「あいつは星のような女だった。」
かって霧雨魔理沙が博麗霊夢をそう評したのは、おそらくは彼女自身の弾幕もその感性に多大に影響したであろうが、その鮮烈な生き様故だろう。私にとっては彼女は月だった。冷たい色を湛え一人寂しく空に浮かぶ。近くにあるように見えても決してそこに手が届くことは無いのだ。
秋も深まり少しばかり肌寒い季節になってくると、気温の降下に合わせて少しずつ気分も消沈して、手の届かぬ物や失った物、もう居ない故人の事などが思い起こされるようになる。私が博麗神社の屋根の上で酒を飲もうと思ったのも元はといえばそのような所からくる感傷からであった。とはいえ綺麗な月を見て酒を飲めば自然と気分も高揚しようものだし、昔を懐かしみながら酒を飲むには響く虫の声が少々喧しい。一人屋根に腰掛けながら、浮くとも沈むともつかぬ曖昧な心地で飲み慣れた酒を喉の奥に流し込んでいると、自然と頬も綻んでくる。虫の声を聞きながら杯を傾けること幾許か、自然と頭が傾ぐ頃突如遠くの空に大輪の花が開いた。
「またぞろ派手な弾幕だなぁ。あれは魔理沙かな? 相手は誰なんだろう。」
独りごちながら目を凝らすと、派手に明滅を繰り返す弾幕の合間に飛び回る二つの影が見える。近づいては離れを繰り返す影を見ていると、誰も居ない隣から流れる空気が無性に冷たく思えた。
思えば何者にも縛られない霊夢は秩序を守る博麗の巫女として最高の適正を持っていたし、それ故にどこか機械じみた所があった。それを感じさせなかったのは彼女の生き様の鮮烈故だろうか。何はともあれ人生五十年。気付けば彼女は何もかも置き去りにして短い人生を駆け抜けて行ってしまって、そのような彼女をこそ幻想郷中の万魔は愛したのだ。
今更このような事を言うと地底に住む友人達には笑われるかもしれないが、実の所私は彼女に殺されたかったのだ。正々堂々戦い、敗れた末に人間に討たれる。その結末のなんと甘美なことか!
時代錯誤だということは解っている。そのようなことを彼女は全くもって望んでいなかったということも。だが、それでも私は彼女に殺されたかったのだ。
鰹木にどかと腰を据えると私は瓢箪に口を付け、酒を煽りながら空に浮かぶ月に手を伸ばす。やはり、月には届きそうもない。もしも。星さえ萃められたなら。彼女は振り向いてくれたのだろうか。
私は直に見る月よりも水面や掲げた杯に映る月を好んだ。それはどちらかと言うと人間的な感性で、仲間の鬼には雅に過ぎると笑われることもあるがそれでも私は酒飲みを自称するなら時にはそのような感性が必要であると思っていた。そこに、月に手が届かないのだから手の届く月を求めようという諦観はあったのだろうか。当事者の私がわからないのだから真実は誰にもわかるまい。確かなのは人間を遠ざけ未だに地下から出てくるつもりの無い同胞とそれでも地上に焦がれてやまない私とを分けるのはその感性の違いだという事である。
人間とて何も天邪鬼のように常に嘘を付くわけではない。あれは人が苦境に負けた際にふと顔を出す宿痾のような物なのだ。強者と戦うことを望むという性質は妖怪にとって普遍的な性質で、特に鬼に固有のものではない。しかし、鬼はその中でも特に純粋で、ひたむきに過ぎた。強き人間との勝負は何よりも心躍るし、その結果首級を取られることは彼らにとって最高の誉で。鬼達は確かに彼らを子供のような純粋さで愛していたが、人間にはそれを真正面から受け止めるだけの余裕が無かった。それだけのことなのだ。
一体なぜそのようなことを考えていたのか。霞んだ頭ではよく思い出すことができない。鬼の酒は度数のわりに口当たりがよく、気をつけていないとついつい飲みすぎてしまう。……他人には常に酔いどれていると思われている私であるが、これでも適度に加減はしているのだ。無論、私なりの尺度での話である。どうやら今日は少々酒が進みすぎたらしい。酔いを醒ますために少しばかり散歩でもしよう。そう思い立つと私は神社の屋根から飛び降りた。降り立った石畳は綺麗に掃除されているが、そこに繋がる獣道が下草などの生えるに任せられていて、巫女の詰めの甘さを存分に表明している。そこを通る参拝客が殆どいないことを考えると無理も無いのかも知れないが。
