月旅行……それは紅魔館において禁句とされる言葉である。
この言葉を聞いたとたんに、館の主、メイド長、門番、居候の魔女の機嫌が目に見えて悪くなるからだという。ついでに黒い魔法使いと神社の巫女も。
最も、真面目に月旅行なんて考えたことのある者なんて当の館の主達くらいしかいないわけなんだけれども。
……これは、館の主、レミリア・スカーレットの我侭によって引き起こされた月旅行計画の挑戦と挫折、そしてその悲惨な末路の物語である。
「咲夜、月に行くわよ」
ある日、咲夜が食事の後片づけを終えたところで、レミリアが突然そんなことを言い出した。まぁお嬢様の我が侭にはいつも慣れっこになっている咲夜としては、「あ、またか」という程度な訳だが。
「はぁ……月ですか。そういえば以前もそんなことを言ってませんでしたか……月に行くために必要なアイテムを集めるのに飽きてやめたと記憶してますが?」
「どうでもいい事を記憶してるわね……まあいいわ。それに関してはパチェが解決策を見出してるから問題ないわ……そうでしょう?」
「ええ」
相変わらず魔道書……日記帳かもしれないが……を小脇に抱えたパチュリーがうなずく。
「色々な文献を調べた結果、集めなきゃならないアイテムはは100個以内に収まったから……それも比較的集めやすいものばかりね」
「はぁ、それでも100個ですか……大変ですわ」
はぁっ、とため息一つ。
「それもすでにあらかたそろえてあるわ。あと一個足りないけど」
「それは手回しのいいことで……で、あと足りないのは何ですか?」
「ええっと……軽くて強力なロケットエンジン」
「ああ、あれね」
「あれですわ」
「……魔理沙ぐらい言える様になりなさいよ、あんたたち」
レミリアと咲夜、二人同時にポン、と手を打ち、パチュリーがあきれたように呟く。
「咲夜、ロケットエンジンの入手、お願いするわ」
「わかりました」
……で、一時間後。
「……というわけで、一緒に来てもらうわよ」
「無理矢理連れて来てから言うな、この馬鹿メイド!!」
咲夜によって霧雨魔理沙が紅魔館に連行されてきた。
「いきなり有無も言わせずに殴り倒した挙句、簀巻きにして強制連行ってのはどういう了見だよ。返答がどうであれただじゃ済まさないぜ?」
「簀巻きにされて手も足も出ないのに良くそんな口が叩けるわね。感心するわ……まぁそれはともかく、月に行くためにどうしても強力なエネルギーを出す物がいるから協力しなさい」
「それが私と何の関係があるって……あ」
どうやら真意に気がついたらしい。
「魔砲を推進力にしようと思ってるな?私の魔砲はそんなために使うもんじゃないぜ。断る」
「いいじゃない、減る物じゃないのに」
「減るよ。お前のナイフと一緒にするな」
「お嬢様、お聞きの通り魔理沙は非協力的ですが……」
「そう。それは困ったわね」
全然困った様子ではない。って言うか台詞棒読みだし。
「……じゃあ賭けをしようかしら。咲夜が目隠しをして魔理沙にナイフを投げて、額に当たれば解放してあげるわ。外したら手伝う……これでどう?」
「良くないっ!!」
「咲夜だったらうまく当てるわよ?」
「死ぬっ、絶対死ぬっ!って言うか、死ぬか手伝うかの二択しかないだろっ!!」
「それでOKだって、咲夜」
「んなこと言ってないっ!ってそこの腐れメイド、やる気というより殺る気満々で目隠しするなっ!わかったよ、手伝えばいいんだろ、手伝えば!!」
やけくそ気味に叫ぶ魔理沙。
「最初からそう言えばいいのよ。ごねるから余計な手間かかったじゃないのまったく」
「……強制連行、脅迫、挙句の果てに逆ギレかよ、最悪だな……で、わたしゃ何をすればいいんだ?」
「こっち来て」
咲夜に付いて中庭に向かうと、そこには巨大な流線型の物体が鎮座していた。
「これが月に行く魔法のアイテム、名づけて『レッドマジック1号』よ」
「ちなみにパチュリー様の設計で私が作りました」
美鈴がちょっと得意げに言った。
「どうでもいいんだが、この形……何かに似てないか?」
「そういえば、あれに似てるわね。月の兎の……」
「ああ、あの弾」
「……あれと言われても私は知らないわ」
「私もよくわからないんですけど……」
魔理沙、咲夜、レミリアの三人がはいはい、とうなずき、パチュリーと美鈴が何のことだか、と小首をかしげた。
……Intermission……
「くちゅん!!」
永遠亭で、鈴仙は妙に可愛らしいくしゃみをした。
「あらウドンゲ、風邪?」
「い、いえ、か、風邪なんかじゃないです……大方あの紅白か黒いの辺りが噂でもしているんですよ、きっと」
「風邪だったらこの新作の薬の動物実験するんだけど」
「勘弁してくださいよー。それに動物実験って……ただの兎と一緒にしないでください」
「そうだったわね……ただの月の兎、よね?」
「ううぅ……」
……閑話休題……
「で、どうすればいいんだよ」
「ここにえんじんるーむとか言うのがあるでしょ?」
咲夜がロケットの下を指差す。
「よくわからんが、なんか狭い部屋があるな」
「ここに入って、OK出したら地面に向かって思いっきり魔法を撃てばいいのよ」
「それはわかったとして、お前らはどうするんだよ」
