**幻想にも奇妙な物語です**
永遠となる永遠に
畳独特の落ち着く和の香りと、竹林から流れ込む涼々しい空気。
それらが相俟って、とても風流に感じるこの屋敷の名は『永遠亭』
永遠の世界では時間が止まっているかのように変化が訪れない為に、人間の歴史には一切現れていない。
さらには永遠に続くような長き廊下と無数に広がる襖が、その屋敷の名は大げさでないことを語っている。
その中の一つ。豪華絢爛に装飾を施された襖がある。無数にある襖の中でも特に際立っており
誰が見てもこの屋敷の権力者の個室であろう事は明白だった。
一体どのような人物が住んでいるのであろうか。いや、人物なのか? もしかしたら化け物かもしれない。
この屋敷の頂点に君臨する者だ。とてつもなく威厳とカリスマに溢れる容姿に違いない。
そう思っていた時期が私にもありました。
「うえっうえっしたっしたっひだりっ─」
幻想郷では聞きなれない呪文を唱える声が、その襖の奥から響いてくる。
その声の主は─
ゆったりとした和の衣を羽織り、漆黒のストレートな髪は腰の辺りまで伸びている。
年齢は不詳だが、小さな体躯に無邪気な笑みで、外見はどうみても子供である。
彼女は幾年の時を経ても死を知らず、だが数多の死を知り、あらゆる死を体感してきた。
それでもなお生き続ける存在──彼女は不死なのだ。名は蓬莱山輝夜。
姫様とも呼ばれているのだが、姫と言う割にはその部屋の内装は姫らしくなく、別の部屋と世界が隔離されているような
そんな印象を受ける。
姫が鎮座している場所は座布団ではなく、布団。その周囲には食べかけの食事。乱雑に纏められた謎の道具。
この屋敷自慢の風流、なんてことは面影も無く、換気も十分に施されていないため生温い空気が立ち込めている。
生活に必要なものは布団の周囲に並べられており、布団を起点にそこからあまり動かない、
動く必要の無い環境を整えてある。
その動く気がない人の状態を英字4文字で表すことも可能なのだが、和風という事を著しく乱しそうなため止めておく。
とりあえずそんな彼女がこの屋敷の最高権力者である。
その彼女の目前には不思議な箱が二つある。一方は小さく紅白色で、一方は大きく黒い色をしている。
紅白色の箱からは何本も線が延びており、幾本かが黒い箱に繋がれている。
黒い箱とは別方向に伸びている2つの線の先端にはかまぼこ板のようなものが生えているという理解に兼ねるものだ。
いつのまに持ち込んだかは知らないが、姫はそれぞれを家族機械箱、投影型受像機箱と呼んでいた。
なにやら、彼女はかまぼこ板の一方を手に取り、不可解な呪文を叫ぶのだ。
その黒いほうの箱には絵が映し出されており音も流れてくるのだが、楽器のような心に響く振動もなく、感動もない。
単に鼓膜を無理やり震えさせるだけのその不快な音を、姫はあんな近くで聞いてて平気なのだろうか。
ほんっとうに何してるかわからないし、狂気に満ちている可能性も拭えないし、遠まわしな言い方も飽きてきたし
……ということで直接問いただすことにした。
トゥレレレレーン♪
という音を最後に箱から流れ出る音が止まった。なにやら箱を操り、音を静止させることができるのか。
「あらうどんげ、これ? 別の世界の弾幕遊戯らしいわ。この白い鳥のようなものを私が操って、
こっちから現れる物体や茂愛を破壊していくのよ」と、姫はその箱に書かれている絵の意味を指差しながら説明する。
もあい? 聞いたことが無いが、妖怪の名前だろうか?
「貴女もやってみる? これ二人で遊べるように出来ているらしいし」
とかまぼこ板を手渡される。
色々と説明を受けてから実際に遊んでみると、これは予想外の面白さだ、という事に気付く。
弾幕遊戯なのだが、自分の分身である白い鳥を自由自在に操ることができ、
どこぞの七色人形遣いのような気分でもあった。いや、自分自身と言ってもいいかもしれない。
こちらは単身だが機動力はとても高い、だから敵は数で責めてくる。体当たりしても壁に触れても一方的に
やられてしまう点は理不尽な気がしないでもないが、普段の弾幕とは別のスリルを味わえるという事に私はご満悦だ。
避け方、パターン、何が破壊可能か等を脳に刻み込んでいく
次第に私はそれぞれに対応できるようになっていき、撃墜されまいと的確に対応していく。
背景も次々と変わっていき、敵のパターンがより高度なものになっていく。
不意に後ろから接近してくる敵機、破壊したと思ったら分裂して再度奇襲してくるものまで──
デュチューン
やられた……今のは自機狙いの敵弾を誘導しておかないと追い詰められてしまうパターンだ。
大量の弾幕に私の鳥が撃ち落されると、交代というルールなので姫が操ることが出来る鳥が箱に映し出される。
姫は暫く足元に置いておいたかまぼこ板を握りなおし
「じゃ、私の番ね」
私が撃墜された事で止まっていた音も再び鳴り始め、いまや敵が画面端から現れようとしたその時、
トゥレレレレーン♪
その音が流れると、またも音も絵も止まってしまった。やはりそれは姫が止めたらしい。
その世界の時間を止めることができるようだ。─だが、よく見ると自分の鳥まで止まっているように見える。
確かに永遠の能力は未来永劫変わらない世界とはいえ、自分まで止まるなんて無意味過ぎ──
「うえっうえっしたっしたっ─」
いきなり唱えだした。止まった世界に向けてなにやら呪文を放っている。
それと同時に、かまぼこ板の十字の部分を、声が放つ方向と同じ方向を押しているようだ。
確かにそこを押すと鳥が動くように出来ている。だが、止まった世界では鳥は動こうとしない。
何をしているのだろうか。端から見たら、というより隣で見ても乱心された奇怪な行動にしか見えない。
「─みぎっ、びー、えー!」びーえーとは右側に配置されたこの黒く丸い二つの突起の事なのだが─
──????
画面に変化が起こった。止まった世界に浮き出る二つの泡のようなもの。これは?
ルールでは、敵を倒すとたまに出てくる紅い羊羹を一定集めないと発生させることができないはずだ。
「姫、これは障壁ですか? どうして止まったまま─
トゥレレレレーン♪
そして時は動き出す。
……おかしい。これはおかしい。
羊羹を一つも集めず、式神、障壁、上下にばら撒く座薬等を同時に展開した。
「姫、これは一体──
「スペルのようなものよ。ちゃんとやられ判定は存在してるから、無敵ではないわ」
「姫、流石にそれは反則じゃないのですか?」
「仕様よ。それに貴女は私の存在を反則以上なものだとでも言うの?」
……仕様か。
確かに姫は5つの難題という鬼畜スペルを持ちながらさらに不死である。
それに比べればやられる判定があるだけマシ、か。
その後も姫は交代する度に幾度と無くそのスペルを使用した。
こういうものは少しずつ強くなっていくことが楽しいのではないのか。
まぁ久し振りに姫とコミュニケーションが計れたのだからそこまで愚痴を言うつもりはないけど。
何かしらの遊戯でも、姫は常にそのような待遇だったから慣れてしまったのだろう。
幾多の弾幕を潜り抜け、度重なるピンチを凌ぎ、冷や汗が額を伝い、それを拭う暇すら与えられず
幾つかの首領格であろう敵を破壊し、敵も焦り始めたのか弾幕が濃くなっていき、
一瞬の静寂の後、荘厳な音楽が鳴り響き、心拍音もそれに呼応するかのように騒ぎ立てる。
巨大たる塊、動く城のような圧倒感をも与える敵が画面端から威厳たっぷりに姿を現す。
かつての見慣れた弾幕とは格の違うものを展開し、知略を尽くしこちらを追い詰めてくる。
頭脳も運も何もかもを、今までの全てをかけ激しい攻防戦を繰り返す。
幾度と撃墜されそうになりつつ、それでも見事私の弾が相手の機体を貫き、
ついに!!
感動のエンディングを迎えたのは!!
──うどんげである。
みすぼらしい鳥から徐々に成長していき、終には格上の巨大な敵を打ち破ることが出来た達成感は
言葉で表現できないほど嬉しいものである。
「いやーこれ楽しいですね、こんなに心が弾んだのは久し振りですよ!
