Coolier - 新生・東方創想話

風鈴

2007/01/11 10:26:13
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風鈴








梅雨明けの初夏。いよいよ暑さが厳しくなり始めた幻想郷は、新緑の絨毯と湖を映した様な水色で覆われている。照りつける太陽は高く、なおも気温は上がる。妖精、妖怪、もちろん人間も暑さに参っていた。蝉の鳴き声が何重奏にもなって響き、幻想郷全体が悄然としている。鬱蒼と広がる森では数多の人ならざる者が涼んでいることだろう。
見渡す限り、何処までも続く緑の絨毯の一端。幻想郷の東の端に位置する ――― 森が開けている場所に、長い階段と古ぼけた赤の鳥居、そしてその先に神妙な雰囲気を纏った神社がある。
―――― 博麗神社。
外の世界と隔絶されている幻想郷の境界上に存在する、唯一の神社。山の中にある小ぢんまりとした神社に参拝する人間など皆無で。自然と多くの妖怪と変わった人間が寄り付き、それはさながら百鬼夜行。訪れるのはどこぞの吸血鬼か、幽霊か、はたまた不死人か。少なくとも普通の人間は滅多に来ない。
神社の境内には色褪せた本殿と、裏手には母屋がある。本殿同様、永く時を経て色褪せた母屋の縁側に、紅白の巫女服を着た少女が団扇を片手に座っていた。
この神社の巫女であり、幻想郷を見守り続ける博麗の少女、博麗霊夢はだるそうに空を見上げていた。傍らにはしっかりとお茶とお茶請けを置いて。
「暑い…、暑すぎるわ。今年の気候は随分とせっかちなのね…。」
誰に言うでもなく、独り文句を呟く。既に梅雨も明け、初夏なのだから暑いのは当たり前である。しかしそれでも霊夢の言うとおり、初夏にしては暑すぎた。
また誰かが悪さでもしているのかしら、と一瞬考えたが、春欲しさにそれを奪うならまだしも、暑くなって得をする輩はいないだろう。
結局これは自然の暑さなのである。
そう思うと、これから迎える夏本番の暑さにげんなりしてくるのだ。霊夢は大きく息を吐くと、煎餅を一枚齧った。
力無く扇ぐ団扇から送られる風は生暖かく、もはや涼む意味を成していない。暖かい空気を循環させているだけとなれば、扇ぐこと自体が面倒くさくなってくる。
ふと、ある事を思い立った霊夢は直ぐに扇ぐ手を止め、食べかけの煎餅と団扇を置くと、靴を履いて縁側から離れていった。



・・・



直射日光が燦々と降り注ぐ森の上空を、黒と白で彩られた何かが飛んでいた。いや何かではなく、見れば人間だと分かるが、遠目から見ると白黒の何かにしか見えない。
黒の尖り帽子に、白の前掛けエプロン。金髪のお下げをした少女は西洋の魔女を彷彿とさせる。
自称、普通の魔法使いの霧雨魔理沙は博麗神社を目指して空を飛んでいた。箒に腰掛けるよう座っている彼女は気だるそうな表情を浮かべながら手を扇ぐが、太陽直下ではそんな事は焼け石に水。気休めにもなっていない。
「暑いぜ。今年の気候はちょっとどころか、大分おかしいんじゃないか?」
そういえば以前に冬が長かったこともあったな、と魔理沙は思い出す。変とは言ったものの、その時とは違い、今年はちゃんと冬の後に春が、春の後に梅雨、そして梅雨が無事明けたのだからこの暑さは特に異常なわけでなく、ただ単に暑いだけで。
つまりこの暑さは自然なのだ、と魔理沙は一人納得する。
あれこれ考えているうちに森の開けた場所が見えてきた。目的地である神社を視認出来るほどになると、魔理沙は徐々に高度を下げていった。



