それは、まだ幻想郷に大結界もスペルカードルールも無かった頃のお話。
「戦争しましょう!」
全ては、八雲紫のこの一言から始まった。
「私たち皆で月の都に殴り込むのよ! 邪魔する奴はぶっとばして、お宝を根こそぎ頂戴してしまいましょう!」
とある満月の夜、妖怪の山で行われていた宴会の場で、紫は幻想郷の大物妖怪たちを前に高らかに宣言してみせた。
「……お前は何を言ってるんだ」
最初に反応したのは、山の四天王の一人にして紫の友人でもある伊吹萃香であった。
「月の都ってのは月にあるんだろ? 夜空に浮かんでるあの月にさ。あんなとこまでどうやって行こうっていうのさ」
「伊吹殿の仰る通りだ。まさか飛んで行けとでも言われる御積りなのか」
「然り、然り」
萃香の発言に同調した妖怪たちから、紫に向けて容赦の無い野次が飛ぶ。
しかし紫の顔から笑みが消えることは無く、むしろその胡散臭さを増していった。
「ごもっとも、ごもっとも……しかし皆様ご安心あれ。何を隠そうこの私、八雲紫は……」
紫はそこで一旦言葉を切り、場の注目を集めた後に言葉を継いだ。
「お手軽に月へ乗り込む方法を確立し、既に偵察まで済ませてしまったのです! どうだお前ら参ったかっ!」
天を仰ぎながら場を威圧する紫に対し、一同の生暖かい視線が注がれる。
「伊吹殿……八雲殿は少々飲み過ぎたのではあるまいか?」
「私もさあ……時々アイツが解らなくなるんだよ……って、よく考えたらいつものことか」
「そこ! 聞こえてるわよ!」
紫が萃香と大天狗を一喝した後も、場の動揺は治まる気配を見せない。
低い呻り声を上げ続ける紫であったが、隣に座っていた亡霊姫、西行寺幽々子が心配そうに自分を見上げているのに気付くと、彼女に向けて優しく微笑んでみせた。
「大丈夫よ幽々子。きっと上手くいくわ。私が一度でも嘘をついた事があって?」
「紫……」
幽々子の眼が若干潤んできたのを見て、こりゃイケる、今晩落とせる! などと考えていた紫であったが、
「ごめんなさい……馬鹿は死んでも治らないの。私には何もしてあげられないわ……」
「ええいお前もかブルータス!」
彼女に掛けられた言葉は、予想以上に辛辣なものであった。
「もうその辺でよろしかろう。何というか……その……楽しい余興であった」
「そ、そうそう。あんまりアレなもんだから、私なんか久々に酔いが醒めたような感じになっちゃったよ」
いつしか場の流れは、紫を気遣うような感じになってしまっている。
このままではいけないと思った紫は、表情を引き締めると静かに語り始めた。
「……このような突拍子も無い話を、いきなり信用しろという方が間違いであったと認めましょう。しかし私はあくまで真剣であり、決して余興や冗談で言っているのではないということを、まず皆様にはご理解いただきたい」
いつに無く真剣な面持ちを見せる紫に対し、一同は多少面食らいながらもその話に聞き入った。
「そもそも我々妖怪にとって月の光とは、活力の根源にして大いなる恵み。何人たりともそれを独占することは許されないはずです。しかしながらあの月の都に住まう傲岸で不遜、おまけに強欲な月人達は我々地上の住民に対し、一方的に月の所有権を主張しているではありませんか。あまつさえ我らを見下し、取るに足らぬものとして月の魔力を欲しい侭にしている彼らを野放しにしておいては、如何にして我ら妖怪の面子が立ちましょうや!? ここで我らが百鬼夜行を存分に見せつけ、彼らの心に恐れというものを深く刻み付けてやらない事には、我々妖怪の存在意義に係わるというものでしょう! 異見のある方は挙手願おう!」
身振り手振りを交えつつ語気を強める紫を、妖怪たちは呆けたように見つめている。その大部分は月の都について何の予備知識も持ち合わせてはいなかったが、話についていけないと馬鹿にされるとでも思ったのか、いちいち口を挿む者は現れなかった。
「矜持を失った方は居られない様で、まずは何より……」
「ちょっ、ちょっと待って紫」
紫が一息ついたところで、ようやく萃香が割って入った。
「あんたがマジだってのは十分伝わったし、その分だと月に行く方法とやらも期待できそうだってのは分かるよ。でもさあ……」
萃香は一座を見渡して続ける。
「いまいちピンとこないんだよねえ。天狗の連中は兎も角として、妖怪ってのは基本一匹狼じゃん。それが一丸となって戦争しようって言われたところで、どうしていいやらさっぱりだよ」
困惑しているのは萃香だけでは無いようで、他の妖怪たちからもそうだ、そうだと声が上がった。
「その点についてはお気遣いなく。もとより皆様に統率の取れた動きなど期待してはいませんから。いつもの様に好き勝手暴れて、目に付いた者に襲い掛かってくれれば結構ですわ」
「相手がただの人間ならそれでいいだろうさ。でも今回は違う。私らにとっては全く未知の相手だ。いくら何でも敵を嘗め過ぎってもんじゃないかい?」
幾度と無く修羅場を潜ってきた萃香だけあって、その発言は十分な説得力を伴ってその場に居た者の耳へ届けられた。
「敵の戦力は偵察済み、と言った筈です。月の護りに就くのはたった二人の月人のみ。その者たちを突破できればもはや勝ちも同然。ねっ、簡単でしょう?」
「なに、たった二人? たった二人に私たち皆で挑むって、何かズルくない?」
「いやいや萃香。その二人がなかなかどうして厄介なのよ。あなたたち全員が持てる力の全てを揮わなければならない程度にはね」
持てる力の全て。
その言葉を聞いた一部の妖怪が目を輝かせるのを見て、紫は満足そうに微笑んだ。
「敵は強大……しかし、決して敵わない相手ではない」
席についた紫は、身なりを正した後に自分の膳を脇にどけ、一同に対して深々と頭を下げて見せた。
「我々妖怪の輝ける未来のため、どうか皆様のお力添えを賜りたい」
紫は顔を上げると、紫の膳に残された肴をパクついていた幽々子を掴みスキマを開いた。
「そうそう、決行は次の満月の夜とさせていただきますのでそのつもりで。それでは皆様、よい夜を……」
「ま、待って紫。まだお魚が半分……」
余程自信があるのか、それとも面倒になったのか。二人は返答を待たずに引き揚げてしまった。
「おい……どうするよ?」
「どうするったって……ていうか、集合場所とか決めなくてよかったのか」
「それは兎も角、あの八雲紫が頭まで下げるなんて、こいつは只事じゃなさそうだぞ」
残された妖怪たちがざわめいているのを横目に見ながら、萃香は杯に残った酒を飲み干した。
「まあ、たまにはあの馬鹿に乗せられてみるのも悪くないか……天狗はどうするんだい?」
「事が事だけに、私の一存では決められません。まずは天魔様に報告してみないことには」
「やる気があるなら私からも口添えしてやるさ。あいつも嫌とは言うまいよ。それじゃあ……」
萃香は立ち上がると二度手を打ち鳴らし、妖怪たちの注目を萃めた。
「みんな! 悪いが今宵はお開きだ! 飲み足りないやつは二次会なり三次会なり好きにやってくれ!」
「だっ、大天狗さまあっ!」
妖怪の山の奥にある大天狗の屋敷にひどく興奮した様子の鴉天狗が飛び込んできたのは、あの宴会の夜から数日経ったある日の事である。
