これは、幻想郷が真っ紅な霧に染まる、少し前のお話。
パチュリー様からそれを聞いたのは、一週間前のことだった。
私がパチュリー様に紅茶を差し上げるために地下の大図書室に行った時の事だった。
紅魔館の地下、大図書室。ここには幾千数多の本が集められている。禁断の魔法書など危険な物から、嘘か本当かも解らない魔法書(仮)。中には官能小説さえもあるにはある。
それらの本がジャンルを問わず一堂に会し、うず高く積まれた山の中にいつもどうり、『動かない大図書館』、パチュリー様は埋もれていました。
「咲夜、紅茶?」
彼女は手にした分厚い本からは目を放さずに、体だけをこちらに向ける。どうやら今読んでいる本は相当面白いらしい。心なしか目が輝いてるように見える。
「はい、左様でございます。もしかしてお邪魔でしたか?」
そう尋ねながらも私は彼女の隣に紅茶を置く。時を止めてここまで来たため、紅茶は正真正銘の出来立てほやほやだった。
「別に紅茶は邪魔ではないけど、あなたの声は邪魔よ」
相変わらず彼女はこちらには目もくれ無いまま、手探りで紅茶を探り当てて、一口だけ飲んだ。
ふむ、どうやら本気で邪魔らしい。
「そうでしたか。それでは、失礼いたします」
そういって私はそそくさとその場を離れる事にした。
さて、いつもだったらこの話はここで終わる。大図書室を後にし、いつもと同じ日々へと戻る事になる。
しかしその日は違った。なぜなら、仕事がほぼ終わっていたことと、時間が余っていたこと、そして、これが何よりの理由だが、今日お嬢様が私の作ったケーキを食べた時、露骨に不味そうな顔をして「咲夜、何これ、粘土?」と言われたからである。
粘土。私のケーキは粘土。
もちろんその場は主に対する無礼を謝り、すぐさまその粘土味のケーキを生ごみいれにぶち込んでやった。
しかし、この一件は私の従者としてのプライドを大きく傷つける事になったのは言うまでも無い。
敗因は解っているのだ。私がお嬢様の健康を考え、亀のエキスだとか、蛇のエキスだとか、人間のエキスだとかetc........を入れまくった所為に違いない。
もっとマトモに作っていれば、そう思うと悔やんでも悔やんでも悔恨が尽きることは無い。
と、まぁ、そんな事があったわけで、私は大図書室からの帰り道、一冊の本が目に留まった。
『ケーキの作り方~Lunatic~』
Lunatic!?Lunaticとな!?
Lunatic。それは究極の難易度。Hardなんかとは比べ物にならない。
私は、自分で言うのもなんだが料理には自身がある。伊達にパーフェクト・メイドを名乗っていない。
もちろん、ケーキ作りも、普通に作れば上手である。
しかし、「咲夜、お前のケーキはLunaticか!?」と誰かに問われて、「ええ、私のケーキは完全で瀟洒でLunaticよ!!」と自信を持って答えられる気もしなかった。
私の汚名を返上するには、これしかない。お嬢様に最高級のLunaticケーキを、差し上げるのだ。
数時間後・・・・・
ガスゥッ!!!!!
「はうぅっ!!」
何時間その本を読みふけっていたのだろうか?私は突然に後頭部を襲った痛みに本の世界から引き戻された。
「咲夜、もうすぐでレミィの晩御飯の時間よ。読書もいいけど、自分の仕事ぐらいしっかりやったほうがいいわよ」
私の後ろには、すっごい満足げな顔をしたパチュリー様が立っていた。右手には例の分厚い本が握られている。この頭のジンジンする痛みの源もあの本であろう。
「いやぁしかし、あそこの配列を変えるだけであんなに使える魔法になるなんて・・・・・うふふ・・・うふふふふふふ・・・・・・」
しかも何か独り言を呟いている。主の友人でなければ即刻知らない人のフリをしたい。
「あら咲夜、その本・・・ケーキの本ね。そういえば・・・」
え?
