魔法の使えない魔法使い。
矛盾を感じさせる、そんな全く聞き覚えのない、そんな全く意味の分からないもの、あるわけがない。あるとか無いとか考えもしなかった。
でも、そんな存在になってしまった時、自分で自分の意味が分からなくなった。
出来て当たり前だった事、それによって送ってきた日常が、自分の存在が、すべて、分からないものになっていた。
ぱらり。ぱらり。
部屋の中で、金髪の少女─アリス・マーガトロイドはページをめくる。
頭には何も入ってこない。視覚も何を捉えてるのか、それとも何も捉えてないのかすら分からない。
彼女は本を閉じるのが怖かった。なぜなら、それは「今の自分に出来る唯一の日常」だから。やめたくなかった。
「あ・・・。」
ページをめくろうとした手が、本の表紙にあたる。アリスは我に返ったように体を一瞬こわばらせた後、本を閉じた。
今、アリスの家に広がるのは、ただひたすらな静寂だった。まだ昼になるかどうかの時間のはずだというのに、あまりにも静かだった。
これは「日常」ではない。「日常」である事に飢えて、自分は本を読みだした事を思い出す。思わず、もう一冊の本に手を出そうとして、その手を引っ込める。
─このままじゃダメだ。どうにかして、どうにかして。日常を取り戻さないと。
すっと立ち上がり、家の扉を開ける。
昼前の森は、本来ならうだるような暑さになる日光を遮断し、気持の良い涼しさを保っていた。葉が奏でるさやさやという音も気持ちが良かった。
地面をブーツで踏みしめて歩きながら、アリスは昨日の事を思い返す。突然「日常」が壊れてしまった日の事を。
*
その瞬間まで自分はいつも通りの日常を過ごしていたのだ。
魔法の研究の為に必要なものを探して飛び、歩き、そしていつも通りの白黒─霧雨魔理沙に鉢合わせし、小競り合いをした。
いつも通り決着はつかず、結局夜になってしまい、魔理沙の家でお茶を飲む事にした。
「まあちょっとばかり散らかってるけど、気にするな。あ、茶葉はそこの棚の三段目にあるから頼むぜ。」
「・・はいはい。」
机の周りに纏まってる本の山を荒っぽく搔き分ける。はっきり言って「ちょっとばかり」どころではなく散らかっていた。
そして、もてなし側の家の主であるはずの魔理沙が、どっかりと椅子に腰をかけた。
アリスにとってはもう慣れたもので、何も言わずに言われた場所から茶葉を出して、慣れた手つきで紅茶をカップに注ぐ。カップを机に置いてやると、アリスが自らの分を注ぎ終わるのも待たずに魔理沙はカップに口をつけた。
「お、やっぱりアリスがいれると美味いな。同じ茶葉を使ってるとは思わないぜ。器用なもんだな。それとも何か魔法でも使ってるのか?」
「あんたが不器用なだけでしょ?上海の方がよっぽど上手だわ。なんなら教えてあげるけど?」
魔理沙はアリスの傍にいる上海人形の顔を一瞬見たが、すぐに、「無理だな」と言って笑いながら、再びカップを傾けた。
そんな様子にため息をついて呆れながら、自分も椅子に座りカップを傾ける。
魔理沙はどう感じてるかは分からないが、アリスはこんな当たり前の時間が大好きだった。
「それにしても、あんたの部屋はほんとに散らかってるわね。少しは掃除したらどうなの?」
だから、つい引き延ばしたくなる、でも、そんな理由がバレたくないからつい憎まれ口ばかりが出てしまう。
とはいえ、本心からもそう思う。こんな風にマジックアイテムやら魔導書やらを密集させているのは切実によくない。薬と一緒でどんな反応を起こすか分からないからだ。
「いや、どこに何があるかはわかってるんだぜ。だから大丈夫だ。」
明らかに嘘っぽい笑顔をしながら答える魔理沙を見て、溜息をついた後すぐにアリスは立ち上がり、散らかりの方へと足を進めた。
そして手始めに、と床に落ちている本をあるべき場所へせっせと戻していく。
