雪を舞い上げ列車は進む、白い世界を音もなく
目指す所はどこなのか、待っているのはなんなのか
空舞う雪にレールは消えて、帰り道すらなくなって、それでも列車は先へ行く
曲がりくねった鉄路を、一両きりのディーゼルカーは雪煙をあげながらゆっくりと進んでいた。
山々にこだまするはずのその音は、四方を囲む雪によって吸収される。白一色の山並みの中を、音もなく進む列車というのは、なかなか絵になる光景だろう。
全く変わっていないようで少しづつ変わっている景色の中、足下からかすかに伝わる振動と、ほんのわずかに聞こえるエンジンの音が、私たちの列車が確かに進んでいることを伝えてくれた。
「詩的ねぇ」
車窓を流れる景色と、そして自分の心に、私は呟く。
いつもの街から遙かに離れ、科学の力が及ばない、そんななにもかもが遠い場所。日常から離れるという意味では、ある意味月よりも適切な所かもしれなかった。
目を移せば、がらがらの車内はとても静かで、その中にはただただエンジンの音だけが…
もぐもぐごくん
…ん?
「そうね蓮子、このお弁当は本当に素敵だわ。まさか天然ものの筍が食べられるなんて思いもしなかったわ」
詩的な情景…その儚く美しい夢は、隣から聞こえてきた友人の声によって、一瞬にして瓦解する。
「…」
「どうしたの蓮子?」
不思議そうに首を傾げたメリーへ、私は言った。
「雰囲気ぶちこわしっ!」
「ちょっ!?何するの蓮子!!やめて!私の筍~」
「うっうっ、私の筍~」
「うるさいなぁ~もう」
駅弁の中の…おそらくメリーが最後にとっておいたのであろう筍を、私は激しい奪い合いの末獲得した。
目の前で泣き伏すメリーを、私は勝利の眼差しで見つめる。
秘封倶楽部は帝国主義の時代なのである、力こそが正義、美味しいものは力ある者の手へと落ちるのであった。
むむ…せっかくのいい雰囲気が台無しだわ。メリーのせいで…筍はおいしいけれども…
さて、それはさておき、私たちは民話の里…こと遠野へと向かっている。童話の列車で民話の里へ…今回の旅行のテーマはそんな感じだ。
丁度旅行に行こうかと思っていた時、私の手元にあった本が、遠野物語と銀河鉄道の夜だったのが目的地を決定した。
ちなみに、旅行計画のきっかけは月面旅行だ…日本語的に何かおかしい気もするけど、まあいい。あと、もちろん私たちは月面旅行に行ったわけではない。
要するに、月面旅行に行きたかったのに、お金が足りず(あんな法外な値段ふざけてるわ!)行けなかったので、地球を知らずに月に行けるかっ!と、秘封倶楽部は衆議一決、恥知らずにもこの星の事をろくに知らずに宇宙へと飛び立つブルジョア共に、聞こえぬであろう罵声を浴びせつつ、春休み旅行を企画したのである。
もちろん、月面旅行に要する費用が私たちの手が届くところまで来たときには、この考えは捨て去られることになるのだろうけど、それはまぁ…消費者の権利なのである。
「さて、遠野ってどんな所なのかしら?」
私は期待に満ちた声で呟いた、民話と伝説の里遠野。まさに秘封倶楽部が目指すにふさわしい目的地である。
「そうね。でも、ひとまず終点で折り返さないとね、蓮子」
「はぁ」
復活したメリーの声…私は、脱力して息を吐き出す。
遠野…目指す目的地ははるか『後方』であった…
~回想~
「はぁ…寒いわね」
ホームに降りた私は、そう呟いて周囲を見回す。私のため息は、白く姿を変えて空へと消えていった。
寂しげなホームからは、寒さから逃げるように足早に乗客が立ち去っていった。私たちの街では、もう季節は春のはずなのに、この北の地に春が訪れるまではまだ時間が必要なようだった。
まさしくここはみちのくの地…極寒の大地である。
ホタテで有名な北の湾を遠望し、学校の授業で習ったアリス式海岸とかいう寂しげな海岸を見物し、遙か太平洋にロマンを馳せた私たちは、長い旅を終え、今、終点に降り立ったのだ。
…いや、もう着いているはずの目的地にはまだ着いていないのだけど。ついでに言うと、上記の見学は計画には含まれていない。
そう、本来だったら、今頃は遠野市内を散策し、境界探しをしていたはずだった…
しかし、新幹線でメリーが『降り遅れ』、そのまま青森まで行ってしまう羽目に…出迎えてくれたでか目な土偶は面白かったけど、危うく海峡を越える所だった。
続いて、反転して乗り換え待ちの最中、今度は駅弁にふらふらと釣られていったメリーが『乗り遅れ』、次の列車(二時間後)を待つ羽目に…新幹線と違って、在来線は本数が少ないのね…こっちは。
でもって、お次は「メリー起こしてね」と、私が念をおしつつ眠った所、目覚めた時には左手に居眠りメリーさん、右手におっきい太平洋さんが見えているっと、つまりはそういうわけである。
まぁ最後はメリーを信頼した私がバカだったから仕方がない…ちなみに、そう言ったら「そうねぇ、蓮子はバカだからねぇ」とか言ってきたのでとりあえず泣かせた。方法は秘密だ。
だが、過去のことは仕方がない。私とて集合時間に『ちょっと』遅れてしまったのだ、気にせずにメリーと今後について話し合おう。
寛大な私は振り返る。
「ねぇ、メリーひとまず駅舎に入って善後策を…っていない!?」
だが、ひとまず寒風を避け、メリーと善後策を考えようとした私の目論見は言いかけた言葉とともに停止した。
時折雪が撫でていくホームは、閑散として人影がない。もちろんメリーの姿も。
「また降りそこねたのかしら?まったく、あの子はのんびりなんだから」
ま、ここが終点だから、そのままあらぬ所に連れて行かれることはないか。
私は、今降りた列車に戻ろうと反転し…
「ねぇねぇ蓮子、凄いよこの列車、扉が手動式」
「?」
あらぬ方向から声をかけられ、再度反転した。見れば、隣のホームに停まる列車の扉を面白そうに開け閉めしているメリーの姿がある…中から。どっかに連れていかれたらどうすんのよ!と、呆れつつも、私はその列車に目をとめた。
扉の窓に浮かぶのは『手動』の文字。朱とクリーム色で塗り分けられたそのディーゼルカーは、時代遅れの黒い煙を空へと吐き出し、生きているかのごとき躍動感を伝えている。
力強い振動が、空気を通して私にまで伝わってくる。
「まさかディーゼルカーが残っているなんてね」
ため息をつきつつも、一瞬置いて私は感嘆した。
大気を汚すとして、道路からも鉄路からもディーゼルカーは消えていった。今や、ディーゼルカーをはじめ、化石燃料を使う輸送機関などほとんどない。
燃料電池車や蓄電池車…技術の発達は、自然を壊すと同時に自然を守る手段も見つけていたのだ。
「でも…これなら宇宙にだって行けそうね」
私は、その車体へと手を触れた。重厚な鉄板から冷たさと…力強い振動が伝わった。
新しいものと古いもの。対極にあるはずのその二つに、共通して感じることが一つある。
それは不思議な力…かたや未来へと進む夢の道具、かたや時代を越えて生きてきた夢の道具。
スペースシャトルが前者なら、このディーゼルカーは間違いなく後者だろう。いわば、前者は未来への期待、後者は過去への期待というべきだろうか。
自分が生きている『現在』とは違った世界の道具に、人は何かを感じるのかもしれなかった。そう、私たちが『現在』いる世界とは異なった世界に憧れるように…
「ねぇねぇ蓮子も乗ってみなよ」
その時、メリーの声がかかり、私は思考から引き戻される。見れば、こちらを手招きしているメリーの姿…
「え…ま、いっか。面白そうだし」
蓮子蓮子とはしゃいでいる招きメリーに引き寄せられ、私は戸惑いつつも車内へと足を踏み入れる。
一歩足を踏み入れると、特徴的な油の臭いが鼻をついた。閑散とした車内に人影はないけど、暖かさと素朴な造作が、何か私たちを安心させてくれた。
「へぇ、こういうので旅ができたらい…」
プシューガタン
「「プシューガタン?」」
と、背後で音がして、続いて私とメリーの声が揃った。振り向いた瞬間、髪が顔を叩いて、私は一瞬目をつぶった。
そして、おそるおそる開かれた私の目に映ったのは、しっかりと閉じた『手動』扉。
「ちょ…こんなお約束な展開…」
しっかりと閉じた扉をどうにか開こうとする私だったけど…それはびくともしない。
「なんで手動ドアが自動で閉まるのよー!!」
文法的に間違っていると思うわ。
だけど、私が扉を押しても引いても蹴って…みるのはまずいので、ともかく、色々やってみても開くはずはない。
その間にもエンジンの音はひときわ高鳴り、小さく揺れて動き出す。メリーがよろめいて私によりかかった。
そして、ディーゼルカーはぐんぐんと加速する。ホームは後ろに下がり、列車は前へと進む…呆然とした私たちを乗せて…
がたりごとりとポイントを渡り、エンジン音も高らかに街を駆け抜けるおんぼろディーゼル。雪に沈んだ街の中、この列車は元気一杯だ。
小さな街並みが後方に消え去り、エンジン音も落ち着いてきた頃に、ようやくメリーが口を開いた。
「あーそういえば、昔は開けるのは手動で、発車の時に勝手に閉まってくれる半自動扉があったらしいわね」
のんびりと呟くメリー…ってちょっと待て。
「今更言うなっ!」
「もう、蓮子がこういうので旅ができたらいいとか言うから、列車が本気にしちゃったじゃない」
「んなわけないでしょ!」
「きっと動力は内燃機関と妖力機関のハイブリットね、耳はどこかしら?」
「絶対違うからソレ!?」
「さすがは民話の里…の近くね、この列車もきっと名のある妖怪に違いないわ」
「いや、だから何で既に妖怪になってんのよ!?」
「幾百年の齢を重ね、きっとここまでの力をつけたのね」
「いやいや、いくらなんでもそこまで古くないでしょ!」
「ああ、でもこの世知辛い世の中だから、そんな大妖怪でも働かないと生きていけないのね。月給はいくらなのかしら?それとも歩合給?」
「そもそも誰が給料よこすのよっ!!」
「きっと病弱で動けない母親と、育ち盛りの二人の子どもを食べさせるために老骨に鞭打って…うう」
「いや待て、いつの間に家族ができてるの!?」
「お腹がすくと列車も走らないわ。ところでお弁当まだなかったかしら?」
「人の話をっげほっげほっ!?」
「ちょ…蓮子大丈夫?どうしたの?もののけ酔い!?」
あ…あんたがボケたおすもんだから突っ込みの息が続かなくなって…きゅー
「蓮子!蓮子!!」
私の視界はだんだん曇り…やがて暗くなった。
かくて、私は遠野に行くつもりが、どこか知らない所へと連れ去られる事になったのである。
~回想終わり~
全てが白い世界に一つだけ彩りを添えながら、ディーゼルカーは山と山との境界を進んでいく。
薄く引いた雪煙は、一瞬だけ見えた二本のレールを、たちまち雪へと埋めていた。
山々は険しく、よくぞこんな所に線路を敷いたものだと感嘆する。長いトンネルを掘る技術もない時代に造られたのだろう、地形に合わせて曲がる線路がその時代を感じさせてくれた。
レールの音はかたんことんと静かに響き、窓を叩く風雪よりもはるかにおとなしい。
「ねぇねぇ蓮子、どんどん山の中に入っていくわよ?」
「そうね」
「どこに行くのかしら?この列車」
「そうね」
「案外もののけの里に連れて行ってくれるかも♪」
「そうね」
「そうなれば楽しいと思わない?」
「そうね」
「…」
「そうね」
「まだ何も言ってないわよ?」
「そうね」
………
「うー蓮子が構ってくれない」
「そうね」
「…ていっ!」
「そう…わってっちょ…なな何入れたのよ!?」
善後策を練るべく熟考していた私は、突然背中に『冷たい何か』を入れられて意識を取り戻す。
ディーゼルカーは、生き物のように唸りながら、雪をもののけ…もとい押しのけ、ずんずんと坂を登っていた。
「蓮子蓮子、トラベルもトラブルも楽しまなきゃ損だよ?それにほら、ここは東北、のんびり行こうよ」
ホームで拾ってきたらしいつららのかけらを見せながら、メリーは言う。陽気なメリーが羨ましかった。
「はぁ」
ねぇねぇと袖を引っ張るメリーにため息を一つ、私は外を見る。
山は両側からのしかかるようにせまり、窓の隙間からは寒風が吹き込んでいた。
坂にかかると、ディーゼルの唸りがひときわ高鳴り、しかし速度は上がらない。さすがにもののけじゃあないだろうけど、頑張るディーゼルカーの姿は生き物みたいで微笑ましかった。
果たして私たちはどこに向かっているのか、もしかして本当に『伝説の里』へと進んでいるのかしら…
「やや、旅行のお客さんとは珍しい」
「え?」
そんな私の思考は、誰かから声をかけられて停止した。
「どちらまで行かれるのですかな?」
言葉を続けてくるその人は、初老の車掌さんだった。優しそうな人柄が、声から滲み出ていた。
「あの、実は…」
かくかくしかじか、私は事情を説明した。
「成程、それは大変ですなぁ」
車掌さんは、ちっとも大変じゃなさそうに言う。う~ん、のんびり具合がメリーに似ている気がするわ。これが東北スタンダードなのかしら?
