前回までのあらすじ:ふとしたことで早苗と賽銭勝負の覚書を交わした霊夢は異変に思い当り、コタツの足に小指をぶつけた。
霊夢の巫女ミコ大作戦
夜更けを待って霊夢がコソコソと向かった先は、湖のほとり。そこには、せっせと冬を作る氷精たちの姿があった。
こちらのベルトコンベアでは、雪の元が運ばれてきて、氷精たちがそれに魔法をかける。するとたちまち真っ白な雪が出来上がり、終着地点ではテンポよく雪を箱詰めにしている。
「ホラホラ、さっさとやらないと雲の上に雪を配達できないじゃない!」
あちらの作業台では、冷気の元をこねて丸めて、雹を作っている。
「今シーズンの雹は一億八千個というお達しよ! ホラ、さっさと丸める!」
そちらの広場では、紙風船にせっせと息を吹き入れている。
「息切れなんて認めないわ! 北風を吐いて吐いて吐きまくるのよ!」
冷氷が燃え盛る作業場では、氷。冷気の元がドロドロに溶かされ、一枚一枚手作業で氷が作られている。
「冬の売り上げがなくちゃ、わたしたち氷精に春は来ないのよ!!」
「霙の上に毛玉を乗せるだけの仕事は、もうっ、イヤですっ!」
「何言ってんの! 去年よりも今年、今年よりも来年! 冬の出来に私たちの未来がかかってるのよ!」
氷精も大変なんだなぁと思いつつ、霊夢はその手に握った陰陽玉を見た。
陰陽玉。古来より博麗神社に代々伝わる伝説の家宝。神にも斉しい力が納められた禁忌の玉。霊夢はゴクリと喉を鳴らすと、おもむろに懐からかき氷を取り出し、そこらにあった切り株の上に乗せた。かき氷の甘いにおいにつられて、チルノがふらふらとやってきた。
――先の地底の異変は、お空が神の力を授かったから……だったわよね。
――ああ可哀想、可哀想、チルノちゃん、なんてあなたは可哀想なの!
――頭が素晴らしいほど、世界征服の野望なんか……もっちゃったりして。
――ああ可哀想、可哀想、チルノが不憫でならないわ!
「あった! あたいったらラッキーね! 切り株からかき氷が生えてるなんて!」
「あら、奇遇ねチルノちゃん」
霊夢は、上辺だけの偶然を装ってチルノに近付き、森の奥の薄暗い茂みに連れ込んだ。霊夢の呼気はハアハアと荒い。温暖化とか海面上昇とか、砂漠化・渇水・異常気象を並べたて、ただの氷精から一気に氷神になれるのよ、などなど、あらん限りのまことしやかな話をサラリと吹き込み、最後には陰陽玉を高々と掲げた。
「これを使えばさいきょーになれるの?」
「そうよ、これであなたも今日から天下無敵よ!」
そう言い終わるや否や、霊夢はチルノに陰陽玉をねじ込んだ。その瞬間、チルノを青白い光が包み込み、チルノの霊格が急上昇していった。
「すごい、すごいよ! これで宣戦布告も世界征服もカンタンだよ!」
「……がんばってね、チルノ」
――これで第一段階は終了ね。あとはコトを待つだけよ。
――ああ可哀想、可哀想。チルノがとっても可哀想!
