目が覚めた。
カーテンから射す光が、窓際の八卦炉で反射し、天井の一点を照らしている。
今の今まで閉じていた瞼は、未だ重い。
下着姿の少女は重い体を引きずりようやくベッドから抜け出すと、椅子に掛けてあった黒衣を纏い、立て掛けてある箒を手にとった。
今日は良い日だ、とニヤける顔は、嫌な風には見えない。
「さて、行きますか」
身支度を済ませた少女は、山の麓を目指した。
***
目が覚めた。
襖越しに柔らかい光を浴びながら、山の麓の神社の巫女は身を起こす。
身支度を済ませると、彼女は早速台所へ向かい、二人分の朝食を作る。
もうそろそろアイツが来るころだ。
「今日も騒がしくなるわ」
彼女は昨晩研いだばかりの包丁で、沢庵を切る。
***
「おっす、久しぶり。なんか太ったか?」
「太るだけの食料があればいいけどね」
賽銭箱の前で挨拶をかわすや否や、二人はすれ違う。
お目当てはもう決まっているのだ。
「ちょっと待って魔理沙。まだ用意できてないわよ」
「いいぜ。用意しながら食うから」
裏にまわり、部屋に箒を放り出した魔理沙は、一直線に台所へ向かった。
今日、なぜ巫女に呼ばれたかを知りつつ、勝手に鮭の塩焼きに醤油をかけて頬張りだす。
「あんたねぇ……。まぁいいわ。とりあえず食べましょう。ほら、運ぶから手伝え」
「私はここでいいぜ。運ぶ手間も片付ける手間も省けて合理的だ」
「それ以前に行儀が悪いわ。大自然に感謝なさい」
魔理沙は不貞腐れつつ、頬張った鮭と皿ごと移動する。
「――ごちそうさまでした。さて、魔理沙。そろそろ行くわよ」
「ん、あぁ、そういえばそうだったな。しかし一服くらいしても」
「ダメ。異変は待ってはくれないわ」
「あぁ、待って、この沢庵が超美味い」
霊夢は魔理沙の頭を2回どつくと、首根っこを掴んで外に放り出した。
魔理沙は箒を忘れたと言って再び部屋に戻る。
沢庵を3切れくわえて出てきたので、もう一発霊夢にどつかれる。
「よし、行くか」
箒に跨る魔理沙と、3ミリ浮かぶ霊夢。
「あの紅いのは面倒くさいわね。本当に」
「まぁそういうな。紫のとか赤橙のとかは素通りできるから」
「そういう問題でもないわ」
ゴッという音とともに、霊夢と魔理沙は空中に姿を消した。
***
「おい」
「何で御座いましょう、お嬢様」
「今日は客人が来るらしいな」
「左様で御座います、お嬢様」
「おい」
「何で御座いましょう、お嬢様」
「白いな」
「左様で御座いますね、お嬢様」
クックックと笑う幼き鬼は、悪魔の従者と共に来客を待つ。
***
目の前に広がる湖。
その向こうに薄ら見えるのが、我らが幻想郷を誇る名館のうちの一つ、紅魔館。
佇むというよりも、顕現しているという表現の方が似合うだろう。
過去に大きな異変を起こし、幻想郷全体を恐怖と混沌の渦に陥れた根源も、今はすっかり平静を取り戻している。
「ついたぜ」
スッと門の前に降り立つ魔理沙と霊夢。
「どう考えても仕事なんてしてないわね」
「お邪魔しまーす」
どう見てもチャイナ服に見えない服を着ている中国人を尻目に、館へ入る。
「そういえばさ、紅魔館の周りって、昔に見たことがあると言うか…デジャヴかな」
「確実に来たことあるわ。大昔にね」
玄関先で出迎える妖精メイドを蹴散らしながら、淡々と過去の余韻に浸る二人。
「あのときは鎌とタイルをぶんまわして襲いかかってきた奴とか居たな」
「あぁ、あと、湖の上に、ここの主人と同じ種族のやつが居たわ」
「美鈴に似たやつも居たっけ」
眼前の全てのメイド妖精を葬り去り、二人は迎賓の間へ。
「やあ」
「ようこそ」
目の前にいたのは、今回の異変の犯人、レミリア・スカーレットと、その従者である十六夜咲夜であった。
「うわ」
「うわ」
「何だその反応は!私が直々に出向いてやったというのに」
