<魔理沙>
<私ね こう思うの>
<お月様の裏っかわへと>
<真っ逆さまに>
<目を閉じながら>
<祈るように>
<堕ちていけば>
<きっと>
<夢を見るの>
すごく 素敵な 夢を
確か5歳頃だったと思う。
物心が付くか付かないか。
そんな昔々の、陽だまりの暖かさでぼやけてしまった白昼夢のような記憶。
私は竹とんぼが好きだった。
まともに飛ばせないとはわかっていても、近所の子供たちが両手を素早く擦りあわせて竹とんぼを空へと放つ姿を見ては、私も躍起になって真似した。
他の子たちの竹とんぼは、ぶんと小気味いい音を立てて空へと舞い上がったが、私の竹とんぼはいつも地面へと叩きつけられた。
父は私に竹とんぼを与えてはくれなかった。
だから私は、実家の道具店の軒先に掛けられている、商品の竹とんぼを使った。
そして、商品をだめにした私を、父はいつもヒステリックに叱り飛ばした。
そこまで言うなら父さんが作って私にくれよ。いつだったか、私はそう訴えた。
馬鹿竹とんぼなんかくだらない遊びだくだらない遊びをくだらない連中としていたらろくなことにならない。そう返された。
父は、一度否定したものは一切肯定しない、頑迷な人間だった。
その回答に、私は柔らかくおぼろげな、しかし輪郭を意識しつつあった矜持を蹂躙されたように感じた。
私はその日、父が外出している隙に、店の竹とんぼを全部へし折ってやった。
竹がみしりと無様に折れる感触を、私は今でも居心地の悪い罪悪感と共に思い出す。
「ねぇ、いい加減そこどいてくれない?」
目が覚める。自分は今まで回想していたのか、夢を見ていたのか、それともその両方か。
わからない。
私は神社の賽銭箱の前で、腕を枕に寝転がり、帽子で顔を覆って日向ぼっこしていた。
過ぎ去った冬を小馬鹿にしながら、柔らかい日差しを思う存分満喫する。
これに勝る春の行楽はない、と私は確信している。
「どんくらい寝てた?」
「長いこと。すんごい長いこと。あんたが昼寝してから始めた境内の掃除が済んじゃうくらいね」
「そーなのかー。そりゃとんでもない時間だ。よく骨になんなかった、私。
永遠亭もびっくりの不死っぷり」
「皮肉だとしたらセンスゼロね」
帽子を脇に置いて立ち上がり、伸びをしながら大きく欠伸をする。
暢気な欠伸は、うららかな春の昼下がりに、阿呆みたいに大きく口を開けてするのが最高である。
「行かなくていいの?」
「何処に?」
ずっと枕代わりにしていたせいで痺れてしまった腕を揉みほぐしながら、そう聞いた。
「アリスの、ほら」
そういうと、霊夢は大儀そうに私の帽子を拾い、私に渡した。
気だるいため息が一つ、漏れる。
「ああ、あれね、うん、今から行く」
受け取った帽子の飾りのリボンを調えながら、私は思い出した。
命日は、意外と忘れやすい。
嘘、忘れた振りをしていただけ。
だから父さんの夢なんか見るんだ。
「できれば、許してあげてね」
墓の前に佇んでいた紅魔館の門番は、私に気づくと開口一番そう言った。
墓前は色とりどりの花で埋められていた。
「この花、あんたが?」
私は黄色いパンジーを拾い、花弁を指先で撫でてみた。冷たく湿気た、柔らかな感触。
「ありがとな、みすずさん」
門番は黙って私の手の内で弄ばれている花を見つめていた。
「なんか言ってよ」
くだらない冗談は、合いの手を入れてもらわなければ、気まずさだけを助長する。
「ごめんね」
明るい花弁を強く指の腹で擦り合せる。花びらは簡単に彩を失い、ただの塵となった。
うんざりする。
「何度も言うけれど、私は恨んでなんかいないし、許してもいない。
責任感やら罪悪感やらは、そっちが勝手に背負うなり降ろすなりしてくれ」
ため息が出る。物憂い・ため息。
「帰れ」
蹴散らした。
花を。
夕暮れ。
墓の前。
「後頭部がごっそりだわこりゃだめだ」
アリス。
綺麗だった。
死んだんだってわかんないくらい。
だから。
眠ってるんだってとちくるってさ。
起きなよアリスあったかいからって外で寝てちゃ風邪引くよ。
って。
そんなふうに。
肩ゆすってさ。
馬鹿だよね、ホント。
馬鹿だ、私。
里は、祭りを祝う紅白の代わりに、服喪を示す黒で彩られていた。
実家の道具店の軒先にも白黒の幕が垂れ下がり、入り口の立て板に「本日服喪のため休業します」の張り紙が貼られていた。
一年前。
アリスにせっつかれて、私はちょうどこんなふうに実家の前で立ち尽くしていた。
そのときの張り紙は「本日祝日のため休業します」だった。多分。
じゃあ私、劇あるから。
そういって私を置いて立ち去ろうとした。
私、なんというか、泣きそう?だった。
本当に泣くってわけじゃないけど、どうしようもなくいたたまれない、泣き出したくなるような気持ち。
そんな私の表情に気づいたアリスは、大丈夫大丈夫って言いながら、私のこめかみに短いキスを残していった。
それでも私は動けなかった。
この薄汚い立て板を叩けば父が出てくる。
父はどんな姿をしているのだろう?
