Coolier - 新生・東方創想話

第6話 弾幕バトル vsアリス・マーガトロイド編

2020/04/09 21:28:36
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 魔法の森にたたずむ一軒家。木漏れ日が室内を柔らかく照らす。そのリビングには金髪碧眼の美しい少女。この家の主、アリス・マーガトロイドだ。
「上海。紅茶を取って。」
「はい、マスター。今日はベルガモットティーです。シャンハーイ。」
「蓬莱。今日のお菓子は?」
「本日はレーズンサンドです。ホウラーイ。」
 アリスに人形たちが甲斐甲斐しく世話を焼く。なお、アリスの人形は”自律式ではない”。全部自分で操作してるし、会話も腹話術だ。人里では残念美人として有名である。
「今日の新聞には何が書いてあるかしら?」
「両津勘吉という警官がまた人里でやらかしたようです。シャンハーイ。」
「何でも借金取りに取り立てられる前に買い物しようとして、町内会側も阻止しようとして。結局民家1軒が半壊、あと人里に数百匹のゴキブリをバラまいたようです。ホウラーイ。」
 大事なことなのでもう一回言うが、アリスの人形は自立式ではない。事前に新聞を読んだ後に、もう一回人形を動かしながら読み直してるだけである。
「私より目立っているのは癪ね。」
 アリス、紅茶を飲み干し立ち上がる。
「行くわよ。アリス親衛隊。幻想郷の本当の主人公が誰か教えてあげないとね。」


 両津はその日もいつもの様にパトロールをしていた。していたはずだった。が、非日常はいつもあちらからやってくる。
「ん?あれは……ドローン?」
 空を切り裂くキィィーーンという音。白い機体に4つのプロペラ。そう、前回に両津が買い損ねたドローンだった。そのドローンは両津の目の前で止まった。しかし、両津が手を伸ばすと遠のく。走って近づけば、同じ速度だけ遠のいた。
「小町。これ、どういうことだ?」
「分からないけど、ついてこいってことじゃないかい?」
 横の小町が言う。無論、小町の能力を使えば捕まえるのは容易いのだが、やはり持ち主が気になるところ。
 ドローンは通りをぐんぐん進んで、広場で止まった。そこにいる人物を見て小町は思わず、
「げ……」
「小町?どうした?」
「両さん……危ない奴だ……」
 もちろんドローンを操作していたのは、アリス・マーガトロイドだ。アリスはスカートの端を摘み、優雅に一礼した。
「ごきげんよう、小野塚さん。そして、ごきけんよう、両津さん。」
「お、おう。」
 美人に挨拶されれば悪い気はしない。両津はデレデレして答える。
「それでワシに何の用だ。」
「うふふ、せっかちね。せっかちだと女性から嫌われるわよ。ねぇ上海?」
「イエス・マム!婦人の歩みに合わせてリードするのが殿方の嗜みというものです、シャンハーイ!」
「しかしこの男、先ほどから小野塚さんに車道側を歩かせてました。全くエスコートという言葉を知らぬ武骨者にございます。ホウラーイ!」
「ん?」
 両津、早くも強烈な違和感。そして小町に耳打ちする。
(小町、もしかしてこれって……)
(両さん、もう気づいたかい。腹話術だよ、人形の声は。痛さにおいては幻想郷No1。それがアリス・マーガトロイドだ。)
 それを聞いて両津、わずかに後ずさり。脳裏に特殊刑事課の面々が横切る。容姿端麗とはいえ、アリスには共通する危なさがあった。が、それを許すアリスではない。手元のコントローラのレバーを引くと、ドローンが再び両津の目の前に。
「貴方、これ欲しいのよね?」
「聞いたぞ、これ欲しさに借金取りから逃げ回ってたらしいな、シャンハーイ!」
「けど、横の小町ちゃんに取り上げられたらしいな、ホウラーイ!」
「……タダじゃくれんのだろう?」
 いちいち人形(腹話術)で茶々を入れられ返答に困る両津。だが、やっぱり欲しい。
「ふふふ、幻想郷で欲しいものを無理矢理手に入れるには方法は一つ。弾幕ごっこよ。」
「弾幕ごっこ?普通じゃねーか。」
「普通、ね。うふふ。」
「うふふ、シャンハーイ!」
「ホウラーイ!」
 アリスが便箋を差し出す。
「そこに日時と場所が書いてあるわ。負けたら罰ゲームもあるからね。では、ごきげんよう。」
「お、おう。」
 アリスは帰っていく。それを見送りながら小町が両津を小突く。
「両さん、あれで良かったのかい?」
「分からん。でもあのドローンを手に入れる機会を逃すわけにはいかん。だが、何だってワシと弾幕ごっこがしたいんだ?」
「さぁ?あ、そうだ。アリスは魔理沙と仲がいいらしい。聞いてみたらどうだい?」




