その日、博麗神社は平和だったが微妙に憂鬱だった。
「あつ~」
霊夢は社殿にてだらしない姿で座りながら、うちわを気怠げにあおぐ。
取り戻した春は短い間に濃縮されてしまって足早に過ぎ去り、幻想郷はもう夏真っ盛りだった。
今年はレミリアも霧を出す気はないようなので、当然のごとく、暑い。
「たまには泳ぎにいこっかなー……」
などと考えてると、神社の前に暑苦しいもこもこが供を連れて降り立つのが見えた。
霊夢はやれやれと腰を上げ、簡単に服の乱れを直すと、不意の客である狐と猫を迎えに出る。
「紅白の目出度い人間、元気だったか?」
春の夜の冥界以来、八雲藍はあのときと変わらぬにこやかな笑みを浮かべていた。
「まあね、ちょっと夏ばて気味だけど。あんたこそそんな暑苦しい毛皮をしょって平気なの?」
「失礼な、ちゃんと夏毛に生え替わっている」
霊夢の目にはたいして変わらぬように見えた。まああれから二、三ヶ月は経っているから、記憶も多少あやふやになっているが。
「それで、用件はなに? わざわざ猫連れで来たからにはなにかあるんでしょ」
橙は、藍のうしろに隠れて、いかにも警戒してますといわんばかりに毛を逆立ててこちらを見ていた。まあ二回もひどい目に遭わされているから仕方のないところか。
「そうだ。人間、この前の借りを返しに来た」
「借りって……いやよ、この日中暑い盛りに弾幕騒ぎは」
「安心しろ。今日は別の方法で決着をつけに来た」
そういって藍は、懐から頭ぐらいの大きさの白い球を取り出した。
「スポーツで、ってわけ? 暑いのには変わりなさそうね」
「それも安心しろ。これは水辺でもやれる球技だ」
* * *
というわけで。
近くに海はないので、とりあえず紅魔館近くの湖が試合会場となった。
「この暑い盛りに助っ人に駆り出されたぜ」
霊夢に白羽の矢を立てられたのは、いつも通りに魔理沙であった。
「仕方ないでしょ、二人一組でやるんだから。で、それはともかくその格好は何よ」
「何って、水着で来いっていわれただろ」
そう、藍が申し出たのはビーチバレーなる球技であった。
よって二人も水着である。霊夢は紅白のワンピースで、魔理沙は紺のスクール水着。
「いや、私が突っ込みたいのはその『1-A霧雨』ってでかでかと書いてある名札なんだけど」
「お約束を解さないとは霊夢も風情がないぜ」
「まあいいけどね。それにしても、ずいぶんギャラリーも集まったわね」
場所が場所だけに紅魔館のメンツが勢揃いしていた。藍が呼んだのか、なぜか冥界の住人まで来ている。
「あら、ただのギャラリーじゃなくてよ」
ピンクのかわいいビキニを着たレミリアが、微笑みながら霊夢に話しかけてきた。隣にはいつものメイド服の咲夜が日傘を持って立っている。
「日光に弱いのになんで布地の少ないのを選んだのかしら」
「そうか、冷たい飲み物の売り子をするんだな。おいしくいただいておくぜ」
「本日はお嬢様が審判をお務めになります」
咲夜の言葉に、霊夢が苦笑いする。
「ビーチバレーのルール知ってるの?」
「伊達に人間より長生きはしてないわ」
意味ありげにレミリアは笑うと、コート脇の審判席へと向かった。
「……あー、あー、本日は晴天なり、本日は晴天なり。……会場の皆様、ご機嫌いかがでしょうか。本日紅魔館すぐ側で行われます博麗チーム対八雲チームのビーチバレー対決、実況は私、紅美鈴、紅美鈴が!お送りしますっ!」
両手を挙げて美鈴が自己主張するが、誰もそちらを見ようとしなかった。それは普段通りの地味な服装なせいでもあるまい。
一寸涙を浮かべながらも、すぐに表情を取り繕って美鈴は仕事を続ける。
「えー、気を取り直しまして。解説は紅魔館随一の知識者、パチュリー・ノーレッジさんです。早速ですがパチュリーさん、八雲チーム未だに入場してきませんが、これは何らかの作戦と見るべきなんでしょうか?」
「……きゅう」
「っていきなり熱中症で倒れてるしー!? っとそうこう言ってるうちに八雲チームが入場――こ、これはっ!?」
会場がどよめきに包まれる。
「な……なんということでしょう! 八雲藍選手、これは危ない水着だ! 胸が縦にしか隠れていません、左右に実にうらやましい豊かな胸が溢れ出ています! 女性しかいないこの浜辺でも生唾を飲み込む音と鼻血の噴水がそこかしこに見て聞き取れ、余程スタイルに自信がないと着られないこの水着、博麗チーム早くも一本取られたかっ!」
「みんな胸の方に気を取られているけど、腰の部分の食い込みもかなりきわどいわ。尻尾でお尻の部分が隠れて見えないのが少し残念なところね。一方、猫の橙選手は赤のセパレーツ、狐と同じくヘソ出しだけど色合いが巫女とかぶっていることもあってほとんど目立ってないわね」
「そうですね……ってあなたは?」
「はあい、会場の皆さん、七色の声と言葉を持つ臨時解説代行アリス・マーガトロイドよ」
いつの間にかパチュリーのマイクを奪って解説をするアリスがいた。
パチュリーはといえば、レミリアに命じられた咲夜が時を止めている間に強制連行してきたチルノとレティに囲まれ木陰で休んでいた。
プリズムリパー姉妹によるファンファーレを契機に、戦闘の火ぶたが切って落とされる。
「さて試合開始です、まずは霊夢選手のオーバーハンドサーブから。これは切れのあるいいサーブですねアリスさん」
「霊夢はボールのコントロールに長けているわね。プレイにおいてこの正確さは貴重よ」
「そうこう言ってるうちに博麗チームさっそく1点先取! 魔理沙選手見事なアタックです!」
「身軽な体さばきだけでなく、アタックしたボールの勢いもいやらしいくらい速いわ。これを見切れなければ八雲チームに勝利の可能性はないわね」
「おっと今度は橙選手のアタック! 霊夢選手、かろうじてこれを受け止めた!」
「へえ、猫だけにアクロバティックな動きをするものね。あの一回転してのアタックは威力を増すためだけでなくフェイントの意味も兼ねているわ」
「藍選手のブロックに霊夢選手ついていけないっ! 八雲チーム、即座に1点を返しましたっ!」
「狐の藍選手はあの長身が有力な武器ね。霊夢たちが持ち合わせていないものですもの」
「おおっと、これはっ!」
「実況さん、ちょっと叫びすぎ。うるさい」
「……すみません」
3面ボスのかけ合いのもと、試合は滞りなく進んでいった。
「現在の得点17対17、両者一歩も譲らない迫真の試合展開です。おっとこれはいけない、藍選手バランスを崩してしまった! これはチャンスだ速攻から魔理沙選手得意のアタックが――ああっとこれはっ! 藍選手、寝転がりながら尻尾でボールを受けまして、決まったー! 橙選手のキャット空中三回転から見事なアタックが博麗チームのコートに突き刺さったあっ!」
「さっき叫ぶなって言ったのに……」
「ああすみません、でもこう実況してると思わず叫ばずにはいられなくなるのはいわゆる一つの性癖もといサガという奴ではないかと……おや? 魔理沙選手ここで審判のお嬢様に抗議です! これは先ほどの藍選手のプレイに対してでしょうか」
「それは――」
「抗議するだけムダよ。ルールに違反していないもの」
アリスからマイクを奪い返して、パチュリーが解説に復帰した。両脇にはチルノとレティを従えたままだ。
さすがに普段着だと暑すぎるのに気づいたのか、レミリアとお揃いの色合いのピンクのワンピースに着替えている。
「暑いよ溶けちゃうよ帰してー」
「うう……夏はお休み期間中なのに……」
「氷のうコンビは無視しまして、パチュリーさん、違反していないとは?」
「もちろん――」
「体のどこでボールを受けてもよいとルールに書いてあるからよ。尻尾は例外だという事項はないわ」
またアリスがパチュリーのマイクを奪い取った。
パチュリーは一瞬考えた後、美鈴のマイクを奪い取る。
「まあそういうこと。レミリアも冷たく抗議を却下したところでプレイ再開よ」
「魔理沙のサーブ、ちょっと力んでいるわね。本人は平静を装っているつもりみたいだけど、ささいな動揺もミスに繋がりかねないっていうのにねえ」
「うう、せっかくの主役ばりの出番が~」
今度は美鈴が二人に無視された。
「……えー、紅美鈴、紅美鈴、実況の職を干されましたので、ここで気を取り直してというか視点を変えて必然的に影の薄くなっている観客席の方を回りたいと思います。まずは試合当初から賑やかな演奏で試合を盛り上げてくれているプリズムリパー姉妹のお三方、一言ずつコメントをお願いします」
「演奏の描写がほとんどないのがちょっと不満。でもベストを尽くすだけ」
「るんらら~」
「姉さん、それキャラ違うよ」
「以上、ルナサさん、メルランさん、リリカさんでした~」
「わー、私まだまともに答えてないー!」
バック演奏が一段と賑々しくかつ一部やけくそ気味になる中、美鈴は次の場所へと向かう。
「次は湖の縁にてひっそりと観戦している大妖精さんです……あら、インタビューしようとしたら逃げられました。この湖に宿っているのではないかと私が個人的に推測しているこの妖精、意外とシャイな方だったんでしょうかね?