「おお戻ったか射命丸。首尾は如何であった?」
射命丸と呼ばれた天狗は、額に浮かべた玉のような汗を拭こうともせずに鞄から巻物を取り出した。
「いやもうスゴいですよ! あの晩居たよりも多くの妖怪が参戦する気になってるようです! 幻想郷はやる気に満ちていますねっ!」
「これこれ、お前まで浮き足立つことはあるまいに。どれ……」
受け取った巻物を開いてみると、確かにそこには数多くの妖怪の名と、各々の戦いに向けた抱負が記されていた。
「成程、確かに我々の予想を遥かに上回っておるわ。だが射命丸よ、取材をして来いなどと申した覚えはないぞ」
「いやあ、その……これがあると無いとでは、私のやる気にも大きく係わってくるんですよ!」
大天狗は溜息を一つ吐き、巻物を懐に収めた。
「何はともあれ御苦労であった。私はこれを天魔様の元へ届けにゆくから、今日はもう帰ってよいぞ」
「あ、あの! その前に一つだけ……」
「何だ?」
俯きがちに問いかけてきた射命丸の顔を、大天狗が怪訝そうに覗き込む。
「その……もし、我ら天狗の参戦が正式に決まったその時は、是非ともこの」
「駄目だ」
「ま、まだ何も言ってません!」
「お前は連れて行かん。絶対にだ」
「そ……そんなぁ……あんまりです……」
今にも泣き出しそうな顔でへたり込んでしまった射命丸に、大天狗の厳しい言葉が降りかかる。
「考えてもみよ。この戦い、敵はもとより味方である妖怪共に対しても、我ら天狗の力を見せ付ける絶好の機会ではないか」
「だ、だからこそ、妖怪の山の総力を結集して」
「それで全滅したら何とする? 無事に帰ってこれる保証なぞどこにも無いのだぞ?」
「せ、戦力が多ければ多いほど、その確率は高く……なり……」
大天狗の眼光に気圧されたせいか、射命丸の語勢は次第に弱まっていく。
「よいか射命丸。お前にそれなりの力がある事は私も認めよう。だからこそお前には我らが戻らなかった時の保険になってもらわねばならん」
「保険……ですか?」
「これからの妖怪の山を背負って立つのは、お前たち若い衆なのだからな。今回は涙を呑んでくれ」
「で、でもっ!」
この機会を逃したら、二度と月に行くことは出来ないかもしれない。そう考えた射命丸は尚も食い下がろうとするが、
「組織に属するという事は、自分の意思だけでは動けなくなるという事だ。それが理解できたのなら今の『でも』は聞かなかったことにしてやる。どうだ?」
「……はい」
「些か気が抜けておるようだが、まあ良かろう。今日はゆっくり休めよ。ではな!」
すっかり元気を失ってしまった射命丸を残して、大天狗は山のさらに奥へと飛び立っていった。
「はあ……行ってみたかったなあ、月の都……」
今になって幻想郷中を飛び回った疲れが出たせいか、自宅に向かう射命丸の足取りは果てしなく重い。
「はっはっは、こりゃ傑作だ! つまりアレかい? お前さんはまんまと八雲紫のワルダクミに乗せられちまったって訳だ」
「乗せられたんじゃないぞ! あーえーてー乗ってやったんだ! そこ忘れるなよ勇儀っ!」
「はいはい……ホレ、杯が乾いてるよ」
萃香の酒の相手を務めているのは、同じ山の四天王である星熊勇儀。
彼女が持つ数々の武勇伝を知る天狗たちは、その視界に入らないよう細心の注意を払いながら日々を過ごしているという。
「月の都を乗っ取るなんて面白そうじゃないか! 当然アンタも行くんだろう?」
「行くわけないだろう馬鹿馬鹿しい。月ってのは眺めて愉しむもんだ。違うか?」
「あ、あれー?」
予想外の反応を受けて、萃香はずっこけそうになる。
「ま、まさかアンタ、怖気づいたんじゃないだろうね? ああ、語られる怪力乱神ともあろう者が、何て情けない!」
「おいおい、勘違いしてもらっちゃ困るねぇ。連中がこっちに乗り込んで来るってんなら幾らでも相手になるさ。だがこっちから土足で乗り込んで行くってのは、何かこう……」
「こう?」
「風流じゃない」
「何だそりゃ!」
完全にずっこけた萃香には目もくれず、勇儀は手にした杯を睨み続ける。
「第一、あのスキマ妖怪はどうにも信用ならん。お前さんたちをダシにして、自分だけ美味い汁を吸おうって魂胆がアリアリと見えてるじゃないか」
「だ、だからさあ! それを確かめるためにも私は乗ってやろうとしてるんだよ。この祭りにさ!」
「踊る阿呆に見る阿呆ってか。悪いけど今度の祭りは踊れないよ。せいぜい愉しんでくるんだね」
既に断られた残り二人の四天王と同様に、勇儀の返答も素っ気無いものであった。
「ま……いいさ。この伊吹萃香さまが山の四天王を代表して、ド派手な喧嘩をやらかしてくるとするよ! 帰ったら私の自慢話を肴に大宴会だ!」
「いいぞ萃香! 大統領日本一!」
「だいとうりょう? 何だいそりゃ」
「褒め言葉だよ。多分な」
同じ鬼の仲間でありながら、この勇儀にはどうにも読めない部分がある。
「そりゃどうも……そうそう、折角だから鬼らしく何か略奪してこようと思うんだが、お土産は何がいい?」
「私にそれを言わせるかい」
勇儀は傍らに転がっていた瓢箪を拾い上げると、萃香に向けて振って見せた。
「……聞くだけ野暮ってもんだったね。任せておきな! 特上のヤツを見つけてくるよ」
この部分だけは、萃香にもよく理解できる。
「実を言うと既に勝敗は見えているの。妖怪軍団はあの二人にかすり傷ひとつ付ける事無く全滅するでしょうね」
決行前日にもなって何という事を言い出すのかこの友人は。大抵の事には動じない幽々子であるが、この時ばかりは持っていた湯のみを膝の上に取り落としてしまった。
「うあっちっちっ!?」
「やーだぁ、幽々子ったら。そんなに驚くことないじゃない」
誰のせいよ! と言いたい気持ちをぐっと堪えて、幽々子は紫の真意を測ろうとする。
「酷いわ紫。それじゃ貴女は、自分を信じて戦ってくれる者たちをまとめて月人への供物にするつもりなの?」
「そういう物言いを認めざるを得ないのが、総大将の辛いところなのよねえ」
紫に悪びれる様子はまったく見えない。
「幽霊を管理する立場として言わせてもらうけど、あまり仕事を増やさないようにしてほしいものだわ」
「仕事らしい仕事なんてしていないじゃないの、あなた。そもそも死人なんて出ないんだからそんな心配は要りません」
死人が出ない戦争。そんなものがあるとは初耳だ。
「うーん……ますます話が見えなくなってきたわ。あなたは一体何を求めて負け戦なんて始めたの?」
「あら、負けるなんて一言も言ってないわよ?」
もう何が何やらわからない。
「降参よ紫。降参するからあなたの企みを洗いざらい吐いて頂戴。そうじゃないと私、気になってご飯も喉を通らないわ」
「通らなくても食べるんでしょ? まあいいわ。私の大事な幽々子にだけは、全てを教えておいてあげる」
少し長くなるわよ、と前置きをして、紫は自らの計画を語り始める。
「まずこの戦いの勝者が誰になるのかを話そうかしら。って、これは言うまでも無いわね。もちろん勝つのはこの私、仕掛け人である八雲紫に決まっているわ。あの憎たらしい綿月姉妹も調子に乗った妖怪たちも、私の勝利に華を添える程度の存在でしかないもの」
