紅魔館には三桁をゆうに超える大量の妖精メイドが存在する。
ホブゴブリンの採用によりそのうちいくつかは解雇したものの、それでもかなりの個数が存在していた。
大多数の妖精メイドは「求聞史紀」に記されているように役に立たない、数合わせ程度の存在でしかないが
紅霧異変終盤、または終了後のフランドール騒動、そして第二次月面戦争に関係した妖精メイドには有能な者を何人か確認する事ができる。
そしてそんな数少ない彼女達は現在、紅魔館の使用人に割り当てられた部屋の内最大のもの、通称「妖精会議室」に一堂に会していた。
「定例会議を始めます」
青いメイド服を纏った黒髪のメガネを掛けた妖精がホワイトボードの前に立ち、部屋を見回しながら言った。
薄暗い。昼であるが窓がないため部屋の明かりは蝋燭しかないようだ。植物系の妖精は基本的に日の光と水で元気を得るため、この場では殆どが項垂れている。
「場所が地下しか取れなくて申し訳ありません。文句なら全面的に例のこそ泥に言って下さい」
この場において霧雨魔理沙の名を知らぬ者はいない。紅魔館の損害のうち5割は彼女のものであり、特に大図書館に限れば8割を超える。
高速で侵入し火力で障壁を打ち破った後本をかっさらい、そして再び高速で逃走するろくでもない泥棒。
これが彼女たちが霧雨魔理沙に持っているイメージの全てである。
「上の会議室が燃えたんでしたっけ。ほんとあの魔女湖に沈みませんかねぇ」
金髪に赤い服のメイドが呟くように愚痴をこぼす。
「紅魔館で倒しちゃったら湖に沈めれないです?」
「パチュリー様もお嬢様も外に出れないしね…。メイド長や紅美鈴さんなら何とか」
「けれど紅美鈴さんは紅魔館の前にいるし、メイド長も霧の湖で上で戦うって事なんてないわよ」
その一言から連鎖するように話が広がり、ものの一瞬で部屋全体が騒がしくなる。
「あぁ。こんな時チルノがいてくれればなぁ」
「今日は、そいつの話をしようと思う」
ざわめいていた部屋が一瞬で静まり返り、一斉にある妖精の方を向く。
奇妙な妖精だった。
人口塗料のような気味の悪い赤い髪と血に白い絵の具を混ぜたような悍しい赤い服。
長い髪も、身長も、翼さえも他の妖精メイドと大差は無いのだが、明らかに何かが異質。
その目はまるで終わった夢をいつまでも過去に追い求めているようで、明日を見ていない。
「この季節、チルノはあいつが意識している以上に重要な存在になっていますわ」
「ふらふら彷徨うあいつの行き先は博麗神社を主軸に次は命蓮寺か妖怪の山…或いは八雲のところか。まるでパワーバランスの縮図です」
「パチュリー様がお屋敷を冷やすのにも限界がありますから。お嬢様や妹様のためにもあの冷房装置は是非手に入れなければなりません」
この広い部屋…いや、紅魔館の中でチルノに対し「冷房装置」と言える妖精は彼女だけだろう。
それ程までにチルノは妖精にとって特別な存在であり、またこの赤い妖精が異端なのだ。
限りなくお嬢様やメイド長に近い視点を持ち、妖精としての視点を廃したように思える。
「あぁ。今日は折角ゲストに来て頂いたのですから。彼女たちも重要参考人としてお迎えしましょう」
その赤い妖精は送り扉付近の妖精に視線で合図を送り、表から何かを運び込ませる。
どうやら妖精のようである。三人組の妖精だ。
全員が手錠を嵌められており、更に翼に何か魔法を掛けられているのか重力に逆らえず垂れ下がっている。
「さぁ。ゲストの、チルノと多種多様の妖精を巻き込み大戦争を繰り広げ、惜しくも敗北した三妖精の皆様です」
時は僅かに遡り弐日前。
三妖精は例年通り夏は涼しい紅魔館を避暑地として使用していた。
メイド服を着ていれば館の住民には怪しまれないし、もし余所者とバレても吸血鬼やメイド長ならそんな小事に何もしないだろう。
そう思っていた。実際その通りだったのだが、明らかに視点が漏れていた。
