それは、一つの絵でありました。なんの変哲もない絵画でありました。
氷の上に白いミルクを垂らしたようにふにゃふにゃの線で、湖の江まで描かれただけのものでした。
でもそれを見た妖精はこう思い、叫んだのです。
「──あたいもお絵かきする!」
氷の妖精は早速行動を開始します。まずは仲間集めです。
「お絵かきするから手伝って!」
それを聞いた他の妖精たちは、首をかしげます。だってお絵描きは普通は一人でするものです。
新手のイタズラ? でも氷の妖精が言うには、集合場所は霧の湖です。あそこには、人間はあまり来ることはありません。
となるとチルノのその目的はなんでしょうか。
妖精たちは皆、頭を横にして考えましたが、結局よくわからなかったので、断りました。妖精は考えるのが苦手です。
そしてお絵描きするならまず紙とエンピツとクレヨンとかが必要なんじゃない? と忠告も誰かがしました。でもチルノは、
「一切必要なし!」
と胸を張って、鼻息をフンと一つあげました。
そしてどこかに飛んでいきました。
魔法の森には、仲の良い三人の妖精が木の実のボールで遊んでいました。そこに、
「君達の力を借りるぞ!」
颯爽と中心に降り立ったチルノが、ボールをはね飛ばしてそう宣言しました。そして、お絵かきの話をしました。
「──そう、それならば」「──この私達の」「──屍を越えてゆくがいい!」
話を聞いた三人は、ポーズをとってそう言いました。セリフの意味はあまりよく考えていません。
三妖精は別に暇だったので手伝ってあげても良かったのですが、チルノとは互いに良きライバルであるという意識がありました。
そういう意味で、タダでは手助けできないのです。三人は勝負の方法として、かくれんぼを提案しました。もちろん鬼はチルノです。
三妖精には勝算が見えていました。
なぜなら、彼女達の能力は、光の屈折を操り、周囲の音を消し、生き物の気配を探る程度の力を持っていたからです。
これならば、負ける要素はありません。チルノはそれをわかっているのかどうだったのか、勇ましくその勝負を受けました。
「かくれんぼ勝負開始!」
チルノの宣言と共に、三妖精は散らばって逃げました。
そして彼女が数を数え始めたのを確認すると、こっそり三人は集合したのです。
「これで」「絶対」「負けないわね」
本来、かくれんぼで人数が固まる事はデメリットにしかなりません。
しかし、この三妖精の場合は違うのです。
三人の姿が消えました。そしてそのお喋りも消えました。もう三人がどこにいるのか、誰にもわかりません。
そう、お互いの能力を合わせる事によって、三妖精のそれは最強のかくれんぼ能力となるのです。
サニーミルクが皆の姿を見えなくして、ルナチャイルドが移動音を消して、スターサファイアが気配を探り、相手を近寄らせません。
これではチルノに勝ち目はないでしょう。
三人は迂闊にかくれんぼ勝負を受けたチルノをあざけると同時に、自分達がどれだけすごいのか、改めて知らしめてやろうと思いました。
あの妖精最強と名高きチルノを部下にすれば、妖精内での地位は一気に高まります。
それを思うと、三妖精は氷の玉座の上で、周りに妖精達を侍らせつつ、好きな食べ物を頼んで優雅に過ごす自分達を想像せずにはいられないのでした。
「ダイアモンドブリザード!」
そこに氷の嵐が出現しました。
油断していた三妖精に、木々の間を通り抜けた、雪と氷のコラボレーションが襲いかかります。
「おぶ!」「むきゃ!」
サニーミルクが後頭部に氷の塊を受けて気絶し、ルナチャイルドが雪を全身に浴びて雪だるまになってしまいます。
「みーつけた!」
残ったスターサファイアに、チルノが指をさし、高らかに勝利を宣言しました。
「さすが、私達のライバルね」
やはり、かくれんぼはこうスリリングでなくてはなりません。
両手をあげたスターサファイアは、いさぎよく降参を宣言しました。
「で、結局何をするのよぅ……」「さむさむささぶぶぶぶ……」
頭にたんこぶが出来たサニーミルクと、体にタオルを巻いたルナチャイルドが文句を言いました。
「もちろん、お絵かき!」