幽々子の知らない名前が登場したこともあって、話題は敵地である月の都の事情へと移った。
「そもそも月の都とは、地上に蔓延した穢れから逃れた者たちが築き上げた楽園なの。寿命をもたらす穢れを忌避する彼らのことだから、穢れた地上の生き物が乗り込んで来たとしても自分達で対応しようとは思わないでしょうね。全て月の防衛軍に任せようと考えるはず。その防衛軍のリーダーを務めるのが、さっき出てきた綿月豊姫、依姫の姉妹というわけよ」
敵は二人しかいないという紫の言葉には、そのような裏付けがあったのかと幽々子は納得した。もっとも紫の話から察するに、敵が何人だろうと力の差は歴然としているようだが。
「月には月人の他に兎がいてね。姉妹は兎たちを兵士に仕立て上げようと訓練しているのだけど、私の見た限りではとても戦力にはなりそうもないわ。恐ろしい妖怪たちの軍勢を見たら、あっという間に逃げ散ってしまうでしょうね」
月に兎がいるとすれば、それはきっと餅を搗くために存在しているのだろう。一度でいいからその餅を食べてみたいと幽々子は思った。
「話を戻そうかしら。綿月姉妹も他の月人と同様に穢れを嫌っているわ。もちろん地上と係わる事の多い仕事に就いている以上は、ある程度の対処法も心得ているでしょうけど。少なくとも容易く無力化できる相手を、わざわざ嬲り殺しにするような真似はしないと断言できるわ。だからお互いに戦死者なんて出るはずが無いの。向こうとこちらの実力差はそれほど大きいものなのよ。もし仮にあなたと私が本気になって殺しにかかったとしても、あちらさんに軽くあしらわれて終わるでしょうね。まったくもって腹立たしいことだけれど」
殺しにかけては右に出る者など居ないと自負していた幽々子であったが、紫が言うのならばおそらくその通りなのだろう。それにしても……
「随分あちらさんを信頼している様に見えるけど、本当に大丈夫なの?」
「信頼とは上手いこと言ってくれるじゃないの。もちろん何事にも不測の事態は起こりうるものだけど、私の計算が確かならば取り返しのつかない事態に陥る可能性は殆ど無いと言っていいわね」
「つい昨日まで集合場所を連絡し忘れていたとは思えない程の自信ね。それで? 哀れな妖怪たちが蹴散らされている間、あなたは土下座の素振りでもして時間を潰すつもりなのかしら?」
「時間は限られているのよ、幽々子。昨日の事なんて話している暇は無いほどにね。私はその貴重な時間を最大限に生かして、この勝敗を分ける重要な任務に就かねばならない。つまり……」
このタイミングで無駄にもったいつけてみせるのは、紫の悪い癖だと言わざるを得ない。幽々子は淹れ直したお茶をぶっかけてやろうかしらなどと考えながら紫の言葉を待つ。
「月人たちが地上の軍勢に気を取られている隙にこっそり都に忍び込んで、何か価値のある魔法の品を頂戴すること。これこそが私の考えた幻想月面戦争の正体なのです! どうよ幽々子!? 惚れちゃう? 惚れ直しちゃう!?」
「早い話が、単なる火事場泥棒というわけね」
「それを言っちゃあおしまいよ……そもそも火事になんてならないし。せいぜい小火ってとこじゃないかしら」
やれ戦争だ、妖怪の存在意義だなどと大見得を切ってみせたのも、全ては紫の私欲を満たすための小芝居だったというわけだ。紫の面の皮の厚さに感心しつつも、幽々子は彼女に巻き込まれる形となった萃香たちを少しだけ気の毒に思った。
「事の真相に気付いた時、あの姉妹は地団太踏んで悔しがるでしょうねえ。受けた屈辱は倍返しにする。それがこの八雲紫のやり方ですわ。うふ、うふっ、うふふふふ……」
紫が受けた屈辱とやらも気にはなったが、幽々子はこれ以上画に描いた餅を自賛する彼女に付き合いたいとは思わなかった。
「あなたの話は眠くなっていけないわ。有頂天になるのは結構だけど、せいぜい足元をすくわれないようにね。おやすみ紫」
尚も薄気味悪い笑いを続ける紫を放置して、幽々子はその場に横になった。
決行当日の天候は紫にとって懸念事項の一つであったが、幸いにも無粋な雲に遮られることなく、満月はその姿を惜しげもなく地上の者たちの前に晒している。やはり運命は正しい者に味方する。私が道を誤っていない何よりの証拠だと、紫は都合よく解釈した。
湖のほとりに集められた妖怪たちは思い思いに時を過ごしていた。景気づけにささやかな宴会を始める者、入念に準備体操を行う者、瞑想にふける者などそれぞれの方法で士気を高めようとしているのだ。そんな中にあって、他の妖怪たちには無い統率を見せていたのが天狗たちである。天魔より采配を預けられた大天狗に率いられるこの一団は、夕暮れ時に現れるや否や秩序の行き届いた動きで湖畔の一角を占拠し、整然と陣を敷いてしまっている。実質的な妖怪の山の支配者である萃香もその近くに居座っていたのだが、彼女はあくまで個人としての参戦であり、天狗の動きにいちいち口を出すつもりは無いらしい。
月は既に昇っており、水面にくっきりと姿を写し出している。全ての準備は整った。
「みんなー! 月の都へ行きたいかーっ!」
手にした傘を拡声器に見立てて、紫はあらん限りの大声で妖怪たちに呼びかける。すわ何事かと振り返った一同の視線は、湖の中央に腰掛ける紫へと集められた。
「どんなことをしても、月の都へ行きたいか!」
静まり返った妖怪たちだったが、再び声を張り上げた紫に雄叫びをあげて応える。
「……よろしい、ならば戦争だ!」
紫は宣言すると同時に傘を水面の月に突き立て、湖上に巨大な空間の亀裂を生じさせた。
「さあ、これで月への道は開かれました。この道は月の海へと繋がっており、そのまままっすぐ飛べば月の都へと到達できるでしょう。くれぐれも迷子にならないよう気を……ちょっ、危なっ!?」
この時を待ち侘びたとばかりに殺到してきた妖怪の群れに、紫は危うく揉み潰されそうになる。咄嗟に水中へと退避できたから良かったものの、一足遅かったら紫の計画は文字通り水泡に帰していただろう。
「おーい八雲殿、大丈夫か?」
「ぶくぶく……大丈夫よ、問題ないわ」
紫が水面に顔を出す頃には、天狗の軍団と萃香しか残っていなかった。
「御武運を。大天狗殿」
「痛み入る……皆のもの、往くぞ!」
大天狗の号令の下、天狗の一団は目にも留まらぬ速さでスキマの中へ飛び込んでいく。
「これで全部ね」
「こらこら、肝心な奴がひとり残っているだろうに」
天狗を笑顔で見送った紫の肩越しに、酒臭い息がかけられた。
「まあ! 誰かと思えば萃香じゃないの。まさかあなたまで来てくれるなんて……ゆかりん感激!」
「大統領と呼びな、このペテン師め」
大きな戦いを前にしても、この鬼は普段と変わった様子を見せない。いつも通りの酔いどれスタイルで月の都に乗り込むつもりのようだ。
「勘違いされると癪だから先に言っておく。お前が何か企んでいるのはお見通しだぞ、紫。私がここに来た目的はただひとつ。月の都を乗っ取って大統領になることだ。忘れるな」
「大統領ってあなた……まあいいわ。せいぜい粗相しないよう気を付けてね」
