「うぅっ、さむい」
あまりの寒さに耐えられずに、私は神社の掃除をいったん中断する。
いつもどおりに急須にお茶葉とお湯を入れる。
それを縁側まで運び、お茶が出来上がったと勘で湯のみに緑茶を淹れる。
一人分ではなくもう一人分多めに作ってある。
ひょっとしたら、彼女が来るかもしれないから。
緑茶を一口飲む。
ちらっと隣を見ても、湯のみがひとつ増えることもない。
もちろん、誰かが突進してくる気配もない。
「んぅ、後もう少しはこのままで」
スペルカードができるまではほとんど生物なんか来なかった。
そのころに比べるとにぎやかになった。
うるさいと感じるほどに……
だけど、今日は誰も来ない。
静かな時間が流れる。
『チリン』
結界の鈴の音が鳴る。
「あれ」
「はぁ、来たのね」
湯のみを置いて、ちらりと前を見るとそこには一人の少女。
くせのあるゆらゆらとした銀髪に黄色の布のついた黒い帽子。
そして、近くに浮く閉じた青い瞳。
「なにこの音?」
不思議そうに首をかしげる。
「私の家には気まぐれな猫がやってくるからね」
心を読む瞳を閉じてしまった覚り妖怪。
彼女の気配は非常に察知しにくい。
だから、気配を察知できずに縁側にいることが何回もあった。
考えた結果、彼女が来たら気づくように結界をはった。
「にゃぁ~」
こいしは楽しそうに鳴く。
その声は本物の猫によく似ている。
「煮干でも欲しいの?
そんなものここにはないけどね」
「ぶ~、霊夢と一緒の緑茶がいいです」
「はいはい」
新しい湯のみを一つ出してまだ急須に残っていた紅茶を注ぐ。
こいしはきちんと隣の椅子に座り、熱そうにふ~ふ~と息を吹きかけた後緑茶を飲む。
「お掃除しないの?」
「あぁ、するわよ。
あんたも手伝う?」
「えへへ、おことわりしま~す」
「たく、しょうがないやつね」
一度意識してしまえば、こいしのことは見失わない。
彼女がふらふらと消えようとしない限り。
「なに、霊夢?」
「なんでもないわ」
じっと見すぎていたのかこいしがたずねてくる。
目を合わせるのが恥ずかしくて、目を逸らし普段は真面目にやらない掃除をしていく。
真面目にやれば、すぐに終わってしまうもので最後のごみを集め終わり、縁側に戻ると
「もう、今日のお掃除は終わり?」
「まあね」
「えへへ、じゃあ~」
当たり前のように彼女は私の膝の上に乗っかってくる。
「許可してないけど?」
「だめ?」
うるうるとした目でねだられると断れない。
はぁっと溜息を吐き
「しんどくなったらどいてよ」
「はぁい♪」
ぎゅうっと抱きついてくる。
髪を撫でると、気持ちよさそうに声を出している。
その間、何も言葉を交わさない。
ただ、こいしは私にぎゅっと抱きついて、私は髪を撫でる。
猫を飼っていたら、こんな感じなんだろうな。
他のやつだったら、振り払おうと思うのだが振り払おうと思えない。
こいしには不思議な魅力がある。
「んぅ」
「あら」
私に抱きついたまま眠ってしまったようだ。
そっと顔を覗き込むと、三つ目の瞳と同じように二つの瞳も閉じられている。
本当に可愛い顔をしている。
ちゅっと軽く頬にキスをする。
「はぁ、バカみたいね」
寝ているのにキスしたって意味がない。
女の子同士で、関わっている日数も少ない。
他にも私に関わってくるやつはいる。
だけど、こうやって気になるのはこいしだけだ。
「っ!?」
いきなり、こいしの抱きつく強さが強くなる。
痛くて驚くけれど、こいしが抱きついてくると一日に一回はあることなので驚かない。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
がたがたと震えだすこいしを撫でる。
「ごめんなさ、い」
ぼそっと一言呟きだすとこいしはその後ずっと謝りだす。
まるで、自分が許されざる罪人のように……
「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ごめんなさい、ごめんなさい。
……おねえちゃん」
ぼとぼとっと私の肩口が濡れていく。
ひくっとしゃくりあげながらも、こいしは静かに泣く。
大声で泣いたら、いいのに……
私はそう思うけれど、こいしは目覚めると、このことを覚えてない。
聞いたら、不思議そうに首をかしげるのだ。
無意識に逃げこんでも、罪悪の意識があるなんて……
「違うのはいけないの?」
「れい……む?」
ぼ~とした目が向けられる。
目が覚めたみたいだ。
「ん、大丈夫?」
「よくわかんないけど、私はいつでも楽しいよ~」
「そっか、今日はどうする?」
「泊まってもいい?」
「えぇ、いいわよ」
食事の準備をするために立ち上がる。
こいしも食事の準備を手伝ってくれるから、すぐに出来上がる。
ご飯に味噌汁に山菜のおひたし。
「「いただきます」」
手を合わせていただく。
ご飯を食べるときはある程度礼儀が分かっているからか、食べながらしゃべったりもしないし、食器同士でかちゃかちゃと音を鳴らすこともない。
「ん、ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
食器を集めて、流しへ持っていき洗う。
こいしはちょこんと座っている。
全てのお皿を流し終えて、私が隣に座ると、やっぱり当たり前のように膝の上に載ってくる。
「霊夢はやさしいね」
ごろごろと私の頬に自分の頬を摺り寄せる。
その際にこいしの唇が私の頬にあてられる。
指摘したって変わらないし、私も同じことをやってしまっているので怒りはしない。
「なによ、急に」
「んぅ、なんとなく~。
また、なでて」
「はいはい、それくらいなら」
私はまたこいしの髪を撫でる。
「にゃぁ~」
気まぐれにこいしが鳴く。
「にゃあ」
「へったくそ~」
私も鳴き返してみると、くすくすとこいしが笑う。
「わるかったわね」
「ううん、おもしろいよ」
小ばかにするのではなく、純粋におもしろがっているこいし。
だけど、それはこちらにとってはあまりおもしろくない。
「今度猫の鳴き方でも教えて。
どうせ、ひまだから」
「ふふっ、ついでに犬も教えてあげるね」
嬉しそうに答える。
「報酬は霊夢のお茶ね」
「それぐらいお安い御用」
「やったぁ、楽しみにしてる」
また、ぎゅっと抱きついてくる。
「温泉行きたいんだけど」
「う~ん、それはたいへん」
しばらく首を傾けて悩んだ後
「お風呂なんて後でいい。
今は霊夢の膝の上にいたい」
「そう、じゃあいいわ」
私は彼女の髪を撫でる。
きもちいいからっていう理由も大きいけれど、癖になっているのかもしれない。
彼女が私の指に自分の首を近づける。
動物みたいに動かされた場所を撫でると、ふふっと小さくこいしは笑う。
何の躊躇もなく、自分の首を他者である私に触らせる。
警戒心がないのか、無意識とやらで私に敵意がないことを見破っているのか……
私のことを少しは好いてくれているのだろうか?
「ひゃぃっ」
そんな思考に囚われていると、こいしが耳を舐めてきていた。
くすぐったい。
いつものじゃれあいの延長?
それとも……
半ば期待を込めて、こいしの瞳を覗き込む。
「やっぱり、そうよね」
彼女の瞳は光も何もない、どこに向かっているのかわからない瞳。
つまり、彼女自身の能力である無意識に囚われていた。
こいしはどすんっと畳の上に、私を押し倒す。
とっさに受身を取る。
なんとか、変なところをいためずにすんだ。
「んちゅっ、くちゅ」
こいしは無意識に囚われた瞳を閉じて、私の頬をぺろぺろと舐めてくる。
あまり肉付きも良くなくておいしくもないが、こいしは一心不乱に舐めている。
その位置は次第に鼻へとずれていく。
「ぁいたっ」
がぶっと鼻にかみつかれる。
こんなところ噛んだっておいしくないのに……
一度噛んだら満足したのか、さきほど舐めていなかったほうの頬をぺろぺろと舐めだす。
手持ち無沙汰で、こいしの髪をなでる。
「うふふっ」
そしたら、こいしは幸せそうに猫が鳴くように声を出す。
口の近くにいくと、指まで舐めだす。
「んぅ、くちゅ」
しまいには両手でしっかりと握って執拗に舐めてくる。
あまがみをされたので、ぎゅっと舌を握る。
「んんぅっ!」
悲鳴みたいな声を上げるこいし。
だけど、さっき鼻をかまれたのもいれてながめに握る。
こりただろうと感じたときに握るのをやめる。
また、彼女はぺろぺろと舐めだす。
数分後、おしゃぶりをくわえた子どものようにそのまま寝てしまう。
きちんと寝ているのを確認し、こいしの口から自分の指を引き抜く。
こいしは、気持ちよさそうにしているので、布団にねかせておく。
着替えなどを準備して、温泉に入りに行く。
神社近くで、夜のこの時間に入っているのは私くらい。
暗い中、たよりになるのは設置しているたった一つの光。
誰もいないと思ったら、最近のこと……
こいしのことばかりが思い浮かぶ。
「はぁ」
勝手に溜息が口から出ていく。
それにしても、今回は何回目だったけ?
最初がいつかも覚えてないけれど、こんな風になったのは少し前だ。
気まぐれに猫のようにふらりと訪れてくる彼女とたまに見せる無意識の涙。
それに惹かれだしているときに、彼女に押し倒された。
最初は動揺したし、恋人同士でも何でもないのにキスされるなんてって思った……
だけど、彼女の瞳を見たら、抵抗する気力はうせてしまった。
瞳の奥底に沈む今にも泣き出しそうで寂しそうな彼女。
むしろ私は彼女にこたえたいと思った。
だって、私も同じ。
「努力して、何が悪いのよ」
身体を洗いながら、自分の過去に思いをはせる。
『博麗』としての生を受けた私。
生まれたときから、ずっと神社にこもりっぱなし。
どこかに出かけた記憶などない。
それどころか、触れた記憶すらない。
『決して自分から誰かに近づくな。
相手を拒んだらいけないが、決して自分から近づくな』
そんな言葉に縛られて動かなかった。
だから、相手と触れ合うあたたかさすら知らなかった。
現状にずっとマヒして、孤独でさみしいということすら知らなかった。
『おっしゃ、霊夢いくぞ!』
『うふふ、霊夢』
『霊夢~』
たくさんの異変で触れ合える機会が増えた。
そのときに初めて、人のぬくもりを知った。
宴会でバカ騒ぎをしたり、その中で肩を組む。
きっとそれは当たり前なんだと思う。
だけど、私はそんなことが嬉しかった。
一人になれすぎた私は、集団でいるのには疲れたりもする。
それでも、宴会が好きだから自分の神社で毎回宴会をするのをゆるすのだろう。
だけど、結局のところ私は自分から何一つ行動していない。
異変解決だって巫女としての義務。
そこから、自然と輪が増えただけ。
今の付き合いの仕方も『博麗』に依存している。
今近くにいる人妖みな私の弾幕と能力に惹かれているのだろう。
私の魅力なのではない。
だから、こいしがほうっておけない。
あの子は私と真逆なのだ。
噂を聞いたくらいだが、あの子は努力をしていた。
人と触れ合う努力、近づく努力を……
その努力全てが、『能力』によって否定されたのだ。
そして、触れ合うために最終的に選んだはずの、自分の能力を捨てても、彼女は手に入れられなかったのだ。
泣いて、泣いて、必死に誰かを求めている。
そして、自分のした決断で姉を苦しめているかもしれないと泣いている。
そんな彼女が自分に甘えてくる。
それを振り払えるわけない。
気にならないわけない。
もっと知っていきたい。
それは同情?
そんなの知らない。
だって、ここまで気になる相手なんて初めてだから……
のぼせそうになったので、思考をやめて、手早く身体を洗って、お風呂から上がる。
まだこいしは眠っているのだろうか?
服を着替え終わり、部屋に戻ってみると、まだこいしは眠っていた。
布団は一つしかないので、隣に入る。
こいしの髪をなでる。
私と彼女は正反対。
ぬくもりを知らずにいつのまにか手に入れた私。
ぬくもりを求め続けて手に入れられていないこいし。
私は少しでも彼女にぬくもりを与えられているだろうか?
