Coolier - 新生・東方創想話

駄目な女

2012/04/26 04:19:13
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真夜中に竹林の一部が赤く輝いていた。
パチパチと弾ける火が僅かながら残っている。が、すでに大半は鎮火されていた。
その火の中に人間が一人倒れている。ジュウジュウと焼ける肉の音と、焼け爛れた臭いを撒き散らしながら……



「駄目な女」



階段とはこんなにつらいものだっただろうか。博麗神社への長い階段を上りながら慧音は思った。はぁはぁと呼吸が乱れ、足も重く感じる。ようやく鳥居にの前に立ったころ、呼吸を整えるのにだいぶ時間を使ってしまった。
今日、神社に来たのは届け物のためだった。前回の異変の解決の礼に里の代表として届けにきた。実は毎回霊夢が異変を解決するたびに礼をしに訪れているのだが、霊夢からの反応はどれも冷めたものだった。なので今回は酒を土産にした。大の酒好きの霊夢のことだもしかしたら逆に礼を言われるかもしれない。
しかし、姿が見当たらない。例のごとく縁側で茶でも飲んでいるものと考えていたが、留守なのだろうか。わざわざ酒を持ってきてやったのに、とがっくり肩を落としていると、なにやら裏手から笑い声が聞こえた。声から判断するに、魔理沙のようだ。
裏手に回ってみると、霊夢と魔理沙が温泉に入っているのが見えた。いや、よく見ると酒も見える。朝から酒盛りとはまったくいい身分だ。
「朝から酒盛りかお前らは」
つい説教口調になってしまうのは職業病なのだろうか。説教をしに来たのではなく、礼をしにきたというのに。私も反省せねばなるまい。しかしもっと反省するべき奴等が目の前にいる。
「わっ!ちょ、ちょっと!驚かすなよ!」
やけに驚いている。こういう時、大抵本人にやましいことがある場合が多い。寺子屋の子供たちもそうである。まったく今度はどんな悪さを……っといけない。礼だ。礼。
「悪かった。霊夢に用事があってな。無事異変を解決してくれて感謝しているよ。里を代表して礼をする。ありがとう。」
「ん……ろーいたしまして」
すでに酔っ払っていたか。いったいいつから飲んでいるんだか。
「そこで今回はこいつをやろう。気持ちだ受け取ってくれ」
慧音が酒を取り出したその瞬間、バシャバシャっと勢いよく霊夢が駆けて来た。
「あんたって人は!さすが先生ねよくわかってる。ありがとう!」
感謝されてしまった。裸で一升瓶を掲げる霊夢はなんと幸せだろうか。しかし今になって少しばかり後悔する。後悔の理由は主にこの巫女の体を心配してのことだが。
「あんたも入っていきなさいよ。わざわざ来てくれたんだし。汗もかいてるでしょ」
「そりゃいいや!慧音も飲んでけよ。ついでになんか飯作ってくれ」
なにやら急になれなれしくなった。魔理沙には頭突きをお見舞いしてやりたくなる。しかし汗をかいていて気持ちが悪いのは事実だ。せっかくの誘いを断るのももったいない。だが……
「すまない。これでも忙しいんでな 」
「ちぇ……これだから先生は」
子供のように口を尖らせる魔理沙。お前は飯目当てだろう、と言いたくなったが飲み込んだ。私は先生だからな。
「それでは。またの機会に誘ってくれ」
「ちょっと」
「ん?何だ?」
振り返るとまたも霊夢が駆け寄ってきた。しかし、今度はやけに真剣な表情だ。
「あんた、顔色悪くない?」
酒臭い息でも、言っていることはまじめであった。博麗の巫女の勘と言うやつだろうか。正直、ドキッとした。
「最近睡眠時間がちょっとな……。そんなことよりお前も酒はほどほどにしておけよ。それではな」
足早に神社を去る。霊夢達が何か言っているような気がするが、思考は遠いところに行っていた。不安と、焦燥。かすかな目眩。
そして、鬱陶しいほどに汗をかいている。帰り道は、階段を上るよりも胸が苦しかった。



