「ああ霧雨の剣。君ほどの名剣が僕の傍にいてくれているなんて、僕はなんて幸せ者なんだ」
香霖堂――幻想郷一の商店(になる予定)――にて男一人剣に向かって話しかけているこの状況。
誤解されないうちに言っておくが、別に月兎の狂眼にあてられたわけではない。
なんでも、四季のフラワーマスターこと風見幽香は自身の育てる花に話しかけているというのだ。
以前彼女の向日葵を見せてもらったところ、それはそれは立派なものだった。
話しかけるだけで立派になるなら安い物だ。それゆえの行為である。
「と言うことだから、僕はどこもおかしくなってないし、永遠亭のお世話になる必要もないよ」
「あらそうなの。店に入るなり道具に話しかけてるからどうしようかと思ったわ」
「全くだ。いよいよかと思ったぜ」
「うすうす思ってたのか」
コンピュータなる外の式に話しかけていたところをちょうど客じゃない常連2人組に見られてしまった。
霧雨の剣をしまった後で良かった。とにかく、これ以上宴会のネタにされる前に話を変えないと。
「それで、今日はまたいつもの暇つぶしかい?」
「何言ってんだ。今日は八卦炉の修理が終わる日だぜ?」
「ああ、霊夢はね」
「え?なによ魔理沙。あんたも今日取りに行く日じゃなかったの?」
「魔理沙、君は明日の約束だろう」
「エッヘン!」
「「威張ってどうする」」
腕を組み、偉そうにしている魔理沙に2人でチョップをくれてやりながら、箪笥から巫女服を取り出す。
「ほら、出来てるよ」
「どうも有難う。いつもわる――」
服をつかむ霊夢、だが離さない。まだ商売が商売として成り立つ為の儀式が終わってないからだ。
今日こそは逃さないぞ。
と言っても商品が破れてしまっては元も子もないので、サッと商品から手を話す。
すると霊夢は商品棚にお尻から突っ込んでいった。またツケ帳に書き足さなければ。
「さて霊夢、お代の方だが」
頭を抱えながら起き上り、俯きながら霊夢はお決まりのセリフを吐いてきた。
「……ツケで」
「駄目だ」
「こっちだって払いたいわよ! でも霖之助さんだっていつか言ってたじゃない。ない物はないのよ!」
「最近は随分と宴会三昧だったらしいじゃないか」
「そのせいで無いのよ!」
この何事にも縛られない巫女は少し何かに縛られた方がいいな。主にツケ返済に。
「……はぁ、わかった。いいよ、ツケで」
「さすが霖之助さん! 話がわかるわね」
「いいかい霊夢、ツケってのは必ず払わなければいけないんだよ?」
「や、やぁねぇ。そんなのあたりまえじゃない。私って信用ないのかしら?」
そんな引きつった笑顔見せられてどう信用しろと言うんだ。
一方の魔理沙は対照的に屈託のない笑顔でいるし。
君はもう少し悪びれた方がいいんじゃないか?
