Coolier - 新生・東方創想話

マザーメイデン

2010/05/21 05:53:31
最終更新
サイズ
19.05KB
ページ数
1
閲覧数
1364
評価数
4/23
POINT
1180
Rate
10.04

分類タグ

「「母の日?」」
「あれ? 知らなかったの?」

 母の日。
 皐月の第二日曜日が、それにあたる。
 一般には、母親に対して感謝の意を表す日とされている。
 外の世界では、プレゼントだったり手伝いだったりの行為をもってそれを示す。
 余談であるが、その一月後には父の日がある。
 博麗神社境内。
 数年前の怨霊事変の主犯にして、神社の新たな常連となった猫と烏。
 連動しているかのように、首を傾げる。
 その様は、かわいらしさと共に無知感を漂わせる。
 
「仕方ありませんよ霊夢さん。母の日ができたのは、最近なんですから」
「そうなの?」
「ええ」

 今日は、早苗もいた。
 外界出身の早苗は、掻い摘んで由来を説明する。
 そもそも、外国でその習慣が作られたものであること。
 早苗が知る限りでは、少女が母の死を悼んで広めたものだとか。
 
「ん? じゃあ墓参りってこと?」
「火葬?」
「やめなさい」
「そもそも、お母さんを大事にしましょうっていう話ですよ、これ」
「いっそ一思いに」
「物騒すぎる。敬うっていう発想はないの?」

 またも、首を傾げる一匹と一羽。
 早苗は苦笑し、霊夢は盛大にため息をついた。
 どうやら、根本から発想が違うようだ。
 群れて暮らす人間と、力を持つ妖怪の差かもしれない。
 
「そもそも、母親の記憶ってあるの?」
「全然」
「えっさとり様じゃないの?」
「え?」
「……さとり、鳥類説」
「いやいや、刷り込みじゃないんですか?」

 燐はともかく、空は地獄烏。
 鳥類の特徴である、刷り込みでさとりを親と認識してもおかしくはない。
 燐にしても、母親のような存在はいただろう。
 さとりの存在は、母というよりは主人という認識が強かった。
 だから、ピンと来なかったのだ。
 
「で、母の日って何をするの?」
「あー、料理作ったりー物をプレゼントしたり?」
「カーネイションですよ。定番です」
「か、カーネルサンダー?」
「お花の名前ですよ。それは、どこぞの紳士です」
「サンジェルマン」
「すいません、そっちはわからないです」
「竹林にマニアがいるから、今度教えてもらえば?」

 巫女の会話に、ついていけない二匹であった。
 
「ねえ、お空」
「なぁに、お燐」
「どうする?」
「さとり様に、お花をあげればいいんじゃない? かーねるそん」
「どうせなら、びっくりすることしたいよね」
「そうだね」
「……よし、わかった」
「うにゅ?」

 燐は、すくりと立ち上がる。
 
「ねえ、緑のお姉さん。一ついいかな」
「はい? なんでしょうか」
「ウチのこいし様……えっと、こないだの参拝客は山の神社にいるかな?」
「どうでしょうねぇ、時たま来ているようですけど」
「ありがとう、ちょっと行ってみるよ」
 
 境内から飛び降り、着地と共に猫の姿へ。
 一足飛びで茂みに飛び込み、瞬く間に足音すら聞こえなくなる。
 地底に封じられていたとはいえ、やはり獣。
 森の中へ飛び込んでも、迷う素振りすら見られなかった。
 まだ、幻想郷の地理を完全に把握しているわけでもないだろうに。
 そして、残されたのは烏が一羽。
 呆気というよりも、無関心。
 燐が突如として行動を開始することは、空にとってさほど珍しいことではないようだ。
 
「花……花、かぁ」
「変なこと考えてない?」
「山のセンターで爆発起こして、花火ーなんてダメですからね」
「あ、そういうのもあったか」
「こっちに被害よこさないでよ」
「止めて!」
「爆発してから、退治してあげるわー」

 泣き喚く早苗、嘆息とともに奥に引っ込む霊夢。
 空は、喧騒も耳に入らない。
 考えている。
 空は、決して馬鹿なのではない。
 思い出している。
 ただ、少々忘却しやすいだけ。
 思い出したいと、考え始めた。
 自分の母は、どんな人だったろうと。
 
 
 
………

 
 