さて続きましては、冥界の姫である西行寺幽々子様です。……って何やってるの?」
美鈴が問いかけたのは、蝶をあしらった水色の浴衣を来た幽々子ではなく、隣で扇子のあおぎ役をしている紅魔館図書室遊撃係の小悪魔に対してだった。
「いえ、うちの妖夢がそちらのお嬢様に取られてしまったようだから、ちょっとお借りしているのだけど」
見れば、同じく今日は少し子供っぽい柄の浴衣を来た妖夢が、軽い色調の横縞ワンピースを着たフランドールにマウントを取られていた。浴衣がひどく乱れているのに、美鈴はあらぬ想像をして思わず赤面してしまう。
「な、な、な、何やってるんですか妹様!?」
「プロレスごっこ」
「プロレス知ってるんですか?」
「ぜんぜん」
美鈴は頭を抱えた。
「とにかく、一応お客人なんですからせめて失礼のないようにしてください!」
「そんなのつまらないわ。美鈴よりもいじめてオーラを出してる幽霊なんてはじめて会ったんだから」
「……あー、その、なんですか。せめて適当なところで切り上げてやってください。あくまでお願いとしてですけど」
「うわーん幽々子様助けてくださいー、あと私は半分は幽霊じゃないー」
「見ていて面白いぶんには構わないわ、もっとやっちゃっても」
そういうと幽々子は熱いお茶を上品にすすった。
「そんな殺生な~」
「……といいたいところだけど、そろそろ離してやってくれないかしら、紅色の妹君? 妖夢に一つ頼みたいことができたから」
「事と内容次第によるわね。それは私も楽しめること?」
「スイカ割りよ。夏の風物詩の一つといえばスイカ割りですもの」
「よし、乗った」
ようやくフランドールから解放された妖夢は、休む暇もなく小悪魔が持ってきたスイカに向き合う。
「ぜーはーぜーはー。……妖怪の鍛えたこの楼観剣に、切れぬスイカなどたぶんない!」
疲れていても決めゼリフは忘れずに、二振りの刀は瞬きもしないうちにスイカを等分に解体した。
美鈴と小悪魔がぱちぱちと拍手する。
「お見事ですね」
「はい、毎年やらされていますから」
「あー、そうですか……お互いいろいろ大変みたいですね……」
「……はい」
いまいち世渡りの下手な二人の宮仕えは、互いを見つめると深いため息をついた。
そこに訪れる熱波の気配。
振り向けば、炎の剣を構えたフランドールが燃える瞳で残りのスイカを睨みつけている。
「いくわよはじめてのスイカ割り! 禁忌『レーヴァテイン』!」
「ってそれはダメですよ妹様ーっ!!」
フランドールの一撃は、スイカと美鈴ごと試合会場を吹き飛ばした。
「……はい、勝負あり。21対19で第1セットは霊夢たちの勝ちよ」
ひとり蝙蝠回避で無傷のレミリアが、冷静に試合結果を通告する。
「ちょっと待て審判、今のは爆発で無効ではないのか!?」
藍は寸前で回避が間に合わず、立派な尻尾の一部が焦げてしまっていた。
「フランのレーヴァテインが到達する直前にボールが落ちていたわ。気を取られて反応できなかったあなたたちの負けよ」
「くっ……! 人間、次のセットは必ずもらい受ける!」
藍は完全にのびてしまった橙を抱き上げると、控え場所に引き上げていった。
コートには、ずたぼろの霊夢と魔理沙が残された。実は博麗チーム側が直撃コースだったりして。
* * *
「だいぶ脇道にそれたけど、あらかた回復したところで第2セット開始よ。実況&解説は変わらず私アリス・マーガトロイドと」
「パチュリー・ノーレッジでお送りするわ」
「しくしく~」
美鈴は誰も運んでくれない担架の上で一人、泣いた。
「……わかっているな、橙? どうやら私達は本気を出さなくてはいけなくなったようだ」
「わかってるよ、藍様。今度こそあの赤白黒に目に物見せてくれるから」
試合開始のホイッスルが鳴り、再度のサーブ権を得た霊夢の攻撃が上空で変化をつけて八雲チームに襲いかかる。
「今だ橙、一気にいけ!」
「アイアイサー! 天符『天仙鳴動』!」
「橙選手、飛んだわ! そしてキャット空中三回転が児戯に見えるローリングでブロック――霊夢、真正面から受け止めるけど吹き飛ばされて、決まったー! 第2セット、今度は八雲チームが先制したわ」
「ここで魔理沙選手が審判に抗議よ」
「おいレミリア、スペルカード使うなんてありか!?」
「今のは私もちょっと納得できないわね……あいたたた」
二人の馴染みに責められながらも、レミリアは判定を変えなかった。
「今回のゲームでスペルカードに関するルールは特に定めていないわ。ビーチバレーのルールに従えば、橙選手はブロックを行った、それだけの話よ」
「そういうことだ、人間あきらめが肝心だと聞き及んでるが」
「そういうことだー」
「くそっ……」
魔理沙は今度こそ納得できないという表情を隠さなかったが、霊夢になだめられ、ゲームへと戻る。
「それにしてもケダモノチームも考えたものね。スペルを応用してくるなんて」
「あら、ビーチバレーにおけるスペルカードの使用はおかしなことではないわ。正確に言うなら、そもそもビーチバレーの原型であるバレーボールそのものがスペルカードの一種なの。
……古くは三千年の昔、幻想郷の西の果てに小規模ながらも強い戦士を輩出することで有名な人間たちの村があったわ。
あるときその村を一柱の悪魔が襲ったの。それは当時、どんな辺境においても知らない者はいなかった戦いの悪魔。
彼らは人間の中でも武術と魔術双方に長けた者たちであったけれど、すべての戦いという戦いを知り尽くしたかの悪魔相手には無力にも等しかった。
戦士である大人たちが次々と死んでいく中、幼い妹を守ろうと一人の年端もいかない少年が悪魔の前に立ちふさがったわ。そして一つの申し出を行うの。
悪魔は笑って、少年の挑戦を受け入れたわ。その内容は、互いの知りうるすべての武術と魔術を放棄した上での一対一の決闘。
悪魔は自分が負けるはずがないと思ったわ。彼は武術と魔術以外にも数多くの戦う術を知っていたから。
けれど、勝ったのは少年だった。その子はただ一つの鞠を用いて、それまで存在していなかった武術にして魔術を編み出したの。
悪魔は完敗を認め、彼の持つすべての知識を少年の鞠を一つの符に見立てて封じると、己の世へと帰っていったわ。
それがスペルカード、武魔『芭零冒流(ばれいぼうる)』。オリジナルの符にして鞠は失われて久しいけれど、その形式は武術でも魔術でも決着のつけられないすべての勝負を決するやり方として今も残っているわ。
八雲藍が弾幕ではなくビーチバレーという勝負を選択してきたのは、これに加えて今が夏であるということが主な理由と考えられるわね。
……以上は民明書房刊『局地的幻想世界を生き抜いた百八人の軌跡』第二十八章143ページからの引用よ」
「さてパチュリーさんが長い解説しているうちに、ゲームはどんどん進んでいるわ。霊夢&魔理沙は橙のスペルについていけず、試合は完全に八雲チームのペースよ。(し、知らなかった……あとで資料かき集めておかないと)」
「天符『天仙鳴動』!」
「きゃあっ!」
霊夢がまたもや吹き飛ばされる。
「翔符『飛翔韋駄天』!」
「うわあああっ!」
今度は魔理沙が吹き飛ばされる。
「童符『護法天童乱舞』!」
ピー。
「橙選手、オーバーネット」
「あれ?」
「橙、少し前に出すぎだ、下がれ」
相手の多少の反則があっても、博麗チームは反撃の糸口を見つけられないまま追いつめられていった。
「あつつつ……霊夢、体はまだ動くか?」
「まあ、なんとかね。フランドールとやりあったときよりかはマシだわ。……ただこのペースだとケガでダウンするのが先か、第2セットを取られるのが先か」
「……霊夢。一回だ、一回だけでいい。なんとかトスをあげてくれないか?」
いつになく真剣な表情の魔理沙。
「そこから反撃してみせる、ってわけ?」
「せめてきっかけだけでもつかんでやるぜ」
「オッケー、乗ってやろうじゃないの。このままだと第3セットも取られかねないしね」
霊夢は深く腰を据えて、猫と狐を睨みつけた。
「降参の相談か、霊夢と魔理沙? 今なら聞き入れてやってもいいぞ」
「優勝後の打ち上げ会場をどこにするか話し合っていただけだぜ」
「よく言った。なら、こちらも全力で相手するのみ!」
そういうと、橙に代わって藍が自らサーブを行ってきた。
(しめた!)
素早く確実に受けると、霊夢は魔理沙に向けて正確なトスを上げる。
「任せた!」
「おうっ!」
「何度やってもムダだ、おまえたちに橙の壁は破れん!」
既に橙はスペルを発動して、上空に待機している。このまま打てば次の瞬間、強烈なブロックが返ってくることだろう。
「だったら強引にぶち破るまでだぜ! 恋符――」
「ってちょっと待った魔理沙っ!?」
「――『マスタースパーク』!」
霊夢が止める間もなく、魔理沙の強大な魔力がボールを打ち、というかボールと橙を飲み込んで、再び試合会場を吹き飛ばした。
「おっしゃあ、橙破れたり!」
ぱちんと指を鳴らした魔理沙の頭を、霊夢が遠慮無しにぶん殴る。
「破れたりじゃないでしょ! もろに反則じゃないの!」
「いや、だって向こうがスペル使うならこっちも対抗して」
「……私は、相手選手を直接攻撃していいとは一言も言ってないのだけれど。次にやったら退場処分よ」
そして、レミリアは八雲チームの第2セット勝利を宣言した。
* * *
「さあ、休む間もなく第3セットが開始よ。それにしても最初の頃と比べて実況のセリフ減ってない?」
「ああ見えて、美鈴はけっこうノリのいい方だったのかしら。試合の方だけれど、両者ともに殺気立ってきているわね」
「まあさっきの魔理沙やそちらの妹さんが主な原因だけれどね。……実況席まで巻き込むのはなんとかしてほしいわ」
「……きゅ~」
美鈴は、マスタースパークの直撃を受けてのびていた。担架の上に寝かせられたままなのがせめてもの救いといえるかどうか。
「人間、どうやら私の思い違いだったようだ。おまえたちは八雲の名にかけて、私たちが全力で叩きつぶす」
「それはこっちのセリフだぜ。このまま仏教界でも畜生界でも冥土送りにしてやるぜ」
「……うーん、私はもうちょっと平和的なゲームがしたかったんだけどなあ」
とはいえこうなってしまってはもう止まらない。すべてはビーチバレーによって決着をつける他なかった。
「いけるな、橙?」
「はい、藍様~。あ~でもちょっとあやしいかも」
二回吹き飛ばされた橙は、さすがに足下がフラフラしていた。藍はといえば、今度はちゃんと回避が間に合ったので無傷である。逃げる余裕があるなら橙を助けてやれよという気もするが。
