「貴方、最近非売品の方はどう?」
……珍しく気持ちのよい春の朝だ。こういう時は家で一人で本を読んでいるに限る。特に誰もいない中一人で本を読むとなおさらよい。
「話を聞いているかしら。非売品を見せてくれないかと聞いているのよ。」
「突然朝にきたのかと思ったら何だ。客ではないなら帰ってくれ。」
本当に気持ちのよい気候だったのに、朝起きて店を開けたら後ろから紫がやってきた。彼女は境界を操る能力を持っている妖怪で、恐らく幻想郷中どこにでも一瞬で行けるのだろう。店を開けた瞬間後ろ(店内)から声をかけられた。
彼女と向き合っていると心を読まれているような気がする。覚りの妖怪とは違った正体不明の恐怖を感じさせる。だから僕が最も苦手とする相手だ。いつもは来る時はストーブの代金でもとりにきたと思ったのだが、そうではないという。
「客ですわ。客は非売品などを見に来て、それを店主と交渉したりする者なのです。」
「こちらは非売品にしている以上、君には見せる気も交渉する機会を与える気もないよ。」
「この私にその態度とは……では質問を変えます。とても強い呪力を持った何かを拾いませんでしたか?」
…………。ついにきたか。おそらく、いやほぼ間違いなく『あれ』の事を話しにきたのだろう。気を引き締め直し、紫と対話を始めよう。
「?わざわざ君が動くような事とは、ずいぶんと大事なんだね。詳しく聞かせてもらえるかい?」
「結界に影響を与えるような強力な物です。だから大結界の管理者の一人として少し調査に出ています。」
そのような道具など世界でそんなに無いだろう。
「そんな物を僕が持っていたところで僕が隠し通せるとでも?残念ながらそのような商品は扱ってないよ。」
「……そうですか。まあ良いです、今はこれくらいにしておきましょう。」
そういうと、紫は空間の裂け目を作り、そこに入ろうとする。
「外の技術を学ぶのは良い事ですが、くれぐれも危険な物を拾ってこないようにしてください。そう忠告しておきましょう。では、また次の代金の徴収のときに。」
おや?拍子抜けだ。こんなにあっさり下がるなんて。間違いなく紫はあの草薙の剣の話をしにきたのだろう。あの剣は本物の神器だ。おそらく彼女もあの剣が欲しいのだろう。なのに、今回はただ本題に触れずに、本当に忠告だけが目的で来たのだろうか。
一応非売品がおいてある部屋をみてみるが、特に何も動いていないし、草薙の剣もきちんと自分のすぐそばにおいてある。
取りあえずは今回は紫を退けられたという事で納得しておこう。
……しかし、彼女はやはりあきらめるつもりは無いようだ。
「ねえ、いつも見せてくれない非売品をそろそろ見せてくれない?」
「売れない物ってどういう物があるの?私に教えてくれないかしら?」
「非売品のある場所に連れて行かしてくれないかしら?」
「霊夢、僕を助けてくれ!そろそろ紫がきてしまうんだ!!」
「……必死に神社に駆け込んでくるやつがいたと思ったら、冷やかしね。」
霊夢が一瞬出てきたが、Uターンして戻っていった。
「ま、待ってくれ、これは本気で困っているんだ。人間が妖怪に襲われそうなんだぞ!」
息もぜえぜえになりながら霊夢の肩をつかむ。
…………僕の顔を見て驚く霊夢。
「真面目な依頼なのね……暇だから一応用件は聞いといてあげるわ。引き受けるかは別だけど。」
「ありがとう、さすが博麗の巫女!!」
「いつもは考えられない気持ちが悪いほどの褒めようね……」
「あの紫がそんなにしつこいなんて、霖之助さんが何かしたのか遊ばれているかのどちらかね。」
やはり勘がいい奴だ。草薙のことは一言も言わずに話したのに、僕が何かしたと言ってくる。まあ、ただ僕が信用が無いだけかもしれないが。
「それで、どうなんだ?」
「そうね、一応は結界でもはっといてあげなくも無いけど……」
「あの妖怪に効くとは思えないな。」
境界を操る能力、本人自体が結界を使う専門家なのだから、それだけでは難しいだろう。
「彼女も暴れられないように、君がついていて守ってくれるというのは?」
「暴れられるようことでもしたの?ただ、少ししつこく商品の要求をされているようにしか聞こえなかったけど。」
うっ、
「……はぁ、きちんと話さないと協力しないわよ。」
もう隠し通す事など出来ないか、いや、まだあきらめるのは早いな。
「……少し珍しいものを見つけたんだ。多分それが狙いなんだと思うね。」
「やっぱい心当たりがあるのね。だったらそれを私が預かっとけばいいんじゃない?」
具体的に何があるのかを言わなかったが、そこからいきなり食いつきがよくなった。
……ツケではなくしっかりとした依頼の報酬でそれを奪うつもりか!顔が少し晴れたぞ!
