Coolier - 新生・東方創想話

あやの手紙。

2013/08/14 00:31:24
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 残暑が続いておりま、
「違う、こんなに堅苦しくてどうするんですか、もっとこう、むぅ、ん、……ああもう!!」
 十文字も書いていない、殆ど真白の手紙をくしゃくしゃと丸めて床に落とす。もう既に同じようなものがいくつも転がっている。鴉天狗、射命丸文は唸りながら自らの頭を掻き毟る。幾刻も前から同じようなことを繰り返している。要は、
「あやややや、どうしましょう。か、書けない……」
 そういうことなのだった。もとより自分が見聞きしたもの、それをありのままに新聞として世の中に発刊させている彼女が、自分が頭に思い浮かべたことを書き表すことができないなど本来ならまず間違いなく聞くことができない言葉のはずであるが、そんな言葉が唇から漏れ出る。
 事の発端はたまたま夕食のときである。

 人間だけでなく、天狗だって何か嬉しいことが会ったらパーっと騒ぎたいという気持ちはある。今日の場合は先日発表された、毎月の発刊数で優秀者を決めるちょっとした小さな催しで始めて優秀者となれたのだ。これはもうお祝いをするしか選択肢はないだろう。お祝いと言っても行きつけの店で少しだけ高いものを頼む、ということであるが。
 ほどなくして、頼んだ天狗汁やら数品とお酒がやってくる。酒は百薬の長と誰かが言ったように自分の身体の悪いところをあっという間に直してくれるような気がする。何より美味しい。特に、勝利の後のお酒ほど美味なるものはこの世にあるのだろうか。私はないと思う。
「んぐっ、ぷはぁ。やっぱり、お酒はいいものです」
 そうやって一人で呟きながらお酒と天狗汁と魚やらをちまちまとつついていく。そうやって、天狗汁が半分くらいになったところで、入口ががらがら、と鳴る。私を含めて数人の天狗たちがちら、と入口の方へ目を向けるが、すぐに興味を失って自分が食べているものの方へ目を落とす。正直、誰が入ってこようが関係ない。私は、「私を食べて」と言わんばかりに自己主張をしている料理達を食べてやらなければならないのだ。さて、また天狗汁を啜ろうか。
「おー、おっちゃん私と椛にいつもの一つずつー」
 箸を止めざるを得ない。誰かが入ってきたと認識した時点で興味を失ったせいで肝心の「誰が」入ってきたのかということを確認していなかった。まさか知っている天狗二人だとは思いもしないだろう。それは向こうにも同じようで私を見つけると少し驚いた風に目を開きこちら側に向かってくる。
「ありゃ、文じゃん。一人で寂しくお食事ですかね」
「寂しいとは失礼な。些細なお祝いをあげていたのです」
「ああ、アレか……不本意だけど、おめでとうと入っておくわ」
「文さん、おめでとうッスね。次も期待してるッスよ」
「はたてには何が不本意か少し問いただしてやろうかと思いましたが、まぁ良いです。ありがとうございます」
 私、椛、はたての順になるように二人は腰掛ける。さして時間もかからないうちに二人が頼んだものもやってきて食事を始める。たまには一人で静かに、と思っていたのだが予定が崩れた。しかし、こういう崩れ方なら許容範囲だろうと考える私もいるわけで。そして、天狗が三人ともなると魔法のように増えて行くのはお酒の量。あっという間に瓶が数本空いてしまった。はたてと椛は私ほどお酒に強くないようで、特にはたての酔いは目で見てとれるようだった。
「そういえばさぁ、椛はあの子とどうなったの? あの河童の子と」
「ど、どうって言われましてもッスねぇ……」
「何処までいった? もう最後までいっちゃったり?」
「え、ええ? 流石にそこまでは……」
 お酒で赤くなっている顔が更に朱に染まる。そういえば、そういうこともあった。天狗の情報伝達速度は幻想郷で起きた事柄が一刻もたたないうちに天狗の里中に広まる。つまり、椛と河童の子が「そういう関係」と言う事実も一人の天狗に見つかった時点で一瞬で噂になるのは必至だった。
 天狗は単一種族で社会を構成している種族であるから、他種族と「そういう関係」を持つというのは異例であり、いろいろといざこざもあったらしいのだが、椛の一件は異例中の異例で天狗社会で公認の仲となっている。
「はたて、食事中です。いくら貴女が色恋沙汰に飢えてるからといって、そこまでがっつくのは行儀が悪いです」
「うるさいわねぇ……ぐっ、んぐ、おっちゃん酒追加!」
「はたてさん呑み過ぎッスよ……?」
「あんたもうるさい! 椛の彼女奪うわよ?」
「えええ……」
 べし、と見かねてはたての後頭部を小突く。
