シガーレット霊鈴
遠くではしゃぐような乱暴な声が絶えず響いているのが聞こえる。月明かりもか細い中、一人の少女が大きな樹木に寄りかかりながら立っている。髪は薄紫で額端の上に白いウサギの耳が力なく生えており、薄暗いのにも関わらずよく目立つ真っ赤な瞳は、何もない空中を逸らさず一心に見続けていた。その視線が不意にずれたかと思えば、少女は胸ポケットから薄い布を取り出し白い煙草を一本咥えた。どうやらそれが最後の一本だったようで、少女は丁寧に布をまとめるとまた胸ポケットへ戻した。視線は空中へと戻り、ブレザーのポケットからライターを取り出すと慣れた手つきで煙草に命を灯した。
◆◆◆
河童からもらった簡易火付け道具、ライターと言うのだったか、それで煙草に火をつける。火は先端を紅く濡らしそしてすぐ白い煙へと変わる。この瞬間私は最高に幸福だ。今日は月が見え辛いな、なんて夜空を仰ぎつつ考えていたら、向こうから誰かがやって来るようだった。とても長く、とても短い波長の持ち主。足音がどんどん近づいてくるのに比例して、私の鼓動が速くなる。
「鈴仙、煙草ちょうだい。丁度きらしてたのよ」
さも自然に、当然の様にやってくる少女。まったくどの口が言うのかと紅い目だけを動かして声の主を見つめる。私と同じ銘柄の煙草を吸っているのは彼女くらいしかいない。
「ごめんなさい霊夢。こっちもこれで最後なの。それでいいなら構わないけど」
「あっそ、構わないわ」
その言葉に霊夢は何の反応も示さず私の指先から煙草を奪い取った。乱暴ねと皮肉を言ってもなんのその。そういう所が、また愛しいのだけど。
「宴会だってのに、あんたは全然飲まないのね」
ふぅと白い息を吐いて聞く霊夢は酷く大人びていて、酷く無邪気だ。
この質問に社交辞令を返した所で霊夢が納得してくれるとも思えない。私は素直に話すことにした。
「お酒はあんまり得意じゃないの」
「へぇ、あんたって下戸だったかしら」
「‥‥訂正するわ、苦手なのは酒の席、ね。酔っ払う人全員の波が緩やかになってくれればいいんだけど、短くなる人もいるでしょ?そうすると私の目が余計な騒動を巻き起こすし、だからあんまり得意じゃないの」
「あぁ、だから飲んでる時も隅っこなのね」
やはり興味のなさそうに私の煙草を吸う霊夢。咄嗟に知っていたの、と聞きそうになるがそれよりも霊夢が自分の事を気にかけていてくれた事の方がずっと嬉しかった。
「じゃあ、お邪魔だったかしら」
「霊夢は私の能力がほとんど効かないみたいだし、大丈夫だと思うわ」
「ふぅん」
一呼吸おいてまた煙草を咥える霊夢。肩がゆるりと後ろにそれば、それに呼応するかのように灯を燈す先端。それから吐き出される白い息。ぼうとそれを見つめるだけ、それだけで私は満足だった。ただ、叶うのなら。
「ねぇ霊夢、私も吸いたいんだけど」
「ん?吸えば?」
「だから、さっきそれが最後の一本だって言ったじゃない」
「嫌よ」
「酷い人ね」
「そうかしら?あんたはさっさと新しいの出して、吸えばいいでしょ」
それから霊夢はふぅと大きく煙を吐くと軽く灰を落として、さも当然のように私の煙草を咥えて去っていく。去り際に目配せも会話も会釈も挨拶もない。実に霊夢らしい。後ろ姿が完全に見えなくなるまで私は霊夢を無言で見つめ続けた。見送りが済むとスカートのポケットから煙草を取り出す。霊夢と同じ銘柄だ。それをほぼ出癖で取り出しするりと火をつける。まったく、煙草に予備がある素振りはしたつもりはなかったが、あれも博麗の勘というやつなのだろうか。なら、私の魂胆は最初からばれていたのだろうか。ばれていて、分かっていて霊夢は私の煙草を強請ったのか。こういう時の霊夢の波長は非常に読み取り辛い。わざとなのか、それとも故意なのか。どちらにせよ、私に霊夢の心理なんて読み解けるはずもなく、できるのは吸った息を深く深く吐くことだけ。霊夢と同じ銘柄の煙草を咥え、同じように吸い、そして同じように煙を吐く。できれば霊夢の咥えた煙草を吸ってみたかったが、私の作戦は失敗に終わったようだった。
「ざんねん」
誰に聞かせるでもなく、私はかふりと息を吐く。上へ上へと白く漂う煙に何気なく手を伸ばしてみる。もちろんそれは私の手の内に留まることなく搔き消えてしまう。なんだか霊夢みたいだと思えば私の吐く息ですら愛おしい。これは本格的に重症かもな、師匠にお薬をいただこうかと自嘲気味に空を仰ぐ。こんな時に限って、やはり月は見え辛い。