ちなみに、そのメリーは気がつくとどこにもいない。私がかまってくれないので、どこかに…トイレの使用灯がついているので、そちらにいるのだろう。
「それで、途中で戻る事はできませんか?」
メリーはさておき、私はそう言ったのだけど…
「いやぁ、この線は日に三度しか列車が走っておらんのですわ。他に途中で戻るのがあるんですがな、それをあわせても四本…このディーゼルが終点まで行って帰っての繰り返しです…途中の駅で降りたりしたら、それこそ列車を待っている内に凍死してしまいますから、まぁ終点まで行って帰った方が無難かと」
「一日三往復!?」
すまなそうに、だけど笑って言った車掌さんは、呆然とした私に、証拠とばかりに時刻表を見せてくれた。
…確かに三往復、うーんよく廃止にならなかったわね。気になった私は、つい言ってしまった。
「もうかっているんですか?」
それに対し、車掌さんは苦笑いをしてこう答えた。
「いやいやまさか…隣の道路が悪すぎましてな、バスを通せないということで今まで残っているのですわ。経営は赤字も赤字、それこそ熊だのもののけだの乗せた方がまだ儲かりそうなのですが、まぁ大切な子どもらの足ですからな。これがないと冬はどこにも行けないのですよ」
そう言って優しそうに笑う車掌さん。子ども…自分のに限らず…が好きそうな顔をしてるなぁ。
「お子さん…いらっしゃるんですか?」
「やぁ、やかましいのが十人ばかりおりますわ」
「十人!?」
車掌さんの言葉に、私は思わず問い返した。
少子化が限界に達しているようなこの時代でも、いるところにはいるものねぇ。驚いたわ。
「たまに子どもらが遅れてくると、エンジンを不調にして発車を待ってやるのですわ」
「は…はぁ」
そして、そう言って再び笑う車掌さん、そんなことしていいのかしら?
「まぁ運転手もお客さんも毎日顔なじみですからな、一人足りないと走る気にならんのですよ」
いいみたいだ…本当、のんびりねぇ。
「こほん、そういうわけで、あの子らが大きくなるまでは残っていて欲しいものですが…まぁ存在自体忘れられているような線ですからな。廃止されるのも忘れられているのではないかと」
「は、はぁ」
無理矢理表情を変えて、真顔で言う車掌さんに、やっぱりどこかしらメリーに似た雰囲気を感じつつ、私は曖昧に頷いた。
「ああ、それでそういうことなら切符の方は気にせんでも大丈夫です。ただ、このオンボロはすきま風が酷くて冷えますので、コートかなんかを羽織っているのがよろしいかと、それでは」
「あ、はい、ありがとうございます」
車掌さんはそう言うと、私の言葉に一礼して歩き出し、止まった。
「本当に冷えますからな、たまに車内でも零下になりますわ。この辺りは本州でも一番寒いという話で…それでは」
「え!?」
驚く私に再び一礼し、車掌さんは後ろの方へと歩いていく。扉を閉じる音がして、車掌さんは乗務員室へと入ったのだった。
「車内で氷点下…」
私は呟いた。北上高地とすきま風恐るべし…
勾配がきつくなってきたのか、ディーゼルカーは唸りをあげて坂道に挑む。いくつかのトンネルを抜け、いくつかの駅に止まるが、その度に山々は険しくなっていくように見えた。ちなみに、乗ってくるお客さんはいない。
かもしかが寄ってきたけど、列車は警笛を鳴らして離れさせる。ちょこっと見えた狐は、こちらを見るなり逃げ去った。
「深山幽谷っていうんだっけ、こういう所にはもののけとか熊とかまたぎとか棲んでそうだね」
メリーが面白そうにそう言った。
「いや、メリー、最後別なのが混じっているから。失礼でしょう」
失礼なことを口にするメリーをたしなめながら、私は、確かにこんな所には何が棲んでいてもおかしくはないと思った。
「それはともかく…寒い」
だけどまぁ車内の寒いこと寒いこと、すきま風は許せるにしても、雪まで舞い込んでくるとは恐ろしい話だ。これなら氷点下と言われても信じるわ。見れば、窓枠にはうっすらと雪が積もっていた。
時間が経つごとに、風を切って走る我がディーゼルカーの車内は、徐々に気温を下げている。
「寒い…」
「そうね…」
私達はそう言って肩を寄せ合う。メリーの暖かさがコートを通じて伝わってきて、心まで暖まる。
やはり時代はラブ&ピース、弱肉強食の帝国主義など時代遅れ、平和と優しさが一番なのだ。
ずいぶん時間がたっただろうか…さっきまで『奮闘』していたエンジンの音が、段々と落ち着いてきたかと思う、ディーゼルカーは鉄橋を渡り、少しひらけた場所へ出た。
山と山との境界が少しだけ広くなり、そこにいくつかの集落が点在している。そこは、今にも自然の中に埋まりそうな、儚く、だけどなにか力強さを感じさせる所だった。
その中を、ディーゼルカーは速度を落とし、優しく進む。背後に舞い上がる雪も、心なしか落ち着いていた。
川沿いに短いトンネルが連続し、眼下の道路と何度も交差しながらレールは続く。トンネルに入るたび、短い汽笛が何度も響いて、周囲にこの列車の存在を教えていた。
やがて、トンネルが少なくなり、ささやかな盆地とコンクリート製の建物がいくつか見えてきた。ここがこの街の中心なのだろうか?
せいぜい三階建てか四階建てだけど、今まで山しか見えていなかった私には、そこが随分と都会に見えた。
だけど、線路はその街を避けるように右に曲がり、私たちを乗せた列車は小さな駅へと停車した。
「発車まで一時間はありますし、その辺りでも見てくると面白いかもしれません。まぁ洞窟以外何もないような所ですがな、それでも都会の人にはこういう所もまぁ珍しいのかもしれませんから」
車掌さんにそう言われて、私たちは外に出た。何でも、ここは鍾乳洞を公開していると有名な所だとのことだった。もっとも、冬季閉鎖ではどうしようもないのだけど…
興味を惹かれたらしいメリーは、それでも行きたい行きたいとわめいていたが、閉まっているのではどうしようもない。近くの雪に埋め込んで黙らせた。
車掌さんが言うには、洞窟自体はそこらへんにたくさんあるらしいので、見つけたらメリーを放り込んで帰ることにしよう。
空を見ればいつの間にか雲は消え去り、粉雪がぱらぱらと舞う程度だった。随分と天気が変わりやすいけど、それもまぁ『らしい』のかもしれない。
駅前からはまっすぐに道が伸び、粗末なコンクリートの橋で川を渡っていた。市街地ともいえないようなささやかな家並みはその向こうだ。
「さてと、それではちょっと散策しますか」
「え…蓮子まっきゃっ!?」
私は呟き、歩き出した。後ろでメリーが転んでるけど気にしない。
時代が進むごとに、距離と所要時間は比例しなくなってきている。
そして、時代によって、概念というものは変化する。距離という概念も、それによって変化したものの一つだった。
この時代、もはや『遠さ』とは距離を示すのではなく時間を示すものだった。卯酉新幹線を使って東京から京都へ通勤することはできるが、その途中から通勤するのは不可能なのだ。
距離が短くとも『遠い』土地と、距離が長くとも『近い』土地、そんなものはいくらでもあった。この街などはまさにその典型だろう。
時間距離…そんな言葉がある。時間で示す距離…それによれば、この街はきっと『地の果て』に違いない。
そして、ふと思う。到達しえない距離は、時間距離ではどのようにあらわされるのだろうか?無限の距離、永久に到達し得ない所。そこは、距離という概念から逸脱したものなのかもしれない。
「ねぇ蓮子、何ぶつぶつ呟いてるの?」
「私たちの置かれた状況を言葉にしてみたの!」
メリーに、私は怒ったように答える。
到達し得ない距離…私たちの頭上には、ぽっかりと空いた穴があった…手を伸ばせば届きそうで、だけど決して届かない…
真っ暗な闇の中に浮かぶその穴も、いまや暗闇の一部になろうとしていた。
「秘封倶楽部、只今洞窟にて遭難中♪」
「黙れ」
「うー気分だけでも明るくしようと思ったのに…」
「余計なことはせんでいいの!」
隣で陽気になったり、落ち込んだりするメリーを見ながら、私はため息をつく。
はて、どうやって脱出したものか…
転落した理由は至極簡単だった。
メリーが「こんなに雪が積もっているなんて、向こうじゃあり得ないわね」とか言いながら、何もないまっさらな雪原に『道』を作って遊んでいたら、その進路上に『落とし洞窟』があったというわけだ。
一瞬で消えたメリーを見て、神隠しにでもあったのかと駆け寄った私も、そこに落ち込んで二次被害、唯一の救いは、私の下敷きになったメリーが平面メリーにされたものの、私には被害が無かったということだった。
尚、メリーが「蓮子重い」とか根も葉もないことを言い出したので、とりあえず私がいかに軽いかを追体験してもらった。
それはさておき、私たちがこの洞窟に落ち込んで既に二時間が過ぎようとしていた。
列車は既に行ってしまっただろう。だけど、懸命に脱出しようとしていた私たちの試みは、その全てが挫折した。
穴までは約3m、しかし、ロープもなにも持っていない私たちにはとても登れない。
私たちが行った脱出の試みは、3mという絶対的な高さを前にして、完全に敗北したのだ。
「そうよ!蓮子、地面を蹴ってその反動で地表に出るのよ!蓮子キックの反動なら簡単に脱出…」
「できるかっ!」
ひとまず、物理学的にありえない事を真顔で言い出したメリーに突っ込みをいれて黙らせ…
「そうね、洞窟壊れちゃうもんね。地面の方が耐えられないか…う~ん、無理かんぁっ!?」 られなかったので、ひとまず物理的手段…具体的に言うと蓮子キック…で黙らせておいた。
「蓮子痛い~」
「うるさい」
私は、涙目で私を見つめるメリーを無視し、現状の打破を考える。
自力で脱出できない以上、誰かに助けてもらうより他ないのだけど、人通りのない道からさらにいくらか入ったところにある洞窟の入り口だ、さっきからわんわん叫んでみたけど、誰も答えてくれる気配はなかった。
しかも、入り口はまもなく雪に覆われるだろう。そうなれば声など届きそうにもない。
遠野に旅に出ることは何人かの友人や親に伝えてあるけど、まさかこんな所に私たちがいるとは思うまい。そもそも遠野じゃないし、ここ。
となると、期待できそうなのはあの車掌さんだけど、次の列車(ちなみにそれが最終)で帰ったなんて思われてしまったらどうしようもない。
ちなみに、携帯電話はものの見事に使用不能だった。外に出てすら怪しいのに、こんな穴の中では電波が届くはずもなかったのだ。
科学の力もまた、大自然には及ばなかったのだ…
「…あれ?」
そこまで考えて私は呟く。
もしかして…脱出の手段なし?