魔理沙も別にあせって止めに入るわけでもなく、逆に呆れたような、喜んでいるような顔でその様子を見ていた。
「あ、そこの本取ってくれ。お前が掃除してる間に適当に読んでるぜ。」
「・・手伝おうとかは思わないのかしら。」
「ははは、まさか。私が思うわけないだろう?よろしく頼むぜ。」
そうね、とため息交じりに答えながら本を手渡す。
そして、マジックアイテムの山に手を出した瞬間、少し何かが光り、次の瞬間、アリスは体に違和感を覚えた。
最初は体に何が起こってるかいまいち分からなかったが、視界にいびつな形をした赤い石が入った瞬間、ある本の、一枚のページが頭に浮かんだ。
─あれ?でも何でコレがこんなとこに──。
しかし、もう理解は完了していた。でも受け入れたくなかった。こんなこと、こんなことあってはいけない。
(うそ・・。)
「お、おい、アリス。どうしたんだ・・?」
アリスの様子がおかしい事に気づいた魔理沙が少し心配そうに近づいてきたので、急いでアリスはさっきの赤い石を手の中に隠す。
とにかく、この場から逃げ出したかった。バレたくなかった。そう思い、急いでアリスは魔理沙に背中を向けた。
「・・アリス?」
「な、何でもないのよ。ちょっと掃除しすぎて、疲れちゃったみたい。も、もう帰るわね。」
「ん、そうか。なら上海も──あれ?」
見送りの為に歩きだした魔理沙が視線を落とすと、そこには、机でぱたりと倒れてる上海人形がいた。
アリスが掃除をしている間ここに座って大人しくしていたのは覚えているが、今は文字通りに糸が切れた人形の如く倒れている。
それを見たアリスは、すぐに机の上から上海人形を奪い取るように抱き込んだ。まるで隠すように。
そして魔理沙の心配そうな視線を振り切るように、すぐに家の外へと駆け出し、空へと──
どちゃっ。
何かが地面に落ちる音がした。アリスは一瞬、何が何だか全く分からなくなった。
目の前が真っ暗だ。それに、体中が痛い。顔に、服に、たくさん泥が付いている。
そして、更に悪い事に、その拍子に手から石がこぼれてしまった。
その球を視界に入れた魔理沙の顔が一瞬で青ざめる。魔法の研究をしていれば誰もが一度は調べ、誰もが恐れるその赤い石。
「どうして、これが・・?お、おいまさかアリス、おまえ・・まさか・・。」
魔理沙がとても心配そうな顔で手を差し伸べてくる。
「・・っ!!」
つい、アリスは、魔理沙の手を強く払いのけた。その瞬間、アリスは「日常」が壊れた音がした気がした。
すぐ起き上がり、すぐに逃げるように駆け出した。無心で、無心で走った。一度滑って転んで、初めて雨が降っている事に気づいた。それでも、びしょびしょになりながら走った。
もし魔理沙が追いかけてきたなら追いつかれるに決まっている。でも魔理沙は追いかけてこなかった。きっと突然の事すぎてわけが分からなかったのだと思う。
家に着いた頃には、もう体中が濡れて、泥だらけだった。腕に抱えていた上海も、すっかり泥を被っていた。
家の中を見る。真っ暗で、何も動いていない空間だけ。こんなになって帰ってくれば、着替えやタオルを持ってきてくれる人形達も、棚で並んで座っているだけだった。
濡れきった体のまま、膝を抱えて、頭を埋めて座った。
さっき魔理沙の家にあった赤い石は、魔界の鉱石の一つだった。
触れた者の魔力を一粒残らず吸って吸って吸いつくし、ただの石へと変わる、正に魔法使いにとっては悪夢の石。
魔界でもほんの一度でしか採れない石だというのに。なぜあそこにあったかは分からない。しかし、事実そこにあり、実際アリスは体にめぐる魔力が全く無い事を実感していた。
もしかしたら魔理沙が自分を陥れるために?と考えたが、魔理沙は演技であんな青ざめた顔が出来る人間ではない。
なら、どうして──
考えてるうちに、アリスは、ゆっくりと気を失うように、眠りに落ちたのだった。
*