まるで自分の一生を経験しているかのような緊迫感でしたね」
と、取り出したハンカチで汗にまみれた手や額を拭いつつ、満面の笑みを浮かべるうどんげ。
黒い箱に流れる壮大な音楽と賛美の言葉、それは全てうどんげの為だけのもの。
暫く子供のように無邪気にはしゃぐうどんげを、
私は冷めた目で見ながら「この遊戯は素の性格が結構出るかもしれない」とも思った。
うどんげは律儀に画面端の敵を狙撃したり、壁に引っ付いている敵をわざわざ攻撃したり、
飛び跳ねている敵に対しても正確に打ち抜いていた。伊達に座薬をばらまいてないですね。
それはそれでハイリスクハイリターンな一面もあり、苦戦を強いられる分、鳥の成長も早かった。
それに反して、私の遊戯方法は立ち向かってきた物を追い払わず、全て受け流してしまう。
唯一正面から来たものには弾を飛ばしてやるが、隅にいるような敵は気まぐれで構ってやる程度だ。
だから放置していた敵から大量の弾幕を放たれて撃墜されてしまう、というのが私の定石たる負けパターン。
ともあれ私は現実にもどんな大小あらゆる敵が出てきたとしても、それらはいつか命が尽き勝手に朽ちていくものであり
私にとっては無数の背景の一つに過ぎなかったために無理して倒そうなどとめんどくさい事はしたくなかった。
そのローリスクな遊戯方法によって、私の鳥は全くと言っていいほど成長しない。
だが、スペルで補うことにより須臾、つまり一瞬で完全に成長した姿になれるのだ。
成長したといっても私の遊戯方法は相変わらず、むしろスペルを鼻にかけて余計に敵を倒さなくなった。
「それでは私は仕事がありますので、失礼します」
そういうと恍惚の表情のままうどんげはその場を立ち去っていった
仕事ねぇ……
私には仕事が無い。姫だから当然である。常に威厳を持っていればいい。それが仕事のようなものだから。
不死だから働かなくても生きていける。別に働きたくない訳じゃないけれど、働いたら敗北を喫すると思っている。
それにしてもあのうどんげの恍惚な顔ときたら……
そんなにエンディングが気持ちいいものなのだろうか、あれは本人しかわからないだろう。
そもそも私、輝夜はまだ一度もエンディングに辿り着いたことは無かったというのに。
何か悔しい、持ち主である私を差し置いて先にクリアするとは、自重しろうどんげ。
うどんげに先を越された私は、連日連夜必死に私だけのエンディングを見ようと、幾度と無く挑戦を試みた。
結果は──惨敗。どうしても茂愛を超えた辺りで残機が尽きてしまう。
日々遊戯を重ねているのだから本人自体が成長してもいいはずなのだが、そこは姫。
無理に敵を倒すことは相変わらず一切しないために結局大量の弾幕に沈むことになる。
未来永劫変化が訪れない永遠の能力とはよく言ったものだ。
しかしその遊戯方法では、当の本人とは違い復活できる回数が限られているため
いつまでも生き残る訳にはいかず、ボスまで辿り着くなぞ到底不可能であった。
もしここでまだまだ残機が残っていたらまだ先の面へ進めるというのに──
──あ、そうよ、残機を増やして何度も復活できるようにすればいいのよ
この遊戯は残機が無くなったら完璧な敗北を表す。つまり少し弄ってこの値を増やしてしまえばよい。
私の場合は……最大値まで増やそうかしら。う~ん、それでも不死とは言い難いわ。
もっと限界を超えるような値でないと。
ふふふふ、さて、私の能力で──
「む、最近みないと思ったら何をしているのだ」
またまた不意に背後から聞きなれた声、いや聞き飽きた声と言ったほうがいいだろう
白銀の髪に、白のシャツ、そしてモンペ。モンペ? 今更容姿を説明せずとも、名を出せばすぐにわかるだろう
彼女の名は藤原妹紅である。
彼女も死なない程度の能力の持ち主であり、蓬莱山輝夜とは殺しあう仲(二人とも殺しても死なないのだが)である。
以前彼女の妖術故に竹林を全焼しかけた事もあってか、最近殺し合いは自重しているらしい。
「あらあらどちらさんかしら」
私は白々しく聞いてみれば
「私は健康マニアの焼鳥屋だ。……で、輝夜よ、主は一体何をしているのだ?」
と返ってくる。
「あぁ、これはね」と以前うどんげにも話した内容をそっくり伝える。
「ほぉ、弾幕遊戯と申すか、どれ、私にもやらせてくれないだろうか?」
「えぇ、当然よ、──えっと、少し待ってね」
「はい、これで貴女の自機は9になったわ。不死とまではいかないけれど、いつもの貴女と同じくらいの体力でしょう」
「自機を増やせるとな?」
「仕様よ。増やそうが減らそうがこの世界のルールで容認されているから大丈夫なのよ」
そうか、と妹紅は軽く頷くと画面に映し出される画に視線を向ける。
「なんだ、こんなもの簡単じゃないか」
「お、何か落としたぞ、これは触れてもいいのか?」
「余裕余裕っ~~~、おっと危ない所だった、油断は禁物だな」
「むむ、ここはむずいぞ!」
「はっはっは、やはり貴様らはその程度か」
「このー、雑魚敵めがっ!」
「成る程、そこはそう避ければいいと」
「森部のじーさんの奥義が!」
「貴様らは歯ごたえがないな。…む、何やら巨大な敵が!」
「かぐやーーーこれはどう攻めるのだーー」
……五月蝿い。テンションが高すぎである。
ちなみに今の台詞は全て妹紅のものだ。この後も妹紅だ。
熱い、炎を纏ってないのになんか熱いぞ妹紅! 私の冷ややかな目でも焦げそうだ。
「結構すすんだぞ、うぉ、なんか敵が大量に出てきた」
「次鋒、モコパルドン行きます!」
「ぐっまだだ、まだ──『貴方達、少しは静かにしてくださらない?』
不意に後ろから聞こえる張りがありそれでいて大人びた声。まぁ聞きなれた声だ。
ちょっと怒声が含まれている気がするが、彼女の名は八意永琳である。
彼女の名は幻想郷でも有名なので紹介は割愛させて頂く。
「私は今大事な仕事を消化している最中なの。それとここの風情を壊すような事はやめて欲しいのですが」
襖を開け放った先に立ち、腰に手を当て全くの無表情で口だけを動かしている永琳、
彼女がこんな時は決まってあれだ。そう、説教。
だが説教といっても私には理解できない話ばかりでありまして、奇奇怪怪な単語を延々と並べ続ける。
唯一単語の意味程度を理解できたのは、あの時が初かもしれない。
いつの事だかは覚えてないが、何故かその内容は明確に覚えている。
確かこんなやりとりをした。
少女回想中
『
「働くとはどういう意味だかわかりますか?」
自分を苦しめること?
「違います姫、働くとは端(はた)が楽、とも言います。端=周囲、つまり周りを楽にさせる、そんな意味なのです」
じゃあ自分が損する事なのね。
「情けは人の為ならずという言葉、ご存知ですよね?」
他人に幸せを分けるといつかは自分に幸せが戻ってくる、そんな感じよね。
でもそんな事して意味があるというの? 無駄じゃないの
「あら、どうしてですか?」
結局戻ってくるならその幸せを自分に使ったほうが早くて確実に使えていいと思わない?
使いたい時に無かったら悲しいじゃない。そもそも分けた幸せの分が本当に返ってくるのかしら。
他人に使った幸せより戻ってきた幸せのほうが少なかったりしたら、不足分は不幸になるのよ。
返ってくるとしたらいつ? 明日? 明後日? 一週間後? 一年後? 百年後? 死ぬ間際? それとも死んだ後?
むしろ永遠に返ってこなかったりね。
「姫、人生は不死であろうがなんだろうが、一度きりなのですよ?」
なら尚更。一度きりなら自分の為に使うのが摂理よ、誰もが誰よりも幸せになりたいと思っている。
一度の人生を不幸で終わらせたくない、幸せで満たしたい。私はそれを実行しているだけよ。悪い?
