諸注意:このSSは壊れギャグです。登場人物全員がまんべんなく壊れています。
幼児の手の届かないところに保管し、用法・容量を守って正しくお使いください。
_/ _/ _/ Prologue _/ _/ _/
鬱蒼とした木々が生い茂る、昼なお暗き魔法の森の、少し拓けたその一画。
霧雨邸の一室は、怪しい格好をした二人組の変態どもに占拠されていた。
_/ _/ _/ 霧雨邸 PM15:12 _/ _/ _/
「えー、それでは、ただ今より第9回・胸なし娘(みなしご)たちの叫びの会、定例集会を開催します」
「待て。
何故にお前は我が家の一室を堂々と乗っ取って
妖しげなわけのわからん集会を開こうとしとるんだこの腋巫女ニート」
うららかな昼下がり。
ぽかぽか陽気に誘われるまま、うたた寝でもしてしまいそうなのどかで平和な日常は、
突如として家に上がりこんできた挙句に奇っ怪な小道具をそこかしこに設置して妖しげな集会を開きだした
怪しさ爆発センス最悪な三角形の覆面を被った腋丸出しの紅白ニートによって情け容赦なく打ち砕かれた。
「今の私は『紅白R』よ。ニート呼ばわりはやめなさい。『白黒M』」
「誰が白黒Mだ。勝手に怪しい偽名をつけるな」
「あぁ、そうね。覆面を忘れてたわ。はいこれ」
「あぁ、サンキュ……って要るかこんなもん!」
思い出したように懐、というか袖から三角形の覆面を取り出す霊……もとい紅白R。
魔理沙は差し出されたそれを受け取って、全力で床に叩きつけた。
それを目の当たりにした紅白Rは、信じられないものを見たような目で、魔理沙の顔を覗きこむ。
いや、覆面してるからわかんないけど。
「……覆面もしないで、集会に参加するつもりなの?」
「ンな怪しい集会になんぞ誰が参加するか。
っつーかそもそも、なんでうちでこんな変な集会なんか開くんだよ」
「愚問ね。前々回の開催場所は紅魔館、前回の開催場所は博麗神社。
となればここが今回の開催場所に選ばれるのは、火を見るよりも明らかなことでしょう?」
「流石は『瀟洒S』ね。実に瀟洒な切り返しだわ。
……そういえば、第3回と第6回の集会のとき、魔理沙ってば留守だったわよね。無用心よ」
「人の家に勝手に上がりこんでおきながらそーゆー事を抜かすかお前は」
「ええ、だから開催日をずらしてまで、魔理沙が家にいるであろう今日この時に集会を開いたのよ」
まるでそれが当然のことであるかのように、紅白Rと瀟洒Sはしれっと言い放つ。
悪気などカケラも感じていないあたり、いっそ清々しいくらいだった。
「日本語通じとけよな。私を巻き込むなって言ってんだろうがこの馬鹿コンビ。
いいからさっさとその覆面を取れ! さもないとマスタースパークで吹っ飛ばすぞ!」
魔理沙は叫びながら、懐からミニ八卦炉を取り出した。
今にも魔砲をぶっ放してきそうな剣幕に、覆面コンビは顔を見合わせ、渋々ながら覆面を脱いだ。
もっとも、紅白の素敵な巫女服と瀟洒なメイド服はそのままなので、誰であるかは丸わかりなのだが。
「魔理沙は本当にわがままね。
そんなのじゃあ、社会に出たときにやっていけないわよ」
「黙れニート」
取った覆面を袖の中にしまい込みつつ、ぼやく霊夢。
一方の魔理沙は、お前にだけは言われたくない、と言わんばかりに顔を引きつらせて、言葉を返した。
というか、その袖の中は一体どーゆー構造になっているのだろうか。
「まあ、気を取り直して、と。
今回から思いつきで始めた恒例のバスト測定でもいってみましょーか」
霊夢はこほん、と軽く咳払いをして、魔理沙に向き直る。
その目つきは獲物を狙うハンターそのものであり、口許にはやらしい薄笑いを浮かべてさえいた。
それにしても、思いつきで始めた恒例の、ってものすごく矛盾してやしないか。
「ちょっと待て霊夢。私はこの会合とは無関係だろうがっ」
「しゃーらっぷ。
この会……、『胸なし娘たちの叫びの会』の集まりにおいては、会長であるあたしが法律よ」
魔理沙のツッコミに、霊夢は文句あるかこのダラズ。と言わんばかりの横柄な態度で、親指を自分に向けて突きたてる。
それを合図に、いつの間にか背後に回り込んでいた咲夜が、魔理沙を羽交い絞めにした。
「なっ!? この、放せっ!」
「諦めなさい。私もやられたんだから」
「そうそう。ここは一つ、大人しくヤられちゃったほうが身のためよ?」
「ノー! 絶対にノーだっ!!」
なんとか振り解こうとして、魔理沙はじたばたともがきだす。
しかし、完璧に固められてしまっていては、どんな抵抗も無意味なものでしかなかった。
「往生際が悪いわよ、魔理沙」
「当たり前だっ!
胸を揉むぞって言われて、はいそうですかなんて言えるわけないだろ!」
「だが残念。この博麗霊夢、容赦せぬ。
それにー、嫌よ嫌よも好きのうちって言うじゃない?」
魔理沙の抗議などどこ吹く風。
霊夢はやらしい薄笑いを浮かべて、魔理沙の服に手を突っ込んだ。
ふに。
ふにふに。
「や、やめろってば……っ」
「ふっふっふ。口では嫌と言っても、カラダは正じ……き……」
嫌がる魔理沙に向かって、霊夢はやらしい口調で声を掛ける――が、その声は尻すぼみに途切れてしまう。
同時に、浮かべていた薄笑いも消えて、驚愕の表情に取って変わっていた。
ふにふに。
ふにふにふに。
「そ……育ってる……。
先月から、22mmもアップしているわ……」
霊夢は大きく目を見開いて、うわ言のように呟いた。
それはともかく、下着の上から揉んだだけで、ミリ単位で計測できてしまうのはどうかと。
その呟きを聞いた咲夜もまた、愕然とした表情で腕を緩める。
魔理沙はすかさず拘束を振りほどいて、いまだに放心している二人から距離をとった。
「お前ら、いい加減にしろよなっ!!」
両手で胸元をかばうようにして、魔理沙は二人に向かって怒鳴りつける。
だが、当の二人はというと、俯いてうな垂れたまま、微動だにしなかった。
「裏切りよ……」
「許さない……」
ぽつり、と。
二人は、まるで呪詛のような、短い呟きを漏らした。
まったく同時に、鏡写しのように首だけをぎぎぃっ、と動かして、魔理沙を凝視する。
それだけで人が殺せそうなほどに、鋭く、冷たく、禍々しい二組の眼光に射抜かれて、魔理沙は思わず身を竦ませた。
そしてこの二人は、隙だらけの獲物を見逃すような慈悲の心など、とっくの昔に捨てていた。
――――あるいは、もとより持ち合わせていなかった。
「裏切り者は粛清よぉぉっ!」
「制裁よ制裁っ!!」
口々に叫びつつ、萎縮する魔理沙に向かって飛びかかる二人の変態。
その瞳はぎらりと暗く光り、なおかつ血走っていた。
悲鳴を上げる間さえ与えず、霊夢は胸に、咲夜は脚にタックルをかまし、そのまま勢いに任せ押し倒す。
「――なっ!? おっ、お前らっ!?」
押し倒され、組み伏せられて、ようやく魔理沙は我に返って声を上げる。
しかし、時はすでに遅かった。むしろ遅すぎた。
二人に圧し掛かられては、はね除けることはおろか、満足に身動きも取れない。
「やめろ、放せっ! どけよこの変態どもっ!」
「「ありがとう褒め言葉よ」」
「ウフフフフフハァハァ」
「ドゥフフフフハァハァ」
魔理沙の罵声を、しかし二人は笑顔で受け流し、荒い息をつくばかり。
これから繰り広げられるであろう悪夢が脳裏をよぎり、魔理沙は顔を引きつらせる。
そして、なんとも皮肉なことに、その恐怖に歪んだ顔が、二人のサド心を燃え上がらせてしまっていた。
「性別なんてドンマイドンマイ!可愛いものは汚したいっ!!」
「私をその気にさせた責任、取ってもらわなきゃねっ!」
「アッー!?」
~しばらく お待ちください~
霊夢はてらてらと濡れ光る指に舌を這わせ、指に残る液体を舐め取っている。
咲夜も咲夜で、腰に手を当てて、妙に男らしい仕草で牛乳なんぞを飲んでいた。
なにやらアレな達成感を漂わせる二人に対して、魔理沙はただ、うつ伏せになってすすり泣くのみ。
「ふふ……、なかなかよかったわよ、魔理沙」
「燃えたわ。久々に」
「ひっく……えぐっ。
汚された、腋巫女と変態メイドに汚された……っ」
「やーねぇ、そんなにいぢめて光線を出さないでよ」
「また燃えちゃうじゃない」
「黙れよっ、うわあぁぁぁぁんっ!」
魔理沙の心中などどこ吹く風。
めいめい好き勝手なことを言いくさる二人に、ついに魔理沙は声を上げて泣き出してしまったのでした。
なお、誤解のないように言っておかなければならないが、
三人は別にエロいことをしていたわけではなく、ただオイルレスリングに興じていただけである。
霊夢の『よかった』という発言は、『白熱した試合を楽しめた』という意味であり、
魔理沙の『汚された』という呟きは、『髪が油まみれになってしまった』という意味に他ならない。
魔理沙が泣き出したのは、二人掛かりだったとはいえ勝負に負けて悔しいからであり、
霊夢が舐め取ったのも、オイルレスリングの時に使った油であるからして、決してエロスいことはなく絶対的に健全なのだ。
エロスい人にはエロスく見えてしまう言葉のマジック。
えっちなのはいけないと思います。
しばらくののち、三人は気を取り直して居間に場所を移し、お茶を啜っていた。
そんな折、霊夢は唐突に、テーブルをだんっ、と叩いて身を乗り出す。
「魔理沙っ!裏切ったわね!
あんたはあたしたちを裏切ったのよ!!」
「何の話だっ!?」
突拍子もない霊夢の行動に、驚きながらも怒鳴り返す。
そんな魔理沙の反応を見て取って、霊夢は握り拳を作りながら話し出した。
「健やかなる時も病める時も、ともに巨乳を恨みあい、育つ時はいつも一緒だと……、
あたしと咲夜の二人で桃園の誓いを交わしたでしょうがっ!」
「待て。何もかもが間違ってるぞ!」
「そうよ、霊夢。あなたは間違っているわ」
たわ言を並べ立てる霊夢に、魔理沙は強く、咲夜は静かにツッコミを入れた。
思わぬ援軍に、いいぞもっと言ってやれ! とばかりに、魔理沙は期待の眼差しを咲夜に向ける。
「それを言うなら『健やかなる時も病める時も、ともに巨乳を憎みあい』よ」
「……はっ、そうだったわ!」
「そういう問題じゃねえぇぇぇぇぇ!!」
――OK、ちょっとでも期待した私がバカだった。
魔理沙は絶叫を張り上げながら、人知れず絶望に打ちひしがれたのであった。
頭を抱えてテーブルに突っ伏す魔理沙を横目に、霊夢は再びお茶を啜りだす。
湯飲みの底を天井に向けて、一息ついたのち、おもむろに口火を切り出した。
「……でもね、実際問題としてよ。
一月も経たないうちに22mmも育てられちゃあ、あたしとしても立つ瀬がないわ」
「そうでしょうね。昨日まで、2mm勝ってるんだーって物凄くみみっちい優越感を感じてた身としてはね」
つらつらと言葉を連ねる咲夜の目の前に、バールのようなものの先端がめり込んだ。
勢い余ってテーブルそのものがひしゃげ、ひび割れたが、霊夢はそんなことなどお構い無しに、目を細めて口を開く。
「黙んなさい。次にそのことを口にしたら冷凍マグロよ」
「あら、怖いこと」
「それに咲夜だって6mm勝ってたのが今度は」
みなまで言う間もなく、霊夢の目の前に大振りのアーミーナイフが突き立てられる。
咲夜は顔に張り付かせたにこやかな笑みを崩さぬまま、しかし身の毛もよだつ殺気をまとって佇んでいた。
「4秒前の台詞、そのまま返すわね。このえぐれ洗濯板」
「ほほぉう……、へしゃれ甘食がよく言うわ」
「あらあら、どうしてもナイフの錆になりたいようね?」
「そっちこそ、バールの露に消えたいわけ?」
「ほほほほほほほほほ」
「ふふふふふふふふふ」
冷たく乾いた空気の中、火花を周囲に撒き散らしながら、二人は笑いあう。
口を亀裂のように引きつらせ、目には明らかな殺意の火を灯して、悪意にまみれた邪悪極まりない笑顔で。
「あのなぁお前ら、そんなことでいがみ合うなよ。五十歩百歩もいいとこだぞ?」
一人置いてけぼりな魔理沙の漏らした呟きに、二人はそろって顔を向けてくる。
気圧されて息を呑む魔理沙に向かって身を乗り出すと、口々にがなりだした。
「わかってないわね。五十歩百歩ならその差は五十歩。圧倒的に違うでしょう!?」
「戦場では、その五十歩が生死を分けることもあるのよ!?」
「って言うか、五十歩百歩ってなにそれ? 勝者の余裕?」
「22mmも育ったからって、いい気になってるんじゃないわよ!」
一言一言、大声を上げるたびにテーブルに手を叩きつける二人。
その衝撃にテーブルはひしゃげ、たわみ、歪んで、どんどん原型を留めなくなっていく。
いよいよトドメが刺さるかどうかというところで、霊夢は動きを止め、ひときわ大きな息を吐いた。
「……こうなったら、桃園の誓いはなかったことにするしかないわね。
その上で、誰が一番胸を大きく出来るかっ!それを競おうじゃない!!
どうせだから賭けようかしら? 勝者は、どんなことでも一つだけ命令できるってね」
「面白いじゃない。乗ったわ」
「決まりね。それじゃあ期限は一週間、この三人のうちで誰が一番胸を大きく出来るか、勝負よ!
あたしを本気にさせたこと、後悔させてあげるわ!」
「待てお前ら。勝手に私を巻き込むなっ!」
勝手に話を進められ、なし崩しに巻き込まれつつあることに憤慨して、魔理沙は怒声を張り上げる。
しかし、こういったタイミングで足掻いてもそのまま押し流されてしまうのは、もはやお約束。
例によって例のごとく、二人はしれっと抗議を受け流す。
「何を言ってるのかしら? 無言ってことは消極的賛成ってことでしょう?」
「消極的賛成は、つまり賛成だから、諸手を挙げて大喝采してるのと同じだっててゐも言ってたわよ」
「……こ、こいつら……」
当然のことのように寝言をほざく二人を前にして、魔理沙は顔を引きつらせた。
「それとも、まさか負けるのが怖くて反対してるってわけじゃないわよね?」
「どうかしら? 勝ち目のない戦いなんか、誰だってしたくないものね」
二人の言葉に、ぴくん、と、魔理沙の眉根が動いた。
見え透いた挑発だと頭ではわかっていても、負けず嫌いの性分がむくむくと鎌首をもたげてくる。
こんなにも見え透いた挑発に、易々乗せられるほど馬鹿じゃない。
こんなにもおちょくられて、黙っていられるほど腑抜けじゃない。
理性と感情とがせめぎ合い、魔理沙は言葉を詰まらせる。
それに気付いた二人は、感情面に追い討ちをかけるべく、揶揄するような口調で続けた。
「そうよねー、いくら魔理沙と言ったって、所詮は人の子だものねぇ。
分の悪い賭けは避けて通るのが一番の安全策だものねぇ」
「そうね、負けるのが目に見えてるから参戦しないっていうのも一つの手よね」
「あ、そっか。やっぱり勝てないと悟って逃げに出てるとか?」
「そうそう。魔理沙ったら普段はブイブイ言わせてるくせに、
なんだかんだ言ってここ一番ではヘタレよね」
「つまり、ヘタレ魔理沙と。」
「略してヘタマリでいいじゃない」
「……随分と、好き放題言ってくれるな」
理性、ノックアウト。
いくらなんでも、ここまで馬鹿にされて黙っていたのでは女がすたる。
魔理沙はぐいっと身を乗り出し、テーブルに足を乗せて、ありったけの大声を張り上げた。
「上等だっ、やってやろうじゃねぇか!
あとで吠え面かかせてやるからな、覚悟しておけよ!!」
片足をテーブルに乗せて啖呵を切るその様は、どこか桜吹雪の御奉行様を思い起こさせる。
だがしかし、座して茶啜る二人は、計画犯の笑みを浮かべてほくそ笑むばかりだった。
「それじゃあ、魔理沙も参加するのね?」
「おうさ、やってやるぜ。
言っとくが、絶対に負けないからな」
魔理沙は半壊したテーブルから足を下ろして、憮然とした表情を浮かべたまま湯飲みを手に取る。
ぬるくなったお茶を一息に飲み干し――――
「でも、魔理沙はいいわよねー、育ててくれる相手が居るんだもん」
吹いた。
盛大に吹いた。
胸を叩いてむせる魔理沙に、二人はサドい笑顔を浮かべて追撃にかかりだした。
「あんたはあの魔法使いとチョメチョメしてペケペケ、でもってニャンニャンしてるわけだしねー?」
「へぇ、そうだったの。魔理沙も隅に置けないわねぇ?」
「あっ、アリスは関係ないだろっ!」
にやにやと邪悪な笑みを浮かべて、好き放題野次ってくる霊夢と咲夜に、魔理沙は耳まで赤く染めて怒鳴り散らす。
ムキになって否定するあたり、もはや自白しているも同然なのだが――、
魔理沙はあまりのことに気が動転していて、さらに墓穴を掘ったことにも気付いてないっぽかった。
「あっれー? あたしはアリスだなんて一言も言ってないのに……、なんでここでアリスが出てくるのかしらねぇ?」
「さて、どうしてかしらねぇ?」
「あ……いや、それは、その」
霊夢の問いかけに、魔理沙はたじろいで言葉を詰まらせる。
自分がどれだけ凄まじい自爆をかましたのか、ようやく気付いたようだ。
怒りと恥ずかしさとで紅潮していた顔が、見る見るうちに血の気を失い青ざめていく。
「はいはいエロスエロス」
「はいはいハッスルハッスル」
「~~~~~~っ!!」
後悔してももう遅い。
格好の獲物を見つけた猫さながらに、霊夢と咲夜は邪悪な笑みを浮かべ、ここぞとばかりに魔理沙をおちょくりだす。
魔理沙は再び完熟トマトのようになって、そのまま俯いてしまった。
「あら、そんな耳まで真っ赤にするなんて、ひょっとして図星だった?」
「その様子だと随分お盛んみたいねぇ。妬けちゃうわー」
「……れよ」
「んー? 何か言ったかしら?
アリスに甘えるときみたいに言ってくれないと霊夢わかんなーい」
「アリスに? アリスが、じゃなくって?」
「ヘタレの魔理沙が攻めなんてできるわけないじゃない。
どうせされるがままの受け一辺倒に決まってるわよ」
「それもそうね。
おおかた、『されるがままなんて……くやしい……。でもブレイジングスター!』みたいな」
「黙れよお前らっ! とっとと帰れっ! 出てけぇっ!!」
そして、お約束のブチ切れ。
魔理沙は半泣きになって、手近な家財道具を掴んでは二人に向かって投げつけ始める。
湯飲みにきゅうすに置き時計、花瓶に壷に椅子に招き猫に鎧兜に道路標識に円柱ポストにロケットパンチにエビフライ。
とにかく手当たり次第に放り投げられる、多種多様なモノモノ。
なんだか無茶なブツまでもが、聞くに堪えない罵詈雑言とともに、二人へと飛び迫っていく。
「とうっ!チョン避けチョン避けっ!
咲夜、ここは逃げるが勝ちよ! というわけであんた囮になんなさい!」
「ていっ!喰らいボム喰らいボムっ!
