蝉が喧しく鳴く季節。命蓮寺の存在も、里の人間達に順調に知れ渡ってきた
当初は「妖怪達が善からぬことを企てているのではないか」などと、色々と根も葉もない噂が飛び交ったものだが、今では誰にも警戒されることなく出歩くことができる
「あっ、鼠のお姉ちゃんだ! 今日は何を探しに行くの?」
「いいチーズ入荷してるよ! 酒の肴にどうだい!」
命蓮寺の連中(正確に言えば、私は少し違うのだが)の中でも外を出歩くことが比較的に多い私は、里の人間達ともそれなりに打ち解けていた
「何を探しに行くかは決まっていないよ、宝探しとはそういうものだ。あとチーズは備蓄があるからまたの機会に頂くとしよう、ありがとう」
幻想郷に住む人間達は、私のような妖怪にも気さくに声をかけてくれる
里にいる限り人間は妖怪に襲われる心配はないということだが、たとえ私が里の外で人間に出会ったとしても、余程な態度を取られたりしない限り獲って喰うことはしない
幻想郷の理からすれば、これはあまり好ましくない状況であると聞く。だが無駄に血が流れ、殺伐とした時世になるよりは良いだろうと私は思う
「さてと、何を探したものかな」
里で話した少女に「宝探しとはそういうものだ」と言っておきながら、自然と「何を探そうか」と口に出してしまうのは、やはり幻想郷に何があるのかを詳しく把握していないからであろう
里の人間達と親しくなったとはいえ、私も幻想郷に来てからはまだまだ日が浅い
どんな植物が群生しているのか、どんな建造物が存在しているのか。大方は把握できていても、詳細はまるで知らない
少々インドア派な命蓮寺の連中とは違って、私が外を出歩くことが多いのは、きっと私が知識を欲していたからに違いない
そう自己完結しているにも関わらず自慢のロッドを取り出してしまうのは、長年の癖だろうか。それとも「私は宝を探しているんですよ」と、無知な自分の姿を露呈したくないからだろうか
「この方角は…吸血鬼の住む館か」
通称、紅魔館。外装が目を覆いたくなる程の紅色に彩られている悪魔の館であるということからか、このように禍々しい名前で呼ばれているという
その館が位置する小島は、霧の湖と呼ばれるものに囲まれているらしいが、ダウザーを自称する私にとっては意味を成さないだろう
「しかし…寒いな」
この季節では考えられない肌寒さに身を震わせながら、霧の湖をロッドの導くまま進む
この湖には氷の妖精が頻繁に出没するらしいが、その影響だろうか。姿を見せないということは、まだ私に気づかずに遊び惚けているに違いない
深い霧に段々と鮮明に映る館らしき影を確認し、私は何処かにいるであろう氷精に見つかる前に地に足を着けようと少しずつ高度を下げていくことにする
「…これは目に優しくないな」
紅魔館の門前に降り立った私は、その見事なまでの紅色に目を細める
その眩しさは、廃墟のような寂れた場所で静かに暮らしているという、私の中の悪魔のイメージを根底から覆す程であった
「おや、お客様? 見慣れない顔だけど…」
門の傍の外壁に背中を預ける、奇抜な服装の女性が声をかけてくる。こうして門の前に立っているということは、この館の門番か何かだろうか
「お客様…ではないな、たまたま立ち寄っただけだ。この館内に立ち入ることはできるかな」
どうも、宝の反応は館内から強く発しているようだ。だが、こうして門番まで置いているのだ。まずは館内に立ち入る許可を得なければなるまい
「え~と…それじゃあ少しだけ待っててもらえますか? お嬢様に取り次いでみますので…」
「その必要は無いわ」
門番が近くを巡回していた妖精を呼ぼうとしたその時、その背後に一人のメイドが突如として現れた
いきなり現れたものだから、私も驚きを隠せなかった。しかし、その様子を見慣れているのだろう。門番は平然とした態度で、背後のメイドに話しかける
「あれ、咲夜さん。やっぱりお客様だったんですか?」
門番が"咲夜さん"と呼ぶメイドは、私が見る限り普通の人間に思えた
しかし、瞬間移動したかのように現れた様子から、恐らくは博麗の巫女と似たような存在なのだろう
「用があるのは美鈴、あなたよ。また魔理沙が図書館にいるのだけど、どういうことかしら」
「えっ」
メイドの言葉を聞いて、私の脳内にある人間が浮かび上がった。"霧雨魔理沙"、少し手癖の悪い魔法使いである
宝塔を探していた時に出会った人間で、弾幕勝負では手に負えない強さだったのを覚えている。正直、あのとんでもない破壊力を兼ね備えた極太レーザーはもう見たくない
「お嬢様は何も言わないから良いけど、私は見過ごせないわね。さあ、いつもの部屋で説教の時間よ」
そう言って、メイドは門番の襟首を掴み館内へと連行する。その様子は、まるで聖に引き摺られる主人を思い出す
やはり上司と部下のような関係はこうであるべきだと幻想郷では決められているのだろうか。それ程までに何度も見てきた光景のように思える。私は主人に引き摺られたことは無いが
「あと、あなたは常識がありそうだし…館内を見て歩く分には構わないわ。ただ地下へは行かないこと、いいわね?」
扉の前でメイドがこちらを振り返り、私に館内への立ち入りを許可してくれた
門番の処遇も気になるところだが、私も自分の用事を優先せねばなるまい。そう考えて、私は再びロッドを構えて館内へと歩みを進めた
大きな扉を潜った後、私の視界に映ったのは広大なエントランスだった。目前の巨大なステンドガラスには、流石の私も開いた口が塞がらない
「幻想郷で作られた建造物ではないな…」
恐らくここの主は、外界から建物ごとやって来たのだろう
絢爛豪華なシャンデリアに、壁際に並び物凄い威圧感を与える無数の甲冑。素人目からでも、相当価値のある品々だと分かる
その上、埃などまるで目に付くことはなく、小まめに手入れされているのだろうと私は少しばかり見惚れていたようだ
「おっと、私としたことが。今はロッドの反応を辿らなければ…」
ふと我に返った私は、ロッドの反応する奥の扉へと向かう
よく見れば、扉自体にも細かな装飾が施されている。何から何まで芸術品のような館である
「何部屋あるんだ、これは…」
扉を開けた先には、向こうの壁が見えないくらいに続く長い廊下。そして、数えるのも嫌になるくらいの無数の扉
今はロッドが反応してくれているからいいものの、突然この館内に放り出されたら脱出するのにも一苦労だろう
延々と、私は廊下を歩き続ける。向こうの壁が何とか視認できるくらいまで歩いた辺りで、ロッドが徐々に右側に傾き、巨大な両開きの扉を指し示した
良く言えば、他よりも気合いの入った装飾が施された美しい扉。悪く言えば、悪の親玉の部屋とかに繋がっているかのように荘厳な扉
一応ノックをしてみるが、やはり見た目通り分厚い扉なのだろう。全く反応がない
「まあ、メイドから許可を得ているし大丈夫だろう。ノックもしたしな」
私は取っ手を掴み、その巨大な扉を押し開けようと試みる
多少の覚悟をしていたのだが、その大きさの割には力を入れずとも容易く開くことができた。拍子抜けである
「おや、あなたは?」
扉を開けた先に広がっていたのは無数の書物。そして、その書物を整理している悪魔が一人いた
「えっと…咲夜というメイドから許可を頂いたので館内を見学していたのだが、ここは立ち入り禁止かね…?」
「いえいえ! 許可を取っているのでしたら、大丈夫ですよ」
これだけ大きな書庫なのだから、部外者が簡単に出入りできる場所ではないのだろうと思考を巡らせていたが、特にそういうことは無かったようだ
