※オリキャラ(?)が出ます。念の為ご注意を。
ある日、夜の散歩へと来ていたレミリアは不思議な乗り物を見つける。
一目見て気に入ったのでボロボロだった”それ”を軽々と持ち上げ、肩に担いで持って帰った。
―紅魔館ー
「咲夜、面白い物が落ちてたわよ」
「……何ですかコレ」
「知らないわ。でもかっこよくない?」
「はあ……それよりもお嬢様、お洋服が酷い事になってます。着替えましょう」
「かっこよくない?」
「はいはいかっこいいですから早く着替えてくださいな」
「ぶう」
ひとまず”それ”は外に置いておくことにした。
しかし本当に酷い状態だ。金属でできている為か所々錆びていてかっこよさの欠片も無い。
何が主人をこれ程までに惹きつけたのか咲夜には理解できなかった。
「……ねえ、咲夜」
「はい、なんでしょうか」
「明日の夜までに”コレ”を綺麗にしといて」
「仰せのままに。さ、中へ」
紅い館の門が静かに閉まる。
そのとき、確かにレミリアは視線を感じた。咲夜は気付かない。
明らかに自分に向けられた視線ー―その方角には。
「へぇ……面白い奴だ」
「? お嬢様?」
「なんでもない。唯の独り言よ」
――バタン。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝。
いつも通り門番隊が朝稽古をするという時、庭がやけに騒がしかった。
ついでに門番隊の一部もいない。
門番長の美鈴が騒ぎのする方へ向かうと、なんともまあ珍妙な物がでんと置いてあるではないか。
「何コレ?」
思わずそうつぶやく。
呆然としていると近くにいた門番隊の一人が美鈴に気付き、話しかけてきた。
「あ、門番長。すごくないですかコレ」
「確かにすごいわね。錆びついてボロボロだけど。
……って何みんな朝稽古サボってるの! 早く門前に集まりなさい!」
「あ。す、すみません門番長! おーい、戻るよー!」
『はーい』
群がるようにいた妖精達は美鈴の姿を見ると一目散に門へと戻っていった。
あとには美鈴と謎の物体のみ。
――――じゃなかった。
「何か用ですか、咲夜さん?」
いつの間にか美鈴の背後には腕を組み、仁王立ちしている咲夜がいた。
しかし美鈴は特に驚いた様子も無く、振り向きもせずに答える。
「よく昼寝しているのにたいした物言いね、美鈴?」
「だから気を使っての索敵ですっていつも言ってるじゃないですか。目を瞑った方がいいんですよ」
「そう………ふっ!」
突然何の前触れも無く咲夜が背中を向けている美鈴にナイフを突き出す。
「おっと」
が、まるで予知していたかのように体をひねってかわす美鈴。
咲夜の顔を見据え、ニヤリと笑う。
「チッ」
「ふふん。」
「…………」
「…………」
少しの間、無言で睨み合う。 そして二分程経った頃、咲夜が口を開いた。
「……お嬢様からの命令よ。そこの鉄屑を今夜までに綺麗にしなさい。」
そう吐き捨てるように言い、フッと咲夜は姿を消した。
「”鉄屑”、ねぇ……」
美鈴は振り向き”鉄屑”とやらをじっと見る。
―長く流線型の真紅のボディ―
―攻撃的なデザインの装飾―
―ゴム製の大型車輪―
―後ろに長く伸びる排気筒―
…どう見ても大型バイクだった。
まあ幻想郷の住民である美鈴にはバイクという外の乗り物なぞ知る由も無いが。
「今日は午後から何も無いし、その時にでもやろう」
んーっと背を伸ばし、門へと戻る。
―――キィ
錆び付いた車輪の音が花壇の花がそよぐ音に混じって空に掻き消えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―その日の夜―
「咲夜」
紅魔館の奥、天井からベットまで全て真紅に染まっている部屋でレミリアは豪勢な椅子に座り、従者の名を呼ぶ。
すると次の瞬間にはすぐ横にティーセットを持った咲夜がいた。