冗談も休み休み言いなさい! 囮になるのはあなたの方よっ!」
二人は家財道具による怒涛の弾幕を避けながら、押し合いへし合いして玄関へと逃げていく。
魔理沙が今まさに狸の置物を投げつけようとしたその瞬間、二人は一斉に外に躍り出て、そのまま空へと飛び立った。
「この場は退くけど、これで勝ったと思わないことね、魔理沙っ!」
「勝負の日は一週間後よ、首を洗って待ってなさい!」
そして、口々に好き放題な捨てゼリフを残し、霧雨邸を後にする。
誰もいなくなった玄関に、狸の置物が放り投げられたのは、それから数瞬あとのことだった。
_/ _/ _/ ケース1・霧雨 魔理沙の場合 _/ _/ _/
_/ _/ _/ 一日目 霧雨邸 PM18:30 _/ _/ _/
二人が逃げた後も、魔理沙は涙ぐんで頬を赤く染めたまま、肩で息をついていた。
少しだけ落ち着きを取り戻してあたりを見回してみれば、放り投げられた家具の山。
放り投げるどころか、持ち上げるのにも骨が折れそうな置物までもが、放り投げるがままに打ち捨てられていた。
我ながらどんだけ取り乱してたんだと自分に呆れつつ、散らかった家具を片付けにかかる。
そんな折、ふと、玄関に何者かの気配を感じた。
「だからとっとと帰……っ、あ、アリスか」
振り向きがてら罵声を浴びせようとして、客人の姿を見止めて言葉を止める。
玄関の前で立ちすくむ金髪の魔法使い――アリスは、
霧雨邸の内外に散らばる無数の家財道具を前にして、目を丸くしていた。
「一体どうしたの、これ……」
「いや、まあ、ちょっとな」
霊夢と咲夜に散々バカにされて、ブチ切れて家具を放り投げていた。
……などと説明するわけにもいかず、もにょもにょと言葉を濁す。
「まあ、立ち話もなんだし、上がって来いよ。
ちょっと散らかってるけどな」
「この惨状をちょっとで済ませないでよ」
アリスは眉をひそめて苦言を漏らしながらも、誘われるまま上がっていく。
魔理沙は取り急ぎ、二人が座れるだけの空間を確保して、アリスを迎え入れた。
霊夢と咲夜からおちょくられたこともあってか、変にアリスのことを意識してしまう魔理沙。
そのため、なかなか間を持たせられずに、なんとなく気まずくなる。
どこかよそよそしい魔理沙を見て取ったアリスもまた、つられて気まずくなっていた。
「それにしても、今日はいつにも増して酷いことになってるのね」
気まずい空気を振り払おうとしてか、アリスは散々に散らかされた家具の山やら海やらを見回してみせる。
魔理沙はばつが悪そうにそっぽを向いて、頭を掻きながらためらいがちに話しはじめた。
「いや、さっきまで霊夢と咲夜が来ててさ。それで……まぁ、いろいろあって」
「……いろいろ? それに、髪がなにか変よ?」
「あぁ、そうだった。二人に汚されちゃったんだっけか」
魔理沙がふと漏らした一言に、アリスは大袈裟に音を立てて身を引いた。
「えーと……アリス?」
「そんな……、魔理沙が、あの二人に汚されたっていうの?」
魔理沙の問いかけもどこ吹く風。
アリスは心ここにあらずといった様子で、ぶつぶつと何かを呟き始める。
冗談を挟む余地がないほどの真顔で、どこか追い詰められたような様相を浮かべてさえいる。
わたしの魔理沙が……だの、拉致監禁……だの、調教……だのと、
なにやらヤバげな呟きの断片が聞こえてくるのが怖かった。
「いや待てお前ちょっと待て。いいから落ち着け。
汚されたっていうのは言葉のあやだ。髪が油まみれになっちゃったってだけだから」
ヤバげな呟きを実行に移されたくない一心で、魔理沙はアリスをなだめすかす。
しかし、アリスはおもむろに顔を上げると、魔理沙へと向き直り、その場で服をはだけだした。
「かくなる上は、今この場でこのわたしが上書きで汚しなおすしかっ!」
「黙れ変態っ!!」
真顔で凄まじいたわ言を抜かすアリスの脳天を、絶叫とともに便所スリッパでしばき倒す。
部屋に愉快かつ軽快な音を響かせて、アリスはそのまま膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れ込んだ。
「ったく……、暴走さえしなければ、いい奴なんだけどなぁ……はぁ」
魔理沙は倒れたままのアリスを横目に見やり、便所スリッパを放り投げつつ、重い溜め息をついたのでした。
ややあって。
「……まあ、なんだ、その。
あいつらが勝手に私の家に上がりこんで、変な集会を開いたわけだ」
復活して、それでもなお暴走しようとするアリスを落ち着かせるため、魔理沙は事情を打ち明けることにした。
半壊したテーブルを挟んで向かい合い、熱いお茶を片手に、魔理沙は要点だけをかいつまんで説明していく。
一方のアリスは、魔理沙の言葉に相槌を打ちながら、だんだんと俯き加減になっていく。
魔理沙がひととおりの説明を終えるころには、完全に俯いて、視線を泳がせ、何かを考え込んでいた。
そのまましばらく考え込んでいたものの、本人の中で合点のいく答えが出たのか、浅く頷いて、魔理沙へと向き直る。
「……つまり、ヤられる前にヤれって事ね」
「人の話を聞けよお前はっ!!」
斜め上をカッ飛びまくるアリスの受け答えに、魔理沙は思わず両手をテーブルに叩きつけてツッコんだ。
その衝撃がトドメとなり、半壊していたテーブルは音を立てて真っ二つにぶち割れる。
一瞬の出来事に反応が遅れて、魔理沙はそのまま割れたテーブルの上に倒れこんだ。
そして、その上に乗っていた湯飲みと、急須が。
魔理沙に。
「あ」
「あっぢゃっちぁぁぁぁーーーーーっ!?」
アリスの言葉をかき消して、魔理沙は悲鳴を上げて転げまわる。
必死になって服を脱ぎ捨てようとするが、あまりの熱さに手がもたつき、思うように動かない。
服を濡らした熱湯そのもののお茶は、耐えられないほどの痛みを伴って、どんどん背中に染みていく。
このままでいるよりは、と、魔理沙は服を脱ぐことを諦めて、そのまま這うようにして風呂場に駆け込んでいった。
しゃわー。
「……魔理沙?」
「ぜはー、ぜはー、……あー、死ぬかと思った……」
風呂場を覗き込むアリスが見たものは、服を着たままへたり込んで冷水を浴びる魔理沙の姿だった。
魔理沙はそのまましばらく冷水に打たれていたけれど、寒くなってきたのかくしゃみをひとつ。
ぐすぐすと鼻をすすってシャワーを止めて、アリスの方へと振り向いた。
「あー、悪いけど、私、このまま風呂に入るからさ。適当にくつろいでてくれ」
「……え、ええ、わかったわ」
魔理沙の言葉に、アリスは素直に頷いてみせる。
そのまま静かに風呂場の扉を閉めて――――、
邪悪極まりない笑顔を浮かべてガッツポーズを取り、即座に行動を開始したのである。
_/ _/ _/ 一日目 霧雨邸 居間 PM20:30 _/ _/ _/
一時間半後、ようやく魔理沙はお風呂から上がってきた。
下着だけを身につけた、きわめて無防備な格好で、居間に歩いてくる。
そして、ひとり椅子に腰掛けて本を読むアリスを見止めて、何とはなしに声を掛けた。
「お待たせ、アリス」
声を聞きつけて、アリスは首だけをぎぎぃっ、と動かして、魔理沙へと向き直る。
その目には、何か危ない色の光が宿っていた。
アリスは読んでいた本を置いて立ち上がり、早足で魔理沙へと歩み寄る。
明らかに様子がおかしいアリスを前にして、魔理沙は思わず後ずさった。
しかし、それは無駄な抵抗に過ぎなかった。
気付いた時には、アリスは妙に荒い息をつきながら、魔理沙の両肩をがしっと掴んでいたのだから。
「……魔理沙……」
うわ言のような口調で呼ばれ、何だよ、と聞き返す――ことさえもできなかった。
「そんなお風呂上りの無防備な格好でお待たせだなんて魔理沙あなた誘っているのよねそうなんでしょう!?
据え膳食わぬは女の恥ってよく言われてるしここはひとつゴチになっておくのがスジってものよね間違いなく!
それもこれもみんな魔理沙が可愛すぎるのがいけないのよっ!」
「こら待てこら、何を口走ってるんだお前はっ!」
「大丈夫よ心配しないで優しくしてあげるからぁぁぁ」
蹴り剥がされてもくじけない。必死の抵抗もなんのその。
アリスは強引に否応無しになしくずしに魔理沙を押し倒そうと、じりじりと迫っていく。
つまるところ、アリス大絶賛暴走中。そーれフィーバーフィーバー☆
「魔理沙だって、可憐な美少女たちが性別と種族という禁断の鎖で互いを縛りあい、
それを絆にして結ばれるシチュエーションには萌えるでしょう!?」
「わけのわからんことを真顔でほざくなっ! つーか鼻血、鼻血がっ!」
アリスはツッコミを入れづらい妄言を口走りつつ、鼻から愛と情熱のアリス汁を滴らせながら、魔理沙に近づいていく。
瞳の色も、いつの間にか真紅のパッションカラーに変色していた。
今のアリスは情愛……もとい劣情、むしろ獣欲に我を忘れているのは火を見るより明らかだ。
じりじり。
じりじり。
アリスが一歩を踏み出せば、魔理沙は同じだけ後退る。
右に動けば左に、左に動けば右にと、向き合った形を保ちながら、二人は相対する。
絵的に地味な攻防を繰り広げるその最中、魔理沙は現状を打開すべく、高速で思考を巡らせていた。
――ああもう、どうしてこう暴走しまくるんだろうかこの変態は。
いや、過ぎたことを悔やんでもしょうがない。ここはひとつ前向きに、アリスをへち倒す手段を考えなければ。
家の中でおおっぴらに弾幕を張るわけにもいかないし、かといって純粋な力比べでは負けは目に見えている。
なら、どうする。どうすればいい――。
1、クールでかっこいい魔理沙は起死回生の一手をズバリと決める。
2、幻想郷の愉快な仲間たちが助けに来てくれる。
3、誠心誠意の説得でアリスを改心させる。
個人的には1と行きたいところだが、生憎今はほぼ丸腰。
エプロンドレスにはいくつか隠し玉を仕込んであるものの、さすがに下着にはそんなもの仕込めない。
素手ゴロで勝負しようにも、さっきも言ったとおり人間と妖怪では身体の性能差がありすぎて勝負にならないだろう。
そのへんに転がってる花瓶で花瓶パンチくらいならできなくもないが、多分花瓶を抱える前に襲われる。ゆえに却下。
ならば2はどうだろう。
今このとき、この場所において、この変態に対抗しうる頼もしい仲間が駆けつけてくれやしないものか。
だが、変態を倒せるのは、それを上回るド変態のみ。
そして、何の因果か知らないが、往々にして変態は変態同士でわかりあってしまう。
誰が駆けつけてきても、アリスと互角に戦えるとは限らないし、最悪敵が増えてしまうことになりかねない。なので却下。
自分で考えついておいてなんだけど、3は無理。絶対無理。
今のアリスはおそらく、私を襲うことしか頭にない。
目の色も真紅のパッションカラーだし、鼻から滝のように迸る赤黒い液体が何よりの証拠だ。
完全に変態モードのスイッチが入っちゃってるので、まともな会話もできないだろう。却下却下。
……ああもう、これじゃ八方塞がりじゃないか。
こうなったら、いっそのこと――
「4、あきらめて身も心もアリスに捧げる」
いやいくらなんでもそれはないだろっておいちょっと待て。
「人の思考を読むな! っつーか思考に割り込むな!」
「愛の力に不可能はないのよ! さあ魔理沙、今宵私とレッツランデヴー!」
「ああもう、この変態規格外もいいとこだぁっ!?」
魔理沙は叫び声を上げつつ、頭を抱えてしゃがみ込――んでは襲われるので、かわりに大きくかぶりを振る。
打つ手のないこの状況、活路を切り開ける術は思いつかない。
ならば、やることは一つ。
魔理沙はその場で回れ右すると、一目散に駆け出した。
答え。三十六計逃げるにしかず。
外まで逃げ切れれば、不意討ちのマスタースパークやドラゴンメテオで吹っ飛ばせる。
外に出るまでの数秒さえしのぎきれば、勝ちは約束されたようなものだ。
幸いドアは開いたまま。
魔理沙は一縷の望みを託して、ドアに向かって走っていく。
ドアを潜り抜け――――ようとしたその時、魔理沙の身体は、目に見えない糸に絡めとられていた。
「かっ、身体が、動か、ないっ!?」
「うふふふふふ……、こんなこともあろうかと思って、
魔理沙がお風呂に入ってる隙に、逃げ道にはあらかじめ糸を張り巡らせておいたのよ。
わたしが解かない限り、指一本だって動かせないわ……。
さぁ観念してわたしに身も心も余すことなくぜぇぇぇんぶ預けなさはァい」
熱に浮かされたような危うい足取りで、アリスは身動きの取れなくなった魔理沙へと近づいていく。
鼻から迸るアリス汁は、もはや秒間リットル単位という凄まじい勢いとなっていた。
目は据わり、息もすっかり荒くなり、果ては手つきまでもがわきわきといやらしい動きを見せている。
「ま、まぁ落ち着け、いいから落ち着け。とにかく落ち着いて話し合おうじゃないか。な?」
魔理沙は思わず出かかった悲鳴をのどもとで押しとどめて、いつもの調子で話しかける。
無駄な足掻きだと頭ではわかっていても、この絶体絶命の状況では、一縷の望みにすがほかなかった。
ご都合主義の漫画であれば、ここでアリスが改心でもしてくれるのだろう。
しかし、現実はどこまでもシビアで、泥臭い。救いの手なんかどこにもありゃしねぇのだ。
「大丈夫。わたしは落ち着いてるわ。自分でも不思議なくらい冷静よドゥフフフフ」
「そういう一線を越えた落ち着きじゃなくてだなっておい、人の話を聞けー!」
「大丈夫よこれは貴女のためでもあるのよ魔理沙だから安心してちょうだい。
ただちょっと貴女の胸をマッサージしてあげるだけなんだから。それはもう執拗に、嘗め回すように丹念にっ!
ハァハァハァハァ……ジュルリッ」
結論。やっぱ無理。
迫り来る変態は、魔理沙の言葉など意にも解さず、ただただ口許のヨダレをすするのみ。
わかりきってたことだけど、こうも予想通りだと悲しいのを通り越していっそ清々しかった。
「魔理沙の白黒に私の七色がプラスされれば夢の九色よ。紅白なんて恐るるに足りないわ!
だから私は魔理沙のことを今すぐ消えないくらいにわたし色に染め上げなくちゃならないの
それがわたしの使命なのよとゆーわけで善は急げよさぁさぁさぁさぁハァハァハァハァ!」
「やめろっ、この変態っ!!」
「ありがとう褒め言葉よ。むしろ何を今更?
そ・れ・じゃ・あ☆ 心ゆくまで思う存分堪能させてもらうわね」
「……ちょ、待て。頼むから待ってくれ。
こんな変態みたいなことしないで、せめて普通にしてほしいんだけど」
「だが断る。
このアリス=マーガトロイドの最も好むことは、嫌がる魔理沙に無理やりチョメチョメすることよっ!
大丈夫よわたし上手だから痛くしないからっ! さあわたしの下で存分に足掻いてちょうだい!」
「――――――い」
い~~~~~~やぁぁぁ~~~~~~~~~
かくして。
雲ひとつなく晴れ渡り、星がきらきらと瞬く夜空に、魔理沙の悲鳴がこだましたのでした。
…………合掌。
_/ _/ _/ ケース2・博麗 霊夢の場合 _/ _/ _/
_/ _/ _/ 一日目 博麗神社 上空 PM19:03 _/ _/ _/
「おー、お帰り霊夢。お邪魔してるよー」
博麗神社に戻った霊夢を出迎えたのは、呑気に縁側に腰掛ける子鬼――萃香だった。
一人酒の最中だったのか、顔をほんのり桜色に染めて、大きく手を振っている。
霊夢はお返しに手を振りながら、萃香の目の前に着地して、そのままずずいっと詰め寄った。
「ねえ、萃香。お願いがあるんだけど」
「……ほーぅ、巫女さんが鬼のあたしにお願いか。こりゃ珍しいね。
でも、ただで聞いてやる、なんて甘いことはないよ」
「わかってるわ。勝負がしたいんでしょう?」
「そうそう、わかってるじゃない。
で、何で勝負する? 弾幕でも喧嘩でもゲームでも、なんでもござれだよ」
「そうね、これでいきましょうか」
霊夢は萃香の傍らに置いてあったひょうたんをひったくると、二人の間にどんっ、と置いた。
予想外の行動に、萃香は一瞬呆気にとられたものの、すぐさま愉快そうに笑いだす。
「あはははははっ!! 悪い冗談だね。あたしに酒盛りで挑もうっていうの?
度胸だけは褒めてあげるけどさ、悪いけど、勝つのがわかってる勝負なんか、つまらないからやらないよ」
「それはどうかしら? 勝負は水物。どっちが勝つかなんて、やってみなくちゃわからないわよ?」
「ほぅ、言ってくれるね。
それじゃ、その無茶に免じて付き合ってやろうじゃない!」
萃香は大見得を切って、盃を霊夢に投げ渡した。
霊夢は盃を受け取って、不敵な笑みを浮かべてみせる。
それが、勝負の始まりだった。
~少女飲酒中~
「けっこう強い酒なんだけどね。霊夢も強いじゃない。
でも、こんなのまだまだ序の口だよ」
「当ったり前よ。一合や二合で参るような、やわな女じゃないわ」
~少女一気中~
「なかなかやる……でも、ここで一気に突き放す!」
「はっ、なめんじゃないわよ!」
~少女暴飲中~
「そろそろきつくなってきたんじゃないの?」
「なんの、まだまだぁっ!」
~少女チャンポン中~
「あはははははは! ほ~ら呑め呑め! どんっと呑めぇ!」
「うぶっ!? おぶっ!? ぶぶぶぶっ!?」
~幼女ギブアップ~
「うげぇっふ……うえっぷ……」
畳の上に這いつくばって、口を押さえて呻き声を上げていたのは、萃香だった。
その顔色は赤を越え紫を越え、青白ささえ通り越して、緑色にさしかかっている。
放っておいたら今にもリバースしかねない様相の萃香に対して、霊夢はケロッとしたまま腕を組み、敗者を見下ろしていた。
「あ、ありえない……。
鬼のあたしが、人間に……、飲み比べで、負ける、なんて……」
「甘いわね、大甘よ。萃香、あんたはあたしを侮った。
お酒といえば元は米!脳内保管で銀シャリだと思えば、酒の一斗や二斗ごとき、物の数じゃないわっ!!」
「な、なんてこと……。これが、絶食ニートの威力だなんて……ガクッ」
「って、あんたが倒れたら意味ないでしょうがっ! 起きなさいよ!」
「うぅー……、ダメ。もうダメ。マジダメ。
でも、霊夢がキスしてくれたら起きるかも」
ちゃー・しゅー・めーん☆
「目は覚めた?」
「……うん、バッチリ。
でも、平手打ちとかゲンコツじゃなくてゴルフクラブで頭を殴るって言うのはお姉さんやめた方がいいと思うんだー……」
首をヤバげな方向に曲げながらも、萃香は霊夢をたしなめる。
しかし霊夢は涼しい顔で、手をヒラヒラさせながら、ありえないことをのたまった。
「あー、大丈夫大丈夫。ギャグキャラはそう簡単には死なないから。
二回や三回撲殺されたって平気平気」
「あんたの尺度でものを計るな」
曲がった首を戻しながら、静かなツッコミを入れる萃香。
しかし目の前の撲殺マニアは、そんなツッコミなどどこ吹く風とばかりに、折れたクラブを袖の中に仕舞い込んでいた。
「……で、何なのさ。そのお願いとやらは」
傍若無人にして天上天下唯我独尊な霊夢に呆れつつ、やや憮然としながら問いかける。
それを聞いて、霊夢はぽん、と手を叩き、萃香に向き直った。
「そうそう。それを忘れちゃしょうがないのよ。
あたしの胸を大きくして!」
「……はい?」
鳩フェイス イズ ビーンズガン 食らう。
呆気にとられてぽかんとする萃香に、霊夢はぐっと詰め寄った。
「だから、あんたの萃と疎を操る程度の力で、あたしの胸を大きくして欲しいのよ。
どぅーゆーあんだすたん?」
「……ないわよ」
「……え?」
霊夢の言葉に、萃香は俯いて小さな呟きを漏らす。
身体をわなわなと震えさせる萃香を見て取り、霊夢は怪訝そうに眉をひそめた。
「できるわけないでしょうそんな事っ!
そんなことができるんなら、とっくにあたしがあたし自身にやってるわぁぁぁっ!!」
「ちょ、ちょっと萃香?」
「あんたにわかるっていうの!? 頭身固定の等比率で大きくなることの苦しみがっ!
大きくなっても胸は据え置き! ぺたぷにぽてんの三拍子!
ボンキュッボンのナイスバディなんか見果てぬ夢のそのまた向こうよ!?
この寂しさが、あんたなんかにわかるものかっ!」
それはまさに、魂の叫び。
目に涙さえ浮かべて大声を上げる萃香に、霊夢は思わず圧倒された。
しかし、一言一言を吐き出すごとに、その声はだんだんと小さくなり、震えはじめる。
いつしか萃香は、涙を流してしゃっくりあげていた。
「ひぐっ……、あたしだって……、いつかは、あたしだってぇっ……」
「萃香……」
しゃがみ込んで泣きじゃくる萃香の肩に、霊夢はそっと手を乗せる。
そしてそのまま、幼子をあやすような、とても優しい口調で語りかけた。
「人間、諦めが肝心ってよく言われてるのよ?」
「うわぁぁぁん! ぐれてやるぅーーー!!」
かくして、霊夢の情け容赦ないトドメにより、萃香は非行の道をひた走ることとなったのである。
数日後、すっかりグレた萃香が、博麗神社の床下に幻想郷中のシロアリを萃めるという壮大ないやがらせを仕掛けて、
金属バットでしばき回されることとなるのだが……。
それはまた、別の話。
_/ _/ _/ 二日目 マヨヒガ AM10:12 _/ _/ _/
マヨヒガの、とある一軒家の縁側で、八雲ファミリーが揃ってお茶をすすっていた。
熱いお茶を一生懸命に吹いて冷ます橙を見て、紫はいたずらっぽい笑みを浮かべ、手近なところにスキマを開く。
「そうそう。今日は外の世界のお菓子を仕入れてきたのよ。橙にあげるわ」
そう言いつつ、橙にチョコレートを差し出そうとする紫の手は、すぐ横から伸びてきた手にがしっと掴まれた。
横目に隣を見てみれば、冷たい視線を投げかける藍の姿。
「ゆ・か・り・さ・ま? 少しばかり冗談が過ぎますよ?
猫にチョコレートは毒なので、あげてはいけないと知っているでしょうに。
やっていいことと、やってはいけないことの分別くらいつけてください」
「藍ったら、そんなに怒ることないじゃないのよぅ。ほんの軽~いおちゃっぴぃじゃない」
「……そうですか。わかりました。
ならば私もその軽いおちゃっぴぃとやらを試してみましょうか」
言うが早いか、藍は紫の背後に回りこみ、手足と首をガッチリと固めだした。
出たぞ必殺!コブラツイスト!!