天井の高さまである本棚は、まるで私を見下ろしているかのように聳えている。そのせいか、私は少しばかり閉鎖的な感覚に襲われている気分になった
「こういった場所は苦手なんだがな…」
物珍しい書物を観察しながら歩いていると、私の真横を物凄いスピードで何かが通り過ぎた
それと同時に大量の埃が風に乗って舞い上がり、私は反射的に両腕で顔を覆う
「もっ、持ってかな…げほっ」
誰かいるのだろうか、片手で舞い散る埃を払いながら先へと進む。すると、そこには咳をしながら跪く少女がいた
「お、おい。大丈夫か」
見たところ、非常に華奢で顔色が悪い。とても健康そうには見えない
咄嗟に声をかけてしまったが、この状況では私が犯人と勘違いされてもおかしくなかったのではと今更ながら思う
「パチュリー様、大丈夫ですか!?」
そこに早足で駆けて来たのは、入口で出会った書物を整理していた悪魔である
「さっきから騒がしいわね…大丈夫よ、大丈夫…」
"パチュリー"という少女は、咳払いをしながら覚束無い足でゆっくりと立ち上がり、ふらふらと身体を揺らしながら近くにあった椅子へと腰を下ろす
数拍おいた後に、深い溜息を吐きながら少女は机の上に突っ伏した。死んではいない、多分
詳しく事情を聴いたところ、魔理沙に書物を何冊か盗まれたらしい。どうやら常習犯らしく、盗まれた冊数は五百を超えているそうだ。とんでもない窃盗魔法使いである、この場合は強盗だろうか
「ところで、あなたは…?」
怒涛のような時間が過ぎ去っていたので、パチュリーに問われるまで、自分が何者なのかを伝えていないことに気づいた
軽く会釈して自らの名前と、館にきた理由を簡潔に伝える
「す、すまない…申し送れてしまったな。私はナズーリンだ。まあ…館内を見学に来た、とでも言えばいいだろうか」
正確には宝を探しに来たのだが、あながち間違ってはいないので良しとする
私が自己紹介を終えたのを確認すると、パチュリーは手元にあるベルを二回程トントンと叩き鳴らした
「何か御用でしょうか? あら、さっきの鼠さんじゃありませんか」
またもや瞬間移動の如く、先ほど門前で出会った咲夜が目の前に現れる
「常識のあるお客様よ。紅茶を二つ淹れてきてもらえるかしら」
「かしこまりました」
そして瞬く間に咲夜の手に紅茶が現れ、私とパチュリーの目の前にカップが差し出された
「それでは」と一言告げて、咲夜は再び私の視界から一瞬にして姿を消す。あっという間の出来事に、私は呆気に取られてしまっていた
「あのメイドは何者だ。まるで奇術師じゃないか」
そう言うと、パチュリーは微笑を浮かべながら紅茶を啜る
「奇術師よ。ちょっと感情に乏しいから道化ではないだろうけど」
確かに冷徹な面も垣間見えたが、あの精確かつ迅速な対応から相当な信頼をおかれているのだろう
パチュリーの話によると、他のメイドを束ねる役割や主の側近も担っているらしい。私の主人も少しばかり見習ってほしいものである
「ところで、そのロッドは何なのかしら? 護身用の武器という訳でもなさそうだけど…」
そこそこの時間、談話を繰り返して互いに打ち解け始めてきた頃で、パチュリーは私の傍らのロッドを指差してそう尋ねた
今一度説明すると、私は館内見学の為にここへ来たのではなく、宝物等に反応する力を持ったロッドに従ってここへやって来たのだ
咄嗟のこととはいえ、館内見学に来たと嘘を吐いてしまったことをまずは謝罪せねばならないだろう。私もパチュリーも人ではないが、それが人の道理というものだ
「それは興味深いわね…。一体この館にどんな宝物が隠されているのかしら」
私がロッドの力と、この紅魔館に強い反応があったことをパチュリーに伝えると、物思いに耽るようにパチュリーは目を瞑った
「あれかしら…、それともこれかしら…」と頭の中で様々な品を思い浮かべるパチュリーに、私は改めて探知の許可を得ようと頼み込む
「ロッドの反応を辿れば、自ずと価値のある物がどれなのか。それが示されるはずだ。どうだろう、探知を続けてみて構わないかね?」
私の提案に、パチュリーは「是非とも」と大きく頷いた。誰しも、価値のあるものはその目に焼き付けたくなるものである
「それでは…」と私は傍らにあったロッドを手に取り、先ほど反応があった物がどこにあるのかを探そうと強く念じた
ロッドはピクピクと、まるで親を急かし手を引く子供の様に、私の身体を自然と価値ある物の在り処へと導こうとする
しかし、ロッドが示したのは館内のどれでもなく、窓の外。即ち、この館内に先ほどの宝物は存在しないという結果を私達に突きつけた
「お、おかしいな。こんなはずは…」
間違いなく、さっきはこの館内の何かに反応していたはずなのだ。ロッドの所有者である私が間違えるはずなどない
可能性があるとすれば、ただ一つ。それは
「別の場所に移動…したのかしら?」
自然とパチュリーが口に出した言葉と、私が指し示した残りの可能性がピタリと一致する
この館内の何かに反応していたはずのロッドが、今は館外の何処かに反応を示している。考えられるのは"移動"である、反応が消えてないということは"消失"ではないだろう
「すまないな。わざわざ紅茶までご馳走してもらって、何も見せることができないとはな…」
期待させておいてこんな結果になってしまったことに関して、私としては何かお詫びの一つでもしたいのだが、如何せんパチュリーが喜びそうな内容が思い浮かばない
「まあ、私も下心ありきで紅茶を出させた訳ではないし…。そうね、それじゃあ魔理沙に盗まれた書物を何冊か取り返してもらおうかしら」
言葉の最後に「宝探しのついででいいから」と付け足し、パチュリーは再び書物の解読作業へと戻った
まあ宝探しのついででいいのなら別に構わないだろうと思い、私はパチュリーに一礼してロッドを構え、再び宝探しへと戻ることにした
私がロッドの反応に従いながら、澄み渡った空を黙々と飛んでいた時だ。聞き慣れた声が私の耳に入ってくるのに気づいた
「ナズーリン! ナズーリン、降りてきてください! 大変なんです!」
耳を劈くような大声で、私の名前を呼ぶ主人。"寅丸星"が慌てふためきながら、何かを伝えようと必死に私の後を(何故か)走って追いかけてくる
別に急いでいる訳でもないので、「また何か紛失したのだろうか?」と考えを巡らせながらゆっくりと地面に降りる
「大変なんです! 宝塔が、宝塔が盗まれてしまって!」
空を飛んで追いかけようという発想が浮かばないくらいに慌てていた様子だったので、どうせ命蓮寺の僧"聖白蓮"絡みだろうとは予想していたが案の定である
しかし、主人のこの物言い。紛失したのではなく、盗まれてしまったというのが気になった
「それは何時のことだね」
「今朝です!」
「雲居や村紗には聞いたのかい、ご主人」
「言えません! 言えたもんじゃありません!」
宝塔紛失事件は私と主人で内密に処理したはずなのだが、どういう訳か。後に聖と交友関係の深い"雲居一輪"と"村紗水蜜"の耳に入ってしまったのだ
過ぎたことは仕方ないとその場は何とか鎮めたものの、またしても宝塔が無くなってしまったのだから言える訳がないのは百も承知だ。私だって言えない
しかし、私は色々とあって早朝から活動していた。少なくとも誰かが侵入したような物音などはしなかった
「まあ、言えないだろうな。本当に盗まれたのかすらも怪しい。もしかしたらご主人がまた…」
「う…」
私は軽く悪態を吐き、頭の片隅に宝塔の名前を刻んでおくことにする。この反応からして、盗まれたのではなく紛失したのだろうと私は認識した。九割九分、間違いないだろう