「ここに」
レミリアは無言でカップを受け取り、薄紅の紅茶を一口、飲む。
「…たまには普通に入ってきたら?」
「やり直しましょうか?」
「しなくていいわよ、面倒くさいし」
意味のないやり取りをし、しばらく二人は無言になる。
やがてレミリアのティーカップが空になるが、咲夜がすぐに二杯目を注いだ。
ティーポットの中は咲夜の『時止め』により、余計に抽出が進まず美味しいままだ。
以前、咲夜にお茶が美味しいのは何故か問いたことがある、咲夜は『質や淹れ方』と言った。
「『質』ねぇ……」
「?」
「独り言よ」
「お嬢様、昨日も同じことを申されていたような」
「気のせいよ。それよりも”アレ”、どうなった?」
「ああ、”アレ”ですか。美鈴にやらせました」
「綺麗になってる?」
「そろそろできる頃かと」
「今夜までって言ったじゃない」
「いえ、本体自体はあまり損傷が無く、汚れや錆などがあっただけなのですが……
どうも所々”無くなっている”箇所があるらしく、湖の底からわざわざ同じようなのを引っ張り出して組み立てていました」
「なにしてんのよあの門番は……」
「でもだいぶマシになったかと。見に行きますか?」
「行くわ。これ、片付けといて」
「はい」
―カチャ、と空になったティーカップを咲夜の持つ盆に乗せる。
「……では、先に向かっています」
咲夜はぺこり、と軽くお辞儀をすると音も無く消えた。
「おい…ってもういないか……」
レミリアはもう自分しかいない部屋で独り、ぼやく。
「主より先に行く従者がいるか」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ー紅魔館外―
「せいっ!」
「あいたっ!?」
とりあえず咲夜はバイクの組み立てに夢中になっている美鈴の後頭部に回し蹴りを食らわせる。
美鈴の頭がバイクの重厚な装甲にぶつかり、ゴガンッといかにも痛そうな音を立てた。
「な、なにするんですか咲夜さん! いきなり不意打ちして!」
「別に。朝かわされたのが悔しかっただけよ」
涙目の美鈴に対し咲夜はしれっと答える。
「くっ……」
「それより、どう? もうすぐお嬢様が来るわよ」
「え、ええっ? 困ったなあ、まだ完成してないのに……」
「何? あれだけ時間があったのにまだできてないって言うの? 役に立たないわね」
「ぐっ……こ、これが何なのか調べるのに時間が掛かったんですよ!
その上もう言いましたがパーツが全然無かったんです!
そこの霧の湖の底に似たようなのが沈んでたと門番隊員が言ったからわざわざ潜ってジャンク集め!
ホンダとかカワサキとかヤマハとかスズキとかたまにハーレーとか、ああもうすっかりマニアですよ!」
「ふ、ふうん。」
さすがにカチンときたのか声を荒げて怒鳴る美鈴のあまりの気迫にさすがの咲夜も少したじろいだ。
美鈴は怒鳴る事で一通り落ち着いたのかはあ、と溜め息をひとつつき、ガチャガチャと工具を弄り始めた。
「ああ、それにしてもおかしいなあ……どうしても繋がんない」
「……何が?」
「タコメーターですよ。簡単に言うとある程度スピードを把握する為の装置、ってところですね。」
「た、タコ?」
「別にあのうねうねした奴じゃないですよ。こんなのです」
美鈴はジャンクの山から小さい円筒のような物を咲夜に向けてポイっと投げた。
片手で受け取り、まじまじと見る。どう見てもただの計器のようだ。
「これがどうかしたの?」
「先程言った通り、繋がらないんです。配線を繋いでもまるで同じ極の磁石をくっつけた時みたいにぽろっと」
「なんでよ」
「さあ…?外の世界の乗り物ですから魔法とかじゃないとは思うんですけど」
「当たり前よ」
と、二人どちらとも違う声が後ろの方から聞こえてきた。咲夜と美鈴が振り向くとそこにはレミリアがいた。