「そ、それは本当ですか、パチュリー様?」
「ホントよホント。大マジよ。七曜の魔法使いは嘘吐かない」
やっぱり変にテンションの高いパチュリー様、正直気持ち悪い。
だが、パチュリー様が嘘を吐いているわけでは無いのも確かだ。
「教えていただいてありがとうございました。パチュリー様」
これから一週間、忙しくなりそうだ・・・・・
私、レミリア・スカーレットは悩んでいた。
一週間ほど前から、咲夜の様子がおかしかった。
取りあえずなんというか、生き生きとしているのだ。
具体的にどの辺りが生き生きとしてるかは上手くいえないが、どこと無く目が爛々と輝いていて、どこと無く弾むような足取りで歩くのだ。
あれは・・・サンタを待つ子供というか、イタズラを思いついた悪ガキというか。そんな子供らしさが咲夜から近頃感じられるのだ。
私の思い過ごしかとも考えた。しかし、私と咲夜は長年連れ添った(と言っても、私にとっては一瞬のようなモンだが)間柄である。私が咲夜の様子を読み違えることは、恐らく無いに等しい。
だが、私が「何かいい事でもあった、咲夜?」と問いかけてみても「いいえ、お嬢様。平々凡々、全く何もありませんわ」と答えるのみ。
ていうかそもそも、その答え方自体どこと無くテンション高くって気持ち悪い。
絶対なにか有る。私は咲夜の行動を注意して観るようになった。
さて、そんな事が続いたある日、私はとある事に気づいた。
咲夜は最近、買い物に出かける時間が不自然に長くなった。
よって私は昨日、『レミリア探偵の、ザ・咲夜尾行作戦!!』(我ながら良いネーミングセンスである)を実行した。
つまり、買い物に行く咲夜の後をつけることにしたのだ。
ササッ、ササササッ。
よしよし。気づいてない気づいてない。さすが私、完璧な尾行だ。
咲夜は私につけられてるとも知らないで、例の楽しそうな顔をしながら軽い足取りで進んでゆく。
ブンブンと大振りに振れる買い物バックが犬の尻尾のようだ。
ふむ、ここまではいつもの買い物と変わらな・・・・・あれ?
咲夜が分かれ道を右に曲がった。人里へ行くには左に曲がるはずである。
おかしい、そっちは魔法の森に通じる道だ。完全で瀟洒な従者である咲夜が道を間違えるなんて・・・
・・・・・いや、そもそも間違えたのか?
どちらにしろまだ何も解りはしない。とりあえず尾行を続けよう。
歩くこと数分・・・
『香霖堂』
・・・・・え?
そこは、普段の咲夜なら必ず訪れるはずの無い場所。
何か特別、珍しいものが欲しいときでもなければ、この店に顔を出す必要は無いはずである。
なのに、何故、咲夜はここに来た?
何故、咲夜はここに来るのが楽しいのだ?
ここにあるのは、変なガラクタと、変な、店主とすら呼べない男だけ・・・・・っ!!