昼間でも白く包まれる霧の湖の畔で、四人の妖精は体を休めています。
「でも道具も何もないんでしょう? どうやってお絵かきをするの?」
スターサファイアが当然の質問をします。
チルノが湖を凍らせて絵を描こうとしているとも思いましたが、それだと他の妖精の助力を頼む必要性が感じられません。
「だから! 私がバーってやって、みんながガーッってやって、最後にブワーってしてできるのよ」
チルノは手振りをまじえてそう力説しましたが、あいにく全然わかりません。
星の妖精は少し考えて、とりあえずチルノが湖を凍らせてから何かをしようとしている事だけ理解しました。
となると、後は自分達の役目を確認するだけです。
「設計図みたいのはあるのかしら?」
「うん、これよ!」
チルノは最初に見た絵を服から取り出して、三妖精に見せました。
霧の湖はざわつきました。
気になった妖精たちが見に行くと、そこには五人の妖精の姿がありました。
「うん。次はその辺り、ああ、もうちょっと下ね」
「こうかな?」
元絵を持ったスターの指示で、サニーが光の線を描きます。
「もー、なんだって私がこんな事……」
ルナが文句をいいながら、その線になぞってガリガリと氷を削っていきます。
「ひゃっほーい!」
チルノが、その周りで威勢良く湖を凍らせていました。
「…………」
湖の畔では大妖精が、せっせと木の葉を集めていました。
一度チルノの手伝いを断った妖精たちは、気になりました。
そして見ている内にわかったのです。
『私知ってるもん。氷をけずると白い線になる! お絵かきなんだから。これで十分よ!』
先程チルノはこう言いました。
書く、描く、画くの『かく』という言葉は、元々は土や石や木を引っ掻いて、痕を残すことからできた言葉です。
それをチルノが知っていたかはわかりませんが、彼女の考えたお絵“かき”とは、とても由緒正しいものなのでした。
『最近はもう暑いから、これは時間との勝負よ! 氷が溶けきる前にお絵かきを完成させねばならない!』
さらにこうも言いました。
元の絵には、大きな湖に白い線が描かれていました。
チルノはそれには負けてはいられないと、実物のお絵かきの大きさにもこだわったのです。
これは流石に妖精最強を自負するチルノでも、この時期手に余るものでした。
それに、一人でやるよりも、大勢でやったほうが楽しいとも考えたのです。
『せっかくだから、色もつけてみましょう? 例えば木の葉を浮かべて、それを凍らせれば緑色になるわ』
スターサファイアのアイディアも採用されました。
丁度近くを飛んでいた大妖精を、チルノが無理矢理仲間に引っ張り込んで、木の葉その他の調達係を命じました。
そして現在に至ります。
五人の妖精の動きを眺めていただけの他の妖精たちも、大分うずうずしてきました。妖精は、楽しそうな事が大好きです。
次々とお絵描きの志願者が現れました。
チルノは快くそれを受け入れ、それらの指示を全部任されたスターは大忙しになりました。
そうして、妖精の、妖精による、妖精のためのお絵かき大会が始まったのです。
日は高く高く昇っていきます。
それにつれて気温も上昇し、小さな幻想郷にも汗をかかせるのでした。
これでは氷もすぐに溶けてしまうでしょう。
でも、その中でも霧の湖はいつものように、その厳しい日差しから白い傘をさすように霧で優しく遮り、妖精たちのお絵かきを見守っています。
「あー! あそこまた溶けちゃってる……。カモン、チルノ!」
「私の氷を溶かすとは……憎い太陽ね。いつか凍らせて冷凍夏みかんにしてやるわ!」
しかし、やはり夏の季節です。
氷の妖精が全力を振り絞っても、なかなか思うようにいきません。
どこかを凍らせても、次にはまたどこかが溶けていきます。思ったより、その時間が短いのです。
現場監督のスターも、この状況の前にはうなりました。
「うまくいかないわね……。もっと、全体を一瞬で凍らせて、すぐに線を描ききらないと」
ここは一つ、全員の呼吸を合わせる必要がありました。
スターは現作業の全行程の中断を、他の妖精たちに命じました。