飲み物は湧き水がいくらでもあるけど、残存食料はどうがんばっても一週間ももつまい、洞窟の中はそこまで寒くないので凍死はないだろうけど、食料補給の見込みはない。もう既におなかは空っぽに近い…
下手をしたら、死体すら発見されないまま、永久にこの洞窟に眠ることになってしまうのかしら?
「あれれ…このままじゃ私たちここで…?」
本当に…まずい気がしてきた、私の想像は悪い方へとばかり進む。
想像の中で、私とメリーは数千年後の博物館で飾られていた。
~想像~
「ねぇねぇ、お母さん、この人たちなぁに?」
ん?何だろうこの親子…
視界には並んでこちらを見る親子の姿がある。
「洞窟に迷い込んで死んじゃったのよ。最近発見されたから、昔の服装や文化を知ってもらうためにここに飾られているの」
え…何!?どういうことそれ!?
何不謹慎なこと言ってるのよこの親子!ほら私生きてるし腕も動き…あれ?
「死んじゃったの?」
え、だから私…え?腕が動かない?足も?
「そうよ、きっと寒くて…怖くて…おなかを空かせて死んじゃったんでしょうね」
あ…え、私死んだの!?メリーは?…あ、私より目立ってる、ずるい。…じゃなくて!
「…可哀想」
そう言った女の子は、同情の視線でこちらを見ている。
え、本当に死んだの私?…嘘、やりたいこといっぱいあったのに…私死んじゃったの?
「お母さん、私おなか空いちゃった…」
あ、私もおなか空いてる。死んでもおなかって空くのね…
「あら、それじゃあご飯にしましょうか。そうした方がきっとこの人達も喜ぶわ」
女の子の言葉を聞いて、お母さんはきっぱりと言い切る。いや、それ違うから。私のおなかは膨らまないし…なのに…
「うん!」
何その元気一杯な笑顔、死者への同情はないのか!呪うぞ!!食べ物の恨みは恐ろしいのよっ!!
「じゃあ何にする?」
あ、こら無視しない。うん、ごめん私が悪かったから…だからちょっと…
「えっとね…えっとね…カレーライス!」
いや待て、そこはカツカレーでしょ、食べさせてもらうんだから高い方を…
「そう、じゃあ食堂に行きましょうか」
あ、いやだからね、私にも…ちょっと!?
「カレーライス♪カレーライス♪」
いや待って、おなか空いてるの、お願い。普通のカレーライスでいいから…
「あらあら…はしゃいじゃって」
食べさせて~!!!
~想像終わり~
「食べさせて~!!!」
「わっ!?ちょ…蓮子、私を食べないで!もう!!」
「はっ!?」
気がつくと、私はメリーの腕へと今まさに喰いかからんとしていた所だった。あ…危ない、危うくカニバリズムに走る所だった…
「あ~ごめんごめん、つい…」
私はそう言ってメリーを見て…
「じゅる…」
思わず口元をぬぐった。ふにふにして美味しそう…
「だからやめて~!」
そんな私の視線に、身の危険を感じたのかメリーは一歩後へと下がる。
「ごめんごめん、冗談よ冗談」
「もう」
ぷんぷんと頬を膨らますメリーを見ながら、おもちを思い浮かべてよだれを出しそうになったのは秘密だ。
「いや~かくかくしかじかな想像をしちゃって…」
「もう…」
事件から数分、私はメリーへ事の次第を説明した。メリーの呆れたような視線が痛かった…
「…でも、確かにこのままだと危ないわね」
おっ、珍しくメリーが真剣な表情をしているわ。さすがにこの状況に焦ってきたのかしら…
「座して死を待つよりは進んで活路を見いたいっ!?」
その時だった、メリーが敢然と立ち上が…ろうとして頭をぶつけてうずくまる。洞窟の中は危険なのである。
「何したいのよあんたは…」
緊張した(?)雰囲気は一瞬で消え去り、再びのんびりとしたメリーの流れが戻ってきた。
「痛いよ~」
呆れる私に抱きつくメリー。やれやれ何がしたいんだか…
「はぁ」
ため息をつきながらメリーの頭をさすると、段々その表情は元へともどり、再び立ち上が…ろうとしたので無理矢理座らせた。
何この駄目な流れ…
「…こほん、つまりね」
しばらくそんな流れを繰り返した後、メリーは気を取り直したように咳払いをする。洞窟の中にメリーの声が響いた。
「押して駄目なら引いてみろ…と」
自信満々なメリーの言葉…だけど…
「いや、わけわかんないからそれ…」
即時突っ込み、何が言いたいのよあんたは…
「はぁ、蓮子ったらバカなんだか…痛い痛いっ!?」
「それはわかった」
「ごめっ!?やめ…痛いの~それやめて~」
頭を両側からぐりぐりする私に対して、抵抗するメリー…と、ふと気がつく。
「こんなことしてる場合じゃなかった…何が言いたいのよメリー」
「ううっ、ぐすっ…あのね、つまり別な出口がないか探そうっ!ってわけなの…ぐすっ」
半泣きのメリーを撫でつつ、私は考える。
確かに頭上の入り口からの脱出は自力では不可能、助けは絶望的…しかしこの洞窟の奥へと進むと、救助は完全に期待できない。
救助を待つか、死中に活路を見いだすか…
メリーの思考は単純なように見えて、しかし本質をついている。
不可能な選択肢を排除していって、最後に残った一つがどんなに間違っているように思えても正解なのだ。
「よし…」
私はそう言ってメリーを見る。
「行こう、脱出してカレーライスを食べるのよ!」
「うん、でも私はハンバーグがいいわ!!」
完全な連携…一分の隙もないまでに一心同体の私たちは、仲良く頭をぶつけた後、ハンバーグとカレーライスの優劣について激論を交わしながら、暗い闇の中へと進んでいったのだった…
5分後
もはや懐中電灯と化した携帯電話により、私たちは空洞内を探索した。
今まで、上方の穴しか気をつけていなかったのだけど、ここは意外なほどに広い空間で、しっかり探せば横穴か何かが見つかりそうだった。
「メリー?あった?」
「う~んだめ、それらしいのはあるんだけど…小さいし」
「そう…こっちも…ん?」
十分ほど探した時だった。私は、小さな空気の流れを感じて足を止める。
そこに光をあててみればれば、光の先に、人一人がしっかり入れそうな横穴が暗い口を開けていた。
「メリー!あったわ、ここに横穴がある」
「え、ホント!?」
私の言葉が反響し、メリーが駆け寄ってくる。私たちは二人して穴をのぞき込んだ。
「見えない…ね」
「うん」
携帯電話のライト程度ではその先に何があるかなどはわからない…そんな闇。入らないとわからないわね。
「蓮子、墓穴に入らずんば墓地を得ずよ!」
興奮して言っているメリーだけど…墓穴に入っちゃまずいと思うのよ。墓地もいらないし。
「それ、違うから…ああもう違わなくていい」
しかし、私はそれを訂正しかけてからやめる、だってめんどくさいから。
「?」
はてな印を頭に浮かべるメリーを後目に、私は一歩二歩と前へ進んだ。
「蓮子…気をつけてね」
背後から心配そうな声が聞こえる。
「うん」
そんな友人に短く答えを返し、私は四つんばいになって少しづつ前へと進む。ごつごつした岩肌…だけど、足下はなぜかふにふにと柔らかかった。
それが何なのかは、さっきから頭上を飛ぶ蝙蝠が知っている気はしないでもないけど、考えるのはやめようと思った。
横穴は狭いけど、人間が通られないほどではなく、十分に…
「え?」
その時、伸ばした手が虚しく空気を掴み、私はたちまち前へと倒れ込んだ。
「え…え!?」
悲鳴を上げる暇もなく、ただ疑問だけを残して私は急降下した。身体の各所が岩にぶつかったのだけど、不思議と痛みは感じない。
無意識のうちに頭をかばったけど…まずい、このまま頭から落ちていったら…そんな思考の間に、身体を打ち付けていた岩の感覚はなくなり、直後、私は完全に宙を舞う。
「わ…わ…」
悲鳴をあげるような余裕はなかった、長いようで恐らくはごく短時間の飛行の後、私は、激しい衝撃と共に着水した。
「助けっ!?メ…」
一瞬完全に水没した私だったけど、すぐに水面に浮き出る。
でも、いくら焦っても足は虚しく水をかくばかりだ。身体を刺すような水の冷たさと、本当に何も見えない暗闇がますます不安を誘う。
「蓮子!?どうしたの蓮子っ!?今行くね!!」
だけど、天から降り注ぐ友人の声、お願いっ!助け…
「きゃ!?」
悲鳴?
「…」
非常にいやな予感がする…暗くて何もわからないけど…間違いなくこの後まずい出来事が…
「きゃっ!?」
「っ!?」
私の思考は、実体化した出来事…具体的に言うと落ちてきたメリー…によって閉ざされた。
?分後
「寒いよ暗いよ冷たいよ~」
「…私もよ」
私に寄り添うメリーの身体は濡れて冷たく、そして同じように私の身体も冷え切っていた。
地底湖の水は刺すような冷たさで、一瞬にして私たちの装備の過半と、そして体温を奪い去ったのだ。
大きなリュック等は、全て上に置き去りにされるか、もしくは水没した。
残存するのは僅かに身につけていたポーチだけ。
ちなみに軟弱な携帯電話は、大自然の猛威の前についにその最後の機能である照明機能すら喪失し、ただの置き物に成り下がった。
一方、メリーが身につけていた腕時計は洞窟にその音を響かせている。洗濯機に入れられたり、その他過酷な扱いを受けていた腕時計は、このような不慮の事故にもその機能を失わなかったのだ。
さすがはメリーの持ち物ね。1980円のセール品であっても、トラブル慣れしてしまったのだろう。生活防水と聞いたけど、きっとメリーといると地底湖での湖水浴も『生活』の一部であるに違いない。
…もっとも、この暗闇では動いていても何の意味もないのだけれど…
遭難したときの鉄則とは、その場所から動かずに救出を待つこと…私たちは、常識とか鉄則とか、そういうものの大切さを身にしみて感じていた。
その意気まさに天を衝かんばかり…だった秘封倶楽部の進撃は、そのわずか一分後、身体もろとも意気を地底湖に落下させて頓挫した。そう、洞窟とは横の広がりばかりを持っているのではなかったのだ。
携帯電話すら失った私たちの視界は、完全に漆黒の闇に閉ざされていた。
隣にいるメリーの姿はおろか、自分の手のひらさえ見えない、完全な闇。絶え間なく流れる水の音と、規則正しい腕時計の音、そして私たちの息づかいだけが、闇の中で生きていた。
だけど…
「このままじゃその内一つはなくなるだろうけど」
私は自嘲する。救出される見込み…ほぼゼロ、自力脱出の見込み…限りなくゼロに近い。誰に知られることもなく、私はここで朽ちていくのかしら?
「何?蓮子そろそろ死にそうなの?根性ないなぁ…私はあと三日は大丈夫よ」
「いやいや…」
しかし、そんなはメリーの妙な自信によって破砕された。三日持ちこたえたところでどうしようもないじゃない!
