やけに騒がしい気がする。まだ宴会は続いているのだろうか。
今日は博麗神社の巫女である私が主催した宴会の日だった。そこで萃香との一気飲み勝負に敗れてしまい、そのまま倒れるように寝てしまったのだ。しかし騒がしいといってもいつも集まるのは10~20人。最大でも30人そこそこである。今日の騒がしさはその比ではない。
とにかくふらつく頭を押さえながら起き上がることにした。
なにか地面が硬いと思ったら石畳が敷かれていたのに気がついたが、これほどまでに
四角い石畳は今まで見たことがない。
それに加え、なんだか空がやけに曇っている気がする。
ぼんやりと頭の中に送られてくる映像には、百人は軽く超えるだろう人間が周りを囲んでいるようにも見えた。
ぶんぶん、と頭を左右に振り、両頬を2回叩いて目を完全に覚ます作業に入る。
覚醒しだした頭でまず最初に認識したことは、ここが博麗神社ではない ということだ。
これについては薬師である宇宙人が「脳が眠っていても身体は起きていることがあります。そういった状態のときに無意識のうちにふらふらとうろついてしまう症状を夢遊病といいます」 と言っていたのを思い出し、その夢遊病にかかってしまったのだなと説明できるようにも思える。
だが、それだけでは説明できない部分がいくつもある。まずはここに居る人間の多さが
第一だろう。村の人間を全て一所に集めたとして、これほどの人数になるだろうか。それについては私は滅多に村に降りないので把握しきれない部分もあるので、確信が持てない。
次に思う点はこの景色だ。いくら無意識とはいえ、これほどまでに見慣れぬ土地にまで足を進めるだろうか。あまり褒められたことではないが、参拝客が少ないせいで、やることが少ないので散歩の時間がついつい増えてしまったことから、神社の周辺四里ほどは完全に把握しているつもりだ。だが無意識のうちに四里以上歩くことはないだろう。むしろ、歩きだした時点で誰かが止めたであろう。そういった観点から、私が夢遊病なる病によってこの場所へたどり着いたとは到底思えない。
だとすればこれは何らかの異変だ。恐らく強力な妖怪が何かを仕出かしたのだろう。そうであるならば、博麗神社の巫女としてこれを早期解決する必要がある。
ともあれ最初にすべきことは情報収集である。とにかく近くにいた男にここがどこなのか聞いてみた。
「幻想郷だろ、常識的に考えて。ところで写真一枚いいですか?」
見た目は人間なのに天狗だったのか。だがここが幻想郷に違いないことがわかったのは大きな収穫だった。とりあえず情報料として写真の一枚くらいは撮らせてもいいだろう。
「霊夢さん、僕も写真お願いします」
「あ、こっち向いてください」
「笑って笑って!」
なんなのだろう、やけに天狗が多い。しかも私が知っている天狗は問答無用で撮ってくるのに対し、ここにいる天狗たちはまず許可を取ってから写真を撮っている。
あの新聞屋はよっぽどの礼儀知らずだったのだな、と天狗に対するイメージが少し和らいだ。だが、全然情報収集が進んでいない。ここは天狗たちの相手をしている場合ではないので取材は断ることにしよう。
もう一度よく周りを見回すとよく見知った人間を見つけた。その人物とは黒と白の服に身を包んだ魔法使いの人間。私の友達、霧雨魔理沙だった。
私は急いで彼女に近づき、声をかけた。
「魔理沙!あんたもここに居たのね、これはどういった異変なのかしら?何か手掛かりは見つかった?」
「お、霊夢さん、写真撮るなら順番並んでくれよ。でも霊夢さん完成度高いなー。私も一枚撮りたいぜ!」
なに言ってるのかしら?あんたはいつも私のこと霊夢って呼んでるじゃないの。完成度って何のことよ、それになんであんたが天狗の道具を扱えるのよ。
あれ?でもこの魔理沙は魔理沙に見えても魔理沙じゃない気がする。
「霊夢さんの順番来たぜ?どうしたんだ?まぁ私は撮らせてもらうぜ」
困惑する私のことなどお構いなしに、魔理沙は自身の写真機で私を撮った。
「ちょっと魔理沙、いい加減にしてよ!いつものあんたらしくないわよ!」
「あれ、魔理沙ってこんな感じだったと思うけどなー。まあ、Easyシューターが東方キャラ語るにはまだ早かったかぁ」
ちょっと残念そうに見える魔理沙だが、私はあせる一方だ。魔理沙が魔理沙じゃなくなっているんだもの。それに彼女の言っている意味が分からない。やはり彼女は魔理沙ではないのかもしれない。