戦争を起こした者を同族が見逃す筈がないのだ。
「すいませぇーん」
「んっ?」
休憩室で紅茶を啜っていたルナチャイルドにあまり見たことのない妖精メイドが話しかけてくる。
仕事の話ならば適当に断って隠れるつもりだったのだが、相手の妖精がおろおろしているのでそれはないだろうと決めつけた。
赤い帽子を被った金髪の妖精メイドである。彼女はこう続けた。
「紅茶、二杯目飲んじゃいけないんですよぉ?」
「あ、ごめんなさ」
ドゴォ
人間より遥かに優れた身体能力を持つ、大妖精相当による回し蹴り。しかも完全に不意打ちである。
ルナチャイルドは直線を描き休憩室の壁に直撃する。
痛み事態はそれこそ博麗霊夢に襲われた時の比ではないものの、いきなりの出来事に理解が追いつかない。
その妖精はゆっくりと倒れこんだルナチャイルドに近づきながら続ける。
「あ、自己紹介が遅れましたぁ。私、フランドール様直属『帽子組』の6番手でぇーす」
「本当なら白服か赤服に任せるつもりだったのですけど、負けたら元も子もないじゃないですかぁ?」
「だからちょっと妹様がお休みになってる間に片付けちゃおうって事で、宜しくお願いしまぁす」
ルナチャイルドはほぼ本能で倒れた状態から右に転がり、立ち上がった。
ほんのすこし前までその頭のあった場所をその妖精は力いっぱい踏みつけた。
明らかな敵意を持った行動に戦々恐々としながらも、ルナチャイルドは態勢を整える。
「こ、紅茶ちょっと多く飲んだのは謝るけど…別に何も殴ることないじゃない」
「や、やり返すわよ?」
月光「サイレントストーム」
確かに不意打ちには驚いたものの所詮は妖精メイド。あのチルノと撃ちあった私の敵ではない。
そう思いルナチャイルドは珍しくも強気の対応に出た。それでもいきなり最大難易度を出さないのは奢れなのか甘さなのか。
しかし、相手の反応は予想外のものだった。
「こわいわぁ。私スペルカードなんて持ってないものぉ?」
「けれど私の自己紹介の意味わかってます? フランドール様直属の意味」
ルナチャイルドは全方向に弾幕を展開する光球を放つ。
対する妖精は光球に…いや、ルナチャイルドに真っ向から突っ込んできた。
グレイズどころか体中に決して浅くない傷が次々に生まれ、服が千切れ翼が欠ける。
それでも一瞬たりとも止まることなく、ルナチャイルドに迫る。
「フランドール様相手にフランドール様が満足なされるまで戦える妖精メイドの部隊なんですよ」
再びルナチャイルドに回し蹴り。今度はそれだけでは終わらない。
上方向に飛ばし、更に炎で出来た剣の二刀流による横回転斬り。燃え移りはしないようだがガリガリと鈍い音がなる。
それが終わると今度は前転の要領で体を回し踵落とし。地面に叩きつける。
バシンッ
「あ、え…?」
いきなりの弾幕に頼らない体術の嵐でルナチャイルドの理解は再び宙を舞った。
そういえばチルノがこの前魔理沙さんとこんな事してたな、とか博麗霊夢がお祓い棒で殴っていたな、とかそんな類似の光景に頭のなかでサーチをかけるが答えにたどり着かない。
ルナチャイルドはあっさりと敗北した。
「あぁ、お仲間が助けに来てくれるとか、思っちゃってますぅ?」
その『帽子組』と名乗った妖精は力なく倒れたルナチャイルドの髪を引っ張る。
喧嘩で髪を引っ張られるのとは違う、無慈悲な痛みにルナチャイルドは叫び声を上げた。
そのまま妖精はルナチャイルドを部屋から出し廊下に放り投げ、外を見るように指示した。
「サニー!?」
窓の外では三妖精の二人目、サニーミルクと赤い髪と赤い服の妖精メイドが戦っていた。
見たところ弾幕の密度では互角か弾の大きさとレーザーの分サニーの方が上。
相手の妖精は水の弾幕しか放てないようで、時々炎弾やレーザーで蒸発している。