「寒いよ~暗いよ~冷たいよ~お腹空いたよ~死んじゃうよ~」
「よ~よ~うるさいっ!三日は大丈夫はどうしたのよっ!!」
「私の脳内では三日前に過ぎました」
「はぁ…」
あれからどれくらいたっただろうか…状況は変わらず、そして変わる見込みもなかった。世界は黒く、彩りという言葉は存在しない。ただ暗くて…寒くて…どこが上でどこが下で…そして、この空間がどこまで続いているのかもわからない。
もしかしたら、このまま黄泉まで繋がっているのかもしれない。一歩足を踏み出したらそのまま…
「いけないいけない」
私は頭を振って思考を打ち消す。
人間は、こんな空間に一人で放り込まれると発狂するという。それも仕方がない。それ位、私たちが住んでいる世界とは別な世界なのだから…
そういう私とて、隣で不平不満を並べ立ててるメリーがいなければ、とっくの昔に発狂していただろうに…
「ねぇ蓮子!」
その時、メリーの声が私を呼んだ。
「何?」
私は意識を取り戻し…すぐに視界に何かを捉えた。
「光っ!?」
暗い闇に光が見える。それは、ちらりちらりとゆらめいて、だんだんとこちらに近づいてきた。
「メリー、あれ…」
「うん、光だね。助けが来たのかしら?」
メリーの言葉に、私は答える。
「助けだろうがそうじゃなかろうが、人間だろうがもののけだろうがどっちでもいいわ!こんな暗いところにいるよりましよっ!!」
「まぁ蓮子ももののけじみてるし…きっと仲間だと思われるわね」
「やかましい、それはあんたも一緒じゃない」
「私蓮子みたいに岩をも砕くキックなんてできないもん」
「私もできんわっ!!」
鋭い突っ込みが洞窟を揺るがし、塵が頭に降り注ぐ。どこにいてもどんな時でも、秘封倶楽部は秘封倶楽部だった…
で…
「まさか洞窟の中でどつき漫才やってる奴がいるなんて思わなかったぜ」
「漫才じゃない!」
「漫才じゃない、夫婦漫才?」
「色々と違うからっ!?」
「あははっ!やっぱり姉ちゃんたちおもしろいや」
あの後、結局灯りのことなんてすっかり忘れて漫才…もとい歓談していた私たちは、一人の男の子に発見された。
彼の第一声が「妖怪?」だったのが、結局お互い同じ心配をしていたのだと教えてくれた。
そりゃあこんな洞窟の中で人間に会うなんて…偶然にしても出来過ぎなわけだし。ま、事実は小説よりも奇なりってことかしら?
仄かな灯りが足下を照らし、それを頼りに私たちは歩く。さっきまでは何一つとして見えなかった『道』がその先に見える。人が一人…やっと通れるくらいの細い穴、テレビで見るような鍾乳石は見えなかった。
でも、灯りの中を細かな塵が舞っていて、少し不思議な感じがした。
私たちは、洞窟を流れる小さな水の流れを、ぺちゃぱちゃと音を立てながら進む。たまに背後で「きゃっ!?」という悲鳴と、メリーが水浴びをする音が聞こえるけど、そろそろ慣れてきた。
「もう、メリーはどんくさいわねぇ…普段からのんびりしているせいよ」
「うるさいなぁ…遅刻ばっかりしてる蓮子に言われたくな痛っ!?」
見なくてもわかる表情でこちらに文句をつけてきたメリーの言葉は、鍾乳石の直撃により途絶した。
「あ、頭上にも気をつけな…って言うの忘れてた」
「う~」
わざとらしく言った男の子を、メリーがジト目で見る。平和ねぇ…
既にうち解けて…というか、完全に『害のない人間』と認識されたらしい私たち、喜ぶべきか悲しむべきかはわからないけど、重要なのは、今私たちは生命の危機を脱したらしいということだ。
地元の子らしいその男の子…自称(?)八満…は「この洞窟のことなら俺に任せろっ」と、頼もしいことを言ってくれた。
なんでも、この洞窟を『探検』するのがこの子の楽しみらしい。「里でこの洞窟の場所を知っているのは俺だけなんだぜ、出ても内緒だぞ」と、真顔で言ってきた。
あんまり目つきが真剣で、断ると置いてきぼりにされそうだったので、私たちは思わず頷いてしまった。
それにしても、子どもっていうのはなんでこうも『秘密』を持ちたがるのかしら?私は、自分が子どもだった時のことを思い出しつつも、そんなことを思ってしまった。
「あ、ここで落ちたら上がれないからな、姉ちゃん達も気をつけろよ」
八満がこっちを振り返って言う。
しばらくてくてくと歩いた私たちの目の前にあったのは、深くて暗い穴だった。ただでさえ暗い洞窟の中で、その穴はさらに暗い。
そして、八満が動いた拍子に、ころころと小石が転がっていく…
「…」
「…」
到着の音が聞こえるまでにはずいぶんと時間が必要だった。小さな音が響いて、そして洞窟に静けさが戻る。
「…メリー、落ちるときは巻き込まないでね」
「わかったわ。蓮子もね、手は放してね」
それからさらに時が過ぎて、私たちはお互いの友情を確かめ合った。我が秘封倶楽部の団結力は完全だった。
「この穴に落ちた奴は助からないんだ…昔、妖怪に追われて洞窟に逃げ込んだ子どもが落ちてさ、そのまま誰も助けにこなくて死んじまって…今じゃ、助けを求めて近づいた人間の足を引っ張るらしいぜ」
その時、おどろおどろしい声で八満がこっちを向いた。ぼんやりとした光に浮かび上がるその顔はとても…
「あんた嘘つけない性格でしょ」
楽しそうだった。
「ちぇっ!わざわざ遠回りしてまでこっち来たのに…可愛くねぇでやんの」
そんな私の言葉に、小石を蹴飛ばして、個性のないリアクションをとる八満。子どもねぇ。
「ははは…まぁさっき『里でこの洞窟を知ってるのは俺だけだ』なんて言ってたし、つめがあまいわね」
続くメリーの言葉に、八満は「しまったー!」とか言って頭を抱える。ホント、抜け具合がメリーに似ているわね。
「あ~あ、でも実際落ちると上がれないぜ?危ないから迂回しよう」
「って迂回路あるんかいっ!!」
「へへへっ!こっちだよ姉ちゃんたち」
「よしっ!ここを抜ければ出口だぜ」
あれからしばらく、歩いたり上ったり降りたり落ちたりした後、八満は小さな『明かり』を指さして言った。もう…朝になっていたのかしら?
でも、何日経っていてもいい、外に出られるのなら…吹き込む、冷たく新鮮な空気は、明らかに洞窟の空気とは異質だった。
そう、ここさえ抜ければ…と、思い始めたとき、私はふと気がついた。
でも、ここって小さくない?
「わ…私出られるかしら?」
メリーが呟いたけど、その気持ちは一緒だ。子どもがやっと通れるような小さな小さな穴、私たちでは突破するのに少々自信がない。
「でもここからじゃないと出られないぜ…小さいようでも、結構通ろうとすれば通れるもんだから試してみなよ。俺が引っ張るからさ」
立ちすくむ私たちを見て状況を察したのか、八満は言った。結局のところ、ここを通らないとどうにもならないわけだし…失敗したところで死ぬわけでもない。やってみるしかないわね。
「じゃあメリー、あんたの方が太ってるから先行って、後ろから押したげる」
「しっ失礼ね!私は太ってなんかないわよ!!」
「こないだの身体測定で2㎏太って、体重が「きゃー!!」㎏になったのは誰かしら?あと叫ばないで、うるさいから」
「な…何で知ってるのよ蓮子!!」
乙女の秘密をばらされそうになって真っ赤なメリーを見ながら、私はしばし勝利の美酒に酔っていた。
だって、身体測定の後、私に泣きついてきたのあんたじゃない…数値を言いながら。
「何よっ!それなら蓮子なんて胸囲が「わー!!」㎝じゃないっ!!蓮子は幼児体型なのよ!!あと叫ばないで、うるさいから」
ちょっと待った!
「な…なんであんたがそんなこと知ってるのよ!!」
メリーの反撃に、今度は私が慌てだした。その情報は宇佐見乙女帝国における最大の国家機密のはずなのに!!
「だって、身体測定の後、私に泣きついてきたの蓮子じゃない…数値を言いながら」
うぁ…迂闊、完全に思えた情報管理に、こんな小さな穴があったなんて…無念。
「それならメリーなんて…」
「それを言うなら蓮子はっ…」
喧々囂々、突如勃発した、宇佐見乙女帝国とマエリベリー少女主義連邦の情報(開示)戦は、お互いの秘密を徹底的に暴露しつつ、さらに激しい直接的な武力衝突を伴って戦渦を広げ、いつ果てるともなく続いていった。
だいたい、何であんた私のへそくりの場所まで知ってるのよ!…私もメリーのへそくりの隠し場所知ってるけど。
「どーでもいいけどさ、そろそろ行こうぜ」
「あ…」
「う…」
しばらくきゃんきゃんとわめきあっただろうか、隣から聞こえた呆れたような八満の声に、私たちは黙り込み、お互いの服を放す。
出っ張った石に座った八満の、こちらを見る視線は非常に冷たかった。
恥ずかしい…穴があったら入りたいわ、入ってるけど。
で、不毛な戦いを終え、目の前の脱出口へメリーが進む。穴からは、先に入った八満が手を伸ばしてくれていて、メリーはそれにつかまった。
「よし、引っ張るぜ」
「お願い~」
「いっせーのっ!」
「わ…痛っ!?」
手を引かれたメリーは、どうにか上半身を突入させたようだけど、そこで停止する。
「うー出られない」
一瞬の後、メリーが言う。
「ちょっ!あんたが詰まったら私も出られないじゃない!!」
遅まきながら、状況をつかんだ私は焦る。順序を間違えたかしら…でもメリーを放っておいて、私だけ逃げるわけにもいかないし…
「メリー!どうにかなんないの?」
「身体をくねらせて進んでみなよ、そうすれば結構進むからさ」
「う…うん、やってみるわ」
私と、そして八満に言われたメリーは、必死に前進しようとしたのだけど、その試みは五回行われて…そしてその全てが失敗した。
それどころか…
「うー今度は進むどころか退くこともできないわ」
「嘘!?」
完全に詰まったらしいメリーは、穴に身体を突っ込んだままその動きを止める。洞窟は再び暗黒に戻り、漆黒の闇のみが世界を作った。
そして…
「メリーがダイエットしてないせいで!」
「今関係ないじゃない!」
再び勃発する乙女戦争。しかし、今度の戦いは一方的だった。
「痛いっ!ずるいっ!!こっちは動けないのに!!」
「太ってるのが悪いんじゃない」
人の活路を塞いでおきながら何自慢げに…
目の前で行動不能に陥っているメリーへ、私はここぞとばかりにげしげしと攻撃をかける。
「太ってなんかないわ!蓮子と違って胸が大きいからつっかえちゃったのよ、蓮子と違って!!」
…その時、私の中で何かがはじけた。
「誰が洗濯板よっ!!」
「え、そんなこと言って…きゃっ!?」
メリーは、乙女に対する禁断の言葉を言ってしまったのだ…それも二度も。持つ者が持たざる者へ無意識に放った禁断の言葉は、電撃のごとき反撃を生む。
一瞬、よどんだ洞窟の空気に大きな流れが起きて、そして光すら見えた気がした。刹那、激しい衝撃が洞窟を揺らし、小石を落とした。
傷つきし乙女がふるった報復のきらめく足は、完全にメリーをとらえ、その攻撃力を余すところなく彼女に伝えたのだった。
「よかったじゃない、出られて」
「…もげたりつぶれたりしたかと思ったじゃない。うう、まだ痛いわ」
嘆くメリーだけど、その表情は明るい。そう、私たちは脱出に成功したのだ。
すっかり晴れ渡った空は青く、ただでさえまぶしいその光は、雪に反射してきらきらと輝く。しばらくまともに目を開けていられなかった。
前を見れば、何の足跡もないまっさらな雪原が、彼方まで続いていた。
あの子はまだ洞窟の中を探検するらしく、向こうに見える集落を指さし、『先生』に頼るように言うと、そのまま洞窟内へと帰っていった。それにしても先生って…議員さんかしら?
ちゃんとお礼をしたかったのだけど、そう言ったら「いいっていいって、困った時はお互い様だからな。…それに姉ちゃんたちに俺の洞窟で自縛霊になられたりしたらうるさそうだしさ」とちゃかされた。
でも、そう言いつつもちょっと朱に染まった頬がおもしろかった。素直じゃないわねぇ。
洞窟の出口は、小高い山の山麓にあって、周囲を一望できた。八満が『里』と呼んだその集落までは、白く染まった林を抜ければすぐに着きそうだ。
それにしても、その集落は私たちが降りた街とは全く違う…洞窟を抜けて、山の反対側まで来ちゃったのかしら?