主人は図星を突かれると、自然と言葉が出ずに会話が詰まる癖がある
「まあ、もし見つけたら私が確保しておこう。それまでは皆への言い訳でも考えておくといい」
主人は、そう言って飛び立つ私に「冷たい」とか「人でなし」とか罵詈雑言をこれでもかと投げかけてきたが、いつものことなので聞き流すことにする
実際のところ、聖の封印は解けてしまっているので宝塔など既に必要ないのだが、それでも毘沙門天の宝物だ。価値のある物には違いない、ああは言ったものの宝塔の捜索を優先しなければいけないだろう
ちょっとしたことから随分と大きくなった、私の宝探し。ここで少し頭の中を整理しておこうと思う
私はロッドの反応に従って、まだ見ぬ宝を探している訳ではあるが、その他にもいくつか探さねばならないものが増えた
一つは宝塔。これは見つけ次第、最優先で確保しなければならない。もう一つは紅魔館の書物。まあ、これは盗んだ人物が特定されているので後回しでもいいだろう
そして、私が今ロッドに念を込めているのは宝塔の在り処である。どういう訳か、先ほどまで私が追っていた宝と同じ方角に、宝塔が存在しているとロッドは示しているのだ。まるで反応していないかのように微動だにしない
「さて、これは一体どういうことなのだろうね」
私が降り立ったのは、幻想郷の果てに位置する博麗神社。何故ここに私がいるのかというと、当然のことながら宝塔の反応がここにあったからである。決して何かしらの祈願をしにやってきた訳ではない
妖怪が境内に現れたというのに、我関せずといった態度でのんびりと湯呑みの茶を啜る博麗の巫女。"博麗霊夢"、当人がそこにいた。相も変わらず楽観的である
「ここは人間様御用達の神社よ。妖怪様は守矢神社へどうぞ」
こちらに視線を向けることすらせずに、定型文のような言葉をこれに加えもう二回程繰り返す。その様子はまるで、少し前に妖怪の山に住む河童に見せてもらった"蓄音機"にそっくりだ
「そんなに何度も言われなくとも分かっているよ」
霊夢の言葉を軽く流して、私は「ちょいと失礼するよ」と一言添えロッドの反応を頼りに境内を進む。落ち葉などは一切なく、楽観的ながらもこういったところはしっかりしている
別に危害を加えようとしている訳ではないのだから、霊夢も特に動く様子もない。私が境内の中ほどまで来たところで、霊夢の後方にある襖が大きな音を立てて勢いよく開かれた
「そろそろ帰るぜ! 借りてきた本も早く読みたいしな!」
襖の奥から現れたのは、パチュリーの本を奪った張本人のあいつだった。聞くところによると、頻繁に博麗神社に顔を出しているとか
折角ここで犯人を見つけたのだ。一先ずパチュリーに頼まれた、本を取り返す任務を片付けておくとしよう。サブイベントは早めに終わらせておくものだ
「おっと、魔理沙だったかな? ちょいと話を聞かせてもらっていいかね」
私が声をかけるや否や、魔理沙は猫に追い詰められた鼠のような(この場合は鼠に追い詰められた鼠だろうか)顔をして、一目散に逃げ出そうと箒に跨って上空へと飛び立った。まさに脱兎の如くである
「お前は確か命蓮寺の…。もう足がついたってのか!?」
魔理沙を追いかけようと、私も続いて地面を蹴る。何やら訳の分からないことを言っているが、今は魔理沙について行くのに精一杯で、私の耳にハッキリと届くことはなかった
どれくらい経っただろうか。いや、どれくらいと言っても恐らく大した時間は経っていないのだろうが、なかなか魔理沙に追いつくことができない
それどころか、距離を少しずつではあるが離されている。このままでは見失ってしまい、追いかけていた時間が水泡に帰すかもしれない
「くそっ、しつこい奴は嫌われるぜ!? これでも喰らえ!」
突如として、私の目の前に投げられた球状の何か。その何かが爆発し、私の周囲一帯は真っ白く深い煙に包まれた。私の視界はあっという間に酷い煙で遮られ、追跡もままならない状態である
「魔理沙さん特性の発煙弾だぜ! 今のうちにおさらばだ!」
中々晴れることのない煙から脱出するのが限界で、煙の外に出た頃には既に、魔理沙の姿はどこにも見えなかった
こんな初歩的な戦法で逃げられてしまうとは、我ながら情けなく思う。そんなことを考えるうちに、だんだんと悔しさが込み上げてきた
「ぐぐ…。こうなったら、あいつから本を取り返すまで追い続けてやる! このままで終わって堪るか!」
私は、ロッドに再び念を込める。探す対象は魔理沙ただ一人。あの魔法使いは、まだ私の追跡力を甘く見ている
「ダウザーから逃げられると思うなよ!」
ロッドの反応を辿って到着したのは、魔法の森の奥深く。周囲にがらくたが散らばる建物の前だった
場所が正しければ、この中に魔理沙がいるはずだ。そんな裏づけを確信に導くかのように、倒れた看板には"なんかします、霧雨魔法店"と書かれていた。飽きたのだろうか、直せばいいのに
私は、建物の戸をこれでもかと言わんばかりにノックの連打を繰り出した。なかなか出てくる様子が無かったので、もう片方の手も解禁して両手で戸を連打する。寝坊した主人を起こす時の最終手段の一つでもある
「何だ、もう。喧しい奴だなって…うげ」
勢い良く戸を開け、私の顔を見た魔理沙は怪訝な表情に変わる。まさかこんなに早く場所を特定されるとは思ってもいなかったのだろう
魔理沙は戸を閉めようと、取っ手を引いたようだ。だが、寸刻の差で私のつま先の侵入の方が早かった。勿論、戸は閉まることはない。この妙技を考え出した者は素晴らしい知恵の持ち主だと思う
「さて、盗んだ本を返してもらおうか」
睨み付けるように顔を至近距離まで近づけて、私は魔理沙を催促の意味合いも込めて威圧する
自分でやっておいてではあるが、ここまでやったのだから十冊くらいの書物を手土産にしてやらないと私も納得がいかない
「借りただけだ、死ぬまでだけどな」
「それを窃盗と言うのだよ」
それにしてもこの魔法使い、こんな状況であるにも関わらず書物を出し渋る。こちらとしては一刻も早く、このサブイベントを終わらせてメインイベントの宝塔捜索に乗り出したい
「どうしても出さないというのなら、こっちにも意地というものがある。強行手段を取らせてもらうがいいのかね」
少しばかり脅しをかけてみるが、魔理沙は「そんなの関係無いぜ」と言わんばかりの涼しい顔で仁王立ちを続けている。盗人猛々しいとは、まさにこのことだ
しかし、書物を読んでいたのを中断させられたからか、私の言った強行手段を恐れたのかは分からないが、痺れを切らした魔理沙は遂に「ああもう、わかった。返せばいいんだろ」と言い放った
「ちょっと待ってろ。読み終わったのを適当に持ってくる」
ぶつぶつ文句を垂れながら、魔理沙は部屋の奥へと姿を消した。このまま篭城されては困るので、つま先は戸に挟んだままだ。読み終わった本であろうが、取り返したことには変わりない。パチュリーも納得してくれるだろう
少しばかり経ってから、魔理沙が何冊かの本を持って戻ってきた。布で包まれているので何冊あるかは分からないが、十分な冊数であることは把握できた
「ほら、これでいいだろ。ずっとそこに居られても困るしな」
若干重量のある包みを受け取った後、互いに悪態を吐いて会話を終える
「それではな、意地汚い魔法使い」
「ああ、二度と来るなよ」
私はロッドを構え、念を再び送る。漸く宝塔の捜索に戻ることができると考え、一息吐いたのも束の間である
――ベチンッ!