「ええー!?」「ちょっとスター、放っておくとすぐに溶けちゃうわよ!」
一部の妖精たちから、不満の声があがります。
しかしスターは首をふりました。
「リーダーがあれでは、どうしようもないでしょう?」
その言葉で、妖精たちは気がつきました。
湖上を駈け回っていたチルノは、もう体中が汗……いえ、霜だらけの有様です。スターの言葉も、耳には入っていないようでした。
「少し休憩が必要よ」
今度は異論の声はあがりませんでした。
ルナチャイルドがぐったりしているチルノに肩を貸し、湖の畔の木陰まで連れて行きました。
「大丈夫、チルノ?」「もう少し休憩する?」
「へーき、へーき。こんなの、ちゃらへっちゃらあじゃらよ。どうって事ないわ」
チルノの近くでサニーとスターが心配そうに見守り、その周りで妖精たちが木の葉のウチワをあおぎ、大妖精がジュースの差し入れを配っています。
やや日向の指す場所では、チルノを運んで凍傷になりかけたルナチャイルドがタオルを巻いて震えていました。
「もう大分溶けちゃったなぁ……」
サニーミルクが、湖の方を見て唇をかみます。さっきまで頑張った成果は、文字通り水の泡となりそうでした。
「仕方ないわサニー。それより貴方には次は頑張って貰わないと。……ねぇ、ちょっと耳貸して」
「んん? ……うーん、そりゃ出来ると思うけどさ」
スターがごにょごにょとサニーに耳打ちしています。
その横では、元気を取り戻したチルノが、地面に何かを並べて、熱心に頷いていました。その様子を大妖精が後ろから見守ります。
やがて休憩時間は終わり、お絵かきが再開されます。
しかし、いまや氷の塊がプカプカ浮いているだけの湖を見て、他の妖精たちのテンションはだだ下がりです。
このままでは、飽きっぽい妖精は逃げてしまうでしょう。現に、もうやる気なさげに地面に落書きしている妖精たちの姿すら見受けられました。
「じゃあ、チルノよろしくね」
「まっかせておきなさい!」
その妖精たちの中を、チルノが突っ走ります。
そして霧の湖の中心に躍り出て、片手を掲げました。
「いくわよ──氷符!」
アイシクルフォール! と、チルノがスペルカードを宣言します。
氷のツララが落ちていき、湖底から伸びる立派な柱ができました。
「お次は──雹符!」
ヘイルストーム!
霰の嵐が辺りを飛び交い、湖は氷を入れたジュースのように冷え切りました。
「まだまだ──雪符!」
ダイアモンドブリザード!
キラキラと、水蒸気が小さな結晶となって降りおちるこの現象は、辺りの霧をも一緒に凍らせて、冬のように気温を下げてしまいます。
「もう少し──霜符!」
フロストコラムス!
湖上が、薄く霜柱で覆われます。これで準備はできました。
「仕上げの──凍符!!」
コールドディヴィニティー・マイナスK・パーフェクトフリーズ!!!
三枚のスペルカードが輝きます。
氷点下・絶対零度の力を完全に留め、解き放たれた湖上の氷精の一撃は、湖の中心を完全に凍らせます。
まるで突如巨大なスケート場が出現したかのようなこの出来事に、妖精たちは唖然とし、次の瞬間に大歓声をあげました。
「あたいってば最強ね!」
腰に手を当てて、チルノが猛々しく名乗りをあげます。
今、これに誰が文句を言うでしょうか。妖精たちの歓声がさらに高まりました。
「私たちも負けていられないわ。よろしくねサニー」
「まっかしときな! 兄弟風には負けてられないわ!」
スターに背中を押されて、腕まくりをしたサニーミルクが空へと飛び出しました。
その目標は──太陽です。
「日光よ! 我に力を貸したまえ!」
太陽を殴りつけるように拳をにぎりしめ、天に振り上げます。
次の瞬間、小さな太陽のように輝きだしたサニーの手から、湖の氷壁目掛けて光が飛び交います。
「わはははは! まだまだこんなものじゃないよ!」
氷に光の絵を描いたサニーミルクがもう片手を突き出すと、今度は太陽の光が屈折し、彼女に集中、または周りの霧に拡散しました。
これは少しでも、直射日光の熱を防ごうという考えでした。
辺りがやや薄暗くなり、氷上で光が一層際だちました。これなら、線をなぞるのもより簡単になるでしょう。