そもそも何日経ったのかすらわからないわ。あの集落に着いたらひとまず聞いてみましょう。
私は、そんな事を考えながら、雪の中を一歩二歩と歩き出したのだった。
『つづく』
目指す所はどこなのか、待っているのはなんなのか
空舞う雪にレールは消えて、帰り道すらなくなって、それでも列車は先へ行く
曲がりくねった鉄路を、一両きりのディーゼルカーは雪煙をあげながらゆっくりと進んでいた。
山々にこだまするはずのその音は、四方を囲む雪によって吸収される。白一色の山並みの中を、音もなく進む列車というのは、なかなか絵になる光景だろう。
全く変わっていないようで少しづつ変わっている景色の中、足下からかすかに伝わる振動と、ほんのわずかに聞こえるエンジンの音が、私たちの列車が確かに進んでいることを伝えてくれた。
「詩的ねぇ」
車窓を流れる景色と、そして自分の心に、私は呟く。
いつもの街から遙かに離れ、科学の力が及ばない、そんななにもかもが遠い場所。日常から離れるという意味では、ある意味月よりも適切な所かもしれなかった。
目を移せば、がらがらの車内はとても静かで、その中にはただただエンジンの音だけが…
もぐもぐごくん
…ん?
「そうね蓮子、このお弁当は本当に素敵だわ。まさか天然ものの筍が食べられるなんて思いもしなかったわ」
詩的な情景…その儚く美しい夢は、隣から聞こえてきた友人の声によって、一瞬にして瓦解する。
「…」
「どうしたの蓮子?」
不思議そうに首を傾げたメリーへ、私は言った。
「雰囲気ぶちこわしっ!」
「ちょっ!?何するの蓮子!!やめて!私の筍~」
「うっうっ、私の筍~」
「うるさいなぁ~もう」
駅弁の中の…おそらくメリーが最後にとっておいたのであろう筍を、私は激しい奪い合いの末獲得した。
目の前で泣き伏すメリーを、私は勝利の眼差しで見つめる。
秘封倶楽部は帝国主義の時代なのである、力こそが正義、美味しいものは力ある者の手へと落ちるのであった。
むむ…せっかくのいい雰囲気が台無しだわ。メリーのせいで…筍はおいしいけれども…
さて、それはさておき、私たちは民話の里…こと遠野へと向かっている。童話の列車で民話の里へ…今回の旅行のテーマはそんな感じだ。
丁度旅行に行こうかと思っていた時、私の手元にあった本が、遠野物語と銀河鉄道の夜だったのが目的地を決定した。
ちなみに、旅行計画のきっかけは月面旅行だ…日本語的に何かおかしい気もするけど、まあいい。あと、もちろん私たちは月面旅行に行ったわけではない。
要するに、月面旅行に行きたかったのに、お金が足りず(あんな法外な値段ふざけてるわ!)行けなかったので、地球を知らずに月に行けるかっ!と、秘封倶楽部は衆議一決、恥知らずにもこの星の事をろくに知らずに宇宙へと飛び立つブルジョア共に、聞こえぬであろう罵声を浴びせつつ、春休み旅行を企画したのである。
もちろん、月面旅行に要する費用が私たちの手が届くところまで来たときには、この考えは捨て去られることになるのだろうけど、それはまぁ…消費者の権利なのである。
「さて、遠野ってどんな所なのかしら?」
私は期待に満ちた声で呟いた、民話と伝説の里遠野。まさに秘封倶楽部が目指すにふさわしい目的地である。
「そうね。でも、ひとまず終点で折り返さないとね、蓮子」
「はぁ」
復活したメリーの声…私は、脱力して息を吐き出す。
遠野…目指す目的地ははるか『後方』であった…
~回想~
「はぁ…寒いわね」
ホームに降りた私は、そう呟いて周囲を見回す。私のため息は、白く姿を変えて空へと消えていった。
寂しげなホームからは、寒さから逃げるように足早に乗客が立ち去っていった。私たちの街では、もう季節は春のはずなのに、この北の地に春が訪れるまではまだ時間が必要なようだった。
まさしくここはみちのくの地…極寒の大地である。
ホタテで有名な北の湾を遠望し、学校の授業で習ったアリス式海岸とかいう寂しげな海岸を見物し、遙か太平洋にロマンを馳せた私たちは、長い旅を終え、今、終点に降り立ったのだ。
…いや、もう着いているはずの目的地にはまだ着いていないのだけど。ついでに言うと、上記の見学は計画には含まれていない。
そう、本来だったら、今頃は遠野市内を散策し、境界探しをしていたはずだった…
しかし、新幹線でメリーが『降り遅れ』、そのまま青森まで行ってしまう羽目に…出迎えてくれたでか目な土偶は面白かったけど、危うく海峡を越える所だった。
続いて、反転して乗り換え待ちの最中、今度は駅弁にふらふらと釣られていったメリーが『乗り遅れ』、次の列車(二時間後)を待つ羽目に…新幹線と違って、在来線は本数が少ないのね…こっちは。
でもって、お次は「メリー起こしてね」と、私が念をおしつつ眠った所、目覚めた時には左手に居眠りメリーさん、右手におっきい太平洋さんが見えているっと、つまりはそういうわけである。
まぁ最後はメリーを信頼した私がバカだったから仕方がない…ちなみに、そう言ったら「そうねぇ、蓮子はバカだからねぇ」とか言ってきたのでとりあえず泣かせた。方法は秘密だ。
だが、過去のことは仕方がない。私とて集合時間に『ちょっと』遅れてしまったのだ、気にせずにメリーと今後について話し合おう。
寛大な私は振り返る。
「ねぇ、メリーひとまず駅舎に入って善後策を…っていない!?」
だが、ひとまず寒風を避け、メリーと善後策を考えようとした私の目論見は言いかけた言葉とともに停止した。
時折雪が撫でていくホームは、閑散として人影がない。もちろんメリーの姿も。
「また降りそこねたのかしら?まったく、あの子はのんびりなんだから」
ま、ここが終点だから、そのままあらぬ所に連れて行かれることはないか。
私は、今降りた列車に戻ろうと反転し…
「ねぇねぇ蓮子、凄いよこの列車、扉が手動式」
「?」
あらぬ方向から声をかけられ、再度反転した。見れば、隣のホームに停まる列車の扉を面白そうに開け閉めしているメリーの姿がある…中から。どっかに連れていかれたらどうすんのよ!と、呆れつつも、私はその列車に目をとめた。
扉の窓に浮かぶのは『手動』の文字。朱とクリーム色で塗り分けられたそのディーゼルカーは、時代遅れの黒い煙を空へと吐き出し、生きているかのごとき躍動感を伝えている。
力強い振動が、空気を通して私にまで伝わってくる。
「まさかディーゼルカーが残っているなんてね」
ため息をつきつつも、一瞬置いて私は感嘆した。
大気を汚すとして、道路からも鉄路からもディーゼルカーは消えていった。今や、ディーゼルカーをはじめ、化石燃料を使う輸送機関などほとんどない。
燃料電池車や蓄電池車…技術の発達は、自然を壊すと同時に自然を守る手段も見つけていたのだ。
「でも…これなら宇宙にだって行けそうね」
私は、その車体へと手を触れた。重厚な鉄板から冷たさと…力強い振動が伝わった。
新しいものと古いもの。対極にあるはずのその二つに、共通して感じることが一つある。
それは不思議な力…かたや未来へと進む夢の道具、かたや時代を越えて生きてきた夢の道具。
スペースシャトルが前者なら、このディーゼルカーは間違いなく後者だろう。いわば、前者は未来への期待、後者は過去への期待というべきだろうか。
自分が生きている『現在』とは違った世界の道具に、人は何かを感じるのかもしれなかった。そう、私たちが『現在』いる世界とは異なった世界に憧れるように…
「ねぇねぇ蓮子も乗ってみなよ」
その時、メリーの声がかかり、私は思考から引き戻される。見れば、こちらを手招きしているメリーの姿…
「え…ま、いっか。面白そうだし」
蓮子蓮子とはしゃいでいる招きメリーに引き寄せられ、私は戸惑いつつも車内へと足を踏み入れる。
一歩足を踏み入れると、特徴的な油の臭いが鼻をついた。閑散とした車内に人影はないけど、暖かさと素朴な造作が、何か私たちを安心させてくれた。
「へぇ、こういうので旅ができたらい…」
プシューガタン
「「プシューガタン?」」
と、背後で音がして、続いて私とメリーの声が揃った。振り向いた瞬間、髪が顔を叩いて、私は一瞬目をつぶった。
そして、おそるおそる開かれた私の目に映ったのは、しっかりと閉じた『手動』扉。
「ちょ…こんなお約束な展開…」
しっかりと閉じた扉をどうにか開こうとする私だったけど…それはびくともしない。
「なんで手動ドアが自動で閉まるのよー!!」
文法的に間違っていると思うわ。
だけど、私が扉を押しても引いても蹴って…みるのはまずいので、ともかく、色々やってみても開くはずはない。
その間にもエンジンの音はひときわ高鳴り、小さく揺れて動き出す。メリーがよろめいて私によりかかった。
そして、ディーゼルカーはぐんぐんと加速する。ホームは後ろに下がり、列車は前へと進む…呆然とした私たちを乗せて…
がたりごとりとポイントを渡り、エンジン音も高らかに街を駆け抜けるおんぼろディーゼル。雪に沈んだ街の中、この列車は元気一杯だ。
小さな街並みが後方に消え去り、エンジン音も落ち着いてきた頃に、ようやくメリーが口を開いた。
「あーそういえば、昔は開けるのは手動で、発車の時に勝手に閉まってくれる半自動扉があったらしいわね」
のんびりと呟くメリー…ってちょっと待て。
「今更言うなっ!」
「もう、蓮子がこういうので旅ができたらいいとか言うから、列車が本気にしちゃったじゃない」
「んなわけないでしょ!」
「きっと動力は内燃機関と妖力機関のハイブリットね、耳はどこかしら?」
「絶対違うからソレ!?」
「さすがは民話の里…の近くね、この列車もきっと名のある妖怪に違いないわ」
「いや、だから何で既に妖怪になってんのよ!?」
「幾百年の齢を重ね、きっとここまでの力をつけたのね」
「いやいや、いくらなんでもそこまで古くないでしょ!」
「ああ、でもこの世知辛い世の中だから、そんな大妖怪でも働かないと生きていけないのね。月給はいくらなのかしら?それとも歩合給?」
「そもそも誰が給料よこすのよっ!!」
「きっと病弱で動けない母親と、育ち盛りの二人の子どもを食べさせるために老骨に鞭打って…うう」
「いや待て、いつの間に家族ができてるの!?」
「お腹がすくと列車も走らないわ。ところでお弁当まだなかったかしら?」
「人の話をっげほっげほっ!?」
「ちょ…蓮子大丈夫?どうしたの?もののけ酔い!?」
あ…あんたがボケたおすもんだから突っ込みの息が続かなくなって…きゅー
「蓮子!蓮子!!」
私の視界はだんだん曇り…やがて暗くなった。
かくて、私は遠野に行くつもりが、どこか知らない所へと連れ去られる事になったのである。
~回想終わり~
全てが白い世界に一つだけ彩りを添えながら、ディーゼルカーは山と山との境界を進んでいく。
薄く引いた雪煙は、一瞬だけ見えた二本のレールを、たちまち雪へと埋めていた。
山々は険しく、よくぞこんな所に線路を敷いたものだと感嘆する。長いトンネルを掘る技術もない時代に造られたのだろう、地形に合わせて曲がる線路がその時代を感じさせてくれた。
レールの音はかたんことんと静かに響き、窓を叩く風雪よりもはるかにおとなしい。
「ねぇねぇ蓮子、どんどん山の中に入っていくわよ?」
「そうね」
「どこに行くのかしら?この列車」
「そうね」
「案外もののけの里に連れて行ってくれるかも♪」
「そうね」
「そうなれば楽しいと思わない?」
「そうね」
「…」
「そうね」
「まだ何も言ってないわよ?」
「そうね」
………
「うー蓮子が構ってくれない」
「そうね」
「…ていっ!」
「そう…わってっちょ…なな何入れたのよ!?」
善後策を練るべく熟考していた私は、突然背中に『冷たい何か』を入れられて意識を取り戻す。
ディーゼルカーは、生き物のように唸りながら、雪をもののけ…もとい押しのけ、ずんずんと坂を登っていた。
「蓮子蓮子、トラベルもトラブルも楽しまなきゃ損だよ?それにほら、ここは東北、のんびり行こうよ」
ホームで拾ってきたらしいつららのかけらを見せながら、メリーは言う。陽気なメリーが羨ましかった。
「はぁ」
ねぇねぇと袖を引っ張るメリーにため息を一つ、私は外を見る。
山は両側からのしかかるようにせまり、窓の隙間からは寒風が吹き込んでいた。
坂にかかると、ディーゼルの唸りがひときわ高鳴り、しかし速度は上がらない。さすがにもののけじゃあないだろうけど、頑張るディーゼルカーの姿は生き物みたいで微笑ましかった。
果たして私たちはどこに向かっているのか、もしかして本当に『伝説の里』へと進んでいるのかしら…
「やや、旅行のお客さんとは珍しい」
「え?」
そんな私の思考は、誰かから声をかけられて停止した。
「どちらまで行かれるのですかな?」
言葉を続けてくるその人は、初老の車掌さんだった。優しそうな人柄が、声から滲み出ていた。
「あの、実は…」
かくかくしかじか、私は事情を説明した。
「成程、それは大変ですなぁ」
車掌さんは、ちっとも大変じゃなさそうに言う。う~ん、のんびり具合がメリーに似ている気がするわ。これが東北スタンダードなのかしら?
