Coolier - 新生・東方創想話

そうだ、京都で行こう

2019/05/19 20:31:33
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 書斎にいると、どたどたと家に童子達が上がりこんできた音がする。今の時勢なら田畑の手伝いも暇だろうし、童子たちがおやつでもせびりに来るかもしれない。
 見渡せば、満月のときの私が書きなぐった下書きの清書はだいたい終わっている。暇とは言えないが、忙しいとも言えない。
 私は筆を置いて講堂へと向かう。この家を建てた主人は客間として誂えたらしいが、もうその人達は引っ越して久しい。茫洋としたこの部屋には大きな机ぐらいしか今は置いていない。そこに童子を呼び込み、寺小屋の真似事を嗜むようになってから一体どれ位経ったのか。
 土間を越えて廊下をつたい、客間に行く。
「どうした、何の騒ぎだ?」
 上がり込んだ童子達の真ん中に見慣れぬ影がいる。
 童子と比べて頭ひとつ大きい、銀髪の少女。背中に翼を持っているが、多分片方しか無い。何より服がひと目で上等と分かる。袖にあるはずの縫い目の類が見当たらない。天の衣。これだけ手がかりがあれば、間違いようはない。
 庭を見れば、因幡の兎が逃げていくのが見えた。

 しまった。図られた。
 恐れていた事態がやってきた。
子どもたちが目をキラキラさせながら不思議そうにこちらを見ている……

 多分……挨拶ぐらいなら。ええい、ままよ。

「大変失礼致しました。稀神であられるサグメ様と御身請け致します。私、上白沢慧音と申します」
 稀神様が目を細める。私は相手がこちらに話しかけないように釘をさした。
「稚拙ながら、幻想郷の歴史の番人でもあります。何卒ご懇意の程をお願い申し上げます」
 相手の顔から表情がすっと消え、拝承したと言ったふうな体を見せた。
 よかった……これで、どうやら考える時間はもらえたらしい。
 さあ、慧音、どうする。ここからが本当の勝負だ。

 まず、問題を整理しよう。
 稀神様の能力については、都市伝説を利用して一つの歴史の消去を試みようとしたという事実、これだけでもはや私にとっては致命的な能力として十分だろう。

 こちらが何気ないことを言って、それに稀神様が頷いただけで何の舌禍が起こるのか。
 頷いたことは、どの範囲まで?
 その効果は文中のいついつまで?
 主語が曖昧なら、誰にたいして?

 誰にも、全く予想がつかない。
 最悪私がこの家に二度と入れないぐらいで済むならまだ良いほうだ。忘れ去られて遭難する人物が出てもおかしくないし、そのことに誰も気が付かない可能性すらあるのだ。私が自分の白鐸の能力に関することを言えば、二度とその能力が使えなくなる可能性だってある。
 最初に無言でこちらの挨拶に接してくれたのは、彼女の最大限のお慈悲と言っても差し支えがない。
 その上で、稀神様とお話するのは無理である以上、失礼がないようお暇願うことが目下の私のすべきこと。
 そこで曖昧なことを言えば、全て自分に跳ね返ってくる。
 これは恐ろしい審判だ。
 未来の私が観客席で手に汗を握ってこちらを見ているような気分すらする。

 ちらっと脇を見る。
 心配そうな顔で覗き込んでくる童子達が居る。

 負けられない。私には守る者達が居る。私の浅はかさに今こそ打ち克つ時なのだ。


 とはいえ、本当に何も思いつかなかった。失礼にならないよう、おかえりいただくようお願いする言葉が何ひとつ見つからない。

 例えば。

『今日のところはおかえり願えますか』
……もちろん、明日から稀神様と同棲する可能性が皆無ならば、言っても良い。

『今日は忙しいのです』
……そうですかと同意されたら、明日以降、私は失職するか多忙になる。どっちも困る。

 彼女が一度肯定的に話したことは二度と成立しなくなる、と考えるのであれば、お断りの言葉は以後文字通り「二度と使えなくなる」のだ。それを今日や明日とか限定したところで所詮は無駄。一番突如転がり込んできてはならない神様とも言えよう。
 トンチや軽口で解決出来たらどれほど楽か。あいにくと私はそういう機転がとても苦手だった。
 ただ時間だけが過ぎていく。過ぎていくのだ。

 気がつけば宵の鐘がなりだした。夕餉になったら自然に帰っていくかと思っていたが、それもなさそうだ。相手は神だけに食事が不要かもしれない。少なくとも時間切れということは起きそうにない。あたりを見渡せば博霊の巫女やら霧雨の魔法使いやら天狗達まで、好事家達が野次馬に押し寄せてきている。
 このまま屋台が出てきて宴会でもされたら家が荒らされる。幻想郷の酒がむやみに美味い事が今は恨めしくなってきた。まったく、掃除の手間を考えて欲しい。大体魔理沙は箒にまたがっているのに掃除はしたがらない。なんなのだろう。

……掃除……? ……箒……?

 といえば、なんだったか。
 なんだ。あともうチョットそこになにかありそうなのだが。
 あ、あーと、庭に箒を立てかけると帰るんだったか。
 そういえば、漬物を出そうとすると帰ってくれという意思表示になる、そうか、それ、それでいこう。で、それはなんだっけ。
 ……ぶぶづけか。

―― ぶぶ漬けいかがですか。いいえ、結構です。 ――

……そう、これだ。
 言われた方が、『要りません』と断って帰るのが、この話の流れだったはず。この話が仮に未来永劫成立しないよう否定されても、少なくとも私はぶぶ漬けを食べる趣味がないので、問題はなさそうに思う。
 だが、見落としている点はないか、ないよな。無いはず。

「ぶ」
 まで言い出して私は緊張のあまり舌を噛んだ。
 ぶぶ漬けであっていたか。副作用がないのは本当か。相手がこの言葉に気がつく教養を持ち合わせているか。
――大丈夫、大丈夫だ私。勇気を持っていうんだ。

「ぶぶ漬け、食べていきますか」

 相手は、本当に、キョトンとした。キョトンというのはこの状態のオノマトペだとわかるぐらい、キョトン。
 その後、はっと気がついた顔をして、素敵な顔に少し笑みを浮かべてこういった。

「結構です」

 そして、すっと立ち上がり、しゃなりしゃなりと竹林へと歩いて行った。

 私はその姿を見送ったあと、その場で倒れるように身を投げ出した。
 どうやら、私は、私に勝ったのだ。
 そして、私はその場で泥のように眠ってしまった。
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コメント



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4.80保冷剤削除
種明かし編ですね。様々あった疑問点が氷解しました
5.90奇声を発する程度の能力削除
楽しめました
6.100評価する程度の能力削除
サグメさん相手だとやっぱり気を使いますよね
自機組が異常なだけで
慧音せんせーの葛藤が面白かったです
7.100終身削除
考えていることの高度さと結論がぶぶ漬け(しかもめっちゃさえてる)のギャップで笑いました 視点が補完されるのは解釈違いがなくなるのでありがたいですね
8.100ヘンプ削除
慧音先生必死に考えている……強いなあ
良かったです。
9.90モブ削除
ううん。サグメさまは、なんというか色々と大変な御方だよなあと。相手も自分も気を遣わなくてはならないというのは、大変ですよね。