私達の歩いている世界は今、何もかもが灰色に包まれていた。
私の心を形にする様に、涙の雨を降らし続ける灰色の空。
空の色を写した灰色の海は、今の私とメリーのぎくしゃくとした関係を形にする様に、波をうねらせている。
私の先を歩いているメリー白い傘をさして歩いており、私は黒い傘をさしてその後を何も言わずただ追い続けていた。
「メリー。ほんと悪かったから」
何もかもが憂鬱になったこの空気にどうやら私は耐える事が出来なかったようだ。
気づけばメリーの下へと駆けていき、横に並んだ時にはそう声をかけている自分がいる。
私が横にいると気づいたメリーは、一度歩くのを止めて私を一瞥する。
その冷たい表情と、その冷たいまなざしから、私はメリーがどのような感情を抱いているのか読み取る事が出来ない。
表情こそ普段通り、秘封倶楽部の活動を真剣に行っている時の表情だけれども、今はそれが怒っているようにも見えるし、私に対して興味が無いように見えてしまう。
「別に怒ってなんかいないわよ。蓮子。」
そう言って、私の顔を見ていたメリーは海の方を向いてしまう。
その景色もまた重苦しく、空と海が交わるはずの地平線は絵具で塗りつぶしたキャンバスの様に、灰色で染まっている。一定のリズムを刻む海からのさざ波が無ければ、何も無い空と海の境界を窺い知る事が難しいくらいだ。
そんな灰色一色に染まった光景をメリーはじっと見続けていた。
「せっかく海に来たのに、灰色だらけでなんだかさみしいわね」
不規則なリズムを奏でる雨粒の音と共に、景色を見続けるメリーの呟きが私の心に重く圧し掛かってくる。
雨という暗い天候のせいかもしれないけど、何か話題になる物が無いと本当に自己嫌悪に陥ってしまいそうだ。
でも、話題になりそうな物を探してみても、雨にぬれて茶色に染まった砂浜には私達の足跡と石ころしか転がっていない。
そうして砂浜から、海までに何か無いかと目で追っていたら、砂浜と波の消える境界で何か不思議な物が流れ着いていた事に気づいた。
「ねえ、メリー何あれ?」
指差した先をメリーは随分と暗い表情で見つめる。
私が見つけ、指差した先。そこには奇妙な球体が流れ着いていた。
それは流れ着いたのか、それとも誰かに捨てられたのか。砂浜に打ち捨てられるようにしてその丸い身体を佇ませていた。
私は何も言わず、メリーの顔を見る。メリーも私の意図を察したのか、何も言わずに頷く。
この辺りの私とメリーの連携の良さは、自分でもほれぼれしてしまうほどの手際のよさだと私は思う。なにせさっきまで灰色の空と同じくらいの暗い表情をメリーはしていたのに、今では雨が降っている事も忘れてしまっているのか、傘を閉じて暗かったその表情を真剣な物に変化させているからだ。
しかし、それは私も同じ事。
あの奇妙な丸い物体を私は見たことがある。
恐らくメリーも知っているのだろう。
さっきまでの重苦しい空気はなんだったのか。私達は波で足を海に浸かってしまう事に意も介さず、砂浜に流れ着いていたその球体に近づく。
「蓮子。これって……」
灰色の空は太陽を閉ざしているけど、メリーの顔には少し青空が覗いているようだ。
笑みを浮かべて私を見ている。
この表情はせっかくの休日が唐突に現れた不思議によって無駄にならずに済んだ事と、私達の活動にふさわしい物が現れた二つの喜びがあるに違いない。
私もまさかこんな物に遭遇できるなんて思ってもいなかった。
きっとメリーと同じように、私もこの灰色の世界には似合わないアンバランスな明るい笑顔を作っていただろう。
「うん、虚船だ」
虚(うつろ)船(ふね)……江戸時代に突如浜辺に現れた謎の球体であり、日本各地で発見されたとの文献が残っている謎の船だ。
形状からしてUFOにも見えるけど、江戸時代の資料には空を飛んだなどとは書かれていなかったから、多分UFOでは無く、名前の通り船みたいな物なのだろう。
目の前にある球体も、私が一度見た資料と同じ形をしたものだった。
どんぶりの様な形と縞模様の入った虚船には、何か良く分からない文字の様な物が刻まれており、そして窓ガラスが貼られている。あれが窓なのだろうか?