しかし赤い妖精メイドにダメージが見られない一方、サニーミルクは所々被弾の痕が見られる。
サニーミルクは三妖精において単純な強さで言えば最強である。
妖怪に近い精神を持つルナチャイルド、種族規模で物事を見るスターサファイアに比べれば精神面では一般の妖精に近いかもしれない。
またチルノのように圧倒的に強いわけでもなく、情熱に溢れてもいない。
故にサニーミルクは正に「強い妖精」そのものなのである。
陽光「サンシャインブラスト」
サニーミルクはスペルカードを宣言する。
大量の光り輝く炎弾と手元に光球を発生させる二重の弾幕だ。
それを見た赤い妖精は、何故かその場に棒立ちし自分に来る全ての弾幕を受けた。
「あ、やった!」
「だと思いますよねぇ?」
ルナチャイルドのつい漏れてしまった喜びの感情を塗りつぶしに来る。
弾幕による光で赤い妖精は見えなくなってしまったが、ゆっくりと、ゆっくりとその姿が浮かびあがる。
「あれが、私たち紅魔館で最強の妖精メイド…『帽子組』1番手かつパチュリー直属を兼任する人です」
そこには無傷の赤い髪、赤い服の妖精メイドがいた。
驚くサニーミルクにその妖精メイドは容赦なく襲い掛かる。
その光景は鳥葬にも似ていた。
スペルカードの切れたサニーミルクを中心に、複雑な衛星軌道を描きながらサニーミルクに弾幕を当て続ける。
既にサニーミルクは飛行を維持すらできていないだろうに、高度が下がる事はない。
「スターは?」
「スターは、どうしたの?」
ルナチャイルドは窓から目をそらし、すぐ後ろにいる妖精メイドに話しかけた。
きっと三妖精最後の一人、スターサファイアも同じような目に遭っているだろう…
「えぇっと、落胆しないで聞いて下さいね?」
どうも様子がおかしい。この時点でルナチャイルドは嫌な予感がしていた。
「スターサファイアさんはぁ、別のメイドが話かけたところいきなり投降したそぉですよ」
「………」
「あっ、けれどぉあなた達二人の居場所教えたとか、そういうのではないですからねぇ?」
スターサファイアは限りなくスターサファイアだった。
ルナチャイルドはそろそろついさっきの私刑とも言える攻撃を忘れかけていた。
「…で、私たちに何をさせたいの?」
追い出すだけならば別にここまで会話する必要もないだろう。
となると、全く理由が思い浮かばない。
「うーん、とりあえず大人しくしといて下さぁい。悪いようにはしませんからぁ~」
どこからか持ってきたロープでルナチャイルドを縛りながら言うが、既に悪いようにされた後である。
窓の外では力なく地面に伏したサニーミルクをまた別の青い服のメイド達が縛っていた。
そして今日。
確かに捕縛された後の待遇は悪くなかった。紅茶だけでなく茶菓子もついてきたのだから。
サニーミルクを打ち上げた赤い妖精が三妖精を紹介した後、続ける。
「本題に入ろう。今回私たちがここで議論すべきなのは…」
「チルノの撃破。この一点のみです」
奇妙な色の赤い妖精は、また奇妙な宣言をした。
妖精にとってチルノは既にただ「冷たい妖精」や「強い妖精」では済まない存在となっている。
妖怪や巫女とすら互角に戦うその姿はある種の諦めに染まっていた妖精の感情を変えたと言っても過言ではない。
三妖精がチルノと衝突したのは、チルノの強さを評価しての事であった。集権のためには偶像が必要なのである。
しかし、この赤い妖精の発言をそのまま取ればまるでただの冷房、力の証明としかチルノを見ていない。
別の思惑があるのか、本当に紅魔館に従属した思想の結果なのかは、ここにいる誰もが判断する事はできなかった。
ホブゴブリンの採用によりそのうちいくつかは解雇したものの、それでもかなりの個数が存在していた。
大多数の妖精メイドは「求聞史紀」に記されているように役に立たない、数合わせ程度の存在でしかないが