……月でもみようか。そうしよう。とびきり大きな杯に映る月が見たい。私はぐいと瓢箪に口を付けると霧の湖へと向けてゆっくり歩き出した。
ぐびぐびと酒を飲みながら半刻ほど歩くと見えてくるのが霧の湖である。昼頃にここにくると氷精を初めとする雑多な妖精たちに襲われることになるが、夜も深まる頃合ともなるとその陰すら見付ける事はできず、只虫共がリンリンと鳴いているのみである。私は辺りに散らばる氷を蹴飛ばし蹴飛ばしながら湖畔に立つと、ほうとため息をついた。何とも無しに湖畔に映る月が見たくなって訪れた湖であるが、霧の晴れた湖面に映る月はまさしく別格であった。昼頃に見ると風情を害するようにしか見えない真赤な館もすっかり眠りに就いているのか、不思議と落ち着いた色合いを帯びていた。湖畔に生える雑多な草花やねじくれた松の木の影が湖に映り、ゆらゆらと揺れている様などはまるで別世界に来たようですらある。私は瓢箪を手に取り二口、三口酒を煽ると足元の水を萃め、その上を歩く。固められた水はその部分だけが波も立てず、氷のようだ。
少しばかり飲みすぎたのか、どうにも頭がフラフラする。酔いを醒まそうと思って散歩がてらに訪れた湖であるが、今日はどうにも瓢箪から口が離れない。私は水面に腰を下ろすと再び瓢箪に口を付け、そのままちびちびと酒を飲みながら空に手を伸ばした。霞のかかった頭で操る能力はどうにも制御が聞かず、萃めて固めた水は辛うじて体重を支えてくれるものの、不安定で雲の様ですらある。腰が落ち着いていよいよ酔いが回ってきたのか、平衡感覚が失われグラリと体が傾ぐ。能力の維持すら困難である。上下左右も夢も現も何もかもが曖昧で、水面が私へと落ちてくる。グルグル回転を始めた世界でそれでも伸ばした私の手は、確かに月に届いた。
パシャリと音がすると共に雲の足場は私の制御を離れ、私はゆっくりと空へ沈んで行った。
湖畔で寝ていた蛙が起き出す頃には水面に広がる波紋も掻き消えて、湖はすっかりいつもの様相を取り戻していた。にわかに活気付く湖に集まり始める妖精と、事の全てを月だけが見ていた。
かって霧雨魔理沙が博麗霊夢をそう評したのは、おそらくは彼女自身の弾幕もその感性に多大に影響したであろうが、その鮮烈な生き様故だろう。私にとっては彼女は月だった。冷たい色を湛え一人寂しく空に浮かぶ。近くにあるように見えても決してそこに手が届くことは無いのだ。
秋も深まり少しばかり肌寒い季節になってくると、気温の降下に合わせて少しずつ気分も消沈して、手の届かぬ物や失った物、もう居ない故人の事などが思い起こされるようになる。私が博麗神社の屋根の上で酒を飲もうと思ったのも元はといえばそのような所からくる感傷からであった。とはいえ綺麗な月を見て酒を飲めば自然と気分も高揚しようものだし、昔を懐かしみながら酒を飲むには響く虫の声が少々喧しい。一人屋根に腰掛けながら、浮くとも沈むともつかぬ曖昧な心地で飲み慣れた酒を喉の奥に流し込んでいると、自然と頬も綻んでくる。虫の声を聞きながら杯を傾けること幾許か、自然と頭が傾ぐ頃突如遠くの空に大輪の花が開いた。
「またぞろ派手な弾幕だなぁ。あれは魔理沙かな? 相手は誰なんだろう。」
独りごちながら目を凝らすと、派手に明滅を繰り返す弾幕の合間に飛び回る二つの影が見える。近づいては離れを繰り返す影を見ていると、誰も居ない隣から流れる空気が無性に冷たく思えた。
思えば何者にも縛られない霊夢は秩序を守る博麗の巫女として最高の適正を持っていたし、それ故にどこか機械じみた所があった。それを感じさせなかったのは彼女の生き様の鮮烈故だろうか。何はともあれ人生五十年。気付けば彼女は何もかも置き去りにして短い人生を駆け抜けて行ってしまって、そのような彼女をこそ幻想郷中の万魔は愛したのだ。
今更このような事を言うと地底に住む友人達には笑われるかもしれないが、実の所私は彼女に殺されたかったのだ。正々堂々戦い、敗れた末に人間に討たれる。その結末のなんと甘美なことか!