わからない。私は、父を知らないのだ。
「魔理沙?」
店の右脇から聞こえてきたやや枯れた低い声に、私の回想は破られる。
見ると、男がいた。
髪は白いものが混じってはいるけど、はげちゃいない。
あー元気なんだなぁでも一生懸命苦労してきたんだなぁ私にはわかんないんだろうなぁ分かち合えることなんかないんだろうなぁ寂しいなぁ嫌だなぁなんか嫌だなぁいなくなってくんないかなぁいなくなってよ泣きそうだから
「魔理沙なのか?」
私は逃げた。
後ろは振り返らずに。
必死に逃げた。
私は、弱い。
弱いから、止められなかった。
のろまで間抜けでどうしようもないへたれ馬鹿な私が、ようやく戸を叩こうとした時。
悲鳴が聞こえた。
アリスが人形劇をしている方角。
走った。
心臓がはじけちゃいそうなくらい、一生懸命走った。
でも間に合わなかった。
アリスは死んでしまっていた。
フランは投げやりに座って泣いていた。
私はアリスの肩をゆすることしかできなかった。
嘘。
それしかしなかったんだ。
「だめ」
空はよく晴れ、月はわざとらしいほど明るい。
だけど、息苦しさを感じるほどの圧倒的な星、星、星。
そんな夜。
私は紅魔館をたずねた。
「会わせるわけにはいかない」
「どうして?」
「わかってるでしょ」
「わかんないよ。話をしにきただけで、弾幕ごっこやりに来たわけじゃない」
「やるやらない以前の問題だよ、これは」
「どういう問題だよ」
「生死に関わる問題」
「わあ素敵」
「ともかくだめだ」
「知るか」
「なにをもめているの?」
いつの間にか、門の後ろに紅魔館のメイド長が立っていた。
「フラン様に会わせろ、話をするだけだ、だそうです」と言うと、門番は投げやりに両手を挙げ、ため息をついた。
沈黙。
広い庭にひっそりと茂る木々のざわめき。
今日は風が強い。
明日は雨かもしれない。
雨は嫌い。
雨の日の、まとわり付くような湿気が嫌い。
「入れなさい。私が案内します」
「どこにいる?」
「地下。とても深い地下の座敷牢」
館の紅は月夜に沈み、月明かりの蒼が廊下を幽かに彩っている。
メイド長がかざすランプの灯りに照らされて初めて、廊下は紅く色付く。
だが目の前の闇に色はない。黒すら居座ることを許されていない。ただ暗い。
「この先に地下への階段が?」
「あの日もちょうど」
メイド長は答えるかわりに、そう切り出した。
「満月だったわね」
「満月の日にやる祭りだからな」
「そう」
「あのことについてお前と語らう気はないぜ」
「じゃあ語らせてもらうわ。一方的に」
なぜ、と問いたかった。
だけど、それがいかに間の抜けた質問であるかは、よくわかっていた。
だから、黙るしかなかった。
「満月の日は、吸血鬼はいつもよりデリケートになるの。情緒が不安定になるのよ。お嬢様ならかなり自制が効くから、部屋でふてくされる程度で済むけど、フラン様はそうはいかないの。わかるでしょ?」
「実証済みですな、メイド長閣下様」
「だから満月の日は―ちょうどこんな日は、地下牢に入っていただくのよ」
「いただくのね、うんうんわかった」
「あの日も、今日みたいに地下牢に」
メイド長は、ふと立ち止まると、ランプの上蓋を開け、灯りを吹き消した。
「入っていただいたのよ」
「どうしてランプを消した?」
「月が明るいからよ」
「ロマンティックな演出かと思ったぜ」
「そこまで気が利くなら、あんなことにはならなかったでしょうね」
言葉の狭間に、澱。
「どういう意味だ?」
「牢は特別な術をもって封じられるの。そして、その術は私が施す」
「それで?」
「私はあの日、術を掛け忘れた」
沈黙。重い。
「ごめんなさい」
世の中には嘘つきしかいない。
私はメイド長からランプをひったくると、我関せずといった具合に閉じられた窓に向かって思い切り投げつけた。