「おし、行くわよ! 氷を削り隊──出撃!!」
ルナチャイルドが妖精たちに号令をかけ、石を片手に、飛び出します。
光のラインに添って、妖精たちがかけまわり、まるでワルツのように回り続けます。
ガガガガリガリと、ちょっと音がうるさかったので、ルナは軽く音を消して、快適な削り作業を演出しました。
「最後は私たちね。行きなさい木の葉部隊!」
スターサファイアが手を振ると、大妖精を中心とした木の葉を抱えた妖精たちがパタパタと移動していきます。
木の葉だけでなく、色とりどりの森の恵みを抱えた彼女たちの揃った足並みに、星の妖精は満足気に頷きました。
そしてバランスを崩したり、重そうにしている妖精たちの手助けをしながら、氷の画板に向かっていきます。
「チルノ大丈夫?」
「ふふん。それは誰にむかって言っているのかね!」
まさに全力を出し切った後であろう氷の妖精は、霜汗を犬のようにブルブルと振りまきながら、不敵に言います。
「あともう少しよ。この木の葉やら木の実を氷に沈めれば、完成だわ」
そう言いながら、スターはテキパキと運び終えた妖精たちに指示を与えていきます。気配を探れる彼女にとって、この役目は正にうってつけなのでした。
「は~や~く~」
ふと空を見上げると、ややへばりかけているサニーが催促してきました。
それを見てクスリと笑い、スターとチルノが、サブリーダーとリーダーが手を合わせます。
「仕上げね」「おうさ!」
やっぱりこの手は冷たいな。と思いつつ、しっかりと握りしめ、星の妖精はにっこり笑うのでした。
何処からか、強い風が吹きました。
霧の湖の衣が、ゆっくり飛ばされていきます。
「出来た……」
誰かが、ぽつりと呟きました。
「出来た……!」
何人かが、そう言いました。
「出来たぁ!!」
全員が、そう声をあげました。
今は空を飛んでいる妖精たちの下には、氷に描かれた、絵が画かれていました。
白い線、木の葉と木の実で彩られた服模様。湖の上の、透き通ったその姿。
それは少女の絵でした。
それは精霊の画でした。
それは妖精の繪でした。
誰なのかはわかりません。
でも、羽が生えて、柔らかな白い線になぞられたそれは、確かに自分たちの誰かだと、そして自分なのだと妖精たちは思いました。
妖精たちのお絵かきは、それは見事な妖精の絵をかききったのです。
風が吹きました。
誰もが満足げでした。誰もが誇らしげでした。誰も、しばらく何も言いませんでした。
やがて、
「みんなご苦労!」
リーダーのチルノが、そう言いました。その瞬間から一気に、妖精たちが声をあげてはしゃぎ回り始めました。
思い思いに、絵に近づいてみたり、離れたり、白い線をなぞったり、表面に薄く張られた氷の中の木の実を取ろうとしてみたり。
自分たちが成しあげた出来事に、自由気ままに楽しく触れるのでした。
その様子を五人の妖精が見下ろしています。
「本当にできたなぁ……」「うんうん」「できたわねぇ」
三妖精がうんうんうん、と頷き合いました。最初から参加していたメンバーとして、感慨深いものがありました。
「私の眼にくるいはなかったわ」
チルノは鼻を鳴らして、腕を組んでいます。実に満足そうです。
「…………」
大妖精は何を言えばいいのかわからなくて、もじもじしていましたが、とても嬉しそうな様子でした。
「──そうだ!」
チルノが声をあげました。他の四人が振り向きます。
「今回の事でわかったわ……私ってば最強だけど、このメンバーが集まればもっと最強よね。ベストメンバーってやつよ。
で──こういう時、人間は誓いをするのよ。そう、有名なこれは……トーエー? トーゲー……うん、トウホウの誓いってやつね!」
「へぇ」「ほぅほぅ」「素敵ね」
チルノの豆知識に、三妖精が感心し、大妖精は手を叩きました。
「で、やり方はね。こうやって……えーと、うん、手を合わせればいいのよ!」
チルノが手を空に掲げます。三妖精も頷いてそれに手の先を合わせます。
おろおろしていた大妖精の手を、チルノがぐいっと引っ張って、輪に加えました。
妖精の氷上絵の元、五妖精が一つの誓いを結ぼうとしています。