 翌日。魔理沙を訪ねた両津だったが、肩で息をしていた。
「ひぃ、ひぃ、少し休ませてくれ……」
「ダメだ、両さん!アリスの弾幕ごっこだろ!アリスは休ませてくれない。ほら、立て!」
「ひぃいいい……」
 そう、両津は特訓していた。魔理沙曰く、アリスの弾幕ごっこの腕は幻想郷屈指。同世代の少女相手には手加減しているらしいが、両津のようなオッサンにはほぼ本気で来るだろう。だから今から特訓だというのだ。
「ま、魔理沙~、アリスは過去にもそんなことしてたのか?」
「ああ、一回香霖が犠牲になった!瞬殺だったけど、赤ふんどしで人里を練り歩かされてた!」
「思いっきりヤバイ奴じゃないか~。」
 両津、魔理沙の星型弾幕を寸でで避けながら言う。両津の基礎体力をもってしても、まだまだ弾幕ごっこでは魔理沙が上だ。
「ほら、両さん、甘い!」
「痛っ!」
 両津、右斜め前からの弾幕に被弾。左斜め前からの弾幕が激しすぎて、右がお留守になっていたのだ。
「両さん、まただ!アリスは人形を使うからこんなものじゃないぞ!両さんを頂点に凹の字に半包囲するように人形を展開してくる!」
「これ以上なのか……」
 両津、倒れる。流石に動きすぎたのだ。
「仕方ない、少し休憩するか。」
 魔理沙、遠隔操作した八卦炉を回収する。本体魔理沙と遠隔操作八卦炉による2方面弾幕を展開していた。2個の八卦炉だけでも常人に避けるのは難しいのだ。しかし、アリスは全力を出せば小型の人形なら9体も操作できる。指の数(ただし左の薬指除く)と同じだ。そこに出力の大きい人形を使う場合は同時操作可能数が減っていき、最上位のゴリアテ人形は流石に全力で集中せねばならないらしいが。
「両さん、聞いてくれ。一般的に人形遣いの弱点は接近戦だ。糸に集中する分、本体の方がおろそかになる。アリスは対接近戦用の人形で対抗してくるだろうが、その人形を操作する分、遠距離の方が減らされるはずだ。」
「わーってる……だから……はぁはぁ……あまり間合いを離されず攻めの姿勢を貫けって言いたいんだろ?」
 両津はピストルを放り投げた。拳銃ではない。弾幕ごっこ用に特別作製された銃だ。もちろん本物の弾幕少女からしたら護身用にもなるまい。
「魔理沙、考えたんだが、正攻法じゃ無理なんじゃないのか?」
「アリスが卑怯な手に対応できないほど間抜けだと考えてるならお花畑だぜ。どういう手を使うにしろ、まずは正攻法での対応力を高めなければ話が始まらない。休憩が終わったら行くぞ。」



 一方のアリスであるが、太陽の畑で人形の改造をしていた。自宅は魔法の森だが、両津が魔理沙の家で特訓しているため、情報漏洩を懸念しての判断だ。また幽香が作る危ない植物のエキス収集も目的の一つだ。
「幽香、この花はもっとないの?」
「これで最後よ。それより、それ。本当に危険だからね。」
 幽香が指指したのは、カエルのような人形。対両津用に作られたものだ。
「幽香。これくらいでちょうどよいのよ。」
 アリスの手には『こち亀57巻』。ファンの中でも伝説の回として名高い、地獄クーデター編が収録されている。
「両津は死んで地獄で落とされた後もクーデターを起こし。結局対応に困った天国地獄の双方が両津の寿命を延ばすことで対処したのよ。つまり、既に神の域は超えている。これくらいでちょうどいいのよ。そして両津に勝った私が幻想郷最強の魔女として君臨するのよ。」
 カエル人形をポンポンと叩く。カエルは不気味にゲコっと鳴いた。幽香は飛びのいた。カエルの中に仕込んでいるものこそが、正にさっき話に上った植物エキスなのだ。
「私の基本フォーメーションは決まったわ。接近戦と突破力の高いオルレアン人形を先頭。両サイドに上海と蓬莱人形。そして、このカエル人形は最終ラインで切り札的に運用するわ。でも、まだ足りない。」
「もっとカエルが必要ってこと?」
「違うわ。もっと別次元の……。切り札が欲しい……。」




 一週間後。両津は魔理沙に弾幕を当てられるまでに成長していた。
「ふん、はっ、とう、おりゃあああ!」

 バシッ!

 ハエが潰されるような音がして、自動操縦の八卦炉が堕ちる。両津のガッツポーズに魔理沙も親指を立てて答える。
「両さん、やるじゃないか。もうNormalシューターくらいの腕にはなったんじゃないか?」
「おう!だんだん楽しさが分かってきたぞ!ははは!」
 盛り上がる両津と魔理沙。そしてそばには小町と、珍しく映姫もいた。
「四季様、なかなかやるでしょう、両さん。」
「ええ、見違えました。順調に善行を積んで、私も誇らしいです。」
 よく分からないが、映姫にとって、弾幕ごっこをするのは善行らしい。
 ちなみにここに映姫までいるのは偶然じゃない。魔理沙が呼んだのだ。魔理沙が映姫たちを手招きしながら語り掛ける。
「さて、両さん。ここからが本物の実戦だ。私の予想だと、アリスはオルレアン人形を使ってくるはずだ。」
「オルレアン?」
「ああ、『博愛のオルレアン人形』。ジャンヌダルクがモチーフで中世の騎士のような装備をしている。槍を構えた突進が持ち味だ。アリスは正面にオルレアンを配置して両さんの接近をけん制しつつ、左右に配置した上海人形と蓬莱人形を砲台として使うはずだ。」
「なるほど、一度に3体か。」
「弱点はアリス自身の機動力の遅さ。上手くオルレアンと上海の間に侵入するか、あるいはオルレアンの突進を誘って裏を取るかが攻略のカギだ。」
「なるほど、これが本当の弾幕ごっこか。戦略的だな。」
 両津、竹刀を構える。練習の過程で全ての弾幕を避けるよりも、得意の剣道の技を生かして裁く方が両津にあっているという判断だった。弾幕ピストルは腰のホルスターに。これも警官時代の両津のスタイルに合わせたものだ。両津自身の弾幕スタイルができつつあった。
「両さん、聞いてくれ。私から一本取れれば両さんの勝ちだ。ただし人形の代わりとして小町が私の正面に。更にサイドに遠隔操作八卦炉と、もう一つの方は映姫が対応する。全員手加減するが、敵が4人に増えたとなれば厄介さが分かるはずだ。」
「ふふふ、武者震いがしてきたぞ。」
 両津、竹刀を構え、勢いよく突進!それを迎え撃つ小町の鎌!弾幕ごっこ(黄昏フロンティア式)の始まりだ。




