同じ魔法の森に住んでいる事もあり魔法使いアリス・マーガトロイドとは昔から顔馴染みではあるが、お互いにあまり人付き合いが活発な方ではないため、単なる御近所(近所かどうかは聊か疑問だが、同じ魔法の森に住んでいるから間違いではないだろう)程度の付き合いでしかなかった。
そんなアリスとの付き合いが活発になったのはごく最近の事、僕の店に彼女が作ったぬいぐるみを並べるようになってからで、これが思っていた以上の売り上げを上げており、お互いに嬉しい誤算となった。これには僕が売っているという事もあるだろうが、やはりアリスが作るぬいぐるみの完成度の高さが最大の理由だろう。
アリスも自分が作った物が売れるという事に喜びを見出だしたようで、最近は僕の所に顔を出して作った物が売れたか確認に来るのが彼女の習慣になりつつあるようだ。
おおまかに言えば、彼女との関係はこんな所だろうか?
その日は、珍しく雪の降らない日だった。
「こんにちは、森近さん」
「………やあアリス、いらっしゃい」
丁度読んでいた本の区切りが良い所を見計らったように、防寒着に黒いマントを羽織ったアリスが訪ねてきた。アリスは一度ストーブに目を向けると、マントを脱ぎそれを綺麗に畳んで小脇挟み、定位置である店の隅。つまりアリスが(勝手に)作ったぬいぐるみのスペースに向かう。
僕はそれを見ながら本に栞を挟んで、何気なしに時計に目を向けた。
「ん? なんだい約束の時間よりずいぶん早いじゃないか」
見ると、時間は約束の時間より三十分程早い時間だった。
「あら、駄目だったかしら?」
こちらに目を向けることなく、アリスはマントを適当な場所に置いて自分の作ったぬいぐるみの手入れをしながらアリスは少々棘のある口調でそう言った。
最初の頃は分からなかったが、これは怒っている訳ではなくこれがアリスのスタンダードな口調だ。
僕はアリスの後ろ姿を眺めながら、「いや、遅れてくるよりは構わないさ」と答えた。
「それは、いいと言う事なの? それとも駄目と言う事なの?」
「僕としては早く来ようが遅く来ようがどちらでも構わないが、どちらかと言えば早い方が好ましいという意味さ」
僕がそう答えると、アリスはぬいぐるみ(僕の姿を模った物だ)を両手で持ちながら振り向いた。
「分かりにくいわ」
「それは悪かったね」
そう言って僕は肩をすくめるとアリスは表情をほとんど変えずに笑った。
基本的にアリスは表情をあまり変えないのでこの判別ができるまで、結構な時間を要した。それに、今のような言葉の遣り取りをするようになるまでの時間も又かなり要している。こんな風に言うとまるで深い付き合いをしているように感じかねないが、別に彼女と深い付き合いをしている訳ではなく、単に付き合いが長いだけなのだが。
何せ、此処に店を建ててからの付き合いだ。
きっと付き合いの深さなら魔理沙や霊夢の方が上だろう。
「………なに?」
そんな事を考えながらボーっとアリスを眺めているとそんな風に聞かれた。
「いや、何でも無い」
「そう………ならいいわ」
アリスはそう言うと、また僕に背を向けると自分の作ったスペースの配置を何やら変え始めた。
僕はそれを黙って眺めていたが、三段の階段状になっているそのスペースを下段に三つ、中段に二つ、上段に一つとピラミッドのようにぬいぐるみを並べた所で口を挟んだ。
「ちょっと待ってくれ、なんで僕が頂上に乗っているんだ?」
当然だが、何もその頂点に僕が本当にいる訳ではなく、僕を模ったぬいぐるみが置いてあるという意味での言葉だ。自分の店に自分のぬいぐるみをを置いているのでもかなり恥ずかしいものがあるのに、それを目立つ所配置するなんてもはや拷問である。
「何言ってるの? 別に貴方はここに乗ってはいないでしょう」
始めから分かっていただろうに、まるで分かっていないような態度でアリスはそう言った。
全く、僕の周りは何でこんな奴ばっかりなのだろう? 類は友を呼ぶと言うがあれは間違った諺だったのだろうか?
「………全く、君は人の揚げ足を取るのが好きだな。それじゃあ分かるように言ってやろう。
何故、僕の形を模ったぬいぐるみを一番目立つ頂上にこれ見よがしに置いたのかと聞いているんだ」
「ああ、そういう事」
「ああ、そういう事だ」
「だって、これ売れ残ってるんだもの。売れ残りを目立つ所に置くのは当然じゃない?」
「………」
「人気ないのかしらね、森近さんって」
「………そりゃ、魔理沙や霊夢と一緒に並べられたら間違いなく売れ残るのは僕だろう」
事実、魔理沙や霊夢の姿を模ったぬいぐるみは早々に売れたのは確かだし、人気があるのも確かだろうが、一方は異変解決のスペシャリストである博麗霊夢。もう一方はその友人であり、こちらもまた異変解決に興味本位で首を突っ込んでは解決に貢献している霧雨魔理沙。このように、この二人は幻想郷で英雄として扱われるような二人なのだ。それにまだ一介の古道具屋である僕が対抗しようとする方が間違っている。
「というか、それ以前に何故僕のぬいぐるみなんて作ったんだ、嫌がらせかい?」
僕は嫌味ったらしくそう言った。
以前に何故僕を作ったのかは聞いており、その理由は「貴方の店を借りている訳なんだから、礼儀よ」という風に言っていたのを知っていたのだから、正真正銘嫌みでしかなかった訳だが、
「そうよ」
アリスのその返しで、嫌みが嫌みででなくなってしまった。
「………以前君は別の事を言っていなかったか?」
僕のその言葉を聞いて、アリスは悪戯っ子のような笑みを浮かべて、「半分冗談よ」と言った。
いや、半分って………
「じゃあ、残りの半分は嫌がらせだというのかい」
「嫌がらせというよりは、悪戯かしらね。
言ってしまえば貴方がどんな反応するか見たかっただけよ」
「………アリス、君はそんな事をする奴だったのか?」
「まあ、私も変わったと言う事かしら。
魔理沙や霊夢なんかにはかなり影響を受けてるんじゃない?」
「こういう風な事をするとしたら、それは間違いなく魔理沙の影響だな」
「それじゃあ、森近さんにも責任があるわね」
「責任?」
一体何の責任があると言うのだろうか?