「ね、ねぇ藍、これはちょっと冗談がきついんじゃないかしら?」
「はっはっは。何をおっしゃる紫様。これはほんの軽~いおちゃっぴぃですよ。
……あぁ、それと、暴れると余計に絞まりますよ?」
「はばばばば早く言って」
一部の隙もなく、ガッチリと紫を絞め固める藍の前に、霊夢は姿を現した。
「おや、霊夢か。いらっしゃい」
「願ってもないのに面白いものが見れたわね。
とりあえず、そこの紫に用があるんで、放してあげてくれないかしら?」
「ふっ、甘く見ないことね霊夢。これくらいで参るようなやわな私じゃないわよ」
本当はもう絞め落とされかけているのだが、霊夢の手前、つい見栄を張ってしまう。
そして、それを聞きつけた藍は、さわやかな笑顔を浮かべて、絞めるその手に力を込めた。
「それならもう少し強く絞めても問題ありませんね。っそぉい!」
「ひぎゃあぁぁぁ!? ギブギブギブギブ!!」
「ほらほら、ギブしてるんだから放してやりなさいよ」
「ちょっと待って、もう少しこのままで……この絞める感触がたまらないんだ」
「ギブギブギばばばば!?」
「まあ、どうでもいいけどね……、藍。あんたのこと、あの仔が変な目で見てるわよ」
「ちっ、橙がっ!?」
困った時の橙頼み。
実際にどうなのかはさておいて、藍が暴走しだした場合、橙を引き合いに出せば大抵のことは解決してしまうのだ。
霊夢の一言で我に返った藍は、たちまち紫を絞める手をほどく。
落ちるかどうかの瀬戸際でコブラツイストから開放された紫は、その場にへたり込んで咳き込んだ。
「……はぁ。まったく、死ぬかと思ったわ」
「まあ、自業自得ね。
そんなことより紫。お願いがあるんだけど」
紫が落ち着くのを待ってから、霊夢は口火をきりだした。
それを聞いた紫は、頬に手を当てて、悪役ちっくな笑顔を浮かべだす。
「いいわよ~。霊夢のお願いならなんでも聞いてあげちゃう。でも、そ・の・か・わ・り~」
「あたしの胸を大きくして!」
霊夢の言葉に、悪役ちっくな笑顔のまま、紫は凍りついた。
立ち直った瞬間、この世の終わりのような顔で、霊夢の肩をがしっと掴み、震える声を絞り出す。
「ごめんなさい霊夢今何を言ったのかよく聞こえなかったのだからそれは叶えられないわ
それにすごく嫌な単語を聞いた気がするのでも霊夢がそんなこと言うはずがないわよね幻聴よそうに決まってるわ
でも万が一って事もあるしあんなおぞましい単語二度と聞きたくないのお願いだから言わないでね」
「だから、あたしの胸を大きくしてって言ったのよ」
その一言が、トドメとなる。
紫の中で何かが壊れ、かろうじて押し留められていたものが一気に噴き出した。
「駄目よっ、そんなにも素敵な貧乳をどうして捨てようだなんて思うの!?
貧乳は希少価値なの。ステータスなのよ!? その慎ましくていじらしい貧乳がいいんじゃないのっ!!
霊夢はぺたん娘だからこそ霊夢たりえるのよ! 胸の大きい霊夢なんて霊夢じゃないわ!」
「なぁにを涙ながらに力説してんのよあんたはぁぁっ!」
涙ながらにアレなことを力説する紫の手を振り解こうとして、霊夢は腕を大きく振り払う。
そのはずみで、紫の頬に平手打ちが当たってしまった。
ぱしん、と乾いた音を響かせて、それきり部屋に静寂が満ちる。
気まずい空気と沈黙のなか、金縛りにあったかのように、誰も何もできないまま。
そのなかでただ一人――紫は、潤んだ瞳を霊夢に向けて、ゆっくりと、夢見るような口調で呟きだした。
「……もっと……ぶって……」
紫の呟きを聞きつけて、霊夢はすぐに凄惨なサドい笑みを浮かべだした。
紫の胸ぐらを掴んで引き寄せると、亀裂のような笑みを浮かべて、右手を大きく振りかぶる。
同時に、その呟きを聞いていた藍は、まともに顔を引きつらせて、瞬く間に橙を胸に抱きかかえた。
パン! パン!
「あぁん、もっとよ、もっと強くぶってえぇ!!」
パチン! パシン!
「違うわ、もっと手首のスナップを利かせてっ!」
スパン! シパン!
「もっと、もっとぉ! 手加減なんかしないで、本気でぶってぇっ!」
「ケ、ケヒヒ……、ケーーヒヒヒヒヒ!」
一回、頬を叩くごとに。
一回、頬を叩かれるごとに。
二人の中で、何かが少しずつ、しかし確実にぶっ壊れていった。
「らっ、藍さま、苦しっ……」
「橙、だめだ。あれは見ちゃいけないものだ。
見たら汚れる。聞いたら穢される。橙はあんな異世界のことなんか知らなくていいんだ。
橙はいい子だから、私の言ってることわかるだろう? どうか私を悲しませないでおくれ」
藍は矢次ぎ早にまくしたてると、さらに橙を強く抱きしめる。
胸のなかに顔を埋めさせて、耳を塞ぎ、目の前の光景を完全にシャットアウトする。
そう。
そこまでしなければならないほどに、目の前で繰り広げられる二人の行為はエスカレートしていたのだ。
「ほら紫っ、お望みどおり手加減しないでやってあげるわよ!
……すぇりゃあっ! だらっしゃぁっ!」
「ふああぁっ!? らめぇ! それらめぇぇぇ!」
往復ビンタはいつの間にか、どこでどう道を踏み外したのか、尻バットに変わっていた。
目に見えておかしな方向にヒートアップしていく二人には、どうにも歯止めをかけられそうにない。
「ケヒヒ、ケヒ、ケヒヒヒヒ……ッ。
ケーッヒッヒッヒッヒッヒッヒ!」
「らめぇっ! わたし壊れるっこわれちゃうぅぅっ!」
凄惨な笑顔を浮かべながら、金属バットで紫を殴り続ける霊夢。
壁に手をついて、殴られるたびに歓喜の悲鳴を上げる紫。
子供の教育的に、実によろしくない光景だった。
「わたしは汚れてしまったけれど、橙にはきれいなままでいて欲しいんだ。
だから橙はあんなおぞましいものは見なくていい。聞かなくていい。知らくていいんだ」
「うにゃあぁぁぁ……」
目の前で繰り広げられる魔空空間を見せてはならないとばかりに、藍は必死になって橙を胸に抱きかかえる。
当の橙はというと、豊満な胸の中でまともに息もできず、静かに窒息しつつあった。
この日、平和なはずのマヨヒガは、阿鼻叫喚の地獄と化したのだそうな。
くわばらくわばら。
_/ _/ _/ 三日目 博麗神社 社務所 AM8:00 _/ _/ _/
「悟ったわ……。
なんで、こんな簡単なことに気付かなかったのかしら」
ぽつりと、霊夢は呟いた。
気付いた。気付いてしまったのだ。
どこぞの死神も、どこぞの亡霊も、胸の大きい奴は大抵ぐーたらであーぱーだということに。
運動などで栄養を使うことがないから、胸にどんどん蓄えられるんだろう。
そうだ、きっとそうに違いない。
霊夢はそう結論付けると、やおら布団を敷いて、毛布にくるまりだす。
「つまりっ、こうしてカロリーを節約していれば、胸なんてどんどん育っていくのよ!
うふふふふ、首を洗って待ってなさいよ二人とも……、勝利の暁には一生専属のメイドとしてこき使ってあげるわ……!」
海苔巻きのような格好になり、含み笑いを漏らしながら妄言を吐く霊夢。
なんつーかもう、末期だった。
そんでもって、二日後。
「うふふふふふふふふあははははははははははは」
霊夢は毛布にくるまったまま、壊れたラジカセのように、けらけらと笑っていた。
すっかり土気色にくすんだ肌と、死んだ魚のように濁った瞳が、なんとも言えない凄惨さをかもし出している。
そう。今の霊夢は、いわゆるところの乾燥ワカメ状態だった。
カロリーを節約することに熱中しすぎるあまり、ごはんを食べることも忘れていたのだ。
どこで、間違えてしまったのだろう。
どうして、こうなってしまったのだろう。
そんなことは、誰にもわからない。
ただ一つ言えることは、霊夢は行ってはならない世界に行き着いてしまったということだけだった。
かくして、遊びに来た紫が霊夢にごはんを食べさせてやるまでの間、霊夢は生死の境をさまようことと相成ったのである。
むーざんむざん、むーざんざん。
なお、この日、奇跡的に博麗神社を訪れた参拝客が、その乾いた笑い声を耳にしてしまい、
誰もいないのに笑い声が聞こえる呪われた神社と噂になり、もともと遠かった客足がさらに遠のくこととなったのだが――。
それはまた、別の話。
_/ _/ _/ ケース3・十六夜 咲夜の場合 _/ _/ _/
_/ _/ _/ 一日目 紅魔館 咲夜の部屋 PM19:40 _/ _/ _/
メイドたちが夕食を済ませた後、レミリアが起きてくるまでの間は、わずかながらの休憩時間となる。
そんな折、咲夜は自室にこもり、一人で本を読んでいた。
図書館から借りてきた、外の世界の本。
主婦のお掃除テクニック集、と銘打たれたそれに目を通している最中、不意にドアをノックする音が響いてきた。
咲夜は本を閉じながら、どうぞ、と気のない返事を返す。
ドアを開けて姿を現したのは、美鈴だった。
「咲夜さん、お話ってなんですか?」
「来たわね。
さっそくだけど美鈴、胸を大きくする方法を教えなさい」
「む、胸ですか?」
「そうよ、胸よ。
餅は餅屋。ならば豊胸術はでかちち女に聞く。いたって自然なことでしょう?」
「わっ、私だって好きでこんなに大きいわけじゃないんですけどぉぉ……」
「そんな事はどうでもいいわ。そんなに大きいんだからそれなりの理由があるはずよねだから教えなさい」
「うぅ……、咲夜さん酷い。
え、ええとですね、お乳を飲んだりすると大きくなるってよく言われてますよ」
「乳ですって!?
ならば美鈴、今すぐ出しなさいっ! さもなければ絞ってでもっ!!」
言うが早いか、咲夜は美鈴の上着を掴んで引っ張りだした。
必死というかなんと言うか、躍起になって美鈴をひん剥くその姿には、瀟洒さのカケラもない。
「咲夜さん落ち、落ち着いてくださいっ! お乳って牛乳のことですよ牛乳っ!」
「……はっ!?
な、ならはじめからそう言いなさい。紛らわしいわよ」
我に返って、あわてて体裁を取り繕いながら、つとめて冷静に振舞う咲夜。
しかし、それで数秒前の醜態がなくなるわけでもなかった。
「咲夜さんが勝手に勘違いしたんじゃないですか……。
でも、大丈夫です。咲夜さんにひん剥かれかけたなんて、誰にも」
どごっ
「ぐふっ!?」
みなまで言わせるまでもなく、咲夜のかました一撃で、美鈴は昏倒した。
何か言いかけていたようだったが、どうせ脅迫に決まってる。聞いたところで何の意味もない。
この恥ずかしい出来事を、一刻も早く美鈴の記憶から抹消しなければ。
といっても、人の記憶がそう簡単になくなるわけもない。美鈴は妖怪だけど。
なにか、いい手段はないものかしら。
――――そうだ。
確か、記憶喪失を治すためには、喪失時と同様の強いショックを与えるのが一番だって、
前にどこかで聞いた気がする。
喪失時と同様の、強いショック。
つまり、記憶喪失させるにも、強いショックを与えればいいということね。
キュピーン、という擬音が似合いそうな怪しい眼光を放つ咲夜。
目を据わらせて、頬を赤く染めて、妖艶としか表現できない笑みを浮かべている。
その手には、いつの間にか、どこからともなく取り出した、一振りのモーニングスターが握られていた。
「……悪く思わないでね、美鈴」
咲夜は小さく呟いて、手にしたモーニングスターを振りかぶり――
どごおぉぉぉぉん
館中に、豪快で殺伐としたスバラシイ轟音が響き渡ったそうな。
「――鈴。起きなさい、美鈴」
「う……」
咲夜に揺り起こされて、美鈴はゆっくりと身体を起こす。
頭を左右に振って、その直後、急に後頭部を押さえだした。
「うう、なんだか、頭が……」
美鈴は不思議そうに呟いて、後ろ頭をなでる。
頭にバカでかいタンコブをこさえていることに、はたして気付いているのかいないのか。
「えっと……咲夜さん、なんで私、こんなところで寝てるんですか?」
「自分の胸に聞いたらどう?
……そろそろお嬢様が起きてくる頃ね。美鈴、あなたも早く持ち場に戻りなさい」
美鈴の質問を一蹴すると、取り付く島もなく、咲夜は部屋を後にした。
そして、ひとり部屋に取り残される美鈴。
頭にできたタンコブをさすりながら、不思議そうな顔をして。
かくして、今日も紅魔館のささやかな日常が過ぎていくのでした。
_/ _/ _/ 四日目 紅魔館廊下 AM12:45 _/ _/ _/
三日後の昼。
部下と交代して、食堂に向かう美鈴を、咲夜は待ち伏せてとっ捕まえた。
通りがかるメイドたちから投げかけられる好奇の視線もなんのその。
咲夜は美鈴に詰め寄ると、およそ感情というものが感じられない、無機質な声を投げかけた。
「美鈴、よくもデタラメを掴ませてくれたわね。
もうこの溢れる怒りと悲しみと憎しみの矛先を余すことなく貴女に向けたいのだけどいいかしらいいわよね。
丁度ナイフ供養に使うためのお豆腐を切らしちゃってたところだったから、その代役を探してたのよ」
「全然よくないですよ!? 咲夜さん落ち着いてください!!」
「しょうがないわね。じゃあいっぺん死んできなさい。物理的にでも社会的にでも好きなほうで」
「どっちも嫌です! お断りですっ!
って言うか、なんで私がそこまで憎まれなくちゃならないんですかっ!?」
「決まってるでしょう!?
牛乳を飲めば胸が大きくなるなんて……嘘もいいところだったわよ!
いくら飲んでもお腹を壊すだけで、肝心の胸はちっとも全然さっぱり育たないし変わらなかったのよっ!」
「なんのことだかさっぱりわからないんですけど……。
ええと、そういうのはですね、体質とか、個人差とか、いろいろありますから……」
美鈴の言葉に、咲夜は俯いたまま一瞬体を震わせて、ゆっくり美鈴へと顔を向ける。
その顔は……なんというか、その、般若が仁王とフュージョンして、さらに激怒したような形相だった。
子供が見たら、心に一生消えない傷を刻みそうですらある。
「貧乳は一生貧乳のままだなんて命知らずなことをほざいてるのはこの乳かしらあぁぁぁっ!?」
「ひにゃっ!? さ、咲夜さんっ!?
セクハラはやめてくださいっ!」
「セクハラなんかじゃないわ。これはれっきとしたお仕置きよ。愛の鞭よ。
ってゆーかむしろセクハラという名のお仕置きよ! オラオラオラオラァァァ!!」
「うわあぁぁぁぁんっ! なんだかこの人もうダメダメだあぁぁぁぁぁっ!!」
白昼堂々、往来で美鈴にセクハラをかます咲夜。
普通に考えればただの変態だが、ここ紅魔館で働くメイドたちは、ほとんどみんな変態なのでたいした問題でもなかった。
事実、遠巻きに二人を眺めるメイドたちは、皆一様にフィーバーしていたのだから。
「ウホッ、ナマの咲×美よ! 眼福眼福ゥゥゥっ!」
「待って、撮影はしているのっ!?」
「大丈夫、既に撮影班がベストアングルで絶賛撮影中よ!」
「グッジョブ!」
ここは変態の楽園ですか? いいえ、それはトムです。
「やっ、咲夜さん、やめ、やめてくださいっ」
「やめて欲しければ、もっとよく効く方法を教えなさい!」
「わ、わかりましたっ、教えますっ、教えますからやめてくださいっ!」
いつ終わるともわからない責めに耐えきれず、ついに折れる美鈴。
半ば叫ぶような声を聞いて、咲夜はようやく美鈴を放した。
だがしかし、いつでも再び美鈴に飛びかかれるようにと、ハイエナのような目つきで身構えている。
信憑性のない話をしたり、迂闊なことを口にすれば、また咲夜は怒り狂ってセクハラをするに違いない。
美鈴は慎重に言葉を選びながら、いつか聞いた話を咲夜に伝えだした。
「その、揉んだりすると大きくなるって、言われてますけど」
「も、揉む!? それは本当なの!?」
「だから知りませんよ……。
私が自分で試してみたわけじゃないんですから」
「確証はないということね……。でも、牛乳よりは効きそうね。
でわ、さっそく!」
「えっ、ちょっ、咲夜さっひにゃあぁぁぁーーー!?」
――しばらく お待ちください――
数分後。
そこには、ぐったりして壁によりかかり、頬を紅潮させて荒い息をつく美鈴と、
その傍らで仁王立ちしながら、手をわきわきといやらしく動かしてみせる咲夜の姿があった。
「ふふふふふ……、この感触……そう、そういうことね……。
このまま全員制圧して……、そうすれば、そのあかつきには……。ホーッホッホッフォッフォッフォッ!」
咲夜は邪悪な笑みを浮かべ、高笑いを上げ始める。
しかし、最後の辺りでは声が上擦って、なんだかバルタン星人の鳴き声みたくなっていた。
――そして、狩りの時間が訪れる。
『それ』は、一言で言うなら、嵐だった。桃色の。
咲夜は息つく間もなく、目に付いた全てのメイドを狂おしく襲撃し、徹底的に蹂躙した。
数をこなせばこなした分だけ、その手つきはテクニカルかつクリティカルに進化し、より威力を増していく。
怒涛の勢いのまま、館内に居るほぼ全てのメイドを制圧した咲夜だったが、彼女は依然満たされないままだった。
ならばと足を向けた先は――――、紅魔館の治外法権、大図書館。
今、熾烈なる戦いの火蓋が、切って落とされようとしている。
もちろん性的な意味で。
「ぱっ、パチュリー様パチュリー様っ! たいへんっ大変ですよっ!」
息せき切らして乱暴に扉を開け、大声を上げる小悪魔。
対するパチュリーは、慌てず騒がす手にしたパンを一口かじり、落ち着き払った様子で応じた。
「そんなに慌てなくてもわかっているわ。
私たちにゴイスーなデンジャーが迫っているんでしょう?」
「いつの言葉ですかそれは。
って言うか、それがわかってるなら、なにを呑気にかにパンなんか食べてるんですか」
「ただのかにパンじゃないわ。果肉入りよ」
「……おいしいんですか、それ」
「んー、微妙?」
「だったらやらないでください! わざわざパンにかにカマねじり込んで自作までしてっ!」
「かにカマじゃないわ。オホーツクよ」
「一緒です!」
どこまでも緊張感のないやりとりだった。
「あぁもう……、この人危機感のカケラもないんだから……」
「だいじょーび。ノープロブレムよ。
こんなこともあろうかと思って、必殺のビックリドッキリステキトラップを用意してあるわ」
呟いて、額を押さえる小悪魔に、パチュリーは相変わらずの調子で声をかける。
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、扉からひとつの影が滑り込んできた。
「パチュリー様ぁっ!! メイド長が」
ゴシカァン☆
「へぐぅ!?」
脳天に金ダライの直撃を受け、駆けつけてきたメイドは白目をむいて崩れ落ちる。
パチュリーは倒れたメイドが咲夜でないことを確認すると、そっぽを向いて舌打ちした。
「……ちぇっ、ターゲットミス」
「えーとあの、パチュリー様?
もしかしてこのしょっぱいタライ落しがさっき言ってたトラップとやらですか?」
「しょっぱいとは失礼ね。
Bの69以上73以下の胸に反応して起動するベリーナイスな仕掛けにケチを付けないでもらえるかしら」
「無駄に高性能ですね」
「その無駄がいいんじゃない。これだから省エネ世代は……」
パチュリーの言葉は、扉を蹴る音によって遮られた。
げんなりと肩を落とす小悪魔の、そのまた背後。
開け放たれたままの図書館の扉をさらに蹴り開けて姿を現したのは、一連の騒動の主、咲夜。
咲夜はその場で腕を組み、二人を品定めするかのような視線を向けてくる。
ねっとりと絡みつくような視線を受けて、小悪魔は息を呑んで数歩引き下がるが――、
パチュリーはそんな視線などものともせず、呑気に果肉入りかにパンの、最後の一口分をかじっていた。
「何の用があって来たのかは知らないけれど、ノックくらいしたらどうかしら?」
「うふふふふ……。残りのあと二人……見ぃ~つ~けたっ」
「ぱ、パチュリー様? なんだかあの人様子がおかしくないですか?」
「……そうね、口で言って通じるような状態じゃなさそうね」
パチュリーは小さく嘆息して、懐に手を入れた。
そうして取り出したのは、スペルカード――などではなく、えんぴつとメモ用紙。
呆気にとられる一同をよそに、パチュリーはメモ用紙にえんぴつを走らせはじめた。
「咲夜へ……」
「か、書いてるーーー!?」
「うふふ……、待っていなさい咲夜。もうすぐ書き終わるからね……!」
「えーと、パチュリー様? なんだかおかしいですよ? おもに頭が」
伝統のタライ落としに始まり、有無を言わさぬボケ倒しに終わる。
人それを、ドリフ色という。
「『拝啓、十六夜 咲夜様。お久しぶりです。その節はどうも……、
ところで、今あなたのヤっている紅魔館桃色フィーバーイケイケセクハラ大作戦ですが、それは正直どうかと思います。
ひっそりと陰に隠れてヤるからエロスいのであって、大々的にやったのではただのセクハラという名のスキンシップです。
エロスくないのはいけないと思います。
そもそも、紅魔館のエロス担当は私たちのはずなのに、何故にあなたがそんなにハッスルしているんでしょう。
もしかして、あなたは私たちの出番を、さらにはエロス担当の地位をも横取りしようと言うのですか。
そうだとしたら困ります。先生まいっちんぐです。
とにかく、あなたがこれ以上セクハラ三昧を続けるというのなら、
こちらにも相応の手段を講じる用意があるということをここに伝えておきます。
願わくば、あなたが愚かでないことを。
さようなら、そしてありがとう。シーユーアゲイン、4649哀愁……』ね」
咲夜は鼻で笑いながら、手にしたメモ用紙を爪弾いた。
支えを失った紙は宙を舞って、小悪魔の足元に滑り落ちる。
視線を下に落としてみれば、メモには何故か毛筆タッチな極太文字で『性欲をもてあます』と書き付けられていた。
「全然違うじゃないですかコレーーーっ!?」
変態は、変態同士にしか通じない独自の言語でも会得しているというのだろうか。
「この子は私の使い魔よ。だからこの子の胸も私のもの。
持ち主の許可なく揉みしだこうだなんて、そうはイカのポッポ焼きよ」
「あのーすいませんパチュリー様? 私の意志とか意見とかはガン無視ですかそうですか泣いていいですか泣きますよ」
「なんと言われようとも、私の意向は変わりませんわ。
いいから揉ませなさい。むしろ揉ませろ」
二人のやりとりを気にも留めず、咲夜は荒い息をつきながら声を上げる。
今の咲夜には、襲撃して制圧することしか頭にないようだった。
「そう言われて、はいそうですかと頷くと思っているのかしら?