さやさや、と音を奏でる木から葉が舞う。
今アリスは紅魔館を目指している。こういう時は異常なまでの書物量を誇るあの図書館と、図書館の主─パチュリー・ノーレッジを頼るしかない。正直、望みは薄いけれど。
一瞬、魔理沙の顔が浮かんだが、あの後追いかけてこなかった事もあるし、今会ってもどんな顔をすればいいかわからないから、やめておいた。
それに、彼女を頼るのは何か嫌だったし、自分と魔理沙が持ってる本や知識だけではどうにもならないことは解っていた。
その点、紅魔館の図書館の膨大な書物と、少し悔しくはあるが、明らかに自分より知識を多くもつパチュリーは信頼できた。
そして、紅魔館ももうすぐと言う時──
「あーっ!人形遣い!」
後ろから大きな声がしたので振り返ると、そこには、紅魔館の前の湖にいる氷妖─チルノがいた。まっすぐこちらへと向かってくる。
ここを通る時に度々襲いかかってきて、いつもなら難なく撃退してやるのだが──。
「ここで会ったがひゃく・・百万年?とにかく今日のあたいはいつものあたいじゃないよ!やっつけてやる!」
アリスは非常にマズいと思った。魔法が全く使えない今、たとえ妖精クラスだろうと勝ち目はほとんどない。
更に結界も張れない今、被弾する事はいつもの「ミス」では済まない。ヘタをすると命が危ないのだ。
すぐにアリスは紅魔館の方向へと駆け出した。話が通じる相手ではないのだ。⑨だし。
「・・・あっ!逃げるなー!」
いきなり走り出したりと思わなかったか、チルノは少しだけ呆然としたが、すぐに走って逃げるアリスの方へと氷弾を打ち出した。
軌道そのものは分かってるので、何とかして避ける・・が、やはり飛行と走行ではまるで速度が違って、段々と、段々と避けるのが辛くなってくる。
けれど、もう少しという所まで、紅魔館が近づいてくる。
(もうちょっと・・もうちょっと・・で・・!)
張りつめつづけていた精神にほんの少しゆとりができた時、一瞬だけ、足がもつれた。
「く・・・あぅっ!」
そして、その瞬間足にありえない程の鋭い痛みが走る。
痛みに耐えられずアリスはそのまま転倒してしまった。足に目をやると、凍結している。
どうやら足がもつれた瞬間に足に被弾してしまったようだった。痛い。結界を展開しているいつもなら、痛みなんてほとんど無いというのに。
動かせない足から来る痛みが体中を支配する。近づいてくるチルノを一生懸命睨んではいたが、アリスの意識は少しづつ薄れていった。
(おかしいな・・。いつもなら今頃図書館に着いてるぐらいなのに・・。私、こんなとこで・・。怖い・・怖いよ・・。)
考えながら、アリスは、ふっと、目を閉じた。
もう、目の前にチルノが降り立っていた。
「ふっふっふ。あたいから逃げられるなんて思わない事ね。何せあたいは最強だかうぶぅぅぅ!」
倒れたアリスを見て勝ち誇ったチルノの腹に思い切り蹴りが入る。
吹っ飛ばされ、ゴロゴロと道を転がって行き、木にぶつかる。
「いだだだ・・誰よ!」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました!乙女のピンチに駆けつけるカッコイイヒーロー、そう!その名は」
「中国、さっさとその人形遣いパチュリー様の所に運んで。その氷精は私が追い払っとくから。」
「・・・はぁい。」
紅魔館のメイド長と門番がそんなやりとりをしている間に、アリスはすっかり意識を失っていた。
*
ぱらり。ぱらり。
ページをめくる音が聞こえる。でも、自分がページをめくってる感覚はない。
「やっぱり無い・・わね。」
そして、誰かの声する。自分の声じゃない。
おかしいな。今の自分に出来る唯一の日常なのに。なんで、自分で出来てないんだろう。
どうして腕は動かないんだろう。どうして自分は喋れないんだろう。
もしかして、最後の「日常」も奪われてしまったの?
