えて、天井付近まで飛んだ。
火はすばらしい仕事をしてくれていた。パチュリーが向かった方向の十数メートル先は、扇形の火の海になっていたのだ。消防車三台はないと、まともな消火活動さえできないだろう。これでパチュリーが自分の存在を呼べば、作戦は成功だ。小悪魔は本棚の上を移動して、パチュリーを追った。
パチュリーは炎の壁の前で立ち止まった。しばらく、左を見たり右を見たりとおろおろしたあと、泣きそうな大声を上げた。
「何よこれ、やっばいわねえ。ちょっと誰か来てちょうだい、誰か! ああもう、誰もいないのかしら。まいったわねえ。 咲夜! レミィ! こりゃあ一発ギャグとは程遠いものよ!」
小悪魔は絶望した。こんなときにも、自分のことを呼んではくれないのか。自分のことなんて綺麗さっぱり忘れてしまったみたいだ。悔しい。いや憎いといえばいいのかな、この場合。しかしそう思うとなんだか、どうしようもなく泣きたくなる。かといって心が完全に悲しみに傾こうとすると、憎しみだか怒りだか判別できないどす黒い感情が沸いて、無意識のうちに唇をかみ締めてしまう。
パチュリーが懐からスペルカードを取り出した。そいつが一瞬にして燃え尽きたかと思うと、パチュリーの足元に半径二メートルほどの魔方陣が現れた。
「弾幕で消せないかしら」パチュリーが独りごちる。「いや、アホなことは考えちゃいけないわね。咲夜に頼んだほうが効率いいかも……。ああいやいや、ここの出口を探してる間に、大炎上しちゃうわ。できることはなんでもやっといた方がいいわね。煙が本館の方までいってくれれば、誰かしら気付いてくれるかもしれないし」
パチュリーは一回深呼吸すると、胸に両手を当てて、どこの国の言葉だかわからない呪文を唱え始めた。
だが、ほんの数秒でそれが途絶えた。パチュリーは体を一度びく、と震わせると、身をかがめて咳き込み始めたのだ。やっぱり、と小悪魔は思う。下は薄い黒煙の川になっている、体の弱いパチュリーにはきつい環境のはずだ。自分の体のことは自分が一番よく知っているだろうに、それでもここに来たのは、よっぽど本が大事だということなのか。
炎の波がパチュリーを取り込もうと近づいてくる。距離はあと一メートルぐらいしかないっていうのに、パチュリーは両膝を折って床に手をついてしまった。こいつはまずい。ずっと咳き込んでいて、顔を上げる気配すらない。このまま焼きフライになっちまうのは、小悪魔の計画と少々ずれる。
そこで小悪魔はいいことを思いついた。何も知らないふうを装った自分が、パチュリーを助けて手厚く看病するのだ。なんて天才なのかしら、私ったら。頭がよすぎるわ。そうと決まれば、早速実行だ。
「パチュリー様、生きていますか!」
本棚から飛び降りて、パチュリーに駆け寄る。さあさあパチュリー様、その貧弱な体を私に預けなさい。そして、私を命の恩人と思って泣きながら今まで無視してきたことを詫びるのよ。そうすれば、あなたはもう少し長く生きることができるわ。
小悪魔がパチュリーの肩を支えたとき、その子が首だけをこちらに振り向けてきた。そのまま自分の体にしがみついてくれたら、どんなによかったことだろう。
だが彼女は、こちらの顔面を睨みつけてきた。
そのとき小悪魔は、自分とパチュリーの間には、どんな隕石をぶつけても壊れることのない壁があることを悟った。全身の力が抜け、ふらふらと二、三歩下がると、尻餅をついてしまう。視界がぼやけ、鼻が詰まって呼吸が苦しくなった。強くなっていく耳鳴りに混じって、怒りが含まれたパチュリーの声が聞こえてくる。
「もしかして、火をつけたのはあんたかしら」
小悪魔は声を出すのが怖くて、しばらくの間黙っていた。そうですごめんなさい、だなんて泣いて詫びいれたところで、自分にやってくるのは弾幕だけ。パチュリーは絶対に容赦しないだろう。殺す気で襲い掛かってくる。
熱気が強くなり、体の前側の皮膚を真夏のときみたいに熱くしたとき、小悪魔はようやく顔を上げた。そしてぎょっとした。パチュリーの下半身が炎に包まれ、激しく炎上している。このままほっとけばあの魔法使いは、焼死体となって発見され、大勢の涙の中埋葬されることになるだろう。こいつはいかん、そんなことになったら、自分は鬱病どころの騒ぎじゃない病気にかかってしまう。
腰にぐっと力を込めて立ち上がった。だけど、そこから一歩も動けなくなってしまったのは、パチュリーの顔に激怒の表情が張り付いていたからだ。かっと見開かれた、鷹のような目。怖くて目もそらせない。炎が喉元まで来ても、パチュリーの形相は変わらなかった。
「ああやっと見つけた!」
背後で聞こえた声が、パチュリーの蛇睨みから小悪魔を救ってくれた。顔を振り向けると、バケツを一つ持った咲夜がいた。苦虫を噛み潰したような顔をしているそのメイドは、バケツを置いて、小悪魔には目もくれず、いつの間にかうつぶせに倒れていたパチュリーに向かって一直線に走った。だがやはり、炎の前では立ち止まってしまう。
「パチュリー様の時間を止めて、燃焼を食い止められないかしら。ああだめね、時間を戻した瞬間焼け焦げるわ。困ったわね、どうしましょう。そうだ、でっかい本を足場に……ああいやいや、それもだめね。パチュリー様に怒られるわ」
しばらくぶつくさ言ったあと、咲夜は「よし!」と気合を入れて、火の上に浮遊した。手を伸ばしてパチュリーを引っ掴み、「熱い熱いこんちくしょう!」と喚きながら持ち上げ、小悪魔のすぐ近くに放り投げた。そのあと自分もそこへ降りて、傍らに置いてあったバケツに手を入れる。パチュリーの方を向くとさっと立ち上がり、バケツの水をその子の全身に降りかけた。まだ火が残っているところは、「ごめんなさいパチュリー様」と一言断ってから、靴で踏み消す。わずかな煙を残して、パチュリーのまとっていた火は消えた。
パチュリーの体は、色を全て焼かれて真っ黒くなっていた。鼻をつく、緑色の汚水が流れる用水路のような臭い、ところどころ肉が無く、炭と見分けのつかない骨が覗いている腕や足、燃え尽きてしまった後ろ髪。急に小悪魔は、昨日までのパチュリーの姿が写った写真をここに持ってきたくなった。そして、この焼け焦げた体が、どこぞのアホが作った偽者であることを証明したくなった。
「ひどいわ、こりゃあひどいわ、なんてひどいの」咲夜が口元に手を当て、顔面蒼白で喋った。「こんなのをお嬢様が見たら、卒倒しちゃうわ。お嬢様の大事な友人だというのに」
そしてその目は、小悪魔に向いた。心臓が握り潰されたかと思うほど驚いたのは、自分が火をつけたことがばれたのか、と思ったからだ。だが咲夜は、すぐにその顔を、誰かに縋りつくような表情に変えた。
「お嬢様が、煙の臭いを察知して私をここへよこしたのですが、何で今ここは、歴史的大火災の現場になっているのです? まさか火災映画の名作をもう一つ作ろうとしてたわけじゃないですよね。そしてなんであなたは、パチュリー様が二代目火ネズミになっていく過程を、黙って見ていたんですか」
それはそのパチュリー様の顔が恐ろしかったから、なんて言えない。もう少しもっともらしい言い訳でないと、ナイフの雨に打たれるだけ。大丈夫、私は天才。考えるのよ、言い訳を。
だが胸中を占めたのは、今までに感じたことの無い自己嫌悪だ。ああだめだそっち側に思考がいってはいけない、と思っても、止められない。小悪魔なだけに、悪魔が心に囁きかけてくる。かまってもらいたいばっかりに火をつけて、魔法使い一人をオーブンに入れすぎた魚みたいにしちまったっていうのに、まだ自分の保身ばっかり考えいるのかい? だとしたら、お前は明日から名前の頭に〝最低な〟とつけられちまうよ。
こんなはずじゃなかった、なんていまさら言っても仕方が無い。パチュリーが焼けどを治して図書館へ戻ってきたとしても、自分とは口を利いてくれないに決まってる。しかも、火災の原因はあいつが怪しい、などとレミリアに言って、自分を殺させようとするかもしれない。ああくそ、ちくしょう、どうしたらいいかさっぱりわからない。目に涙が溜まった。
咲夜は何も言わない小悪魔をしばらく見つめたあと、「もういいわ」と言って顔が上を向くようにパチュリーを抱き上げた。「早くパチュリー様を手当てしないと。このままじゃ呼吸困難になって死ぬわ。体の時間を止めておくから、小悪魔、医療室で看ててあげなさい。私はすぐに永遠亭の医者を呼んでくるわ」
そのとき、パチュリーの黒こげになった右腕が、跳ねるように上がった。驚いたのは小悪魔だけでなく、咲夜も同じだったらしい。
「いいいけませんパチュリー様、おとなしくしてないとノーグッドですよ!」
言って咲夜が手を下ろすが、またすぐに上がった。そしてそれの指はゆっくりと中指、薬指、小指の順に畳まれていき、誰かを指差すような形になる。爪のはがれた人差し指の先にいたのは、小悪魔。咲夜がこっちを見てきた。数秒後、パチュリーの頭が、吊り上げられるように持ち上がる。頬の肉が削げ落ち、黒こげになった顔についている、不自然なほど真っ白い目は、小悪魔にしっかりと視線を突き刺している。その口がかすかに動いた。壊れた笛みたいにかすれた声が、鼓膜に入ってくる。
「また、いたずら……本を……大切にし、ない……」
首がゆっくり後ろに下がる。だが、相変わらず右手の人差し指は小悪魔に向けられたままだ。
咲夜が一度パチュリーに顔を向け、何事か聞き取れないが、小さな独り言をしばらく喋る。そのあと、何かに気付いたように顔を上げ、こっちに振り向いた。小悪魔の腰が抜けたのは、その顔が怒りに染まっていたからだった。
「正直に言いなさい。私は寛大な心の持ち主だからね。――火をつけたのはあなた? いつものいたずら気分で、取り返しのつかないことしてくれたってのかしら」
胸の奥がぎゅっと引き締まり、いた痒くなる。いっそ内臓を吐き出したかった。不快感を催す部分を取り出し、生命の危険を感じて心に不安を押し付けてくる脳味噌を黙らせたい。体ががくがくと震え、足に力が入らなくなる。無意識に顔を強張らせていたからか、咲夜にこう言われた。
「そこまで怯えるってことは、図星ってことね」数歩進み、小悪魔を上から睨みつける。「一緒にお嬢様のところまで来なさい。逃げたら殺すわよ」
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消火活動は、妖怪の山に住むかわいいかっぱ、河城にとりに任された。にとりはかっぱなので、大洪水か何か起こして火を止められるんじゃないか、という咲夜の画期的な発想が採用され、メイドたちに呼ばれたのだ。にとりも二つ返事で了解してくれた。火事の方は大丈夫、そう、何も問題はない。問題は、レミリアが怒ったことだった。
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「お前、タダじゃ済まないよ」
レミリアにそう言われた。
場所は食堂。片側だけで五十人ほどは座れる長いテーブル、その一番端に、その吸血鬼の女王はいた。背もたれが五メートルほどもある赤い椅子に座り、テーブルの上で指をとんとん鳴らしている。その側にひざまずいているのは小悪魔。顔の下の床には小さな水溜りができているが、それは小悪魔が流した冷や汗だ。後ろには咲夜がいる(永遠亭の医者は、別のメイドに呼ばせにいかせたらしい)。他には誰もいない。
「火をつけたのはお前、認めるね?」
「はい」緊張して多少声が裏返ったが、即答できた。紅魔館の主人に黙秘なんざ通用しない。
「とりあえず顔上げな。私の顔を見なさい」
言われるがまま、顔を上げた。そしてほんの一秒で、顔をそむけたい衝動に襲われる。腕を組んだレミリアの目は、かっと見開かれていた。額には青筋が浮き上がり、頬がうっすらと朱に染まっている。こいつは、さっきレミリアが言った通りタダでは済まないな。だが一円以上の金を払ったところで、どうにもなりはしない。自分はこれから、生き物が感知できる最大の恐怖を味わい、あの世まで胃潰瘍を持って行くのだ。そう思うとすくみ上がった。
「なんで火をつけた」
レミリアにそう聞かれたとき、言い訳を考えなかったことをひどく後悔した。正直に、なんて言えない。しかし黙っていれば、拷問されるかもしれない。今までレミリアがそんなことをしていたところなど、ただの一度も見たことは無いけど。言うか、言うまいか。逡巡していると、レミリアがさっきより強い口調で言った。
「さっさと言いな。もし言わないってんなら、一分ごとに一本指を持ってくよ」
人間味のない冷たい目からは、少しも嘘を感じ取れなかった。恐怖した小悪魔は、とっさに思いついた言葉を言った。「すすすすいません、すいません、いたずらだったんです、ただのいつものいたずらだったんです! パチュリー様があんなことになってしまうだなんて、まったく想定していませんでした!」
レミリアは表情を変えない。「いまさら謝ったって意味ないよ。パチュリーは私の大切な友人なんだ、それを焼き過ぎたパンみたいに黒こげにしちまいやがって」
直後、レミリアが立ち上がって小悪魔の前を通り過ぎた。完全に通り過ぎるまで、その小さな足がいつ自分の顎を蹴り飛ばすのかと、小悪魔は気が気でなかった。背後でレミリアの声がした。
「お前にはちょっと、きつい罰を受けてもらうよ。でもね、夜の女王とまで呼ばれるこの私が、弱者に対して一方的な暴力だなんて、品位に欠けるわ。というわけで、ゲーム形式でやらしていただくわ。ちょうど、倉庫で面白いカードゲームを見つけたのよ」
咲夜が肩を掴み、小悪魔に立つよう促した。振り向いた先にいたレミリアは、トランプが入りそうな赤いカードケースを一つ持っていた。それがどんなゲームだか知らないが、単なる遊びに終わらないことだけは確かだ。
「こいつで遊ぶには、ここは人目につき過ぎるわ。地下へ行きましょう。ちょうどいい部屋があるのよ」
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地下へ向かったのは、十分ほど経ったあとだった。
そこは電灯がないため、足元がかろうじて判別できる程度に薄暗かった。今三人が歩いている通路は、幅が二メートルほどしかなく、石造りでどことなく空気が悪い。一定の間隔で壁に柱がついていたりと、少し神殿っぽい雰囲気はあるが、神秘性など皆無だった。幻想郷のアウシュヴィッツと呼んでも、特に違和感はないだろう。小悪魔の目には二、三メートル先すら見えないが、レミリアと咲夜は躊躇することなくずんずん進んで行く。
十字路に来たところで、レミリアが立ち止まった。右側の通路に体を向け、咲夜のスカートの裾を引っ張るとこう言った。
「フランがこの先にいるはずよ。私の言ったとおりのことを、言ってきなさい。そのあとパチュリーのところに戻って、医者が来るまで看てやってな」
咲夜は「わかりましたわ」と言ってぺこりと頭を下げてから、一人でずんずんと進んで行く。その後姿が暗闇に溶け込んで影も形も見えなくなったあと、レミリアがこっちを見て、咲夜が向かっていった方とは逆の通路を指した。
「お前はこっちだ、逃げられやしないよ。暗闇は私の庭なんだからね。お前が振り向いて駆け出そうとした瞬間、後頭部からお前の口を貫いてやる」
何も言うことなく、小悪魔はレミリアについて行く。
さっきから胸が苦しい。暗闇の圧迫感や、レミリアと二人きり、という緊張感からくるストレスもあるが、もっと明確な原因があった。
焼け焦げたパチュリーの姿が、漆黒の中に浮かんでくる。
火をつけたこと自体は、間違った選択と思いたくない。ああでもしないと、あの魔法使いは絶対にこっちを気にかけてはくれないから。間違っていたのは、パチュリーを助けなかったことだ。
じゃあ、なんで助けなかったのか。睨まれたから? いいや、そんなもんじゃない。どこか心の奥底で、パチュリーを嫌う部分があったからなんじゃないか。何度もかまってもらおうとしたのに、いつもいつも拒絶したパチュリーに対する憎しみが、あのとき体を動かさせなかったのかも。