今起こったことをありのまま話すと、宝塔の在り処を調べようとロッドに念を送った瞬間、私の顔がロッドに挟まれた
何を言っているのか分からないとは思うが、見事にロッドの先端は視線の先とは真逆の霧雨邸を示している
「これは少し灸を据えてやる必要があるな」
一度返した踵を再び霧雨邸へと向け、今回はノックをすることなく形振り構わず突入した
「う、うわ! 帰ったんじゃないのかよ!?」
あたふたとしている魔理沙の手中には、本来なら主人が持っていたはずの宝塔が握られていた。予感的中である
「ほほう…。紅魔館での悪行はこちらとは関係の無いことだからこれっきりと考えていたが、命蓮寺の備品まで盗んでいたとは。余程、この家を金塊の山で埋没されたいらしいな」
覚悟を決めろと言わんばかりにロッドを素振りしながら、私は魔理沙の元へと近づく。場合によってはゴールドラッシュだ
「いや、違う! これは盗んだ訳じゃないんだ! 拾ったんだよ!」
魔理沙は両手を振りながら、ジェスチャーで何かを伝えるように言い繕おうとする
しかし、多少の猶予を与えてはみたものの、ただただ両手を振り回すだけだったので、先ほどの一件のことも加えて「時間切れだ」と一声かけて一発制裁しておいた
少し赤みを帯びた額の魔理沙が、紅茶の入ったカップを私の前に差し出す
「取り敢えず話を聴いてくれよ。別に忍び込んで頂戴した訳じゃないんだぜ」
どうやら、朝方に主人が里の入口付近を掃除していたところ魔理沙と遭遇し、軽く世間話をしていたらしい。世間話の内容は関係ないので省略する
主人が掃除を終えて命蓮寺へと戻る際に、魔理沙は宝塔を落とした瞬間を目撃したという。そこで拾って主人に届けていれば終わりなのだが、魔理沙はそうはしなかった。何故なら
「ほら、お前のとこの破戒僧。名前…何ていったかな。あいつを復活させる時に戦っただろ? その時のレーザーを見て、ついつい拾い上げて…」
「それを着服というのだよ」
少し前にも同じような流れがあった気がするが、つまりはこういうことだ
朝方、宝塔を着服した魔理沙はそのまま紅魔館へと侵入。パチュリーと談話を終え、書物を何冊か失敬して博麗神社へ。そこで私と鉢合わせて今に至るという訳だ
「なるほど、最初に反応した探し物は宝塔だった訳か」
宝の反応が移動していたのは、魔理沙の手にあったからである。しかし、結果として宝塔を取り戻せたのだから良しとしよう。私が席を立ち、霧雨邸を出ようとした時だ
「おい、ナズーリンだったっけか。これも持ってけよ」
差し出されたのはビニールに包まれた白い塊だった。これが何なのかは分からない
「ほら、その…宝塔の件はさ。お前の主人に渡しておけば無駄足食わずに済んだだろ? それは私に落ち度があるっていうかさ…」
下を向いてぶつぶつと前置きを話すも、面倒くさくなったのか「いいから持ってけ」と白い塊を私の手に握らせる
「まあ、詫びの品というのなら有難く受け取っておこう。…で、これは何だね」
軽く包装されたビニールを剥いて、この白い塊が何なのか調べようとする。軽く鼻を近づけると、どこかで嗅いだことのある匂いがした
「チーズだ、鼠は好物だろ?」
「カビてるじゃないか」
確かにチーズかも知れないが、この白い表面を見る限り間違いなくカビている。白カビだ。何だってこんなものを詫びの品に選んだのかが分からない
「確かにそれはカビだが、食べれるチーズだよ。ちょいと特殊な作り方でな。まあ、どうしても気になるのなら表面剥がして食いな」
少し納得のいかない部分もあったが、一応食べられなくはなさそうなので受け取っておいた。霧雨邸を後にした私が次に向かうのは紅魔館だ
サブイベントは面倒ではあるが、宝塔が見つかったのだから少し寄り道するくらいなら大丈夫だろう。どっちにしろ持ち帰ったところで邪魔になるので、この本を頂くつもりもない
幻想郷についての知識は欲しいが、魔法についての知識は私には必要ない
「お邪魔するよ」
紅魔館の図書館へ続く巨大な扉を潜り、パチュリーの元へと足を運ぶ。パチュリーとは随分前に別れたはずなのだが、まるで居場所は変わっていない。もしかして、ずっと座って本を眺めていたのだろうか
「あら、本当に取り返してくれたのね。大して期待はしてなかったのだけど」
わざわざこんな重い物を運んできたというのに労いの言葉は無しかと少し突っ込みをいれたくはなったが、私が勝手にやったことなので言わないことにする。多少ばかり下心はあったが
「でも、そうね。折角取り返してきてくれたのだから、何かお礼でもしなくちゃね。咲夜」
すると、まるで私の下心を読み取ったかのタイミングでお礼を渡そうとパチュリーが手を叩いて、咲夜を呼ぼうとするのだから戸惑いを隠せない
そうして呼ばれた咲夜の手には、一本の紅色に輝く酒瓶が既に用意されていた。咲夜が私に酒瓶を手渡す。何だかんだで私を信じて、これを用意してくれたのだなと少し嬉しく思った
取り返してきた書物と引き換えに酒瓶を頂いた私は、恐らく落ち着いて座ってもいられないであろう主人のいる命蓮寺へと戻ることにした
「お帰り、今日は随分と遅かったのね。何かおもしろい物は見つかったのかしら?」
命蓮寺に戻ると、聖が私を迎えに玄関までやってきた。この人は自分の立場に関わらず、こうして一人一人分け隔てなく対等に接するのだから度々関心する
「まあ色々とお宝は手に入ったかな。ところで、ご主人は今どこにいるかご存知で?」
聖に主人の居場所を聞き、少しばかり急いで宝塔を届けに向かう。襖を開けた先には、そわそわしながら私の帰りを待っていたであろう主人が立っていた
「ナ、ナズーリン! 宝塔は見つかったのですか!?」
部下の帰還を労うことも忘れて宝塔にハングリータイガーの如くまっしぐら。まあ、それくらい気にかけているのだろうなと思い、宝塔を主人に手渡す
「盗まれていなかったとは言い難いが、結局ご主人が落としたのが始まりだったじゃないか」
「う…」
今後また、宝塔を紛失されては色々と面倒である。そろそろ私のペンダントみたいに、宝塔に紐でもつけて首からぶら下げて持たせるのがいいのではないか
兎にも角にも、今日の宝探しは終了した。収穫は、魔理沙から貰ったカビチーズと、紅魔館で貰った一本の酒瓶だ。カビチーズは兎も角、酒瓶はあまりに大きかったので手に抱えて持ってくるしかなかった
だからだろうか、宝塔の用件を終えた次に主人の視界に入るのは間違いなく酒瓶である。その酒瓶を見た主人は、少しばかり驚いた表情でこう言った
「これは、ワインじゃないですか? 紅魔館のメイド長が能力を使って製造しているとか」
かなり貴重との噂らしい。とりあえず、そのワインとやらを少しだけ口に運んでみる。私達が普段飲んでいるような酒類とは違った味わいがあった。不味くはない、というよりとても美味い
このワインとやらは当たりのようだ。あの重い書物をわざわざ運んだ価値はある。しかし、本当に気になるのはこっちだ。私はポケットから、あの白い塊を取り出す
「ご主人、取り敢えず意見を聞きたい。…これは食べれそうかね」
このカビたチーズ。あまり進んで食べたくはないのだが、私の独断と偏見で厄介者扱いするのもどうかと思い、主人に意見を聞こうと現物を取り出して見せた
「これは、チーズの匂いがしますが随分と真っ白ですね。とりあえず食べてみればいいんじゃないですか?」
すると、主人はカビたチーズを一切れ取り、口の中へと放り込んでしまった
「あ、ご主人! それはカビ…」
そう言いかけた瞬間である。主人が間髪入れずにもう一切れ手に取り、口の中へと放り込む
「凄い美味しいですね! どこでこんな美味しいチーズ手に入れたんですか?」
美味しそうにカビたチーズを食べる主人が、嬉々と私に入手経路を聞いてくる