「んぁ、霊夢だ」
「くす、疲れてねちゃったのよ。
温泉入ってきなさい」
「うん、そうする」
こしは立ち上がって、温泉に向かう。
彼女は私みたいに考えてないかもしれない。
それでも、勝手に情を寄せるぐらいかまわないだろう。
いやになったら、彼女は猫みたいだし、神社に来るのをやめる……
それは少し悲しい。
私も彼女に触れることは嬉しい。
「あがったよ~」
私の家のタンスのどこかから取ったであろう服を着ているこいし。
「相変わらず烏の行水ね」
「ど~ん!」
こいしが私に飛び込むように抱きついてくる。
私はそれをキャッチしきれず、そのままベッドに倒れこむ。
「えへへ、霊夢。
おやすみなさい」
満面の笑みを浮かべているこいし。
私と一緒にいることでこの笑顔をしてくれているのならば、もっとそばにいたい。
「おやすみなさい」
お互いを抱き枕のようにして眠る。
「ん、朝か」
幼いころからの勘で、いつも朝は勝手に目が覚める。
相変わらず、こいしは私にぎゅっと抱きついたまま。
そっと顔を見てみたけれど、寝る前に泣いておいたおかげか目ははれてない。
気持ちよさそうに寝ている。
「こいし、朝よ」
ゆさゆさと揺らす。
ぎゅうっと抱きついてくる力は強くなる。
「むにゃ、あと……
三分」
「だぁ~め、おきる」
よいしょっと無理やり起き上がっても、しがみついたまま。
それもいつものことなので、近くにおいてあるいつもの巫女服に着替える。
着替えている間、こいしは離れてくれているのだ。
こいしは私の服をまだ着ている。
普通なら、もう少しきといてもいいというべきなのだろうが、あまり服のストックがないので
「こいし、きがえて」
「これで十分だよ」
にっこりと笑うこいし。
そういう問題じゃないから、こいしがもともときていた服を持ち
「ほら、脱がすわよ」
「やぁん、エッチ~!」
それに~、残念ながら、こいしちゃんは霊夢のお人形ではないの」
「あら、じゃあ何かしら?」
よいしょよいしょと脱ぎ始めているこいしにたずねる。
その間に台所へ向かう。
「あら、私はきまぐれ猫じゃなかったの?」
「くすくす、そうだったわね」
台所から答えると、走ってくる足音。
朝でさっきまでぎゅっとしてたから、大丈夫だと思ってたのに……
包丁を持つのをやめると、どんっと後ろから抱きつかれる。
こいしは何も言わない。
だけど、どんな顔をしているかは見なくてもわかるから、髪をなでて
「私はいるから」
そっと呟く。
しばらくすると、こいしは離れて
「えへへっ、ごめんなさい」
「朝ごはん作ってる間、ゆっくりしときなさい」
「は~い」
「あ、そうだ。
机の上ふいておいて」
「わかった」
こいしは頷いて布巾を持っていく。
感情を感じない声。
無意識に囚われてきているのだろうか?
そんなことを考えながらも、手をいつもどおり動かして朝食を作っていく。
二人分の朝食を作り終えて、もって行くと、すでにこいしは正座で待っていた。
こいしの正面に座って
「「いただきます」」
手を合わせて、食べだす。
シンプルな朝食をこいしはほおばり、幸せそうな顔をしていた。
食べ終わると、また私の膝の上。
「そんなにいい?」
「う~んと、おちつくの。
霊夢は……いやじゃない?」
不安そうに聞いてくるこいし。
いやだったら、とっくに弾幕でも放ってるという言葉を言おうと思ったが
「そうねぇ。
あんたはねこだから、しょうがないんじゃないの?」
髪をなでて、あなただからゆるしてるっていう意味の言葉を放つ。
「くすくす、にゃ~」
「にゃあ」
まねをして鳴き返してみるけど
「へったくそ~」
くすくすっとこいしが笑う。
ぽすっと肩に頭を置くこいし。
しばらくすると、寝息が聞こえてくる。
「そんなにきもちいかしら……
くわぁ」
私もねむたくなってきてしまった。
どうせ、掃除なんていつでもできる。
後で腰とかが痛くなることはわかっていたけれど、目を瞑る。
たまにはこんなことも悪くない。
「んぅ」
目が覚めると、重さはない。
あるのは少しの倦怠感。
こいしは、またどこかに行ったのだろうか?
無意識の暴走の冒険?
まあ、深くは追求するつもりはない。
肩を回しながら、外を見に行ってみると、夕暮れ時。
ずいぶん、長い間眠っていたようだ。
「ふあぁ」
ずっと眠っていたから、おなかは減っていない。
だけど、今から掃除をする気分にもなれない。
「まあ、ねなおすか」
きちんと布団を引きなおして、眠る。
『チリンチリン』
鈴のなる音。
こいしがきたのだろうか?
無意識の冒険はもう終わったのだろうか。
前来てから、二週間もたっている。
「よっす、霊夢!」
「魔理沙か」
予想とは違う人物。
「ずいぶん、久しぶりね」
前までは一週間に一回は来ていた様な気がするが、最近では二週間に一回ぐらいになっているような気がする。
それでも、こいしをのぞく他の妖怪たちよりははやいペースだけれど
「おぅっ。
色々やってたんだよ。
だからさ、霊夢……
ちょっくら、やらねえか?」
八卦炉を構える魔理沙。
きらきらとした瞳。
強さをがむしゃらに追い求めている。
「いやよ、めんどくさい」
目を逸らすためにお茶をすする。
彼女だって、私の力に惹かれているもの。
魔理沙が私に近づいたのは、魔理沙自身が家を出て魔法を追い求めてからだった。
「ちぇ~。
こいしには優しくしてやっても、私にはしてくれないのか?
こいしだったら、よかったかな?」
「うるさいわね。
こいしは関係ないでしょ。
わざわざ話題に出さないで」
勝手に指に力がこもる。
「おいおい、ちょっとした冗談だろ?
他のやつらなら、もっと軽く受け流すだろうが」
隣に腰掛けてくる魔理沙。
「今日は、やっぱいいぜ。
お前がそんな気を配ってると知らずに、無神経なことを言って悪かった」
申し訳なさそうに、帽子を深く被りなおす魔理沙。
そうされるとなんだか、腹が立つ。
まるで私がこいしをかわいそう扱いしているみたいに思われているみたい。
違う、そんなんじゃない。
私はこいしのことをそんな風に思ってない。
魔理沙が気軽にこいしのことを言うから、腹が立っただけなのに
「魔理沙、弾幕ごっこしましょうか?」
「ぇ、いいって」
「私がやりたい気分なのよ」
お札を巫女服から取り出す。
針という本当に相手を傷つけられる武器を使ったら、とんでもないことをしてしまいそうだったから。
「まあ、いいか。
やってくれるなら、大歓迎だ」
ほうきにまたがり上空に向かう魔理沙。
私もそれを追いかける。
「スペルカードは、一枚でやろうか」
「えぇ、かまわないわ」
お互いスペルカードを宣言する。
私はいつもどおりのスペルカード。
「じゃあ、最初からいかせてもらうぜ!」
魔理沙が聞いたこともないスペルカードを宣言する。
私の周りを取り囲む色とりどりの星の弾幕。
なかなか密集しているが避けれないこともない。
「がらあきだぜ、霊夢」
魔理沙がこちらに向かって、一直線にレーザーを放ってくる。
「そっちもね!」
魔力の消費量を減らすためか知らないが、レーザーの周りの星の弾幕が消えていく。
その隣を被弾しないように詰め寄る。
巫女服と弾幕が擦れる音が聞こえる。
大丈夫。
いつもの勘が、私に告げてくれてる。
至近距離で一発くらわせる。
「スペルブレイクよね」
すっと首にお札を突きつける。
「くっそ~、いけると思ったのによ」
すっと両手を上げる魔理沙。
「まあ、疲れたし……
霊夢のお茶でも飲むか」
「勝手に決め付けないでよ」
「んぅ~?
だめか?」
「はぁ、別にいいけど」
魔理沙の首に当てていたお札を巫女服の中にしまう。
一回、大きく伸びをした後縁側に戻る。
「あ~ぁ、これでもだめか」
がっくりと項垂れる魔理沙。
珍しいこともあるものだ。
魔理沙は非常に向上心が高い。
たとえ一度やぶられたとしても、すぐに次のことを考えることが多い。
それほど自信があったのだろうか?
「また新しく考えればいいじゃない」
「それもそうなんだがな」
煮え切らない返事。
「何をそんなにあせってるのよ」
ぎゅっと魔理沙が拳を握り
「どうしても、あいつに勝ちたいんだ」
きっと上を向く。
「ふうん、頑張りなさいよ」
「あぁ、絶対に屈さない。
子どものあいつにちゃんと教えてやりたい」
魔理沙がそこまで必死になる相手は誰なのだろうか?
疑問に思ったけれど、聞くのは野暮な気がしてお茶をすする。
魔理沙もごくっとお茶を一口飲む。
「やっぱ、霊夢のお茶はおいしい」
「どうも……
さっきのスペルカード、なかなかいい線だったわよ。
悩む前に動いたら?
そっちのほうがよっぽど、魔理沙らしいわ」
「あははっ、それもそうかもな」
にかっといつもどおりの人がひきつけられる笑みをする。
そして、ごくごくっと湯のみに残っているお茶を飲み干して
「ごちそうさま。
だめかもしれないけど……
一回、挑戦してくる」
「ふぅん、うまくいかないだろうけど……
がんばりなさいよ」
わざわざ私に挑戦してから行くのだから、私と同じかもしくは以上とわかりきっている相手なのだろう。
でも、魔理沙なら弾幕中にもっといいことを思いついて相手に勝ってしまうかもしれない。
「あははっ、手厳しいな」
困ったように笑い、ほうきにまたがって飛んでいく。
一人になる縁側。
『チリンチリン』
鈴のなる音。
魔理沙が戻ってきたのだろうか?
いつまでたっても、音も声も聞こえない。
こいし?
ぎゅっと自分の前を抱きしめるようにしてみると
「ふぇっ?」
「やっぱりそうだった」
私の腕の中にこいしがいた。
「え?」
明らかに震えている声。
そこまで、驚くことだろうか?
「鈴の音が鳴って、誰の気配も感じられない時点で、こいししかいないわ。
こいしが目指す場所はわたしの膝の上でしょ?」
本当に無意識だったら、隠しているお菓子とかをとっていきそうだけれど。
「うん、そうだよ」
「こいし?」
まだ、無意識のまま?
のぞきこんだ瞳は半開き。
ぼろぼろと涙を流しだすこいし。
また懺悔でもするのだろうか?
「ごめんなさい」
あぁ、また謝ってる……
もういいじゃない。
これだけ苦しんでも、まだ足りないの?
「れいむ」
私の名前を呼んでいる。
この子は私に対しても申し訳なさを感じてる?
そんなもの感じなくていい。
私が一緒にいたくていて、いるのだ。
「すき」
すき?
『すき』というのは、『好き』?
「うわっ、ちょ」
両手首を握られる。
そのまま、縁側に押し倒される。
受身を取れずに、そのまま頭は床に突撃。
いたい。
ここまで乱暴なのは初めてのような気がする。
「こいし?」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
なんで、謝るのよ!
確かに頭を打って痛いわよ。
だけど、そんなぼろぼろと泣かれるようなことじゃない。
他のやつだったら、呑気に笑っている。
それに私が怒って弾幕をぶつけてやるのよ。
だけど、そんな顔されたらどうすればいいのよ。
「ほしい」
こいしの顔がどんどん近づいてくる。
どこにキスをするんだろう?
また頬?
それとも鼻だろうか?
「ぇ?」
迷わずにこいしは自分の唇と私の唇を重ね合わせる。
少しかさついているお互いの唇。
『ドクドク』とうるさい心音が、どちらのものかわからないほど、私も緊張している。
ひんやりとしている外気が心地良いくらいに自分の身体が熱い。
彼女に魅せられてる。
ねえ、それなのに、どうして、そんなにも泣くの?
ねえ、何がそんなに悲しいの、おそろしいっていうの?
「くちゅ」
舌が入り込んでくる。
『ほしい』
私の舌が欲しい?
それは妖怪的な衝動なのだろうか……
でも、いい。
痛いかもしれないけど、欲しいならあげる。
「んぅ」
舌を伸ばしていく。
「ごめんなさい!」
その瞬間、突き飛ばされる。
こいしはすごいスピードで飛んでいく。
「なんだっていうのよ!」
ほしいんじゃなかったの!
求めてきてるんじゃなかったの……
求められたから求めても大丈夫だと思ったのに……
私は自分がゆるされる『博麗』としての付き合い方をしているはずだ。
それ以上にどうすればいいのよ。
一人残された縁側で、ぎゅっとスカートの裾を握る。
「あ……れ?」
雨が降っているわけでもないのに、スカートに水滴ができていく。
「あはは、なによ。
なによ、これ」
ぼとぼとと涙が落ちていっている。
幼少期でも、泣いたことなんて一回もなかった。
だって、一人が当たり前だった。
「ばか」
だけど、最近はこいしが傍にいるほうが当たり前だった。
「私もほしいわよ」
だめだ、こんなの違う。
『博麗』としての私じゃない。
それでも、ほしい。
こいしと一緒にいたい。
「覚悟しなさい」
流れてくる涙を巫女服の袖で拭い、暗くなってきた空を睨む。
絶対にこいしを見つけ出してやる。
勢いよく空へ飛び出す。
今のこいしがどこにいるかなんて見当もつかない。
だから、勘だけを頼りに飛んでいく。
はぁはぁと自分の息ばかりが大きく聞こえる。
幻想郷のあらゆるところを巡る。
紅魔館、妖怪の山、人里……
どこにもいない。
まさか、地底?