なんて自分勝手なんだろう、と思って、小悪魔は小さく首を振り、憎んでいる心を払いのけた。いつも相手のせいにするのは、自分の悪い癖だ。自分のせいで傷ついた人がいる、それを忘れてはいけない。
通路の突き当たりに、鉄製の錆び付いた扉があった。左手はどこに続いているのかわからない通路がまだ続いていたが、レミリアの目的地はここらしい。
「着いたわ」とレミリアが言う。「ここはね、大昔に監禁部屋として使われてたところさ。中にあったものはほとんど廃棄処分したから、残っているのは机と椅子だけだがね」
ドアノブをぐるりと回し、押し開ける。多少の抵抗はあったが、何事も無く開いた。この先は処刑場に違いない。そう思って、小悪魔は少し身震いした。だが入らないわけにはいかない。レミリアに続いて、埃の臭いが鼻を刺激する部屋に入った。
扉と対になっているところの壁が、突然オレンジ色の光を発した。今まで暗闇だったので、少し目が眩む。目が慣れたあと見てみると、光を発した物はロウソクであることに気付いた。レミリアが点けたのだ。〝油〟というラベルが張ってあるペンキ缶みたいな形したアルミ缶と、マッチの箱を彼女が持っている。
まだ天井の隅近くは闇が残っているものの、全貌はだいたい把握できた。レミリアの言うとおり、この警察署の取調べ室ほどの広さの部屋には、木製のテーブルと椅子しかない。あとは、燭台の下にある埃だらけの暖炉ぐらい。
レミリアは、手に持ってたものを暖炉の上に置くと、右側の椅子に座った。「扉を閉めな」
命令されたとおり、小悪魔は扉を閉めようと思ったが、腕だけではとてもじゃないが動かせない。さっきレミリアが普通に開けていたのを思い出して愕然としたが、ともかく、体当たりを駆使して閉めた。
満足げな顔をして、カードを切り始めた吸血鬼が恐ろしい。三日三晩寝ずに暴れ回っていた狂人のように、真っ赤に充血した目。それがこっちに向くたび、体の芯が冷え切ってぶるりと震えてしまう。
膝の上で握り締めた手のひらは、汗でぎっちょりと濡れていた。外界から完全に遮断されてしまったんじゃないか、と錯覚するほど閉塞的なこの部屋は、炎の揺らめきさえもひどく薄気味悪いものと思わせてくる。動悸が早まり、息が少し荒くなった。そんな小悪魔とは対照的に、落ち着き払ってにやついているレミリアは、ある程度カードを切るとテーブルの真ん中にそいつを置いた。
「ではルールを説明するよ」レミリアの声が鼓膜を震わせるたび、小悪魔は総毛立った。「山札は五十枚。同じカードは二枚ずつ入っている。勝負方法は、お互いに一枚ずつカードを引いて、同時に見せ合うんだ。力の数値が高い方の勝ちさ。単純だろ?」
ああそうそう、と言ってレミリアは、カードケースからサイコロを一つ取り出した。「勝負する際、力の数値が相手より低かった場合、このサイコロを振って力に加算することができるんだ。弱いカードしか来なくても逆転できる可能性があるってことね」
レミリアが山札の一番上のカードをめくり、小悪魔に見せてきた。そして小悪魔は目を丸くする。そのカードには、油絵タッチで人間の右腕が描かれていたのだ。上部には〝人間の右腕〟というテキストが記されており、下部には〝七〟とある。カード名と力、ということだろうか。数分後にそのカードは山札に戻され、カットされる。そうしながらレミリアが言った。
「このゲーム名は『人体破損』といってね。吸血鬼一族が、人間に拷問するときに遊ぶ物なんだよ」
テーブルの上にカードを置く。
「相手のカードに負けた者は、勝者が出したカードに記されている部位を、引きちぎられるんだ。敗北条件は、両腕が使えなくなるか、〝頭〟のカードに負けるか、のどっちかが普通だね」
小悪魔は絶句した。たちの悪いアメリカンジョークだと思いたいが、この状況でそれを信じようとするのは無理がある。それに、小悪魔を見つめているレミリアの顔が、にやつきから段々と憤怒の表情に変わってくるのだ。もう無理だ、諦めるしかない。それほどの大罪を犯した、ということだ。
ぎょろりとした目を小悪魔に向けながら、レミリアが言う。「小悪魔の分際で、私の友人を大変な目に遭わせるからこんなことになるのよ。これからはいたずらを自重することね。生きていたら、の話だけど。ああ、安心なさい。運命操作だなんていんちきは使わないわ。これは、あんたに対する精一杯の慈悲よ。ありがたく思いなさい」
ただ頷くしかなかった。
「それでは始めるよ。一枚引くごとにカードを切るんだ。せいぜい神頼みしてな、あんたは一応悪魔だがね。先攻はもちろんこの私だよ」
レミリアはカードを一枚引くと、それを裏側のままテーブルの上に置いた。小悪魔は山札をカットする。しながら、ずっとこうやっていれば延命できるんじゃないか、と考えた。だがそんなのは、缶ジュースからダイアモンドが出てくるのを期待するのと同じで、意味が無い。
五回ほどカットすると、テーブルの上に戻した。山札の一番上に手をかけるが、引けない。呼吸のリズムがおかしくなる。レミリアの出したカードが一番痛い箇所で、それに負けたら発狂するほどの激痛が襲ってくるんじゃないか、と思うと、今すぐあの鉄扉をぶち開けて逃げ出したくなる。これが、パチュリーを燃やしたことに対する罰だっていうんなら、どうしようもないけど。
「あ、あの……」小悪魔は山札の方に視線を向けながら言った。「本当に、私を殺す気なんですか」
レミリアは即答した。「さあね、そいつは知らんよ、自分のことだけども。ただ、このゲームのルールは守らせてもらうよ。〝頭〟のカードにお前が負けたら、頭を引きちぎる。さっき私が鉄扉を楽に開けるところを見ただろう、お前の首をもぎ取ることなんざわけないんだよ」
「私は、パチュリー様にひどいことをしたことを後悔しています。反省しています。それでも、だめなんですか」
レミリアが身を乗り出し、小悪魔の顎を人差し指で上げ、自分と目を合わさせた。もう少し気を抜いていたら、小悪魔は自分の耳をつんざくぐらいでかい悲鳴を上げていただろう。レミリアの爬虫類みたいな怒りの目が、数メートル先にいてもわかりそうなぐらいの殺気を放っていたのだ。
「お前の言うことなんざ、信用できないんだよ」レミリアの一言一言が、小悪魔の涙腺を緩ませてくる。「いつもパチェはねえ、あんたの愚痴を言ってたよ。本を大切にしない、人が本読んでるときに邪魔してくる、ってね。何度注意しても聞きゃしない、どうにかしてくれって。お前、パチェの大切にしてた本を破ったり、紙飛行機飛ばしたり、落書きしたりしてたそうじゃないか。パチェ、泣きながら本を直してたこともあったんだよ。いっつもいっつもパチェに嫌がらせして。お前はパチェのことが嫌いなんだろう? 火までつけて、それを証明してみせたってわけだ。そんな奴がいくら反省してるだのすみませんだの言ったって、嘘にしか聞こえないのよ」
小悪魔はとうとう泣いた。レミリアの吐き出してる怒りが、パチュリーのそれと全く同じように思えたからだ。
あの魔法使いが自分を嫌っている理由はよくわかった、だが、そいつは少々見当違いってもんだ。自分がパチュリーのことを嫌っているわけが無い、そこだけは二人の大いなる勘違いだ。しかし、口に出して言うことなんてできない。怖かった。
レミリアは小悪魔を睨みつけたまま指を離すと、椅子に座り直した。「まあいいや、さっさとゲームを始めるよ。カードを引きな」
このままじっとしていたら、何が来るかわからない。そう思った小悪魔は、震えつつもカードを引いた。大丈夫、勝てばいいのだ。そうすればなんとかなるはず。
カードの絵柄を見た。そして、自分の心臓が一際大きくなり、指先が麻痺するのを感じた。
引いたカードは〝頭〟という、人間の脳味噌が描かれたカード。こいつで勝てば一撃で勝負がつく、とレミリアは言ったものの、なんと力はゼロ。完全にサイコロ頼み、というわけだ。敵のカードの力が七以上でないのなら、まだ希望はあるが。
二人は、伏せたカードを同時に見せた。レミリアのカードをすぐさま見る。本能が激しい危険を感じ取ったからか、そのカードに記されている文字が一体どんな意味を示しているんだか、理解するまでに数十秒は要した。
〝人間の右腕〟と書かれたそのカードの力は、〝七〟。
一切の希望がなくなった。襲い掛かってくるのは、強烈な吐き気。顔を巡っている血液が、一気に下っていくような感覚。足が、がた、がた、と自分の意思と関係なく震える。背筋が凍った。泣き叫びたい、とも思わなくなった。
「おやおや、お前は〝頭〟か。運がいいね」レミリアがくっくと笑う。「いや、だが私が引いたカードの力は〝七〟。六の目までしかないサイコロを振っても意味がないね。まあ、どうせ頭をちぎられても私は死なないけど」
暗闇に沈みかけていた意識で、なんだと、と思った。そして、はっと気付く。レミリアはアンデッド、体のどこの部分がひきちぎられようと死ぬことはない。このゲームは、吸血鬼にとって絶対有利というわけだ。悔しがってみるか、と脳が訊いてくる。もういいよ、と諦めた気持ちで答えた。
「さて、今の勝負は私の勝ちだ。ルールでは、敗者は勝者のカードに記されてる部位をひきちぎられる。覚悟はいいね」
レミリアは、場に出た二枚のカードを山札の隣に置くと、そっと席を立った。
こいつは、暇をもてあましたレミリアの笑えないジョーク。右腕を、機械か何かのように冷たく強い力で握り締められても(レミリアの左腕は上腕を掴み、右腕は前腕に)、そういう可能性を捨て切ることができなかった。
レミリアがこちらを見つめた。「その胸元のリボンを取って、口に突っ込んどきな。舌を噛むよ」
逆らえなかった。震えてうまく動かない左手を懸命に動かし、赤いリボンを解いて口に入れる。神の助けを願った。すんでのところで咲夜が乱入し、「ただの脅かしよ。そんなに肩に力を入れないで」と笑いながら言ってくれることを願った。力を入れるふりして自分を脅かし、すぐに手を離して幼い少女特有の笑顔をレミリアがしてくれることを願った。
レミリアが前腕の上部に噛み付いてきたとき、皮膚が張り裂け肉に何かが食い込む、ぶぢぶぢ、という音が脳内に反響した。同時に、思考が麻痺してしまいそうなほど鋭い痛みが、右腕で爆発する。これは本当に腕を取られる。そう思うと肺が張り裂けそうになり、たまらず小悪魔は叫んだ。リボンのおかげで多少くぐもったが。右腕が炙られたように熱くなり、右手首が痙攣を起こす。思わず立ち上がってレミリアの頭を左手で押すが、びくともしない。
腕の熱さがさらに増したところで、レミリアが思い切り頭を引いた。噛まれたところの肉が抉られ、赤黒く染まった尺骨が覗いた。外に出るのを待ちわびていたかのように、ぬめり気のある血液がそこから流れ出す。恐慌状態に陥った小悪魔は、喚きながら、体を引いて必死に右腕を取り戻そうとした。しかし、やはりレミリアの手からは逃れられない。自分の腕が余計痛くなるだけだったので、もうやめた。
レミリアが胸倉を掴んできた。何が起こったかわからないうちに、テーブルの隣に押し倒される。仰向けになった小悪魔の上に、小さな吸血鬼がまたがってきた。
「暴れちゃだめよ、うっとうしいでしょうが」言って、レミリアは小悪魔の右腕を眼前に突き出す。「この腕をひきちぎってパチェに持ってってやれば、どれくらい喜んでくれるかねえ」
数秒の間を空けたあと、レミリアは小悪魔の肘を、逆側に捻じ曲げた。瞬間、右腕に感覚がなくなる。すかさずレミリアは、その腕を今度は別の方向に倒した。それを何度か繰り返したあと、両の親指を関節部分にねじ込み、左右に引っ張る。びちゃびちゃ、という腐った魚にナイフを突き刺すような音が聞こえてきて、小悪魔は意識が遠くなった。足や左腕が、電気ショックでも食らってるかのように大きく震えた。ほんの数秒で、前腕から先は、血管の束と神経を引き連れて離された。
意識を失っていた時間は、実際は一、二秒だったのかもしれないが、小悪魔には数十分にも感じられた。夢見心地もつかの間、ねじきられた右肘の切断面を見たとき、瞬時に目が醒めた。
「あ、わ、私の手」
小悪魔は左手を伸ばし、レミリアが持ってるものを取ろうとした。しかし、それはレミリアの背後にぽいと投げ捨てられてしまう。心にどうしようもない喪失感が押し寄せて、小悪魔は力なくすすり泣いた。
「すごいだろ? 吸血鬼は強いんだ、生き物の腕なんか簡単に外せるんだよ」
レミリアは言うと、口元だけを吊り上げて誇らしげに笑った。茫然自失している小悪魔から離れると、ロウソクを持って戻ってきた。
「傷口を焼くよ。あんた、このままじゃ失血死しちまうからね」
火が切断面に押し付けられようとしている。危ない、よけなくちゃいけない。頭では理解できてるものの、体がだるくて動けなかった。再び脳の中枢を突き刺してくる痛みが、沈みかけている意識をなんとか引き上げてくれたのだが、小悪魔としてはこのまま気絶していたほうが幸せだった。鼻を刺激する肉の焼ける臭い――丸焼けになったパチュリーの体から発せられていたあの臭いが、胃を激しく収縮させた。左手で口元を押さえ、ぎゅっと目を閉じて喉から噴出しようとするものを懸命に抑え込む。
ふと、突然パチュリーに謝りたくて気が狂いそうになった。許してもらえるかどうかは関係なく、ごめんなさいと言いたい。そうしないと、心の中でひっきりなしに暴れている恐怖感が、自分の精神を全て食い潰してしまうかもしれなかったから。
またか、と自分を批難する声が沸いた。またお前は、自分のことだけを考えていやがる。お前が好いてたパチュリーのことを、何一つも考えちゃいない。かまってもらいたいばっかりにパチュリーに嫌がらせしまくったり、自分が必要以上に責められないよう嘘の言い訳を言ったりと、お前は本当に悪魔だな。見てみやがれ、全部裏目に出ている。お前の人生が文庫化されたら、一体どれだけの人が笑い転げるだろうよ。
気がついたら、ロウソクは元の場所に戻っていて、レミリアも椅子に座っていた。「さっさと席につきな、まだこのゲームは終わってないんだよ。お前も私も、まだ勝利条件を満たしてない」
右肘を見た。切断面は黒く染まり、疼痛はするものの血は止まっていた。生まれたときから慣れ親しみ、必須だったものがあっさり無くなってしまった事実を受け入れるのは、拷問に近いものがあったが、考えてみればそれはパチュリーも同じだったのかもしれない。ずっと昔から慣れ親しんでたものを好き勝手に破壊されることが、どれほど悲しいことか、小悪魔は思い知った。
小悪魔は上体を起こし、壁に体を支えてもらいながら立ち上がった。ふらついた足取りで椅子につくと、鋭い眼光でこちらを睨みつけてくるレミリアに、こう訊いた。
「あなたは頭をちぎられても、上半身を取られても死なない。それなら、私があなたに勝つ方法はあるんですか」
ないよ、と言われたら精神崩壊を起こすかもしれない。そう思ったが、心配するな、とでも言いたげに笑ったレミリアの口から出たのは、希望を与える言葉だった。
「あるよ。まあ厳密に言うとないけど、あんたがこのゲームから逃げ出す方法ならある」レミリアは山札から一枚のカードを取り出し、小悪魔に見せた。檻から人が逃げようとしている様子が絵柄の、〝脱出〟というカードだ。そこには力は記されておらず、代わりに〝このカードを引いたものはこのゲームを降りることができる〟と書いてあった。レミリアはそいつを山札に混ぜ、カットする。「同じ種類のカードは二枚ずつ入っているが、こいつは一枚しか入ってない。こいつを引き当てたらお前はこのゲームを降りることができるけど、勝利したってことにしといてやるよ」
ばん、と山札をテーブルに置いた。「だけど、何事も無く無事に引き当てられるとは思わないことね。腕だけじゃあ、まだまだ私の怒りは収まらないわよ。私はあんたを許しはしない、引かれる前にぐしゃぐしゃの肉塊にしてやるわ。さあ行くわよ」
レミリアがカードを一枚引き、よほどいいカードが来たのだろう、ふふん、と笑った。