「まさかこんな所で虚船に遭遇するなんて思わなかったわ」
人が一人やっと入れるだろう大きさをした球体の表面を触れながら、メリーは感嘆の声をあげている。まだ虚船と決まったわけではないけれど、目の前にあるこれがそうだと言う可能性は大きい。
しかし、私が思ったよりも虚船は大きい物だ。
やっぱり船や潜水艦とかの類なのだろうか?少なくともこの大きさでUFOはありえない。UFOはもっと大きいものなのだから。
「そう言えば箱を持った女の人とか見ないわね」
雨で濡れたガラス張りの窓を手で拭い、ぬぐった所をメリーは覗きながら、私に聞いてくる。
そう、そして船や潜水艦と同じ類であるなら、誰かが乗っていなければおかしいのだ。
よく見る虚船の資料には、奇妙な形をした船と一緒に、何か箱を持った女の人が描かれている。
日本とは違う異国から来た人物なのか、それとも全く別の世界からやって来た「ヒト」なのか、それを資料から窺う事なんて出来はしない。
でも、今は違う。
目の前にこうして虚船が現れたのだ。
真実を知るチャンスが巡って来たのだ。
肩に下げていたバックから、秘封倶楽部としての活動を記録した時代遅れのノートを取り出し、どういう形で虚船に遭遇したのか、どんな形をしているかメモに取っていく。
「なら、私は写真を取るわね」
私の行動に合わせて、メリーも型の古いカメラを取り出して、虚船の周りを取っていく。
はたから見れば、時代遅れのノートとカメラを取り出して、変な物を見ているヴィンテージ物を愛好しているモノ好きにしか見えないだろう。
しかしそんな事は気にしない。
何より、この砂浜には私とメリーを除いて誰もいない。
私達を見ているのは波をたてる海と雨だけだ。
「不思議な物ね。どうしてこんな物が流れ着いてきたのかしら?」
様々な角度から写真を撮り、レンズについた雨粒を手で拭いながらメリーはもっともな疑問を一人呟いていた。
一説によると、虚船は異国で島流しにあった貴族の乗り物だとか言われているけれど、それはありえないと私は思っている。
何せ、虚船の表面には何とも言い難い文字が書かれているからだ。
そしてその文字は、今この世界にあるどんな言葉では無い。
文字の部分をなでるように私は虚船に触れる。
雨で濡れた船の無機質特有の冷たさは、私の手から暖かさを奪っていく。虚船は鉄の様な金属で作られているらしい。
「何かの文字かしら?なんて書いてあるか分からないわね」
一通り写真を撮り終えたのか、カメラを肩に下げたバックにしまい、メリーが私のもとへと近づいてくる。
「うん、やっぱりこれは何かの文字の様だね。でも、どんな事が書いてあるか分からない。もしかしたら虚船って、私達のいる世界とは全く別の所からやって来たのかも知れないわね。ねえ、メリーは浦島太郎のおとぎ話を知ってる?」
「勿論知ってるわよ。昔昔浦島は、助けた亀に連れられて、竜宮城へ行きました。でしょ?それがどうかしたの?」
そこで歌を歌う必要があったのだろうか?随分と聞かなくなった浦島太郎の歌を雨のリズムに合わせてメリーは歌っている。
「何となく、浦島太郎は竜宮城に変える時、亀では無くて虚船に乗っていったんじゃないかなって思ったんだよ」
そう。この船を見て、真っ先に連想してしまったのは、浦島太郎だ。
おとぎ話の中では亀に乗っていたと言われているけれど、それでは海の中で窒息してしまい、竜宮城に行くどころの問題ではなくなってしまう。