……そうね、咲夜が私たちを捕まえられれば、大人しく言うことを聞くわ」
「なるほど……、鬼ごっこというわけですか」
「つまるところ、そうなるかしら。
……けれど、容易くはないわよ」
みなまで言う間もなく、パチュリーは空間に一条の光を走らせた。
空間を走る青白い光は、やがて魔法陣を形作る。
完成したそれは、空間をつなぐ転移のゲート。
パチュリーは小悪魔の手をとって――、そのまま背中を向けて走り出した。
「えっ!? ちょっとパチュリー様!? あのゲートはなんなんですかっ!?」
「あぁ、あれ? 気分」
「………………」
まさにやりたい放題。
あまりにもフリーダムすぎるパチュリーの行動に呆れ果てて、小悪魔はもう何も言えなくなっていた。
だが、お馬鹿なコントを繰り広げるには、いかんせん相手が悪かった。
咲夜は逃げる二人を追いかけながら、懐からスペルカードを取り出し――、
「時符・プライベートスクウェア」
短い呟きとともに、世界は静止した。
小悪魔の手を引いたまま、微動だにしなくなったパチュリーに向かって、咲夜は絶対者の笑みを浮かべる。
「こうすれば、ずっと私のターンですわ。
私の勝利は、戦う前から確定していたのですよ……」
もはや、勝負はついた。
咲夜は勝利を確信して、ゆっくりとした足取りでパチュリーに近づき、そのまま胸に手をあてがった。
そして――
ぺた。
ぺたぺた。
「こ、これは……服の下に剣道の胴具がっ!?」
想定外の感触に、思わず驚愕の声を上げる。
それと時を同じくして、静止した世界が動き出す。
パチュリーはすぐに咲夜から距離を開けると、腕を組み、自信満々な様相で口を開いた。
「ふっふっふ。私の頭脳を甘く見てもらっては困るわね、咲夜。
私は頭がいいから、こんなこともあろうかと思って、常日頃から剣道の胴具を着込んでいるのよ」
それはどっちかというと頭悪いんじゃなかろうか。
「驚かされましたけれど……、それをはぎ取ればいいだけのことっ!」
「うふふふふ。そう簡単には捕まらないわよ。
この図書館は私の家のようなもの。言わば私達はジモぴー。
ヨソ様の咲夜にこの私を捉えることができるかしら?」
「捉えるも何も、すぐ目の前にいるじゃありませんか」
「そうね、だから必殺煙玉」
言うが早いか、数個の黒い塊を床に投げつけるパチュリー。
黒い塊は床に当たると同時に爆発して、あたりを白煙で覆いつくした。
「ごほっ、ごほっ!
くっ、まさか煙幕なんて……」
白煙に視界を奪われて、咲夜は身動きが取れなくなる。
口許に袖を押し付けて煙を吸い込まないようにしながら、煙が晴れるのを待つしかない。
ここで足止めを食っている間に、パチュリーがどれだけの距離を稼ぐのか――。
「げほっ、げほげほっ! げほっごほっぐふっがはっ!?」
コケた。
咳き込む声はすぐそばから……と言うか、ほとんど目の前から聞こえてきていた。
「何やってるんですかパチュリー様っ、逃げますよ!」
「ごほっ、ごほ……。嫌ね、何も見えないじゃない」
「自分でやっておいてそりゃないでしょう!?」
アホの子すぎるというかなんと言うか、とりあえず絶好のチャンスだった。
すぐ目の前にいるなら、逃げられる前に捕まえればいい。
咲夜は声のするほうに手を伸ばして、何かをぐっと掴みとった。
「これで終わりなんて、随分とあっけない――」
掴んで引き寄せたものを見て、咲夜は言葉を途切れさせる。
手にしていたものは、小悪魔の着ていた上着だけだった。
掴んだときに感じた手ごたえは、服だけのものではなかったのに。
「よかったわね小悪魔。忍法瞬間強制脱衣の術を覚えた甲斐があったわ」
「ちっともよくないですっ!
って言うか、魔女がなんで忍法なんか学んでるんですか!?」
「乙女のたしなみ?」
違う。
「まあ、今はとにかく逃げるが勝ちよ。
ほーら咲夜、つかまえてごらんなさぁーい」
かなり離れたところから、二人の声は聞こえてきた。
小声に抑えて距離感をごまかす作戦なのかもしれないが、こうなっては本格的に身動きが取れない。
結局、咲夜が動けるようになったのは、視界を覆う煙が薄れてからだった。
「完全に見失っちゃったようね……。
この私が手玉に取られるなんて、甘く見てたわ」
ブチブチと毒づきながら、広い図書館をひた走る咲夜。
パチュリーの言葉どおり、ここでの地の利はあちらにある。
ひたすらに走り続けて、当てずっぽうで曲がった先に、奇妙な物体を見つけた。
それは、一目見て罠だとわかるシロモノ、というかイロモノだった。
紐のついたつっかえ棒に支えられたでっけぇ竹籠の下に、一冊の本が置かれている。
咲夜はその罠のお粗末さに軽い眩暈を覚え、眉間を押さえて溜め息をつく。
「……私が、こんなものに引っかかると思っているのかしら」
そう誰に言うでもなく呟いて、置かれた本に視線を落として――――、
盛大に、愛と情熱の咲夜汁を噴き散らした。
「こ……これわっ!?
幻の『月刊こあくま天使』8月号ッ!?」
月刊こあくま天使。
小悪魔が天使のコスプレをしている写真集、ではない。
年端も行かない少女がアレやソレな格好をしている様を撮影した、そのスジの人には堪らないブツである。
そして、咲夜が幻と言っているだけあって、8月号のレアリティは群を抜いていた。
「こんな素晴らしい、じゃなかったけしからない本を置いたままにしておくなんて。
ここは一つこの私がコレクション、もとい処分してあげなくてはならないわね」
咲夜は自分に言い聞かせるように、白々しい建前を口にしながら、いそいそと本を懐に仕舞い込む。
そうして、そのまま何事もなかったかのように歩き出す――――が、不意にきょろきょろと辺りを見回しだした。
「やっぱり、この本がどれだけけしからない物か……、確認しなくちゃならないわよね」
いったい誰に言い繕っているのだろう。
兎にも角にも、咲夜は頬を紅潮させ、息を荒げて、仕舞った本を取り出した。
「さぁ、穢れなきキュートでウフフな姿を私の前にッ!カモンラブリーエンジェル!」
勢い余って咲夜汁を滴らせつつ、色々と危険な妄言とともに、本の表紙に手を掛ける。
炸裂!ダブルマッスルインフェルノ!!-熱愛-
咲夜、硬直。
かちこちかちこち
四秒。
「……ちょうあにき!?」
そして、変な悲鳴とともに、吐血しながらくずおれた。
真性のロリコンにとって、むくつけき筋肉男は猛毒も同然である。
しかも、兄貴とサブのガチ写真集となれば、その威力は倍率ドン! 毒性は数倍にふくれ上がるだろう。
そして、一番見たいものを見ようとしている時に、一番見たくないものを見せ付けられたときのショックは計り知れない。
例えるならば、レイズナーのビデオを借りて、いざ再生してみたら中身が任侠映画だったようなものである。
おのれバイト店員。
白目をむいて倒れる咲夜の傍らに、本に挟まっていたと思しきメモがはらりと落ちる。
『これぞ忍法、まさに外道。の術』
この紫もやし容赦ねえ。
……ってーか、100年以上生きてるくせに、忍法ってあーた。
数分後、ようやく意識を取り戻した咲夜は、荒い息をつきながらよろよろと起き上がった。
どんな攻撃を受けても即復活。が身上の変態に、かつてこれほどのダメージを与えられたものがあっただろうか。
「ふ……ふふふ……。
私を本気で怒らせてしまったようですわね……あんの紫もやしがあぁぁぁっ!!」
手にした本を引き裂いて、怒りの声を張り上げる咲夜。
血の涙さえ流しながら、泣く子ももっと泣く壮絶な形相でもって、胸に渦巻くドス黒い怒りを解き放つ。
やったね咲夜、あとは耳血でコンプリートだ!
真っ二つに引き裂いたアニキ本を放り捨てて、咲夜は再び歩き始める。
その歩調は、実に静かで穏やかだった。
さっきまでの壮絶な表情もすっかり影を潜めて、うっすらと微笑みさえ浮かべている。
――しかし。
彼女の周囲にたなびく空気は、刺すように冷たく、ひび割れるほどに乾いていた。
そう。
怒りが限界を突破しすぎたために、突き抜けてしまったのだ。
今の咲夜なら、怒りの大魔神とタイマン張るどころか、片手で倒せてしまうに違いない。
この場に誰もいないことが、ただ一つの救いだろう。
そうして歩き続ける咲夜の目に、あるものが飛び込んでくる。
それは、背を向けたまま無防備に佇む、パチュリーの姿だった。
「っしゃあっ! 捕まえましたわっ!」
咲夜は声を上げて、背を向けたまま佇むパチュリーに飛び掛り、そのまま押し倒した。
会心の笑みを浮かべる咲夜の目に飛び込んできたものは、黒光りするでっけぇ球体。
あれぇ? ちょっと見ないうちにずいぶん焼けたんですねパッチェさん。
でもこれ日焼けとかいうレベルじゃないですよね真っ黒ですよ。
――っていうかこれ爆弾やん。
あまりのことに呆気に取られ、心の中でツッコむことしかできない咲夜。
「忍法、微塵隠れ~~~」
そして、どこからともなく聞こえてきたパチュリーの声とともに、爆風で吹っ飛ばされたのでした。
「ふっふっふ。通信忍法三級の恐ろしさを思い知ったようね」
「通信忍法ってなんですかそれ。
それに、いつからここは忍者屋敷になったんですか」
床下の隠し扉からひょっこり顔を出して、黒焦げになった咲夜に向かってほくそ笑むパチュリー。
隣でツッコむ小悪魔は軽くスルーして、床下から這い上がりだした。
「さーて、サクサク逃げるわよ」
「逃げるって……、ここに隠れてるだけでいいんじゃないですか?」
「それじゃ駄目よ。咲夜をナメると痛い目を見るわ」
「――そう、例えば今みたいにね」
突然の声に振り向けば、咲夜。
今度こそ逃がさねぇとばかりに、目にも止まらぬ早技で二人の襟首をふん捕まえた。
「ふ、ふふふふふ……。
人を散々コケにしくさってくれやがりましたねええこの紫もやし。
でも、それもこれまでですわ。約束どおり存分に堪能させてもらいますからね」
「そういう約束だから、しょうがないわね。
でも、一つだけ教えて。なんで貴女はこんなことをするのかしら?」
「そ、それは……」
パチュリーの言葉に、咲夜は一瞬言いよどむ。
少しの間視線をを泳がせていたものの、やがて観念したようにため息をついて、俯きながら口を開いた。
「私の、胸のためなんです」
「胸のため?」
「揉めば大きくなるって、美鈴に、聞いたから……」
俯いたまま、咲夜は続ける。
しかし、その言葉はだんだん小さくなっていき、最後には消え入るような呟きになっていた。
話を聞いたパチュリーと小悪魔は、互いに顔を見合わせあうと、揃って小さなため息をつく。
パチュリーは俯いたままの咲夜の肩に手を置いて、そっと語りかけた。
「咲夜、いいことを教えてあげるわ。
豊胸術で揉むのは、自分の胸。人の胸じゃないのよ」
「そ、そんな……、そんなのって……」
咲夜はうわ言のように呟きながら、その場に力なく膝をつき、そのまま崩れ落ちた。
「嘆くことはないわ。咲夜。
本当は、あなたも判っているんでしょう……?」
がっくりとうなだれる咲夜に、優しく手を差し伸べるパチュリー。
その姿は慈愛に満ち溢れ、神々しくさえあった。
差し出された咲夜の手をぎゅっと両手で包み、同じ目線になるまで膝を落とす。
そうして、どこか陶酔したような表情を浮かべ、口を開いた。
「いいえ、真性のロリコンであるあなたが判らないはずがないわ。貧乳がいかに素晴らしいものであるかを!
形のいい小ぶりな膨らみを! ふくらみかけ、という甘美な響きを!
そう、貧乳こそ、神がこの世に作りたもうた絶対不可侵の美であるということをっ!!」
目を輝かせながら熱弁を振るうパチュリーの姿は、生気に溢れ、実に活き活きとしていた。
普段の、アンニュイが服を着て這いずり回っているような姿からは、とても想像できるものではない。
「そう……そうですわ。
お嬢様の控えめな胸をナマで見たときなんかもう、それだけでゴハン三杯はいけちゃいますもの!」
「そうよ、わかっているじゃない!
貧乳はその手に触れず愛でるもの……、まさにその通りね」
すっかり意気投合して、つるぺた談義に花を咲かせる咲夜とパチュリー。
盛り上がる変態達をよそに、小悪魔は異次元の生物を見るような目で二人を眺めていたそうな。
「貧乳、それは汚れなき至高の芸術。ならばこそ、自らの手で汚すことも許されない。
でも、そうでないものは違う。
貧乳の対極にあるでかちち……それは汚してもいい、いえ、汚されるためにあるものといっても過言ではないわ」
「ええ、あんなにも大きいのだから、つまり揉んでくださいということですわよね」
「そうよ咲夜、あなたの前にいる巨乳……あなたはそれを憎んでもいいし、襲撃してもいい。
自分の心に正直になって……思うまま、心の赴くままに行動なさい」
「それなら私は……、憎しみを捨てますわ」
「わかってくれたのね咲夜!」
「イエス・アイ・ドゥー!」
二人は目を輝かせて、強く腕を組み合った。
その姿は、そのまま合体変身できてしまいそうなほど、見事なバロムクロスっぷりだったそうな。
「こ、この人たちもうダメダメだあぁぁぁっ!?」
すっかりネジの吹っ飛んだ二人を前に、小悪魔は頭を抱えて絶望の叫びを上げる。
そんな小悪魔の前に、いつの間にやら咲夜とパチュリーが立ちふさがった。
二人とも、弱った獲物を見つけた狼のような眼つきで、小悪魔を嘗め回すように見つめてくる。
「約束どおり、私の名において許可するわ。
この子に、というかむしろこの子の胸に、その熱く滾るパッションをぶつけてあげなさい!」
「わかりましたわ。でわ早速、そりゃもう執拗にねちっこく心行くまでっ!」
「―――――――こっ」
こ~~~~~~~あぁぁぁぁ~~~~~~~~
かくして。
小悪魔はこれでもかというほど咲夜に蹂躙され、すっかり完全制圧されてしまったのでした。
「うぅっ、明日、求人情報誌買ってこよう……」
さめざめと泣きながら呟くその姿は、涙なしには見られないものだったそうな。
がんばれ小悪魔、負けるな小悪魔!力の限り生きてやれ!
_/ _/ _/ Epilogue _/ _/ _/
そして、約束の一週間が過ぎた。
あの日、霧雨邸で袂を分かち合った三人は、雌雄を決するべく、ここ、博麗神社へ会していた。
霊夢。飲まず食わずの布団巻きサバイバルを生き抜いた。減量効果抜群で-2mm。
咲夜。パチュリー仕込みの特訓メニューをこなしたものの、あまり胸は育たず+1mm。
そして、最後に残された魔理沙は――
ふにふに。
ふにふにふにふに。
「……魔理沙、15mmアップ……」
「や、やめ……ろっ、……くぅんっ」
信じられないものを見たような顔で、霊夢は魔理沙の胸を揉み続けていた。
嫉妬二割に羨み二割、愛しさと切なさと心強さとでもう一割。
残りの半分はきっと、優しさ以外の何かだろう。
「一週間で15mmですって……!?
つまり、それだけ激しく情熱的にちちくりあったということに他ならない……」
「魔理沙……なんていやらしい子!!」
「うるさいよ!」
まんま昔の少女マンガのノリで声を上げる二人を、魔理沙は顔を真っ赤にしながら怒鳴りつけた。
勝負に負けた腹いせに、エロい子呼ばわりされては、そりゃあ怒鳴りもしよう。
これ以上二人が茶化しにかかってこないうちに、魔理沙は咳払いをひとつして、腕を組んだ。
威風堂々、とまではいかないものの、それでも勝者の風格を漂わせて、二人をじっと見据える。
「いやらしかろうがなんだろうが、賭けに勝ったのは私だ。約束は守ってもらうぜ」
「アーアーキコエナイキコエナーイ」
「あら、そんな約束したかしらね?」
そっぽを向いて耳に手を当てる霊夢と、あくまでシラを切り通そうとする咲夜。
こうまで往生際が悪いと、なんかもう逆に微笑ましくなってくる。
実際、魔理沙も笑っていた。
人を二、三人ほどへち殺す決意をしたような、鉛色に濁った瞳で。
「ふざけろよお前ら。埋めるぞ。
いいか、今日限りで、この変な会を解散しろ!」
「なっ……、そんな非道な命令を出すなんて、人でなしにも程があるわよ!?」
「魔理沙、あんたの血は何色なのよ!?」
「少なくともお前らよりは赤い自信があるな」
二人の非難をしれっと流して、魔理沙は懐に手を入れる。
取り出したるは、魔力フル充填のミニ八卦炉。
今にも暴発しそうなそれを玩びながら、魔理沙は乾いた笑いを漏らしつつ、口を開いた。
「どうしても解散できないって言うなら、それでもいいさ。
私がこの場で、物理的に壊滅させてやるだけのことだからな」
顔は、笑っていた。眩しいぐらいの、実に爽やかな満面の笑顔。
しかし――――、その目はまったく笑っていなかった。
それどころか、目を合わせただけで相手を石化させてしまいそうなほどの、凶悪極まりない眼光を宿してさえいた。
追い詰められた鼠は、猫にその歯を突き立てるという。
二人があまりにもふざけすぎたために、文字通り堪忍袋の緒がキレたに違いない。
一週間前にブチ切れた時とは比べ物にならないほど、今の魔理沙はおキレになられてしまいなさっていた。
死なばもろとも。毒を喰らわば皿まで。ならば貴様も道連れだ。
もはや心中さえも辞さないとばかりに笑う魔理沙を見て取って、咲夜と霊夢は息を呑んだ。
「……霊夢」
「あぁ、もう……しょうがないわね」
さすがに、心中覚悟でふざけることはできなかった。
それに、魔理沙をここまで追い詰めてしまったという罪悪感もあった。
だから。
霊夢は小さくため息をついて。
終わりの言葉を、口にした。
「それじゃあ、ただ今をもって、胸なし娘(みなしご)たちの叫びの会を解散するわ……」
会長である霊夢の解散宣言を受けて、胸なし娘たちの叫びの会は、今、ここに解散した。
だが、これで終わるような霊夢ではない。そんなしおらしさを期待するほうが間違っている。
むしろ、まだだ、まだ終わらんよ! とばかりに目を光らせて、とんでもねーことを口走った。
「そして本日現時刻、今この場にいるメンバーをもって、新たに『胸なし娘(みなしご)たちの叫びの団』を結成します!
『健やかなる時も病める時も、ともに巨乳を呪いあい、育つ時はいつも一緒』をモットーに、明るく世の巨乳どもを呪うのよ!