小悪魔は山札を切りたかったが、片手がないので、いくつかの山札に分けてそれをランダムに重ねる方法を取った。そうしながら、レミリアと話をするべきかどうか考えた。臆病者の心がひっきりなしに、黙っていたほうがいいと叫ぶのだが、このまま放っておけば、自分は殺されてしまうかもしれない。そしたらパチュリーに、何も伝えられなくなってしまう。嫌われたまま終わってしまう。
山札を置いたあと、意を決して、小悪魔は言った。
「私は、パチュリー様に大変なことをしたと思っています」
レミリアの目が怒りに染まっていくが、これは覚悟の上だ。その覇気に気圧されちゃいけない、耐えるんだ、耐えろ耐えろ。吸血鬼の女王は、その鋭い牙を覗かせて怒鳴った。
「いいからさっさとカードを引きな! なめてるつもりなら、ルールを破ってでもお前の頭を食い散らかすよ!」
息を一度飲み込み、小悪魔は言った。「正直に言います、私がパチュリー様にいたずらしてたのは、こっちのことを見てほしかったからです。それだけなんです。気に入らないからだとか、そういった理由じゃないんですよ」
「それじゃあ、なおさらぶっ潰さないといけないねえ」レミリアはぴしゃりと言った。「私とパチェ、一体何年友達をやっていると思っているんだい。もうお互いは自分の体の一部のような存在なんだよ。それをお前、そんなくだらない理由で大火傷させやがって。今回のことで、パチェはお前のことを完全に嫌いになっただろうよ。パチェは、自分の作業を邪魔する奴と、本を大切にしない奴が大嫌いだ。お前がいまさら、どんな劇的な言い訳をぶっこいても意味ないさ」
「それでもいいんですよ。ただ、もし私が死ぬようなら、あなたのことが大好きです、とパチュリー様に伝えてくれませんか」
レミリアは片眉を吊り上げ、何かを考えるように黙り込むと、しばらくしてから、はん、と鼻で笑った。「まあ伝えてやらないこともないけど、そんなんでパチェが泣いてくれるとでも思っているのかい? パチェのことは私が一番よく知ってる。パチェはあんたのために泣きやしないよ。うるさいのが消えてくれてよかったわ、と一安心するだけさ」
小悪魔は黙り込んだ。そこまで自信満々に言うのならそうかもしれないが、伝えてくれるというのならそれでいいだろう。
「まあとにかく、あんたが死ぬかどうかはカードにかかってるよ。さっさと引きな」
山札の上に手をかけて、小悪魔は少し考えた。
あとは、このゲームの脱出口を探すだけだ。小悪魔はまだ死にたくない。何言ってんだ、大火傷したパチュリーのために死ぬのが道理じゃないか、とは思うけど、こればっかりは仕方が無い。
今のところ確認できる出口は、あの鉄扉のみ。だがあの扉は、右腕がなくなった今、自分一人で開けることなどもはや不可能。しかも、右腕があったとしても、開け終わるまでレミリアが待ってくれるはずがない。
なんとか、レミリアの動きを止めることはできないだろうか。力づくでは絶対負ける、だからテーブルでブロックしたりするのは無駄。万が一カードで相手の体を破壊できたとしても、すぐに治ってしまう。一体、どうすればいいんだろう。
とにかく、カードを引かないと。運良く〝脱出〟のカードが来てくれたらいいんだけど、まあ絶対に無理だろう。
引いたカードを見て、小悪魔は眉をひそめた。〝セーフ〟という名前だけが記され、あと他には何も描かれていない、真っ白いカード。予備のカードだろうか。小悪魔はそれを表側のままテーブルに出した。レミリアの顔が悔しそうになるのが見えた。
「ちくしょう、〝セーフ〟か。そいつはこの番の勝負を無効にできる」レミリアは、自分が出したカードを表にした。人間の左足が描かれたカードだった。「こいつは〝人間の左足〟。力が十もある強力なカードだったのに。ふん、運がいいね、あんたは」
ほっと一安心した。左足をもぎ取られる様子を思い浮かべると、眉間が熱くなり、涙が出そうになる。左腕で拭い、山札を切るレミリアを見つめた。彼女が山札に視線を送っている間に、小悪魔は目だけを動かして脱出に使えそうなものを探した。
「〝セーフ〟のカードは二枚しか入っていない。残りのチャンスは一つだけど、さすがにもう出やしないだろうよ」
レミリアが山札を置き、そこから一枚カードを引いて場に伏せたとき、小悪魔はいいものを一つ見つけた。暖炉の上に置かれている、油が入ったアルミ缶。ポケットにはライターが入っている。なんとか隙を作ってそいつを投げ入れ、炎上した缶をレミリアにぶつけてやることができれば、生き残る可能性が増すかもしれない。
だが、どうやって隙を作れというんだろう。それに成功したとしても、扉を開けられるだろうか。血を流しすぎたせいか、体がだるい。左手にはあまり力が入らない。まいったぞ、この策には確実性がない。やはり、〝脱出〟のカードを引くしか逃げる方法はないのだろうか。
引いたカードは、〝人間の右手の人差し指〟。力は四。サイコロを振れば、けっこうなパワーになってくれるだろう。それを裏側にして出す。
まだまだ諦めちゃいけない。とりあえず火をつけることだ。この部屋を大炎上させ、レミリアを倒す。自分が死なないためにはもうこの方法しかないし、どうにもならなかったとしても、悔いを残したくなかった。
隙は絶対につくれる。そう念じながら、カードを表向きにした。勝負は次にレミリアがカードを切るときだ。そのときにレミリアは目をそらす。タイミングを逃すな、そうしたら死ぬ。
相手の出したカードは、〝人間の右手首〟というカードだった。力は〝五〟。勝てない数値じゃない、二以上を出せばいいんだから。だがレミリアは、舌打ちをして小悪魔のカードと一緒に、そいつを捨て札のところに置いた。
「またまたお前は運がいいね。すでに無くなっている部位のカードは、〝セーフ〟と同じさ。このバトルは無効だ、よかったね」
どうやら助かったみたいだ。
だが気を抜きはしなかった。左手をポケットに突っ込み、音を出さないよう最小限の注意を払ってライターの蓋を開けようとする。だが汗ですべり、なかなか開けられない。体を大きく動かすことはできない、なんとか指先だけで開けなければ。だが、今度は蓋の位置がどこだかわからなくなる。レミリアがカードを切り始めた。落ち着け、と心に念じた。念じるたびに、胸の鼓動が強くなり不安を煽るが、そいつはもう放っておこう。よし、やっと蓋を見つけた。早く、早く開きやがれってんだ、このあばずれが。早く早く、早く!
開いた。顔の筋肉が一気に緩む。あとは火を点けるだけだが、お願いだ、一回で点いてくれよ。点かなかったら自分は死ぬ、レミリアの爪が、自分の首を吹き飛ばす。
スカートからライターを出し、親指をフリントホイールにつけたときだった。汗ですべり、ライターが床に落ちた。ことり、という高い音は、小悪魔の全身の筋肉を硬直させ、核爆発を目の当たりにしたかのような気分を味わわせてきた。世界の終わりだ。今まで積み上げてきた物が一瞬にして消えるような恐怖。
レミリアが山札を切る手を止め、怪訝そうな顔でこっちを見てきた。その視線に耐えられず、小悪魔は下を向く。意識してないのに体が震えた。
「なんだい、今の音は」
レミリアが言う。誰かに裏切られたときに発するような声だった。
もう脱出はできない。小悪魔は確信した。ライターを拾う気になんてなれなかった。暖炉の側に落ちたそれを取ろうと、手を伸ばせば、その腕が瞬きする間に吹き飛び、隅っこの方にでも落ちるだろうから。悔しがりもしなかった。このあとに来るはずのレミリアの拷問に、ただ怯えるしかなかった。
レミリアが山札を置き、暖炉の側にあるライターを手に取る。「これはあれか、香霖堂とかいう店で見たことあるぞ。火をつける道具か。お前はこれで、一体何をしようとしたのかな」
直後、レミリアの左手が自分の首を掴んできた。心臓が縮まる。目の前に現れたレミリアの顔が恐ろしくて仕方なかったが、目はそらせなかった。視界の下から、忌々しいほどきらきら輝くライターが出てくる。ホイールに置かれるレミリアの親指。そいつが動いたと思ったら、ライターが青白い火を点した。
「私が――いいかい、この私が、だよ。お前ごときに、運命操作は使わない、正々堂々と勝負がしたい、と言ったのに、お前は平気でインチキを使うのかい。さっき偉そうなこと言っておいて。やっぱりお前は信用できないよ、お前は卑怯者だ。卑怯で自分勝手な、かわいそうな奴だよ」
卑怯者、という言葉を何度か頭で繰り返したとき、不安定になっていたものがやっと安定したような気がした。どうしても進まなかったパズルが、とある一つのピースがはまった瞬間、さくさくと解けるようになる感じ。そうだ、自分は卑怯者だ。それ以外の何者でもない。名前の通り、悪魔なんだ。人から好かれるべきものではないんだ。悲しいが、仕方が無い。
「お前を焼き魚にしてやるよ」レミリアが言った。「パチェの痛みを味わいな。それから、あの子が大切にしてた本の痛みも。お前はそいつを受ける義務があるんだ。パチェのことが好きだっていうんなら、なおさらね」
レミリアがライターの火を、小悪魔の左頬に押し付けた。
まず最初に発生したのが、頭の中で火花が散ったような感覚だった。そのあとに襲い掛かる強烈な痛みで、目がちかちかする。左頬に穴が空いたのか、炎の熱に混じって冷たい風がそこから通り、歯の裏を冷やした。穴が段々広がっていくのが感じられる。生き物の焼ける臭いが漂う。左目に、下から昇って来る真っ黒い煙が映った。舌の左側に鋭い痛み。引っ込めると、べり、という何かがはがれる音がして、下側が痛痒くなる。
小悪魔は我を忘れた。ばっと立ち上がると、生きたい一心で左腕を振り回し、叫び声を上げた。ずっと続いていた首の圧迫感が消える。柔らかいものが手の甲に当たり、そのすぐあとに、硬い小さなものが落ちる音が聞こえた。左頬を熱していた物は消えたが、安心なんてできない。まだ自分を危険にさらしているものを排除できていない。目の前のでかいのを蹴り飛ばしたところで、左頬に強烈な衝撃が来た。少量の血しぶきが飛ぶのを確かに見た。たまらず小悪魔は、前のめりに倒れこんでしまう。
そこで小悪魔は、はっと我に返った。しかしそれは、レミリアのパンチを受けたからではない。なんと、いつの間にか床にカードが散らばっており、目の前に〝脱出〟のカードがあったからだ。
お前は卑怯者か? と心に巣食う悪魔が訊いた。いいえ、と小悪魔は答えた。ではパチュリーにごめんなさいと言いたいか? その問いには、はい、と答えた。では死にたいか?
レミリアは、ぐちぐち何か言いながら後ろでテーブルを起こしている。このチャンスを逃せばまた、地獄の鬼がやるようなゲームを再開される。手足をちぎられたいのかい? 悪魔が何度も囁いてくる。痛いよ、手足をちぎられるのは。それで、お前は一回も安らぐことなく、発狂したくなるような痛みを抱えて死ぬんだ。卑怯者だっていいだろ、もうパチュリーをこっちに振り向けさせることは不可能なんだ。
右腕が熱くなる。焼かれた頬を、左手で触れてみた。焼け爛れた歯茎にけっこう触れることができたから、頬はそっくり無くなってしまったのかもしれない。今イカサマを使わなかったら、これらよりもっとひどい痛みが襲って来る。あのレミリアが、この程度でやめるとは思えない。大切な親友を壊された彼女は、もっともっと痛みを与えようとするだろう。小悪魔が発狂したってやめはしないだろう。
いやいや、と痛みのせいで消えかかっている良心派が、最後のあがきの声を上げた。自分勝手な考えは捨てないといけない。そのせいでパチュリーに嫌われてたんだぞ。イカサマを使って勝つぐらいなら、いっそ死ぬんだ。おいおい聞いてるのか? これは大問題なんだぞ。
小悪魔は左側に少し顔を向ける。レミリアが物珍しそうにライターをいじっているのが見えた。こちらに背を向けて。
衝動を抑えられなくなった。小悪魔は〝脱出〟のカードを掴み――それを離せ、そんなことしても卑怯者のレベルを上げるだけだ、と必死に諭す声があるが、死にたくない、と強く思ってその声をかき消した。レミリアの様子を見ながらポケットに突っ込むと、体を起こして何事もなかったかのようにカードをかき集め始めた。
「ああ、いいよいいよ」レミリアに話しかけられたとき、小悪魔は心臓が飛び上がった。ばれてない、とはわかっているものの、こういうのは健康によくない。小悪魔の目の前に来たレミリアは、カードを集めながら言った。「あんたは椅子に戻ってな。カードは私が集めておくよ」
言われるがまま、席につく。思い切り深い安堵の息をつきたかったが、抑えた。
レミリアは席に戻ると、小悪魔がぎょっとするようなことをした。山札の中身を調べ始めたのだ。まずい、〝脱出〟のカードは一枚しかない、このままではばれる。ほら見ろ、と勝ち誇った良心派の声。イカサマなんてしたって裏目にしか出ないんだよ。
だが、レミリアはさきほどの捨て札を抽出しただけで、一番最後まで見ることはなかった。あんまり心臓に悪いことはしないでくれよ、と思った。
レミリアは山札を置くと、ライターをいじりながらこう言った。「こいつを油の中に入れて、私を殺そうとしたのかい? この私を、パチェみたいに黒焦げの焼き魚にしようとしたのかい? だとしたらお前はアホだよ。私は身を焼かれたって死にはしないし、行動が鈍るわけでもない。多少目がくらむぐらいさ、それも一瞬だけどね」
その後、カードを一枚引くと、テーブルに伏せた。「お前はさっき好き放題暴れてくれたわけだけど、相当燃やされるのは苦痛だったみたいだね。ほっぺだけであのザマなんだ、全身を焼かれたら、それは苦しいだろうねえ。それで、お前はパチェの痛みの何割かを知ることができたのかい?」
ここで黙っていたら、余計レミリアの怒りに火をつけるだろう。そうして、カードに示されてる部位とは違うところも、ついでに引きちぎられることだろう。恐れた小悪魔は言った。
「パチュリー様が受けた苦痛は十分理解しています。こんなゲームが始まるずっと前から、理解しているのです。だからどうにかして謝りたいのです。あなたが私の言葉を嘘と思うのは勝手ですが、聞いてください」
また激昂するんじゃないか、と思ったが、レミリアは黙っていた。口を結び、鋭い目でこちらを睨んでくる。この目はまったく人を信用していない。本心を言ってみろ、と命令しているかのようだ。
しばらくしてレミリアは、別になんでもいいや、とでも言いたげに軽いため息をつくと、視線を指先に落としてライターをいじり始めた。「お前の番だよ、さっさとカードを引きな」
小悪魔は山札を取り、思った。チャンスは、レミリアが目をそらしている今しかない。ライターを持っていて本当によかった。レミリアは多分、この幻想郷に存在しない物品を見て、興味が沸いて仕方ないのだろう。そうだ、そのままじっくり眺めてるがいい。そいつは一度見ただけじゃ、魅力は伝わらない。ずーっとだ、ずーっと眺めてろ、いつまでもずーっと。
山札をいくつかの山に分けたあと、ポケットにしまいこんでいたカードを少し出して表裏を確認し、手のひらに張り付かせるように持つと、山の上に置いた。それが山札の一番上になるよう、ディールシャッフルに似たものをすると、テーブルの真ん中に戻した。レミリアは相変わらずライターを見つめている。完璧だ、勝てる、生き残れる。心に広がる、歓喜の声。これで自分は、この息苦しい監禁部屋を抜け出し、あの図書館に戻ることができるのだ。無くなった右腕や穴の空いた左の頬を見せ、自分が受けた罰がいかに恐ろしいものだったかを伝えれば、パチュリーとだって和解できるはず。
小悪魔は一番上のカードを引き、〝脱出〟のカードであることを確認すると、テーブルに伏せた。このゲームを始めてから、ここまでカードの表示が待ち遠しかったことは無い。ようやく帰れるんだ。この、熱にかかったように頭をくらくらさせる痛みと、ようやくお別れすることができるんだ。嬉しくて仕方なかった。
同時にカードを表向きにした。レミリアのカードは、〝目玉〟という力が〝二〟しかないカード。対する小悪魔は〝脱出〟だ。さあどうだ、これで終わりだろ。さっさと終わり宣言をしろ、このちびっこめ!