自分の腕を見る。すると、その腕はピキピキと音をたてて凍りついていく。
嫌、奪わないで──
「アリス・・・?」
自分の名前を呼ばれた瞬間、視界がひらけたのを感じた。体を起こそうとしても、体が重くて全く動かせなかった。
今自分はどこにいるんだろう。一体自分はどうなってしまったんだろうと、アリスはまだ不安が抜けきってなかった。
「誰・・?ここ、どこ・・?」
不安から体が、声が震える。助かったのか、まだ全然助かってないのか。
誰がいるのか。ここはどこなのか。さっきの恐怖から頭が回らず、何も判断できなかった。
「・・私はパチュリーよ。あなたから見て右にいる。そして、ここは紅魔館の図書館。」
的確に質問の内容だけに答えるその答え方に、そして、言われたとおりに振り向いて見えたその姿に、アリスは覚えがあった。
でもなぜか、視覚と聴覚が理解を終えてるはずなのに、心が全く変わらない。まだ凍ったままだった。
アリスは確認しようとなんとか口を開こうとするが、うまくしゃべれなかった。
「ぱちゅ、りー・・。私、助かった・・の?」
「私があのままほっとけば死んでいたでしょうけどね。魔法が使えなくなったのにあの氷精に見つかる所歩くなんて、不用心にも程があ・・。」
「っ・・。う・・。」
急にアリスが俯いてしまったので、パチュリーは少し不安な気持ちになった。
もしかして氷が溶かし切れてなかったのか、それとも破片がどこかに刺さったりしていたのか。
そう思い、アリスの顔を覗き込んだ。
「・・アリス?」
「うっ・・うあぁぁぁぁん!」
次の瞬間、アリスはパチュリーにしがみついていた。
初めて味わった明確な死の恐怖から抜け出せたと解った時、一気に体が軽くなった、同時に、一気に張りつめていたものも崩れてしまった。
いつもなら人の前で涙なんて絶対に流さない。けれど、本当に怖かったから。だからもうそんな事忘れていた。
パチュリーはしがみつかれた時は吃驚していたが、すぐにアリスの背中を優しく撫でるようにした。
「・・仕方ない子だわ。」
「その割にはパチュリー様嬉しそうですよねー、ってきゃぁー!」
本棚の影からニヤニヤと小悪魔が口を挟んできたので、パチュリーは即座にレーザーを撃って追い払った。
まぁ、確かに、なんとなく悪い気はしないが。なんとなく。
「こわかった、こわかったの・・。」
何だかんだで弱い所もあるのね、と思いながら、アリスが泣き止むまで背中を撫でてやった。
*
「落ち着いた?」
「え、ええ。一応・・。」
「そう。まだ落ち着ききってないならまた泣いてもいいけど。」
「な、泣いてなんか・・!ちょ、ちょっとだけ、目から水が出ただけよ・・。」
「まあ、面白かったから良いわよ。何でも。」
泣いてたのは事実なのに、アリスは認めたくなかった。
いつも冷静で通してるつもりなので、あんなに大泣きするのは恥ずかしかったからだ。
パチュリーはパチュリーで、いつも通りのアリスに戻った、と少し安心をしていた。
アリスが何とかして、話題を変えよう・・と思った時、ふと一つの事が浮かんだ。
「そ、そういえばっ。どうしてあなたが私の状況を知ってるのよ。まさか魔理沙が・・。」
「その口ぶりからするとあの白黒が関係してるのね。でも違うわ。氷精ごときにあなたがやられるとは思わなかったから、ちょっと調べさせてもらっただけよ。」
「し、調べたって・・。」
「パチュリー様嬉しそうでしたよー。触って調べてる時なんて特に・・!」
「うるさい」
さっきと違って慣れた体の動きでレーザーを避け、棒読みな悲鳴と共に小悪魔は逃げていった。
まあ、魔力の巡りを調べるには触るのが一番なのだが、アリスは何故か恥ずかしい気持ちになっていた。実際恥ずかしい事でも何でもないのに。
でも、それ以上に気になる事があった。
「そ、それで、何か手はあるの・・?」
アリスは藁にも縋る気持ちでパチュリーの方を見た。