「パチュリー様と美鈴は下で待機、お嬢様は月に着くまでお茶の時間ですわ」
「おい」
「……何か不満でも?」
「ああ、ご不満だとも」
露骨に不満げな魔理沙。
「何でレミリアが優雅にお茶なんかしてる間に私が働かにゃならんのだ?」
「お嬢様ですから」
「夜の王だもの」
「んなもん理由になるか!」
同時に即答する二人に、魔理沙は声を荒げる
「大体お前らは『働かざるもの食うべからず』って格言を知らんのか?」
「知ってるけど、それがなにか?」
「一番下品な格言よね。私の嫌いな言葉よ」
「お前らな……ああもう、期待した私が馬鹿だったよ」
諦念のため息一つ。
「咲夜、あまり時間に余裕がないわ。さっさと出発しましょう」
「わかりました……それじゃ魔理沙、後はよろしく」
「へいへい……ったく、しょうがないな」
しぶしぶ魔理沙は「えんじんるーむ」に入る。
「カウント0で撃ちなさいよ」
「わかったよ。さっさとカウントしな」
「カウント……10、9、8……」
「咲夜、今何時?」
「夕方の6時ですね……5、4……」
「時蕎麦じゃねぇんだからいらん事言うなよ……つーか、咲夜、お前意外と頭悪いだろ」
「魔理沙、後で館の裏に来なさいよ……3、2、1……0」
「『マスタースパーク』!!」
魔理沙が魔砲を放つ。もうもうと立ち込める土煙の中、「レッドマジック一号」は地面を離れ……
「あ……こけた」
「それでは、第一回反省会を行うわ……聞いてるレミィ?」
「聞いてるわよ……ぐすっ」
「大丈夫ですか、お嬢様」
「大丈夫なわけないじゃない」
紅魔館のラウンジ。魔理沙、レミリア、パチュリー、咲夜の四人で反省会兼次回の対策会議がパチュリーの司会の元行われることとなった。「レッドマジック一号」は見事に転倒、レミリアが頭を打ってこぶを作るという大惨事(?)を引き起こし、ただ今美鈴が修理中である。
「第一回って……まるでまた失敗するとでも言いたげね」
「そう思うから失敗するのよ。思考には気をつけたほうがいいわ」
「げほげほ……くそ、土煙は結構きついぜ」
マスタースパークの爆風の反動をもろに受ける羽目になった魔理沙は全身埃と煤まみれになり、さっき風呂に入ったばかりである。
「咲夜、うがい薬でも持ってきてあげて……さて、それじゃ今回の失敗の原因だけど、出力不足、これに尽きるわね」
「……それは、私のせいだといいたいのか?」
「概ねそういうことになるかしら」
「覚えてなさいよ、魔理沙」
「逆恨みもはなはだしいぜ……で、対策はどうするんだよ」
「もう立ててるわ」
「というわけで、マスタースパークの出力を上げるために、「えんじんるーむ」に毛玉を入れてみたわ」
修理が完了し、改めて「レッドマジック2号」と名づけられたロケットのそば……パチュリーがそう言うそばから、魔理沙の悲鳴が聞こえた。
「待てっ、その発想は何か間違ってるだろっ!!っていうか、死ぬっ、死んでしまうっ!!」
「魔理沙、私たちのためにがんばりなさい」
「お前ら、後で覚えてろよっ!!うわっ、針弾がっクナイ弾が高速でっ!!」
「……パチュリー様、月に行く前に魔理沙が逝ってしまうのでは?」
「大丈夫よ、多分……魔理沙が魔法を暴発させる前に早く乗って」
咲夜とレミリアが乗り込んだその直後、
「痛い痛い、地味に痛いっ!!この、いい加減にしろよ!『ファイナルスパーク』!!」
前回とは比べ物にならないすさまじい勢いの閃光と爆音、土煙を上げて、「レッドマジック2号」は空に飛び上がる。
……魔砲の軌跡を残しながら「レッドマジック2号」は……
「あ、また落ちた」
「落ちたわね」
「あれ、湖に落ちませんでした?」
「……」
「では、第二回反省会を行うわ……魔理沙、聞いてる?」
「聞いてるよ……へくちゅん!!」
「レッドマジック2号」は見事紅魔館の周りの湖に墜落し、結果レミリアと魔理沙がずぶぬれになるという大惨事(?)を引き起こし、またしても美鈴が修理中である。
「どうでもいいんだがよ、メイド長だけなんで濡れてないんだよ?」
「私は時を止めたから」
「咲夜、貴方私を無視して自分だけ助かったって言うわけね?」
「い、いえ、決してそんなつもりは……ただ私の力にも限界がありまして」
「嘘つけ、普段から無制限に時を止めまくってるお前さんが、それくらいのことできないわけあるまい?」
「そ、それはその……」
魔理沙の当然といや当然な突っ込みに、口ごもる咲夜。
「大方、びしょ濡れになったレミリアが見たくてわざと助けなかったんだろ?」
「そそそそんなことあるわけないじゃない」
「動揺、したな?」
ニヤリ、と嫌な笑みを浮かべる魔理沙。横でレミリアが
「咲夜……貴方そういう趣味があったのね」
汚い物を見るような目で咲夜を見る。追い詰められた咲夜は……
「ええ、そうよ!!お嬢様がびょ濡れになるのが見たくてわざと助けませんでしたとも!だって濡れて肌に張り付いた服とか寒さに震える表情とか着替えさせるときの背徳感とかそそるじゃない!?」
開き直って一気にまくし立てる。
「また逆ギレかよ……そんなことに同意を求められてもなぁ」
「咲夜の個人的主張を押し付けられても困るわね」
「多数決で昨夜は変態と言う事で決定、ね」
「霊夢で同じ事想像してみたら?」
「……」