ちなみに、そのメリーは気がつくとどこにもいない。私がかまってくれないので、どこかに…トイレの使用灯がついているので、そちらにいるのだろう。
「それで、途中で戻る事はできませんか?」
メリーはさておき、私はそう言ったのだけど…
「いやぁ、この線は日に三度しか列車が走っておらんのですわ。他に途中で戻るのがあるんですがな、それをあわせても四本…このディーゼルが終点まで行って帰っての繰り返しです…途中の駅で降りたりしたら、それこそ列車を待っている内に凍死してしまいますから、まぁ終点まで行って帰った方が無難かと」
「一日三往復!?」
すまなそうに、だけど笑って言った車掌さんは、呆然とした私に、証拠とばかりに時刻表を見せてくれた。
…確かに三往復、うーんよく廃止にならなかったわね。気になった私は、つい言ってしまった。
「もうかっているんですか?」
それに対し、車掌さんは苦笑いをしてこう答えた。
「いやいやまさか…隣の道路が悪すぎましてな、バスを通せないということで今まで残っているのですわ。経営は赤字も赤字、それこそ熊だのもののけだの乗せた方がまだ儲かりそうなのですが、まぁ大切な子どもらの足ですからな。これがないと冬はどこにも行けないのですよ」
そう言って優しそうに笑う車掌さん。子ども…自分のに限らず…が好きそうな顔をしてるなぁ。
「お子さん…いらっしゃるんですか?」
「やぁ、やかましいのが十人ばかりおりますわ」
「十人!?」
車掌さんの言葉に、私は思わず問い返した。
少子化が限界に達しているようなこの時代でも、いるところにはいるものねぇ。驚いたわ。
「たまに子どもらが遅れてくると、エンジンを不調にして発車を待ってやるのですわ」
「は…はぁ」
そして、そう言って再び笑う車掌さん、そんなことしていいのかしら?
「まぁ運転手もお客さんも毎日顔なじみですからな、一人足りないと走る気にならんのですよ」
いいみたいだ…本当、のんびりねぇ。
「こほん、そういうわけで、あの子らが大きくなるまでは残っていて欲しいものですが…まぁ存在自体忘れられているような線ですからな。廃止されるのも忘れられているのではないかと」
「は、はぁ」
無理矢理表情を変えて、真顔で言う車掌さんに、やっぱりどこかしらメリーに似た雰囲気を感じつつ、私は曖昧に頷いた。
「ああ、それでそういうことなら切符の方は気にせんでも大丈夫です。ただ、このオンボロはすきま風が酷くて冷えますので、コートかなんかを羽織っているのがよろしいかと、それでは」
「あ、はい、ありがとうございます」
車掌さんはそう言うと、私の言葉に一礼して歩き出し、止まった。
「本当に冷えますからな、たまに車内でも零下になりますわ。この辺りは本州でも一番寒いという話で…それでは」
「え!?」
驚く私に再び一礼し、車掌さんは後ろの方へと歩いていく。扉を閉じる音がして、車掌さんは乗務員室へと入ったのだった。
「車内で氷点下…」
私は呟いた。北上高地とすきま風恐るべし…
勾配がきつくなってきたのか、ディーゼルカーは唸りをあげて坂道に挑む。いくつかのトンネルを抜け、いくつかの駅に止まるが、その度に山々は険しくなっていくように見えた。ちなみに、乗ってくるお客さんはいない。
かもしかが寄ってきたけど、列車は警笛を鳴らして離れさせる。ちょこっと見えた狐は、こちらを見るなり逃げ去った。
「深山幽谷っていうんだっけ、こういう所にはもののけとか熊とかまたぎとか棲んでそうだね」
メリーが面白そうにそう言った。
「いや、メリー、最後別なのが混じっているから。失礼でしょう」
失礼なことを口にするメリーをたしなめながら、私は、確かにこんな所には何が棲んでいてもおかしくはないと思った。
「それはともかく…寒い」
だけどまぁ車内の寒いこと寒いこと、すきま風は許せるにしても、雪まで舞い込んでくるとは恐ろしい話だ。これなら氷点下と言われても信じるわ。見れば、窓枠にはうっすらと雪が積もっていた。
時間が経つごとに、風を切って走る我がディーゼルカーの車内は、徐々に気温を下げている。
「寒い…」
「そうね…」
私達はそう言って肩を寄せ合う。メリーの暖かさがコートを通じて伝わってきて、心まで暖まる。
やはり時代はラブ&ピース、弱肉強食の帝国主義など時代遅れ、平和と優しさが一番なのだ。
ずいぶん時間がたっただろうか…さっきまで『奮闘』していたエンジンの音が、段々と落ち着いてきたかと思う、ディーゼルカーは鉄橋を渡り、少しひらけた場所へ出た。
山と山との境界が少しだけ広くなり、そこにいくつかの集落が点在している。そこは、今にも自然の中に埋まりそうな、儚く、だけどなにか力強さを感じさせる所だった。
その中を、ディーゼルカーは速度を落とし、優しく進む。背後に舞い上がる雪も、心なしか落ち着いていた。
川沿いに短いトンネルが連続し、眼下の道路と何度も交差しながらレールは続く。トンネルに入るたび、短い汽笛が何度も響いて、周囲にこの列車の存在を教えていた。
やがて、トンネルが少なくなり、ささやかな盆地とコンクリート製の建物がいくつか見えてきた。ここがこの街の中心なのだろうか?
せいぜい三階建てか四階建てだけど、今まで山しか見えていなかった私には、そこが随分と都会に見えた。
だけど、線路はその街を避けるように右に曲がり、私たちを乗せた列車は小さな駅へと停車した。
「発車まで一時間はありますし、その辺りでも見てくると面白いかもしれません。まぁ洞窟以外何もないような所ですがな、それでも都会の人にはこういう所もまぁ珍しいのかもしれませんから」
車掌さんにそう言われて、私たちは外に出た。何でも、ここは鍾乳洞を公開していると有名な所だとのことだった。もっとも、冬季閉鎖ではどうしようもないのだけど…
興味を惹かれたらしいメリーは、それでも行きたい行きたいとわめいていたが、閉まっているのではどうしようもない。近くの雪に埋め込んで黙らせた。
車掌さんが言うには、洞窟自体はそこらへんにたくさんあるらしいので、見つけたらメリーを放り込んで帰ることにしよう。
空を見ればいつの間にか雲は消え去り、粉雪がぱらぱらと舞う程度だった。随分と天気が変わりやすいけど、それもまぁ『らしい』のかもしれない。
駅前からはまっすぐに道が伸び、粗末なコンクリートの橋で川を渡っていた。市街地ともいえないようなささやかな家並みはその向こうだ。
「さてと、それではちょっと散策しますか」
「え…蓮子まっきゃっ!?」
私は呟き、歩き出した。後ろでメリーが転んでるけど気にしない。
時代が進むごとに、距離と所要時間は比例しなくなってきている。
そして、時代によって、概念というものは変化する。距離という概念も、それによって変化したものの一つだった。
この時代、もはや『遠さ』とは距離を示すのではなく時間を示すものだった。卯酉新幹線を使って東京から京都へ通勤することはできるが、その途中から通勤するのは不可能なのだ。
距離が短くとも『遠い』土地と、距離が長くとも『近い』土地、そんなものはいくらでもあった。この街などはまさにその典型だろう。
時間距離…そんな言葉がある。時間で示す距離…それによれば、この街はきっと『地の果て』に違いない。
そして、ふと思う。到達しえない距離は、時間距離ではどのようにあらわされるのだろうか?無限の距離、永久に到達し得ない所。そこは、距離という概念から逸脱したものなのかもしれない。
「ねぇ蓮子、何ぶつぶつ呟いてるの?」
「私たちの置かれた状況を言葉にしてみたの!」
メリーに、私は怒ったように答える。
到達し得ない距離…私たちの頭上には、ぽっかりと空いた穴があった…手を伸ばせば届きそうで、だけど決して届かない…
真っ暗な闇の中に浮かぶその穴も、いまや暗闇の一部になろうとしていた。
「秘封倶楽部、只今洞窟にて遭難中♪」
「黙れ」
「うー気分だけでも明るくしようと思ったのに…」
「余計なことはせんでいいの!」
隣で陽気になったり、落ち込んだりするメリーを見ながら、私はため息をつく。
はて、どうやって脱出したものか…
転落した理由は至極簡単だった。
メリーが「こんなに雪が積もっているなんて、向こうじゃあり得ないわね」とか言いながら、何もないまっさらな雪原に『道』を作って遊んでいたら、その進路上に『落とし洞窟』があったというわけだ。
一瞬で消えたメリーを見て、神隠しにでもあったのかと駆け寄った私も、そこに落ち込んで二次被害、唯一の救いは、私の下敷きになったメリーが平面メリーにされたものの、私には被害が無かったということだった。
尚、メリーが「蓮子重い」とか根も葉もないことを言い出したので、とりあえず私がいかに軽いかを追体験してもらった。
それはさておき、私たちがこの洞窟に落ち込んで既に二時間が過ぎようとしていた。
列車は既に行ってしまっただろう。だけど、懸命に脱出しようとしていた私たちの試みは、その全てが挫折した。
穴までは約3m、しかし、ロープもなにも持っていない私たちにはとても登れない。
私たちが行った脱出の試みは、3mという絶対的な高さを前にして、完全に敗北したのだ。
「そうよ!蓮子、地面を蹴ってその反動で地表に出るのよ!蓮子キックの反動なら簡単に脱出…」
「できるかっ!」
ひとまず、物理学的にありえない事を真顔で言い出したメリーに突っ込みをいれて黙らせ…
「そうね、洞窟壊れちゃうもんね。地面の方が耐えられないか…う~ん、無理かんぁっ!?」 られなかったので、ひとまず物理的手段…具体的に言うと蓮子キック…で黙らせておいた。
「蓮子痛い~」
「うるさい」
私は、涙目で私を見つめるメリーを無視し、現状の打破を考える。
自力で脱出できない以上、誰かに助けてもらうより他ないのだけど、人通りのない道からさらにいくらか入ったところにある洞窟の入り口だ、さっきからわんわん叫んでみたけど、誰も答えてくれる気配はなかった。
しかも、入り口はまもなく雪に覆われるだろう。そうなれば声など届きそうにもない。
遠野に旅に出ることは何人かの友人や親に伝えてあるけど、まさかこんな所に私たちがいるとは思うまい。そもそも遠野じゃないし、ここ。
となると、期待できそうなのはあの車掌さんだけど、次の列車(ちなみにそれが最終)で帰ったなんて思われてしまったらどうしようもない。
ちなみに、携帯電話はものの見事に使用不能だった。外に出てすら怪しいのに、こんな穴の中では電波が届くはずもなかったのだ。
科学の力もまた、大自然には及ばなかったのだ…
「…あれ?」
そこまで考えて私は呟く。
もしかして…脱出の手段なし?
飲み物は湧き水がいくらでもあるけど、残存食料はどうがんばっても一週間ももつまい、洞窟の中はそこまで寒くないので凍死はないだろうけど、食料補給の見込みはない。もう既におなかは空っぽに近い…
下手をしたら、死体すら発見されないまま、永久にこの洞窟に眠ることになってしまうのかしら?
