今日からここで暮らすのよ、ずっと。決してドアを開けては駄目。これは、約束。
右の耳にそっと囁かれて、くすぐったくて、なんだかないしょばなしのようで楽しかった。
ないしょばなしはいつでも楽しいわ。楽しくって、笑うの、止められなくなってしまうの。
止められない、笑うの。姉様が出て行ってひとりになっても、止められなくて、私は笑っていたの。笑っていると、身体がぐらぐらして、立っていられなくなってしまった。そのことがおかしくて、床の上でいつまでも笑っていたわ。
床が冷たかったのも、おかしかった。笑う声がくぉんくぉんと響くことも、おかしかった。
おもしろいことばかりだわ。
笑っていたら、いつの間にか眠ってしまったの。目が覚めたら、床の上に横になっていた。
お行儀が悪いと怒られてしまう。あわてて身体を起こしたけれど、誰もいなくて、ほっとしたわ。
姉様に見つかったら、冷たい厳しい声で怒られてしまうし、咲夜に見つかったら、柔らかいけれど厳しい声で怒られてしまうもの。
怒られるのは、嫌よ。悪い子と言われてしまうのは、嫌よ。
眠ったら、おなかがすいたわ。
何か食べたいなあ。美味しいもの。
ねえ、咲夜、おなかがすいたわ。
返事は無いし、私の声、聞こえていないみたい。
ねえ、咲夜、おなかがすいたわ。
大きな声を出してみても、返事は無いし、私の声、聞こえていないみたい。
立ち上がって、スカートをきちんと。髪の毛、ちゃんとしてるかしら。ぐるっと見てみたけれど、この部屋、鏡が無いみたい。
咲夜にちゃんとしてもらおう。ねえ、咲夜、おなかがすいたわ。
あーあ、声、聞こえていないのね。
あとで、咲夜に文句を言わなくちゃ。呼んだのに、私の声、聞こえていないなんて、ひどいわ。
きっと咲夜は、柔らかい声でごめんなさいをするわ。そうしたら、許してあげる。
それで髪の毛をちゃんとしてもらって、美味しいものを持ってきてもらうの。
姉様も一緒がいいわ。髪の毛をちゃんとしてもらって、美味しいものを、姉様と一緒に食べるのよ。
美味しいもの、なにかしら。ケーキでしょ、ビスケットでしょ、チョコレートでしょ、ああ、苺のムース、食べたいわ。
なにがいいかしら。姉様は、なにがいいと言うかしら。
私は本当は、姉様がいいと言うものなら、なんでもいいの。
ねえ、咲夜。
声が、くぉん、響く。
姉様。
くぉん、響く。声が、響く。
姉様。
声が響いて、なんだか、姉様がとても遠いところにいるみたい。私が、姉様からとても遠いところにいるみたい。
とても遠いところで、呼んでいるみたい。
そして、その声が、届かないみたい。
姉様。
大きな声で呼ぶと、大きく響いて、もっと遠くにいるみたい。
なんだか、変な感じがする。胸のまんなかが、すぅんと、冷えていく感じがする。
ドアを開けては駄目。
姉様の声が、右耳の中に、まだある。
ドアを開けては駄目。
どうして?
姉様が駄目と言うなら、開けないわ。
でも、なんだか、変な感じがする。
ドアを、開けて。
姉様に会いたい。お顔が見たい。
約束を破ったら、それこそ、怒られるわね。悪い子と言われてしまうわね。
でも、私、姉様のお顔が見たい。
ドアノブは、とても冷たかった。ぎゅっと握ってみたけれど、少しも回らない。
ああ、どんどん、冷えていく。胸のまんなか、すぅんと、冷えていく。
こういう時、どうすればよかったのかしら。壊せばいいのかしら、このドアを。
レーヴァテイン
てのひらは静かで、ドアも静かで、部屋は静かで。
おかしいわ、なにも、おこらない。
ドア、壊れない。
このドアは、開かないの?
どうして?
今日からここで暮らすのよ、ずっと。
右の耳に、姉様の声。
あれは本当だったのかしら。
あれは、本当に、姉様だったのかしら。
私はここで暮らすの? ずっと?
