皆さんこんにちは。
命蓮寺の聖白蓮です。
突然ですが、私は今、とても重大な危機に直面しています。
その元凶は、私の目の前に鎮座する一本の瓶。
赤いラベルには、『WILKINSON』の文字。
私は、こういうことには大変疎い方なのですが……。
もしかして、これは……。
これって……。
お酒なのではないでしょうか――!?
ここは、命蓮寺の本殿奥にある居間の一室。
初冬の遠く感じられる太陽の光が、閉め切られた障子を白く輝かせています。
こんな日は、障子など開け放って風を通し、部屋の掃除などに取り掛かるのが通例なのですが。
しかし今の私はここを解放する気にはなれず、まるで隠し事をする子供のように、部屋の中央に設えた座卓にその瓶を置き、まじまじとその様子を観察しているのでした。
事の発端は、お寺の皆が買い出しに出掛けたので、その帰りに合わせてお茶でも淹れてあげようと台所の戸棚を開けた時のことでした。
今思えば、どうして今まで気付かなかったのでしょう。
そこで私は見付けてしまったのです。
その戸棚の奥に、お茶請けの影に隠されるようにして置かれていた、この瓶の存在を。
私は一先ず、その『WILKINSON』の瓶を手に取って、横に回しながらラベルの裏に書かれた細かい文章を確認しました。
ですがそれは、どうやら英国語のようで、私には読めません。
そのことが、返って私の不安を煽ります。
もしこれが、お酒だったとしたら……。
私は再び瓶を座卓に置き、今度はその中身に注目します。
幸いにして瓶は透明。そしてその中は、瓶の色と同じ無色透明の液体で満たされています。
私は考えました。
私の考えるお酒――日本酒や焼酎といったものは、その多くが透明な色をしています。
その点では、この瓶の中身と特徴が一致しています。
やっぱりこれはお酒なのでしょうか?
しかし、私の不安は、他にもありました。
それはこの飲み物が、外国産なのではないかということです。
お酒に疎い私でも、聞いたことがあるのです。
お酒には、〝あるこーる度数〟なる、そのお酒の危険度を示す数値があることを。
そしてその数値は、諸外国のお酒の方が、日本のお酒よりもずっと高いということを――!
先述したように、この瓶のラベルに書かれた文字は日本語ではありません。
尤も、お酒の名前くらいには、外国語を使うこともあるのかもしれません。
しかし日本で作られたものなら、どの酒蔵で醸造されたものかくらいは、日本語で書かれるものなのではないでしょうか?
それが無いということは、やはりこれは、この国で作られたものではないということになるのでは?
そう考えた途端、私は頭を抱えました。
私は、全身の震えを抑えることが出来ませんでした。
私の頭の中を、これまで見聞きしたあらゆる情報が交錯していきます。
そう言えば、外国産のお酒でよく耳にする、〝ういすきー〟や〝ぶらんでー〟といったものは、皆茶色をしているそうです。
それなら、この瓶の中身とは一致しません!
やっぱり全ては私の考え過ぎ……いいやダメです!
確か〝うぉっか〟や〝じん〟という名のお酒は、透明だとも聞きました!
あぁ! どうすればあの子達の潔白を信じることが出来るのでしょう……!
私は目頭を押さえました。
私の脳裏に、さっきまでの、穏やかな笑顔を浮かべて買い出しに出掛けた皆の顔が浮かび上がります。
私は時に、皆に厳しい態度をとってきました。
ですが、私が皆を叱る時は、まずあの子達の持っている良い所を全て思い浮かべてから、それから口を開くよう心掛けてきました。
でも、私がいけなかったのでしょうか?
私の態度が、皆の内の誰かを、法の道から逸れさせてしまったのでしょうか?
もしそうだったとしたら、私はその子と、どういう風に向き合えば……!
涙で視界を滲ませながら、私は立ち上がりました。
そして私は足早に台所に向かうと、適当な湯呑み茶碗を掴み、再び居間に踵を返します。
もう、あの子達の無実を証明する方法は、これしかありません!