「するわけないだろこの馬鹿! 何故なら私はおい押すな押すな!」
「いってらっしゃーい」
いつも以上に飲み過ぎでもしていたのか、萃香は訳の分からぬ事をのたまっていた。その萃香を月へと押し出した後紫は空間を閉じ、湖面の月に新しいスキマを開く。
「これで万事整ったわね」
傘を折り曲げ、スキマが閉じないよう細工を施した紫の脳裏に忌々しい屈辱の記憶が蘇る。思えばこれは、初めて月の都に侵入した時には使うことの出来なかった帰り道ではないか。何者かが仕掛けた罠に嵌り退路を断たれた紫は、そのまま月の使者に投降し、そして……
「……何も、何もされなかったのよおぉぉぉぉぉぉッ!」
紫を捕らえた綿月姉妹は簡単な尋問を行った後、彼女に対して何ら罰を与える事無く地上へと解き放ったのだ。
「悪戯好きの妖精だって、捕まれば相応の罰を受けるものでしょうに……!」
紫に対してはそれすら無かった。月の都には彼女のような矮小な存在を裁く法など存在しない。貴き月の民は遥か高みに存在し、卑しく下賎な生き物は地を這っていればよい。それこそが唯一の法であると、紫は自身に下された罰をそのように解釈した。故に彼女は決意したのだ。いかなる代償を払ってでも月人たちを出し抜いてみせ、地上に八雲紫ありと強烈に印象付けてやる事を。それこそが不変の法に対する彼女の戦いであり、また復讐でもあるのだから。
「それでは始めるとしましょうか、美しき幻想の闘いを」
紫が月へと旅立つと、夜の湖は静寂を取り戻し、ポッカリと開いたスキマだけが残された。
紫が予言した通り、玉兎たちは水平線の果てから迫り来る妖怪の軍勢を見るなり蜘蛛の子を散らしたように逃げ去ってしまい、波打ち際には苦笑いする豊姫と頭を抱える依姫だけが残された。
「格下相手にこの有様……圧倒的な実戦不足っ……!」
「そう気を落とさないの。兎が戦闘に向いてないのは今に始まった事じゃないでしょ?」
「ですがお姉様、玉兎を兵隊として鍛え上げるのが、我が綿月家の……」
「ほらほら、とりあえずお客さんの相手でもしてあげたら?」
豊姫が指差した先には、既に妖怪軍団の第一波が迫っていた。
「ヒャッハーッ! 月人タイムだぁーっ!」
「やれやれね……」
一番槍を務める妖怪の顔面に勢いよく振るわれた依姫の拳が炸裂し、辺りに爆発音が響き渡った。後に続いていた第一波の面々は思わず足を止め、海面を跳ねながら吹っ飛んで行く一番槍を見送ってしまう。
「えーっと……依姫?」
「この程度の相手に神を降ろす必要はないでしょう。それに兎達に見せてやらねばなりません。我々に楯突く連中を……」
依姫は棒立ち状態になっていた妖怪を二匹捕まえると風車のごとく振り回し、残る第一波の者どもを悉く海に叩き落としてしまった。
「どのように処理すればよいのかをね」
その後第二波、第三波と妖怪軍団が到着したが、鬼神の如く暴れまわる依姫によって第一波と同じ運命を辿っていった。依姫を迂回して先を目指す者も現れたが、豊姫のウインク一つで何処かへと消し去られてしまうのが目撃されたため、同じ愚を冒すものは居なくなった。戦闘は終始一方的に展開し、大天狗率いる天狗軍団が到着する頃にはもはや全滅と言っていい状態まで追い込まれていた。
「面妖な……! しかし、我らの速さなら突破できるはずだ。行けっ!」
「おうよ!」
「任せろ!」
大天狗の号令を受けた二羽の天狗が、暴風を巻き起こしつつ依姫へと突撃する。すかさず拳による迎撃を試みた依姫であったが、二羽は突如その軌道を変え、高速で依姫の周りを旋回し始めた。
「われら兄弟、妖怪の山に聞こえし速さ自慢よ!」
「疾風が織り成す風神の檻、如何に月人様とて破れはしまい!」
風の檻で依姫を閉じ込めた兄弟はそれぞれ別方向へと飛び去ると、最高速度まで加速をつけて再度依姫への突撃を敢行した。
「見よ! これぞ鴉天狗流最終奥義、御啓行のぐふぇっ!?」
「あっ、兄者ぐえらばっ!?」
光の粒子を纏いつつ檻の中へと突っ込んだ兄弟であったが、依姫は難なくこれらを捕まえると大天狗に向けて投げ放った。
「馬鹿な……! 我ら天狗の速さに着いてこられるはずがない……!」
「速さの何たるかを理解していないあなたたちに、私を捉えることなど出来ません」
すっかり及び腰になってしまった天狗の群れに対し、依姫は堂々と宣言する。
「これは子供でも解ることだけど、そもそも速さとは距離を時間で除したものです。あなたたちが如何に速く動いている積もりになったとしても、私に届かない以上その速さは限りなく零に近付くのよ。止まっているのと大差ない攻撃など、見切るのは実にたやすいこと」
(いや、その理屈はおかしい……)
いかに突っ込みどころ満載な超理論と言えども、実行を伴ってしまっているため天狗たちには何も言えなかった。
「なんだいなんだい、どいつもこいつも雁首揃えて情けないツラしちゃってさあ」
「い、伊吹殿……」
天狗を押しのけながら前に出たのは、この百鬼夜行の大トリを務める萃香であった。既に満身創痍となった妖怪たちの期待を背に受け、彼女は依姫と対峙する。
「あなたがラスボスなの? もっと胡散臭い奴が出てくると思ったのだけれど」
「ああ、アイツは腹が痛いとか言って帰ったよ。それとも何かい? 私じゃ役者不足ってか?」
「役者というより、尺不足かしらねえ」
軽口を挿んできた豊姫を睨み付けた萃香は、その口元を大きく歪ませて依姫に向き直る。
「そうかいそうかい。このナリじゃ流石に失礼ってモンかね」
「気にしないでいいわ。どの道結果は変わらないわけだし」
「つれない事を言うなよ。巨大な敵に蹂躙されるのがお望みなんだろう? ……こんなヤツにさあ!」
叫ぶや否や萃香は巨大化し、依姫に向けて拳を放つ。
「なんとおーっ!」
紙一重でかわした依姫であったが、追撃の手を緩めない萃香の前に一時後退を余儀なくされた。
「おおっ、押し戻したぞ!」
「流石は鬼だ! 天狗なんて要らんかったんや!」
この戦いにおいて初めて見ることのできた光明に、妖怪たちからも歓声があがる。
「騒ぐんじゃないよ馬鹿共が。今から派手に道を開いてやるから、ちょっとだけ皆の力を貸してもらうよ」
萃香は両手を天に掲げて、その場に居た妖怪たちの力を萃め始めた。萃められた妖力の玉は時間と共にその大きさを増し、巨大化した萃香をも上回るまでに成長した。
「なかなかに健闘するじゃない、あの子たち。ねえ依姫、こっちも少しぐらい力を見せてあげたらどう?」
「まあ、お姉様がそう仰るのなら……」
依姫は刀を抜くと左半身を萃香に向け、神降ろしの儀式を始めた。
「今更やる気になっても遅いよ! 何せ跡形も無く吹っ飛んじまうんだからねえ!」
「打撃の神様よ、その霊威を我に示せ……!」
依姫が刀を一撫ですると、その刀身は真紅に染まった。打撃の神様が降臨したのだ。
この神様は後年とある野球選手に宿り、彼の異名となって多くの信仰を集めることになるのだが、それはまた別の話。
「くらえ月人! これが! これが私たちの、百鬼夜行の力だあっ!」
極限にまで萃められた力の玉を、萃香は大きく振りかぶって依姫に投げつけた。
「むっ、来たわね! その邪念、私の弾丸ライナーで打ち砕く!」
