Lv.99の力を手に入れたチルノ。
彼女はその強大な力を使い、自宅を氷の城にグレードアップしてしまった。
だが、それに反応したのが同じく湖畔に居を構える紅魔館。
紅魔館が先手として送り込んできたなんかやたら強い美鈴をなんとか撃退したものの、すぐに次の刺客がやってきた。
パチュリー・ノーレッジ。なぜかむきゅーとしか言わないこの知識人と相対した、チルノと、そしてパルスィの運命や、いかに。
(BGM:ドラゴンボールのあれ)
『ちるのさんLv.99』
よっつめ
よっつめ
「むきゅー(やれやれ。氷は良く滑るわね。着地しようとしたのが間違いだったわ)」
パチュリー・ノーレッジは滑って転んだ体勢から起き上がろうともせず、そのまま宙へと浮かび上がった。
そして、くるりと体勢を立て直す。
「むきゅー(申し遅れたわね。私の名はパチュリー・ノーレッジ。紅魔館に住まう魔法使いよ)」
「魔法使い?」
その単語にパルスィは眉をひそめる。脳裏に浮かぶは普通の魔法使い。
「むきゅー(……一応言っておくけれど、どこぞの勢いだけの職業魔法使いとは一緒にしないで頂戴ね)」
「……!」
まるで思考を読んでいるかのごとき言動に、水橋パルスィは戦慄する。ただでさえ向こうの言動がなぜか理解できてしまうというのに。もうわけがわからん。
「あたいはチルノ。幻想郷最強の妖精よ」
「……水橋パルスィ。地底の妖怪」
さすがにあたい喋りが継続しなかったチルノに倣って自己紹介をすると、パチュリーが
「むきゅう?」
と唸った。何も意味が感じ取られないあたり、ただ唸っただけらしい。
「むきゅー(……美鈴、私に情報を告げ、先手たる役目を果たしなさい。――)」
「は、はっ!?」
いきなり傍らにいた美鈴に指を向け、言葉の後に何か言語化できない概念――おそらく呪文に該当するもの――が続く。その詠唱らしきものが終わった後には、美鈴を魔法陣のようなものが取り囲んでいた。
そして、美鈴は語りだす。
「む、むきゅー……」
「!?」
何事かと驚くパルスィらに、パチュリーはしたり顔で告げる。
「むきゅー(これぞ私が行き着いた一つの究極、『無窮の法』よ! 『むきゅー』の言葉一つに、自在に意味を込めることができるッ! それこそ詠唱の代わりにすら出来るほどにね!)」
「そのしゃべり方に真面目な設定あったんだ!」
「むきゅー(これで喘息でスペルが唱えきれない日々ともおさらばだわ)」
そう呟くパチュリーの顔からは、光り輝くほどのすがすがしささえ感じられた。
「むきゅー(美鈴にかけたのは私だけが理解できる限定バージョン。でも、たいした情報を集めていないわね、美鈴)」
「むきゅー……」
パチュリーの叱責に、美鈴が静かに頭を垂れる。
「むきゅー、むきゅむきゅ、むきゅう」
弁解する美鈴に、パチュリーは静かに言い放つ。
「むきゅー(むきゅむきゅうるせえ)」
「自分のこと棚に上げまくりだこの人!?」
「むきゅー(そういえば解くのを忘れていたわ。それピーチクパーチクホーイホイホイ!)」
「かけるときと解くときの呪文の差がひでえ!」
パチュリーの詠唱と共に美鈴を囲んでいた魔法陣が消えうせ、美鈴は解放されたというように一息つく。
「ぷはぁ……えー、申し訳ありません。私のときは自己紹介がシンプルでしたから。むしろ自分も妖精と今知って驚いてます」
「ネタっぽい自己紹介するから……」
「真面目に自己紹介したつもりなのですがねえ……」
パルスィの指摘に、美鈴は本当にわからなそうに首をかしげていた。
「むきゅー(ともあれ、妖精離れしていることは間違いなさそうね。見た目もそうだけれど、氷は格闘に弱い。それでも勝っているのだもの)」
その言葉とともに、パチュリーの周りにいくつかの魔導書が浮遊を始める。
「何? あんたもやろうっていうの?」
それらを怪訝そうに眺めながら、チルノは長い蒼髪を払う。
「むきゅー(ええ、あなたに興味が湧いたわ。……美鈴、あなたはパルスィさんとやらを牽制していなさい)」
「はい」
(……マークをつけられてしまった)
美鈴が返事をした瞬間に飛んできた多大な威圧にたじろぎながら、パルスィは危惧を抱く。
それは今までの相手とは絶対的に違う雰囲気を纏うパチュリーに対して。
今までは力押しがメインな相手ばかりだった。だが、こいつは見るからに頭脳労働者。
