今朝から人間の里の大通りの往来は、まるで大穴が空いたように二分されていた。
ある者は目を合わせないようにこそこそとその場を通り過ぎ、ある者は物言わぬそれの野次馬をしている。噂好きな里の人間たちは通りにある直立不動のそれを、入ったら出られないだの、人間を食うだのと吹聴していた。
現場にいち早く駆け付けたのは里で布教活動をしていた東風谷早苗だった。里での騒動の対処は博麗の巫女、あるいは白黒の魔法使いと相場が決まっていたから少し珍しい光景である。信者が早苗を案内したのが大きかった。早苗は巫女すらいないその状況に気を引き締めると共に、布教の成果もまた実感していた。
早苗は群衆の隙間を縫ってどうにか人集りの内側の不自然な空間、元凶の元へ辿り着いた。そうして、目を見開くことになる。
二人程ぎりぎり入れるくらいの背の高い箱。頭は薄い緑で、中には蛍光緑の樹脂製の塊が台の上に鎮座している。
「公衆電話じゃないですか」
外の世界で幾度と中に入った電話ボックスが大通りのど真ん中に堂々と居座っている。呆気に取られていた早苗だったが、これではいけないと通りの真ん中に現れた異質な箱に異常はないか入念に確認した。結局なんのことはない、早苗のよく知る代わり映えのない電話ボックスだった。違いがないのを逆に訝しんでしまう程に。
「風祝様、大丈夫ですか」
「…えぇ、これは公衆電話というもので、私も昔使ったことがあります。何故ここにあるのかわかりませんが」
それだけ言うと、早苗は扉に手を掛けた。何故中に入ったのだろう。周りの見物人はもちろん、早苗自身にもわからなかった。受話器を手に取るとおもむろにがま口から十円玉を取り出し投入した。除けておくのも可哀想だと思い、幻想郷でよく見る硬貨と一緒にしておいた外の世界から持ってきた十円玉の四枚のうちの一枚。
ぴ、ぽ、ぱ。ぷるるるる。
公衆電話は早苗の記憶通りに作動した。早苗の耳をもう何年も聞いていない発信音が貫き、次いで呼び出し音が掛け巡る。生温い冷や汗が伝う。感じたことのない緊張は、早苗の周りにいる里の住人の好奇とも疑心とも言える視線に拠るものではなかった。
ぷるるるる、ぷるる。がちゃ。
「もし、もし」
「諏訪子様!」
早苗の願いは山の上まで届いた。
「凄い!繋がった!聞こえますか、諏訪子様?」
得体の知れない緑色の無骨な機械を前に、一人の少女は喜びを抑えられずに言葉を紡いだ。
「あ、あぁ聞こえるよ…どういうこと早苗?」
山の神は柄にも無く戸惑いの声を漏らす。押し入れの奥にしまったはずの外にいた頃の電話機。鳴り方を覚えてもいないはずだ。その電話機から、風祝の声が聞こえている。
「どうも公衆電話が幻想入りしたみたいで、里の大通りのど真ん中に出現していました」
「へぇ…。その公衆電話から掛けてるの?」
「そうです!いやぁ凄いですねぇ!」
「へぇ…なんで繋がるのかな…」
「私もびっくりですよ…懐かしいですね。よく学校から帰るときに電話しましたね」
「あぁ、懐かしいねぇ。神奈子ったら、少し連絡が遅いだけで心配してさぁ」
「あはは、そんな頃もありましたね。懐かしいなぁ」
電話越しの思い出話に花が咲く。それは里の人間には異質に見えても、早苗たちにとっては確かに苦楽を共にした証明であった。早苗は慣れた手つきで二枚目の十円玉を投入する。
それでも早苗は守矢神社の風祝。思い出話は程々に切り上げて、この里に鎮座する大きな直方体の処遇を即決した。一分半程の時間が経過し、早苗は受話器を下ろす。
「…風祝様、何が起こったんです」
電話ボックスの側にいた里の人間が不安げに声を上げた。
「…あぁ、この公衆電話は遠くの人と話ができるもので、私のかぞ…神社の神様と話していました。つい話に熱中してしまいましたね」
早苗は申し訳無さそうにそう言うと、ある人間は安堵し、またある人間は面白く無さそうにその場を後にしていく。
「このこうしゅうでんわは、どのくらい遠くの人と話ができるのですか?」
信者が興味深そうに尋ねる。
「…日本中どこだってできますよ。どれだけ遠くても…」
そうぽつりと言うと、早苗は向き直る。
