目が覚めると、家の中は一面の銀世界になっていた。私は、寒さに震えながら布団から身を起こした。
手袋越しに、床に積もった雪の感覚が伝わってくる。さくさくとして固まりかけているようだ。
手袋、最初はどんなものかと疑っていたがあの変な店で買ってよかったようだ。
とにかく火を炊こう、と私は凍える身を奮い立たせ布団から起き上がることにした。
囲炉裏の側の少し盛り上がっている部分を少し掘って座布団を取り出し、私はその上に座った。
そして、懐から同じく例の変な店で買った「マッチ」を取り出し、寒さで悴んだ手のせいで少し苦労はしたものの、無事に囲炉裏に火を点すことに成功した。
マッチの炎を振って消し、囲炉裏の炎の近くへと顔を近づける。手袋や足袋で守られた体の先よりも何も防寒具をつけてない顔を暖めるのが最優先だった。
私は、白い息を火へと吹きかけながらぼんやりと考える。
もしかしたら、私は凍え死んでしまうのかもしれない。
彼女との生活を選んだ時点である程度の覚悟はあったのだが、現にこうやって体を裂くような寒さと戦っていると尚更その重みが迫ってくる。
「おはよう、熱いわ」
背後から雪の結晶を散らしたような声が響いた。レティが目覚めたようだ。
氷の女王様のお目覚めだ、私は心の中で軽く冗談を飛ばしてみた。
得体のしれない面白みがこみ上げてきて、少しだけ寒い心が温まった。
「おはよう、レティ」
「おはよう、旦那様。今日はいつもより少しだけ温かいわね。そろそろ、春がくるのかも」
「過ごしやすい日になるといいな」
「私は、もうちょっと寒いほうがいいなあ。もう、冬も終わるのね」
レティは、伸びをしながら答える。やれやれ、と私は心の中で思った。
これ以上寒くなったら、それこそ冬眠の用意でもした方がいいかもしれない。
そんな気持ちを思いを知ってか知らずか、彼女はゆっくりと身を起こし、私の背中にぴったりとくっついてきた。
「ここなら、熱さを感じなくて済むわ」
「熱がらせて申し訳ありませんね、お嬢様」
「よろしくてよ」
彼女の体温を背中に感じつつ、少しだけこの生活を送ることになった経緯を思い出してみる。
彼女との出会いは、一週間前の寒い夜のことだった。
その日の猟を終えて帰っている途中、ふとしたはずみで道を間違えたらしく、森の中を彷徨っていた。
その時、同じく散歩をしていた彼女と出会ったのであった。見た瞬間、妖怪だということはわかった。そして、冬の妖怪が存在していることも知っていた。
しかし、その時浮かんできた感情は驚きでも畏怖でもなく、彼女への美貌への憧憬だった。
そう、私はその瞬間生まれて初めて一目惚れという物をしたのだ。気付いたときには、目の前まで駆け寄り彼女の手を握っていた。まるで、氷の彫像のように冷たい手であった。
「一目で、、あなたのことが好きになった。どうか私と一緒に」
彼女は、笑顔で私に返した。
「付き合ってあげてもいいけど、絶対に私のことは嫌いにならないでね」
私はすぐに頷いた。彼女は、嬉しそうに顔を綻ばせた。
その日から、私と彼女は一緒に住むことになった。次の日に目を覚ますと私の家に薄く霜が降りていた。
少しだけ驚きはしたが、すぐに彼女の力だと納得し、彼女との生活のために着物と道具を揃えた。
特に何の楽しみも無かったような人生、初めて誰かのことを意識して物を買った気がした。
そして、それから寒さは日に日に強くなっていったが、私は別に彼女から離れようとは思わない。
別に、寒さで死んでもそれはそういう運命だったと言える気がするからだ。
私は、寒さで動かなくなりそうな顔を出来るだけ笑顔にして、彼女の方へと振り返った。
レティは、私のその苦労を知ってか知らずか満面の笑顔で返してくれた。
「そんなにニコニコ笑ってどうしたのかしら」
「いや、特に何でもないよ」
「何かほしい物でもあるの?」
「大丈夫さ」
私のこのそっけない返事は、別の彼女のことを怒っているわけではない。
あまり長い言葉を喋ると口の中から冷えていくせいで、声が出せないのだ。