(有利なのか……不利なのか)
あけてみなけりゃわからない。
「むきゅー(ま、氷に格闘なんてのはずいぶん限定的な概念の話。飛行に打ち消されていた可能性もあるし。――でも、氷が炎に弱いのは、古今東西変わらぬ真理よ!)」
気の抜けた声に言い知れぬ凄みを込めて、パチュリーは一冊の魔導書を手に、魔力の流れに乗って不気味に近寄る。
――そして。
「むきゅ!(くらえ本アタック!)」
「普通に本で殴った! 炎使えよ!?」
手にした魔導書の背表紙でチルノの脳天に一撃を食らわせると、パチュリーはヒットアンドアウェイとばかりに後退する。
「……何が起こったの?」
ぱちくりと目をしばたたかせるチルノに、パチュリーは不敵に微笑んだ。
「むきゅー(美鈴との戦いはすでにこの頭に納まっているわ。まさか私までもがいきなり直接攻撃するとは思わなかったでしょう!)」
「そりゃ思わないよ!」
このパチュリー・ノーレッジ、色々と一筋縄ではいかなさそうな相手である。
「むきゅー!(そして不意打ちしたところに、――。火金符『セントエルモピラー』!)」
手を掲げ、頭上に炎のエネルギーを収束させる。
「危ないチルノ!」
「わわっ」
慌ててチルノが退いたところに勢いよく火柱が立つ。
「今度こそ炎のスペル!」
チルノがいた場所にはぽっかりと穴が開いていた。
「……ふん、こんな炎、なんてことないわよ!」
チルノが歯を見せる。
「むきゅー!(強がりを! ――。火符『アグニシャイン』!)」
数多の炎の弾が放たれ、チルノめがけて襲い掛かる。
「むきゅ!(さぁ、どうする!?)」
パチュリーの威圧に、しかしチルノは落ち着いて放つ。
「雹符『ヘイルストーム』!」
巻き起こしたのは雹の嵐。それらは真っ向から炎の弾へと襲い掛かる。
「むきゅっ!?(アグニシャインが吹き飛ばされた!?)」
防御円を展開して身を守りつつ、パチュリーはチルノの圧倒的な力に驚いていた。
(なるほど、美鈴が恐れていたものがやっと実感できたわ)
「むきゅー(――。っ、ならば『サマーレッド』!)」
魔導書を開きチルノへと向け、そして打ち出される巨大な炎の塊。
「むきゅー(これを吹き飛ばせる!?)」
チルノは首をかしげる。
「吹き飛ばす必要があるの?」
氷の羽を広げ、飛翔する。
「こんなに避けやすいのにさ!」
――だが、そこに襲い掛かるレーザー射撃。
「なにごと!? なにごと!?」
チルノはおどろきとまどっている!
「……! 最初に展開した魔導書!」
パルスィは見た。パチュリーが最初に出し、彼女の周りに展開していた魔導書が、今になって援護射撃を発していることを。
「むきゅー(弾一つ、軌道が単純。そんな弱点を私が踏まえていないとでも思ったの?)」
「うひゃっ!」
レーザーの一発がチルノの羽に被弾し、バランスを崩す。そして、落ち行くチルノに迫るのはサマーレッドの炎塊。
「チルノっ!」
あの状態では防御もままならない。たまらずパルスィが援護に入ろうとするも、
「おっと、行かせませんよ」
素早く割って入った美鈴に邪魔をされる。
だが、どちらにせよ、それはあまりにも一瞬過ぎた。
チルノのいた場所をサマーレッドは無情に通過し、壁面に叩きつけられてそれを溶かす。
――だが、チルノはどこにもいなかった。
「チルノっ!?」
だが、その事態に一番狼狽したのは他ならぬパチュリーであった。
「むきゅ!?(馬鹿な、あれくらいで倒せるわけがないわ!)」
そして今一度戦場を観察し、一つの情報を見つける。チルノが落ちていたすぐそこにあるそれを。
「むきゅー!(まさか、セントエルモピラーの穴!? そこから下の部屋に逃れたか!)」
「うわ!?」
突如、パルスィの足元が砕けて下へと落ちる。
「しまった!」
美鈴があせるが、しかしパルスィと入れ替わりにセントエルモピラーの穴から投げ込まれたのは。
「凍符『マイナスK』!」
冷気が凝縮された弾が一つ。
「パチュリー様! 防御を!」
「むきゅ!」
美鈴が直感でその弾の危険性を感じ取り、パチュリーも応じる。
そして、その弾は爆ぜた。
氷の爆弾の爆風収まりし部屋に、セントエルモピラーの穴から、羽を広げたチルノが無駄にかっこよくせり上がってくる。
「ふふん、たまたま穴があって助かったわ。溺れるものは穴があったら入りたいとはこのことね」
「そんな格言ねーから!」
