あつい。
あっつい。
汗、止まんないし……。
ここまで暑いなら、もう変わんないや。
「あー、あつ……」
「ぬえ」
「……なに?」
上から星の声が降ってきた。
大して気にすることもなく、私は寝転んだ姿勢を変えず瞳を閉じたまま返事をする。
遠退いてしまった畳のひんやりとした感触が戻ってくるなら起き上がって返事をしていたかもしれないけれど、それもないんじゃ動く気も起きやしない。
「暑いんだが……」
「暑いね」
「その……どいてくれないだろうか」
「やだよ」
呆れたような情けない星の声を聞いて、ようやく目を開けてやる。
そこには、声と同じような表情で私を見下ろす毘沙門天代理が居た。
居たもなにも、星の膝を枕にしているんだから、居るに決まっている。
彼女の様子を確認しても、星の膝を独占した状態の私は、起きる気なんて起こらなかった。
「ぬえだって暑いだろう?」
「まーね」
「だったら」
「もう溶けちゃって動けないんだ」
「……はぁ、お前というヤツは……」
「ぐでー」
畳に垂らしていた手を無意味に持ち上げてみるけれど、星に当てることもなく再び畳に下ろす。
パタンというかベチャって感じの湿った音が室内に鳴った。
この星の部屋は昼過ぎになるとあまり日が当たらない。
風通しもそこそこで、過ごしやすい一室だ。
いつものように暑さしのぎと星のからかいに入ったのはいいけれど、今日は全く風がなく、蒸し暑い。
襖も障子も、どこもかしこも全開なのにこの有様じゃ、どこに行ってもきっと同じだと思える。
今年の夏は暑すぎるんだ。
頭の中もとろけていたのか、仕事のために机に向かっている星をからかうように膝に頭を乗せたのがいけなかった。
しどろもどろする星の反応は面白かったけれど、それも束の間。
もう、溶けた。
頭の中だけじゃなく、全身どろどろ。
これは、罠だったんだよ。
訳の分からないことを思いながら頭を横に向けて星から視線を逸らすと、私はまた目を閉じた。
暗い方が涼しくなるだろう、なんて。
「……はぁ、まったく、しょうがないヤツだ……」
暗い中で星の諦めた声がすると、彼女は少し身体を動かした。
どうやら姿勢を正して机に向かったみたいだ。
そのまま、さらさらとした紙の擦れる音と筆が走る音が聞こえる。
聞き心地の良い音はどこか涼しげだけれど、暑さを吹き飛ばすことはなかった。
……あつい……。
当たり前だけど、特に星に触れている部分があつい。
服越しでも感じられる柔らかな感触がじわじわと熱を伝えてくる。
こうしてみると、夏なんて無い方がいいと思ってしまう。
……こういうの、久しぶりだし……。
汗がどうとか、べた付くのがどうとかは、まぁいい。
逆に水浴びすればすっきりするし。
ただ、こう暑いと……。
引っ付く理由がへっちゃうじゃないか、なんて。
「…………あついのイヤだな」
あ。
思っていると、言葉が漏れてしまった。
しまった……。
星のことだから、律儀に拾い上げるに違いない。
暑いんだったら離れろとか、こうしているから暑いんだとか、絶対言うんだ。
……。
「?」
けれど、予想していた星の声はいつまで経っても聞こえなかった。
不思議に思って、ゆっくりと目を開けてみる。
――――あ。
そこには、真剣な表情で筆を動かす星の姿があった。
……近い……よ。
近いに決まってる。
だって、星にくっついているんだから。
自分でしておいて何を思っているんだろう。
聞こえ始めた鼓動の音は、次第に大きくなるように響き始めた。
それに伴って、忘れていた暑さが私の内側にこもったみたいになって溢れてくる。
けれど。
私はそんなことすぐに忘れて星を見つめていた。
……。
見上げる星の顔。
いつもは中途半端なはにかんだ表情なのに、今は全然違う。
集中して一点を見つめる瞳が真っ直ぐに机の上を捉えていた。
さっきの私の漏れた声を聞き洩らすほど。
手の動きに合わせて、瞳がわずかに動く。
それでも、星は私の視線に気が付かなかった。
……。
……そんな風に星は、見るんだ。
普段は大して意識もしない視線。
自然と目が合って、私から逸らしてしまうもの。
それが交わらないことが…………なんだか……切ない。
…………。
……バカ寅。
「…………無防備すぎるよ…………」
響くこともなく、ぽつりと声が落ちていった。
私の響かない声。
響かない方がいいのに、でも、届かないことが、ちょっとイヤだ。
手を伸ばしてしまいそうな感情が滲む。
反射的にピクリと動いた指先を感覚的に抑えつけて、私はそのまま動かなかった。
星は……いつになったら気が付いてくれるんだろう。
勝手なことを思ったとき。
机の上に置かれた星の左手が、ゆっくりと降りてきた。
「…………ん」
そうして、私の髪を撫でる。
一度、二度。
汗の含んだ髪の感覚を強める骨ばった手が揺れる。
その手もわずかに湿っているみたいで動きが少しぎこちない。
絡みつくような、くっついてしまいそうな感じはいつもと違っていた。
でも、なんだかくすぐったい。
「やはり暑いな」
……うん。
ポツリと声が降る。
それを耳に。
たまには、こんなに暑いのも悪くないかもしれないなんて思った。
あっつい。
