Coolier - 新生・東方創想話

酒と早苗と小野塚小町

2013/10/14 18:40:11
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 神奈子様、諏訪子様と共に幻想郷にやってきてから色々なことがあった。
 希望と、期待と、沢山の不安。空回りしたこともあったけど、神社もだいぶ落ち着いてきた。
 少し精神的に余裕ができたからだろうか、最近私の心に生まれた小さな欲望が、ため息と共に吐き出された。

「お酒……飲みたいなぁ」



 幻想郷に来る前の世界では、未成年の私はお酒を飲むことはできなかった。
 それでも誕生日にはお父さんから一口だけお酒を貰ったり、儀礼の際にお浄めとして、進行に支障がない程度に口に含むこともあった。
 なんだか少しだけ大人の仲間入りができたようで、嬉しかった事を思い出す。
 まぁ、私にはお酒の耐性が無いらしく、少し飲んだだけで頭がクラクラして、翌日は酷い倦怠感に襲われていたんだけど。
 そんな私でも美味しいと感じたお酒があった。もちろん一口しか飲めないけど、それでも私が幸せな気持ちになるには十分だったし、翌日はなんだか体が軽かった。

「お酒が……ない?」

 もちろん、幻想郷にはお酒が溢れている。
 「流石に洋酒はないだろう……」と思えば某紅魔印の「不夜城レッド」なんてワインまであった。私は飲んでないけど、神奈子様曰く「悪くない……」らしい。日本酒党の加奈子様の言葉からして、相当美味しいものなんだろうなぁということは想像に難くない。
 しかし、私の好きなお酒がない……いや、正確には好きな酒米が、雄町米が、幻想郷にはない。

「はぁ……」
「さーなえっ! 飯はまだかいのー?」
「はいはい、おばあちゃん、ご飯はさっき食べたばかりでしょう……って諏訪子様、そろそろ、このネタ飽きませんか?」
「えーじゃあ『いつもすまないねぇ』の方にする?」
「それは言わない約束でしょう……じゃなくて!」

 カラカラと楽しげに笑う諏訪子様につられて自分も少しわらってしまう。

「おーやっぱり早苗は美人だねー! 笑顔がとってもキュートだよ?」

 ぐっ! とサムズアップをする諏訪子様を見て、自分は心配されていたのだと気付いた。情けない自分を横に、そんな諏訪子様を愛しく想い、幻想郷に来てよかったと改めて感じた。

「最近やっと神社の周りも落ち着いてきたしねぇ。早苗は強い子だけど、少し疲れが出てきたんじゃないかな? ほら、諏訪子ちゃんの胸でおやすみ?」
「……そうやって、あんまり私を甘やかさないでください。もう子供じゃないんですから」
「まぁ成長著しいのは認めるよ。でも、どんなに大きくなっても、早苗は私の可愛い早苗なんだから仕方ないよ」

 そういえば昔、神奈子様に「一人で大きくなったような気でいるんじゃない!」と叱られたことがったなぁ。あの頃は単純に「自立できてない」って意味で捉えてたけど、目の前で笑う諏訪子様を見て、別の答えもあるのかもしれないと想った。

「あの……諏訪子様。少しお話、聞いて頂けますか?」
「うん、ドンと来い!」
「はい、では……お酒が、ないんです」
「………はぁ?」



「早苗はさ、国語弱かったんだっけ?」
「いえ、すみません……」
「まぁ、一種のホームシックみたいなもんだよ。ここの連中、老いも若きも皆揃って酒好きの宴会好きだからさ。それが馴染み切れない寂しさとごっちゃになって、思い出のお酒を求めてるんだと思うよ」

 確かに私にとってお酒は特別な時に飲むもので、大切な人たちとその特別な時を過ごした思い出の品でもあった。だからこんなにも胸がざわついたし、必死になっていたのかな。
 あれ? よく考えてみたら、これってかなり恥ずかしいんじゃないか? お酒が飲みたくて幻想郷を駆け回り、見つからなくて落ち込んで、諏訪子様にご心配をお掛けした挙句、ただのホームシック……