「あ、お燐みっけ」
「にゃー」
「おお、身元引受猫が来たぜ。久しぶりだな」

 こいしは、妖怪の山への道中で発見された。
 空腹のところ、無意識に魔理沙が持っていたきのこを食べたところを拘束されている。
 こいしにしては、珍しいミスである。
 本人は、全く反省している様子もないが。

「お詫びにキリキリお宝をよこせ」
「ん、じゃあお燐。エントランスから一体持ってきて」
「死体じゃねーか」
「その通り」
「いらねーよそんなもん」

 地面に転がされながらも、笑いながらあしらうこいし。
 燐は、しばらく静観することを決め込んだ。
 これは、相談できる雰囲気ではないと察したからだ。

「ま、不問に処すとしよう。ありがたく思え」
「へへー」
「ところで、猫はなんでこんなとこにいるんだ?」



………



「へー、母の日ね」
「ええ、どうしたものかなと」
「お姉ちゃんはともかく、お母さんなんて覚えてないなぁ」
「私も覚えてないですもん。なんとなくしか」
「薄情だなお前ら」

 魔理沙が口を挟むが、無理もない。
 彼女たちが生まれてから、すでに三桁は軽い。
 人間のように、子を産んでしばらく生きている種族であれば別の話。
 例え人型を取ろうとも、子を産んで生を終える種族も少なくない。
 遺体を確認できずとも、どこかへひっそりと去ることもある。
 互いの種族のことを知らなければ、永遠にわからないことだ。
 
「で、魔理沙は?」
「健在だとは思うがな。ここしばらく、会っちゃいない」
「なんで?」
「あー、いろいろあるんだよ。いろいろな」

 魔理沙と両親の不仲など、地底の妖怪は知る由もない。
 そもそも、自分の親でも怪しいのだ。
 また、その実家の面倒ごとに首を突っ込むこともない。
 理由は、楽しくないからだ。
 一部の妖怪を除き、面倒事を好む者はいない。
 こいしと燐も、その辺りを追求することはなかった。
 興味がないだけかもしれないが。
 
「で、何をすればいいの?」
「物とかあげるらしいですよ」
「ふーん、何を用意すればいいのかな」
「さぁ……お姉さん、そこんとこどうなんだい?」
「ここで私に振るのかよ」
「経験者っぽいし」
「んーあー、そうだなぁ……」

 魔理沙は、空を仰ぐ。
 木の葉がふらりと落ちて、魔理沙の帽子に着地。
 魔理沙は、気づかないまま燐に回答した。
 
「食い物も酒も、あっちにあるだろ?」
「旧都にあるねえ」
「かと言って、珍しいものもないだろ? エネルギーとかいう奴だって、あの烏だし」
「うーん、あたいも地上で見た珍しいものって空くらいしかないんだよねぇ」
「空か」
「うん」
「じゃあ、外に連れ出せばいいんじゃないか?」
「あー」
「連れ出すってそういう……」
「どういうことだぜ。普通に連れてこいよ」
「じゃあ、そうしましょうか」
「そうしよう、そうしよう。お姉ちゃんを誘拐しよう」

 物騒だった。
 一般人が聞けば、犯罪計画と取られる会話をしながら地底の妖怪は去っていく。
 魔理沙には、一言の礼もない。
 
「全く、礼儀ってもんがなってないぜ。協力者に、礼の品くらいあってもいいだろう」

 葉っぱが風に煽られて、飛んでいく。
 魔理沙は、見送ったまましばらくそこに留まった。
 
「元気かな……お母さん」



………



「で、某花の妖怪のところに来たわけだがー」
「来たわけだがー!」
「……」
「早苗、あんたノリが悪いわね」
「き、来たわけですがー!」
「もう遅いわ」
「う、うぅ……」

 太陽の畑。
 危険な妖怪が住むといわれる、年中ひまわりだらけの土地である。
 夏の気も強く、常人にはまず近寄ることすらできない。
 万が一、立ち入る事ができたとしてもここは森以上の迷路。
 道なき花の群生地なのだ。
 目印など、ありはしない。
 迷って迷って、養分になるのがオチである。
 
「んー、この辺にいそうなんだけどなぁ」
「あのー、私たち遭難してませんよね?」
「してないよ?」
「で、でもあっちもこっちも向日葵だらけですよ!」
「だってさ」
「飛べばいいじゃん」
「あ」
 