『ごめんなさい』
あそこまで謝って、戻る?
こいしが地上にいることを信じて探す。
「こいしを見なかった?」
「すいません、見てないです」
出会う人妖全てに聞いても返答は同じ。
どこにいるの?
「はぁ、バカみたいね」
あの子が本気になったら私では見つけられない。
神社だって結界を張ってなかったら、わからないのだ……
空にはもう、星が輝きだしている。
なんで、こんな必死になってたんだろう?
こいしはこれだけ探しても出てきてくれない。
あんなことして、結局は逃げられてる。
確かに気になる。
でも、そんな必死になることじゃない。
あの子が逃げ出すのなら追わなくていいじゃない。
追ったって、また逃げられるかもしれない。
こんな気持ちになりたくない。
それなら、もう……
「いってて~」
「魔理沙?」
「お、霊夢」
ぼろぼろになりながらも、ほうきで飛んでいる魔理沙。
「いや~、やっぱやられちまったよ。
応急処置でもしてくれないか?」
「しょうがないわね。
ほら、いくわよ」
魔理沙の先を飛んでいく。
人間最速な魔理沙は私のゆっくりとしたスピードでも、今は必死についてきている。
縁側に着いたら、魔理沙はどっと寝転がる。
「休んどきなさい」
家の中に入って、手当ての道具を取ってくる。
ぽんぽんっと道具を当てると
「いって~!」
「もう、大人しくしなさい」
「うぅ~」
涙を浮かべながらたえる魔理沙。
「なんで、そんな必死なのよ。
意味分からないわ。
そんな自分を痛めつける相手のところに行くなんて」
傷つくことを知っても、向かい続ける魔理沙。
「痛めつけられてるんじゃない。
私があいつと向き合いたいんだ。
傷つく覚悟も無しで、誰かと分かり合えるわけがない。
そりゃあ、傷は痛い。
でも、それよりも……
話を聞いてもらえなかったりするほうが、私にとってはきついんだ」
「そいつじゃなくていいじゃない」
確かに、私もこいしは気になる。
でも、こいしに固執することはないんだ。
だって、そんなの苦しい。
他に求めてくる相手がいるなら、それでも
「そうかもしれないな。
だけど、それは違うんだよ。
あいつがいいんだ。
どれだけくじけそうになっても……
そこに大きな理由なんてないと思うぜ!」
まぶしい、まぶしい。
誰だろうか、魔理沙が普通の人間なんて言ったのは……
全然違うじゃないか。
私なんかよりも強い。
「えっらそうに……
傷だらけで、手当てされてるくせに」
「あはは、それはいうなって!」
「はい、手当ては終わり。
危ないし、泊まっていきなさい」
「ありがと、霊夢」
布団を敷きにいく。
あれだけ思っていたのに、くじけそうになってた。
こんな想いでいいのだろうか?
でも、わかったことはある。
魔理沙が言っていたように……
私は、こいしがいいんだ。
逃げられても、こいしときちんと向き合いたい。
「温泉はいりにいってくる。
あんたは適当に寝てなさい」
「りょ~かい」
先に布団に寝転がりにいく魔理沙。
着替えを持って温泉に入りに行く。
ねえ、こいし……
どこにいるの?
何をしている?
私とどうしたかったの?
「こいし~、どこよ!
いい加減、出てきなさい」
それから二週間……
見付かる気配がしない。
そこまで、私を避けてるっていうの……
自分からあれだけしておいて、それはないでしょ……
「もう、暗くなってきたわね」
沈みかけている日。
はぁっと思わず出て行く溜息。
家に帰って、温泉に入って布団に入る。
でも、どうしてここまで見付からないのだろう?
まさか、まさか……ね?
思わず、浮かんだ可能性。
ぎゅっと目の前の空気を抱いて
「こいし」
名前を呼んでみる。
「え、ぇ?」
「うそ、本当にいた……」
外を探しても見付からないから、ひょっとして出て行ったように見えて、神社にいるんじゃないかって思ったら……
「いるなら、さっさと出てきなさいよ!
探しているのくらい、わかったでしょ」
思わず口調が荒くなる。
でも、すこしくらいゆるされてもいいと思う。
二週間探し回ってたの意味がなかったってわかったら、誰だって腹が立つと思う。
「ご、ごめんなさい」
「あぁ、もう……
謝れってわけじゃないの」
がしがしと片手で頭をかく。
もう片方の手は逃げないように、こいしをキープだ。
「い、いいよ、もう」
「はぁ?」
どういうことだ。
いきなりそんな自己完結をされても困る。
「霊夢は私に優しいね。
いつだって、私を受け入れてくれる。
でもね、わかってる……
もう離れないと、嫌われる。
それとも、もう嫌われてる?」
ぼろぼろと泣き出す目の前のこいし。
「にゃぁおっと、だめだこりゃ……」
教えてもらってないから、猫の鳴き方はへたくそ。
こいしが目をまん丸にする。
「私もあんたと同じきまぐれな猫なのよ。
わざわざ嫌いなやつに時間を割かない」
そんなのいるとしたら、間違いなくバカだ。
「勝手に、私の心を決めつかないで」
「でも、でも」
あぁ、もうなんでそんなまた泣きそうになってるのよ。
「あんたの過去なんかわからないわ。
たくさんの人が嫌ったかもしれない。
だけどね、私はどっちかっていうとあなたのこと好きよ」
照れ隠しで思わず変な言い方をしてしまう。
「なんで、なんでなの?」
ぼろぼろと泣き出す。
「わかんないよ。
みんな、あんな私を嫌ってた。
嫌うどころか、存在すらもゆるしてくれなかった……」
わなわなと震えだすからだ。
「『近づくな』もたくさん思われたけど、『死ね』もいっぱいだった。
ほとんどそれしかなかった。
違ったのは、お姉ちゃんだけ……
お姉ちゃん以外は全て悪意の塊。
でもね、闇の中の一筋の光がこわかった。
いつになったらなくなっちゃうんだろうって……」
顔をうつむかせるこいし。
「そうしたらね、夢を見たの。
もう一人の私がいたの。
私なんかが出来ないすばらしい笑みをしながら、いうの。
『ねえ、苦しい?
夢はすばらしいよ。
泣いたりなんかしない、いつも笑顔のこいしよ。
頷いて?
そうすれば、私がかなえてあげる』
すごく魅力的だったの。
お姉ちゃんはいつも私が泣くのを気にしてたから。
笑顔を好きっておもってくれてたから……
だから、迷わずに頷いたの」
ゆっくりと顔をあげるこいし。
そこに貼り付けられているのは歪な笑顔。
「そうしたらね、夢になっちゃった。
私の見るもの全てが夢になっちゃったの。
その夢がすばらしくて、現実がきちんとあるってわかってても、夢に逃げてた。
お姉ちゃんが嘆いているのわかったのに、置いていっちゃった」
ぎゅうっといきなりすがり付いてくるこいし。
「だけどね、霊夢に出会っちゃった……
夢はね、誰とも近づけなかった。
それなのに、辛いはずの現実の霊夢はゆるしてくれてた。
触れること、傍にいることをゆるしてくれた。
だから、出てきちゃった。
気弱で泣き虫の私。
求められるのは無意識の『理想の私』のはずなのに」
「ば~か!」
「ふにゃっ」
ぐいぐいっと両頬を引っ張ってやる。
なんだか、恥ずかしくなってきた。
つまり、私が無意識だと思っていたのは本当のこいしだったのだ。
「私が惹かれたのは、その気弱で泣き虫のこいしのほうよ」
こいしのあの涙が気になってしょうがなかったのだ。
無意識の誰もが惹かれるであろう笑顔よりも、さびしくてしょうがない誰かを求める涙のほう……
「う、うひょだ」
「わざわざそんなことを気遣って言うほど、私は良いやつじゃないわ」
もっと強く頬をつねってやる。
「い、いひゃいよ~!」
「これは夢なんかじゃないわよ。
ちゃんと聞いときなさいよ」
「へ?」
不思議そうに首をかしげるこいし。
まあ、あれだけ人の心を疑ってばかりなのだから、しょうがないか。
「理想だとかどうでもいいの。
あんたはあんたのままでいい」
自分らしくいて何が悪いって言うんだ。
『博麗』に縛られている私。
でも、それも自分なんだって思っている。
無理やりなんかじゃない。
「誰がそんなの求めたっていうの?」
「だって、お姉ちゃんが……
辛そうだ、笑って欲しいって」
「笑って欲しいに決まってるじゃない。
でもね、あなたのその笑みで……
さとりは喜んでた?」
ぐっと唇を噛むこいし。
「じゃあ、どうすればよかったの!?」
きっと睨みつけてくるこいし。
その表情が今までの中で一番いきいきとして見える。
それに思わず頬が緩んでしまう。
「な、何笑ってるの!」
さらに顔を真っ赤にして、拳で軽く私の身体を叩いてくる。
いつものように髪をなでてやる。
うぅっと叩くのをやめて、睨むと上目遣いの中間で私を見ている。
撫でるのをやめようとすると、はしっと手首をもたれる。
怒っているような泣いているようなとても複雑な表情。
今までのおそらくこいしの無意識が求めてきた完全な笑顔なんかと違う。
「あははっ!
今のあんたのほうがいいわ。
さとりは違うかった?
まあ少なくとも、私は素のあんたを受け入れるわ」
きょろきょろと目を泳がせている。
受け入れられたらどうしたらいいのかがわからないんだろう。
「わ、私キスしちゃうよ!」
「何回されてると思ってるのよ」
「もっとエッチなことしちゃうかもしれないよ!」
「かまわないけど」
唇同士だけでなく、舌を絡ませても……
いやじゃなかった。
むしろ、そのもっとしたかったくらいだし……
言葉に詰まるこいし。
にやっと思わず攣りあがる頬。
「さあ、他にある?」
「私のお姉ちゃん、さとりだよ!
会いたくないでしょ」
「わざわざご挨拶にでも行くわけ?
めんどうねえ」
「私、地底妖怪だし!」
「それ、いまさら?」
ぐいっとこいしの顎を持ち、目を合わせる。
「全部受け入れられるわよ。
これ以上何か言う無駄な口は塞ごうかしら?」
「意味分からないよ。
どうしっ」
私の口でこいしの口を塞いでやる。
たっぷり十秒数えてから口を離す。
「何、まだ物足りないの?」
正直なところカンベンして欲しい。
この気持ちの始まり方は同情からともいえるし、またもっと違う感情からとも言えるし、自分じゃ説明できない。
とりあえず、最終結論がこいしの傍にいたい……
よりも、私の傍にいさせるね。
「こいし、そろそろ本音を聞かせて欲しいんだけど?」
かなり試されて、その全てに答えたつもりだ。
それなら、こっちだってそっちの本音が欲しい。
ごくっと何回も唾を飲み込む音。
顔をうつむかせていても、髪の隙間から見える耳は真っ赤。
「霊夢の傍にいたい。
いてもいいですか?」
ぼそりと呟かれる声。
「これからよろしく、こいし。
さてと、ひと段落ついたら、おなかがすいたわ。
ご飯でも食べましょ」
またくしゃくしゃっとこいしの髪を撫でて、立ち上がる。
「うん、霊夢」
二人で料理をする。
こいしは料理をするというよりも、私にひっついているというほうが正しかったけれども……
それが悪くないと思ってしまう自分はかなり毒されてしまっている。
一緒にお風呂にも入って、布団も一緒。
最初はあまりの泣き虫で困った。
今まで気にしていなかったのに、服が汗で汚れてしまってもうしわけないとか泣きかけになるし、料理の味付けが気に食わなくても泣きそうになる。
素のこいしを好きだといったが、少し疲れていた。
でも、生活をしていけばお互いなれていくもの。
こいしが泣きそうになるのは、人に嫌われる恐怖心によるものが大きかったから、私が呆れても怒らないってわかったら、泣く回数は減っていった。
私のほうも、泣くタイミングとかがつかめてきたため、その前にフォローを入れたりもできるようになってた。
こんな生活が長続きしたのも、無意識に囚われてこいしが冒険に出かける日もかなりあったからだろう。
ずっと一緒にいたら、お互いが疲れきっていただろう。
しばらく経ったある日、いつもどおり二人でご飯を食べていると
「私、お姉ちゃんにお話しにいく」
「へ?」
あまりにも急なことで私は何も言うことが思いつかずただ瞬きを繰り返す。
「もう、米粒ついてるよ」
「あぁ、わるいわね」
こいしが私の頬についていた米粒をとってくる。
「そういうわけで明日はでかけるね」
「いつものことじゃないの?」
こいしは無意識の能力があるから、高確率で何も言わずにでかけることが多い。
「これは意識あっての行動なんだよ!