その為にここに来たのだ。魔法に関連した知識なら間違いなくここが一番あるから。
「無いわけでは無いけれど。ほぼ不可能ね。あの鉱石と対になる鉱石が存在するのだけれど。あの鉱石以上に希少価値が高いわ。全く所在が分からないから。」
「そ、その鉱石はどんなのなの・・!?」
「青くて、かなり多量な魔力を含んでいるから、見つければすぐに分かるわ。でも、はっきり言って今となってはほぼ存在しないわ。」
「そ、そっか・・。」
事実を聞かされてアリスが俯いた時、ばたん、と図書館の窓が勢いよく開くがした。
すぐにパチュリーがその方向へ顔を向けるが、誰かが侵入したわけでもないようだった。
小悪魔がすぐにその窓を閉めにいった後、特に何も無いようです、というサインを送っていた。
そのサインを見て、パチュリーはアリスの方に向き直る。
「・・・落ち込んでる?」
アリスは微動だにしなかった。
もう殆ど望みはない。という事はもう、日常は帰ってこない。魔力がないという事は魔法の研究をするだけもう無駄。
それに研究してても魔理沙と鉢合わせになった時に勝負にすらならない。
もう、人形達も二度と動かない。もう、今まで当たり前にしてきた事が、もうほとんど、できなくなってしまうのだ。
「・・クッキー。」
「えっ?」
突然の、今の状況に全く関係のない言葉に、ついアリスは顔をあげてしまった。
「クッキーよ。あなた、作るの得意だったでしょ?キッチン使っていいから。作って。」
突然何を言ってるのか。確かにここに来る時に度々差し入れのような感じでクッキーを作って来たりしていたが。
今の状況とそれが何の関係があるのか。
でも、今何もしないで落ちこんでいるよりは、何か動いてる方がいいとアリスは思い、無言で頷いて紅魔館のキッチンへと向かった。
アリスが図書館から出て行った時を見計らって、小悪魔が本棚の影から出てくる。
「回りくどいやり方しますねー。直接言ってあげればいいじゃないですか。」
「私はそんなに甘やかさないわ。自分で気付かせるのよ。」
「単に言うのが恥ずかしいだけじゃ・・・げふっ。」
身構えはしたが、まさかパンチが飛んでくるとは思わなかった小悪魔は鳩尾にモロに喰らってしまった。
*
「はい、どうぞ。」
図書館の机の上にあらかじめ置かれていた皿の上にクッキーを広げる。
すぐにパチュリーが一枚とって、本を片手で持ったまま口に運ぶ。決して行儀がいい食べ方ではないが、アリスにとっては慣れたもので、今更何か言うつもりはなかった。
自らも一枚とって口に運ぶ。口に甘さがふわりと広がる。紅魔館の紅茶にもしっかり合わせて作ってあるので、紅茶もより美味しい。
我ながら美味しくできた、と少し口が綻んだ。
魔力を失った自分にも、出来る事はあるんだな、と。少し嬉しくなった。心が軽くなるのを、感じた。
そのアリスの表情を見て、パチュリーも少しだけ嬉しそうに笑った。
「やっぱり、魔法が使えなくても美味しいわね。このクッキーは。」
パチュリーはまた一枚クッキーを口に運ぶ。
そして、本に視線を落とすふりをして、アリスから表情が見えないようにした。
「魔法が使えなくても、このクッキーは美味しいままだわ。魔法が使えないからといってあなたに対する気持ち・・い、いえ、評価が変わるわけではないわ。」
「うん、それは嬉しいけど・・。人形達も動かないし、蒐集活動も魔法が使えないんじゃしてももうほとんど意味ないし・・。これからどうすればいいか、分からないわ・・。」
また落ち込んだ雰囲気を出しながら、アリスは紅茶を口に運ぶ。
それ聞いてパチュリーは、一つ深呼吸をした。
そして、本を持ち上げるようにして、アリスからもう顔が全く見えないようにした後、口を開いた。
「な、何をすればいいのか分からないなら・・。こ、ここに住んで、ついでに、毎日・・私にクッキーでも作った・・ら?」
「えっ・・?」