霊夢はやって来た時と同じように、コソコソとその場を立ち去った。
翌朝。博麗神社の一帯は、見渡す限りの銀世界だった。幻想郷が氷の世界になっていた。当の霊夢は、高熱を出して布団にくるまっていた。その傍らでは、早苗がおしぼりを絞っている。卓袱台の上には、早苗が作ったミラクルお粥が乗っている。
「敵に塩を送るとか、一寸の虫にも五分の魂とでも言いますか。でも、そんなことはどうでもいいのです。見てください、この一面の氷の世界! これはもう明らかに異変です、こんなことになるなんて、やっぱり幻想郷では常識にとらわれてはいけないのですね! さっそく手早く解決して、守矢の信仰アップです! 神にも斉しい私の力で、愚民が信者に早変わり!!」
「そ、そうね」
「ですから、霊夢さんは今日一日ぐっすりと休んでいてください。これは現人神である私、東風谷早苗に神が与えたもうた信仰への試練なのです。運命です、宿命です、天命です! 霊夢さん。無事に、無事にこの異変を解決してみせます!」
早苗はすでにノリノリだ。
「でも霊夢さん。腋の出し過ぎは体に良くないですよ」
夜中に腋丸出しで冬の現場に行ったのがまずかったのかなぁとか、早苗の言葉に流されてどうする、とかが頭を巡ったが、熱でぼやけて霧散する。
「それでは霊夢さん、行ってきます。異変解決、妖怪退治、そして守矢の信仰増やし!!」
と言い残し、フスマからの逆光の中で早苗のトレードマークの腋がキラリと輝き、彼女は飛び立って行った。
「……人のことが言えるのかしら」
今の霊夢の頭では、そう毒づくのが精いっぱいだった。
――でも、こうしちゃいられないわね。
霊夢はようやく立ちあがり、戸棚の奥から茶色の小瓶を取り出した。
『ヤゴコロドリンコD
注意 この薬は服用者の体力・気力を一次的に急上昇させます。15歳未満の方、妊娠している方、風邪などの症状がみられる方の服用はご遠慮ください。
なお、この薬を服用して被ったいかなる被害・損害も、当方では一切保証いたしません。自己責任で服用ください。
八意製薬』
「こんなこともあろうかと永琳から買っておいたクスリが、まさかこんなところで役に立つなんてね……。人生なんてそういうものね。塞翁が馬ってよく言うじゃない」
と霊夢は一人ごち、ヤゴコロドリンコDを一気に飲み干した。
「くッ、まさかこの私、現人神であるこの私が負けるなンて……!」
「どうー、さなえ。あたいの力、思い知った?」
氷都チルノブイリ。湖の奥底に突如出現したそれは、チルノの世界征服の礎となるべくして生まれた牙城だった。しかも、今のチルノは陰陽玉の力を得て最強無敵の存在になっている。何しろ、ただの氷精から大いなる氷神に変貌したチルノのアイシクルフォールには、あるべきはずの安置が無くなっていたのだから。
「もう、これまでね……」
早苗はそうつぶやくと、巫女服をバッとはだけた。胸を巻くサラシの下に巻かれていたのは、数本の核爆弾。その手にはスイッチ。
「こんなこともあろうかとお空さんから取り出したモノのが、まさかこんなところで役に立つとは……。いいですか、チルノさん。いくら悪が栄えようと、いつかは必ず正義が滅ぼす。そして正義こそ、正義への信仰こそが、永遠の世界征服となるのです!」
「なにおー、こしゃくな!!」
「待つのよ、早苗!」
「その声は!」
ババァーンという効果音とともに登場したのは、博麗の巫女、異変の解決者、結界の守護者たるその人、博麗霊夢だった。ちなみに、効果音はババァーン袋で出した。
「霊夢さん!? あなたは身も心もボロボロで動けないはず……!」
「いいえ、わたしはあなたのピンチならどこでも駆けつけるわ。だって、わたしは幻想郷のみんなを守るのが天命だもの。いくら商売敵でも、鳥居がかかった勝負があろうとも、あなたがわたしの守るべき存在であることは変わりない。それに、それにね。あなたはわたしの早苗でしょう?」
「霊夢さん……」
「泣かなくていいのよ、早苗。涙はあなたには相応しくない。いつも不敵で笑顔なあなたがいいの。それにね、早苗。早苗、あなたの作ってくれたお粥、とっても美味しかったわよ」