「香霖。私のは?」
「君は必ず約束日の前日に来るね」
「だってよぉ、あれがないと色々辛いんだぜ?もう香霖(がくれた八卦炉)無しじゃ生きていけないぜ」
「やだ霖之助さん、妬いちゃう」
スカートをつまんでフリフリとさせる魔理沙と何の感情も持たずに言ってのける霊夢を前に、もうぐうの音も出ないや……
「全く君達は…八卦炉なら後は軽い調整だけだからしばらく待ってなさい」
それから僕はミニ八卦炉の修理に取り掛かった。
霊夢達はと言うと、どこからか持ってきた――当然僕の家からだろうが――お茶と菓子をほおばりながら雑談をしているようだ。
どうせ彼女達は今日もなんだかんだと夕飯を食べていくのだろう。何か食材はあっただろうか?酒は仕入れたばかりだったな。
そんな事を考えていると、ドアベルの音が来客を告げていた。
入口に目をやると、そこには腰に2本刀を差したいかにも厳格そうな老剣士が立っていた。
霊夢達は客が知り合いじゃないからかあまり興味がないようで、また会話に戻っていた。
「いらっしゃいませ」
その老剣士はというと、周りの商品には目もくれずに僕の前にやってきて尋ねた。
「聞くが、ここは何屋かね?」
「ここは香霖堂。外の商品も扱う古道具屋でございます」
「ふむ、そうか。てっきり武器屋かと思ったが」
瞬間、老剣士の眼差しが外の倉庫に行った気がした。
いや、間違いなく彼は気づいている。
「と、いいますと?」
「ふむ、単刀直入に言おう。あの倉庫に優れた刀が眠っているのだろう?それを譲ってほしいのだ」
……やはり、気づいていたか。
見たところかなりの達人みたいだし、そのくらいの腕になると何か「気」みたいなものが分かるのかもしれないな。
「そう申されましても、こちらにあるものだけが商品となっておりまして」
「私が非常識な事を言っているのは重々承知。だが、こう素晴らしい物を見つけては簡単には引き下がれんのだよ。君も道具が好きなら分かるだろう?」
脳裏に、この前の探偵鼠との商談が浮かんだ。
あの宝塔はとても良い物だった。元々売りたくはなかったが、指示した金額で買うといわれてはどうしようもない。
彼女は冷静を装っていたがその心はとても焦っていたようだ。それをわかっていながら売らないほど僕は鬼ではない。
故に泣く泣く手放したんだ。
だが今は違う。
あの刀は、おそらく形見のものになるものだ。いくら積まれても売ることなんてできない。
「申し訳ないのですが、御覧の通りただの古道具屋ですから刀などはございません。思いすごしではないでしょうか?」
「そうか……ならば仕方がない」
そう言うと彼は腰の刀に手をかけ――
「商談の最中に悪いが、じいさんが探してるような良い刀なんてこの店にはないと思うぜ?」
「そうよ、この店は客に菓子はおろか茶も出そうとしないのよ?」
不穏な空気を感じ取った魔理沙は2人の間に入り込むように立っていた。
先程まで霖之助の手にあった八卦炉はいつのまにか自分の手の中だ。
そして霊夢は魔理沙と対になる位置でお札を構えている。
「ほう、妖怪賢者をもってして天才と言わしめる巫女・博麗霊夢に、それに引けを取らぬ実力の魔法使い・霧雨魔理沙か。
まるで前門の虎後門の狼じゃな。いや、もはや龍虎と称するべきか」
言いながらもこの男からは少しも焦りが感じられない。
やはり、そうとうの手練なのだろう。霖之助は改めて再認識した。
「おい霊夢、龍だってよ。怒った顔がおまえそっくりだぜ」
「それだけ神々しいってことよ。あんただって気性の荒いとこが虎そっくりよ」
「おいおい、虎はネコ科だぜ?にゃ~ん」
「頼むからもう少し緊張感を持ってくれ……」
いつも通りの2人にツッコミを入れる霖之助。
それを穏やかな表情で見つめていた老剣士は、また霖之助の方に向きなおした。
「この店はすごい用心棒を雇っているんじゃな」
「別に依頼したことはないが、このくらい働いてもらわないと割に合わないからね」
「そうか。して、大の男が少女に守られている気分はどうじゃ?」
「なっ、お前!」
「いやいいよ魔理沙。間違ってはいないしね」
飛びかかろうとする魔理沙を制し、勘定台に手を組みながら霖之助も老剣士の眼をキッと見据える。
魔理沙はすごすごと引き下がり、霊夢は男の隙を突こうとしているのか微動だにしない。
