紅魔館のメイド長・十六夜咲夜が一人、竹林の上空を飛んでいた。よく人里へ一人買い出しに出かけることはしょっちゅうであるが、こんなところを飛んでいるとは珍しい。
だが物見遊山でやってきたというわけではないようだ。それが証拠に、彼女は時折ぴりぴりした表情で周囲を見回している。たまに、太ももに巻いたベルトに挿した投げナイフに目をやりながら。
そんな調子でしばらく飛んでいた咲夜であったが、不意に彼女は気配を感じた。咄嗟に太もものナイフを抜き取り、その方向へ投げつける。百発百中の自負を持つ彼女ではあったが、この一投げはあくまで威嚇。あえて狙いは外す。当たらないように、しかしすれすれを飛んでいくように。
「っひゃあっ、危ない……」
ナイフを投げた先にいたのは、九つの尾を持つ妖怪狐であった。以前に咲夜は会ったことがある。――あのとらえどころのない大妖怪・八雲紫の式神、藍ではなかったか。
今度は両手にナイフを握り、迎撃態勢をとる咲夜。会って早速臨んだ弾幕勝負ではかなり危ない目に遭わされた故に、全く油断ならないと警戒してのことだ。
しかし一方の藍には、咲夜ほど露骨な警戒の色は見えない。器用に尾っぽを動かして、ナイフを避けた反動を押さえ込んで、どうにか空中でのバランスを立て直していた。
「紅魔館で瀟洒と謳われるメイド長が、いきなり投げナイフとはね」
呆れ顔を浮かべて、藍はおどけてくるん、と前に一回転してみせる。だが、咲夜は警戒の色を拭わない。
「私を尾行する人間にくれる礼儀なんてないわよ」
「勘違いしないでよ。あんたに用はない、あるのは竹林の中の不案内なお屋敷よー」
藍はおどけた調子そのままにふわふわ空を漂う。その暢気な後ろ姿に咲夜のねめつけるような声が追いかける。
「信用できないわね。私を偵察に来たんでしょう」
「だから言ったでしょ。あなたに用はないって。そりゃあメイドがこんなところふわふわ飛んでるのは珍しいっちゃあ珍しいけども。でもどうだっていいことよ。じゃあね」
言って、藍はそのまま先へ行ってしまう。
咲夜は困った。藍の飛んでいく先――竹林の不案内な屋敷こと、薬師・八意永琳のいる永遠亭は、同じく彼女の目指す先でもあったのだ。
「うん? なぁに?」
離れたところで、藍がくるりと振り返る。
「……あなたが私を尾行するのぉ?」
からかい半分、皮肉半分に言う表情はからかい半分、疎ましさ半分。
咲夜は銀髪を指で掻きながらばつが悪そうに答えた。
「いやその、……私もそこに行くんだけどね」
「はぁん。でも薬に頼らないといけないような風には見えないけど?」
「私じゃない。うちにちょっと調子崩しているのがいるのよ」
「ああ、パチュリーとかいう、喘息持ちの魔女のこと? 紫様から聞いてるけど、大変よねぇ一緒に住んでる側にしてみれば」
「……そうね、そういうことにしておいて」
咲夜の返事は、どこか無理やり調子を合わせているようなギクシャクした様相を含んでいた。藍はそれを見逃さなかった。
「何? 違うの?」
「私の口からはこれ以上言えない」
目の前の藍の、至近距離からの視線を避けるように、咲夜は間合いを取って聞き返す。
「そっちこそ一体なんで薬がいるの? 化け猫に九尾の狐にスキマ姫。ちょっとしたことで風邪引く風にも見えないけど?」
「それがね……なっちゃってたんだよねぇ……、ほんと、何でなんだろうねぇ……情けなくって情けなくって」
自嘲気味に力なく言いながら、顔に手を当ててしおれる藍。前に捨て身の弾幕で相手を圧倒していた九尾の狐とは思えない。