 試合当日。試合は人里出てすぐの河原で行われた。何故人里の外で行うのかは招待客を見れば分かる。両津のセコンドについた魔理沙が両津に耳打ちする。
「両さん、あれは八坂神奈子。妖怪の山のボスだ。諏訪子もいるな。」
「ああ、前の事件で会った。」
「あっちの日傘を従者に持たせてる小さいのはレミリア・スカーレット。吸血鬼だ。」
「直接見るのはワシも初めてだな。」
「お。あれは蓬莱山輝夜。珍しいな、永遠亭の外に出るのは。お、八雲紫もいる。」
「……つまり、幻想郷の大物の前でワシをぶちのめそう、て算段なわけだな。」
 両津、不敵に嗤う。両津は竹刀とピストルに、そして大きなリュックサックを背負っていた。もちろんハイキング装備ではない。中には両津お手製のお下劣兵器満載だ。正攻法でも急成長したが、やはりNormalシューターどまり。本気のアリスに勝てるレベルではない。
 一方のアリスは観客に向かって何か演説をしていた。八雲クラスの大妖怪も観戦してるとあれば、弱小妖怪がちょっかいを出す心配もない。人里の住人、総出で観戦に駆けつけていた。これほどの興奮は深秘録以来かも知れない。人里無敵の警官の両津が、果たして弾幕バトルではどれほどなのか。これほど面白い見世物もそうそうない。
 そんな観客達から一つ高い場所に机。そこには2人の少女がマイクを持っていた。
「さぁさぁ始まりました。弾幕バトル。アリス・マーガトロイドVS両津勘吉!実況は私、本居小鈴でお送りします!そして解説は『東方求聞口授』などの書籍で名高い稗田阿求さんに来て頂いております!」
「阿求です。よろしくお願いします。」
「さて、阿求さん。今回はアリス氏の挑戦状を両津氏が受けたということでスタートしましたが。両者の実力は如何に見るでしょうか?」
「まずアリスさんは妖々夢で3ボスを努めてからブレイク。続く永夜抄で自機に抜擢され、数々の異変に名を連ねています。準主人公級と言っていいでしょう。対する両津氏は幻想郷で発生した数々の凶悪事件を解決したNo1警察官ですが、弾幕ごっこは素人です。」
「なるほど。では今回の試合、アリスさんに分があると?」
「弾幕ごっこではそうですね。しかし両津氏は人里借金騒動の時、上白沢慧音さんと藤原妹紅さんという二人の猛者を退けています。弾幕の概念から外れた、正に外道が武器。どうなるかはやってみないと分かりません。」

 と、2人は前説を始めていた。その間にも両津と魔理沙は会場をチェックしていた。
「両さん、河原っていうのは不利だな。アリスは飛べるが、両さんは飛べない。」
「なぁに、問題ない。石を投げても戦えるしな。しかしあれも人形なのか。」
 両津は向かい側にあるアリス陣営の傍にある巨大人形を指さした。
「あれはゴリアテ人形。あれも戦えるが、たぶんあれは使わない。今回の場合、アリスの本命はオルレアン人形だ。一緒にコンビを組んでた私が言うんだから間違いない。」
 魔理沙は分析するも不安顔。魔理沙は知っている。アリスはプライドが高い。まずの基本はそこだ。だから霊夢や魔理沙などの弾幕少女と戦う時は敢えて全力を出さず、負けても自分に対して言い訳できる余地を残している。しかし、両津という”勝って当然の相手”の場合は別。万難排除して全力で勝ちに来るだろう。そして魔理沙自身、アリスの全力を知らない。更に……
「セコンドが幽香ってのも気になるな。」
 今回の弾幕ごっこにおけるセコンドは、弾幕少女(両津含む)の安全保障だ。例えば、意図せず高度から落下したときに助けるなどだ。東方憑依華の様に代わりに戦うことは認められていないが、助言などのサポートは許される。しかし……
(幽香は明らかにサポート向きじゃない。なのに幽香とあんなに打ち合わせしているということは……)
「毒、だろう、魔理沙?」
 両津のいきなりの推理に驚く魔理沙。
「驚くことはない。ワシも幽香と仕事したことがあるし、そして太陽の畑に鈴蘭の毒を集める人形がいることも知っている。間違いない。幽香の役目は毒の補給だ。」
「……なぁ両さん。セコンドが試合中に武器を調達するのは明確な違反行為だ。これを指摘すれば……!」
「余計なことをするな。ワシらはワシらで勝ちにいけばよい!」
 両津の力強い言葉に黙る魔理沙。両津は弾幕少女ではないが、勝負師だ。勝負師としての美学がある。卑怯な手で負けるのは自分の未熟と考えているのだ。
「……分かった、両さん。何も言わない。しかしダメなときは知らせてくれよ、止めるから。」
「おう、ワシもワシで準備が無駄に並んでよかった。ぐふふ。」
 両津は不敵にリュックサックをガサガサする。そうこうしているうちに試合開始時刻となった。