「安心しろ。今度は私もいく」
「え? ってことはもしかしてアレを?」
「無論だ。もはや一寸の加減をする必要もあいつらにはなくなった」
(いや、私が体力的に辛いんだけど~)
橙は心の中で嘆いたが、口に出しては何も言わなかった。
今度は八雲チームがサーブ権を得て、ゲームが開始される。
「もはや橙だけに任せはせぬ! いくぞ人間たち、式神『憑依荼吉尼天』!」
「いくよー、鬼神『飛翔毘沙門天』!」
式と鬼のダブルスペルが宙に網の目よりも隙間のないバレーの結界を作り出す。
「こ、これは……!?」
「何か知ってるのパチュリーさん?」
「まさか……いえ、間違いないわ! まさか今の時代に目で見ることができるなんて、思いもしなかった。
これはただの複合スペル技ではないわ。対を織りなす二つの神を宿した円が『芭零冒流』という白の球を中心とした術式の内で交わるとき、金剛石の槍でも打ち破れない最強の結界が完成すると言われているわ。その名も『頭吽式芭零結界(ずうんしきばれいけっかい)』」
「それだけだと、そんなに難しくない技のように聞こえるけれど」
「言うは易し、よ。神を宿せる精神力、万物たりうる円を描ける創造力と身体力、それに何より『芭零冒流』という術式を極限のレベルで極めてあること。以上の条件を満たす、同等の実力を持った術者が二人同時に揃わなければならないわ。
実力が揃わなかったときの失敗談が残っているわ、それはちょうどこの技が実戦で使われた最後の記録でもあるのだけれど。
時は五百年の昔、博麗の結界を挟んで、人と妖怪が『芭零冒流』の鞠を巡る重大な戦いを繰り広げたわ。もっともこの鞠は結局贋物で、この戦い自体は正規の記録として残されていないのだけれど。
ともかく、ある妖怪の親子が件の鞠を人間たちの手から奪い返したわ。そこまではよかったのだけれど、結界の向こう側で人間の戦士たちに囲まれてしまったの。親の方は深手を負っていて、子を逃がすことすら不可能に思われた。
そこで二人は一か八か、『頭吽式芭零結界』を執り行うの。この技は結界としても強力だけれど、結界の範囲内に敵が入るようにして行使すれば、金剛石をも押しつぶす攻撃の技にもなるわ。感じとしては霊夢の二重結界を想像して。
かくして、妖怪の親子は無事に人間の戦士たちを撃退した。鞠自体は偽物だったけれど『芭零冒流』の術式を行使するには十分な代物だった。
でも、代償は大きかった。子は親の力についていけず、降ろした神に身も心も奪われてしまったの。親は結局子を守れなかったことを悔やみながら、無念の死を遂げたわ。
……以上は、民明書房刊『完全なる球の織りなす結界講座一から十まで』211ページからの引用よ。この話には、実はこの本に載っていない続きがあるんだけれど、それはまた別の機会にね」
「へえ、そんなすごい技だったんですね。以上、パチュリーさんの解説講座でした。(つ、続きが気になるー!)」
長い解説をよそに、博麗チームは圧倒的な壁の前になすすべがなかった。
およそあらゆる攻撃が威力も精度も数倍になってはね返ってくるのではどうしようもない。
「なんか、やる気なくなってくるわね」
霊夢はすっかり諦めモード。
一方の魔理沙はかえって闘志を燃え上がらせているが、それがすべて空回りになる現状ではただの体力の無駄遣いにしかならなかった。
「まだだ、まだ終わらんぜ霊夢!」
「といってもね」
「おまえはやられっぱなしで悔しくないのかよ? そんな体や水着に傷つけられたままで」
「そりゃあ悔しいけど、今の状況って理論上絶対にかわせない弾幕を相手にしてるようなもんだからなあ」
審判のレミリアもずいぶん投げやりになっていた。最初に橙のスペルにゴーサインを出した手前、現状の藍と橙を止めることができないらしい。
ギャラリーもこちらを見ずに各自好き勝手なことをし始めていた。唯一プリズムリパー姉妹だけが、主人公ピンチな曲を嬉々として演奏しまくっていたが。
スペルカード切れを待とうにも得点差は0対20で、もはや一刻の猶予もない。
「なに、こんなこともあろうかと、実はたった一つ最後の秘策を用意しておいたぜ」
「ノンディレクショナルレーザーもミルキーウェイも却下よ」
「安心しろ、スペルカードはもう使わないぜ。お互いビーチバレー向きの技は持ってないしな」
「反則にはならないんでしょうね?」
「大丈夫、ルールには引っかからない……はずだ」
「なんか頼りないなあ……ま、いいか。せめて観客その他のひんしゅくは買わないようにしてよね」
魔理沙は親指を立てて返事すると、藍&橙の獣コンビの方へと向き直る。
「罰ゲームの準備は済んだか? 仏への念仏は?」
「そっちこそコートの隅でガタガタ震えて雨乞いでもする心の準備はOK?」
二人は視線を交錯させ、互いにニヤリと笑うと、藍の全力サーブが魔理沙に襲いかかった。
魔理沙は全身全霊の力を込めて、それを受けきった。お愛想気味に霊夢がトスを上げ、魔理沙がジャンプからアタックの構えをし、その前に橙の毘沙門天が立ちはだかる。
「これで終わりだよ!」
「それはこちらのセリフだぜ! 秘策『猫じゃらし』!」
魔理沙は競技中ずっとかぶっていたいつもの帽子から猫じゃらしを取り出す。
橙の目の色が変わった。かすかに香るマタタビが猫の本能をさらに呼び覚ます。
「そら橙、取ってこーい!」
魔理沙は、猫じゃらし(マタタビ付き)を湖に向かって思いっきり放り投げた。
橙は、ゲームそっちのけで猫じゃらしを追いかける。
その隙に魔理沙がアタックを決め、橙は湖に落ちて溺れた。
「わ、わ、わ、誰か助けて~!」
大慌てで助けに向かう藍を後目に、魔理沙は誰もいないコートめがけて遠慮無くサーブを叩き込みまくる。
「おっと魔理沙選手、これは見た目に違わず卑怯な振る舞い!」
「タイム取らずにいった藍選手が悪いんだけどね」
藍が濡れた橙を背負って戻ってくる間に、一挙10点せしめていた。
「……審判、今の橙に対する行為は反則ではないのか?」
「勝手に試合放棄して湖に飛び込んだのは、あくまでその猫の責任よ」
「……そうか」
藍はそっと橙を地面に降ろすと、魔理沙を怒りの形相で睨みつける。
「もはや多くは語るまい。あと1点ですべてに決着をつける」
「受けて立つぜ。式の落ちた猫がどこまでできるかは知らないがな」
藍は思わず顔をしかめる。この魔法使いはそれを狙っていたか。
「砂の上に這いつくばれ、腹黒の魔女!」
「スペルに頼りすぎたのが敗因だぜ、化かし損ねの大狐!」
「で、試合は結局どうなったのかというと」
「半人前以下になった化け猫と冷静さを失った狐が、自分のペースを取り戻した主人公コンビにかなうわけないわね。22対20で博麗チームの逆転勝ち」
ああ、無情。
* * *
試合の後は、そのまま夏の浜辺でみんなで和気藹々するイベントと化した。
いろいろな意味で疲れた藍は、皆から少し離れた木陰に腰かけると、そこから何故か楽しそうにじゃれ合っている橙と魔理沙とその他数名を眺めていた。
(試合中はさんざん橙をいじめてくれたのに、今になって仲良く振る舞うとはいかなる了見だろうか)
問題がない以上は止めるわけにもいかず、藍が考えあぐねていると、そこに飲み物を携えた幽々子がやってきた。
「カルピスをいただいてきたけど、飲むかしら?」
「これは幽々子どの、ではありがたくいただきます」
藍は一口飲み、そして盛大に吐き出した。
「……これ、原液のままではないですか」
「誰も薄めてあるなんていってないわよ」
いたずらっぽい笑みを浮かべる亡霊の姫に、狐は苦笑する他なかった。
「……それにしても、案外似ているのかしらね」
意味ありげな言葉をいうと、幽々子は藍の隣に優雅に腰かける。
「似ているとは?」
「あなたと、黒いの。今日はどちらかといえば紺ですけど」
話題の魔理沙は、再び猫じゃらしで橙にちょっかいをかけていた。霊夢とパチュリーにも同時に責められ、橙は忙しくぐるぐると回っている。
「それは心外な。いったいどこがですか」
藍は尻尾を振りながらぷりぷりと怒る。
「自分の所有物をいじめられるとすぐに怒るところ、かしら」
「所有物ではなく式、です。しかしあの人間に式がいたのですか」
怒るところというのを藍は否定しなかった。
「そうね、向こうは式ではなくて……悪友かしら」
なにか違うような気もしたが幽々子はその言葉を選び、水着でも紅白の巫女を指さす。
それを見て藍は、目から鱗が落ちる。
「……なるほど。それは言われるまで気がつきませんでした」
「もしもう一度決着をつけるつもりなら、今度は一対一の競技を選ぶことね。そうでないと互いに邪念が入り込んでまたややこしいことになると思うから」
そのときはまた呼んでくださいな、と幽々子は付け加えた。
それには答えず、藍は立ち上がると、いつの間にか取っ組み合いのケンカをはじめていた魔理沙と橙の間に乱入していった。
再び幽々子はくすりと笑うと、自分用にちゃんと薄めておいたカルピスを飲み干す。
「夏場はカルピスもよいものね」
そんな幽々子のもとへ、ずいぶんと慌てた様子の美鈴が駆け寄ってくる。
「すみません西行寺様、うちの妹様を見かけませんでしたか?」
「いえ、見ていないけれど。うちの妖夢と戯れているのではなかったの?」
「それが……妖夢様が手洗いにいかれた隙に、いなくなってしまったらしくて」
ビーチバレーを終えて和やかだった浜辺に急遽、フランドール捜索隊が組織される。
「みんなわかっていると思うけど、目的は一刻も早いフランドール様の発見および身柄の確保よ。発見が一秒遅れるたびに地獄絵図が一枚書き足されるものという覚悟で臨んで」
レミリアから隊長を仰せつかった咲夜が、一同に指令を告げる。
「それで隊長、手がかりは?」
手を挙げたのは、今のノリを楽しんでいる魔理沙。
「いなくなったのが確認されたのが、ビーチバレーの試合が終わった直後。最後に目撃したのは魂魄妖夢で、彼女がトイレにいっているわずか二分ほどの間にいなくなったわ」
そのもっとも重大な過失を犯した妖夢は、今回の捜索隊には参加していない。幽々子とレミリアのダブルお嬢様にいじめられている最中であった。
「情報は以上。これより作戦を開始する!」
二時間後。
「それにしても見つからないぜ」
霊夢と組んで博麗神社のあたりを探しに行った魔理沙が、湖へと戻ってきた。
「おかしいと思わない?」