ぴたりと、図書館の中の時間が止まった。パチュリーは顔を隠したまま。アリスはカップを皿に戻した体勢のまま、硬直している。
小悪魔だけは本棚の影で片手でガッツポーズを連打していたりした。
「え、えっと・・パチュリー、それって」
顔を赤くしたアリスがそこまで言いかけた瞬間、窓の割れる音と同時に目の前に広げてあったクッキーが空を舞った。正確には飛び散った。
クッキーの皿が今まであった場所に見えたのは、アリスにとっては散々見慣れた靴。
そして、視線を上の方に移動させると、やっぱり見なれた白黒。
「こ、この白黒・・。タイミングがわる・・むきゅっ!」
魔理沙にズカズカと近寄っていったパチュリーの頭に魔理沙の箒がクリーンヒットした。どうやら魔理沙は箒で窓から突っ込んですぐに飛び降りてきたらしい。
脳天に強打を喰らったパチュリーは一発で気絶してしまった。急いで小悪魔が近づいて介抱を始める。
「ん?どんな状況だったんだ?それにしてもこのクッキー美味いな。アリスが作ったのか?」
突っ込んだ時にちゃっかり取ってたらしいクッキーを口に入れながら魔理沙は嬉しそうにする。
アリスはまだ状況の把握がしきれずに呆然としてしまっていた。
クッキーを食べ終わった魔理沙が、真剣な顔でアリスに向き直る。
「・・アリス。」
名前を呼ばれて、ようやくアリスがはっとする。
そして、すぐに昨日の記憶が蘇る。魔理沙の手を払いのけた時の魔理沙の顔、そして、魔理沙の手を払いのけた右手の痛み。
「え、あ、魔、魔理沙・・どうして?」
あれだけ気まずい別れ方をしてしまって、もしかしたら二度とまともに喋れないかもしれない、とまで思ったのに。
魔理沙はいつもより少し真剣な顔をしているけれど、アリスの方をしっかりと見ていた。
何となく、その視線が恥ずかしくて、アリスは顔を背けた。
「どうして、じゃないだろ。お前がこんな事になる原因は私だ。だから、な。」
そういって、魔理沙は腰につけていた一つの小袋をアリスに渡した。
その袋は少し重みがあって、ごつごつとした感触を感じた。そう、何か石のような──
そこでアリスははっとして、急いで袋をあけた。
「ま、魔理沙・・これ、どうして!?」
中には真っ青な石。あの悪夢の石と対極になる色をした石。間違いなく、あの悪夢の石と対極になる石だった。
嬉しさよりも、なぜ魔理沙がこれを持っているんだろう、という気持ちが強かった。
「昼間のお前達の会話、聞かせてもらったんだよ。それで、お前がそうなった原因となる物が何故あったかを考えたんだ。」
そうだ。あの石は魔理沙のあの時の表情からして魔理沙にすら想定外な物だった事が分かる。
となると──
「まあ、家は散らかってるからな。たまにマジックアイテム同士が反応して、変なモンが出来ちまう時がある。だから、魔力を吸い取る石がそうして出来たのなら、と私は考えた。」
「考えた、ってそう簡単に行くもんじゃ・・。」
「ところがそう簡単にいったんだよ。ラッキーだったぜ。」
頬を書く魔理沙の腕を見てアリスは気づいた。魔理沙がいつもと違って長袖をしているという事に。そして、スカートの丈がいつもより長い事に。
肌を隠している証拠だ。
「・・魔理沙、腕と足、見せなさい。」
「うぁっ、何だよ、いきなり、・・てててっ!」
「やっぱり・・。」
机の上にのぼって、無理矢理魔理沙の袖をめくると、そこには火傷の後や傷がいっぱいあった。
恐らくマジックアイテムを何度も何度も無茶に反応させたのだろう。そんな事をすれば爆発も起こりうるし、おかしな現象を巻き起こしたりするのだ。
つまり、この傷は幾多の無茶による結果だ。
その傷を見て、努力をした魔理沙に対する感謝よりも、その傷と、傷を隠してきた魔理沙に腹が立つ気持ちの方がアリスの中では大きかった。
「こっち来なさい!小悪魔、包帯とか薬品はどこにある?」
「お、おい!こんな事より先に魔力を・・。」