「……あなたも病気になる時は病気になるのね」
「いや、私じゃあない。……うん、これ以上は私の口から言えないや」
ついに藍は咲夜に背を向けてしまった。
「ていうか、あなたじゃなかったら、あの橙とかいう化け猫か、八雲紫しかいないじゃない。……そういえば、あの化け猫いっつもあなたにえらく懐いてたじゃない。今いないみたいだけど、どうしてるの?」
「あの子なら今、マヨヒガの里で猫と戯れて――」
「……BINGO!」
片手指に挟んで持ったナイフの先を、藍に向けて指摘のジェスチャー。勝ち誇る咲夜のしてやったりな顔。
刹那なんのことかわからず、咲夜の方に振り返ってきょとんとしていた藍だったが、ようやく意味を理解すると、
「アーッ!」
奇声をあげて頭を抱え込んで悶絶する。空中で。
九本の尾を縮み上がらせ、がたがたと体を震わせ、顔を硬直させる。
やがてそれが収まると、咲夜のほうに向き直った。懐からスペルカードを取り出しつつ、殺意のこもった目線をメイドに向けながら。
「おのれ……、自分の過失とはいえ、知られた以上は生かして帰さん……覚悟しろ吸血鬼の雌犬め……」
雌犬と言われて気持ちを逆撫でされたが、咲夜は咲夜で、今感情的な行動をとるわけにはいかなかった。――薬を心から待ちわびているあの人のためにも。
「悪かったわ。私は今ここであなたと戦うきはない。交換条件に教えてあげる。病気にかかっているのは、私の主、レミリアお嬢様よ」
「レミリア・スカーレットが……?」
ようやく溜飲が下がったのか、藍は殺意を引っ込め、スペルカードを元に戻した。
「病名は勘弁して。でもこれでおあいこよ。互いの主がそれぞれ病に苦しんでいて、薬を求めている事。それだけわかれば充分でしょ?」
「そうね。互いに急いでいるのに、もう少しで無駄に時間を費やすところだったわね」
どうにか、無用な弾幕合戦は避けることができた。実力ある妖怪相手に相変わらず気は張り詰めたままであったが、内心咲夜は胸を撫で下ろしていた。
だが、相手の藍は浮かない顔だ。
「でも……どうやら二人だけの話にはできなかったみたい」
藍の瞳は、咲夜の背の向こう、あさっての方角を向いていた。それが気になって振り返ると、
「うあ、やばっ――!」
少女の声を微かに残して、一陣の風が遠くに向かって流れていった。――黒い羽根を残して。
「……ああ、これは……」
「どうやら、知られちゃいけない奴に話を聞かれてしまったようね……」
――射命丸文。文々。新聞編集人にして記者(パパラッチ)。
「ああどうしよう、あんなのにお嬢様の病名知られたら、屋敷追い出されるだけじゃすまないじゃない!」
「私なんか、きっと無期限で折檻よ。あははははははは……」
咲夜、藍両人とも頭を抱え、気狂いのようにごろごろと悶絶する。空中で。
「どうするあいつ? 捕まえて毛むしって焼き鳥にする?」
悪霊にでも憑かれたような顔で、うふうふふと笑みを浮かべながら藍はダークに言葉を吐く。
一方、咲夜は背を丸くしてうずくまりながらも、藍をなだめる。
「烏なんかおいしくないし、あんなすばしっこいの相手してたら日が暮れてしまうわ。それこそお互いにマイナスだわ。戦わずして逃げ切る方法を考えるのよ」
☆
烏天狗の尾行を気にしながら、咲夜と藍は永遠亭に到着した。
さっきの悶絶っぷりから一転して、二人は随分と落ち着き払っていた。
永遠亭の門をくぐる前に、二人は一度目を見合わせ、うなづいた。――やれる。この作戦なら、互いの主の面目を守り通せる!