汗、止まんないし……。
ここまで暑いなら、もう変わんないや。
「あー、あつ……」
「ぬえ」
「……なに?」
上から星の声が降ってきた。
大して気にすることもなく、私は寝転んだ姿勢を変えず瞳を閉じたまま返事をする。
遠退いてしまった畳のひんやりとした感触が戻ってくるなら起き上がって返事をしていたかもしれないけれど、それもないんじゃ動く気も起きやしない。
「暑いんだが……」
「暑いね」
「その……どいてくれないだろうか」
「やだよ」
呆れたような情けない星の声を聞いて、ようやく目を開けてやる。
そこには、声と同じような表情で私を見下ろす毘沙門天代理が居た。
居たもなにも、星の膝を枕にしているんだから、居るに決まっている。
彼女の様子を確認しても、星の膝を独占した状態の私は、起きる気なんて起こらなかった。
「ぬえだって暑いだろう?」
「まーね」
「だったら」
「もう溶けちゃって動けないんだ」
「……はぁ、お前というヤツは……」
「ぐでー」
畳に垂らしていた手を無意味に持ち上げてみるけれど、星に当てることもなく再び畳に下ろす。
パタンというかベチャって感じの湿った音が室内に鳴った。
この星の部屋は昼過ぎになるとあまり日が当たらない。
風通しもそこそこで、過ごしやすい一室だ。
いつものように暑さしのぎと星のからかいに入ったのはいいけれど、今日は全く風がなく、蒸し暑い。
襖も障子も、どこもかしこも全開なのにこの有様じゃ、どこに行ってもきっと同じだと思える。
今年の夏は暑すぎるんだ。
頭の中もとろけていたのか、仕事のために机に向かっている星をからかうように膝に頭を乗せたのがいけなかった。
しどろもどろする星の反応は面白かったけれど、それも束の間。
もう、溶けた。
頭の中だけじゃなく、全身どろどろ。
これは、罠だったんだよ。
訳の分からないことを思いながら頭を横に向けて星から視線を逸らすと、私はまた目を閉じた。
暗い方が涼しくなるだろう、なんて。
「……はぁ、まったく、しょうがないヤツだ……」
暗い中で星の諦めた声がすると、彼女は少し身体を動かした。
どうやら姿勢を正して机に向かったみたいだ。
そのまま、さらさらとした紙の擦れる音と筆が走る音が聞こえる。
聞き心地の良い音はどこか涼しげだけれど、暑さを吹き飛ばすことはなかった。
……あつい……。
当たり前だけど、特に星に触れている部分があつい。
服越しでも感じられる柔らかな感触がじわじわと熱を伝えてくる。
こうしてみると、夏なんて無い方がいいと思ってしまう。
……こういうの、久しぶりだし……。
汗がどうとか、べた付くのがどうとかは、まぁいい。
逆に水浴びすればすっきりするし。
ただ、こう暑いと……。
引っ付く理由がへっちゃうじゃないか、なんて。
「…………あついのイヤだな」
あ。
思っていると、言葉が漏れてしまった。
しまった……。
星のことだから、律儀に拾い上げるに違いない。
暑いんだったら離れろとか、こうしているから暑いんだとか、絶対言うんだ。
……。
「?」
けれど、予想していた星の声はいつまで経っても聞こえなかった。
不思議に思って、ゆっくりと目を開けてみる。
――――あ。
そこには、真剣な表情で筆を動かす星の姿があった。
……近い……よ。
近いに決まってる。
だって、星にくっついているんだから。
自分でしておいて何を思っているんだろう。
聞こえ始めた鼓動の音は、次第に大きくなるように響き始めた。
それに伴って、忘れていた暑さが私の内側にこもったみたいになって溢れてくる。
けれど。
私はそんなことすぐに忘れて星を見つめていた。
……。
見上げる星の顔。
いつもは中途半端なはにかんだ表情なのに、今は全然違う。
集中して一点を見つめる瞳が真っ直ぐに机の上を捉えていた。
さっきの私の漏れた声を聞き洩らすほど。
手の動きに合わせて、瞳がわずかに動く。
それでも、星は私の視線に気が付かなかった。
……。
……そんな風に星は、見るんだ。
普段は大して意識もしない視線。
自然と目が合って、私から逸らしてしまうもの。
それが交わらないことが…………なんだか……切ない。
…………。
……バカ寅。
「…………無防備すぎるよ…………」
響くこともなく、ぽつりと声が落ちていった。
私の響かない声。
響かない方がいいのに、でも、届かないことが、ちょっとイヤだ。
手を伸ばしてしまいそうな感情が滲む。
反射的にピクリと動いた指先を感覚的に抑えつけて、私はそのまま動かなかった。
星は……いつになったら気が付いてくれるんだろう。
勝手なことを思ったとき。
机の上に置かれた星の左手が、ゆっくりと降りてきた。
「…………ん」
そうして、私の髪を撫でる。
一度、二度。
汗の含んだ髪の感覚を強める骨ばった手が揺れる。
その手もわずかに湿っているみたいで動きが少しぎこちない。
絡みつくような、くっついてしまいそうな感じはいつもと違っていた。
でも、なんだかくすぐったい。
「やはり暑いな」
……うん。
ポツリと声が降る。
それを耳に。
たまには、こんなに暑いのも悪くないかもしれないなんて思った。
大らか且つ黙して凛々しいのが星クオリティ すてき