藍は背筋を伸ばし、腰に手を当ててまっすぐに立っていた
場所は見慣れた鍋や食器が並ぶ台所、すぐ後ろには足の長いテーブルだけがあり、椅子はない
少し汚れたカラフルビニールのテーブルクロス
その上には調理と関係のない新聞や雑誌や小学生の工作のようなガラクタが置かれ、食事を出す隙間は見当たらない
藍の目の前には使い込まれ汚れたコンロ
青い火の上に置かれている鍋が蒸気の力でゆれて、フタを鳴らして白い湯気を吐き出している
藍がタオルを鍋掴みにして、蓋を持ち上げた
湯気が一気に広がり、それと一緒にいい香りも広がった
蓋を片手に菜ばしをつかみ、鍋の中の様子を探る
そのまま菜ばしをぺろり、納得いく出来ばえなので頷き一つ、蓋を戻し火を消す
「ご飯できましたよー」
コタツの裾に影二つ
コタツに足を入れてぶっ厚い文庫本を真剣に読んでいる八雲紫
両手両足を突っ込んでコタツの上にあごを置いている橙
橙の顔は目を細めてリラックス、対する紫は一心不乱に読書中
「うにゃ~」
ガラリとすぐ近くの襖が開き割烹着をつけた藍がお皿を抱えて現れた
「お待たせしました。 紫さまちょっとどいてくださいね、お皿置けないので」
肘で紫の顔を押しのけるように強引に割り込む藍
が、紫は無言で体をずらしただけで素直にそれに応じた
「ごはんにゃ~」
「橙、ちゃんと手洗った?」
「あ、忘れてました!」
「じゃあいってらっしゃい、待っててあげるから」
「はーい!」
はだしの足音を立てて橙が台所へ向かう
藍はその間に食卓の準備をと箸やお皿を並べる
と、紫が両手で挟み込むように本を閉じた
パタン、と乾いた音が響く
そのまま即食事に移るかと思いきや、そのままの姿勢で目を閉じて動かなくなった
どうしたのだろう、と藍は少し気になったが、とりあえず食事の準備をすることにする
紫が固まること数秒、おもむろに紫がつぶやいた
「わかったわ…」
藍はその言葉ちゃんと聞いていたがすぐに返事をせずに続きを待った
再び食器を並べる音だけが続いた
いっこうに続きがないことに不審に思った藍がチラリと横目で紫を伺うと
向こうも片目を薄く開け、横目で藍に視線を送っていた
目が合った
そこでようやく藍は、紫が自分の返事を待っていることに気がついた
「何がですか? 明日の天気とかですか?」
お年寄りの相手をする介護士さんといった感じで、藍は橙の席にお箸を並べながらたずねた
「残念ちがうわ。 それも確かにわかったら便利だけど、いまわかったのはこの幻想郷でたりないものよ」
「できたら紫さまには明日のお天気を当てて欲しいのですが
洗濯物がたまっているので、お願いできませんか?」
「そう?そんなにたまってるの? 大変ならそっちもやってみようかしら…って違うわよ!」
藍がちょっと残念そうな顔をしたのは誰にも見えなかった
「藍、いまなんか残念そうな顔しなかった?」
「そんな滅相もない。 それで、なにが足りないとおわかりになったんですか?」
「…そう、いまこの退屈な平和の幻想郷に足りないもの、それはね…」
溜めるように言葉を切る紫、食事を並べ終え黙って続きを待つ藍、笑顔で台所から戻ってきた橙
「…悪なのよ」
「あ、橙おかえりなさい。 さぁいただきますしましょうね」
「にゃ~い」
「幻想郷には平和を守る巫女や森の守護者の魔法使いや人間の味方の吸血鬼や絶対死なない不死身のお姫様とか
主人公要素をみたす人材はいっぱいいるのに、ここには肝心の戦う相手がいないわ」
「いただきます」
「いただきにゃ~す」