 会場の河原には、両津とアリスのみ。両津から見て、左が川、右が観客席となっていた。両セコンドは護符(トランシーバー)を片手に遠くに控えていた。
「両者、見合って……レディ?ゴーーーーーー!!」
 実況の合図と共にカァーンとなって、弾幕ごっこが開始された。
 普通の弾幕ごっこであれば、合図と共に一斉に飛行し、弾幕をバラまく。しかし両津とアリスは違った!
「でりゃぁぁあ!!先手必勝っ!!」
 脱兎の如く間合いを詰める両津の竹刀突きに対し、アリスは召喚したオルレアン人形で受け止める!オルレアン人形は白銀の中世風の鎧を身にまとった少女だ。まずは身の半分もあろうかという大盾で両津の竹刀を受け止めた。弾幕少女と言えどもやはり即最高速度で飛行するのは難しい。もし、ここでアリスが人形召喚を選択せずに飛ぶことを選んだ場合、両津の突きで一撃KOだっただろう。
「まずは小手試しよ!」
 アリスはオルレアン人形の両脇に上海人形と蓬莱人形を召喚!この人形を砲台にして攻撃しようとするが……。
「面ーーーっ!!」
 蓬莱人形、撃墜される!両津は剣道の有段者。コンマ1秒を争う競技に身を置いている。人形を出して弾幕をバラまく。普通の弾幕ごっこならば問題のない動きでも両津にして見れば、あくびが出るほど遅い。その強烈な一撃は、耐久力に乏しい蓬莱人形を一撃で戦闘不能にした。
「うぉおおおっと!両津選手、いきなりアリス選手の十八番の人形を破壊したー!これはどう見ます、阿求さん!?」
「厳密には弾幕ごっことしてどうなのか、とは思いますが。しかし、これはこれで面白いですね。」
 盛り上がる実況と解説。それに反して、両津もアリスも冷静であった。しかし、両セコンドである魔理沙と幽香は冷や汗を垂らしていた。どんなに演習を積んでも、実戦では予想外のことが起きる。その典型であった。魔理沙はすかさず無線で指示を飛ばす。
(両さん、焦るな。蓬莱を撃墜したのは予想外の成果だが深追いするな。)
「分かってる。ワシもそのつもりだ。というより、オルレアン人形の槍が邪魔でアリスに近づけん。」
 いったん間合いを取った両津。そう、両津は蓬莱人形を撃墜して、そのままアリス本体に肉薄しようとしたのだが、オルレアン人形の槍が障害になっていたのだ。しかし、この槍はアリスが構えたわけではない。オルレアンに大盾を両手で構えさせた都合上、たまたま背中に担いだ槍が蓬莱人形側に伸びていただけのこと。もし槍を担ぐ位置が逆だったら完全に勝負が終わっていた。
 そんな予想外の展開が起きる中で、アリスは……笑った。
「流石は人里最強のお巡りさんね。」
「はん、いいのか?腹話術がお留守になってるぞ。」
 両津の挑発に観客がクスクス笑う。が、そんなことでペースを乱されるアリスではない。右手を掲げる。そこから魔法陣が展開された。
「今から召喚する人形は今回の試合のために作った特別仕様よ。本当はもっと様子を見てから使いたかったけど……仕方ないわね。」
(両さん……)
「分かってる、うかつには飛び込めん。」
 魔理沙の忠告に両津はそう答える。アリスが召喚したのは異質な人形。見た目は、ゴテゴテした蛍光色の派手な皮膚を身にまとった蛙。申し訳程度に金髪のかつらが被さっていた。少女の人形をメインにするアリスの設計とは思えない気色悪さだ。
「両津さん、ヤドクカエルってご存じ?」
「ヤドクカエル?」
「外の世界の南米地域のカエル。この派手な外見は警戒色。このカエルに触れれば一瞬で皮膚に激痛が走り、最悪死に至るわ。」
「ふん。がな。ワシもワシで精神の毒を持っているぞ。これでも食らえ!!」
 両津はリュックから黒い瓶を取り出して、アリスの足元に投げる。その瓶は割れ、中から出てきたものに気づいて実況の小鈴が絶叫する。
「これは、ゴキブリだぁあああ!!すんごい数のゴキブリ!」
「い、以前も両津は人里でゴキブリをバラまいたことがあります!やっぱり今回も持ってました!」
 阿求の解説中にもゴキブリたちは散り、一番近くにいたアリスに群がろうとする。が、
「オルレアン。衝撃波シールド!」
 オルレアン人形の盾の中心から放たれた衝撃波でゴキブリたちが弾かれる。
「ブラジリアン!毒霧噴射!」
 さっきのカエル型の人形(どうやら名前はブラジリアン)が、口からどす黒い霧を噴射。それはゴキブリたちにかかり、そして息絶えさせた。
「ぐ……くそ!」
 慌てて飛びのく両津。
(両さん、どうした?)
「この毒、強烈だ。」
「ふふふ、太陽の畑で育った毒草のエキスを濃縮したものよ。本物のヤドクカエルの毒ではないから安心しなさい。でも、私から離れていいのかしらッ!!」
「うぉおおお!?」
 両津、慌てて飛びのく!上海人形からの弾幕だ。ピストルで応戦するが、弾幕の数が違う。不利は明らかだった。
「くそ、このままじゃ……」
 遠距離では不利なので近づきたい。近づけば毒霧の餌食だ。この毒、どうやら呼吸せずとも目からも侵入する。様々な準備をしていた両津も流石に毒ガスは想定してなかった。
「魔理沙!何故アリスは毒ガスの影響を受けてないんだ!?」
(たぶん風の魔法だ。アリスが風上、両さんが常に風下になるような魔法陣を会場に設置してるんだと思う。)
「くそー、仕込みじゃないかー!」
 悪態をつきながら弾幕を避けていく。