ガラスは破滅的な音を立てて四散し、ランプは終末へと放物線を描いて落ちていった。
「嘘つけ」
「真実よ、あなたには関係なく」
「だから嘘なんだよ」
「ごめんなさい」
かしゃん、という乾いた音と共に、私の記憶は途絶える。
月の裏側は見えなかった。
次に目が覚めた時、最初に見たものは、霊夢の顔だった。
私は月へと堕ちるかわりに、ベッドで寝ていた。
「お目覚め?」
頭が痛い。首の後ろも疼く。
「ここは?」
「紅魔館の迎賓室」
「咲夜が?」
「そうよ」
赤いカーテンの向こうで、日光がぼんやりと透いている。
「今時間は?」
「ごはんが炊ける匂いにつられてみんなが起きだす時間ってとこね」
目を瞑る。まぶたの裏側を彩っているのは闇じゃない。光だ。
「おまえが咲夜に知らせたんだな?私がここに来るって」
ベッドが軋む音。腰掛けていた霊夢が立ち上がる音。
「どうしてわかったの?」
「咲夜が、風の強い日に、遠く離れた門での言い争いに気づいたこと。お前がここにいる理由。お前が咲夜になんか言って、それを受けて咲夜が門を見張っていたって考えるのはおかしいか?」
「筋は悪くないと思うわ」
窓が開く音。春の生暖かな匂いが薫り、光が強くなる。
「ぐちゃぐちゃに踏みにじられた花が散らばってるお墓の前で、あんたがアリスだの、紅魔館だの、けりをつけるだのぶつぶつ言ってたから、なんか起こりそうだなと思って、ここに来たってわけ。そしたら案の定」
額をこつんと弾かれる。
「あんたがなにしようとしてたかはさっぱりだけどね。聞く気もないけど」
「多分、フランに会おうとしてた」
目を薄く開ける。
ぼやけた視界の中、私の顔を覗き込む霊夢の顔の輪郭だけ、捉えることが出来た。
「そう」
「それだけだよ」
多分。
また目を閉じる。光に焼かれて、まぶたは薄い緑を映す。
「じゃあ、私帰るわ。あんたはご好意にでも甘えて、ゆっくり寝ときなさい」
「なあ」
「何?」
「お前は知ってるんだろう?」
カーテンがはためく音。春の陽気にぼやけた時間は曖昧だ。
「何を?」
事件の詳細。フランのこと。アリスのこと。父のこと。私が知らないことを、いっぱい。
「私が蹴散らしちゃった花の名前全部」
「知るわけないでしょ、さっさと寝なさい」
「みすずちゃんによろしく言っといて」
「馬鹿」
扉が閉まる音。
私は取り残された。
私は泣いた。
ずいぶん長いこと、泣いた。
泣き疲れたら、眠ろう。深く眠ろう。
そして、アリスがいる月の裏っかわへと堕ちていくんだ。
落ちていく最中、私はきっと素敵な夢を見るだろう。
私が飛ばした竹とんぼが、春の陽気に白く霞んだ空へと、ふらふらと舞い上がる夢。
夢から醒めたら、父さんに会いに、里へと飛んでいこう。
父さんは、きっとものすごく怒るだろう。
でも、まぁ、いいや。
それでもって、仲直りの証に、私は竹とんぼをもらうのだ。
その竹とんぼを、アリスの墓を経由して、月へと的確に飛ばすのだ。
眠くなってきた。
寝よう。
素敵な 夢を 見よう
<終>
これはこれで良いのかな?とも思います。
ただ……何かが足りないような感じも見受けられます。
もう少しアリスが死ぬ原因になったこと、魔理沙の心情とアリスが死んでからの
生活風景があれば良かったんじゃないかな…と。
確かにSSって難しいです。
でも書いて書いて、相手に評価してもらって上達するのだと思います。
頑張ってください。
自分以外が見たときに相手がわかるかどうかを無視しているような文章で、
そのため全体的に薄っぺらく、芯がぼやけています。
だけど、展開が突飛過ぎて読者を置いてけぼりにしている感が強い。
見ている側としては、継ぎ接ぎの文章を見せられたような印象が残った。
作品そのものに靄がかかったような雰囲気は作風といえるのかもしれない
が、それだけに最後の場面における魔理沙と霊夢の長い台詞が冗長に感じ