正直心当たりが無い。
「だってそうじゃない、魔理沙は貴方に影響を受けている訳だし、その魔理沙に私が影響を受けたとしたら、間接的に森近さんに影響を受けたということでしょう?」
「いや、まあ確かに魔理沙には昔から散々世話を焼いているのは確かだが、僕の影響なんて微々たるものだと思うが………」
「あら? これは魔理沙から聞いた話なんだけど」
「………そうなのかい?」
………もし、仮にそれが本当だとしたら、魔理沙が自分の人生を歩んで行く上で僕という存在が何かしらの影響を及ぼしていると言うのなら、それは少し嬉しい事でもあり、とても責任を感じる事だ。
それはつまり、僕という存在がいなければ今の魔理沙は存在せず、僕がいなければ存在する事の出来たifの世界の魔理沙の存在を消し去ってしまったという事を指す。それはもしかしたら霧雨の親父さんと仲良くお店にいるのかもしれない。
そこまで考えて僕はその思考を停止させ、僕は話を戻す事にした。
「そうなると、僕が人形を作ってくれるように依頼したのをアリスが快く受けてくれたのも僕の影響だと思っていい訳だね?」
「………まったく、貴方は調子が良いわね」
アリスは呆れたように溜め息をついて「でも、否定はしないわ」と続けた。
正直その答えは予想していなかったので驚かされたが口は挿まなかった。
「魔理沙や霊夢に付き合うようになってから少しは社交的になったように思うわ。
そうじゃなきゃ貴方の依頼なんて正直拒否していたでしょうね」
その事については、拒否されるだろうと半ば諦め気味に頼んでみた所があるので僕としても同意できる事だった。
「確かに、僕も拒否されるかもしれないと思っていたから簡単に引き受けてくれた時は正直驚いたよ」
「ふっふっ、それはそうでしょうね。
あの時の森近さんの顔面白かったもの」
一体どういう風に面白かったのか問い詰めたいところだが、藪を突いて蛇を出すのも馬鹿らしいので止めておいた。
こういった明らかな誘いの言葉に乗るのは得策ではない。
「………話変わるんだけど」
アリスは乗ってこなかった僕に不満そうに睨んでいたが、すぐに話を変える事にしたようだ。
彼女の切り替えの早さは嫌いではない。
「なんだい?」
「私の作ったみんな(ぬいぐるみ)は誰が買って行ったの?」
「………それに関しては、教えられないと言ったはずだが」
「それは分かってるけど、やっぱり気になるじゃない………」
僕の目線から逃げるように眼を逸らして、アリスはそう言った。多分ではあるが照れているのだろう。
作った者として、一体誰が買って行ったのかと言うのが気になるのは想像するに難しくない事だ。
とはいえ、それを僕が言う訳にはいけないが。
「前にも言ったと思うが、売った者としては誰が買って行ったかを教える訳にはいかない」
「でも、作った者として誰が買って行ったのか知りたくなるのが人情じゃないの?
それに、どんな人が買って行ったのかは作る側としてもとても参考になる事だと思うけど」
ごもっともな意見ではある。
だが、
「どんな人が買って行ったかに関しては教えているはずだが?」
「そうだけど、やっぱり気になるじゃない誰が買ったか」
「………全く、君が気になってるのはどうせ誰が買ったかではなく、誰が霊夢や魔理沙のぬいぐるみを買ったかじゃないのか?」
「………良く分かったわね」
というか、あれだけしつこく聞かれたら勘づきもするというものだ。
ちなみに、この話はこれで四回目である。
「全く、そんなに気になる事かい?」
「………興味本位よ」
興味本位でそんなにしつこく聞くものなのかと疑問に思わなくもなかったが、アリスはこの話題から逃げるように「そろそろ帰るわ」と言って立ち上がったので僕はそれを口にはしなかった。
「………話変わるんだけど」
「ん? 何だい」
「あの森近さんのぬいぐるみ、次来るまでに売れ残ってたら持って帰ってあげてもいいわよ?」
「………遠慮しておくよ」
おそらく、アリスがこんな事を言い出したのは僕が「嫌がらせかい?」なんて聞いたせいだ。まあ、アリスの事だから、あの場では半分冗談なんて言っていたが、きっと僕に気を使って作ってくれたのだろう。それが売れ残っているものだから気に病んでいる、といった所だろうか………全く、気にし過ぎだ。
正直に言って、あれが残っているのは僕の人気が無いとかそれ以前に僕の方に問題があるのだから。
「そう、それならいいわ」
最後にそう言ってアリスは帰って行った。
「………全く、自分をモチーフにしたぬいぐるみを客に勧められる訳が無いだろうが」
一人になって、僕はそうぬいぐるみに呟いた。
そのぬいぐるみは機嫌が悪そうな目付きで僕を睨み返すばかりだった。
アリスがどんな反応するのか気になります。
しかし、重複表現が少し目につきました。
こういう空気のssは好きです
次が気になる。
続きが楽しみだなあもう!