もちろん、団長であるあたしが法律だから、そこんとこヨロシク!」
「ふざけんなこの馬鹿女ぁぁぁーーーーっ!!」
魔理沙の絶叫とともに、手にしたミニ八卦炉が眩いばかりの光を放ち――――。
まあ、いわゆるところの、物のはずみということで。
今日もまた、博麗神社は盛大に吹っ飛ばされたのでありました。
「まあ、確かに私達も悪かった。それは素直に謝るわ」
「でも、それで神社を吹っ飛ばすのはちょっとやりすぎかなーって、お姉さん思うんだ」
「……うん、まあ、その。
正直、すまんかった」
ぼろぼろの焦げ焦げになった三人は、元・博麗神社だったガレキの山に腰掛けて、どこか遠い目で語り合っていたそうな。
その後、博麗神社が再建されるまでの間、霊夢は魔理沙の家に転がり込み、
神社を吹っ飛ばした慰謝料と称して、嫌がる魔理沙に無理やりメイド服を着せて楽しんでいたという。
めでたくなしめでたくなし。
幼児の手の届かないところに保管し、用法・容量を守って正しくお使いください。
_/ _/ _/ Prologue _/ _/ _/
鬱蒼とした木々が生い茂る、昼なお暗き魔法の森の、少し拓けたその一画。
霧雨邸の一室は、怪しい格好をした二人組の変態どもに占拠されていた。
_/ _/ _/ 霧雨邸 PM15:12 _/ _/ _/
「えー、それでは、ただ今より第9回・胸なし娘(みなしご)たちの叫びの会、定例集会を開催します」
「待て。
何故にお前は我が家の一室を堂々と乗っ取って
妖しげなわけのわからん集会を開こうとしとるんだこの腋巫女ニート」
うららかな昼下がり。
ぽかぽか陽気に誘われるまま、うたた寝でもしてしまいそうなのどかで平和な日常は、
突如として家に上がりこんできた挙句に奇っ怪な小道具をそこかしこに設置して妖しげな集会を開きだした
怪しさ爆発センス最悪な三角形の覆面を被った腋丸出しの紅白ニートによって情け容赦なく打ち砕かれた。
「今の私は『紅白R』よ。ニート呼ばわりはやめなさい。『白黒M』」
「誰が白黒Mだ。勝手に怪しい偽名をつけるな」
「あぁ、そうね。覆面を忘れてたわ。はいこれ」
「あぁ、サンキュ……って要るかこんなもん!」
思い出したように懐、というか袖から三角形の覆面を取り出す霊……もとい紅白R。
魔理沙は差し出されたそれを受け取って、全力で床に叩きつけた。
それを目の当たりにした紅白Rは、信じられないものを見たような目で、魔理沙の顔を覗きこむ。
いや、覆面してるからわかんないけど。
「……覆面もしないで、集会に参加するつもりなの?」
「ンな怪しい集会になんぞ誰が参加するか。
っつーかそもそも、なんでうちでこんな変な集会なんか開くんだよ」
「愚問ね。前々回の開催場所は紅魔館、前回の開催場所は博麗神社。
となればここが今回の開催場所に選ばれるのは、火を見るよりも明らかなことでしょう?」
「流石は『瀟洒S』ね。実に瀟洒な切り返しだわ。
……そういえば、第3回と第6回の集会のとき、魔理沙ってば留守だったわよね。無用心よ」
「人の家に勝手に上がりこんでおきながらそーゆー事を抜かすかお前は」
「ええ、だから開催日をずらしてまで、魔理沙が家にいるであろう今日この時に集会を開いたのよ」
まるでそれが当然のことであるかのように、紅白Rと瀟洒Sはしれっと言い放つ。
悪気などカケラも感じていないあたり、いっそ清々しいくらいだった。
「日本語通じとけよな。私を巻き込むなって言ってんだろうがこの馬鹿コンビ。
いいからさっさとその覆面を取れ! さもないとマスタースパークで吹っ飛ばすぞ!」
魔理沙は叫びながら、懐からミニ八卦炉を取り出した。
今にも魔砲をぶっ放してきそうな剣幕に、覆面コンビは顔を見合わせ、渋々ながら覆面を脱いだ。
もっとも、紅白の素敵な巫女服と瀟洒なメイド服はそのままなので、誰であるかは丸わかりなのだが。
「魔理沙は本当にわがままね。
そんなのじゃあ、社会に出たときにやっていけないわよ」
「黙れニート」
取った覆面を袖の中にしまい込みつつ、ぼやく霊夢。
一方の魔理沙は、お前にだけは言われたくない、と言わんばかりに顔を引きつらせて、言葉を返した。
というか、その袖の中は一体どーゆー構造になっているのだろうか。
「まあ、気を取り直して、と。
今回から思いつきで始めた恒例のバスト測定でもいってみましょーか」
霊夢はこほん、と軽く咳払いをして、魔理沙に向き直る。
その目つきは獲物を狙うハンターそのものであり、口許にはやらしい薄笑いを浮かべてさえいた。
それにしても、思いつきで始めた恒例の、ってものすごく矛盾してやしないか。
「ちょっと待て霊夢。私はこの会合とは無関係だろうがっ」
「しゃーらっぷ。
この会……、『胸なし娘たちの叫びの会』の集まりにおいては、会長であるあたしが法律よ」
魔理沙のツッコミに、霊夢は文句あるかこのダラズ。と言わんばかりの横柄な態度で、親指を自分に向けて突きたてる。
それを合図に、いつの間にか背後に回り込んでいた咲夜が、魔理沙を羽交い絞めにした。
「なっ!? この、放せっ!」
「諦めなさい。私もやられたんだから」
「そうそう。ここは一つ、大人しくヤられちゃったほうが身のためよ?」
「ノー! 絶対にノーだっ!!」
なんとか振り解こうとして、魔理沙はじたばたともがきだす。
しかし、完璧に固められてしまっていては、どんな抵抗も無意味なものでしかなかった。
「往生際が悪いわよ、魔理沙」
「当たり前だっ!
胸を揉むぞって言われて、はいそうですかなんて言えるわけないだろ!」
「だが残念。この博麗霊夢、容赦せぬ。
それにー、嫌よ嫌よも好きのうちって言うじゃない?」
魔理沙の抗議などどこ吹く風。
霊夢はやらしい薄笑いを浮かべて、魔理沙の服に手を突っ込んだ。
ふに。
ふにふに。
「や、やめろってば……っ」
「ふっふっふ。口では嫌と言っても、カラダは正じ……き……」
嫌がる魔理沙に向かって、霊夢はやらしい口調で声を掛ける――が、その声は尻すぼみに途切れてしまう。
同時に、浮かべていた薄笑いも消えて、驚愕の表情に取って変わっていた。
ふにふに。
ふにふにふに。
「そ……育ってる……。
先月から、22mmもアップしているわ……」
霊夢は大きく目を見開いて、うわ言のように呟いた。
それはともかく、下着の上から揉んだだけで、ミリ単位で計測できてしまうのはどうかと。
その呟きを聞いた咲夜もまた、愕然とした表情で腕を緩める。
魔理沙はすかさず拘束を振りほどいて、いまだに放心している二人から距離をとった。
「お前ら、いい加減にしろよなっ!!」
両手で胸元をかばうようにして、魔理沙は二人に向かって怒鳴りつける。
だが、当の二人はというと、俯いてうな垂れたまま、微動だにしなかった。
「裏切りよ……」
「許さない……」
ぽつり、と。
二人は、まるで呪詛のような、短い呟きを漏らした。
まったく同時に、鏡写しのように首だけをぎぎぃっ、と動かして、魔理沙を凝視する。
それだけで人が殺せそうなほどに、鋭く、冷たく、禍々しい二組の眼光に射抜かれて、魔理沙は思わず身を竦ませた。
そしてこの二人は、隙だらけの獲物を見逃すような慈悲の心など、とっくの昔に捨てていた。
――――あるいは、もとより持ち合わせていなかった。
「裏切り者は粛清よぉぉっ!」
「制裁よ制裁っ!!」
口々に叫びつつ、萎縮する魔理沙に向かって飛びかかる二人の変態。
その瞳はぎらりと暗く光り、なおかつ血走っていた。
悲鳴を上げる間さえ与えず、霊夢は胸に、咲夜は脚にタックルをかまし、そのまま勢いに任せ押し倒す。
「――なっ!? おっ、お前らっ!?」
押し倒され、組み伏せられて、ようやく魔理沙は我に返って声を上げる。
しかし、時はすでに遅かった。むしろ遅すぎた。
二人に圧し掛かられては、はね除けることはおろか、満足に身動きも取れない。
「やめろ、放せっ! どけよこの変態どもっ!」
「「ありがとう褒め言葉よ」」
「ウフフフフフハァハァ」
「ドゥフフフフハァハァ」
魔理沙の罵声を、しかし二人は笑顔で受け流し、荒い息をつくばかり。
これから繰り広げられるであろう悪夢が脳裏をよぎり、魔理沙は顔を引きつらせる。
そして、なんとも皮肉なことに、その恐怖に歪んだ顔が、二人のサド心を燃え上がらせてしまっていた。
「性別なんてドンマイドンマイ!可愛いものは汚したいっ!!」
「私をその気にさせた責任、取ってもらわなきゃねっ!」
「アッー!?」
~しばらく お待ちください~
霊夢はてらてらと濡れ光る指に舌を這わせ、指に残る液体を舐め取っている。
咲夜も咲夜で、腰に手を当てて、妙に男らしい仕草で牛乳なんぞを飲んでいた。
なにやらアレな達成感を漂わせる二人に対して、魔理沙はただ、うつ伏せになってすすり泣くのみ。
「ふふ……、なかなかよかったわよ、魔理沙」
「燃えたわ。久々に」
「ひっく……えぐっ。
汚された、腋巫女と変態メイドに汚された……っ」
「やーねぇ、そんなにいぢめて光線を出さないでよ」
「また燃えちゃうじゃない」
「黙れよっ、うわあぁぁぁぁんっ!」
魔理沙の心中などどこ吹く風。
めいめい好き勝手なことを言いくさる二人に、ついに魔理沙は声を上げて泣き出してしまったのでした。
なお、誤解のないように言っておかなければならないが、
三人は別にエロいことをしていたわけではなく、ただオイルレスリングに興じていただけである。
霊夢の『よかった』という発言は、『白熱した試合を楽しめた』という意味であり、
魔理沙の『汚された』という呟きは、『髪が油まみれになってしまった』という意味に他ならない。
魔理沙が泣き出したのは、二人掛かりだったとはいえ勝負に負けて悔しいからであり、
霊夢が舐め取ったのも、オイルレスリングの時に使った油であるからして、決してエロスいことはなく絶対的に健全なのだ。
エロスい人にはエロスく見えてしまう言葉のマジック。
えっちなのはいけないと思います。
しばらくののち、三人は気を取り直して居間に場所を移し、お茶を啜っていた。
そんな折、霊夢は唐突に、テーブルをだんっ、と叩いて身を乗り出す。
「魔理沙っ!裏切ったわね!
あんたはあたしたちを裏切ったのよ!!」
「何の話だっ!?」
突拍子もない霊夢の行動に、驚きながらも怒鳴り返す。
そんな魔理沙の反応を見て取って、霊夢は握り拳を作りながら話し出した。
「健やかなる時も病める時も、ともに巨乳を恨みあい、育つ時はいつも一緒だと……、
あたしと咲夜の二人で桃園の誓いを交わしたでしょうがっ!」
「待て。何もかもが間違ってるぞ!」
「そうよ、霊夢。あなたは間違っているわ」
たわ言を並べ立てる霊夢に、魔理沙は強く、咲夜は静かにツッコミを入れた。
思わぬ援軍に、いいぞもっと言ってやれ! とばかりに、魔理沙は期待の眼差しを咲夜に向ける。
「それを言うなら『健やかなる時も病める時も、ともに巨乳を憎みあい』よ」
「……はっ、そうだったわ!」
「そういう問題じゃねえぇぇぇぇぇ!!」
――OK、ちょっとでも期待した私がバカだった。
魔理沙は絶叫を張り上げながら、人知れず絶望に打ちひしがれたのであった。
頭を抱えてテーブルに突っ伏す魔理沙を横目に、霊夢は再びお茶を啜りだす。
湯飲みの底を天井に向けて、一息ついたのち、おもむろに口火を切り出した。
「……でもね、実際問題としてよ。
一月も経たないうちに22mmも育てられちゃあ、あたしとしても立つ瀬がないわ」
「そうでしょうね。昨日まで、2mm勝ってるんだーって物凄くみみっちい優越感を感じてた身としてはね」
つらつらと言葉を連ねる咲夜の目の前に、バールのようなものの先端がめり込んだ。
勢い余ってテーブルそのものがひしゃげ、ひび割れたが、霊夢はそんなことなどお構い無しに、目を細めて口を開く。
「黙んなさい。次にそのことを口にしたら冷凍マグロよ」
「あら、怖いこと」
「それに咲夜だって6mm勝ってたのが今度は」
みなまで言う間もなく、霊夢の目の前に大振りのアーミーナイフが突き立てられる。
咲夜は顔に張り付かせたにこやかな笑みを崩さぬまま、しかし身の毛もよだつ殺気をまとって佇んでいた。
「4秒前の台詞、そのまま返すわね。このえぐれ洗濯板」
「ほほぉう……、へしゃれ甘食がよく言うわ」
「あらあら、どうしてもナイフの錆になりたいようね?」
「そっちこそ、バールの露に消えたいわけ?」
「ほほほほほほほほほ」
「ふふふふふふふふふ」
冷たく乾いた空気の中、火花を周囲に撒き散らしながら、二人は笑いあう。
口を亀裂のように引きつらせ、目には明らかな殺意の火を灯して、悪意にまみれた邪悪極まりない笑顔で。
「あのなぁお前ら、そんなことでいがみ合うなよ。五十歩百歩もいいとこだぞ?」
一人置いてけぼりな魔理沙の漏らした呟きに、二人はそろって顔を向けてくる。
気圧されて息を呑む魔理沙に向かって身を乗り出すと、口々にがなりだした。
「わかってないわね。五十歩百歩ならその差は五十歩。圧倒的に違うでしょう!?」
「戦場では、その五十歩が生死を分けることもあるのよ!?」
「って言うか、五十歩百歩ってなにそれ? 勝者の余裕?」
「22mmも育ったからって、いい気になってるんじゃないわよ!」
一言一言、大声を上げるたびにテーブルに手を叩きつける二人。
その衝撃にテーブルはひしゃげ、たわみ、歪んで、どんどん原型を留めなくなっていく。
いよいよトドメが刺さるかどうかというところで、霊夢は動きを止め、ひときわ大きな息を吐いた。
「……こうなったら、桃園の誓いはなかったことにするしかないわね。
その上で、誰が一番胸を大きく出来るかっ!それを競おうじゃない!!
どうせだから賭けようかしら? 勝者は、どんなことでも一つだけ命令できるってね」
「面白いじゃない。乗ったわ」
「決まりね。それじゃあ期限は一週間、この三人のうちで誰が一番胸を大きく出来るか、勝負よ!
あたしを本気にさせたこと、後悔させてあげるわ!」
「待てお前ら。勝手に私を巻き込むなっ!」
勝手に話を進められ、なし崩しに巻き込まれつつあることに憤慨して、魔理沙は怒声を張り上げる。
しかし、こういったタイミングで足掻いてもそのまま押し流されてしまうのは、もはやお約束。
例によって例のごとく、二人はしれっと抗議を受け流す。
「何を言ってるのかしら? 無言ってことは消極的賛成ってことでしょう?」
「消極的賛成は、つまり賛成だから、諸手を挙げて大喝采してるのと同じだっててゐも言ってたわよ」
「……こ、こいつら……」
当然のことのように寝言をほざく二人を前にして、魔理沙は顔を引きつらせた。
「それとも、まさか負けるのが怖くて反対してるってわけじゃないわよね?」
「どうかしら? 勝ち目のない戦いなんか、誰だってしたくないものね」
二人の言葉に、ぴくん、と、魔理沙の眉根が動いた。
見え透いた挑発だと頭ではわかっていても、負けず嫌いの性分がむくむくと鎌首をもたげてくる。
こんなにも見え透いた挑発に、易々乗せられるほど馬鹿じゃない。
こんなにもおちょくられて、黙っていられるほど腑抜けじゃない。
理性と感情とがせめぎ合い、魔理沙は言葉を詰まらせる。
それに気付いた二人は、感情面に追い討ちをかけるべく、揶揄するような口調で続けた。
「そうよねー、いくら魔理沙と言ったって、所詮は人の子だものねぇ。
分の悪い賭けは避けて通るのが一番の安全策だものねぇ」
「そうね、負けるのが目に見えてるから参戦しないっていうのも一つの手よね」
「あ、そっか。やっぱり勝てないと悟って逃げに出てるとか?」
「そうそう。魔理沙ったら普段はブイブイ言わせてるくせに、
なんだかんだ言ってここ一番ではヘタレよね」
「つまり、ヘタレ魔理沙と。」
「略してヘタマリでいいじゃない」
「……随分と、好き放題言ってくれるな」
理性、ノックアウト。
いくらなんでも、ここまで馬鹿にされて黙っていたのでは女がすたる。
魔理沙はぐいっと身を乗り出し、テーブルに足を乗せて、ありったけの大声を張り上げた。
「上等だっ、やってやろうじゃねぇか!
あとで吠え面かかせてやるからな、覚悟しておけよ!!」
片足をテーブルに乗せて啖呵を切るその様は、どこか桜吹雪の御奉行様を思い起こさせる。
だがしかし、座して茶啜る二人は、計画犯の笑みを浮かべてほくそ笑むばかりだった。
「それじゃあ、魔理沙も参加するのね?」
「おうさ、やってやるぜ。
言っとくが、絶対に負けないからな」
魔理沙は半壊したテーブルから足を下ろして、憮然とした表情を浮かべたまま湯飲みを手に取る。
ぬるくなったお茶を一息に飲み干し――――
「でも、魔理沙はいいわよねー、育ててくれる相手が居るんだもん」
吹いた。
盛大に吹いた。
胸を叩いてむせる魔理沙に、二人はサドい笑顔を浮かべて追撃にかかりだした。
「あんたはあの魔法使いとチョメチョメしてペケペケ、でもってニャンニャンしてるわけだしねー?」
「へぇ、そうだったの。魔理沙も隅に置けないわねぇ?」
「あっ、アリスは関係ないだろっ!」
にやにやと邪悪な笑みを浮かべて、好き放題野次ってくる霊夢と咲夜に、魔理沙は耳まで赤く染めて怒鳴り散らす。
ムキになって否定するあたり、もはや自白しているも同然なのだが――、
魔理沙はあまりのことに気が動転していて、さらに墓穴を掘ったことにも気付いてないっぽかった。
「あっれー? あたしはアリスだなんて一言も言ってないのに……、なんでここでアリスが出てくるのかしらねぇ?」
「さて、どうしてかしらねぇ?」
「あ……いや、それは、その」
霊夢の問いかけに、魔理沙はたじろいで言葉を詰まらせる。
自分がどれだけ凄まじい自爆をかましたのか、ようやく気付いたようだ。
怒りと恥ずかしさとで紅潮していた顔が、見る見るうちに血の気を失い青ざめていく。
「はいはいエロスエロス」
「はいはいハッスルハッスル」
「~~~~~~っ!!」
後悔してももう遅い。
格好の獲物を見つけた猫さながらに、霊夢と咲夜は邪悪な笑みを浮かべ、ここぞとばかりに魔理沙をおちょくりだす。
魔理沙は再び完熟トマトのようになって、そのまま俯いてしまった。
「あら、そんな耳まで真っ赤にするなんて、ひょっとして図星だった?」
「その様子だと随分お盛んみたいねぇ。妬けちゃうわー」
「……れよ」
「んー? 何か言ったかしら?
アリスに甘えるときみたいに言ってくれないと霊夢わかんなーい」
「アリスに? アリスが、じゃなくって?」
「ヘタレの魔理沙が攻めなんてできるわけないじゃない。
どうせされるがままの受け一辺倒に決まってるわよ」
「それもそうね。
おおかた、『されるがままなんて……くやしい……。でもブレイジングスター!』みたいな」
「黙れよお前らっ! とっとと帰れっ! 出てけぇっ!!」
そして、お約束のブチ切れ。
魔理沙は半泣きになって、手近な家財道具を掴んでは二人に向かって投げつけ始める。
湯飲みにきゅうすに置き時計、花瓶に壷に椅子に招き猫に鎧兜に道路標識に円柱ポストにロケットパンチにエビフライ。
とにかく手当たり次第に放り投げられる、多種多様なモノモノ。
なんだか無茶なブツまでもが、聞くに堪えない罵詈雑言とともに、二人へと飛び迫っていく。
「とうっ!チョン避けチョン避けっ!
咲夜、ここは逃げるが勝ちよ! というわけであんた囮になんなさい!」
「ていっ!喰らいボム喰らいボムっ!
