幻想郷に於いて、長く生きている妖怪は強大な力を持っていることが往々にして多い。花を操る程度の能力の持ち主、風見幽香もその一人に数えられる存在だ。かの稗田阿求が纏めた求聞史記にも、その力の有り様が書かれている。加えて、人間への友好度も最悪と評されていることもあって、幽香に向けられる視線は常に「恐怖」の二文字が付いて回っている。
だが、そんな評価を知らないかのように、幽香はひとり人里へやってきて、なんら普通の人間と変わらずに買い物をし、時には笑顔さえふりまく。もっとも、その笑顔すら人間にとっては戦慄を覚える、出来れば避けたいものになっているのだが。
カランカラン、とドアベルが鳴る。さぁて商売商売、と意気込んだのもつかの間、忌避すべきお客様がひとりいらっしゃってしまった。
「いらっ…しゃいませ…ぇ…」
来客者は風見幽香。
「お久しぶりね。またお茶の葉が切れたの。いつものをお願いできるかしら?」
「へ、へぇ、かしこまりました」
店主の挙動不審な姿も、もはや幽香にとっては慣れっこであった。以前はそれなりに気にしていたが、最近ではもうそんなことはない。というよりも、もはや自身がどうこうできることでないと理解したのだ。
「お茶、こちらでございます…」
「ええ、ありがとう。ここのお茶はいつも美味しくて安心できるわ」
「え、えぇ、ありがとうございます」
また斜め上の解釈をされるだろうと理解はしているのだが、幽香は時折雑談を交えるようにしている。少しでも友好的に接するためと思ってやっているのだが、逆効果になっていることが多い。今回もおそらく「味が落ちたら…わかってるわね…?」であったり「もちろん、お金は払わなくてもいいわよねぇ…?」と斜め上、いや斜め下の解釈をされることだろう。幽香自身にそんな意図は毛頭持っていない。
お代を支払っている時に店の奥から、私に向かって声が飛んできた。
「幽香おねえちゃん!」
幽香はこの店を贔屓にしているが、店主からの感謝は得られていない。だが、店主の代わりということではないが、なぜか店主の娘に懐かれてしまったのだ。子供という所以か、純粋さからか、はたまた好奇心からか、妖怪だろうと鬼だろうと人里にいればすぐに近づいてくる。
人里に来る妖怪たちは、かつて定められた幻想郷のルールに基づき、人を襲うことはない(もちろん博霊の巫女や、寺子屋の教師による抑止力もあるのだろうが)。それでも近づく相手が相手なら、子の親は気が気でない。まして、実の娘が近づくのが、幻想郷トップクラスの大妖怪であるなら、首元にナイフを突き付けられている気分かもしれない。
「お、おい、チャコおまえ来ちゃだめっていってるだろう!」
「なんで?」
「いや、だから…」店主がバツの悪い表情を浮かべている。
娘は父の横をすっと抜け、幽香の胸に飛び込んだ。
「あなたも久しぶりね。元気かしら?」
「うん!あ、この間くれたお花のこと、慧音先生にいろいろ教えてもらったんだよ」
「そう。慧音なら色んな木や花のこと知ってるから、色々教えてもらうといいわ」
「おねえちゃん、次はいつ来るの?」
「そうね…まぁそんな先ではないと思うわ」
視界の端で、店主とその嫁が青ざめた表情を浮かべているが、気にしないことにする。
「次に来るときに見せたいものがあるの」
満面の笑みから、どれほど見せたいのかが伝わってくる。そんな笑顔だった。
「そう、楽しみにしてるわ」
幽香は店の扉を開け、少女に手を振った。
「またね、幽香おねえちゃん!」
太陽の庭。
その名で呼ばれている、風見幽香の家とその周辺。夏にはヒマワリが咲き誇り、一面が太陽の黄色とも言われるほどだ。今は季節が秋から冬に移る時機。当然ヒマワリはない。だが、広大で肥沃な土地が広がっており、その茶や緑の色は季節を彩る一つの要素となっている。
幽香の家はこの土地の一角にぽつりとある。幽香は季節ごとに花のある土地を巡っており、訪れる先々に拠点と呼べるものを一応用意している。だが、本拠と言えるのは太陽の庭にあるこの家なのだ。
その本拠の周辺には、最近になってとある少女がよく出入りするようになった。
幽香は買い物袋をなびかせながら、ゆっくりと地面へ降りた。その途中で、家の前で少女が花の手入れをしている姿に気付いた。黒を基調とした服を着た少女は、“ポイズンマスター”メディスン・メランコリー。元々は人形だったが、長年吸収し続けた鈴蘭の毒と自分を捨てた人間たちへの憎しみがもととなり、心が宿った妖怪である。幽香と比べるとまだ生まれたばかりの妖怪であるが、メディスンの持つ能力は本物そのもの。その気になれば人里の人間を一人残らず死に至らせることも出来る。言ってしまえば、使い方を誤ると危険な能力なのだ。だからこそ、というわけでもないのだが、幽香はメディスンに幻想郷での生きる術を教えている。
「メディスン、来てたの?」
「幽香!」
幻想郷での生きる術、それは自らの持つ能力の使い方と、幻想郷での立ち振る舞い。ひとつ間違えば神社の巫女や境界の妖怪に粛清されてしまうのだ。そのため、幻想郷における基本事項を幽香が丁寧に教えていた。そのため、メディスンは幽香を信用し、慕っている。メディスンにとって幽香は数少ない友人と言える存在なのだ。幽香もメディスンが自分を信じて素直に話を聞いてくれることに嬉しく思っている。
幽香の教育の甲斐あって、メディスンは能力をコントロールできるようになり、幻想郷での自身の在り方を学んだ。もちろん、自分が生まれた経緯のことがあり、人間に対してはいまだ負の感情を持ち続けている。
「今日はどうしたのかしら?」
「理由がなきゃきちゃだめ?」
数時間前にも見た気がする満面の笑み。嬉しいことを言ってくれるじゃないの、と頭の中で思った。
「いえ、そんなことないわ。お茶買ってきたから、飲んでいく?」
「うん!」
幽香の家は、育てている花やハーブが所狭しと置かれ、家の中は花の匂いで一杯になっている。
そんな空気がメディスンの言葉で少し揺らいだ。
「さっき金髪の人形遣いが訪ねてきたよ」
「アリスが?珍しいわね」
アリス・マーガトロイドは森に住む魔法遣いだ。魔法と言っても、火や水を出すものではなく、魔力を使って人形を操るのを得意としている。かつては魔界で幽香とアリスは顔を合せており、言うならば旧知の友なのだ。