居間に戻ってきた私は、襖をぴしゃりと閉めると、早速瓶の口に手をかけました。
王冠の淵に親指を添えて、弾くように持ち上げると、蓋はぽんっという小気味良い音を立てて、簡単に開けることが出来ました。
私は息を飲み、取り出した湯呑みにその中身を注ぎ――。
「たっだいまー! 聖!」
その、あまりにも場違いな明るい声に、私は口から心臓が飛び出しそうになりました。
そして、声を弾ませて障子を開け放った村紗と、しっかり目が合いました。
あまりの驚きに、私は硬直してしまいます。
対する村紗も、私の異変に気が付いたのか、状況を見定めるように暫し沈黙し、
「……ひ……じり……?」
呻くように私の名前を呼びました。
その声で、私はハッと我に返ります。
「こっ……これは違っ……!」
私は慌てて弁明しようとしましたが、焦りのためか、上手く舌が回りません。
その間に、村紗の顔が見る見る青ざめていきます。
無理もないでしょう。
彼女からしたら、皆の居ない隙に、私がこっそりお酒を口にしようとしているところを目撃してしまったのですから。
ですがそれは誤解です!
私は何としても、その誤解を解かなくてはなりません!
「あ~あ」
そのためにはまず――!
「楽しみにしてたのに……」
まず…………え?
「村紗……今……何と……?」
彼女の発言に、私は声を震わせて尋ねました。
すると村紗は、名残り惜しそうに私を見て、
「どうしてそのまま開けちゃうかな~。これじゃ冷やしてる間に炭酸が抜けちゃうよ」
「炭酸水……?」
村紗の説明を聞いた私は、すっかり脱力してしまいました。
私の周りには、私の異変を村紗から聞き付けた、皆が集まっています。
「そうそう。これでさっき買ってきたジュースを割って、皆で飲もうと思ってたのに。聖ったらさ~」
そう村紗は言うと、困り顔ながらも、彼女らしいからっとした笑みを浮かべました。
他の皆も、小さく好意的な笑みを零します。
その和やかな空気に包まれて、私は心底ほっとしました。
どうやら全ては、私の勘違い。
どうやら皆は、私の信じている皆のままのようです。
「あぁ良かった……私はてっきり、この中の誰かが隠れて飲酒しているのかと……」
そう言って私が胸を撫で下ろすと、視界の隅で、一輪が僅かにたじろいたように見えました。
「おや、一輪。何を背中に隠したのですか?」
「えっ?」
その様子が妙に気になった私が、立ち上がって一輪の背後に目をやると、そこにはまた一本の瓶がありました。
先程のものと同じ透明な瓶。同じく赤いラベルには、『SMIRNOFF』の文字。
さっきと名前が少し違う気がしますが、瓶のサイズも若干大きいところを見ると、納得がいきます。
きっとこれが、さっきの炭酸水の大容量版なのでしょう。
日本語でも、甲乙丙や松竹梅といったように、その大きさや格式に合わせて名前を変える場合がありますから。
「あらあら。さっきの買い出しで、また炭酸水を買い足していたのですか?」
どうやら、余程そのジュースの炭酸割りが美味しいのでしょうね。
ちょっと可笑しくなった私は、つい顔を綻ばせてしまいました。
日頃から質素倹約に努め、甘味は出来るだけ摂らないようにしているのが、返って彼女達の欲求を強めることになってしまっていたようです。
ある意味では、それが今回の一件の原因でもある訳ですし、今後は少しくらい、何か甘いものを皆に振舞うことにしましょうか。
そんなことを考えながら、私は特に気にした様子もなく、再び座り直しました。
しかしどうして、皆そんなに安堵した表情になるのでしょう?
それに、急にどこか余所余所しいような……?
私は首を傾げましたが、答えが出てくることはありませんでした。
命蓮寺の聖白蓮です。
突然ですが、私は今、とても重大な危機に直面しています。
その元凶は、私の目の前に鎮座する一本の瓶。
赤いラベルには、『WILKINSON』の文字。
私は、こういうことには大変疎い方なのですが……。
もしかして、これは……。
これって……。
お酒なのではないでしょうか――!?