今までのお出かけは全部無意識なの」
「え、ぁ~、がんばれ?」
言われたところで私に何をしろって言うんだろう?
こいしとさとりのことは、二人で解決するべき問題だろう。
そんな宣言をされても、これくらいしか言えない。
「えへへっ、がんばってくる」
あんな微妙なはげましの言葉一つで嬉しそうに笑う。
ご飯中だけれど、一回髪を撫でてやる。
私とこいしは言葉よりもこっちのほうが想いを伝えられるような気がする。
「ごちそうさまでした。
霊夢、温泉行こう」
「洗い物終わらせてからよ」
「わかってるよ」
二人で洗い物を終えてから、温泉に入りに行く。
「霊夢、大丈夫だと思う?」
「何よ、急に」
湯船に浸かると、こいしが暗い声で聞いてくる。
なんのことを言っているかはだいたいわかったけれど、わざと話を逸らす。
「お姉ちゃんのこと」
「わかんないわよ」
「そうだよね」
黙り込むこいし。
「無責任かもしれないけど……
私はここで待ってるから」
それ以上は何もいえない。
さとりとは会ったこともあるけれど、こいしのことを聞いたことなんかない。
だから、さとりがどう思っているかなんて知らない。
無責任に大丈夫なんて言いたくもない。
私が言えるのは、たとえさとりがこいしのことを拒んでも私は待っているということだけ。
「そうだよね。
のぼせそうだから、先に身体洗って戻るね」
「じゃあ、布団しいといて」
「わかってるよ」
こいしが身体を洗ったのを確認して、大きく伸びをする。
油断をすると、こいしは腋や脇腹をつついてくるから……
しばらくゆっくり浸かった後に身体を洗って、お風呂から出る。
戻ってみるとこいしはくるんと身体を丸めて寝ていた。
こいしが小柄だからいいものの、これが大きかったら布団から追い出してただろうな……
そんなことを考えながら隣に入る。
ぎゅっと抱きついてくる。
最初は起きているのかと疑っていたけれど、本気で寝ているんだよな……
「おやすみ」
独り言のように呟いて目を瞑る。
「ふあぁ」
朝起きてみると、すでにこいしはいなかった。
何回か大きなあくびをした後、伸びをして、朝日を浴びにいく。
しょぼしょぼとしていた目はゆっくりと開いていき、ようやく本格的に活動する気が起きてくる。
寝巻きからいつもの巫女服に着替えて、朝ご飯を作る。
こいしがいなかったときのように、掃き掃除をしたりして時間を潰す。
それが終わったら縁側でお茶を飲む。
いくらかの妖怪がちょっかいをだしにきたりする。
軽く小突いて返したり、いつもどおりの皮肉。
何を話すかなんて考えてもないし、記憶にも残らない。
そんなふうに話していると、夜になる。
ご飯を食べて、温泉に入りそろそろ寝ようかと考えていると
「れ~いむ!」
「うわっと……
ずいぶん遅い帰宅ね」
「朝帰りのほうがよかった?」
「どっちでもいいけど、夜ご飯はないわよ」
「向こうで食べてきたから、大丈夫。
お風呂も入ってきた」
「わざわざ寝るためだけに?」
ぷいっとこいしが顔を逸らす。
「だって、仲直りできなかったし」
「その様子じゃ、話すらも切り出せなかったの?」
「なんで、わかるの?」
「私の勘をなめないでよ」
「そこは恋人だからとかいってよ」
からかうように笑うこいし。
「舌がくさらないかぎり言わないわよ。
今日はもう寝ましょう」
「うん、霊夢」
布団にはいると、こいしが隣に入ってくる。
「「おやすみなさい」」
長い期間をあけてから、こいしは地霊殿に通うようになっていた。
話しかけるどころか、気配を出す勇気も出なかったらしい。
「あぅ~、どうしよ、霊夢」
「知らないわよ。
これは、あんたがどうにかしなさい」
「相談くらいのってよ」
「じゃあ、簡単に言うわね。
気配を現して、自分の本音を言いなさい。
以上、わかったでしょ?」
「いじわる!」
「はいはい、いじわるですよ。
だから、自分で頑張りなさい」
掃除を再開する。
こいしはほうきにもたれながら、くねくねしている。
「ほうきがいたむ。
ちゃんと手伝いなさい」
「はぁい」
しぶしぶ掃きだすこいし。
明らかな不機嫌顔。
はき終わると、夕方。
ご飯を食べて、温泉に入って、眠る。
いつもどおりの日常。
それから、何週間経っても、こいしは同じことばかりを繰り返しては嘆いていた。
溜息をつきそうになりながら
「あのさ、こいし」
「なに、霊夢?」
「本当にさとりと仲直りしたいのよね?」
念のための確認。
「当たり前でしょ!
お姉ちゃんのこと好きだもん。
そうじゃなきゃ、こんなふうに悩まない」
「そんなんでいいのよ。
気軽に行きなさい」
最初からガチガチ過ぎるような気がする。
そんなんじゃ失敗してもしょうがないと思えるくらいだ。
「それに、見つけてもらえないなら待ち伏せでもしなさい」
「うぅ、気持ち悪くない?」
「他人ならともかく、家族でしょ」
普段、いろんなお屋敷に無断侵入しているからなんともいえないが……
「じゃあ、今日一日お姉ちゃんの部屋に待ち伏せしてくるよ」
「いってらっしゃい」
ヒラヒラ手を振る。
「なんか、すごい笑顔じゃない?」
眉間にしわを寄せて聞いてくるこいし。
「そんなことないわよ」
思ったよりも二人分の暮らしがしんどかったことなんかないわよ。
明日妖怪退治のお礼が入るけれど、 今日は一日分の食事しかなかったわけじゃない。
飛んでいくこいし。
ふっと胸をなでおろした瞬間
「私のご飯減らしてもいいからね」
くるっと振り返ってにっこりと微笑むこいし。
はい、すいません。
ご飯なかったんです。
「いってきます」
「気をつけて」
さあて、うまくいくかしらね?
まあ、そんなことよりも……
空腹を紛らわすために寝よう。
それが一番手っ取り早い。
「れ~いむ~?
風邪ひくよ?」
「んにゃ、こいし?」
「こいしだよ」
晴れやかな笑顔。
この様子だとうまくいったようだ。
「あのさ、ずっと寝てたの?」
「なんで?」
「もう丸一日経ってるよ。
さっき、人間がお礼渡しにきてくれたけど」
「なんか、適当に言っておいてくれた?」
「一応、感謝の言葉は言ったよ」
「ん、ありがと」
くしゃくしゃと髪を撫でてやる。
「思えばさ、霊夢」
「なに、こいし?」
「あのね、お姉ちゃんに霊夢のこと紹介してもいい?」
「あぁ、あれ本気だったのね。
ご飯あるなら、大歓迎ね」
「あははっ!
それは、大丈夫だよ。
手土産もくれるよ」
「え、金持ちね」
でも、地底のご飯ってなに?
地底魚、なんか意味の分からない肉とか?
まあ、食べれればいいか。
「じゃあ、明日行こうね」
「急な話ね」
「明日お姉ちゃんの恋人さんが来るんだって」
「まるでお見合いね」
「まあ、まあ、おいしいご飯が出るから」
「行かせてもらうけど」
今日はご飯を抜こう。
そんなにたくさん食べさせてもらえるなら一食くらい抜かないともったいない。
「じゃあ、私は寝るね」
「あぁ、おやすみ」
話すことを話して満足したのか布団にもぐるこいし。
「地霊殿で寝ればよかったじゃない。
せっかく、仲直りしたんだし二人一緒にでも」
「べつにいいでしょ。
私もご飯いらないから」
「ぇ?」
「ふふっ、おやすみ」
含みのある笑い方。
心を読めるようになってる?
まあ、どっちでもいいか。
不安だったら本人が聞いてくるだろう。
今は、明日のご飯のことを考えよう。
そっちのほうが楽しいし、幸せな気分になる。
ぐぅっとおなかがなってしまう。
くすくすっと布団の中でこいしの笑う声が聞こえる。
「あぁっ、もう!」
布団の隣に入り込む。
「どれだけ寝るの?」
「私の勝手でしょ」
こいしが大きく口を開けてあくびをして
「あぁ、だめだ。
じゃあ、寝るね」
数秒後に寝息が聞こえてくる。
目は嫌なほどさえてる。
まあ、ごろごろしてれば明日は来る。
「霊夢、行こう」
「えぇ、こいし」
あの後、結局寝て朝に目覚めた私。
朝ごはんは食べずに、温泉だけ入って地底に向かっていた。
旧都は、繁華街だから通るだけでもっとおなかがすいてくる。
その中でひときわおいしい香りの場所を見てみると
「咲夜?」
「ん、あぁ、霊夢じゃない」
思わず私が疑問形になったのは、咲夜がいつもの色のメイド服じゃなかったからだ。
「こんなところでどうしたのよ?」
地上で少しばかりの休暇ならともかく、地底でお店……
こいつは、筋金入りの紅魔館のメイドだと思ってたんだけど
「そんなのどうでもいいでしょ。
お店に来たのだったら、買っていくでしょ?
一人前のお値段は……
って、あなたお金ないわよね」
「なかなか、失礼ね」
貧乏巫女だとか言われて、実際にお金に余裕があるわけではない。
だけど、そんな風に言われる覚えはない。
「欲しいなら、お姉ちゃんにお金もらってからにしようよ」
「なっ、あんたまで」
こいしにまで言われるとさすがにショックだ。
裕福な暮らしをさせていたわけではないが、ひもじい思いはさせて……ないはず。
「地底のお金なんて持ってないでしょ?
それとも、このお姉さん地上にいたから地上のお金のほうがいいの?」
「地上のお金なんていらないわ」
咲夜が急に冷めた声を出す。
普段おどけた声ばかり出すが、地声は低いから、きれると迫力がある。
「地上の宴会にも出ないから」
「じゃあ、地底でさとりの家でも借りてやらせてもらおうかしら……
うん、そのほうがいいわね。
後片付け考えなくてもいいし、さとり金あるんだし」
咄嗟にしては良い考えだ。
「お~い、お姉ちゃんの意見は無視?」
こいしが呆れたようにいう。
「それに、人間でしょ……
なかなか心を読むことを受け入れるのは難しいでしょ」
最後の言葉を言うときには、目を伏せていた。
そんな顔をするくらいなら、わざわざ言わなくてもいいのに……
「あぁ、さとりさんなら平気よ」
「え?」
咲夜の声に驚きながらも、半信半疑で睨むような顔になっているこいし。
笑顔の仮面がなくなったのはいいことなのか、悪いことなのか……
「お得意様なのよ。
お客様のいない時間を狙って、二人でデートがてらにね。
お一人でいらっしゃっても、他のお客様よりも礼儀正しいわ」
軽い調子で言う咲夜。
「最近の人間ってどういう精神の造りをしているの?」
ぽかんと小さく口を開けて唖然とするこいし。
「こんな感じよ」
にっこりと笑う咲夜。
「開店準備まだ終わってないから、戻るわね」
「また今度」
「えぇ、また今度」
地霊殿へ向かっている最中もぶつぶつと呟くこいし。
「どうしたのよ、こいし」
「いや、すごいな~って。
今の時代にうまれていたら、瞳を閉ざしてなかったのかな?」
ぎゅっと自分の第三の目を抱くこいし。
「でも、何かが違ったら……
こうやって、一緒にいなかったかもしれないわ」
「それもそうだね。
今のこのときが一番!」
ぎゅうっと抱きついてくるこいし。
進めなくなってしまうがまあいいだろう。
「霊夢、傍にいてね」
「そっちから離れても、もう追いかけないわよ」
「えへへ、それは大丈夫」
こいしが曇り一つない笑顔で答えるものだから……
「それはよかった」
不意打ちで一度キスしてやる。
一気に真っ赤になるこいし。
「にゃ~」
へったくそな鳴き声で、心の中で『いただき』と呟く。
「ば、ばか!」
「にゃぅ」
適当に鳴いておく。
「へ、へたくそ」
さとりとかがやってるデートとかっていう甘ったるい響きなんかよりもこっちのほうがいい。
気まぐれに一緒にいる関係。
こいしもそっと身を近づけてきたのだから、同じなのだろう。
あまりの寒さに耐えられずに、私は神社の掃除をいったん中断する。
いつもどおりに急須にお茶葉とお湯を入れる。
それを縁側まで運び、お茶が出来上がったと勘で湯のみに緑茶を淹れる。
一人分ではなくもう一人分多めに作ってある。
ひょっとしたら、彼女が来るかもしれないから。
緑茶を一口飲む。
ちらっと隣を見ても、湯のみがひとつ増えることもない。
もちろん、誰かが突進してくる気配もない。
「んぅ、後もう少しはこのままで」
スペルカードができるまではほとんど生物なんか来なかった。
そのころに比べるとにぎやかになった。
うるさいと感じるほどに……
だけど、今日は誰も来ない。
静かな時間が流れる。
『チリン』
結界の鈴の音が鳴る。
「あれ」
「はぁ、来たのね」
湯のみを置いて、ちらりと前を見るとそこには一人の少女。
くせのあるゆらゆらとした銀髪に黄色の布のついた黒い帽子。
そして、近くに浮く閉じた青い瞳。
「なにこの音?」
不思議そうに首をかしげる。
「私の家には気まぐれな猫がやってくるからね」
心を読む瞳を閉じてしまった覚り妖怪。
彼女の気配は非常に察知しにくい。
だから、気配を察知できずに縁側にいることが何回もあった。
考えた結果、彼女が来たら気づくように結界をはった。
「にゃぁ~」
こいしは楽しそうに鳴く。
その声は本物の猫によく似ている。
「煮干でも欲しいの?