「あはは……なんだか馬鹿みたいですね。よく考えてみたら全然大したことじゃないのに……」
「でも私もあのお酒、甘くて好きだったなー。早苗が拘るのもわかるよ。幻想郷にはないの?」
「はい。こう言っては失礼ですが、確実に幻想入りしていると思ったのですが……」
「お酒は米で変わるしねー。もちろん杜氏の腕にも依るけど、きっと根本的な所で早苗にドンピシャだったんだろうねぇ」

 お米に拘っていたのは私だけど、今更ながらに記憶違いかなぁとも思った。元々お酒は強くはないんだし、そんな私がお酒の味なんてわかるはずもない。
 諏訪子様のいう様にお米による違いはあるんだろうし、あれは私に合っていたのかもしれない。しかし、それももう確かめようもないことだ。

「無くて困る様なものでもないですし、ご縁が無かったということで……」
「早苗、諏訪子様のありがたーいお告げだ」
「……はい」
「神は所望している! 雄町で作った日本酒が飲みたいと! 無煙塚の先、彼岸に望みの種があるだろう!」
「それって……いえ、わかりました。行ってまいります!」

 すっくと立ち上がり、歩き出そうとする私の背中から、諏訪子様の声が聞こえた。

「それと早苗ー。今度また馬鹿なんて言ったら、おばあちゃん泣いちゃうからねー」
「それもわかってますよ! おばあちゃん!」

 振り返った先には優しい諏訪子様の笑顔があった。そのもっと先の柱の陰に、心配そうに、そして少し寂しそうに頭を出す神奈子の姿が見えた。
 諏訪子様がおばあちゃんなら、神奈子様はおじいちゃんかな? 絶対に口に出せない言葉を想像して、また笑ってしまった。
 大好きで、大切な二柱に見送られ、私は彼岸へ向けて全速力で飛び出した。

「ねぇ諏訪子ぉー。早苗は大丈夫かなぁ……」
「あの子は強い子だよ、大丈夫。神奈子と二人でずっと見守って来たんだから、わかるでしょ?」
「そうだけどさー。そーゆー問題じゃないというか……」

 そわそわと落ち着きのない加奈子に溜め息を吐き、彼女に聞こえないように呟いた。

「昔は格好良かったのに、早苗の事に関してはヘタレなんだからなぁ。妬けちゃうよ」
 
「諏訪子なにか言った?」
「うん、神奈子も早苗も、もっと素直になりなさいってね」



 無縁塚は相変わらず無と有が入り混じったような奇妙な雰囲気で満たされていた。
 お酒探しの途中に一度立ち寄ったが、「こんな所で拾い食いとか、乙女の行動としてどうなの?」と、なけなしの常識と恥じらいから碌に探しもせずに帰ってきたのだ。
 まぁ、お酒を探して幻想郷中を駆け回ってる時点で、乙女でもなんでもないんだけど……よし! さらば常識! いざ逝かん!

「雄町ーどこですかー?」

 彼岸へは思いの外あっさりと辿り着いた。流石に三途の川は渡れないので、川岸を虱潰しに探してみることにした。
 ここは幻想郷だ、物言わぬお米だって、呼びかければ応えてくれるかもしれない。いや、きっと元気な返事とともに飛び出してくるに違いない。なぁに、最後の常識は無縁塚に置いてきた。
 「それが幻想郷で生きるってことさ」と大きく息を吸い込み、最大音量でもう一度呼びかけてみることにした。

「っおおぉぉ! まぁぁぁ! ちぃぃぃぃ!」
「はいぃぃっ!」

 おおっ! 返事が返ってきた! やっぱり常識を捨てて正解でしたね!
 声の聞こえた木の陰に視線を向けるが、雄町米の姿はなく、変わりに小野塚小町がその長身を小さくして震えていた。

「すみません! じゃなかった! 今は丁度休憩中で誰か尋ねてくる訳でもないですし有事の際の為に英気を養っておこうとほら花の異変みたいなことが起こったり……」
「小町……さん?」
「えっ? あれは六十年に一度の異変だから次はまだ先だですって? いやー知らないんですか映姫様今度三百年に一度の木の異変が起こるって小野塚家秘伝の鎌占いで出たんですよ? ……ってあれ? あんた守矢の……」