次の瞬間、私は意味も無く全速力で紅魔館へと飛んだ。
日差しを直に浴びてしまったが気にはならない。体が少し焦げ臭いが何とも思わない。
ただ、ただ、思いっきり羽を振るった。何かから逃げるように。
この、吸血鬼である私が。
「お嬢様!!いくらお嬢様がお強いと言っても、何だってんで日差しモロ浴びで帰ってくるんですか!?いくらなんでも無茶しすぎですよっ!!」
あぁ、騒がしい門番だ。これっぽちで死ぬほど私はやわじゃない。
それからすぐに、紅魔館へは帰宅する事ができた。吸血鬼のフルスピードはすごいのだ。
「うるさいわよ美鈴。主のやる事にいちいち口出しするんじゃないわよ、門番風情が」
そう強がってはみたものの、やっぱり日光は体に毒らしい。手が震える。
今、私は紅魔館の塀に寄りかかって、そこに出来た日陰で休憩を取りながら美鈴に叱られている所だった。
「うるさいじゃありません!!お嬢様といえど吸血鬼と言う種族の壁は越えられないんですよ!!」
全く、普段は頼りないくせに、こんな時だけは図々しくなるんだから。どこの下級妖怪に堂々と吸血鬼に意見してくる奴がいるのよ・・・・・
「解った解った、以後気をつけるから。それより美鈴、最近の咲夜、どう思う?」
私の答えに安心したのか、さっきまでの気勢が削げ、いつもの美鈴らしい感じが戻ってきていた。
「はぁ、咲夜さんですか。そういえば最近、なんだか楽しそうですよね」
どうやら美鈴も気づいていたようである。
「・・・・・・・やっぱりか。美鈴、何でか心当たりはある?」
仕事仲間の美鈴なら何か知っているかも知れない。
「すいません・・・・・特に心当たりは・・・・・・・」
・・・・・・・・・・・
「・・・・・・そう、それじゃあ私は中で休むことにするわ」
少し、つかれた。
「お嬢様、お体を大事になさって下さいね」
ふぅ・・・・・そうやって他人の心配ばかりしてるから、美鈴は運命を味方に出来ないのである。
私は美鈴に手を振ることで返事をして屋敷へと入った。
まぁ、そんな美鈴だからこそ、紅魔館の門番として雇っているのだが。
「パチェ、ちょっとい
「すごい!!マジこの魔法すごい!!どのへんがすごいかってもう上から下から前から右からアヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャwwwwwwwww」
「パチュリー様落ち着いて下さい!!痛い痛い!!小悪魔のシッポを引っ張らないでくださいぃ~~~」
知らない人のフリをした。
本来なら、こんなことするべきでは無い。人の部屋を荒らすなど。
私は咲夜の部屋の扉の前に立っていた。扉にはかわいらしい字で「さくや」と書かれた木のプレートが吊るしてある。
だが、私は確証が欲しかった。咲夜とあの男が密接な関係で有るはずが無いという確証が。
ドアノブを持つ手が震える。何を恐れているのだ。
恐れを断ち切るように、私は思いっきり扉を開け放った。
亀の死体とか蛇の死体とかが転がっていた。しかも皆体液を抜き取られているのか干からびている。
バタンッ!!←(扉を閉める音)
スタタタタタタタタタタタタタタタッ←(勢いよく自室へ逃げ帰る音)
がくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがくガクガクガクガクガクガクガク
さ、咲夜の心の闇だ、あれは。きっとそうに違いない。きっとなんかあって悪魔崇拝とか始めちゃったんだ。
自分が悪魔であるのも忘れ、本気でそう思った。
とまぁ、長い回想ではあったが、だから、私、レミリア・スカーレットは悩んでいた。
・・・・・密愛か、悪魔崇拝か、はたまた両方か。
私が、何年も前から面倒をみている咲夜が、私に対して何かを隠しながらコソコソやっている。
何かを隠しながら生きる。それは年頃の女の子として、人間と言う種族としては当たり前だが、それでも私に対して咲夜が隠し事をしてるのは哀しかった。
そして今日の朝、私は咲夜から悪夢のような一言を聞いた。
「お嬢様、今日、夕食の時私から大切なお話がございます。お時間いただけるでしょうか?」
ええ、大丈夫よ。と、答えてしまった。
「お嬢様、私、愛する殿方が出来たので、今日限りでメイド長の任を解かせていただきます」
「お嬢様、私の崇拝する悪魔神様のため、その血をお捧げくださいっ!!」
考えれば考えるほど、最悪のパターンが頭に浮かんでくる。
そのまま、夕飯の時間になった。
とても重い足取りで、いつも食事をとっている広間に入ると、珍しい先客たちがたくさんいた。
動かない大図書館、パチュリー・ノーレッジ
華人小娘、紅 美鈴
それと、小悪魔
いつもは全員そろってご飯を食べるのは稀なのだが、どういうわけか、今日はそろっていた。
しかも皆同じくどこかうれしそうな顔をしている。
何故だ、何故嬉しそうな顔をしている?