ここは、命蓮寺の本殿奥にある居間の一室。
初冬の遠く感じられる太陽の光が、閉め切られた障子を白く輝かせています。
こんな日は、障子など開け放って風を通し、部屋の掃除などに取り掛かるのが通例なのですが。
しかし今の私はここを解放する気にはなれず、まるで隠し事をする子供のように、部屋の中央に設えた座卓にその瓶を置き、まじまじとその様子を観察しているのでした。
事の発端は、お寺の皆が買い出しに出掛けたので、その帰りに合わせてお茶でも淹れてあげようと台所の戸棚を開けた時のことでした。
今思えば、どうして今まで気付かなかったのでしょう。
そこで私は見付けてしまったのです。
その戸棚の奥に、お茶請けの影に隠されるようにして置かれていた、この瓶の存在を。
私は一先ず、その『WILKINSON』の瓶を手に取って、横に回しながらラベルの裏に書かれた細かい文章を確認しました。
ですがそれは、どうやら英国語のようで、私には読めません。
そのことが、返って私の不安を煽ります。
もしこれが、お酒だったとしたら……。
私は再び瓶を座卓に置き、今度はその中身に注目します。
幸いにして瓶は透明。そしてその中は、瓶の色と同じ無色透明の液体で満たされています。
私は考えました。
私の考えるお酒――日本酒や焼酎といったものは、その多くが透明な色をしています。
その点では、この瓶の中身と特徴が一致しています。
やっぱりこれはお酒なのでしょうか?
しかし、私の不安は、他にもありました。
それはこの飲み物が、外国産なのではないかということです。
お酒に疎い私でも、聞いたことがあるのです。
お酒には、〝あるこーる度数〟なる、そのお酒の危険度を示す数値があることを。
そしてその数値は、諸外国のお酒の方が、日本のお酒よりもずっと高いということを――!
先述したように、この瓶のラベルに書かれた文字は日本語ではありません。
尤も、お酒の名前くらいには、外国語を使うこともあるのかもしれません。
しかし日本で作られたものなら、どの酒蔵で醸造されたものかくらいは、日本語で書かれるものなのではないでしょうか?
それが無いということは、やはりこれは、この国で作られたものではないということになるのでは?
そう考えた途端、私は頭を抱えました。
私は、全身の震えを抑えることが出来ませんでした。
私の頭の中を、これまで見聞きしたあらゆる情報が交錯していきます。
そう言えば、外国産のお酒でよく耳にする、〝ういすきー〟や〝ぶらんでー〟といったものは、皆茶色をしているそうです。
それなら、この瓶の中身とは一致しません!
やっぱり全ては私の考え過ぎ……いいやダメです!
確か〝うぉっか〟や〝じん〟という名のお酒は、透明だとも聞きました!
あぁ! どうすればあの子達の潔白を信じることが出来るのでしょう……!
私は目頭を押さえました。
私の脳裏に、さっきまでの、穏やかな笑顔を浮かべて買い出しに出掛けた皆の顔が浮かび上がります。
私は時に、皆に厳しい態度をとってきました。
ですが、私が皆を叱る時は、まずあの子達の持っている良い所を全て思い浮かべてから、それから口を開くよう心掛けてきました。
でも、私がいけなかったのでしょうか?
私の態度が、皆の内の誰かを、法の道から逸れさせてしまったのでしょうか?
もしそうだったとしたら、私はその子と、どういう風に向き合えば……!
涙で視界を滲ませながら、私は立ち上がりました。
そして私は足早に台所に向かうと、適当な湯呑み茶碗を掴み、再び居間に踵を返します。
もう、あの子達の無実を証明する方法は、これしかありません!