られてしまい、淡々とした雰囲気が台無しになっているとも感じた。
ssは確かに難しいけど、こればかりは書き続けるしかない。
今回はこの点数で。次回はもっと頑張ってほしい。
全体的に何かが欠落している印象は、作者側からも書いているうちにひしひしと感じていたのですが、それが一体何なのかよくわからないまま書き進めてしまったため、このような文章になりました。
その「何か」をとらえきれなかったのが、今回の失敗点のひとつでしょうね・・・
・・・じ、次回なんとかすればいいさぁ^q^
>>12
俺の文章が、読者が読んだ際の配慮に欠けていることは、克服すべき最大の命題だと心得ているのですが、なかなか・・・申し訳ない限りですorz
>>21
展開の突飛さは、まさに読者への配慮を欠いている証拠。
自分で言うのもなんですが、作者として最悪の汚点です。
構成をきちんと纏めないくせに、さっさと話を進めたがる報いでしょうね・・・orz
終盤の霊夢と魔理沙の会話は、もう少し纏め上げてもいいかな、とは思ったのですが、まぁこれでもいいんじゃねーのと結論付けてしまいました。ぶっちゃけ、ズボラです^q^
さぼってねぇで推敲しろよ、俺^q^q^q^
こんな未熟者なのに、「期待してる」って言って下さること、100点付けられるよりずっと嬉しいっす・・・;;
惜しい『何か』は、場面と場面の関連性、ひいては物語の構成力の欠如かな、と自己分析してみたのですが、そういうことなんですかねぇ・・・未熟です
この作品を読むと、「なにがどうなった」というのは何となくわかる。
でも「なぜ」が無い。作品がメインキャラ一人殺すだけの理由、因果が全く見えない。せいぜい咲夜に何か裏があるかな?ってそれだけで心情だとか置かれている状況について書き不足過ぎる。
「死ぬ時はあっという間であっけない」というどうしようもない事を書きたいなら、もっと切実にマリサの葛藤と悲しみだとかの心情を書かないと伝わってこない。
そうなると父親との仲違いとアリスとの死別の物語を合わせて書くのは、物語を複雑にしますます分かりづらくするので注意と腕が必要ですのでがんばって下さい。
読み手は東方の事は何も知らない位に想定して読者の視点にたって推敲することをお薦めします。実際に顔を見て作品を批評してもらうのがベストです。
どうしたって文字のやり取りでは表現に限界があるので、一度試してみてはいかがでしょうか?
今後への期待を込めて。
俺が読者の想像を喚起させようと躍起になって、グレーゾーンを文章に埋め込もうとしたことは確かですが、おっしゃるとおり結果として、ただの提示情報不足となってしまいました・・・orz
せめて、因果関係を想像できる程度の描写は書いてしかるべきだったと反省orz
>「死ぬ時はあっという間であっけない」というどうしようもない事を書きたいなら・・・
話がややこしくなりますが、俺は「こういう話を書こう」と思って書いてるわけじゃないんです。
じゃあなんで書いてるんだって問われると、「こういう話があるけど、どういう意味があるんだろ?」ということを知りたいがために書いてるんです。
うまく言えないけれど、俺にとって小説を書くって行為は、終わりのない馬鹿でかい鉱脈を掘り進めて、その途中で見つけた原石を、研磨人である読者に丸投げして、どんな鉱物が出てくるのか、それをわくわくしながら見つめることなんです。
中二病的な自分語りかもしれませんが、それが俺の作家としての喜びなんです。
>読み手は東方の事は何も知らない位に想定して読者の視点にたって推敲する
>実際に顔を見て作品を批評してもらう
おk、やってみますb
できればこれで終わりにせずに昇華させてほしいと思います。
ただいま、紅魔館サイドを書き進めております。続編ってわけじゃないけど、この文章をかなり補完することになるんじゃないかな、と勝手に予測