「霊夢さんっ……! グスン、私が、私が間違ってました。信仰は、神への愛は、ここにあったんですね。ヒック、勝負だ鳥居だ信仰だの、そんなの言ってた自分が、とっても恥ずかしい……」
「それでいいのよ、早苗。賽銭勝負のことなんて、もう忘れちゃいましょう」
「はい、霊夢さん……」
「ね、それも渡して」
「はい、霊夢さん……」
「遺言は終わったかー。それがお前ら巫女たち、最期の言葉だぁーっ!!」
「いいえ、チルノ。終るのはあなたよ!」
霊夢はキッと言い放つ。
「あなたは幻想郷を氷漬けにして、あまつさえ私の大切な人を傷つけた。その大欲、その非道。天がいくら見逃そうとも、博麗霊夢は逃さない。私を想ってくれる人――私を愛してくれる人と博麗の力、その身をもって思い知りなさいっ!」
霊夢は早苗をむんずと持ち上げて、チルノへと投げつけた。
「え? えっ!?」
早苗がチルノにブチ当たるまでの刹那、霊夢は風よりも早く、光よりも早く魔都チルノブイリから抜け出し、手に握ったスイッチを押した。
湖は核の炎に包まれた。紅魔館も包まれた。
「号外ー、号外ー」
今日も文の声が幻想郷に響く。縁側でお茶をしばく霊夢の目は、自然とその記事に向かう。
『文文。新聞 号外
チルノブイリ陥落 博麗の巫女、またもお手柄
湖底に突如として登場したチルノブイリは、博麗霊夢の活躍により崩れ去った。
先日より幻想郷全域を襲った異常なまでの大寒波。その発端は、何らかの力を得て暴走したチルノだと判明した。チルノは神を僭称し、世界征服と称して湖の底に違法建築を無許可で建造しつつ、幻想郷を氷漬けにした。事態を重く見た博麗霊夢は、昨日午後に単身湖に向かい、チルノのお仕置きに見事に成功。博麗霊夢は今回も異変を解決し、幻想郷には再び平和が訪れた。事件後に身柄を確保されたチルノは「あたいなーんにも覚えてない」と容疑を否認しており、捜査は早くも迷宮入りする予定。また、氷精たちも氷漬けになり冬支度が滞ったことから、冬の到来もずれ込む予定だ。
なお、現場には微量の放射能が残留しており、また守矢神社の東風谷早苗が事件当初から失踪していることから、地底での事件同様、彼女が事件になんらかの関わりを持つとして――』
賽銭勝負のことは、すでに一文字も載っていない。昨日よりも今日、今日よりも明日。人は未来に向かって、常に何かを忘れていく。些細なことも、そうでないことも。霊夢は手にした号外を丸め、血判状を丸め、二つ揃えてクズ入れに投げた。やっぱり外れて、やっぱり畳に転がった。
<了>
霊夢の巫女ミコ大作戦
夜更けを待って霊夢がコソコソと向かった先は、湖のほとり。そこには、せっせと冬を作る氷精たちの姿があった。
こちらのベルトコンベアでは、雪の元が運ばれてきて、氷精たちがそれに魔法をかける。するとたちまち真っ白な雪が出来上がり、終着地点ではテンポよく雪を箱詰めにしている。
「ホラホラ、さっさとやらないと雲の上に雪を配達できないじゃない!」
あちらの作業台では、冷気の元をこねて丸めて、雹を作っている。
「今シーズンの雹は一億八千個というお達しよ! ホラ、さっさと丸める!」
そちらの広場では、紙風船にせっせと息を吹き入れている。
「息切れなんて認めないわ! 北風を吐いて吐いて吐きまくるのよ!」
冷氷が燃え盛る作業場では、氷。冷気の元がドロドロに溶かされ、一枚一枚手作業で氷が作られている。
「冬の売り上げがなくちゃ、わたしたち氷精に春は来ないのよ!!」
「霙の上に毛玉を乗せるだけの仕事は、もうっ、イヤですっ!」
「何言ってんの! 去年よりも今年、今年よりも来年! 冬の出来に私たちの未来がかかってるのよ!」
氷精も大変なんだなぁと思いつつ、霊夢はその手に握った陰陽玉を見た。
陰陽玉。古来より博麗神社に代々伝わる伝説の家宝。神にも斉しい力が納められた禁忌の玉。霊夢はゴクリと喉を鳴らすと、おもむろに懐からかき氷を取り出し、そこらにあった切り株の上に乗せた。かき氷の甘いにおいにつられて、チルノがふらふらとやってきた。
――先の地底の異変は、お空が神の力を授かったから……だったわよね。
――ああ可哀想、可哀想、チルノちゃん、なんてあなたは可哀想なの!
――頭が素晴らしいほど、世界征服の野望なんか……もっちゃったりして。
――ああ可哀想、可哀想、チルノが不憫でならないわ!
