「桜の木の下には死体が埋まっている。
これは信じていいことなんだぜ!」
「ちょっと魔理沙、物騒な事言わないでよ!
そんな事言ったらうちの境内、死体まみれじゃない」
「あら、霊夢もその話を間違って認識しているのね」
魔理沙は満開の桜の下でクルクルと回り、紫と私は縁側で私と共に緑茶を啜る。
「なぁ霊夢、明日は宴会にしようぜ」
「・・・2日前も宴会しなかったっけ?」
「知らないのか、宴会をしないと桜の木の下の死体が悪霊になってしまうんだぞ」
花びらは散り続ける。この花びらの後片付けを考えるだけで頭が痛くなる。
桜の花びらは水分が多いから、竹箒では掃きにくいのよ・・・。
「・・・そういえば、間違った認識って?」
気になり紫に尋ねるが、すでに終わった話だと思っていたのか紫は何の話か思い出すのに少しかかっていた。
「・・・あぁ、桜の木の下の話」
ふっ、と顔を綻ばせて紫は魔理沙の方を見る。
「綺麗よね。特にあの黒いのに降りかかると余計綺麗に見えるわ」
「魔理沙が死体になる話なのかしら」
「どちらかというと霊夢が死体になる方かしら」
魔理沙が箒を振り回し枝を擦るからまるで吹雪のように桜は落ち続ける。
ため息を一つ、お茶に拭きかける。
「物騒ね」
「あの黒いのが死体になるのは物騒じゃないのかしら」
紫と私は縁側でお茶を啜る。
しかし、いささかぬるくなったお茶では物騒な話で冷えた私の体は温めきれなかった。
夜の神社は物寂しく、それでも舞い散り続ける桜は自分勝手な妖怪に似ていると思う。
ならば、やはり死体は人間側か。桜は人間を取って食うのではないか。
明日の宴会になれば冥界の姫も来るだろう。
その時詳しく話を聞いてみようか。
月明かりは淡く、花びらはぼうっと光っていて無数の魂のようにも見える。
そういえば、紫の桜には罪人の魂が宿るのだっけ。
明日の宴会に閻魔は来るのだろうか。
来たらもう少し詳しく話を聞いてみようか。
私はだんだん桜というものがわからなくなってきた。
妖怪なのか、死者の魂なのか、それとも別のものなのか。
それでも・・・雪のように降り続ける花びらを見ていると綺麗だと感じる。
散り行くのは桜の花びらの死。
桜の木の下の根元に埋まる死体は桜の花びらではないのか。
満月の月が照らす縁側でお茶を啜る。
眠れずに浅いまどろみの世界から深い藍色の世界に戻ったのはつい先ほどだった。
日の出ているうちに話した桜の木の下に埋まっているものが何か、あれこれ考えるとその存在が大きくなって目が冴える。
肌寒い。熱く淹れたお茶で暖まりきれるのか不安になるほどだ。
桜をそんなに怖いと感じることはないのに、この圧倒される気配は何だろう。
目線は空を仰ぐ事も地に伏せることもなく、ただ風に揺らぐ桜の死骸に向けられる。
何の音も存在しないこの世界で私は一人取り残され、誰もがみなあの桜の下で眠ってるのじゃないかと錯覚する。
魔理沙も、アリスも、誰も彼もが・・・。
・・・もしかしたら私が眠っていて・・・
彼女らはそれを見て綺麗だと思うのかしら。
私が咲かせる花は、どんな色の桜?
罪人の魂を誘う紫の桜か。
知らず知らずの内に唇の端が上がる。
愉快になってきている。
桜がこんなにも綺麗で、人を圧倒させるかのように咲き誇るのは私が埋まり咲かせているから。
「こんばんは。ってさっきまで一緒にいたけれどね」
不意にその静寂は破られた。
「・・・何しに来たの、宴会は明日よ」
「知ってるわよ。今日は面白い人間を観察に来たんだもの」
どうせ眠れないのだろうと思って。
そう言いたげな紫の顔が憎らしかった。
新しくお茶を淹れ、湯のみを準備する。緩い時間が流れる。
その間も止む事はない薄桃色の吹雪。
「結局・・・桜の木の下の死体って何なの?」
「やっぱり面白いわ」
クスクスと口元を手で隠し笑い、紫はお茶を啜る。
「人間は桜に様々な感情を何故か重ねるのよ。
圧倒の次に来るのは何故か負の感情。不安だったり恐怖だったり」
「・・・私は桜を見て不安や恐怖は感じてないわよ」
紫は手を伸ばす。まるで糸で括りつけたかのように花びらがその手に落ちる。
ゆっくりと私の方を見る。
本当にそうかしら?
