Coolier - 新生・東方創想話

紅白の源

2022/04/22 23:28:18
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 穏やかながらも清々しい春の風が吹いている。
 冬の間幻想郷を染めていた純白の雪も融け、新芽の色を経て今度は仄赤い白に包まれていた。
 香霖堂の裏にも立派な桜が咲いている。
 いつぞやの満開以来、流星祈願会よろしく霊夢と魔理沙が店内花見に付き合うのが恒例になったこの日は、おそらく僕が最も白に囲まれる日だ。
 といっても、この二人は季節問わず紅白と白黒だし繁閑問わず入り浸っているのだが。
 
「それにしてもここの桜は真っ白ねえ」
「確かにな。私は神社のわざとらしい色のほうが花見らしくていいと思うが」
「まあそうねえ、桜色っていうくらいだし」
 
 勝手に上がりこんでいるくせに二人が好き勝手言っている。
 そもそもこいつらは花見というより派手に飲み食い騒ぐだけで、ただ桜花を眺めるなんてこと普段はしていないはずだ。
 基本的に風情とか風流とは縁遠いやつらだからそんな期待はしていないけれど。

 
「ここ百年くらいは少なくとも白に近い色の花が主流だけれどね」
「あら、昔は違ったの?」
「一昔前はもっと色が濃いものも同じくらい多かったんだ。いまでこそごく淡い赤を桜色なんていうが、紅色に近いものもあったね」
「へえ、紅白桜ってわけか。紅白は見飽きてるけどそりゃ見てみたかった気もするな」
「あんたの白黒も大概だけどね」

 衣装の話になって、ふとした疑問が沸いた。疑問と言っていいのかすら怪しい些細なものだが。

「そういえば、霊夢の衣装はどういう理由でその色なんだい?」
 
 魔理沙については彼女自身が魔法使いといえばこうだろ、と僕に新調を頼むときも自分で入手するときも白黒を好んで着ている。
 形から入る性分なのは幼いころから変わっていない。
 その点霊夢とは知り合ってから、ずっと紅白の彩色なので由来を気にしたことがなかった。
 繕うときも基本的に紅白の注文なので無意味ってことはないだろう。
 まあ巫女装束といえば白衣と緋袴の取り合わせではあるのだが、それにしては、まあ、なかなか奇抜な意匠だし。

「そんなの、御目出度い色だからに決まってるじゃない」
「霊夢らしい御目出度い理由だな」

 イメージだけで白黒をずっと身に着けている魔理沙も他人のことを言えたものじゃないと思うが、確かに淡白な話だった。

「……実際のところはよく知らないのよ。最初は紫が用意したものだし」
「八雲紫が、かい?」

 八雲紫。
 僕が最も苦手とする妖怪だ。
 会話をもそうだが、近くにいるだけで何か数段上から見下ろされているような見透かされているような感覚になる。
 不遜といえばそうなのだが、それが許されるだけの力や威風を感じるのでさらに質が悪い。

「ええ、自分で仕立てた訳じゃないと思うけどまだ小さいころに『貴女の綺麗な黒い髪にはよく映えるわ』って」
「あの紫がか?想像したらちょっと気色悪いぜ」
「まあ思い返すとちょっと変よね、普段から気取ってはいるけど方向性が違うっていうか」
「……成程な」

 魔理沙の口が悪いのは今更ともかくとして、貰っておいて随分な言いようだ。
 だがまあ、言わんとすることもわかるし、違和感にはそれなりの理由もあるだろう。
 彼女にしては直情的な言葉選びだが、その裏がないはずもない。

「なにが成程なんだ、香霖」

 魔理沙が僕に嫌そうな顔を向ける。
 
「お前も紫と同じクチか?悪いがそういう気障なのは似合わないぜ」
「うるさいな、紅白の由来が分かったって話だよ」
 
 余計なお世話だ。

「そんなのはいいけど、なんなのよ由来って」
「ああ、霊夢も『源氏物語』って名前くらいは知ってるだろ?」
「ああ、なんだかいけ好かない男が無茶苦茶する話よね?」
「乱暴な表現だが、まあ概ねそういう話だよ」