そんなものここにはないけどね」
「ぶ~、霊夢と一緒の緑茶がいいです」
「はいはい」
新しい湯のみを一つ出してまだ急須に残っていた紅茶を注ぐ。
こいしはきちんと隣の椅子に座り、熱そうにふ~ふ~と息を吹きかけた後緑茶を飲む。
「お掃除しないの?」
「あぁ、するわよ。
あんたも手伝う?」
「えへへ、おことわりしま~す」
「たく、しょうがないやつね」
一度意識してしまえば、こいしのことは見失わない。
彼女がふらふらと消えようとしない限り。
「なに、霊夢?」
「なんでもないわ」
じっと見すぎていたのかこいしがたずねてくる。
目を合わせるのが恥ずかしくて、目を逸らし普段は真面目にやらない掃除をしていく。
真面目にやれば、すぐに終わってしまうもので最後のごみを集め終わり、縁側に戻ると
「もう、今日のお掃除は終わり?」
「まあね」
「えへへ、じゃあ~」
当たり前のように彼女は私の膝の上に乗っかってくる。
「許可してないけど?」
「だめ?」
うるうるとした目でねだられると断れない。
はぁっと溜息を吐き
「しんどくなったらどいてよ」
「はぁい♪」
ぎゅうっと抱きついてくる。
髪を撫でると、気持ちよさそうに声を出している。
その間、何も言葉を交わさない。
ただ、こいしは私にぎゅっと抱きついて、私は髪を撫でる。
猫を飼っていたら、こんな感じなんだろうな。
他のやつだったら、振り払おうと思うのだが振り払おうと思えない。
こいしには不思議な魅力がある。
「んぅ」
「あら」
私に抱きついたまま眠ってしまったようだ。
そっと顔を覗き込むと、三つ目の瞳と同じように二つの瞳も閉じられている。
本当に可愛い顔をしている。
ちゅっと軽く頬にキスをする。
「はぁ、バカみたいね」
寝ているのにキスしたって意味がない。
女の子同士で、関わっている日数も少ない。
他にも私に関わってくるやつはいる。
だけど、こうやって気になるのはこいしだけだ。
「っ!?」
いきなり、こいしの抱きつく強さが強くなる。
痛くて驚くけれど、こいしが抱きついてくると一日に一回はあることなので驚かない。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
がたがたと震えだすこいしを撫でる。
「ごめんなさ、い」
ぼそっと一言呟きだすとこいしはその後ずっと謝りだす。
まるで、自分が許されざる罪人のように……
「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ごめんなさい、ごめんなさい。
……おねえちゃん」
ぼとぼとっと私の肩口が濡れていく。
ひくっとしゃくりあげながらも、こいしは静かに泣く。
大声で泣いたら、いいのに……
私はそう思うけれど、こいしは目覚めると、このことを覚えてない。
聞いたら、不思議そうに首をかしげるのだ。
無意識に逃げこんでも、罪悪の意識があるなんて……
「違うのはいけないの?」
「れい……む?」
ぼ~とした目が向けられる。
目が覚めたみたいだ。
「ん、大丈夫?」
「よくわかんないけど、私はいつでも楽しいよ~」
「そっか、今日はどうする?」
「泊まってもいい?」
「えぇ、いいわよ」
食事の準備をするために立ち上がる。
こいしも食事の準備を手伝ってくれるから、すぐに出来上がる。
ご飯に味噌汁に山菜のおひたし。
「「いただきます」」
手を合わせていただく。
ご飯を食べるときはある程度礼儀が分かっているからか、食べながらしゃべったりもしないし、食器同士でかちゃかちゃと音を鳴らすこともない。
「ん、ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
食器を集めて、流しへ持っていき洗う。
こいしはちょこんと座っている。
全てのお皿を流し終えて、私が隣に座ると、やっぱり当たり前のように膝の上に載ってくる。
「霊夢はやさしいね」
ごろごろと私の頬に自分の頬を摺り寄せる。
その際にこいしの唇が私の頬にあてられる。
指摘したって変わらないし、私も同じことをやってしまっているので怒りはしない。
「なによ、急に」
「んぅ、なんとなく~。
また、なでて」
「はいはい、それくらいなら」
私はまたこいしの髪を撫でる。
「にゃぁ~」
気まぐれにこいしが鳴く。
「にゃあ」
「へったくそ~」
私も鳴き返してみると、くすくすとこいしが笑う。
「わるかったわね」
「ううん、おもしろいよ」
小ばかにするのではなく、純粋におもしろがっているこいし。
だけど、それはこちらにとってはあまりおもしろくない。
「今度猫の鳴き方でも教えて。
どうせ、ひまだから」
「ふふっ、ついでに犬も教えてあげるね」
嬉しそうに答える。
「報酬は霊夢のお茶ね」
「それぐらいお安い御用」
「やったぁ、楽しみにしてる」
また、ぎゅっと抱きついてくる。
「温泉行きたいんだけど」
「う~ん、それはたいへん」
しばらく首を傾けて悩んだ後
「お風呂なんて後でいい。
今は霊夢の膝の上にいたい」
「そう、じゃあいいわ」
私は彼女の髪を撫でる。
きもちいいからっていう理由も大きいけれど、癖になっているのかもしれない。
彼女が私の指に自分の首を近づける。
動物みたいに動かされた場所を撫でると、ふふっと小さくこいしは笑う。
何の躊躇もなく、自分の首を他者である私に触らせる。
警戒心がないのか、無意識とやらで私に敵意がないことを見破っているのか……
私のことを少しは好いてくれているのだろうか?
「ひゃぃっ」
そんな思考に囚われていると、こいしが耳を舐めてきていた。
くすぐったい。
いつものじゃれあいの延長?
それとも……
半ば期待を込めて、こいしの瞳を覗き込む。
「やっぱり、そうよね」
彼女の瞳は光も何もない、どこに向かっているのかわからない瞳。
つまり、彼女自身の能力である無意識に囚われていた。
こいしはどすんっと畳の上に、私を押し倒す。
とっさに受身を取る。
なんとか、変なところをいためずにすんだ。
「んちゅっ、くちゅ」
こいしは無意識に囚われた瞳を閉じて、私の頬をぺろぺろと舐めてくる。
あまり肉付きも良くなくておいしくもないが、こいしは一心不乱に舐めている。
その位置は次第に鼻へとずれていく。
「ぁいたっ」
がぶっと鼻にかみつかれる。
こんなところ噛んだっておいしくないのに……
一度噛んだら満足したのか、さきほど舐めていなかったほうの頬をぺろぺろと舐めだす。
手持ち無沙汰で、こいしの髪をなでる。
「うふふっ」
そしたら、こいしは幸せそうに猫が鳴くように声を出す。
口の近くにいくと、指まで舐めだす。
「んぅ、くちゅ」
しまいには両手でしっかりと握って執拗に舐めてくる。
あまがみをされたので、ぎゅっと舌を握る。
「んんぅっ!」
悲鳴みたいな声を上げるこいし。
だけど、さっき鼻をかまれたのもいれてながめに握る。
こりただろうと感じたときに握るのをやめる。
また、彼女はぺろぺろと舐めだす。
数分後、おしゃぶりをくわえた子どものようにそのまま寝てしまう。
きちんと寝ているのを確認し、こいしの口から自分の指を引き抜く。
こいしは、気持ちよさそうにしているので、布団にねかせておく。
着替えなどを準備して、温泉に入りに行く。
神社近くで、夜のこの時間に入っているのは私くらい。
暗い中、たよりになるのは設置しているたった一つの光。
誰もいないと思ったら、最近のこと……
こいしのことばかりが思い浮かぶ。
「はぁ」
勝手に溜息が口から出ていく。
それにしても、今回は何回目だったけ?
最初がいつかも覚えてないけれど、こんな風になったのは少し前だ。
気まぐれに猫のようにふらりと訪れてくる彼女とたまに見せる無意識の涙。
それに惹かれだしているときに、彼女に押し倒された。
最初は動揺したし、恋人同士でも何でもないのにキスされるなんてって思った……
だけど、彼女の瞳を見たら、抵抗する気力はうせてしまった。
瞳の奥底に沈む今にも泣き出しそうで寂しそうな彼女。
むしろ私は彼女にこたえたいと思った。
だって、私も同じ。
「努力して、何が悪いのよ」
身体を洗いながら、自分の過去に思いをはせる。
『博麗』としての生を受けた私。
生まれたときから、ずっと神社にこもりっぱなし。
どこかに出かけた記憶などない。
それどころか、触れた記憶すらない。
『決して自分から誰かに近づくな。
相手を拒んだらいけないが、決して自分から近づくな』
そんな言葉に縛られて動かなかった。
だから、相手と触れ合うあたたかさすら知らなかった。
現状にずっとマヒして、孤独でさみしいということすら知らなかった。
『おっしゃ、霊夢いくぞ!』
『うふふ、霊夢』
『霊夢~』
たくさんの異変で触れ合える機会が増えた。
そのときに初めて、人のぬくもりを知った。
宴会でバカ騒ぎをしたり、その中で肩を組む。
きっとそれは当たり前なんだと思う。
だけど、私はそんなことが嬉しかった。
一人になれすぎた私は、集団でいるのには疲れたりもする。
それでも、宴会が好きだから自分の神社で毎回宴会をするのをゆるすのだろう。
だけど、結局のところ私は自分から何一つ行動していない。
異変解決だって巫女としての義務。
そこから、自然と輪が増えただけ。
今の付き合いの仕方も『博麗』に依存している。
今近くにいる人妖みな私の弾幕と能力に惹かれているのだろう。
私の魅力なのではない。
だから、こいしがほうっておけない。
あの子は私と真逆なのだ。
噂を聞いたくらいだが、あの子は努力をしていた。
人と触れ合う努力、近づく努力を……
その努力全てが、『能力』によって否定されたのだ。
そして、触れ合うために最終的に選んだはずの、自分の能力を捨てても、彼女は手に入れられなかったのだ。
泣いて、泣いて、必死に誰かを求めている。
そして、自分のした決断で姉を苦しめているかもしれないと泣いている。
そんな彼女が自分に甘えてくる。
それを振り払えるわけない。
気にならないわけない。
もっと知っていきたい。
それは同情?
そんなの知らない。
だって、ここまで気になる相手なんて初めてだから……
のぼせそうになったので、思考をやめて、手早く身体を洗って、お風呂から上がる。
まだこいしは眠っているのだろうか?
服を着替え終わり、部屋に戻ってみると、まだこいしは眠っていた。
布団は一つしかないので、隣に入る。
こいしの髪をなでる。
私と彼女は正反対。
ぬくもりを知らずにいつのまにか手に入れた私。
ぬくもりを求め続けて手に入れられていないこいし。
私は少しでも彼女にぬくもりを与えられているだろうか?