「過ぎた時は誰にも戻せない。Time is money。時は金なり、よ。時間があれば金を生み出せる。でも
どんなに金があっても時間は生み出せない。貴女の場合、"金"を何と置き換えればいいかわかるかしら?」
知る必要ないし。不死だし時間は永遠。(いい加減うざくなってきたわ)
今日の雑学はいつにも増して簡単で単純なものばかりね。
「そう、とても単純なこと。世界はとても単純の塊でできている。それを複雑にしたのは私達なのだけれど」
ふぅん。(また始まった。すぐ話が脱線する。結局何が言いたいのかわからない)
「世界に元々影や暗はあった。それは本来正しく優しいものだった。でも私達がそこにゴミというゴミを隠した。
捨てた、とも言うわね。光の当たるところばかり掃除して、邪魔なものは全てそこへ。
結果、影や暗から邪悪なる闇を生み出してしまったのも私達」
ねぇ、意味がわからないんだけど、いい加減にしてくれない?
「周りを背景と見るならば、自分も背景として見られてしまう。好かれたければ─……あら、そろそろ仕事の時間ね」
(やっと戻ってくれるか、苦痛というかなんというか、不死の私にはどうでもいい事ばっかり。
ほとんど聞き流してるけど)
「永遠は永遠。でも永遠を待ってくれるのは永遠ではない。では失礼しますわ」
』
少女回想終了
──頭がいい人ってのは、ほんと何考えてるかわからないわ
次々と話し変わるし脱線するし。
てか永琳話長すぎ。で、どこまで進んだっけ?
そうだ、妹紅の遊戯が結構いい所まで進んでいたのよね、確かボスの一つ前辺りの面だったかしら
「かぐやぁあ~~画面が~~」
妹紅が、泣きそうな面を下げて画面を指差している。
……これは酷い
背景であった山が縦真っ二つに裂け、裂けた左側がその横に複数並んでいる。
木々も上下反転していたり、緑色の塊となっていたり、現れていた敵もぐちゃぐちゃ。
当然自分の鳥も先端が後尾についていたり、翼が複数生えていたりと不気味な物体。
上下に配置されている数字も羅列がおかしい。数字でないものまで混ざっている始末だ。
画面はメチャクチャで完全に停止している。さっきまでリズミカルだった音も一定の音を延々と垂れ流している
……あぁ、これは確かバグと呼ばれるものだったわね、本来の意味とは違うけど一般にこんな使われ方もしていたから
よしとする。
このように画面が見るも無残な状態になる主な原因は、この紅白の箱に衝撃を与られた時である。
まぁ、つまり
「ちょっと永琳、ここに来るときは静かに歩いてって言ったでしょう? ほら、画面がおかしくなっちゃったわ」
「いいじゃない、それは何度でも初めから遊べるのよね? 私達人生は一度きり。
現実は一時停止やどんな未来が来るか知る事なんて不可能、
初めから用意された"自分"。個々に差があろうが、それがその一度きりの"自分"なのよ」
また訳のわからぬ事を……
永琳が話し終わると俯いていた妹紅も申し訳なさそうに口を開く
「いや、私が悪かった。柄にも無くはしゃいでしまってすまない。今日はここらで失礼するよ、
仕事の邪魔をしては不味いからな」
楽しかったぞ、と妹紅は言い残すと、永琳の横を抜け襖の外へ出て行った。
永琳もまた長話をしようと口を開きかけていたが、
「師匠、ちょっと急変いたしました、様子を見に来てください」とうどんげの台詞によりそれは中断され
永琳もほどほどにするのですよ、と残してうどんげを率いて襖の外へ出て行った。
これでこの部屋は私独り。度重なる来客で室内の生温い空気はすっかり清々しさを取り戻していた。
妹紅もいい所まで行ったのになぁ。
この遊戯はやはり性格が出る。妹紅の分身である白い鳥は、降りかかる火の粉を払うように害のあるものや、
立ち向かってきたものを重点的に攻めていた。
残機も次々と減っていき、やはり撃墜されることをそれほど気にも止めていないようだった。
只……永琳が乱入しなければもしかしたら妹紅もエンディングまで辿り着けたというのに非常に残念だ。
……なんだかんだ言って自分が一番進展してないんじゃないか
次回妹紅が来るまでに、いえ、明日までには私の、私だけのエンディングを見てやるわ!
「しかし雑魚にやられるというのは癪ね」
私は今しがた、茂愛に撃ち落された白い鳥に向かって呟く。
いくらスペルを使って力を得たとはいえ、雑魚の弾を被弾し続けていれば撃墜されてしまう。
私の意志どおりに動く鳥、すなわちそれは私の分身でもある。
私の分身にもかかわらず、それは脆かった。脆すぎた。
やがて残機はなくなり、遊戯終了となってしまう。
不死でないものはこうあっさりと幕を閉じてしまうものなのかしら。
でもね、私は不死なのだから撃ち落されてもらっては困るのよ。
私は何があっても不死でないと……
この鳥は私の人生のようなもの。
ならば私は私なりにクリアすることに決めた。
「やはり今日もスペル使っているのですね」
次の日もうどんげは来た。この遊戯を随分と気に入ったのだろう。
ただ以前十分堪能したのだから今更眼を丸くする事ないだろうに。
「姫、今敵にぶつかりませんでした?」
「ええ、そうよ」
私は白い鳥を操って再度敵に体当たりしてみせた。
さらにはフジヤマボルケイノの火口部分に滞在し、全ての噴火を受け流してみせた。
「ちょっと姫、それ障壁とかのレベルじゃないですよね?」
「そうよ、私は不死なのだし、私の能力でこの鳥も不死にしてあげたのよ。やられないって楽しいわ」
それが普段の私なのだ。壁に触れても、挟まれても、燃やされても墜落することは無い。
何もしなくても時間と共に絵は流されていき次の場面へと移り変わっていくのだ。
知識ある人がそれを例えるなら改造だとかチートだとか言うのであろう。
姫は常日頃不死であることに慣れてしまっているため、その行為に対しては違和感を一切持たない。
妹紅の場合は残機を増やしただけであったが、
姫の能力は永遠と須臾を操る程度であり、永遠を操り残機を無限にし、
須臾によって一瞬で蘇る事で事実上の無敵にしたのだろう。
結局、例によって最終面まで一度も撃墜されることなく辿り着いてしまった。
「ほら、みなさいよ、私だってここまでこれるのよ」
満足げに輝く姫の顔を見て、はぁ、とうどんげは只呆れるだけ。
スリルがない。見ていてつまらない。敵がどんな弾幕を展開しても全て受け流してしまう。
その白い鳥の操作を放棄しても、ゆっくりと景色は進んでいく。
『本当に姫と同じね、何もしなくても時が進んでいくし、壁にぶつかることもない。用意された景色なんて
在って無いようなものだわ』
またも背後から声を掛けられた。落ち着いた物言いで今回は叱責を浴びせに来たわけではないようだ。
腕を組んで立っている永琳に対しても振り向いた私は輝いた表情で悦びを露にする
「でしょでしょ? 敵でも障害物でも何でも見逃して受け流していくの。凄いでしょ?」
「姫、そこら辺りで止めて置いた方がいいと思われますが」
「どうしてよ、もうすぐ最後のボスなのよ? 私の為だけのエンディングが見れるのよ?」
「ですから止めて置いた方がいいと思うのです。
姫、その画面に表示されている数字の意味はわかりますか? その値が高いほど充実しており楽しいという事、
低ければその逆です」
永琳が何の事を言っているかはわかった。でも何が言いたいのかはわからない。
「何言ってるのよ、これは単なる点数、敵を倒したりすると貰える経験値のようなものよ
私は敵を倒す必要がないから値は低いけど、十分楽しいわ」
ほらほらみなさいよ、と姫は白い鳥を指差し恍惚の表情を永琳に向ける
現在の状況は大量の敵に加え大量の弾幕、雑魚敵軍団最後の猛攻だ。
華麗な幾何学模様を成して、白い鳥を撃ち落さんと弾幕で画面を埋め尽くす─
──が、その努力も虚しく全てが不死である白い鳥の後ろに流されていく。
「アハハハ、必死ねぇ」
と姫は白い鳥をぐるぐる動かし、敵機をおちょくって見せた。
むぅ、とうどんげは怪訝な顔をする。このステージは本来緊張感に包まれて油断も隙もなく、
敵機も必死ならこちらも必死でなければ落とされるという大切な所で、私も苦戦を強いられた所なのに……
まったく緊張感のない姫。彼女にとってもここではただの背景の一つに過ぎないのだろう。
「そう、忠告はしたわよ? うどんげ、そろそろ仕事に戻るわ、忙しいから手伝いなさい」
と、永琳はうどんげを率いて私の部屋から出て行った。
(何よ……もうすぐいい所なのにやめろだなんて、いいわエンディングは一人で見るから)
この鳥はまるで私みたい。いえ、私自身かしら。何が起こっても死なないし、何もしなくても時間は進む。
時間と共に進んでいって、好きなときに誰かを嘲笑って。
こんな生き方をできる人なんて他に聞いた事が無い。不死である私だけの特権。
私にはどんなエンディングが用意されているのでしょう、楽しみだわ。
敵機は華麗に弾幕を放つ
私は動かない
私は平気
敵機は私に狙いを済まして一斉に射撃してくる
私は弾幕にわざと突っ込む
私は平気
弾を撃ちつくした敵機は背景と共に後ろに流されていく
私はそれを追いかけ、もう終わり? と茶化す
私は平気
背景に切れていった敵機の変わりに、また新たな敵機が現れ弾幕をばら撒いていく
私は嘲笑
私は平気
後ろに流される敵機と次々と現れてくる敵機、弾を数発飛ばしてきた
私は無視
私は平気
新たに現れてくる敵機、右から左へと背景と共に流れていく
私は平気
私は……あれ?