「……」
黙り込む魔理沙とレミリア。
「……そろそろ本題に入っていいかしら?」
「その、何だ、これ以上咲夜を苛めるのも何だよな」
「そうね、時間もないことだし、そろそろ本題に入らないと」
二人とも顔を少し赤らめて、ただ一人冷静なパチュリーの話題を転換する提案を受け入れる。
「で、今回の問題点は何だよ。出力はこれ以上上げられないぜ?」
「そうね……そうなると後は重力を軽減する方法が必要なんだけど」
「それなら心当たりはあるぜ?」
「あら、そう?」
「ちょっと待ってな」
そして一時間後……
「悪いが来てもらうぜ?」
「無理矢理連れて来てから言うな!!」
魔理沙によって霊夢が強制連行されてきた。
「まったく、人の寝込みをいきなり叩き起こして、有無を言わせず箒に乗せて連れて来るなんて、よっぽどの事情でもただじゃおかないわよ!?」
「仕方ないだろ、こいつらが月に行くとか言って私を無理矢理連行したんだから、霊夢だけのほほんと寝てるのはずるいじゃないか」
「そんな事情は知ったこっちゃないわよ!帰って寝なおす」
そう言い放って踵を返す霊夢。だが……
「あれ?」
扉を出たはずなのにまた館の中に戻っていた。再度扉を出るが……また元に戻る。
「これは……そこの腐れメイド、あんたの仕業でしょう!?」
「さて、何のことですか?」
白々しく明後日の方を向いて口笛などを吹く咲夜。
「この……いいわ、ちょっとばかりお仕置きが必要かしら」
「いいわよ、受けてたつけど」
「私たちも相手にする気があるなら、ね」
「今余計な魔力は使いたくないんだがな」
「目の前の紅白を積極的に従わせる魔法は……」
「……ちょっと、四対一は卑怯だと思うな」
一斉にスペルカードを取り出す咲夜、レミリア、魔理沙、パチュリーに、霊夢は顔を引きつらせて両手を挙げた。
「で、結局私は何すればいいのよ」
「別に。お前さんの能力が必要なだけで、霊夢自身は必要ないからな……まぁレミリアの相手でもしてやってくれ」
「なんかむかつく物言いなんだけど、それ」
魔理沙の考えはこうである。霊夢の能力は空を飛ぶ能力。すなわち無重力。これを「レッドマジック2号」……いや今は三号なのだが……に使えば、月に行けるかもしれない、と。
「もう本当に時間がないわ。早くして」
「ああ、わかったよ」
「あ、魔理沙、ちょっと……」
もう日付が変わろうという時間。「えんじんるーむ」に向かう魔理沙に、レミリアがささやく。
「次落とすときは、もう一度湖に落としなさい」
「いや、そうしたいのはやまやまなんだが、もう落ちるのは勘弁してくれ」
「お嬢様、早くしないと」
「ああ、わかってるよ……それじゃ魔理沙、せいぜいがんばりなさい」
そう言い残してレミリアは「レッドマジック三号」に乗り込んだ。それを見届けて、魔理沙も「えんじんるーむ」に入る。
「レミリア、あんた月なんて行ってどうするつもりよ?」
霊夢のその問いに、
「ん、なんとなくよ、なんとなく。退屈だったし」
優雅に紅茶など飲みながらさも当然のことのように返すレミリア。
「まぁそう言う答えが返ってくるのは予想してたけどね。それより、さっきから下の方で『さっきより毛玉の数が増えてるじゃないか!!』とか『死ぬ死ぬ、今度こそ本当に死ぬっ!!』とかって魔理沙の悲鳴が聞こえるんだけど?」
「気にしない気にしない」
「いや、すごく気になるけど」
そうこうしているうちに、
「うわ、お前どこに入ってくるんだよ!そ、そんなとこ触るなっ!!こっ、この、『ファイナルマスタースパーク』!!」
なにやら意味深な発言と共に、魔砲の光があたりを包み込み……
「あ、飛びましたね!!」
「飛んだわね」
「レッドマジック三号」は、幻想郷の空へと向かって飛んでいくのであった。
……Intermission……
その頃永遠亭では……
「師匠、あれ見てください」
鈴仙が夜空に光る一筋の光を指差した。
「あら、流れ星?」
「上に向かって飛んでますから違うと思いますが……大方あの黒いの辺りが何かしてるんじゃないですか?」
「案外月旅行でもするつもりかも」
「まさかぁ」
……閑話休題……
「レッドマジック三号」は夜空を切り裂いてぐんぐんと高度を増す。
天に輝く満月目指し、ひたすら上り続ける。
それはイカロスが太陽目指して飛ぶが如く。
バビロンの民が天目指して塔を立てるが如く。
……だが、忘れてはならない。
イカロスが蝋で固めた羽が溶けて墜落したように
バベルの塔が神の怒りに触れて破壊されたように
触れてはならない物に近付こうとする者にはそれ相応の報いがあるということを……
月もまた、触れてはならない場所なのだ。
月は幻想郷の外にある。なら、それは博麗大結界の外という事になる。
結界に綻びでもない限り、博麗大結界を越えられる者など、幻想郷にはただ一人しかいない。
そのただ一人がいない以上、彼女たちに月に行けるわけがないじゃないか。
……そういうわけで、「レッドマジック三号」は博麗大結界の境目で立ち往生していた。
「おい、進まないし戻れないっていうのはどういうことだよ」
「そんな事私に聞かないでよ」
「こういうことはパチュリー様が詳しいと思うのですが」
「その肝心のパチュリーと連絡が取れないんだろうが!」