「だからみんな自分の力をもてあまして日々自堕落に
自分の力をちょうど手の届かないところにあるおせんべいを取るみたいに無駄なことにつかったり
うっぷんが溜まって時々弾幕飛ばし散らして迷惑かけるし…
ようはかまってくれる相手がいなくてみんな寂しがっているのよ!」
「藍さま、おかわり!」
「橙、ちゃんと噛んで食べてる? …はい、どうぞ」
「ここは、幻想郷を誰よりも愛している私が、あえて泥をかぶるところじゃないかしら…
あんなインコース内角高めバッター直撃コースの弾しか投げられないピッチャーたちの相手を出来るのは
私だけなんじゃないかしらいいえ、私だけだわ!」
「藍さまぁ、小骨が喉につっかえたぁ」
「あぁ大変だよしよし、ほらご飯を噛まずに団子にして飲み込んで」
「ほんと大変だわ、あんな奴らの相手をするなんて…でも、こんなこときっと待っていても誰もやらないわ
だからあえて…私がみんなの憎まれ役をかってでるのよ!」
「…あら橙、今日のご飯は山菜の煮物よ?」
「えへへ…藍さまに食べさせて欲しかったからウソついちゃいました…」
「こら、しょうがない子ね」
「にゃはは」
「えぇ、まったくしょうがないわね… さあそうとわかったらさっそく行くわよ藍、橙!」
「あ、はい紫さま。 ご馳走様でした」
「ご馳走様でしたぁ~」
「ご馳走様」
三人そろって手を合わして挨拶
紫はまっさきにコタツから抜け出して自分の部屋へと走っていった
藍が後片付けをしようとコタツの上を眺めると
ずっと喋っていたはずの紫の分の食事が綺麗になくなっているのに気がついて
やっぱり紫さまはすごいなぁと心から感動した
たとえば、流れない池にいきなり水路をつけたらどうなるか?
高いほうにつけたら上から水が流れてくるだろうけど、下につければ池の水は下ろうとするだろう
上に作るならば池の水に邪魔されることなくまだ簡単にできるだろうけれど
もし下に作ることになったならば、まずは作業中に水が流れてこないようにダムを作らなきゃならない
「と、いうことで、いまから秘密基地を作るわよ、何か質問あるかしら?」
「はい」
肘を軽くおって小さく手を上げる藍
「いろいろお聞きしたいことはあるのですが… なんで?」
「あらあら、最近の式神は主人に対してずいぶん砕けた物言いなのね。 お仕置きいる?」
「申し訳ありませんでした」
腰に手をそろえて九十度傾けて深々と頭を下げる藍
その姿を橙は複雑な表情で見つめた
「まあ大目に見ましょう
つまりね、これから私は幻想郷のガス抜きをするのよ」
いつの間にか紫はメガネをかけて人差し指でブリッチ、レンズの間を押し上げて先生よろしく説明を始める
後ろにはこれもいつのまにかホワイトボードが立っており、大きな丸のなかに勢いのある筆跡で「ガス」と書かれていた
「作業は慎重に行なうのが鉄則よ、途中へたにやったら溜まってたガスが爆発しちゃったりへんなことになるから」
話しながらホワイトボードに「暴発」と書き加えた
(紫さま…意味的には間違っちゃいないですけれど、きっと間違えています)
何か言ってさしあげたい衝動を藍は何とか我慢した
「今から私たちがやろうとしていることは、この爆発寸前まで膨らんだうっぷんのガス抜きよ
でもただこれに穴を開ければ良いってものじゃないわ、穴を開ける前にまず準備をするのよ」
ホワイトボードの丸にいくつも切れ込みを入れるように線を描き、一箇所に「ガス友」と書き付ける
(…紫さま、ほんとはわざと間違っておられるのですか? 何かを待っておいでなんでしょうか?)