そう私が尋ねる前に、奥の部屋から夕食を持った咲夜が現れた。
「お嬢様、今日は朝お話した通り、大事な話がございます」
咲夜は言葉を続ける。
「お嬢様、
ーーーーー私、愛する殿方が出来たので
ーーーーー私の崇拝する悪魔神様のため
「いやよっ!!!!!!」
知らず、叫んでいた。
「いやよ咲夜っ!!あなたは私の大切な従者なのっ!!私を置いて別の何かの元へいこうなんて、絶対にだめなのよっ!!」
いけない、涙が、流れそうだ。
「・・・・・お嬢様、ありがとうございます。私は、咲夜は、主にこんなにも思っていただけるなんて、とても幸せでございます」
長い空白の時間を切り開いたのは咲夜だった。いまにも泣き出しそうである。
「安心してください、お嬢様。咲夜は、お嬢様を見捨ててどこかに行ったりはしません。年をとって、お婆ちゃんになって、死んでしまってもなお、咲夜は永遠にお嬢様の従者です」
・・・え、じゃあ、今日の大事な話とは一体・・・
咲夜は小さく私に向かって笑う。
「お嬢様、五百歳の誕生日、おめでとうございます」
何も無かったはずの机の上には、いつの間にかおいしそうな、五本の蝋燭の立ったバースデイケーキが乗せられていた。
咲夜お得意の、種無しマジックだ。
あの後、私は散々にパチェに馬鹿にされた。
「『いやよっ』ってwwwなーに五百歳児が青春してんのよwww」
むかつく紫もやしである。煮て食ってしまおうか。
咲夜に私の年と誕生日を教えたのもパチェだそうだ。そういえば五十年ほど前に教えたような気もする。っていうかよくパチェはそんなの覚えていたな。
最近やたら楽しそうににしてたのも、私の誕生日を祝うのが楽しみだった事と、私にLunaticケーキを食べてもらいたかったからだそうだ。
もちろん粘土ケーキとLunaticケーキの件も咲夜から聞いた。咲夜が悪魔崇拝をしていると言う疑いは晴れたが、あんなの食べて大丈夫か、私。という新しい疑問が生まれてしまった。
ケーキのほうは咲夜が本気で努力した甲斐あってか、Lunaticケーキと言う名にふさわしい味であった。やっぱり咲夜は完璧で瀟洒である。
「でも咲夜、まだ一つ謎が残ってる。なんであなたは香霖堂に通っていたの?あそこにケーキの材料は無いはずよ」
「いや、私が香霖堂に行ったのは昨日一日だけなんですよ」
そういって咲夜は自分のポケットからあるものを出した。
「これを買いに行ってたんです」
それは、小さな紅い、可愛らしいブローチだった。
なるほど、特別、珍しいものを買うのにはあの店はぴったりの店である。誕生日プレゼントに向いた品物など、あの店にはたくさん転がっているだろう。
なんだか、自分が馬鹿馬鹿しい。何を深くとっていたのだろう、私は。
「咲夜、私の迎えた五百回の誕生日の中で、一番すばらしい誕生日だったわ。だけど・・・・・」
「何でございましょう、お嬢様」
「来年は私も混ぜて、もっと壮大で豪華なパーティーにしましょう。もちろん、あなたのおいしいケーキもいっぱい作るのよ?今年より来年。来年より再来年をすばらしくするのが、運命を味方にするコツよ、咲夜」
「かしこまりました、お嬢様」
一年後、紅魔館では、彼女らの想像を超える数の人々を招いたとても壮大で豪華なパーティーが開かれ、巫女や魔法使い、冥界の者や月の民。地面の底から空の上まで、あらゆるところからの客人が集まる事になるのだが、それはまた別の話。
今日も幻想郷は、平和だった。
パチュリー様からそれを聞いたのは、一週間前のことだった。
私がパチュリー様に紅茶を差し上げるために地下の大図書室に行った時の事だった。