レミリアは仏頂面だった。カードをしばらく眺めてから、何かに納得したように二、三度軽く頷くと、その二枚と捨て札を山札に戻した。カードを揃えて、サイコロと一緒にケースにしまう。そうしながら、淡々とした口調で言った。「〝脱出〟のカードが来たみたいだね、おめでとう。あんたの勝ちだよ。本当にあんたは運がいいね」
胸の奥で、暖かい液体が染みるように広がっていく心地がした。顔を緩ませ、にぱぁっと笑う。口を動かすと左頬が痛んだが、気になんてしなかった。
「か、かか、帰っていいんですか?」震え気味な声でそう訊くと、レミリアは言いながら席を立った。
「ああいいよ。そういう約束だ。お前に対する私の拷問はこれで終わりだ。扉は開けてやるから、さっさと帰りな」
鉄扉が、小さな体によって開け放たれた。瞬時に入り込んでくる冷たい空気は、刑務所から脱獄するときのような開放感を与えてくれる。あふれ出る涙を、左腕を押し付けるように拭い、席を立った。レミリアは相変わらず人を睨むような表情だったが、そんなものはすぐに意識の範疇じゃなくなった。
お前は最後まで誠意を見せなかったね、と死に掛けている良心派が心の中で声を上げる。パチュリーに謝ることよりも、逃げ出すことを選んだわけだ。きっと裏目に出るよ。そうだろう? 卑怯なことはだめだよお嬢ちゃん、決して事態が好転することはないんだから。
いやいや、と小悪魔は反対する。何も死ぬことだけが謝る方法じゃない。もう十分罰は受けた、頭を下げて必死に謝れば、パチュリーだってわかってくれるはず。
扉から出て、先を暗闇に食われている通路を数歩進んだとき、背後からレミリアが声をかけてきた。「あんたは、パチェが自分を許してくれるとでも思っているのかい?」
なんだか自分の心の内を覗かれたようで薄気味悪かったが、なるべく笑顔を崩さないよう振り向き、言った。「それはわかりませんが、私はしっかり、パチュリー様に謝ります。許されるか許されないかは、また別の問題ですよ」
「あっそうかい」レミリアは言う。「まあとにかく、地上に戻ったら、もう馬鹿なことはするんじゃないよ。紅魔館にだってルールはあるの。忘れるんじゃないよ」
小悪魔はお辞儀だけすると、すたこらさっさと暗闇に向かって走った。
確か、ひたすらまっすぐ行けば出口にたどり着けるはず。ああそうだ、十字路のところを右に曲がらなくちゃいけないな。大丈夫、十字路は一つしかない。この暗闇でも迷うことは無いだろう。
足が軽い。今まで眠っていたかのように、右腕や頬の痛みが暴れだしたが、意識ははっきりしている。地獄から抜け出れたことが嬉しくて仕方が無いからだろう。ベトナム戦争から帰ってきた兵士も、ヘリの中でこんな気分になっていたんだろうな。ランプも空もない閉塞したこの地下で、こんなにもすがすがしい気持ちになれるだなんて、いつ予想しただろうか。
十字路に差し掛かったところで、小悪魔は目を丸くして足を止めた。遥か前方に赤くて丸い物がぽつりと宙に浮いていたからだ。黒い壁についている赤い目のようで、薄気味悪い。不思議に思って見つめていると、それは段々大きくなる。そうか、近づいてきているんだ。輪郭を作り始めたそれが人の形をしている、と気付いたとき、恐ろしくなって半歩下がった。
だがそれは、フランドールだった。よく館の中をうろちょろしているが、外に出ているところは見たことが無い、生粋の箱入り娘。不規則なリズムで歯をカタカタ鳴らし、大きな瞳でこっちを見つめてくる。正直、ほっとした。フランドールとは少し話をしたことがあったが、おとなしくて礼儀正しい、静かな子だったからだ。
だが、今はどことなく様子がおかしい。立ち止まったフランドールは、こっちの顔を見ても何にも言わないのだ。小悪魔が軽く手を振ってみせても、うんともすんとも言わない。心配というよりは、不安になった。悪夢のあとに目覚めて、まだ続いているんじゃないか、と布団の中に潜っているときに感じるような、そんな気分。
フランドールが歯を鳴らすのをやめ、通路は完全に静寂に包まれた。
しばらくお互いに見つめ合ったあと、ようやくフランドールが喋った。「咲夜が言ってたんだけど、あなたが一緒に遊んでくれる人?」
「えっ」と小悪魔は思わず聞き返した。状況がよくわからない。いや、本当はわかっているけども、そうと信じたくない心が、必死に意味をわからせようとしなかった。
「だから」とフランドールは言う。「咲夜がね、言ったの。優しいお姉さんが遊んでくれるから、しばらくあそこで待ってなさいって」背後の十字路を指差す。「ずっと待ってたのよ。待ちくたびれちゃった。まあ、待つのには慣れてるから別にいいけど」
ああちくしょう、と小悪魔は下唇を噛み締めた。レミリアの奴、最初から自分を生かす気なんてなかったんだ。おとなしい外見に騙されちゃいけない。遊ぼう、と言ったあとのフランドールは、危険なサイコパスが乗り移ったかのように凶暴になる。彼女の遊びは、鬼ごっこだのかくれんぼだのいった、微笑ましくてかわいいもんじゃない。徹底的に敵をぶちのめす、血みどろあふれるスプラッター劇場だ。そして力も強大。どこぞの巫女と魔法使いが無断で地下に侵入したとき、紅魔館が半壊するほどのダメージを受けたこともあった。スペルカードも持っていない自分が、どう対抗しろというのだろう。
「遊んでくれるのね?」フランドールは言って、にたりと笑った。その右足がぐいと前に出る。続いて左足。五歩ほどそれを繰り返すと、両手を突き出し、突進するように走ってきた。嬉しそうに大きく開いた口から出るのは、獰猛な恐竜が発するような、耳をつんざく凄まじい絶叫だ。気圧された小悪魔は尻餅をつくが、すぐに体を反転させて立ち上がると、震える足を懸命に動かして駆け出した。
ほら見ろ、と良心派の心が言った。自分のことだけを考えてた報いだ。がんばって逃げ切れよ。生き残れたら、世界大会にも出れるアスリートになれるかもしれないんだからな。
そうだ、レミリア、レミリアだ。このまままっすぐ行って、監禁部屋にいるはずのレミリアに、後ろから闘牛のようにどかどかと追いかけてくる悪魔をやめさせるのだ。そこまで気を抜くな、気を抜くってことは、首のない自分の死体を見る、てことだからな。首だけの、つかの間の空中遊泳。くそ、ろくでもない!
小悪魔はぎょっとするのと同時に、深い絶望感を味わった。整合さを求めるよりも、その感情は早く来た。目の前に現れた丁字路。こいつがその原因だ。こんなところは一度も通っていない。あの重苦しい鉄扉も発見できない。確かにまっすぐ走っていたのに。どういうことだろう、こいつは一体なんなんだろう。まいったぞ、闇と石以外何もないこの狭い空間に、粉砕狂と二人きり。新しいラブストーリーでも作れというのか。この際だからはっきり言わせてもらうが、そんなのは断じてごめんだ。
丁字路の右側を選び、ひたすら走った。この通路はもう永遠にどこへも通じることはない、と予想したが、そのまま気分を沈めると殺されてしまう。後ろから聞こえてくる怒鳴り声は、多少の強弱はついてるものの一向に止む気配がない(どうせやるなら、弾幕なりなんなりを使って一瞬で殺せばいいのに、そうしないのはレミリアの指示だろうか)。このまま死んでしまうなんていやだ、なんとか、生き残る方法を探さないと。何かないか、何か……。
何度角を曲がっても、どれだけ走り続けても、目の前に現れるのは一メートル先が見えない暗闇と、石の壁だけ。後ろの怒声はまったく止まない。そのうちに、足に疲れが溜まってくる。息も切れてきた。しかし休んでる暇はない。無我夢中で走った。視界がぐにゃりと歪む。瞳に景色は映るが、もうその情報は脳にまで届かない。それでも、生きたいという気力が小悪魔を倒れさせなかった。他の何を犠牲にしてでもいいから、生きていたかった。
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レミリアは地下室から出ると、食堂へ戻ってあの長すぎる背もたれのついた椅子に座った。そして手に持っていた『人体破損』のカードをテーブルに置き、ため息を一つついた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」奥から咲夜が、トレイに紅茶を乗せてやってきた。それをレミリアの目の前に置くと、にこやかに笑って言った。「永遠亭の医者が来てパチュリー様を診ていますが、すぐに治るとのことです。命に別状はないと」
レミリアは目を輝かせた。「おお、そうかそうか! そいつはオウケイだ、めでたいわ」
「消火活動の方も終わったようで、にとり様には報酬の百円をあげて帰っていただきました。とりあえず危機に去ってもらってよかったですねえ」
ああそうだね、とレミリアは言い、満足気に紅茶をたしなむ。グラスを置くと、二人してにこにこした。しばらくそうしたあとに、咲夜が思い出したように訊いてきた。「小悪魔は帰ってこれなかったのですか?」
「ああ、帰ってこられなかったよ」紅茶を取って、唇につける。「咲夜の力で広げられた地下通路を、ずーっと走ってるよ。フランと一緒にね」
咲夜は勝ち誇ったような顔をした。「当然ですわね。パチュリー様を、炭火焼納豆なんて目じゃないくらい焦げ焦げの焼肉にしちまったんですからね」
「炭火焼納豆は意味が違うよ」レミリアは言ったあと、カードケースからカードを出して、眺め始めた。「私はこいつで、小悪魔を美しく華麗に拷問してやろうと思った。だけどね、途中で考えが変わったんだよ。あいつも、パチェのことが大好きなんだ、て知ったときからね」
咲夜は眉を潜めた。「大好きですって? それならどうして火をつけたりなんかしたんですか。やっぱりあれですか、ハリウッド映画の見過ぎなんですか」
「いやそうじゃないよ、パチェにかまってもらいたかっただけだったらしい。まあそんなことはいいんだ。私の言いたいのは、そういうことじゃない」
紅茶を一口飲む。息を軽く吸ってから、言った。
「あいつがパチェのことを好きって言ったときから、それがどれほどまでなんだか知りたくなったんだ。パチェにしたことを本当に悔やんで、運命を受け入れるのかどうか。あいつが心から悔やんでくれたなら、私はすぐにでもゲームをやめてあげるつもりだった。フランとも会わせなかった。だけどね、小悪魔は最後まで、自分のことだけを考えていたんだよ。好きな人に苦しみを与えたことを後悔するより、自分の安全を選んだんだ。それがあいつの、帰ってこれなかった理由だよ」
レミリアは〝脱出〟のカードを一枚取り出すと、咲夜に見せた。「小悪魔がイカサマをして、このカードをポケットに加えるのを見たとき、もう諦めたわ。この子はパチェのことを何も考えてないって。謝る気なんてこれっぽっちもないんだって。私もパチェが大好きだから、許せなかったのよ」
カードをしまい、紅茶を飲む。「フランは、卑怯な心に負けちゃった小悪魔を強くしてくれるかしら。ああだめかなあ、その前に殺しちゃうだろうし。フランは容赦を知らないからなあ」
妹様の悪口はいけませんわ、と咲夜が笑った。
それとも、とレミリアは咲夜に笑みを返しながら思った。自分は命の危険を感じたことがないから、小悪魔の気持ちがわからないだけなのだろうか。もしかしたら、自分も命の危険を感じたら、パチェのことなんて念頭に置かず、自分が生きることだけを優先してしまうのかもしれない。どうだろう。わからないけど、そんなふうになるのは嫌だ。自分はけっこう、いろんな人にわがままお嬢様扱いされてるし、多少なりとも自覚はある。だけど、友達のパチェを裏切るなんてことは、どんなときでもしたくない。
もし小悪魔が生き残ってこれたら、自分と同じように心の底からパチェを思ってくれるようになるかな。そういう未来になるよう、ちょっと運命を操ってみたい気もしたけど、やめておこう。今レミリアが見たいのは、作られた未来じゃない。
「紅茶、新しい物をお持ちしますね」
咲夜はそう言うと、ワイングラスを持ってすたこらさっさと厨房に向かっていった。
小悪魔の性格がイメージと違うかもしれませんので、小悪魔が好きだ、という方は気をつけてください。
大丈夫だ、という方はどうぞ。
小悪魔はとんでもなく悲しかった。パチュリーは本を読み出すと何を言っても相手にしてくれなくなるし、そうでないときも自分とは話をしようとしない。あんまりしつこく話しかければ、ナイフと同じ形をした鋭い目でこちらを睨んでくる。自分が、そのへんに落ちてる紙ごみ同然に扱われているような気がした。同じ図書館に住んでるのに、何とも思ってくれないだなんてそんなの嫌だった。小悪魔は寂しいのが嫌いだ。一人なんて耐えられない。
本を破いてもだめだった。落書きしたり、一ページしっちゃばいて紙飛行機飛ばしたりしても、パチュリーは感情を表してはくれなかった。あの、人の腹の底を覗こうとするような目で睨みつけてきながら、感情のない声で叱ってくるだけ。
だから小悪魔は、パチュリーにかまってもらう方法を必死になって考えた。その結果、図書館を火事にしてやろうと思いついた。香霖堂で万引きしてきた、ライターとかいう金メッキの小さな道具。こいつで、よく燃えそうな古い本を集めて火をつけるのだ。紅魔館の図書館は広い。だから全焼することはない。だが、その分発見も遅くなる。空気も乾いていることだし、パチュリーが気付く頃には、『バックドラフト』の監督も拝み始めるような炎の壁が出来上がっていることだろう。さすがのパチュリーも、何かしら反応を示すはず。
本棚は小悪魔の背丈の六倍はある。なので飛び回って必死に古そうな本を探した。なるべくパチュリーの側を、わざと本棚にぶつかったりして音を立てて飛んだのだが、とうとう彼女は一回も本から目を離すことはなかった。
パチュリーの元から大きく離れて、本棚と本棚の間に、かき集めてきた古い本を山積みにした。本棚の半分ぐらいまでの高さだが、まあまあいいほうだろう。スカートのポケットからライターを取り出すと、適当な一冊の本に火を近づけた。そのあと他のいくつかの本にも火をつけ、ライターをしまって少し離れた。火は、電球の明かりがゆっくり灯っていくように強さを増していき、三分と経たないうちに積み上げた本の四分の三近くを包み込んだ。生き物みたくゆらめきながら、それは隣にあった本棚に移り、収まっていた本をはしごにしてどんどん上っていく。
めらめらと本の焼ける音を聞きながら、小悪魔は微笑んだ。さっと振り向くと空中を飛び、パチュリーの隣にある本棚まで来て、様子を窺った。
数分経った頃、小悪魔の鼻にかすかに煙の臭いが届いた。だがパチュリーは、相変わらず本を見つめている。この冷静な顔がどんなふうに変わるのか、少し楽しみだ。
さらに五分ほど経ったとき、パチュリーの後ろから薄い黒煙が漂ってきた。亡霊のようにゆったりと進むそれが包み込んできたとき、初めてパチュリーが反応した。目を丸くし、本をぱたと閉じて振り向く。そのあと、ぱたぱたと弱々しい走り方で煙の出所に向かっていった。小悪魔は笑い出したい衝動を一生懸命に抑えて、天井付近まで飛んだ。
火はすばらしい仕事をしてくれていた。パチュリーが向かった方向の十数メートル先は、扇形の火の海になっていたのだ。消防車三台はないと、まともな消火活動さえできないだろう。これでパチュリーが自分の存在を呼べば、作戦は成功だ。小悪魔は本棚の上を移動して、パチュリーを追った。
パチュリーは炎の壁の前で立ち止まった。しばらく、左を見たり右を見たりとおろおろしたあと、泣きそうな大声を上げた。
「何よこれ、やっばいわねえ。ちょっと誰か来てちょうだい、誰か! ああもう、誰もいないのかしら。まいったわねえ。 咲夜! レミィ! こりゃあ一発ギャグとは程遠いものよ!」