「…なるほど、その準備とは?」
「まず行動を起こすまえにみんなに気がつかれてはだめよ、そうなったらいつもどうり暴発するか不完全燃焼で終わってしまうに決まっているわ
そのために隠密に行動できる場所、秘密基地を作ってそこで準備をして発進するのよ!」
新しく「爆発」「必密基地」「発信」と書き殴る
(あぁ紫さま、ほんとはツッコミが欲しいのですが…?
今私を見つめているその視線は私に期待しておられるのですか…!?)
「…さすが紫さまです」
藍は重い言葉で頭を下げた、その姿はまるで何かを謝っているようにも見えなくもなく
「…?、まぁそこまで感動してくれたなら嬉しいわ、さっそく作業に取り掛かるわよ」
(あぁ紫さま…)
やっぱり紫さまは凄いなぁっと、藍は思わずにはいられなかった
お昼を少し過ぎた博霊神社の境内、お賽銭箱の前の階段に座る影二つ
「よっしゃ来た、ポン! ここでコイコイよ!」
「くそぉ、こうなったらこの引きに賭けるぜ… おりゃ!」
霊夢は余裕の笑みを浮かべ、オーバーリアクションで札を引いた魔理沙の顔をみて勝ちを確信した
「あんたたちなに真昼間から花札なんてしてるのよ…」
そこに加わるメイドの影一つ
幻想郷のTHE人間ズの三人がそこにいた
「あら咲夜、あんたもやる? 甘く見てたけどけっこうハマルわよ?」
札を引きながら霊夢が咲夜に話しかけた
「別に甘くなんてみてないけど、カードゲームじゃ私に勝てないわよ?」
「うわ、時間止めて札見まくり順序変えまくり!? ルール守れよ!」
声を上げながら再び渾身の力をこめて札を引く魔理沙、しかし引いた札を見る顔は硬い
「失礼ね、実力よ」
「ただの反則よ」
と、霊夢が札を引く
そしてその札をみると、勝負、と札を広げた
それをみた魔理沙が札を投げ出し、悲鳴を上げながら頭を抱えて後ろに倒れこんだ
「これで私の5連勝~、さ、罰金はこのお賽銭箱におねがいね~」
「なんで初めてのクセにこんなに強いんだよ!」
「才能じゃないかしら~?」
裾で口を隠し意地悪く笑う霊夢
「くそぅ、この器用貧乏!」
「…なんかそれ使い方ちがくない?」
「あなたにならあってるわよ」
そんな二人のやり取りをみて、咲夜はため息をついた
「大変だー大変だー」
あんまり大変そうではない声が神社の上のほうから聞こえてきた
見上げるとそこには天狗がスカートの裾をはためかせながら右から左へ横切っていくところだった
「里のほうに妖怪がでたぞー 悪い悪い妖怪が出たぞー」
なにか流れ作業的に叫ぶ声は次第に小さくなっていき、すぐに聞こえなくなった
「…よっしゃ、霊夢リベンジだ」
「良い度胸ね、そんなにお賽銭払いたいの?」
「ふふふ、今度はそうはいかないぞ」
といってむんずと咲夜のエプロンを引っ張る魔理沙
「最強の助っ人を見つけたからな」
「な、それ卑怯じゃない!?」
「うっさいうっさい、先生お願いします!」
「…こんなことのために呼んだの?」
平和な午後はまだちょっとだけ続く
「おーっほほほほ!」
里、といっても人工的な屋根はあまりない、緑ばっかり目立つようなところに異様なものがあった
全体のフォルムはピラミットのような寸胴で
その巨体の3/2をデフォルト調の子供の落書きのような巨大なドクロの頭が閉めており
残りは巨大なキャタピラが駆動して民家、というより森林破壊を行ないながら
大きな駆動音と木々の倒れる轟音をたてながらゆっくりと進んでいく