眼前に迫る力の玉を、依姫は横薙ぎに一閃する。両断されること無く打ち返された球体は、そのまま投手である萃香の元へと返っていった。
「そっ……」
全てを出し切った萃香には、それを受け止めるだけの力は残されていない。
「そんな馬鹿なあぁぁぁぁぁぁっ!」
萃香に直撃すると同時に玉は萃められた力を解放し、辺り一帯が閃光に包まれる。その場に居た全ての者にとって、それは終戦を告げる光となった。
人も兎も出払っているせいか、綿月邸への侵入は拍子抜けするほど簡単だった。
(第一関門突破、ってとこかしらね)
紫は努めて痕跡を残さぬよう、慎重に邸内の探索を開始する。
(囮の連中、無茶してなければ良いのだけれど)
今頃月の海では、萃香たちが綿月姉妹を相手に絶望的な戦いを強いられていることだろう。余程のことが無い限り命を落す者など出ないだろうが、余力を残したままに地上へ戻されたとしてもそれはそれで厄介なことになる。敗者となるであろう妖怪たちの憤りが、そのまま戦争の発起人である紫へと向けられることは想像に難くない。
(出来る事なら兵器が欲しいわね。それも、なるべく派手で解りやすい効果のものが)
何か品物を持ち帰る事ができたのなら、それはそのまま妖怪たちの勝利の証であると主張することができるだろう。それが月の技術で作られた強力な兵器であるならば、妖怪たちの力を強めるためという大義名分も十分に立つ。反発する者に対する抑止力としても申し分ない。防衛の要である月の使者の屋敷ならば、きっと紫の本意に副う兵器があるはずだ。
(あの扉なんか怪しいじゃない。ちょっと覗いてみましょう)
紫の眼に留まったのは、回廊の突き当たりにあった何の装飾も為されていない扉。他にも怪しそうな扉はあったのだが、紫はそれらに目もくれず進んでゆく。大妖怪もしくは女の勘、と言ってしまえばそれまでなのだが、紫には何か確信めいたものがあった。
(随分お粗末な施錠だこと。まあ、そもそも盗みに入る者がいるなんて想定すらしていないのだろうけど)
施されていた封印を解いてやると、扉は自動的に開いた。中は小部屋になっているようだが、如何せん薄暗いためよく見てとれない。次第に目が慣れてくると様子が窺えるようになったのだが、中に何一つ物が置かれていないことに気付くまでそう時間は掛からなかった。
「とんだ外れクジだったわね……私の勘ってこんなに頼りないものだったのかしら」
「ホントにね」
振り向く暇も無く紫の尻に強烈な蹴りが見舞われ、そのまま殺風景な小部屋へと叩き込まれてしまう。慌てて立ち上がった時には既に扉が閉ざされていたため、紫は襲撃者の姿を見ることができなかった。
「扉は封印させてもらったわ。もう、そこから抜け出せないでしょう?」
扉には先程より強固な封印が施されており、紫といえども容易に解錠できそうもない。その時になってようやく紫は、自分がこの小部屋へと誘導されていたことに気が付いた。
「ちょっと! ここを開けなさいよ! あなた一体何者なの!?」
「今この瞬間に限って言うのなら、同業者って事になるのかしらねえ。こういうの何て言えばいいんだっけ?」
普段の胡散臭さも何処へやら、すっかり冷静さを失い扉を乱打していた紫であったが、相手の返答が余りにも間延びしていたためかえって落ち着きを取り戻すことができた。
「……火事場泥棒?」
「そうそう、空巣がいいわね。この屋敷は火事場と呼ぶには静か過ぎるもの」
「悪かったわね。小火すら起こせない小物でさあ」
発言から察するに、相手はこの屋敷の者では無いのだろう。ただ紫ほどの者にまるで存在を感じさせなかったことと、新たに扉に施された封印の術を見るに並の使い手では無いと察せられる。地上と違って自由自在にスキマを開くことができない以上、紫に残された打開策は一つしかない。即ち、この未知の襲撃者から少しでも情報を引き出すことだ。
「月の使者は皆、迎撃に出ていると思ったのだけれど?」
「月の使者? あそこに送られるのは素行の悪い連中だけよ。まあ使う側にとっては良し悪しなんてどうでもいい事なんだろうけど」
「お願いだから私にも解るように話して頂戴。聞き取りにくいのよ貴女の声は。送られるってどういうことなの?」
「使い捨てても構わない命ってことよ。地上へ使いに出された挙句お上の都合で抹殺されちゃったりとかね。あなたは誰の使いで来たのかしら? 八雲紫さん」
彼女が紫と同様に何かを求めてこの屋敷に来たことは把握できたのだが、今の会話でまたしても謎が増えてしまった。
「私の事を知ってるの?」
「あははっ、貴女こっちじゃ有名人よ? 何たって月の都創設以来、初めて自力で月に辿り着いた地上の生き物なんだから」
色々と言いたい事はあるのだが、月の民が意外と自分を高く評価していたことに紫の胸は熱くなってしまう。紫個人としては十分に目的を達成したような気分になったが、ここで満足してしまう訳にもいかないだろう。
「とりあえずここから出してくれない? っていうか、そもそもどうして私を閉じ込めたりしたのよ」
「別に。ただ何となく目障りだっただけ。でも安心していいわ。たった今私の中であなたの使い道が決定したから」
「うーん……聞きたいような聞くのが怖いような……」
「捕って喰おうなんて思ってないから心配しないで。あなたの愉快なお仲間共々、無事に地上へと戻れるはずよ」
そういえば、外の戦いはどうなっているのだろうか。紫がここから抜け出す前に片が付いてしまえば、当然姉妹はこの屋敷へと戻って来るだろう。そうなればもはや打つ手は無いと言っていい。
「向こうもそろそろ終わるころじゃない? ……まあ、最初から終わってるって話もあるけど。どうする? ここから出してあげようか?」
相手の油断なのか余裕なのかは判らないが、少なくともふいにしてはならない状況が訪れたようだ。
「出してくれるというのなら、ここに留まる理由は無いわね」
「そう。じゃあ少々荒っぽくいくから、出来るだけ扉から離れていてね」
「なあに? 爆弾でも使うつもりなの?」
普通に開けるつもりは無いのだろうか。紫は万一の事態に備えてガードを固めつつ扉を見据えたのだが、この時点で再び相手の術中に嵌っていたことには気が付かなかった。
「それじゃいくわよ……5、4、3、2!」
カウント2で勢いよく扉が開かれ、紫の眼の中に万一の事態が光の速さで飛び込んできた。月の狂気を存分に含んだ双つの赤い光。紫はようやく自分が話していた相手が何者なのかを悟ったが、如何せん遅すぎた。
「そう……あなたは、月の兎……」
「お疲れ様。しばらくゆっくり休んでいいわよ」
紫が全てを理解する頃にはもう、精神を激しく揺さぶられて深い眠りへと堕ちていた。
「……で、あるからして、あなたたち地上の生き物にとっての幸福とはつまり……」
敗者となった妖怪軍団は、砂浜で豊姫のありがたいお説教を受けていた。その最前列では、不貞腐れた様子の萃香と今にも泣き出しそうな顔の大天狗が正座させられている。
「紫のヤツ、調子のいい事言いやがって……全然ダメダメだったじゃない」
「天魔様や皆に合わせる顔がない……いっそ殺してくれ!」