「アリスは何か言ってたかしら?」聡明な彼女のことだ。用事もなく、ここを訪れることはしないだろう。それでなければだいたいは家にこもって魔法の実験を行うか、湖のほとりにある紅魔館で本を読んでいるか、おそらくどちらかになる。
「知らない」
「知らないって…メディスン、あなたアリスと会ったんじゃないの?」
「…ちょうどここに来た時に帰ってくのが見えた」
メディスンは、アリスを“金髪の人形遣い”と呼ぶ。まだアリスのことを信用しているわけではないのだ。帰った時に見たというのもおそらく嘘なのだろう。アリスと顔を合わせたが、でたらめを言って追い返したのだろう。
「そう、じゃあまたそのうち来るわね。教えてくれてありがとう」
「うん…」
幽香はメディスンが今回のようなことをしても特に何も言わない。気付いてないフリをしている。そのうち、メディスンが自ら話してくれるのを期待して、あえて何も言わないのだ。
お茶を一杯飲んでメディスンはどこかへ行ってしまった。
「…難しい年頃っていうのは人間も妖怪も同じなのかしら」
ぽつりとつぶやいた言葉がのんびりとしたもので、幽香は少し可笑しくなった。
店のドアベルが鳴る音がした。
「相変わらずだな」
幽香の隣の椅子に座ったのは、寺子屋の教師・上白沢慧音だった。
「ワーハクタクか。久しぶりね」
上白沢慧音は、満月の夜は妖怪になるワーハクタクだが、普段は人間として人里の教師と守り人として過ごしている。
「お茶屋の娘はいつもお前のことばかり話すんだ。幽香お姉ちゃんはね、幽香お姉ちゃんはね、とな。あまりの愛され具合に、わたしは嫉妬すら覚えたぞ」
けらけら笑いながら慧音が言う。言葉の後半はダウトだが、前半は先日の昼間の笑顔からわかるように、きっと真実なのだろう。
「…私だって驚いてるわ。私に友好的に接してくる人間なんてそういないもの。でもね、人間なんて儚いものよ。いつか私に飽きるか、恐れるようになるわ」
「果たしてあの娘がそうなるかな?…それにしても」
慧音が嬉しそうな顔をしながら私に向き直った。こういう時の慧音の含み具合が時折気に食わない。
「メディスン・メランコリーと出会ってから、幽香、お前は変わったよ」
「…私が?一体何が変わったのかしら?」
「前までは、何を考えているかわからない、言ってしまえば不気味さが常にあった。だが今は、人間味を増してきた感じを受ける。…まぁお前は人間ではないが」
「…自分では全く分からないわ。人間ではないこと以外はね」
「少なくとも私は今のお前が好きだぞ。少し前のお前とはまったく雰囲気が違う。ちゃんと話も返してくれるようになったしな」
そう思いたいならどうぞ、と言わんばかりに幽香はぷいと顔をそむけた。
その様子を見ながら、少し笑う慧音。やっぱりこの女は食えないと幽香は思った。
「ところで、そのメディスンはどうだ?能力のコントロールは出来るようになったのか?」
「ある程度はね。普通に生きていくなら問題ない程度には使いこなせているわ」
「そうか、それならいい。さすがは風見先生の教育の賜物だな」
「あら、からかってるのかしら?それなら受けて立つけど」
「からかってなどいるものか。むしろ本気で褒めている」
「…相変わらず食えない女ね。」
そういって幽香は紅茶を一口飲みこんだ。
「それで…こんなからかい冗談話のために呼んだんじゃないでしょう?用件を言ってみなさい」
「さすがに察しがいいな。…少し気になることがあってな。お前さんにも一応聞いておきたいと思ってたんだよ」
「気になること?」
「あぁ、博霊の巫女に教えてもらったんだが、”はぐれ鬼”が出たらしい」
「…鬼?」
鬼は幻想郷の中でも随一の力を持つ種族。幽香は闘ったことこそないものの、その脅威は十分聞いている。ただ、最近は山の四天王の統制もある上、境界の妖怪の力もあり、昔とは違って人を襲うような話はあまり聞かない。
「…珍しいわね。鬼じゃなくてはぐれ妖怪の話ならよく聞くけど」
「うん、鬼ともなれば、手を焼く相手だ。四天王への不満が原因じゃないかと伊吹の鬼娘は言っていたが…」
「へぇ、なかなかバイタリティ溢れる行動ね。まぁどうせ霊夢や緑の巫女に見つけられて御用でしょう。…残念だけど、わたしは何も情報を持ってないわ」
その言葉を聞いて、慧音は少しため息をついた。
「そうか、わかった。だが、何かあったら教えてほしい」
「教える前に私が捕まえるわ」
あまり無茶はしてくれるなよ、と慧音に釘を刺された。この言葉を、『事後報告でいい』と幽香が意訳したことに慧音は当然気付いていない。
慧音との茶会を終え、家路に着こうとした幽香。
家の近くまで来ると、何か声が聞こえる。声の方向へ目を凝らすと、小さい女の子と金髪の少女が言い争いをしていた。2人の正体はメディスンとアリス。そして正確には言い争いではなく、メディスンが一方的にまくし立てているようだ。
「だから幽香はいないって言ってるのに!帰りなさいよ!」
「じゃあまた言伝をお願いしたいんだけど」
「伝えないわよそんなもの!」
…まぁメディスンの反応は予想通りだった。メディスンは幽香くらいにしか心を開いていない。例え来訪者が幽香の友人だとしても、メディスンからするとただの赤の他人。彼女の中では赤の他人は敵なのだ。
「やめなさいメディスン!」
その声を聞いて、メディスンは能力の発動を抑えた。
メディスンは能力を使う一歩手前、アリスも自己防衛のために上海人形と蓬莱人形をいつでも動かせる状態にしていて、まさに戦闘寸前だった。
メディスンにはスペルカードルールは一応教えてはいる。だが、それを守ることと目の前の敵を倒すことでは後者が勝ってしまう。
「能力は使わないって約束したでしょう?!どうして、それを破ろうとするの?」
幽香が地面に下りてメディスンに語りかける。
「だって、ソイツが!」とアリスを見ながら言う。
「幽香、いいのよ。私がしつこくしすぎちゃったんだし。ごめんね、メディスン」
恐らくただ訪ねてきただけのアリス。一点たりともアリスに非はない。それでもアリスは謝った。
「アンタが、私の名前を呼ぶなぁ!!」
謝罪の言葉が逆効果になり、一層激高してしまった。
「メディスン!いい加減にしなさい!」
「ここはわたしと幽香の場所なんだから!アンタなんか、いなくなっちゃえ!!!」