 一気に捲し立てる小町に気圧され固まっていると、そろそろと顔を挙げた小町と目が合った。
 何か言われるかなと身構えるが、小町は安堵のため息と共に段々涙目になっていき、小さく「よかった……」と呟いた。


「突然大声を出してすみませんでした」
「いやーびっくりしたよ! 本気で怒ってる時の映姫様の怒鳴り声と瓜二つだったからさぁ。今度宴会で皆に見せてやりなよ、きっと大受けだよ!」
「いえ、流石に遠慮しますよ。私だって閻魔様の怒りには触れたくないですし」

 「だよねー」と笑う小町につられて私も笑顔になってしまう。諏訪子様もそうだったが、こんな鬱屈とした彼岸に来てまで笑顔を貰うなんて、幻想郷は全く……と、小町さんとのお喋りは楽しいけど、私はここに来た目的があるんだ。

「でも、どうしてあたいの名前を? 何か急ぎの用かい?」
「はい、その件なんですが……こちらに雄町米があると聞きまして」
「小町米?」
「『おまち』です。ちょっと紛らわしいですけど。こちらに流れ着いてませんか?」

 うーんうーんと頭を捻り、小町さんは変な踊りを始めた。たぶん思い出そうと頑張っているんだろう。ちょっと可愛い。

「だめだぁー小町米なら知ってるんだけどなぁ。他の米も酒も特に入ってきてないと思うよ」
「……ちなみに小町米ってどんなお米ですか?」
「おぉ! 聞いてくれるか! この前の花の異変の時に無縁塚で種もみを拾ってさ! 折角だから彼岸で育ててるんだよ」
「それだー!!」
「でえぇ!?」

 なんだその江戸っ子みたいな声は、さっきの可愛さが吹き飛んでいったよ! と見当違いな怒りが沸いた。
 しかし、「じゃああたいの小町米は……? 折角名前まで付けたのに……」と残念そうな表情で呟く小町さんに、何か新しい常識が芽生えそうだった。やっぱり可愛い。



 彼岸でも、たわわに実る稲穂かな。
 予想通り「小町米」は「雄町米」だった。しかも、立派な実を着けて、小さな水田を埋め尽くしている。

「どうだ、凄いだろう! 水路から何からあたいが作ったんだ」
「凄いですね。何か経験が?」
「いんや、私には何もないよ。まぁこんな場所の船頭だ、色んな魂と出会うし、片道限りだが話もする。その中にたまたま米の話をする奴がいてね、余りにも熱心に語ってくるから覚えちまってさ」
「……死者が、ここに来る魂は、そんなにお喋りなんですか?」
「殆どは鬱屈とした奴らばかりさ、だからさっさと渡してやる。稀に面白い奴がいて、そういうのはさ、ちょっと時間をかけて話を聞いてやるんだ」

 「まったく変な奴だったよ」なんて笑う小町の言葉が、酷く、遠くに聴こえた。
 子供の頃、父のマネをして口寄せを行ったことがあった。あらゆる手順を無視したそれは当然不発に終わる筈が奇跡的な大成功、いや、やっぱり大失敗だった。
 混濁した思考に潜れば、聴こえて来るものは現世への未練、恨み、嫉妬……死者に生産性を求める事もどうかと思うが、これは確かに死者の声なのだと、否応が無く理解させられた。

「そんなの……信じられません」
「ん? どうしたんだい、急に怖い顔して」

 意識を取り戻した時、そこには泣いている父の顔があった。熱く痺れる頬の痛みと共に、今でも強く心に残っている。私を抱きしめる大きな手と、叱り付ける声に、何故か安心して、ずっと父の腕の中で泣いていた。
 それから度々死者を目にするようになったけど、どれも一様に暗い影を纏っていた。
 だから、そんな熱い想いをもった死者が、いるはずない。だって、私はそんなの、知らない。

「そんな死者、居るはず有りません」
「そんなこと言われてもなぁ。まぁ活きのいい奴はこっちに来るのも早いし、現世には鬱屈とした奴の方が多いのかもね」
「でも、常識的に考えてそんなの……」

 ふと頭を過ぎった父の姿を思い出してか、涙が溢れそうになる。

「んぁー早苗ちゃんは最近幻想郷に来たんだっけ?」
「そうですけど……」
「じゃあもう少し気楽に、難しく考えないでさ」
「だって知らないことばっかりだし、人も、幻想郷も……非常識なことばかりで! 全部捨てて受け入れろって言うんですか!?」
「そう極端から極端に走らなくても……」