「こら、私語は慎みなさい。さもないともう一度始めからやりなおしよ?」
「ご、ごめんごめん! 邪魔するつもりは無いんだ、ホントに! どーぞ続けて続けて!」
長話にうんざりしていた萃香は本格的に号泣し始めた大天狗を押さえつけ、豊姫に続きを促した。
「やれやれ……」
その様子を遠巻きに眺めていた依姫の元へ、一羽の玉兎が駆け寄ってきて何かを伝える。
「それは……確かにおかしいわね。あそこには誰も残っていないはずなのだけれど」
「どうしたの? 依姫」
依姫は伝えるべきか迷っていたが、その話を聞いた豊姫は満面の笑みを浮かべた。
「おいおい、月人同士で内緒話かい? 今更隠すことなんて何もないだろうに」
「ではお教えしましょう。あなたたちの総大将である八雲紫はつい先程、わたくし共の屋敷で盗みを働こうとしたところを捕縛されました」
豊姫の発言で妖怪たちの間にどよめきが起こったが、萃香だけは上機嫌になる。
「わっはっは! ざまあみろ紫め! 私たちをこんな目に遭わせたバチがあたったんだ!」
「何はともあれ、これにて一件落着ね。さて、あとはあなたたちの処分についてだけど……」
豊姫の表情が険しくなったのを見て、妖怪たちは思わず震え上がった。
「さしたる被害も出ていない事だし、今回は地上への追放処分に止めておいてあげるわ」
「……はあ?」
発言の意味をよく理解できていない多くの妖怪たちに代わって、萃香が疑問を口にする。
「それじゃあ何かい? 侵略者である私たちを捕まえておいて、無罪放免にしようっていうのかい?」
「罪が無いわけがありません。地上に生きる、そして死ぬ。それ自体が罪なのですから」
「こっちにしてみりゃ同じ事だい、まったく。閻魔様みたいなこと言いやがって」
納得いかない様子の萃香であったが、その他の妖怪たちは一様に表情を明るくして無事の帰還を喜んだ。……嗚咽を続ける大天狗は別として。
「さあ、もうお行きなさい。先に何匹か帰っているだろうから、その子たちにも私の言葉を伝えるのよ。月の偉大さを語り継ぐこと、それがあなたたちにできる贖罪よ」
「ホントに閻魔様みたいだねえ……」
かくして月に乗り込んだ妖怪の軍勢は、紫の予言通りその数を減らす事無く豊姫によって地上へと送り帰された。
後の世に第一次月面戦争として伝わるこの戦いは、ここに事実上の終結を迎えることとなる。
「おーい紫ぃ、もう帰ってるんだろう? 勝手に上がらせてもらうよ」
史上最大の敗戦から一週間後、萃香は知る人ぞ知る紫の自宅を訪問した。
「満月の下、水月を裂く……」
「やっぱり帰ってたか、呆けたツラしちゃって。そうやって誰にも会わずにひきこもってたのかい」
「私は月と戦った……そして月が勝った……」
ちゃぶ台に突っ伏し、うわ言の様に何かを呟き続ける紫の向かいに萃香は腰掛ける。
「お前さんのせいで妖怪の山はえらい騒ぎだよ。私は勇儀たちにバカにされるし……そうそう、大天狗のヤツなんか傑作でさあ。何を血迷ったか頭丸めて出家するなんて言い出したんだよ! 天魔と私でどうにか思いとどまらせたんだけど、盗み聞きしてた鴉天狗の小娘がビービー泣き喚いて……おーい、聞いてるかあ?」
「私は月と戦った……そして月が勝った……」
だめだこりゃ、とでも言わんばかりに瓢箪を傾ける萃香であったが、紫の様子がどうにもおかしいことに眉を顰める。
「なあ紫、渾身の囮作戦が無残にも敗れて悔しいのは解るけど、そうやって同情を乞われてもはっきり言ってウザいだけだよ?」
「私は彼女を失った……生きる楽しみも失った……」
どうやら紫が落ち込んでいる理由はその彼女にあるらしいが、一体誰のことなのだろうか。紫がここまでショックを受けそうな相手など萃香には一人しか思い浮かばないのだが、彼女は月での戦いに参加していないはずだ。
「その彼女ってもしかして……西行寺幽々子のことじゃないだろうな?」
「私は月と戦った……そして……幽々子ォ!」
いきなり大声で叫びだした紫の頭に、萃香は拳骨を喰らわせた。
「人が下手に出てれば調子に乗りやがって! 何があったのかとことん話してもらうからね!」
「ああ痛……萃香、あなたなの? 勝手に人の家に上がり込んじゃ駄目だっていつも言ってるでしょうに」
「よーし分かった。もう一発いっとくか?」
小さくキャッと叫び頭を押さえる紫を見て、萃香は少しだけ安心した。どうやらいつもの紫に戻ったようだ。
「……で? 幽々子がどうしたっていうのさ?」
「結論から言うと幽々子は今、月の都にいるのです! ……生きていればの話だけれど」
「生きてるも何も、アイツ元から死んでるじゃん」
「お願いだから話を混ぜ帰さないで頂戴。とにかく彼女が月の都に行って帰れなくなっているのは事実なのよ」
紫は瓢箪に手を伸ばしたが、寸でのところで萃香が取り上げてしまった。仕方なくスキマから酒を取り出して飲み始めた紫に対し、萃香は話を促した。
「あの晩アイツの姿は見えなかったと思うけど、私らが行った後何かあったのかい?」
「何かあったとすれば私が行った後でしょうね。帰り道を開けっぱなしにしておいたのがまずかったかしら」
「月に行ったとも限らないだろう。他にアイツが行きそうな場所は?」
「心当たりは虱潰しに探したわよ。閻魔様の所に行っても収穫は無し。むしろ説教されて損した気分だわ」
閻魔様と説教。この二つの単語から豊姫を思い浮かべてしまった萃香は、自身が深刻な月人コンプレックスに陥っているのではないかと考え顔をしかめる。
「話は大体分かったよ。でもお前が落ち込んでた理由は一体何なんだ? 失ったとか言ってたけど」
「私とあなたはここに居る。でも幽々子はここには居ない。これがどういう事か理解できて?」
「おいおい。お前まさか、アイツが……」
亡霊の話題で今更縁起でもないなどと言うつもりは無いのだが、萃香はその後に続く言葉を呑み込んでしまう。紫でも手のつけられない妖怪桜『西行妖』の封印が解けない限り彼女が消滅することは無いはずなのだが、相手はその紫を遥かに凌駕する異能者の集まりである。加えて幽々子が『死に誘う程度の能力』の持ち主であることも状況を悪くしているといえるだろう。月人たちにとって死を振りまく彼女は穢れそのものであり、如何なる手段を用いてでも彼女を排除してみせるであろう事は容易に想像できるのだから。
「今のところ西行妖に変化は見られないけど、それも時間の問題かしらね……」
「じゃあ落ち込んだり落ち着いたりしてるヒマは無いだろう! 何で早く助けに行かないんだよ!?」
「無茶言わないでよ。満月の夜じゃないと私は月には行けないんだから。それに……」
紫は一瞬萃香の表情を窺ったが、萃香は構わず話すよう促す。
「それに?」
「あなたも思い知ったでしょう? 月人たちとの実力差というものを。満月を待ってノコノコ出かけて行ったところで、私たちにはどうする事もできやしないわ」
「そりゃあ私だってあいつらが強いのは認めるよ。でもさ紫」
「でも何? 私は兎にしてやられたのよ!? それもよりによって私が得意とするような手段でね! ……あなたはいいじゃない萃香。おおかた依姫あたりにボコボコにされたんでしょう? とっても名誉な事だから自慢していいがふうっ!?」