ここには、姉様がいない。
ここでずっと暮らすの?
姉様は、そのことを知っているのかしら。咲夜は?
私がここにいることを、知っているのかしら。
もしも、誰も知らなかったら?
私がいることを、誰も知らなかったら?
このドアは開かない。
誰も、ここには、来ない。
だって、私がここにいることを、誰も知らないのだから。
誰も知らない。私がここにいることを。
私のことは、誰も知らない。
私は、誰も知らない。
姉様は、いつものように、起きてきて。
咲夜がいれてくれた紅茶を飲むの。
窓の外を見て、今日の月の色はきれいね、って、言って。
窓際の椅子で、ご本を読むのよ。
ティーポットが空っぽになったら、咲夜を呼んで。
時々、小さくあくびをして。
このご本を読み終わったら、どこかへ出かけようかしら、って、咲夜に言うの。
そう、姉様はいつもどおりよ。
みんな、いつもどおりよ。
その、いつもどおりの中に、私はいるのかしら?
私のことを、誰も知らない。
誰も、知らない。
目が覚めたら、私は、ちゃんとベッドの中にいた。
ゆっくりと身体を起こしてみると、部屋の中だったわ。
姉様が私を連れて来た。私は、ここで暮らすのよ、これからずっと。そう、約束したの。
ないしょばなしのようで、楽しかったわ。
それなのに、こわい夢をみたの。とても、とてもこわい夢をみたの。
誰も私がいることを知らないの。この部屋のことを、知らないの。
誰も私のことを知らないの。
そんなこわい夢。
姉様にもう会えなくなってしまう夢。
こわい夢は、誰かに話せば本当にはならないんですって。
だから、お話しましょう。こんなこわい夢を見たのよって。
そうすれば、決して、決して本当にはならないんですもの。
姉様、聞いて、こわい夢を見たの。
姉様。
くぉん、声が、響く。
右の耳にそっと囁かれて、くすぐったくて、なんだかないしょばなしのようで楽しかった。
ないしょばなしはいつでも楽しいわ。楽しくって、笑うの、止められなくなってしまうの。
止められない、笑うの。姉様が出て行ってひとりになっても、止められなくて、私は笑っていたの。笑っていると、身体がぐらぐらして、立っていられなくなってしまった。そのことがおかしくて、床の上でいつまでも笑っていたわ。
床が冷たかったのも、おかしかった。笑う声がくぉんくぉんと響くことも、おかしかった。
おもしろいことばかりだわ。
笑っていたら、いつの間にか眠ってしまったの。目が覚めたら、床の上に横になっていた。
お行儀が悪いと怒られてしまう。あわてて身体を起こしたけれど、誰もいなくて、ほっとしたわ。
姉様に見つかったら、冷たい厳しい声で怒られてしまうし、咲夜に見つかったら、柔らかいけれど厳しい声で怒られてしまうもの。
怒られるのは、嫌よ。悪い子と言われてしまうのは、嫌よ。
眠ったら、おなかがすいたわ。
何か食べたいなあ。美味しいもの。
ねえ、咲夜、おなかがすいたわ。
返事は無いし、私の声、聞こえていないみたい。
ねえ、咲夜、おなかがすいたわ。
大きな声を出してみても、返事は無いし、私の声、聞こえていないみたい。
立ち上がって、スカートをきちんと。髪の毛、ちゃんとしてるかしら。ぐるっと見てみたけれど、この部屋、鏡が無いみたい。
咲夜にちゃんとしてもらおう。ねえ、咲夜、おなかがすいたわ。
あーあ、声、聞こえていないのね。
あとで、咲夜に文句を言わなくちゃ。呼んだのに、私の声、聞こえていないなんて、ひどいわ。
きっと咲夜は、柔らかい声でごめんなさいをするわ。そうしたら、許してあげる。
それで髪の毛をちゃんとしてもらって、美味しいものを持ってきてもらうの。
姉様も一緒がいいわ。髪の毛をちゃんとしてもらって、美味しいものを、姉様と一緒に食べるのよ。
美味しいもの、なにかしら。ケーキでしょ、ビスケットでしょ、チョコレートでしょ、ああ、苺のムース、食べたいわ。
なにがいいかしら。姉様は、なにがいいと言うかしら。
私は本当は、姉様がいいと言うものなら、なんでもいいの。
ねえ、咲夜。
声が、くぉん、響く。
姉様。
くぉん、響く。声が、響く。
姉様。
声が響いて、なんだか、姉様がとても遠いところにいるみたい。私が、姉様からとても遠いところにいるみたい。
とても遠いところで、呼んでいるみたい。
そして、その声が、届かないみたい。
姉様。
大きな声で呼ぶと、大きく響いて、もっと遠くにいるみたい。
なんだか、変な感じがする。胸のまんなかが、すぅんと、冷えていく感じがする。
ドアを開けては駄目。
姉様の声が、右耳の中に、まだある。
ドアを開けては駄目。
どうして?