「ただいま」
神社を抜けて数分したころ、呼吸の乱れもすっかり落ち着いていた。幸い、道中誰にも会わなかった。こんな姿を見られるわけには行かない。変に心配してもらいたくなかったからだ。姿勢を正し、人里へと向かう。が、里に入るわけではない。実は最近引っ越したのだ。もっとも、里から歩いて5分程度外れた所にだが。
扉を開けて、挨拶を済ます。無意識的に出る言葉だが、今は立派に意味を持つものだ。
「お帰り慧音」
奥から、パタパタと小走りにやってくる。エプロンに、ご丁寧におたままで持っていかにも昼食の支度をしているといった装いで現れたのはともに暮らしている妹紅だ。引越しの理由は彼女と暮らすためと言うのもあった。だが、新婚のそれとは断じて違う。
「ご飯もう少しで出来るよ」
「あぁ。いつ帰ってきた?」
「慧音が出て行ってからすぐだと思う。慧音も朝からどこへ?」
「博麗神社にな」
「ふーん。なんで?」
「里の仕事だ」
「そう」
淡々と交わされる言葉。多くを語らないのは二人の性格的なこともあるが、不思議とともに暮らす者としての安らぎも感じる。
「いただきます」
食卓に並べられた料理の数々。神社までの往復でひどく腹が空いていたので、すべてがご馳走に見える。
「召し上がれ」
妹紅も食べ始める。自分で作った料理に満足げな様子だ。彼女はなかなか料理にうるさいほうだった。
新居は小さかった。飾り気はなく、余分なものは何もない。仙人の部屋のようだった。しかし。
「これおいしいな」
「ああ。それは気合入れて作ったからね」
この部屋は、相手の声がよく聞こえる。それで十分だった。


 妹紅はたいしたやつだ。料理もうまくて、最近では竹林の案内人なんて仕事も始めている。里での認知度も上がっているし、寺子屋の子供達には人気者だ。でも、妹紅は気づいていない。いや、ひょっとしたら一緒に暮らしている私以外気づいてないんじゃないだろうか。妹紅は時折、ひどく臭う。それは、汗臭さといった生活的なものではない。もっと人間からは遠いにおいがする。死臭だ。こんな風に朝方帰ってくるような日は特に臭う。きっと風呂にも入ったし、石鹸で洗っているだろう。でもそれじゃあ落ちないんだよ。人の焼ける臭いは。妹紅。お前は昨日の戦いでどれだけの血を流した。腸を飛び散らかした。己の身を焼いた。私は、少し不安だ。


翌日。
全身がひどく痛む。その痛みで目を覚ましてしまった。。体を起こすのも少々苦労する。鏡の前にやってきて、自分を見て驚いてしまった。青白い顔。そして心なしかやせ細った感じもする。こんな顔じゃあ誰が見ても病人だと判断するだろう。でも今日は寺子屋で授業がある日だ。休むわけには行かない。
妹紅はすでに仕事に出たようだった。今頃竹林のどこかにいるんだろう。妹紅の作ってくれた朝食を食べる。なんとお弁当まで用意されているからびっくりだ。
朝食を食べ終えて、何とか化粧で誤魔化せないかと鏡の前で苦闘した。


「慧音先生顔色わるいよー?」
「先生病気なの?」
小一時間ほど鏡の前で戦ったが生徒達の前ではその成果は5分と持たなかった。
化粧をすることがあまりない、と言うのは言い訳になってしまうが、それでも何か悔しかった。
「ああ……最近睡眠時間がちょっとな。でも大丈夫!このぐらいへっちゃらさ!」
生徒の前では弱気になってはならない。弱い気持ちは子供にはすぐ伝わってしまうから。なんとかその日はやり過ごすことが出来た。生徒達の前という責任感が後押ししてくれたからだろう。妹紅の弁当も2割ほど加わっているかもしれない。
「それじゃあみんな気をつけて帰れよ」
そそくさと教室を後にする。しかし、教室では生徒達がなにやらひそひそ話をしていた。
「慧音先生絶対病気だよあれは」
「うん。教室出て行くときも足引きずりぎみだったし」
「今までこんなことなかったのに……ひょっとしてやばい病気なんじゃないか?」
「うそっ!どうしようどうしよう……」
「俺達だけじゃじゃどうにもならない。妹紅姉ちゃんに相談しよう」
「そうだね。姉ちゃんならきっと何とかしてくれるよ!」
生徒達は妹紅に信頼を寄せていた。自分達の知らないことを知り、尚且つ慧音と親しいとなれば、これ以上ない適任者だと判断したからだ。