 常人であれば、の話である。
 いくら迷いやすいといっても、樹ほど背丈があるわけではない。
 人一人分程度浮き上がれば、全体を見渡すことができる。
 
「もしくは、焼き払っちゃえば」
「やめい」
「ぐぇ」
「ひっ」

 空のうめきは、横から生えた手によって生まれた。
 首根っこをつかまれ、空は見る見るうちに青くなる。
 ゆっくり、横の向日葵からチェック柄の人影が現れた。
 風見幽香。
 この向日葵畑に、住み着いた妖怪。
 幻想郷縁起には、最悪の妖怪として記されている。
 その態度から、強者であると見られているがその本気を見せたことはない。
 未だに、謎が多い妖怪の一人。
 
「で、何の用? 決着でもつけに来たの?」
「んにゃ。私は、用なんかないし」
「はじめまして、東風谷早苗と申します」
「緑髪は、一人でいいのよ?」
「ひぃっ」
「ちなみに、用があるのはあんたが絞めてるそれよ」

 空は、もはや意識をつなぎとめていなかった。
 苦痛の中に安らぎを見た、と表すべきだろうか。
 魂だけが、里帰りしているのかもしれない。
 
「死んだ?」
「もうちょっとだけ、力を込めれば完璧」
「やめましょうよ! 悪戯しにきたんじゃないんですし!」



………



「あー死んだ死んだ」
「生きてるじゃない」
「閻魔に会ったよ」
「裁かれる直前じゃない」
「あ、お花ちょうだい」
「……もう、私帰っていいですよね? ね?」
「何ビビッてるのよ」

 空は、早苗の懸命な蘇生法によって現世に帰還した。
 地獄から来て、地獄に帰るところだった。
 当人は、もはや気にしていない。
 花のことしか考えていない。
 早苗の心配も、どこ吹く風である。
 
「母の日、ねえ」
「何か気になることでも?」
「いーえ、ここで家族なんて言葉が出るのが珍しくて」
「ま、確かにね」

 幻想郷では、家族が一つの住居にまとまって住むことは少ない。
 幼少より独り立ちする妖怪もさることながら、人間も幼くして働き手。
 魔理沙のように、親元を離れていることも珍しくない。

「貴女たちだって、親とは住んでないでしょ?」
「流石にねー。私は小さいときくらいしか記憶ないし」
「私は二柱様がいるので、あまり考えたことはないです」
「覚えてない」
「ま、普通はそうよね」

 幽香は、日傘を閉じて辺りを見渡す。
 その行為自体には、特に意味はない。
 幽香の眼は、一面に咲く向日葵を見ていない。
 懐かしいものを見るように、眼を細めた。
 他三人は、考え事をしているのだろうと思って待つ。
 ほどなくして、幽香は視線を戻した。
 
「わかったわ。協力してあげましょう」
「えっ」
「何よ」
「あんたが無報酬でなんて……ありえるの?」
「報酬は、霊夢からもらうことにしたわ」
「何でよ。早苗から取ってよ、多分資産家だから」
「え?! お金なんかないですよ!」

 不満げな霊夢と戸惑う早苗をよそに、幽香は空に向き直る。
 あくまでも、笑顔のまま。
 空は大きい瞳で、幽香に視線を返す。
 含みある笑みと、他意の無い眼の交錯。
 
「手伝ってあげる条件」
「え?」
「一度しか言わないから、ちゃんと聞きなさい」

 霊夢と早苗が言い争う中、幽香は空に耳打ちした。
 空は、ふんふんと頷きながら聞く。
 
「うん、わかった!」
「……大丈夫? 何かいやな予感がするんだけど」
「さとり様を、引きずってくればいいんでしょ?」
「……母の日よね?」
「そうだよ」
「ま、方法は問わないから夜までに連れてらっしゃい」
「わかったー」

 かくして、烏は空へ羽ばたいた。
 ゆっくりと高度を上げ、彼方を目指す。
 目指すは、主人の待つ地底の奥の奥。
 
「本っ気で珍しいわね、暴虐の限りを尽くすのかと思ってたのに」
「私は優しいわよ? 少なくとも、そこの緑に乗ってる巫女に比べれば」
「霊夢さん、早くどいてください……」
「貴女たちも、用が済んだら帰りなさい。養分にするわよ」
「返り討ちよ。烏に何吹き込んだか知らないけど」
「大したことじゃないわ。プレゼントしたいならつれて来いって言っただけよ」
「渡したほうが、手っ取り早いでしょうに」
「わかってないわねぇ。ムードよ、ムード」