無い胸張って意気っても、ねぇ、と霊夢。
とりあえずご馳走だしてくれよ、と魔理沙。
「ランチの準備は調っています。さぁ、中へ」
「おう、この匂いは……。もしやスパゲティ? それもイタリアンだな!」
「いえ、ナポリタンで御座います」
「へえ、これ、美味しそうね。なんて言う料理?」
箱型の茶色のクッキー生地に、沢山の果物を散りばめて焼いた、一種のスイーツのようだ。
「こちらはフルーツタルトといいますの。少し前に外の世界で、ナウなヤングの間でバカウケしたとかしないとか」
「なんか、聞いてて腹立つな」
魔理沙は苦笑いする。
しかし霊夢は違う。
「これも美味しそう。今度作り方を教えてよ。あと材料も持ってきて」
「誰に差し上げるんですか?」
そこまでよ、と霊夢は何かを誤魔化すように話を切った。
「それで、レミリア、私たちを呼んだのにはちゃんとしたワケがあるのよね?」
「よく気付いたね。でもただ呼んだわけじゃないよ。ちゃんとした理由がある」
霊夢は目を見開いた。
「こっちもこっちで、朝早くから支度して来てるの。さっさと用事済ませてせんべい食べてお茶のんで寝たいの」
「その、なんだ、あれだ。……うー恥ずかしい」
頭の上に大量のハテナを作る霊夢。
ふと部屋全体を見渡すと、いつもの紅魔館とは一風違った風景が見えた。
辺り一面、眩しい白い壁紙。
立てられたマイクスタンド。
咲夜の華麗なタキシード姿。
そして、レミリアのドレス。
どう考えても、若い二人の新しい生活を迎える式場にしか見えなかった。
「えっ、何、え」
困惑する霊夢。
顔を赤くするレミリア。
「その……咲夜!」
「ダメですよ。お嬢様自身がお伝えになられないと、お嬢様の気持ちは伝わりませんよ」
服の色と顔の色が全く同化した霊夢。
耳まで赤くするレミリア。
「えっと……咲夜!」
「ダメですよ。ほら、霊夢さんも待っておられますよ」
ちょっとまって、いやいや、この状況は、えー!
この雰囲気といい、会場といい、咲夜の口ぶりといい。
これってまさか……!
「言うよ!霊夢!」
内心ドキッとする。
どう仕様も無く高なる胸。あぁ、いつも冷静な私……嗚呼、いっそ麺になりたい。
違う、そうじゃない、そうじゃなくて、レミリアが、いや、魔理沙、沢庵、あぁぁぁ――
「霊夢! 結婚おめでとう!」
「はい?」
そう言ったレミリアから、どこから出したのか特大の薔薇の花束を手渡される。
「えーっと、これは……」
「んー、あー、なんだか、悪いな、霊夢」
照れくさそうに笑う魔理沙。
これって……?
「――んへー、遅れましたー、すみません。もうランチは出来上がってる様ですね」
「えぇ、もう召し上がってますわ」
そうやって現れたのは、3人目の白、予想通りの東風谷早苗。
買い物袋を両手に入ってきた。
「ちょっと、待って、話、見えない」
「あぁ、霊夢さん、おめでとうございます」
早苗までもが祝辞を述べる。
てっきりレミリアから愛の……。
「霊夢」
魔理沙に呼ばれた霊夢は、なぜかビクッとなった。
「その、なんだ。これ、受け取ってくれ」
そう言って手渡してきたのは、六つの矩形からなる一つの箱。
その箱を開けると、煌びやかな宝飾のされた、フラワーリング。
紫色の薔薇のリングだ。
「えーっと、だなぁ。まぁ……あれだ」
照れくさそうにする魔理沙。
やっとの思いで、霊夢に伝える。
「一緒に、同じ箒で空を飛ばないか」
それってもしかしてプロポーズ……?
「キャー」
喜ぶ早苗とレミリア。
咲夜はいつの間にかいなくなっていた。
よし、冷静に整理しよう。
今、魔理沙にプロポーズされた。
「なんというか」
霊夢の発する一言に、一同は聞き耳を立てる。
霊夢の返答はyesかnoか、はたまた別の答えか……?