最後まで言わせるつもりはなかった。萃香の鉄拳制裁を受けた紫は部屋の隅まで転がっていき、恨めしそうな顔を向けてくる。
「なにすんのよぉ……」
「見損なったよ八雲紫。あんたはもっと胡散臭くて、性格悪くて、意地汚いヤツだと思ってたんだけどね。どうやら私の見込み違いだったようだ」
のろのろと立ち上がろうとする紫に対し、萃香は冷え切った視線を浴びせる。
「それ、褒めてるの貶してるの……?」
「褒め言葉だったんだけどねえ。少なくとも今の今までは。でもあんたが余りにも潔いもんだから、ついつい手が出ちゃったよ」
「そりゃあ潔くもなるわよ……でももう全ては終わったの。幽々子は今までで最高の友人だったわ」
「……ああそうかい! だったらこいつを喰らいな!」
萃香は瓢箪を引っ掴むと、紫の口に突っ込み酒を流し込んだ。
「んむーっ!? んむっ、んむむむーっ!」
「なあ紫、私には全て分かってたんだよ。あんたが私たちを囮にしようとしている事も、月人には敵わないだろうって事もさ。でも私たちはあんたを信じたんだ。何故だと思う?」
紫の鼻から酒が逆流してきたのを見て、萃香はようやく瓢箪を抜いてやる。
「ぷはーっ! はーっ、はーっ……」
「それはお前が八雲紫だからだよ。あんたはいつも皆を困らせて自分だけ楽しい思いをしようとする。私たちはそんなお前の話を肴に酒を飲んで盛り上がるのさ。あのスキマ妖怪は本当にろくでもないやつだ、まったく酷い目に遭わされたよってな感じの笑い話をね」
「それが私を信じることと、どう繋がるというのかしら……?」
「ここまで言ってまだ分からないの? まったく馬鹿だねえあんたは。今回の戦争だってそんな笑い話の一つにできるはずじゃないか。お前が幽々子を連れ戻しさえすれば全てが元通りになるんだから」
萃香は酒を一口呷り、紫に向き直った。
「なあ、頼むよ紫。このくだらない茶番を終わらせることができるのはお前だけなんだ。皆が笑って酒を飲めるよう……」
紫は涙ぐみながら続ける萃香に対し、手のひらを向けて制止した。
「美味しいお酒、ご馳走様でした。やっぱりお酒は濁ったやつに限るわね」
「おお、紫……!」
さっきまでの卑屈になっていた八雲紫はもういない。彼女は持ち前の胡散臭さと気味の悪い薄笑いを完全に取り戻していた。
「瓢箪から直飲みしたのは初めてなのだけれど。ひょっとしてこれ、間接キッス? きゃー!」
「ばっ、馬鹿かオマエはっ!?」
萃香は顔を真っ赤に染めて抗議するが、紫は飄々とした態度を崩さない。これでこそいつもの八雲紫だ。
「安心しなさい萃香。例え百万回負けようとも最後には笑顔で勝利の美酒を味わう女。それこそがこの八雲紫のあるべき姿というものなのだから」
(うわあ……ちょっと調子に乗せすぎたかな?)
萃香は若干後悔したが、紫は構わずに宣言する。
「決行は次の満月の夜。目立つといけないから私一人で乗り込みます。……そして始まるのよ。美しき幻想の闘いの、真の最終章がね……」
「敗戦処理の間違いじゃないの?」
皮肉っぽく口を挿む萃香に対し、紫はウインクしてみせた。
「そうとも言う!」
「阿呆か……」
これには萃香も苦笑い。
「うーみーはーひろいーなーおおきーいーなーっと……」
幽々子を救うため月へと乗り込んだ紫であったが、どういう訳か都に向かおうとはせず月の海に留まっていた。
「つーきーはーのぼるーしーひはしーずーむー……よく考えたらここ、月じゃないの……」
あれから半月以上もかけて救出作戦を練ったものの、結局いい案が浮かばないまま満月の日を迎えてしまったのだ。
「あーあ。やっぱり一人じゃ厳しいものがあったかしら。どこかに私と同じくらい賢くて、性格良くて、従順なやつでもいないかなあ」
「来ると思ったよ。お友達を助けに来たんでしょう?」
妙に聞き取りにくいこの声。紫にとって忘れることの出来ないあの玉兎のものだ。一度ならず二度までも尻をやらせる訳にはいかない。紫は右拳に力を込めて……
「私の背後に……立つなっ!」
「ひゃぶうっ!?」
紫のスナップが効いた裏拳をもろに喰らった幽々子は、プリマドンナ顔負けに回転しながら吹っ飛んだ。
「ううぅっ、ひゅかり、ひろいぃ……」
「ゆ……幽々子!? あなた幽々子なの!?」
鼻血を流しつつ幽々子は紫を恨めしそうに睨みつける。そういえば、触感がなんとなくヒンヤリしてたような気が……
「何アンタ……トチ狂ってお友達でも殴りに来たの?」
玉兎は呆れたような顔で懐からハンカチを取り出し、幽々子の顔を拭いてやった。
「ほらほら、もう大丈夫ですからねー。全く悪いお友達ですねー」
「ぐすん……ありがとう、兎さん」
状況をうまく呑み込めないまま硬直していた紫であったが、二人が次第にイチャつき始めたのを見て頭に血を昇らせる。
「幽々子から離れなさいッ!」
今度は幽々子に当たらぬ様、紫は角度をつけたドロップキックを放った。
「危なっ……! ちょっ、何すんのよ!」
「ちいっ! 今一度!」
惜しくもかわされてしまったが、紫はさらに追撃のドロップキックを……
「やめて紫!」
放とうとして幽々子に両脚を掴まれてしまい、そのまま砂浜に倒れ伏した。
「むがが……一体何がどうなってるの? 誰か説明して頂戴!」
「この兎さんはね、私を匿っていてくれたのよ」
「な、何ですって?」
紫は身を起こし、ヘルメットから突き出た耳を照れくさそうにいじる玉兎へと視線を向けた。
「どうしてなの?」
「どうしてって言われてもねえ……私はただ面倒が嫌いだっただけだし」
「面倒ってあなた、この子の世話より面倒な事なんてこの世にあると思ってるの?」
「アンタの世話よりはましだと思うけど? なんてったってその人とアンタとじゃ……いや、何でもないわ」
中途半端に言葉を濁されてしまったが、紫の頭には何か閃くものがあったらしい。
「ねえ幽々子、月の都に居る間、あなた月人に見つかったりした?」
「それがおかしいのよ……何度か月人を死に誘おうとしたのだけれど、誰も見向きもしてくれなかったわ。あなたが以前言っていたようにね」
したのかよ! というツッコミを呑み込みながら、紫は情報を整理し始める。
(幽々子は穢れの塊のような者のはず。それなのに月人たちは、誰一人としてその存在に気が付かなかったというの? ……いや、もしかしたら私たちは、何かとんでもない勘違いを……)
「うりゃ! お仕置きよ」
玉兎に小銃で頭をどつかれたため、紫の思考は強制的に中断されてしまう。
「あたたた……ねえ兎さん、あなた幽々子の事を綿月姉妹に報告したの?」
「いきなり何よ。してないって言ったらどうするつもり?」
「理由を聞くわ」
「あいつらにわざわざ教えてやる理由が無い。それが理由よ。満足した?」
紫は、玉兎の顔をまじまじと見つめる。紫の記憶が確かならばこの兎は、紫を捕まえた功績と屋敷に侵入した懲罰により月の使者へと取り立てられたはずだ。自ら進んで月の使者になっておきながらそのリーダーをあいつら呼ばわりとは、一体どういうことなのだろうか。
「あなた……矛盾してるわね」