冗談も休み休み言いなさい! 囮になるのはあなたの方よっ!」
二人は家財道具による怒涛の弾幕を避けながら、押し合いへし合いして玄関へと逃げていく。
魔理沙が今まさに狸の置物を投げつけようとしたその瞬間、二人は一斉に外に躍り出て、そのまま空へと飛び立った。
「この場は退くけど、これで勝ったと思わないことね、魔理沙っ!」
「勝負の日は一週間後よ、首を洗って待ってなさい!」
そして、口々に好き放題な捨てゼリフを残し、霧雨邸を後にする。
誰もいなくなった玄関に、狸の置物が放り投げられたのは、それから数瞬あとのことだった。
_/ _/ _/ ケース1・霧雨 魔理沙の場合 _/ _/ _/
_/ _/ _/ 一日目 霧雨邸 PM18:30 _/ _/ _/
二人が逃げた後も、魔理沙は涙ぐんで頬を赤く染めたまま、肩で息をついていた。
少しだけ落ち着きを取り戻してあたりを見回してみれば、放り投げられた家具の山。
放り投げるどころか、持ち上げるのにも骨が折れそうな置物までもが、放り投げるがままに打ち捨てられていた。
我ながらどんだけ取り乱してたんだと自分に呆れつつ、散らかった家具を片付けにかかる。
そんな折、ふと、玄関に何者かの気配を感じた。
「だからとっとと帰……っ、あ、アリスか」
振り向きがてら罵声を浴びせようとして、客人の姿を見止めて言葉を止める。
玄関の前で立ちすくむ金髪の魔法使い――アリスは、
霧雨邸の内外に散らばる無数の家財道具を前にして、目を丸くしていた。
「一体どうしたの、これ……」
「いや、まあ、ちょっとな」
霊夢と咲夜に散々バカにされて、ブチ切れて家具を放り投げていた。
……などと説明するわけにもいかず、もにょもにょと言葉を濁す。
「まあ、立ち話もなんだし、上がって来いよ。
ちょっと散らかってるけどな」
「この惨状をちょっとで済ませないでよ」
アリスは眉をひそめて苦言を漏らしながらも、誘われるまま上がっていく。
魔理沙は取り急ぎ、二人が座れるだけの空間を確保して、アリスを迎え入れた。
霊夢と咲夜からおちょくられたこともあってか、変にアリスのことを意識してしまう魔理沙。
そのため、なかなか間を持たせられずに、なんとなく気まずくなる。
どこかよそよそしい魔理沙を見て取ったアリスもまた、つられて気まずくなっていた。
「それにしても、今日はいつにも増して酷いことになってるのね」
気まずい空気を振り払おうとしてか、アリスは散々に散らかされた家具の山やら海やらを見回してみせる。
魔理沙はばつが悪そうにそっぽを向いて、頭を掻きながらためらいがちに話しはじめた。
「いや、さっきまで霊夢と咲夜が来ててさ。それで……まぁ、いろいろあって」
「……いろいろ? それに、髪がなにか変よ?」
「あぁ、そうだった。二人に汚されちゃったんだっけか」
魔理沙がふと漏らした一言に、アリスは大袈裟に音を立てて身を引いた。
「えーと……アリス?」
「そんな……、魔理沙が、あの二人に汚されたっていうの?」
魔理沙の問いかけもどこ吹く風。
アリスは心ここにあらずといった様子で、ぶつぶつと何かを呟き始める。
冗談を挟む余地がないほどの真顔で、どこか追い詰められたような様相を浮かべてさえいる。
わたしの魔理沙が……だの、拉致監禁……だの、調教……だのと、
なにやらヤバげな呟きの断片が聞こえてくるのが怖かった。
「いや待てお前ちょっと待て。いいから落ち着け。
汚されたっていうのは言葉のあやだ。髪が油まみれになっちゃったってだけだから」
ヤバげな呟きを実行に移されたくない一心で、魔理沙はアリスをなだめすかす。
しかし、アリスはおもむろに顔を上げると、魔理沙へと向き直り、その場で服をはだけだした。
「かくなる上は、今この場でこのわたしが上書きで汚しなおすしかっ!」
「黙れ変態っ!!」
真顔で凄まじいたわ言を抜かすアリスの脳天を、絶叫とともに便所スリッパでしばき倒す。
部屋に愉快かつ軽快な音を響かせて、アリスはそのまま膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れ込んだ。
「ったく……、暴走さえしなければ、いい奴なんだけどなぁ……はぁ」
魔理沙は倒れたままのアリスを横目に見やり、便所スリッパを放り投げつつ、重い溜め息をついたのでした。
ややあって。
「……まあ、なんだ、その。
あいつらが勝手に私の家に上がりこんで、変な集会を開いたわけだ」
復活して、それでもなお暴走しようとするアリスを落ち着かせるため、魔理沙は事情を打ち明けることにした。
半壊したテーブルを挟んで向かい合い、熱いお茶を片手に、魔理沙は要点だけをかいつまんで説明していく。
一方のアリスは、魔理沙の言葉に相槌を打ちながら、だんだんと俯き加減になっていく。
魔理沙がひととおりの説明を終えるころには、完全に俯いて、視線を泳がせ、何かを考え込んでいた。
そのまましばらく考え込んでいたものの、本人の中で合点のいく答えが出たのか、浅く頷いて、魔理沙へと向き直る。
「……つまり、ヤられる前にヤれって事ね」
「人の話を聞けよお前はっ!!」
斜め上をカッ飛びまくるアリスの受け答えに、魔理沙は思わず両手をテーブルに叩きつけてツッコんだ。
その衝撃がトドメとなり、半壊していたテーブルは音を立てて真っ二つにぶち割れる。
一瞬の出来事に反応が遅れて、魔理沙はそのまま割れたテーブルの上に倒れこんだ。
そして、その上に乗っていた湯飲みと、急須が。
魔理沙に。
「あ」
「あっぢゃっちぁぁぁぁーーーーーっ!?」
アリスの言葉をかき消して、魔理沙は悲鳴を上げて転げまわる。
必死になって服を脱ぎ捨てようとするが、あまりの熱さに手がもたつき、思うように動かない。
服を濡らした熱湯そのもののお茶は、耐えられないほどの痛みを伴って、どんどん背中に染みていく。
このままでいるよりは、と、魔理沙は服を脱ぐことを諦めて、そのまま這うようにして風呂場に駆け込んでいった。
しゃわー。
「……魔理沙?」
「ぜはー、ぜはー、……あー、死ぬかと思った……」
風呂場を覗き込むアリスが見たものは、服を着たままへたり込んで冷水を浴びる魔理沙の姿だった。
魔理沙はそのまましばらく冷水に打たれていたけれど、寒くなってきたのかくしゃみをひとつ。
ぐすぐすと鼻をすすってシャワーを止めて、アリスの方へと振り向いた。
「あー、悪いけど、私、このまま風呂に入るからさ。適当にくつろいでてくれ」
「……え、ええ、わかったわ」
魔理沙の言葉に、アリスは素直に頷いてみせる。
そのまま静かに風呂場の扉を閉めて――――、
邪悪極まりない笑顔を浮かべてガッツポーズを取り、即座に行動を開始したのである。
_/ _/ _/ 一日目 霧雨邸 居間 PM20:30 _/ _/ _/
一時間半後、ようやく魔理沙はお風呂から上がってきた。
下着だけを身につけた、きわめて無防備な格好で、居間に歩いてくる。
そして、ひとり椅子に腰掛けて本を読むアリスを見止めて、何とはなしに声を掛けた。
「お待たせ、アリス」
声を聞きつけて、アリスは首だけをぎぎぃっ、と動かして、魔理沙へと向き直る。
その目には、何か危ない色の光が宿っていた。
アリスは読んでいた本を置いて立ち上がり、早足で魔理沙へと歩み寄る。
明らかに様子がおかしいアリスを前にして、魔理沙は思わず後ずさった。
しかし、それは無駄な抵抗に過ぎなかった。
気付いた時には、アリスは妙に荒い息をつきながら、魔理沙の両肩をがしっと掴んでいたのだから。
「……魔理沙……」
うわ言のような口調で呼ばれ、何だよ、と聞き返す――ことさえもできなかった。
「そんなお風呂上りの無防備な格好でお待たせだなんて魔理沙あなた誘っているのよねそうなんでしょう!?
据え膳食わぬは女の恥ってよく言われてるしここはひとつゴチになっておくのがスジってものよね間違いなく!
それもこれもみんな魔理沙が可愛すぎるのがいけないのよっ!」
「こら待てこら、何を口走ってるんだお前はっ!」
「大丈夫よ心配しないで優しくしてあげるからぁぁぁ」
蹴り剥がされてもくじけない。必死の抵抗もなんのその。
アリスは強引に否応無しになしくずしに魔理沙を押し倒そうと、じりじりと迫っていく。
つまるところ、アリス大絶賛暴走中。そーれフィーバーフィーバー☆
「魔理沙だって、可憐な美少女たちが性別と種族という禁断の鎖で互いを縛りあい、
それを絆にして結ばれるシチュエーションには萌えるでしょう!?」
「わけのわからんことを真顔でほざくなっ! つーか鼻血、鼻血がっ!」
アリスはツッコミを入れづらい妄言を口走りつつ、鼻から愛と情熱のアリス汁を滴らせながら、魔理沙に近づいていく。
瞳の色も、いつの間にか真紅のパッションカラーに変色していた。
今のアリスは情愛……もとい劣情、むしろ獣欲に我を忘れているのは火を見るより明らかだ。
じりじり。
じりじり。
アリスが一歩を踏み出せば、魔理沙は同じだけ後退る。
右に動けば左に、左に動けば右にと、向き合った形を保ちながら、二人は相対する。
絵的に地味な攻防を繰り広げるその最中、魔理沙は現状を打開すべく、高速で思考を巡らせていた。
――ああもう、どうしてこう暴走しまくるんだろうかこの変態は。
いや、過ぎたことを悔やんでもしょうがない。ここはひとつ前向きに、アリスをへち倒す手段を考えなければ。
家の中でおおっぴらに弾幕を張るわけにもいかないし、かといって純粋な力比べでは負けは目に見えている。
なら、どうする。どうすればいい――。
1、クールでかっこいい魔理沙は起死回生の一手をズバリと決める。
2、幻想郷の愉快な仲間たちが助けに来てくれる。
3、誠心誠意の説得でアリスを改心させる。
個人的には1と行きたいところだが、生憎今はほぼ丸腰。
エプロンドレスにはいくつか隠し玉を仕込んであるものの、さすがに下着にはそんなもの仕込めない。
素手ゴロで勝負しようにも、さっきも言ったとおり人間と妖怪では身体の性能差がありすぎて勝負にならないだろう。
そのへんに転がってる花瓶で花瓶パンチくらいならできなくもないが、多分花瓶を抱える前に襲われる。ゆえに却下。
ならば2はどうだろう。
今このとき、この場所において、この変態に対抗しうる頼もしい仲間が駆けつけてくれやしないものか。
だが、変態を倒せるのは、それを上回るド変態のみ。
そして、何の因果か知らないが、往々にして変態は変態同士でわかりあってしまう。
誰が駆けつけてきても、アリスと互角に戦えるとは限らないし、最悪敵が増えてしまうことになりかねない。なので却下。
自分で考えついておいてなんだけど、3は無理。絶対無理。
今のアリスはおそらく、私を襲うことしか頭にない。
目の色も真紅のパッションカラーだし、鼻から滝のように迸る赤黒い液体が何よりの証拠だ。
完全に変態モードのスイッチが入っちゃってるので、まともな会話もできないだろう。却下却下。
……ああもう、これじゃ八方塞がりじゃないか。
こうなったら、いっそのこと――
「4、あきらめて身も心もアリスに捧げる」
いやいくらなんでもそれはないだろっておいちょっと待て。
「人の思考を読むな! っつーか思考に割り込むな!」
「愛の力に不可能はないのよ! さあ魔理沙、今宵私とレッツランデヴー!」
「ああもう、この変態規格外もいいとこだぁっ!?」
魔理沙は叫び声を上げつつ、頭を抱えてしゃがみ込――んでは襲われるので、かわりに大きくかぶりを振る。
打つ手のないこの状況、活路を切り開ける術は思いつかない。
ならば、やることは一つ。
魔理沙はその場で回れ右すると、一目散に駆け出した。
答え。三十六計逃げるにしかず。
外まで逃げ切れれば、不意討ちのマスタースパークやドラゴンメテオで吹っ飛ばせる。
外に出るまでの数秒さえしのぎきれば、勝ちは約束されたようなものだ。
幸いドアは開いたまま。
魔理沙は一縷の望みを託して、ドアに向かって走っていく。
ドアを潜り抜け――――ようとしたその時、魔理沙の身体は、目に見えない糸に絡めとられていた。
「かっ、身体が、動か、ないっ!?」
「うふふふふふ……、こんなこともあろうかと思って、
魔理沙がお風呂に入ってる隙に、逃げ道にはあらかじめ糸を張り巡らせておいたのよ。
わたしが解かない限り、指一本だって動かせないわ……。
さぁ観念してわたしに身も心も余すことなくぜぇぇぇんぶ預けなさはァい」
熱に浮かされたような危うい足取りで、アリスは身動きの取れなくなった魔理沙へと近づいていく。
鼻から迸るアリス汁は、もはや秒間リットル単位という凄まじい勢いとなっていた。
目は据わり、息もすっかり荒くなり、果ては手つきまでもがわきわきといやらしい動きを見せている。
「ま、まぁ落ち着け、いいから落ち着け。とにかく落ち着いて話し合おうじゃないか。な?」
魔理沙は思わず出かかった悲鳴をのどもとで押しとどめて、いつもの調子で話しかける。
無駄な足掻きだと頭ではわかっていても、この絶体絶命の状況では、一縷の望みにすがほかなかった。
ご都合主義の漫画であれば、ここでアリスが改心でもしてくれるのだろう。
しかし、現実はどこまでもシビアで、泥臭い。救いの手なんかどこにもありゃしねぇのだ。
「大丈夫。わたしは落ち着いてるわ。自分でも不思議なくらい冷静よドゥフフフフ」
「そういう一線を越えた落ち着きじゃなくてだなっておい、人の話を聞けー!」
「大丈夫よこれは貴女のためでもあるのよ魔理沙だから安心してちょうだい。
ただちょっと貴女の胸をマッサージしてあげるだけなんだから。それはもう執拗に、嘗め回すように丹念にっ!
ハァハァハァハァ……ジュルリッ」
結論。やっぱ無理。
迫り来る変態は、魔理沙の言葉など意にも解さず、ただただ口許のヨダレをすするのみ。
わかりきってたことだけど、こうも予想通りだと悲しいのを通り越していっそ清々しかった。
「魔理沙の白黒に私の七色がプラスされれば夢の九色よ。紅白なんて恐るるに足りないわ!
だから私は魔理沙のことを今すぐ消えないくらいにわたし色に染め上げなくちゃならないの
それがわたしの使命なのよとゆーわけで善は急げよさぁさぁさぁさぁハァハァハァハァ!」
「やめろっ、この変態っ!!」
「ありがとう褒め言葉よ。むしろ何を今更?
そ・れ・じゃ・あ☆ 心ゆくまで思う存分堪能させてもらうわね」
「……ちょ、待て。頼むから待ってくれ。
こんな変態みたいなことしないで、せめて普通にしてほしいんだけど」
「だが断る。
このアリス=マーガトロイドの最も好むことは、嫌がる魔理沙に無理やりチョメチョメすることよっ!
大丈夫よわたし上手だから痛くしないからっ! さあわたしの下で存分に足掻いてちょうだい!」
「――――――い」
い~~~~~~やぁぁぁ~~~~~~~~~
かくして。
雲ひとつなく晴れ渡り、星がきらきらと瞬く夜空に、魔理沙の悲鳴がこだましたのでした。
…………合掌。
_/ _/ _/ ケース2・博麗 霊夢の場合 _/ _/ _/
_/ _/ _/ 一日目 博麗神社 上空 PM19:03 _/ _/ _/
「おー、お帰り霊夢。お邪魔してるよー」
博麗神社に戻った霊夢を出迎えたのは、呑気に縁側に腰掛ける子鬼――萃香だった。
一人酒の最中だったのか、顔をほんのり桜色に染めて、大きく手を振っている。
霊夢はお返しに手を振りながら、萃香の目の前に着地して、そのままずずいっと詰め寄った。
「ねえ、萃香。お願いがあるんだけど」
「……ほーぅ、巫女さんが鬼のあたしにお願いか。こりゃ珍しいね。
でも、ただで聞いてやる、なんて甘いことはないよ」
「わかってるわ。勝負がしたいんでしょう?」
「そうそう、わかってるじゃない。
で、何で勝負する? 弾幕でも喧嘩でもゲームでも、なんでもござれだよ」
「そうね、これでいきましょうか」
霊夢は萃香の傍らに置いてあったひょうたんをひったくると、二人の間にどんっ、と置いた。
予想外の行動に、萃香は一瞬呆気にとられたものの、すぐさま愉快そうに笑いだす。
「あはははははっ!! 悪い冗談だね。あたしに酒盛りで挑もうっていうの?
度胸だけは褒めてあげるけどさ、悪いけど、勝つのがわかってる勝負なんか、つまらないからやらないよ」
「それはどうかしら? 勝負は水物。どっちが勝つかなんて、やってみなくちゃわからないわよ?」
「ほぅ、言ってくれるね。
それじゃ、その無茶に免じて付き合ってやろうじゃない!」
萃香は大見得を切って、盃を霊夢に投げ渡した。
霊夢は盃を受け取って、不敵な笑みを浮かべてみせる。
それが、勝負の始まりだった。
~少女飲酒中~
「けっこう強い酒なんだけどね。霊夢も強いじゃない。
でも、こんなのまだまだ序の口だよ」
「当ったり前よ。一合や二合で参るような、やわな女じゃないわ」
~少女一気中~
「なかなかやる……でも、ここで一気に突き放す!」
「はっ、なめんじゃないわよ!」
~少女暴飲中~
「そろそろきつくなってきたんじゃないの?」
「なんの、まだまだぁっ!」
~少女チャンポン中~
「あはははははは! ほ~ら呑め呑め! どんっと呑めぇ!」
「うぶっ!? おぶっ!? ぶぶぶぶっ!?」
~幼女ギブアップ~
「うげぇっふ……うえっぷ……」
畳の上に這いつくばって、口を押さえて呻き声を上げていたのは、萃香だった。
その顔色は赤を越え紫を越え、青白ささえ通り越して、緑色にさしかかっている。
放っておいたら今にもリバースしかねない様相の萃香に対して、霊夢はケロッとしたまま腕を組み、敗者を見下ろしていた。
「あ、ありえない……。
鬼のあたしが、人間に……、飲み比べで、負ける、なんて……」
「甘いわね、大甘よ。萃香、あんたはあたしを侮った。
お酒といえば元は米!脳内保管で銀シャリだと思えば、酒の一斗や二斗ごとき、物の数じゃないわっ!!」
「な、なんてこと……。これが、絶食ニートの威力だなんて……ガクッ」
「って、あんたが倒れたら意味ないでしょうがっ! 起きなさいよ!」
「うぅー……、ダメ。もうダメ。マジダメ。
でも、霊夢がキスしてくれたら起きるかも」
ちゃー・しゅー・めーん☆
「目は覚めた?」
「……うん、バッチリ。
でも、平手打ちとかゲンコツじゃなくてゴルフクラブで頭を殴るって言うのはお姉さんやめた方がいいと思うんだー……」
首をヤバげな方向に曲げながらも、萃香は霊夢をたしなめる。
しかし霊夢は涼しい顔で、手をヒラヒラさせながら、ありえないことをのたまった。
「あー、大丈夫大丈夫。ギャグキャラはそう簡単には死なないから。
二回や三回撲殺されたって平気平気」
「あんたの尺度でものを計るな」
曲がった首を戻しながら、静かなツッコミを入れる萃香。
しかし目の前の撲殺マニアは、そんなツッコミなどどこ吹く風とばかりに、折れたクラブを袖の中に仕舞い込んでいた。
「……で、何なのさ。そのお願いとやらは」
傍若無人にして天上天下唯我独尊な霊夢に呆れつつ、やや憮然としながら問いかける。
それを聞いて、霊夢はぽん、と手を叩き、萃香に向き直った。
「そうそう。それを忘れちゃしょうがないのよ。
あたしの胸を大きくして!」
「……はい?」
鳩フェイス イズ ビーンズガン 食らう。
呆気にとられてぽかんとする萃香に、霊夢はぐっと詰め寄った。
「だから、あんたの萃と疎を操る程度の力で、あたしの胸を大きくして欲しいのよ。
どぅーゆーあんだすたん?」
「……ないわよ」
「……え?」
霊夢の言葉に、萃香は俯いて小さな呟きを漏らす。
身体をわなわなと震えさせる萃香を見て取り、霊夢は怪訝そうに眉をひそめた。
「できるわけないでしょうそんな事っ!
そんなことができるんなら、とっくにあたしがあたし自身にやってるわぁぁぁっ!!」
「ちょ、ちょっと萃香?」
「あんたにわかるっていうの!? 頭身固定の等比率で大きくなることの苦しみがっ!
大きくなっても胸は据え置き! ぺたぷにぽてんの三拍子!
ボンキュッボンのナイスバディなんか見果てぬ夢のそのまた向こうよ!?
この寂しさが、あんたなんかにわかるものかっ!」
それはまさに、魂の叫び。
目に涙さえ浮かべて大声を上げる萃香に、霊夢は思わず圧倒された。
しかし、一言一言を吐き出すごとに、その声はだんだんと小さくなり、震えはじめる。
いつしか萃香は、涙を流してしゃっくりあげていた。
「ひぐっ……、あたしだって……、いつかは、あたしだってぇっ……」
「萃香……」
しゃがみ込んで泣きじゃくる萃香の肩に、霊夢はそっと手を乗せる。
そしてそのまま、幼子をあやすような、とても優しい口調で語りかけた。
「人間、諦めが肝心ってよく言われてるのよ?」
「うわぁぁぁん! ぐれてやるぅーーー!!」
かくして、霊夢の情け容赦ないトドメにより、萃香は非行の道をひた走ることとなったのである。
数日後、すっかりグレた萃香が、博麗神社の床下に幻想郷中のシロアリを萃めるという壮大ないやがらせを仕掛けて、
金属バットでしばき回されることとなるのだが……。
それはまた、別の話。
_/ _/ _/ 二日目 マヨヒガ AM10:12 _/ _/ _/
マヨヒガの、とある一軒家の縁側で、八雲ファミリーが揃ってお茶をすすっていた。
熱いお茶を一生懸命に吹いて冷ます橙を見て、紫はいたずらっぽい笑みを浮かべ、手近なところにスキマを開く。
「そうそう。今日は外の世界のお菓子を仕入れてきたのよ。橙にあげるわ」
そう言いつつ、橙にチョコレートを差し出そうとする紫の手は、すぐ横から伸びてきた手にがしっと掴まれた。
横目に隣を見てみれば、冷たい視線を投げかける藍の姿。
「ゆ・か・り・さ・ま? 少しばかり冗談が過ぎますよ?
猫にチョコレートは毒なので、あげてはいけないと知っているでしょうに。
やっていいことと、やってはいけないことの分別くらいつけてください」
「藍ったら、そんなに怒ることないじゃないのよぅ。ほんの軽~いおちゃっぴぃじゃない」
「……そうですか。わかりました。
ならば私もその軽いおちゃっぴぃとやらを試してみましょうか」
言うが早いか、藍は紫の背後に回りこみ、手足と首をガッチリと固めだした。
出たぞ必殺!コブラツイスト!!