では本当の魔理沙はどこにいるのかしら?まさか誰かに身体を乗っ取られた?でもそんなことを出来る者がいるのだろうか。少なくとも私が知っている妖怪の中にはそんな能力を持っている者などいない。もしかして新しく幻想郷にやってきた妖怪の仕業かもしれない。
「霊夢さん、写真いいですか?」
思考を巡らせている途中、不意に声を掛けられて驚いたが、今それどころじゃないので断ることにした。
「今考え事してんのよ。やめてちょうだい」
頭が混乱しているのでついつい怒気が混ざってしまったが、追い払うには丁度いいだろう。だが、私の予想とは裏腹に、その天狗はさらに食い付いて来た。
「お~、ツンデれいむだよ、いいね~。もっと叱ってください、フヒヒ」
「なんなのよ、気持ち悪いわね。その笑い方やめてよ!変態なの?!」
「さーせんwwwもっと言ってwwww心の底から罵ってwwww」
なにこいつ、貶しているのにむしろ喜んでるし。こんな危ない奴には関らないほうがいい。ここは逃げたほうが良さそうだ。
その場を全力疾走で離れ、後ろを振り返って見ると、あの天狗の姿は見えなくなっていた。なんとか振り切ったようだ。
しかしなんなのだろう、ここでは誰も私を敬遠したそぶりは見せない。
博麗神社の周りは森で囲まれ、妖怪もそこらじゅうに住んでいる。そんな神社にわざわざ参拝に来てくれる人はほとんどいない。それでも毎日来てくれる魔理沙は唯一の親友だった。
だがそれ以外の人間はただでさえ恐ろしい妖怪を退治してのける私を、妖怪よりも恐ろしい人間としてほとんど近づこうとはしなかった。だが、ここに居る人間は私を恐れている様子は見えない。むしろ全員が私をよく見知った関係のように近づいてきているような気がする。
ぼんやりと考えを巡らせているうちに、ある見慣れた文字がそこかしこに書かれているのに気がついた。
『博麗神社例大祭』
そんな馬鹿な、と私は自分の目を疑ったが、どう見ても博麗神社例大祭とかいてある。
この得体の知れない場所が博麗神社・・・?
つい先ほどまで木々の生い茂っていた神社が、一瞬でこんなにも無機質な場所に変化するなど到底考えられない。
それに今は例大祭を開く時季でもないし、巫女である私に許可も取らずに祭りが開かれるなんておかしいとしか思えない。だとすれば、時空を移動し、過去、或いは未来に飛ばされたとでもいうのだろうか。
「あ、霊夢さん見つけたー」
遠くのほうから走りながらこっちに向かってくるのはさっきの気持ち悪い天狗だった。私が逃げないのを見て、全力疾走から早歩きに切り替えたようだ。この際、多少気持ち悪くても仕方がないのであいつに状況を聞いてみるしかなさそうね。
「あなた、ここが博麗神社ってどういうことよ?」
「はぁ、はぁ、え?霊夢さん知っててそんな脇丸出しな格好してるんじゃないの?」
「この方が涼しくっていいのよ!とにかく質問してるのは私よ。いいから答えて。今は何年の何月何日?」
「今日は西暦2008年の5月25日だよ」
西暦2008年?どういう暦かは知らないが、やはり私は未来、もしくは外の世界に飛ばされたということか。
「じゃあ博麗神社がこんな建物に変わったのはいつ?」
「いや、建物が変わったっていうより、今日だけ博麗神社になったっていうほうが正しいかなー」
「ちょっと、それどういうことよ?それじゃ明日には、ここは博麗神社じゃなくなるってこと?」
「イベント日は今日だけだからね。そのぶん有り難味もあるかな。まぁ僕としてはレイマリ本がたくさん買えたから満足だよ。世間じゃアリマリだのパチュマリだのって言ってるけどやっぱりレイマリこそが俺のジャスティスさ!あ、でも雛にとも結構そそられる物があるよね。妖怪の山奥で人目を気にしながら 絡み合う少女とかもう想像するだけで俺の股間がのび~るアームだよ・・・おっと失礼脱線しちゃったね」
・・・何を言っているかさっぱり理解できないが、やはりこいつは気持ち悪い。さっさとこいつから離れたいわ。
だけど、ここまで聞いた以上聞きだせるだけ聞き出したほうがいいわよね。
「じゃあ次の質問。あなたは天狗?見た目は人間に見えるんだけど、『かめら』っての使えるみたいだし」
「天狗wwwいるわけないじゃんwww霊夢さん、もしかして本物の博麗霊夢?www博麗霊夢の現代入りとかwwんなわけないよねwwwww」
やはりこいつ達は人間のようね。こいつ達が持っている『かめら』は以前『香霖堂』で見た外の世界の道具にそっくりだったもの。
ということは、ここは外の世界だというのか。なるほど、道理で私の解らないことばかり起こるということね。
しかし、ここが外の世界だということが解ったところで、私はどうやって帰ればいいのだろうか?