「……なんか、こうなるような気がしてたのよ、私」
「そういう事はもっと早く言えよ、霊夢!!」
「聞かなかったから言わなかったのよ」
「……咲夜、お腹すいた」
「少々お待ちくださいお嬢様、今から支度しますので」
「そんなの後にしろよ、このバカ吸血鬼!!」
「……咲夜、食事はこの黒いので取るからいいわ」
「いいぜ、お前さんには色々言いたいことがあったんだ。この際魔砲で言わせて貰うぜ」
「あんたら、いい加減に帰る事考えなさいよ!!」
一触即発の雰囲気の中、咲夜だけが何か考えている様子。
「お嬢様、ちょっといいですか?」
「何よ咲夜、何かこの先に進むいい考えでもあるって言うの?」
「いえ、これ以上前に進めないわけですし、戻るしかないと思うのですけれど」
「だが、どうやって戻るって言うんだよ?」
「一斉にスペルカードを使用すれば、反動で動くかもしれないわ」
「でも、どこに飛ぶかわからないんじゃない?」
「軌道修正は私がするわ。ナイフの軌道修正よりは難しいでしょうけど」
「……どう思う?」
霊夢と魔理沙が考え込む中、
「咲夜がそう言うならそれでいいわ」
レミリアは即答した。
「いいのか、それで?」
「こういう時の咲夜は勝算のないことに手を出したりしない。そんな咲夜が私の期待を裏切ったことはないわ」
「ま、お前さんがそう言うなら、やってもいいがな」
「他に方法もないしね」
全員がうなずきあい、同時にスペルカードを準備する。
「それじゃ行くわよ、『夢想妙珠』!!」
「『マスタースパーク』!!」
「『殺人ドール』!!」
「『不夜城レッド』!!」
次の瞬間、魔力の爆発は「レッドマジック三号」を地球に向かって押し出した。
「よし、動いた!!」
「これで館に帰れるわ」
「……それはいいんだけどさ、ちょっとばかり落ちるの早くない?」
霊夢の冷静な発言に、全員が外を見る。
外の風景はものすごい勢いで変わっていた。
「そういえばさ、これどうやって着陸するの?」
霊夢の問いに、全員が凍りつく。
「……ちょっと、ひょっとして誰も着陸の方法知らないとか?」
沈黙が肯定を示す典型的な例だ。
いつしか風景は見慣れた幻想郷の空に変わる。もっとも、恐ろしい勢いで落下中のため、風景なんてゆっくり眺めてる場合じゃないのだが。
そしてそのまま「レッドマジック三号」は幻想郷の大地に再び帰還したのだった……墜落という形で。
……Intermission……
(またまた)その頃永遠亭では……
「あ、何か飛んできますよ、師匠」
「今度こそ流れ星かしら」
「そうですね……って、なんかこっちに飛んでくるようですが?」
「そうね」
そう永琳が言った瞬間、すさまじい地響きと共に、それは竹林の中に落ちた。
「……落ちましたよ」
「落ちたわね」
「永琳、今の音は何?」
「あ、姫……何かが竹林の中に落ちたみたいで」
「何か?気になるわね」
一行が落下地点に行くと、てゐがすでにその場にいた。
「イナバ、何があったの?」
「んー、あの黒いのとか紅白とかが落ちてきたみたいだよ?」
あたり一面「レッドマジック三号」の破片が散乱し、死屍累々といった状況である。そんな中、てゐは竹の先でぐったり倒れてる魔理沙をつんつんとつついた。
「どう?」
「んー、魂抜けてるよ?」
「そう……永琳」
「ええ、わかってます、治療ですね?」
「ええ、こんなところで死なれて自縛霊になられても困るし」
……で、ほぼ同時刻の白玉楼
「……おや、なんかまた珍しい取り合わせね」
妖夢の前にふわふわと飛んでくる人魂。
「霊夢に魔理沙、メイド長とその主人って……しかも死んでるし」
「妖夢、お客様?」
「あ、幽々子様……あの、霊夢と魔理沙、メイド長とその主人が死んできたんですけど、幽々子様呼びました?」
「いいえ、まだ呼んでないわ」
「そうですか……ほら、聞いた通りよ。あんたたちまだお呼ばれしてないんだから、さっさと帰った帰った!」
……閑話休題……
「それでは第三回反省会を……って、何で咲夜しかいないのかしら?」
再び紅魔館のラウンジで、パチュリーは目の前の咲夜をジト目で見た。
「魔理沙と霊夢は『もうこれ以上付き合ってられない。寝る』とか言って帰りましたよ」
「……レミィは?」
「お嬢様は『飽きた、寝る』だそうです」
「……そう」
ほぅ、とため息一つ。
「私も寝るわ」
「そうですか。それはそうと、『レッドマジック三号』……今は四号ですか……はどうします?」
「ああ、それなら……」
かくて、レミリアの月旅行計画は悲惨な末路を迎え、永遠に凍結されることとなった。この世には手を出してはいけない領域というものがあるのだ。それに手を出したものには必ず報いがある。
それはさておき、かの「レッドマジック四号」はどうなったのかというと……
「……咲夜さん、これはあんまりですよぅ」
美鈴は紅魔館の中庭に残された「レッドマジック四号」の前で泣きそうな顔をしていた。
「そりゃせっかく修理したんですから、使わずにほったらかしにしたり捨てるのはもったいないと思いますけど……」
「レッドマジック四号」は胴体に書かれたその名を上から消され、新しい名前を上書きされていた。
……「門番の家」と。