ぱしり、と乾いた音が響いた。メディスンが左の頬を抑える。幽香の左手にはまだ余韻がじんと残っている。
「メディスン、アリスに謝りなさい。貴女は今失礼なことを言ったわ」
「…ヤだ!なんで幽香はソイツの味方をするの?!」
叩かれた理由がわからないということが顔に一杯だった。
怒りと困惑。2つが入り混じっている。
「味方とか敵とかそういう話じゃない!」
「いやだ!謝らない!わたしは何も悪くない!」
そう言ってメディスンは宙に浮き、どこかへ飛び去ってしまった。
「待ちなさい!メディスン!…メディスン!!」
もう姿は豆粒ほどになり、幽香からは見えなくなった。
「幽香、あの娘…」
申し訳なさそうな顔でアリスが尋ねた。
「…きっと鈴蘭の丘よ。メディスンが行く場所ならそこしか考えられない」
「追わないの?」
「追わない。ほとぼりが冷めるまでは放っておくわよ。…私が冷静に考える時間も欲しい」
幽香は動揺していた。自分のような大妖怪が感情のままに手を出すなんて考えられないことだった。そして何よりもメディスンが予想以上に他人への警戒心をもっていたことにも少なからず動揺の原因があった。慧音にはいい教育者と言われたが、こんなことではとてもそんな看板は背負えない。もとより背負うつもりはなかったが、少なくともメディスンにはいい先生であろうとしたのは事実だ。
「私もまだまだ青いわね」
「あなたが青いなら私はもっと青いわ。あなたは自分が思うよりもいい先生やってると思うけど」
「元気づけてくれているのかしら…ありがとう…」
「殊勝に礼なんか言っちゃって、それってむしろ他者からすれば恐怖よ。まぁ落ち込んでいる貴女も十分恐ろしいけど」
「お望みなら弾幕ごっこでも恐怖を味あわせてあげますけど?」
その問いにアリスは両手を小さく広げて申し出を辞退した。
「タイミングが悪かったようだし、今日は帰るわ。またそのうち来るから」
そう言ってアリスは飛んで行った。
「…さて、どうしたものかしらね」
ぽつりと幽香はつぶやいた。
メディスンが幽香の家を飛び出して数日後、人里に衝撃が走った。
「どこへ行ったのかしら。鈴蘭の丘にもいないなんて」
数日前に喧嘩をして飛び出したメディスン。メディスンの言った言葉は許されるものではないけども、幻想郷での生き方を学んでいる最中のメディスンにそれを理解れということは難しい。
それでもあの日から数日経った今なら、冷静にメディスンと話すことができる。そう考えて彼女を探し続けているのだ。
しかし、そこにいると思っていた鈴蘭の丘にはメディスンはいなかった。
そこ以外に他のアテはないので、彼女が近づきそうな場所を考えて探していた。
その最中、幽香は何かを見つけた。
「あれは…」
街道の端に人が倒れていた。というより、倒れているのは知り合いに似ていた。
「慧音!」
倒れていたのは慧音だった。全身の傷を見るに、相当のダメージを負っている。
「しっかりしなさい!一体どうしたの?!」
呼びかけが効いたのか、慧音はゆっくりと意識を取り戻した。
「…幽香…か」
「貴女ともあろうものが…誰にやられたの?!…いや、ちょっと待って、先に手当てするわ!家に連れていくわよ!」
慧音を抱きかかえると、幽香はすぐに浮きあがって自宅である太陽の庭へ向かった。
その最中、慧音は再び気を失った。
「その様子だと、まさか例の鬼かしら?」
家に着き、慧音をベッドへ寝かせた。傷の具合も思っていたほどひどくはなかった。
今は意識もはっきりしている。
「ああ…例の鬼だ」
慧音の表情には落胆の色が浮かんでいる。
「だとしても、貴女がここまでやられるなんて、いったい何があったのかしら?」
「そうだ!こんなところで寝ている場合では…ぐっ!」
「そんな身体で何処へいこうというの?いいから寝てなさい」
立ち上がりそうな慧音を抑えつける。
「そんなことを言っている場合ではないのだ!チャコが連れていかれたんだ!」
「…何ですって?!」
久しぶりの休息日だった慧音は人里で買い物をして、竹林に住む友人の家に行っていた。
その帰路で人里へ着いた時であった。
「けいねせんせー!」
少女が買い物帰りの慧音を見つけ、一直線に向かってくる。
「ん、どうした?そんなに息を切らせて」
「チャコがどこにもいないの!」
チャコは小さな鉢植えを持ちながら街道を歩いていた。
鉢植えに咲く花はヒマワリ。彼女が慕う風見幽香からもらった種子を育てたものだ。
「確か幽香お姉ちゃんの家は道をまっすぐ進むと見えてくるんだよね…」
彼女の目的地は幽香の家のある太陽の庭。
照りつける太陽にも負けずに足を前に進めている。
チャコの頭の中は、とにかく早くこのヒマワリを見せたい。頑張ったねって幽香に褒められたい。その想いで一杯だった。
妖怪があまり現れることがない道と聞いていたので、チャコはそれを信じて無警戒で歩き続けていた。
だからまわりの変化には全く気付いていなかった。
鬼が数人、チャコの周辺に周到に隠れながらついてきていたのだ。
「チャコ!!」
自分の名が呼ばれたので振り向いた。
名前を呼んだのは慧音であったので、チャコは思わず身じろぎした。
「あ、あの!慧音先生!勝手に里を出てごめんなさい!でもわたし!」
「お前たち、チャコに何をしようとした!!」
慧音の目はチャコを見ていない。慧音の目はチャコの周辺を囲む3人の鬼を見ていた。
「もう遅い!」
鬼の1人がそう言うと、残りの2人がチャコを捕まえた。
「やあああああああああ!」
「お前たち!今すぐチャコを離すんだ!」
形成は圧倒的に慧音に不利。屈強な力を持つ鬼というだけでも厄介なのに、人質までとられてしまった。
「お前たちが伊吹の話していた、はぐれ鬼かっ!!何が目的だッ!」
リーダー格の鬼が一歩進んで、口を開いた。
「話す必要はない」
言い終わると同時に慧音の身体が吹き飛ばされた。別の鬼からかなりの速度の弾を当てられたようだ。
「ぐ…!貴様!」
慧音もすぐに立て直して反撃に出ようとしたが、すぐに人質を眼前に出されてしまい、何も出来ない。
「慧音先生!」
必死に叫び続ける少女。だが、その叫びは何一つ助けにはならなかった。
「妖怪の身にも関わらず、人に与するとは、虫唾が走る。…やれ!」
そう言って人質を抱えあげ、残りの二人に指示を出す。
(…勝てない…!)