ともかく、それを探るにしても生活の拠点となる場所の確保が必要になってくる。最悪の場合、野宿することになるが右も左もわからない外の世界で野宿はやはり危険だろう。とすればやはり宿を借りることになるが、この世界の通貨など持っていない。
・・・幻想郷の通貨も持ってないんだけどね。
うーん、困ったわね。
「あれ、霊夢さんどうしたんですか?何か困ったことでも?」
「ちょっとね、宿を探してるんだけど、あと、お金も無くって・・・」
「・・・だったら、家に泊まる?あ、下心とかはこれっぽっちも、微塵もないよ!」
「全力でお断りします」
「しょぼーん」
「いちいち気持ち悪いわね」
「うはwwwもっと言ってwww」
「ふざけないでよ、私は真剣に困ってるんだから」
「ごめんごめん、方法が無いこともないよ。でも素人にはお薦めできないなぁ」
「ほんと?どうすればいいのかしら?」
「まず、宿はネットカフェ辺りで安く寝泊りできるよ。あとはバイトだね。その気があるならバイト先紹介してあげるよ」
「う、解らない単語が多いわね」
「つまり、働いて宿代さえ稼げればなんとかなるってこと」
「働くなんて嫌よ」
「それじゃ、僕の家にくるしかないね。仕方ないよね、早速行こうか」
「・・・仕事を紹介してください」
「チッ おっけ~♪」
チッて聞こえたような気がした。危ない危ない。
そのバイト先と言うところに行くのに、まず「でんしゃ」というのに乗らされた。箱に入ったら勝手に目的地に着いてくれるという便利なものだった。ぜひとも幻想郷でも河童に開発してもらいたい。
そして「でんしゃ」から降りると、これまたすごい人数が道を歩いていた。
四角い建物が並んでいて、壁には年端も行かない女の子の絵がたくさん描かれていた。
それを恍惚の表情で見る者が多いこと多いこと・・・
「萌えだな」
「・・・あぁ、萌えだ」
とか言ってる男がそこら中にいる。・・・この世界に未来はあるのかしら。
所々でチリ紙などを配っているメイドには気品が感じられず、紅魔舘の十六夜咲夜は実は良く出来たメイドだったのだなと感心させられた。完全で瀟洒を名乗るだけの事はあるようね。
そんな事を思いながら歩いているうちに目的地まで着いたようだ。看板にはこう書いてあった。
「巫女みこ喫茶 八代」
「霊夢さん着いたよ、ここならたぶん雇ってもらえるんじゃないかな」
「たぶんって何よ」
「いや、僕ここの常連だからwww店ちょ・・神主さんともよく話すしね。大丈夫大丈夫巫女服のコスプレ着てるんだから抵抗ないんじゃないかなwww」
「まあいいわ、ところで何をすればいいのかしら?」
「とりあえず中に入れば分かるかな」
そういうと男はさっさと中に入っていってしまったので、私も後についていった。
「いらっしゃいませ、八代神社へようこそ~」
中に入ると私と似たような紅白の巫女装束の女の子が数名、笑顔で出迎えてくれた。ここは神社だったのか、こんな建物の一角に神社ってのはなんだか違和感があるわね。
「エヌさん、また参拝にいらしてくれたんですね。いつもありがとうございます。」
「いやいや、一日一回参拝しないとねw」
あの男はエヌというのか、変な名前ね。それともあだ名なのかしら。
それより、仕事先が神社だったとは。本職だから私としてはありがたいわね。
「えっと、エヌ・・・さんで良かったかしら。私、ここで働けばいいのかしら?」
「あぁ、ごめんごめん、店ちょ・・・神主さーん、バイトしたいって子連れてきたんだけどー」
そういうと本堂と思わしき所から神主がでてきた。
「やぁエヌさんいらっしゃい。バイトだって?最近人手不足だから助かるよ。で、君かい?バイトしたいって子は?」
「そうよ。私、実家が神社だから巫女の仕事なら何でもやれると思うわ」
「本物の巫女さんか。これは色々教えてもらういい機会だな!とりあえず名前聞いていいかい?」