「いや、違う人が持っているのはやはり不安だね。」
霊夢は少し考えるようなそぶりをする。
「紫だったら、あなたの物ぐらい奪う気になったらすぐに奪うと思うわよ。」
「ああ、そうだと思うんだが……」
「だったらたぶん紫も遊んでいるだけでしょ。あいつのことはあまり気にしちゃいけないのよ。」
「お、おい!?」
霊夢は神社の奥に行ってしまった。……飽きたのか。こっちとしてはかなりの大きい問題なんだがな。
しかし、やはり紫だったら草薙を持っているということを知ったら、もしもそれをほしいのならば、奪うことぐらいたやすいだろう。僕が草薙を持っていることも、あの結界の管理者だったら知っているかもしれない。……本当に考えると考えるほどわからなくなってくる。草薙のことでは無かったらとっくに考えるのをやめている。
はぁ、とりあえずは今回はいつもどおり適当に扱うくらいの対処しかできないな。
帰ると、そこには今二番目に会いたくなかった人物いた。
「香霖、お前が外出とは珍しいな。なにかあったのか?」
魔理沙だ。今草薙の剣が関係している問題と直面しているときに来るなんて、最近運が悪すぎる。本当に紫が関係しているとろくなことが無い。魔理沙が来たという事は紫が直接は関係ないだろうが。
「なんでもないよ。ただ少し神社に行っていただけだ。」
「神社に?霊夢がここに来る事はあっても香霖が逆に行くとは、霖雨でも降るんじゃないのか。」
確かに僕はほとんど外出をしないが、その言い方は無いだろう。
「まあ君には関係がないよ。客じゃないなら帰りな。」
「今回は客だぜ。ちゃんといろんな物を持ってきたからな。」
おお!それはよかった。魔理沙はよくいろんな物を拾ってくる。そこで魔理沙が集めたゴミを僕が買い取っているのだ。そこにはたまにとても価値のある物も含まれている事がある。実はこれで僕は草薙の剣を手に入れたのだ。それは秘密だが。
しかしこれで気分が晴れた。客ならもてなしをしないとな。
「判った。じゃあ、ゆっくりしてくれ。お茶でも入れてこようか?」
「……本当に客か客じゃないかで態度が変わるな。まあ良いんだけど。」
客ではないのならぞんざいに扱う事はできないが、やはりさっきまで草薙の剣の話をしていたのでとても話ずらい。できるだけ平静を装うようにしないとな。
「さて、では何を持ってきたのかな?何か使えそうな物があれば良いが……」
「今回は使えなさそうな物が少なかったから、あまり持ってきてないぞ。まあ、いくつかレアそうな物は見つけたけど、ここには持ってきてないし。」
そういう物を見せてくれれば良いのにと思ったが、まあ草薙を不当な条件でような僕を信用できないのだろう(魔理沙は知らない筈だが)。
「たしかに今回は少ないな。両手で持てるぐらいか。」
「大事なのは量より質だろう?」
「いつもは言わないことをなに言っているんだ…。さて、何があるか……」
…………。
これは、なんだ?剣のような物だという事は判るが、とても強い霊力によって記憶を探れない。いや、霊力だったら草薙に勝てる物などほとんど存在しないだろう。これは道具が意図的に記憶を探るのを妨げているといった感じか……。
「どうした、香霖?何か値打ちのあるものでもあったか?」