「尤も外の世界での話です。この件は我々守矢神社が責任を持って対応致しますから、ご心配なさらないでください。いつか幻想郷でも皆が使えるようになるよう、守矢神社が手掛けてもいいかもしれません」
早苗は背を向け歩き出す。大通りは小さな穴の中心に公衆電話があること以外は日常を取り戻した。
その晩には守矢神社の下、河童達が電話ボックスを大通りの脇に移動させた。何故守矢神社の使われていない電話機に通じたのかは不明であったが、ともかく幻想郷で電話が使えたということで守矢神社の祭神と河童達が幻想郷での電話網の掌握の為動き出したのである。
さて、件の公衆電話であるがこれがまた難解な代物で、幻想郷の硬貨(元は外の世界のものだが)を投入してもどこにも繋がらないのだ。試しに早苗が持っている十円玉を使って電話を掛けてみると、やはりというか守矢神社にのみ繋がる。始めは未知の機械に興味津々だった河童たちも、河童という妖怪の性か、ただ与えられた玩具に飽きたのか、最早匙を投げ合う状況であった。しかし、事態は予想外の展開を迎えるのである。
この幻想電話網計画に特に力を入れていたのは河城にとりだった。彼女は周りの河童たちが手を引く中でもしぶとく向き合っていたのだが、如何せん一切進展はないのでやきもきしていた。そんな根を詰め過ぎた状態で夜通し人間の里の公衆電話で作業していたからか、明け方アジトに戻ってから初めて工具箱を電話ボックスに忘れてきたことに気付いたのである。
あの工具がないと他の作業にも影響が出るし、何より愛用の工具たちが手元にないのが嫌だった。結局太陽が頭上で輝く人間の里、それも大通りにお忍びで足を運ぶ羽目になったのである。
公衆電話の近くまで来たにとりは電話ボックスの人影に気付いた。もの好きが好奇心で近づくのはあり得るだろう。どうやって人間に里にいるはずのない妖怪の私が声を掛けたものか…。だが近づくに連れ、事の重大さに気づくのである。
まず中の人物はあまりに白黒だったから霧雨魔理沙だとすぐにわかった。あいつはそこかしこに首を突っ込むから別に意外でもなんでもない。次にお目当ての工具箱が魔理沙の足元にあるのを遠目に確認した。ひとまずにとりは安心した。そして、魔理沙が通話している。
霧雨魔理沙が通話している。
にとりの目が点になった。なぜ通話ができる。なぜ魔理沙が通話している。疑念は尽きなかったが、とりあえず霧雨魔理沙はその場でお縄になった。
魔理沙の証言はこうだった。電話というものについては以前香霖堂の店主から話を聞いている。店主は無縁塚で拾った代物を見せながら説明をしたが、どうもその名ばかりの説明は実態と乖離していたようでいざ公衆電話を見物してもどのように使われているのかさっぱりわからない。とりあえず手持ちの小銭を入れて、あわよくば香霖堂の電話機と繋がればいいなと受話器を取ったら本当に店主の声が聞こえたのだ。お互い戸惑って大して話はしていないが、問題なく会話はできるだろう、と。
魔理沙が使った硬貨は幻想郷でよく見かける物で、繋がった先も守谷神社ではなかった。もちろん電話線など繋がっていない。にとりはある仮説の元、受話器を取り手持ちの小銭を入れた。数字はプッシュしない。
ぷるるるる、ぷるるるる、がちゃ。
「魔理沙かい?」
果たしてその発信は香霖堂の電話機が受信した。
「いや、私だ。谷カッパのにとりだ。まさか本当にあんたに繋がるとはな」
「君か。例の里の電話から掛けているのかい?」
「ああ、そうさ。大して役に立たないのかと思ったけど、あんたのところに繋がるなら話は違うな」
「僕とだけやり取りできても意味はないだろう」
「いや、あんたの所に繋がったから他の電話機にも繋がる目星が付いた」
「そうか、それは良かった」
「それでは早速業務に取り掛かるよ。ありがとう」
それだけの淡々とした会話だったが、仮説の立証に大きく近づいたことににとりの胸が高鳴る。これで見切りを付けた他の河童たちを出し抜くことができる。
そこからのにとりは止まらなかった。走って電話ボックスを後にする。魔理沙は勝手に帰った。
「…という理由だ。硬貨を投入し、相手を強く念じる。そうしたら相手の電話機に繋がるんだ」
「なるほど…」