「博麗霊夢よ」
「んー、レイムか。よし、レイちゃんで行こう!」
「は?」
「源氏名だよ源氏名。この店にいるときはレイって名乗ってね。あー、それとその服だけど、一応うち普通の飲食店だから、そういう風俗みたいな横乳ギリギリのコスプレはダメなんだよ。警察怖いからね。さっそくうちの衣装に着替えてくれるかな?あと、質問があったら何でも聞いてね」
「飲食店って?ここ神社じゃなかったの?」
「いや、飲食店だよ。最近メイド喫茶とか執事喫茶とかよくあるじゃない。俺的には巫女がイケると思ってね。そこそこ繁盛してるから読みが当たって良かったよ」
どうりで、さっきからいい匂いがすると思ったら、うどんやらおにぎりを食べている人が周りにはいた。
「神社にちなんでメニューはきつねうどんと稲荷寿司、あとおにぎりを用意してあるんだ。
飲み物はお茶とお神酒。あぁ、お神酒って言っても普通の酒だけどね」
「それで、この賽銭箱はどうするのかしら?」
「お会計のときに、金額を確認してから賽銭箱に投げてもらうんだ。お釣りの小銭がすぐ無くなるのが欠点なんだけどね。こっそり回収してるし、なんとかなるんだ」
「なるほどね、それで私は給仕でもすればいいのかしら?」
「うん。レイちゃんは参拝客・・・と、参拝客ってのはお客様のうちでの呼び方なんだけど、参拝客から注文を貰って、出来た料理を運んでくれればいいから」
「わかったわ。それくらいなら私にもできそうね。やってみるわ」
「あぁ、それとね、うちの巫女たちに本物の巫女の作法とか教えて貰えないかな?バイト代はずむから!」
「え?給金増えるの?わかったわ!教える教える!」
「助かるよ!それじゃ、早速仕事してもらってもいいかな」
そうして私はこの世界での生活が始まった。
毎日変な客(主にエヌとかエヌとかエヌとか)に絡まれるけど、無視したり罵声を浴びせてやったらなぜか喜んでくれたのでなんとかなった。指名料おいしいです。
巫女の作法とかは、そもそも作法とか気にしてなかったからほとんど教えることがなかったので、適当に今までやってたことを教えたら納得して覚えてくれたので助かった。
仕事が終った後、宿にするネットカフェまで自慢の巫女装束を着て歩いていると何かと写真を撮られるため、神主さんに給料を前借して服を買った。ジーンズってのは意外と動きやすくて良いわね。上着はノースリーブとか言うのにしたわ。お店の巫女装束は脇が蒸れてしょうがないのよ。
それと、宿にしているネットカフェという場所は、なかなか楽しいところでついつい夜更かしをしてしまうことが多いわね。本を読んだりインターネッツをしたり、テレビをみたり。自宅にこんな設備が整っているなら月の姫が外に出たがらない理由が分かった気がするわ。
そうして一週間ほど過ぎた頃だった。
「レイちゃん一週間ご苦労様。ここんとこ働き詰めで疲れも溜まっていると思うから明日はゆっくり休んでくれていいからね」
と神主さんが私に休みをくれたので、私は異変解決の手掛かりを掴むために街に出てみることにした。今日は明日に備えて早めに眠ろう。
翌朝、新しい生活に慣れるのに必死で(たまに遊んでるけど)、正直言うと休みたいところなのだが、そうもいってられないので眠気を振り払って起きることにした。
この世界に幻想郷の人間、または妖怪達は私の他には誰も来ていない様子だ。もし彼女らが来ていたならば三日とおかずに噂になるはずだもの。
だから、私自身が解決するしか幻想郷に帰る方法はないのだ。
いくら娯楽が充実しているからといっても、所詮は一人遊びばっかり。皆とワイワイ騒ぎながら宴会を開いていた時とは、やっぱり充実感が足りない。
そもそもこの世界でお酒を飲もうとすると「未成年には酒は売れない」と言われて断られてしまう。幻想郷でそんなことを気にする人は誰一人居なかったのに。第一私は立派な大人なのよ!