紅魔館の地下、大図書室。ここには幾千数多の本が集められている。禁断の魔法書など危険な物から、嘘か本当かも解らない魔法書(仮)。中には官能小説さえもあるにはある。
それらの本がジャンルを問わず一堂に会し、うず高く積まれた山の中にいつもどうり、『動かない大図書館』、パチュリー様は埋もれていました。
「咲夜、紅茶?」
彼女は手にした分厚い本からは目を放さずに、体だけをこちらに向ける。どうやら今読んでいる本は相当面白いらしい。心なしか目が輝いてるように見える。
「はい、左様でございます。もしかしてお邪魔でしたか?」
そう尋ねながらも私は彼女の隣に紅茶を置く。時を止めてここまで来たため、紅茶は正真正銘の出来立てほやほやだった。
「別に紅茶は邪魔ではないけど、あなたの声は邪魔よ」
相変わらず彼女はこちらには目もくれ無いまま、手探りで紅茶を探り当てて、一口だけ飲んだ。
ふむ、どうやら本気で邪魔らしい。
「そうでしたか。それでは、失礼いたします」
そういって私はそそくさとその場を離れる事にした。
さて、いつもだったらこの話はここで終わる。大図書室を後にし、いつもと同じ日々へと戻る事になる。
しかしその日は違った。なぜなら、仕事がほぼ終わっていたことと、時間が余っていたこと、そして、これが何よりの理由だが、今日お嬢様が私の作ったケーキを食べた時、露骨に不味そうな顔をして「咲夜、何これ、粘土?」と言われたからである。
粘土。私のケーキは粘土。
もちろんその場は主に対する無礼を謝り、すぐさまその粘土味のケーキを生ごみいれにぶち込んでやった。
しかし、この一件は私の従者としてのプライドを大きく傷つける事になったのは言うまでも無い。
敗因は解っているのだ。私がお嬢様の健康を考え、亀のエキスだとか、蛇のエキスだとか、人間のエキスだとかetc........を入れまくった所為に違いない。
もっとマトモに作っていれば、そう思うと悔やんでも悔やんでも悔恨が尽きることは無い。
と、まぁ、そんな事があったわけで、私は大図書室からの帰り道、一冊の本が目に留まった。
『ケーキの作り方~Lunatic~』
Lunatic!?Lunaticとな!?
Lunatic。それは究極の難易度。Hardなんかとは比べ物にならない。
私は、自分で言うのもなんだが料理には自身がある。伊達にパーフェクト・メイドを名乗っていない。
もちろん、ケーキ作りも、普通に作れば上手である。
しかし、「咲夜、お前のケーキはLunaticか!?」と誰かに問われて、「ええ、私のケーキは完全で瀟洒でLunaticよ!!」と自信を持って答えられる気もしなかった。
私の汚名を返上するには、これしかない。お嬢様に最高級のLunaticケーキを、差し上げるのだ。
数時間後・・・・・
ガスゥッ!!!!!
「はうぅっ!!」
何時間その本を読みふけっていたのだろうか?私は突然に後頭部を襲った痛みに本の世界から引き戻された。
「咲夜、もうすぐでレミィの晩御飯の時間よ。読書もいいけど、自分の仕事ぐらいしっかりやったほうがいいわよ」
私の後ろには、すっごい満足げな顔をしたパチュリー様が立っていた。右手には例の分厚い本が握られている。この頭のジンジンする痛みの源もあの本であろう。
「いやぁしかし、あそこの配列を変えるだけであんなに使える魔法になるなんて・・・・・うふふ・・・うふふふふふふ・・・・・・」
しかも何か独り言を呟いている。主の友人でなければ即刻知らない人のフリをしたい。
「あら咲夜、その本・・・ケーキの本ね。そういえば・・・」
え?