「なにがだ?」
「あの妹がいなくなったのよ? とうの昔に火の手が上がってすぐに見つかりそうなものなのに」
「確かにな。かくれんぼでもしているつもりなのかな?」
「かくれんぼでも、何もせずにいられるタマじゃないと思うわ」
矛盾する現状に頭をひねっていると、既に集合場所に戻ってきていたパチュリーと美鈴が話しかけてくる。
「ダメね、紅魔館には帰っていなかったわ」
「館中をあらかた探し回ってみましたけど、妹様の痕跡は見つかりませんでした」
「うちに帰って寝ていたというオチでもなかったか」
見れば、夕日が今にも沈もうという時刻であった。もうすぐあやかしたちの夜が訪れる。
「いっそこのまま神社に帰りたかったところね」
「でもそうすると今にも天災が襲ってくるかもしれないという恐怖に震えながら就寝することになるぜ」
「何人かは逃げちゃったみたいだけどね」
アリス、チルノ、レティの三人はそれぞれの帰還予定時刻を過ぎても戻ってくる気配がなかった。
彼女らが後日、隊長からきついお仕置きを受けるのはそれはまた別のお話として。
「ああもう、あのお騒がせはいったいどこへいったのやら」
少しやけになって、魔理沙はバレーボールを蹴り飛ばした。
「……あ、しまった」
ボールは放物線を描いて、湖の方へと飛んでいき。
「丸いものゲットー!」
どこからか飛んできた橙が、ボールといっしょに水面下へ沈んでいった。
「あー人間、おまえまた橙をいじめたな!」
「今のは事故だー!」
叫びながらも、魔理沙は藍と同時に橙を助けに飛び込む。
「何やってるのかしらね」
「たぶん、漫才じゃないかしら」
霊夢たちが見つめる中、しかしなかなか一人と二匹が上がってくる気配がない。
「……どうしたのかしら?」
「ちょっとまずいかもしれないわね」
霊夢たちも助けに向かおうとしたそのとき。
「見つけたー!」
魔理沙が、ずぶぬれのフランドールを抱きかかえて浮上してきた。
「つまり、妹様は湖の中に落ちて、そのまま一切の身動きがとれなかったと」
第一発見者の魔理沙からの報告を受ける、隊長咲夜。
「状況からしてそうとしか考えられないぜ」
「落ちた理由は?」
「そのへんの事情聴取は明日だな。発見した時点で爆睡してやがった」
思わずこける咲夜。
「ね、寝てたの?」
「たぶん、水の中で他にやれることがなかったからだと思われるぜ」
「……わかったわ。それではこれにて、フランドール様捜索隊を解散します」
任を解かれ、解放感と疲労感を同時に感じる一同。
「さあ、これでビーチバレーを再開できますわね」
「何いってるんだ今日のゲームはもうお開きだぜ……って」
いつの間にかすきま妖怪が一人増えていた。
「これは紫様、なぜこちらに?」
「あら。あなたがビーチバレーをするといったときに、私も参加したいといったでしょう?」
「え……でもその後すぐに三度寝を」
「夜の帳も降りて、時は満ちたわ。さあ対戦相手は誰かしら?」
紫はもはや人ならぬ狐の話を聞いてはいなかった。
「なら、私がお相手するわ」
霊夢と魔理沙が逃げ出す前に、咲夜が自ら名乗り出た。
「あら、手品しか芸のないただのメイド風情が?」
「昼間ずっとお嬢様の脇で観戦してたら、なんだかこっちもやりたくなってきてね」
そういうと咲夜は、一瞬のうちにメイド服を脱ぎ去り、その下のハイレグモノキニ水着を露わにする。過激さと大きさという点では藍に一歩劣るが、ここにいるメンバーの中では水着も含めてもっとも均整の取れた美しいスタイルであった。
「ふふ、万年寝太郎のあなたにまともなスポーツができるのかしら?」
「予告しておきますわ。あなたは想像と現実の狭間で苦しむことになる」
紫もまた自分の衣装を脱ぎ捨て、あらかじめ着てきた水着を表に出す。
瞬間、ほぼ全員が鼻血を吹き、一名はそのまま貧血で倒れた。
「こ、これは……霊夢、解説をお願いするぜ」
「なんであんたが実況席に座ってるのよ。……えー、一言でいうなら、これは水着とそうでないものの境界を突き詰めた一つの形ね。紫色のビキニだけど布地がめちゃくちゃ少ないというか、ないわ」
「そのくせトップ部分がちゃんと蝶をイメージしているとわかるのが、高度なデザイン力を感じさせるぜ」
「ちなみに胸の大きさは、狐より大きいかもしれないわね。そのぶん他のところも若干ふ――」
飛んできた日傘が霊夢を直撃した。
「あらやだ、スポーツにストリップ女優はお呼びじゃなくてよ」
「世には美と力の境を持たない者もいるわ。目の前の犬はどちらも凡人以下のようだけれど」
今にもオーラか何かが出現しそうな迫力でにらみ合うメイドと妖怪の女二人。
「……で、二人ともパートナーは誰にするんだ? 一対一じゃビーチバレーはできないぜ」
「うちは当然、藍が相手を」
「私に連戦しろといいますか!?」
「あなたならそれくらい軽くこなしてくれるでしょう?」
「はう~」
尻尾が力無くしょげながらも、藍は渋々位置へと着く。
「こっちは美鈴、あなたよ」
「私がですか!?」
「当たり前じゃない、うちに他にスポーツ要員がいると思う?」
そういわれて美鈴は黙って納得した。
「地味は地味なりにしっかりサポート役を努めてよ」
「やっぱりひどいこといわれてる~」
「というわけで、ビーチバレー夜の部、八雲チーム対紅魔館チームの試合開始だぜ。実況は霧雨魔理沙」
「解説は博麗霊夢でお送りするわ。……もう完全に成り行きだけど」
「チーム交代に合わせて、審判もレミリアから幽々子に交代だぜ。レミリアいわく『もう飽きた』だそうだぜ」
魔理沙が苦笑いする。そのレミリアといえば、観客席でパチュリーとお茶を飲み交わしながら談笑していた。
「一方の幽々子の審判としての能力は未知数ね。レミリアと同様、妙に自信ありげなことは言っていたけれど」
「さて、例によってホイッスルとリリカたちの演奏で試合開始だぜ。まずは紅魔館チーム美鈴選手、ジャンピングサーブから」
(中略)
「さて試合も中盤に差しかかってきたわけだが」
「ちょっと待ってくださいなんで私の活躍場面が省略されてるんですかっ!?」
「お約束を解さないとは美鈴も風情がないぜ」
「それに試合の大勢には全然影響与えていないわね」
「しくしく~」
と泣きながらも、美鈴はしっかりとアタックを決める。これまでの選手の中でもっともお手本に近い理想的ともいえるフォームだが。
「美鈴選手、またもや外したわね」
「まさに『外された』だな。もう何度いったか忘れたが」
美鈴の攻撃はことごとく外れていた。どんなに正確に打とうとも、ラインそのものが操作されては入れようがない。
「続いて藍選手の――はい、咲夜が超反応のブロック決めて1点返したぜ。返したボールは目に止まりようがないスピードだぜ」
魔理沙はよそ見をしながら実況した。
「ねえ魔理沙、つくづく思うんだけど」
「実況と呼んでくれたまえ解説の霊夢さん」
「はいはい、実況の魔理沙さん。境界操作と時間操作を反則にしないビーチバレーに決着の着く日は果たして来るのかしら」
「文句は審判に言ってほしいぜ。もう何度却下されたか忘れたけどな」
幽々子が紫と咲夜の双方にゴーサインを出してしまったので、試合の流れは完全に泥沼化していた。
「ええと、現在の得点は46対46ね。こうなると相手のミスを祈る他に勝負の決め手となるものはなさそうね」
「少なくとも夜明けまで粘れば八雲チームの負けは確実になるわけだが」
「徹夜で解説は遠慮しておきたいところね。観客席もさっきの私たちの試合以上に投げやりになってる雰囲気だし」
「そうだな。レミリアは相変わらずパチュリーとおしゃべり、妖夢と橙は疲労で昏睡、いきがいいのは必死で応援旗を振ってる小悪魔とチンドン屋の三人組くらいだぜ」
「旗の『メイリンがんばれ』という文字にはツッコミを入れたいところね」
「なんでそこにツッコミが入るんですか!」
「お約束を解さないとは(以下略)」
「早く試合に戻らないと咲夜に怒られるわよ」
美鈴は、黙って泣いた。
「ねえ姉さん、この試合いつまで続くのかしらね~?」
「さっき解説でいってたとおりだろうな。私たちは夜通しでも構わないというか、それが本望だけどね」
「幽霊楽団だからね~」
調子づいて、更に大音量で演奏を続ける三姉妹。女の戦いをイメージした優雅にして激しい曲である。
とんとん、とリリカの肩が叩かれる。
彼女は無視して演奏を続けようとするが、さらにとんとんと肩を叩かれた。
「うるさいなあ、せっかくいい調子になってきたとこなんだからおとなしく演奏聴いてて……よ……?」
リリカが振り向くと、そこにはいつの間に起きたのか、妙に目が据わったフランドールがいた。
霊も殺しかねない殺気に、リリカは生まれてはじめて恐怖という感情を知る。
「……うるさあああいっ!!!」
QED『495年の波紋』。
寝ぼけたフランドールのスペルが、チンドン屋ごと三度試合会場を吹き飛ばした。
「……ま、毎度お騒がせの妹君だぜ」
「一回はあんたがやったでしょ……。幸いというか不幸というか、今のはどちらかの得点に結びつくものではなかったようだけど……?」
「ありゃりゃ、紫選手が倒れてるぜ」
「眉間に針弾が突き刺さってるわね。一歩間違えなくても死んでそうだけど。あ、無言で立ち上がった」
「血を垂らしながら笑っているところがホラーだぜ」
「審判、タイムをお願いしますわ」
ちゃんとタイムを取ってから、紫はフランドールへと近づいた。
「噂には聞いていたけれど、紅い悪魔の家は本当にしつけがなっていらっしゃらないようね」
「なによ文句あんのこのダイコン足オバンが」
「(ぶちっ)」
「わーおまえそれは禁断の一言というか二言も!」
藍が止めるが時既に遅し。
星明かりを覆い隠し、暗き夜を一層の闇へと誘うのは、空と大地の境界すら消し去る弾幕の結界。
「悪魔はそう簡単に死なないそうだけれど、私が生と死の境界を越えさせて差し上げますわ」
「年寄りのくせにやるってわけ? 受けて立とうじゃないの!」
フランドールも完全に目を覚まし、炎の剣とともに現れるは、無限に続く弾幕の迷路。
「完全に巻き込まれたわね」
「どうも逃げるタイミングを見誤ったみたいだぜ」
「どうする?」
「決まってるだろ? やられる前にやる、これだぜ」
巫女と魔法使いは、同時に弾幕の海へと飛び込んだ。
「レミィ、久しぶりにやる気みたいね」
「うちのことを侮辱してくれたようだから。それに、たまには姉らしいこともしてあげないとね」