「んぁ、霊夢だ」
「くす、疲れてねちゃったのよ。
温泉入ってきなさい」
「うん、そうする」
こしは立ち上がって、温泉に向かう。
彼女は私みたいに考えてないかもしれない。
それでも、勝手に情を寄せるぐらいかまわないだろう。
いやになったら、彼女は猫みたいだし、神社に来るのをやめる……
それは少し悲しい。
私も彼女に触れることは嬉しい。
「あがったよ~」
私の家のタンスのどこかから取ったであろう服を着ているこいし。
「相変わらず烏の行水ね」
「ど~ん!」
こいしが私に飛び込むように抱きついてくる。
私はそれをキャッチしきれず、そのままベッドに倒れこむ。
「えへへ、霊夢。
おやすみなさい」
満面の笑みを浮かべているこいし。
私と一緒にいることでこの笑顔をしてくれているのならば、もっとそばにいたい。
「おやすみなさい」
お互いを抱き枕のようにして眠る。
「ん、朝か」
幼いころからの勘で、いつも朝は勝手に目が覚める。
相変わらず、こいしは私にぎゅっと抱きついたまま。
そっと顔を見てみたけれど、寝る前に泣いておいたおかげか目ははれてない。
気持ちよさそうに寝ている。
「こいし、朝よ」
ゆさゆさと揺らす。
ぎゅうっと抱きついてくる力は強くなる。
「むにゃ、あと……
三分」
「だぁ~め、おきる」
よいしょっと無理やり起き上がっても、しがみついたまま。
それもいつものことなので、近くにおいてあるいつもの巫女服に着替える。
着替えている間、こいしは離れてくれているのだ。
こいしは私の服をまだ着ている。
普通なら、もう少しきといてもいいというべきなのだろうが、あまり服のストックがないので
「こいし、きがえて」
「これで十分だよ」
にっこりと笑うこいし。
そういう問題じゃないから、こいしがもともときていた服を持ち
「ほら、脱がすわよ」
「やぁん、エッチ~!」
それに~、残念ながら、こいしちゃんは霊夢のお人形ではないの」
「あら、じゃあ何かしら?」
よいしょよいしょと脱ぎ始めているこいしにたずねる。
その間に台所へ向かう。
「あら、私はきまぐれ猫じゃなかったの?」
「くすくす、そうだったわね」
台所から答えると、走ってくる足音。
朝でさっきまでぎゅっとしてたから、大丈夫だと思ってたのに……
包丁を持つのをやめると、どんっと後ろから抱きつかれる。
こいしは何も言わない。
だけど、どんな顔をしているかは見なくてもわかるから、髪をなでて
「私はいるから」
そっと呟く。
しばらくすると、こいしは離れて
「えへへっ、ごめんなさい」
「朝ごはん作ってる間、ゆっくりしときなさい」
「は~い」
「あ、そうだ。
机の上ふいておいて」
「わかった」
こいしは頷いて布巾を持っていく。
感情を感じない声。
無意識に囚われてきているのだろうか?
そんなことを考えながらも、手をいつもどおり動かして朝食を作っていく。
二人分の朝食を作り終えて、もって行くと、すでにこいしは正座で待っていた。
こいしの正面に座って
「「いただきます」」
手を合わせて、食べだす。
シンプルな朝食をこいしはほおばり、幸せそうな顔をしていた。
食べ終わると、また私の膝の上。
「そんなにいい?」
「う~んと、おちつくの。
霊夢は……いやじゃない?」
不安そうに聞いてくるこいし。
いやだったら、とっくに弾幕でも放ってるという言葉を言おうと思ったが
「そうねぇ。
あんたはねこだから、しょうがないんじゃないの?」
髪をなでて、あなただからゆるしてるっていう意味の言葉を放つ。
「くすくす、にゃ~」
「にゃあ」
まねをして鳴き返してみるけど
「へったくそ~」
くすくすっとこいしが笑う。
ぽすっと肩に頭を置くこいし。
しばらくすると、寝息が聞こえてくる。
「そんなにきもちいかしら……
くわぁ」
私もねむたくなってきてしまった。
どうせ、掃除なんていつでもできる。
後で腰とかが痛くなることはわかっていたけれど、目を瞑る。
たまにはこんなことも悪くない。
「んぅ」
目が覚めると、重さはない。
あるのは少しの倦怠感。
こいしは、またどこかに行ったのだろうか?
無意識の暴走の冒険?
まあ、深くは追求するつもりはない。
肩を回しながら、外を見に行ってみると、夕暮れ時。
ずいぶん、長い間眠っていたようだ。
「ふあぁ」
ずっと眠っていたから、おなかは減っていない。
だけど、今から掃除をする気分にもなれない。
「まあ、ねなおすか」
きちんと布団を引きなおして、眠る。
『チリンチリン』
鈴のなる音。
こいしがきたのだろうか?
無意識の冒険はもう終わったのだろうか。
前来てから、二週間もたっている。
「よっす、霊夢!」
「魔理沙か」
予想とは違う人物。
「ずいぶん、久しぶりね」
前までは一週間に一回は来ていた様な気がするが、最近では二週間に一回ぐらいになっているような気がする。
それでも、こいしをのぞく他の妖怪たちよりははやいペースだけれど
「おぅっ。
色々やってたんだよ。
だからさ、霊夢……
ちょっくら、やらねえか?」
八卦炉を構える魔理沙。
きらきらとした瞳。
強さをがむしゃらに追い求めている。
「いやよ、めんどくさい」
目を逸らすためにお茶をすする。
彼女だって、私の力に惹かれているもの。
魔理沙が私に近づいたのは、魔理沙自身が家を出て魔法を追い求めてからだった。
「ちぇ~。
こいしには優しくしてやっても、私にはしてくれないのか?
こいしだったら、よかったかな?」
「うるさいわね。
こいしは関係ないでしょ。
わざわざ話題に出さないで」
勝手に指に力がこもる。
「おいおい、ちょっとした冗談だろ?
他のやつらなら、もっと軽く受け流すだろうが」
隣に腰掛けてくる魔理沙。
「今日は、やっぱいいぜ。
お前がそんな気を配ってると知らずに、無神経なことを言って悪かった」
申し訳なさそうに、帽子を深く被りなおす魔理沙。
そうされるとなんだか、腹が立つ。
まるで私がこいしをかわいそう扱いしているみたいに思われているみたい。
違う、そんなんじゃない。
私はこいしのことをそんな風に思ってない。
魔理沙が気軽にこいしのことを言うから、腹が立っただけなのに
「魔理沙、弾幕ごっこしましょうか?」
「ぇ、いいって」
「私がやりたい気分なのよ」
お札を巫女服から取り出す。
針という本当に相手を傷つけられる武器を使ったら、とんでもないことをしてしまいそうだったから。
「まあ、いいか。
やってくれるなら、大歓迎だ」
ほうきにまたがり上空に向かう魔理沙。
私もそれを追いかける。
「スペルカードは、一枚でやろうか」
「えぇ、かまわないわ」
お互いスペルカードを宣言する。
私はいつもどおりのスペルカード。
「じゃあ、最初からいかせてもらうぜ!」
魔理沙が聞いたこともないスペルカードを宣言する。
私の周りを取り囲む色とりどりの星の弾幕。
なかなか密集しているが避けれないこともない。
「がらあきだぜ、霊夢」
魔理沙がこちらに向かって、一直線にレーザーを放ってくる。
「そっちもね!」
魔力の消費量を減らすためか知らないが、レーザーの周りの星の弾幕が消えていく。
その隣を被弾しないように詰め寄る。
巫女服と弾幕が擦れる音が聞こえる。
大丈夫。
いつもの勘が、私に告げてくれてる。
至近距離で一発くらわせる。
「スペルブレイクよね」
すっと首にお札を突きつける。
「くっそ~、いけると思ったのによ」
すっと両手を上げる魔理沙。
「まあ、疲れたし……
霊夢のお茶でも飲むか」
「勝手に決め付けないでよ」
「んぅ~?
だめか?」
「はぁ、別にいいけど」
魔理沙の首に当てていたお札を巫女服の中にしまう。
一回、大きく伸びをした後縁側に戻る。
「あ~ぁ、これでもだめか」
がっくりと項垂れる魔理沙。
珍しいこともあるものだ。
魔理沙は非常に向上心が高い。
たとえ一度やぶられたとしても、すぐに次のことを考えることが多い。
それほど自信があったのだろうか?
「また新しく考えればいいじゃない」
「それもそうなんだがな」
煮え切らない返事。
「何をそんなにあせってるのよ」
ぎゅっと魔理沙が拳を握り
「どうしても、あいつに勝ちたいんだ」
きっと上を向く。
「ふうん、頑張りなさいよ」
「あぁ、絶対に屈さない。
子どものあいつにちゃんと教えてやりたい」
魔理沙がそこまで必死になる相手は誰なのだろうか?
疑問に思ったけれど、聞くのは野暮な気がしてお茶をすする。
魔理沙もごくっとお茶を一口飲む。
「やっぱ、霊夢のお茶はおいしい」
「どうも……
さっきのスペルカード、なかなかいい線だったわよ。
悩む前に動いたら?
そっちのほうがよっぽど、魔理沙らしいわ」
「あははっ、それもそうかもな」
にかっといつもどおりの人がひきつけられる笑みをする。
そして、ごくごくっと湯のみに残っているお茶を飲み干して
「ごちそうさま。
だめかもしれないけど……
一回、挑戦してくる」
「ふぅん、うまくいかないだろうけど……
がんばりなさいよ」
わざわざ私に挑戦してから行くのだから、私と同じかもしくは以上とわかりきっている相手なのだろう。
でも、魔理沙なら弾幕中にもっといいことを思いついて相手に勝ってしまうかもしれない。
「あははっ、手厳しいな」
困ったように笑い、ほうきにまたがって飛んでいく。
一人になる縁側。
『チリンチリン』
鈴のなる音。
魔理沙が戻ってきたのだろうか?
いつまでたっても、音も声も聞こえない。
こいし?
ぎゅっと自分の前を抱きしめるようにしてみると
「ふぇっ?」
「やっぱりそうだった」
私の腕の中にこいしがいた。
「え?」
明らかに震えている声。
そこまで、驚くことだろうか?
「鈴の音が鳴って、誰の気配も感じられない時点で、こいししかいないわ。
こいしが目指す場所はわたしの膝の上でしょ?」
本当に無意識だったら、隠しているお菓子とかをとっていきそうだけれど。
「うん、そうだよ」
「こいし?」
まだ、無意識のまま?
のぞきこんだ瞳は半開き。
ぼろぼろと涙を流しだすこいし。
また懺悔でもするのだろうか?
「ごめんなさい」
あぁ、また謝ってる……
もういいじゃない。
これだけ苦しんでも、まだ足りないの?
「れいむ」
私の名前を呼んでいる。
この子は私に対しても申し訳なさを感じてる?
そんなもの感じなくていい。
私が一緒にいたくていて、いるのだ。
「すき」
すき?
『すき』というのは、『好き』?
「うわっ、ちょ」
両手首を握られる。
そのまま、縁側に押し倒される。
受身を取れずに、そのまま頭は床に突撃。
いたい。
ここまで乱暴なのは初めてのような気がする。
「こいし?」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
なんで、謝るのよ!
確かに頭を打って痛いわよ。
だけど、そんなぼろぼろと泣かれるようなことじゃない。
他のやつだったら、呑気に笑っている。
それに私が怒って弾幕をぶつけてやるのよ。
だけど、そんな顔されたらどうすればいいのよ。
「ほしい」
こいしの顔がどんどん近づいてくる。
どこにキスをするんだろう?
また頬?
それとも鼻だろうか?
「ぇ?」
迷わずにこいしは自分の唇と私の唇を重ね合わせる。
少しかさついているお互いの唇。
『ドクドク』とうるさい心音が、どちらのものかわからないほど、私も緊張している。
ひんやりとしている外気が心地良いくらいに自分の身体が熱い。
彼女に魅せられてる。
ねえ、それなのに、どうして、そんなにも泣くの?
ねえ、何がそんなに悲しいの、おそろしいっていうの?
「くちゅ」
舌が入り込んでくる。
『ほしい』
私の舌が欲しい?
それは妖怪的な衝動なのだろうか……
でも、いい。
痛いかもしれないけど、欲しいならあげる。
「んぅ」
舌を伸ばしていく。
「ごめんなさい!」
その瞬間、突き飛ばされる。
こいしはすごいスピードで飛んでいく。
「なんだっていうのよ!」
ほしいんじゃなかったの!
求めてきてるんじゃなかったの……
求められたから求めても大丈夫だと思ったのに……
私は自分がゆるされる『博麗』としての付き合い方をしているはずだ。
それ以上にどうすればいいのよ。
一人残された縁側で、ぎゅっとスカートの裾を握る。
「あ……れ?」
雨が降っているわけでもないのに、スカートに水滴ができていく。
「あはは、なによ。
なによ、これ」
ぼとぼとと涙が落ちていっている。
幼少期でも、泣いたことなんて一回もなかった。
だって、一人が当たり前だった。
「ばか」
だけど、最近はこいしが傍にいるほうが当たり前だった。
「私もほしいわよ」
だめだ、こんなの違う。
『博麗』としての私じゃない。
それでも、ほしい。
こいしと一緒にいたい。
「覚悟しなさい」
流れてくる涙を巫女服の袖で拭い、暗くなってきた空を睨む。
絶対にこいしを見つけ出してやる。
勢いよく空へ飛び出す。
今のこいしがどこにいるかなんて見当もつかない。
だから、勘だけを頼りに飛んでいく。
はぁはぁと自分の息ばかりが大きく聞こえる。
幻想郷のあらゆるところを巡る。
紅魔館、妖怪の山、人里……
どこにもいない。
まさか、地底?