そうなると、何か潜水艦に乗って竜宮城に行ったに違いない。
そして江戸時代に書かれた虚船に描かれていた箱を持った人物は、浦島太郎。
江戸時代に描かれた虚船は、きっと竜宮城から帰って来た浦島太郎なのだ。
「でもそうなると亀は一体何になるのかしら?」
メリーにその説明をしたらもっともな事が帰って来た。
そこが問題なのだ。そこが説明できないと浦島太郎と虚船はあまり関係の無い物になってしまう。そもそも浦島太郎と虚船の時代があっていない。
「亀は亀じゃないかな?メリーはなんだと思う?」
ガラス張りの部分から中を窺おうと頑張っているメリーに、私は質問をする。
メリーが見ている部分はマジックミラーの様な作りになっているようで、中がどのような様子になっているかなんて、知ることも出来ない。
「そうね……私も蓮子と一緒で浦島太郎と関わりが深いと思うわ。でも、虚船はタイムマシンと同じだと思うの。浦島太郎は帰りに玉手箱を持たされてから、この船に入れられて、タイムスリップしたのよ。そして玉手箱は恐らくただのフェイク。本人が気づいていないだけで、浦島太郎が自分の住んでいる世界に戻って来た時には、すでにタイムスリップ分の歳を取っていたんじゃないかしら?」
中を見ようと必死になっていたメリーは、どう頑張っても見えない事を理解したらしく、虚船と私を見比べながら、そう説明をしてきた。
タイムマシンなんて車椅子の物理学者が不可能だと提唱した装置の事を良くもまあメリーは思いつくものだ。
今現在、この時間を切り取って保存することなんてできはしないのだ。時間の歩みは三重だから、矢の様に早い現在から人はためらいながらも未来へと歩いていくしかない。
だから浦島太郎はタイムスリップの副作用として年老いていったのだ。過去は静かに佇むべきものなのだから、歩いて動く人間はそこに留まる事が出来ない。
でもそんな考えがあってもいいと思う。車椅子の物理学者だって、ちょっとは期待していたのだ。それにそんな事をおいそれと他人に話す人なんて居やしないだろう。
「そうか!タイムマシンなんて答えもあったね!そうなったらやる事は一つしかないわ!」
私はその言葉を聞いて好奇心と興奮で体が熱くなってしまった。
その熱を冷やす為の雨はもう降ってはいない。空もまた、一色だけの世界はありえないと言わんばかりに灰色の雲から青空が少しだけ顔を見せていた。
そうとなれば話は早い。早速乗り込んでみるだけだ。
虚船の中がどうなっているのか、それを知るにはまずこの船の入り口を見つけるしかない。
すでに海から流れてくる波のせいで靴が少しだけ海に浸ってしまったけど、構いやしない。
靴と靴下を脱いで、素足のまま私は船の表面を触っていきながら周りを詳しく見てみる。
「どうしたの?蓮子」
私の突然の行動に驚いた様で、メリーは目を見開いて私の様子を見ている。
「虚船に乗ってみるのよ!そして本当にタイムマシンなのかどうか調べてみたいとは思わない?」
私が元気よくメリーの言葉を返して、再び入口を探す。
しかし、入口と呼ばれる部分は無く、一部のスキマも無かった。
そう考えると、なおさらこの船が不思議な物に見えてくる。
「蓮子危ないわよ。降りたほうがいいわ!」
船の上によじ登ろうとした時、焦燥に駆られた様なメリーの声が聞こえて来た。
「えっ?うわっ!」
そしてメリーの声を聞いた瞬間、私は自分の声と共に、見えている世界が反転した事に気づく。