少し不機嫌そうなオーラを出している。
「あ、お嬢様遅かったですね」
「貴女がどこでやってるか言わなかったからよ。まあ、そこの…美鈴?の怒鳴り声でわかったわけなんだけど」
「……お嬢様、今私の名前少し忘れてませんでしたか?」
「そ、そんなことないわよ。大事な門番だもの」
目を逸らして言うレミリア。明らかに嘘だとわかる。
「美鈴、今はそんな事どうでもいいわよ。それよりもお嬢様」
「どうでもいいって……」
「……それよりもお嬢様、何が当たり前なんです?」
絶望的な表情をしている美鈴を無視して咲夜はレミリアに尋ねた。
「『糸』よ」
「糸……ですか?」
「そう、運命の…美鈴の言葉を借りるなら『運命の紅い配線』ってところね」
レミリアが紅く輝くバイクに近寄り、その背を軽くなぞると、
月の光を浴びているその紅いボディが鈍く光った。
「もうコイツが繋ぐべき『モノ』は運命で決まってるのよ。私にはその配線が視えるわ」
「じゃあ、”それ”がどこにあるのかお嬢様は分かるんですね?」
美鈴が身を乗り出して聞く。せっかくここまで1人で修復したのだ、完成した姿を見たいのは当然である。
「ああ、これだけはっきりとした運命も珍しい。
私がパチェと会った時、美鈴と会った時、咲夜と会った時。…フランが生まれた時と同じくらい強い『絆』の糸……」
「”それ”はどこにあるんです?」
「んー………さあ?」
レミリアのその一言で空気が一変した。
『………はい?』
美鈴と咲夜、二人のタイミングよくハモった間抜けな声が夜空に響く。
「えっと、視えるんですよね?」
「ええ、はっきりと。ほら、摘まめちゃうぐらいよ」
レミリアがバイクのハンドル付近から何かを摘まむような仕草をする。
「しっかりと繋がってるんですよね?」
「多分博麗大結界越えてるけどね」
………………………………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………………………………………?
「は、博麗大結界をですか!?」
「ある一点から運命感知が出来ないところからみて間違いないわ」
「じゃあまさか、パーツは外の世界に……?」
「うん」
「そ、そんなぁ……せっかくここまで直したのに……」
がくっと肩を落とす美鈴。
その落胆振りはいつも魔理沙に撃墜された後以上のものだった。
咲夜も掛ける言葉が見つからない。
「まあ、あながち無駄でも無いみたいよ?」
そんな美鈴に優しく語り掛けるレミリア。
「……?」
「少なくとも貴女は直すのに頑張ったわ。
資料を探し回り、パーツを探して錆を落とし、ここまで修復した。そんな貴女にコイツが敬意を払わないわけないわよ」
コンコン、とノックするようにバイクを叩く。
「ほら、選びなさい。貴女が一番良いと思ったパーツを」
「私が…一番…良いと思う物…」
じっ、と咲夜を見る美鈴。
「な、何?」
「私は正直、どれも良いと思います。
……でもさっき咲夜さんに渡した物は山の中から偶然手に取ったもの。多分それが私にとっての『一番良い物』のはず」
そう言い美鈴は手を咲夜に向けて差し出した。
「そう……」
「咲夜さん、どうかしました?」
「なんでもないわよ、……はい」
「どうも」
咲夜がちら、と主を見る。すんごいニヤニヤしていた。
「いや、コレは」
「繋ぎます……!」
主になにか言わねばと咲夜が口を開いたが美鈴の声がそれを遮った。
配線を繋ぎ、窪みにタコメーターをはめる。
そしてそっと美鈴が手を離し、一歩、下がる。
………飛ばなポンッ。
「……あれ?」
タコメーターが飛んだ。なるほど、確かに磁石が反発しあったように飛ぶ。
ドガッ!
間髪いれずレミリアがバイクに蹴りをいれた。
「なにしてんのよ! ……え?
『俺を鉄屑呼ばわりした奴が触ったモンなんか入れんな』?