 「困ったなぁ」と小町さんが頭を掻きながら呟く。自分でもこんな子供みたいに癇癪を起して、おかしいとは想う。
 お酒の事といい、死者の事といい、そもそもこんなに拘る必要もないのに。
 訳がわからない。もう……涙が……

「手、出してみな」

 俯き、地面を見つめたまま、小町さんの声のする方へ右手を差し出す。
 と、突然手を引っ張られ、抵抗できずによろめくと、そのままふわりと抱き止められた。慌てて離れようとするが、少し大きな手に優しく遮られた。
 普段、大きな鎌を振り回しているせいかな、少しごつごつした手の感触を、後頭部に感じていた。

「さっきも言ったように、そっちには鬱屈とした奴らが多いんだろう。でも、それだけじゃないよ」
「でも……」
「幻想郷には色んな奴がいるし、私だって未だに驚かされることが多いんだからさ、早苗ちゃんはもっと大変だったんだろうね。」

 撫でられる度に、懐かしい感覚が蘇えってくるようだった。

「幻想郷はさ、全てを受け入れるんだって。早苗ちゃんの中の想いも、葛藤もさ。消したり捨てたりするもんじゃないよ」
「……」
「まぁ、まずは幻想郷を代表して、あたいが早苗ちゃんを受け入れるよ。だからさ、ほら。早苗ちゃんの話、聞かせてよ」

 さっきから嗚咽が止まらない。小町さんの服が汚れちゃう。でも、離してくれないんだからしょうがないよね。
 勝手に幻想郷なんか代表しちゃって、適当な人なんだから。私だって幻想郷に馴染もうと頑張ってたのに。求めたって手に入らないものばかりじゃない。
 諏訪子様も神奈子様も大好きだし、でも私だって守矢の神で、もう二人に守られるだけの子供じゃないし。なのに、なんで皆して私を子ども扱いするの。
 今だって、諏訪子様に心配され、彼岸に来てまで小町さんに迷惑をかけて。私、全然ダメダメじゃない。これ以上私を弱い子にしないでよ。
 頭を撫でている手を払い、小町さんの顔を見る。

「なっ……こんっ……」
「わかってるから、落ち着きなよ。あたいは逃げないよ」

 わかってない。何もわかってないじゃない。

「……っき、らい……」
「はいはい」

 ほんと適当な人。逃げないって言うなら、こっちだって逃がさない。小町さんに抱きついたまま、気の済むまで泣くことにした。



「落ち着いたかい?」
「おかげさまで……」

 「飲みなよ」と差し出された湯呑を黙って受け取る。
 あんなに泣いたのはいつ振りだろう。確かにスッキリしたし、小町さんと話すうちに気持ちもだいぶ楽になった。
 反面、落ち着きを取り戻すにつれ、なんであんなに泣いていたんだろうと恥ずかしくなってきた。
 きっと目とか、鼻とか真っ赤になってる。こんな顔ずっと見られてたとか、凄く恥ずかしい。
 できるならこのまま彼岸を渡ってしまいたいくらい。でも、そうしたら船頭は小町さんになるのかな。やっぱり無理、早く神社に帰りたい。
 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、小町さんが話を切り出す。

「そういえば雄町米だっけ? 精米前の方がいいかな?」
「はい、できれば里で育てて頂こうかと」
「生産者としては嬉しい限りだ、ちょっと待ってな」

 小町さんを見送り、湯呑に目を落として反省する。
 私、子供扱いされても仕方ないな。勝手に理解の早い振りをして、諦めて、自分の心も騙そうとした。
 今だって、きっと気を遣わせてる。泣き過ぎて少し痛む喉が、精神的に追い打ちをかけてくる。

 コクン。湯呑の水を飲む。喉に広がっていく感覚が心地いい。
 コクン。どこの水かな、なんだか甘い。
 コクン。豊かな香りが鼻腔をくすぐった。あっ、なくなっちゃった。