 話は終わり、とばかりに幽香は背中を向ける。
 霊夢は、早苗を開放してそれを見送る。
 二人に聞こえないように、幽香はぽつりと呟いた。
 
「私の可愛い花を、摘ませるわけないじゃないの」

 凶悪と言われる妖怪は、また向日葵畑の中へ。
 本日も終始、笑顔のまま。

 
 
……… 
 
 
  
「さて、作戦はどうしよう?」
「私が、お姉ちゃんをどうにかして誘拐」
「最終的にはそれですけど、気付かれたらだめですよ」
「私は?」
「お空は、花が準備されてるか確認。先に上で待ってて」
「わかったー」
「騒ぎ起こしちゃだめだよー。こいし様、実行は任せますよ?」
「任せて。ばれないように縄で縛って簀巻きにして連れていく」
「……お手柔らかに願います」

 太陽の畑、魔法の森から合流した一行は地霊殿の前で合流した。
 互いの情報を交換し、作戦を立てる。
 しかし、作戦というにはあまりにもお粗末。
 穴だらけ。

「じゃ、こいし様。よろしくお願いいたします」
「ほいほい、任せて!」
「お空、間違っても焼き払ったりしたらダメだよ。私もついてくけど」
「ういさー」

 地霊殿に太陽の畑に意気揚々と、三体の妖怪は散らばった。
 間もなく、太陽は西に傾き始める。



………



「お姉ちゃんただいまー」
「おかえり。珍しいわね」
「あー、ひどいんだー。実の妹を珍しいなんて」
「だって、貴女ここしばらく帰ってこなかったじゃない」
「そうだけどさ」

 こいしは、作戦通りさとりとの接触に成功した。
 いささか大仰な表現かもしれないが、これはこいし以外では不可能なのだ。
 心が読める覚の妖怪を相手に、サプライズを成功させる。
 現在確認されている、嘘をつかない鬼と並ぶ切り札。
 唯一の、読めない心。
 
「ふー、疲れた疲れた」
「お燐とお空も、帰ってくるはずなのだけれど」
「あ、ご飯まだ作ってないよね?」
「? ええ、まだだけど」
「今日は、外で食べない?」

 露骨な誘い。
 平時では、ありえない誘い方。
 さとりは、眼を閉じていない。
 そして、自分ないし覚がどのように思われているかを十分把握している。
 達観しているように見えても、いやな思いはしたくない。
 今回も当然、乗り気にはならなかった。
 
「旧都?」
「ううん、地上」
「ああ、博麗の神社ね。あそこだったら、まぁ……」

 地上で数少ない、地霊殿とつながりのある場所。
 燐と空が世話になっている所でもあり、そこならばとさとりは思う。
 
「うん、まぁそんなところ」
「……曖昧ね」
「いいじゃん。さぁ、行こ行こ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいこいし」
「いいや! 待てないね!」
「なにそれ?!」
「お姉ちゃん、人生は諦めるか従うかの二択なんだよ」
「諭せてない! 拒否の選択肢は!」
「無いよ。現実は非常であるー」

 こいしは、姉の手を取り強引に歩を進める。
 珍しくさとりは、声を大にした。
 だからといって、妹が止まるわけではない。
 旧都を横切りながら、目を集めるだけであった。
 道行く鬼たちは、何事かと振り返る。
 騒ぎの中心が、忌み嫌われた姉妹であることを知ってまた驚く。
 地底の最奥に閉じこもっていた少女が、喚きながら連行されていく。
 陰湿な嫌われ者のイメージとは、全くの対極。

「こいし! 話くらい聞かせて!」
「着いたら教えるよ」
「なら、せめてゆっくり歩いて! スリッパのままなのよ?!」
「急がないと駄目だから、却下します。」
「こーいーしー……」

 遠ざかる声。
 見送る鬼も、呆気に取られた。
 遠く遠く、旧都から抜けるまでその声は続いた。
 
「……珍しいこともあるもんだな」
「ああ、かれこれ千年近くいるがあんなの初めて見たぞ」
「…………おかしいな、あれしか飲んでないのに酔っ払っちまったか」
「そうだな……飲みなおすか?」
「そうしよう」
「姐さんにおごってもらおうぜ、変なの見たって言って」
「いやあ、怒られるだろ」