成す術もなく、慧音は二人の鬼に袋叩きにされるしかなかった。
話を聞くにつれ、幽香の顔は紅潮していった。
「随分と…狡猾な鬼もいたものね…!」
そう言いながら、幽香はゆっくりと立ち上がり、日傘を手に取った。
「待て!どこに行こうというのだ!」
「その鬼どもに、自らの愚かさを教えに行くのよ」
慧音に笑いかけるも、幽香の目は笑っていない。
「しかし!向こうにはチャコがいるんだ!鬼が3人いるだけでも骨なのに、人質がいる状態じゃお前と言えど無謀だぞ!」
「それでも、私は行く。すべて私が落とし前をつける。…あの娘が此処に来る原因は私にある…!」
幽香から出ているのは怒りの空気。鬼への怒りと、自分自身への怒り。
もう止められないと思い、慧音はため息を漏らした。
「それで、その無法者はどこに行ったの?」
「…すまない、私も途中で意識を失ってしまったから…」
「いいわ…私の能力で探せる。花が教えてくれる」
そう言って幽香は家を飛び出した。
家を出た瞬間、扉の前にはメディスンが立っていた。
「幽香、どこへ行くの?」
今の会話を聞かれていたのだろう。メディスンの表情は重い。
「どこに行くの?じゃないわ、メディスン。あなた今までどこにいたの?」
怒りが抑えられず、キツイ口調で問う。
「…どこだっていいじゃない。幽香には関係ない」
突き返す一言に幽香はどきりとしたが、何も言い返さなかった。
「そう。…盗み聞きしてたからわかってると思うけど、私は今から鬼退治に行くの。帰ってきたらお話ししましょう」
そう言ったが、メディスンは全くその場から動こうとしない。
「…なんで、なんで人間を助けたりするの?!」
メディスンの人間への嫌悪は深い。見慣れない妖怪(例えば先日のアリスのように)ですら嫌うのに、自分を捨てた人間なら尚更だ。
「人間なんて汚い生き物だよ!助けたって何にもならないよ!」
メディスンの懇願を聞いて幽香はひとつ息をついた。
「…今回のことは私に責任の一端がある。あの娘がここに来ようとしたのは私のせいよ」
玄関先には一本の小ぶりな向日葵。先ほど慧音を助けた際に近くに落ちていたのだ。
鉢は、チャコが襲われた際にぶつけてしまったのだろう、ひびが入っている。
「私は人間に借りなんて作りたくない。仮に作ったとしても、すぐに返す。だから私は行くのよ」
「そんなの!幽香に責任なんてない!人間が勝手にやったことだよ!自業自得だわ!見捨てればいい!!」
「じゃあ気に食わない鬼を潰しにいくってことでいいかしら?それなら貴女には何の問題もないでしょう?」
「結局同じじゃない!人間のことなんてどうでもいいじゃない!」
もう一度、幽香は深い息をついた。そして、表情に一切の何も出すことなく、言葉を紡いだ。
「じゃあ敢えて言うわ。なんで私が貴女の言うことを聞かなければいけないの?貴女が指図して、私がはいわかりましたメディスンの言うとおりにしますって言えば満足なのかしら?」
「!!…そうじゃない!そうじゃない、けど…!人間はだめ!やめて!」
うまく表現できず、メディスンは唇を噛む。
「…友人としての忠告ならありがたく聞いておくわ。…でもただの貴女の子供っぽい癇癪なら、私はそんなもの聞かない」
一つ呼吸を容れる。
「だって、友人は命令したりされたりするものじゃないもの」
その言葉を言って、残されたメディスンを一瞥もせずに幽香は飛び立った。
「待て幽香!いくらなんでも無茶だ!」
慧音の呼びとめにも答えず行ってしまった。
「どうして!どうして!信じちゃいけないのに!どうして私のことを信じてくれないの?!どうして私と居てくれないの?!」
大声で泣き叫ぶのを、慧音は聞き続けた。
幽香は自らの能力を応用し、鬼たちの足跡を追っていた。
花に道を訊きながら、徐々にその足取りが分かってきた。どうやら鬼たちは魔法の森の方へ向かっているようだ。
幽香は鬼との遭遇はまだない分行動がしやすい。能力のおかげで鬼の足取りもわかり、かなり近づいてきている。
あとはどのようにして、チャコを助けて敵を潰すことができるか。
しかし、同時に考えるのはメディスンのこと。
「メディスン…私の力不足ね…」
時間さえあればもっとマシな言葉をかけてあげられたのかもしれない。だが、現実にかけた言葉は突き放すような辛辣な言葉。
「私も人間なんて嫌いだった。でも今は違う。いつか、貴女にもいつか…」
メディスンが思うことはいつかの自分が思っていたこと。だからこそ、気持ちは痛いほどにわかる。でもそうではいけないことを幽香は知っている。メディスンはまだ知らない。それだけの差なのだ。
いつかきっとわかるときが来るのだろう。
そんなことを思っていると、再び花を介して鬼の足跡がわかってきた。
「魔法の森を越えている…。一体どこまで…再思の道に何の用が…?」
「幽香ぁ…幽香ぁ…」
一人ドアを背に泣き続ける少女。慧音は敢えて声をかけることもなく、少し離れた所から少女を見守っていた。
その少女の目の前に人影が現れた。
「こんなところで何をしているの」
少女が最も嫌う人形遣いの姿があった。
「幽香が…人間を取り返しに行くって言って…でもわたしは『人間なんてどうでもいいじゃないって言って』そしたら幽香が怒って行って…!」
少女以外の声が聞こえたので、慧音は身を起こした。
「アリスか…!」
「慧音!ここにいたのね。人里にいないからどこかと思ったのよ!」
「すまん。…例のはぐれ鬼と会ってしまったんだ」
アリスは何かを理解したようにぴくりとした。
「あなたが子供を探しに行ったのは聞いたけど、鬼と会うなんて…!…まさか幽香は?!」
「…思っている通り、子供を取り返しに向かった」