三日後。
あれから、体のほうは回復してきている。顔も見るからに病人といった程ではなくなり、朝もしっかりと起きられるようになった。
今日も寺子屋で授業をしたが生徒達も私の回復を喜んでくれた。数日前まで心配してか私の周りを離れようとしなかった子供達も今では元気よく外で遊ぶようになった。これはこれで、寂しいようなうれしいような。
寺子屋からの帰り道。辺りはすっかり日も暮れて、明かりなしでは足元が見えないほどだった。夜目が利くのでそれほど苦労することはないが、それでも不気味なことに変わりはない。人里から家までの短い距離をつい早足で進む。家の明かりが見えたころ、口から軽く息が漏れた。今晩の飯は何であろうか、と頭の中には食卓と、団欒の図が浮かんでいる。腹をなでながら空腹を押さえつけている。

もう目の前だ、というところでふと、嫌な臭いを嗅いだ。血の臭いだ。玄関の前に着くと、おびただしい量の血が水溜りのように広がっている。今度は逆にうっ、と息を呑んだ。
よく見るとこの血は竹林のほうから続いていた。ここを目指して帰ってきたのだ。誰の血かなど、考えるまでもなかった。私は何も、妹紅と新婚ごっこをしたいからこのようなところに引っ越したのではない。妹紅は時々、こういうことをする。血や、指などをこぼしながら、帰ってくる。以前の里の家の前に大量の血が散らばっていたときは、何か事件ではないかと大勢を心配させてしまった。そんなことがあったからこちらに引っ越してきた。そして、相変わらず妹紅は癖であるかのようにこの行為をやめていなかった。

血を踏まないように、足を大またに広げ、玄関を開けた。思わず手で口を覆ってしまった。酷い臭い。そして、醜い光景。血は、玄関から畳へと続いていた。大量に血を吸った畳はもう使い物にならないだろう。それだけでなく、壁にもも血が飛び散っており、赤い斑点模様がそこらじゅうに見られた。部屋の隅に丸くうずくまる妹紅を見つけた。「妹紅っ!」と叫んで近づいていくが、よく見るとまだ完全ではなかった。両足がなく、腹が割れていた。きっと竹林からここまで這って帰ってきたのだろう。辛うじて残っている両手もぼろぼろになり、指先は血と土で汚れていた。
「あぁ妹紅……なんてことだ」
ヒューヒューと呼吸の音がして、妹紅がゆっくり目を開けた。
「おかえり。遅かったね」
ニコッと笑顔を見せた。
「あぁこんな……待っていろ今血を止めて……」
何から手をつけていいのかもわからず、とりあえず血を止めるなどと言った慧音を、妹紅は慧音の手を掴み止めさせた。
「勝手に直るから。大丈夫だよ。私は勝手に直る。それよりも……」
妹紅は手を器用に使い体を起こした。そして、血だらけの手で慧音の服を掴み、しがみついた。
「慧音、体の調子が悪いんだって?寺子屋の子から聞いたよ」
「それは……」
今はそんなことよりも、と言えなかった。妹紅の言うように、勝手に直る。慧音に出来ることはなかった。何よりも生徒から妹紅へと情報が伝わっていることに驚いた。
「すっごい深刻そうな顔で言ってきたよあいつら。慧音心配されてるね」
「何を言っているんだ……」
「私が診てあげるよ慧音。服脱いで」
「妹紅お前は……」
「服脱いでよ慧音」
「知っているだろうお前は。あれは……」
「脱げ」
妹紅に睨まれる。服をぎゅうと握られて、今にも破けてしまいそうだった。
「わかった脱ぐから……離してくれ……」
「うん」
不気味なほどすぐ、笑顔に戻った。
血を吸って、重くなった服を脱いでいく。興奮していたからかわからなかったが、辺りの空気が冷たく感じ、軽く身震いした。
「全部だよ。全部脱いで」
畳に横になり、顔だけをこちらに向けて命令してくる妹紅。妹紅を怒らせたくなかったので命令通りにすべて脱いだ。
ははっ、と妹紅が笑い、体を起こした。
「きれいだよ。慧音。とっても」
「妹紅……」
体を見られる羞恥心よりも、きれいだと言われた事への喜びのほうが大きかった。そして、それを恥じた。妹紅は私の方へと畳の上をすべるように這ってきた。そして、足首を掴み、今度は横になるように命令した。
「こ、これでいいか?」
命令通り体を横にする。背中に、妹紅の血の感触がある。髪の毛などは血に浸しているようなものだった。
「ああ。とってもきれいだよ。とっても……」
妹紅がそっと体に触れる。血まみれの手で、模様を描くかのようになぞっていく。やがて、妹紅の体が重なってきた。まだ体の欠損が多い妹紅は軽く、苦しくはなかった。妹紅は胸に顔を埋めて慧音慧音、とうわ言のようにつぶやいた。裸で横になっている。二人は血まみれだ。無音の中で感じるものは、妹紅の声と、鉄の臭いと、ほんの僅かに熱を取り戻している妹紅の体だけだった。不思議な気分だった。天井の血の染みを見つめながら、私は妹紅の背中へ手を回した。背中をそっとさすっていく。
「私が病気でも何でもないというのは、お前が一番知っているだろう」
背中をさすりながら優しく言う。けれど妹紅は慧音慧音と繰り返すばかりだった。少し、泣いているようでもあった。