パルスィもひょっこりとあがってくる。
だが、そこに爆音とともに自身を覆う氷を跳ね除け、パチュリーがゆらりと立ち上がった。
「む、むきゅきゅきゅ……(な ぜ だ ! K=絶対零度でマイナスなど存在しないというのに……マイナスKとはいったい……うごごご)」
パチュリーの様子に、美鈴も氷を跳ね飛ばしながら叫ぶ。
「パチュリー様! そんなこと考えてる場合じゃないですって! たぶんそんな深く考えたネーミングじゃないんですよ!」
「むきゅ(そうね)」
「割とあっさり止まった!」
その様に安堵し、美鈴は額をぬぐう。
「危なかった……あのままだとネオパチュリデスになってしまうところでした……」
「ネオパチュリデス!?」
なんだかよくわからないが最悪の事態は脱したらしい。
しかし、チルノにしてやられた不満は結構なものだったらしく、なかなか不機嫌そうではある。
「むきゅ~(やってくれたわね)」
「運もあたいの味方をしているようね」
にやりと笑うチルノに対し、パチュリーは再び宙に舞い上がり、詠唱体勢に入る。
「むきゅー(もはやこのパチュリー容赦せん! くらいなさい――。火符『アグニシャイン上級』!)」
「上級スペル!」
上級の名のとおり、先ほどよりも多くの火炎弾がチルノを襲う。
「何度来ても同じことだわ!」
――雹符『ヘイルストーム』。
そう、数が増えても個々の威力が変わらなければそれは意味がない。
「むきゅー(私に同じ理屈が二度通用すると思って? ――。木符『シルフィホルン上級』!)」
すかさずパチュリーがスペルを上乗せする。弾幕が強風に乗りし落ち葉のごとく――いや、実際に風に乗せて放ってくる!
「押し返すつもり!?」
「できるものなら!」
だが結局ヘイルストームの勢いを突破するに及ばず、双方のスペルは相殺の形となった。
「むきゅー!(こうなったら上級スペルを全部見せてやるわ! ――。土符『レイジィトリリトン上級』!)」
パチュリーは相殺の間隙をぬい、さすがに今度は風の影響を受けない魔力の光弾を撃ちだす。
「なんの! それくらい避けきるよ!」
「むきゅー!(まだまだ! 土金符『マインスイーパ上級』!)」
「む、むずかしいわ!」
「なんか系統の違う上級が出た!」
パチュリーの詠唱と同時に、足元にマス目のようなものが展開される。
「むきゅー(その地雷に足を踏み入れたら即ピチュンよ)」
「……!」
腕を組んでのパチュリーの宣言に、チルノは戦慄する。
「むきゅー(さぁ、どうするかしら……?)」
不敵な微笑みを浮かべるパチュリーに、チルノは意を決して返答した。
「……ふつうに飛んでいく!」
「むきゅー(ですよねー)」
飛行・浮遊がデフォで地面タイプ涙目な場所。
――それが幻想郷。
「大丈夫ですかパチュリー様!」
普通に接近されているパチュリーに、美鈴の心配げな声が飛ぶ。
「むきゅー(正直ネタやるので精一杯で後のことさっぱりだわ)」
「パチュリー様ー!」
相手側の底が見え、チルノは勢いづいた。
「よーっし、いっくよー!」
「むきゅっ(くっ……)」
「吹氷『アイストルネード』!」
チルノは冷気を纏って回転し始める。その姿を見てパルスィは驚いた。
「ダメよチルノ! そんな長い足で回転したら……っ見えた!」
そんな一人混乱状態のパルスィのことはさておき、チルノの回転によって生み出された冷気の渦が、パチュリーに波状攻撃を加える。
パチュリーは防御円で防いでいたが、何度も襲い来る攻撃に、ついに耐久力が限界に来る。
「むきゅうー!」
彼女は弾き飛ばされ、窓際の壁にしたたかに頭をぶつけた。
「むきゅううう(め、目からスターダストレヴァリエが……)」
要は火花がちったらしい。
「め、目が回るわ……」
一方、大人の身体で回転するのは勝手が違ったのか、なんと技をかけたチルノも目を回して倒れこんでしまった。
「バカー!」
パルスィの悲痛な叫びがこだまする。
しかし傍らの美鈴は、冷静に状況を分析する。
「両者ノックダウン……。この場合、先に立ち上がり『優勝したもんねー!』とにこやかに宣言した方が勝利する……」
「天下一武道会!? ただの戦闘に優勝も何もないでしょ!?」
「ごめんなさい、言ってみたかっただけです」
美鈴が香霖臭を漂わせてきたところ、倒れている二人に動きが見える。
「む、むきゅうー」