文句言うな、空気読め!! 『読んだら負けかなと思ってる』じゃないわよ!」
なにやら叫びながらげしげしと続けざまに蹴りを入れる。
「……はっ、お、お嬢様! 何をしてるんです!?」
放心状態から戻った咲夜が後ろから抱くように止めにかかった。
「離せ咲夜!このワガママの性根叩き直すッ!」
じたばたともがくレミリア。
「それはお嬢様が言えた義理じゃありませんわ!!」
「なんだと!?」
「……ってうわ、咲夜さんもお嬢様も何してんです!?」
美鈴も遅れて放心状態から戻り、二人を止めにかかる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―数分後―
「分かった、『冷静に』話し合いをする」
そう言い、大型バイクを担いでレミリアは向こうに行ってしまった。
―さらに数分後―
「……いいわよ。話をつけたから」
ごりごりと引きずりながらレミリアがバイクを連れてきた。
冷静に話し合いをすると言ってこれか。
「えー、じゃあ繋げますね?」
「やりなさい」
再び配線を繋ぎ、窪みにタコメーターをはめる。
そしてそっと美鈴が手を離し、一歩、下がる。
「………………」
「………………」
「………………」
……何も起こらない。
「ほら、私の言った通り」
「はあ……」
「心を込めて修復したおかげで、貴女とそいつの間にできた『絆』……それが」
「あの、お嬢様?」
「うまく…何よ咲夜。これからいい話にしようと思ったのに」
「残念ながら先程のでもう……」
「言わないで。……ゴホン、とにかく美鈴、『来るべき時まではコレで我慢しよう』だそうよ。
あと私が貰おうかと思ったけどこんなタチが悪いのはいらない。美鈴にあげる」
「え? いいんですか?」
「なんにせよ楽しめたからね。もういいわ、眠いし」
くあ、とレミリアが欠伸をする。
なんだかんだでドタバタしていたせいで言われるまで気が付かなかった。いつの間にか空が白んでいる…夜明け前だ。
「咲夜、今から寝室に戻るから寝る前に紅茶を頂戴。」
「はい、お嬢様。…ところで美鈴を休ませても?」
「かまわないわ。ついでに咲夜も今日は休みなさい」
「いえ、私は……」
「もう、デートでもしなさいって言ってるのよ」
「お、お嬢様!? 美鈴、今のは違……」
「はえ? 何ですか?」
美鈴はバイクを詰め所に持っていく所だった。
「…………シッ!」
咲夜はナイフを一本、全力で投擲した。
「うわっ!? いきなりなんですか!?」
咄嗟に身をかわす美鈴。
「なんかイラッと来ただけよ」
「難儀ねえ」
二人の間にある大きいそれこそ”掴める”ぐらいになった『絆』の具合を見ながらレミリアは館へと入っていった。
(了?)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「レミィ」
中に入った途端、親友であるパチュリーに呼び止められた。
「ああ、起きてたのパチェ」
「あれだけ五月蠅ければ誰だって起きるわ。……それよりも聞きたい事があるんだけど」
「なに?眠いから手短にね」
「いいの? 咲夜が盗られて」
「――別に」
さして気にした様子も無く答えるレミリア。
「私にはまだパチェもフランも霊夢もいるもの、……もういい?」
「待って、後1つあるの」
「……まあ、いいわよ。でもこれ以上恥ずかしい事を私の口から言わせないでね」
「『アレ』のどこが気に入って紅魔館(ここ)に持ってきたの? 未練がましい『絆』?」
「なんだ、そんな事。確かにあのいやに図太い『絆』もあるけど……」
「……けど?」
「『質』よ」
「『質』?」
「そ、紅茶と同じ『質』。もっと分かりやすく言うと『品名』、名前よ」
「……『アレ』の過去の運命を覗いたのね。で、レミィが気に入るほど”変てこ”な真名だったと」
「な、”変てこ”とはなによ! いい、『アレ』の名前は――――」