どのくらい時間が経過したかはわからないが、それほど経っていないころ。妹紅の体は完全に元に戻っていた。少しばかり、重い。
「慧音」
相変わらず天井を見つめていたが、妹紅に名前を呼ばれて、そちらを向く。すると
「お前は!まったく……」
顔を向けると同時に、キスされた。ニコリと妹紅は笑顔を向けてきた。
体制を変えて、お互いに抱きしめあう。空気は冷たくとも、相手の体から感じる熱で暖を取れる。そして、キスをする。
愛し合っていた。いつまでも一緒にいられないことなどわかっていた。そんな決まりきった未来が待っている。だからこそ、不安を感じざるを得ない。いつかの不安をぬぐうことなど出来なかった。お互いに求め合うことで、その時だけは、未来を感じなくてすんだ。何の、生産性もない。快楽と、心を求め合う行為。無意味であること。そのことが、今を生きているという気持ちにさせる。「今」でいっぱいにしてくれる。その晩も、例外ではなかった。



数日後。
永遠亭に用事があった。以前、寺子屋の子供が怪我をしたとき、永琳に世話になったそうだ。その子がお礼を言いたいらしく、手紙を書いてきた。その手紙と、実験用に借りた道具一式を返しに行くということ。二つの用事をいっぺんに済まそうということだ。
「ほら、あそこ見えるでしょ。んじゃあ私は帰るから」
妹紅に案内され、永遠亭までやってくる。妹紅は大あくびをしていた。無理もない。昨日も遅くまで起きていたからだ。何をしていたかは秘密である。
「あぁありがとう。でも、少し待っていればいいじゃないか。時間はかからないと思うが……」
「いやだね。慧音は話が長いし、永琳も長い。そんな二人が話すんだから、手短に終わるはずがないじゃないか」
ははは、と慧音が笑う。
「そうかそうか。今度からは気をつけるよ。それじゃあ。ありがとう。帰ってまた寝るといい。」
「ん……」
短い返事を返し、妹紅は帰っていった。
さて、と永遠亭に向き直り、歩みを進めていった。



「わざわざご苦労様こんな重いものを。持ってこなくても、取りに行かせたのに」
「いやいや、そういうわけにもいかない。ではお返しする。大切に使わせていただいた。ありがとう」
その日はまだ誰も患者がいないということで、永琳は暇そうにしていた。そこへたまたま私ががやってきてしまったために、永琳からは歓迎されてしまったようだ。お茶まで用意して、長居させようとしてきた。妹紅の言った通り、すぐには帰れそうもなかった。