小悪魔は絶望した。こんなときにも、自分のことを呼んではくれないのか。自分のことなんて綺麗さっぱり忘れてしまったみたいだ。悔しい。いや憎いといえばいいのかな、この場合。しかしそう思うとなんだか、どうしようもなく泣きたくなる。かといって心が完全に悲しみに傾こうとすると、憎しみだか怒りだか判別できないどす黒い感情が沸いて、無意識のうちに唇をかみ締めてしまう。
パチュリーが懐からスペルカードを取り出した。そいつが一瞬にして燃え尽きたかと思うと、パチュリーの足元に半径二メートルほどの魔方陣が現れた。
「弾幕で消せないかしら」パチュリーが独りごちる。「いや、アホなことは考えちゃいけないわね。咲夜に頼んだほうが効率いいかも……。ああいやいや、ここの出口を探してる間に、大炎上しちゃうわ。できることはなんでもやっといた方がいいわね。煙が本館の方までいってくれれば、誰かしら気付いてくれるかもしれないし」
パチュリーは一回深呼吸すると、胸に両手を当てて、どこの国の言葉だかわからない呪文を唱え始めた。
だが、ほんの数秒でそれが途絶えた。パチュリーは体を一度びく、と震わせると、身をかがめて咳き込み始めたのだ。やっぱり、と小悪魔は思う。下は薄い黒煙の川になっている、体の弱いパチュリーにはきつい環境のはずだ。自分の体のことは自分が一番よく知っているだろうに、それでもここに来たのは、よっぽど本が大事だということなのか。
炎の波がパチュリーを取り込もうと近づいてくる。距離はあと一メートルぐらいしかないっていうのに、パチュリーは両膝を折って床に手をついてしまった。こいつはまずい。ずっと咳き込んでいて、顔を上げる気配すらない。このまま焼きフライになっちまうのは、小悪魔の計画と少々ずれる。
そこで小悪魔はいいことを思いついた。何も知らないふうを装った自分が、パチュリーを助けて手厚く看病するのだ。なんて天才なのかしら、私ったら。頭がよすぎるわ。そうと決まれば、早速実行だ。
「パチュリー様、生きていますか!」
本棚から飛び降りて、パチュリーに駆け寄る。さあさあパチュリー様、その貧弱な体を私に預けなさい。そして、私を命の恩人と思って泣きながら今まで無視してきたことを詫びるのよ。そうすれば、あなたはもう少し長く生きることができるわ。
小悪魔がパチュリーの肩を支えたとき、その子が首だけをこちらに振り向けてきた。そのまま自分の体にしがみついてくれたら、どんなによかったことだろう。
だが彼女は、こちらの顔面を睨みつけてきた。
そのとき小悪魔は、自分とパチュリーの間には、どんな隕石をぶつけても壊れることのない壁があることを悟った。全身の力が抜け、ふらふらと二、三歩下がると、尻餅をついてしまう。視界がぼやけ、鼻が詰まって呼吸が苦しくなった。強くなっていく耳鳴りに混じって、怒りが含まれたパチュリーの声が聞こえてくる。
「もしかして、火をつけたのはあんたかしら」
小悪魔は声を出すのが怖くて、しばらくの間黙っていた。そうですごめんなさい、だなんて泣いて詫びいれたところで、自分にやってくるのは弾幕だけ。パチュリーは絶対に容赦しないだろう。殺す気で襲い掛かってくる。
熱気が強くなり、体の前側の皮膚を真夏のときみたいに熱くしたとき、小悪魔はようやく顔を上げた。そしてぎょっとした。パチュリーの下半身が炎に包まれ、激しく炎上している。このままほっとけばあの魔法使いは、焼死体となって発見され、大勢の涙の中埋葬されることになるだろう。こいつはいかん、そんなことになったら、自分は鬱病どころの騒ぎじゃない病気にかかってしまう。
腰にぐっと力を込めて立ち上がった。だけど、そこから一歩も動けなくなってしまったのは、パチュリーの顔に激怒の表情が張り付いていたからだ。かっと見開かれた、鷹のような目。怖くて目もそらせない。炎が喉元まで来ても、パチュリーの形相は変わらなかった。
「ああやっと見つけた!」
背後で聞こえた声が、パチュリーの蛇睨みから小悪魔を救ってくれた。顔を振り向けると、バケツを一つ持った咲夜がいた。苦虫を噛み潰したような顔をしているそのメイドは、バケツを置いて、小悪魔には目もくれず、いつの間にかうつぶせに倒れていたパチュリーに向かって一直線に走った。だがやはり、炎の前では立ち止まってしまう。
「パチュリー様の時間を止めて、燃焼を食い止められないかしら。ああだめね、時間を戻した瞬間焼け焦げるわ。困ったわね、どうしましょう。そうだ、でっかい本を足場に……ああいやいや、それもだめね。パチュリー様に怒られるわ」
しばらくぶつくさ言ったあと、咲夜は「よし!」と気合を入れて、火の上に浮遊した。手を伸ばしてパチュリーを引っ掴み、「熱い熱いこんちくしょう!」と喚きながら持ち上げ、小悪魔のすぐ近くに放り投げた。そのあと自分もそこへ降りて、傍らに置いてあったバケツに手を入れる。パチュリーの方を向くとさっと立ち上がり、バケツの水をその子の全身に降りかけた。まだ火が残っているところは、「ごめんなさいパチュリー様」と一言断ってから、靴で踏み消す。わずかな煙を残して、パチュリーのまとっていた火は消えた。
パチュリーの体は、色を全て焼かれて真っ黒くなっていた。鼻をつく、緑色の汚水が流れる用水路のような臭い、ところどころ肉が無く、炭と見分けのつかない骨が覗いている腕や足、燃え尽きてしまった後ろ髪。急に小悪魔は、昨日までのパチュリーの姿が写った写真をここに持ってきたくなった。そして、この焼け焦げた体が、どこぞのアホが作った偽者であることを証明したくなった。
「ひどいわ、こりゃあひどいわ、なんてひどいの」咲夜が口元に手を当て、顔面蒼白で喋った。「こんなのをお嬢様が見たら、卒倒しちゃうわ。お嬢様の大事な友人だというのに」
そしてその目は、小悪魔に向いた。心臓が握り潰されたかと思うほど驚いたのは、自分が火をつけたことがばれたのか、と思ったからだ。だが咲夜は、すぐにその顔を、誰かに縋りつくような表情に変えた。
「お嬢様が、煙の臭いを察知して私をここへよこしたのですが、何で今ここは、歴史的大火災の現場になっているのです? まさか火災映画の名作をもう一つ作ろうとしてたわけじゃないですよね。そしてなんであなたは、パチュリー様が二代目火ネズミになっていく過程を、黙って見ていたんですか」
それはそのパチュリー様の顔が恐ろしかったから、なんて言えない。もう少しもっともらしい言い訳でないと、ナイフの雨に打たれるだけ。大丈夫、私は天才。考えるのよ、言い訳を。
だが胸中を占めたのは、今までに感じたことの無い自己嫌悪だ。ああだめだそっち側に思考がいってはいけない、と思っても、止められない。小悪魔なだけに、悪魔が心に囁きかけてくる。かまってもらいたいばっかりに火をつけて、魔法使い一人をオーブンに入れすぎた魚みたいにしちまったっていうのに、まだ自分の保身ばっかり考えいるのかい? だとしたら、お前は明日から名前の頭に〝最低な〟とつけられちまうよ。
こんなはずじゃなかった、なんていまさら言っても仕方が無い。パチュリーが焼けどを治して図書館へ戻ってきたとしても、自分とは口を利いてくれないに決まってる。しかも、火災の原因はあいつが怪しい、などとレミリアに言って、自分を殺させようとするかもしれない。ああくそ、ちくしょう、どうしたらいいかさっぱりわからない。目に涙が溜まった。
咲夜は何も言わない小悪魔をしばらく見つめたあと、「もういいわ」と言って顔が上を向くようにパチュリーを抱き上げた。「早くパチュリー様を手当てしないと。このままじゃ呼吸困難になって死ぬわ。体の時間を止めておくから、小悪魔、医療室で看ててあげなさい。私はすぐに永遠亭の医者を呼んでくるわ」
そのとき、パチュリーの黒こげになった右腕が、跳ねるように上がった。驚いたのは小悪魔だけでなく、咲夜も同じだったらしい。
「いいいけませんパチュリー様、おとなしくしてないとノーグッドですよ!」
言って咲夜が手を下ろすが、またすぐに上がった。そしてそれの指はゆっくりと中指、薬指、小指の順に畳まれていき、誰かを指差すような形になる。爪のはがれた人差し指の先にいたのは、小悪魔。咲夜がこっちを見てきた。数秒後、パチュリーの頭が、吊り上げられるように持ち上がる。頬の肉が削げ落ち、黒こげになった顔についている、不自然なほど真っ白い目は、小悪魔にしっかりと視線を突き刺している。その口がかすかに動いた。壊れた笛みたいにかすれた声が、鼓膜に入ってくる。
「また、いたずら……本を……大切にし、ない……」
首がゆっくり後ろに下がる。だが、相変わらず右手の人差し指は小悪魔に向けられたままだ。
咲夜が一度パチュリーに顔を向け、何事か聞き取れないが、小さな独り言をしばらく喋る。そのあと、何かに気付いたように顔を上げ、こっちに振り向いた。小悪魔の腰が抜けたのは、その顔が怒りに染まっていたからだった。
「正直に言いなさい。私は寛大な心の持ち主だからね。――火をつけたのはあなた? いつものいたずら気分で、取り返しのつかないことしてくれたってのかしら」
胸の奥がぎゅっと引き締まり、いた痒くなる。いっそ内臓を吐き出したかった。不快感を催す部分を取り出し、生命の危険を感じて心に不安を押し付けてくる脳味噌を黙らせたい。体ががくがくと震え、足に力が入らなくなる。無意識に顔を強張らせていたからか、咲夜にこう言われた。
「そこまで怯えるってことは、図星ってことね」数歩進み、小悪魔を上から睨みつける。「一緒にお嬢様のところまで来なさい。逃げたら殺すわよ」
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消火活動は、妖怪の山に住むかわいいかっぱ、河城にとりに任された。にとりはかっぱなので、大洪水か何か起こして火を止められるんじゃないか、という咲夜の画期的な発想が採用され、メイドたちに呼ばれたのだ。にとりも二つ返事で了解してくれた。火事の方は大丈夫、そう、何も問題はない。問題は、レミリアが怒ったことだった。
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「お前、タダじゃ済まないよ」
レミリアにそう言われた。
場所は食堂。片側だけで五十人ほどは座れる長いテーブル、その一番端に、その吸血鬼の女王はいた。背もたれが五メートルほどもある赤い椅子に座り、テーブルの上で指をとんとん鳴らしている。その側にひざまずいているのは小悪魔。顔の下の床には小さな水溜りができているが、それは小悪魔が流した冷や汗だ。後ろには咲夜がいる(永遠亭の医者は、別のメイドに呼ばせにいかせたらしい)。他には誰もいない。
「火をつけたのはお前、認めるね?」
「はい」緊張して多少声が裏返ったが、即答できた。紅魔館の主人に黙秘なんざ通用しない。
「とりあえず顔上げな。私の顔を見なさい」
言われるがまま、顔を上げた。そしてほんの一秒で、顔をそむけたい衝動に襲われる。腕を組んだレミリアの目は、かっと見開かれていた。額には青筋が浮き上がり、頬がうっすらと朱に染まっている。こいつは、さっきレミリアが言った通りタダでは済まないな。だが一円以上の金を払ったところで、どうにもなりはしない。自分はこれから、生き物が感知できる最大の恐怖を味わい、あの世まで胃潰瘍を持って行くのだ。そう思うとすくみ上がった。
「なんで火をつけた」
レミリアにそう聞かれたとき、言い訳を考えなかったことをひどく後悔した。正直に、なんて言えない。しかし黙っていれば、拷問されるかもしれない。今までレミリアがそんなことをしていたところなど、ただの一度も見たことは無いけど。言うか、言うまいか。逡巡していると、レミリアがさっきより強い口調で言った。
「さっさと言いな。もし言わないってんなら、一分ごとに一本指を持ってくよ」
人間味のない冷たい目からは、少しも嘘を感じ取れなかった。恐怖した小悪魔は、とっさに思いついた言葉を言った。「すすすすいません、すいません、いたずらだったんです、ただのいつものいたずらだったんです! パチュリー様があんなことになってしまうだなんて、まったく想定していませんでした!」
レミリアは表情を変えない。「いまさら謝ったって意味ないよ。パチュリーは私の大切な友人なんだ、それを焼き過ぎたパンみたいに黒こげにしちまいやがって」
直後、レミリアが立ち上がって小悪魔の前を通り過ぎた。完全に通り過ぎるまで、その小さな足がいつ自分の顎を蹴り飛ばすのかと、小悪魔は気が気でなかった。背後でレミリアの声がした。
「お前にはちょっと、きつい罰を受けてもらうよ。でもね、夜の女王とまで呼ばれるこの私が、弱者に対して一方的な暴力だなんて、品位に欠けるわ。というわけで、ゲーム形式でやらしていただくわ。ちょうど、倉庫で面白いカードゲームを見つけたのよ」
咲夜が肩を掴み、小悪魔に立つよう促した。振り向いた先にいたレミリアは、トランプが入りそうな赤いカードケースを一つ持っていた。それがどんなゲームだか知らないが、単なる遊びに終わらないことだけは確かだ。
「こいつで遊ぶには、ここは人目につき過ぎるわ。地下へ行きましょう。ちょうどいい部屋があるのよ」
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地下へ向かったのは、十分ほど経ったあとだった。
そこは電灯がないため、足元がかろうじて判別できる程度に薄暗かった。今三人が歩いている通路は、幅が二メートルほどしかなく、石造りでどことなく空気が悪い。一定の間隔で壁に柱がついていたりと、少し神殿っぽい雰囲気はあるが、神秘性など皆無だった。幻想郷のアウシュヴィッツと呼んでも、特に違和感はないだろう。小悪魔の目には二、三メートル先すら見えないが、レミリアと咲夜は躊躇することなくずんずん進んで行く。
十字路に来たところで、レミリアが立ち止まった。右側の通路に体を向け、咲夜のスカートの裾を引っ張るとこう言った。
「フランがこの先にいるはずよ。私の言ったとおりのことを、言ってきなさい。そのあとパチュリーのところに戻って、医者が来るまで看てやってな」
咲夜は「わかりましたわ」と言ってぺこりと頭を下げてから、一人でずんずんと進んで行く。その後姿が暗闇に溶け込んで影も形も見えなくなったあと、レミリアがこっちを見て、咲夜が向かっていった方とは逆の通路を指した。
「お前はこっちだ、逃げられやしないよ。暗闇は私の庭なんだからね。お前が振り向いて駆け出そうとした瞬間、後頭部からお前の口を貫いてやる」
何も言うことなく、小悪魔はレミリアについて行く。
さっきから胸が苦しい。暗闇の圧迫感や、レミリアと二人きり、という緊張感からくるストレスもあるが、もっと明確な原因があった。
焼け焦げたパチュリーの姿が、漆黒の中に浮かんでくる。
火をつけたこと自体は、間違った選択と思いたくない。ああでもしないと、あの魔法使いは絶対にこっちを気にかけてはくれないから。間違っていたのは、パチュリーを助けなかったことだ。
じゃあ、なんで助けなかったのか。睨まれたから? いいや、そんなもんじゃない。どこか心の奥底で、パチュリーを嫌う部分があったからなんじゃないか。何度もかまってもらおうとしたのに、いつもいつも拒絶したパチュリーに対する憎しみが、あのとき体を動かさせなかったのかも。
なんて自分勝手なんだろう、と思って、小悪魔は小さく首を振り、憎んでいる心を払いのけた。いつも相手のせいにするのは、自分の悪い癖だ。自分のせいで傷ついた人がいる、それを忘れてはいけない。
通路の突き当たりに、鉄製の錆び付いた扉があった。左手はどこに続いているのかわからない通路がまだ続いていたが、レミリアの目的地はここらしい。
「着いたわ」とレミリアが言う。「ここはね、大昔に監禁部屋として使われてたところさ。中にあったものはほとんど廃棄処分したから、残っているのは机と椅子だけだがね」