この言葉を聞いたとたんに、館の主、メイド長、門番、居候の魔女の機嫌が目に見えて悪くなるからだという。ついでに黒い魔法使いと神社の巫女も。
最も、真面目に月旅行なんて考えたことのある者なんて当の館の主達くらいしかいないわけなんだけれども。
……これは、館の主、レミリア・スカーレットの我侭によって引き起こされた月旅行計画の挑戦と挫折、そしてその悲惨な末路の物語である。
「咲夜、月に行くわよ」
ある日、咲夜が食事の後片づけを終えたところで、レミリアが突然そんなことを言い出した。まぁお嬢様の我が侭にはいつも慣れっこになっている咲夜としては、「あ、またか」という程度な訳だが。
「はぁ……月ですか。そういえば以前もそんなことを言ってませんでしたか……月に行くために必要なアイテムを集めるのに飽きてやめたと記憶してますが?」
「どうでもいい事を記憶してるわね……まあいいわ。それに関してはパチェが解決策を見出してるから問題ないわ……そうでしょう?」
「ええ」
相変わらず魔道書……日記帳かもしれないが……を小脇に抱えたパチュリーがうなずく。
「色々な文献を調べた結果、集めなきゃならないアイテムはは100個以内に収まったから……それも比較的集めやすいものばかりね」
「はぁ、それでも100個ですか……大変ですわ」
はぁっ、とため息一つ。
「それもすでにあらかたそろえてあるわ。あと一個足りないけど」
「それは手回しのいいことで……で、あと足りないのは何ですか?」
「ええっと……軽くて強力なロケットエンジン」
「ああ、あれね」
「あれですわ」
「……魔理沙ぐらい言える様になりなさいよ、あんたたち」
レミリアと咲夜、二人同時にポン、と手を打ち、パチュリーがあきれたように呟く。
「咲夜、ロケットエンジンの入手、お願いするわ」
「わかりました」
……で、一時間後。
「……というわけで、一緒に来てもらうわよ」
「無理矢理連れて来てから言うな、この馬鹿メイド!!」
咲夜によって霧雨魔理沙が紅魔館に連行されてきた。
「いきなり有無も言わせずに殴り倒した挙句、簀巻きにして強制連行ってのはどういう了見だよ。返答がどうであれただじゃ済まさないぜ?」
「簀巻きにされて手も足も出ないのに良くそんな口が叩けるわね。感心するわ……まぁそれはともかく、月に行くためにどうしても強力なエネルギーを出す物がいるから協力しなさい」
「それが私と何の関係があるって……あ」
どうやら真意に気がついたらしい。
「魔砲を推進力にしようと思ってるな?私の魔砲はそんなために使うもんじゃないぜ。断る」
「いいじゃない、減る物じゃないのに」
「減るよ。お前のナイフと一緒にするな」
「お嬢様、お聞きの通り魔理沙は非協力的ですが……」
「そう。それは困ったわね」
全然困った様子ではない。って言うか台詞棒読みだし。
「……じゃあ賭けをしようかしら。咲夜が目隠しをして魔理沙にナイフを投げて、額に当たれば解放してあげるわ。外したら手伝う……これでどう?」
「良くないっ!!」
「咲夜だったらうまく当てるわよ?」
「死ぬっ、絶対死ぬっ!って言うか、死ぬか手伝うかの二択しかないだろっ!!」
「それでOKだって、咲夜」
「んなこと言ってないっ!ってそこの腐れメイド、やる気というより殺る気満々で目隠しするなっ!わかったよ、手伝えばいいんだろ、手伝えば!!」
やけくそ気味に叫ぶ魔理沙。
「最初からそう言えばいいのよ。ごねるから余計な手間かかったじゃないのまったく」
「……強制連行、脅迫、挙句の果てに逆ギレかよ、最悪だな……で、わたしゃ何をすればいいんだ?」
「こっち来て」
咲夜に付いて中庭に向かうと、そこには巨大な流線型の物体が鎮座していた。
「これが月に行く魔法のアイテム、名づけて『レッドマジック1号』よ」
「ちなみにパチュリー様の設計で私が作りました」
美鈴がちょっと得意げに言った。
「どうでもいいんだが、この形……何かに似てないか?」
「そういえば、あれに似てるわね。月の兎の……」
「ああ、あの弾」
「……あれと言われても私は知らないわ」
「私もよくわからないんですけど……」
魔理沙、咲夜、レミリアの三人がはいはい、とうなずき、パチュリーと美鈴が何のことだか、と小首をかしげた。
……Intermission……
「くちゅん!!」
永遠亭で、鈴仙は妙に可愛らしいくしゃみをした。
「あらウドンゲ、風邪?」
「い、いえ、か、風邪なんかじゃないです……大方あの紅白か黒いの辺りが噂でもしているんですよ、きっと」
「風邪だったらこの新作の薬の動物実験するんだけど」
「勘弁してくださいよー。それに動物実験って……ただの兎と一緒にしないでください」
「そうだったわね……ただの月の兎、よね?」
「ううぅ……」
……閑話休題……
「で、どうすればいいんだよ」
「ここにえんじんるーむとか言うのがあるでしょ?」
咲夜がロケットの下を指差す。
「よくわからんが、なんか狭い部屋があるな」
「ここに入って、OK出したら地面に向かって思いっきり魔法を撃てばいいのよ」
「それはわかったとして、お前らはどうするんだよ」
「パチュリー様と美鈴は下で待機、お嬢様は月に着くまでお茶の時間ですわ」
「おい」