「けれど言わせてもらえば、僕もこれでも闘ってるつもりだけどね」
「……良ければ聞かせてもらえるかな」
「先程説明したとおり僕は道具屋だ。今しがた貴方が龍虎と褒めた彼女達の武器、防具は僕が作ったものでね。これでも僕なりに心血を注いで作ったものなんだよ。
魔理沙の八卦炉には彼女の霊力にあった出力になるように修理のたびに調整し、生活に役立つ様に様々な機能を付けた。
霊夢の巫女服は敵の攻撃を避けれるよう軽量化し、それでいて弾幕に耐えうる強度を保つバランスを考えて作ったものだ。
僕の能力は戦闘に適していないからね。逆にいえばこれくらいでしか彼女達をサポートする方法が無い。
その八卦炉が敵に防がれ、その巫女服が攻撃に耐えられなかった場合はもう、僕が負けたのと同じさ。
僕の道具の所為で彼女達が負け、最悪死に至ったのならば、それ相応の覚悟はできている。
それが、道具屋としての戦いだ。
それに、見たところかなりの使い手とお見受けしますが、まさかあなた程の剣豪がその手に持つ刀を道端の棒きれと同じようには思っていないでしょう?」
そして老剣士は、その刀から手を離した。
目の前の老剣士から敵意が消えるのを感じてどっと疲れが沸いてきた。
「そうじゃ、そうじゃな。名刀に目が眩んだとはいえ……申し訳なかった」
「いやですねお客さん。だから刀なんてありませんってば」
「おっと、そうじゃったな」
先程までの威厳は大きな笑い声と共に消えていったようだ。
正直かなり危なかったんじゃないか。やはり争い事は合わないな。
だがこの流れならば……
「しかし、なにかワビをせにゃならんな」
ピンチの後にはチャンスが来るってことか。
「そんな、結構ですよ」
「いやしかしのう」
「大丈夫ですから。ああ、これは関係ないんですがね。その隅にある壺。あれはとても良い物なんですよ。
なんでも外の世界の軍人が上司に送ったものらしく、彼は自分の死に際までその壺の心配をしていたそうです。
しかしこの店に来る者はなかなか本物の価値という物を知らぬものばかりでして。
少々値は張りますが、この値段でこれほどの物を買える機会なんて中々ありませんよ。
どこかに物の価値が分かる御方はいないものですかねぇ」
店中に老剣士の笑い声が響いた。
「ハッハッハ! お主もかなりの商売上手じゃな。わかった。その壺を頂こうか」
店を出ていく際、彼はこんな言葉を言っていた。
「確かに道具屋の戦い方はわかったが、お主はもう一つ『口』という誰にも負けぬ武器を持っているようじゃな」
話をすれば気のいい老人だった。次回は是非良客として来店することを願おう。
そういえば名前を聞き忘れたな。まぁ、次の機会にでも。
さて、嵐も去ったことだし、ゆっくりと本を眺め――
「おい香霖」
「あ、魔理沙に霊夢。お疲れ様」
「私、知らなかったぜ。香霖がそんなに私の事思ってたなんて」
「いや、それは……」
事実だが、やはり面と向かって言われると恥ずかしいな。
「そうね、言われてみれば霖之助さんに包まれてる気がしてきたわ」
「頼むから外でその発言は控えてくれ。天狗にでも聞かれたらなんて書かれるか」
「考えとくわ。それより今日のお礼の方だけど」
今何か理解できない言葉が聞こえたな。
「……何だって?」
「お礼よお礼」
「霊夢。お礼の意味を知ってるかい?なぜ僕が君たちに」
「あ?私たちは香霖の武器であり防具だぜ?まさか道具屋の店主が使い終わった道具をそのまま放置、なんてことないだろ?」
「今日のツケ帳消しでいいわよ」
まったくこの子達は……
「はぁ、分かった。いいよそれで。ただし今までのツケはまだまだあるんだからしっかし返済してくれよ?」
「ええもちろんよ」
「よし、んじゃま飯でも作るか! おい香霖。ん?『ご主人様』の方がいいか?」
「勘弁してくれ……」
あの時は共に闘っているなんて言ったが、
もしかしたらただ良い様に使われているだけなんじゃないかと最近思うんだ。
>外の世界の軍人が上司に送ったものらしく、彼は自分の死に際までその壺の心配をしていたそうです
これはいいものだ!と言いたいのかwww
後書きテラ厨二病wwwww
魔理沙たちはそれくらいの年頃なのかもしれないけどさw