作戦は単純なものだ。
紙に病名を書いて、永琳に見せる。
先にバレるなどリスクの不公平がないように、二人同時に見せる。そのことで、射命丸文に真相を知られるのを防ごうというのだ。
かくして、永琳が訝しげに二人と面向かう前で、咲夜と藍は紙に筆を走らせる。
部屋の窓からいまいましい烏天狗が、半ばにやにやしながら覗き込んでいる。それを気配で感じつつも、二人は勝利を確信していた。
だが、紙に書き終わってそれぞれの主の病気を無言で告白した時、永琳は怪訝な表情から一転、思わず吹き出した。だがどうにかこらえて、彼女は一言こう漏らした。
「……同じ病気なのね。お互い、威厳保つのに大変ね」
二人はとっさに互いの紙を覗き込んだ。
永琳の言うとおりであった。
驚いた顔で互いを指さし合うも、病名を言ってしまっては射命丸の思うツボ。慌てて自分達の口を押さえて堪える。
とにかく二人は、永琳に薬の処方を頼み込む。幸、人里では頼む人が多いらしく、薬師はあらかじめ作ってあるのを持ってきた。小さな小びんと、小指ほどの長さのはけ。
「本当のところ、一度症状見ないとどうとも言えない。その、紙に書いてある病気は、細かく分けるといろいろ種類があるから。でも、一部を除いて、この薬さえ使えばだいぶましになるはずよ。まずは患部を水でよく洗って、ちゃんと乾かしてからこの薬をこのはけで塗りなさい。しみるかもしれないけど、良薬口に苦し。直したかったら我慢することね」
永琳が薬の説明をする中、咲夜と藍は自分達の作戦の「穴」に気がついた。
「当分は足の風通しをよくしないといけないわよ。湿気は最大の敵。できれば素足にサンダルを履くように。お風呂はいいけど、あまりに化膿しているようなら入らないほうがいい。で、見た目治ったと思っても、薬を塗るのをやめたら駄目よ。またぶり返すから。傷口がなくなってかゆみがなくなっても、用心してもう一、二度塗るくらいでいいわ。普段どういう生活してるかわからないけど、原因は足を不潔にしてるから。ちゃんと洗って、足の指の間まで丁寧にぬぐって乾かさないと、いつでもなるわよ」
窓からフラッシュ一閃。
「あややや、こりゃ良ネタだ。トップ記事いただきっ!」
背の黒い翼を大きく拡げ、ゆっくり大きくはばたかせて空へ舞い上がっていった。
練りに練った苦労は水の泡となった。
「……だってお嬢さま、寝るとき靴下脱がないんだもん。いくら言ってもそのまま棺に入っちゃうし」
「うちなんか、靴下履き変えないのよ。いっそ寝てるときに脱がそうものなら蹴りいれてくるし……」
咲夜と藍は、互いに頭を抱えながら嘆き合う。二人はもうそれぞれの主の元へは帰れない。逃げ仰せたところで、新聞を発行されてしまえば地の果てまで主は追いかけてくるだろう。捕まってからのことを考えると……二人の身から震えが消えない。
しかし永琳は、
「まぁ、誰でもなりうる病気だから」
飄々とした様子で二人に代金を求める。
――白玉楼。
「妖夢妖夢、さっきから足がかゆくてかゆくてしょうがないの。水虫かもしれないわ、早く永琳のところへ薬をもらってきて頂戴」
「あんた幽霊だろ」
だが物見遊山でやってきたというわけではないようだ。それが証拠に、彼女は時折ぴりぴりした表情で周囲を見回している。たまに、太ももに巻いたベルトに挿した投げナイフに目をやりながら。
そんな調子でしばらく飛んでいた咲夜であったが、不意に彼女は気配を感じた。咄嗟に太もものナイフを抜き取り、その方向へ投げつける。百発百中の自負を持つ彼女ではあったが、この一投げはあくまで威嚇。あえて狙いは外す。当たらないように、しかしすれすれを飛んでいくように。
「っひゃあっ、危ない……」
ナイフを投げた先にいたのは、九つの尾を持つ妖怪狐であった。以前に咲夜は会ったことがある。――あのとらえどころのない大妖怪・八雲紫の式神、藍ではなかったか。
今度は両手にナイフを握り、迎撃態勢をとる咲夜。会って早速臨んだ弾幕勝負ではかなり危ない目に遭わされた故に、全く油断ならないと警戒してのことだ。
しかし一方の藍には、咲夜ほど露骨な警戒の色は見えない。器用に尾っぽを動かして、ナイフを避けた反動を押さえ込んで、どうにか空中でのバランスを立て直していた。
「紅魔館で瀟洒と謳われるメイド長が、いきなり投げナイフとはね」
呆れ顔を浮かべて、藍はおどけてくるん、と前に一回転してみせる。だが、咲夜は警戒の色を拭わない。
「私を尾行する人間にくれる礼儀なんてないわよ」
「勘違いしないでよ。あんたに用はない、あるのは竹林の中の不案内なお屋敷よー」
藍はおどけた調子そのままにふわふわ空を漂う。その暢気な後ろ姿に咲夜のねめつけるような声が追いかける。
「信用できないわね。私を偵察に来たんでしょう」
「だから言ったでしょ。あなたに用はないって。そりゃあメイドがこんなところふわふわ飛んでるのは珍しいっちゃあ珍しいけども。でもどうだっていいことよ。じゃあね」
言って、藍はそのまま先へ行ってしまう。