 一方でアリスの方も、実は焦っていた。試合早々に蓬莱人形を壊されたのは本当に想定外だった。今は一見、両津を追い詰めているように見える。しかし、やはり上海人形一体だけでは決め手に欠けた。蓬莱人形と二体で挟み撃ちにしてこそ、真価を発揮する人形だからだ。
(アリス、別の人形使った方がいいんじゃない?)
 セコンドの幽香の提案にアリスは舌打ちして答える。
「指の数に合う人形で戦えるのを探してるわ、黙ってて!」
 アリスの人形は自動命令型と直接操作型に分かれている。自動命令型は最初からインプットされた単純な命令だけを行うタイプ。主に自爆人形に使っているのだが、こう観客が多いところで使えるものではない。直接操作型は高度な命令が行えるが、その操作の質は指の数による。アリスの指は9本(左手の薬指のみはこだわりで使っていない)。現在は、両手の親指と人差し指をオルレアン人形に使用、左手の小指を上海人形、右手の中指と薬指をブラジリアン人形(毒霧を噴霧するカエル人形)に使っていた。余っているのは左手の中指と右手の小指。しかし、これが曲者だった。
「右手の小指一本で操作できるのは、十八番の上海・蓬莱人形だけ。後は最低2本ないと無理なのよ。」
(出すだけ出して牽制には使えるんじゃない?ゴリアテ人形とか?)
「だめ。相手のセコンドに魔理沙がいるわ。下手な人形を出したら逆効果よ。」
(指4本使ってるオルレアンの指は減らせないの?)
「……」
 それが現実的か。アリスは思った。両手の親指と人差し指を使っているオルレアン人形。これを左手の中指・人差し指・親指にずらす。そうすれば、右手の操作に大きく余裕ができる。しかし、
「幽香、どの機能を落とせばいいと思う?」
 それだった。オルレアン人形の盾は今回の対両津(もっと言えば対ゴキブリ)の特別仕様。衝撃波を発射するために、盾が大型化し重くなったため、操作が厳しくなっているのだ。
「オルレアンの機能は基本の移動に指2本消費。あとは①衝撃波②槍を構えた突進に1本ずつよ。」
(つまり、どちらかを外さないといけないわけね。)
 幽香も悩みどころだった。衝撃波と言っても虫を散らす程度。とても両津の突進は防げない。槍を携えた突進による攻撃的な防御。それを見込んで今回の試合にオルレアンを起用したのだ。魔理沙にオルレアンが突進できないことを見抜かれれば、両津が息を止めて突進してくるだろう。皮膚や眼から毒霧が侵入するといっても、即どうにかなるものではない。捨て身で接近されれば厄介だ。
 じゃあ、衝撃波を捨てるか?しかし、両津のゴキブリが1瓶とは限らないのだ。毒霧はゴキブリを死滅させる効果はあるが、物理的に排除する効果はない。更にアリスが毒霧を吸わせない都合上、もしゴキブリがアリスの懐まで侵入すれば、ソイツに対しては無力だ。
 ゴキブリを捨てるか、両津を捨てるか。攻撃に集中しているアリスにそこまで考える暇はない。考えて決断すべきは風見幽香。悩みに悩んだ末、幽香は自分の決断をアリスに告げた。