にとりは自信に満ち溢れていた。そして自信に裏打ちされた腕もあるのだ。こう言われると確かに早苗も納得がいった。
「香霖堂の電話機も、無縁塚で拾ったやつも、それらを模して作ったオリジナルのやつもどれも幻想郷の硬貨であの公衆電話から繋がった。繋がらないのは守矢神社の電話機だけさ」
「うちの電話機は逆に外の硬貨でのみ繋がりますからね」
「やはり電話線がなくても通話するには相手を強く念じることが大切なんだろう。硬貨が違えど最初に早苗が諏訪子様と通話できたのもそれが理由じゃないかな」
「相手を…強く…」
「私は最後の調整に入るよ、実用化もそう遠くないと神様たちに伝えてくれ」
「わかりました。何から何までありがとうございます」
早苗は頭を下げた。その場を後にしようとしたにとりだったが、ふと振り返って言った。
「そういや公衆電話に投入された小銭なんだが、回収しようと中を開いても君の十円玉が見つからないんだ」
「え?」
「幻想郷の硬貨は回収できるんだけどね。もしかしたら、外の世界に帰っていったのかもね」
そう言うと再び背を向ける。
「だから君の残りの十円玉、大切にしなよ」
にとりは右手を振って去っていった。しかし早苗はにとりが言った言葉を反芻するのに夢中で、とてもじゃないが目に入っていなかった。
里の大通りは居酒屋の明かりだとか子沢山の家の元気な声だとかが漏れ出ていて、昼程ではないものの活気は幾分かあった。しかし、夜陰に溶け込む公衆電話にはそれも届かない。実用化を目前に祭神は電話ボックスの塗り替えを決定した。じきにこの公衆電話も人間の里を彩る一員となるだろう。
今はまだ静かな夜の電話ボックスに、人影が一つ。
音を立てないように扉を開けて中へ進んでいく。おもむろに受話器を取った反対の手には、十円玉。かすかに震える手でそれを投入する。
ぴ、ぽ、ぱ。
ぷるるるる、ぷるるるる、ぷるるるる。
がちゃ。
「はい、もしもし」
「…まさか、あなたにも繋がるなんて…」
幻想の公衆電話は今、最も遠くまで想いを繋げていた。
ある者は目を合わせないようにこそこそとその場を通り過ぎ、ある者は物言わぬそれの野次馬をしている。噂好きな里の人間たちは通りにある直立不動のそれを、入ったら出られないだの、人間を食うだのと吹聴していた。
現場にいち早く駆け付けたのは里で布教活動をしていた東風谷早苗だった。里での騒動の対処は博麗の巫女、あるいは白黒の魔法使いと相場が決まっていたから少し珍しい光景である。信者が早苗を案内したのが大きかった。早苗は巫女すらいないその状況に気を引き締めると共に、布教の成果もまた実感していた。
早苗は群衆の隙間を縫ってどうにか人集りの内側の不自然な空間、元凶の元へ辿り着いた。そうして、目を見開くことになる。
二人程ぎりぎり入れるくらいの背の高い箱。頭は薄い緑で、中には蛍光緑の樹脂製の塊が台の上に鎮座している。
「公衆電話じゃないですか」
外の世界で幾度と中に入った電話ボックスが大通りのど真ん中に堂々と居座っている。呆気に取られていた早苗だったが、これではいけないと通りの真ん中に現れた異質な箱に異常はないか入念に確認した。結局なんのことはない、早苗のよく知る代わり映えのない電話ボックスだった。違いがないのを逆に訝しんでしまう程に。
「風祝様、大丈夫ですか」
「…えぇ、これは公衆電話というもので、私も昔使ったことがあります。何故ここにあるのかわかりませんが」
それだけ言うと、早苗は扉に手を掛けた。何故中に入ったのだろう。周りの見物人はもちろん、早苗自身にもわからなかった。受話器を手に取るとおもむろにがま口から十円玉を取り出し投入した。除けておくのも可哀想だと思い、幻想郷でよく見る硬貨と一緒にしておいた外の世界から持ってきた十円玉の四枚のうちの一枚。
ぴ、ぽ、ぱ。ぷるるるる。
公衆電話は早苗の記憶通りに作動した。早苗の耳をもう何年も聞いていない発信音が貫き、次いで呼び出し音が掛け巡る。生温い冷や汗が伝う。感じたことのない緊張は、早苗の周りにいる里の住人の好奇とも疑心とも言える視線に拠るものではなかった。
ぷるるるる、ぷるる。がちゃ。
「もし、もし」
「諏訪子様!」
早苗の願いは山の上まで届いた。