「その物語の中に玉鬘っていう……」

 ふと、口が止まる。

「おい、どうした香霖」
「ああいや、そういう巻があるんだ。本来は古代の髪飾りのことなんだが、転じて黒髪の美しい様を言ったりもする」
「桜の細長に、つややかなる掻練取り添へては云々という一節がある。細長と掻練ってのは幼い姫君に光源氏が与えた衣服のことでね。桜色、つまり白にごく近い色と紅色の衣服を併せて贈ったんだ」
 
 幼い姫君と幼い霊夢。
 
「おそらく、その巻題と霊夢の髪に因んでその色彩を贈ったんじゃないかな」
「ふぅん……紫のやつがねぇ……」
「妙にまっすぐだと思ったが、やっぱり褒め方も回りくどいやつだな。面倒極まりないぜ」

 魔理沙は相変わらずの態度だが、霊夢は満更でもなさそうだ。
 

§

 
 その後もちょっとした蘊蓄や考察を交えつつ暫く騒いでいたが、明日も神社で花見があるとかで揃って騒がしいまま夕暮れ前には帰っていった。
 静かになった店内で夜桜を一人で眺めながら、少し考えを巡らせる。
 
 勿論、さっき二人に話した内容は嘘ではない。
 ただすべてが僕の考え至った通りというわけでもない。咄嗟に出した言葉にしては、まあよく出来た方だろう。
 霊夢の性格上、わざわざ源氏物語を読んでみたりはしないと思うが、そこについては僕の与り知れる領域ではないので運に任せるしかないだろう。

 玉鬘というのは、巻題でもあるがどちらかといえば物語を通して登場する人物のことを指す。
 霊夢が言うところのいけ好かない男である光源氏をはじめ、登場人物や世相に翻弄され運命に流され行く女性だ。
 光源氏が彼女に贈ったのは紅白ではなく、赤と山吹の衣服だった。
 これは虹の最も内側に位置する二色だ。
 紫の境界から最奥に覆われた二色を贈られたのが、美しい黒髪の玉鬘なのだ。
 これだけでは紅白につながらないが、例の満開前日紫自身が僕に言ったことがある。

『紅白の旗がお目出度いのは正八幡が源流だって、知ってました?』

 正八幡とは武家の守護神で、とりわけ源氏と関係が深い神だ。
 勿論光源氏と武家源氏は時代的に考えても同一ではないが、その由来は神を人に落とす臣籍降下だとされている。
 そして源氏物語を著したのは、他ならない『紫』式部だ。

 彼女は霊夢をどうあってもこの幻想郷から逃がさないつもりらしい。

 あの時言葉に詰まったのは紫に気を遣ったわけではなく、素戔嗚尊が詠んだ和歌を通して幻想郷に縛り付けられていることを語った際の二人の釈然としない顔が頭を過ったからだ。
 ただその配慮すら紫の思惑に含まれているのではないかと考えが沸いてくる。
 夜には春の陽気もすっかり失せ、薄ら寒さが体を巡るばかりだった。
他意があろうとなかろうと言葉の裏を探られるひと
れどうど(レッドウッド)
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コメント



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2.100サク_ウマ削除
胡散臭さが服を着て歩いてるような女、すき
3.100名前が無い程度の能力削除
一見荒唐無稽ながらすっと納得させてくる理屈が霖之助らしくて素敵でした。香霖堂でもあった虹の色のくだりを源氏物語と絡めるのは面白いと思いました。
6.100南条削除
面白かったです
今日も霖之助の蘊蓄が光るぜ
7.100夏後冬前削除
よく判らない知識でぼこぼこにされるのは京極堂シリーズで味わった懐かしい感覚だと思いました
8.100めそふ削除
知識を話に組み合わせていく手腕がとても凄かったです。読んでてなるほどーってなりました。
9.100名前が無い程度の能力削除
とても面白かったです
10.100名前が無い程度の能力削除
霖之助の語りと原作エピソードの絡め方が非常によかったです。
11.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
12.100名前が無い程度の能力削除
何と言うかすごく香霖堂っぽさを感じるお話でした。
14.100名前が無い程度の能力削除
よかった。