紅霧異変終盤、または終了後のフランドール騒動、そして第二次月面戦争に関係した妖精メイドには有能な者を何人か確認する事ができる。
そしてそんな数少ない彼女達は現在、紅魔館の使用人に割り当てられた部屋の内最大のもの、通称「妖精会議室」に一堂に会していた。
「定例会議を始めます」
青いメイド服を纏った黒髪のメガネを掛けた妖精がホワイトボードの前に立ち、部屋を見回しながら言った。
薄暗い。昼であるが窓がないため部屋の明かりは蝋燭しかないようだ。植物系の妖精は基本的に日の光と水で元気を得るため、この場では殆どが項垂れている。
「場所が地下しか取れなくて申し訳ありません。文句なら全面的に例のこそ泥に言って下さい」
この場において霧雨魔理沙の名を知らぬ者はいない。紅魔館の損害のうち5割は彼女のものであり、特に大図書館に限れば8割を超える。
高速で侵入し火力で障壁を打ち破った後本をかっさらい、そして再び高速で逃走するろくでもない泥棒。
これが彼女たちが霧雨魔理沙に持っているイメージの全てである。
「上の会議室が燃えたんでしたっけ。ほんとあの魔女湖に沈みませんかねぇ」
金髪に赤い服のメイドが呟くように愚痴をこぼす。
「紅魔館で倒しちゃったら湖に沈めれないです?」
「パチュリー様もお嬢様も外に出れないしね…。メイド長や紅美鈴さんなら何とか」
「けれど紅美鈴さんは紅魔館の前にいるし、メイド長も霧の湖で上で戦うって事なんてないわよ」
その一言から連鎖するように話が広がり、ものの一瞬で部屋全体が騒がしくなる。
「あぁ。こんな時チルノがいてくれればなぁ」
「今日は、そいつの話をしようと思う」
ざわめいていた部屋が一瞬で静まり返り、一斉にある妖精の方を向く。
奇妙な妖精だった。
人口塗料のような気味の悪い赤い髪と血に白い絵の具を混ぜたような悍しい赤い服。
長い髪も、身長も、翼さえも他の妖精メイドと大差は無いのだが、明らかに何かが異質。
その目はまるで終わった夢をいつまでも過去に追い求めているようで、明日を見ていない。
「この季節、チルノはあいつが意識している以上に重要な存在になっていますわ」
「ふらふら彷徨うあいつの行き先は博麗神社を主軸に次は命蓮寺か妖怪の山…或いは八雲のところか。まるでパワーバランスの縮図です」
「パチュリー様がお屋敷を冷やすのにも限界がありますから。お嬢様や妹様のためにもあの冷房装置は是非手に入れなければなりません」
この広い部屋…いや、紅魔館の中でチルノに対し「冷房装置」と言える妖精は彼女だけだろう。
それ程までにチルノは妖精にとって特別な存在であり、またこの赤い妖精が異端なのだ。
限りなくお嬢様やメイド長に近い視点を持ち、妖精としての視点を廃したように思える。
「あぁ。今日は折角ゲストに来て頂いたのですから。彼女たちも重要参考人としてお迎えしましょう」
その赤い妖精は送り扉付近の妖精に視線で合図を送り、表から何かを運び込ませる。
どうやら妖精のようである。三人組の妖精だ。
全員が手錠を嵌められており、更に翼に何か魔法を掛けられているのか重力に逆らえず垂れ下がっている。
「さぁ。ゲストの、チルノと多種多様の妖精を巻き込み大戦争を繰り広げ、惜しくも敗北した三妖精の皆様です」
時は僅かに遡り弐日前。
三妖精は例年通り夏は涼しい紅魔館を避暑地として使用していた。
メイド服を着ていれば館の住民には怪しまれないし、もし余所者とバレても吸血鬼やメイド長ならそんな小事に何もしないだろう。
そう思っていた。実際その通りだったのだが、明らかに視点が漏れていた。
戦争を起こした者を同族が見逃す筈がないのだ。
「すいませぇーん」
「んっ?」
休憩室で紅茶を啜っていたルナチャイルドにあまり見たことのない妖精メイドが話しかけてくる。
仕事の話ならば適当に断って隠れるつもりだったのだが、相手の妖精がおろおろしているのでそれはないだろうと決めつけた。