(何だとっ!?)
 アリスがその次に起こした行動に、魔理沙は驚愕した。
「うぉおおっとぉ!?アリス選手、上海人形を下げました!オルレアン人形とカエル型人形の二体!名前は……何でしたっけ、阿求さん?」
「ブラジリアン人形ですね、はい。」
 実況と解説がうるさく騒ぐ中、両津は魔理沙に尋ねる。
「あの上海とかいう、小っこい人形を下げることがそんなに驚くことなのか?」
(上海と蓬莱はアリスの最も得意な人形だ。コストパフォーマンスでアレの上を行く人形はない!アリスは勝負に出……)
 魔理沙の解説は途中でかき消された。オルレアン人形の槍が両津に振り下ろされたのだ。間一髪で避けた両津はアリスに接近しようとするも、今度はブラジリアン人形が、弾丸の如く何かを発射。舌だ。思わずのけ反り、撤退する。
「おい魔理沙!どういうことだ!さっきより人形が速くなったぞ!」
(両さん。おそらく、人形を2体に絞るごとでより高精度に動かせるようになったんだ。)
「何……?」
 両津、確かめるために河原の石を拾い、投げた。その石は正確にアリスに向かって飛んで行ったが、これまた正確にオルレアン人形が槍で打ち払い、野球のピッチャー返しよろしく両津に返ってきた。
「ふふふ、どうしたの、さっきの威勢は?」
「くそ、調子に乗りやがって……」
 頬から血を流しつつ答える両津。さっきの石が頬をかすめたのだ。
「弾幕発射!」
「むぅ!?」
 アリス、本体と2体の人形からの同時弾幕発射。これを避けるのはかなり難しいが……
「ふん、はぁ、とぅ」
 両津、難なく交わしていく。この程度の3方向弾幕は魔理沙との演習で既に対策済みだ。加えてオルレアン人形は遠距離型というわけでもない。上海人形を下げた分、遠距離攻撃の低下は明らかだ。
「ならばこれは?」
「ちぃ!」
 オルレアン人形が再び槍を構えて突進。両津は竹刀で迎撃するもあっさり跳ね飛ばされる。たまらず距離をとるが、
「トワイ・ピッケ!」
「ぬぁあああ!」
 反射神経だけで転げまわる両津!さっきまで両津がいた地面には穴が3つ。超高速の槍3連撃だ。これは人間にはできない動き。オルレアン人形内部に仕込まれている空気圧縮バネを用いた機械ならではの動作だ。
「くそ……人間の槍術と違う……こうなったら……」
 何はともあれ距離を取らねばならない。しかしそれを許すアリスではない。早速オルレアン人形に槍を構えさせるが……。
「動かない?」
(アリス!とりもちよ!)
「はぁ!?」
 オルレアン人形の肩に粘着物質が貼りついていた。人形の影で両津が投げたとりもちがアリスには見えなかった。腕の関節に入ったものは流石に遠距離操作では取り外せない。
「汚いわね。」
 アリス、オルレアン人形を手元に戻し、魔法を詠唱する。清掃の魔法だ。ネバネバに貼りついていたとりもちは一人でに剥がれ、ボールのような塊になって地面に落ちた。その間には両津は距離を取ることに成功していた。しかしアリスの優位は揺るがない。
「逃げ回るのはいいけど、遠距離なら私に勝てるの?それとも、その玩具みたいなピストルで頑張ってみる?」 
「はん!むしろうっとおしい弾幕をバラまいてたさっきの人形がいなくなって好都合だ!見てろ……」
 両津、リュックから何かを取り出す。爆竹だ。
「まずは小手試しだ!うりゃぁあああ!」
 爆竹に火をつけ、投げる。アリスとしては爆竹程度は無視してもよかったが、何が仕込まれているか分かったものではない。当然、オルレアンの盾に内蔵した衝撃波装置で弾いた。が!
「食らえぇ!」
「ッ!?」
 両津、衝撃波を出された直後のタイミングで投石!アリス、間一髪避けた!
 それを見て両津、にやりと笑った。
「やはりな、アリス!ワシは貴様の人形の弱点が分かったぞ!」
「……どういうこと?」
「その衝撃波、連発はできないらしいな。当然だ、それが連発できるならそれだけでワシを仕留められたはず。カエル人形なんて必要なかった。そいつにはある程度の時間のチャージが必要。且つ衝撃波を出した直後は人形自身も反動で操作不能になる。さっきは打ち返せたワシの投石を避けたことから明らかだ。」
「ふーん、で?」
「ワシは絶対貴様に勝つ方法を思いついたぞ、見ろ!」
 両津がリュックから出したものに、アリス(とセコンドの幽香)は青ざめた。さっきと同じくゴキブリ瓶、しかし2つある!
「ワシは今からコイツを投げる!衝撃波を出して防げばいい。そしたらワシはもう一個を投げるだけだ。こっちは防げんぞ!」
 自信満々に言う両津。確かに”ある一点を除いて”理に適っていた。アリスは既にそれを回避する方法を思いついていたが、それをおくびにも出さず、アリスは尋ねる。
「何で、そんなことをわざわざ言うの?」
「いやぁな。ワシも女性にこんなものをまき散らすのも忍びなくてな。できれば降参してくれると嬉しい。」
「ふぅーん。」
 嘘だ。アリスは直観した。この男は何らかの駆け引きのためにわざわざ作戦を話している。それは何が目的だ。果たして”さっき思いついた作戦”を実行していいのか?アリスは思考の迷路に陥っていた。
「10秒だけ時間をやるぞ。10、9……」
「……」
 あんまり考えている暇はない。ならば……、先手必勝。
「舐めないでよ、両津勘吉!スペルカード発動!蒼符『博愛のオルレアン人形』!」
 正真正銘のLunatic級のスペルカードだ。辺りを埋め尽くす赤い弾幕!それは鮮やかな緑に変わり。波状攻撃の様に両津に押し寄せてきた!並みのNormalシューターなら余りの弾幕の多さに思考すら放棄するだろう。が……
(両さん!集中だ!)
「うぉおおおおッ!!」
 魔理沙との練習では一回も避けられなかったLunatic級スペル。が、両津、気合で避ける。
(両さん、思い出すんだ!派手に動かず、弾幕の傍をチョンとかわすように!よけ終わった弾幕は見るな、2つ先の弾幕に視点を合わせて。)
「うぉおおおおッ!!」
 激しい雄たけびを上げる両津。しかし声に反して動きは滑らかで優雅。淑女とダンスを踊る紳士のようにゆったりと躱していく。一波、二波、三波。精神を削る弾幕!が、避けていくほどに弾幕が薄くなり、そしてついに視界が開けた。これぞ、弾幕ごっこの醍醐味。が!
「げぇ!いないッ!?」
 そう、練習と実戦は違う。アリスはじっとはしてくれない。アリスを見失った両津の横手から迫るのはカエル型のブラジリアン人形!

 キュゥィィイイン。

 静かな音がして、カエルの腹がぱかッと割れる。中から出てきたのはアームで繋がれた回転のこぎりが1、2、3、4、5、6、7、8。槍ならまだしも、ここまであからさまな刃物は明確な弾幕ごっこ違反だが、アリスにそんなの関係ない。スペカで観客の目が奪われていることをいいことに切り札を発動。完全に両津を殺しにかかった。
「死ねぇぇえい、両津ッ!」
 本性をむき出しにしたアリス!そして殺人人形ブラジリアン!迫りくる回転のこぎりに対し、両津は……飛び込んだ。
「はぁあああッ!!」
「なっ!?」
 両津、渾身の正拳突き!それは腹に直撃。複雑なギミックのブラジリアン人形の関節を破壊し、バラバラにした!
 が!!
「ぐ、う……んむぅぅぅぅぅぅ!!」
 声にならない絶叫!ブラジリアン人形が破壊されたことで体内の毒袋も破壊。両津を中心に毒がまき散らされた。霧状にしてもなお激痛が走る毒霧の原液を浴びた両津。のたうち回りたいという生物として当然の反応を闘争心でかみ殺した。見失ったアリスが目の前にいるからだ。全筋力をフル動員してアリスに迫る!
「ひぃ!?衝撃波シールド!!」
 考える前に衝撃波を発動した。先ほどは虫しか弾けないといった衝撃波だが、それは距離が離れた時の話。至近距離で放てばボーリング球を腹にブチ当てられたような衝撃が走る。が、
「……ッ!!!!」
 両津、耐える!声は出さない。声を出したら最後、反動で毒を吸い込むことになる。そうなったら終わりだ。悲鳴は投擲力に変えて。ゴキブリ瓶をアリスに投げた。アリス、考える暇なし!さっき考えた対策を迷わず使う。
「瓶が割れなきゃ、ゴキブリは出てこないでしょう!?」
 アリスが召喚したのは自動命令型の自爆人形。普段の命令は『相手に抱き着いて自爆する』ことだけ。新たに命令を付け加えるのは戦闘中には無理だが、『自爆する』という命令だけを抜くのは造作もないこと。ゴキブリ瓶はがっしり受けてとめられて、ゴキブリ瓶は無力化された。

 そう、思えた。

 ガツーーーンッ!!