虚舟によじ登ろうとはずみで、私のいる方向に傾いたのだ。
体は一瞬だけれども宙に浮き、すぐそこにはバランスを崩した虚船が私を押しつぶそうとしているのが見えた。
一瞬というけれども、ゆっくりと、スローモーションのように流れていく私の視界。
上から下の砂浜へと体を叩きつけられる瞬間に私が見た風景は、灰色から青空へと変わった空の景色。その光景に驚いて、なんとか私を助けようと手を差し出していたメリーの姿だけだった。
その瞬間、私はそれが夢なのか、現実なのか分からなくなってしまった。
そして、私は身体を砂浜へと叩きつけられ、意識が現実へと帰ってくる。
思ったよりも衝撃が強く、叩きつけられたと時に私は体の中に入っていた空気が全て口や鼻の中から抜けていくのを感じた。
ああ、私は船に押しつぶされてしまうのだろう。
結構大きいし、重そうだから、押しつぶされたら大怪我では済まない事だろう。
私は目を瞑り、ただただそれだけを考えて、すぐに来るだろう衝撃に覚悟を決めていた。
そこには後悔なんてものは無かった。
いや、ある。後悔はメリーに迷惑をかけてばかりだった事だ。軽率だった私の行動全て。
さっきまで怒っていたのはその事だったんだね。迷惑ばかりかけてごめんね、メリー。
私はただ、その小さな後悔を胸の中にしまいこんで、虚船に押しつぶされるその時が来るのを待っていた。
しかし、私を押しつぶそうとしてきた船が私に全体重を掛けて、のしかかってくる事は無かった。
「れ、蓮子……あれ……」
代わりに私の身体に流れてきた、海からの波に全身を任せていると、唖然として、あっけにとられた様なメリーの声を聞き、私は目をあける。
そこには、宙に浮いたままの虚船があった。
「う、浮いてる……」
あまりの事に身体の震えが止まらなくなってしまう。それが海水で濡れてしまい冷えた身体のせいなのか、興奮からの震えなのかは分からない。
まるで重力を何処かに置き忘れてしまったかの様に、虚船はその身体を浮かせて、私達の頭上に浮いていた。
私はメリーの側に依ってその光景をただ、魚が水を求めるように、口をパクパクと動かす間抜けな顔をしながら、唖然と見つめるしかなかった。
横にいるメリーも同じ表情をしている。
そして虚船はそのまま何事もなく、しばらくの間空中で静止した後、今の技術でもありえない直角の動きと、ものすごいスピードを出して青くなった空の彼方へ吸い込まれていくように消えていった。
その一連の流れが、あまりにも映画やテレビ様な妄想の世界であり、一瞬の出来事であった。
私達はその様子を見て固まる事しか出来なかった。そして、自分の衣服が砂と海水で汚れてしまい、衣服の貼りついた不快さと冷たさに気がつくのは少し後だった。
「結局あれはなんだったのかしら?」
帰り道、メリーは傘で地面を突きながら私にそう聞いてきた。
そこはメリーの取った写真と私のメモ、そして記憶から考察していくしかない。
「さあ?でも、間違いなくUFOなのは確かだよ」
「昔の人は碌に確かめずに海に流してしまったのよねー」
何処からともなく吹く風によって、服についた海水独特の磯臭さが私の鼻を突く。
今回は本当に死んでしまうかと思った。でも、それ以上に好奇心が私の心の中を熱くして、さらなる探究心を与えてしまう。
「蓮子。無理ばっかりしちゃ駄目よ」
その心を見透かすかのように、メリーが鋭く私の心にくぎを刺してきた。