「背中のことは気にしないで。今日は体の調子もいいから」
「頼りにしてるわ、パチェ」
二人の親友が、弾幕の空へと躍り出る。
「紫様のピンチだ。参るぞ、橙!」
「らじゃー!」
二匹の式が、弾幕下の地面を駆けた。
「お嬢様たちには弾一つかすらせないわ!」
「(こくこく)」
「ああ、もしかしたらと恐れていた最悪の事態がー」
三人の従者たちが、次々に弾幕の刃を作り上げる。
「幽々子様、ここは私が引き受けます、早くお逃げください!」
妖夢は二本の愛刀で弾という弾を切り裂くが、当の主は一向に退く気配がない。
「幽々子様!」
「妖夢、あなたもまだまだね」
「はい?」
「夏にはまだ一つ、楽しみが残っていてよ」
片手で扇を開くと、幽々子は舞を始めた。
それは幽鬼にして姫の舞。
弾と弾の狭間に踊り、亡霊の姫は終局へと向かう祭りの最後の輝きと一体化した。
* * *
ルーミアはご機嫌だった。
最近新しい友達ができたのだ。彼女は言葉を話せなかったが、感情も弾幕表現も豊かな彼女とはいっしょにいるだけで心地よく、今夜もまた二人で夜空の散歩を楽しんでいた。
「あ、見て見てリリー、花火だよ!」
ルーミアは遠くの湖に咲くたくさんの大輪の花を見つける。
「やっぱり夏は花火だよねー。た~まや~!」
リリーホワイトもルーミアの隣に並んで、笑いながら叫ぶ真似をする。
そして。
二人は仲良く、飛んできた流れ弾に撃墜された。
おしまい
「あつ~」
霊夢は社殿にてだらしない姿で座りながら、うちわを気怠げにあおぐ。
取り戻した春は短い間に濃縮されてしまって足早に過ぎ去り、幻想郷はもう夏真っ盛りだった。
今年はレミリアも霧を出す気はないようなので、当然のごとく、暑い。
「たまには泳ぎにいこっかなー……」
などと考えてると、神社の前に暑苦しいもこもこが供を連れて降り立つのが見えた。
霊夢はやれやれと腰を上げ、簡単に服の乱れを直すと、不意の客である狐と猫を迎えに出る。
「紅白の目出度い人間、元気だったか?」
春の夜の冥界以来、八雲藍はあのときと変わらぬにこやかな笑みを浮かべていた。
「まあね、ちょっと夏ばて気味だけど。あんたこそそんな暑苦しい毛皮をしょって平気なの?」
「失礼な、ちゃんと夏毛に生え替わっている」
霊夢の目にはたいして変わらぬように見えた。まああれから二、三ヶ月は経っているから、記憶も多少あやふやになっているが。
「それで、用件はなに? わざわざ猫連れで来たからにはなにかあるんでしょ」
橙は、藍のうしろに隠れて、いかにも警戒してますといわんばかりに毛を逆立ててこちらを見ていた。まあ二回もひどい目に遭わされているから仕方のないところか。
「そうだ。人間、この前の借りを返しに来た」
「借りって……いやよ、この日中暑い盛りに弾幕騒ぎは」
「安心しろ。今日は別の方法で決着をつけに来た」
そういって藍は、懐から頭ぐらいの大きさの白い球を取り出した。
「スポーツで、ってわけ? 暑いのには変わりなさそうね」
「それも安心しろ。これは水辺でもやれる球技だ」
* * *
というわけで。
近くに海はないので、とりあえず紅魔館近くの湖が試合会場となった。
「この暑い盛りに助っ人に駆り出されたぜ」
霊夢に白羽の矢を立てられたのは、いつも通りに魔理沙であった。
「仕方ないでしょ、二人一組でやるんだから。で、それはともかくその格好は何よ」
「何って、水着で来いっていわれただろ」
そう、藍が申し出たのはビーチバレーなる球技であった。
よって二人も水着である。霊夢は紅白のワンピースで、魔理沙は紺のスクール水着。
「いや、私が突っ込みたいのはその『1-A霧雨』ってでかでかと書いてある名札なんだけど」
「お約束を解さないとは霊夢も風情がないぜ」
「まあいいけどね。それにしても、ずいぶんギャラリーも集まったわね」
場所が場所だけに紅魔館のメンツが勢揃いしていた。藍が呼んだのか、なぜか冥界の住人まで来ている。
「あら、ただのギャラリーじゃなくてよ」
ピンクのかわいいビキニを着たレミリアが、微笑みながら霊夢に話しかけてきた。隣にはいつものメイド服の咲夜が日傘を持って立っている。
「日光に弱いのになんで布地の少ないのを選んだのかしら」
「そうか、冷たい飲み物の売り子をするんだな。おいしくいただいておくぜ」
「本日はお嬢様が審判をお務めになります」
咲夜の言葉に、霊夢が苦笑いする。
「ビーチバレーのルール知ってるの?」
「伊達に人間より長生きはしてないわ」
意味ありげにレミリアは笑うと、コート脇の審判席へと向かった。
「……あー、あー、本日は晴天なり、本日は晴天なり。……会場の皆様、ご機嫌いかがでしょうか。本日紅魔館すぐ側で行われます博麗チーム対八雲チームのビーチバレー対決、実況は私、紅美鈴、紅美鈴が!お送りしますっ!」
両手を挙げて美鈴が自己主張するが、誰もそちらを見ようとしなかった。それは普段通りの地味な服装なせいでもあるまい。
一寸涙を浮かべながらも、すぐに表情を取り繕って美鈴は仕事を続ける。
「えー、気を取り直しまして。解説は紅魔館随一の知識者、パチュリー・ノーレッジさんです。早速ですがパチュリーさん、八雲チーム未だに入場してきませんが、これは何らかの作戦と見るべきなんでしょうか?」
「……きゅう」
「っていきなり熱中症で倒れてるしー!? っとそうこう言ってるうちに八雲チームが入場――こ、これはっ!?」
会場がどよめきに包まれる。
「な……なんということでしょう! 八雲藍選手、これは危ない水着だ! 胸が縦にしか隠れていません、左右に実にうらやましい豊かな胸が溢れ出ています! 女性しかいないこの浜辺でも生唾を飲み込む音と鼻血の噴水がそこかしこに見て聞き取れ、余程スタイルに自信がないと着られないこの水着、博麗チーム早くも一本取られたかっ!」
「みんな胸の方に気を取られているけど、腰の部分の食い込みもかなりきわどいわ。尻尾でお尻の部分が隠れて見えないのが少し残念なところね。一方、猫の橙選手は赤のセパレーツ、狐と同じくヘソ出しだけど色合いが巫女とかぶっていることもあってほとんど目立ってないわね」
「そうですね……ってあなたは?」
「はあい、会場の皆さん、七色の声と言葉を持つ臨時解説代行アリス・マーガトロイドよ」
いつの間にかパチュリーのマイクを奪って解説をするアリスがいた。
パチュリーはといえば、レミリアに命じられた咲夜が時を止めている間に強制連行してきたチルノとレティに囲まれ木陰で休んでいた。
プリズムリパー姉妹によるファンファーレを契機に、戦闘の火ぶたが切って落とされる。
「さて試合開始です、まずは霊夢選手のオーバーハンドサーブから。これは切れのあるいいサーブですねアリスさん」
「霊夢はボールのコントロールに長けているわね。プレイにおいてこの正確さは貴重よ」
「そうこう言ってるうちに博麗チームさっそく1点先取! 魔理沙選手見事なアタックです!」
「身軽な体さばきだけでなく、アタックしたボールの勢いもいやらしいくらい速いわ。これを見切れなければ八雲チームに勝利の可能性はないわね」
「おっと今度は橙選手のアタック! 霊夢選手、かろうじてこれを受け止めた!」
「へえ、猫だけにアクロバティックな動きをするものね。あの一回転してのアタックは威力を増すためだけでなくフェイントの意味も兼ねているわ」
「藍選手のブロックに霊夢選手ついていけないっ! 八雲チーム、即座に1点を返しましたっ!」
「狐の藍選手はあの長身が有力な武器ね。霊夢たちが持ち合わせていないものですもの」
「おおっと、これはっ!」
「実況さん、ちょっと叫びすぎ。うるさい」
「……すみません」
3面ボスのかけ合いのもと、試合は滞りなく進んでいった。
「現在の得点17対17、両者一歩も譲らない迫真の試合展開です。おっとこれはいけない、藍選手バランスを崩してしまった! これはチャンスだ速攻から魔理沙選手得意のアタックが――ああっとこれはっ! 藍選手、寝転がりながら尻尾でボールを受けまして、決まったー! 橙選手のキャット空中三回転から見事なアタックが博麗チームのコートに突き刺さったあっ!」
「さっき叫ぶなって言ったのに……」
「ああすみません、でもこう実況してると思わず叫ばずにはいられなくなるのはいわゆる一つの性癖もといサガという奴ではないかと……おや? 魔理沙選手ここで審判のお嬢様に抗議です! これは先ほどの藍選手のプレイに対してでしょうか」
「それは――」
「抗議するだけムダよ。ルールに違反していないもの」
アリスからマイクを奪い返して、パチュリーが解説に復帰した。両脇にはチルノとレティを従えたままだ。
さすがに普段着だと暑すぎるのに気づいたのか、レミリアとお揃いの色合いのピンクのワンピースに着替えている。
「暑いよ溶けちゃうよ帰してー」
「うう……夏はお休み期間中なのに……」
「氷のうコンビは無視しまして、パチュリーさん、違反していないとは?」
「もちろん――」
「体のどこでボールを受けてもよいとルールに書いてあるからよ。尻尾は例外だという事項はないわ」
またアリスがパチュリーのマイクを奪い取った。
パチュリーは一瞬考えた後、美鈴のマイクを奪い取る。
「まあそういうこと。レミリアも冷たく抗議を却下したところでプレイ再開よ」
「魔理沙のサーブ、ちょっと力んでいるわね。本人は平静を装っているつもりみたいだけど、ささいな動揺もミスに繋がりかねないっていうのにねえ」
「うう、せっかくの主役ばりの出番が~」
今度は美鈴が二人に無視された。
「……えー、紅美鈴、紅美鈴、実況の職を干されましたので、ここで気を取り直してというか視点を変えて必然的に影の薄くなっている観客席の方を回りたいと思います。まずは試合当初から賑やかな演奏で試合を盛り上げてくれているプリズムリパー姉妹のお三方、一言ずつコメントをお願いします」
「演奏の描写がほとんどないのがちょっと不満。でもベストを尽くすだけ」
「るんらら~」
「姉さん、それキャラ違うよ」
「以上、ルナサさん、メルランさん、リリカさんでした~」
「わー、私まだまともに答えてないー!」
バック演奏が一段と賑々しくかつ一部やけくそ気味になる中、美鈴は次の場所へと向かう。
「次は湖の縁にてひっそりと観戦している大妖精さんです……あら、インタビューしようとしたら逃げられました。この湖に宿っているのではないかと私が個人的に推測しているこの妖精、意外とシャイな方だったんでしょうかね?