「そ、それは本当ですか、パチュリー様?」
「ホントよホント。大マジよ。七曜の魔法使いは嘘吐かない」
やっぱり変にテンションの高いパチュリー様、正直気持ち悪い。
だが、パチュリー様が嘘を吐いているわけでは無いのも確かだ。
「教えていただいてありがとうございました。パチュリー様」
これから一週間、忙しくなりそうだ・・・・・
私、レミリア・スカーレットは悩んでいた。
一週間ほど前から、咲夜の様子がおかしかった。
取りあえずなんというか、生き生きとしているのだ。
具体的にどの辺りが生き生きとしてるかは上手くいえないが、どこと無く目が爛々と輝いていて、どこと無く弾むような足取りで歩くのだ。
あれは・・・サンタを待つ子供というか、イタズラを思いついた悪ガキというか。そんな子供らしさが咲夜から近頃感じられるのだ。
私の思い過ごしかとも考えた。しかし、私と咲夜は長年連れ添った(と言っても、私にとっては一瞬のようなモンだが)間柄である。私が咲夜の様子を読み違えることは、恐らく無いに等しい。
だが、私が「何かいい事でもあった、咲夜?」と問いかけてみても「いいえ、お嬢様。平々凡々、全く何もありませんわ」と答えるのみ。
ていうかそもそも、その答え方自体どこと無くテンション高くって気持ち悪い。
絶対なにか有る。私は咲夜の行動を注意して観るようになった。
さて、そんな事が続いたある日、私はとある事に気づいた。
咲夜は最近、買い物に出かける時間が不自然に長くなった。
よって私は昨日、『レミリア探偵の、ザ・咲夜尾行作戦!!』(我ながら良いネーミングセンスである)を実行した。
つまり、買い物に行く咲夜の後をつけることにしたのだ。
ササッ、ササササッ。
よしよし。気づいてない気づいてない。さすが私、完璧な尾行だ。
咲夜は私につけられてるとも知らないで、例の楽しそうな顔をしながら軽い足取りで進んでゆく。
ブンブンと大振りに振れる買い物バックが犬の尻尾のようだ。
ふむ、ここまではいつもの買い物と変わらな・・・・・あれ?
咲夜が分かれ道を右に曲がった。人里へ行くには左に曲がるはずである。
おかしい、そっちは魔法の森に通じる道だ。完全で瀟洒な従者である咲夜が道を間違えるなんて・・・
・・・・・いや、そもそも間違えたのか?
どちらにしろまだ何も解りはしない。とりあえず尾行を続けよう。
歩くこと数分・・・
『香霖堂』
・・・・・え?
そこは、普段の咲夜なら必ず訪れるはずの無い場所。
何か特別、珍しいものが欲しいときでもなければ、この店に顔を出す必要は無いはずである。
なのに、何故、咲夜はここに来た?
何故、咲夜はここに来るのが楽しいのだ?
ここにあるのは、変なガラクタと、変な、店主とすら呼べない男だけ・・・・・っ!!