「あのバカっ…!どうして鬼相手に無茶をするのかしら…!」
吐き捨てた言葉にメディスンは身体を震わせた。
「鬼が3人いるんだ!おまけに人質がいる。幽香が一人で向かうには危険だ!」
慧音の言葉に、膝を抱えていた少女は立ち上がって向き直った。
「ね、ねぇ…鬼って強いの…?」
メディスンがつぶやいた。肩が震えている。
「…普通の弾幕ごっこならどう考えても幽香だが、ルールから抜けたはぐれ鬼が弾幕決闘ルールを守るわけがない。要は妖力や体力の問題になってくる…!もはやごっこではなく、殺し合いに等しい…!」
それを聞いた少女の肩が震える。
「幽香は強いんだよね?!鬼なんかすぐに倒せるんだよね?!」
「…その通りだ。だが、鬼は1人ならまだしも3人。しかも人質がいる。分が悪すぎる…!」
部屋が沈黙で満たされる。
最悪の結末が3人の頭を支配する。
「だ…だから、だから言ったのよ!人間なんか見捨てていけばって!なんでそんな危険なことするの?!人間なんて!人間なんて!」
「信じても平気で裏切るんだからぁぁぁぁあ!!」
メディスンの負の感情が声となり涙となり流れ出てくる。
刹那。メディスンの視界が動いた。
何が起きたか分からず、メディスンの慟哭が止まる。
止めたのは人形遣いのでこぴん。
「ねぇ、貴女、どうして幽香が怒ったか理解している?」
攻撃された理由もわからないが、何故こんな質問をするのかも全くわからない。
ふるふる、とメディスンは首を振る。
「どうして幽香があなたに構うか、わかる?」
「…あんたにはわかるっていうの…?」
「覚り妖怪じゃあるまいし、そんなのわからないわ。でもわかるわ。あいつも昔は人間が嫌いだった。あんたと同じよ」
慧音が口を出す。
「すべてを否定したくて、自分の力が正しいと信じていて、幽香は壊すことを楽しんでいた。自分以外は間違っているくらいには思っていたのかもしれない。でも満たされなかった。そしてその飢えを満たしたのは、暴力ではなくて優しさだった」
「そう。幽香は誰よりも他者とのつながりが欲しかったの。でも力じゃそれは手に入れたれない。それに気付いたのよ」
矢継ぎ早に続ける。
「だから、幽香は貴女を放っておけない。…いわば貴女は過去に置いてきた自分そのものなんだから」
「わたしと、幽香が、同じ…?」
「幽香はきっかけを見つけてつながりを作った。最初は苦労したみたいだけどね。絶対に自分では言わないけど」
「………」
メディスンは何も言うことができない。
「私は幽香を助けに行く。私には策があるからね。貴女はどうする?」
アリスは尋ねる。
「私は…幽香と一緒にいられればそれでいい。でもこのままじゃ、幽香が帰ってこないかもしれない…!」
一呼吸置く。
アリスも慧音も、少女が言葉を発するのを待っている。
「わたしは、幽香に帰ってきてほしい!話を聞いてほしい!育てた花のこと褒めてほしい!…そしてちゃんと謝りたい…!」
「決まりね。元より貴女が来ることが前提の策だから来てもらわないと困るんだけどね」
嫌われ人形遣いがニヤリと笑った。
「私を連れていきなさい!私が幽香を助けるんだから!」
メディスンはそういってドアを開け放ち、外に出た。
その様子を見て、慧音がつぶやく。
「そういえば聞いたことがある…孤高の大妖怪に説教した小さな魔法使いがいる、と…」
「…昔のことよ。なんであんなことをしちゃったのか、理解に苦しむわ」
でもね、と。
「子供の私でもわかるくらい、さびしそうな目をしていたから、構いたくなったのよ、あの時は」
ドアの向こうから、早く早くと急く声が聞こえる。
「お前もいい教師になれるよ」
勘弁してよ、とアリスがつぶやいた。
再思の道。
外界の人間が迷い込んでくることも間々あり、外界に繋がる場所としても知られている。
外界からの迷い人を狙う妖怪も多く、そのため人間があまり近づくことはない。
「どうやら、あれのようね」
かつてそこに住んでいた、人間の小屋。
木々に隠れながら、一人の鬼が家に入るのを見た。
「さて、どうしたものかしら」
人質がいる以上、下手に手は出せない。
戦力も相手が3人。こちらは自分一人。
勝てなくはないが、人質のハンデがある。状況は相当に厳しい。
時間がたてばたつほど、鬼たちの警戒が高まるだろう。
だったら。
「…行くしかない…!」
能力を使い、小屋の近くにある花を通して様子を伺う。
家を全て見通せることはできないが、少なくとも鬼は一人。
そしてチャコは俯いて泣いているようだが、無事なようだ。
あと2人いるはずだが、1人は再思の道の向こうを見ている。
もう1人は…小屋から離れたところで用を足している。
必然的に、小屋の中は1人という証明がされた。
行くなら今しかない。
一瞬で壁をブチ破り、中を制圧する。突入するためには何よりも早さが必要だった。
他の2人に死角になるところと、チャコのことを考えた上で壁を選ぶ。
そして傘で壁を一突き。わずかな時間で鬼を倒し、チャコを助け出す。
簡単そうに聞こえる作戦。だが、幽香は躊躇している。
理由はもちろん人質の存在。
失敗すればチャコの命はないだろう。
「…昔だったら、躊躇なく鬼だけを目的に出来たのにね…」
せめてもう1人の鬼が小屋からもう少しだけでも離れてくれていたら、突入作戦は容易であっただろう。
「せめて奴らが移動している状態だったら、いくらでもやりようがあったのに…!」
道中で見つけられなかったのは幽香にとって痛恨であった。
ここまで追ってきたが、チャコまで数メートル。幽香に出来ることは機会を伺うことだけだった。
金髪の魔法使いと、黒服の少女が空を翔ける。