「ね、ねぇ藍、これはちょっと冗談がきついんじゃないかしら?」
「はっはっは。何をおっしゃる紫様。これはほんの軽~いおちゃっぴぃですよ。
……あぁ、それと、暴れると余計に絞まりますよ?」
「はばばばば早く言って」
一部の隙もなく、ガッチリと紫を絞め固める藍の前に、霊夢は姿を現した。
「おや、霊夢か。いらっしゃい」
「願ってもないのに面白いものが見れたわね。
とりあえず、そこの紫に用があるんで、放してあげてくれないかしら?」
「ふっ、甘く見ないことね霊夢。これくらいで参るようなやわな私じゃないわよ」
本当はもう絞め落とされかけているのだが、霊夢の手前、つい見栄を張ってしまう。
そして、それを聞きつけた藍は、さわやかな笑顔を浮かべて、絞めるその手に力を込めた。
「それならもう少し強く絞めても問題ありませんね。っそぉい!」
「ひぎゃあぁぁぁ!? ギブギブギブギブ!!」
「ほらほら、ギブしてるんだから放してやりなさいよ」
「ちょっと待って、もう少しこのままで……この絞める感触がたまらないんだ」
「ギブギブギばばばば!?」
「まあ、どうでもいいけどね……、藍。あんたのこと、あの仔が変な目で見てるわよ」
「ちっ、橙がっ!?」
困った時の橙頼み。
実際にどうなのかはさておいて、藍が暴走しだした場合、橙を引き合いに出せば大抵のことは解決してしまうのだ。
霊夢の一言で我に返った藍は、たちまち紫を絞める手をほどく。
落ちるかどうかの瀬戸際でコブラツイストから開放された紫は、その場にへたり込んで咳き込んだ。
「……はぁ。まったく、死ぬかと思ったわ」
「まあ、自業自得ね。
そんなことより紫。お願いがあるんだけど」
紫が落ち着くのを待ってから、霊夢は口火をきりだした。
それを聞いた紫は、頬に手を当てて、悪役ちっくな笑顔を浮かべだす。
「いいわよ~。霊夢のお願いならなんでも聞いてあげちゃう。でも、そ・の・か・わ・り~」
「あたしの胸を大きくして!」
霊夢の言葉に、悪役ちっくな笑顔のまま、紫は凍りついた。
立ち直った瞬間、この世の終わりのような顔で、霊夢の肩をがしっと掴み、震える声を絞り出す。
「ごめんなさい霊夢今何を言ったのかよく聞こえなかったのだからそれは叶えられないわ
それにすごく嫌な単語を聞いた気がするのでも霊夢がそんなこと言うはずがないわよね幻聴よそうに決まってるわ
でも万が一って事もあるしあんなおぞましい単語二度と聞きたくないのお願いだから言わないでね」
「だから、あたしの胸を大きくしてって言ったのよ」
その一言が、トドメとなる。
紫の中で何かが壊れ、かろうじて押し留められていたものが一気に噴き出した。
「駄目よっ、そんなにも素敵な貧乳をどうして捨てようだなんて思うの!?
貧乳は希少価値なの。ステータスなのよ!? その慎ましくていじらしい貧乳がいいんじゃないのっ!!
霊夢はぺたん娘だからこそ霊夢たりえるのよ! 胸の大きい霊夢なんて霊夢じゃないわ!」
「なぁにを涙ながらに力説してんのよあんたはぁぁっ!」
涙ながらにアレなことを力説する紫の手を振り解こうとして、霊夢は腕を大きく振り払う。
そのはずみで、紫の頬に平手打ちが当たってしまった。
ぱしん、と乾いた音を響かせて、それきり部屋に静寂が満ちる。
気まずい空気と沈黙のなか、金縛りにあったかのように、誰も何もできないまま。
そのなかでただ一人――紫は、潤んだ瞳を霊夢に向けて、ゆっくりと、夢見るような口調で呟きだした。
「……もっと……ぶって……」
紫の呟きを聞きつけて、霊夢はすぐに凄惨なサドい笑みを浮かべだした。
紫の胸ぐらを掴んで引き寄せると、亀裂のような笑みを浮かべて、右手を大きく振りかぶる。
同時に、その呟きを聞いていた藍は、まともに顔を引きつらせて、瞬く間に橙を胸に抱きかかえた。
パン! パン!
「あぁん、もっとよ、もっと強くぶってえぇ!!」
パチン! パシン!
「違うわ、もっと手首のスナップを利かせてっ!」
スパン! シパン!
「もっと、もっとぉ! 手加減なんかしないで、本気でぶってぇっ!」
「ケ、ケヒヒ……、ケーーヒヒヒヒヒ!」
一回、頬を叩くごとに。
一回、頬を叩かれるごとに。
二人の中で、何かが少しずつ、しかし確実にぶっ壊れていった。
「らっ、藍さま、苦しっ……」
「橙、だめだ。あれは見ちゃいけないものだ。
見たら汚れる。聞いたら穢される。橙はあんな異世界のことなんか知らなくていいんだ。
橙はいい子だから、私の言ってることわかるだろう? どうか私を悲しませないでおくれ」
藍は矢次ぎ早にまくしたてると、さらに橙を強く抱きしめる。
胸のなかに顔を埋めさせて、耳を塞ぎ、目の前の光景を完全にシャットアウトする。
そう。
そこまでしなければならないほどに、目の前で繰り広げられる二人の行為はエスカレートしていたのだ。
「ほら紫っ、お望みどおり手加減しないでやってあげるわよ!
……すぇりゃあっ! だらっしゃぁっ!」
「ふああぁっ!? らめぇ! それらめぇぇぇ!」
往復ビンタはいつの間にか、どこでどう道を踏み外したのか、尻バットに変わっていた。
目に見えておかしな方向にヒートアップしていく二人には、どうにも歯止めをかけられそうにない。
「ケヒヒ、ケヒ、ケヒヒヒヒ……ッ。
ケーッヒッヒッヒッヒッヒッヒ!」
「らめぇっ! わたし壊れるっこわれちゃうぅぅっ!」
凄惨な笑顔を浮かべながら、金属バットで紫を殴り続ける霊夢。
壁に手をついて、殴られるたびに歓喜の悲鳴を上げる紫。
子供の教育的に、実によろしくない光景だった。
「わたしは汚れてしまったけれど、橙にはきれいなままでいて欲しいんだ。
だから橙はあんなおぞましいものは見なくていい。聞かなくていい。知らくていいんだ」
「うにゃあぁぁぁ……」
目の前で繰り広げられる魔空空間を見せてはならないとばかりに、藍は必死になって橙を胸に抱きかかえる。
当の橙はというと、豊満な胸の中でまともに息もできず、静かに窒息しつつあった。
この日、平和なはずのマヨヒガは、阿鼻叫喚の地獄と化したのだそうな。
くわばらくわばら。
_/ _/ _/ 三日目 博麗神社 社務所 AM8:00 _/ _/ _/
「悟ったわ……。
なんで、こんな簡単なことに気付かなかったのかしら」
ぽつりと、霊夢は呟いた。
気付いた。気付いてしまったのだ。
どこぞの死神も、どこぞの亡霊も、胸の大きい奴は大抵ぐーたらであーぱーだということに。
運動などで栄養を使うことがないから、胸にどんどん蓄えられるんだろう。
そうだ、きっとそうに違いない。
霊夢はそう結論付けると、やおら布団を敷いて、毛布にくるまりだす。
「つまりっ、こうしてカロリーを節約していれば、胸なんてどんどん育っていくのよ!
うふふふふ、首を洗って待ってなさいよ二人とも……、勝利の暁には一生専属のメイドとしてこき使ってあげるわ……!」
海苔巻きのような格好になり、含み笑いを漏らしながら妄言を吐く霊夢。
なんつーかもう、末期だった。
そんでもって、二日後。
「うふふふふふふふふあははははははははははは」
霊夢は毛布にくるまったまま、壊れたラジカセのように、けらけらと笑っていた。
すっかり土気色にくすんだ肌と、死んだ魚のように濁った瞳が、なんとも言えない凄惨さをかもし出している。
そう。今の霊夢は、いわゆるところの乾燥ワカメ状態だった。
カロリーを節約することに熱中しすぎるあまり、ごはんを食べることも忘れていたのだ。
どこで、間違えてしまったのだろう。
どうして、こうなってしまったのだろう。
そんなことは、誰にもわからない。
ただ一つ言えることは、霊夢は行ってはならない世界に行き着いてしまったということだけだった。
かくして、遊びに来た紫が霊夢にごはんを食べさせてやるまでの間、霊夢は生死の境をさまようことと相成ったのである。
むーざんむざん、むーざんざん。
なお、この日、奇跡的に博麗神社を訪れた参拝客が、その乾いた笑い声を耳にしてしまい、
誰もいないのに笑い声が聞こえる呪われた神社と噂になり、もともと遠かった客足がさらに遠のくこととなったのだが――。
それはまた、別の話。
_/ _/ _/ ケース3・十六夜 咲夜の場合 _/ _/ _/
_/ _/ _/ 一日目 紅魔館 咲夜の部屋 PM19:40 _/ _/ _/
メイドたちが夕食を済ませた後、レミリアが起きてくるまでの間は、わずかながらの休憩時間となる。
そんな折、咲夜は自室にこもり、一人で本を読んでいた。
図書館から借りてきた、外の世界の本。
主婦のお掃除テクニック集、と銘打たれたそれに目を通している最中、不意にドアをノックする音が響いてきた。
咲夜は本を閉じながら、どうぞ、と気のない返事を返す。
ドアを開けて姿を現したのは、美鈴だった。
「咲夜さん、お話ってなんですか?」
「来たわね。
さっそくだけど美鈴、胸を大きくする方法を教えなさい」
「む、胸ですか?」
「そうよ、胸よ。
餅は餅屋。ならば豊胸術はでかちち女に聞く。いたって自然なことでしょう?」
「わっ、私だって好きでこんなに大きいわけじゃないんですけどぉぉ……」
「そんな事はどうでもいいわ。そんなに大きいんだからそれなりの理由があるはずよねだから教えなさい」
「うぅ……、咲夜さん酷い。
え、ええとですね、お乳を飲んだりすると大きくなるってよく言われてますよ」
「乳ですって!?
ならば美鈴、今すぐ出しなさいっ! さもなければ絞ってでもっ!!」
言うが早いか、咲夜は美鈴の上着を掴んで引っ張りだした。
必死というかなんと言うか、躍起になって美鈴をひん剥くその姿には、瀟洒さのカケラもない。
「咲夜さん落ち、落ち着いてくださいっ! お乳って牛乳のことですよ牛乳っ!」
「……はっ!?
な、ならはじめからそう言いなさい。紛らわしいわよ」
我に返って、あわてて体裁を取り繕いながら、つとめて冷静に振舞う咲夜。
しかし、それで数秒前の醜態がなくなるわけでもなかった。
「咲夜さんが勝手に勘違いしたんじゃないですか……。
でも、大丈夫です。咲夜さんにひん剥かれかけたなんて、誰にも」
どごっ
「ぐふっ!?」
みなまで言わせるまでもなく、咲夜のかました一撃で、美鈴は昏倒した。
何か言いかけていたようだったが、どうせ脅迫に決まってる。聞いたところで何の意味もない。
この恥ずかしい出来事を、一刻も早く美鈴の記憶から抹消しなければ。
といっても、人の記憶がそう簡単になくなるわけもない。美鈴は妖怪だけど。
なにか、いい手段はないものかしら。
――――そうだ。
確か、記憶喪失を治すためには、喪失時と同様の強いショックを与えるのが一番だって、
前にどこかで聞いた気がする。
喪失時と同様の、強いショック。
つまり、記憶喪失させるにも、強いショックを与えればいいということね。
キュピーン、という擬音が似合いそうな怪しい眼光を放つ咲夜。
目を据わらせて、頬を赤く染めて、妖艶としか表現できない笑みを浮かべている。
その手には、いつの間にか、どこからともなく取り出した、一振りのモーニングスターが握られていた。
「……悪く思わないでね、美鈴」
咲夜は小さく呟いて、手にしたモーニングスターを振りかぶり――
どごおぉぉぉぉん
館中に、豪快で殺伐としたスバラシイ轟音が響き渡ったそうな。
「――鈴。起きなさい、美鈴」
「う……」
咲夜に揺り起こされて、美鈴はゆっくりと身体を起こす。
頭を左右に振って、その直後、急に後頭部を押さえだした。
「うう、なんだか、頭が……」
美鈴は不思議そうに呟いて、後ろ頭をなでる。
頭にバカでかいタンコブをこさえていることに、はたして気付いているのかいないのか。
「えっと……咲夜さん、なんで私、こんなところで寝てるんですか?」
「自分の胸に聞いたらどう?
……そろそろお嬢様が起きてくる頃ね。美鈴、あなたも早く持ち場に戻りなさい」
美鈴の質問を一蹴すると、取り付く島もなく、咲夜は部屋を後にした。
そして、ひとり部屋に取り残される美鈴。
頭にできたタンコブをさすりながら、不思議そうな顔をして。
かくして、今日も紅魔館のささやかな日常が過ぎていくのでした。
_/ _/ _/ 四日目 紅魔館廊下 AM12:45 _/ _/ _/
三日後の昼。
部下と交代して、食堂に向かう美鈴を、咲夜は待ち伏せてとっ捕まえた。
通りがかるメイドたちから投げかけられる好奇の視線もなんのその。
咲夜は美鈴に詰め寄ると、およそ感情というものが感じられない、無機質な声を投げかけた。
「美鈴、よくもデタラメを掴ませてくれたわね。
もうこの溢れる怒りと悲しみと憎しみの矛先を余すことなく貴女に向けたいのだけどいいかしらいいわよね。
丁度ナイフ供養に使うためのお豆腐を切らしちゃってたところだったから、その代役を探してたのよ」
「全然よくないですよ!? 咲夜さん落ち着いてください!!」
「しょうがないわね。じゃあいっぺん死んできなさい。物理的にでも社会的にでも好きなほうで」
「どっちも嫌です! お断りですっ!
って言うか、なんで私がそこまで憎まれなくちゃならないんですかっ!?」
「決まってるでしょう!?
牛乳を飲めば胸が大きくなるなんて……嘘もいいところだったわよ!
いくら飲んでもお腹を壊すだけで、肝心の胸はちっとも全然さっぱり育たないし変わらなかったのよっ!」
「なんのことだかさっぱりわからないんですけど……。
ええと、そういうのはですね、体質とか、個人差とか、いろいろありますから……」
美鈴の言葉に、咲夜は俯いたまま一瞬体を震わせて、ゆっくり美鈴へと顔を向ける。
その顔は……なんというか、その、般若が仁王とフュージョンして、さらに激怒したような形相だった。
子供が見たら、心に一生消えない傷を刻みそうですらある。
「貧乳は一生貧乳のままだなんて命知らずなことをほざいてるのはこの乳かしらあぁぁぁっ!?」
「ひにゃっ!? さ、咲夜さんっ!?
セクハラはやめてくださいっ!」
「セクハラなんかじゃないわ。これはれっきとしたお仕置きよ。愛の鞭よ。
ってゆーかむしろセクハラという名のお仕置きよ! オラオラオラオラァァァ!!」
「うわあぁぁぁぁんっ! なんだかこの人もうダメダメだあぁぁぁぁぁっ!!」
白昼堂々、往来で美鈴にセクハラをかます咲夜。
普通に考えればただの変態だが、ここ紅魔館で働くメイドたちは、ほとんどみんな変態なのでたいした問題でもなかった。
事実、遠巻きに二人を眺めるメイドたちは、皆一様にフィーバーしていたのだから。
「ウホッ、ナマの咲×美よ! 眼福眼福ゥゥゥっ!」
「待って、撮影はしているのっ!?」
「大丈夫、既に撮影班がベストアングルで絶賛撮影中よ!」
「グッジョブ!」
ここは変態の楽園ですか? いいえ、それはトムです。
「やっ、咲夜さん、やめ、やめてくださいっ」
「やめて欲しければ、もっとよく効く方法を教えなさい!」
「わ、わかりましたっ、教えますっ、教えますからやめてくださいっ!」
いつ終わるともわからない責めに耐えきれず、ついに折れる美鈴。
半ば叫ぶような声を聞いて、咲夜はようやく美鈴を放した。
だがしかし、いつでも再び美鈴に飛びかかれるようにと、ハイエナのような目つきで身構えている。
信憑性のない話をしたり、迂闊なことを口にすれば、また咲夜は怒り狂ってセクハラをするに違いない。
美鈴は慎重に言葉を選びながら、いつか聞いた話を咲夜に伝えだした。
「その、揉んだりすると大きくなるって、言われてますけど」
「も、揉む!? それは本当なの!?」
「だから知りませんよ……。
私が自分で試してみたわけじゃないんですから」
「確証はないということね……。でも、牛乳よりは効きそうね。
でわ、さっそく!」
「えっ、ちょっ、咲夜さっひにゃあぁぁぁーーー!?」
――しばらく お待ちください――
数分後。
そこには、ぐったりして壁によりかかり、頬を紅潮させて荒い息をつく美鈴と、
その傍らで仁王立ちしながら、手をわきわきといやらしく動かしてみせる咲夜の姿があった。
「ふふふふふ……、この感触……そう、そういうことね……。
このまま全員制圧して……、そうすれば、そのあかつきには……。ホーッホッホッフォッフォッフォッ!」
咲夜は邪悪な笑みを浮かべ、高笑いを上げ始める。
しかし、最後の辺りでは声が上擦って、なんだかバルタン星人の鳴き声みたくなっていた。
――そして、狩りの時間が訪れる。
『それ』は、一言で言うなら、嵐だった。桃色の。
咲夜は息つく間もなく、目に付いた全てのメイドを狂おしく襲撃し、徹底的に蹂躙した。
数をこなせばこなした分だけ、その手つきはテクニカルかつクリティカルに進化し、より威力を増していく。
怒涛の勢いのまま、館内に居るほぼ全てのメイドを制圧した咲夜だったが、彼女は依然満たされないままだった。
ならばと足を向けた先は――――、紅魔館の治外法権、大図書館。
今、熾烈なる戦いの火蓋が、切って落とされようとしている。
もちろん性的な意味で。
「ぱっ、パチュリー様パチュリー様っ! たいへんっ大変ですよっ!」
息せき切らして乱暴に扉を開け、大声を上げる小悪魔。
対するパチュリーは、慌てず騒がす手にしたパンを一口かじり、落ち着き払った様子で応じた。
「そんなに慌てなくてもわかっているわ。
私たちにゴイスーなデンジャーが迫っているんでしょう?」
「いつの言葉ですかそれは。
って言うか、それがわかってるなら、なにを呑気にかにパンなんか食べてるんですか」
「ただのかにパンじゃないわ。果肉入りよ」
「……おいしいんですか、それ」
「んー、微妙?」
「だったらやらないでください! わざわざパンにかにカマねじり込んで自作までしてっ!」
「かにカマじゃないわ。オホーツクよ」
「一緒です!」
どこまでも緊張感のないやりとりだった。
「あぁもう……、この人危機感のカケラもないんだから……」
「だいじょーび。ノープロブレムよ。
こんなこともあろうかと思って、必殺のビックリドッキリステキトラップを用意してあるわ」
呟いて、額を押さえる小悪魔に、パチュリーは相変わらずの調子で声をかける。
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、扉からひとつの影が滑り込んできた。
「パチュリー様ぁっ!! メイド長が」
ゴシカァン☆
「へぐぅ!?」
脳天に金ダライの直撃を受け、駆けつけてきたメイドは白目をむいて崩れ落ちる。
パチュリーは倒れたメイドが咲夜でないことを確認すると、そっぽを向いて舌打ちした。
「……ちぇっ、ターゲットミス」
「えーとあの、パチュリー様?
もしかしてこのしょっぱいタライ落しがさっき言ってたトラップとやらですか?」
「しょっぱいとは失礼ね。
Bの69以上73以下の胸に反応して起動するベリーナイスな仕掛けにケチを付けないでもらえるかしら」
「無駄に高性能ですね」
「その無駄がいいんじゃない。これだから省エネ世代は……」
パチュリーの言葉は、扉を蹴る音によって遮られた。
げんなりと肩を落とす小悪魔の、そのまた背後。
開け放たれたままの図書館の扉をさらに蹴り開けて姿を現したのは、一連の騒動の主、咲夜。
咲夜はその場で腕を組み、二人を品定めするかのような視線を向けてくる。
ねっとりと絡みつくような視線を受けて、小悪魔は息を呑んで数歩引き下がるが――、
パチュリーはそんな視線などものともせず、呑気に果肉入りかにパンの、最後の一口分をかじっていた。
「何の用があって来たのかは知らないけれど、ノックくらいしたらどうかしら?」
「うふふふふ……。残りのあと二人……見ぃ~つ~けたっ」
「ぱ、パチュリー様? なんだかあの人様子がおかしくないですか?」
「……そうね、口で言って通じるような状態じゃなさそうね」
パチュリーは小さく嘆息して、懐に手を入れた。
そうして取り出したのは、スペルカード――などではなく、えんぴつとメモ用紙。
呆気にとられる一同をよそに、パチュリーはメモ用紙にえんぴつを走らせはじめた。
「咲夜へ……」
「か、書いてるーーー!?」
「うふふ……、待っていなさい咲夜。もうすぐ書き終わるからね……!」
「えーと、パチュリー様? なんだかおかしいですよ? おもに頭が」
伝統のタライ落としに始まり、有無を言わさぬボケ倒しに終わる。
人それを、ドリフ色という。
「『拝啓、十六夜 咲夜様。お久しぶりです。その節はどうも……、
ところで、今あなたのヤっている紅魔館桃色フィーバーイケイケセクハラ大作戦ですが、それは正直どうかと思います。
ひっそりと陰に隠れてヤるからエロスいのであって、大々的にやったのではただのセクハラという名のスキンシップです。
エロスくないのはいけないと思います。
そもそも、紅魔館のエロス担当は私たちのはずなのに、何故にあなたがそんなにハッスルしているんでしょう。
もしかして、あなたは私たちの出番を、さらにはエロス担当の地位をも横取りしようと言うのですか。
そうだとしたら困ります。先生まいっちんぐです。
とにかく、あなたがこれ以上セクハラ三昧を続けるというのなら、
こちらにも相応の手段を講じる用意があるということをここに伝えておきます。
願わくば、あなたが愚かでないことを。
さようなら、そしてありがとう。シーユーアゲイン、4649哀愁……』ね」
咲夜は鼻で笑いながら、手にしたメモ用紙を爪弾いた。
支えを失った紙は宙を舞って、小悪魔の足元に滑り落ちる。
視線を下に落としてみれば、メモには何故か毛筆タッチな極太文字で『性欲をもてあます』と書き付けられていた。
「全然違うじゃないですかコレーーーっ!?」
変態は、変態同士にしか通じない独自の言語でも会得しているというのだろうか。
「この子は私の使い魔よ。だからこの子の胸も私のもの。
持ち主の許可なく揉みしだこうだなんて、そうはイカのポッポ焼きよ」
「あのーすいませんパチュリー様? 私の意志とか意見とかはガン無視ですかそうですか泣いていいですか泣きますよ」
「なんと言われようとも、私の意向は変わりませんわ。
いいから揉ませなさい。むしろ揉ませろ」
二人のやりとりを気にも留めず、咲夜は荒い息をつきながら声を上げる。
今の咲夜には、襲撃して制圧することしか頭にないようだった。
「そう言われて、はいそうですかと頷くと思っているのかしら?