それと八雲紫の高笑いが響く
「おーっほほほほ!」
巨大な移動物の内部、紫は室内の一番高い椅子に座り足を組み手の甲を口元に当てて日傘を広げて高笑いを続ける
「おーっほほほほ! …藍、まだ誰もこないの?」
「はい」
紫の前方、紫の座っている場所より遠方の低いところに椅子二つ
そこに座るのは藍と橙
三人はそれぞれデザインの違う特徴的なカラーサングラスをかけている
「いい加減喉もかれてきたわ、なんでだれもこないのかしら? ちゃんと伝達手段もとったのに」
「はい」
「もう、せっかくこっちがやる気出してこんなものまで作ってきたのに。 藍お茶ちょうだい」
「はい」
「あ、紫さま~前方に敵影確認しました~」
「ほんと!? ようやく来たのね待ちくたびれたわ、で、どいつどいつ?」
藍の持ってきたお茶を押しのけて、紫は嬉しそうに椅子から身を乗り出した
「あれはぁ…えっと~アレです、その…アレですアレ…タマタマヨウム?」
『コンパク! 魂魄妖夢です!』
「声駄々漏れで変なこといわないでください!」
お使いの帰り道、異様な物体遭遇した妖夢はその物体を指差して怒鳴った
『おーっほほほほ!』
返事がいきなりの高笑いだったので、妖夢は肩をみょんと震わせて驚いた
おもわず空中に浮いているのに一歩後ろに引いてしまう
『ようやく…違った、えっと… 藍、藍、こういうときはなんていうのだったかしら?』
『はい「ここであったが100年目、日頃の恨み晴らしてやる!」です、紫さま』
『ということよ。 じゃあ発射準備ー!』
「え? は?」
ドクロの頭が上へスライドし、そこから見るからに収納量を超えた巨大な砲頭が突き出す
『撃て~!』
でたらめな見た目とは裏腹に可視速度を越えた鉄球が轟音とともに撃ち出された
「ぷぎゃ!?」
訳のわからないまま、タマタマ通りかかったタマタマ妖夢はそのまま緩やかな上昇線でタマと共に空にのぼっていった
「一匹目撃破~♪ ノーミスだからボーナス付くかしら?」
「お見事です、紫さま」
「よし、じゃあこの調子で次も行って見ましょ~う。 藍、橙、目的地変更ね」
紫は椅子に上機嫌で座りなおしてもったいぶるように新たな目的地を告げた
「目的地、博霊神社よ」
「だーもう! いい加減にしなさいよ!」
持っていた札放り出し、霊夢が叫んだ
「アンタいつよ? いったいいつ時間止めてるのよ!?
まったくモーションもディレイもないじゃない反則級にも程があるわ!
強い技にはハンデ持ちなさいよ使用後に隙が出来るとか連続使用できないとか!」
「なによそれ?」
「てかもう反則しまくってるのバレバレなのよ!
なんでフダもタネもコウも全部そっちに周るのよ!?
しかも微妙にこっちのヤクがそろわないように仕込んでおいて五連続五光!?
ふざけんじゃないわよ!」
「ほっほっほ、言いがかりはよしてもらいたいねぇ~お嬢さん」
霊夢は咲夜の隣で鼻を高くする魔理沙を殴り倒し、そのまま咲夜に飛び掛った
と、しかし思った以上に飛び上がってしまった
あれ? と霊夢は首をかしげた
視界が一気に数メートル上空に上がり、空を飛ぶとき特有の浮遊感を感じる
そして遅れて爆音が響いた
「命中しました」
「よろしい。 全速前進!」
キャタピラ音と破壊音、そして新たに重低音のBGMを響かせながら紫たちは鉄球を打ち込んだ博霊神社へ文字通り進軍した