次の瞬間、私は意味も無く全速力で紅魔館へと飛んだ。
日差しを直に浴びてしまったが気にはならない。体が少し焦げ臭いが何とも思わない。
ただ、ただ、思いっきり羽を振るった。何かから逃げるように。
この、吸血鬼である私が。
「お嬢様!!いくらお嬢様がお強いと言っても、何だってんで日差しモロ浴びで帰ってくるんですか!?いくらなんでも無茶しすぎですよっ!!」
あぁ、騒がしい門番だ。これっぽちで死ぬほど私はやわじゃない。
それからすぐに、紅魔館へは帰宅する事ができた。吸血鬼のフルスピードはすごいのだ。
「うるさいわよ美鈴。主のやる事にいちいち口出しするんじゃないわよ、門番風情が」
そう強がってはみたものの、やっぱり日光は体に毒らしい。手が震える。
今、私は紅魔館の塀に寄りかかって、そこに出来た日陰で休憩を取りながら美鈴に叱られている所だった。
「うるさいじゃありません!!お嬢様といえど吸血鬼と言う種族の壁は越えられないんですよ!!」
全く、普段は頼りないくせに、こんな時だけは図々しくなるんだから。どこの下級妖怪に堂々と吸血鬼に意見してくる奴がいるのよ・・・・・
「解った解った、以後気をつけるから。それより美鈴、最近の咲夜、どう思う?」
私の答えに安心したのか、さっきまでの気勢が削げ、いつもの美鈴らしい感じが戻ってきていた。
「はぁ、咲夜さんですか。そういえば最近、なんだか楽しそうですよね」
どうやら美鈴も気づいていたようである。
「・・・・・・・やっぱりか。美鈴、何でか心当たりはある?」
仕事仲間の美鈴なら何か知っているかも知れない。
「すいません・・・・・特に心当たりは・・・・・・・」
・・・・・・・・・・・
「・・・・・・そう、それじゃあ私は中で休むことにするわ」
少し、つかれた。
「お嬢様、お体を大事になさって下さいね」
ふぅ・・・・・そうやって他人の心配ばかりしてるから、美鈴は運命を味方に出来ないのである。
私は美鈴に手を振ることで返事をして屋敷へと入った。
まぁ、そんな美鈴だからこそ、紅魔館の門番として雇っているのだが。
「パチェ、ちょっとい
「すごい!!マジこの魔法すごい!!どのへんがすごいかってもう上から下から前から右からアヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャwwwwwwwww」
「パチュリー様落ち着いて下さい!!痛い痛い!!小悪魔のシッポを引っ張らないでくださいぃ~~~」
知らない人のフリをした。
本来なら、こんなことするべきでは無い。人の部屋を荒らすなど。
私は咲夜の部屋の扉の前に立っていた。扉にはかわいらしい字で「さくや」と書かれた木のプレートが吊るしてある。
だが、私は確証が欲しかった。咲夜とあの男が密接な関係で有るはずが無いという確証が。
ドアノブを持つ手が震える。何を恐れているのだ。
恐れを断ち切るように、私は思いっきり扉を開け放った。
亀の死体とか蛇の死体とかが転がっていた。しかも皆体液を抜き取られているのか干からびている。
バタンッ!!←(扉を閉める音)
スタタタタタタタタタタタタタタタッ←(勢いよく自室へ逃げ帰る音)
がくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがくガクガクガクガクガクガクガク
さ、咲夜の心の闇だ、あれは。きっとそうに違いない。きっとなんかあって悪魔崇拝とか始めちゃったんだ。
自分が悪魔であるのも忘れ、本気でそう思った。
とまぁ、長い回想ではあったが、だから、私、レミリア・スカーレットは悩んでいた。
・・・・・密愛か、悪魔崇拝か、はたまた両方か。
私が、何年も前から面倒をみている咲夜が、私に対して何かを隠しながらコソコソやっている。
何かを隠しながら生きる。それは年頃の女の子として、人間と言う種族としては当たり前だが、それでも私に対して咲夜が隠し事をしてるのは哀しかった。
そして今日の朝、私は咲夜から悪夢のような一言を聞いた。
「お嬢様、今日、夕食の時私から大切なお話がございます。お時間いただけるでしょうか?」
ええ、大丈夫よ。と、答えてしまった。
「お嬢様、私、愛する殿方が出来たので、今日限りでメイド長の任を解かせていただきます」
「お嬢様、私の崇拝する悪魔神様のため、その血をお捧げくださいっ!!」
考えれば考えるほど、最悪のパターンが頭に浮かんでくる。
そのまま、夕飯の時間になった。
とても重い足取りで、いつも食事をとっている広間に入ると、珍しい先客たちがたくさんいた。
動かない大図書館、パチュリー・ノーレッジ
華人小娘、紅 美鈴
それと、小悪魔
いつもは全員そろってご飯を食べるのは稀なのだが、どういうわけか、今日はそろっていた。
しかも皆同じくどこかうれしそうな顔をしている。
何故だ、何故嬉しそうな顔をしている?