「魔理沙に貰った」と答えると、主人は「空いた日に作り方を聞いてこようかしら」と随分と気に入った様子だった
余りに美味しそうに食べるのだから、興味を引かれない方がおかしい
「そんなに美味しいのだったら、じゃあ私も一切れ…」
恐る恐るカビたチーズを私は口へと運ぶ。最初は少し苦味を感じたが、食べてみればそんな苦味も一つの旨みに感じるくらいに美味しいチーズだった
「驚いたな…。これ程まで美味とは」
私も主人と同じくもう一切れ摘み、口へと放り込む。まさかこの幻想郷で、ここまで美味しいチーズを口にできるとは思ってもいなかった
一呼吸おいて、手元のワインを再び口へ運ぶ。これもまたいい具合に互いの味を阻害せず、絶妙な味わいが口の中に広がる
色々と面倒はあったが、今日は随分と素晴らしい宝を手に入れたみたいだ。たまには色々と振り回されるのも、まあ悪くない
当初は「妖怪達が善からぬことを企てているのではないか」などと、色々と根も葉もない噂が飛び交ったものだが、今では誰にも警戒されることなく出歩くことができる
「あっ、鼠のお姉ちゃんだ! 今日は何を探しに行くの?」
「いいチーズ入荷してるよ! 酒の肴にどうだい!」
命蓮寺の連中(正確に言えば、私は少し違うのだが)の中でも外を出歩くことが比較的に多い私は、里の人間達ともそれなりに打ち解けていた
「何を探しに行くかは決まっていないよ、宝探しとはそういうものだ。あとチーズは備蓄があるからまたの機会に頂くとしよう、ありがとう」
幻想郷に住む人間達は、私のような妖怪にも気さくに声をかけてくれる
里にいる限り人間は妖怪に襲われる心配はないということだが、たとえ私が里の外で人間に出会ったとしても、余程な態度を取られたりしない限り獲って喰うことはしない
幻想郷の理からすれば、これはあまり好ましくない状況であると聞く。だが無駄に血が流れ、殺伐とした時世になるよりは良いだろうと私は思う
「さてと、何を探したものかな」
里で話した少女に「宝探しとはそういうものだ」と言っておきながら、自然と「何を探そうか」と口に出してしまうのは、やはり幻想郷に何があるのかを詳しく把握していないからであろう
里の人間達と親しくなったとはいえ、私も幻想郷に来てからはまだまだ日が浅い
どんな植物が群生しているのか、どんな建造物が存在しているのか。大方は把握できていても、詳細はまるで知らない
少々インドア派な命蓮寺の連中とは違って、私が外を出歩くことが多いのは、きっと私が知識を欲していたからに違いない
そう自己完結しているにも関わらず自慢のロッドを取り出してしまうのは、長年の癖だろうか。それとも「私は宝を探しているんですよ」と、無知な自分の姿を露呈したくないからだろうか
「この方角は…吸血鬼の住む館か」
通称、紅魔館。外装が目を覆いたくなる程の紅色に彩られている悪魔の館であるということからか、このように禍々しい名前で呼ばれているという
その館が位置する小島は、霧の湖と呼ばれるものに囲まれているらしいが、ダウザーを自称する私にとっては意味を成さないだろう
「しかし…寒いな」
この季節では考えられない肌寒さに身を震わせながら、霧の湖をロッドの導くまま進む
この湖には氷の妖精が頻繁に出没するらしいが、その影響だろうか。姿を見せないということは、まだ私に気づかずに遊び惚けているに違いない
深い霧に段々と鮮明に映る館らしき影を確認し、私は何処かにいるであろう氷精に見つかる前に地に足を着けようと少しずつ高度を下げていくことにする
「…これは目に優しくないな」
紅魔館の門前に降り立った私は、その見事なまでの紅色に目を細める
その眩しさは、廃墟のような寂れた場所で静かに暮らしているという、私の中の悪魔のイメージを根底から覆す程であった
「おや、お客様? 見慣れない顔だけど…」
門の傍の外壁に背中を預ける、奇抜な服装の女性が声をかけてくる。こうして門の前に立っているということは、この館の門番か何かだろうか
「お客様…ではないな、たまたま立ち寄っただけだ。この館内に立ち入ることはできるかな」
どうも、宝の反応は館内から強く発しているようだ。だが、こうして門番まで置いているのだ。まずは館内に立ち入る許可を得なければなるまい
「え~と…それじゃあ少しだけ待っててもらえますか? お嬢様に取り次いでみますので…」
「その必要は無いわ」
門番が近くを巡回していた妖精を呼ぼうとしたその時、その背後に一人のメイドが突如として現れた
いきなり現れたものだから、私も驚きを隠せなかった。しかし、その様子を見慣れているのだろう。門番は平然とした態度で、背後のメイドに話しかける
「あれ、咲夜さん。やっぱりお客様だったんですか?」
門番が"咲夜さん"と呼ぶメイドは、私が見る限り普通の人間に思えた
しかし、瞬間移動したかのように現れた様子から、恐らくは博麗の巫女と似たような存在なのだろう
「用があるのは美鈴、あなたよ。また魔理沙が図書館にいるのだけど、どういうことかしら」
「えっ」
メイドの言葉を聞いて、私の脳内にある人間が浮かび上がった。"霧雨魔理沙"、少し手癖の悪い魔法使いである
宝塔を探していた時に出会った人間で、弾幕勝負では手に負えない強さだったのを覚えている。正直、あのとんでもない破壊力を兼ね備えた極太レーザーはもう見たくない
「お嬢様は何も言わないから良いけど、私は見過ごせないわね。さあ、いつもの部屋で説教の時間よ」
そう言って、メイドは門番の襟首を掴み館内へと連行する。その様子は、まるで聖に引き摺られる主人を思い出す
やはり上司と部下のような関係はこうであるべきだと幻想郷では決められているのだろうか。それ程までに何度も見てきた光景のように思える。私は主人に引き摺られたことは無いが
「あと、あなたは常識がありそうだし…館内を見て歩く分には構わないわ。ただ地下へは行かないこと、いいわね?」
扉の前でメイドがこちらを振り返り、私に館内への立ち入りを許可してくれた
門番の処遇も気になるところだが、私も自分の用事を優先せねばなるまい。そう考えて、私は再びロッドを構えて館内へと歩みを進めた
大きな扉を潜った後、私の視界に映ったのは広大なエントランスだった。目前の巨大なステンドガラスには、流石の私も開いた口が塞がらない
「幻想郷で作られた建造物ではないな…」
恐らくここの主は、外界から建物ごとやって来たのだろう
絢爛豪華なシャンデリアに、壁際に並び物凄い威圧感を与える無数の甲冑。素人目からでも、相当価値のある品々だと分かる
その上、埃などまるで目に付くことはなく、小まめに手入れされているのだろうと私は少しばかり見惚れていたようだ
「おっと、私としたことが。今はロッドの反応を辿らなければ…」
ふと我に返った私は、ロッドの反応する奥の扉へと向かう
よく見れば、扉自体にも細かな装飾が施されている。何から何まで芸術品のような館である
「何部屋あるんだ、これは…」
扉を開けた先には、向こうの壁が見えないくらいに続く長い廊下。そして、数えるのも嫌になるくらいの無数の扉
今はロッドが反応してくれているからいいものの、突然この館内に放り出されたら脱出するのにも一苦労だろう
延々と、私は廊下を歩き続ける。向こうの壁が何とか視認できるくらいまで歩いた辺りで、ロッドが徐々に右側に傾き、巨大な両開きの扉を指し示した
良く言えば、他よりも気合いの入った装飾が施された美しい扉。悪く言えば、悪の親玉の部屋とかに繋がっているかのように荘厳な扉
一応ノックをしてみるが、やはり見た目通り分厚い扉なのだろう。全く反応がない
「まあ、メイドから許可を得ているし大丈夫だろう。ノックもしたしな」
私は取っ手を掴み、その巨大な扉を押し開けようと試みる
多少の覚悟をしていたのだが、その大きさの割には力を入れずとも容易く開くことができた。拍子抜けである