「……何か不満でも?」
「ああ、ご不満だとも」
露骨に不満げな魔理沙。
「何でレミリアが優雅にお茶なんかしてる間に私が働かにゃならんのだ?」
「お嬢様ですから」
「夜の王だもの」
「んなもん理由になるか!」
同時に即答する二人に、魔理沙は声を荒げる
「大体お前らは『働かざるもの食うべからず』って格言を知らんのか?」
「知ってるけど、それがなにか?」
「一番下品な格言よね。私の嫌いな言葉よ」
「お前らな……ああもう、期待した私が馬鹿だったよ」
諦念のため息一つ。
「咲夜、あまり時間に余裕がないわ。さっさと出発しましょう」
「わかりました……それじゃ魔理沙、後はよろしく」
「へいへい……ったく、しょうがないな」
しぶしぶ魔理沙は「えんじんるーむ」に入る。
「カウント0で撃ちなさいよ」
「わかったよ。さっさとカウントしな」
「カウント……10、9、8……」
「咲夜、今何時?」
「夕方の6時ですね……5、4……」
「時蕎麦じゃねぇんだからいらん事言うなよ……つーか、咲夜、お前意外と頭悪いだろ」
「魔理沙、後で館の裏に来なさいよ……3、2、1……0」
「『マスタースパーク』!!」
魔理沙が魔砲を放つ。もうもうと立ち込める土煙の中、「レッドマジック一号」は地面を離れ……
「あ……こけた」
「それでは、第一回反省会を行うわ……聞いてるレミィ?」
「聞いてるわよ……ぐすっ」
「大丈夫ですか、お嬢様」
「大丈夫なわけないじゃない」
紅魔館のラウンジ。魔理沙、レミリア、パチュリー、咲夜の四人で反省会兼次回の対策会議がパチュリーの司会の元行われることとなった。「レッドマジック一号」は見事に転倒、レミリアが頭を打ってこぶを作るという大惨事(?)を引き起こし、ただ今美鈴が修理中である。
「第一回って……まるでまた失敗するとでも言いたげね」
「そう思うから失敗するのよ。思考には気をつけたほうがいいわ」
「げほげほ……くそ、土煙は結構きついぜ」
マスタースパークの爆風の反動をもろに受ける羽目になった魔理沙は全身埃と煤まみれになり、さっき風呂に入ったばかりである。
「咲夜、うがい薬でも持ってきてあげて……さて、それじゃ今回の失敗の原因だけど、出力不足、これに尽きるわね」
「……それは、私のせいだといいたいのか?」
「概ねそういうことになるかしら」
「覚えてなさいよ、魔理沙」
「逆恨みもはなはだしいぜ……で、対策はどうするんだよ」
「もう立ててるわ」
「というわけで、マスタースパークの出力を上げるために、「えんじんるーむ」に毛玉を入れてみたわ」
修理が完了し、改めて「レッドマジック2号」と名づけられたロケットのそば……パチュリーがそう言うそばから、魔理沙の悲鳴が聞こえた。
「待てっ、その発想は何か間違ってるだろっ!!っていうか、死ぬっ、死んでしまうっ!!」
「魔理沙、私たちのためにがんばりなさい」
「お前ら、後で覚えてろよっ!!うわっ、針弾がっクナイ弾が高速でっ!!」
「……パチュリー様、月に行く前に魔理沙が逝ってしまうのでは?」
「大丈夫よ、多分……魔理沙が魔法を暴発させる前に早く乗って」
咲夜とレミリアが乗り込んだその直後、
「痛い痛い、地味に痛いっ!!この、いい加減にしろよ!『ファイナルスパーク』!!」
前回とは比べ物にならないすさまじい勢いの閃光と爆音、土煙を上げて、「レッドマジック2号」は空に飛び上がる。
……魔砲の軌跡を残しながら「レッドマジック2号」は……
「あ、また落ちた」
「落ちたわね」
「あれ、湖に落ちませんでした?」
「……」
「では、第二回反省会を行うわ……魔理沙、聞いてる?」
「聞いてるよ……へくちゅん!!」
「レッドマジック2号」は見事紅魔館の周りの湖に墜落し、結果レミリアと魔理沙がずぶぬれになるという大惨事(?)を引き起こし、またしても美鈴が修理中である。
「どうでもいいんだがよ、メイド長だけなんで濡れてないんだよ?」
「私は時を止めたから」
「咲夜、貴方私を無視して自分だけ助かったって言うわけね?」
「い、いえ、決してそんなつもりは……ただ私の力にも限界がありまして」
「嘘つけ、普段から無制限に時を止めまくってるお前さんが、それくらいのことできないわけあるまい?」
「そ、それはその……」
魔理沙の当然といや当然な突っ込みに、口ごもる咲夜。
「大方、びしょ濡れになったレミリアが見たくてわざと助けなかったんだろ?」
「そそそそんなことあるわけないじゃない」
「動揺、したな?」
ニヤリ、と嫌な笑みを浮かべる魔理沙。横でレミリアが
「咲夜……貴方そういう趣味があったのね」
汚い物を見るような目で咲夜を見る。追い詰められた咲夜は……
「ええ、そうよ!!お嬢様がびょ濡れになるのが見たくてわざと助けませんでしたとも!だって濡れて肌に張り付いた服とか寒さに震える表情とか着替えさせるときの背徳感とかそそるじゃない!?」
開き直って一気にまくし立てる。
「また逆ギレかよ……そんなことに同意を求められてもなぁ」
「咲夜の個人的主張を押し付けられても困るわね」
「多数決で昨夜は変態と言う事で決定、ね」
「霊夢で同じ事想像してみたら?」
「……」
「……」
黙り込む魔理沙とレミリア。
「……そろそろ本題に入っていいかしら?」