 瓶が割れる。それを為したのは両津の拳。否、両津の手に握られた小石。受け止められた瓶に石を打ち付けられて、割れたのだ。
「あ……」
 思わず間抜けな声を上げるアリス。次の瞬間に起きる地獄、悪夢、惨劇は想像できた。しかし、身体は動かなかった。呆気にとられてしまった。
「ひ、ひ、ひぃいいいいいいいいいいいいいい!!」
 僅かなタイムラグ後にまき散らされるゴキブリ、ゴキブリ、ゴキブリ!!Lunaticシューターのアリスも、これに対しては無力!あっという間に黒い絨毯に覆われた。アリスにとって唯一の救いは、覆われて僅か2秒で気絶できたことだった。






「何だい、結局引き分けってこと?」
 永遠亭で小町がつまらなさそうに零す。
 あの後、博愛のオルレアン人形のスペカが消えた後の観客たちが見たのは、ゴキブリに埋め尽くされて気絶するアリスと、川で溺れて気絶している両津だった。瓶を割った直後、生物の本能で川に飛び込んで毒を洗い流す両津だったが、ここで力尽きたらしい。
 勝負の判定を下したのは四季映姫。まず両者、反則の限りを尽くしていたのだが、それについては”そういうルール内の勝負”で片付けられた。アリスの非は『両津に毒という致命傷を与えていたが、詰めの甘さで最後の反撃を許してしまったこと』、両津の非は『ブラジリアン人形から逃げて、立て直すというプランもあったにも関わらず、勝負を急いで結果致命傷を負ったこと』。更に結果的に両者気絶であり、勝敗は引き分けなのは明らかだと。
「んー、でも四季様。敢えて白黒つけるんだったら?つまり判定では?」
「引き分けです、小町。勝者は戦いが終わった後、立って帰るもの。立ってなかった以上、引き分け以外ありえません。」 
「えー。」
「まぁまぁ私は楽しかったわよ。」
 そういうのは当の本人のアリス。幸い気絶していただけなので、すぐ回復した。あれだけのゴキブリに囲まれても精神のダメージがないあたり、大物である。
「ちょっと……いや、席外すとか何とかないのかよー。」
「男が何恥ずかしがってるの、じっとしていなさい。」
 そう話すのは両津と幽香である。両津は全裸だった。幽香はそんな両津に軟膏を塗っている。解毒成分が含まれたものだ。試合前に予め幽香が用意していたのだ。
 しかし両津としては目のやり場に困る。小町・映姫・永琳・アリス・幽香・魔理沙。都合、6人の女性に囲まれている状況で全裸なのだ。少しは席を外してほしかったが、全身がマヒしているため抵抗もできない。イチモツも縮こまっていた。やっぱり敗者は自分なのではないか。そう思った。そんな中、アリスが握手してくる。
「ふふふ、でも両津さん。いいファイトだったわ。」
「ふん!どうだか。ワシは覚えてるぞ。『死ねぇえい、両津』だったか。完全にワシを殺す気だっただろ。」
「あらあら誤解よ。ほら、格闘技の選手も相手を殺す気でやってるって言うでしょ?似たようなものよ。」
「それについては私からも聞きたいことがあるわ。」
 突然幽香が割って入る。そして右手でアリスの顔面をわしづかみ。ちょうどアリスのコメカミのあたりに幽香の指がかかっていた。
「イタ、イタタタタ、幽香さん!?」
「ブラジリアン人形の残骸を見たわ。私の家の倉庫に入っているはずの木工用回転鋸が転がっていた。硬い樫の木も切るやつだから、人体なんて造作ないでしょうね。」
「い、い、い、いいいい、痛い……」
「盗んだことを怒ってるんじゃないの。問題は何でそんなものを人形に仕込もうと思ったのかってことよ。」
「い、い、痛いです、幽香さん、ダメ、これ以上……」
「はぁ……アリス。貴方には少々お仕置きが必要なようね。魔理沙、続きの軟膏、任せられる?」
「合点承知!」
「じゃあ……行くわよ、アリス。」
 幽香、アリスの悲鳴と共に消える。その後、何があったのかは定かではないが、永遠亭の因幡てゐがしばらく悪戯を止めるくらいの何かが起きたらしい。
 が、それは後の話。魔理沙が軟膏を塗りたくる。
「両さん、もうちょっと毛を剃ったほうがいいんじゃないか?」
「よ、余計なお世話だ。」
 2人消えたところで4人も残っているのだから、両津の恥ずかしさは変わらない。よりによって、この中で一番若い魔理沙に塗られていることも、両津の自尊心をズタズタにしている。
「ところで両さん、一つだけ分かんないことがあるんだ。」
「何だ?」
「最後の決着前さ。両さん、アリスにわざわざゴキブリ瓶2つを見せた上で作戦をバラしただろ?何であんなことをしたんだ?言わずに瓶を時間差で投げれば決着ついたんじゃないか。」
「確実に勝つためだ。あの瓶2つで本当にゴキブリは最後だったからな。」
 両津が指をCの形に変える。それだけで魔理沙は何を要求しているか分かった。缶コーヒーの蓋を開け、両津の口に注いでやる。コーヒーを一口飲んだ両津は続ける。
「ゴキブリ瓶回避の方法は2つあった。一つは飛んで逃げる。もう一つはアリスがやったように瓶が割れないように受け止めるだ。ワシが懸念したのは特に飛んで逃げる方だ。試合開始直後にワシが蓬莱人形を叩き壊しただろ。アレはアリスが飛んで逃げるより短い時間でワシが間合いを詰められたからだ。しかしゴキブリ瓶を時間差で投げるということは、当然アリスに飛んで逃げる時間をも与えることになる。」
「なるほど。」
「だからそれを防ぐために挑発の意味でカウントダウンをした。アリスにしてみれば、対策はすぐに思いついてただろう。しかしワシのカウントダウンを聞いて、ワシが対策の対策をも考えているのではという疑念が生じたはずだ。そうなると一番手っ取り早いのは先制攻撃。しかし、ワシの誤算はアリスがスペルカードを選択したことだ。ワシはオルレアンとブラジリアンによる近接攻撃だと読んでいた。」
「でも結果的に見事によけ切ったな。」
「ああ。ワシもお前たちが何でこんなに弾幕ごっこに熱中するのか分かった気がしたよ。だが、避けた先にアリスがいなかった。あの時は本当に焦った。」
「で。アリスはブラジリアンによる近接攻撃を選択していた。」
「選択してたというより、それしかなかったという感じだな。あの回転鋸は実はたいしたことなかった。起動が遅い上にアームが細すぎて刃がぶれていた。すぐに壊れるちゃっちい代物だとすぐに分かったよ。」
「ほぉー。」
 魔理沙は感心する。両津、こう見えて非常に豊かな工学の造詣がある。人型ロボットを作って水泳やボーリングのコンテストに出品していたくらいだ。初見でアリスの人形の弱点を見抜けるものなど、幻想郷では河城にとりくらいだろう。そういう意味ではアリスは相手を選び間違えた。
「しかし毒霧のことは忘れてた。ワシもとっさの判断だったからな。しかし今更引けん。なるようになれって感じで接近した。後は気合いだ。」
「んーと、じゃあさ。もしあの時アリスが受け止めるのではなく、飛んで逃げることを選択した場合はどうするつもりだった。」
「簡単なことだ。瓶を空中で投げてピストルで撃ち抜く。それで割れる。もちろん、これは十分に接近しないとできんことだ。ワシも本当にギリギリの戦いだった。」
 両津、遠くを眺める。思えば、元の世界でもそうだった。空き巣、痴漢、銀行強盗。何故か両津が追いかける犯人ばっかりクセが強く、ドブに落ちるのは序の口、トラックにひかれたり、鉄球に追いかけられたり。高圧電流に焼かれたこともあった。よく生きていたものだ。しかし、そういう困難を乗り越えた後の酒は格別に旨い……。
「あ、そうだ、魔理沙。酒はないのか。」
「ダメよ!絶対安静!」
 永琳が割って入る。
「いい?今日はどんなに両さんがお酒を欲しても持ってきちゃダメだからね。」
「ほーい。」
「はいな。」
「禁酒。それが今の貴方が積める善行です。」
「むむむ。」
 永琳の忠告に両津は渋い顔。一同、くすくす笑う。
「ま、そんなことで今夜は安静にしてなさい。あとでウサギ達に服を用意させるわ。」
 永琳のセリフと共に女たちは出ていく。両津は急に一人になった。
「くっそ……一仕事後に酒も飲めんとは、刑務所か何かか、ここは。」
 一人悪態をつく。そんな両津に返事する者は誰もいない。