さて続きましては、冥界の姫である西行寺幽々子様です。……って何やってるの?」
美鈴が問いかけたのは、蝶をあしらった水色の浴衣を来た幽々子ではなく、隣で扇子のあおぎ役をしている紅魔館図書室遊撃係の小悪魔に対してだった。
「いえ、うちの妖夢がそちらのお嬢様に取られてしまったようだから、ちょっとお借りしているのだけど」
見れば、同じく今日は少し子供っぽい柄の浴衣を来た妖夢が、軽い色調の横縞ワンピースを着たフランドールにマウントを取られていた。浴衣がひどく乱れているのに、美鈴はあらぬ想像をして思わず赤面してしまう。
「な、な、な、何やってるんですか妹様!?」
「プロレスごっこ」
「プロレス知ってるんですか?」
「ぜんぜん」
美鈴は頭を抱えた。
「とにかく、一応お客人なんですからせめて失礼のないようにしてください!」
「そんなのつまらないわ。美鈴よりもいじめてオーラを出してる幽霊なんてはじめて会ったんだから」
「……あー、その、なんですか。せめて適当なところで切り上げてやってください。あくまでお願いとしてですけど」
「うわーん幽々子様助けてくださいー、あと私は半分は幽霊じゃないー」
「見ていて面白いぶんには構わないわ、もっとやっちゃっても」
そういうと幽々子は熱いお茶を上品にすすった。
「そんな殺生な~」
「……といいたいところだけど、そろそろ離してやってくれないかしら、紅色の妹君? 妖夢に一つ頼みたいことができたから」
「事と内容次第によるわね。それは私も楽しめること?」
「スイカ割りよ。夏の風物詩の一つといえばスイカ割りですもの」
「よし、乗った」
ようやくフランドールから解放された妖夢は、休む暇もなく小悪魔が持ってきたスイカに向き合う。
「ぜーはーぜーはー。……妖怪の鍛えたこの楼観剣に、切れぬスイカなどたぶんない!」
疲れていても決めゼリフは忘れずに、二振りの刀は瞬きもしないうちにスイカを等分に解体した。
美鈴と小悪魔がぱちぱちと拍手する。
「お見事ですね」
「はい、毎年やらされていますから」
「あー、そうですか……お互いいろいろ大変みたいですね……」
「……はい」
いまいち世渡りの下手な二人の宮仕えは、互いを見つめると深いため息をついた。
そこに訪れる熱波の気配。
振り向けば、炎の剣を構えたフランドールが燃える瞳で残りのスイカを睨みつけている。
「いくわよはじめてのスイカ割り! 禁忌『レーヴァテイン』!」
「ってそれはダメですよ妹様ーっ!!」
フランドールの一撃は、スイカと美鈴ごと試合会場を吹き飛ばした。
「……はい、勝負あり。21対19で第1セットは霊夢たちの勝ちよ」
ひとり蝙蝠回避で無傷のレミリアが、冷静に試合結果を通告する。
「ちょっと待て審判、今のは爆発で無効ではないのか!?」
藍は寸前で回避が間に合わず、立派な尻尾の一部が焦げてしまっていた。
「フランのレーヴァテインが到達する直前にボールが落ちていたわ。気を取られて反応できなかったあなたたちの負けよ」
「くっ……! 人間、次のセットは必ずもらい受ける!」
藍は完全にのびてしまった橙を抱き上げると、控え場所に引き上げていった。
コートには、ずたぼろの霊夢と魔理沙が残された。実は博麗チーム側が直撃コースだったりして。
* * *
「だいぶ脇道にそれたけど、あらかた回復したところで第2セット開始よ。実況&解説は変わらず私アリス・マーガトロイドと」
「パチュリー・ノーレッジでお送りするわ」
「しくしく~」
美鈴は誰も運んでくれない担架の上で一人、泣いた。
「……わかっているな、橙? どうやら私達は本気を出さなくてはいけなくなったようだ」
「わかってるよ、藍様。今度こそあの赤白黒に目に物見せてくれるから」
試合開始のホイッスルが鳴り、再度のサーブ権を得た霊夢の攻撃が上空で変化をつけて八雲チームに襲いかかる。
「今だ橙、一気にいけ!」
「アイアイサー! 天符『天仙鳴動』!」
「橙選手、飛んだわ! そしてキャット空中三回転が児戯に見えるローリングでブロック――霊夢、真正面から受け止めるけど吹き飛ばされて、決まったー! 第2セット、今度は八雲チームが先制したわ」
「ここで魔理沙選手が審判に抗議よ」
「おいレミリア、スペルカード使うなんてありか!?」
「今のは私もちょっと納得できないわね……あいたたた」
二人の馴染みに責められながらも、レミリアは判定を変えなかった。
「今回のゲームでスペルカードに関するルールは特に定めていないわ。ビーチバレーのルールに従えば、橙選手はブロックを行った、それだけの話よ」
「そういうことだ、人間あきらめが肝心だと聞き及んでるが」
「そういうことだー」
「くそっ……」
魔理沙は今度こそ納得できないという表情を隠さなかったが、霊夢になだめられ、ゲームへと戻る。
「それにしてもケダモノチームも考えたものね。スペルを応用してくるなんて」
「あら、ビーチバレーにおけるスペルカードの使用はおかしなことではないわ。正確に言うなら、そもそもビーチバレーの原型であるバレーボールそのものがスペルカードの一種なの。
……古くは三千年の昔、幻想郷の西の果てに小規模ながらも強い戦士を輩出することで有名な人間たちの村があったわ。
あるときその村を一柱の悪魔が襲ったの。それは当時、どんな辺境においても知らない者はいなかった戦いの悪魔。
彼らは人間の中でも武術と魔術双方に長けた者たちであったけれど、すべての戦いという戦いを知り尽くしたかの悪魔相手には無力にも等しかった。
戦士である大人たちが次々と死んでいく中、幼い妹を守ろうと一人の年端もいかない少年が悪魔の前に立ちふさがったわ。そして一つの申し出を行うの。
悪魔は笑って、少年の挑戦を受け入れたわ。その内容は、互いの知りうるすべての武術と魔術を放棄した上での一対一の決闘。
悪魔は自分が負けるはずがないと思ったわ。彼は武術と魔術以外にも数多くの戦う術を知っていたから。
けれど、勝ったのは少年だった。その子はただ一つの鞠を用いて、それまで存在していなかった武術にして魔術を編み出したの。
悪魔は完敗を認め、彼の持つすべての知識を少年の鞠を一つの符に見立てて封じると、己の世へと帰っていったわ。
それがスペルカード、武魔『芭零冒流(ばれいぼうる)』。オリジナルの符にして鞠は失われて久しいけれど、その形式は武術でも魔術でも決着のつけられないすべての勝負を決するやり方として今も残っているわ。
八雲藍が弾幕ではなくビーチバレーという勝負を選択してきたのは、これに加えて今が夏であるということが主な理由と考えられるわね。
……以上は民明書房刊『局地的幻想世界を生き抜いた百八人の軌跡』第二十八章143ページからの引用よ」
「さてパチュリーさんが長い解説しているうちに、ゲームはどんどん進んでいるわ。霊夢&魔理沙は橙のスペルについていけず、試合は完全に八雲チームのペースよ。(し、知らなかった……あとで資料かき集めておかないと)」
「天符『天仙鳴動』!」
「きゃあっ!」
霊夢がまたもや吹き飛ばされる。
「翔符『飛翔韋駄天』!」
「うわあああっ!」
今度は魔理沙が吹き飛ばされる。
「童符『護法天童乱舞』!」
ピー。
「橙選手、オーバーネット」
「あれ?」
「橙、少し前に出すぎだ、下がれ」
相手の多少の反則があっても、博麗チームは反撃の糸口を見つけられないまま追いつめられていった。
「あつつつ……霊夢、体はまだ動くか?」
「まあ、なんとかね。フランドールとやりあったときよりかはマシだわ。……ただこのペースだとケガでダウンするのが先か、第2セットを取られるのが先か」
「……霊夢。一回だ、一回だけでいい。なんとかトスをあげてくれないか?」
いつになく真剣な表情の魔理沙。
「そこから反撃してみせる、ってわけ?」
「せめてきっかけだけでもつかんでやるぜ」
「オッケー、乗ってやろうじゃないの。このままだと第3セットも取られかねないしね」
霊夢は深く腰を据えて、猫と狐を睨みつけた。
「降参の相談か、霊夢と魔理沙? 今なら聞き入れてやってもいいぞ」
「優勝後の打ち上げ会場をどこにするか話し合っていただけだぜ」
「よく言った。なら、こちらも全力で相手するのみ!」
そういうと、橙に代わって藍が自らサーブを行ってきた。
(しめた!)
素早く確実に受けると、霊夢は魔理沙に向けて正確なトスを上げる。
「任せた!」
「おうっ!」
「何度やってもムダだ、おまえたちに橙の壁は破れん!」
既に橙はスペルを発動して、上空に待機している。このまま打てば次の瞬間、強烈なブロックが返ってくることだろう。
「だったら強引にぶち破るまでだぜ! 恋符――」
「ってちょっと待った魔理沙っ!?」
「――『マスタースパーク』!」
霊夢が止める間もなく、魔理沙の強大な魔力がボールを打ち、というかボールと橙を飲み込んで、再び試合会場を吹き飛ばした。
「おっしゃあ、橙破れたり!」
ぱちんと指を鳴らした魔理沙の頭を、霊夢が遠慮無しにぶん殴る。
「破れたりじゃないでしょ! もろに反則じゃないの!」
「いや、だって向こうがスペル使うならこっちも対抗して」
「……私は、相手選手を直接攻撃していいとは一言も言ってないのだけれど。次にやったら退場処分よ」
そして、レミリアは八雲チームの第2セット勝利を宣言した。
* * *
「さあ、休む間もなく第3セットが開始よ。それにしても最初の頃と比べて実況のセリフ減ってない?」
「ああ見えて、美鈴はけっこうノリのいい方だったのかしら。試合の方だけれど、両者ともに殺気立ってきているわね」
「まあさっきの魔理沙やそちらの妹さんが主な原因だけれどね。……実況席まで巻き込むのはなんとかしてほしいわ」
「……きゅ~」
美鈴は、マスタースパークの直撃を受けてのびていた。担架の上に寝かせられたままなのがせめてもの救いといえるかどうか。
「人間、どうやら私の思い違いだったようだ。おまえたちは八雲の名にかけて、私たちが全力で叩きつぶす」
「それはこっちのセリフだぜ。このまま仏教界でも畜生界でも冥土送りにしてやるぜ」
「……うーん、私はもうちょっと平和的なゲームがしたかったんだけどなあ」
とはいえこうなってしまってはもう止まらない。すべてはビーチバレーによって決着をつける他なかった。
「いけるな、橙?」
「はい、藍様~。あ~でもちょっとあやしいかも」
二回吹き飛ばされた橙は、さすがに足下がフラフラしていた。藍はといえば、今度はちゃんと回避が間に合ったので無傷である。逃げる余裕があるなら橙を助けてやれよという気もするが。
「安心しろ。今度は私もいく」
「え? ってことはもしかしてアレを?」
「無論だ。もはや一寸の加減をする必要もあいつらにはなくなった」
(いや、私が体力的に辛いんだけど~)
橙は心の中で嘆いたが、口に出しては何も言わなかった。
今度は八雲チームがサーブ権を得て、ゲームが開始される。
「もはや橙だけに任せはせぬ! いくぞ人間たち、式神『憑依荼吉尼天』!」
「いくよー、鬼神『飛翔毘沙門天』!」
式と鬼のダブルスペルが宙に網の目よりも隙間のないバレーの結界を作り出す。
「こ、これは……!?」