現れた敵機、それはそのまま流されていく
おかしい
弾を撃ってこなくなった
新たに現れた敵機、弾幕を展開せずに流されていく
どうしたの
諦めたの?
現れた敵機を撃ち落す、次々と撃ち落す
ほら、攻撃してきなさいよ
ほらほらほら
敵機は打ち返してこない、目の前に私がいてもだ
あんたたちが諦めたら困るのよ
攻撃してきてよ!
敵機はただ私の弾に撃ち落されるのみ、挑発には乗らない
ちょっと、まだステージの半分も行ってないわよ
はやく次の敵出てきなさい!
遂には敵機は出てこなくなった。只背景が流れていくのみである。
もう、どういうことよ
敵が出てこないなら何もやる事はない。さっきも何もしていなかったけど、なんか退屈。
何も操作しない
背景は流れる
何も操作しない
背景は流れる
上下左右に動いてみた
背景は流れる
弾を撃ってみた
背景は流れる
何も操作しない
背景が徐々に変わっていく
一瞬の静寂の後、荘厳な音楽が鳴り響き
巨大たる塊、動く城のような圧倒感をも与える敵が画面端から威厳たっぷりに姿を現す。
いよいよボスだ。これを倒せばエンディングが見れる。
さっきまで急に敵がいなくなったものだからバグを起こしたものだと思っていたけど、問題ないようね。
まずは様子を見てあげるわ。さぁ、かかってらっしゃい
ボスはあらゆる筒から幾何学模様を扮した弾幕を張る。
私は平気、何もしない
ボスは逃げ場をあえてつくり、そこに大量の弾幕を流し込む
私は無敵、わざと騙されたフリをする
ボスは子機を私の背後に廻らせ、挟み撃ちにする
だから何、上下に動いて挑発する
ボスは巨大なレーザーで私を貫く
私は余裕、マスタースパークなんて痛くない
ボスは乱雑に弾をばら撒く
敵は必死ね、馬鹿みたい
ボスはそれでもがむしゃらに弾をばら撒く
私には無駄、敵にぶつかってみる
ボスはそれでもがむしゃらに弾をばら撒く
私には無意味、私は何もしない
ボスは弾幕を張るのを止めた
何よだらしない、この程度? そろそろ私も攻撃をしようかしら
ボスはゆっくりと画面右端から徐々に消えていく
アハハ…って、え? ちょっと!
ボスに私が放つ弾が数発ヒットする。敵は止まらない。
何か奥の手かしら? 新たなスペル?
ゆっくりと画面の端に呑まれていく。
ちょっと! 待ちなさい! 間に合わない!
ボスは遂に画面の外へと逃げてしまった
画面は私の白い鳥だけが取り残された
同じ背景だけがゆっくりと流れていくのみで、音楽はいつのまにか止まっていた。
……
……
……え
どういう事?
ボスが逃げたらエンディング見れないじゃない
……え?
……
……それともこういうクリアの仕方があるのかしら
……
…………待ってみましょう
……
……変化がない。ただ無音の背景が流れていくだけ
……
…………え? 何、何、何なの?
……
……変化が来た。背景がまた変わった。
……エンディングではない。見飽きた背景、つまり最初の面のものだ
……敵はでてこない、音楽も鳴らない
……
……
…………どういう事?
……
……暫く待つと二つめの面の背景へ切り変わる
……隠された面、なのかしら。
………………
……暫く待ってみる。背景がまた変わり、三つめの面へ。
……四つめ、五つめ、いくら待てども敵がいないだけのさっきの繰り返しだ
……
……結局またボスの面に来てしまった。
……
…………あれ?
……
……背景が途切れている、さっきとは違う
……
……黒。一面黒。何も描かれていない。星も太陽も月も地も、何もない。
……
……真っ暗。私と、下段に配置された数字や記号以外何もない。
……
……黒。黒。黒。暗。闇。暗黒。無。黒■■■
……
……何よこれ、私のエンディングは?
……ねぇ、私のエンディングはないの?
……
……
……動ける。操ろうと思えば操れる。これは私の分身、私自身なのだから。
……
……
……………う~ん………
……バグかしら
これはバグ、そうよ、途中で敵が出てこなくなったから可笑しいと思ったのよね。
もう一度セットしなすのはめんどくさいけど、仕方ないわ。
私は紅白の箱に手をかける。突起を押すことにより電源を断つ。
紅白の箱に刺さっている黒いかまぼこ板、それを引き抜く。
もう一度、その黒いかまぼこ板を刺しなお──
──あれ?
……
……消えてない
……抜いたら普通消えるでしょ
……何がって画面よ
……
……なのにどうして
……まだ鳥が映っているの
……
……動くわ
……まだ動く、操れば動く
……電源は切れているのに
……
……こっちの黒い箱のほうも電源を切ってみましょう
……
……え?
……どうしてどうしてどうして
……そうよ、この線を抜いてみましょう
……元を断てば、この黒い箱ですら
……
……なんでどうしてなぜまだ白い鳥がいるの
……
……動く、動かせる、私の分身である鳥は動かせる
……
……もう線を繋いでいないというのに
……
……今まさに紅白の箱を壊してみたというのに
……
……いつのまにか下段の数字ですら消えてなくなっているというのに
……
……音楽も背景も何も無く
……
……鳥だけ、取り残された
……
……世界は消えたのに、鳥はまだいる
……
……動く、まだ動く、弾も撃てる、でも誰に? 誰もいないのに
……
……どこまでも飛んでいく。黒一色の世界では飛んでいるというのだろうか
……
……いつまでも進んでいる。黒一色の世界なのに進んでいるというのだろうか
……
……何をしてもいつまで経っても墜ちやしない、無敵だもの、不死だもの
……
……だって私だもの。この鳥は私。何があっても死なないの
……
……鳥は私と同じ
……
……なら私も鳥と同じ?
……
……私は無限
……世界は有限
……世界が死んでも
……
……時間が死んでも
……
……終わりは来ない
……私は不死だから?
……
……私は何をやっても墜ちないの?
……世界が無くなっても飛び続けるの?
……こんな暗い闇の中で独りずっと飛んでいくの?
……いつまで?
……どこまで?
……エンディングは?
……私の終わりは?
……私の最後は?
……
……
……
……
……ねぇ、私のエンディングは?
……ねぇ、誰か用意してよ
……ねぇ、誰かいないの?
……ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ
誰か 私のエンディングを用意してよ!!!
あの遊戯を放棄してから何百年、何千年経ったのだろうか。
白い鳥は今もなお、無の中を存在し続ける。
動いても動いても何にも触れることが出来ず、
自分の存在を確かめるべく撃った弾も何にも当たることがなく、当てるものもなく
当然弾が返ってくるなんて事はない。
永遠を解除したのに、まだ映るその鳥は……
鳥?
誰?
その鳥
誰
私は誰
あれ
目の前が真っ暗だよ
ここはどこ
誰かいないの
目の前が
黒
私は飛んでいる
どうやって
私は鳥だっけ
鳥?
誰?