「あれれ…このままじゃ私たちここで…?」
本当に…まずい気がしてきた、私の想像は悪い方へとばかり進む。
想像の中で、私とメリーは数千年後の博物館で飾られていた。
~想像~
「ねぇねぇ、お母さん、この人たちなぁに?」
ん?何だろうこの親子…
視界には並んでこちらを見る親子の姿がある。
「洞窟に迷い込んで死んじゃったのよ。最近発見されたから、昔の服装や文化を知ってもらうためにここに飾られているの」
え…何!?どういうことそれ!?
何不謹慎なこと言ってるのよこの親子!ほら私生きてるし腕も動き…あれ?
「死んじゃったの?」
え、だから私…え?腕が動かない?足も?
「そうよ、きっと寒くて…怖くて…おなかを空かせて死んじゃったんでしょうね」
あ…え、私死んだの!?メリーは?…あ、私より目立ってる、ずるい。…じゃなくて!
「…可哀想」
そう言った女の子は、同情の視線でこちらを見ている。
え、本当に死んだの私?…嘘、やりたいこといっぱいあったのに…私死んじゃったの?
「お母さん、私おなか空いちゃった…」
あ、私もおなか空いてる。死んでもおなかって空くのね…
「あら、それじゃあご飯にしましょうか。そうした方がきっとこの人達も喜ぶわ」
女の子の言葉を聞いて、お母さんはきっぱりと言い切る。いや、それ違うから。私のおなかは膨らまないし…なのに…
「うん!」
何その元気一杯な笑顔、死者への同情はないのか!呪うぞ!!食べ物の恨みは恐ろしいのよっ!!
「じゃあ何にする?」
あ、こら無視しない。うん、ごめん私が悪かったから…だからちょっと…
「えっとね…えっとね…カレーライス!」
いや待て、そこはカツカレーでしょ、食べさせてもらうんだから高い方を…
「そう、じゃあ食堂に行きましょうか」
あ、いやだからね、私にも…ちょっと!?
「カレーライス♪カレーライス♪」
いや待って、おなか空いてるの、お願い。普通のカレーライスでいいから…
「あらあら…はしゃいじゃって」
食べさせて~!!!
~想像終わり~
「食べさせて~!!!」
「わっ!?ちょ…蓮子、私を食べないで!もう!!」
「はっ!?」
気がつくと、私はメリーの腕へと今まさに喰いかからんとしていた所だった。あ…危ない、危うくカニバリズムに走る所だった…
「あ~ごめんごめん、つい…」
私はそう言ってメリーを見て…
「じゅる…」
思わず口元をぬぐった。ふにふにして美味しそう…
「だからやめて~!」
そんな私の視線に、身の危険を感じたのかメリーは一歩後へと下がる。
「ごめんごめん、冗談よ冗談」
「もう」
ぷんぷんと頬を膨らますメリーを見ながら、おもちを思い浮かべてよだれを出しそうになったのは秘密だ。
「いや~かくかくしかじかな想像をしちゃって…」
「もう…」
事件から数分、私はメリーへ事の次第を説明した。メリーの呆れたような視線が痛かった…
「…でも、確かにこのままだと危ないわね」
おっ、珍しくメリーが真剣な表情をしているわ。さすがにこの状況に焦ってきたのかしら…
「座して死を待つよりは進んで活路を見いたいっ!?」
その時だった、メリーが敢然と立ち上が…ろうとして頭をぶつけてうずくまる。洞窟の中は危険なのである。
「何したいのよあんたは…」
緊張した(?)雰囲気は一瞬で消え去り、再びのんびりとしたメリーの流れが戻ってきた。
「痛いよ~」
呆れる私に抱きつくメリー。やれやれ何がしたいんだか…
「はぁ」
ため息をつきながらメリーの頭をさすると、段々その表情は元へともどり、再び立ち上が…ろうとしたので無理矢理座らせた。
何この駄目な流れ…
「…こほん、つまりね」
しばらくそんな流れを繰り返した後、メリーは気を取り直したように咳払いをする。洞窟の中にメリーの声が響いた。
「押して駄目なら引いてみろ…と」
自信満々なメリーの言葉…だけど…
「いや、わけわかんないからそれ…」
即時突っ込み、何が言いたいのよあんたは…
「はぁ、蓮子ったらバカなんだか…痛い痛いっ!?」
「それはわかった」
「ごめっ!?やめ…痛いの~それやめて~」
頭を両側からぐりぐりする私に対して、抵抗するメリー…と、ふと気がつく。
「こんなことしてる場合じゃなかった…何が言いたいのよメリー」
「ううっ、ぐすっ…あのね、つまり別な出口がないか探そうっ!ってわけなの…ぐすっ」
半泣きのメリーを撫でつつ、私は考える。
確かに頭上の入り口からの脱出は自力では不可能、助けは絶望的…しかしこの洞窟の奥へと進むと、救助は完全に期待できない。
救助を待つか、死中に活路を見いだすか…
メリーの思考は単純なように見えて、しかし本質をついている。
不可能な選択肢を排除していって、最後に残った一つがどんなに間違っているように思えても正解なのだ。
「よし…」
私はそう言ってメリーを見る。
「行こう、脱出してカレーライスを食べるのよ!」
「うん、でも私はハンバーグがいいわ!!」
完全な連携…一分の隙もないまでに一心同体の私たちは、仲良く頭をぶつけた後、ハンバーグとカレーライスの優劣について激論を交わしながら、暗い闇の中へと進んでいったのだった…
5分後
もはや懐中電灯と化した携帯電話により、私たちは空洞内を探索した。
今まで、上方の穴しか気をつけていなかったのだけど、ここは意外なほどに広い空間で、しっかり探せば横穴か何かが見つかりそうだった。
「メリー?あった?」
「う~んだめ、それらしいのはあるんだけど…小さいし」
「そう…こっちも…ん?」
十分ほど探した時だった。私は、小さな空気の流れを感じて足を止める。
そこに光をあててみればれば、光の先に、人一人がしっかり入れそうな横穴が暗い口を開けていた。
「メリー!あったわ、ここに横穴がある」
「え、ホント!?」
私の言葉が反響し、メリーが駆け寄ってくる。私たちは二人して穴をのぞき込んだ。
「見えない…ね」
「うん」
携帯電話のライト程度ではその先に何があるかなどはわからない…そんな闇。入らないとわからないわね。
「蓮子、墓穴に入らずんば墓地を得ずよ!」
興奮して言っているメリーだけど…墓穴に入っちゃまずいと思うのよ。墓地もいらないし。
「それ、違うから…ああもう違わなくていい」
しかし、私はそれを訂正しかけてからやめる、だってめんどくさいから。
「?」
はてな印を頭に浮かべるメリーを後目に、私は一歩二歩と前へ進んだ。
「蓮子…気をつけてね」
背後から心配そうな声が聞こえる。
「うん」
そんな友人に短く答えを返し、私は四つんばいになって少しづつ前へと進む。ごつごつした岩肌…だけど、足下はなぜかふにふにと柔らかかった。
それが何なのかは、さっきから頭上を飛ぶ蝙蝠が知っている気はしないでもないけど、考えるのはやめようと思った。
横穴は狭いけど、人間が通られないほどではなく、十分に…
「え?」
その時、伸ばした手が虚しく空気を掴み、私はたちまち前へと倒れ込んだ。
「え…え!?」
悲鳴を上げる暇もなく、ただ疑問だけを残して私は急降下した。身体の各所が岩にぶつかったのだけど、不思議と痛みは感じない。
無意識のうちに頭をかばったけど…まずい、このまま頭から落ちていったら…そんな思考の間に、身体を打ち付けていた岩の感覚はなくなり、直後、私は完全に宙を舞う。
「わ…わ…」
悲鳴をあげるような余裕はなかった、長いようで恐らくはごく短時間の飛行の後、私は、激しい衝撃と共に着水した。
「助けっ!?メ…」
一瞬完全に水没した私だったけど、すぐに水面に浮き出る。
でも、いくら焦っても足は虚しく水をかくばかりだ。身体を刺すような水の冷たさと、本当に何も見えない暗闇がますます不安を誘う。
「蓮子!?どうしたの蓮子っ!?今行くね!!」
だけど、天から降り注ぐ友人の声、お願いっ!助け…
「きゃ!?」
悲鳴?
「…」
非常にいやな予感がする…暗くて何もわからないけど…間違いなくこの後まずい出来事が…
「きゃっ!?」
「っ!?」
私の思考は、実体化した出来事…具体的に言うと落ちてきたメリー…によって閉ざされた。
?分後
「寒いよ暗いよ冷たいよ~」
「…私もよ」
私に寄り添うメリーの身体は濡れて冷たく、そして同じように私の身体も冷え切っていた。
地底湖の水は刺すような冷たさで、一瞬にして私たちの装備の過半と、そして体温を奪い去ったのだ。
大きなリュック等は、全て上に置き去りにされるか、もしくは水没した。
残存するのは僅かに身につけていたポーチだけ。
ちなみに軟弱な携帯電話は、大自然の猛威の前についにその最後の機能である照明機能すら喪失し、ただの置き物に成り下がった。
一方、メリーが身につけていた腕時計は洞窟にその音を響かせている。洗濯機に入れられたり、その他過酷な扱いを受けていた腕時計は、このような不慮の事故にもその機能を失わなかったのだ。
さすがはメリーの持ち物ね。1980円のセール品であっても、トラブル慣れしてしまったのだろう。生活防水と聞いたけど、きっとメリーといると地底湖での湖水浴も『生活』の一部であるに違いない。
…もっとも、この暗闇では動いていても何の意味もないのだけれど…
遭難したときの鉄則とは、その場所から動かずに救出を待つこと…私たちは、常識とか鉄則とか、そういうものの大切さを身にしみて感じていた。
その意気まさに天を衝かんばかり…だった秘封倶楽部の進撃は、そのわずか一分後、身体もろとも意気を地底湖に落下させて頓挫した。そう、洞窟とは横の広がりばかりを持っているのではなかったのだ。
携帯電話すら失った私たちの視界は、完全に漆黒の闇に閉ざされていた。
隣にいるメリーの姿はおろか、自分の手のひらさえ見えない、完全な闇。絶え間なく流れる水の音と、規則正しい腕時計の音、そして私たちの息づかいだけが、闇の中で生きていた。
だけど…
「このままじゃその内一つはなくなるだろうけど」
私は自嘲する。救出される見込み…ほぼゼロ、自力脱出の見込み…限りなくゼロに近い。誰に知られることもなく、私はここで朽ちていくのかしら?
「何?蓮子そろそろ死にそうなの?根性ないなぁ…私はあと三日は大丈夫よ」
「いやいや…」
しかし、そんなはメリーの妙な自信によって破砕された。三日持ちこたえたところでどうしようもないじゃない!
「寒いよ~暗いよ~冷たいよ~お腹空いたよ~死んじゃうよ~」
「よ~よ~うるさいっ!三日は大丈夫はどうしたのよっ!!」
「私の脳内では三日前に過ぎました」
「はぁ…」
あれからどれくらいたっただろうか…状況は変わらず、そして変わる見込みもなかった。世界は黒く、彩りという言葉は存在しない。ただ暗くて…寒くて…どこが上でどこが下で…そして、この空間がどこまで続いているのかもわからない。
もしかしたら、このまま黄泉まで繋がっているのかもしれない。一歩足を踏み出したらそのまま…
「いけないいけない」
私は頭を振って思考を打ち消す。
人間は、こんな空間に一人で放り込まれると発狂するという。それも仕方がない。それ位、私たちが住んでいる世界とは別な世界なのだから…
そういう私とて、隣で不平不満を並べ立ててるメリーがいなければ、とっくの昔に発狂していただろうに…
「ねぇ蓮子!」
その時、メリーの声が私を呼んだ。
「何?」
私は意識を取り戻し…すぐに視界に何かを捉えた。
「光っ!?」
暗い闇に光が見える。それは、ちらりちらりとゆらめいて、だんだんとこちらに近づいてきた。
「メリー、あれ…」
「うん、光だね。助けが来たのかしら?」
メリーの言葉に、私は答える。
「助けだろうがそうじゃなかろうが、人間だろうがもののけだろうがどっちでもいいわ!こんな暗いところにいるよりましよっ!!」
「まぁ蓮子ももののけじみてるし…きっと仲間だと思われるわね」
「やかましい、それはあんたも一緒じゃない」
「私蓮子みたいに岩をも砕くキックなんてできないもん」
「私もできんわっ!!」
鋭い突っ込みが洞窟を揺るがし、塵が頭に降り注ぐ。どこにいてもどんな時でも、秘封倶楽部は秘封倶楽部だった…
で…
「まさか洞窟の中でどつき漫才やってる奴がいるなんて思わなかったぜ」
「漫才じゃない!」
「漫才じゃない、夫婦漫才?」
「色々と違うからっ!?」
「あははっ!やっぱり姉ちゃんたちおもしろいや」
あの後、結局灯りのことなんてすっかり忘れて漫才…もとい歓談していた私たちは、一人の男の子に発見された。
彼の第一声が「妖怪?」だったのが、結局お互い同じ心配をしていたのだと教えてくれた。
そりゃあこんな洞窟の中で人間に会うなんて…偶然にしても出来過ぎなわけだし。ま、事実は小説よりも奇なりってことかしら?