「できもしないことを言うんじゃないですよ。あと、どう頑張っても無理でしょ」
「文、貴女は私を怒らせたようね……。あんたも同じようなもんでしょうが。そんだけ生きててろくに恋愛したことないでしょ? あんたよりは先に私は作れるわよ。約束する」
「あれ、文さんあの子は……あ」
 椛が言ってはならないことを漏らす。時すでに遅し。絶対にはたてには知られてはいけないことを知られてしまった。お酒に呑まれかけてたとはいえ、椛には後で少しお仕置きが必要かもしれない。いや、必要だろう。必ず。
「え、マジで。あの子って誰? え、マジで。はやく、教えなさいよ! さもないとありもしない噂立てるわよ?」
 ほら見たことか。ああ、この世の中幸運と不幸は巡っているという雛さんの持論は間違いじゃなかったようだ。
「ああう……文さんすみませんッス。もう、これは弁解のしようがないッス」
「まったくです。あやや、せっかく秘密にしておいたのに。と、言うかまだ椛の様な関係になっているわけがないじゃないですか、って、あやややや何言ってるんですか私は」
 どうやら、随分と頭の中はパニックになっているようだ。落ち着け、落ち着くのよ射命丸文。そもそも私が一方的にす、好いているだけでって、向こうにその気があるのかどうかもわからないし、まず自分の気持ちをどうやって伝えるかとか、そもそもこの気持ちをどういう形で表現しようとかまったくわからないし、仮に、仮に受け入れてくれたとしてもそのあとはどうなる……そうじゃない! お酒か。お酒のせいか。そのせいで頭が混乱しているんだ。そうだ。そうに違いない。
「文、文。聞いてるの? 早く教えなさいよ。いつまで焦らすって言うの?」
「はたて、少し黙っててください」
 恐らく、この場合のはたてはどう頑張っても引き下がらないだろう。ここまで傷口が開いてしまったのなら、これ以上は開かないだろう。別に椛のようにはなっていないのだから、伝えてしまっても大丈夫……だろうか。椛のようになっていないから、椛のようになっては、見たいけれど、まだなっていないから。大丈夫。そう信じてみよう。
 私は観念したかのように肩を大げさに落とすそぶりを見せる。
「はぁ。別に、私が一方的にす、す好きなだけであって椛のようにはなっていないので……」
「んなことはどうでもいいの。どうせすぐそうなる。早く相手を」
 はたて。さっきと言っていることが違う。多分、椛も同じことを考えている。目があった瞬間そう語りかけてきた。
「東風谷、早苗さん……です」
 今まで永いこと生きてきたが、たった今分かったこと。好きな人の名前を第三者にいうことが、実はものすごく恥ずかしいということ。椛には相談相手として特に意識することなく言えていたのだが、これは、相当に恥ずかしい。穴があれば入りたいとはこのことかもしれない。
「えええええええ、マジでマジで! うわ、おおう……マジかぁ……いいこと聞いたわぁ」
 反応が酔っ払っているせいなのか大きい。その分周りからの視線が痛い、痛い。
「はたて、もう少し静かにできませんかね」
「これが、静かにしてられることだっていうの!?」
「はたてさん落ち着いてくださいッス」
「椛、待て!」
「わんっ じゃなくて! 私は白狼天狗ッス! 狼ッス! 犬じゃないんスよ!!」
「今はあんたよりも文のほうが重要なの!」
「……もう、私は帰ってもいいですかね?」
「駄目にきまってるじゃないの。と、言うか、まだ想いを告げてないんでしょう? だったら早く言っちゃいなさいよ。それとも何、あんた、人一人に想いを告げられないくらいへっぽこだとでも? 新聞記者ともあろうお方が、その程度で怖気づくなんて、なんと馬鹿らしい……」
 正直、本当にお酒がまわっていたのかもしれない。普段なら軽く受け流しているであろう言葉に妙にカチンと来てしまった。そうして、考えたものを一度反芻して言葉に出すといういつものやり方を忘れ、つい口走ってしまった。
「はたてに言われなくてもそうするつもりでしたよ。貴女とは違い、私はデキる女なのですから」
「お、言ったね? じゃあ、文、明日中に行ってきなさいよ。言い終わったらここにまた来なさいよ。それでいいでしょう?」
「ええ。いいでしょう。……では、私はお暇しますね」
 机の上に食べた分の料金をおいて店を後にする。何も知らない、もしかしたら何も知らない風に装っているのかもしれないが。天狗のおっちゃんは「まいど!! また来てくれよ」と笑顔で送ってくれた。
 まっすぐ道を進み、その店が見えなくなったところで頭を抱える。
「あ、あやややややや……どうしましょうか……やってしまいました」
 そのあとどうやって自分の家に帰ったかはよく覚えていない。気が付けば、いつもの朝を迎えていた。