その鳥
誰
私は誰
あれ
目の前が真っ暗だよ
ここはどこ
誰かいないの
目の前が
黒
目の前が真っ暗だよ
ここはどこ
誰かいないの
目の前が
黒
黒
黒
■
■
永遠となる永遠に
畳独特の落ち着く和の香りと、竹林から流れ込む涼々しい空気。
それらが相俟って、とても風流に感じるこの屋敷の名は『永遠亭』
永遠の世界では時間が止まっているかのように変化が訪れない為に、人間の歴史には一切現れていない。
さらには永遠に続くような長き廊下と無数に広がる襖が、その屋敷の名は大げさでないことを語っている。
その中の一つ。豪華絢爛に装飾を施された襖がある。無数にある襖の中でも特に際立っており
誰が見てもこの屋敷の権力者の個室であろう事は明白だった。
一体どのような人物が住んでいるのであろうか。いや、人物なのか? もしかしたら化け物かもしれない。
この屋敷の頂点に君臨する者だ。とてつもなく威厳とカリスマに溢れる容姿に違いない。
そう思っていた時期が私にもありました。
「うえっうえっしたっしたっひだりっ─」
幻想郷では聞きなれない呪文を唱える声が、その襖の奥から響いてくる。
その声の主は─
ゆったりとした和の衣を羽織り、漆黒のストレートな髪は腰の辺りまで伸びている。
年齢は不詳だが、小さな体躯に無邪気な笑みで、外見はどうみても子供である。
彼女は幾年の時を経ても死を知らず、だが数多の死を知り、あらゆる死を体感してきた。
それでもなお生き続ける存在──彼女は不死なのだ。名は蓬莱山輝夜。
姫様とも呼ばれているのだが、姫と言う割にはその部屋の内装は姫らしくなく、別の部屋と世界が隔離されているような
そんな印象を受ける。
姫が鎮座している場所は座布団ではなく、布団。その周囲には食べかけの食事。乱雑に纏められた謎の道具。
この屋敷自慢の風流、なんてことは面影も無く、換気も十分に施されていないため生温い空気が立ち込めている。
生活に必要なものは布団の周囲に並べられており、布団を起点にそこからあまり動かない、
動く必要の無い環境を整えてある。
その動く気がない人の状態を英字4文字で表すことも可能なのだが、和風という事を著しく乱しそうなため止めておく。
とりあえずそんな彼女がこの屋敷の最高権力者である。
その彼女の目前には不思議な箱が二つある。一方は小さく紅白色で、一方は大きく黒い色をしている。
紅白色の箱からは何本も線が延びており、幾本かが黒い箱に繋がれている。
黒い箱とは別方向に伸びている2つの線の先端にはかまぼこ板のようなものが生えているという理解に兼ねるものだ。
いつのまに持ち込んだかは知らないが、姫はそれぞれを家族機械箱、投影型受像機箱と呼んでいた。
なにやら、彼女はかまぼこ板の一方を手に取り、不可解な呪文を叫ぶのだ。
その黒いほうの箱には絵が映し出されており音も流れてくるのだが、楽器のような心に響く振動もなく、感動もない。
単に鼓膜を無理やり震えさせるだけのその不快な音を、姫はあんな近くで聞いてて平気なのだろうか。
ほんっとうに何してるかわからないし、狂気に満ちている可能性も拭えないし、遠まわしな言い方も飽きてきたし
……ということで直接問いただすことにした。
トゥレレレレーン♪
という音を最後に箱から流れ出る音が止まった。なにやら箱を操り、音を静止させることができるのか。
「あらうどんげ、これ? 別の世界の弾幕遊戯らしいわ。この白い鳥のようなものを私が操って、
こっちから現れる物体や茂愛を破壊していくのよ」と、姫はその箱に書かれている絵の意味を指差しながら説明する。
もあい? 聞いたことが無いが、妖怪の名前だろうか?
「貴女もやってみる? これ二人で遊べるように出来ているらしいし」
とかまぼこ板を手渡される。
色々と説明を受けてから実際に遊んでみると、これは予想外の面白さだ、という事に気付く。
弾幕遊戯なのだが、自分の分身である白い鳥を自由自在に操ることができ、
どこぞの七色人形遣いのような気分でもあった。いや、自分自身と言ってもいいかもしれない。
こちらは単身だが機動力はとても高い、だから敵は数で責めてくる。体当たりしても壁に触れても一方的に
やられてしまう点は理不尽な気がしないでもないが、普段の弾幕とは別のスリルを味わえるという事に私はご満悦だ。
避け方、パターン、何が破壊可能か等を脳に刻み込んでいく
次第に私はそれぞれに対応できるようになっていき、撃墜されまいと的確に対応していく。
背景も次々と変わっていき、敵のパターンがより高度なものになっていく。
不意に後ろから接近してくる敵機、破壊したと思ったら分裂して再度奇襲してくるものまで──
デュチューン
やられた……今のは自機狙いの敵弾を誘導しておかないと追い詰められてしまうパターンだ。
大量の弾幕に私の鳥が撃ち落されると、交代というルールなので姫が操ることが出来る鳥が箱に映し出される。
姫は暫く足元に置いておいたかまぼこ板を握りなおし
「じゃ、私の番ね」
私が撃墜された事で止まっていた音も再び鳴り始め、いまや敵が画面端から現れようとしたその時、
トゥレレレレーン♪
その音が流れると、またも音も絵も止まってしまった。やはりそれは姫が止めたらしい。
その世界の時間を止めることができるようだ。─だが、よく見ると自分の鳥まで止まっているように見える。
確かに永遠の能力は未来永劫変わらない世界とはいえ、自分まで止まるなんて無意味過ぎ──
「うえっうえっしたっしたっ─」
いきなり唱えだした。止まった世界に向けてなにやら呪文を放っている。
それと同時に、かまぼこ板の十字の部分を、声が放つ方向と同じ方向を押しているようだ。
確かにそこを押すと鳥が動くように出来ている。だが、止まった世界では鳥は動こうとしない。
何をしているのだろうか。端から見たら、というより隣で見ても乱心された奇怪な行動にしか見えない。
「─みぎっ、びー、えー!」びーえーとは右側に配置されたこの黒く丸い二つの突起の事なのだが─
──????
画面に変化が起こった。止まった世界に浮き出る二つの泡のようなもの。これは?
ルールでは、敵を倒すとたまに出てくる紅い羊羹を一定集めないと発生させることができないはずだ。
「姫、これは障壁ですか? どうして止まったまま─
トゥレレレレーン♪
そして時は動き出す。
……おかしい。これはおかしい。
羊羹を一つも集めず、式神、障壁、上下にばら撒く座薬等を同時に展開した。
「姫、これは一体──
「スペルのようなものよ。ちゃんとやられ判定は存在してるから、無敵ではないわ」
「姫、流石にそれは反則じゃないのですか?」
「仕様よ。それに貴女は私の存在を反則以上なものだとでも言うの?」
……仕様か。
確かに姫は5つの難題という鬼畜スペルを持ちながらさらに不死である。
それに比べればやられる判定があるだけマシ、か。
その後も姫は交代する度に幾度と無くそのスペルを使用した。
こういうものは少しずつ強くなっていくことが楽しいのではないのか。
まぁ久し振りに姫とコミュニケーションが計れたのだからそこまで愚痴を言うつもりはないけど。
何かしらの遊戯でも、姫は常にそのような待遇だったから慣れてしまったのだろう。
幾多の弾幕を潜り抜け、度重なるピンチを凌ぎ、冷や汗が額を伝い、それを拭う暇すら与えられず
幾つかの首領格であろう敵を破壊し、敵も焦り始めたのか弾幕が濃くなっていき、
一瞬の静寂の後、荘厳な音楽が鳴り響き、心拍音もそれに呼応するかのように騒ぎ立てる。
巨大たる塊、動く城のような圧倒感をも与える敵が画面端から威厳たっぷりに姿を現す。
かつての見慣れた弾幕とは格の違うものを展開し、知略を尽くしこちらを追い詰めてくる。
頭脳も運も何もかもを、今までの全てをかけ激しい攻防戦を繰り返す。
幾度と撃墜されそうになりつつ、それでも見事私の弾が相手の機体を貫き、
ついに!!
感動のエンディングを迎えたのは!!
──うどんげである。
みすぼらしい鳥から徐々に成長していき、終には格上の巨大な敵を打ち破ることが出来た達成感は
言葉で表現できないほど嬉しいものである。
「いやーこれ楽しいですね、こんなに心が弾んだのは久し振りですよ!