不意に、レティが私の背中から降りて私の横へと座った。そして、私の顔をくっと掴むと唇をそっと重ねた。
私は、体内が一気に氷点下に近い温度へと下がった気がした。
「おはようのキスよ、貴方」
嬉しいとか愛おしいという感情も大きかったが、それ以前に体温が下がったせいで頭痛がし始めたのが辛かった。
彼女に必死に悟られまいとして笑みを崩さないようにするものの、生理的な反応だけはどうしようもなく、雨に晒された子犬のように私の体はぶるぶると震えるばかりであった。
「ねえ、大丈夫? 寒いのかしら」
レティが、私の体を起こして抱きしめてくる。彼女の肌が私と密着する部分から冷たさが染み込んでくる。
どんな気持ちで私を抱きしめるのかは知らない。私がさらに凍えるのをわかっててやってるのか、あるいは本当に暖めるつもりなのか 。
いずれにせよ、私の皮膚はもはや寒いを通り越して痛いの信号を送っていた。彼女は、私の耳元に顔を近づけて囁いた。
「ねえ、知ってる?もうすぐ世界は終わるの」
耳から頭へと冷気が流れていく。彼女の喋っている内容の不明瞭さも私の脳の思考停止を推し進めた。
「もし世界が終わっても、私の事は忘れないでね」
彼女はそう続けると、私にまた一つ口付けをした。私の体温はさらがくっと下がり、瞼が段々と下りてきた。
彼女の顔は、さっきまでとは違い今にも泣きそうな顔をしていた。何か言葉を掛けなければ、と思いながらも私の意識はだんだんと真っ白になっていった。
夢を見た。桜色の光の中でレティが笑っていた。
彼女は、寂しそうに笑うと光の奥へと歩いていった。
目が覚めると、部屋の雪は全て解けていた。隣の布団の方見るると、彼女はどこにも居なくなっていた。
私は、慌てて布団から飛び起き家の玄関を開けた。春の、温かな日差しが私の顔を温かく照らした。
氷のように冷たい涙が私の目から零れて、地面に染みこんでいった。待ち合わせたよう吹いて来た春の風が、乱暴に私の顔を撫でた。
手袋越しに、床に積もった雪の感覚が伝わってくる。さくさくとして固まりかけているようだ。
手袋、最初はどんなものかと疑っていたがあの変な店で買ってよかったようだ。
とにかく火を炊こう、と私は凍える身を奮い立たせ布団から起き上がることにした。
囲炉裏の側の少し盛り上がっている部分を少し掘って座布団を取り出し、私はその上に座った。
そして、懐から同じく例の変な店で買った「マッチ」を取り出し、寒さで悴んだ手のせいで少し苦労はしたものの、無事に囲炉裏に火を点すことに成功した。
マッチの炎を振って消し、囲炉裏の炎の近くへと顔を近づける。手袋や足袋で守られた体の先よりも何も防寒具をつけてない顔を暖めるのが最優先だった。
私は、白い息を火へと吹きかけながらぼんやりと考える。
もしかしたら、私は凍え死んでしまうのかもしれない。
彼女との生活を選んだ時点である程度の覚悟はあったのだが、現にこうやって体を裂くような寒さと戦っていると尚更その重みが迫ってくる。
「おはよう、熱いわ」
背後から雪の結晶を散らしたような声が響いた。レティが目覚めたようだ。
氷の女王様のお目覚めだ、私は心の中で軽く冗談を飛ばしてみた。
得体のしれない面白みがこみ上げてきて、少しだけ寒い心が温まった。
「おはよう、レティ」
「おはよう、旦那様。今日はいつもより少しだけ温かいわね。そろそろ、春がくるのかも」
「過ごしやすい日になるといいな」
「私は、もうちょっと寒いほうがいいなあ。もう、冬も終わるのね」
レティは、伸びをしながら答える。やれやれ、と私は心の中で思った。
これ以上寒くなったら、それこそ冬眠の用意でもした方がいいかもしれない。
そんな気持ちを思いを知ってか知らずか、彼女はゆっくりと身を起こし、私の背中にぴったりとくっついてきた。
「ここなら、熱さを感じなくて済むわ」
「熱がらせて申し訳ありませんね、お嬢様」
「よろしくてよ」
彼女の体温を背中に感じつつ、少しだけこの生活を送ることになった経緯を思い出してみる。