「待たせたね。持って行ってくれよ。ってどうした!?」
「ありがとうございますーこれ美味しいですねー」
「あ、あぁ。去年取れた小町米で作って貰ったんだ。おい、ちょっと顔赤いぞ?」
「……」
「……大丈夫か?」
「大丈夫じゃないですよ! おかげさまで!」
「きゃん!」

 力強く立ち上がり、小町さんに詰め寄る。が、数歩進んだ所でよろけてしまい、慌てた小町さんに抱き止められた。顔が近い。

「あなたのせいなんですからね! 私にあんな事して、今だって凄く恥ずかしいんですから……」
「ちょ、言い方が。いや、悪かったよ、早苗ちゃん落ち着きなって」
「小町さんは悪くないでしょ! なんでそんな事言うんですかー! そんな事言うなら落ち着かせてくださいよ!」

 戸惑う小町さんを、私は虚ろな目で見つめた。私は何を言っているんだろう。
 暫く見詰め合った後、観念したように小町さんの少し硬い手が、私の頭を撫でた。

「でへへ……」
「その笑い方は止めなさい」
「えへへ……」
「……まぁ、いいか」

 やっぱり優しい。懐かしいって思ったけど、全然違う。これは小町さんの手だ。
 きっと惚けた顔をしてるんだろうな。こんなの、諏訪子様にも神奈子様にも見せられないな。なんて考えながら、私の意識は幸せな夢の中に沈んでいった。



「わあああぁぁぁぁぁーーーー!」

 私は今、小町さんから頂いた雄町米を抱え、全力で帰宅、いや、逃げ帰っていた。出し切った筈の涙が滲んでくる。
 流石は雄町の酒、目覚めもスッキリ、意識もハッキリ。小町さんの腕枕から目覚めた私は、人は恥ずかしさで死ねない事を知った。
 さぁっと血の気の引いた音が聴こえた様だった。感謝か、謝罪か、何を言えばいいかわからず、私はパクパクと酸欠の金魚の様に口を動かすだけだった。
 私は一刻も早くこの場から離れたくてしょうがなかった。
 苦笑いの小町さんに渡された雄町米は重く、掛けられた言葉は余計に私の顔を熱くさせた。少し黙って。
 
「ありがとうございました……」
「あぁ、まぁ落ち着いて帰んなよ」

 やっとだ、と安堵する私に笑顔の小町さんが近付いてくる。赤くなった顔を見られたくなくて、反射的に俯いてしまう。

「まだ酔ってんのかい? ほら、落ち着けるおまじないだ」

 そう言って、小町さんが両手で私の頭をくしゃくしゃにした。それを合図に、私は全力で駆けだした。


 小町さんの能力の助けか、あっと言う間に守矢神社が見えてきた。あと少しで愛しの我が家だ。
 そう、もう目と鼻の先なのに、迷惑な突風が私の進路を遮った。私の邪魔をするのは、河童か? 魔理沙か? いや……

「あややや、叫び声を聞いて来てみれば、早苗さん! どうされたんですか!? そんな顔をして、さらに米俵まで抱えて!? 是非ネタ……経緯をお聞かせさせて頂けませんか?」

 射命丸文。そう、退治されたいのは、あなたね。
 スペルカードを取り出そうとする私に、射命丸がさらに声を掛ける。

「そんなに目を真っ赤にして、山の巫女に一体何があったのか!? んんっ? なんだか陰気くさい臭いがしますねー? 臭いますよー?」

 おい、今なんて……いや、聞きたくない。手にかけたスペルカードをしまい、私は白紙のカードを取り出した。

「……特別に、出来立てのスペルカードでお相手させていただきます。特別の、特別版です! 『五穀豊穣! ライスシャワー!』」
「あやや、それは願ってもない! っていや、ちょ、これ無理で……」

 断末魔の叫びと共に墜落していく射命丸に、追い打ちとばかりに大玉を放っておいた。

「ちょっと濃すぎたかな? ま、望み通りでしょ。他の人に使うときは、もう少し薄くしなきゃね」

 全く、人の気も知らないで。でもおかげでかなりスッキリした。偶には思いっきり動くのも必要ね。



 今度こそ愛しの我が家に帰ってきた。今日はもう、早く休みたい。
 境内に降りた所で、神奈子様に声を掛けられた。

「早苗、お帰りなさい。遅かったじゃないか。ん、その米俵はどうしたんだ?」

 当たり前の疑問、世間話程度のなんでもない話題。
 はい、遅かったのは小町さんの腕枕で寝ちゃってたからで、この米俵は小町さんが一生懸命作ったもので。あれ? 小町……さん?
 やだ、思い出してきた。顔が熱い。