・・・



「よっと。」
掛け声と共に着地した魔理沙は箒を片手に、服に付いた土埃を掃う。降りた場所はちょうど鳥居の前。上空から見た限り、紅白の巫女は境内の掃除はしていないようだ。暑さの所為にしてだらけているのだろうと、魔理沙は当然のように母屋の縁側へ向かった。
「お~い、霊夢―。」
とりあえず、ここにいるはずの人間を呼んでみる。それを訪問の合図として。
しかし、魔理沙が描いていた情景とは違い縁側に霊夢はいなかった。それでもそこには先程まではいた明らかな形跡、食べかけの煎餅と飲みかけの湯飲みがある。
「…どこかに出かけたのか?」
そういえば、さっきから母屋からは人の気配がない。霊夢に限ってこの暑さの中、わざわざ出かけるという珍奇な事はないだろう。一応神社の中を見回してみてから判断することにした魔理沙は、早速母屋の裏手へ回った。
果たしてそこに霊夢はいた。倉庫らしき建物で何かをしているようだ。
「何だ、いるじゃないか。いるなら返事くらい欲しいぜ。」
額に汗を浮かばせている。どうやら倉庫の整理をしているらしい。こんな暑さの中、珍しいこともあるもんだなと心の中で魔理沙は呟いた。
「あら、魔理沙。いつの間に来たの?」
「今さっきだぜ。ところで何してるんだ?夜逃げの準備か?」
「なんで昼間からそんな事しなくちゃいけないのよ。」
溜め息と同時にそう言う霊夢は、ひたすら仕舞ってある荷物を外に出していた。
それじゃあ何だ、と尋ねる魔理沙。
「探し物よ。探し物。」
「お宝探しか。」
「違うわよ。こう暑いと、涼みたいから風鈴をね。」
「そういや、確かに暑いよな。でも涼むならどこぞの半霊やら氷精を捕まえれば良いじゃないか。」
その提案をすぐさま、いやよ、と霊夢は拒否した。一拍おいて、
「それじゃあ、涼む前に体が温まっちゃうわ。」
「あ~、そうだな。」
苦笑しながら同意する魔理沙。
それから霊夢は言葉を発する事無く、黙々と作業を続けた。特に手伝える事も無いだろうと思った魔理沙は、邪魔にならないよう倉庫から出された神祭用具などを嗜んでいた。

一時ほど荒らした挙句、結局目的のものは見つけられなかった。今日のところは倉庫から撤退し、再び縁側でお茶を啜り始める霊夢と魔理沙。魔理沙が片付けの手伝いをさせられたのは言うまでもない。太陽は真南より大分外れた位置にある。三時のおやつにしては遅かった。
「あー、どこいったのかしら。」
青と赤が混じった空を見上げながら霊夢はぼやく。幾分疲れた様子だ。
「別に良いんじゃないか?あっても無くても、風が無くちゃ意味無いぜ。」
「この場合、気分の問題よ。自分でつくった食事に挨拶するようなものね。」
「分からなくもないがな。」
それから霊夢はどこか上の空で、魔理沙の言葉に反応を示すことは無くボソボソと独り言を呟き続けた。
「確かに仕舞ったはずなのに…。もしかして捨てちゃったのかしら…。」
その様子を横目で見ながら、魔理沙は何も言わずにお茶を飲み干した。



・・・



―――― 二日後。
霊夢は太陽が一番高く上がる頃よりも早くから、先日と同じ事を始めた。一度決めた事はやり遂げないと気持ちが悪い。探し物が見つからないと特に。生憎、昨日は雨が降ってしまったので倉庫の荷物を出すことが出来ず、昨日一日はもどかしさで一杯だった。早く見つけたい一心で、風鈴探しを早くから始めたのだ。
一日雨が降っても猛暑は相変わらずで、蝉の鳴き声も相変わらず。時々休みながらも霊夢は風鈴を探し続けた。
太陽が南中を過ぎた頃に先日同様、魔理沙が倉庫へやって来た。精が出るな、と挨拶をする魔理沙は日の当たらない木陰へ。霊夢は魔理沙に挨拶を済ました後、暫く作業に集中し魔理沙を放っておいた。十分ほど経った時、木陰に目をやると魔理沙は眠っていた。
「寝に来るなら少しは手伝ってくれてもいいのに。」
伝わらない文句を、聞いていない相手へ言う。起こしてまでそれを言わなかったのは、性格からかもしれないが、魔理沙がどこか疲れた様子だったからだ。おそらく夜遅くまで研究でもしていたのだろうと推断し、魔理沙をそっとしておく事にして作業を続けた。

太陽は大分傾き、空の色は紅に染まりつつあった。そろそろ鴉でも鳴くような、そんな時、
「あったー!」
霊夢が声を張り上げて歓喜の叫びを上げた。それが目覚ましになったか、魔理沙はようやく目を覚ます。寝ぼけ眼のまま立ち上がり、大きく欠伸を一つ。霊夢の方へ寄りながら、
「なんだ、見つかったのか。良かったじゃないか。」
とりあえず、霊夢の苦労を労う。薄暗い中、霊夢が長方形をした一つの木箱を持って倉庫から出てきた。それが探してた物か、と魔理沙が訊く。そうよと頷き、木箱を開けてみせる霊夢。木箱の中には、丁寧に詰められた綿の上に硝子の風鈴が置かれていた。繊細な硝子細工の上には、流れる水を模した絵と魚が描かれている。見るだけでも涼しそうなそれは、さぞかし綺麗な音色を奏でることだろう。心地よい音色が頭の中に響く。
霊夢は蓋を閉めると、
「さぁ、今度は片付けね。休んでたんだから、勿論手伝うわよね?」
意地悪く魔理沙に言う。苦笑しながらも魔理沙は快く同意した。
しかし魔理沙は肩を落として、深い溜め息を吐き出した。とても残念そうな表情で。その時霊夢はすぐに倉庫へ振り返ってしまったので、その表情を見られる事はなかったが。