「今更よね」
魔理沙は拍子抜ける。
「まぁ、分かってるとは思うんだけどね――」
霊夢が続けて言う言葉は。
「――無理、かな」
会場の空気が一瞬にして冷え切った。
湖の氷精がここで一発ギャグをしてスベっても、誰にも気付かれないくらい冷めた。
「えっと、霊夢さん?」
「おい、霊夢、どういうことだ」
外野の二人は、当然OKを出すものと思っていた。
しかし、予想は外れた。
魔理沙は何かに驚いて、しかし当然か、とも取れる微妙な表情をして言った。
「ハハ、ソウだヨナ、ハハハハ、今更だわホントに」
「魔理沙さん……」
「あぁ、チョっと用事思イ出しちゃったぜ、アリスん家でも行クかな!」
そうやって言うと、サッと箒を持ち出し、窓から飛んでいく。
帽子の鍔で表情が見えなかったが、明らかに泣いていた。
声も、ところどころ裏返っていた。
絶対アリスの家になんて行かない。だって、みんなこの会場に隠れてるもの。
テーブルクロスで隠れているルーミアの闇の中に、アリスも居る。
きっと私が、ええ、結婚しましょう、と言った瞬間にみんながでてきて、結婚おめでとうと、そういう手筈だったのだろう。
それを全てぶち壊した。
恐らく昨日のうちに魔理沙と打ち合わせていたんだろう。
しかし、霊夢はちっとも悪いことをしたとは思っていなかった。
「霊夢、お前って奴は本当に」
「そうですよ!霊夢さんと一番長く居るのは魔理沙さんなのに」
それは違うわ。魔理沙とはそんなのじゃない。
いつだって友達で、いつだって一緒に異変を解決して、たまに弾幕ごっこして。
ただそれだけの関係だった。
そう思っているくせに。
ふとどこからとも無く咲夜が現れ、耳打ちする。
「湖の畔の木の陰に隠れています。すぐ見つかりますよ」
霊夢はもう居なかった。
***
何がダメなんだろう。
何が無理なんだろう。
何が今更なんだろう。
無理なの分かっててプロポーズなんてしないぜ……。
「魔理沙……」
「ぐ」
話しかけられた拍子に、再び溢れ出した水分を、纏っていた衣服でさり気なく吸収させる。
「なんだよ霊夢」
「あのさ、嬉しかったよ」
「な、何だよ! プロポーズ断っといて! あれか、まずは友達から初めましょう、か。私はもう十分、親友だと思っていたのに……っ」
「違うの魔理沙」
霊夢がじわりと近づいてくる。
「聞いて」
「聞いてやるものか。もう近づくな」
「いいから聞け!」
怒鳴る霊夢に驚く魔理沙。
仕方なく聞くことにする。
「あのね、私はね、結婚とかじゃなくてね、なんていうのかな。違うの」
「何が言いたいかさっぱりだ」
「言葉が出てこないわ。でも、結婚とかそんなのじゃないの」
「私とじゃダメってことなんだろ。せいぜいレミリアとでも仲良く風呂に入ってろよ」
そこまで言い切ると、霊夢は魔理沙の頬にビンタする。
しかし、魔理沙はどうともない。全然痛くなかった。力がこもっていなかったのだ。
「普段は冷たくしてるけどさ、でもやっぱり、私は魔理沙が居ないとだめなのよ」
魔理沙は黙った。
霊夢は笑った。
「ここ最近あんた来なかったけど、やっぱり退屈だわ。ただぼんやり空を見ながらせんべい食べてお茶のんでぐうたら寝るだけなんて」
霊夢は空を仰ぎ、一呼吸置き、言った。
「こんだけ退屈だと、死ぬわ」
魔理沙は何かを言いかける。
それを遮って、霊夢は続ける。
「ねぇ魔理沙、結婚とかじゃなくて、このままでいましょう。っていうかもう、普段やってることが夫婦よね。思えば」
「霊夢……」
二人は見つめ合う。
魔理沙も何かを悟ったようだった。
「結婚は確かに、永遠に結ばれ合う為の契約」
「でも、行き過ぎればそれはただの呪縛。身動きの取れない関係ってことだな。わかったぜ霊夢」
二人は手をつなぎ、紅魔館へ戻る。
もう式場の準備は出来ていた。
レミリア、ではなく、その横に立つ咲夜が乾杯の音頭を取る。
「我らが親愛なる新婦・博麗霊夢と新郎・霧雨魔理沙の永遠を願いまして」
「「「「「乾杯!!!」」」」
一同、好きなお酒と料理を楽しみ、霊夢と魔理沙も笑い、語り合う。
「魔理沙、一生一緒に居ましょう」
「当たり前だぜ。お前が死ぬまで私は死なないぜ」
「じゃあすぐ死ぬわ」
「何を言う。一生死なないぜ」
「どういう意味よ」
二人はこうでなくっちゃね。
***
「二人はこうでなくっちゃね――。 めでたしめでたし、と」
すこし癖毛のある金色の髪の少女が、マリオネットを両手にお辞儀する。
同時に巻き起こる拍手に、少女は酔いしれる。んー、これが注目を浴びるってことなのね。
「臭い」
「あぁ、臭いな。っていうか、酷い」
遠目から見ていた霊夢と魔理沙が、ずかずかと壇上へ上がってくる。
「あのさ、お前才能無いよ」
「え、酷くない」
「本気だしたら?」
「分かってるくせに……」
霊夢と魔理沙は、同時にため息をつく。
「こちとら朝早く起きて来てやったというのに、なんだその茶番は」
「まったくだわ。さ、魔理沙。うちに帰ってまんじゅう食べてお茶飲んで寝ましょ」
そう言って帰っていく二人の姿を見て、私は思う。
やっぱり夫婦だわ。
そんな二人に、超嫉妬。
淡々とした文章でしたが、却ってそれが個性になっている感があり良かったです。
ただ、ちょっと行間が空きすぎですかね。それと、場面転換は*で表すより地の文で見せて欲しいかなーと思ったり。これは個人的な意見ですが。
文章は良かったと思います。