ドアノブをぐるりと回し、押し開ける。多少の抵抗はあったが、何事も無く開いた。この先は処刑場に違いない。そう思って、小悪魔は少し身震いした。だが入らないわけにはいかない。レミリアに続いて、埃の臭いが鼻を刺激する部屋に入った。
扉と対になっているところの壁が、突然オレンジ色の光を発した。今まで暗闇だったので、少し目が眩む。目が慣れたあと見てみると、光を発した物はロウソクであることに気付いた。レミリアが点けたのだ。〝油〟というラベルが張ってあるペンキ缶みたいな形したアルミ缶と、マッチの箱を彼女が持っている。
まだ天井の隅近くは闇が残っているものの、全貌はだいたい把握できた。レミリアの言うとおり、この警察署の取調べ室ほどの広さの部屋には、木製のテーブルと椅子しかない。あとは、燭台の下にある埃だらけの暖炉ぐらい。
レミリアは、手に持ってたものを暖炉の上に置くと、右側の椅子に座った。「扉を閉めな」
命令されたとおり、小悪魔は扉を閉めようと思ったが、腕だけではとてもじゃないが動かせない。さっきレミリアが普通に開けていたのを思い出して愕然としたが、ともかく、体当たりを駆使して閉めた。
満足げな顔をして、カードを切り始めた吸血鬼が恐ろしい。三日三晩寝ずに暴れ回っていた狂人のように、真っ赤に充血した目。それがこっちに向くたび、体の芯が冷え切ってぶるりと震えてしまう。
膝の上で握り締めた手のひらは、汗でぎっちょりと濡れていた。外界から完全に遮断されてしまったんじゃないか、と錯覚するほど閉塞的なこの部屋は、炎の揺らめきさえもひどく薄気味悪いものと思わせてくる。動悸が早まり、息が少し荒くなった。そんな小悪魔とは対照的に、落ち着き払ってにやついているレミリアは、ある程度カードを切るとテーブルの真ん中にそいつを置いた。
「ではルールを説明するよ」レミリアの声が鼓膜を震わせるたび、小悪魔は総毛立った。「山札は五十枚。同じカードは二枚ずつ入っている。勝負方法は、お互いに一枚ずつカードを引いて、同時に見せ合うんだ。力の数値が高い方の勝ちさ。単純だろ?」
ああそうそう、と言ってレミリアは、カードケースからサイコロを一つ取り出した。「勝負する際、力の数値が相手より低かった場合、このサイコロを振って力に加算することができるんだ。弱いカードしか来なくても逆転できる可能性があるってことね」
レミリアが山札の一番上のカードをめくり、小悪魔に見せてきた。そして小悪魔は目を丸くする。そのカードには、油絵タッチで人間の右腕が描かれていたのだ。上部には〝人間の右腕〟というテキストが記されており、下部には〝七〟とある。カード名と力、ということだろうか。数分後にそのカードは山札に戻され、カットされる。そうしながらレミリアが言った。
「このゲーム名は『人体破損』といってね。吸血鬼一族が、人間に拷問するときに遊ぶ物なんだよ」
テーブルの上にカードを置く。
「相手のカードに負けた者は、勝者が出したカードに記されている部位を、引きちぎられるんだ。敗北条件は、両腕が使えなくなるか、〝頭〟のカードに負けるか、のどっちかが普通だね」
小悪魔は絶句した。たちの悪いアメリカンジョークだと思いたいが、この状況でそれを信じようとするのは無理がある。それに、小悪魔を見つめているレミリアの顔が、にやつきから段々と憤怒の表情に変わってくるのだ。もう無理だ、諦めるしかない。それほどの大罪を犯した、ということだ。
ぎょろりとした目を小悪魔に向けながら、レミリアが言う。「小悪魔の分際で、私の友人を大変な目に遭わせるからこんなことになるのよ。これからはいたずらを自重することね。生きていたら、の話だけど。ああ、安心なさい。運命操作だなんていんちきは使わないわ。これは、あんたに対する精一杯の慈悲よ。ありがたく思いなさい」
ただ頷くしかなかった。
「それでは始めるよ。一枚引くごとにカードを切るんだ。せいぜい神頼みしてな、あんたは一応悪魔だがね。先攻はもちろんこの私だよ」
レミリアはカードを一枚引くと、それを裏側のままテーブルの上に置いた。小悪魔は山札をカットする。しながら、ずっとこうやっていれば延命できるんじゃないか、と考えた。だがそんなのは、缶ジュースからダイアモンドが出てくるのを期待するのと同じで、意味が無い。
五回ほどカットすると、テーブルの上に戻した。山札の一番上に手をかけるが、引けない。呼吸のリズムがおかしくなる。レミリアの出したカードが一番痛い箇所で、それに負けたら発狂するほどの激痛が襲ってくるんじゃないか、と思うと、今すぐあの鉄扉をぶち開けて逃げ出したくなる。これが、パチュリーを燃やしたことに対する罰だっていうんなら、どうしようもないけど。
「あ、あの……」小悪魔は山札の方に視線を向けながら言った。「本当に、私を殺す気なんですか」
レミリアは即答した。「さあね、そいつは知らんよ、自分のことだけども。ただ、このゲームのルールは守らせてもらうよ。〝頭〟のカードにお前が負けたら、頭を引きちぎる。さっき私が鉄扉を楽に開けるところを見ただろう、お前の首をもぎ取ることなんざわけないんだよ」
「私は、パチュリー様にひどいことをしたことを後悔しています。反省しています。それでも、だめなんですか」
レミリアが身を乗り出し、小悪魔の顎を人差し指で上げ、自分と目を合わさせた。もう少し気を抜いていたら、小悪魔は自分の耳をつんざくぐらいでかい悲鳴を上げていただろう。レミリアの爬虫類みたいな怒りの目が、数メートル先にいてもわかりそうなぐらいの殺気を放っていたのだ。
「お前の言うことなんざ、信用できないんだよ」レミリアの一言一言が、小悪魔の涙腺を緩ませてくる。「いつもパチェはねえ、あんたの愚痴を言ってたよ。本を大切にしない、人が本読んでるときに邪魔してくる、ってね。何度注意しても聞きゃしない、どうにかしてくれって。お前、パチェの大切にしてた本を破ったり、紙飛行機飛ばしたり、落書きしたりしてたそうじゃないか。パチェ、泣きながら本を直してたこともあったんだよ。いっつもいっつもパチェに嫌がらせして。お前はパチェのことが嫌いなんだろう? 火までつけて、それを証明してみせたってわけだ。そんな奴がいくら反省してるだのすみませんだの言ったって、嘘にしか聞こえないのよ」
小悪魔はとうとう泣いた。レミリアの吐き出してる怒りが、パチュリーのそれと全く同じように思えたからだ。
あの魔法使いが自分を嫌っている理由はよくわかった、だが、そいつは少々見当違いってもんだ。自分がパチュリーのことを嫌っているわけが無い、そこだけは二人の大いなる勘違いだ。しかし、口に出して言うことなんてできない。怖かった。
レミリアは小悪魔を睨みつけたまま指を離すと、椅子に座り直した。「まあいいや、さっさとゲームを始めるよ。カードを引きな」
このままじっとしていたら、何が来るかわからない。そう思った小悪魔は、震えつつもカードを引いた。大丈夫、勝てばいいのだ。そうすればなんとかなるはず。
カードの絵柄を見た。そして、自分の心臓が一際大きくなり、指先が麻痺するのを感じた。
引いたカードは〝頭〟という、人間の脳味噌が描かれたカード。こいつで勝てば一撃で勝負がつく、とレミリアは言ったものの、なんと力はゼロ。完全にサイコロ頼み、というわけだ。敵のカードの力が七以上でないのなら、まだ希望はあるが。
二人は、伏せたカードを同時に見せた。レミリアのカードをすぐさま見る。本能が激しい危険を感じ取ったからか、そのカードに記されている文字が一体どんな意味を示しているんだか、理解するまでに数十秒は要した。
〝人間の右腕〟と書かれたそのカードの力は、〝七〟。
一切の希望がなくなった。襲い掛かってくるのは、強烈な吐き気。顔を巡っている血液が、一気に下っていくような感覚。足が、がた、がた、と自分の意思と関係なく震える。背筋が凍った。泣き叫びたい、とも思わなくなった。
「おやおや、お前は〝頭〟か。運がいいね」レミリアがくっくと笑う。「いや、だが私が引いたカードの力は〝七〟。六の目までしかないサイコロを振っても意味がないね。まあ、どうせ頭をちぎられても私は死なないけど」
暗闇に沈みかけていた意識で、なんだと、と思った。そして、はっと気付く。レミリアはアンデッド、体のどこの部分がひきちぎられようと死ぬことはない。このゲームは、吸血鬼にとって絶対有利というわけだ。悔しがってみるか、と脳が訊いてくる。もういいよ、と諦めた気持ちで答えた。
「さて、今の勝負は私の勝ちだ。ルールでは、敗者は勝者のカードに記されてる部位をひきちぎられる。覚悟はいいね」
レミリアは、場に出た二枚のカードを山札の隣に置くと、そっと席を立った。
こいつは、暇をもてあましたレミリアの笑えないジョーク。右腕を、機械か何かのように冷たく強い力で握り締められても(レミリアの左腕は上腕を掴み、右腕は前腕に)、そういう可能性を捨て切ることができなかった。
レミリアがこちらを見つめた。「その胸元のリボンを取って、口に突っ込んどきな。舌を噛むよ」
逆らえなかった。震えてうまく動かない左手を懸命に動かし、赤いリボンを解いて口に入れる。神の助けを願った。すんでのところで咲夜が乱入し、「ただの脅かしよ。そんなに肩に力を入れないで」と笑いながら言ってくれることを願った。力を入れるふりして自分を脅かし、すぐに手を離して幼い少女特有の笑顔をレミリアがしてくれることを願った。
レミリアが前腕の上部に噛み付いてきたとき、皮膚が張り裂け肉に何かが食い込む、ぶぢぶぢ、という音が脳内に反響した。同時に、思考が麻痺してしまいそうなほど鋭い痛みが、右腕で爆発する。これは本当に腕を取られる。そう思うと肺が張り裂けそうになり、たまらず小悪魔は叫んだ。リボンのおかげで多少くぐもったが。右腕が炙られたように熱くなり、右手首が痙攣を起こす。思わず立ち上がってレミリアの頭を左手で押すが、びくともしない。
腕の熱さがさらに増したところで、レミリアが思い切り頭を引いた。噛まれたところの肉が抉られ、赤黒く染まった尺骨が覗いた。外に出るのを待ちわびていたかのように、ぬめり気のある血液がそこから流れ出す。恐慌状態に陥った小悪魔は、喚きながら、体を引いて必死に右腕を取り戻そうとした。しかし、やはりレミリアの手からは逃れられない。自分の腕が余計痛くなるだけだったので、もうやめた。
レミリアが胸倉を掴んできた。何が起こったかわからないうちに、テーブルの隣に押し倒される。仰向けになった小悪魔の上に、小さな吸血鬼がまたがってきた。
「暴れちゃだめよ、うっとうしいでしょうが」言って、レミリアは小悪魔の右腕を眼前に突き出す。「この腕をひきちぎってパチェに持ってってやれば、どれくらい喜んでくれるかねえ」
数秒の間を空けたあと、レミリアは小悪魔の肘を、逆側に捻じ曲げた。瞬間、右腕に感覚がなくなる。すかさずレミリアは、その腕を今度は別の方向に倒した。それを何度か繰り返したあと、両の親指を関節部分にねじ込み、左右に引っ張る。びちゃびちゃ、という腐った魚にナイフを突き刺すような音が聞こえてきて、小悪魔は意識が遠くなった。足や左腕が、電気ショックでも食らってるかのように大きく震えた。ほんの数秒で、前腕から先は、血管の束と神経を引き連れて離された。
意識を失っていた時間は、実際は一、二秒だったのかもしれないが、小悪魔には数十分にも感じられた。夢見心地もつかの間、ねじきられた右肘の切断面を見たとき、瞬時に目が醒めた。
「あ、わ、私の手」
小悪魔は左手を伸ばし、レミリアが持ってるものを取ろうとした。しかし、それはレミリアの背後にぽいと投げ捨てられてしまう。心にどうしようもない喪失感が押し寄せて、小悪魔は力なくすすり泣いた。
「すごいだろ? 吸血鬼は強いんだ、生き物の腕なんか簡単に外せるんだよ」
レミリアは言うと、口元だけを吊り上げて誇らしげに笑った。茫然自失している小悪魔から離れると、ロウソクを持って戻ってきた。
「傷口を焼くよ。あんた、このままじゃ失血死しちまうからね」
火が切断面に押し付けられようとしている。危ない、よけなくちゃいけない。頭では理解できてるものの、体がだるくて動けなかった。再び脳の中枢を突き刺してくる痛みが、沈みかけている意識をなんとか引き上げてくれたのだが、小悪魔としてはこのまま気絶していたほうが幸せだった。鼻を刺激する肉の焼ける臭い――丸焼けになったパチュリーの体から発せられていたあの臭いが、胃を激しく収縮させた。左手で口元を押さえ、ぎゅっと目を閉じて喉から噴出しようとするものを懸命に抑え込む。
ふと、突然パチュリーに謝りたくて気が狂いそうになった。許してもらえるかどうかは関係なく、ごめんなさいと言いたい。そうしないと、心の中でひっきりなしに暴れている恐怖感が、自分の精神を全て食い潰してしまうかもしれなかったから。
またか、と自分を批難する声が沸いた。またお前は、自分のことだけを考えていやがる。お前が好いてたパチュリーのことを、何一つも考えちゃいない。かまってもらいたいばっかりにパチュリーに嫌がらせしまくったり、自分が必要以上に責められないよう嘘の言い訳を言ったりと、お前は本当に悪魔だな。見てみやがれ、全部裏目に出ている。お前の人生が文庫化されたら、一体どれだけの人が笑い転げるだろうよ。
気がついたら、ロウソクは元の場所に戻っていて、レミリアも椅子に座っていた。「さっさと席につきな、まだこのゲームは終わってないんだよ。お前も私も、まだ勝利条件を満たしてない」
右肘を見た。切断面は黒く染まり、疼痛はするものの血は止まっていた。生まれたときから慣れ親しみ、必須だったものがあっさり無くなってしまった事実を受け入れるのは、拷問に近いものがあったが、考えてみればそれはパチュリーも同じだったのかもしれない。ずっと昔から慣れ親しんでたものを好き勝手に破壊されることが、どれほど悲しいことか、小悪魔は思い知った。
小悪魔は上体を起こし、壁に体を支えてもらいながら立ち上がった。ふらついた足取りで椅子につくと、鋭い眼光でこちらを睨みつけてくるレミリアに、こう訊いた。
「あなたは頭をちぎられても、上半身を取られても死なない。それなら、私があなたに勝つ方法はあるんですか」
ないよ、と言われたら精神崩壊を起こすかもしれない。そう思ったが、心配するな、とでも言いたげに笑ったレミリアの口から出たのは、希望を与える言葉だった。
「あるよ。まあ厳密に言うとないけど、あんたがこのゲームから逃げ出す方法ならある」レミリアは山札から一枚のカードを取り出し、小悪魔に見せた。檻から人が逃げようとしている様子が絵柄の、〝脱出〟というカードだ。そこには力は記されておらず、代わりに〝このカードを引いたものはこのゲームを降りることができる〟と書いてあった。レミリアはそいつを山札に混ぜ、カットする。「同じ種類のカードは二枚ずつ入っているが、こいつは一枚しか入ってない。こいつを引き当てたらお前はこのゲームを降りることができるけど、勝利したってことにしといてやるよ」
ばん、と山札をテーブルに置いた。「だけど、何事も無く無事に引き当てられるとは思わないことね。腕だけじゃあ、まだまだ私の怒りは収まらないわよ。私はあんたを許しはしない、引かれる前にぐしゃぐしゃの肉塊にしてやるわ。さあ行くわよ」
レミリアがカードを一枚引き、よほどいいカードが来たのだろう、ふふん、と笑った。
小悪魔は山札を切りたかったが、片手がないので、いくつかの山札に分けてそれをランダムに重ねる方法を取った。そうしながら、レミリアと話をするべきかどうか考えた。臆病者の心がひっきりなしに、黙っていたほうがいいと叫ぶのだが、このまま放っておけば、自分は殺されてしまうかもしれない。そしたらパチュリーに、何も伝えられなくなってしまう。嫌われたまま終わってしまう。