赤い帽子を被った金髪の妖精メイドである。彼女はこう続けた。
「紅茶、二杯目飲んじゃいけないんですよぉ?」
「あ、ごめんなさ」
ドゴォ
人間より遥かに優れた身体能力を持つ、大妖精相当による回し蹴り。しかも完全に不意打ちである。
ルナチャイルドは直線を描き休憩室の壁に直撃する。
痛み事態はそれこそ博麗霊夢に襲われた時の比ではないものの、いきなりの出来事に理解が追いつかない。
その妖精はゆっくりと倒れこんだルナチャイルドに近づきながら続ける。
「あ、自己紹介が遅れましたぁ。私、フランドール様直属『帽子組』の6番手でぇーす」
「本当なら白服か赤服に任せるつもりだったのですけど、負けたら元も子もないじゃないですかぁ?」
「だからちょっと妹様がお休みになってる間に片付けちゃおうって事で、宜しくお願いしまぁす」
ルナチャイルドはほぼ本能で倒れた状態から右に転がり、立ち上がった。
ほんのすこし前までその頭のあった場所をその妖精は力いっぱい踏みつけた。
明らかな敵意を持った行動に戦々恐々としながらも、ルナチャイルドは態勢を整える。
「こ、紅茶ちょっと多く飲んだのは謝るけど…別に何も殴ることないじゃない」
「や、やり返すわよ?」
月光「サイレントストーム」
確かに不意打ちには驚いたものの所詮は妖精メイド。あのチルノと撃ちあった私の敵ではない。
そう思いルナチャイルドは珍しくも強気の対応に出た。それでもいきなり最大難易度を出さないのは奢れなのか甘さなのか。
しかし、相手の反応は予想外のものだった。
「こわいわぁ。私スペルカードなんて持ってないものぉ?」
「けれど私の自己紹介の意味わかってます? フランドール様直属の意味」
ルナチャイルドは全方向に弾幕を展開する光球を放つ。
対する妖精は光球に…いや、ルナチャイルドに真っ向から突っ込んできた。
グレイズどころか体中に決して浅くない傷が次々に生まれ、服が千切れ翼が欠ける。
それでも一瞬たりとも止まることなく、ルナチャイルドに迫る。
「フランドール様相手にフランドール様が満足なされるまで戦える妖精メイドの部隊なんですよ」
再びルナチャイルドに回し蹴り。今度はそれだけでは終わらない。
上方向に飛ばし、更に炎で出来た剣の二刀流による横回転斬り。燃え移りはしないようだがガリガリと鈍い音がなる。
それが終わると今度は前転の要領で体を回し踵落とし。地面に叩きつける。
バシンッ
「あ、え…?」
いきなりの弾幕に頼らない体術の嵐でルナチャイルドの理解は再び宙を舞った。
そういえばチルノがこの前魔理沙さんとこんな事してたな、とか博麗霊夢がお祓い棒で殴っていたな、とかそんな類似の光景に頭のなかでサーチをかけるが答えにたどり着かない。
ルナチャイルドはあっさりと敗北した。
「あぁ、お仲間が助けに来てくれるとか、思っちゃってますぅ?」
その『帽子組』と名乗った妖精は力なく倒れたルナチャイルドの髪を引っ張る。
喧嘩で髪を引っ張られるのとは違う、無慈悲な痛みにルナチャイルドは叫び声を上げた。
そのまま妖精はルナチャイルドを部屋から出し廊下に放り投げ、外を見るように指示した。
「サニー!?」
窓の外では三妖精の二人目、サニーミルクと赤い髪と赤い服の妖精メイドが戦っていた。
見たところ弾幕の密度では互角か弾の大きさとレーザーの分サニーの方が上。
相手の妖精は水の弾幕しか放てないようで、時々炎弾やレーザーで蒸発している。
しかし赤い妖精メイドにダメージが見られない一方、サニーミルクは所々被弾の痕が見られる。
サニーミルクは三妖精において単純な強さで言えば最強である。
妖怪に近い精神を持つルナチャイルド、種族規模で物事を見るスターサファイアに比べれば精神面では一般の妖精に近いかもしれない。
またチルノのように圧倒的に強いわけでもなく、情熱に溢れてもいない。