 声も聞こえなくなった頃、ようやく旧都の人通りは元に戻る。
 こいしの企みとさとりの悲劇も、鬼には酒の肴にしかならなかったようだ。
 もちろん、助けなど入らない。
 放浪癖のこいしと、地底にこもっていたさとり。
 体力の差は、歴然であった。
 悲しいほどに。
 
「こいし、ストップストップ!」
「気をつけろ 妖怪は急に 止まれない」
「止まれるでしょう?!」

 さとりの「ストップ」コールは、地上に出るまで続いた。
 
 
 
 
……… 
 
 
 
「こんなもので、いいかしら?」
「十分十分! ありがとうお姉さん!」

 場所は戻り、太陽の畑。
 空と燐は、約束どおり幽香から花を受け取った。
 紅と白のカーネイションに、黄色いバラが一巻き。
 小さな鉢に、かわいらしくラッピングがされている。
 幽香の作である。
 
「ちゃんと、水を一日一回はあげること。その他諸々云々かんぬんも、忘れちゃダメよ」
「わかったー」
「……本当かしら」
「大丈夫、あたいも聞いてるから」
「そうね、じゃあ大丈夫ってことにするわ」
「あのさ」

 空は、ふと思い付いたことを口にする。
 単なる、小さな小さな疑問。

「どうして、ここまでしてくれるの?」

 今回、幽香は何一つ対価を要求していない。
 花を用意する条件も、花のためであって利益にはならない。
 ギブアンドテイクが成立しないことに、空は疑問を持ったのだ。

「ああ、そんなこと?」

 幽香は、事も無げに答えた。

「暇潰しよ。ただの暇潰し」
「それだけ?」
「そうよ。家族愛に心を打たれた、なんて美談が欲しかった?」

 空は、首を横に振る。
 長く生きると暇でしょうがなくてね、と幽香は補足した。
 そもそも、空に用意できる対価などたかが知れる。
 空なりの、警戒心からの疑問だったのかもしれない。
 タダほど怖いものもないが、幽香の理由を聞いて納得することにした。

「さ、そろそろ来るみたいよ。しっかりやりなさい」

 何かの気配を察知したのか、幽香は踵を返した。
 日傘を差して、顔を背ける。
 相性最悪の妖怪らしからぬ、こざっぱりした対応。
 二匹は、そんなことは知る由も無い。
 
「あ、お姉さんありがとう!」
「ありがとー」

 二匹のお礼に送られながら、幽香は向日葵の森に消えた。

「じゃあ、渡すタイミングはね……」
「うんうん、こいし様とアイコンタクトして……」



………



 太陽の畑近く、茂みの中。

「本当に、どういうつもりなのよ」
「……」

 何やら相談を始めた二匹を眺めながら、霊夢は問うた。
 問われた方は、答えない。

「ねえ、どうなのよ」
「……イメージアップ」
「は?」
「ほら、縁起とかなんとかに最悪って書かれたの私だけじゃない?」
「そうね。事実だもの」
「……そういうわけで、たまには無償っていうのもいいかな。とか」

 遠い眼の幽香。
 笑顔の裏で、実は気にしていたらしい。
 
「今カメラがあれば、きっといい一面を飾れたでしょうね」
「え?」
「今からでも、呼んでみようかしら」
「ちょ、ちょっと」
「静かに。さとりが来たわ」
「むぐっ……!」

 
 
……… 
 
 
 
「……で、結局何がしたいの?」
「えーと、この辺に……あ、いたいた」
「あ、さとり様だ」
「あ、はないでしょお空。呼んだのはあたい達でしょ」
「そうだったっけ」

 すっかり、月が昇っていた。
 向日葵も頭を垂れ、眠りについたようだ。
 さとりは、ようやく立ち止まって肩で息をする。
 きっと、数日後には筋肉痛に苦しむことだろう。
 
「お燐、お空。準備はできてる?」
「アイサー!」
「?」

 さとりは、呼吸を整えるのに必死でペットの姿を見ていない。
 見ずとも多少は、心が読める。
 しかし、今はその多少さえ満足に行えないほど疲れていた。
 サプライズには、非常に好都合。
 
「さーとりーさまっ」
「な、何……?」
「おめでとうございます!」
「ほら、お姉ちゃん」

 ようやく、息を整えたさとりは顔を上げた。
 目の前には、花を差し出すペットが二匹。
 後ろから急かす、妹一人。
 状況が把握できず、花を受け取ってうろたえる主賓。
 