「おや、あなたは?」
扉を開けた先に広がっていたのは無数の書物。そして、その書物を整理している悪魔が一人いた
「えっと…咲夜というメイドから許可を頂いたので館内を見学していたのだが、ここは立ち入り禁止かね…?」
「いえいえ! 許可を取っているのでしたら、大丈夫ですよ」
これだけ大きな書庫なのだから、部外者が簡単に出入りできる場所ではないのだろうと思考を巡らせていたが、特にそういうことは無かったようだ
天井の高さまである本棚は、まるで私を見下ろしているかのように聳えている。そのせいか、私は少しばかり閉鎖的な感覚に襲われている気分になった
「こういった場所は苦手なんだがな…」
物珍しい書物を観察しながら歩いていると、私の真横を物凄いスピードで何かが通り過ぎた
それと同時に大量の埃が風に乗って舞い上がり、私は反射的に両腕で顔を覆う
「もっ、持ってかな…げほっ」
誰かいるのだろうか、片手で舞い散る埃を払いながら先へと進む。すると、そこには咳をしながら跪く少女がいた
「お、おい。大丈夫か」
見たところ、非常に華奢で顔色が悪い。とても健康そうには見えない
咄嗟に声をかけてしまったが、この状況では私が犯人と勘違いされてもおかしくなかったのではと今更ながら思う
「パチュリー様、大丈夫ですか!?」
そこに早足で駆けて来たのは、入口で出会った書物を整理していた悪魔である
「さっきから騒がしいわね…大丈夫よ、大丈夫…」
"パチュリー"という少女は、咳払いをしながら覚束無い足でゆっくりと立ち上がり、ふらふらと身体を揺らしながら近くにあった椅子へと腰を下ろす
数拍おいた後に、深い溜息を吐きながら少女は机の上に突っ伏した。死んではいない、多分
詳しく事情を聴いたところ、魔理沙に書物を何冊か盗まれたらしい。どうやら常習犯らしく、盗まれた冊数は五百を超えているそうだ。とんでもない窃盗魔法使いである、この場合は強盗だろうか
「ところで、あなたは…?」
怒涛のような時間が過ぎ去っていたので、パチュリーに問われるまで、自分が何者なのかを伝えていないことに気づいた
軽く会釈して自らの名前と、館にきた理由を簡潔に伝える
「す、すまない…申し送れてしまったな。私はナズーリンだ。まあ…館内を見学に来た、とでも言えばいいだろうか」
正確には宝を探しに来たのだが、あながち間違ってはいないので良しとする
私が自己紹介を終えたのを確認すると、パチュリーは手元にあるベルを二回程トントンと叩き鳴らした
「何か御用でしょうか? あら、さっきの鼠さんじゃありませんか」
またもや瞬間移動の如く、先ほど門前で出会った咲夜が目の前に現れる
「常識のあるお客様よ。紅茶を二つ淹れてきてもらえるかしら」
「かしこまりました」
そして瞬く間に咲夜の手に紅茶が現れ、私とパチュリーの目の前にカップが差し出された
「それでは」と一言告げて、咲夜は再び私の視界から一瞬にして姿を消す。あっという間の出来事に、私は呆気に取られてしまっていた
「あのメイドは何者だ。まるで奇術師じゃないか」
そう言うと、パチュリーは微笑を浮かべながら紅茶を啜る
「奇術師よ。ちょっと感情に乏しいから道化ではないだろうけど」
確かに冷徹な面も垣間見えたが、あの精確かつ迅速な対応から相当な信頼をおかれているのだろう
パチュリーの話によると、他のメイドを束ねる役割や主の側近も担っているらしい。私の主人も少しばかり見習ってほしいものである
「ところで、そのロッドは何なのかしら? 護身用の武器という訳でもなさそうだけど…」
そこそこの時間、談話を繰り返して互いに打ち解け始めてきた頃で、パチュリーは私の傍らのロッドを指差してそう尋ねた
今一度説明すると、私は館内見学の為にここへ来たのではなく、宝物等に反応する力を持ったロッドに従ってここへやって来たのだ
咄嗟のこととはいえ、館内見学に来たと嘘を吐いてしまったことをまずは謝罪せねばならないだろう。私もパチュリーも人ではないが、それが人の道理というものだ
「それは興味深いわね…。一体この館にどんな宝物が隠されているのかしら」
私がロッドの力と、この紅魔館に強い反応があったことをパチュリーに伝えると、物思いに耽るようにパチュリーは目を瞑った
「あれかしら…、それともこれかしら…」と頭の中で様々な品を思い浮かべるパチュリーに、私は改めて探知の許可を得ようと頼み込む
「ロッドの反応を辿れば、自ずと価値のある物がどれなのか。それが示されるはずだ。どうだろう、探知を続けてみて構わないかね?」
私の提案に、パチュリーは「是非とも」と大きく頷いた。誰しも、価値のあるものはその目に焼き付けたくなるものである
「それでは…」と私は傍らにあったロッドを手に取り、先ほど反応があった物がどこにあるのかを探そうと強く念じた
ロッドはピクピクと、まるで親を急かし手を引く子供の様に、私の身体を自然と価値ある物の在り処へと導こうとする
しかし、ロッドが示したのは館内のどれでもなく、窓の外。即ち、この館内に先ほどの宝物は存在しないという結果を私達に突きつけた
「お、おかしいな。こんなはずは…」
間違いなく、さっきはこの館内の何かに反応していたはずなのだ。ロッドの所有者である私が間違えるはずなどない
可能性があるとすれば、ただ一つ。それは
「別の場所に移動…したのかしら?」
自然とパチュリーが口に出した言葉と、私が指し示した残りの可能性がピタリと一致する
この館内の何かに反応していたはずのロッドが、今は館外の何処かに反応を示している。考えられるのは"移動"である、反応が消えてないということは"消失"ではないだろう
「すまないな。わざわざ紅茶までご馳走してもらって、何も見せることができないとはな…」
期待させておいてこんな結果になってしまったことに関して、私としては何かお詫びの一つでもしたいのだが、如何せんパチュリーが喜びそうな内容が思い浮かばない
「まあ、私も下心ありきで紅茶を出させた訳ではないし…。そうね、それじゃあ魔理沙に盗まれた書物を何冊か取り返してもらおうかしら」
言葉の最後に「宝探しのついででいいから」と付け足し、パチュリーは再び書物の解読作業へと戻った
まあ宝探しのついででいいのなら別に構わないだろうと思い、私はパチュリーに一礼してロッドを構え、再び宝探しへと戻ることにした
私がロッドの反応に従いながら、澄み渡った空を黙々と飛んでいた時だ。聞き慣れた声が私の耳に入ってくるのに気づいた
「ナズーリン! ナズーリン、降りてきてください! 大変なんです!」
耳を劈くような大声で、私の名前を呼ぶ主人。"寅丸星"が慌てふためきながら、何かを伝えようと必死に私の後を(何故か)走って追いかけてくる
別に急いでいる訳でもないので、「また何か紛失したのだろうか?」と考えを巡らせながらゆっくりと地面に降りる
「大変なんです! 宝塔が、宝塔が盗まれてしまって!」
空を飛んで追いかけようという発想が浮かばないくらいに慌てていた様子だったので、どうせ命蓮寺の僧"聖白蓮"絡みだろうとは予想していたが案の定である
しかし、主人のこの物言い。紛失したのではなく、盗まれてしまったというのが気になった
「それは何時のことだね」
「今朝です!」
「雲居や村紗には聞いたのかい、ご主人」
「言えません! 言えたもんじゃありません!」
宝塔紛失事件は私と主人で内密に処理したはずなのだが、どういう訳か。後に聖と交友関係の深い"雲居一輪"と"村紗水蜜"の耳に入ってしまったのだ
過ぎたことは仕方ないとその場は何とか鎮めたものの、またしても宝塔が無くなってしまったのだから言える訳がないのは百も承知だ。私だって言えない
しかし、私は色々とあって早朝から活動していた。少なくとも誰かが侵入したような物音などはしなかった