「凄い!繋がった!聞こえますか、諏訪子様?」
得体の知れない緑色の無骨な機械を前に、一人の少女は喜びを抑えられずに言葉を紡いだ。
「あ、あぁ聞こえるよ…どういうこと早苗?」
山の神は柄にも無く戸惑いの声を漏らす。押し入れの奥にしまったはずの外にいた頃の電話機。鳴り方を覚えてもいないはずだ。その電話機から、風祝の声が聞こえている。
「どうも公衆電話が幻想入りしたみたいで、里の大通りのど真ん中に出現していました」
「へぇ…。その公衆電話から掛けてるの?」
「そうです!いやぁ凄いですねぇ!」
「へぇ…なんで繋がるのかな…」
「私もびっくりですよ…懐かしいですね。よく学校から帰るときに電話しましたね」
「あぁ、懐かしいねぇ。神奈子ったら、少し連絡が遅いだけで心配してさぁ」
「あはは、そんな頃もありましたね。懐かしいなぁ」
電話越しの思い出話に花が咲く。それは里の人間には異質に見えても、早苗たちにとっては確かに苦楽を共にした証明であった。早苗は慣れた手つきで二枚目の十円玉を投入する。
それでも早苗は守矢神社の風祝。思い出話は程々に切り上げて、この里に鎮座する大きな直方体の処遇を即決した。一分半程の時間が経過し、早苗は受話器を下ろす。
「…風祝様、何が起こったんです」
電話ボックスの側にいた里の人間が不安げに声を上げた。
「…あぁ、この公衆電話は遠くの人と話ができるもので、私のかぞ…神社の神様と話していました。つい話に熱中してしまいましたね」
早苗は申し訳無さそうにそう言うと、ある人間は安堵し、またある人間は面白く無さそうにその場を後にしていく。
「このこうしゅうでんわは、どのくらい遠くの人と話ができるのですか?」
信者が興味深そうに尋ねる。
「…日本中どこだってできますよ。どれだけ遠くても…」
そうぽつりと言うと、早苗は向き直る。
「尤も外の世界での話です。この件は我々守矢神社が責任を持って対応致しますから、ご心配なさらないでください。いつか幻想郷でも皆が使えるようになるよう、守矢神社が手掛けてもいいかもしれません」
早苗は背を向け歩き出す。大通りは小さな穴の中心に公衆電話があること以外は日常を取り戻した。
その晩には守矢神社の下、河童達が電話ボックスを大通りの脇に移動させた。何故守矢神社の使われていない電話機に通じたのかは不明であったが、ともかく幻想郷で電話が使えたということで守矢神社の祭神と河童達が幻想郷での電話網の掌握の為動き出したのである。
さて、件の公衆電話であるがこれがまた難解な代物で、幻想郷の硬貨(元は外の世界のものだが)を投入してもどこにも繋がらないのだ。試しに早苗が持っている十円玉を使って電話を掛けてみると、やはりというか守矢神社にのみ繋がる。始めは未知の機械に興味津々だった河童たちも、河童という妖怪の性か、ただ与えられた玩具に飽きたのか、最早匙を投げ合う状況であった。しかし、事態は予想外の展開を迎えるのである。
この幻想電話網計画に特に力を入れていたのは河城にとりだった。彼女は周りの河童たちが手を引く中でもしぶとく向き合っていたのだが、如何せん一切進展はないのでやきもきしていた。そんな根を詰め過ぎた状態で夜通し人間の里の公衆電話で作業していたからか、明け方アジトに戻ってから初めて工具箱を電話ボックスに忘れてきたことに気付いたのである。
あの工具がないと他の作業にも影響が出るし、何より愛用の工具たちが手元にないのが嫌だった。結局太陽が頭上で輝く人間の里、それも大通りにお忍びで足を運ぶ羽目になったのである。
公衆電話の近くまで来たにとりは電話ボックスの人影に気付いた。もの好きが好奇心で近づくのはあり得るだろう。どうやって人間に里にいるはずのない妖怪の私が声を掛けたものか…。だが近づくに連れ、事の重大さに気づくのである。
まず中の人物はあまりに白黒だったから霧雨魔理沙だとすぐにわかった。あいつはそこかしこに首を突っ込むから別に意外でもなんでもない。次にお目当ての工具箱が魔理沙の足元にあるのを遠目に確認した。ひとまずにとりは安心した。そして、魔理沙が通話している。
霧雨魔理沙が通話している。