(了)
ある日、夜の散歩へと来ていたレミリアは不思議な乗り物を見つける。
一目見て気に入ったのでボロボロだった”それ”を軽々と持ち上げ、肩に担いで持って帰った。
―紅魔館ー
「咲夜、面白い物が落ちてたわよ」
「……何ですかコレ」
「知らないわ。でもかっこよくない?」
「はあ……それよりもお嬢様、お洋服が酷い事になってます。着替えましょう」
「かっこよくない?」
「はいはいかっこいいですから早く着替えてくださいな」
「ぶう」
ひとまず”それ”は外に置いておくことにした。
しかし本当に酷い状態だ。金属でできている為か所々錆びていてかっこよさの欠片も無い。
何が主人をこれ程までに惹きつけたのか咲夜には理解できなかった。
「……ねえ、咲夜」
「はい、なんでしょうか」
「明日の夜までに”コレ”を綺麗にしといて」
「仰せのままに。さ、中へ」
紅い館の門が静かに閉まる。
そのとき、確かにレミリアは視線を感じた。咲夜は気付かない。
明らかに自分に向けられた視線ー―その方角には。
「へぇ……面白い奴だ」
「? お嬢様?」
「なんでもない。唯の独り言よ」
――バタン。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝。
いつも通り門番隊が朝稽古をするという時、庭がやけに騒がしかった。
ついでに門番隊の一部もいない。
門番長の美鈴が騒ぎのする方へ向かうと、なんともまあ珍妙な物がでんと置いてあるではないか。
「何コレ?」
思わずそうつぶやく。
呆然としていると近くにいた門番隊の一人が美鈴に気付き、話しかけてきた。
「あ、門番長。すごくないですかコレ」
「確かにすごいわね。錆びついてボロボロだけど。
……って何みんな朝稽古サボってるの! 早く門前に集まりなさい!」
「あ。す、すみません門番長! おーい、戻るよー!」
『はーい』
群がるようにいた妖精達は美鈴の姿を見ると一目散に門へと戻っていった。
あとには美鈴と謎の物体のみ。
――――じゃなかった。
「何か用ですか、咲夜さん?」
いつの間にか美鈴の背後には腕を組み、仁王立ちしている咲夜がいた。
しかし美鈴は特に驚いた様子も無く、振り向きもせずに答える。
「よく昼寝しているのにたいした物言いね、美鈴?」
「だから気を使っての索敵ですっていつも言ってるじゃないですか。目を瞑った方がいいんですよ」
「そう………ふっ!」
突然何の前触れも無く咲夜が背中を向けている美鈴にナイフを突き出す。
「おっと」
が、まるで予知していたかのように体をひねってかわす美鈴。
咲夜の顔を見据え、ニヤリと笑う。
「チッ」
「ふふん。」
「…………」
「…………」
少しの間、無言で睨み合う。 そして二分程経った頃、咲夜が口を開いた。
「……お嬢様からの命令よ。そこの鉄屑を今夜までに綺麗にしなさい。」
そう吐き捨てるように言い、フッと咲夜は姿を消した。
「”鉄屑”、ねぇ……」
美鈴は振り向き”鉄屑”とやらをじっと見る。
―長く流線型の真紅のボディ―
―攻撃的なデザインの装飾―
―ゴム製の大型車輪―
―後ろに長く伸びる排気筒―
…どう見ても大型バイクだった。
まあ幻想郷の住民である美鈴にはバイクという外の乗り物なぞ知る由も無いが。
「今日は午後から何も無いし、その時にでもやろう」
んーっと背を伸ばし、門へと戻る。
―――キィ
錆び付いた車輪の音が花壇の花がそよぐ音に混じって空に掻き消えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―その日の夜―
「咲夜」
紅魔館の奥、天井からベットまで全て真紅に染まっている部屋でレミリアは豪勢な椅子に座り、従者の名を呼ぶ。
すると次の瞬間にはすぐ横にティーセットを持った咲夜がいた。
「ここに」