仄かな灯りが足下を照らし、それを頼りに私たちは歩く。さっきまでは何一つとして見えなかった『道』がその先に見える。人が一人…やっと通れるくらいの細い穴、テレビで見るような鍾乳石は見えなかった。
でも、灯りの中を細かな塵が舞っていて、少し不思議な感じがした。
私たちは、洞窟を流れる小さな水の流れを、ぺちゃぱちゃと音を立てながら進む。たまに背後で「きゃっ!?」という悲鳴と、メリーが水浴びをする音が聞こえるけど、そろそろ慣れてきた。
「もう、メリーはどんくさいわねぇ…普段からのんびりしているせいよ」
「うるさいなぁ…遅刻ばっかりしてる蓮子に言われたくな痛っ!?」
見なくてもわかる表情でこちらに文句をつけてきたメリーの言葉は、鍾乳石の直撃により途絶した。
「あ、頭上にも気をつけな…って言うの忘れてた」
「う~」
わざとらしく言った男の子を、メリーがジト目で見る。平和ねぇ…
既にうち解けて…というか、完全に『害のない人間』と認識されたらしい私たち、喜ぶべきか悲しむべきかはわからないけど、重要なのは、今私たちは生命の危機を脱したらしいということだ。
地元の子らしいその男の子…自称(?)八満…は「この洞窟のことなら俺に任せろっ」と、頼もしいことを言ってくれた。
なんでも、この洞窟を『探検』するのがこの子の楽しみらしい。「里でこの洞窟の場所を知っているのは俺だけなんだぜ、出ても内緒だぞ」と、真顔で言ってきた。
あんまり目つきが真剣で、断ると置いてきぼりにされそうだったので、私たちは思わず頷いてしまった。
それにしても、子どもっていうのはなんでこうも『秘密』を持ちたがるのかしら?私は、自分が子どもだった時のことを思い出しつつも、そんなことを思ってしまった。
「あ、ここで落ちたら上がれないからな、姉ちゃん達も気をつけろよ」
八満がこっちを振り返って言う。
しばらくてくてくと歩いた私たちの目の前にあったのは、深くて暗い穴だった。ただでさえ暗い洞窟の中で、その穴はさらに暗い。
そして、八満が動いた拍子に、ころころと小石が転がっていく…
「…」
「…」
到着の音が聞こえるまでにはずいぶんと時間が必要だった。小さな音が響いて、そして洞窟に静けさが戻る。
「…メリー、落ちるときは巻き込まないでね」
「わかったわ。蓮子もね、手は放してね」
それからさらに時が過ぎて、私たちはお互いの友情を確かめ合った。我が秘封倶楽部の団結力は完全だった。
「この穴に落ちた奴は助からないんだ…昔、妖怪に追われて洞窟に逃げ込んだ子どもが落ちてさ、そのまま誰も助けにこなくて死んじまって…今じゃ、助けを求めて近づいた人間の足を引っ張るらしいぜ」
その時、おどろおどろしい声で八満がこっちを向いた。ぼんやりとした光に浮かび上がるその顔はとても…
「あんた嘘つけない性格でしょ」
楽しそうだった。
「ちぇっ!わざわざ遠回りしてまでこっち来たのに…可愛くねぇでやんの」
そんな私の言葉に、小石を蹴飛ばして、個性のないリアクションをとる八満。子どもねぇ。
「ははは…まぁさっき『里でこの洞窟を知ってるのは俺だけだ』なんて言ってたし、つめがあまいわね」
続くメリーの言葉に、八満は「しまったー!」とか言って頭を抱える。ホント、抜け具合がメリーに似ているわね。
「あ~あ、でも実際落ちると上がれないぜ?危ないから迂回しよう」
「って迂回路あるんかいっ!!」
「へへへっ!こっちだよ姉ちゃんたち」
「よしっ!ここを抜ければ出口だぜ」
あれからしばらく、歩いたり上ったり降りたり落ちたりした後、八満は小さな『明かり』を指さして言った。もう…朝になっていたのかしら?
でも、何日経っていてもいい、外に出られるのなら…吹き込む、冷たく新鮮な空気は、明らかに洞窟の空気とは異質だった。
そう、ここさえ抜ければ…と、思い始めたとき、私はふと気がついた。
でも、ここって小さくない?
「わ…私出られるかしら?」
メリーが呟いたけど、その気持ちは一緒だ。子どもがやっと通れるような小さな小さな穴、私たちでは突破するのに少々自信がない。
「でもここからじゃないと出られないぜ…小さいようでも、結構通ろうとすれば通れるもんだから試してみなよ。俺が引っ張るからさ」
立ちすくむ私たちを見て状況を察したのか、八満は言った。結局のところ、ここを通らないとどうにもならないわけだし…失敗したところで死ぬわけでもない。やってみるしかないわね。
「じゃあメリー、あんたの方が太ってるから先行って、後ろから押したげる」
「しっ失礼ね!私は太ってなんかないわよ!!」
「こないだの身体測定で2㎏太って、体重が「きゃー!!」㎏になったのは誰かしら?あと叫ばないで、うるさいから」
「な…何で知ってるのよ蓮子!!」
乙女の秘密をばらされそうになって真っ赤なメリーを見ながら、私はしばし勝利の美酒に酔っていた。
だって、身体測定の後、私に泣きついてきたのあんたじゃない…数値を言いながら。
「何よっ!それなら蓮子なんて胸囲が「わー!!」㎝じゃないっ!!蓮子は幼児体型なのよ!!あと叫ばないで、うるさいから」
ちょっと待った!
「な…なんであんたがそんなこと知ってるのよ!!」
メリーの反撃に、今度は私が慌てだした。その情報は宇佐見乙女帝国における最大の国家機密のはずなのに!!
「だって、身体測定の後、私に泣きついてきたの蓮子じゃない…数値を言いながら」
うぁ…迂闊、完全に思えた情報管理に、こんな小さな穴があったなんて…無念。
「それならメリーなんて…」
「それを言うなら蓮子はっ…」
喧々囂々、突如勃発した、宇佐見乙女帝国とマエリベリー少女主義連邦の情報(開示)戦は、お互いの秘密を徹底的に暴露しつつ、さらに激しい直接的な武力衝突を伴って戦渦を広げ、いつ果てるともなく続いていった。
だいたい、何であんた私のへそくりの場所まで知ってるのよ!…私もメリーのへそくりの隠し場所知ってるけど。
「どーでもいいけどさ、そろそろ行こうぜ」
「あ…」
「う…」
しばらくきゃんきゃんとわめきあっただろうか、隣から聞こえた呆れたような八満の声に、私たちは黙り込み、お互いの服を放す。
出っ張った石に座った八満の、こちらを見る視線は非常に冷たかった。
恥ずかしい…穴があったら入りたいわ、入ってるけど。
で、不毛な戦いを終え、目の前の脱出口へメリーが進む。穴からは、先に入った八満が手を伸ばしてくれていて、メリーはそれにつかまった。
「よし、引っ張るぜ」
「お願い~」
「いっせーのっ!」
「わ…痛っ!?」
手を引かれたメリーは、どうにか上半身を突入させたようだけど、そこで停止する。
「うー出られない」
一瞬の後、メリーが言う。
「ちょっ!あんたが詰まったら私も出られないじゃない!!」
遅まきながら、状況をつかんだ私は焦る。順序を間違えたかしら…でもメリーを放っておいて、私だけ逃げるわけにもいかないし…
「メリー!どうにかなんないの?」
「身体をくねらせて進んでみなよ、そうすれば結構進むからさ」
「う…うん、やってみるわ」
私と、そして八満に言われたメリーは、必死に前進しようとしたのだけど、その試みは五回行われて…そしてその全てが失敗した。
それどころか…
「うー今度は進むどころか退くこともできないわ」
「嘘!?」
完全に詰まったらしいメリーは、穴に身体を突っ込んだままその動きを止める。洞窟は再び暗黒に戻り、漆黒の闇のみが世界を作った。
そして…
「メリーがダイエットしてないせいで!」
「今関係ないじゃない!」
再び勃発する乙女戦争。しかし、今度の戦いは一方的だった。
「痛いっ!ずるいっ!!こっちは動けないのに!!」
「太ってるのが悪いんじゃない」
人の活路を塞いでおきながら何自慢げに…
目の前で行動不能に陥っているメリーへ、私はここぞとばかりにげしげしと攻撃をかける。
「太ってなんかないわ!蓮子と違って胸が大きいからつっかえちゃったのよ、蓮子と違って!!」
…その時、私の中で何かがはじけた。
「誰が洗濯板よっ!!」
「え、そんなこと言って…きゃっ!?」
メリーは、乙女に対する禁断の言葉を言ってしまったのだ…それも二度も。持つ者が持たざる者へ無意識に放った禁断の言葉は、電撃のごとき反撃を生む。
一瞬、よどんだ洞窟の空気に大きな流れが起きて、そして光すら見えた気がした。刹那、激しい衝撃が洞窟を揺らし、小石を落とした。
傷つきし乙女がふるった報復のきらめく足は、完全にメリーをとらえ、その攻撃力を余すところなく彼女に伝えたのだった。
「よかったじゃない、出られて」
「…もげたりつぶれたりしたかと思ったじゃない。うう、まだ痛いわ」
嘆くメリーだけど、その表情は明るい。そう、私たちは脱出に成功したのだ。
すっかり晴れ渡った空は青く、ただでさえまぶしいその光は、雪に反射してきらきらと輝く。しばらくまともに目を開けていられなかった。
前を見れば、何の足跡もないまっさらな雪原が、彼方まで続いていた。
あの子はまだ洞窟の中を探検するらしく、向こうに見える集落を指さし、『先生』に頼るように言うと、そのまま洞窟内へと帰っていった。それにしても先生って…議員さんかしら?
ちゃんとお礼をしたかったのだけど、そう言ったら「いいっていいって、困った時はお互い様だからな。…それに姉ちゃんたちに俺の洞窟で自縛霊になられたりしたらうるさそうだしさ」とちゃかされた。
でも、そう言いつつもちょっと朱に染まった頬がおもしろかった。素直じゃないわねぇ。
洞窟の出口は、小高い山の山麓にあって、周囲を一望できた。八満が『里』と呼んだその集落までは、白く染まった林を抜ければすぐに着きそうだ。
それにしても、その集落は私たちが降りた街とは全く違う…洞窟を抜けて、山の反対側まで来ちゃったのかしら?
そもそも何日経ったのかすらわからないわ。あの集落に着いたらひとまず聞いてみましょう。
私は、そんな事を考えながら、雪の中を一歩二歩と歩き出したのだった。
『つづく』
蓮子ちゃんと地理の授業聞いて蓮子w というか間違え方が素敵過ぎるw
乙女の心が輝き叫ぶ!
…いや、それにしてもこの二人ノリノリである。
中篇に期待
>アリス式海岸。
素敵なアイディアですね。
>名前が無い程度の能力様
中央構造線は『メディスンライン』と覚えているとかなんとかww
…正解は地理の教科書でww
>翼様
ちょっ東方違いww
でも凄くはまってます(笑)
>二人目の名前が無い程度の能力様
あ…あんまり期待しないで~(こらorz)
>ドライブ様
そう言っていただけますとww