そういえば魔理沙、今頃何してるんだろうか?私のこと、心配してくれてるのかな?
毎日押しかけてはお茶を飲みに来る魔理沙に、時にはうんざりすることもあったけど今となってはそのうんざりすら恋しい。友人と会えないことがこんなにも辛いことだとは思いもしなかった。
なんとしても、あの当たり前の日常を取り戻すために、私は街に繰り出した。
情報収集するには足で稼ぐしかない。先ずは近くにある建物の中に入ることにした。
中に入ると、そこには成人男性の二回りほど大きい箱がたくさん置いてあった。
どうやら何かの装置らしい。そしてその箱の中にはたくさんの人形が敷き詰められ、人形の上には2本の爪がぶら下がっている。
人形の種類は装置ごとに区別されているようだが、やけに女の子の比率が高い。
よく見ると人形だけではなく、手ぬぐいや時計などといった小物も置いてあるようだ。
周りを見てみると、その装置を動かしている人がいるので、どういう使い方をしているのか見てみることにした。
どうやら爪を品物に引っ掛け、穴に落とすとその品物が貰えるらしい。
ここには手掛かりがなさそうね。別の場所を探すとしよう。
外に出ようとしたところ、何か見覚えのある顔が見えた気がした。
急いで振り返ってみると、なんと装置の中に私や魔理沙、吸血鬼姉妹などの人形が置かれていた。
「どうして私達が人形に・・・」
唖然とし、混乱しかけたがなんとか踏み止まった。
人形といえば魔法の森に住むアリス・マーガトロイドが思いあたる。彼女は普段から色々な人形を作っているため、私達の人形を作っていてもおかしくはない。だが、どうしてここにその人形があるのだろうか。
考えられるのは、彼女もこの世界に飛ばされてしまったか、人形自体が飛ばされたくらいか。本来ならば大結界により幻想郷からは物も人も外に流れることはないのだが、大結界の管理者である私自身がこうして外の世界に来てしまっているのだ。他の者が流れ着いていてもおかしくはない。
さらに状況を整理するため、その装置をよく見ると同じ人形がいくつもあることに気がついた。
人形だけが流れ着いたとするならば同じ人形がたくさんあるのは不自然だ。であるならアリス自身が流されたということか。
おそらく私と同じように、当面の生活費を得るために人形を売って生活費を得ていたのだろう。となれば早く合流したほうが得策のようね。私は早足でその建物から出た。
だが彼女は何処を拠点としているのだろうか?
毎日同じ場所に泊まっていると怪しまれると思ったため、私はこの街のネットカフェを転々と回っていた。その間、アリスらしき人物は一度も見ていない。
彼女も転々とし、すれ違っていた可能性もあるが、彼女が人のたくさん居る場所で寝泊りするとは思えない。もっと人気のない、静かな所に泊まっていそうだ。
だがこの人に溢れる騒がしい街に静かな場所なんてあるだろうか?私には検討が付かないので、とりあえず手当たり次第に街を回るしかないようだ。
次に入った建物は本屋のようだった。主に漫画を扱っているようだが、ネットカフェにおいてある漫画と少し違うようだ。ここに置いてある漫画はどれもサイズはでかいが薄い物ばっかり、それなのに高額なものばかりだ。高いからには相当面白いのだろうと、一つ手にとって見た。
「きゃっ!」
驚きのあまり本を落としそうになる。
「な、なんなのよこれ!」
思わず叫んでしまった。だ、だって女の子同士が、は、破廉恥なことしてるんだもの!
こんなところに用はないわ。さっさと外にでないと!
手に取った本を元に戻そうとしたところ、視界には紅、白、黒の三色が飛び込んできた。
まさかとは思ったが、さっきの人形の例もある。その色のほうを見ると、そこには私と魔理沙が表紙の漫画が置いてあった。
「ここにも、私達に関する物が・・・」
嫌な予感がした。
だが、確かめなければならない。
これが、どんな本なのかを!
