眠れぬ。
霊夢はぱちりと目を開けた。
時計を見ると時刻は二十二時。
布団に入ってから三十分もたっていなかった。
眠れない原因ははっきりしている。
枕だ。
今、霊夢の手元にあるのは、長年愛用している味気ない枕とは別のものだった。
大きくてピンク色。可愛い花の絵なんかがあしらわれた、とても少女チックな枕。
アリスから借りたものである。
愛用枕は若干ボロボロになってしまったので、アリスに頼んで修繕してもらっている。
忙しいらしく、出来上がるのは三日後だと言われ、その間の代用品として未使用の枕を貸してくれたのだ。
それがどうにもなじまない。
決して質が悪い訳ではない。
むしろ霊夢の枕よりもふかふかでさわり心地抜群なのだが、何故か落ち着かないのだ。
なんかすごく良い匂いするし。
このままではアリスに対して妙な感情が生まれてしまいそうだ。
……もとい。
これでは眠れない。
なんとかせねばと霊夢は起き上る。
自分にぴったりの枕をもとめて。
―魂魄妖夢のひんやり半霊枕―
「邪魔するわよ」
突然の来訪者に、妖夢は幽々子と顔を見合わせた。
「霊夢。こんな時間にどうしたの?」
そろそろ寝ましょうか、と幽々子と自分の布団を準備していた妖夢は怪訝な顔を浮かべる。
時刻は二十三時。妖怪でもない霊夢がこんな時間に白玉楼に来るなど滅多にない事だ。
しかもその手に布団を引きずって。
「……ん?布団?」
「本当に何をしにきたの?」
キョトンとする妖夢と幽々子に、霊夢は眠たそうな顔で歩み寄る。
「新しい枕があわなくて眠れないのよ。妖夢。それ貸して」
と霊夢が指差すのは、妖夢の隣にふわふわとただよう半霊。
「はぁ!?」
いきなり何を言いだすのかと、妖夢は声をあげる。
枕があわないからといって、何故半霊を貸せという話になるのだろう。
そもそも霊夢が眠れなかろうがなんだろうが、知った事じゃない。
「あ、あのねぇ」
抗議しようと霊夢を睨む。
しかし霊夢は、要件は伝えたとばかりにそれを無視して、勝手に半霊を枕にして布団を被ってしまう。
「あぁ、気持ちいい。思った通りだわ。ひんやりしてて…ぷにぷにしてて……素晴ら………しい」
うつらうつらと霊夢は眠ってしまった。
「あらまぁ」
「ゆ、幽々子様、これなんとかしてくださいよぉ」
あまりに突拍子の無い霊夢の行動に、妖夢はどうすることもできなかった。
叩き起こせば早いのだろうが、押しの弱い妖夢にそれは難しかった。
それに、無理やり起こした場合その後の反応が怖い。
「確かに妖夢の半霊は、ひんやりぷにぷにで気持ちよさそうよねぇ」
ちょっとくらい貸してあげたら?と笑う幽々子に、妖夢はがっくりとうなだれるしかなかった。
「んぅ~だけど」
幽々子が霊夢の顔をつつきながら呟く。
「私が言うのも変な感じだけど、幽霊の枕なんて……あまり夢見は良くなさそうよね」
「……そうですね」
溜息を吐き、むにゃむにゃと眠る霊夢の顔を見る。
全く。どんな夢を見ていることやら。
ヨウムはレイムのくびをはねた!!