「しかし、奴らはどこにいるのかしら…?」
「え、わかんないの?」
メディスンが怪訝な表情で言う。
「奴らの目的がわからないから、どこに行こうとしているのかがわからない。幽香は能力使ってある程度の場所までは推測できるんだろうけど…」
幽香の能力―花を操る程度の能力―を持ってすれば、鬼たちの足跡は簡単に追えるだろう。
だが、2人にはそんな能力もなく、鬼も幽香も探しようがない。ひとまずは慧音が鬼と遭遇した地点に向かっている。
「人のいないところへ行こうとしているんだろうけど、そんなのこの幻想郷にはいくらでもあるわ。…一体どこに行こうとしているのかしら」
「こっちよ」
そういうと、メディスンが1人別方向へ進め始めた。
「ちょっと!どこに行こうとしているの?!」
アリスがメディスンを追う。
「たぶんだけど、こっち。…いや、たぶんじゃない。絶対にこっちよ」
力強い言葉の理由を、アリスは図りかねていた。
「何を根拠にしているかわからないけど、信じていいのね?」
これ以上のタイムロスは許されない。アリスは再度聞いた。
「大丈夫。私たちは幽香の場所まで行けるよ」
揺るがない自信の色が少女の目にはあった。
「オッケー。それじゃ、先導してくれるかしら?」
幽香がメディスンに教えたいことのひとつ、「信じること」。
(私が信じてあげないと、この娘も私を信じてはくれない)
メディスンはアリスを信用して提案をした。
思っていたのと逆になってしまったが、それならば自分も信用しないわけにはいかない。
「私たち」と言ってくれたことに、アリスは最大限応えようと心の中で誓った。
メディスンの向かう方角は魔法の森を越え、再思の道へと向いた。
当てずっぽうで進んでいるとは思わないが、何を根拠に進んでいるのかアリスにはさっぱりわからなかった。
幽香は待ち続けていた。
突入できるタイミングを伺い続けて数時間。
鬼の配置等、あと一歩の場面はあったが突入できる状況には至らなかった。
人質のチャコも小屋の中では心身ともに疲れているだろうが、外で機を伺う幽香の消耗も大きい。
鬼たちは3人で警戒していればいいが、幽香は1人で緊張を保ちながら待ち続けている。
何か良い策はないものかとずっと考えていた。だが、特に妙案も浮かばず、今も同じ状況のままだった。
はやる気持ちを抑え、再度策を考え始めたが、一つ何かが頭の中に走る感覚を覚えた。
「…誰かがサインに気付いてくれたみたいね…!」
幽香の残したサインを見て再思の道へ向かう者がいる、幽香はそう確信した。
その数十分後、サインの発見者が幽香のもとへ現れた。
幽香にとっては予想してなかったが、サインに気付いたのであれば、納得できる者であった。
「助けに来たよ、幽香」
メディスン・メランコリーが泣きそうな笑顔で立っていた。
「来てくれてありがとう、メディスン。…話したいことはたくさんあるけど、今は後回しにしてもいいかしら?」
「私も幽香に聞いてほしいことがある。でも後でゆっくり聞いてもらいたいから、今はいい」
自分と離れたたった数時間でどういう心境の変化があったのか。
メディスンのまとう空気が数時間前のそれとは違っていた。
自信のある目つきをしながらメディスンは話した。
「人形遣いが考えた作戦があるの。これで鬼たちを攻略できるよ」
アリスの作戦というからには本人もどこかにいるのだろう。
聡明なアリスの考えた作戦であれば、いける気がしてきた。
一方で、メディスンに対してひっかかることがあった。
「…あなた、人間を助けることになるけど、いいの?」
メディスンにとって人間は憎むべき存在。種族・人間への嫌悪感は尋常ではない。
その少女が人間を助けることに手を貸す。それは幽香にとって望んでいたことの一つではあるけれども、聞かずにはいれなかった。
「正直なところ、人間は嫌いだよ。助けるなんて本当はちっとも望んでない。でも、それじゃ幽香が何を考えていたのか理解できない。わたしはどうして幽香が人間を信じられるようになったのか、わたしを信じてくれているのか、知りたい。この“ヒトダスケ”がやれば、それを理解できる気がするの」
ひとしきり話してメディスンは立ち上がった。
「そのために早く鬼たちを倒さないとね。幽香はわたしが合図を出すから頃合いを見計らって突入して。わたしが人質になりきって中に入る」
「ちょ、ちょっと!作戦それだけ?!」
アリスの作戦はシンプルなものだった。
メディスンが鬼に敢えて捕まる。小屋に入ったところで何とかして人質を救出する。そして外にいる残りの鬼を倒す。
シンプルというよりは、雑といっても過言ではない作戦だった。
「大丈夫、わたしと人形遣いでほとんどやっつけちゃうんだから!」
「いや、アリスがいないじゃないの。近くにいるんだろうけど、あの娘じゃ中には入れないんじゃない?」
幽香の言葉を聞いて、メディスンはニヤリと笑う。
「大丈夫、中に入れるよ。ということで、うまくやってね、幽香!」
颯爽と駆け出していった。
本当に大丈夫だろうかと思ったが、メディスンの腕に抱えたモノを見て、作戦の成功を確信した。
「さて、そろそろ作戦開始かしら…」
アリスはメディスンと離れた地点で小屋を伺っていた。
幽香とうまく合流できただろうかと心配していたが、その懸念もなくなった。
メディスンが再思の道の方からやってきた。
予定通り鬼に見つかってしまい、小屋に連れてかれている。
鬼たちはメディスンがただの迷い子だと思い込み、妖怪であることに気付いていない。
「生まれたばかりの妖怪だってことの利点を十分に利用させてもらったけど、うまくいったみたいね」