遠くではしゃぐような乱暴な声が絶えず響いているのが聞こえる。月明かりもか細い中、一人の少女が大きな樹木に寄りかかりながら立っている。髪は薄紫で額端の上に白いウサギの耳が力なく生えており、薄暗いのにも関わらずよく目立つ真っ赤な瞳は、何もない空中を逸らさず一心に見続けていた。その視線が不意にずれたかと思えば、少女は胸ポケットから薄い布を取り出し白い煙草を一本咥えた。どうやらそれが最後の一本だったようで、少女は丁寧に布をまとめるとまた胸ポケットへ戻した。視線は空中へと戻り、ブレザーのポケットからライターを取り出すと慣れた手つきで煙草に命を灯した。
◆◆◆
河童からもらった簡易火付け道具、ライターと言うのだったか、それで煙草に火をつける。火は先端を紅く濡らしそしてすぐ白い煙へと変わる。この瞬間私は最高に幸福だ。今日は月が見え辛いな、なんて夜空を仰ぎつつ考えていたら、向こうから誰かがやって来るようだった。とても長く、とても短い波長の持ち主。足音がどんどん近づいてくるのに比例して、私の鼓動が速くなる。
「鈴仙、煙草ちょうだい。丁度きらしてたのよ」
さも自然に、当然の様にやってくる少女。まったくどの口が言うのかと紅い目だけを動かして声の主を見つめる。私と同じ銘柄の煙草を吸っているのは彼女くらいしかいない。
「ごめんなさい霊夢。こっちもこれで最後なの。それでいいなら構わないけど」
「あっそ、構わないわ」
その言葉に霊夢は何の反応も示さず私の指先から煙草を奪い取った。乱暴ねと皮肉を言ってもなんのその。そういう所が、また愛しいのだけど。
「宴会だってのに、あんたは全然飲まないのね」
ふぅと白い息を吐いて聞く霊夢は酷く大人びていて、酷く無邪気だ。
この質問に社交辞令を返した所で霊夢が納得してくれるとも思えない。私は素直に話すことにした。
「お酒はあんまり得意じゃないの」
「へぇ、あんたって下戸だったかしら」
「‥‥訂正するわ、苦手なのは酒の席、ね。酔っ払う人全員の波が緩やかになってくれればいいんだけど、短くなる人もいるでしょ?そうすると私の目が余計な騒動を巻き起こすし、だからあんまり得意じゃないの」
「あぁ、だから飲んでる時も隅っこなのね」
やはり興味のなさそうに私の煙草を吸う霊夢。咄嗟に知っていたの、と聞きそうになるがそれよりも霊夢が自分の事を気にかけていてくれた事の方がずっと嬉しかった。
「じゃあ、お邪魔だったかしら」
「霊夢は私の能力がほとんど効かないみたいだし、大丈夫だと思うわ」
「ふぅん」
一呼吸おいてまた煙草を咥える霊夢。肩がゆるりと後ろにそれば、それに呼応するかのように灯を燈す先端。それから吐き出される白い息。ぼうとそれを見つめるだけ、それだけで私は満足だった。ただ、叶うのなら。
「ねぇ霊夢、私も吸いたいんだけど」
「ん?吸えば?」
「だから、さっきそれが最後の一本だって言ったじゃない」
「嫌よ」
「酷い人ね」
「そうかしら?あんたはさっさと新しいの出して、吸えばいいでしょ」
それから霊夢はふぅと大きく煙を吐くと軽く灰を落として、さも当然のように私の煙草を咥えて去っていく。去り際に目配せも会話も会釈も挨拶もない。実に霊夢らしい。後ろ姿が完全に見えなくなるまで私は霊夢を無言で見つめ続けた。見送りが済むとスカートのポケットから煙草を取り出す。霊夢と同じ銘柄だ。それをほぼ出癖で取り出しするりと火をつける。まったく、煙草に予備がある素振りはしたつもりはなかったが、あれも博麗の勘というやつなのだろうか。なら、私の魂胆は最初からばれていたのだろうか。ばれていて、分かっていて霊夢は私の煙草を強請ったのか。こういう時の霊夢の波長は非常に読み取り辛い。わざとなのか、それとも故意なのか。どちらにせよ、私に霊夢の心理なんて読み解けるはずもなく、できるのは吸った息を深く深く吐くことだけ。霊夢と同じ銘柄の煙草を咥え、同じように吸い、そして同じように煙を吐く。できれば霊夢の咥えた煙草を吸ってみたかったが、私の作戦は失敗に終わったようだった。
「ざんねん」
誰に聞かせるでもなく、私はかふりと息を吐く。上へ上へと白く漂う煙に何気なく手を伸ばしてみる。もちろんそれは私の手の内に留まることなく搔き消えてしまう。なんだか霊夢みたいだと思えば私の吐く息ですら愛おしい。これは本格的に重症かもな、師匠にお薬をいただこうかと自嘲気味に空を仰ぐ。こんな時に限って、やはり月は見え辛い。
次回作もお待ちしております