レミリアは無言でカップを受け取り、薄紅の紅茶を一口、飲む。
「…たまには普通に入ってきたら?」
「やり直しましょうか?」
「しなくていいわよ、面倒くさいし」
意味のないやり取りをし、しばらく二人は無言になる。
やがてレミリアのティーカップが空になるが、咲夜がすぐに二杯目を注いだ。
ティーポットの中は咲夜の『時止め』により、余計に抽出が進まず美味しいままだ。
以前、咲夜にお茶が美味しいのは何故か問いたことがある、咲夜は『質や淹れ方』と言った。
「『質』ねぇ……」
「?」
「独り言よ」
「お嬢様、昨日も同じことを申されていたような」
「気のせいよ。それよりも”アレ”、どうなった?」
「ああ、”アレ”ですか。美鈴にやらせました」
「綺麗になってる?」
「そろそろできる頃かと」
「今夜までって言ったじゃない」
「いえ、本体自体はあまり損傷が無く、汚れや錆などがあっただけなのですが……
どうも所々”無くなっている”箇所があるらしく、湖の底からわざわざ同じようなのを引っ張り出して組み立てていました」
「なにしてんのよあの門番は……」
「でもだいぶマシになったかと。見に行きますか?」
「行くわ。これ、片付けといて」
「はい」
―カチャ、と空になったティーカップを咲夜の持つ盆に乗せる。
「……では、先に向かっています」
咲夜はぺこり、と軽くお辞儀をすると音も無く消えた。
「おい…ってもういないか……」
レミリアはもう自分しかいない部屋で独り、ぼやく。
「主より先に行く従者がいるか」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ー紅魔館外―
「せいっ!」
「あいたっ!?」
とりあえず咲夜はバイクの組み立てに夢中になっている美鈴の後頭部に回し蹴りを食らわせる。
美鈴の頭がバイクの重厚な装甲にぶつかり、ゴガンッといかにも痛そうな音を立てた。
「な、なにするんですか咲夜さん! いきなり不意打ちして!」
「別に。朝かわされたのが悔しかっただけよ」
涙目の美鈴に対し咲夜はしれっと答える。
「くっ……」
「それより、どう? もうすぐお嬢様が来るわよ」
「え、ええっ? 困ったなあ、まだ完成してないのに……」
「何? あれだけ時間があったのにまだできてないって言うの? 役に立たないわね」
「ぐっ……こ、これが何なのか調べるのに時間が掛かったんですよ!
その上もう言いましたがパーツが全然無かったんです!
そこの霧の湖の底に似たようなのが沈んでたと門番隊員が言ったからわざわざ潜ってジャンク集め!
ホンダとかカワサキとかヤマハとかスズキとかたまにハーレーとか、ああもうすっかりマニアですよ!」
「ふ、ふうん。」
さすがにカチンときたのか声を荒げて怒鳴る美鈴のあまりの気迫にさすがの咲夜も少したじろいだ。
美鈴は怒鳴る事で一通り落ち着いたのかはあ、と溜め息をひとつつき、ガチャガチャと工具を弄り始めた。
「ああ、それにしてもおかしいなあ……どうしても繋がんない」
「……何が?」
「タコメーターですよ。簡単に言うとある程度スピードを把握する為の装置、ってところですね。」
「た、タコ?」
「別にあのうねうねした奴じゃないですよ。こんなのです」
美鈴はジャンクの山から小さい円筒のような物を咲夜に向けてポイっと投げた。
片手で受け取り、まじまじと見る。どう見てもただの計器のようだ。
「これがどうかしたの?」
「先程言った通り、繋がらないんです。配線を繋いでもまるで同じ極の磁石をくっつけた時みたいにぽろっと」
「なんでよ」
「さあ…?外の世界の乗り物ですから魔法とかじゃないとは思うんですけど」
「当たり前よ」
と、二人どちらとも違う声が後ろの方から聞こえてきた。咲夜と美鈴が振り向くとそこにはレミリアがいた。
少し不機嫌そうなオーラを出している。
「あ、お嬢様遅かったですね」