アリスは指を動かしながら呟いた。
「それにしても、あのサインに気付かないなんて…私も幽香への理解がまだまだ足りてない証拠ね」
まるで一本の糸を辿るような、メディスンの先導のおかげでここまでたどり着いた。
道中半ばでようやくアリスはそのサインに気付いた。
「花を操る程度の能力か。まさか花の向いてる方向で道を示していたなんてね…」
幽香は鬼を追う最中、草花を使って追跡をしていたが、あとで誰かが気付いてくれるように、能力を使って花の向き方を変えていたのだ。
サインに気付きさえすればあとはもう簡単に目的地に到達できた。
それは今から数分前。
小屋から離れた木の上からアリスたちは様子を見ていた。
「小屋とまわりの鬼の様子から察するに、まだ幽香は近くにいて様子をうかがっているわ」
「これからどうするの?策があるのよね?」
コクンとうなずいて、説明を始める。
「中には人質がいるわ。人質は貴女にとってはどうでもいいことかもしれないけど、幽香にとっては絶対的なことよ。…幽香が同じことを考えていたらとっくに解決している。でも解決していない。あくまでも人質を助けるのが幽香の主目的であって、鬼を倒すのはそうじゃない。…まずは人質を助けることを優先するわ。それには貴女の力も必要」
人形遣いがうっすらと笑った。
怪訝そうな顔でメディスンはそれを見つめる。
未だわだかまりは解けてはいない。だが。
「…あんたの作戦なら確実に大丈夫なの?」
「私のことが信用できないならそれでいい。だけど、私は貴女を100%信じようと思う。そうじゃないと成功しない。だから貴女も私を信じて頂戴。そうすればこの作戦は成功する。幽香を助けることができる」
力強い言葉と意志。アリスの目からメディスンは目を離せない。
そして差し出される右手。
「お願い」
しばらくの葛藤ののち、メディスンはその手をとった。
作戦を説明した後、メディスンは幽香のもとへ向かったのだった。
メディスンが小屋に入って数分。
「きたっ!合図!」
打ち合わせ通りの合図が小屋から出た。
合図があったらアリスも小屋に突入する手はずになっていた。
「行くよ、蓬莱人形!」
具体的なことは聞かされなかったが、幽香もそれが合図というのがわかった。
壁を突き抜け、吹き飛ばされた鬼。
具体的な合図は知らなかったが、鬼が小屋から吹き飛ばされるのだから、これ以上の合図はないだろう。
また、そんなことができたのも、メディスンが抱えていたのは人形のおかげであった。
大事そうに抱えていた人形はアリスの所有する上海人形だった。
遠くからでは流石に細かい操作は出来ないものの、縛られたロープを切ることくらいは出来た。
そこからはメディスンが自分で考えた。
隙を見つけ、不意打ちで鬼を吹き飛ばしたのだろう。
ブチ開けた穴からメディスンとチャコ、最後に上海人形が出てきた。
音に気付いた残りの鬼が来たが、もう少女たちに守るべきものはない。攻めるのみだった。
そしてその攻めもあっさりと終わった。
合図を見た幽香とアリスがメディスンへ向かう鬼たちを撃退した。
「幽香お姉ちゃん!」
「もう!1人で人里を出たら駄目って言われていたでしょう?!」
「怖かったよ~!ごめんなさい~もうしません~!」
緊張が解けてチャコが幽香の胸の中で泣き叫ぶ。
「…ま、私にも原因があるんだし、あとで一緒に慧音に怒られに行きましょう?…遅くなって悪かったわね」
泣きじゃくるチャコの背を優しく撫でる。
そして顔だけをアリスとメディスンに向けた。
「貴女たちもありがとう。サインに気付いてくれて助かったわ」
目を深く閉じ、礼をした。
「気付いたのはメディスンよ。もっとわかりやすいのにしなさいよね」
アリスが皮肉を交えて答える。
「今回の殊勲はメディスンよ。サインに気付いたし、そして何よりもメディスンがいなかったら、この作戦は成功しなかった」
アリスがメディスンを見て微笑む。
「…あんたが信じろって言うからその通りにしたまでよ」
そっぽ向いてしまった。耳が赤くなっている。だからちょっと悪戯心が出てきてアリスはもう一言加えた。
「信じてくれてありがとう」
「うっ、わかったから!もう言わなくていいから!」
2人のやり取りを見て笑う幽香。そしてメディスンに向き直る。
「ありがとう。…そしてごめんね」幽香がメディスンの手を握る。
「…うん、わたしこそごめんね。わたしが未熟だから幽香困らせてばっかりで…」
「これから学んでいけばいいのよ。焦っちゃだめ。私もアリスもサポートするから、ね」
と、アリスに目線を付けて言う。
「…まぁ手伝ってやらなくはないわ」
そっぽを向きながら幽香の服を差し出すアリス。
妖怪と魔法使いと人形。その後ろにチャコ。
「幽香お姉ちゃん…」
「怖い思いをさせたわね。ごめんね。でももう大丈夫。貴女を家に絶対に帰すわ。それと…」
服を着ながら続ける。
「帰ってからあなたの育てた向日葵、ちゃんと見せてもらわないとね」
チャコの顔が満面の笑みへ変わった。
「メディスンちゃんも、助けてくれてありがとう。かっこよかったよ」
自分に言われることは予想してなかったという、鳩が豆鉄砲喰らったようなメディスンの表情。
「う…別にアンタを助けようとしたんじゃなくて…」
礼を言われ慣れてないせいか、俯いてしまった。
「そういう時は、どういたしまして、でいいのよ」
アリスに小突かれてた。
「痛っ!何でアンタに言われないといけないのよ、バカアリス!…ど、どういたしまして…?」
幽香を見る。親指を立てて頷いていた。
「さて、と」
幽香は振りかえり、ついさっき倒した鬼たちを見る。
「こいつらどうしようかしら」