彼女との出会いは、一週間前の寒い夜のことだった。
その日の猟を終えて帰っている途中、ふとしたはずみで道を間違えたらしく、森の中を彷徨っていた。
その時、同じく散歩をしていた彼女と出会ったのであった。見た瞬間、妖怪だということはわかった。そして、冬の妖怪が存在していることも知っていた。
しかし、その時浮かんできた感情は驚きでも畏怖でもなく、彼女への美貌への憧憬だった。
そう、私はその瞬間生まれて初めて一目惚れという物をしたのだ。気付いたときには、目の前まで駆け寄り彼女の手を握っていた。まるで、氷の彫像のように冷たい手であった。
「一目で、、あなたのことが好きになった。どうか私と一緒に」
彼女は、笑顔で私に返した。
「付き合ってあげてもいいけど、絶対に私のことは嫌いにならないでね」
私はすぐに頷いた。彼女は、嬉しそうに顔を綻ばせた。
その日から、私と彼女は一緒に住むことになった。次の日に目を覚ますと私の家に薄く霜が降りていた。
少しだけ驚きはしたが、すぐに彼女の力だと納得し、彼女との生活のために着物と道具を揃えた。
特に何の楽しみも無かったような人生、初めて誰かのことを意識して物を買った気がした。
そして、それから寒さは日に日に強くなっていったが、私は別に彼女から離れようとは思わない。
別に、寒さで死んでもそれはそういう運命だったと言える気がするからだ。
私は、寒さで動かなくなりそうな顔を出来るだけ笑顔にして、彼女の方へと振り返った。
レティは、私のその苦労を知ってか知らずか満面の笑顔で返してくれた。
「そんなにニコニコ笑ってどうしたのかしら」
「いや、特に何でもないよ」
「何かほしい物でもあるの?」
「大丈夫さ」
私のこのそっけない返事は、別の彼女のことを怒っているわけではない。
あまり長い言葉を喋ると口の中から冷えていくせいで、声が出せないのだ。
不意に、レティが私の背中から降りて私の横へと座った。そして、私の顔をくっと掴むと唇をそっと重ねた。
私は、体内が一気に氷点下に近い温度へと下がった気がした。
「おはようのキスよ、貴方」
嬉しいとか愛おしいという感情も大きかったが、それ以前に体温が下がったせいで頭痛がし始めたのが辛かった。
彼女に必死に悟られまいとして笑みを崩さないようにするものの、生理的な反応だけはどうしようもなく、雨に晒された子犬のように私の体はぶるぶると震えるばかりであった。
「ねえ、大丈夫? 寒いのかしら」
レティが、私の体を起こして抱きしめてくる。彼女の肌が私と密着する部分から冷たさが染み込んでくる。
どんな気持ちで私を抱きしめるのかは知らない。私がさらに凍えるのをわかっててやってるのか、あるいは本当に暖めるつもりなのか 。
いずれにせよ、私の皮膚はもはや寒いを通り越して痛いの信号を送っていた。彼女は、私の耳元に顔を近づけて囁いた。
「ねえ、知ってる?もうすぐ世界は終わるの」
耳から頭へと冷気が流れていく。彼女の喋っている内容の不明瞭さも私の脳の思考停止を推し進めた。
「もし世界が終わっても、私の事は忘れないでね」
彼女はそう続けると、私にまた一つ口付けをした。私の体温はさらがくっと下がり、瞼が段々と下りてきた。
彼女の顔は、さっきまでとは違い今にも泣きそうな顔をしていた。何か言葉を掛けなければ、と思いながらも私の意識はだんだんと真っ白になっていった。
夢を見た。桜色の光の中でレティが笑っていた。
彼女は、寂しそうに笑うと光の奥へと歩いていった。
目が覚めると、部屋の雪は全て解けていた。隣の布団の方見るると、彼女はどこにも居なくなっていた。
私は、慌てて布団から飛び起き家の玄関を開けた。春の、温かな日差しが私の顔を温かく照らした。
氷のように冷たい涙が私の目から零れて、地面に染みこんでいった。待ち合わせたよう吹いて来た春の風が、乱暴に私の顔を撫でた。
雪女は、気に入った男を手籠めにすることで有名ですが、それとは違い、あと一歩のところ(?)でこのレティは身を引くんですね。切ない。