「藍、橙、油断しちゃだめよ? あの三匹がこれくらいのことで倒せるわけないんだから」
「はい、身をもって体験しております」
「紫さま紫さま、敵影三機、ジョオクウに確認しましたぁ… わ、撃ってきましたモンドオムヨウです!」
ちょっとしたったらづな橙、その愛らしい姿に向かって笑顔で藍が
「橙、ジョオクウじゃなくてジョウクウですよ
それとモンドオムヨウもそうじゃなくてモンドウムヨウですからね?」
「うにゃ、ごめんなさい」
「いいのよ、帰ったら書き取りの練習しましょうね?」
「は~い」
「とっとと迎撃しなさい!」
「…ぁー、なんだあれ?」
魔理沙が瓦礫から拾ってきた帽子をはたきながら、傍らに浮かぶ咲夜に聞いた
「…しらないわよ」
霊夢は一心不乱に謎の物体目掛けて攻撃を繰り返している
「この! この! なんでいきなり現れて人ん家壊すのよぉ」
最後はちょっと涙目だ
霊夢の攻撃はまっすぐに謎の物体へ向かうのだが
着弾寸前で何かに吸い込まれるように突如消えてしまいダメージを与えることが出来ない
「紫だな」
「紫ね」
「この! くの!」
わかっているのかいないのか、それでも霊夢は攻撃を繰り返す
その時、紫の笑い声が空に響いた
『おーっほほほほ! ここであったがひゃく…』
「ゆかり! あんたなにすんのよー!」
『ちょ、台詞ちゃんと聞きなさいよ、練習してきたんだから!』
「うるさい! わけわかんないこといってないで弁償しなさい!」
『なによ、あんたたちのためにしてあげてるのにありがとうの一言もなしなの? ちょっとひどくない?』
「ひとんち破壊することのどこが私のためなのよ!?」
『なによ! 恩知らず!』
『紫さま紫さま、私たちの目的はもっと違ったことだったと…』
『は…そうね…そうだったわ』
おほん、と咳払い一つ
『霊夢、いいわ。 もっと私を恨みなさい』
「いわれなくてもガンガンアンタが憎いわ」
『いいわ、それでいいのよ… 今私たちはあなたたちの敵としてここにいるのよ』
はぁ? と眉を寄せて首をかしげる上空の三人
『いい? 今私は苦悩の末、ここにいるの… 総てはあなたたちのため』
まったく訳がわからないと三者三様の顔をする
『紫さま、あんまり説明を長くしても恩を売ることになるだけかと…』
『…そうね』
再び、演出のような咳払いが一つ
『私のこの苦渋の決断が、後々あなたたちの為になると信じているわ、だから今ここに宣言します! 八雲の姓は悪役を任ずると!』
『紫さま…』
たぶんきっと、それが言いたくて今回の騒動を起こしたんだろうと藍は気付き
結局、やっぱり紫さまはすごいなぁと、思いたくないけど思わずにはいられなかった
八雲紫の楽しそうな笑い声とともに巨大な物体の進撃は続く
でたらめな外見とは裏腹に、八雲紫の移動要塞は強力だった
こちらの攻撃を吸い込む防御と、でたらめな巨大砲弾の攻撃は冗談では済まされない威力があった
霊夢、魔理沙、咲夜の三人はそれぞれ三方向に展開し、霊夢が正面、魔理沙が右、咲夜が左から同時に攻めている
「なんだよこのでたらめ兵器!?」
移動要塞の側面を滑るように滑空する魔理沙
すぐ横の、近づくとただの壁にしか見えないドクロの側頭部に向かって手をかざし、直線的な魔力を撃ちはなつ
が、その攻撃はことごとく着弾寸前に空間の割れ目に吸い込まれてしまい、まったくダメージを与えることが出来ない
オマケに
「ぉうわ!」