「貴女がどこでやってるか言わなかったからよ。まあ、そこの…美鈴?の怒鳴り声でわかったわけなんだけど」
「……お嬢様、今私の名前少し忘れてませんでしたか?」
「そ、そんなことないわよ。大事な門番だもの」
目を逸らして言うレミリア。明らかに嘘だとわかる。
「美鈴、今はそんな事どうでもいいわよ。それよりもお嬢様」
「どうでもいいって……」
「……それよりもお嬢様、何が当たり前なんです?」
絶望的な表情をしている美鈴を無視して咲夜はレミリアに尋ねた。
「『糸』よ」
「糸……ですか?」
「そう、運命の…美鈴の言葉を借りるなら『運命の紅い配線』ってところね」
レミリアが紅く輝くバイクに近寄り、その背を軽くなぞると、
月の光を浴びているその紅いボディが鈍く光った。
「もうコイツが繋ぐべき『モノ』は運命で決まってるのよ。私にはその配線が視えるわ」
「じゃあ、”それ”がどこにあるのかお嬢様は分かるんですね?」
美鈴が身を乗り出して聞く。せっかくここまで1人で修復したのだ、完成した姿を見たいのは当然である。
「ああ、これだけはっきりとした運命も珍しい。
私がパチェと会った時、美鈴と会った時、咲夜と会った時。…フランが生まれた時と同じくらい強い『絆』の糸……」
「”それ”はどこにあるんです?」
「んー………さあ?」
レミリアのその一言で空気が一変した。
『………はい?』
美鈴と咲夜、二人のタイミングよくハモった間抜けな声が夜空に響く。
「えっと、視えるんですよね?」
「ええ、はっきりと。ほら、摘まめちゃうぐらいよ」
レミリアがバイクのハンドル付近から何かを摘まむような仕草をする。
「しっかりと繋がってるんですよね?」
「多分博麗大結界越えてるけどね」
………………………………………………………………………………………………………………………
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……………………………………………………………………………………………………………………?
「は、博麗大結界をですか!?」
「ある一点から運命感知が出来ないところからみて間違いないわ」
「じゃあまさか、パーツは外の世界に……?」
「うん」
「そ、そんなぁ……せっかくここまで直したのに……」
がくっと肩を落とす美鈴。
その落胆振りはいつも魔理沙に撃墜された後以上のものだった。
咲夜も掛ける言葉が見つからない。
「まあ、あながち無駄でも無いみたいよ?」
そんな美鈴に優しく語り掛けるレミリア。
「……?」
「少なくとも貴女は直すのに頑張ったわ。
資料を探し回り、パーツを探して錆を落とし、ここまで修復した。そんな貴女にコイツが敬意を払わないわけないわよ」
コンコン、とノックするようにバイクを叩く。
「ほら、選びなさい。貴女が一番良いと思ったパーツを」
「私が…一番…良いと思う物…」
じっ、と咲夜を見る美鈴。
「な、何?」
「私は正直、どれも良いと思います。
……でもさっき咲夜さんに渡した物は山の中から偶然手に取ったもの。多分それが私にとっての『一番良い物』のはず」
そう言い美鈴は手を咲夜に向けて差し出した。
「そう……」
「咲夜さん、どうかしました?」
「なんでもないわよ、……はい」
「どうも」
咲夜がちら、と主を見る。すんごいニヤニヤしていた。
「いや、コレは」
「繋ぎます……!」
主になにか言わねばと咲夜が口を開いたが美鈴の声がそれを遮った。
配線を繋ぎ、窪みにタコメーターをはめる。
そしてそっと美鈴が手を離し、一歩、下がる。
………飛ばなポンッ。
「……あれ?」
タコメーターが飛んだ。なるほど、確かに磁石が反発しあったように飛ぶ。
ドガッ!
間髪いれずレミリアがバイクに蹴りをいれた。
「なにしてんのよ! ……え?
『俺を鉄屑呼ばわりした奴が触ったモンなんか入れんな』?