先に動いたのはなんとパチュリーだった。ノリで戦っているチルノと違って、意地があるらしい。
「強化魔法も使っているようですね」
美鈴が分析する。
「むきゅー(むうう、ここまで一方的に押し込まれるとは……。炎にこだわり過ぎたのがいけなかったわね……。もう余裕がない。最強の書物を出させてもらうわ……)」
「最強の書物!?」
パチュリーは今まで持っていた魔導書を開き、詠唱する。
「むうう……」
チルノが起き上がってくるのを横目に急いで詠唱を終えると、魔導所の中からずりずりと、何かが取り出されるようにせり上がってくる。
それは、黒くて、そして異様に薄い、書物というより何かの帳簿。
それを見て、美鈴が驚く。
「あ、あれはまさしく首津世鬼母(しゅっせきぼ)!」
「知っているのか美鈴!」
首津世鬼母(しゅっせきぼ)……
通常、武器として扱われることのないものが、その発想を逆手に取り、暗器や護身具的なものの題材として使われることは数多い。
その中で書物に焦点をあてたもののうちの最高峰がこの首津世鬼母である。
名のある匠が練りに練ったその造形と機能は見事なもので、首津世鬼母のカドで頭をはたかれた者はすべからく頭蓋骨が砕け散ったという。
はたかれたら即、閻魔と会えるといわれ、『閻魔帳』と別名を取って恐れられた。
これで頭をつぶされたものとつぶされぬものがいる様が『頭数を数える』ことと転じ、現代においても人の出欠を数える『出席簿』として名が残っている。
――民明書房刊
『乙女はお姉さまに恋してる』より
「まさかあの伝説の武器をパチュリー様が持っていらっしゃるとは……」
「……もうだるいからツッコまなくていいよね?」
とりあえずもう魔法戦闘をする気のなくなった魔法使いのあたりからツッコまなくてはいけないのは、今のパルスィには非常に気の遠い話に思われた。
「むきゅうー!(狙うはチルノの体制が整わぬ今! 今しかないッ!)」
パチュリーは出席簿を手に取ると、即座にチルノに踊りかかる。
「聞かせてもらったわよ」
「!」
だが、出席簿を振り下ろさんとするパチュリーに、チルノの冷たい声が届く。
「つまりは武器対決ってことね! あたいだって武器の一つくらい持ってるよぉっ! 氷符『ソードフリーザー』!」
チルノの手に集った冷気が、瞬時に剣の形に固定される。
そしてチルノはそれを振り上げ、出席簿を迎え撃った。
「むきゅっ……!(首津世鬼母が、止められたっ……!?)」
その様に、パチュリーと同時に美鈴も驚く。
「あ、あれは念願のアイスソード!」
「むきゅっ!?(知っているのか美鈴!)」
愛巣双奴(あいすそうど)……
「もういいわよそれは!」
民明書房をパルスィに止められ、美鈴は若干物足りなさそうな顔をするものの、すぐに状況判断に戻る。
「いかに首津世鬼母といえども、念願のアイスソードが相手では……!」
「むっ、きゅうううう!」
「はぁああああああっ!」
パチュリーは出席簿を受け止められて勢いが殺された今、この競り合いに勝つのに何の意味もないとわかっていた。だが、強化魔法があるとはいえ、元々苦手な近接戦闘。引き方がわからなかった。
「むきゅ……(……結局、今回は戦略にこだわりすぎて、ぜんぜん自分らしい戦いが出来なかったわね……。わかりやすい弱点は、逆に言えば相手の攻撃を読みやすくする要素……。たとえ結果論にせよ――恐ろしい、子だわ)」
パチュリーの闘争心が萎えた瞬間、スパンッと出席簿が弾き飛ばされた。鼻先を掠めるアイスソードを目の当たりにし、パチュリーはふっと力が抜ける。
「むきゅー(私の、負けだわ)」
そうして彼女が、へたりこんだその先が、あのマインスイーパ上級のハズレマスであることに気づくのに、そう時間はかからなかった。
パチューン
「アッー!」
「パチュリー様ぁぁぁぁ!」
「……パルパル」
チルノが、駆け寄ってきたパルスィに、いつになく神妙な面持ちで言った。
「なんか、すごかったね」
「……そうね」
パルスィはいつもどおりのげんなり顔で答えたという。
~続~
※パチュリーさんは美鈴が必死こいて死亡確認したのでちゃんと生きてます。
……って、俺もむきゅってるよ!)
夢柩。(あと何となく思ったのは美鈴隊長は『こだわりハチマキ』を付けておもっくそぶん殴ったら等倍ダメージでも倒せるんじゃないかと。パッチュさんは『こだわりメガネ』で是非。)