時代錯誤だということは解っている。そのようなことを彼女は全くもって望んでいなかったということも。だが、それでも私は彼女に殺されたかったのだ。
鰹木にどかと腰を据えると私は瓢箪に口を付け、酒を煽りながら空に浮かぶ月に手を伸ばす。やはり、月には届きそうもない。もしも。星さえ萃められたなら。彼女は振り向いてくれたのだろうか。
私は直に見る月よりも水面や掲げた杯に映る月を好んだ。それはどちらかと言うと人間的な感性で、仲間の鬼には雅に過ぎると笑われることもあるがそれでも私は酒飲みを自称するなら時にはそのような感性が必要であると思っていた。そこに、月に手が届かないのだから手の届く月を求めようという諦観はあったのだろうか。当事者の私がわからないのだから真実は誰にもわかるまい。確かなのは人間を遠ざけ未だに地下から出てくるつもりの無い同胞とそれでも地上に焦がれてやまない私とを分けるのはその感性の違いだという事である。
人間とて何も天邪鬼のように常に嘘を付くわけではない。あれは人が苦境に負けた際にふと顔を出す宿痾のような物なのだ。強者と戦うことを望むという性質は妖怪にとって普遍的な性質で、特に鬼に固有のものではない。しかし、鬼はその中でも特に純粋で、ひたむきに過ぎた。強き人間との勝負は何よりも心躍るし、その結果首級を取られることは彼らにとって最高の誉で。鬼達は確かに彼らを子供のような純粋さで愛していたが、人間にはそれを真正面から受け止めるだけの余裕が無かった。それだけのことなのだ。
一体なぜそのようなことを考えていたのか。霞んだ頭ではよく思い出すことができない。鬼の酒は度数のわりに口当たりがよく、気をつけていないとついつい飲みすぎてしまう。……他人には常に酔いどれていると思われている私であるが、これでも適度に加減はしているのだ。無論、私なりの尺度での話である。どうやら今日は少々酒が進みすぎたらしい。酔いを醒ますために少しばかり散歩でもしよう。そう思い立つと私は神社の屋根から飛び降りた。降り立った石畳は綺麗に掃除されているが、そこに繋がる獣道が下草などの生えるに任せられていて、巫女の詰めの甘さを存分に表明している。そこを通る参拝客が殆どいないことを考えると無理も無いのかも知れないが。
……月でもみようか。そうしよう。とびきり大きな杯に映る月が見たい。私はぐいと瓢箪に口を付けると霧の湖へと向けてゆっくり歩き出した。
ぐびぐびと酒を飲みながら半刻ほど歩くと見えてくるのが霧の湖である。昼頃にここにくると氷精を初めとする雑多な妖精たちに襲われることになるが、夜も深まる頃合ともなるとその陰すら見付ける事はできず、只虫共がリンリンと鳴いているのみである。私は辺りに散らばる氷を蹴飛ばし蹴飛ばしながら湖畔に立つと、ほうとため息をついた。何とも無しに湖畔に映る月が見たくなって訪れた湖であるが、霧の晴れた湖面に映る月はまさしく別格であった。昼頃に見ると風情を害するようにしか見えない真赤な館もすっかり眠りに就いているのか、不思議と落ち着いた色合いを帯びていた。湖畔に生える雑多な草花やねじくれた松の木の影が湖に映り、ゆらゆらと揺れている様などはまるで別世界に来たようですらある。私は瓢箪を手に取り二口、三口酒を煽ると足元の水を萃め、その上を歩く。固められた水はその部分だけが波も立てず、氷のようだ。
少しばかり飲みすぎたのか、どうにも頭がフラフラする。酔いを醒まそうと思って散歩がてらに訪れた湖であるが、今日はどうにも瓢箪から口が離れない。私は水面に腰を下ろすと再び瓢箪に口を付け、そのままちびちびと酒を飲みながら空に手を伸ばした。霞のかかった頭で操る能力はどうにも制御が聞かず、萃めて固めた水は辛うじて体重を支えてくれるものの、不安定で雲の様ですらある。腰が落ち着いていよいよ酔いが回ってきたのか、平衡感覚が失われグラリと体が傾ぐ。能力の維持すら困難である。上下左右も夢も現も何もかもが曖昧で、水面が私へと落ちてくる。グルグル回転を始めた世界でそれでも伸ばした私の手は、確かに月に届いた。
パシャリと音がすると共に雲の足場は私の制御を離れ、私はゆっくりと空へ沈んで行った。
湖畔で寝ていた蛙が起き出す頃には水面に広がる波紋も掻き消えて、湖はすっかりいつもの様相を取り戻していた。にわかに活気付く湖に集まり始める妖精と、事の全てを月だけが見ていた。
静かな冬の夜に読んでしまうと、少し寂しさが加速してしまうお話でした
次回作も期待しています
切ないですね...
月見酒を見ながら再読したいです。
相変わらずの風情ある文体ですね。音楽のように、楽しんで“聴かせて”いただきました。