震える手で、恐る恐るページを捲る。
「霊夢、愛してるぜ」
「私もよ、魔理沙」
「んっ・・・霊夢の唇、甘いな」
「ま、魔理沙だって甘いわよ!」
「霊夢・・・そろそろ・・・」
「いいわ、きて。・・・その、出来るだけ優しくしてね?」
「なんじゃこりゃああああああああああああ!!!」
あ、ありのまま今起こったことを話すわ。
本を開くと私と魔理沙が裸で抱き合っていたと思ったらその後子供まで出来ていた。
何を言っているか解らないと思うけど私にもよく解っていない。
頭がおかしくなりそうだ。
超展開とか催淫術とかそんなチャチなものじゃぁ断じてない。
もっと恐ろしい物の片鱗を味わったわ・・・
私はその本を投げ捨て、逃げるように外に出た。
全く意味が解らない。なんで私と魔理沙があんなことしてるのよ。
そりゃ魔理沙のことは好きだけど、それは友達としてなのよ。
恋人になりたいなんて思ったこと、一度も無いわよ!
でも、魔理沙はどうなのかしら?
魔理沙は私のこと、女として見てたりするのかな・・・
だったら私は、それでもいいんだけど・・・
だ、だめよ!やっぱり女の子同士でなんて良くないわ!
何考えちゃってるのかしら、私は!
それよりも誰よ、あんな本書いた奴は!
やっぱり幻想郷の人が書いた可能性が高いわね。
見つけ次第、夢想封印の刑ね。謝ったって許さないんだから!
その後、一日中怒りに任せてあちらこちら走りまわってみたものの、結局他に手掛かりは見つからなかった。
日も落ちてきたことだし、今日は引き上げることにした。収穫は少なからずあった。この世界には幻想郷から来た者が他にもいるという希望が持てたからだ。いつ異変が解決できるかは解らないが、いつもより足取りは軽かった。
「いらっしゃいませ、八代神社へようこそ~」
「やぁレイちゃん、今日もかわいいね」
「・・・来たわね変態、さっさと空いてる席に着きなさいよ」
今日も仕事に精を出していたところ、常連の変態(エヌ)がやってきた。
「うはw今日も良い罵声をご馳走様wwwレイちゃん今日もお茶頂戴」
そう言いながらエヌはカウンター席に座る。
こいつの相手は本当に疲れるだけなので、さっさとお茶を渡して放っておくことにした。
いつものようにお茶を啜っているエヌは、隣で本を読んでいる参拝客をチラチラ見ているかと思うとおもむろに話しかけた。
「お、それはなかなか良いレイマリ本ですな」
可哀相に、エヌに絡まれるなんて。内心、その参拝客に同情した。
一人読書に勤しんでた参拝客は、邪魔をされて怪訝な顔をするだろうと思っていたのだが、以外にも嬉しそうな顔をしていた。
「あ、あなたもレイマリ派ですか?話が解りますね!」
「やっぱりレイマリっすよ!アリマリとかパチュマリなんて邪道!」
「そうそう、レイマリこそが」
「俺達の」
「「ジャスティス!」」
なんの話かさっぱりだが、意気投合したらしい。二人はがっちりと握手しながら「僕はエヌっていいます」「私のことはロキと呼んで下さい」と自己紹介し始めた。
「ところでエヌさんは魔理沙受けと霊夢受け、どっち派ですか?私はやっぱり霊夢受けなんですけどね」
ん?なんか私と魔理沙の話している?
「僕は逆に魔理沙受けっすね。普段強気な魔理沙が攻められてると萌えるwww」
「非常にあると思いますwww」
ど、どういうことかしら?受け?攻め?意味が解らない。でも、なんでこの人たちが私達の話を?