文句言うな、空気読め!! 『読んだら負けかなと思ってる』じゃないわよ!」
なにやら叫びながらげしげしと続けざまに蹴りを入れる。
「……はっ、お、お嬢様! 何をしてるんです!?」
放心状態から戻った咲夜が後ろから抱くように止めにかかった。
「離せ咲夜!このワガママの性根叩き直すッ!」
じたばたともがくレミリア。
「それはお嬢様が言えた義理じゃありませんわ!!」
「なんだと!?」
「……ってうわ、咲夜さんもお嬢様も何してんです!?」
美鈴も遅れて放心状態から戻り、二人を止めにかかる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―数分後―
「分かった、『冷静に』話し合いをする」
そう言い、大型バイクを担いでレミリアは向こうに行ってしまった。
―さらに数分後―
「……いいわよ。話をつけたから」
ごりごりと引きずりながらレミリアがバイクを連れてきた。
冷静に話し合いをすると言ってこれか。
「えー、じゃあ繋げますね?」
「やりなさい」
再び配線を繋ぎ、窪みにタコメーターをはめる。
そしてそっと美鈴が手を離し、一歩、下がる。
「………………」
「………………」
「………………」
……何も起こらない。
「ほら、私の言った通り」
「はあ……」
「心を込めて修復したおかげで、貴女とそいつの間にできた『絆』……それが」
「あの、お嬢様?」
「うまく…何よ咲夜。これからいい話にしようと思ったのに」
「残念ながら先程のでもう……」
「言わないで。……ゴホン、とにかく美鈴、『来るべき時まではコレで我慢しよう』だそうよ。
あと私が貰おうかと思ったけどこんなタチが悪いのはいらない。美鈴にあげる」
「え? いいんですか?」
「なんにせよ楽しめたからね。もういいわ、眠いし」
くあ、とレミリアが欠伸をする。
なんだかんだでドタバタしていたせいで言われるまで気が付かなかった。いつの間にか空が白んでいる…夜明け前だ。
「咲夜、今から寝室に戻るから寝る前に紅茶を頂戴。」
「はい、お嬢様。…ところで美鈴を休ませても?」
「かまわないわ。ついでに咲夜も今日は休みなさい」
「いえ、私は……」
「もう、デートでもしなさいって言ってるのよ」
「お、お嬢様!? 美鈴、今のは違……」
「はえ? 何ですか?」
美鈴はバイクを詰め所に持っていく所だった。
「…………シッ!」
咲夜はナイフを一本、全力で投擲した。
「うわっ!? いきなりなんですか!?」
咄嗟に身をかわす美鈴。
「なんかイラッと来ただけよ」
「難儀ねえ」
二人の間にある大きいそれこそ”掴める”ぐらいになった『絆』の具合を見ながらレミリアは館へと入っていった。
(了?)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「レミィ」
中に入った途端、親友であるパチュリーに呼び止められた。
「ああ、起きてたのパチェ」
「あれだけ五月蠅ければ誰だって起きるわ。……それよりも聞きたい事があるんだけど」
「なに?眠いから手短にね」
「いいの? 咲夜が盗られて」
「――別に」
さして気にした様子も無く答えるレミリア。
「私にはまだパチェもフランも霊夢もいるもの、……もういい?」
「待って、後1つあるの」
「……まあ、いいわよ。でもこれ以上恥ずかしい事を私の口から言わせないでね」
「『アレ』のどこが気に入って紅魔館(ここ)に持ってきたの? 未練がましい『絆』?」
「なんだ、そんな事。確かにあのいやに図太い『絆』もあるけど……」
「……けど?」
「『質』よ」
「『質』?」
「そ、紅茶と同じ『質』。もっと分かりやすく言うと『品名』、名前よ」
「……『アレ』の過去の運命を覗いたのね。で、レミィが気に入るほど”変てこ”な真名だったと」
「な、”変てこ”とはなによ! いい、『アレ』の名前は――――」
(了)
これは元々のバイクの魂なのか、それとも乗り手の魂が宿ったのか……。
タコメーターは、スピードを計る装置ではなく、
エンジンの回転数を計る装置では?
面白かったですよ~次回も期待しています。
にしても、バイク欲しいなぁ・・・
幻想郷にはやっぱり燃料はないのかな、海と空の間にはあったけど。
咲美にニヤニヤしてしまいました。
ごっついバイクに乗るめーりんは意外と似合いそうw
ありがとうございました
レミリアの咲夜への配慮がいいね。なんて平和な紅魔館。
バイクを駆る咲夜or美鈴かぁ。カッコよさそう。
燃料は香霖堂に行けばあるんじゃないかな?
こうして私のにやにや闘病生活が始まったのですが、どうしてくれる