まるで自分の一生を経験しているかのような緊迫感でしたね」
と、取り出したハンカチで汗にまみれた手や額を拭いつつ、満面の笑みを浮かべるうどんげ。
黒い箱に流れる壮大な音楽と賛美の言葉、それは全てうどんげの為だけのもの。
暫く子供のように無邪気にはしゃぐうどんげを、
私は冷めた目で見ながら「この遊戯は素の性格が結構出るかもしれない」とも思った。
うどんげは律儀に画面端の敵を狙撃したり、壁に引っ付いている敵をわざわざ攻撃したり、
飛び跳ねている敵に対しても正確に打ち抜いていた。伊達に座薬をばらまいてないですね。
それはそれでハイリスクハイリターンな一面もあり、苦戦を強いられる分、鳥の成長も早かった。
それに反して、私の遊戯方法は立ち向かってきた物を追い払わず、全て受け流してしまう。
唯一正面から来たものには弾を飛ばしてやるが、隅にいるような敵は気まぐれで構ってやる程度だ。
だから放置していた敵から大量の弾幕を放たれて撃墜されてしまう、というのが私の定石たる負けパターン。
ともあれ私は現実にもどんな大小あらゆる敵が出てきたとしても、それらはいつか命が尽き勝手に朽ちていくものであり
私にとっては無数の背景の一つに過ぎなかったために無理して倒そうなどとめんどくさい事はしたくなかった。
そのローリスクな遊戯方法によって、私の鳥は全くと言っていいほど成長しない。
だが、スペルで補うことにより須臾、つまり一瞬で完全に成長した姿になれるのだ。
成長したといっても私の遊戯方法は相変わらず、むしろスペルを鼻にかけて余計に敵を倒さなくなった。
「それでは私は仕事がありますので、失礼します」
そういうと恍惚の表情のままうどんげはその場を立ち去っていった
仕事ねぇ……
私には仕事が無い。姫だから当然である。常に威厳を持っていればいい。それが仕事のようなものだから。
不死だから働かなくても生きていける。別に働きたくない訳じゃないけれど、働いたら敗北を喫すると思っている。
それにしてもあのうどんげの恍惚な顔ときたら……
そんなにエンディングが気持ちいいものなのだろうか、あれは本人しかわからないだろう。
そもそも私、輝夜はまだ一度もエンディングに辿り着いたことは無かったというのに。
何か悔しい、持ち主である私を差し置いて先にクリアするとは、自重しろうどんげ。
うどんげに先を越された私は、連日連夜必死に私だけのエンディングを見ようと、幾度と無く挑戦を試みた。
結果は──惨敗。どうしても茂愛を超えた辺りで残機が尽きてしまう。
日々遊戯を重ねているのだから本人自体が成長してもいいはずなのだが、そこは姫。
無理に敵を倒すことは相変わらず一切しないために結局大量の弾幕に沈むことになる。
未来永劫変化が訪れない永遠の能力とはよく言ったものだ。
しかしその遊戯方法では、当の本人とは違い復活できる回数が限られているため
いつまでも生き残る訳にはいかず、ボスまで辿り着くなぞ到底不可能であった。
もしここでまだまだ残機が残っていたらまだ先の面へ進めるというのに──
──あ、そうよ、残機を増やして何度も復活できるようにすればいいのよ
この遊戯は残機が無くなったら完璧な敗北を表す。つまり少し弄ってこの値を増やしてしまえばよい。
私の場合は……最大値まで増やそうかしら。う~ん、それでも不死とは言い難いわ。
もっと限界を超えるような値でないと。
ふふふふ、さて、私の能力で──
「む、最近みないと思ったら何をしているのだ」
またまた不意に背後から聞きなれた声、いや聞き飽きた声と言ったほうがいいだろう
白銀の髪に、白のシャツ、そしてモンペ。モンペ? 今更容姿を説明せずとも、名を出せばすぐにわかるだろう
彼女の名は藤原妹紅である。
彼女も死なない程度の能力の持ち主であり、蓬莱山輝夜とは殺しあう仲(二人とも殺しても死なないのだが)である。
以前彼女の妖術故に竹林を全焼しかけた事もあってか、最近殺し合いは自重しているらしい。
「あらあらどちらさんかしら」
私は白々しく聞いてみれば
「私は健康マニアの焼鳥屋だ。……で、輝夜よ、主は一体何をしているのだ?」
と返ってくる。
「あぁ、これはね」と以前うどんげにも話した内容をそっくり伝える。
「ほぉ、弾幕遊戯と申すか、どれ、私にもやらせてくれないだろうか?」
「えぇ、当然よ、──えっと、少し待ってね」
「はい、これで貴女の自機は9になったわ。不死とまではいかないけれど、いつもの貴女と同じくらいの体力でしょう」
「自機を増やせるとな?」
「仕様よ。増やそうが減らそうがこの世界のルールで容認されているから大丈夫なのよ」
そうか、と妹紅は軽く頷くと画面に映し出される画に視線を向ける。
「なんだ、こんなもの簡単じゃないか」
「お、何か落としたぞ、これは触れてもいいのか?」
「余裕余裕っ~~~、おっと危ない所だった、油断は禁物だな」
「むむ、ここはむずいぞ!」
「はっはっは、やはり貴様らはその程度か」
「このー、雑魚敵めがっ!」
「成る程、そこはそう避ければいいと」
「森部のじーさんの奥義が!」
「貴様らは歯ごたえがないな。…む、何やら巨大な敵が!」
「かぐやーーーこれはどう攻めるのだーー」
……五月蝿い。テンションが高すぎである。
ちなみに今の台詞は全て妹紅のものだ。この後も妹紅だ。
熱い、炎を纏ってないのになんか熱いぞ妹紅! 私の冷ややかな目でも焦げそうだ。
「結構すすんだぞ、うぉ、なんか敵が大量に出てきた」
「次鋒、モコパルドン行きます!」
「ぐっまだだ、まだ──『貴方達、少しは静かにしてくださらない?』
不意に後ろから聞こえる張りがありそれでいて大人びた声。まぁ聞きなれた声だ。
ちょっと怒声が含まれている気がするが、彼女の名は八意永琳である。
彼女の名は幻想郷でも有名なので紹介は割愛させて頂く。
「私は今大事な仕事を消化している最中なの。それとここの風情を壊すような事はやめて欲しいのですが」
襖を開け放った先に立ち、腰に手を当て全くの無表情で口だけを動かしている永琳、
彼女がこんな時は決まってあれだ。そう、説教。
だが説教といっても私には理解できない話ばかりでありまして、奇奇怪怪な単語を延々と並べ続ける。
唯一単語の意味程度を理解できたのは、あの時が初かもしれない。
いつの事だかは覚えてないが、何故かその内容は明確に覚えている。
確かこんなやりとりをした。
少女回想中
『
「働くとはどういう意味だかわかりますか?」
自分を苦しめること?
「違います姫、働くとは端(はた)が楽、とも言います。端=周囲、つまり周りを楽にさせる、そんな意味なのです」
じゃあ自分が損する事なのね。
「情けは人の為ならずという言葉、ご存知ですよね?」
他人に幸せを分けるといつかは自分に幸せが戻ってくる、そんな感じよね。
でもそんな事して意味があるというの? 無駄じゃないの
「あら、どうしてですか?」
結局戻ってくるならその幸せを自分に使ったほうが早くて確実に使えていいと思わない?
使いたい時に無かったら悲しいじゃない。そもそも分けた幸せの分が本当に返ってくるのかしら。
他人に使った幸せより戻ってきた幸せのほうが少なかったりしたら、不足分は不幸になるのよ。
返ってくるとしたらいつ? 明日? 明後日? 一週間後? 一年後? 百年後? 死ぬ間際? それとも死んだ後?
むしろ永遠に返ってこなかったりね。
「姫、人生は不死であろうがなんだろうが、一度きりなのですよ?」
なら尚更。一度きりなら自分の為に使うのが摂理よ、誰もが誰よりも幸せになりたいと思っている。
一度の人生を不幸で終わらせたくない、幸せで満たしたい。私はそれを実行しているだけよ。悪い?
「過ぎた時は誰にも戻せない。Time is money。時は金なり、よ。時間があれば金を生み出せる。でも
どんなに金があっても時間は生み出せない。貴女の場合、"金"を何と置き換えればいいかわかるかしら?」
知る必要ないし。不死だし時間は永遠。(いい加減うざくなってきたわ)
今日の雑学はいつにも増して簡単で単純なものばかりね。
「そう、とても単純なこと。世界はとても単純の塊でできている。それを複雑にしたのは私達なのだけれど」
ふぅん。(また始まった。すぐ話が脱線する。結局何が言いたいのかわからない)
「世界に元々影や暗はあった。それは本来正しく優しいものだった。でも私達がそこにゴミというゴミを隠した。
捨てた、とも言うわね。光の当たるところばかり掃除して、邪魔なものは全てそこへ。
結果、影や暗から邪悪なる闇を生み出してしまったのも私達」
ねぇ、意味がわからないんだけど、いい加減にしてくれない?