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「ぐあっ!!」
飛び起きた霊夢の頭が、妖夢にクリーンヒットした。
もんどりうつ妖夢に、寝ぼけた霊夢が掴みかかる。
「あ、あんたなんてことすんのよ!死んだらどうする!!」
「何が!?」
首がどうとか人殺しとか喚きたてる霊夢に、わけもわからず抵抗する妖夢。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を見て幽々子はカラカラと笑う。
「やっぱり、禄な夢を見なかったのね」
―八雲藍のモフモフ尻尾枕―
「……邪魔するわよ」
「あら、いらっしゃい。霊夢から来てくれるなんて、珍し……て、えぇぇ?」
突然の来訪者に、紫はいつもどおり余裕の笑みを向けようとして失敗した。
「れ、霊夢?何をしに……というか、どうやってここに?」
「勘」
「えぇぇぇぇ……」
紫の住処は謎に包まれている。
式神達を除いてその住処を知る者はおらず、招かれでもしない限り辿り着くのは困難なはずだった。
それを勘で辿りつかれては堪らない。
しかももう真夜中になろうかというこんな時間に、布団持参で。
「ま、まぁ、いいですわ。それでどういったご用件かしら?」
まだ若干同様しているものの、なんとか落ち着きを取り戻し、いつもの笑みを向ける紫。
「藍いる?」
霊夢は紫と顔も合わせずにきょろきょろとあたりを見回す。
「藍?藍に何の用かしら?それよりあなた、酷い顔してますわよ。いったい何が……」
霊夢のやつれた顔を見て、心配した紫が声をかけようとした時、藍が二人分のお茶をもって部屋に入ってきた。
これから藍と二人で一息いれるところだったのだ。
「紫様、お茶をお持ちしました……て、霊夢じゃないか。どうしてここに?」
「枕合わない。私眠れない。あんた、尻尾貸す」
「は?」
カタコトで話す霊夢に、藍は助けを求めるように紫に顔を向ける。
しかし紫にもさっぱり事情がわからない。なんのこっちゃと肩を竦める。
やつれた顔と手にひきずる布団を見て、なんとなく寝不足というのは伝わったが。
「ちょっとまて、霊夢。一体……うわぁ!?」
もう一度きちんと事情を伺おうとする藍の尻尾に、霊夢はいきなり飛びついた。
「うわわ、なにこれ、ふかふかで…モフモフしてて……最高………」
「ちょ、ちょっと霊夢。本当にどうしたの?」
慌てる紫の声は、すでに寝息を立て始めた霊夢には届かなかった。
「……」
「……」
「えーと、つまり?」
「さぁ……たぶん、あなたの尻尾を枕にしたかったってとこじゃない?」
二人向き合って溜息を吐く。
詳しい事情はわからないが相当眠かったのだろう。
藍の尻尾にしがみつく霊夢はすっかり熟睡しているようだった。
「藍、悪いけどちょっとだけ、霊夢に尻尾を貸してあげて?」
「まぁ、いいですけど」
ありがとう、と礼をいい再び霊夢を見る。
全く。かき回すだけかき回して、今は幸せそうな寝顔を……
どんな寝顔をしているかどうか、確認できない。
霊夢の顔はすっぽりと藍の尻尾に埋まりきっていた。
「あれ。これまずくないかしら?」
「ッハァ…!ハァッ!!び……びっくりしたぁ!!」
「びっくりしたのはこっちですわ!!どこまで顔をうずめてるのよあなたは!!」
「普通、苦しくて気づくだろうに……」
尻尾で溺れかかった霊夢を救出した紫と藍は、がっくりとうなだれた。
「いやぁ……あまりに気持ち良かったものだから」
失敗失敗と呑気に頭を掻く霊夢に、藍は心底呆れた表情を浮かべる。
「今さらだが、私の尻尾は枕にするには、ちとボリュームがありすぎると思うぞ」
「そのようね。それちぎって一本だけくれないかしら?」
「ばーか」
尻尾をむしり取ろうとする霊夢と、思わず暴言を吐く藍。
その様子を見て紫は頭を抱える。
枕が合わなくて寝つけず、藍の尻尾に目をつけたのはわかったが、あまりの眠さにだいぶおかしくなっているようだ。
世話のかかる子ね、と一つ息を吐く。
「霊夢。そんなに枕が欲しいならこっちにいらっしゃい。膝枕してあげる」
正座している自分の膝をポンポンと叩き、微笑みかける。