「っそんなの! 言える訳ないじゃないですか! ばか!」
「え゜」

 何が起こったか理解できないという風な神奈子様をその場に残し、私はパタパタと熱くなった顔を仰ぎながら蔵に向かった。
 蔵の中は少しヒンヤリとしていて、少し古臭い独特の匂いに段々と気持ちが落ち着いてきた。
 私、知らずに無理してたのかな。無自覚に自分を騙して、勝手に傷付いて、心配かけて。もっと頑張らなくちゃって想う。ただ、少し方向修正は必要みたい。
 小町さんにも、また逢いに行ってみようかな。でも、迷惑にならないかな。

「まぁ、逃げないって言ってくれたし、少し困らせてみるのも面白いかもね」

 米俵を置き、ぐっと伸びをして意識を入れ替える。

「私の事わかってるつもりになって、全然見当違いな事言ったり、自分勝手に優しくして。うん、仕方ないよね」

 少しにやけながら振り返ると、注連縄が遠ざかって行くのが見えた。神奈子様があんなに早く走るなんて初めて見る。どうしたんだろう。
 さてと、これから里に雄町米を広めて、醸造して、地上の皆にも沢山飲んでもらえるようにしなきゃ。いや、広めるのは小町米かな? なんだか楽しくなってきた。

「早苗ーいるー? ……あれ、なんかいいことでもあった?」

 諏訪子様が何故か不安そうに声をかけて来た。

「はい、小町米も見つかりましたし、素敵な出会いもありました。あと、スペルカードも一つ出来たんですよ!」
「へぇーそりゃぁ良かった。……ちなみに神奈子とは何かあったの?」
「神奈子様ですか? いえ、何もありませんが。どうかされましたか?」
「あぁ、何もないならいいんだよ」

 諏訪子様は「おっかしいなー」と頭を捻っている。変な諏訪子様。
 幻想郷は、いや、大切な二人の神様の事だって、まだまだ知らない事が沢山あるんだ。

「こんなに楽しい事が沢山あるのに、私の小さな常識で縛ったりしたら勿体ないよね!」




 後日、日本酒「吟醸小町」は人里で秘かなブームになったとか。無縁塚へ向かう巫女の目撃情報が増えたとかなんとか。
 ちなみに、神奈子様は諏訪子様がちゃんとフォーロしてくれたみたいです。
早苗覚醒編。基本みんないい人。射命丸も仕事に忠実なだけできっといい人。
幻想郷の全ての魂が最後に向かう先。もしかしたら、こまっちゃんは幻想郷一の物識りだったり。

P.S
日本酒美味しいです。でも、消えていくお米、蔵も沢山あって、その一つが雄町米だったり。
お酒の美味しい季節ですね。色んな日本酒に触れて欲しいです。

13.11.26 微修正
13.12.30 微修正
ししとう
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コメント



0.440簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
亜扱い

極めて天然で子供っぽい早苗さんでした。というかこの人捨てる前から常識無いですよね…。
4.80沙門削除
 のーみーたーいーぞー。
 酒好きな私にはストライクな物語でした。
 これは、こまさなになるのかな?
 なにはともあれ、ご馳走様でした。
5.80名前が無い程度の能力削除
こまさな良いですねぇ
そして、弾幕ごっこ用でないライスシャワーを食らった彼女に南無…
6.80非現実世界に棲む者削除
早苗さん、お茶目ですねえ。可愛らしいです。
7.80奇声を発する程度の能力削除
可愛いらしい早苗さんでした
10.80名前が無い程度の能力削除
雄町がなくなったらやだな
12.90名前が無い程度の能力削除
 私も呑んでみたい、小町吟醸!
13.100満月の夜に狼に変身する程度の能力削除
砂糖in日本酒は神。珍しい組み合わせだが違和感が無く、年相応の早苗と気のいいアンちゃんな小町は自分の中ではしっくりくる。