山札を置いたあと、意を決して、小悪魔は言った。
「私は、パチュリー様に大変なことをしたと思っています」
レミリアの目が怒りに染まっていくが、これは覚悟の上だ。その覇気に気圧されちゃいけない、耐えるんだ、耐えろ耐えろ。吸血鬼の女王は、その鋭い牙を覗かせて怒鳴った。
「いいからさっさとカードを引きな! なめてるつもりなら、ルールを破ってでもお前の頭を食い散らかすよ!」
息を一度飲み込み、小悪魔は言った。「正直に言います、私がパチュリー様にいたずらしてたのは、こっちのことを見てほしかったからです。それだけなんです。気に入らないからだとか、そういった理由じゃないんですよ」
「それじゃあ、なおさらぶっ潰さないといけないねえ」レミリアはぴしゃりと言った。「私とパチェ、一体何年友達をやっていると思っているんだい。もうお互いは自分の体の一部のような存在なんだよ。それをお前、そんなくだらない理由で大火傷させやがって。今回のことで、パチェはお前のことを完全に嫌いになっただろうよ。パチェは、自分の作業を邪魔する奴と、本を大切にしない奴が大嫌いだ。お前がいまさら、どんな劇的な言い訳をぶっこいても意味ないさ」
「それでもいいんですよ。ただ、もし私が死ぬようなら、あなたのことが大好きです、とパチュリー様に伝えてくれませんか」
レミリアは片眉を吊り上げ、何かを考えるように黙り込むと、しばらくしてから、はん、と鼻で笑った。「まあ伝えてやらないこともないけど、そんなんでパチェが泣いてくれるとでも思っているのかい? パチェのことは私が一番よく知ってる。パチェはあんたのために泣きやしないよ。うるさいのが消えてくれてよかったわ、と一安心するだけさ」
小悪魔は黙り込んだ。そこまで自信満々に言うのならそうかもしれないが、伝えてくれるというのならそれでいいだろう。
「まあとにかく、あんたが死ぬかどうかはカードにかかってるよ。さっさと引きな」
山札の上に手をかけて、小悪魔は少し考えた。
あとは、このゲームの脱出口を探すだけだ。小悪魔はまだ死にたくない。何言ってんだ、大火傷したパチュリーのために死ぬのが道理じゃないか、とは思うけど、こればっかりは仕方が無い。
今のところ確認できる出口は、あの鉄扉のみ。だがあの扉は、右腕がなくなった今、自分一人で開けることなどもはや不可能。しかも、右腕があったとしても、開け終わるまでレミリアが待ってくれるはずがない。
なんとか、レミリアの動きを止めることはできないだろうか。力づくでは絶対負ける、だからテーブルでブロックしたりするのは無駄。万が一カードで相手の体を破壊できたとしても、すぐに治ってしまう。一体、どうすればいいんだろう。
とにかく、カードを引かないと。運良く〝脱出〟のカードが来てくれたらいいんだけど、まあ絶対に無理だろう。
引いたカードを見て、小悪魔は眉をひそめた。〝セーフ〟という名前だけが記され、あと他には何も描かれていない、真っ白いカード。予備のカードだろうか。小悪魔はそれを表側のままテーブルに出した。レミリアの顔が悔しそうになるのが見えた。
「ちくしょう、〝セーフ〟か。そいつはこの番の勝負を無効にできる」レミリアは、自分が出したカードを表にした。人間の左足が描かれたカードだった。「こいつは〝人間の左足〟。力が十もある強力なカードだったのに。ふん、運がいいね、あんたは」
ほっと一安心した。左足をもぎ取られる様子を思い浮かべると、眉間が熱くなり、涙が出そうになる。左腕で拭い、山札を切るレミリアを見つめた。彼女が山札に視線を送っている間に、小悪魔は目だけを動かして脱出に使えそうなものを探した。
「〝セーフ〟のカードは二枚しか入っていない。残りのチャンスは一つだけど、さすがにもう出やしないだろうよ」
レミリアが山札を置き、そこから一枚カードを引いて場に伏せたとき、小悪魔はいいものを一つ見つけた。暖炉の上に置かれている、油が入ったアルミ缶。ポケットにはライターが入っている。なんとか隙を作ってそいつを投げ入れ、炎上した缶をレミリアにぶつけてやることができれば、生き残る可能性が増すかもしれない。
だが、どうやって隙を作れというんだろう。それに成功したとしても、扉を開けられるだろうか。血を流しすぎたせいか、体がだるい。左手にはあまり力が入らない。まいったぞ、この策には確実性がない。やはり、〝脱出〟のカードを引くしか逃げる方法はないのだろうか。
引いたカードは、〝人間の右手の人差し指〟。力は四。サイコロを振れば、けっこうなパワーになってくれるだろう。それを裏側にして出す。
まだまだ諦めちゃいけない。とりあえず火をつけることだ。この部屋を大炎上させ、レミリアを倒す。自分が死なないためにはもうこの方法しかないし、どうにもならなかったとしても、悔いを残したくなかった。
隙は絶対につくれる。そう念じながら、カードを表向きにした。勝負は次にレミリアがカードを切るときだ。そのときにレミリアは目をそらす。タイミングを逃すな、そうしたら死ぬ。
相手の出したカードは、〝人間の右手首〟というカードだった。力は〝五〟。勝てない数値じゃない、二以上を出せばいいんだから。だがレミリアは、舌打ちをして小悪魔のカードと一緒に、そいつを捨て札のところに置いた。
「またまたお前は運がいいね。すでに無くなっている部位のカードは、〝セーフ〟と同じさ。このバトルは無効だ、よかったね」
どうやら助かったみたいだ。
だが気を抜きはしなかった。左手をポケットに突っ込み、音を出さないよう最小限の注意を払ってライターの蓋を開けようとする。だが汗ですべり、なかなか開けられない。体を大きく動かすことはできない、なんとか指先だけで開けなければ。だが、今度は蓋の位置がどこだかわからなくなる。レミリアがカードを切り始めた。落ち着け、と心に念じた。念じるたびに、胸の鼓動が強くなり不安を煽るが、そいつはもう放っておこう。よし、やっと蓋を見つけた。早く、早く開きやがれってんだ、このあばずれが。早く早く、早く!
開いた。顔の筋肉が一気に緩む。あとは火を点けるだけだが、お願いだ、一回で点いてくれよ。点かなかったら自分は死ぬ、レミリアの爪が、自分の首を吹き飛ばす。
スカートからライターを出し、親指をフリントホイールにつけたときだった。汗ですべり、ライターが床に落ちた。ことり、という高い音は、小悪魔の全身の筋肉を硬直させ、核爆発を目の当たりにしたかのような気分を味わわせてきた。世界の終わりだ。今まで積み上げてきた物が一瞬にして消えるような恐怖。
レミリアが山札を切る手を止め、怪訝そうな顔でこっちを見てきた。その視線に耐えられず、小悪魔は下を向く。意識してないのに体が震えた。
「なんだい、今の音は」
レミリアが言う。誰かに裏切られたときに発するような声だった。
もう脱出はできない。小悪魔は確信した。ライターを拾う気になんてなれなかった。暖炉の側に落ちたそれを取ろうと、手を伸ばせば、その腕が瞬きする間に吹き飛び、隅っこの方にでも落ちるだろうから。悔しがりもしなかった。このあとに来るはずのレミリアの拷問に、ただ怯えるしかなかった。
レミリアが山札を置き、暖炉の側にあるライターを手に取る。「これはあれか、香霖堂とかいう店で見たことあるぞ。火をつける道具か。お前はこれで、一体何をしようとしたのかな」
直後、レミリアの左手が自分の首を掴んできた。心臓が縮まる。目の前に現れたレミリアの顔が恐ろしくて仕方なかったが、目はそらせなかった。視界の下から、忌々しいほどきらきら輝くライターが出てくる。ホイールに置かれるレミリアの親指。そいつが動いたと思ったら、ライターが青白い火を点した。
「私が――いいかい、この私が、だよ。お前ごときに、運命操作は使わない、正々堂々と勝負がしたい、と言ったのに、お前は平気でインチキを使うのかい。さっき偉そうなこと言っておいて。やっぱりお前は信用できないよ、お前は卑怯者だ。卑怯で自分勝手な、かわいそうな奴だよ」
卑怯者、という言葉を何度か頭で繰り返したとき、不安定になっていたものがやっと安定したような気がした。どうしても進まなかったパズルが、とある一つのピースがはまった瞬間、さくさくと解けるようになる感じ。そうだ、自分は卑怯者だ。それ以外の何者でもない。名前の通り、悪魔なんだ。人から好かれるべきものではないんだ。悲しいが、仕方が無い。
「お前を焼き魚にしてやるよ」レミリアが言った。「パチェの痛みを味わいな。それから、あの子が大切にしてた本の痛みも。お前はそいつを受ける義務があるんだ。パチェのことが好きだっていうんなら、なおさらね」
レミリアがライターの火を、小悪魔の左頬に押し付けた。
まず最初に発生したのが、頭の中で火花が散ったような感覚だった。そのあとに襲い掛かる強烈な痛みで、目がちかちかする。左頬に穴が空いたのか、炎の熱に混じって冷たい風がそこから通り、歯の裏を冷やした。穴が段々広がっていくのが感じられる。生き物の焼ける臭いが漂う。左目に、下から昇って来る真っ黒い煙が映った。舌の左側に鋭い痛み。引っ込めると、べり、という何かがはがれる音がして、下側が痛痒くなる。
小悪魔は我を忘れた。ばっと立ち上がると、生きたい一心で左腕を振り回し、叫び声を上げた。ずっと続いていた首の圧迫感が消える。柔らかいものが手の甲に当たり、そのすぐあとに、硬い小さなものが落ちる音が聞こえた。左頬を熱していた物は消えたが、安心なんてできない。まだ自分を危険にさらしているものを排除できていない。目の前のでかいのを蹴り飛ばしたところで、左頬に強烈な衝撃が来た。少量の血しぶきが飛ぶのを確かに見た。たまらず小悪魔は、前のめりに倒れこんでしまう。
そこで小悪魔は、はっと我に返った。しかしそれは、レミリアのパンチを受けたからではない。なんと、いつの間にか床にカードが散らばっており、目の前に〝脱出〟のカードがあったからだ。
お前は卑怯者か? と心に巣食う悪魔が訊いた。いいえ、と小悪魔は答えた。ではパチュリーにごめんなさいと言いたいか? その問いには、はい、と答えた。では死にたいか?
レミリアは、ぐちぐち何か言いながら後ろでテーブルを起こしている。このチャンスを逃せばまた、地獄の鬼がやるようなゲームを再開される。手足をちぎられたいのかい? 悪魔が何度も囁いてくる。痛いよ、手足をちぎられるのは。それで、お前は一回も安らぐことなく、発狂したくなるような痛みを抱えて死ぬんだ。卑怯者だっていいだろ、もうパチュリーをこっちに振り向けさせることは不可能なんだ。
右腕が熱くなる。焼かれた頬を、左手で触れてみた。焼け爛れた歯茎にけっこう触れることができたから、頬はそっくり無くなってしまったのかもしれない。今イカサマを使わなかったら、これらよりもっとひどい痛みが襲って来る。あのレミリアが、この程度でやめるとは思えない。大切な親友を壊された彼女は、もっともっと痛みを与えようとするだろう。小悪魔が発狂したってやめはしないだろう。
いやいや、と痛みのせいで消えかかっている良心派が、最後のあがきの声を上げた。自分勝手な考えは捨てないといけない。そのせいでパチュリーに嫌われてたんだぞ。イカサマを使って勝つぐらいなら、いっそ死ぬんだ。おいおい聞いてるのか? これは大問題なんだぞ。
小悪魔は左側に少し顔を向ける。レミリアが物珍しそうにライターをいじっているのが見えた。こちらに背を向けて。
衝動を抑えられなくなった。小悪魔は〝脱出〟のカードを掴み――それを離せ、そんなことしても卑怯者のレベルを上げるだけだ、と必死に諭す声があるが、死にたくない、と強く思ってその声をかき消した。レミリアの様子を見ながらポケットに突っ込むと、体を起こして何事もなかったかのようにカードをかき集め始めた。
「ああ、いいよいいよ」レミリアに話しかけられたとき、小悪魔は心臓が飛び上がった。ばれてない、とはわかっているものの、こういうのは健康によくない。小悪魔の目の前に来たレミリアは、カードを集めながら言った。「あんたは椅子に戻ってな。カードは私が集めておくよ」
言われるがまま、席につく。思い切り深い安堵の息をつきたかったが、抑えた。
レミリアは席に戻ると、小悪魔がぎょっとするようなことをした。山札の中身を調べ始めたのだ。まずい、〝脱出〟のカードは一枚しかない、このままではばれる。ほら見ろ、と勝ち誇った良心派の声。イカサマなんてしたって裏目にしか出ないんだよ。
だが、レミリアはさきほどの捨て札を抽出しただけで、一番最後まで見ることはなかった。あんまり心臓に悪いことはしないでくれよ、と思った。
レミリアは山札を置くと、ライターをいじりながらこう言った。「こいつを油の中に入れて、私を殺そうとしたのかい? この私を、パチェみたいに黒焦げの焼き魚にしようとしたのかい? だとしたらお前はアホだよ。私は身を焼かれたって死にはしないし、行動が鈍るわけでもない。多少目がくらむぐらいさ、それも一瞬だけどね」
その後、カードを一枚引くと、テーブルに伏せた。「お前はさっき好き放題暴れてくれたわけだけど、相当燃やされるのは苦痛だったみたいだね。ほっぺだけであのザマなんだ、全身を焼かれたら、それは苦しいだろうねえ。それで、お前はパチェの痛みの何割かを知ることができたのかい?」
ここで黙っていたら、余計レミリアの怒りに火をつけるだろう。そうして、カードに示されてる部位とは違うところも、ついでに引きちぎられることだろう。恐れた小悪魔は言った。
「パチュリー様が受けた苦痛は十分理解しています。こんなゲームが始まるずっと前から、理解しているのです。だからどうにかして謝りたいのです。あなたが私の言葉を嘘と思うのは勝手ですが、聞いてください」
また激昂するんじゃないか、と思ったが、レミリアは黙っていた。口を結び、鋭い目でこちらを睨んでくる。この目はまったく人を信用していない。本心を言ってみろ、と命令しているかのようだ。
しばらくしてレミリアは、別になんでもいいや、とでも言いたげに軽いため息をつくと、視線を指先に落としてライターをいじり始めた。「お前の番だよ、さっさとカードを引きな」
小悪魔は山札を取り、思った。チャンスは、レミリアが目をそらしている今しかない。ライターを持っていて本当によかった。レミリアは多分、この幻想郷に存在しない物品を見て、興味が沸いて仕方ないのだろう。そうだ、そのままじっくり眺めてるがいい。そいつは一度見ただけじゃ、魅力は伝わらない。ずーっとだ、ずーっと眺めてろ、いつまでもずーっと。
山札をいくつかの山に分けたあと、ポケットにしまいこんでいたカードを少し出して表裏を確認し、手のひらに張り付かせるように持つと、山の上に置いた。それが山札の一番上になるよう、ディールシャッフルに似たものをすると、テーブルの真ん中に戻した。レミリアは相変わらずライターを見つめている。完璧だ、勝てる、生き残れる。心に広がる、歓喜の声。これで自分は、この息苦しい監禁部屋を抜け出し、あの図書館に戻ることができるのだ。無くなった右腕や穴の空いた左の頬を見せ、自分が受けた罰がいかに恐ろしいものだったかを伝えれば、パチュリーとだって和解できるはず。
小悪魔は一番上のカードを引き、〝脱出〟のカードであることを確認すると、テーブルに伏せた。このゲームを始めてから、ここまでカードの表示が待ち遠しかったことは無い。ようやく帰れるんだ。この、熱にかかったように頭をくらくらさせる痛みと、ようやくお別れすることができるんだ。嬉しくて仕方なかった。
同時にカードを表向きにした。レミリアのカードは、〝目玉〟という力が〝二〟しかないカード。対する小悪魔は〝脱出〟だ。さあどうだ、これで終わりだろ。さっさと終わり宣言をしろ、このちびっこめ!