故にサニーミルクは正に「強い妖精」そのものなのである。
陽光「サンシャインブラスト」
サニーミルクはスペルカードを宣言する。
大量の光り輝く炎弾と手元に光球を発生させる二重の弾幕だ。
それを見た赤い妖精は、何故かその場に棒立ちし自分に来る全ての弾幕を受けた。
「あ、やった!」
「だと思いますよねぇ?」
ルナチャイルドのつい漏れてしまった喜びの感情を塗りつぶしに来る。
弾幕による光で赤い妖精は見えなくなってしまったが、ゆっくりと、ゆっくりとその姿が浮かびあがる。
「あれが、私たち紅魔館で最強の妖精メイド…『帽子組』1番手かつパチュリー直属を兼任する人です」
そこには無傷の赤い髪、赤い服の妖精メイドがいた。
驚くサニーミルクにその妖精メイドは容赦なく襲い掛かる。
その光景は鳥葬にも似ていた。
スペルカードの切れたサニーミルクを中心に、複雑な衛星軌道を描きながらサニーミルクに弾幕を当て続ける。
既にサニーミルクは飛行を維持すらできていないだろうに、高度が下がる事はない。
「スターは?」
「スターは、どうしたの?」
ルナチャイルドは窓から目をそらし、すぐ後ろにいる妖精メイドに話しかけた。
きっと三妖精最後の一人、スターサファイアも同じような目に遭っているだろう…
「えぇっと、落胆しないで聞いて下さいね?」
どうも様子がおかしい。この時点でルナチャイルドは嫌な予感がしていた。
「スターサファイアさんはぁ、別のメイドが話かけたところいきなり投降したそぉですよ」
「………」
「あっ、けれどぉあなた達二人の居場所教えたとか、そういうのではないですからねぇ?」
スターサファイアは限りなくスターサファイアだった。
ルナチャイルドはそろそろついさっきの私刑とも言える攻撃を忘れかけていた。
「…で、私たちに何をさせたいの?」
追い出すだけならば別にここまで会話する必要もないだろう。
となると、全く理由が思い浮かばない。
「うーん、とりあえず大人しくしといて下さぁい。悪いようにはしませんからぁ~」
どこからか持ってきたロープでルナチャイルドを縛りながら言うが、既に悪いようにされた後である。
窓の外では力なく地面に伏したサニーミルクをまた別の青い服のメイド達が縛っていた。
そして今日。
確かに捕縛された後の待遇は悪くなかった。紅茶だけでなく茶菓子もついてきたのだから。
サニーミルクを打ち上げた赤い妖精が三妖精を紹介した後、続ける。
「本題に入ろう。今回私たちがここで議論すべきなのは…」
「チルノの撃破。この一点のみです」
奇妙な色の赤い妖精は、また奇妙な宣言をした。
妖精にとってチルノは既にただ「冷たい妖精」や「強い妖精」では済まない存在となっている。
妖怪や巫女とすら互角に戦うその姿はある種の諦めに染まっていた妖精の感情を変えたと言っても過言ではない。
三妖精がチルノと衝突したのは、チルノの強さを評価しての事であった。集権のためには偶像が必要なのである。
しかし、この赤い妖精の発言をそのまま取ればまるでただの冷房、力の証明としかチルノを見ていない。
別の思惑があるのか、本当に紅魔館に従属した思想の結果なのかは、ここにいる誰もが判断する事はできなかった。
なにせ、ルナチャイルドが一番妖怪に近いとされているのは「一番残酷」だからなわけで、なれば妖精らしいお気楽さも能天気さもイタズラ好きも純真さも無いこのメイドたちは、はるかに妖怪らしいと言えるでしょう。
というか、まるで男のようにmatter of fact、事務的すぎる。それに暴力的で権力欲が強く、なにより感情が感じられない。性格的に幻想郷、スペルカードルールからかけ離れた行動を取る、彼女たちの運命やいかに。
まあ自分としてはそういうSSもあってもいいとは思いますが、しかし後味が悪いのは確か。
せめて続きを……!