「一面的な見方しかできない連中には、矛盾しているように思えるかもね。あなたたち地上の生き物も、月人たちも、そして兎たちも! みんな自分の見える範囲でしか物事を理解しようとしないのよ! 何せそれが当たり前の事だと信じ込んでいるんだから……馬鹿みたいにね!」
玉兎の口調は、次第に熱っぽくなってくる。
「でも私は違うわ。だって私には全てが見えるのだから! どうすれば変えられるのかも知っているし、そのために何が必要なのかも把握している。後はいい波を待ってそれに乗りさえすればいい。それだけの話よ」
「今の言葉、私には反逆者か何かのそれに聞こえたのだけれど?」
「あはははは……! それが一面的だっていうのよ、八雲紫! 結局あなたも自らを縛る法の前に屈した敗者でしかなかったという事なのね。可哀そうに」
謂れのない嘲笑を浴びせられた紫であったが、不思議と怒りは湧いて来なかった。なぜならこの兎も紫と同様に、理不尽に突きつけられた法に対して闘いを挑んでいるに過ぎないと理解できてしまったからだ。思い返せばこの兎は、初めて会った時も玉兎たちが辿った悲惨な運命について話していたではないか。
「月人の道具である現状に満足して死ぬか、常に向上心を持って行動するか。それは穢れ調節の為の道具に過ぎないあなたたち地上の妖怪にも言えることじゃないかしら? 違う?」
「ねえねえ、私は?」
桃を齧りながら話を聞いていた幽々子が割り込んできた。
「あなたは……まあ、好きに生きたらいいと思いますけど……」
「まあ本当? 嬉しいわ」
「あれ? そもそも亡霊だから生きてはいないんだっけ……まあいいか」
(幽々子……)
幽々子が何のために存在しているのかを知りながらも、それを伝える事のできない紫の胸が痛む。結局のところ、使う者と使われる者の構図は月も地上も関係なく存在するのだ。
「でも……それっていけないことなのかしら?」
ふと疑問を口にした紫に対し、二人の視線が向けられる。
「少なくとも私に限って言わせてもらえば、地上で幽々子たち皆と楽しく暮らせていると思うわ。例えあなたたち月の民が、私たちを一方的に見下していたとしてもね」
「ええ、そうでしょうね。私たちの事を知らなければもっと幸せに暮らせてただろうけど」
「知りすぎるというのも考え物ねえ。兎さん、あなたは全てが見えるとか言ってたけど、それで幸せになれたのかしら?」
紫は懐から扇子を取り出し、玉兎へと向けた。
「……さあねえ。もっとも私の眼に映らない以上は、幸せなんて存在するのかどうかも怪しい代物だわ」
「あなたはいい眼をお持ちのようだけど、肝心なものが見えてないみたいね。でなければ、あえて見ないようにしているのか……」
「何が言いたいの?」
玉兎に苛立った様子は見えない。少なくとも表面上は。
「一面的な物の見方しか出来ていないのは、あなたも同じという事です。あなたが何を望み、何を為そうとしているのかなど私たちには関係ないし、興味もありません。でもこれだけは言わせてもらうわ。自分ひとりの為に行動する者に、手を貸す者など居はしないでしょう」
「えー? 紫がそれを言っちゃうの?」
「幽々子……お願いだから最後くらい格好良く決めさせて……」
玉兎は少し考えた様子だったが、やがて紫から視線を逸らすと都の方角に目を向けた。
「……少し、話しすぎたみたいね。そろそろ誰か来るかもしれないから、あなたたちはもう帰った方がいいわ」
「言われなくてもスタコラサッサよ。行きましょう幽々子」
「待って紫、あの辺に生ってる桃をいくつか……」
「桃ぐらい地上にだってあるでしょう? ほら、早く!」
未練がましい幽々子を引き摺るように、紫は開いたままのスキマへと向かう。
「あなたたちと話せて良かったわ。紫、幽々子さん。今度は私がそっちに行くかもしれないから、その時はよろしくね」
「何なら一緒に来てもいいのよ? まあ、帰りの方法は自分で探してもらうけどね」
「それは夢のない話だわ。それじゃあお二人ともお元気で。軽率な侵略者さん」
「あなたもね。臆病な革命家さん」
紫と幽々子を呑みこんだスキマは、音も立てずに閉じられた。
「何て空気が美味いのかしら! 最高のお酒を飲んでるみたいだわ!」
「たった一月居なかっただけなのに大袈裟ねえ。大体あっちの空気の方が澄んでいるんじゃないかしら?」
「いやいや紫、こっちの空気も味があっていいものよ」
地上に戻った二人は、湖の上で満月を眺めながら他愛のない話に花を咲かせていた。
「そうだ幽々子、私に黙って月に行くなんて酷いじゃない。私がどれだけ心配したと思っているの?」
「ごめんなさい。紫があんまり楽しそうだったものだから、邪魔したらいけないと思ってついね。それに……」
「それに?」
幽々子は、悪戯っぽく笑って見せた。
「食べてみたかったのよ。月のウサギが搗いたお餅をね」
「そんな事だろうと思ったわよ、まったく……」
紫は大きく溜息を吐き、幽々子の肩に頭を載せる。
「あのお餅って、食べ物じゃなくて薬なんだって。何でも不老不死の薬の原料になるとかならないとか、そんな話を聞いたわ」
「話って、あの兎に?」
「そうそう。あの子が止めてくれなかったら、私は今頃どうなっちゃってたのかしらねえ?」
「不老不死の亡霊なんて、悪い冗談でしかないわね……」
何はともあれ、無事に帰って来れてよかった。二人の感想は概ねその点で一致している。
「ねえ幽々子」
「なあに?」
だが、これで全てが終わった訳ではない。
「もう一度月と戦争するって言ったら、あなたは私に協力してくれるかしら?」
「そうねえ……」
今回の戦争で得た教訓と、かすかに見えた一筋の光明。それらを無駄にしてしまう必要はない。
「やめておくわ。当分月は懲り懲りね」
「私だってそうよ。別に今すぐ始めようなんてつもりは無いわ。色々と調べたり用意したりしなければならないでしょうから」
「私が月人に見つからなかった理由、とか?」
「ええ。何となくだけど、その事が次の戦争の決め手になりそうな気がするのよ。まあ、私の勘はあまり当てにはならないのだけどね」
既に紫の頭の中では、次の闘いに向けた計算が始まっているのだ。
「私はやるわよ。いつか必ずあの月人たちに、ぎゃふんと言わせてやるんだから!」
月はいつでもそこにある。その輝きが失われない限り、紫の情熱が尽きる日は訪れないだろう。
あとがきはいらなかったかも
しかし、これだけ無双しても違和感の無いよっちゃんマジパネェ。
妖怪はノゾミガタタレターに違いない。
勢いがあって楽しかったので、この点数で。
最後のあとがきはシリアスにしたいのかなんだかよくわかりませんでしたが、それはまぁこの作品の象徴みたいなものなんでしょうか。
軽妙洒脱で奇怪なSS、楽しませて頂きました。
違和感こそあれ色々結び付けてる。
ゆゆ様の空気読みすぎ行動と嘘つき兎にされちゃった鈴仙への解釈には感動
でもやっぱゆかりん調子乗りすぎテンション高すぎで最後まで笑えたのが一番良かったです。
うどんげはマジで情報ヤクザなのねwww
うどんげさんパネェw
軽く楽しめて面白かったです。
調子のってるゆかりん可愛い。