「いや、……少し待ってくれ。えーと、僕の能力でもよくわからない物があるんだ。それをちょっと解析してみないと判らない。」
「ふーん。まあ良いぜ。少し商品でもあさっているよ。」
「盗むなよ。」
適当な会話はそこで打ち切りにする。少し商品は心配だが、それよりも今はこちらが気になる。
ふむ、古びた鉄の棒であり鉄の大半は刃状になっている。やはり草薙のような神器なのかもしれないが、記憶が探れないのでどういう物か判らない。こういう時どうすれば良いのだろうか。これは非売品にできるほどの値打ち物だろうし、判らないままにしておくのはまずい。判らないまま非売品にできなくもないが、そもそもまだ今は一応魔理沙の物だ。いや、魔理沙の物だったら言いくるめて手に入れるのは容易い。今はこれの対処法を考えよう。そうだな、詳しそうな人に聞くとか……
「っ、やば!」
「ん?どうした、何か判ったのか?」
こんな物を見つけたから意識から外れていた。そうだった、紫がもうすぐ代金の徴収に来るんだった。追い返し方を考えてなかった。
…………あ。そういえば紫はとても強い呪力を持った物を持っているかと聞いていなかったか?草薙は本当に目的ではなく、この物を彼女は手に入れようとしたのでは?
だとしたら、これは相当に危険な物では?
「おい、どうしたんだ?」
魔理沙がこちらを覗き込んでくる。答えようと顔を上げ―――
は?
魔理沙が後ろへ、いきなり吹っ飛ぶ。
何が起きた。魔理沙に問いかけようとしたが、声が出ない。いや、そもそも体が勝手に動く――
「突然なにするんだよ!」
魔理沙が起き上がるが、すぐに僕の手に捕まる。そのまま為すすべも無く壁に叩き付けられる。
くっ、体の主導権がこの物に奪われてとめることができない。
これが紫が言っていた危険な物か!!
「っ!?」
僕の手から離れ、とっさに八卦炉を取り出し応戦しようとする。が、
「こんなときに不調子かよ、どうなってるんだ!!」
ヒヒイロカネのミニ八卦炉が不調子なはずが無いはずだ。これはおそらくこれの魔法だろう。その隙に僕は持っている物を振り下ろす。
まずい、このままでは魔理沙が!!
「危険な物を拾ってこないようにって忠告したでしょう?」
今度は僕が吹き飛ばされた。何の予兆も無く突然に。
何が起きたのかこの『物』は確認しようとする。しかし、もうここは香霖堂ではなかった。僕がよく行く場所、無縁塚だ。そして、やっと僕は安心できた。
「あれだけしつこく言ったのに危険な事に首を突っ込むなんて、本当に愚かですわね。まあ拾ってきたのは魔理沙みたいですし、命ぐらいは勘弁しといてあげましょう。」
紫が来てくれたのだ。もうすぐ来る事にはなっていたので、もしかしたらと願っていたが、本当にそれがかなってくれるとは。
「これを借りますわよ。」
彼女が手に持っていたのは、彼女がほしがっているのではと考えていた物、草薙の剣。やはり彼女はこれのことを知っていたのだな。強大な妖怪がこれを持つ事になるとは、元々は考えただけでも恐ろしい事だった。しかし、今は助けてくれるのだから貸すぐらいはしよう。
「……やはりこれは反応してくれませんか。まあこれでもその魔剣ぐらいは追い出せるでしょう。」
僕の体が彼女に向かって走り出す。しかし、捕らえたと思ったときには目の前から消えている。
彼女は僕の後ろにまわって草薙の剣を振り下ろす!