吸い込まれた魔理沙の攻撃が別の割れ目から打ち返されてくる
他もまったく一緒の状況だった
どうにか隙をつこうとさまざまな手を加えるも、すべて撃ち返されてしまう
直接殴りつけようとしても、他で吸収した攻撃がこちらに回ってきて直線的な魔力や銀のナイフやお札が邪魔をする
こちらに降りかかる弾幕は厚く、割合的にお札の数が圧倒的に多い
「はじめのうちに霊夢が景気良く撃ちまくったからなぁ…」
「悪かったわね!」
魔理沙の向かい側から霊夢が自分のお札から逃げるように飛んできた
「うお!? こっちくんな!」
魔理沙は慌てて体を倒し、空中でドリフトするように180度方向転換
そのまま霊夢と同じ方向に並ぶように疾走する
後ろから放たれる自分の攻撃やお札を8の字を書くように避けながら二人は飛んでいく
「わぁぁ!」
「うぉお!」
あっという間に半周、目の前にナイフを構えた咲夜の姿が見えた
「な、ちょ、こっちこないでよ!」
「無理!」
「ムリ!」
二匹が三匹に増え、それぞれが蛇行回避を繰り返しながら、紫の要塞を旋回しながら飛行する
「い、いったん離れてから…!」
『撃て~!』
霊夢が離れようと旋回した直前、大ボリュームで紫の声が響き三人の頭蓋骨を揺さぶった
慌てて耳を塞いだ霊夢の目の前を鉄球が横切った
遅れてから響く爆音
「は、離れたらあれで狙い撃ち!?」
「どうするのよ!?」
「知らないわよ!」
近づくことも離れることも攻撃することも止まることもできない状況
けっこうやばいんじゃないかと三人同様の考えが頭をよぎった
「洒落にならないわ… ていうかこれどうやって動いているのよ!?」
『よくぞ聞いてくれました!』
再び巨大な紫の声が響いた
あわてて耳を塞ぐ三人
『これはね、凄いのよ? 私の考えた永久機関!
始めにちょこっとだけ押してあげれば、あとは雪だるま式に勝手に動き続ける無限動力を搭載した「ゆかりん3号」よ!』
「一号や二号は!?」
両手で耳を押さえながら魔理沙が声を上げた
『…ちょこっと失敗しちゃってふっとんじゃったわ。 秘密基地作っておいて良かったでしょ、藍? 』
『はい…結界のないところでしたら幻想郷がなくなってたと思います…』
『ふとんがふっとんだ~♪』
『どう? すごいでしょ!』
「危ないもんつくってんじゃないわよ!」
思わず攻撃でつっこんでしまった霊夢
バカ! という顔をしたの魔理沙の想像通り、それはもちろん自分たちに返ってきた
「わぁあ! 悪循環!」
「どうすればいいの!? なにかコレに対抗できる…」
と霊夢が叫んでから、あ、と三人同時にこのでたらめ巨大兵器に対抗できるかもしれない妖怪の顔が浮かんだ
バカで調子よくてでたらめでおっきくなれるやつ
バカと巨大化は自分以外みんなに当てはまるなとも考えたことだったが、三人は同時に声をあげた
「萃香!」
「レーイームー遊びにって…ぉー…」
萃香は博霊神社に来たとたん、声を失った
目の前には見事に崩壊した神社と、それにめり込んだ謎の巨大な鉄球
振り返ると遠くに見える巨大なドクロ
「…なんだアレ?」
萃香はポケットを探ると一枚の紙切れをとりだした
そこには短く「博霊神社で待ってます」と乙女調の文と自分宛の名前が紫の筆跡で書かれていた
「紫に呼ばれて紫の家いったら誰もいないし。 これ見よがしに置かれてたけど」
ドカンとドクロから大砲が空に向かって撃ち出された