片付けは夜までかかり、星が瞬く頃に終わった。霊夢と魔理沙は境内を歩き、母屋へと向かう ―――― 見つけたばかりの風鈴を両手で持って。
おもむろに魔理沙が口を開く。
「あー、もう必要ないかもしれないが、あれは家に余っていた物だからな。霊夢にあげるぜ。たくさんあっても困るしな。」
「え?何を?」
魔理沙がいきなり意味の分からないことを言い出すので、霊夢は困惑した。
「別段お前の為じゃなく、たまたまだ。勘違いしないでくれよ。要らなかったら捨ててもいい。」
「………?」
霊夢は首を傾げるしかない。それでも魔理沙は気にせず続けた。
「まぁ、そういう事だ。そんじゃ、今日はもう帰るぜ。」
それだけ言い、素早く箒に跨ると、急上昇していった。霊夢は止める事ができず、黒白の塊が夜空に溶けていくのを見ていることしか出来なかった。一体何を言っていたのだろう。甚だ謎である。
「折角だから夕飯ぐらい食べていけばいいのに。」
呆れた溜め息を吐き、母屋に入った霊夢は風鈴を茶の間に置きに行く。そして、茶の間の襖を開けた瞬間、
「あっ………。」
霊夢は驚きの声を漏らした。卓袱台の上に、硝子細工の風鈴が一つ置いてあったのだ。風鈴には申し訳なさそうに花の絵が描かれ、鐘の部分がどこか歪だった。印象としては不恰好である。だがそこで霊夢は理解した。魔理沙のあの疲れた様子と帰り際の言葉を。嬉しいのか呆れたのか分からない、しかしとても優しい微笑を浮かべ、霊夢はその風鈴を手に取る。
一度だけ揺らす。


チリンチリン ―――。


硝子特有の澄んだ音色と、他の風鈴には無い少しだけ温かい音色を奏でる。
「全く…。涼むのに温かくしてどうするのよ。」



・・・



「おや?」
取材の為に博麗神社を訪れていた天狗記者、射命丸文は驚いたような声を上げた。ふと縁側に吊るされている二つの風鈴が目に留まり、霊夢の話から興味をそちらに移す。風鈴は音色を楽しむ物であって、幾つあっても意味が無いからだ。
「何故二つもあるんですか?」
問われた霊夢は一度お茶を啜り、ゆっくりとそれを見据る
「珍しい人間からの、珍しい贈り物よ。」
とても、とても優しい口調で言った。


チリリンチリリン ―――。


緩やかな風が吹き、二つの風鈴が全く同じ様に思える、しかし全く違う音色を奏で合う。蝉との合奏でより幽雅により儚く。
文は暖かいはずの風がどこか涼しく感じ、逆にその風鈴にはどこか暖かさを感じた。自然と笑みが毀れる。何故だろうか、整然とした風鈴と歪な風鈴がとても微笑ましく思えるのだ。それはどこか、その二人が並んでいる様で ――――。



(終)
はじめまして、エドと申します。読んでくださってありがとうございます。
今回東方SSを始めて書きました。やはり最初と言うことで、東方の主人公である霊夢と魔理沙について書かせてもらいました。
個人的にこの二人は人間と言うこともあって、どこか優しく温かいやり取りを感じます。
霊夢がいて今の魔理沙がいる。魔理沙がいて今の霊夢がいる。そんな印象をずっと持ってました(笑)
どれだけこの二人の温かい思いが伝わるか正直不安ですが、精一杯書いたつもりです。
もし感想・意見・文句・疑問・誤字脱字等がありましたらコメントを下さい。
では。
エド
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コメント



0.650簡易評価
5.80名前が無い程度の能力削除
霊夢と魔理沙のやりとりがどこか冷たいようで、以外に暖かく良い感じでした。
とりとめのない会話なのにそう思わせるのは地の文のうまさによるものでしょうか。
最後の贈り物は二人の仲の良さを感じさせますね。なんかぐっときました。
しかし個人的に残念なのが、部屋があまり暖かくないためこのSSに入り込めなかったことだったり。
12.無評価エド削除
コメントありがとうございます!
二人の仲の良さが伝わってほっとしてます。霊夢と魔理沙は一生こんな関係でいて欲しいと思う。
それにしても、これは夏に出すべきだったかな?(笑)
13.70名前が無い程度の能力削除
読んだのが夏の暑い盛りだったら+20点してたかなw
ありそうなひとコマでやりとり、そして空気もいい感じです。
17.80削除
冬に風鈴を鳴らして暖まるとは、変わった防寒法ですね。
ぬくぬくと言うよりほんわりな、いい感じの雰囲気でした。