「エヌさん、一体何の話をしてるのかしら?」
二人で盛り上がっているところに急に横槍が入り、ビクッとなったエヌだったが、満面の笑みで応えてくれた。(その笑顔が少なからず気持ち悪かったが言わないでおこう)
「東方だよ、東方projectの話。レイちゃん知ってて霊夢のコスプレしてたんじゃないの?」
「コスプレ?とにかくその東方ナントカってのについて教えて欲しいのだけど?」
「東方projectは同人ゲームだよ。主人公の博麗霊夢や霧雨魔理沙が幻想郷で異変を解決するっていう趣旨の弾幕シューティングさ」
ゲーム?私と魔理沙が出てくるゲーム?この前の変な本みたいに誰かが作ったのだろうか。これは内容を確かめておかないといけないわ。
「それって、どんな異変が起きてるのかしら?」
「んとね、紅魔郷では紅霧異変で、妖々夢では春雪異変、永夜抄では永夜異変、風神録では・・・」
「もういいわ」
知っている。全て知っている。
それもそのはず、それらの異変は全て私と魔理沙が解決したものなのだから。
やはり幻想郷から来た者が作っているようだ。とりあえず変な内容じゃなくて良かったわ。でも、ゲームを作れる人なんていたかしら。
「それって誰が作ったか分かる?」
エヌは何を愚問を、と言ったような表情で「ZUNさんだよ」と答えた。
ズン?え?誰?きっと聞き間違えたのだろう。
「ごめんなさい、もう一度名前をいってくれるかしら」
「だから、ZUNさんだって」
どうやら聞き間違いではなかったようだ。
幻想郷にそんな人物は居ない。だったらなんで幻想郷の出来事をここまで詳しく把握しているのだろうか。きっと幻想郷の誰かが入れ知恵し、作らせたに違いない。
「そのズンさんに、幻想郷の協力者っていない?」
「ほとんどZUNさん一人で作っているはずだよ」
はい?外の人間が一人で作ったですって?
「だったら、なんでそんなに詳しく幻想郷のことが分かるの?」
「というか、幻想郷はZUNさんが創ったようなものだからね」
「どういうこと!幻想郷は八雲紫と昔の博麗の巫女が創った筈よ!ズンなんて人の名前は聞いたこともないわ!」
「お、落ち着いてよレイちゃん。詳しく説明するからさ」
あまりにも予想外の話をされて、頭に血が上ってしまったようだ。先ずは冷静にならないと。深く深呼吸をして頭に酸素を巡らせた。
ふぅ~っとゆっくり息を吐くと、どうにか落ち着くことが出来た。それを見計らったように、エヌは話しかけてきた。
「落ち着いたね?」
「ええ、なんとか」
「幻想郷は確かに八雲紫と博麗の巫女が創った。これは間違いない」
「ほら!私の言ったとおりじゃない!」
「ま、まってレイちゃん。最後まで聞いてよ」
「ごめんなさい、つい」
「幻想郷は八雲紫と博麗の巫女が創った。だけどそれはゲームの中の話だよ。東方Projectというゲームにおける幻想郷の世界感を創ったのはZUNなんだ」
「え、何を言って・・・幻想郷の出来事をゲームにしたんじゃ・・・」
またもや頭が混乱してきた。
「それは違うよ」
エヌがそう言い放つ。
今の私にはこの男がどんな強大な妖怪よりも恐ろしく思える。
「幻想郷がゲームになったんじゃない」
エヌの放つ言葉は、どんな弾幕よりも重厚で、百戦錬磨の私にさえ逃げ道など全く見出せない。
「東方Projectというゲームの中に、幻想郷があるんだ」
その言葉が私に次々と突き刺さり、心を打ち砕いていく。
「君の知ってる博麗霊夢も、八雲紫も、ゲームの中のキャラなんだよ」
私達は・・・ゲームの中のキャラ・・・
平穏な日常も、騒がしい宴会も、数々の異変も、全て、ゲームの中の出来事・・・
「まぁゲームの中の設定から二次創作やらカップリングやら、さらには三次創作まで、色々想像を拡げていくのが東方の楽しみでさ、ってあれ?レイちゃんどうしたの?大丈夫?」
私の記憶もゲーム・・・魔理沙との思いでもゲーム・・・何もかもゲーム・・・
じゃあ・・・いったい私はだれなの・・・・・・・・・
「だ、誰か!レイちゃんが倒れた!救急車だ、救急車を!はやく!」
―――やけに騒がしい。それになんだか身体が痛い。
エヌと話しているうちに、急に力が入らなくなって倒れてしまったようだ。
だが、お店の風景とは何か違うような気がする。辺りを見回すと懐かしい景色が広がっていた。森と山に囲まれた神社の風景。
そして楽しそうに酒を飲み、騒ぐ妖怪や人間たち。
「お、霊夢が起きたぜ。大丈夫か?あんまり無理するなよ?」
隣にいた魔理沙が心配そうに私を見ている。
「魔理沙・・・本物の魔理沙よね?」
「おいおい、どうしたんだ霊夢?私は私だぜ」
「私は博麗霊夢で、ここは確かに幻想郷なのよね?」
「ああ、ここは幻想郷でお前は博麗霊夢だ」
「そう・・・良かった。幻想郷は確かにある。ゲームなんかじゃないんだ・・・」
安心したからか、つい涙がこぼれてしまった。
「おいおい、本当にどうしちまったんだよ。泣くほど怖い夢だったのか?私がついていてやるから気が済むまで泣くといいぜ。お前は一人じゃない。いつも私が傍にいるからな」
そういって魔理沙がやや強引に私を抱き寄せた。手つきは乱暴だけど、その優しい心遣いに余計に涙が溢れてきてしまった。
思わず魔理沙を抱きしめ、しばらく魔理沙の胸で泣いていた。その間、魔理沙が優しく髪を撫でてくれて心地が良かった。
結局私はそのまま眠ってしまったらしい。起きた頃にはすっかり片付けられていたのでちょっと寂しい気もした。
結局あの世界の出来事はなんだったのだろうか?本当に異変で外の世界に飛ばされたのか、それとも単なる悪夢だったのか。私には分らない。
だけどはっきりと分かることが一つだけある。それは―――
私の大好きな幻想郷はここにある!