 そして、今に至る。
 天狗の朝は比較的早い。そんなに寝なくても身体が回復して元気になるからである。しかし、今は元気がない。主に精神的な問題だ。いくらお酒の場であったとはいえ、交わした約束を反故にすることはできない。かといって、どうやって想いを伝えればいいのかも、わからない。ああもう……ああもう!
 何度も折れかかった心が今度こそ折れそうになった時であった。
「あの、文さん起きてるッスか?」
 椛である。少しばかりおびえたようなそんな声音だった。
「ええ、起きてますよ。起きてますとも。貴女が口にしてしまったせいでこうなったんですよ」
「それについてはほんとに申し訳ないと思ってるッス。ごめんなさい。でも、逆にこれをチャンスに捉えることもできなくはないじゃないッスか?」
 ばし。何を言っているんだろうか。この犬は。
「いた……でも、犬じゃないッス! 思ったことが口に出てるッスよ!」
「あや、それはすみませんね、椛」
「そんなことより、さっきの続きッス。文さんは早苗さんが好きなんすよね。だったら、この際言っちゃっていいじゃないッスか。私の目から見ても、早苗さんだって、文さんに好意、抱いてると思うッスよ? 動かないっていうのが一番ダメなんス。行動しないと」
「ですが、その行動の仕方がわからないんですよ。なんて、文章に書き表わせば? どういう風に言えば? 経験がないんです」
「誰しも最初はそうじゃないッスか。手紙で伝えるんじゃなくて、呼び出せば、いいんじゃないッスか? そうすれば、言葉にするだけっす。カッコいいカッコわるい、そんなの関係ないッス。自分が相手をどれだけ好きなのかって言うのを伝えればいいんスから」
 そうやって、はにかんで話す椛を見てなんとなく、河童の子が羨ましくなった。
「なんか、腹立ちますね」
「いやいやいや……暴力反対ッスよ? では。実は通りがかったんでたまたま顔出して見ただけなんスけどね。お役にたてれば幸いッス」
「今は見逃しますけど、後で覚悟しといてくださいよ、椛」
「それはほんとに勘弁してほしいッス」
 先程のまるで乙女のような顔とは別のひきつった笑いで椛はその場を後にする。
「私が早苗さんをどれだけ好きか、ですか。それも……むずかしいですね」
 私は筆をとる。想いを文字じゃなく、言葉で伝えるために。どう転んでも、仕方がない。好きになってしまった時点でもう事は動き始めていた。

 東風谷早苗さんへ。
 
 いきなり手紙の形で申し訳ありません。
 実は、私はあなたに伝えなければならないことがあるのです。
 なので、もし、よかったら、私と早苗さんが最初に出会ったあの樹の下でお話がしたいです。
 これを見たら今日、来て下さると嬉しいです。
 
 清く、正しい射命丸文。
はい。初投稿です。
夏コミで購入させていただいたとある本を見ていましたらふとこんな話が思い浮かんだのです。
これは書くしかないんじゃないか、と思い書いてみました。
まだまだ拙い文章なのですが、ここまで読んでくださった皆様に感謝、であります。
クルリ
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コメント



0.470簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
おおー。大人ぶってるのに初々しい文が良いですね。女の子が3人集まってコイバナに花を咲かせるというすばらしいシチュエーション。華やかです。
2.90名前が無い程度の能力削除
あやさないいね。続きも読んでみたい。
4.80名前が無い程度の能力削除
夏コミの某誌に心当たりが……w
せっつかれたとはいえ自分から好きな人の名を言ってしまう文ちゃん純情かわいいです。

「手紙でしか伝えられないこと」というのがあるとして、おそらくそれは面と向かっては伝えづらいことなのだと思います。
文はそれを手紙では伝えずに頑張って面と向かって伝えようとしているのか、それとも、手紙で伝えようとしたけれど手紙にすら書けないくらい恥ずかしくなってしまって伝えるのを先延ばしにしてしまったのか、もしくは他の可能性があるのか、興味深いです。(そもそも手紙を渡せるのか? という可能性も)
どのパターンなのか読み手が想像しやすくなると、より面白くなるのではないか、と思いました。
5.100絶望を司る程度の能力削除
もうこの文のかわいさは100点満点ですよ!
6.90柊屋削除
椛の話し方が自分は納得できなかったですが、内容はとても面白かったです
7.100非現実世界に棲む者削除
天狗同士の酒場は盛り上がるなー。
はたての勢いが凄い。
そして早苗の返事が凄く気になる...
ぜひ続きを!
8.100奇声を発する程度の能力削除
良いですね、この文
9.100名前が無い程度の能力削除
もみのっちの語尾[ッス]が少々気になったけど
いいと思います
10.90名前が無い程度の能力削除
手紙の書き出しをラストに持って来る辺りが青春ドラマだなあとw
11.無評価名前が無い程度の能力削除
現段階では評価に値しない。続くにしたって短い。
12.90名前が無い程度の能力削除
天狗汁...(意味深)
13.90名前が無い程度の能力削除
面白い発想ですね。
好きです
21.80名前が無い程度の能力削除
良かった!
23.80名前が無い程度の能力削除
夏コミの某誌がとても気になるところですが、さておき。
周りの応援をもらわないと動けない文さんのヘタレっぷりが出ててよかったように思います。
ぜひ早苗さんの元に行かせて告白させちゃってください。続き楽しみにしております。
25.70とーなす削除
この文は新鮮だなあ。面白かったです。
29.703削除
あやさなか……ふむ、続けて