「それで確かこう言うの──われら五人、セーは違うけど兄弟チキンおむすびからあげ(我ら三人、姓は違えども兄弟の契りを結びしからは)
心を同じくして助け合い、コキュウスルーたちをスクランブル(困窮する者たちを救わん)
上は股間にむくり(上は国家に報い)
下はタメを安普請することを違う(下は民を安んずることを誓う)
ドーネン、ドーゲツ、ドーナツに生まれること得ずとも(同年、同月、同日に生まれることを得ずとも)
願わくばドーマン、セーマン、ドーテイにしせん事を(願わくば同年、同月、同日に死せん事を)」
──誓う。
とチルノが言う寸前に、すさまじい雷鳴が鳴り響きました。
そして雨。嵐のようなものすごい土砂降りです。
「!」
大妖精が口を両手で押さえました。
氷に描かれた妖精の絵は、あっという間に夏雨の前に溶けてしまい、木の葉の服も流されて、もう跡形もありませんでした。
完成させてからほとんどたっていないのに起こったこの悲劇に、他の妖精たちも雨の中、落胆が隠せない様子でした。
「……ああ」「……とけちゃった」「…………」
三妖精も呆然としています。そしてチルノは──
「ふふん」
自然という激流を前に流されてしまった妖精の絵を前に──大きく胸を張りました。
そして高らかに笑いました。
「!」「?」
みんな驚きます。だって、提案者のチルノが一番くやしいし、かなしむだろうと思っていたのですから。
でも彼女は、指を振ってこう答えます。
「少女必殺のお断り(盛者必衰の理あり)。少々無償(諸行無常)。覆面ボンキュボン・カエルズ(覆水盆に還らず)。
こうなってしまっては仕方ない。一応完成できたし、楽しかったし、目標は達成出来たわ! うん、頭に焼き増しできたなら、それで良しよ。ほら、目をつむればまた見れるじゃない!」
あたいってば頭いい、と腰に手を当てて、自慢します。
その頼りがいのある姿に、他の妖精たちも思わず目をつむり頷くのでした。
「雨の妖精以外は濡れて風邪引かない内に帰ること! 解散!」
チルノが解散宣言をだし、妖精たちが散らばっていきます。
三妖精も雨には弱いので、その言葉に従って一つ声をかけてから飛び立っていきました。
「…………」
残されたチルノのそばに、大妖精が寄り添います。
そしていつもよりたれ下がっている氷の羽を、優しく撫でました。
「へーき!」
怒ったようにチルノが言いますが、大妖精はふるふると首を振ってそのまま傍にいました。
大妖精にはわかっていました。チルノの本当の気持ちがわかっていました。
「へーきだもん……」
そっぽ向いて、そう呟くチルノの言葉に、今度は大妖精が優しく頷きました。
チルノの目から、小さな雪のような雫がポロポロと零れているのに気づいていましたが、気づかないふりをしていました。
そして、夕立模様の景色の中、重なる二つの影が飛んでいきます。
──遠くの空では、もう明るい日が差し始めていました。
それから何日か経ちました。
お絵かき遊びに参加した妖精のほとんどが、その事を忘れていました。妖精は、寝て起きると物事を忘れてしまうのです。
もちろん妖精のチルノもほとんど忘れていたのですが……。
「じゃじゃーん!」
三妖精の家に、氷の妖精が飛び込んできました。
「およ?」「うん?」「どうしたの?」
ティータイムでお菓子をつまんでいた三妖精が、突然の乱入者の来訪に眉をひそめます。
「あ、クッキー! 私も食べる!」
ひょい、と勝手に皿の上からまだ温かいクッキーをつまんで、氷付けにしてから口に放り込みます。
「むぐむぐ……。うん、やりおる。三つ星半ね」
「そりゃ星の妖精が作ったクッキーですから。で、何の用かしら?」
「えーと、なんだったっけな? ──あ、そうそうコレよコレ!」
まだ手に持っていた何かを、バン、とテーブルの上に叩きつけます。
内容までペラペラのその紙は……、
「新聞?」「天狗の?」「またなにか変な記事かしら……あ」
そこには、あの妖精の絵がありました。
氷に描かれた、大きな妖精のまわりを、様々な妖精たちが取り囲んでいる絵でした。
