Coolier - 新生・東方創想話

明日天気になあれ

2026/07/21 23:42:13
最終更新
サイズ
8.23KB
ページ数
1
閲覧数
41
評価数
0/1
POINT
50
Rate
7.50

分類タグ

ざらざらって、雨粒が傘に当たる。傘の輪郭がはっきりした。

雨の日は日差しが隠れて、気分もちょっと落ち込む、のが普通の人間かも。でも、私はこの音を聞くと、不思議と落ち着く。
立ち止まって水たまりを見ると、ぼんやりとした曇り空と、私の顔が映る。雨粒が水面を揺らすと、空と私の境目をぐるぐる混ぜ合わせて、私の顔じゃないみたい。

目をそらして、また歩き出した。

「あめあめふれふれかあさんが~」

足をつく度に、水たまりが跳ねて足元を濡らす。そのへんの軟弱ものならきっと恐る恐る歩くんだ。でも私は違う。

「じゃのめでおむかえうれしいな~」

私は傘の妖怪。雨の日こそ楽しまなきゃ。

「ぴっちぴっちちゃっぷちゃっぷらんらんらん……あれ」

木の下に人影が見える。こんな雨の日なのに、空を見上げてじっと動かない。傘もささずに。
どんな顔をしてるか、ここからは見えない。

あの子も雨を楽しんでいるのか、それとも雨に降られて、途方にくれてるのか。
傘の柄を握り直す。

ただ駆け寄って傘を差し出す、っていうのは、なんていうか、味気ない。せっかくの雨で、せっかくの出番なんだもん。
もっとこう、ぱあって、相手の顔が変わる瞬間が見たい。

木の死角に入って、そのまま浮きあがって、空から枝の上にそっと着地する。女の子はピクリとも動かない。

大丈夫、いつもどおりやればいいだけ。

相手はまだ空を見上げて気づいてない。このまま飛び出て、驚かせてやるんだ。どんな顔をしてくれるかな。

「ばあ! って、あれ」

さっきまで真下に居たはずの女の子はどこにも居ない。

「どこに……ひゃん!」

背後からがさりという音がしたと思ったら、首筋に冷たいものを感じた。
びっくりして、飛び退いて振り返ったら、そこにさっきの女の子が居た。にやにや笑ってる。

「なんだ、どこのどいつかと思ったら。同類かよー」

同類って聞いて、女の子をよく観察したけれど、道具も何も持っていない。背中から赤と青の3対の羽が生えてる。妖怪ではあるみたい。

彼女は眉をひそめて半歩後退りする。だけど羽は微動だにしない。作り物みたいに。
品定めするみたいに、私の足元から目線を上に走らせる。

「で、なんの用?」

そのまま目が合った。

わちきは……って名乗ろうと思ったのに、でてきたのは息だけ。
どうして?いつもみたいに言うだけなのに。

目に、食べられそう。彼女が見てる。彼女は私を見ている。傘じゃなくて、私の方を。
ちゃんと傘を握れているかわからない。心臓の鼓動だけが感じられる。

「えっと、えっと……か、傘はいりませんか」

風が、顔から背中まで通り抜ける。さっきより、ずっと寒い。

いつの間にか、汗をかいていたみたい。
手元に目を落としたら、傘の柄を握る手が白くなってた。

彼女の目が、私の顔から傘へ、それから空へ動いた。
怪訝そうな顔をして、もう一度私の顔をじっと見た。
反射でつい、ごめんなさいって言いそうになったとき、彼女が口を開いた。

「いやいらないけど」

「あうぅ」

悲しいけれど、当たり前だって思った。だっていきなり傘を差し出されても、私だって困る。
でも、彼女は私が声をかけるまで、じっと空模様を見ていた。だから、もしかしたらって思ったら、さっきよりもスムーズに声が出た。

「ど、どうしても? ほら、あなた濡れてるよ?それに、だんだん雨も強くなってきたし」

「えー、べつに空を飛べばすぐだし。傘はいらないかな。ちょっと濡れたくらい私は……」

彼女の声は雨音でかき消された。
雨音の中でも、いらない、その言葉だけはしっかりと聞こえた。
瞼の裏で、誰かのいらないが聞こえる。

ざらざら。

まだ傘は、そこにある。
大丈夫、慣れてるもん。

今回もたまたま、傘を必要としてなかっただけ。

「……わかりました。急にごめんなさい」

葉の陰から歩き出そうと、足を上げて、でも止めてしまった。

水たまりが笑ってた。

「あー、ちょっと待て」

まだなにかあるんだろうか。
恐る恐る振り返ると、頬をぽりぽりと掻いて、困ったような面倒くさいような顔で、私の手元の方を見ていた。

「さっきの嘘。本当は困ってたのよ。人里まで頼もうかな」

「ほんと!? あっ」

嬉しくて、駆け寄ったら、ひょいと手から抜け落ちた傘を彼女が掴んだ。
だけど、返さずに傘と私を見比べて、そのまま広げて傘をさした。私は困ってしまって、どうすればいいかと迷っていると、彼女が手招きをしてくれた。

「お前はちょっと小さいからさ。私がささないと一緒に入れないでしょ?」

「あ、うん」

隣に入ると、彼女は歩き出して、私は少しだけ遅れて隣についていく。雨粒が傘に当たる音と、水たまりを踏んで水が跳ねる音だけがしばらく続いた。私は意を決して、顔を上げて、少しだけ彼女を見上げた。彼女はまっすぐ道の先だけを見ていた。
傘の縁から水滴がぽたぽたと流れ落ちて、彼女の肩が濡れている。私はなんだか恥ずかしくなって、すぐにぬえちゃんに少しだけ近づいた。彼女に肩が当たる。
それから、傘を握る彼女の手を見た。手を開いたり、閉じたりすると、じんわり血が通う感覚がする。久しぶりに、両手が軽い。