「まあ、言えないだろうな。本当に盗まれたのかすらも怪しい。もしかしたらご主人がまた…」
「う…」
私は軽く悪態を吐き、頭の片隅に宝塔の名前を刻んでおくことにする。この反応からして、盗まれたのではなく紛失したのだろうと私は認識した。九割九分、間違いないだろう
主人は図星を突かれると、自然と言葉が出ずに会話が詰まる癖がある
「まあ、もし見つけたら私が確保しておこう。それまでは皆への言い訳でも考えておくといい」
主人は、そう言って飛び立つ私に「冷たい」とか「人でなし」とか罵詈雑言をこれでもかと投げかけてきたが、いつものことなので聞き流すことにする
実際のところ、聖の封印は解けてしまっているので宝塔など既に必要ないのだが、それでも毘沙門天の宝物だ。価値のある物には違いない、ああは言ったものの宝塔の捜索を優先しなければいけないだろう
ちょっとしたことから随分と大きくなった、私の宝探し。ここで少し頭の中を整理しておこうと思う
私はロッドの反応に従って、まだ見ぬ宝を探している訳ではあるが、その他にもいくつか探さねばならないものが増えた
一つは宝塔。これは見つけ次第、最優先で確保しなければならない。もう一つは紅魔館の書物。まあ、これは盗んだ人物が特定されているので後回しでもいいだろう
そして、私が今ロッドに念を込めているのは宝塔の在り処である。どういう訳か、先ほどまで私が追っていた宝と同じ方角に、宝塔が存在しているとロッドは示しているのだ。まるで反応していないかのように微動だにしない
「さて、これは一体どういうことなのだろうね」
私が降り立ったのは、幻想郷の果てに位置する博麗神社。何故ここに私がいるのかというと、当然のことながら宝塔の反応がここにあったからである。決して何かしらの祈願をしにやってきた訳ではない
妖怪が境内に現れたというのに、我関せずといった態度でのんびりと湯呑みの茶を啜る博麗の巫女。"博麗霊夢"、当人がそこにいた。相も変わらず楽観的である
「ここは人間様御用達の神社よ。妖怪様は守矢神社へどうぞ」
こちらに視線を向けることすらせずに、定型文のような言葉をこれに加えもう二回程繰り返す。その様子はまるで、少し前に妖怪の山に住む河童に見せてもらった"蓄音機"にそっくりだ
「そんなに何度も言われなくとも分かっているよ」
霊夢の言葉を軽く流して、私は「ちょいと失礼するよ」と一言添えロッドの反応を頼りに境内を進む。落ち葉などは一切なく、楽観的ながらもこういったところはしっかりしている
別に危害を加えようとしている訳ではないのだから、霊夢も特に動く様子もない。私が境内の中ほどまで来たところで、霊夢の後方にある襖が大きな音を立てて勢いよく開かれた
「そろそろ帰るぜ! 借りてきた本も早く読みたいしな!」
襖の奥から現れたのは、パチュリーの本を奪った張本人のあいつだった。聞くところによると、頻繁に博麗神社に顔を出しているとか
折角ここで犯人を見つけたのだ。一先ずパチュリーに頼まれた、本を取り返す任務を片付けておくとしよう。サブイベントは早めに終わらせておくものだ
「おっと、魔理沙だったかな? ちょいと話を聞かせてもらっていいかね」
私が声をかけるや否や、魔理沙は猫に追い詰められた鼠のような(この場合は鼠に追い詰められた鼠だろうか)顔をして、一目散に逃げ出そうと箒に跨って上空へと飛び立った。まさに脱兎の如くである
「お前は確か命蓮寺の…。もう足がついたってのか!?」
魔理沙を追いかけようと、私も続いて地面を蹴る。何やら訳の分からないことを言っているが、今は魔理沙について行くのに精一杯で、私の耳にハッキリと届くことはなかった
どれくらい経っただろうか。いや、どれくらいと言っても恐らく大した時間は経っていないのだろうが、なかなか魔理沙に追いつくことができない
それどころか、距離を少しずつではあるが離されている。このままでは見失ってしまい、追いかけていた時間が水泡に帰すかもしれない
「くそっ、しつこい奴は嫌われるぜ!? これでも喰らえ!」
突如として、私の目の前に投げられた球状の何か。その何かが爆発し、私の周囲一帯は真っ白く深い煙に包まれた。私の視界はあっという間に酷い煙で遮られ、追跡もままならない状態である
「魔理沙さん特性の発煙弾だぜ! 今のうちにおさらばだ!」
中々晴れることのない煙から脱出するのが限界で、煙の外に出た頃には既に、魔理沙の姿はどこにも見えなかった
こんな初歩的な戦法で逃げられてしまうとは、我ながら情けなく思う。そんなことを考えるうちに、だんだんと悔しさが込み上げてきた
「ぐぐ…。こうなったら、あいつから本を取り返すまで追い続けてやる! このままで終わって堪るか!」
私は、ロッドに再び念を込める。探す対象は魔理沙ただ一人。あの魔法使いは、まだ私の追跡力を甘く見ている
「ダウザーから逃げられると思うなよ!」
ロッドの反応を辿って到着したのは、魔法の森の奥深く。周囲にがらくたが散らばる建物の前だった
場所が正しければ、この中に魔理沙がいるはずだ。そんな裏づけを確信に導くかのように、倒れた看板には"なんかします、霧雨魔法店"と書かれていた。飽きたのだろうか、直せばいいのに
私は、建物の戸をこれでもかと言わんばかりにノックの連打を繰り出した。なかなか出てくる様子が無かったので、もう片方の手も解禁して両手で戸を連打する。寝坊した主人を起こす時の最終手段の一つでもある
「何だ、もう。喧しい奴だなって…うげ」
勢い良く戸を開け、私の顔を見た魔理沙は怪訝な表情に変わる。まさかこんなに早く場所を特定されるとは思ってもいなかったのだろう
魔理沙は戸を閉めようと、取っ手を引いたようだ。だが、寸刻の差で私のつま先の侵入の方が早かった。勿論、戸は閉まることはない。この妙技を考え出した者は素晴らしい知恵の持ち主だと思う
「さて、盗んだ本を返してもらおうか」
睨み付けるように顔を至近距離まで近づけて、私は魔理沙を催促の意味合いも込めて威圧する
自分でやっておいてではあるが、ここまでやったのだから十冊くらいの書物を手土産にしてやらないと私も納得がいかない
「借りただけだ、死ぬまでだけどな」
「それを窃盗と言うのだよ」
それにしてもこの魔法使い、こんな状況であるにも関わらず書物を出し渋る。こちらとしては一刻も早く、このサブイベントを終わらせてメインイベントの宝塔捜索に乗り出したい
「どうしても出さないというのなら、こっちにも意地というものがある。強行手段を取らせてもらうがいいのかね」
少しばかり脅しをかけてみるが、魔理沙は「そんなの関係無いぜ」と言わんばかりの涼しい顔で仁王立ちを続けている。盗人猛々しいとは、まさにこのことだ
しかし、書物を読んでいたのを中断させられたからか、私の言った強行手段を恐れたのかは分からないが、痺れを切らした魔理沙は遂に「ああもう、わかった。返せばいいんだろ」と言い放った
「ちょっと待ってろ。読み終わったのを適当に持ってくる」
ぶつぶつ文句を垂れながら、魔理沙は部屋の奥へと姿を消した。このまま篭城されては困るので、つま先は戸に挟んだままだ。読み終わった本であろうが、取り返したことには変わりない。パチュリーも納得してくれるだろう
少しばかり経ってから、魔理沙が何冊かの本を持って戻ってきた。布で包まれているので何冊あるかは分からないが、十分な冊数であることは把握できた
「ほら、これでいいだろ。ずっとそこに居られても困るしな」
若干重量のある包みを受け取った後、互いに悪態を吐いて会話を終える
「それではな、意地汚い魔法使い」
「ああ、二度と来るなよ」
私はロッドを構え、念を再び送る。漸く宝塔の捜索に戻ることができると考え、一息吐いたのも束の間である
――ベチンッ!