「その、何だ、これ以上咲夜を苛めるのも何だよな」
「そうね、時間もないことだし、そろそろ本題に入らないと」
二人とも顔を少し赤らめて、ただ一人冷静なパチュリーの話題を転換する提案を受け入れる。
「で、今回の問題点は何だよ。出力はこれ以上上げられないぜ?」
「そうね……そうなると後は重力を軽減する方法が必要なんだけど」
「それなら心当たりはあるぜ?」
「あら、そう?」
「ちょっと待ってな」
そして一時間後……
「悪いが来てもらうぜ?」
「無理矢理連れて来てから言うな!!」
魔理沙によって霊夢が強制連行されてきた。
「まったく、人の寝込みをいきなり叩き起こして、有無を言わせず箒に乗せて連れて来るなんて、よっぽどの事情でもただじゃおかないわよ!?」
「仕方ないだろ、こいつらが月に行くとか言って私を無理矢理連行したんだから、霊夢だけのほほんと寝てるのはずるいじゃないか」
「そんな事情は知ったこっちゃないわよ!帰って寝なおす」
そう言い放って踵を返す霊夢。だが……
「あれ?」
扉を出たはずなのにまた館の中に戻っていた。再度扉を出るが……また元に戻る。
「これは……そこの腐れメイド、あんたの仕業でしょう!?」
「さて、何のことですか?」
白々しく明後日の方を向いて口笛などを吹く咲夜。
「この……いいわ、ちょっとばかりお仕置きが必要かしら」
「いいわよ、受けてたつけど」
「私たちも相手にする気があるなら、ね」
「今余計な魔力は使いたくないんだがな」
「目の前の紅白を積極的に従わせる魔法は……」
「……ちょっと、四対一は卑怯だと思うな」
一斉にスペルカードを取り出す咲夜、レミリア、魔理沙、パチュリーに、霊夢は顔を引きつらせて両手を挙げた。
「で、結局私は何すればいいのよ」
「別に。お前さんの能力が必要なだけで、霊夢自身は必要ないからな……まぁレミリアの相手でもしてやってくれ」
「なんかむかつく物言いなんだけど、それ」
魔理沙の考えはこうである。霊夢の能力は空を飛ぶ能力。すなわち無重力。これを「レッドマジック2号」……いや今は三号なのだが……に使えば、月に行けるかもしれない、と。
「もう本当に時間がないわ。早くして」
「ああ、わかったよ」
「あ、魔理沙、ちょっと……」
もう日付が変わろうという時間。「えんじんるーむ」に向かう魔理沙に、レミリアがささやく。
「次落とすときは、もう一度湖に落としなさい」
「いや、そうしたいのはやまやまなんだが、もう落ちるのは勘弁してくれ」
「お嬢様、早くしないと」
「ああ、わかってるよ……それじゃ魔理沙、せいぜいがんばりなさい」
そう言い残してレミリアは「レッドマジック三号」に乗り込んだ。それを見届けて、魔理沙も「えんじんるーむ」に入る。
「レミリア、あんた月なんて行ってどうするつもりよ?」
霊夢のその問いに、
「ん、なんとなくよ、なんとなく。退屈だったし」
優雅に紅茶など飲みながらさも当然のことのように返すレミリア。
「まぁそう言う答えが返ってくるのは予想してたけどね。それより、さっきから下の方で『さっきより毛玉の数が増えてるじゃないか!!』とか『死ぬ死ぬ、今度こそ本当に死ぬっ!!』とかって魔理沙の悲鳴が聞こえるんだけど?」
「気にしない気にしない」
「いや、すごく気になるけど」
そうこうしているうちに、
「うわ、お前どこに入ってくるんだよ!そ、そんなとこ触るなっ!!こっ、この、『ファイナルマスタースパーク』!!」
なにやら意味深な発言と共に、魔砲の光があたりを包み込み……
「あ、飛びましたね!!」
「飛んだわね」
「レッドマジック三号」は、幻想郷の空へと向かって飛んでいくのであった。
……Intermission……
その頃永遠亭では……
「師匠、あれ見てください」
鈴仙が夜空に光る一筋の光を指差した。
「あら、流れ星?」
「上に向かって飛んでますから違うと思いますが……大方あの黒いの辺りが何かしてるんじゃないですか?」
「案外月旅行でもするつもりかも」
「まさかぁ」
……閑話休題……
「レッドマジック三号」は夜空を切り裂いてぐんぐんと高度を増す。
天に輝く満月目指し、ひたすら上り続ける。
それはイカロスが太陽目指して飛ぶが如く。
バビロンの民が天目指して塔を立てるが如く。
……だが、忘れてはならない。
イカロスが蝋で固めた羽が溶けて墜落したように
バベルの塔が神の怒りに触れて破壊されたように
触れてはならない物に近付こうとする者にはそれ相応の報いがあるということを……
月もまた、触れてはならない場所なのだ。
月は幻想郷の外にある。なら、それは博麗大結界の外という事になる。
結界に綻びでもない限り、博麗大結界を越えられる者など、幻想郷にはただ一人しかいない。
そのただ一人がいない以上、彼女たちに月に行けるわけがないじゃないか。
……そういうわけで、「レッドマジック三号」は博麗大結界の境目で立ち往生していた。
「おい、進まないし戻れないっていうのはどういうことだよ」
「そんな事私に聞かないでよ」
「こういうことはパチュリー様が詳しいと思うのですが」
「その肝心のパチュリーと連絡が取れないんだろうが!」
「……なんか、こうなるような気がしてたのよ、私」