「あんた、名前は?」

もう一度目が合った。

「えっと、私の名前は多々良小傘って言います」

「私は封獣ぬえ」

彼女はそれ以上会話を続けることなく、ただ歩き続ける。何か言わなきゃ、って思っても、何を聞いたら良いかわからない。あなたはなんの妖怪?とか、好きな食べ物は?とか。でも、どれも口からは出てこない。

「小傘はさ、いつもこんなことしてるの?」

「えっと、こんなって?」

「いや、傘配ったりさ」

「あー、まあ……うん」

「へえー」

彼女は、それ以上聞いたりはしてこない。変だね、とかなんで、とか言われると思ったのに。

「あ、あの。今日はお昼まであんなに晴れてたのに、急に雨が降っちゃって、私も慌てちゃった。えっと、ぬえちゃんは、あそこで何してたの?」

「木の上でお昼寝してた。あ、でもほんとは誰かを驚かそうと思ってさあ。待ってたんだけど、いつの間にか寝ちゃってた」

雨が降らなきゃもう少し寝られたのになーって、ぬえちゃんは笑ってる。

「しっかりしてそうなのに。ふふ、意外」

「あったかい日は特にね」

ぬえちゃんは、あっけらかんと言ってみせた。自分の失敗を、なんとも思ってないみたい。

「ねえ、小傘、それ歩きづらいからやめてほしいんだけど」

「え?」

私はその声を聞いて、水たまりの上で止まった。

「水たまり、わざと踏んでるでしょ」

「あっ……つい」

「ふっ」

鼻で笑われた。仕方ないじゃない。雨の日は、こうしないともったいない気がするんだもん。
言われてやめるのも、何か癪だったから、あんまり逸れないように、続けた。

「ぬえちゃんこそ、せっかくの雨なのにもったいないよ。意外と楽しいんだよ?」

両手を伸ばして、片足立ちでそう主張したら、また笑われた。私は真面目に言ってるのに。

「ごめんごめん、そう膨れないでよ。傘の妖怪が雨が大好きって、見た目通りだね」

ぬえちゃんに怒るフリをして、そう言われてほんとはほっとしていた。
傘の柄を握ろうとして、いまは自分の手にないことに気づいた。
手をグーパーしていたら、ぬえちゃんに見られていて、慌てて後ろに隠した。

「ぬえちゃんは、なんの妖怪なの」

彼女は目線を私から外して、頬に手を当ててうーんと悩んでる。

「なんの妖怪だと思う?」

にやりと笑って問いかけてきた。きっと当てられないからって、私をからかってるのだ。
なんだか無性にこの顔を崩してやりたくなってきた。さっきは負けたけれど、こんどはそうはいかない。

「……チュパカブラ」

にやり笑いを準備してたぬえちゃんの顔が、その形のまま固まった。

「あー違うんだ。じゃあモスマン」

「ちょっと、それ妖怪じゃないでしょ」

「妖怪みたいなもんじゃん」

「いやUMAだろ……」

ぬえちゃんはわざとらしくため息をついた。でも口の端は上がってる。

「ヒントちょうだい」

「ヒントねえ……じゃあ動物ではない」

「それだいぶ絞れちゃうけど」

「あれ、そうかな」

頬をぽりぽり掻いた。
あ、と思った。

「困ったときに頬をかく妖怪」

「は?」

「さっきも傘渡したとき、頬かいてたもん。ぬえちゃんって困ったら頬をかく癖あるでしょ」

「……あー、なるほどね」

そう言ってまた頬をかいてる。

「ほらまた」

「……あー、はいはい。お前当てる気ないだろ。もういいや」

そのままぷいっと正面を向き直した。
してやられてばかりじゃない。

「ふふ」

つい笑いが漏れた。それを聞いてぬえちゃんは、居心地が悪そうに舌打ちしてる。
その正体もいつか当ててやるんだから。いつか。

「ほら、もう門の近くだよ」

「……ほんとだ」

そんなに離れてない場所だったけど、それでもあっという間だった。

「ここまででいいよ」

「あっ」

そう言うと、傘を私に渡して、歩いて行ってしまう。

手を伸ばして一歩踏み出すけど、なにも出てこない。
せめて、別れの言葉だけでもって思ったのに、たった三文字が言えない。

だって、ぬえちゃんはあっさり行ってしまった。本当に「また」があるのか、わからなかった。

傘の柄をぎゅっと握ってた。さっきまでぬえちゃんが握っていた場所。
ざらざら。ずっと聞こえてなかった雨音が、また聞こえる。

ただ歩く彼女の背中を眺めることしかできない。
でも、やっぱり、お友だちになりたい。

「わぷっ」

走って追おうとしたら、いつの間にか、またぬえちゃんが目の前に居た。
ぬえちゃんは、じいっと私の目を、多分、目を見てる。

「私、だいたいあそこで昼寝してるから」

じゃあ、ってそれだけ言って今度は飛び去ってしまった。

「あっ、またね」

ぬえちゃんは振り向かなかった。でも、片手だけ上げてくれていた。

いっぱい言いたいことはあった。言えなかった。
ぎゅって傘を握り直した。

ざらざら。

片足で水たまりを踏んだ。
見てくれてありがとうございます

続き物として構想していますが、単体としても読めると思います。
のらいぬ
https://x.com/norainnu0
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.50簡易評価
0. コメントなし