今回の出来事で、私はもう少し自分の行動を落ちつかせた方がいい事が理解出来た。
私がメリーと同じ視点になっていたら、メリーと同じ行動や態度を取っただろう。
周りの人間にハラハラさせられるのは、とてもつらい事だ。それが、友人や家族ならなおさらである。
現実にタイムマシンなんて無いのだから、後悔をしてもやり直す事は出来ない。
「メリー、ごめんね。いつも心配ばかりかけてしまう様な行動ばかりして」
私はメリーに謝る。それは嘘偽りの無い真実。
それを見たメリーは、砂浜で見せた何も感じていない、冷たい視線と、怒っている様な表情を私に見せる。
「許さないわよ蓮子。許してほしかったら……」
そして、その言葉と共に冷たかった表情が笑顔に変わった。
「今度のお昼、蓮子が全部奢ってよね」
全く。色々とメリーを振り回しているけれど、なんだかんだ言って私はメリーには敵わない様な気がする。
だって、こんな笑顔を見せてくるんだから、これは奢らないといけないだろう。
その笑顔を見ているとなんだか自分が謝った事を恥ずかしく感じてしまう。私は照れながら人差指で頬を搔いて、何も言わず頷く。
私の取った行動を見て満足そうにメリーは頷くと、そのまま私達は家へと帰る。
メリーあなたは私の行動を心配だと言ってくれた。でも、私にとっても、メリーの能力が心配になってしまう事があるのよ。
境界の能力が強くなってしまったら、メリーは私以上の危険を負ってしまうかもしれない。
もしそうなってしまったら、私は何もすることができない。メリーの様に心配しか出来ないだろう。
だからこそ、メリーは私の事をこんなにも心配してくれるのだろう。
「そう言う事よ」
何も言っていないのに、そんな事を言って驚いた。もしかして思った事が私の顔に出ていたのだろうか?
「顔に出ていたわよ。メリーが心配だって。ただ、私は蓮子に危険な目あう様な事をしてはいけないと言ったわけではないわ」
では一体どういう事なのだろうか?
「私達の活動に危険が付きものなのは当たり前よ。だから……」
言葉を遮って、メリーは私の前に立つ。
メリーが言わなくても私はその言葉の先を理解している。
「危険な目に遭う時は二人で一緒よ!」
私が思っていた事なんて、メリーはとっくに理解していた。その上で私の心配や無茶を注意してきたのだ。
複雑な気分になりながら歩いていると、突然メリーが私の前まで歩いて来て、私の服を嗅いできた。
突然変な事をしてきたので驚いたけど、むしろそんな犬の様なみっともない行動を今この場でするのだけはやめてほしい。
「早く帰ってお風呂に入りたいわね。磯臭いわ」
メリーにそう言われて、私は自分の衣服についた生臭さに気づく。
私もそれに笑顔を返していく。
「あの。ちょっとよろしいですか?」
その瞬間、突然後ろから声がかかって来て驚く。
後ろを振り向くと、そこにはメリーと同じくらいの色合いをした金髪の女性が立っていた。
「どうかしましたか?」
メリーがそう答えると、その女性はまじまじとメリーの顔を見つめ出す。
まるで、何か見覚えのある物を思い出すように、その女性がメリーの顔を見つけた後、満足しながら答える。
「海へ行く道は何処でしょうか?」
おっとりとした雰囲気をしているけど、何か得体の知れない何かをその女性から私は感じてしまう。そしてその手には何かの箱を大事に抱えている。一体海に何の用事があるのだろうか?