『ごめんなさい』
あそこまで謝って、戻る?
こいしが地上にいることを信じて探す。
「こいしを見なかった?」
「すいません、見てないです」
出会う人妖全てに聞いても返答は同じ。
どこにいるの?
「はぁ、バカみたいね」
あの子が本気になったら私では見つけられない。
神社だって結界を張ってなかったら、わからないのだ……
空にはもう、星が輝きだしている。
なんで、こんな必死になってたんだろう?
こいしはこれだけ探しても出てきてくれない。
あんなことして、結局は逃げられてる。
確かに気になる。
でも、そんな必死になることじゃない。
あの子が逃げ出すのなら追わなくていいじゃない。
追ったって、また逃げられるかもしれない。
こんな気持ちになりたくない。
それなら、もう……
「いってて~」
「魔理沙?」
「お、霊夢」
ぼろぼろになりながらも、ほうきで飛んでいる魔理沙。
「いや~、やっぱやられちまったよ。
応急処置でもしてくれないか?」
「しょうがないわね。
ほら、いくわよ」
魔理沙の先を飛んでいく。
人間最速な魔理沙は私のゆっくりとしたスピードでも、今は必死についてきている。
縁側に着いたら、魔理沙はどっと寝転がる。
「休んどきなさい」
家の中に入って、手当ての道具を取ってくる。
ぽんぽんっと道具を当てると
「いって~!」
「もう、大人しくしなさい」
「うぅ~」
涙を浮かべながらたえる魔理沙。
「なんで、そんな必死なのよ。
意味分からないわ。
そんな自分を痛めつける相手のところに行くなんて」
傷つくことを知っても、向かい続ける魔理沙。
「痛めつけられてるんじゃない。
私があいつと向き合いたいんだ。
傷つく覚悟も無しで、誰かと分かり合えるわけがない。
そりゃあ、傷は痛い。
でも、それよりも……
話を聞いてもらえなかったりするほうが、私にとってはきついんだ」
「そいつじゃなくていいじゃない」
確かに、私もこいしは気になる。
でも、こいしに固執することはないんだ。
だって、そんなの苦しい。
他に求めてくる相手がいるなら、それでも
「そうかもしれないな。
だけど、それは違うんだよ。
あいつがいいんだ。
どれだけくじけそうになっても……
そこに大きな理由なんてないと思うぜ!」
まぶしい、まぶしい。
誰だろうか、魔理沙が普通の人間なんて言ったのは……
全然違うじゃないか。
私なんかよりも強い。
「えっらそうに……
傷だらけで、手当てされてるくせに」
「あはは、それはいうなって!」
「はい、手当ては終わり。
危ないし、泊まっていきなさい」
「ありがと、霊夢」
布団を敷きにいく。
あれだけ思っていたのに、くじけそうになってた。
こんな想いでいいのだろうか?
でも、わかったことはある。
魔理沙が言っていたように……
私は、こいしがいいんだ。
逃げられても、こいしときちんと向き合いたい。
「温泉はいりにいってくる。
あんたは適当に寝てなさい」
「りょ~かい」
先に布団に寝転がりにいく魔理沙。
着替えを持って温泉に入りに行く。
ねえ、こいし……
どこにいるの?
何をしている?
私とどうしたかったの?
「こいし~、どこよ!
いい加減、出てきなさい」
それから二週間……
見付かる気配がしない。
そこまで、私を避けてるっていうの……
自分からあれだけしておいて、それはないでしょ……
「もう、暗くなってきたわね」
沈みかけている日。
はぁっと思わず出て行く溜息。
家に帰って、温泉に入って布団に入る。
でも、どうしてここまで見付からないのだろう?
まさか、まさか……ね?
思わず、浮かんだ可能性。
ぎゅっと目の前の空気を抱いて
「こいし」
名前を呼んでみる。
「え、ぇ?」
「うそ、本当にいた……」
外を探しても見付からないから、ひょっとして出て行ったように見えて、神社にいるんじゃないかって思ったら……
「いるなら、さっさと出てきなさいよ!
探しているのくらい、わかったでしょ」
思わず口調が荒くなる。
でも、すこしくらいゆるされてもいいと思う。
二週間探し回ってたの意味がなかったってわかったら、誰だって腹が立つと思う。
「ご、ごめんなさい」
「あぁ、もう……
謝れってわけじゃないの」
がしがしと片手で頭をかく。
もう片方の手は逃げないように、こいしをキープだ。
「い、いいよ、もう」
「はぁ?」
どういうことだ。
いきなりそんな自己完結をされても困る。
「霊夢は私に優しいね。
いつだって、私を受け入れてくれる。
でもね、わかってる……
もう離れないと、嫌われる。
それとも、もう嫌われてる?」
ぼろぼろと泣き出す目の前のこいし。
「にゃぁおっと、だめだこりゃ……」
教えてもらってないから、猫の鳴き方はへたくそ。
こいしが目をまん丸にする。
「私もあんたと同じきまぐれな猫なのよ。
わざわざ嫌いなやつに時間を割かない」
そんなのいるとしたら、間違いなくバカだ。
「勝手に、私の心を決めつかないで」
「でも、でも」
あぁ、もうなんでそんなまた泣きそうになってるのよ。
「あんたの過去なんかわからないわ。
たくさんの人が嫌ったかもしれない。
だけどね、私はどっちかっていうとあなたのこと好きよ」
照れ隠しで思わず変な言い方をしてしまう。
「なんで、なんでなの?」
ぼろぼろと泣き出す。
「わかんないよ。
みんな、あんな私を嫌ってた。
嫌うどころか、存在すらもゆるしてくれなかった……」
わなわなと震えだすからだ。
「『近づくな』もたくさん思われたけど、『死ね』もいっぱいだった。
ほとんどそれしかなかった。
違ったのは、お姉ちゃんだけ……
お姉ちゃん以外は全て悪意の塊。
でもね、闇の中の一筋の光がこわかった。
いつになったらなくなっちゃうんだろうって……」
顔をうつむかせるこいし。
「そうしたらね、夢を見たの。
もう一人の私がいたの。
私なんかが出来ないすばらしい笑みをしながら、いうの。
『ねえ、苦しい?
夢はすばらしいよ。
泣いたりなんかしない、いつも笑顔のこいしよ。
頷いて?
そうすれば、私がかなえてあげる』
すごく魅力的だったの。
お姉ちゃんはいつも私が泣くのを気にしてたから。
笑顔を好きっておもってくれてたから……
だから、迷わずに頷いたの」
ゆっくりと顔をあげるこいし。
そこに貼り付けられているのは歪な笑顔。
「そうしたらね、夢になっちゃった。
私の見るもの全てが夢になっちゃったの。
その夢がすばらしくて、現実がきちんとあるってわかってても、夢に逃げてた。
お姉ちゃんが嘆いているのわかったのに、置いていっちゃった」
ぎゅうっといきなりすがり付いてくるこいし。
「だけどね、霊夢に出会っちゃった……
夢はね、誰とも近づけなかった。
それなのに、辛いはずの現実の霊夢はゆるしてくれてた。
触れること、傍にいることをゆるしてくれた。
だから、出てきちゃった。
気弱で泣き虫の私。
求められるのは無意識の『理想の私』のはずなのに」
「ば~か!」
「ふにゃっ」
ぐいぐいっと両頬を引っ張ってやる。
なんだか、恥ずかしくなってきた。
つまり、私が無意識だと思っていたのは本当のこいしだったのだ。
「私が惹かれたのは、その気弱で泣き虫のこいしのほうよ」
こいしのあの涙が気になってしょうがなかったのだ。
無意識の誰もが惹かれるであろう笑顔よりも、さびしくてしょうがない誰かを求める涙のほう……
「う、うひょだ」
「わざわざそんなことを気遣って言うほど、私は良いやつじゃないわ」
もっと強く頬をつねってやる。
「い、いひゃいよ~!」
「これは夢なんかじゃないわよ。
ちゃんと聞いときなさいよ」
「へ?」
不思議そうに首をかしげるこいし。
まあ、あれだけ人の心を疑ってばかりなのだから、しょうがないか。
「理想だとかどうでもいいの。
あんたはあんたのままでいい」
自分らしくいて何が悪いって言うんだ。
『博麗』に縛られている私。
でも、それも自分なんだって思っている。
無理やりなんかじゃない。
「誰がそんなの求めたっていうの?」
「だって、お姉ちゃんが……
辛そうだ、笑って欲しいって」
「笑って欲しいに決まってるじゃない。
でもね、あなたのその笑みで……
さとりは喜んでた?」
ぐっと唇を噛むこいし。
「じゃあ、どうすればよかったの!?」
きっと睨みつけてくるこいし。
その表情が今までの中で一番いきいきとして見える。
それに思わず頬が緩んでしまう。
「な、何笑ってるの!」
さらに顔を真っ赤にして、拳で軽く私の身体を叩いてくる。
いつものように髪をなでてやる。
うぅっと叩くのをやめて、睨むと上目遣いの中間で私を見ている。
撫でるのをやめようとすると、はしっと手首をもたれる。
怒っているような泣いているようなとても複雑な表情。
今までのおそらくこいしの無意識が求めてきた完全な笑顔なんかと違う。
「あははっ!
今のあんたのほうがいいわ。
さとりは違うかった?
まあ少なくとも、私は素のあんたを受け入れるわ」
きょろきょろと目を泳がせている。
受け入れられたらどうしたらいいのかがわからないんだろう。
「わ、私キスしちゃうよ!」
「何回されてると思ってるのよ」
「もっとエッチなことしちゃうかもしれないよ!」
「かまわないけど」
唇同士だけでなく、舌を絡ませても……
いやじゃなかった。
むしろ、そのもっとしたかったくらいだし……
言葉に詰まるこいし。
にやっと思わず攣りあがる頬。
「さあ、他にある?」
「私のお姉ちゃん、さとりだよ!
会いたくないでしょ」
「わざわざご挨拶にでも行くわけ?
めんどうねえ」
「私、地底妖怪だし!」
「それ、いまさら?」
ぐいっとこいしの顎を持ち、目を合わせる。
「全部受け入れられるわよ。
これ以上何か言う無駄な口は塞ごうかしら?」
「意味分からないよ。
どうしっ」
私の口でこいしの口を塞いでやる。
たっぷり十秒数えてから口を離す。
「何、まだ物足りないの?」
正直なところカンベンして欲しい。
この気持ちの始まり方は同情からともいえるし、またもっと違う感情からとも言えるし、自分じゃ説明できない。
とりあえず、最終結論がこいしの傍にいたい……
よりも、私の傍にいさせるね。
「こいし、そろそろ本音を聞かせて欲しいんだけど?」
かなり試されて、その全てに答えたつもりだ。
それなら、こっちだってそっちの本音が欲しい。
ごくっと何回も唾を飲み込む音。
顔をうつむかせていても、髪の隙間から見える耳は真っ赤。
「霊夢の傍にいたい。
いてもいいですか?」
ぼそりと呟かれる声。
「これからよろしく、こいし。
さてと、ひと段落ついたら、おなかがすいたわ。
ご飯でも食べましょ」
またくしゃくしゃっとこいしの髪を撫でて、立ち上がる。
「うん、霊夢」
二人で料理をする。
こいしは料理をするというよりも、私にひっついているというほうが正しかったけれども……
それが悪くないと思ってしまう自分はかなり毒されてしまっている。
一緒にお風呂にも入って、布団も一緒。
最初はあまりの泣き虫で困った。
今まで気にしていなかったのに、服が汗で汚れてしまってもうしわけないとか泣きかけになるし、料理の味付けが気に食わなくても泣きそうになる。
素のこいしを好きだといったが、少し疲れていた。
でも、生活をしていけばお互いなれていくもの。
こいしが泣きそうになるのは、人に嫌われる恐怖心によるものが大きかったから、私が呆れても怒らないってわかったら、泣く回数は減っていった。
私のほうも、泣くタイミングとかがつかめてきたため、その前にフォローを入れたりもできるようになってた。
こんな生活が長続きしたのも、無意識に囚われてこいしが冒険に出かける日もかなりあったからだろう。
ずっと一緒にいたら、お互いが疲れきっていただろう。
しばらく経ったある日、いつもどおり二人でご飯を食べていると
「私、お姉ちゃんにお話しにいく」
「へ?」
あまりにも急なことで私は何も言うことが思いつかずただ瞬きを繰り返す。
「もう、米粒ついてるよ」
「あぁ、わるいわね」
こいしが私の頬についていた米粒をとってくる。
「そういうわけで明日はでかけるね」
「いつものことじゃないの?」
こいしは無意識の能力があるから、高確率で何も言わずにでかけることが多い。
「これは意識あっての行動なんだよ!