今起こったことをありのまま話すと、宝塔の在り処を調べようとロッドに念を送った瞬間、私の顔がロッドに挟まれた
何を言っているのか分からないとは思うが、見事にロッドの先端は視線の先とは真逆の霧雨邸を示している
「これは少し灸を据えてやる必要があるな」
一度返した踵を再び霧雨邸へと向け、今回はノックをすることなく形振り構わず突入した
「う、うわ! 帰ったんじゃないのかよ!?」
あたふたとしている魔理沙の手中には、本来なら主人が持っていたはずの宝塔が握られていた。予感的中である
「ほほう…。紅魔館での悪行はこちらとは関係の無いことだからこれっきりと考えていたが、命蓮寺の備品まで盗んでいたとは。余程、この家を金塊の山で埋没されたいらしいな」
覚悟を決めろと言わんばかりにロッドを素振りしながら、私は魔理沙の元へと近づく。場合によってはゴールドラッシュだ
「いや、違う! これは盗んだ訳じゃないんだ! 拾ったんだよ!」
魔理沙は両手を振りながら、ジェスチャーで何かを伝えるように言い繕おうとする
しかし、多少の猶予を与えてはみたものの、ただただ両手を振り回すだけだったので、先ほどの一件のことも加えて「時間切れだ」と一声かけて一発制裁しておいた
少し赤みを帯びた額の魔理沙が、紅茶の入ったカップを私の前に差し出す
「取り敢えず話を聴いてくれよ。別に忍び込んで頂戴した訳じゃないんだぜ」
どうやら、朝方に主人が里の入口付近を掃除していたところ魔理沙と遭遇し、軽く世間話をしていたらしい。世間話の内容は関係ないので省略する
主人が掃除を終えて命蓮寺へと戻る際に、魔理沙は宝塔を落とした瞬間を目撃したという。そこで拾って主人に届けていれば終わりなのだが、魔理沙はそうはしなかった。何故なら
「ほら、お前のとこの破戒僧。名前…何ていったかな。あいつを復活させる時に戦っただろ? その時のレーザーを見て、ついつい拾い上げて…」
「それを着服というのだよ」
少し前にも同じような流れがあった気がするが、つまりはこういうことだ
朝方、宝塔を着服した魔理沙はそのまま紅魔館へと侵入。パチュリーと談話を終え、書物を何冊か失敬して博麗神社へ。そこで私と鉢合わせて今に至るという訳だ
「なるほど、最初に反応した探し物は宝塔だった訳か」
宝の反応が移動していたのは、魔理沙の手にあったからである。しかし、結果として宝塔を取り戻せたのだから良しとしよう。私が席を立ち、霧雨邸を出ようとした時だ
「おい、ナズーリンだったっけか。これも持ってけよ」
差し出されたのはビニールに包まれた白い塊だった。これが何なのかは分からない
「ほら、その…宝塔の件はさ。お前の主人に渡しておけば無駄足食わずに済んだだろ? それは私に落ち度があるっていうかさ…」
下を向いてぶつぶつと前置きを話すも、面倒くさくなったのか「いいから持ってけ」と白い塊を私の手に握らせる
「まあ、詫びの品というのなら有難く受け取っておこう。…で、これは何だね」
軽く包装されたビニールを剥いて、この白い塊が何なのか調べようとする。軽く鼻を近づけると、どこかで嗅いだことのある匂いがした
「チーズだ、鼠は好物だろ?」
「カビてるじゃないか」
確かにチーズかも知れないが、この白い表面を見る限り間違いなくカビている。白カビだ。何だってこんなものを詫びの品に選んだのかが分からない
「確かにそれはカビだが、食べれるチーズだよ。ちょいと特殊な作り方でな。まあ、どうしても気になるのなら表面剥がして食いな」
少し納得のいかない部分もあったが、一応食べられなくはなさそうなので受け取っておいた。霧雨邸を後にした私が次に向かうのは紅魔館だ
サブイベントは面倒ではあるが、宝塔が見つかったのだから少し寄り道するくらいなら大丈夫だろう。どっちにしろ持ち帰ったところで邪魔になるので、この本を頂くつもりもない
幻想郷についての知識は欲しいが、魔法についての知識は私には必要ない
「お邪魔するよ」
紅魔館の図書館へ続く巨大な扉を潜り、パチュリーの元へと足を運ぶ。パチュリーとは随分前に別れたはずなのだが、まるで居場所は変わっていない。もしかして、ずっと座って本を眺めていたのだろうか
「あら、本当に取り返してくれたのね。大して期待はしてなかったのだけど」
わざわざこんな重い物を運んできたというのに労いの言葉は無しかと少し突っ込みをいれたくはなったが、私が勝手にやったことなので言わないことにする。多少ばかり下心はあったが
「でも、そうね。折角取り返してきてくれたのだから、何かお礼でもしなくちゃね。咲夜」
すると、まるで私の下心を読み取ったかのタイミングでお礼を渡そうとパチュリーが手を叩いて、咲夜を呼ぼうとするのだから戸惑いを隠せない
そうして呼ばれた咲夜の手には、一本の紅色に輝く酒瓶が既に用意されていた。咲夜が私に酒瓶を手渡す。何だかんだで私を信じて、これを用意してくれたのだなと少し嬉しく思った
取り返してきた書物と引き換えに酒瓶を頂いた私は、恐らく落ち着いて座ってもいられないであろう主人のいる命蓮寺へと戻ることにした
「お帰り、今日は随分と遅かったのね。何かおもしろい物は見つかったのかしら?」
命蓮寺に戻ると、聖が私を迎えに玄関までやってきた。この人は自分の立場に関わらず、こうして一人一人分け隔てなく対等に接するのだから度々関心する
「まあ色々とお宝は手に入ったかな。ところで、ご主人は今どこにいるかご存知で?」
聖に主人の居場所を聞き、少しばかり急いで宝塔を届けに向かう。襖を開けた先には、そわそわしながら私の帰りを待っていたであろう主人が立っていた
「ナ、ナズーリン! 宝塔は見つかったのですか!?」
部下の帰還を労うことも忘れて宝塔にハングリータイガーの如くまっしぐら。まあ、それくらい気にかけているのだろうなと思い、宝塔を主人に手渡す
「盗まれていなかったとは言い難いが、結局ご主人が落としたのが始まりだったじゃないか」
「う…」
今後また、宝塔を紛失されては色々と面倒である。そろそろ私のペンダントみたいに、宝塔に紐でもつけて首からぶら下げて持たせるのがいいのではないか
兎にも角にも、今日の宝探しは終了した。収穫は、魔理沙から貰ったカビチーズと、紅魔館で貰った一本の酒瓶だ。カビチーズは兎も角、酒瓶はあまりに大きかったので手に抱えて持ってくるしかなかった
だからだろうか、宝塔の用件を終えた次に主人の視界に入るのは間違いなく酒瓶である。その酒瓶を見た主人は、少しばかり驚いた表情でこう言った
「これは、ワインじゃないですか? 紅魔館のメイド長が能力を使って製造しているとか」
かなり貴重との噂らしい。とりあえず、そのワインとやらを少しだけ口に運んでみる。私達が普段飲んでいるような酒類とは違った味わいがあった。不味くはない、というよりとても美味い
このワインとやらは当たりのようだ。あの重い書物をわざわざ運んだ価値はある。しかし、本当に気になるのはこっちだ。私はポケットから、あの白い塊を取り出す
「ご主人、取り敢えず意見を聞きたい。…これは食べれそうかね」
このカビたチーズ。あまり進んで食べたくはないのだが、私の独断と偏見で厄介者扱いするのもどうかと思い、主人に意見を聞こうと現物を取り出して見せた
「これは、チーズの匂いがしますが随分と真っ白ですね。とりあえず食べてみればいいんじゃないですか?」
すると、主人はカビたチーズを一切れ取り、口の中へと放り込んでしまった
「あ、ご主人! それはカビ…」
そう言いかけた瞬間である。主人が間髪入れずにもう一切れ手に取り、口の中へと放り込む
「凄い美味しいですね! どこでこんな美味しいチーズ手に入れたんですか?」
美味しそうにカビたチーズを食べる主人が、嬉々と私に入手経路を聞いてくる
「魔理沙に貰った」と答えると、主人は「空いた日に作り方を聞いてこようかしら」と随分と気に入った様子だった
余りに美味しそうに食べるのだから、興味を引かれない方がおかしい
「そんなに美味しいのだったら、じゃあ私も一切れ…」
恐る恐るカビたチーズを私は口へと運ぶ。最初は少し苦味を感じたが、食べてみればそんな苦味も一つの旨みに感じるくらいに美味しいチーズだった
「驚いたな…。これ程まで美味とは」
私も主人と同じくもう一切れ摘み、口へと放り込む。まさかこの幻想郷で、ここまで美味しいチーズを口にできるとは思ってもいなかった
一呼吸おいて、手元のワインを再び口へ運ぶ。これもまたいい具合に互いの味を阻害せず、絶妙な味わいが口の中に広がる
色々と面倒はあったが、今日は随分と素晴らしい宝を手に入れたみたいだ。たまには色々と振り回されるのも、まあ悪くない
見事な幻想のヒトコマでした。
今日も幻想郷は平和なようです。
よく考えるとナズにとってはよくありそうでw あんな長いロッドだものなあ。
かなり淡々とした文ですが、ナズーリンだからこそ合ってるように思えました。
個人の趣味かもしれませんが、地の文の最後に句点がほしいのと、改行が多いのが気になりました。