姉様が駄目と言うなら、開けないわ。
でも、なんだか、変な感じがする。
ドアを、開けて。
姉様に会いたい。お顔が見たい。
約束を破ったら、それこそ、怒られるわね。悪い子と言われてしまうわね。
でも、私、姉様のお顔が見たい。
ドアノブは、とても冷たかった。ぎゅっと握ってみたけれど、少しも回らない。
ああ、どんどん、冷えていく。胸のまんなか、すぅんと、冷えていく。
こういう時、どうすればよかったのかしら。壊せばいいのかしら、このドアを。
レーヴァテイン
てのひらは静かで、ドアも静かで、部屋は静かで。
おかしいわ、なにも、おこらない。
ドア、壊れない。
このドアは、開かないの?
どうして?
今日からここで暮らすのよ、ずっと。
右の耳に、姉様の声。
あれは本当だったのかしら。
あれは、本当に、姉様だったのかしら。
私はここで暮らすの? ずっと?
ここには、姉様がいない。
ここでずっと暮らすの?
姉様は、そのことを知っているのかしら。咲夜は?
私がここにいることを、知っているのかしら。
もしも、誰も知らなかったら?
私がいることを、誰も知らなかったら?
このドアは開かない。
誰も、ここには、来ない。
だって、私がここにいることを、誰も知らないのだから。
誰も知らない。私がここにいることを。
私のことは、誰も知らない。
私は、誰も知らない。
姉様は、いつものように、起きてきて。
咲夜がいれてくれた紅茶を飲むの。
窓の外を見て、今日の月の色はきれいね、って、言って。
窓際の椅子で、ご本を読むのよ。
ティーポットが空っぽになったら、咲夜を呼んで。
時々、小さくあくびをして。
このご本を読み終わったら、どこかへ出かけようかしら、って、咲夜に言うの。
そう、姉様はいつもどおりよ。
みんな、いつもどおりよ。
その、いつもどおりの中に、私はいるのかしら?
私のことを、誰も知らない。
誰も、知らない。
目が覚めたら、私は、ちゃんとベッドの中にいた。
ゆっくりと身体を起こしてみると、部屋の中だったわ。
姉様が私を連れて来た。私は、ここで暮らすのよ、これからずっと。そう、約束したの。
ないしょばなしのようで、楽しかったわ。
それなのに、こわい夢をみたの。とても、とてもこわい夢をみたの。
誰も私がいることを知らないの。この部屋のことを、知らないの。
誰も私のことを知らないの。
そんなこわい夢。
姉様にもう会えなくなってしまう夢。
こわい夢は、誰かに話せば本当にはならないんですって。
だから、お話しましょう。こんなこわい夢を見たのよって。
そうすれば、決して、決して本当にはならないんですもの。
姉様、聞いて、こわい夢を見たの。
姉様。
くぉん、声が、響く。
短かったけど逆に冗長でないところが良かったですね。
随所の『くぉん』という効果音がいいアクセントになっていたと思います。
次回作も楽しみにしてます。
フラン寂しそうだな…
こういうお話は大好きです。