そう私が尋ねる前に、奥の部屋から夕食を持った咲夜が現れた。
「お嬢様、今日は朝お話した通り、大事な話がございます」
咲夜は言葉を続ける。
「お嬢様、
ーーーーー私、愛する殿方が出来たので
ーーーーー私の崇拝する悪魔神様のため
「いやよっ!!!!!!」
知らず、叫んでいた。
「いやよ咲夜っ!!あなたは私の大切な従者なのっ!!私を置いて別の何かの元へいこうなんて、絶対にだめなのよっ!!」
いけない、涙が、流れそうだ。
「・・・・・お嬢様、ありがとうございます。私は、咲夜は、主にこんなにも思っていただけるなんて、とても幸せでございます」
長い空白の時間を切り開いたのは咲夜だった。いまにも泣き出しそうである。
「安心してください、お嬢様。咲夜は、お嬢様を見捨ててどこかに行ったりはしません。年をとって、お婆ちゃんになって、死んでしまってもなお、咲夜は永遠にお嬢様の従者です」
・・・え、じゃあ、今日の大事な話とは一体・・・
咲夜は小さく私に向かって笑う。
「お嬢様、五百歳の誕生日、おめでとうございます」
何も無かったはずの机の上には、いつの間にかおいしそうな、五本の蝋燭の立ったバースデイケーキが乗せられていた。
咲夜お得意の、種無しマジックだ。
あの後、私は散々にパチェに馬鹿にされた。
「『いやよっ』ってwwwなーに五百歳児が青春してんのよwww」
むかつく紫もやしである。煮て食ってしまおうか。
咲夜に私の年と誕生日を教えたのもパチェだそうだ。そういえば五十年ほど前に教えたような気もする。っていうかよくパチェはそんなの覚えていたな。
最近やたら楽しそうににしてたのも、私の誕生日を祝うのが楽しみだった事と、私にLunaticケーキを食べてもらいたかったからだそうだ。
もちろん粘土ケーキとLunaticケーキの件も咲夜から聞いた。咲夜が悪魔崇拝をしていると言う疑いは晴れたが、あんなの食べて大丈夫か、私。という新しい疑問が生まれてしまった。
ケーキのほうは咲夜が本気で努力した甲斐あってか、Lunaticケーキと言う名にふさわしい味であった。やっぱり咲夜は完璧で瀟洒である。
「でも咲夜、まだ一つ謎が残ってる。なんであなたは香霖堂に通っていたの?あそこにケーキの材料は無いはずよ」
「いや、私が香霖堂に行ったのは昨日一日だけなんですよ」
そういって咲夜は自分のポケットからあるものを出した。
「これを買いに行ってたんです」
それは、小さな紅い、可愛らしいブローチだった。
なるほど、特別、珍しいものを買うのにはあの店はぴったりの店である。誕生日プレゼントに向いた品物など、あの店にはたくさん転がっているだろう。
なんだか、自分が馬鹿馬鹿しい。何を深くとっていたのだろう、私は。
「咲夜、私の迎えた五百回の誕生日の中で、一番すばらしい誕生日だったわ。だけど・・・・・」
「何でございましょう、お嬢様」
「来年は私も混ぜて、もっと壮大で豪華なパーティーにしましょう。もちろん、あなたのおいしいケーキもいっぱい作るのよ?今年より来年。来年より再来年をすばらしくするのが、運命を味方にするコツよ、咲夜」
「かしこまりました、お嬢様」
一年後、紅魔館では、彼女らの想像を超える数の人々を招いたとても壮大で豪華なパーティーが開かれ、巫女や魔法使い、冥界の者や月の民。地面の底から空の上まで、あらゆるところからの客人が集まる事になるのだが、それはまた別の話。
今日も幻想郷は、平和だった。