居間に戻ってきた私は、襖をぴしゃりと閉めると、早速瓶の口に手をかけました。
王冠の淵に親指を添えて、弾くように持ち上げると、蓋はぽんっという小気味良い音を立てて、簡単に開けることが出来ました。
私は息を飲み、取り出した湯呑みにその中身を注ぎ――。
「たっだいまー! 聖!」
その、あまりにも場違いな明るい声に、私は口から心臓が飛び出しそうになりました。
そして、声を弾ませて障子を開け放った村紗と、しっかり目が合いました。
あまりの驚きに、私は硬直してしまいます。
対する村紗も、私の異変に気が付いたのか、状況を見定めるように暫し沈黙し、
「……ひ……じり……?」
呻くように私の名前を呼びました。
その声で、私はハッと我に返ります。
「こっ……これは違っ……!」
私は慌てて弁明しようとしましたが、焦りのためか、上手く舌が回りません。
その間に、村紗の顔が見る見る青ざめていきます。
無理もないでしょう。
彼女からしたら、皆の居ない隙に、私がこっそりお酒を口にしようとしているところを目撃してしまったのですから。
ですがそれは誤解です!
私は何としても、その誤解を解かなくてはなりません!
「あ~あ」
そのためにはまず――!
「楽しみにしてたのに……」
まず…………え?
「村紗……今……何と……?」
彼女の発言に、私は声を震わせて尋ねました。
すると村紗は、名残り惜しそうに私を見て、
「どうしてそのまま開けちゃうかな~。これじゃ冷やしてる間に炭酸が抜けちゃうよ」
「炭酸水……?」
村紗の説明を聞いた私は、すっかり脱力してしまいました。
私の周りには、私の異変を村紗から聞き付けた、皆が集まっています。
「そうそう。これでさっき買ってきたジュースを割って、皆で飲もうと思ってたのに。聖ったらさ~」
そう村紗は言うと、困り顔ながらも、彼女らしいからっとした笑みを浮かべました。
他の皆も、小さく好意的な笑みを零します。
その和やかな空気に包まれて、私は心底ほっとしました。
どうやら全ては、私の勘違い。
どうやら皆は、私の信じている皆のままのようです。
「あぁ良かった……私はてっきり、この中の誰かが隠れて飲酒しているのかと……」
そう言って私が胸を撫で下ろすと、視界の隅で、一輪が僅かにたじろいたように見えました。
「おや、一輪。何を背中に隠したのですか?」
「えっ?」
その様子が妙に気になった私が、立ち上がって一輪の背後に目をやると、そこにはまた一本の瓶がありました。
先程のものと同じ透明な瓶。同じく赤いラベルには、『SMIRNOFF』の文字。
さっきと名前が少し違う気がしますが、瓶のサイズも若干大きいところを見ると、納得がいきます。
きっとこれが、さっきの炭酸水の大容量版なのでしょう。
日本語でも、甲乙丙や松竹梅といったように、その大きさや格式に合わせて名前を変える場合がありますから。
「あらあら。さっきの買い出しで、また炭酸水を買い足していたのですか?」
どうやら、余程そのジュースの炭酸割りが美味しいのでしょうね。
ちょっと可笑しくなった私は、つい顔を綻ばせてしまいました。
日頃から質素倹約に努め、甘味は出来るだけ摂らないようにしているのが、返って彼女達の欲求を強めることになってしまっていたようです。
ある意味では、それが今回の一件の原因でもある訳ですし、今後は少しくらい、何か甘いものを皆に振舞うことにしましょうか。
そんなことを考えながら、私は特に気にした様子もなく、再び座り直しました。
しかしどうして、皆そんなに安堵した表情になるのでしょう?
それに、急にどこか余所余所しいような……?
私は首を傾げましたが、答えが出てくることはありませんでした。
やっぱり白蓮さんは母性溢れてますなあ。
みんなの反応見たら「もしや」と分かりそうなものを、純真無垢でいらっしゃる。
一輪とかが隠れて飲んでるって知ってるのに、気づかない、気づけない、そういう人ですこの人は。
そして何気に機転が利くむらさちゃんw
とにかく微笑ましい、修学旅行の手荷物検査を彷彿とさせます
銘柄とかWILKINSONを何に使うかとか
それにしても聖は他者を信じ過ぎというか、でもそこが魅力なんですけどね
文章が気持ちよかった