「あ、え。おめでとう? ありがとう?」
「そもそも、母の日っておめでとうなの?」
「ありがとうじゃない?」
「まぁ、そもそも正確に言ったら母親じゃないしね」
「こいし様、台無しですよそれ」
「てへ」
「……母の日?」
 
 燐と空からすれば、主人であるから育ての親と見れなくもない。
 こいしからすれば、家長であり姉ということで扶養されているととれなくもない。
 かなり、強引な解釈ではある。
 
「……ああ、なるほどそういうこと」

 さとりは、自分の行動を理解し切れていない仕掛け人の心を読んだ。
 花の真意と、それにいたる過程を知る。
 喧々諤々の三人を見ながら、さとりはくすりと微笑んだ。

「母への感謝なんて、されるとは思っていなかったわ」

 放任主義で、地霊殿の仕事もペットに分担させていたさとり。
 主人と呼ばれることはあっても、感謝されるなど考えたことはなかったようだ。
 さとりは、鉢を胸に抱く。
 
「ありがとうね、こいし、お燐、お空。この花は、大事にする」
「……まぁ、喜んでもらえたから結果オーライ?」
「おーらいおーらい。どういたしまして、さとり様」
「メインイベントも終わったところで、お腹が空きました」

 三人仲良く、腹の虫を鳴かす。
 さとりは、また微笑む。
 
「じゃあ、どこかに食べに行く? それとも、家で食べる?」
「あ、私同類がやってる屋台知ってますよ」
「同類? うにゅってるの?」
「ああ、夜雀の屋台ね。あたいも、まだ行ったことない」
「そこにしましょうか。久しぶりに、みんなで食べましょ?」
「そーしましょ?」

 人影四つは、連れ立って月に照らされた太陽の畑を後にする。
 夜の道を帰っていく。
 
「ところで、これはどうやって用意したの?」
「そこに住んでる妖怪に、手伝ってもらった」
「そう、じゃあお礼に来なくちゃいけないわね」

 さとりは、ちらりと向日葵畑を振り返って会釈をした。
 きっと、地底に篭りっきりでは生まれなかった繋がりを持った家族。
 放任でありながらも、感謝の意をこうやって示してくれたことにさとりは少なからず感動を覚えた。
 久しぶりに、家族が揃ったことも相まっての感無量。
 この好意を、さとりは無条件に受け入れる。
 嫌でも心を読む第三の目も、悪意を読み取ってはいない。
 
「さとり様ー、こっちですよー」
「はいはい、疲れてるんだから急がないで」
 
 先を行く二匹と一人を追いかけて、小走りに道を行く。
 追いつけば、手を引かれて目当ての場所へ急かされる。
 バラバラだった地底の家族は、地上で仲良く声を上げながら駆けていく。
 いつかから忘れていた、団欒を楽しむために。
 
 
 
 
 
 
 これは、幻想郷のとある家族。
 ちょっとだけ、いつもより騒がしかった日のお話。 
母の日のネタです。
一週間以上経ってしまっておりますが……。
幻想郷じゃ、あまり母の日が広まってないのではないかと思って筆を持ちました。
途中、幽香に食われたような気もしましたが。
楽しんでいただけたのなら幸いです。


実は、もうちょっとだけ続いたり
タ々ル
http://hitchone.blog62.fc2.com/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.830簡易評価
2.70コチドリ削除
良いお話だとは思うのですが、ちょっと散漫な印象も否めないんですよね。
これは続きを読めば払拭されるのかな?

話は変わりますが、伯爵マニアとは、やはりあの因幡の白う詐欺なんですかね。
それと、名誉大佐の名前を間違えちゃイカン!
8.100名前が無い程度の能力削除
スリッパで出ちゃうさとりさんが可愛くて仕方がない…!
なんというか、地霊殿メンバーが、
『意識しなければ』さとりを母と感じないという距離感、
擬似家族のそのまた一歩手前、といった関係性が、
最初から最後まで維持されているように見えて、新鮮でした。

そしてお空がかわいいです相変わらず…過去作同様、幽香との絡みが絶妙。
前半部分などのやり取りは例によってとても和みました。
続きをたいへんたいへん楽しみにしています!
14.100名前が無い程度の能力削除
さとりさんがお母さんだと……アリだな。
続きに期待。
18.80賢者になる程度の能力削除
ゆうかりんいいよゆうかりん

なんか伏線的なものがあったから、気になりますな