「うるさいわよ。あんたはそこに座ってじっとしてなさいっ!」
小悪魔から包帯やら何やらを受け取ったアリスが、痛がる魔理沙を抑えつけながらてきぱきと介抱していく。
その様子をいつの間にか意識を取り戻してたパチュリーと小悪魔がやや遠目に見つめる。
「あーあ。これもしかして逆転されちゃったかもですねー、パチュリー様。」
言いながら、ついつい身構える小悪魔。
が、パチュリーの反応は無く、ただぼーっと二人の様子を物悲しげに見ているだけだった。
「はい、終わり。もう、そんな無茶して。結局出来なかったら無駄に傷がついただけだったのよ!?」
「いつつ・・。出来なかったら出来なかったで、それでいいんだよ。でも、出来なかったらどう責任取っていただろうなあ。」
魔理沙はじーっとアリスの方を見た。
「そうだなぁ。アリスは案外寂しがりだから、うちに拾って、毎日紅茶でもいれさせてやったかなぁ。」
「へっ・・?」
少し前のパチュリーの言葉のせいもあって、アリスの顔は再び真っ赤になる。
その瞬間、パチュリーが物凄い剣幕で魔理沙の方に飛んできて目の前で止まる。
「・・悪いけど。その場合はアリスはうちで毎日クッキー作る事になってたのよ。」
「ああ、さっきのクッキーか。確かにうまかったなあ。是非アリスのいれた紅茶と一緒に毎日いただきたいぜ。」
ニヤニヤとした顔で魔理沙がパチュリーに笑いかけた。
その魔理沙の態度にパチュリーの髪がざわざわと沸き立ったようにアリスと小悪魔には見えた。
「お、パチュリー、もしかしてアリスのいれた紅茶飲んだ事ないのか・・って、何の本だよ、そりゃあ。」
気づくと、パチュリーの周りに幾つもの本が浮き上がってるのが見える。
そして、パチュリーが明らかに殺気だってるのが誰から見ても分かった。
「・・目の前の白黒を超積極的に滅して、美味しいクッキーを毎日食べれるようになる本よ。」
「へえ、そりゃいいな。じゃあ毎日美味い紅茶が飲める本を、紹介してほしいもんだ・・ぜっ!」
その言葉を皮切りに、二人は図書館の上空へと飛び立って、弾幕勝負を始めてしまった。
その様子をぽかーんとした様子で見ていたアリスににこやかな顔をした小悪魔が近寄ってくる。
「いやー、アリスさんこれから大変ですねえ。」
声をかけられて我に返ったアリスは、すぐにそっぽを向いて机に近寄って紅茶を注ぎ直し、まだ無事なクッキーを皿に戻していく。
「二人とも意地汚いだけよ。・・別に、クッキーも紅茶ぐらい、いくらでも、あげるっていうのに・・。」
机の上に置かれた青い石と、胸に手を当てて、アリスは二人の方を見上げた。
二人とも弾幕勝負に夢中になっている。
「ありがと。」
星や炎、いくつもの弾が舞う、その中で、アリスは二人に聞こえないように、素直な気持ちを吐き出した。
魔法が使えるようになったけど。どうやら日常は奪われてしまったままらしい。
だって、明日からは違う日常が待ってそうだから。
キャラの「らしさ」みたいなのが出ていてよい感じだと思います。
一部?
小悪魔が良かったです。
私もこの組み合わせが好きなのでとても楽しく読めましたよー。
大体の小説でやられ役なチルノが今回は活躍(?)してたり、いいキャラだしてる小悪魔もよかったです。
次回も楽しみにしてますー。
自分もこの構図は大大好物(生きる糧とも言うべき)なので嬉しかったです。
是非人助けと思ってこれからも宜しくお願い致します。
いい作品だった!GJ
>その傷と、傷を隠してきた魔理沙に腹が立つ気持ちの方がアリスの中では大きかった。
これの文がグッと来たb
魔理沙はがさつなところもあるけど、優しさもあるんですね。
>頬を書く魔理沙の~
「頬を掻く魔理沙の~」ではないでしょうか?
小悪魔がいい味出してて良かったですb
アリス中心主義です
良い三魔女をありがとうございました。
やっぱアリスは可愛いのお。
良い作品でした。(ニヤニヤ)