「何か知ってるのパチュリーさん?」
「まさか……いえ、間違いないわ! まさか今の時代に目で見ることができるなんて、思いもしなかった。
これはただの複合スペル技ではないわ。対を織りなす二つの神を宿した円が『芭零冒流』という白の球を中心とした術式の内で交わるとき、金剛石の槍でも打ち破れない最強の結界が完成すると言われているわ。その名も『頭吽式芭零結界(ずうんしきばれいけっかい)』」
「それだけだと、そんなに難しくない技のように聞こえるけれど」
「言うは易し、よ。神を宿せる精神力、万物たりうる円を描ける創造力と身体力、それに何より『芭零冒流』という術式を極限のレベルで極めてあること。以上の条件を満たす、同等の実力を持った術者が二人同時に揃わなければならないわ。
実力が揃わなかったときの失敗談が残っているわ、それはちょうどこの技が実戦で使われた最後の記録でもあるのだけれど。
時は五百年の昔、博麗の結界を挟んで、人と妖怪が『芭零冒流』の鞠を巡る重大な戦いを繰り広げたわ。もっともこの鞠は結局贋物で、この戦い自体は正規の記録として残されていないのだけれど。
ともかく、ある妖怪の親子が件の鞠を人間たちの手から奪い返したわ。そこまではよかったのだけれど、結界の向こう側で人間の戦士たちに囲まれてしまったの。親の方は深手を負っていて、子を逃がすことすら不可能に思われた。
そこで二人は一か八か、『頭吽式芭零結界』を執り行うの。この技は結界としても強力だけれど、結界の範囲内に敵が入るようにして行使すれば、金剛石をも押しつぶす攻撃の技にもなるわ。感じとしては霊夢の二重結界を想像して。
かくして、妖怪の親子は無事に人間の戦士たちを撃退した。鞠自体は偽物だったけれど『芭零冒流』の術式を行使するには十分な代物だった。
でも、代償は大きかった。子は親の力についていけず、降ろした神に身も心も奪われてしまったの。親は結局子を守れなかったことを悔やみながら、無念の死を遂げたわ。
……以上は、民明書房刊『完全なる球の織りなす結界講座一から十まで』211ページからの引用よ。この話には、実はこの本に載っていない続きがあるんだけれど、それはまた別の機会にね」
「へえ、そんなすごい技だったんですね。以上、パチュリーさんの解説講座でした。(つ、続きが気になるー!)」
長い解説をよそに、博麗チームは圧倒的な壁の前になすすべがなかった。
およそあらゆる攻撃が威力も精度も数倍になってはね返ってくるのではどうしようもない。
「なんか、やる気なくなってくるわね」
霊夢はすっかり諦めモード。
一方の魔理沙はかえって闘志を燃え上がらせているが、それがすべて空回りになる現状ではただの体力の無駄遣いにしかならなかった。
「まだだ、まだ終わらんぜ霊夢!」
「といってもね」
「おまえはやられっぱなしで悔しくないのかよ? そんな体や水着に傷つけられたままで」
「そりゃあ悔しいけど、今の状況って理論上絶対にかわせない弾幕を相手にしてるようなもんだからなあ」
審判のレミリアもずいぶん投げやりになっていた。最初に橙のスペルにゴーサインを出した手前、現状の藍と橙を止めることができないらしい。
ギャラリーもこちらを見ずに各自好き勝手なことをし始めていた。唯一プリズムリパー姉妹だけが、主人公ピンチな曲を嬉々として演奏しまくっていたが。
スペルカード切れを待とうにも得点差は0対20で、もはや一刻の猶予もない。
「なに、こんなこともあろうかと、実はたった一つ最後の秘策を用意しておいたぜ」
「ノンディレクショナルレーザーもミルキーウェイも却下よ」
「安心しろ、スペルカードはもう使わないぜ。お互いビーチバレー向きの技は持ってないしな」
「反則にはならないんでしょうね?」
「大丈夫、ルールには引っかからない……はずだ」
「なんか頼りないなあ……ま、いいか。せめて観客その他のひんしゅくは買わないようにしてよね」
魔理沙は親指を立てて返事すると、藍&橙の獣コンビの方へと向き直る。
「罰ゲームの準備は済んだか? 仏への念仏は?」
「そっちこそコートの隅でガタガタ震えて雨乞いでもする心の準備はOK?」
二人は視線を交錯させ、互いにニヤリと笑うと、藍の全力サーブが魔理沙に襲いかかった。
魔理沙は全身全霊の力を込めて、それを受けきった。お愛想気味に霊夢がトスを上げ、魔理沙がジャンプからアタックの構えをし、その前に橙の毘沙門天が立ちはだかる。
「これで終わりだよ!」
「それはこちらのセリフだぜ! 秘策『猫じゃらし』!」
魔理沙は競技中ずっとかぶっていたいつもの帽子から猫じゃらしを取り出す。
橙の目の色が変わった。かすかに香るマタタビが猫の本能をさらに呼び覚ます。
「そら橙、取ってこーい!」
魔理沙は、猫じゃらし(マタタビ付き)を湖に向かって思いっきり放り投げた。
橙は、ゲームそっちのけで猫じゃらしを追いかける。
その隙に魔理沙がアタックを決め、橙は湖に落ちて溺れた。
「わ、わ、わ、誰か助けて~!」
大慌てで助けに向かう藍を後目に、魔理沙は誰もいないコートめがけて遠慮無くサーブを叩き込みまくる。
「おっと魔理沙選手、これは見た目に違わず卑怯な振る舞い!」
「タイム取らずにいった藍選手が悪いんだけどね」
藍が濡れた橙を背負って戻ってくる間に、一挙10点せしめていた。
「……審判、今の橙に対する行為は反則ではないのか?」
「勝手に試合放棄して湖に飛び込んだのは、あくまでその猫の責任よ」
「……そうか」
藍はそっと橙を地面に降ろすと、魔理沙を怒りの形相で睨みつける。
「もはや多くは語るまい。あと1点ですべてに決着をつける」
「受けて立つぜ。式の落ちた猫がどこまでできるかは知らないがな」
藍は思わず顔をしかめる。この魔法使いはそれを狙っていたか。
「砂の上に這いつくばれ、腹黒の魔女!」
「スペルに頼りすぎたのが敗因だぜ、化かし損ねの大狐!」
「で、試合は結局どうなったのかというと」
「半人前以下になった化け猫と冷静さを失った狐が、自分のペースを取り戻した主人公コンビにかなうわけないわね。22対20で博麗チームの逆転勝ち」
ああ、無情。
* * *
試合の後は、そのまま夏の浜辺でみんなで和気藹々するイベントと化した。
いろいろな意味で疲れた藍は、皆から少し離れた木陰に腰かけると、そこから何故か楽しそうにじゃれ合っている橙と魔理沙とその他数名を眺めていた。
(試合中はさんざん橙をいじめてくれたのに、今になって仲良く振る舞うとはいかなる了見だろうか)
問題がない以上は止めるわけにもいかず、藍が考えあぐねていると、そこに飲み物を携えた幽々子がやってきた。
「カルピスをいただいてきたけど、飲むかしら?」
「これは幽々子どの、ではありがたくいただきます」
藍は一口飲み、そして盛大に吐き出した。
「……これ、原液のままではないですか」
「誰も薄めてあるなんていってないわよ」
いたずらっぽい笑みを浮かべる亡霊の姫に、狐は苦笑する他なかった。
「……それにしても、案外似ているのかしらね」
意味ありげな言葉をいうと、幽々子は藍の隣に優雅に腰かける。
「似ているとは?」
「あなたと、黒いの。今日はどちらかといえば紺ですけど」
話題の魔理沙は、再び猫じゃらしで橙にちょっかいをかけていた。霊夢とパチュリーにも同時に責められ、橙は忙しくぐるぐると回っている。
「それは心外な。いったいどこがですか」
藍は尻尾を振りながらぷりぷりと怒る。
「自分の所有物をいじめられるとすぐに怒るところ、かしら」
「所有物ではなく式、です。しかしあの人間に式がいたのですか」
怒るところというのを藍は否定しなかった。
「そうね、向こうは式ではなくて……悪友かしら」
なにか違うような気もしたが幽々子はその言葉を選び、水着でも紅白の巫女を指さす。
それを見て藍は、目から鱗が落ちる。
「……なるほど。それは言われるまで気がつきませんでした」
「もしもう一度決着をつけるつもりなら、今度は一対一の競技を選ぶことね。そうでないと互いに邪念が入り込んでまたややこしいことになると思うから」
そのときはまた呼んでくださいな、と幽々子は付け加えた。
それには答えず、藍は立ち上がると、いつの間にか取っ組み合いのケンカをはじめていた魔理沙と橙の間に乱入していった。
再び幽々子はくすりと笑うと、自分用にちゃんと薄めておいたカルピスを飲み干す。
「夏場はカルピスもよいものね」
そんな幽々子のもとへ、ずいぶんと慌てた様子の美鈴が駆け寄ってくる。
「すみません西行寺様、うちの妹様を見かけませんでしたか?」
「いえ、見ていないけれど。うちの妖夢と戯れているのではなかったの?」
「それが……妖夢様が手洗いにいかれた隙に、いなくなってしまったらしくて」
ビーチバレーを終えて和やかだった浜辺に急遽、フランドール捜索隊が組織される。
「みんなわかっていると思うけど、目的は一刻も早いフランドール様の発見および身柄の確保よ。発見が一秒遅れるたびに地獄絵図が一枚書き足されるものという覚悟で臨んで」
レミリアから隊長を仰せつかった咲夜が、一同に指令を告げる。
「それで隊長、手がかりは?」
手を挙げたのは、今のノリを楽しんでいる魔理沙。
「いなくなったのが確認されたのが、ビーチバレーの試合が終わった直後。最後に目撃したのは魂魄妖夢で、彼女がトイレにいっているわずか二分ほどの間にいなくなったわ」
そのもっとも重大な過失を犯した妖夢は、今回の捜索隊には参加していない。幽々子とレミリアのダブルお嬢様にいじめられている最中であった。
「情報は以上。これより作戦を開始する!」
二時間後。
「それにしても見つからないぜ」
霊夢と組んで博麗神社のあたりを探しに行った魔理沙が、湖へと戻ってきた。
「おかしいと思わない?」
「なにがだ?」
「あの妹がいなくなったのよ? とうの昔に火の手が上がってすぐに見つかりそうなものなのに」
「確かにな。かくれんぼでもしているつもりなのかな?」
「かくれんぼでも、何もせずにいられるタマじゃないと思うわ」
矛盾する現状に頭をひねっていると、既に集合場所に戻ってきていたパチュリーと美鈴が話しかけてくる。
「ダメね、紅魔館には帰っていなかったわ」
「館中をあらかた探し回ってみましたけど、妹様の痕跡は見つかりませんでした」
「うちに帰って寝ていたというオチでもなかったか」
見れば、夕日が今にも沈もうという時刻であった。もうすぐあやかしたちの夜が訪れる。
「いっそこのまま神社に帰りたかったところね」
「でもそうすると今にも天災が襲ってくるかもしれないという恐怖に震えながら就寝することになるぜ」
「何人かは逃げちゃったみたいだけどね」
アリス、チルノ、レティの三人はそれぞれの帰還予定時刻を過ぎても戻ってくる気配がなかった。
彼女らが後日、隊長からきついお仕置きを受けるのはそれはまた別のお話として。
「ああもう、あのお騒がせはいったいどこへいったのやら」
少しやけになって、魔理沙はバレーボールを蹴り飛ばした。
「……あ、しまった」
ボールは放物線を描いて、湖の方へと飛んでいき。
「丸いものゲットー!」