「海ですか?このままこの道をずっと真っ直ぐに歩いて行けば、10分くらいで海に着きますよ」
メリーが海へ行く道を教えると、その人は満足そうにうなずいて、再びメリーの顔を見始めた。
何か、メリーに珍しいものでもあったのだろうか?少なくとも、境界を見る力はメリー以外の人には無いものだ。でも、それを知っているのは今この場では私一人しかいない。
「あの、私の顔に何かありますか?」
流石に二回も顔をじっと見られた事が不安なのか、メリーが不安な表情をして、女の人にそう聞いていた。
「あら、ごめんなさいね。最近出会った方にそっくりだったものでつい」
そう言いながら私達の前に箱を出し、それを受け取る。
丁寧に梱包された箱を手に取ってみると、思ったよりも重く、そして何が入っているのか予想がつかない。
「これは道を教えてくれたお礼です。二人で仲良く分けてくださいね」
そう言うと、女の人はそのまま私達の横をすり抜けていき、私達の歩いて来た道へと消えて言った。
「なんで海に行こうとしたんだろう?」
箱を持ったまま、私は茫然としてしまう。
だって、あの女の人からはさっき見た虚船と同じぐらいに何か得体の知れない感じがしたのだから。
「もしも虚船に関係のある人だったらどうする?追いかけてみる?」
それはそれで面白い。後をついていくのも楽しいかもしれない。
「それも面白いかもしれないけど、やらないよ。それよりも早くお風呂に入りたいな。身体が寒くなって来たよ」
ただ、私はメリーに危険な事をしない様にと先ほど釘を刺されたのだ。それに全く関係の無い人だったら迷惑をかけてしまう。私が自分の行動で迷惑をかけていいのはメリーだけだ。
夜風が濡れた衣服に当たって肌寒い。早く帰ってお風呂に入らないと風邪をひいてしまいそうだ。
「その前に箱を開けてみない?中身が気になって」
さっきの女の人が私達にくれた箱をみて、メリーは目を光らせながらこちらを見ている。
でも、私は少し不安だ。
この箱を見て、私は再び浦島太郎を思い出してしまったのだ。
メリーはフェイクと言ったけれど、私は玉手箱の中身が何かしらの薬品だったのではないかと考えている。
そして、浦島太郎の最後と言えば玉手箱を開ける所だ。
玉手箱を開けてしまった浦島太郎の姿は……。
せっかくもらって失礼かもしれないけれど、もしもさっきの人が本当に虚船に関係があって、なおかつ私の考え通りだとしたら、どうなってしまうのかが容易に予想できる。
「何が入っているのかしら?」
そんな事を考えている内に、メリーが私の持っていた箱を取って勝手に中身を空けていた。
全く、私の行動が危ないとか言っていたけれど、メリーも普段から少し警戒とかしたほうがいいんじゃないかしら?と言いたくもなってしまう。
そんな私を横目に梱包された箱を開いているメリー。
一体何が入っているのだろうか?少なくとも玉手箱の様に、浴びたら老人になってしまう煙が中に入っているではなさそうだ。
「見て見て!桃が入っていたわよ!」
あれこれ考えている内に、メリーが子供の様にはしゃぎながら私に箱の中身を見せてくる。
あの女の人が私達にくれた箱の中には、明らかに高級ですと言っている様に丁寧に並べられた桃が入っていた。
「玉手箱じゃなくて本当に良かったと思ったでしょ?」
「もちろん、こんな所で急激に歳をとりたくないからね。それにしても天然物の桃だね。こんな貴重な物をくれるなんて本当に何者だったんだろう?」
他愛のない意見を交わしながら私達は再び帰り途を歩いていく。
「私が六つで蓮子が四つね」
「そこは平等にしようよ、メリー」
やっぱり私はメリーと会話をするのが楽しい。あの時の様な重い空気や気まずい雰囲気はまっぴらごめんだ。
それには私がメリーに迷惑をかけない様に、私がメリーを助けるように、互いが互いの手綱を握りあう事が一番だろう。
「今日は不思議な事がいっぱいだったね。虚船の件はお風呂に入った後まとめないと」
「あれのおかげで今日一日なんで怒ったのか理由を忘れちゃったわ」
今回の虚船は私達に結界の向こう以外の大きな可能性を教えてくれた。
一色に染まっていた灰色の空はいつの間にか青空に変わり、そして夕陽の赤い空に姿を変えていく。
私達はその空の下で、矢のように早くは無いけれど、ゆっくりと、ためらう事をせずに家路へと歩いて行った。
写真で見たことありますけどあの虚船は羽衣と同じく地上へ行く為のものなのでしょうか。
かなり狭そうですね。羽衣よりは安全だけど開放感が無いですね。
いろいろと考察が尽きない作品でした。
虚舟って初めて知りました。とてもよい題材だったと思います。
ナイス秘封でした。