咲夜は困った。藍の飛んでいく先――竹林の不案内な屋敷こと、薬師・八意永琳のいる永遠亭は、同じく彼女の目指す先でもあったのだ。
「うん? なぁに?」
離れたところで、藍がくるりと振り返る。
「……あなたが私を尾行するのぉ?」
からかい半分、皮肉半分に言う表情はからかい半分、疎ましさ半分。
咲夜は銀髪を指で掻きながらばつが悪そうに答えた。
「いやその、……私もそこに行くんだけどね」
「はぁん。でも薬に頼らないといけないような風には見えないけど?」
「私じゃない。うちにちょっと調子崩しているのがいるのよ」
「ああ、パチュリーとかいう、喘息持ちの魔女のこと? 紫様から聞いてるけど、大変よねぇ一緒に住んでる側にしてみれば」
「……そうね、そういうことにしておいて」
咲夜の返事は、どこか無理やり調子を合わせているようなギクシャクした様相を含んでいた。藍はそれを見逃さなかった。
「何? 違うの?」
「私の口からはこれ以上言えない」
目の前の藍の、至近距離からの視線を避けるように、咲夜は間合いを取って聞き返す。
「そっちこそ一体なんで薬がいるの? 化け猫に九尾の狐にスキマ姫。ちょっとしたことで風邪引く風にも見えないけど?」
「それがね……なっちゃってたんだよねぇ……、ほんと、何でなんだろうねぇ……情けなくって情けなくって」
自嘲気味に力なく言いながら、顔に手を当ててしおれる藍。前に捨て身の弾幕で相手を圧倒していた九尾の狐とは思えない。
「……あなたも病気になる時は病気になるのね」
「いや、私じゃあない。……うん、これ以上は私の口から言えないや」
ついに藍は咲夜に背を向けてしまった。
「ていうか、あなたじゃなかったら、あの橙とかいう化け猫か、八雲紫しかいないじゃない。……そういえば、あの化け猫いっつもあなたにえらく懐いてたじゃない。今いないみたいだけど、どうしてるの?」
「あの子なら今、マヨヒガの里で猫と戯れて――」
「……BINGO!」
片手指に挟んで持ったナイフの先を、藍に向けて指摘のジェスチャー。勝ち誇る咲夜のしてやったりな顔。
刹那なんのことかわからず、咲夜の方に振り返ってきょとんとしていた藍だったが、ようやく意味を理解すると、
「アーッ!」
奇声をあげて頭を抱え込んで悶絶する。空中で。
九本の尾を縮み上がらせ、がたがたと体を震わせ、顔を硬直させる。
やがてそれが収まると、咲夜のほうに向き直った。懐からスペルカードを取り出しつつ、殺意のこもった目線をメイドに向けながら。
「おのれ……、自分の過失とはいえ、知られた以上は生かして帰さん……覚悟しろ吸血鬼の雌犬め……」
雌犬と言われて気持ちを逆撫でされたが、咲夜は咲夜で、今感情的な行動をとるわけにはいかなかった。――薬を心から待ちわびているあの人のためにも。
「悪かったわ。私は今ここであなたと戦うきはない。交換条件に教えてあげる。病気にかかっているのは、私の主、レミリアお嬢様よ」
「レミリア・スカーレットが……?」
ようやく溜飲が下がったのか、藍は殺意を引っ込め、スペルカードを元に戻した。
「病名は勘弁して。でもこれでおあいこよ。互いの主がそれぞれ病に苦しんでいて、薬を求めている事。それだけわかれば充分でしょ?」
「そうね。互いに急いでいるのに、もう少しで無駄に時間を費やすところだったわね」
どうにか、無用な弾幕合戦は避けることができた。実力ある妖怪相手に相変わらず気は張り詰めたままであったが、内心咲夜は胸を撫で下ろしていた。
だが、相手の藍は浮かない顔だ。
「でも……どうやら二人だけの話にはできなかったみたい」
藍の瞳は、咲夜の背の向こう、あさっての方角を向いていた。それが気になって振り返ると、
「うあ、やばっ――!」
少女の声を微かに残して、一陣の風が遠くに向かって流れていった。――黒い羽根を残して。
「……ああ、これは……」
「どうやら、知られちゃいけない奴に話を聞かれてしまったようね……」
――射命丸文。文々。新聞編集人にして記者(パパラッチ)。
「ああどうしよう、あんなのにお嬢様の病名知られたら、屋敷追い出されるだけじゃすまないじゃない!」
「私なんか、きっと無期限で折檻よ。あははははははは……」
咲夜、藍両人とも頭を抱え、気狂いのようにごろごろと悶絶する。空中で。
「どうするあいつ? 捕まえて毛むしって焼き鳥にする?」
悪霊にでも憑かれたような顔で、うふうふふと笑みを浮かべながら藍はダークに言葉を吐く。
一方、咲夜は背を丸くしてうずくまりながらも、藍をなだめる。
「烏なんかおいしくないし、あんなすばしっこいの相手してたら日が暮れてしまうわ。それこそお互いにマイナスだわ。戦わずして逃げ切る方法を考えるのよ」
☆
烏天狗の尾行を気にしながら、咲夜と藍は永遠亭に到着した。
さっきの悶絶っぷりから一転して、二人は随分と落ち着き払っていた。
永遠亭の門をくぐる前に、二人は一度目を見合わせ、うなづいた。――やれる。この作戦なら、互いの主の面目を守り通せる!