サニーが曲げた光の屈折で、虹がかしこに出来ていて、それが妖精たちを包んでいました。
幻想的なその絵の正体は……『写真』でした。
天狗の書いた記事の見出しには、こう書かれていました。
【脅威!? 妖精たちが織りなす氷上絵】
「どうだ! 驚いたか!」
「おおおお!」「わーお」「いつの間にか撮られていたのねぇ」
三妖精は息をもらしました。
特に、以前にも虹の事で取材を受けていたサニーは大興奮でした。私もこれで一躍スターだとはしゃいでいます。
「人間や妖怪たちもびっくりだぁね」
これも計算の内よ、と鼻をこすりながらチルノが言いました。もちろん、ほとんど忘れかけていた事は言いません。
「で、記事も読もうと思ったんだけど……なんか面倒くさいからさ、代わりに読んでよ!」
胸を張ってそんな事を言いました。どうやら、それが目的の一つでもあったようです。
氷の妖精は一応文字は読めるようですが、やっぱり頭を使うことは苦手なのでした。
サニーからルナへ、ルナからスターに視線が移り、スターは溜息をついて、新聞の内容を声をだしてゆっくり読み始めました。
それを三人は聞きもらさないように、かじりつくように、クッキーをかじりながら聞いています。
内容は、偶然霧の湖上に浮かぶ虹を発見したことから始まり、多くの妖精たちが騒いでいる事から異変かと思い急行したという経緯、そして、この季節には信じられない大きさの氷の上で、妖精たちがなにやら意味ありげな模様を描いていた事、記者は迂闊には近寄らずにそれを見守っていた事などが書かれていました。
「──これは妖精たちから我々に対するメッセージなのか? 私はこの後、妖精たちに対し突撃取材を試みる所存である」
まる。とスターが締めくくった。
顔をあげると、三人の妖精がニヤニヤしていました。
「いやぁ、まさかあれが壮大なメッセージか何かだと思うとはねぇ」
「ほんとほんと、頑張った甲斐があったわー」
「くっくっく。それを思いついて、代表でおこなった私はさながら妖精大統領ね!」
「なんだか頭の悪い響きだなぁ」
チルノの言葉にサニーがぼやいて、……それから四人はテーブルの上で笑い転げました。
妖精は悪戯が大好きです。それが意図しない所で実ってしまい、これは笑わずにはいられません。
お腹が痛くなるほど、木の家で声をあげた四妖精は、笑い涙を拭いてから、顔を見合わせてニヤリと笑いました。
「早速、他のみんなにも言いふらさなきゃね」
「ねぇ、ここは示し合わせて、天狗相手にもったいぶってみるのはどうよ? ジョーホー操作ってやつ!」
「いいわね、きっともっと興味を示すわ。早速打ち合わせしましょう」
「とりあえず大妖精にも教えてくる!」
チルノが真っ先に飛び出して、その後に三妖精が家から飛び出します。
残された、テーブルの上で、最初の湖の絵がひっそりとゆらめいていました。
扉から吹く風で、絵が裏返しになります。そこには【一年○組 こちやさなえ】と書かれておりました。
ですがこの作品は正にそれでした。
オチも面白いw
いやー、大妖精が可愛い……w
あと早苗さんのおね(ピチューン
チルノ良いよチルノ。
バ可愛いよチルノ。
三妖精もいい感じに活躍していましたし、ほのぼの出来ました。
とてもいい妖精たちでした。
チルノ、三妖精、大妖精の5人でここまで魅力的なお話になるとは。
チルノの言い間違いっぷりがある意味で凄いw
オチ(後書きではなくw)まで含めて、すべてのエピソードが収まるべき場所に収まったような、読後感が良くて安心して読めました。
妖精達が主役の話って少なかったから、そういう意味でもよかったです。
絵本風味と言うのも納得。
チルノ好きの俺にはたまらんぜ
真面目に画も描いて本にしたらこれは幼稚園に薦められる。
幻想郷の素晴らしいアーティストたちに心からの愛と敬意を。
輝ける幼い日を思い出すような、ぎゅっと濃縮された上手さですね。
妖精達のちょっとしたイベントが良い味をを出していますね。
完成してすぐに描き得てしまったのは残念だけど、
あややが写真を撮っていてくれて良かったです。
絵を描くきっかけの早苗さんの絵の話も上手い。
ご馳走様でした。