お腹の中まで響く花火の音に似たその轟音を聞きながら後ろ頭をかく
「…帰ったほうがよさそうな気がしてきた」
「待ちなさい!」
真上から霊夢が急降下
それをみた萃香は反射的に逃げ出した
「え!? なんで逃げるのよ!?」
「なんでおっかけてくるのよ!?」
振り返らず一目散に走る萃香の周りに霧が集まる
「とりゃ!」
霊夢がお札で作ったしめ縄を投げた
しめ縄は生き物のように飛び掛り、霧になって消えようとした萃香を捕らえる
ぐるぐる巻きにされて倒れる萃香
うつぶせに倒れたせいでおでこのところからいい打撃音が響く
「確保ぉー!」
両脇から魔理沙と咲夜があらわれ、それに霊夢を加えて騎馬戦のように萃香を担ぎ上げる
「ちょ、こら! なにするのよ!」
抗議の声には誰もこたえず、ドクロにむかって正面から飛び掛る
「紫! あんまり調子にのってると痛い目みせるからね!」
「え!? あれ紫!?」
「魔理沙、やっちゃって!」
「よっしゃ」
萃香をぐるぐる巻きのまま紫の要塞にむかって投げつける三人
そして魔力をため、をミニ八卦炉を構えた魔理沙が
「どかーん!」
と声で大砲のまねをして巨大な魔力を打ち出した
「ぎゃぁーーーーー!!」
涙目で叫びながら魔理沙のマスタースパークに押され,ドクロに向かって突進する萃香
三人の予想ではこの後すぐに萃香は巨大化してなんとか逃れようとするだろう
そのまま紫の要塞に激突してくれれば、と考えていたが
『ご新規一名様ごあんな~い』
萃香が巨大化する前に、隙間にマスタースパークごと飲み込まれてしまった
あっけにとられる三人
「…こぉの、役立たず!」
「これじゃただの大酒食らいじゃない…」
「ロリコン妖怪!」
『…ちょっとあんたたちひどくない?』
紫だけじゃなく悪役が似合うヤツは幻想郷には沢山いるなぁ、と藍は思った
『もういいわ、そろそろ決着つけちゃいましょう』
紫の声とともに巨大要塞が近づいてくる
『私の意志を越えていけないなら、あなたたちもその程度だったってことね
でも大丈夫よ私はいつでも待っているわ
この敗北を乗り越えて強くなって帰ってくるあなたたちを!』
大砲の標準が定められる、それと同時に今まで蓄えてきた三人の攻撃を放つために隙間が口を開く
『だから一度滅びなさい、幻想郷!』
「幻想郷が滅んじゃだめだろ!?」
魔理沙の声は無視され、紫が静かに発射の合図を藍と橙に伝えた
と、その時
『紫さま!』
スピーカーから橙の慌てる声が響いた
『紫さまの歪が…!』
続きを待つ前に、小さな隙間の一つを無理やり押し広げるようにそれは現れた
紫の隙間を押し広げて現れたのは、幼い子供の手だった
ただそれはとてつもない大きさだった
手首、肘、肩と徐々に現れ、そして頭がでるとそれは産声を上げるように空に向かって吼えた
『だぁ~~~~~!!』
上半身が現れたところで危険を感じたのか、隙間は自らそれを吐き出した
雲に頭が届くかと思うほどの巨体で、萃香は肩で荒い息をしながら復活した
その顔はけっこう危なかったのだろうか、かなり切羽詰っているように見える
『ぜぇはぁゼェハァ…ンなんてことするのよ!』
巨拳一発、空中で漂っていた三人に向かって振るわれた
巨大な腕の一振りに大気がかき回されて、雲のように厚い霧が発生する
あわてて散り散りに逃げ回る人間ズ
『アンタも、モンドウムヨウでなんでもかんでも吸い込むんじゃない!