今までのお出かけは全部無意識なの」
「え、ぁ~、がんばれ?」
言われたところで私に何をしろって言うんだろう?
こいしとさとりのことは、二人で解決するべき問題だろう。
そんな宣言をされても、これくらいしか言えない。
「えへへっ、がんばってくる」
あんな微妙なはげましの言葉一つで嬉しそうに笑う。
ご飯中だけれど、一回髪を撫でてやる。
私とこいしは言葉よりもこっちのほうが想いを伝えられるような気がする。
「ごちそうさまでした。
霊夢、温泉行こう」
「洗い物終わらせてからよ」
「わかってるよ」
二人で洗い物を終えてから、温泉に入りに行く。
「霊夢、大丈夫だと思う?」
「何よ、急に」
湯船に浸かると、こいしが暗い声で聞いてくる。
なんのことを言っているかはだいたいわかったけれど、わざと話を逸らす。
「お姉ちゃんのこと」
「わかんないわよ」
「そうだよね」
黙り込むこいし。
「無責任かもしれないけど……
私はここで待ってるから」
それ以上は何もいえない。
さとりとは会ったこともあるけれど、こいしのことを聞いたことなんかない。
だから、さとりがどう思っているかなんて知らない。
無責任に大丈夫なんて言いたくもない。
私が言えるのは、たとえさとりがこいしのことを拒んでも私は待っているということだけ。
「そうだよね。
のぼせそうだから、先に身体洗って戻るね」
「じゃあ、布団しいといて」
「わかってるよ」
こいしが身体を洗ったのを確認して、大きく伸びをする。
油断をすると、こいしは腋や脇腹をつついてくるから……
しばらくゆっくり浸かった後に身体を洗って、お風呂から出る。
戻ってみるとこいしはくるんと身体を丸めて寝ていた。
こいしが小柄だからいいものの、これが大きかったら布団から追い出してただろうな……
そんなことを考えながら隣に入る。
ぎゅっと抱きついてくる。
最初は起きているのかと疑っていたけれど、本気で寝ているんだよな……
「おやすみ」
独り言のように呟いて目を瞑る。
「ふあぁ」
朝起きてみると、すでにこいしはいなかった。
何回か大きなあくびをした後、伸びをして、朝日を浴びにいく。
しょぼしょぼとしていた目はゆっくりと開いていき、ようやく本格的に活動する気が起きてくる。
寝巻きからいつもの巫女服に着替えて、朝ご飯を作る。
こいしがいなかったときのように、掃き掃除をしたりして時間を潰す。
それが終わったら縁側でお茶を飲む。
いくらかの妖怪がちょっかいをだしにきたりする。
軽く小突いて返したり、いつもどおりの皮肉。
何を話すかなんて考えてもないし、記憶にも残らない。
そんなふうに話していると、夜になる。
ご飯を食べて、温泉に入りそろそろ寝ようかと考えていると
「れ~いむ!」
「うわっと……
ずいぶん遅い帰宅ね」
「朝帰りのほうがよかった?」
「どっちでもいいけど、夜ご飯はないわよ」
「向こうで食べてきたから、大丈夫。
お風呂も入ってきた」
「わざわざ寝るためだけに?」
ぷいっとこいしが顔を逸らす。
「だって、仲直りできなかったし」
「その様子じゃ、話すらも切り出せなかったの?」
「なんで、わかるの?」
「私の勘をなめないでよ」
「そこは恋人だからとかいってよ」
からかうように笑うこいし。
「舌がくさらないかぎり言わないわよ。
今日はもう寝ましょう」
「うん、霊夢」
布団にはいると、こいしが隣に入ってくる。
「「おやすみなさい」」
長い期間をあけてから、こいしは地霊殿に通うようになっていた。
話しかけるどころか、気配を出す勇気も出なかったらしい。
「あぅ~、どうしよ、霊夢」
「知らないわよ。
これは、あんたがどうにかしなさい」
「相談くらいのってよ」
「じゃあ、簡単に言うわね。
気配を現して、自分の本音を言いなさい。
以上、わかったでしょ?」
「いじわる!」
「はいはい、いじわるですよ。
だから、自分で頑張りなさい」
掃除を再開する。
こいしはほうきにもたれながら、くねくねしている。
「ほうきがいたむ。
ちゃんと手伝いなさい」
「はぁい」
しぶしぶ掃きだすこいし。
明らかな不機嫌顔。
はき終わると、夕方。
ご飯を食べて、温泉に入って、眠る。
いつもどおりの日常。
それから、何週間経っても、こいしは同じことばかりを繰り返しては嘆いていた。
溜息をつきそうになりながら
「あのさ、こいし」
「なに、霊夢?」
「本当にさとりと仲直りしたいのよね?」
念のための確認。
「当たり前でしょ!
お姉ちゃんのこと好きだもん。
そうじゃなきゃ、こんなふうに悩まない」
「そんなんでいいのよ。
気軽に行きなさい」
最初からガチガチ過ぎるような気がする。
そんなんじゃ失敗してもしょうがないと思えるくらいだ。
「それに、見つけてもらえないなら待ち伏せでもしなさい」
「うぅ、気持ち悪くない?」
「他人ならともかく、家族でしょ」
普段、いろんなお屋敷に無断侵入しているからなんともいえないが……
「じゃあ、今日一日お姉ちゃんの部屋に待ち伏せしてくるよ」
「いってらっしゃい」
ヒラヒラ手を振る。
「なんか、すごい笑顔じゃない?」
眉間にしわを寄せて聞いてくるこいし。
「そんなことないわよ」
思ったよりも二人分の暮らしがしんどかったことなんかないわよ。
明日妖怪退治のお礼が入るけれど、 今日は一日分の食事しかなかったわけじゃない。
飛んでいくこいし。
ふっと胸をなでおろした瞬間
「私のご飯減らしてもいいからね」
くるっと振り返ってにっこりと微笑むこいし。
はい、すいません。
ご飯なかったんです。
「いってきます」
「気をつけて」
さあて、うまくいくかしらね?
まあ、そんなことよりも……
空腹を紛らわすために寝よう。
それが一番手っ取り早い。
「れ~いむ~?
風邪ひくよ?」
「んにゃ、こいし?」
「こいしだよ」
晴れやかな笑顔。
この様子だとうまくいったようだ。
「あのさ、ずっと寝てたの?」
「なんで?」
「もう丸一日経ってるよ。
さっき、人間がお礼渡しにきてくれたけど」
「なんか、適当に言っておいてくれた?」
「一応、感謝の言葉は言ったよ」
「ん、ありがと」
くしゃくしゃと髪を撫でてやる。
「思えばさ、霊夢」
「なに、こいし?」
「あのね、お姉ちゃんに霊夢のこと紹介してもいい?」
「あぁ、あれ本気だったのね。
ご飯あるなら、大歓迎ね」
「あははっ!
それは、大丈夫だよ。
手土産もくれるよ」
「え、金持ちね」
でも、地底のご飯ってなに?
地底魚、なんか意味の分からない肉とか?
まあ、食べれればいいか。
「じゃあ、明日行こうね」
「急な話ね」
「明日お姉ちゃんの恋人さんが来るんだって」
「まるでお見合いね」
「まあ、まあ、おいしいご飯が出るから」
「行かせてもらうけど」
今日はご飯を抜こう。
そんなにたくさん食べさせてもらえるなら一食くらい抜かないともったいない。
「じゃあ、私は寝るね」
「あぁ、おやすみ」
話すことを話して満足したのか布団にもぐるこいし。
「地霊殿で寝ればよかったじゃない。
せっかく、仲直りしたんだし二人一緒にでも」
「べつにいいでしょ。
私もご飯いらないから」
「ぇ?」
「ふふっ、おやすみ」
含みのある笑い方。
心を読めるようになってる?
まあ、どっちでもいいか。
不安だったら本人が聞いてくるだろう。
今は、明日のご飯のことを考えよう。
そっちのほうが楽しいし、幸せな気分になる。
ぐぅっとおなかがなってしまう。
くすくすっと布団の中でこいしの笑う声が聞こえる。
「あぁっ、もう!」
布団の隣に入り込む。
「どれだけ寝るの?」
「私の勝手でしょ」
こいしが大きく口を開けてあくびをして
「あぁ、だめだ。
じゃあ、寝るね」
数秒後に寝息が聞こえてくる。
目は嫌なほどさえてる。
まあ、ごろごろしてれば明日は来る。
「霊夢、行こう」
「えぇ、こいし」
あの後、結局寝て朝に目覚めた私。
朝ごはんは食べずに、温泉だけ入って地底に向かっていた。
旧都は、繁華街だから通るだけでもっとおなかがすいてくる。
その中でひときわおいしい香りの場所を見てみると
「咲夜?」
「ん、あぁ、霊夢じゃない」
思わず私が疑問形になったのは、咲夜がいつもの色のメイド服じゃなかったからだ。
「こんなところでどうしたのよ?」
地上で少しばかりの休暇ならともかく、地底でお店……
こいつは、筋金入りの紅魔館のメイドだと思ってたんだけど
「そんなのどうでもいいでしょ。
お店に来たのだったら、買っていくでしょ?
一人前のお値段は……
って、あなたお金ないわよね」
「なかなか、失礼ね」
貧乏巫女だとか言われて、実際にお金に余裕があるわけではない。
だけど、そんな風に言われる覚えはない。
「欲しいなら、お姉ちゃんにお金もらってからにしようよ」
「なっ、あんたまで」
こいしにまで言われるとさすがにショックだ。
裕福な暮らしをさせていたわけではないが、ひもじい思いはさせて……ないはず。
「地底のお金なんて持ってないでしょ?
それとも、このお姉さん地上にいたから地上のお金のほうがいいの?」
「地上のお金なんていらないわ」
咲夜が急に冷めた声を出す。
普段おどけた声ばかり出すが、地声は低いから、きれると迫力がある。
「地上の宴会にも出ないから」
「じゃあ、地底でさとりの家でも借りてやらせてもらおうかしら……
うん、そのほうがいいわね。
後片付け考えなくてもいいし、さとり金あるんだし」
咄嗟にしては良い考えだ。
「お~い、お姉ちゃんの意見は無視?」
こいしが呆れたようにいう。
「それに、人間でしょ……
なかなか心を読むことを受け入れるのは難しいでしょ」
最後の言葉を言うときには、目を伏せていた。
そんな顔をするくらいなら、わざわざ言わなくてもいいのに……
「あぁ、さとりさんなら平気よ」
「え?」
咲夜の声に驚きながらも、半信半疑で睨むような顔になっているこいし。
笑顔の仮面がなくなったのはいいことなのか、悪いことなのか……
「お得意様なのよ。
お客様のいない時間を狙って、二人でデートがてらにね。
お一人でいらっしゃっても、他のお客様よりも礼儀正しいわ」
軽い調子で言う咲夜。
「最近の人間ってどういう精神の造りをしているの?」
ぽかんと小さく口を開けて唖然とするこいし。
「こんな感じよ」
にっこりと笑う咲夜。
「開店準備まだ終わってないから、戻るわね」
「また今度」
「えぇ、また今度」
地霊殿へ向かっている最中もぶつぶつと呟くこいし。
「どうしたのよ、こいし」
「いや、すごいな~って。
今の時代にうまれていたら、瞳を閉ざしてなかったのかな?」
ぎゅっと自分の第三の目を抱くこいし。
「でも、何かが違ったら……
こうやって、一緒にいなかったかもしれないわ」
「それもそうだね。
今のこのときが一番!」
ぎゅうっと抱きついてくるこいし。
進めなくなってしまうがまあいいだろう。
「霊夢、傍にいてね」
「そっちから離れても、もう追いかけないわよ」
「えへへ、それは大丈夫」
こいしが曇り一つない笑顔で答えるものだから……
「それはよかった」
不意打ちで一度キスしてやる。
一気に真っ赤になるこいし。
「にゃ~」
へったくそな鳴き声で、心の中で『いただき』と呟く。
「ば、ばか!」
「にゃぅ」
適当に鳴いておく。
「へ、へたくそ」
さとりとかがやってるデートとかっていう甘ったるい響きなんかよりもこっちのほうがいい。
気まぐれに一緒にいる関係。
こいしもそっと身を近づけてきたのだから、同じなのだろう。
霊夢さんは子供(っぽい)連中に振り回されるのが良く似合う
次回作も期待しています。
続きが読みたくなりました