「お目覚めですか。」
目覚めて最初に見たのが、この世で最も苦手としている者の顔だった。最悪すぎる。
「……ああ、とてもよく目が覚めてしまったよ。もう二度寝ができないほどにね。」
「って、まだ動いちゃだめだ!」
耳元で声が聞こえた。そちらを向こうとするが、
「――っ!!!」
「言わんこっちゃない。なにやってんだか。」
激痛によって顔をしかめる。ああ、いまので記憶が戻ってきた。
「その声は霊夢と魔理沙か。……その様子だと魔理沙は大丈夫なようだな。」
「さすがにこんなので体が壊れるようで異変解決はできないわよ。一応医者には行かせたけど。」
「あの時は本当にびっくりしたぜ。あと、店はかなり壊れてるよ。」
ああ、僕の香霖堂が……。いや、今回は自分の責任もある。因果応報か。
「それにしても案外早く起きたわね。なんだかんだいって半分妖怪の血が流れているのね。」
「……ありがとう、一応看病してくれて。」
「前に風邪引いた時があったろ、あれのお返しだ。」
優しいところもできてきたのかな、あの二人にも。そうだったらとても良い傾向だ。そのまま泥棒やツケもやめてほしいのだが。
……さてと。
「すまないな。少し霊夢と魔理沙は席を外してくれ。」
「えー、なんでだよ。紫と何を話すんだよ。」
「……魔理沙、判ってるでしょ。これは割と重大な話なのよ。」
紫があらかじめ二人に伝えといたのだろう。霊夢が魔理沙を連れて行く。魔理沙はまだ何か言いたそうだったが、すぐにしゅんとなって霊夢についていく。
「では、今回の件について話し合いましょうか。」
…………ああ、あの紫相手に、言った事を守らないで危険な事をしてしまったんだ。
「下手をすれば、今回は結界に問題が出るような大事だったんだろう?……処刑も覚悟の上だ。」
「いえ、今回の件はそこまで広がる可能性があっただけで、実際は特に問題は起きなかった。あれぐらいだったら霊夢でも解決できたでしょう。見つけにくくするような能力を持った物だっただけ。あと、貴方だけではなく今回は拾ってきた魔理沙にも責任があるはずです。」
「その魔理沙の分も僕が処罰を受けよう。最大の責任は僕にあるからね。」
僕はそこで土下座をする。ああ、何十年ぶりだろう、土下座なんて。しかし、こちらの責任である事は揺るがない。真犯人ではない者が処罰を受ける事は絶対に免れなければならない。
そこで、彼女は少しの間考えるそぶりをする。
「土下座なんかしないで、顔を上げてください。別に私は神でも閻魔でもないから処罰を与える事はしないわ。それを与えるのは本当の幻想郷の管理者の霊夢か、無縁塚によく来る閻魔でしょう。本当に結界を破壊したとかの時は別だけれど。……そうね、助けた報酬として何かをもらっていくのが一番かしら。」
「だったら草薙でも何でも持っていってもいい。すまなかった、君の言う言葉をよく聞いておけば……」
「私は詳しい事を貴方に伝える気はありませんでしたわ。そちらの方が危ない事ですもの。」
そういってから、僕の隣に置いてある草薙を見た。
「私は草薙の剣などいりませんわ。」
「は?」
どういうことだ?こんな貴重な強力な神器をいらないというのか、何か裏があるのか。
いや、まさかこれが偽物だとでも?
「さすがにそんな事は無いわ。きちんとした本物よ。ただ、私には反応が全くしなかったでしょう?」
「反応?」
「叢雲で雲を呼び寄せる事も無かった。それだけで私では上手に扱えないという事が判ったので、上手に扱えない者はただの足かせとなる。別に回収しても良いのですが、無害なところにおいておくのもまた懸命な判断でしょう。」
「僕がもしも悪用するようだったら?」
……このとき、今まで見た中で、彼女の一番の笑みを見た。
「そんな事出来るとは思えませんわ。……そうね、もしもそんな事があったら遠慮なく消させてもらいますわ。」
当たり前だが、彼女は本気でそのようなことを言ったのだろう。今でもあの笑みが脳にこびりついている。
仮説だが、今回のは草薙が意図的に魔剣を呼んだのかもしれない。つまり、草薙の剣に認めてもらうのは、とても大変な試練が待ち受けているという事か。
いやもしかしたらそれよりも紫が、草薙の剣に認めてもらう事で最大の試練なのかもしれないな。このような事があると、あきらめたくなってくる。僕は天下を手に入れる事が出来るだろうか。
「あいつのことはあまり気にしちゃいけないのよ」と霊夢が言う通りなのでしょうが、私は気になってしまいました。