「あった! あたいったらラッキーね! 切り株からかき氷が生えてるなんて!」
「あら、奇遇ねチルノちゃん」
霊夢は、上辺だけの偶然を装ってチルノに近付き、森の奥の薄暗い茂みに連れ込んだ。霊夢の呼気はハアハアと荒い。温暖化とか海面上昇とか、砂漠化・渇水・異常気象を並べたて、ただの氷精から一気に氷神になれるのよ、などなど、あらん限りのまことしやかな話をサラリと吹き込み、最後には陰陽玉を高々と掲げた。
「これを使えばさいきょーになれるの?」
「そうよ、これであなたも今日から天下無敵よ!」
そう言い終わるや否や、霊夢はチルノに陰陽玉をねじ込んだ。その瞬間、チルノを青白い光が包み込み、チルノの霊格が急上昇していった。
「すごい、すごいよ! これで宣戦布告も世界征服もカンタンだよ!」
「……がんばってね、チルノ」
――これで第一段階は終了ね。あとはコトを待つだけよ。
――ああ可哀想、可哀想。チルノがとっても可哀想!
霊夢はやって来た時と同じように、コソコソとその場を立ち去った。
翌朝。博麗神社の一帯は、見渡す限りの銀世界だった。幻想郷が氷の世界になっていた。当の霊夢は、高熱を出して布団にくるまっていた。その傍らでは、早苗がおしぼりを絞っている。卓袱台の上には、早苗が作ったミラクルお粥が乗っている。
「敵に塩を送るとか、一寸の虫にも五分の魂とでも言いますか。でも、そんなことはどうでもいいのです。見てください、この一面の氷の世界! これはもう明らかに異変です、こんなことになるなんて、やっぱり幻想郷では常識にとらわれてはいけないのですね! さっそく手早く解決して、守矢の信仰アップです! 神にも斉しい私の力で、愚民が信者に早変わり!!」
「そ、そうね」
「ですから、霊夢さんは今日一日ぐっすりと休んでいてください。これは現人神である私、東風谷早苗に神が与えたもうた信仰への試練なのです。運命です、宿命です、天命です! 霊夢さん。無事に、無事にこの異変を解決してみせます!」
早苗はすでにノリノリだ。
「でも霊夢さん。腋の出し過ぎは体に良くないですよ」
夜中に腋丸出しで冬の現場に行ったのがまずかったのかなぁとか、早苗の言葉に流されてどうする、とかが頭を巡ったが、熱でぼやけて霧散する。
「それでは霊夢さん、行ってきます。異変解決、妖怪退治、そして守矢の信仰増やし!!」
と言い残し、フスマからの逆光の中で早苗のトレードマークの腋がキラリと輝き、彼女は飛び立って行った。
「……人のことが言えるのかしら」
今の霊夢の頭では、そう毒づくのが精いっぱいだった。
――でも、こうしちゃいられないわね。
霊夢はようやく立ちあがり、戸棚の奥から茶色の小瓶を取り出した。
『ヤゴコロドリンコD
注意 この薬は服用者の体力・気力を一次的に急上昇させます。15歳未満の方、妊娠している方、風邪などの症状がみられる方の服用はご遠慮ください。
なお、この薬を服用して被ったいかなる被害・損害も、当方では一切保証いたしません。自己責任で服用ください。
八意製薬』
「こんなこともあろうかと永琳から買っておいたクスリが、まさかこんなところで役に立つなんてね……。人生なんてそういうものね。塞翁が馬ってよく言うじゃない」
と霊夢は一人ごち、ヤゴコロドリンコDを一気に飲み干した。
「くッ、まさかこの私、現人神であるこの私が負けるなンて……!」
「どうー、さなえ。あたいの力、思い知った?」
氷都チルノブイリ。湖の奥底に突如出現したそれは、チルノの世界征服の礎となるべくして生まれた牙城だった。しかも、今のチルノは陰陽玉の力を得て最強無敵の存在になっている。何しろ、ただの氷精から大いなる氷神に変貌したチルノのアイシクルフォールには、あるべきはずの安置が無くなっていたのだから。
「もう、これまでね……」