アリスは
「そうね、手っ取り早くこいつらのボスにでも引き渡したらどうかしら?萃香も必死に探していたし」
瞬間。リーダー格らしい鬼が立ちあがった。
「こんなところでェッ!クソが!」
まだ戦うのかと3人が身構えた。が、鬼は幽香たちには向かわず、再思の道へ走り逃げ出した。
「どこに逃げようというの!?待ちなさい!」
追いすがるメディスンを幽香が止めた。
「どうして?」
「ここから先は“管理者”がやるわ。私たちがやるのは残った2人を連れていくこと」
幽香に代わってアリスが答えた。
「推測するに、鬼の目的は外界に行くこと。異変を起こすことで呼び寄せたかった」
「…外界ね。馬鹿なことをしたわね。もう外界に行くとかそういう話では済まないわ」
「待ち人は来ないわよ」
再思の道を進む鬼が、当初の目的であった者の姿を確認した。
最早その者と交渉できる余地などはなく、ただの絶望の使者であった。
「貴様ァ…ッ!何故ここにいる?!」
「はろー。ご指名ありがとうございます。八雲紫でございます」
傘を優雅に差しながら鬼へと近づく。
「異変の提供ありがとう。まぁルールから外れているから異変じゃなくて、ただの犯罪だけど」
くるくると傘を回し、閉じた。それを鬼へと突きつける。
「でも、幻想郷において最近そんな勇気と度胸を持つ者なんてそうはいない。私はそこを評価しますわ」
その強力な妖力が辺りに満ちる。
「だからね、私からの恩赦を。…外界ツアーをグレードアップして、境界ツアーにしてあげますわ…!」
「ひっ…!!」
鬼が慄いたのは紫の妖力が原因じゃない。自分の周りの空間がぱっくり開かれていたからだ。
「私の幻想郷を傷つけた罪は重いですわよ…?一生その“スキマ”で終わらないツアーをお楽しみ遊ばせ」
鬼がスキマに取り込まれていく。叫び声は誰にも聞こえなかった。
「幽香のかわいらしい姿を見せてくれたんだし、命は獲らないでおきますわ。さて、子の場合命の有る無し、どちらが幸せなのでしょうか…くすくすくす…」
その言葉を言い終える頃には鬼はもうなくなっていた。
その後、幽香たちは、残った2人を鬼の四天王である伊吹萃香に引き渡された。
これから幽香たち以上にキツイお仕置きがあるだろう。敵ながら同情を禁じ得ない。
慧音にはチャコと一緒に散々怒られた。
後ろでアリスとメディスンがニヤニヤ笑っていたのが癪に障ったけど、2人が一緒に何かをしていることに嬉しくなった。
チャコは慧音に連れられて人里へ帰って行った。幽香も一緒についていき、チャコの両親に謝った。
チャコへの怒りと心配が顔に出ていた両親だが、幽香の姿を見て表情が変わった。
しかも幽香が腰を折って深々と謝った時には、2人が卒倒するんじゃないのかと言わんばかりだった。しかも逆に謝られてしまった。まだこの家の人間とは話をする必要がありそうだ。
数日後、家に戻るとメディスンとアリスがいた。
あの事件以降、メディスンは少しずつ変わっていった。
人間への憎しみは薄れていないものの、他者を理解しようと努めているのがわかる。
もともと学ぶことも好きな娘だから、慧音やアリスに色々と教えを請うている。それに2人も嫌がることなく応えていた。
メディスンの中で、自分に出来ることが広がっていくことと、信頼できる人が増えていくこと。この2つが大きくなっていくのが見て取れる。幽香にとってこんなに嬉しいことはなかった。
「おかえり、幽香!」
元気のいい声が聞こえる。
「ただいま」
「随分と長いこと出てたわね。どこに行っていたの?」
キッチンの奥からアリスが現れた。
「ちょっとスキマ妖怪のところにね。あいつに今回の件を『あら、貴女が逃がしたんじゃない?それをわたくしが捕まえてあげたのよ?』なーんて、勝手に借りにされちゃたまらないもの。こっちから出向いてやったわ」
「あぁー…それは正しい対応かもね…釘を刺すという点で」
アリスは苦笑した。紫ならやりかねないということをわかっていた。
「そんなことより!」
メディスンが何かを持ってきた。
香ばしい匂いが家の中を満たしていた。
「幽香!クッキー焼いたから食べて食べて!」
「あら、頂こうかしら」
さくりといい音がした。ちょっと固いけど、口に広がるハチミツの香りもあって気にならない。
「美味しいわよ、これは」
素直な感想を口にした。
「当り前よ、私が教えたんだもの」
腰に手を当てて満足げな顔をするアリス。その隣でメディスンも同じような顔つきをしていた。
思わず笑いがこみ上げてしまった。
「ちょ、なんで笑うのよー!」「何よー!何で笑ったのさ!」
仲良く声を合わせる2人。ちょっと嫉妬するくらいに息がぴったりだ。
「あのね、そんなドヤ顔してるけど、2人とも鼻やら頬に粉ついてるのよ」
慌ててお互いの顔を確認すると、ようやく理解してくれた。
悔しそうな表情を浮かべる2人に幽香はもう一度笑いかけた。
「さ、顔拭いてきなさい。お茶にしましょう」
こんな日が、メディスンにも私にも続いたら、いいな。
博麗
お話の筋が少しちぐはぐな感じがして少し読み辛かったです
凄く面白かった。
幽香りんマジドS(親切)
作者様!好き好き大好き超愛してる!
自分の人生経験から得たものをメディスンに伝えようとする幽香りん、いいなあ
もう少し肉付けと緩急があれば深みが増すかもです。
組織に属さない幽香とメディスンとアリスですが、上手く纏まってると思いました。
一部分一部分の描写をもう少し細かく書けたらもっと良いと思います
5w2Hと見せ場を丁寧に、グッと引き込むところと、ほのぼのの境目をカッチリさせれば、もっと面白い作品になると思います。
幽香さんかわいい