レミリアは仏頂面だった。カードをしばらく眺めてから、何かに納得したように二、三度軽く頷くと、その二枚と捨て札を山札に戻した。カードを揃えて、サイコロと一緒にケースにしまう。そうしながら、淡々とした口調で言った。「〝脱出〟のカードが来たみたいだね、おめでとう。あんたの勝ちだよ。本当にあんたは運がいいね」
胸の奥で、暖かい液体が染みるように広がっていく心地がした。顔を緩ませ、にぱぁっと笑う。口を動かすと左頬が痛んだが、気になんてしなかった。
「か、かか、帰っていいんですか?」震え気味な声でそう訊くと、レミリアは言いながら席を立った。
「ああいいよ。そういう約束だ。お前に対する私の拷問はこれで終わりだ。扉は開けてやるから、さっさと帰りな」
鉄扉が、小さな体によって開け放たれた。瞬時に入り込んでくる冷たい空気は、刑務所から脱獄するときのような開放感を与えてくれる。あふれ出る涙を、左腕を押し付けるように拭い、席を立った。レミリアは相変わらず人を睨むような表情だったが、そんなものはすぐに意識の範疇じゃなくなった。
お前は最後まで誠意を見せなかったね、と死に掛けている良心派が心の中で声を上げる。パチュリーに謝ることよりも、逃げ出すことを選んだわけだ。きっと裏目に出るよ。そうだろう? 卑怯なことはだめだよお嬢ちゃん、決して事態が好転することはないんだから。
いやいや、と小悪魔は反対する。何も死ぬことだけが謝る方法じゃない。もう十分罰は受けた、頭を下げて必死に謝れば、パチュリーだってわかってくれるはず。
扉から出て、先を暗闇に食われている通路を数歩進んだとき、背後からレミリアが声をかけてきた。「あんたは、パチェが自分を許してくれるとでも思っているのかい?」
なんだか自分の心の内を覗かれたようで薄気味悪かったが、なるべく笑顔を崩さないよう振り向き、言った。「それはわかりませんが、私はしっかり、パチュリー様に謝ります。許されるか許されないかは、また別の問題ですよ」
「あっそうかい」レミリアは言う。「まあとにかく、地上に戻ったら、もう馬鹿なことはするんじゃないよ。紅魔館にだってルールはあるの。忘れるんじゃないよ」
小悪魔はお辞儀だけすると、すたこらさっさと暗闇に向かって走った。
確か、ひたすらまっすぐ行けば出口にたどり着けるはず。ああそうだ、十字路のところを右に曲がらなくちゃいけないな。大丈夫、十字路は一つしかない。この暗闇でも迷うことは無いだろう。
足が軽い。今まで眠っていたかのように、右腕や頬の痛みが暴れだしたが、意識ははっきりしている。地獄から抜け出れたことが嬉しくて仕方が無いからだろう。ベトナム戦争から帰ってきた兵士も、ヘリの中でこんな気分になっていたんだろうな。ランプも空もない閉塞したこの地下で、こんなにもすがすがしい気持ちになれるだなんて、いつ予想しただろうか。
十字路に差し掛かったところで、小悪魔は目を丸くして足を止めた。遥か前方に赤くて丸い物がぽつりと宙に浮いていたからだ。黒い壁についている赤い目のようで、薄気味悪い。不思議に思って見つめていると、それは段々大きくなる。そうか、近づいてきているんだ。輪郭を作り始めたそれが人の形をしている、と気付いたとき、恐ろしくなって半歩下がった。
だがそれは、フランドールだった。よく館の中をうろちょろしているが、外に出ているところは見たことが無い、生粋の箱入り娘。不規則なリズムで歯をカタカタ鳴らし、大きな瞳でこっちを見つめてくる。正直、ほっとした。フランドールとは少し話をしたことがあったが、おとなしくて礼儀正しい、静かな子だったからだ。
だが、今はどことなく様子がおかしい。立ち止まったフランドールは、こっちの顔を見ても何にも言わないのだ。小悪魔が軽く手を振ってみせても、うんともすんとも言わない。心配というよりは、不安になった。悪夢のあとに目覚めて、まだ続いているんじゃないか、と布団の中に潜っているときに感じるような、そんな気分。
フランドールが歯を鳴らすのをやめ、通路は完全に静寂に包まれた。
しばらくお互いに見つめ合ったあと、ようやくフランドールが喋った。「咲夜が言ってたんだけど、あなたが一緒に遊んでくれる人?」
「えっ」と小悪魔は思わず聞き返した。状況がよくわからない。いや、本当はわかっているけども、そうと信じたくない心が、必死に意味をわからせようとしなかった。
「だから」とフランドールは言う。「咲夜がね、言ったの。優しいお姉さんが遊んでくれるから、しばらくあそこで待ってなさいって」背後の十字路を指差す。「ずっと待ってたのよ。待ちくたびれちゃった。まあ、待つのには慣れてるから別にいいけど」
ああちくしょう、と小悪魔は下唇を噛み締めた。レミリアの奴、最初から自分を生かす気なんてなかったんだ。おとなしい外見に騙されちゃいけない。遊ぼう、と言ったあとのフランドールは、危険なサイコパスが乗り移ったかのように凶暴になる。彼女の遊びは、鬼ごっこだのかくれんぼだのいった、微笑ましくてかわいいもんじゃない。徹底的に敵をぶちのめす、血みどろあふれるスプラッター劇場だ。そして力も強大。どこぞの巫女と魔法使いが無断で地下に侵入したとき、紅魔館が半壊するほどのダメージを受けたこともあった。スペルカードも持っていない自分が、どう対抗しろというのだろう。
「遊んでくれるのね?」フランドールは言って、にたりと笑った。その右足がぐいと前に出る。続いて左足。五歩ほどそれを繰り返すと、両手を突き出し、突進するように走ってきた。嬉しそうに大きく開いた口から出るのは、獰猛な恐竜が発するような、耳をつんざく凄まじい絶叫だ。気圧された小悪魔は尻餅をつくが、すぐに体を反転させて立ち上がると、震える足を懸命に動かして駆け出した。
ほら見ろ、と良心派の心が言った。自分のことだけを考えてた報いだ。がんばって逃げ切れよ。生き残れたら、世界大会にも出れるアスリートになれるかもしれないんだからな。
そうだ、レミリア、レミリアだ。このまままっすぐ行って、監禁部屋にいるはずのレミリアに、後ろから闘牛のようにどかどかと追いかけてくる悪魔をやめさせるのだ。そこまで気を抜くな、気を抜くってことは、首のない自分の死体を見る、てことだからな。首だけの、つかの間の空中遊泳。くそ、ろくでもない!
小悪魔はぎょっとするのと同時に、深い絶望感を味わった。整合さを求めるよりも、その感情は早く来た。目の前に現れた丁字路。こいつがその原因だ。こんなところは一度も通っていない。あの重苦しい鉄扉も発見できない。確かにまっすぐ走っていたのに。どういうことだろう、こいつは一体なんなんだろう。まいったぞ、闇と石以外何もないこの狭い空間に、粉砕狂と二人きり。新しいラブストーリーでも作れというのか。この際だからはっきり言わせてもらうが、そんなのは断じてごめんだ。
丁字路の右側を選び、ひたすら走った。この通路はもう永遠にどこへも通じることはない、と予想したが、そのまま気分を沈めると殺されてしまう。後ろから聞こえてくる怒鳴り声は、多少の強弱はついてるものの一向に止む気配がない(どうせやるなら、弾幕なりなんなりを使って一瞬で殺せばいいのに、そうしないのはレミリアの指示だろうか)。このまま死んでしまうなんていやだ、なんとか、生き残る方法を探さないと。何かないか、何か……。
何度角を曲がっても、どれだけ走り続けても、目の前に現れるのは一メートル先が見えない暗闇と、石の壁だけ。後ろの怒声はまったく止まない。そのうちに、足に疲れが溜まってくる。息も切れてきた。しかし休んでる暇はない。無我夢中で走った。視界がぐにゃりと歪む。瞳に景色は映るが、もうその情報は脳にまで届かない。それでも、生きたいという気力が小悪魔を倒れさせなかった。他の何を犠牲にしてでもいいから、生きていたかった。
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レミリアは地下室から出ると、食堂へ戻ってあの長すぎる背もたれのついた椅子に座った。そして手に持っていた『人体破損』のカードをテーブルに置き、ため息を一つついた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」奥から咲夜が、トレイに紅茶を乗せてやってきた。それをレミリアの目の前に置くと、にこやかに笑って言った。「永遠亭の医者が来てパチュリー様を診ていますが、すぐに治るとのことです。命に別状はないと」
レミリアは目を輝かせた。「おお、そうかそうか! そいつはオウケイだ、めでたいわ」
「消火活動の方も終わったようで、にとり様には報酬の百円をあげて帰っていただきました。とりあえず危機に去ってもらってよかったですねえ」
ああそうだね、とレミリアは言い、満足気に紅茶をたしなむ。グラスを置くと、二人してにこにこした。しばらくそうしたあとに、咲夜が思い出したように訊いてきた。「小悪魔は帰ってこれなかったのですか?」
「ああ、帰ってこられなかったよ」紅茶を取って、唇につける。「咲夜の力で広げられた地下通路を、ずーっと走ってるよ。フランと一緒にね」
咲夜は勝ち誇ったような顔をした。「当然ですわね。パチュリー様を、炭火焼納豆なんて目じゃないくらい焦げ焦げの焼肉にしちまったんですからね」
「炭火焼納豆は意味が違うよ」レミリアは言ったあと、カードケースからカードを出して、眺め始めた。「私はこいつで、小悪魔を美しく華麗に拷問してやろうと思った。だけどね、途中で考えが変わったんだよ。あいつも、パチェのことが大好きなんだ、て知ったときからね」
咲夜は眉を潜めた。「大好きですって? それならどうして火をつけたりなんかしたんですか。やっぱりあれですか、ハリウッド映画の見過ぎなんですか」
「いやそうじゃないよ、パチェにかまってもらいたかっただけだったらしい。まあそんなことはいいんだ。私の言いたいのは、そういうことじゃない」
紅茶を一口飲む。息を軽く吸ってから、言った。
「あいつがパチェのことを好きって言ったときから、それがどれほどまでなんだか知りたくなったんだ。パチェにしたことを本当に悔やんで、運命を受け入れるのかどうか。あいつが心から悔やんでくれたなら、私はすぐにでもゲームをやめてあげるつもりだった。フランとも会わせなかった。だけどね、小悪魔は最後まで、自分のことだけを考えていたんだよ。好きな人に苦しみを与えたことを後悔するより、自分の安全を選んだんだ。それがあいつの、帰ってこれなかった理由だよ」
レミリアは〝脱出〟のカードを一枚取り出すと、咲夜に見せた。「小悪魔がイカサマをして、このカードをポケットに加えるのを見たとき、もう諦めたわ。この子はパチェのことを何も考えてないって。謝る気なんてこれっぽっちもないんだって。私もパチェが大好きだから、許せなかったのよ」
カードをしまい、紅茶を飲む。「フランは、卑怯な心に負けちゃった小悪魔を強くしてくれるかしら。ああだめかなあ、その前に殺しちゃうだろうし。フランは容赦を知らないからなあ」
妹様の悪口はいけませんわ、と咲夜が笑った。
それとも、とレミリアは咲夜に笑みを返しながら思った。自分は命の危険を感じたことがないから、小悪魔の気持ちがわからないだけなのだろうか。もしかしたら、自分も命の危険を感じたら、パチェのことなんて念頭に置かず、自分が生きることだけを優先してしまうのかもしれない。どうだろう。わからないけど、そんなふうになるのは嫌だ。自分はけっこう、いろんな人にわがままお嬢様扱いされてるし、多少なりとも自覚はある。だけど、友達のパチェを裏切るなんてことは、どんなときでもしたくない。
もし小悪魔が生き残ってこれたら、自分と同じように心の底からパチェを思ってくれるようになるかな。そういう未来になるよう、ちょっと運命を操ってみたい気もしたけど、やめておこう。今レミリアが見たいのは、作られた未来じゃない。
「紅茶、新しい物をお持ちしますね」
咲夜はそう言うと、ワイングラスを持ってすたこらさっさと厨房に向かっていった。
いたぶるだけのわけのわからない作品でした。どこが楽しいのかサッパリわかりません。
パチュリーに振り向いてもらいたいが為に悪戯をする小悪魔は理解できますが、小悪魔へのパチュリーの感情が理解できません。
そんなに嫌いならなぜ傍に置いているのか、何か思惑があったにしてもその描写も無かったように思います。
そしてなぜパチュリーは黒こげになる必要があったのか。喘息で苦しんでいたにしてもです。
小悪魔への怨みを体現するためでしょうか?
魔法は弾幕が全てではありません。たしかパチュリーは精霊魔法が得意分野だったはず。
ならば水の精霊とかいろいろ考えつきそうなものです。そしてそれは弾幕がどうのと考えてるうちに実行できたはずです。
レミリアの残虐刑に関しては……まぁ優しいレミリアだけじゃないということで何とか納得しました。
そして最後、小悪魔に一切の救いが無いのが最大の欠点かと。
きっとこの小悪魔が助かることは無いのでしょう。
もともと私は紅魔館の住人が好きなのですが、この小悪魔はあまりに独り善がり過ぎて同情の余地がありません。
好きなものを無理矢理嫌いにさせられるような不快感が作品の中盤からずっとつきまとって離れませんでした。
文章自体はちゃんとしていて読むのも苦労はしませんでしたが、内容が……といったところです。
くだらない
確かにこの小悪魔は世間一般の人情や良心、礼儀などの美徳には反していますが、人間も今回みたいな状況になれば小悪魔みたいになってしまうんじゃないでしょうか。
少なくとも自分はそんな事はないと断言する自信はないです。
美徳ばかりではなく、現実的な感じを目を逸らすことなく表現したことは評価できると思います。
こういうのが嫌いな人も勿論おられるでしょうがw
破られた本を夜通し修復するよりも、小悪魔に一言二言声をかける方が合理的で簡単なはずです。
あえて無視して書物を粗末に扱わないように教育する為なら、いたずらをしていない時に完全に無視するのは逆効果だし……
どんなことを考えての結果なのかつかめませんでした。
なんとか変えようとして逆にさらに悪化させてしまっていたのかなと思いました。
小悪魔はなんとか気を引こうとして、パチュリーはそんな小悪魔にどう接していいやらわからずに、といった感じで。
各キャラにもそこまで違和感は感じませんでした。
この作品ではこうだから、とすっぱり割り切って読んだからかもしれませんが、
私的にこんな紅魔館は「在り」の範疇。
まぁこの小悪魔は動機はともかく、「悪魔」にしては人間じみた「悪」であるように思います。
んなこと言いだしたらレミリア様もなんですけどねー
その人間臭がむんむんな不道徳、非人情な展開、やりとりの表現がとてもうまくて読みやすかったです。
個人的には話の流れや構成が上手く最後まで止まらずに面白く読めました
こういった世界もありだなあと思わされました
内容が内容なので色々な評価をされそうですが、くじけずがんばって下さい
原作~はそれぞれ色々な作品で無視されているところもあるし二次創作の範囲内だと思います
個人の中の世界観を壊したり好きなキャラがこうなるのはファンにとってつらそうなので、
もう少し最初の警告がきつめのほうがよかったかも知れないですね
意識を取り戻したパチュリーが地下通路から小悪魔を助け出してくれると信じています
難しいが、面白い。
小悪魔の感情がとても合理的且つ自然に感じました。
読み終えてなお、話は終わらない。
ぞっとするお話は、大好物です。
元々私は「人それぞれの幻想郷があって、性格の解釈も人それぞれ」と思っているので、残酷なレミリア・咲夜も度を過ぎたいたずらをする小悪魔もありだと思います。
ゲームをしている所も面白く感じましたし、小悪魔が生きたいと思うのも、謝る前に生きなきゃ、と思うのも納得できました。
ただ少し残念なのが、小悪魔に生き残る道が残されていないように思えることです。
「もし小悪魔が生き残ってこれたら」とレミリアは言っているのに、咲夜は小悪魔を逃がさない為に永遠にでも空間を広げそうに思えます。
「空間を広げている」だけだからいつかは終わりがあるのか、それともレミリアがタイムリミットを設定しているのか。
続き、あるいは其処まで行かなくても、もう少しオチが欲しかった気がします。
私自身はパチュリーと小悪魔には仲良くして欲しいので、何とか小悪魔が生き残ってパチェに許してもらえることを願っています。
まぁ、勝手に言っているだけなので無視してください。あなたの幻想郷、私は結構好きです。
続きが気になる衝動に駆られ最後までよみました。
残酷な話のほうが高尚と思うわけではないですが、
ほのぼのが全てとも思いませんし
東方原作内では皆全てほのぼの丸く収まりますが、
レミリアやパチュリーも過去ではきっついことやってるでしょうし。
長く生きてる妖怪なんかは大概当てはるでしょう。
ただほのぼのが基本の東方界隈では受けにくいでしょうね