どこからか飛んできた橙が、ボールといっしょに水面下へ沈んでいった。
「あー人間、おまえまた橙をいじめたな!」
「今のは事故だー!」
叫びながらも、魔理沙は藍と同時に橙を助けに飛び込む。
「何やってるのかしらね」
「たぶん、漫才じゃないかしら」
霊夢たちが見つめる中、しかしなかなか一人と二匹が上がってくる気配がない。
「……どうしたのかしら?」
「ちょっとまずいかもしれないわね」
霊夢たちも助けに向かおうとしたそのとき。
「見つけたー!」
魔理沙が、ずぶぬれのフランドールを抱きかかえて浮上してきた。
「つまり、妹様は湖の中に落ちて、そのまま一切の身動きがとれなかったと」
第一発見者の魔理沙からの報告を受ける、隊長咲夜。
「状況からしてそうとしか考えられないぜ」
「落ちた理由は?」
「そのへんの事情聴取は明日だな。発見した時点で爆睡してやがった」
思わずこける咲夜。
「ね、寝てたの?」
「たぶん、水の中で他にやれることがなかったからだと思われるぜ」
「……わかったわ。それではこれにて、フランドール様捜索隊を解散します」
任を解かれ、解放感と疲労感を同時に感じる一同。
「さあ、これでビーチバレーを再開できますわね」
「何いってるんだ今日のゲームはもうお開きだぜ……って」
いつの間にかすきま妖怪が一人増えていた。
「これは紫様、なぜこちらに?」
「あら。あなたがビーチバレーをするといったときに、私も参加したいといったでしょう?」
「え……でもその後すぐに三度寝を」
「夜の帳も降りて、時は満ちたわ。さあ対戦相手は誰かしら?」
紫はもはや人ならぬ狐の話を聞いてはいなかった。
「なら、私がお相手するわ」
霊夢と魔理沙が逃げ出す前に、咲夜が自ら名乗り出た。
「あら、手品しか芸のないただのメイド風情が?」
「昼間ずっとお嬢様の脇で観戦してたら、なんだかこっちもやりたくなってきてね」
そういうと咲夜は、一瞬のうちにメイド服を脱ぎ去り、その下のハイレグモノキニ水着を露わにする。過激さと大きさという点では藍に一歩劣るが、ここにいるメンバーの中では水着も含めてもっとも均整の取れた美しいスタイルであった。
「ふふ、万年寝太郎のあなたにまともなスポーツができるのかしら?」
「予告しておきますわ。あなたは想像と現実の狭間で苦しむことになる」
紫もまた自分の衣装を脱ぎ捨て、あらかじめ着てきた水着を表に出す。
瞬間、ほぼ全員が鼻血を吹き、一名はそのまま貧血で倒れた。
「こ、これは……霊夢、解説をお願いするぜ」
「なんであんたが実況席に座ってるのよ。……えー、一言でいうなら、これは水着とそうでないものの境界を突き詰めた一つの形ね。紫色のビキニだけど布地がめちゃくちゃ少ないというか、ないわ」
「そのくせトップ部分がちゃんと蝶をイメージしているとわかるのが、高度なデザイン力を感じさせるぜ」
「ちなみに胸の大きさは、狐より大きいかもしれないわね。そのぶん他のところも若干ふ――」
飛んできた日傘が霊夢を直撃した。
「あらやだ、スポーツにストリップ女優はお呼びじゃなくてよ」
「世には美と力の境を持たない者もいるわ。目の前の犬はどちらも凡人以下のようだけれど」
今にもオーラか何かが出現しそうな迫力でにらみ合うメイドと妖怪の女二人。
「……で、二人ともパートナーは誰にするんだ? 一対一じゃビーチバレーはできないぜ」
「うちは当然、藍が相手を」
「私に連戦しろといいますか!?」
「あなたならそれくらい軽くこなしてくれるでしょう?」
「はう~」
尻尾が力無くしょげながらも、藍は渋々位置へと着く。
「こっちは美鈴、あなたよ」
「私がですか!?」
「当たり前じゃない、うちに他にスポーツ要員がいると思う?」
そういわれて美鈴は黙って納得した。
「地味は地味なりにしっかりサポート役を努めてよ」
「やっぱりひどいこといわれてる~」
「というわけで、ビーチバレー夜の部、八雲チーム対紅魔館チームの試合開始だぜ。実況は霧雨魔理沙」
「解説は博麗霊夢でお送りするわ。……もう完全に成り行きだけど」
「チーム交代に合わせて、審判もレミリアから幽々子に交代だぜ。レミリアいわく『もう飽きた』だそうだぜ」
魔理沙が苦笑いする。そのレミリアといえば、観客席でパチュリーとお茶を飲み交わしながら談笑していた。
「一方の幽々子の審判としての能力は未知数ね。レミリアと同様、妙に自信ありげなことは言っていたけれど」
「さて、例によってホイッスルとリリカたちの演奏で試合開始だぜ。まずは紅魔館チーム美鈴選手、ジャンピングサーブから」
(中略)
「さて試合も中盤に差しかかってきたわけだが」
「ちょっと待ってくださいなんで私の活躍場面が省略されてるんですかっ!?」
「お約束を解さないとは美鈴も風情がないぜ」
「それに試合の大勢には全然影響与えていないわね」
「しくしく~」
と泣きながらも、美鈴はしっかりとアタックを決める。これまでの選手の中でもっともお手本に近い理想的ともいえるフォームだが。
「美鈴選手、またもや外したわね」
「まさに『外された』だな。もう何度いったか忘れたが」
美鈴の攻撃はことごとく外れていた。どんなに正確に打とうとも、ラインそのものが操作されては入れようがない。
「続いて藍選手の――はい、咲夜が超反応のブロック決めて1点返したぜ。返したボールは目に止まりようがないスピードだぜ」
魔理沙はよそ見をしながら実況した。
「ねえ魔理沙、つくづく思うんだけど」
「実況と呼んでくれたまえ解説の霊夢さん」
「はいはい、実況の魔理沙さん。境界操作と時間操作を反則にしないビーチバレーに決着の着く日は果たして来るのかしら」
「文句は審判に言ってほしいぜ。もう何度却下されたか忘れたけどな」
幽々子が紫と咲夜の双方にゴーサインを出してしまったので、試合の流れは完全に泥沼化していた。
「ええと、現在の得点は46対46ね。こうなると相手のミスを祈る他に勝負の決め手となるものはなさそうね」
「少なくとも夜明けまで粘れば八雲チームの負けは確実になるわけだが」
「徹夜で解説は遠慮しておきたいところね。観客席もさっきの私たちの試合以上に投げやりになってる雰囲気だし」
「そうだな。レミリアは相変わらずパチュリーとおしゃべり、妖夢と橙は疲労で昏睡、いきがいいのは必死で応援旗を振ってる小悪魔とチンドン屋の三人組くらいだぜ」
「旗の『メイリンがんばれ』という文字にはツッコミを入れたいところね」
「なんでそこにツッコミが入るんですか!」
「お約束を解さないとは(以下略)」
「早く試合に戻らないと咲夜に怒られるわよ」
美鈴は、黙って泣いた。
「ねえ姉さん、この試合いつまで続くのかしらね~?」
「さっき解説でいってたとおりだろうな。私たちは夜通しでも構わないというか、それが本望だけどね」
「幽霊楽団だからね~」
調子づいて、更に大音量で演奏を続ける三姉妹。女の戦いをイメージした優雅にして激しい曲である。
とんとん、とリリカの肩が叩かれる。
彼女は無視して演奏を続けようとするが、さらにとんとんと肩を叩かれた。
「うるさいなあ、せっかくいい調子になってきたとこなんだからおとなしく演奏聴いてて……よ……?」
リリカが振り向くと、そこにはいつの間に起きたのか、妙に目が据わったフランドールがいた。
霊も殺しかねない殺気に、リリカは生まれてはじめて恐怖という感情を知る。
「……うるさあああいっ!!!」
QED『495年の波紋』。
寝ぼけたフランドールのスペルが、チンドン屋ごと三度試合会場を吹き飛ばした。
「……ま、毎度お騒がせの妹君だぜ」
「一回はあんたがやったでしょ……。幸いというか不幸というか、今のはどちらかの得点に結びつくものではなかったようだけど……?」
「ありゃりゃ、紫選手が倒れてるぜ」
「眉間に針弾が突き刺さってるわね。一歩間違えなくても死んでそうだけど。あ、無言で立ち上がった」
「血を垂らしながら笑っているところがホラーだぜ」
「審判、タイムをお願いしますわ」
ちゃんとタイムを取ってから、紫はフランドールへと近づいた。
「噂には聞いていたけれど、紅い悪魔の家は本当にしつけがなっていらっしゃらないようね」
「なによ文句あんのこのダイコン足オバンが」
「(ぶちっ)」
「わーおまえそれは禁断の一言というか二言も!」
藍が止めるが時既に遅し。
星明かりを覆い隠し、暗き夜を一層の闇へと誘うのは、空と大地の境界すら消し去る弾幕の結界。
「悪魔はそう簡単に死なないそうだけれど、私が生と死の境界を越えさせて差し上げますわ」
「年寄りのくせにやるってわけ? 受けて立とうじゃないの!」
フランドールも完全に目を覚まし、炎の剣とともに現れるは、無限に続く弾幕の迷路。
「完全に巻き込まれたわね」
「どうも逃げるタイミングを見誤ったみたいだぜ」
「どうする?」
「決まってるだろ? やられる前にやる、これだぜ」
巫女と魔法使いは、同時に弾幕の海へと飛び込んだ。
「レミィ、久しぶりにやる気みたいね」
「うちのことを侮辱してくれたようだから。それに、たまには姉らしいこともしてあげないとね」
「背中のことは気にしないで。今日は体の調子もいいから」
「頼りにしてるわ、パチェ」
二人の親友が、弾幕の空へと躍り出る。
「紫様のピンチだ。参るぞ、橙!」
「らじゃー!」
二匹の式が、弾幕下の地面を駆けた。
「お嬢様たちには弾一つかすらせないわ!」
「(こくこく)」
「ああ、もしかしたらと恐れていた最悪の事態がー」
三人の従者たちが、次々に弾幕の刃を作り上げる。
「幽々子様、ここは私が引き受けます、早くお逃げください!」
妖夢は二本の愛刀で弾という弾を切り裂くが、当の主は一向に退く気配がない。
「幽々子様!」
「妖夢、あなたもまだまだね」
「はい?」
「夏にはまだ一つ、楽しみが残っていてよ」
片手で扇を開くと、幽々子は舞を始めた。
それは幽鬼にして姫の舞。
弾と弾の狭間に踊り、亡霊の姫は終局へと向かう祭りの最後の輝きと一体化した。
* * *
ルーミアはご機嫌だった。
最近新しい友達ができたのだ。彼女は言葉を話せなかったが、感情も弾幕表現も豊かな彼女とはいっしょにいるだけで心地よく、今夜もまた二人で夜空の散歩を楽しんでいた。
「あ、見て見てリリー、花火だよ!」
ルーミアは遠くの湖に咲くたくさんの大輪の花を見つける。
「やっぱり夏は花火だよねー。た~まや~!」
リリーホワイトもルーミアの隣に並んで、笑いながら叫ぶ真似をする。
そして。
二人は仲良く、飛んできた流れ弾に撃墜された。
おしまい
ルーミアとリリーのコンビが愛らしく・・・・・v綺麗な弾幕はいいけど撃墜されるのは勘弁・・・・・・。
笑いすぎで、もう疲れました。(笑
未だにこれが私の中で一番です。
素晴らしく楽しい作品をありがとう。
私の好きな八雲一家がある意味メインですよ!(キイテナイ
いろいろ東方2次製作小説は読みましたがここまでおもしろいものは少ないですね。いやー、にやにやしっぱなしですよ。
この次もがんばってください
紅魔館組と八雲家のお騒がせっぷりが最高です。
長編ギャグのお手本とも言うべき、勢いに満ちた作品だったと思います。