なんか変な恐竜に追いかけられたわよ! どこにつながってるのよあんたの歪は!?』
『えっと~…夢の世界じゃないかしら♪』
巨大化した萃香の腰ほどの高さになっている紫の要塞に、子供がボールを蹴るようなでたらめな蹴りが入る
『きゃー!』
横からの一撃にキャタピラが浮き上がり、片輪を引きずりながら紫の要塞が吹っ飛んだ
『藍、橙! 迎撃、迎撃よ!』
悲鳴を上げたににもかかわらず楽しそうな声で紫の命令がくだされる
即座に大砲が爆音をあげる
それはこれもまたでたらめな、対萃香用に用意していたとしか思えないほどの巨大な鉄球
明らかに砲門とサイズがあっていないそれはしかし、今までの砲弾と同様に打ち出された
それを萃香は
『フんガ~~~~~!!』
顔を真っ赤にして、自分の半分以上の大きさのそれを真正面から受け止めた
しかし威力を殺しきれず後ろに押され、幼い巨大な両足が地面をえぐる
鼻息を荒くして、萃香はトマトのように顔を真っ赤にして全身に力をこめる
『エイどリヤ~~~~~~~~!!!』
幻想郷全体、結界を越えて世界に響きそうな叫び声を上げて、萃香が鉄球を投げ返した
巨大な鉄球は緩やかな弧を描いて紫たちの真上にゆっくりと落ちてゆく
「藍、最終段階よ」
危険を告げる警告音と赤い光が点滅する要塞の室内で、紫は慌てることなく椅子に座っていた
不安げに腰にしがみつく橙の頭を撫でながら藍はその声を聞いた
この要塞は全て紫が動かしていたので、室内にあるものは全てが飾りだった
しかし一つだけ、この要塞の装置としての機能をもったものがそこにはあった
黄色と黒のテープで四角く囲われた中央に赤いボタンが一つ
一度振り返り、紫と視線を合わせる藍
紫は藍の視線に一つだけ頷き、楽しそうな笑顔で
「悪役の最後は綺麗に派手に散るものよね?」
藍は視線を前にもどすと自然と窓の外の風景が目に入った
いったいどうやって見えているのか、藍にはまったくわからない仕組みでできている正面の窓には
ゆっくりと迫り来る鉄球が視界の大部分を埋めていた
結局は、紫さまの想像通りだったということだろうか…
最後には席を譲ってあげるくせに、散々じらして勝負まで持ちかけて暴れまわって
でもいつも相手に合わせている紫さまはホントにすごいなぁ、と思い
橙の手を握り締めながら藍はボタンを押した
萃香の投げ返した鉄球に紫の要塞は、まるで像がアリを踏み潰したような感じで鉄球に押しつぶされた
紫の予想外の失敗としては、鉄球が大きすぎてせっかくの爆発ごと鉄球に押しつぶされてしまったことぐらいだった
『…で、結局あいつはなにしたかったの?』
「…しらね」
残ったのは紫が打ち出した巨大な鉄球と
「どうするのよこれ…」
鉄球のめり込んだままの崩壊した神社と、その前でひざを突いてうなだれる霊夢だった
コタツの裾に影三つ
外はすこし暖かくなってきているが、まだコタツをしまいたくないとの紫の要望でコタツは健在していた
その側面の一つには真剣な顔で漢字ドリルにむかう橙と、それを見守る藍
そして藍の向かい側で前回とは違う本を読んでいる紫
橙は鉛筆の持ち方にまだなれておらず、気を抜くとすぐに手のひらで掴むように持ってしまう
まだまだそこからかな、と藍は考えながら正面にいる紫に視線を向けた
紫は藍の視線には気付かず読書中
本の内容は知らないけれど、もしかしたらまたいきなり出かけると言い出すかもしれないと
一応頭の隅にそのことを置いておくことにした
しかし藍の予想とは裏腹におもむろに紫があくびをした
「ふぅ。 藍、橙、私ちょっと寝るわね」
「あ、はい、わかりました」
「おやすみなさ~い」
読みかけの本をそのままコタツの上において紫は立ち上がった
紫の行動の読みにくさは今に始まったことじゃないので、藍はこれを普通に受け流すことにした
のろのろと寝室へむかう紫は、ふと足を止め振り返った
「藍」
橙の鉛筆の持ち方を注意しようとした時に不意に名前をよばれ、藍はちょっと驚いて顔を上げた
「あ、はい」
その返事にあくびを一つ、口を手で覆いながら紫は言った
「明日は晴れよ。 お洗濯、お願いね」
いやまあ、最終的にはスーパーXで脳内決定でしたが。パンチだ大久保!と言うには腕ついてなかったしな…
アレ以上に厚い文庫は見たことないなぁ。
本の内容に感化されるだけで、幻葬狂をも破壊しかねないミーハーな紫に萌え。