私には一人の妹がいる。名前はフランドール・スカーレット。私は愛称で「フラン」と呼んでいる。
髪は夕日のような明るい金色、翼は色彩豊かで美しい。私の大切な肉親だ。私の愛おしい妹だ。
だが私はそんな妹を、フランを屋敷に幽閉して絶対に外には出さないようにしていた。
何故ならフランは気が触れているから。
フランは私より遥かに強い能力を持っているが、それを制御しようとしない。
いつみふらふらとしていて、よく分からない行動を取って私達を困らせる時もあれば、何もおかしくないのにフランは一人で笑う時もある。
そんなフランを私はもう四百年近く屋敷から出していない。フランは何も言わず幽閉されている。
姉だというのに、肉親だと言うのに、私はフランが考えている事が分からないのだ。
一時期、フランを疎ましく思い、かと言ってフランを捨てる事も出来ない、何も出来ない中途半端な気持ちのまま、
屋敷どころか地下室に閉じ込めて数百年近く会合も会話も避けていた事もある。
ただその後にはひどく後悔した。もう二度としないと心から誓った。フランは何も言わなかった。
それからまた妹を幽閉する日が過ぎて行った、ある夜。その時、私は一つの決心をした。
フランに趣味を与えてやろうと考えた。それが正気を取り戻すきっかけになってくれればいいと思った。
何をやらせようか。先ず思い付いたのはスポーツ。しかし屋敷を壊されかねないので却下。
次に思い付いたのは読書。とりあえず適当な本を勧めた。しかし飽きたのか三日後にはフランは私が渡した本を読まなくなった。
三番目に思いついたのが芸術。絵を描くのに必要な道具を渡してから使い方を説明する。
途中で筆を折ったり絵具を食べたりと様々な問題が起きたが、しかしフランは絵を描くようになった。
絵を描く。私が思っていた以上にフランはそれを気に入ったようだ。
寝る間も惜しんで、と言う程ではないが、何週間か過ぎてもフランは筆を片手に紙と向かい合っていた。
地下室の絵。テーブルの絵。皿の絵。紅茶の絵。メイド妖精の絵。ケーキの絵。
フランは近くにある物をとにかく描いていた。私と会う度に描いた絵を見せてくれた。
私がフランと一緒に絵を描く時もあった。私より絵が上手くて悔しかったが、それ以上に嬉しかった。
私はまたフランに本を与えた。
今度は読書の為ではなく絵画の為。動物の図鑑などを渡して動物を描くように勧めてみた。
次の日に覗いて見ると、何とフランは図鑑の中の動物では無く図鑑そのものを描いていたので驚いた。
私は慌てて本ではなく図鑑に描かれている動物を描くように言った。するとフランは、
「その発想は無かったわ」
と言ってそれからはちゃんと図鑑では無く図鑑の中の動物を描くようになった。
私の方が驚いたわ、と言ってみるとフランは笑い始める。もしかしたらわざとなのかもしれない。
追及したが普段通り訳の分からない言葉ではぐらかされる。本気だったのかもしれない。
まぁとりあえずこれにより絵の種類も増えフランは飽きる事なく絵を描き続けた。
真っ白な兎の絵。青い小鳥の絵。真っ黒な犬の絵。茶色と白の猫の絵。
これはもしかして、絵画を通してフランの心に何らかの変化が訪れるのではないか。希望が見えた気がした。
そしてフランに変化が訪れた。
フランはとにかく自分の手を描くようになった。手。指。掌。触れれば折れてしまいそうな細く白い手。
右手、左手、右に、左に、握った手、開いた手とありとあらゆる角度からの手を描いた。
次に生き物の目を描くようになった。目。眼。眼球。動物の目。生き物の目。
図鑑を見ながらもその他の部分には目もくれずとにかく動物の目を描くようになった。
最後には死んだ動物の絵。いや、壊れた動物の絵と言った方が正しいか。
頭と身体が大きく離れている兎の絵。翼が無い鳥の絵。
胴体の上に左前脚と尻尾が乗っかっている犬の絵。頭が180度回転している猫の絵。
フランは手を描いて、次の日には目を描き、そして次の日にはばらばらになった動物を描く。
手と目とバラバラ。次の日には手を描き目を描きばらばらの動物を描きそして手を描く、その順番を繰り返す。
途中、普通の動物や自然の風景を描いた時もあったがそれも日が経つにつれ減っていき、
その内に、手と目とバラバラ。手と目とバラバラ。毎日毎日その順番をひたすら繰り返したいた。
急では無かったが、しかし目に見えて分かる奇妙奇天烈な変化について私がフランに尋ねてみたところ、
「ただの趣味よ、お姉様」
そう答えてフランはまた紙と向かい合い、図鑑を眺めながら犬の眼球を描き始めた。
私が尋ねた時のそれは何度目のループだったのか。地下室を埋める絵は教えてくれはしない。
手と目とバラバラ。手と目とバラバラ。幾つものフランの手が石造りの床の上で力無く横たわっている。
手と目とバラバラ。手と目とバラバラ。様々な種類の動物の目が下から見上げるようにして私を見つめている。
手と目とバラバラ。手と眼とバラバラ。壊れた人形のように頭や肢体が切り離された動物達の姿は滑稽だ。
「フラン、もう絵を描くのは止めなさい」
恐ろしくなった私はフランから絵を描く為の道具を取り上げた。フランは何も言わなかった。
フランは破壊衝動を絵を描くことによって解消しているんでしょうか。
そしてフランはなんでも壊せるらしいから簡単に地下室から出て行けると思うんだけど、考えてみれば寝床に食事がついてるんだから出ていく必要が無いと。
互いを理解しあえる日が来ることを願いたい。
狂気を感じながらも頷けてしまうのはなぜなんでしょうね…
短いですが考えさせられる作品でした。