作戦は単純なものだ。
紙に病名を書いて、永琳に見せる。
先にバレるなどリスクの不公平がないように、二人同時に見せる。そのことで、射命丸文に真相を知られるのを防ごうというのだ。
かくして、永琳が訝しげに二人と面向かう前で、咲夜と藍は紙に筆を走らせる。
部屋の窓からいまいましい烏天狗が、半ばにやにやしながら覗き込んでいる。それを気配で感じつつも、二人は勝利を確信していた。
だが、紙に書き終わってそれぞれの主の病気を無言で告白した時、永琳は怪訝な表情から一転、思わず吹き出した。だがどうにかこらえて、彼女は一言こう漏らした。
「……同じ病気なのね。お互い、威厳保つのに大変ね」
二人はとっさに互いの紙を覗き込んだ。
永琳の言うとおりであった。
驚いた顔で互いを指さし合うも、病名を言ってしまっては射命丸の思うツボ。慌てて自分達の口を押さえて堪える。
とにかく二人は、永琳に薬の処方を頼み込む。幸、人里では頼む人が多いらしく、薬師はあらかじめ作ってあるのを持ってきた。小さな小びんと、小指ほどの長さのはけ。
「本当のところ、一度症状見ないとどうとも言えない。その、紙に書いてある病気は、細かく分けるといろいろ種類があるから。でも、一部を除いて、この薬さえ使えばだいぶましになるはずよ。まずは患部を水でよく洗って、ちゃんと乾かしてからこの薬をこのはけで塗りなさい。しみるかもしれないけど、良薬口に苦し。直したかったら我慢することね」
永琳が薬の説明をする中、咲夜と藍は自分達の作戦の「穴」に気がついた。
「当分は足の風通しをよくしないといけないわよ。湿気は最大の敵。できれば素足にサンダルを履くように。お風呂はいいけど、あまりに化膿しているようなら入らないほうがいい。で、見た目治ったと思っても、薬を塗るのをやめたら駄目よ。またぶり返すから。傷口がなくなってかゆみがなくなっても、用心してもう一、二度塗るくらいでいいわ。普段どういう生活してるかわからないけど、原因は足を不潔にしてるから。ちゃんと洗って、足の指の間まで丁寧にぬぐって乾かさないと、いつでもなるわよ」
窓からフラッシュ一閃。
「あややや、こりゃ良ネタだ。トップ記事いただきっ!」
背の黒い翼を大きく拡げ、ゆっくり大きくはばたかせて空へ舞い上がっていった。
練りに練った苦労は水の泡となった。
「……だってお嬢さま、寝るとき靴下脱がないんだもん。いくら言ってもそのまま棺に入っちゃうし」
「うちなんか、靴下履き変えないのよ。いっそ寝てるときに脱がそうものなら蹴りいれてくるし……」
咲夜と藍は、互いに頭を抱えながら嘆き合う。二人はもうそれぞれの主の元へは帰れない。逃げ仰せたところで、新聞を発行されてしまえば地の果てまで主は追いかけてくるだろう。捕まってからのことを考えると……二人の身から震えが消えない。
しかし永琳は、
「まぁ、誰でもなりうる病気だから」
飄々とした様子で二人に代金を求める。
――白玉楼。
「妖夢妖夢、さっきから足がかゆくてかゆくてしょうがないの。水虫かもしれないわ、早く永琳のところへ薬をもらってきて頂戴」
「あんた幽霊だろ」
>私に尾行する人間にくれる礼儀
私を尾行する妖怪にくれる礼儀
人間は言葉のあやで別にいいけど、にの方は