「周りを背景と見るならば、自分も背景として見られてしまう。好かれたければ─……あら、そろそろ仕事の時間ね」
(やっと戻ってくれるか、苦痛というかなんというか、不死の私にはどうでもいい事ばっかり。
ほとんど聞き流してるけど)
「永遠は永遠。でも永遠を待ってくれるのは永遠ではない。では失礼しますわ」
』
少女回想終了
──頭がいい人ってのは、ほんと何考えてるかわからないわ
次々と話し変わるし脱線するし。
てか永琳話長すぎ。で、どこまで進んだっけ?
そうだ、妹紅の遊戯が結構いい所まで進んでいたのよね、確かボスの一つ前辺りの面だったかしら
「かぐやぁあ~~画面が~~」
妹紅が、泣きそうな面を下げて画面を指差している。
……これは酷い
背景であった山が縦真っ二つに裂け、裂けた左側がその横に複数並んでいる。
木々も上下反転していたり、緑色の塊となっていたり、現れていた敵もぐちゃぐちゃ。
当然自分の鳥も先端が後尾についていたり、翼が複数生えていたりと不気味な物体。
上下に配置されている数字も羅列がおかしい。数字でないものまで混ざっている始末だ。
画面はメチャクチャで完全に停止している。さっきまでリズミカルだった音も一定の音を延々と垂れ流している
……あぁ、これは確かバグと呼ばれるものだったわね、本来の意味とは違うけど一般にこんな使われ方もしていたから
よしとする。
このように画面が見るも無残な状態になる主な原因は、この紅白の箱に衝撃を与られた時である。
まぁ、つまり
「ちょっと永琳、ここに来るときは静かに歩いてって言ったでしょう? ほら、画面がおかしくなっちゃったわ」
「いいじゃない、それは何度でも初めから遊べるのよね? 私達人生は一度きり。
現実は一時停止やどんな未来が来るか知る事なんて不可能、
初めから用意された"自分"。個々に差があろうが、それがその一度きりの"自分"なのよ」
また訳のわからぬ事を……
永琳が話し終わると俯いていた妹紅も申し訳なさそうに口を開く
「いや、私が悪かった。柄にも無くはしゃいでしまってすまない。今日はここらで失礼するよ、
仕事の邪魔をしては不味いからな」
楽しかったぞ、と妹紅は言い残すと、永琳の横を抜け襖の外へ出て行った。
永琳もまた長話をしようと口を開きかけていたが、
「師匠、ちょっと急変いたしました、様子を見に来てください」とうどんげの台詞によりそれは中断され
永琳もほどほどにするのですよ、と残してうどんげを率いて襖の外へ出て行った。
これでこの部屋は私独り。度重なる来客で室内の生温い空気はすっかり清々しさを取り戻していた。
妹紅もいい所まで行ったのになぁ。
この遊戯はやはり性格が出る。妹紅の分身である白い鳥は、降りかかる火の粉を払うように害のあるものや、
立ち向かってきたものを重点的に攻めていた。
残機も次々と減っていき、やはり撃墜されることをそれほど気にも止めていないようだった。
只……永琳が乱入しなければもしかしたら妹紅もエンディングまで辿り着けたというのに非常に残念だ。
……なんだかんだ言って自分が一番進展してないんじゃないか
次回妹紅が来るまでに、いえ、明日までには私の、私だけのエンディングを見てやるわ!
「しかし雑魚にやられるというのは癪ね」
私は今しがた、茂愛に撃ち落された白い鳥に向かって呟く。
いくらスペルを使って力を得たとはいえ、雑魚の弾を被弾し続けていれば撃墜されてしまう。
私の意志どおりに動く鳥、すなわちそれは私の分身でもある。
私の分身にもかかわらず、それは脆かった。脆すぎた。
やがて残機はなくなり、遊戯終了となってしまう。
不死でないものはこうあっさりと幕を閉じてしまうものなのかしら。
でもね、私は不死なのだから撃ち落されてもらっては困るのよ。
私は何があっても不死でないと……
この鳥は私の人生のようなもの。
ならば私は私なりにクリアすることに決めた。
「やはり今日もスペル使っているのですね」
次の日もうどんげは来た。この遊戯を随分と気に入ったのだろう。
ただ以前十分堪能したのだから今更眼を丸くする事ないだろうに。
「姫、今敵にぶつかりませんでした?」
「ええ、そうよ」
私は白い鳥を操って再度敵に体当たりしてみせた。
さらにはフジヤマボルケイノの火口部分に滞在し、全ての噴火を受け流してみせた。
「ちょっと姫、それ障壁とかのレベルじゃないですよね?」
「そうよ、私は不死なのだし、私の能力でこの鳥も不死にしてあげたのよ。やられないって楽しいわ」
それが普段の私なのだ。壁に触れても、挟まれても、燃やされても墜落することは無い。
何もしなくても時間と共に絵は流されていき次の場面へと移り変わっていくのだ。
知識ある人がそれを例えるなら改造だとかチートだとか言うのであろう。
姫は常日頃不死であることに慣れてしまっているため、その行為に対しては違和感を一切持たない。
妹紅の場合は残機を増やしただけであったが、
姫の能力は永遠と須臾を操る程度であり、永遠を操り残機を無限にし、
須臾によって一瞬で蘇る事で事実上の無敵にしたのだろう。
結局、例によって最終面まで一度も撃墜されることなく辿り着いてしまった。
「ほら、みなさいよ、私だってここまでこれるのよ」
満足げに輝く姫の顔を見て、はぁ、とうどんげは只呆れるだけ。
スリルがない。見ていてつまらない。敵がどんな弾幕を展開しても全て受け流してしまう。
その白い鳥の操作を放棄しても、ゆっくりと景色は進んでいく。
『本当に姫と同じね、何もしなくても時が進んでいくし、壁にぶつかることもない。用意された景色なんて
在って無いようなものだわ』
またも背後から声を掛けられた。落ち着いた物言いで今回は叱責を浴びせに来たわけではないようだ。
腕を組んで立っている永琳に対しても振り向いた私は輝いた表情で悦びを露にする
「でしょでしょ? 敵でも障害物でも何でも見逃して受け流していくの。凄いでしょ?」
「姫、そこら辺りで止めて置いた方がいいと思われますが」
「どうしてよ、もうすぐ最後のボスなのよ? 私の為だけのエンディングが見れるのよ?」
「ですから止めて置いた方がいいと思うのです。
姫、その画面に表示されている数字の意味はわかりますか? その値が高いほど充実しており楽しいという事、
低ければその逆です」
永琳が何の事を言っているかはわかった。でも何が言いたいのかはわからない。
「何言ってるのよ、これは単なる点数、敵を倒したりすると貰える経験値のようなものよ
私は敵を倒す必要がないから値は低いけど、十分楽しいわ」
ほらほらみなさいよ、と姫は白い鳥を指差し恍惚の表情を永琳に向ける
現在の状況は大量の敵に加え大量の弾幕、雑魚敵軍団最後の猛攻だ。
華麗な幾何学模様を成して、白い鳥を撃ち落さんと弾幕で画面を埋め尽くす─
──が、その努力も虚しく全てが不死である白い鳥の後ろに流されていく。
「アハハハ、必死ねぇ」
と姫は白い鳥をぐるぐる動かし、敵機をおちょくって見せた。
むぅ、とうどんげは怪訝な顔をする。このステージは本来緊張感に包まれて油断も隙もなく、
敵機も必死ならこちらも必死でなければ落とされるという大切な所で、私も苦戦を強いられた所なのに……
まったく緊張感のない姫。彼女にとってもここではただの背景の一つに過ぎないのだろう。
「そう、忠告はしたわよ? うどんげ、そろそろ仕事に戻るわ、忙しいから手伝いなさい」
と、永琳はうどんげを率いて私の部屋から出て行った。
(何よ……もうすぐいい所なのにやめろだなんて、いいわエンディングは一人で見るから)
この鳥はまるで私みたい。いえ、私自身かしら。何が起こっても死なないし、何もしなくても時間は進む。
時間と共に進んでいって、好きなときに誰かを嘲笑って。
こんな生き方をできる人なんて他に聞いた事が無い。不死である私だけの特権。
私にはどんなエンディングが用意されているのでしょう、楽しみだわ。
敵機は華麗に弾幕を放つ
私は動かない
私は平気
敵機は私に狙いを済まして一斉に射撃してくる
私は弾幕にわざと突っ込む
私は平気
弾を撃ちつくした敵機は背景と共に後ろに流されていく
私はそれを追いかけ、もう終わり? と茶化す
私は平気
背景に切れていった敵機の変わりに、また新たな敵機が現れ弾幕をばら撒いていく
私は嘲笑
私は平気
後ろに流される敵機と次々と現れてくる敵機、弾を数発飛ばしてきた
私は無視
私は平気
新たに現れてくる敵機、右から左へと背景と共に流れていく
私は平気
私は……あれ?