―――1ヵ月後―――
「霊夢~、遊びに来たぜ~」
「いらっしゃいませ、博麗神社へようこそ~」
「はは、相変わらず作り笑顔がうまいな」
「あら、作り笑顔ってばれちゃってるのね。そんなに不自然だったかしら?」
「いんや。だけど霊夢は素で笑ってるのが一番可愛いからな」
な、何言い出すのよ。急に可愛いとか言われて顔が熱くなってきじゃないの。
「もう、急に恥ずかしいこと言わないでよ!。それで何か飲む?それとも食事?」
「そうだなぁ、あったかいお茶が飲みたいな」
「かしこまりました~」
お茶を淹れて「熱いから気をつけてね」と言いながら魔理沙に渡す。
魔理沙はお茶をふーふーしながら飲んだ。
「やっぱり霊夢の淹れるお茶は美味いな~」
「当たり前じゃない、魔理沙のことを想いながら淹れたんだから美味しくて当然よ」
「そいつはありがとな。でもなんか愛の告白みたいだな、はは」
その言葉であの夢(?)の中での本の内容を思い出してしまった。
「な、なにいってるのよ!そんなんじゃないわよ!友達として好きなだけなんだから!もう魔理沙の馬鹿!」
バシバシ!と顔を真っ赤にしながら魔理沙の背中を叩いた。もう、今にも顔から火が吹き出そうだ。
「いてて、冗談だって。お、参拝客が来たみたいだぜ」
「え?あ、いらっしゃいませ、博麗神社へようこそ~」
あの出来事以来、私は参拝客をたくさん呼び込むために、食事や飲み物を出すようにした。あっちの世界では飲食店で神社の格好をしていたけれど、逆転の発想ね。
お品書きには値段は書いていない。お賽銭の金額は参拝客の良心に任せるつもりだ。
始めはみんな戸惑っていたけれど、最近では慣れてきたもので、徐々に参拝客も増えるようになってきた。
一番の常連は魔理沙で、毎日来てくれる。でもこれは異変以前と変わらないわね。
二番目は意外なことに八雲藍だった。どうやらきつねうどんと稲荷寿司を気に入ったらしい。たまに酒を飲みながら「紫様は式使いが荒すぎる」とか愚痴をこぼしにもくるので適当に相槌を打ってあげたら元気になって帰っていくのは見ていて楽しかった。お賽銭もたくさん入れてくれるので大変ありがたかった。
とにかく、あの出来事は私にとっては悪いことばかりではなかったようだ。少なくとも友達の大切さと参拝客の集め方を教えてくれたもの。
そして一つの目標が私に生まれた。
「いつか、本物の博麗神社例大祭であっちに負けないくらいの人数を集めてやるわ!」
Fin
荒削りなのは確かなんだけど、逆に体裁に拘らず霊夢が現代に来たらというシンプルなテーマが自由に描かれてるのが、読みどころがわかりやすくて心地良い
これはもっと完成度に拘って書いてくれたら、と考えるのは読む側のわがままとわかっちゃいるけど、とわくわくしちゃうな
一瞬、一種の罪悪感を覚えたのはどこかやましさを感じているからなのか……
現代入り、お疲れさんです。
誤字報告
>博例神社(特別な意図がなければ博麗神社
ちなみに私は皆さんからウザがられるエヌとは一切関係ありませんよ。あくまでも架空の人物です。
>21さん
指摘ありがとうございます。全く気がつきませんでした。手元の文章を修正しときます。