Coolier - 新生・東方創想話

秋神二柱

2013/12/17 15:45:52
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 乾いた冷ややかな風が、灰色の積もってゆく妖怪の山を駆け巡る。つい数日前まで彩り豊かだった山の木々は、殆どがその葉を落とし、風の冷たさに震えていた。
 秋を司る二柱、秋静葉と穣子もまた、山の麓に建てた小屋の中で冬の訪れを痛感していた。静葉の自慢の見事な紅葉も、穣子の自慢の豊かな実りも、もはや過ぎ去っていくだけである。次に秋が訪れるまでは、小屋で大人しく過ごす日々が続くと思うと、憂鬱で仕方がなかった。
「……ちょっと出かけて来るわ、穣子」
静葉は座布団から腰を上げると、戸を開けて外へと歩み出た。
「寒いから、気を付けて」
穣子の声は、吹きすさぶ風に運ばれていった。


 落葉が深く積もった小路を、静葉はゆっくりと歩いていく。彼女の眼には、葉を落として眠る樹ばかりが映っている。つい数週間前、筆を片手に歩き回って染め上げた色鮮やかな紅葉は、鈍い色に変わり果てて足下に散っている。自分の力で落葉を少し延ばしてはどうだろうか、とも彼女は考えた。しかし、結局は変わらないから、と静葉はあるがままにしておくことにした。それでも、どうしてもこの季節には気が塞ぐ。
「もう行ってしまったのかしら……」
 ふと顔を上げると、僅かに残っていた葉が風に舞って落ちて来る所だった。両手でお椀を作り、その中へ優しく受け止める。少しくすんだ紅い楓の葉。暗い静葉の表情は、やはり変わらなかった。優しく息を吹きかけ、風に乗せる。飛んで行くそれを見送ると、再び彼女は山の奥へ進んでいく。まだ秋がどこかに残ってはいないかと探しながら、ゆっくりと。


 日が昇りきる頃、静葉は滝の傍を歩いていた。ここでもつい数日前までは、彼女の染めた彩りが美しいコントラストを描いていた。しかし今では、色は殆ど奪われて、滝の音だけが虚しく木霊するだけになってしまっていた。静葉は首を何度か横へ振ると、ふわりと舞って滝の上へ登る。辺りを見渡しても、もはや秋の装いは過去の物へ変わっていた。生命の感じられない、灰色の世界が続く。川の上流に至っては、葉を落とした木々が不気味な雰囲気を醸してさえいる。
 このまま帰ろうか、それとも先へ進んでいこうか。悩む静葉を、強い風が煽る。踏ん張りも利かずに、落葉の絨毯へ倒れ込む。乾いた葉が、彼女の体を包み込む。
「そうね、秋は終わるのよね……」
弱々しく呟き、顔を上げる。と、暗い立ち木の森の奥に光が差しているのが見えた。まるでそこだけが、違う場所から移されてきたかのように。おもむろに起き上がり、静葉は光へ向かい歩き出す。少し温かい風が、森の奥へ流れ込んでいく。


 森へ入ってみると、光は随分と遠かった。冬の訪れで力が弱っているせいもあるのだろうが、何十里、何百里と歩いているように静葉には思えた。それでも彼女は、歩みを止めなかった。確かに、吹き込む風は少しずつ強く感じられていた。彼女が一歩を踏み出す度、光は輝きを増している様に見えていた。
 いつしか静葉は、走り出していた。光はますます強くなっていく。何かを掴もうとするように、彼女は手を伸ばす。まるで、何かに引っ張られているかのように、彼女は積もった葉を巻き上げながら走っていく。


 突然、視界のすべてを光が覆った。静葉は思わず目を塞ぐ。ゆっくりとその目を開けた先には、樹齢千年にもなろうかという楓の大木が聳えていた。
「凄い色……!」
枝の端まで、燃えている様に紅く染まっている。静葉はもう少しその樹へ近づいて、天辺を見上げる。視界いっぱいの紅葉。暗かった表情に、秋が戻ってくる。
「ここへ来たことはあったかしら……?」
静葉は呟く。だがこの紅葉の前では、それは些細な問題だった。瞼の奥に、鮮やかな秋を焼き付ける。
「穣子にも、見せてあげたかったな」
 この様子を見たら穣子はどんな顔をするだろうと、思い浮かべてくすりと笑う静葉。もっと樹をよく見ようと近くへ寄ると、その根本辺りに何かが巻き付いているのに気づいた。
「ヤマブドウ……こんな所に、まだ残ってたのね」
大樹に絡みついた蔦から良く熟れた一房をもぎ取る。それから、綺麗なグラデーションの葉を数枚手に取り、それらを鞄へ大切にしまって、静葉は帰りの道を軽快に歩き始めた。寒さの増す道すがら、彼女は更に二、三の果実を鞄へ収めた。脳裏に穣子の喜ぶ顔を思いながら。
森を抜け、ふと空を見上げると、空も茜色に染まり始めていた。


 太陽が山の向こうへ消えようとする直前になって、静葉は穣子の待つ小屋へ帰り着いた。
「お帰り、姉さん。どこまで行ってたの?」
穣子の元気に満ち溢れた声に、静葉は少し訳が分からなくなる。
「何かいいことでもあった?」
「私も少し出かけてたんだ。そうそう、姉さんにお土産があるんだけど」
穣子は机の上の鞄を手に取る。
「こっちもよ、穣子」
お互いに顔を見合わせながら、各々の鞄を開ける。
「折角だから、一緒に開けない?」
穣子がそんなことを考えた。
「そうしましょう、じゃあ……」
「「せーの!」」
二人は、それぞれが取り出した物を見る。また顔を見合わせる。

冬の訪れる幻想郷に、秋の神様の笑い声が響き渡った。


「それじゃあ、お休み」
 どちらからともなく声をかけ、眠りにつく。
部屋に置かれた机の上には、何十枚もの赤、黄に彩られた木の葉と、よく熟した果実が幾つか乗っている。見事な紅葉と豊かな実り、秋の二柱、静葉と穣子の象徴。
どうにか年が変わる前に二作目を書き上げることが出来ました、らいすばーどです。
今回は、風景の描写を課題にしてみましたが、いかがでしょうか。
どうかご意見よろしくお願いします。
らいすばーど
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コメント



0.410簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
う、美しい…!
3.90奇声を発する程度の能力削除
雰囲気良かったです
8.90非現実世界に棲む者削除
動物がいる描写があればもっと良かったかと思います。
柿はまだ実っております。秋の名残を残して冬来なむ。
良い作品でした。
12.90名前が無い程度の能力削除
秋を感じられた・・・!