現れた敵機、それはそのまま流されていく
おかしい
弾を撃ってこなくなった
新たに現れた敵機、弾幕を展開せずに流されていく
どうしたの
諦めたの?
現れた敵機を撃ち落す、次々と撃ち落す
ほら、攻撃してきなさいよ
ほらほらほら
敵機は打ち返してこない、目の前に私がいてもだ
あんたたちが諦めたら困るのよ
攻撃してきてよ!
敵機はただ私の弾に撃ち落されるのみ、挑発には乗らない
ちょっと、まだステージの半分も行ってないわよ
はやく次の敵出てきなさい!
遂には敵機は出てこなくなった。只背景が流れていくのみである。
もう、どういうことよ
敵が出てこないなら何もやる事はない。さっきも何もしていなかったけど、なんか退屈。
何も操作しない
背景は流れる
何も操作しない
背景は流れる
上下左右に動いてみた
背景は流れる
弾を撃ってみた
背景は流れる
何も操作しない
背景が徐々に変わっていく
一瞬の静寂の後、荘厳な音楽が鳴り響き
巨大たる塊、動く城のような圧倒感をも与える敵が画面端から威厳たっぷりに姿を現す。
いよいよボスだ。これを倒せばエンディングが見れる。
さっきまで急に敵がいなくなったものだからバグを起こしたものだと思っていたけど、問題ないようね。
まずは様子を見てあげるわ。さぁ、かかってらっしゃい
ボスはあらゆる筒から幾何学模様を扮した弾幕を張る。
私は平気、何もしない
ボスは逃げ場をあえてつくり、そこに大量の弾幕を流し込む
私は無敵、わざと騙されたフリをする
ボスは子機を私の背後に廻らせ、挟み撃ちにする
だから何、上下に動いて挑発する
ボスは巨大なレーザーで私を貫く
私は余裕、マスタースパークなんて痛くない
ボスは乱雑に弾をばら撒く
敵は必死ね、馬鹿みたい
ボスはそれでもがむしゃらに弾をばら撒く
私には無駄、敵にぶつかってみる
ボスはそれでもがむしゃらに弾をばら撒く
私には無意味、私は何もしない
ボスは弾幕を張るのを止めた
何よだらしない、この程度? そろそろ私も攻撃をしようかしら
ボスはゆっくりと画面右端から徐々に消えていく
アハハ…って、え? ちょっと!
ボスに私が放つ弾が数発ヒットする。敵は止まらない。
何か奥の手かしら? 新たなスペル?
ゆっくりと画面の端に呑まれていく。
ちょっと! 待ちなさい! 間に合わない!
ボスは遂に画面の外へと逃げてしまった
画面は私の白い鳥だけが取り残された
同じ背景だけがゆっくりと流れていくのみで、音楽はいつのまにか止まっていた。
……
……
……え
どういう事?
ボスが逃げたらエンディング見れないじゃない
……え?
……
……それともこういうクリアの仕方があるのかしら
……
…………待ってみましょう
……
……変化がない。ただ無音の背景が流れていくだけ
……
…………え? 何、何、何なの?
……
……変化が来た。背景がまた変わった。
……エンディングではない。見飽きた背景、つまり最初の面のものだ
……敵はでてこない、音楽も鳴らない
……
……
…………どういう事?
……
……暫く待つと二つめの面の背景へ切り変わる
……隠された面、なのかしら。
………………
……暫く待ってみる。背景がまた変わり、三つめの面へ。
……四つめ、五つめ、いくら待てども敵がいないだけのさっきの繰り返しだ
……
……結局またボスの面に来てしまった。
……
…………あれ?
……
……背景が途切れている、さっきとは違う
……
……黒。一面黒。何も描かれていない。星も太陽も月も地も、何もない。
……
……真っ暗。私と、下段に配置された数字や記号以外何もない。
……
……黒。黒。黒。暗。闇。暗黒。無。黒■■■
……
……何よこれ、私のエンディングは?
……ねぇ、私のエンディングはないの?
……
……
……動ける。操ろうと思えば操れる。これは私の分身、私自身なのだから。
……
……
……………う~ん………
……バグかしら
これはバグ、そうよ、途中で敵が出てこなくなったから可笑しいと思ったのよね。
もう一度セットしなすのはめんどくさいけど、仕方ないわ。
私は紅白の箱に手をかける。突起を押すことにより電源を断つ。
紅白の箱に刺さっている黒いかまぼこ板、それを引き抜く。
もう一度、その黒いかまぼこ板を刺しなお──
──あれ?
……
……消えてない
……抜いたら普通消えるでしょ
……何がって画面よ
……
……なのにどうして
……まだ鳥が映っているの
……
……動くわ
……まだ動く、操れば動く
……電源は切れているのに
……
……こっちの黒い箱のほうも電源を切ってみましょう
……
……え?
……どうしてどうしてどうして
……そうよ、この線を抜いてみましょう
……元を断てば、この黒い箱ですら
……
……なんでどうしてなぜまだ白い鳥がいるの
……
……動く、動かせる、私の分身である鳥は動かせる
……
……もう線を繋いでいないというのに
……
……今まさに紅白の箱を壊してみたというのに
……
……いつのまにか下段の数字ですら消えてなくなっているというのに
……
……音楽も背景も何も無く
……
……鳥だけ、取り残された
……
……世界は消えたのに、鳥はまだいる
……
……動く、まだ動く、弾も撃てる、でも誰に? 誰もいないのに
……
……どこまでも飛んでいく。黒一色の世界では飛んでいるというのだろうか
……
……いつまでも進んでいる。黒一色の世界なのに進んでいるというのだろうか
……
……何をしてもいつまで経っても墜ちやしない、無敵だもの、不死だもの
……
……だって私だもの。この鳥は私。何があっても死なないの
……
……鳥は私と同じ
……
……なら私も鳥と同じ?
……
……私は無限
……世界は有限
……世界が死んでも
……
……時間が死んでも
……
……終わりは来ない
……私は不死だから?
……
……私は何をやっても墜ちないの?
……世界が無くなっても飛び続けるの?
……こんな暗い闇の中で独りずっと飛んでいくの?
……いつまで?
……どこまで?
……エンディングは?
……私の終わりは?
……私の最後は?
……
……
……
……
……ねぇ、私のエンディングは?
……ねぇ、誰か用意してよ
……ねぇ、誰かいないの?
……ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ
誰か 私のエンディングを用意してよ!!!
あの遊戯を放棄してから何百年、何千年経ったのだろうか。
白い鳥は今もなお、無の中を存在し続ける。
動いても動いても何にも触れることが出来ず、
自分の存在を確かめるべく撃った弾も何にも当たることがなく、当てるものもなく
当然弾が返ってくるなんて事はない。
永遠を解除したのに、まだ映るその鳥は……
鳥?
誰?
その鳥
誰
私は誰
あれ
目の前が真っ暗だよ
ここはどこ
誰かいないの
目の前が
黒
私は飛んでいる
どうやって
私は鳥だっけ
鳥?
誰?
その鳥
誰
私は誰
あれ
目の前が真っ暗だよ
ここはどこ
誰かいないの
目の前が
黒
目の前が真っ暗だよ
ここはどこ
誰かいないの
目の前が
黒
黒
黒
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サマをするときには、『一つ』に執着ちゃダメです。目的を果たしたら、あるいは飽きたらさっさと次に行かないと。
『ほどほど』にしておかないと…、何をしても満足できなくなっちゃいますしね。
普通のぬるい話と思って読んでましたよ^^;