にとりの目が点になった。なぜ通話ができる。なぜ魔理沙が通話している。疑念は尽きなかったが、とりあえず霧雨魔理沙はその場でお縄になった。
魔理沙の証言はこうだった。電話というものについては以前香霖堂の店主から話を聞いている。店主は無縁塚で拾った代物を見せながら説明をしたが、どうもその名ばかりの説明は実態と乖離していたようでいざ公衆電話を見物してもどのように使われているのかさっぱりわからない。とりあえず手持ちの小銭を入れて、あわよくば香霖堂の電話機と繋がればいいなと受話器を取ったら本当に店主の声が聞こえたのだ。お互い戸惑って大して話はしていないが、問題なく会話はできるだろう、と。
魔理沙が使った硬貨は幻想郷でよく見かける物で、繋がった先も守谷神社ではなかった。もちろん電話線など繋がっていない。にとりはある仮説の元、受話器を取り手持ちの小銭を入れた。数字はプッシュしない。
ぷるるるる、ぷるるるる、がちゃ。
「魔理沙かい?」
果たしてその発信は香霖堂の電話機が受信した。
「いや、私だ。谷カッパのにとりだ。まさか本当にあんたに繋がるとはな」
「君か。例の里の電話から掛けているのかい?」
「ああ、そうさ。大して役に立たないのかと思ったけど、あんたのところに繋がるなら話は違うな」
「僕とだけやり取りできても意味はないだろう」
「いや、あんたの所に繋がったから他の電話機にも繋がる目星が付いた」
「そうか、それは良かった」
「それでは早速業務に取り掛かるよ。ありがとう」
それだけの淡々とした会話だったが、仮説の立証に大きく近づいたことににとりの胸が高鳴る。これで見切りを付けた他の河童たちを出し抜くことができる。
そこからのにとりは止まらなかった。走って電話ボックスを後にする。魔理沙は勝手に帰った。
「…という理由だ。硬貨を投入し、相手を強く念じる。そうしたら相手の電話機に繋がるんだ」
「なるほど…」
にとりは自信に満ち溢れていた。そして自信に裏打ちされた腕もあるのだ。こう言われると確かに早苗も納得がいった。
「香霖堂の電話機も、無縁塚で拾ったやつも、それらを模して作ったオリジナルのやつもどれも幻想郷の硬貨であの公衆電話から繋がった。繋がらないのは守矢神社の電話機だけさ」
「うちの電話機は逆に外の硬貨でのみ繋がりますからね」
「やはり電話線がなくても通話するには相手を強く念じることが大切なんだろう。硬貨が違えど最初に早苗が諏訪子様と通話できたのもそれが理由じゃないかな」
「相手を…強く…」
「私は最後の調整に入るよ、実用化もそう遠くないと神様たちに伝えてくれ」
「わかりました。何から何までありがとうございます」
早苗は頭を下げた。その場を後にしようとしたにとりだったが、ふと振り返って言った。
「そういや公衆電話に投入された小銭なんだが、回収しようと中を開いても君の十円玉が見つからないんだ」
「え?」
「幻想郷の硬貨は回収できるんだけどね。もしかしたら、外の世界に帰っていったのかもね」
そう言うと再び背を向ける。
「だから君の残りの十円玉、大切にしなよ」
にとりは右手を振って去っていった。しかし早苗はにとりが言った言葉を反芻するのに夢中で、とてもじゃないが目に入っていなかった。
里の大通りは居酒屋の明かりだとか子沢山の家の元気な声だとかが漏れ出ていて、昼程ではないものの活気は幾分かあった。しかし、夜陰に溶け込む公衆電話にはそれも届かない。実用化を目前に祭神は電話ボックスの塗り替えを決定した。じきにこの公衆電話も人間の里を彩る一員となるだろう。
今はまだ静かな夜の電話ボックスに、人影が一つ。
音を立てないように扉を開けて中へ進んでいく。おもむろに受話器を取った反対の手には、十円玉。かすかに震える手でそれを投入する。
ぴ、ぽ、ぱ。
ぷるるるる、ぷるるるる、ぷるるるる。
がちゃ。
「はい、もしもし」
「…まさか、あなたにも繋がるなんて…」
幻想の公衆電話は今、最も遠くまで想いを繋げていた。
公衆電話そのものがまず懐かしかったです
それで外の世界に電話をかけてしまう早苗にさらなるノスタルジーを感じました
とてもよかったです
短編らしくさっくりとまとまっていて大変良かったです。
爆速で捕まって勝手に変える霧雨魔理沙好き。