私の膝だってなかなか気持ち良いんだから、と。
「なるほど、膝枕。そういうのもあるのか」
霊夢はポンと手をうつ。
「そうよ、なんなら子守唄もつけましょう。出血大サービスですわ」
「膝枕なら、やっぱあいつよね。それじゃあ邪魔したわ」
「ふぇ?」
カモン♪と手を向ける紫を無視して、霊夢は八雲家を去った。
紫は泣いた。
―射命丸文のもちもち膝枕―
「……邪魔するわよ、ふわぁ」
「あやややや、霊夢。こんな時間に何か用ですか?くぁ……」
突然の来訪者を、文はあくびで出迎えた。
時刻はすでに深夜二時。
新聞の原稿に追われて必死で眠気と戦っているところに、もっと眠たそうな巫女があらわれた。布団持参で。
「随分眠そうだけど、どうしたの?」
自分のことはさておき、とりあえず霊夢を家に入れる。
霊夢はだまって文についてきた。
何かあったのだろうか、と考えるが眠くて頭が回らない。
また神社が壊れたのかな?とか、新聞どうしようとか色々な事が浮かんでは消えていく。
そんなボヤっとした状態だったからだろうか。霊夢の行動に全く反応できなかった。
文は突然、霊夢によってベッドに押し倒された。
「ちょ、霊夢!?」
驚いて声をあげる。
「霊夢!!何するんです!?」
「膝枕しなさい……」
「え、膝……?」
「う~眠い、いいから膝枕しろぉ!」
言うやいなや、霊夢は問答無用で文の太腿に頭をのせる。
そのまま微動だにしない霊夢をどかそうと抵抗するが、疲れ切っている体は思うように動かない。
「ちょっと、何なんですかもう~!」
かろうじて上半身だけを起こし、早くも寝息を立てている霊夢の顔をぺしぺしと叩く。
文の眠気はすっかり吹っ飛んでいた。
いきなりやってきて家の主を押し倒し、膝枕をせがんだと思えば、今はもうスヤスヤと眠っている。
全くわけがわからない。
溜息をつきつつ、どうにもできない文は霊夢の手から布団を奪うと、それを肩にかけてやる。
どうせ無理に起こしても禄な事にならないだろう。
ここはもう諦めて、せいぜい巫女の寝顔を堪能しようか。
どのみち、こんなドキドキした状態ではもう記事に集中することも、眠ることもできないだろう。
やれやれと霊夢の髪を撫でる。
その時。
うーん、と霊夢が寝返りを打った。
ごろんと回転した霊夢は、自然と文の下腹部に顔をうずめるような姿勢になる。
「ちょっと、こっち向かないで!!」
慌てて霊夢の頭を掴み向きを変えようとするが、状況はさらに悪化する。
文の声が聞こえているのかいないのか、霊夢はうるさそうに顔をしかめると、文のスカートをガッチリと掴んだ。
そして耳を塞ごうと、そのままスカートの中にもぐりこんできたのだ。
「わ、わ、あやっ……」
文はあまりの恥ずかしさにわけがわからなくなり……
「ば、ばかぁ!!」
顔を真っ赤にして、霊夢の首筋に思いっきり手刀を放った。
ズガァァァンと雷の音が響き渡る。
いつの間にか天気が崩れていたようだ。
家の外からはバタバタと、強い雨の音が聞こえてくる。
ハッと我に帰った文は青ざめた。
スカートの中に顔をうずめたまま動かなくなった霊夢を、無理矢理引きはがす。
霊夢は白目をむき、口からは泡を吹いている。
首には全く力がはいっておらず、全身ぐったりとしていた。
「や、やってしまった……」
天狗の全力で手刀を放ったのだ。
生身の人間が耐えられる訳がなかった。
「な、なんとかせねば!!」
ハァハァと荒い息のまま部屋を見渡す。
ふと、玄関に置いてあったスコップが目についた。
ゴクリと唾を飲み込む。
やるしかない。
文はぐったりとした霊夢を肩に担ぎ、空いてる手にスコップを持つ。
立ち上がり、ふらつきながらも玄関へと向かう。
作業机の横を通った時、新聞が書きかけだった事を思い出す。
まだ三分の一も埋まっていない原稿用紙を見つめ、思わず苦笑いを浮かべる。
「……スクープにはできないわね」
豪雨の夜空へ、飛び立った。
かくして、霊夢はようやく眠りにつくことができた。
理想の枕を探して彷徨う必要は、もう無い。
それ以前のエピソードはそれぞれが面白かったっす
射命丸可愛いな
全体としては面白かった。
オチはアレだが・・ww
復活したようでなによりです。