……そうね、咲夜が私たちを捕まえられれば、大人しく言うことを聞くわ」
「なるほど……、鬼ごっこというわけですか」
「つまるところ、そうなるかしら。
……けれど、容易くはないわよ」
みなまで言う間もなく、パチュリーは空間に一条の光を走らせた。
空間を走る青白い光は、やがて魔法陣を形作る。
完成したそれは、空間をつなぐ転移のゲート。
パチュリーは小悪魔の手をとって――、そのまま背中を向けて走り出した。
「えっ!? ちょっとパチュリー様!? あのゲートはなんなんですかっ!?」
「あぁ、あれ? 気分」
「………………」
まさにやりたい放題。
あまりにもフリーダムすぎるパチュリーの行動に呆れ果てて、小悪魔はもう何も言えなくなっていた。
だが、お馬鹿なコントを繰り広げるには、いかんせん相手が悪かった。
咲夜は逃げる二人を追いかけながら、懐からスペルカードを取り出し――、
「時符・プライベートスクウェア」
短い呟きとともに、世界は静止した。
小悪魔の手を引いたまま、微動だにしなくなったパチュリーに向かって、咲夜は絶対者の笑みを浮かべる。
「こうすれば、ずっと私のターンですわ。
私の勝利は、戦う前から確定していたのですよ……」
もはや、勝負はついた。
咲夜は勝利を確信して、ゆっくりとした足取りでパチュリーに近づき、そのまま胸に手をあてがった。
そして――
ぺた。
ぺたぺた。
「こ、これは……服の下に剣道の胴具がっ!?」
想定外の感触に、思わず驚愕の声を上げる。
それと時を同じくして、静止した世界が動き出す。
パチュリーはすぐに咲夜から距離を開けると、腕を組み、自信満々な様相で口を開いた。
「ふっふっふ。私の頭脳を甘く見てもらっては困るわね、咲夜。
私は頭がいいから、こんなこともあろうかと思って、常日頃から剣道の胴具を着込んでいるのよ」
それはどっちかというと頭悪いんじゃなかろうか。
「驚かされましたけれど……、それをはぎ取ればいいだけのことっ!」
「うふふふふ。そう簡単には捕まらないわよ。
この図書館は私の家のようなもの。言わば私達はジモぴー。
ヨソ様の咲夜にこの私を捉えることができるかしら?」
「捉えるも何も、すぐ目の前にいるじゃありませんか」
「そうね、だから必殺煙玉」
言うが早いか、数個の黒い塊を床に投げつけるパチュリー。
黒い塊は床に当たると同時に爆発して、あたりを白煙で覆いつくした。
「ごほっ、ごほっ!
くっ、まさか煙幕なんて……」
白煙に視界を奪われて、咲夜は身動きが取れなくなる。
口許に袖を押し付けて煙を吸い込まないようにしながら、煙が晴れるのを待つしかない。
ここで足止めを食っている間に、パチュリーがどれだけの距離を稼ぐのか――。
「げほっ、げほげほっ! げほっごほっぐふっがはっ!?」
コケた。
咳き込む声はすぐそばから……と言うか、ほとんど目の前から聞こえてきていた。
「何やってるんですかパチュリー様っ、逃げますよ!」
「ごほっ、ごほ……。嫌ね、何も見えないじゃない」
「自分でやっておいてそりゃないでしょう!?」
アホの子すぎるというかなんと言うか、とりあえず絶好のチャンスだった。
すぐ目の前にいるなら、逃げられる前に捕まえればいい。
咲夜は声のするほうに手を伸ばして、何かをぐっと掴みとった。
「これで終わりなんて、随分とあっけない――」
掴んで引き寄せたものを見て、咲夜は言葉を途切れさせる。
手にしていたものは、小悪魔の着ていた上着だけだった。
掴んだときに感じた手ごたえは、服だけのものではなかったのに。
「よかったわね小悪魔。忍法瞬間強制脱衣の術を覚えた甲斐があったわ」
「ちっともよくないですっ!
って言うか、魔女がなんで忍法なんか学んでるんですか!?」
「乙女のたしなみ?」
違う。
「まあ、今はとにかく逃げるが勝ちよ。
ほーら咲夜、つかまえてごらんなさぁーい」
かなり離れたところから、二人の声は聞こえてきた。
小声に抑えて距離感をごまかす作戦なのかもしれないが、こうなっては本格的に身動きが取れない。
結局、咲夜が動けるようになったのは、視界を覆う煙が薄れてからだった。
「完全に見失っちゃったようね……。
この私が手玉に取られるなんて、甘く見てたわ」
ブチブチと毒づきながら、広い図書館をひた走る咲夜。
パチュリーの言葉どおり、ここでの地の利はあちらにある。
ひたすらに走り続けて、当てずっぽうで曲がった先に、奇妙な物体を見つけた。
それは、一目見て罠だとわかるシロモノ、というかイロモノだった。
紐のついたつっかえ棒に支えられたでっけぇ竹籠の下に、一冊の本が置かれている。
咲夜はその罠のお粗末さに軽い眩暈を覚え、眉間を押さえて溜め息をつく。
「……私が、こんなものに引っかかると思っているのかしら」
そう誰に言うでもなく呟いて、置かれた本に視線を落として――――、
盛大に、愛と情熱の咲夜汁を噴き散らした。
「こ……これわっ!?
幻の『月刊こあくま天使』8月号ッ!?」
月刊こあくま天使。
小悪魔が天使のコスプレをしている写真集、ではない。
年端も行かない少女がアレやソレな格好をしている様を撮影した、そのスジの人には堪らないブツである。
そして、咲夜が幻と言っているだけあって、8月号のレアリティは群を抜いていた。
「こんな素晴らしい、じゃなかったけしからない本を置いたままにしておくなんて。
ここは一つこの私がコレクション、もとい処分してあげなくてはならないわね」
咲夜は自分に言い聞かせるように、白々しい建前を口にしながら、いそいそと本を懐に仕舞い込む。
そうして、そのまま何事もなかったかのように歩き出す――――が、不意にきょろきょろと辺りを見回しだした。
「やっぱり、この本がどれだけけしからない物か……、確認しなくちゃならないわよね」
いったい誰に言い繕っているのだろう。
兎にも角にも、咲夜は頬を紅潮させ、息を荒げて、仕舞った本を取り出した。
「さぁ、穢れなきキュートでウフフな姿を私の前にッ!カモンラブリーエンジェル!」
勢い余って咲夜汁を滴らせつつ、色々と危険な妄言とともに、本の表紙に手を掛ける。
炸裂!ダブルマッスルインフェルノ!!-熱愛-
咲夜、硬直。
かちこちかちこち
四秒。
「……ちょうあにき!?」
そして、変な悲鳴とともに、吐血しながらくずおれた。
真性のロリコンにとって、むくつけき筋肉男は猛毒も同然である。
しかも、兄貴とサブのガチ写真集となれば、その威力は倍率ドン! 毒性は数倍にふくれ上がるだろう。
そして、一番見たいものを見ようとしている時に、一番見たくないものを見せ付けられたときのショックは計り知れない。
例えるならば、レイズナーのビデオを借りて、いざ再生してみたら中身が任侠映画だったようなものである。
おのれバイト店員。
白目をむいて倒れる咲夜の傍らに、本に挟まっていたと思しきメモがはらりと落ちる。
『これぞ忍法、まさに外道。の術』
この紫もやし容赦ねえ。
……ってーか、100年以上生きてるくせに、忍法ってあーた。
数分後、ようやく意識を取り戻した咲夜は、荒い息をつきながらよろよろと起き上がった。
どんな攻撃を受けても即復活。が身上の変態に、かつてこれほどのダメージを与えられたものがあっただろうか。
「ふ……ふふふ……。
私を本気で怒らせてしまったようですわね……あんの紫もやしがあぁぁぁっ!!」
手にした本を引き裂いて、怒りの声を張り上げる咲夜。
血の涙さえ流しながら、泣く子ももっと泣く壮絶な形相でもって、胸に渦巻くドス黒い怒りを解き放つ。
やったね咲夜、あとは耳血でコンプリートだ!
真っ二つに引き裂いたアニキ本を放り捨てて、咲夜は再び歩き始める。
その歩調は、実に静かで穏やかだった。
さっきまでの壮絶な表情もすっかり影を潜めて、うっすらと微笑みさえ浮かべている。
――しかし。
彼女の周囲にたなびく空気は、刺すように冷たく、ひび割れるほどに乾いていた。
そう。
怒りが限界を突破しすぎたために、突き抜けてしまったのだ。
今の咲夜なら、怒りの大魔神とタイマン張るどころか、片手で倒せてしまうに違いない。
この場に誰もいないことが、ただ一つの救いだろう。
そうして歩き続ける咲夜の目に、あるものが飛び込んでくる。
それは、背を向けたまま無防備に佇む、パチュリーの姿だった。
「っしゃあっ! 捕まえましたわっ!」
咲夜は声を上げて、背を向けたまま佇むパチュリーに飛び掛り、そのまま押し倒した。
会心の笑みを浮かべる咲夜の目に飛び込んできたものは、黒光りするでっけぇ球体。
あれぇ? ちょっと見ないうちにずいぶん焼けたんですねパッチェさん。
でもこれ日焼けとかいうレベルじゃないですよね真っ黒ですよ。
――っていうかこれ爆弾やん。
あまりのことに呆気に取られ、心の中でツッコむことしかできない咲夜。
「忍法、微塵隠れ~~~」
そして、どこからともなく聞こえてきたパチュリーの声とともに、爆風で吹っ飛ばされたのでした。
「ふっふっふ。通信忍法三級の恐ろしさを思い知ったようね」
「通信忍法ってなんですかそれ。
それに、いつからここは忍者屋敷になったんですか」
床下の隠し扉からひょっこり顔を出して、黒焦げになった咲夜に向かってほくそ笑むパチュリー。
隣でツッコむ小悪魔は軽くスルーして、床下から這い上がりだした。
「さーて、サクサク逃げるわよ」
「逃げるって……、ここに隠れてるだけでいいんじゃないですか?」
「それじゃ駄目よ。咲夜をナメると痛い目を見るわ」
「――そう、例えば今みたいにね」
突然の声に振り向けば、咲夜。
今度こそ逃がさねぇとばかりに、目にも止まらぬ早技で二人の襟首をふん捕まえた。
「ふ、ふふふふふ……。
人を散々コケにしくさってくれやがりましたねええこの紫もやし。
でも、それもこれまでですわ。約束どおり存分に堪能させてもらいますからね」
「そういう約束だから、しょうがないわね。
でも、一つだけ教えて。なんで貴女はこんなことをするのかしら?」
「そ、それは……」
パチュリーの言葉に、咲夜は一瞬言いよどむ。
少しの間視線をを泳がせていたものの、やがて観念したようにため息をついて、俯きながら口を開いた。
「私の、胸のためなんです」
「胸のため?」
「揉めば大きくなるって、美鈴に、聞いたから……」
俯いたまま、咲夜は続ける。
しかし、その言葉はだんだん小さくなっていき、最後には消え入るような呟きになっていた。
話を聞いたパチュリーと小悪魔は、互いに顔を見合わせあうと、揃って小さなため息をつく。
パチュリーは俯いたままの咲夜の肩に手を置いて、そっと語りかけた。
「咲夜、いいことを教えてあげるわ。
豊胸術で揉むのは、自分の胸。人の胸じゃないのよ」
「そ、そんな……、そんなのって……」
咲夜はうわ言のように呟きながら、その場に力なく膝をつき、そのまま崩れ落ちた。
「嘆くことはないわ。咲夜。
本当は、あなたも判っているんでしょう……?」
がっくりとうなだれる咲夜に、優しく手を差し伸べるパチュリー。
その姿は慈愛に満ち溢れ、神々しくさえあった。
差し出された咲夜の手をぎゅっと両手で包み、同じ目線になるまで膝を落とす。
そうして、どこか陶酔したような表情を浮かべ、口を開いた。
「いいえ、真性のロリコンであるあなたが判らないはずがないわ。貧乳がいかに素晴らしいものであるかを!
形のいい小ぶりな膨らみを! ふくらみかけ、という甘美な響きを!
そう、貧乳こそ、神がこの世に作りたもうた絶対不可侵の美であるということをっ!!」
目を輝かせながら熱弁を振るうパチュリーの姿は、生気に溢れ、実に活き活きとしていた。
普段の、アンニュイが服を着て這いずり回っているような姿からは、とても想像できるものではない。
「そう……そうですわ。
お嬢様の控えめな胸をナマで見たときなんかもう、それだけでゴハン三杯はいけちゃいますもの!」
「そうよ、わかっているじゃない!
貧乳はその手に触れず愛でるもの……、まさにその通りね」
すっかり意気投合して、つるぺた談義に花を咲かせる咲夜とパチュリー。
盛り上がる変態達をよそに、小悪魔は異次元の生物を見るような目で二人を眺めていたそうな。
「貧乳、それは汚れなき至高の芸術。ならばこそ、自らの手で汚すことも許されない。
でも、そうでないものは違う。
貧乳の対極にあるでかちち……それは汚してもいい、いえ、汚されるためにあるものといっても過言ではないわ」
「ええ、あんなにも大きいのだから、つまり揉んでくださいということですわよね」
「そうよ咲夜、あなたの前にいる巨乳……あなたはそれを憎んでもいいし、襲撃してもいい。
自分の心に正直になって……思うまま、心の赴くままに行動なさい」
「それなら私は……、憎しみを捨てますわ」
「わかってくれたのね咲夜!」
「イエス・アイ・ドゥー!」
二人は目を輝かせて、強く腕を組み合った。
その姿は、そのまま合体変身できてしまいそうなほど、見事なバロムクロスっぷりだったそうな。
「こ、この人たちもうダメダメだあぁぁぁっ!?」
すっかりネジの吹っ飛んだ二人を前に、小悪魔は頭を抱えて絶望の叫びを上げる。
そんな小悪魔の前に、いつの間にやら咲夜とパチュリーが立ちふさがった。
二人とも、弱った獲物を見つけた狼のような眼つきで、小悪魔を嘗め回すように見つめてくる。
「約束どおり、私の名において許可するわ。
この子に、というかむしろこの子の胸に、その熱く滾るパッションをぶつけてあげなさい!」
「わかりましたわ。でわ早速、そりゃもう執拗にねちっこく心行くまでっ!」
「―――――――こっ」
こ~~~~~~~あぁぁぁぁ~~~~~~~~
かくして。
小悪魔はこれでもかというほど咲夜に蹂躙され、すっかり完全制圧されてしまったのでした。
「うぅっ、明日、求人情報誌買ってこよう……」
さめざめと泣きながら呟くその姿は、涙なしには見られないものだったそうな。
がんばれ小悪魔、負けるな小悪魔!力の限り生きてやれ!
_/ _/ _/ Epilogue _/ _/ _/
そして、約束の一週間が過ぎた。
あの日、霧雨邸で袂を分かち合った三人は、雌雄を決するべく、ここ、博麗神社へ会していた。
霊夢。飲まず食わずの布団巻きサバイバルを生き抜いた。減量効果抜群で-2mm。
咲夜。パチュリー仕込みの特訓メニューをこなしたものの、あまり胸は育たず+1mm。
そして、最後に残された魔理沙は――
ふにふに。
ふにふにふにふに。
「……魔理沙、15mmアップ……」
「や、やめ……ろっ、……くぅんっ」
信じられないものを見たような顔で、霊夢は魔理沙の胸を揉み続けていた。
嫉妬二割に羨み二割、愛しさと切なさと心強さとでもう一割。
残りの半分はきっと、優しさ以外の何かだろう。
「一週間で15mmですって……!?
つまり、それだけ激しく情熱的にちちくりあったということに他ならない……」
「魔理沙……なんていやらしい子!!」
「うるさいよ!」
まんま昔の少女マンガのノリで声を上げる二人を、魔理沙は顔を真っ赤にしながら怒鳴りつけた。
勝負に負けた腹いせに、エロい子呼ばわりされては、そりゃあ怒鳴りもしよう。
これ以上二人が茶化しにかかってこないうちに、魔理沙は咳払いをひとつして、腕を組んだ。
威風堂々、とまではいかないものの、それでも勝者の風格を漂わせて、二人をじっと見据える。
「いやらしかろうがなんだろうが、賭けに勝ったのは私だ。約束は守ってもらうぜ」
「アーアーキコエナイキコエナーイ」
「あら、そんな約束したかしらね?」
そっぽを向いて耳に手を当てる霊夢と、あくまでシラを切り通そうとする咲夜。
こうまで往生際が悪いと、なんかもう逆に微笑ましくなってくる。
実際、魔理沙も笑っていた。
人を二、三人ほどへち殺す決意をしたような、鉛色に濁った瞳で。
「ふざけろよお前ら。埋めるぞ。
いいか、今日限りで、この変な会を解散しろ!」
「なっ……、そんな非道な命令を出すなんて、人でなしにも程があるわよ!?」
「魔理沙、あんたの血は何色なのよ!?」
「少なくともお前らよりは赤い自信があるな」
二人の非難をしれっと流して、魔理沙は懐に手を入れる。
取り出したるは、魔力フル充填のミニ八卦炉。
今にも暴発しそうなそれを玩びながら、魔理沙は乾いた笑いを漏らしつつ、口を開いた。
「どうしても解散できないって言うなら、それでもいいさ。
私がこの場で、物理的に壊滅させてやるだけのことだからな」
顔は、笑っていた。眩しいぐらいの、実に爽やかな満面の笑顔。
しかし――――、その目はまったく笑っていなかった。
それどころか、目を合わせただけで相手を石化させてしまいそうなほどの、凶悪極まりない眼光を宿してさえいた。
追い詰められた鼠は、猫にその歯を突き立てるという。
二人があまりにもふざけすぎたために、文字通り堪忍袋の緒がキレたに違いない。
一週間前にブチ切れた時とは比べ物にならないほど、今の魔理沙はおキレになられてしまいなさっていた。
死なばもろとも。毒を喰らわば皿まで。ならば貴様も道連れだ。
もはや心中さえも辞さないとばかりに笑う魔理沙を見て取って、咲夜と霊夢は息を呑んだ。
「……霊夢」
「あぁ、もう……しょうがないわね」
さすがに、心中覚悟でふざけることはできなかった。
それに、魔理沙をここまで追い詰めてしまったという罪悪感もあった。
だから。
霊夢は小さくため息をついて。
終わりの言葉を、口にした。
「それじゃあ、ただ今をもって、胸なし娘(みなしご)たちの叫びの会を解散するわ……」
会長である霊夢の解散宣言を受けて、胸なし娘たちの叫びの会は、今、ここに解散した。
だが、これで終わるような霊夢ではない。そんなしおらしさを期待するほうが間違っている。
むしろ、まだだ、まだ終わらんよ! とばかりに目を光らせて、とんでもねーことを口走った。
「そして本日現時刻、今この場にいるメンバーをもって、新たに『胸なし娘(みなしご)たちの叫びの団』を結成します!
『健やかなる時も病める時も、ともに巨乳を呪いあい、育つ時はいつも一緒』をモットーに、明るく世の巨乳どもを呪うのよ!
もちろん、団長であるあたしが法律だから、そこんとこヨロシク!」
「ふざけんなこの馬鹿女ぁぁぁーーーーっ!!」
魔理沙の絶叫とともに、手にしたミニ八卦炉が眩いばかりの光を放ち――――。
まあ、いわゆるところの、物のはずみということで。
今日もまた、博麗神社は盛大に吹っ飛ばされたのでありました。
「まあ、確かに私達も悪かった。それは素直に謝るわ」
「でも、それで神社を吹っ飛ばすのはちょっとやりすぎかなーって、お姉さん思うんだ」
「……うん、まあ、その。
正直、すまんかった」
ぼろぼろの焦げ焦げになった三人は、元・博麗神社だったガレキの山に腰掛けて、どこか遠い目で語り合っていたそうな。
その後、博麗神社が再建されるまでの間、霊夢は魔理沙の家に転がり込み、
神社を吹っ飛ばした慰謝料と称して、嫌がる魔理沙に無理やりメイド服を着せて楽しんでいたという。
めでたくなしめでたくなし。
なんというか、こんなのも良い(^o^)