 そのはずだった。

「お困りのようだね。」
「え、うわ!どこだ!」
 声ははっきり聞こえるが、誰もいない。しかし、しばらくして、両津はその声に聞き覚えがあることに気づいた。
「……萃香か?」
「ご名答!」
 両津の耳から蟻のようなサイズの萃香が出てきた。
「ったく、何の用だ?」
「そう邪険にするなって。私はいつでも両さんの味方だよ。戦いの後にはやっぱこれだろ?」
 萃香はくいっと盃を呷るポーズ。そして窓の外を指した。そこには黒い煙。おそらくは細かく分裂した萃香だろう。その煙の中心には
「ヒョウタン……酒か!」
 窓が開き、空中で酒が注がれる。最高級の酒虫によって作られた酒。重厚で、それでいて芳醇な香りが部屋を包み込む。
「さぁさぁ、両さんのナイスファイトに乾杯!」
「乾杯!」
 両津、萃香が口元まで運んできた酒を勢いよく流し込む。旨い。がっ……!!
「痛ってーーーーーー!痛い、痛い、痛い!!」
「え、え、え、両さん、どうしたの?」
「こらー、何騒いでるの!」
 のたうち回る両津、混乱する萃香。部屋に飛び込んできた永琳は全てを察知した。
「この薬はね!アルコールで血圧が上がると、全身に激痛が走るの!」
「え、マジ?ご、ごめんよ、両さん。知らなかったんだ……」
 そんな彼らの会話もほとんど耳に入らない両津。痛みに耐えかね、泣き叫んだ。

「くっそーーー!弾幕ごっこなんて、大嫌いだーーーー!」
こち亀の作者、秋本 治先生が紫綬褒章を受章されたことを記念して書き始めました。私は遅筆で、既に半年もかかってしまいました。

最後に。例えこの作品がクソでも、こち亀は神作です。
こち亀は神作
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コメント



0.簡易評価なし
1.無評価名前が無い程度の能力削除
けせ
2.100終身削除
たまに出てくるちょっとアブナイ人の役回りをアリスがしてくるのが不意打ちでした 弾幕という繊細な物にも臆さずにどんな手でも使いながら適応してこその両さんという感じで良かったと思います 前回に引き続きゴキブリとしっかりとトモダチになってる両津で笑いました