早苗はそうつぶやくと、巫女服をバッとはだけた。胸を巻くサラシの下に巻かれていたのは、数本の核爆弾。その手にはスイッチ。
「こんなこともあろうかとお空さんから取り出したモノのが、まさかこんなところで役に立つとは……。いいですか、チルノさん。いくら悪が栄えようと、いつかは必ず正義が滅ぼす。そして正義こそ、正義への信仰こそが、永遠の世界征服となるのです!」
「なにおー、こしゃくな!!」
「待つのよ、早苗!」
「その声は!」
ババァーンという効果音とともに登場したのは、博麗の巫女、異変の解決者、結界の守護者たるその人、博麗霊夢だった。ちなみに、効果音はババァーン袋で出した。
「霊夢さん!? あなたは身も心もボロボロで動けないはず……!」
「いいえ、わたしはあなたのピンチならどこでも駆けつけるわ。だって、わたしは幻想郷のみんなを守るのが天命だもの。いくら商売敵でも、鳥居がかかった勝負があろうとも、あなたがわたしの守るべき存在であることは変わりない。それに、それにね。あなたはわたしの早苗でしょう?」
「霊夢さん……」
「泣かなくていいのよ、早苗。涙はあなたには相応しくない。いつも不敵で笑顔なあなたがいいの。それにね、早苗。早苗、あなたの作ってくれたお粥、とっても美味しかったわよ」
「霊夢さんっ……! グスン、私が、私が間違ってました。信仰は、神への愛は、ここにあったんですね。ヒック、勝負だ鳥居だ信仰だの、そんなの言ってた自分が、とっても恥ずかしい……」
「それでいいのよ、早苗。賽銭勝負のことなんて、もう忘れちゃいましょう」
「はい、霊夢さん……」
「ね、それも渡して」
「はい、霊夢さん……」
「遺言は終わったかー。それがお前ら巫女たち、最期の言葉だぁーっ!!」
「いいえ、チルノ。終るのはあなたよ!」
霊夢はキッと言い放つ。
「あなたは幻想郷を氷漬けにして、あまつさえ私の大切な人を傷つけた。その大欲、その非道。天がいくら見逃そうとも、博麗霊夢は逃さない。私を想ってくれる人――私を愛してくれる人と博麗の力、その身をもって思い知りなさいっ!」
霊夢は早苗をむんずと持ち上げて、チルノへと投げつけた。
「え? えっ!?」
早苗がチルノにブチ当たるまでの刹那、霊夢は風よりも早く、光よりも早く魔都チルノブイリから抜け出し、手に握ったスイッチを押した。
湖は核の炎に包まれた。紅魔館も包まれた。
「号外ー、号外ー」
今日も文の声が幻想郷に響く。縁側でお茶をしばく霊夢の目は、自然とその記事に向かう。
『文文。新聞 号外
チルノブイリ陥落 博麗の巫女、またもお手柄
湖底に突如として登場したチルノブイリは、博麗霊夢の活躍により崩れ去った。
先日より幻想郷全域を襲った異常なまでの大寒波。その発端は、何らかの力を得て暴走したチルノだと判明した。チルノは神を僭称し、世界征服と称して湖の底に違法建築を無許可で建造しつつ、幻想郷を氷漬けにした。事態を重く見た博麗霊夢は、昨日午後に単身湖に向かい、チルノのお仕置きに見事に成功。博麗霊夢は今回も異変を解決し、幻想郷には再び平和が訪れた。事件後に身柄を確保されたチルノは「あたいなーんにも覚えてない」と容疑を否認しており、捜査は早くも迷宮入りする予定。また、氷精たちも氷漬けになり冬支度が滞ったことから、冬の到来もずれ込む予定だ。
なお、現場には微量の放射能が残留しており、また守矢神社の東風谷早苗が事件当初から失踪していることから、地底での事件同様、彼女が事件になんらかの関わりを持つとして――』
賽銭勝負のことは、すでに一文字も載っていない。昨日よりも今日、今日よりも明日。人は未来に向かって、常に何かを忘れていく。些細なことも、そうでないことも。霊夢は手にした号外を丸め、血判状を丸め、二つ揃えてクズ入れに投げた。やっぱり外れて、やっぱり畳に転がった。
<了>