背筋に一本、寒気が走った。
その目にあるものは――憐憫、羨望・・・そんな感情が入り混じったような物だった。
あぁ、彼女は妖怪なのよね。
時折忘れそうになる。けれど時折こうやって現実に戻される。
「・・・桜の木の下の死体っていうのは、つまりは負の感情って事?」
少しだけ、考えた後に出た答えはありきたりなものだった。
紫は嬉しそうに笑う。
桜の木の下に埋まっているのは人間の死への想いよ。
人間は桜に圧倒され、負けまいと酒宴を開催するのもそうじゃない?
ああいう、血が薄まったような花びらは自然と死に誘うから。
でも霊夢、あなたは宴会だけでは桜に敵わない。
圧倒されないようにするにはどうしたらいいか、あなたが夜も眠らずに考えていたのが滑稽よ。
桜の木の下に死体を埋めなければ、あの人は桜に負けてしまったから、
死を以って死に抗おうとしたのよ。
霊夢、あなたも自らの死で死に抗おうとするのかしら。
「なるほどね」
夜風に晒されたお茶はもうすでに冷めきり、体を冷やす。
「だから埋まるのは私・・・か」
「そうよ」
「魔理沙じゃ埋まりようがないわね」
「そうね、あれは死体を埋める方じゃないかしら」
「物騒ね」
「物騒よ」
クスクスと二人で笑いあう。
「でも残念ね。私は何かに埋もれるような人間じゃないの」
すっかり空になった急須と湯のみをのせたお盆を持ち立ち上がる。
少しだけ体が軽い。
さっきまで感じていた感情は自然と消え失せていた。
桜がそんなに圧倒的なものに感じられなくなっていたからだ。
紫が答えを教えてくれたからだろうか。それはわからない。
冷えたお茶を飲んでも体の芯まで冷え切ることはなかった。
「さ、今日はもうお仕舞い。私はもう寝るわ」
「あら、私はまだ眠くないわ」
「いいから寝る。夜更かしして明日の宴会に支障が出ても知らないわよ」
そんな不安が解消されれば、明日はこの見るも無残な死体どもを掃き集めねばならない。
魂の成れの果て。せめて酒の肴となれ。
紫はいつの間にか境界の中に消えていた。
「あれ、紫様。随分楽しそうですね」
「えぇ、藍。すごくいい気分よ」
博麗の巫女を殺す事が出来たなんて。
こんな愉快な事は無いじゃない。
博麗の巫女は自分を埋めることで桜に勝とうとした。
ほら、もう博麗の巫女は桜を恐れてなんかいない。
彼女は自らで自らを埋めてしまったわ。
「桜って強いわね」
「は?」
「解らなければいいのよ」
桜の花は美しく咲き誇り、そして儚く散るだろう。人間はそれに生と死を重ねる。
あの妖怪桜だって桜でなければあんなに力を得られたものか。
桜でなければ幽々子は死を選ばなかったのではないか。
博麗の巫女ですら桜に埋まったのだ。
結局の所、私は妖怪桜を許してはいなかったのだろう。
だけれど、今日ようやく認めることが出来た。
あの博麗の巫女ですら抗えないものであるならば。
「藍。明日の夕方までに上等なお酒を数本用意しておいて頂戴」
「かしこまりました」
今こそ私は、あの桜の木の下で酒宴をひらいているものたちと同じ権利で、花見の酒が飲めそうな気がするわ。
酒を飲まずにはいられないぜ
下手をすれば神に対するそれよりも…
初詣にしても、ほとんどの人は儀礼的に行っているに過ぎないでしょうが、桜には確かに儀礼的でない独自の強い感情を持って対していると思います。
最初い読んだ時は、よく分らなかったのですが、じっくりと味わうように読んで理解することができました。
うん、素晴らしかった。
>もはや信仰の域に達していると思う
本々、日本人て自然を信仰してませんでしたっけ?
こんなにわずかば描写で、最高の風景を味あわせてくれる。心の底が暖まりました。
まだ春は遠いですが、この作品を何度も読み返しながら待ちたいです。
>本々、日本人て自然を信仰してませんでしたっけ?
自然の中に神が宿っていると考えていたので、信仰の対象は自然そのものではなく想定された神ではないでしょうか?
読んでいて確実に心落ち着けたのは確かです
風流風流~
素敵な作品でした。
これからも期待しています。
二回読んでなんとなく解った気になって、でもそれすらも桜吹雪の向こう側のように朧で、不確かで、ただの勘違いかもしれなくて。
きっとそんな思いすらも桜の下で眠るのでしょう。
考える時間が心地よく、そして考えてみたいと思わせる良いお話でしたw
そして私は檸檬の方に共感します。
それだけの力のある作品でした。読ませていただいた事感謝します。