「そういう事はもっと早く言えよ、霊夢!!」
「聞かなかったから言わなかったのよ」
「……咲夜、お腹すいた」
「少々お待ちくださいお嬢様、今から支度しますので」
「そんなの後にしろよ、このバカ吸血鬼!!」
「……咲夜、食事はこの黒いので取るからいいわ」
「いいぜ、お前さんには色々言いたいことがあったんだ。この際魔砲で言わせて貰うぜ」
「あんたら、いい加減に帰る事考えなさいよ!!」
一触即発の雰囲気の中、咲夜だけが何か考えている様子。
「お嬢様、ちょっといいですか?」
「何よ咲夜、何かこの先に進むいい考えでもあるって言うの?」
「いえ、これ以上前に進めないわけですし、戻るしかないと思うのですけれど」
「だが、どうやって戻るって言うんだよ?」
「一斉にスペルカードを使用すれば、反動で動くかもしれないわ」
「でも、どこに飛ぶかわからないんじゃない?」
「軌道修正は私がするわ。ナイフの軌道修正よりは難しいでしょうけど」
「……どう思う?」
霊夢と魔理沙が考え込む中、
「咲夜がそう言うならそれでいいわ」
レミリアは即答した。
「いいのか、それで?」
「こういう時の咲夜は勝算のないことに手を出したりしない。そんな咲夜が私の期待を裏切ったことはないわ」
「ま、お前さんがそう言うなら、やってもいいがな」
「他に方法もないしね」
全員がうなずきあい、同時にスペルカードを準備する。
「それじゃ行くわよ、『夢想妙珠』!!」
「『マスタースパーク』!!」
「『殺人ドール』!!」
「『不夜城レッド』!!」
次の瞬間、魔力の爆発は「レッドマジック三号」を地球に向かって押し出した。
「よし、動いた!!」
「これで館に帰れるわ」
「……それはいいんだけどさ、ちょっとばかり落ちるの早くない?」
霊夢の冷静な発言に、全員が外を見る。
外の風景はものすごい勢いで変わっていた。
「そういえばさ、これどうやって着陸するの?」
霊夢の問いに、全員が凍りつく。
「……ちょっと、ひょっとして誰も着陸の方法知らないとか?」
沈黙が肯定を示す典型的な例だ。
いつしか風景は見慣れた幻想郷の空に変わる。もっとも、恐ろしい勢いで落下中のため、風景なんてゆっくり眺めてる場合じゃないのだが。
そしてそのまま「レッドマジック三号」は幻想郷の大地に再び帰還したのだった……墜落という形で。
……Intermission……
(またまた)その頃永遠亭では……
「あ、何か飛んできますよ、師匠」
「今度こそ流れ星かしら」
「そうですね……って、なんかこっちに飛んでくるようですが?」
「そうね」
そう永琳が言った瞬間、すさまじい地響きと共に、それは竹林の中に落ちた。
「……落ちましたよ」
「落ちたわね」
「永琳、今の音は何?」
「あ、姫……何かが竹林の中に落ちたみたいで」
「何か?気になるわね」
一行が落下地点に行くと、てゐがすでにその場にいた。
「イナバ、何があったの?」
「んー、あの黒いのとか紅白とかが落ちてきたみたいだよ?」
あたり一面「レッドマジック三号」の破片が散乱し、死屍累々といった状況である。そんな中、てゐは竹の先でぐったり倒れてる魔理沙をつんつんとつついた。
「どう?」
「んー、魂抜けてるよ?」
「そう……永琳」
「ええ、わかってます、治療ですね?」
「ええ、こんなところで死なれて自縛霊になられても困るし」
……で、ほぼ同時刻の白玉楼
「……おや、なんかまた珍しい取り合わせね」
妖夢の前にふわふわと飛んでくる人魂。
「霊夢に魔理沙、メイド長とその主人って……しかも死んでるし」
「妖夢、お客様?」
「あ、幽々子様……あの、霊夢と魔理沙、メイド長とその主人が死んできたんですけど、幽々子様呼びました?」
「いいえ、まだ呼んでないわ」
「そうですか……ほら、聞いた通りよ。あんたたちまだお呼ばれしてないんだから、さっさと帰った帰った!」
……閑話休題……
「それでは第三回反省会を……って、何で咲夜しかいないのかしら?」
再び紅魔館のラウンジで、パチュリーは目の前の咲夜をジト目で見た。
「魔理沙と霊夢は『もうこれ以上付き合ってられない。寝る』とか言って帰りましたよ」
「……レミィは?」
「お嬢様は『飽きた、寝る』だそうです」
「……そう」
ほぅ、とため息一つ。
「私も寝るわ」
「そうですか。それはそうと、『レッドマジック三号』……今は四号ですか……はどうします?」
「ああ、それなら……」
かくて、レミリアの月旅行計画は悲惨な末路を迎え、永遠に凍結されることとなった。この世には手を出してはいけない領域というものがあるのだ。それに手を出したものには必ず報いがある。
それはさておき、かの「レッドマジック四号」はどうなったのかというと……
「……咲夜さん、これはあんまりですよぅ」
美鈴は紅魔館の中庭に残された「レッドマジック四号」の前で泣きそうな顔をしていた。
「そりゃせっかく修理したんですから、使わずにほったらかしにしたり捨てるのはもったいないと思いますけど……」
「レッドマジック四号」は胴体に書かれたその名を上から消され、新しい名前を上書きされていた。
……「門番の家」と。
正直驚きました。それにしてもまさかあのエンディングの続き物をだすとは。