ふと気づいたら、二時間ほど話し込んでいたようだった。お茶が切れたことにも気づかず、お互いの知識欲を満たすような会話を繰り返していたせいか、少々頭が痛い。しかし、永琳は実に頭がいい。話が面白いのだ。話を聞くだけでなく、相手を楽しませるような的確で、かつ興味深い返答をしてくれる。思わず議論に熱も入り、身振り手振りで表現するような場面もいくつかあった。子供のようなはしゃぎようだが、永琳もまたそれを楽しんでいるかのようであった。
「いやー、相変わらず永琳は面白いな。時間が経つのも忘れてしまったよ」
「ふふ。それはどうも。私としてはこういった時間はいつでも歓迎ね。もちろん患者がいない時だけだけど」
「ははは。さて、私はこれで失礼しようかな。妹紅が待ちくたびれているかもしれない」
「ええ。あー……ちょっといい?」
「ん?」
席から立ち上がり、扉のほうへ向かおうと体を向けた時、永琳から声がかかった。それまでとは違い小さな声でだ。
永琳は手招きをし、再び席に着くように言った。何かを考えるようなその表情に、少し戸惑ってしまう。
「どうしたんだいったい」
席につき声をかける。
「いえ、さっきから気になっていたんだけどね」
永琳は私の左手首を掴み、ぐいっと引っ張った。左手が、まっすぐに伸ばされる。そして。その袖を少し、捲られた。
「ちらちら見えていたのよこれが。これは何?」
永琳の言うこれとは、私の左手に巻かれた包帯であった。永琳は袖口から僅かに見える包帯を視界に捕らえ見逃さなかったようだ。
「いや、……なんでもない。ちょっとな」
「医者の前でそういうこと言わないの。薬を出してあげましょうか?」
「いやいいんだ。本当に。心配なんて……」
なのとか誤魔化そうとするが、言葉が出てこない。相手が永琳だけあって、下手なことが言えないからだ。手を引こうとしても、手首を握るその手には力がこめられていて抜けなかった。
すると突然、永琳が袖をひじ辺りまで一気に捲り上げた。あまりのことに反応が出来ず、為されるがままになってしまう。
「何よこれ。手首だけじゃなかったの?」
「……」
パニックになりかけていた。口からは、あ、いや、といった、意味のない言葉しか出てこない。左手に力をこめ、永琳の手を思いっきり振り払ってしまった。はぁはぁと呼吸が荒くなる。
「あなた、自分が白沢で、普通の人間より怪我の治りが早いことぐらい知っているでしょう。そのあなたが、そんなに包帯を巻く程の怪我というのが私は気になるのよ」
下を向いて、永琳の話を聞く。顔を見ることなんて出来なかった。
「どんな事情があるのか知らないけど、悪いことは言わないわ。診させてちょうだい」
永琳の声は不思議と優しかった。その後も、十分ほどだんまりを決め込んでいたが、決して折れる姿勢を見せない永琳を前にして、私はとうとう首と縦に振ってしまった。


永琳は絶句していた。永琳のこんな表情は見たことがなかった。私に巻かれた包帯を見て、手で口を覆っている。
手首だけではなかった。肘まででも、肩まででもない。体の至る所、服で隠れている所はほとんどがそうだった。
「あなたは一体……」
永琳の言いたいことは良くわかる。一体どうしたんだ、と言いたいのだろう。でも永琳は頭がいいから、私がその質問に答えられないことも知っているだろう。
「……」
私はと言えば、泣きそうだった。
少しして、永琳がまたしても突然動いた。
「悪いけど、強引に行かせてもらうわよ」
永琳の手が包帯にかかる。
「やめて!さ、触るな!止めろ!」
声を荒げて、暴れた。永琳のことも何発か殴ったかもしれない。
「やめろ!やめろ!このっ!」
いくら暴れても、永琳は手を止めなかった。そして、とうとう包帯が剥がされ、生の体を見られてしまった。
「……火傷ね」
永琳は真剣な顔で言った。
「見るんじゃない!見ないで……」
隠す術もなく、全身を見られている。せめて涙だけは見られないようにと、両手で顔を覆った。
「安心して。白沢の回復力なら治らない傷ではないわ。痕も残らないでしょう」
医者として見てくれたのが幸いだった。醜いということは理解していたから。
「ただ、気になることがあるとすれば……」
永琳は私の後ろに回り込み、背中の、肩甲骨の辺りに手のひらを置いた。
「ここと、背中の中辺りに、きれいに手のひら型の火傷痕があるってことかしらね」
冷たい手が痕を撫でていく。火照った体には少し刺激を感じるその感触に思わず身震いを起こすしてしまう。
何もかもを見透かされているかのような気がする。そう思わせるだけの迫力が永琳の声を通して感じられた。
「妹紅ね」
淀みも戸惑いもなく、真実を確認させられる。
背中から手の感触がゆっくりと離れていく。
永琳は椅子に掛けて、こちらをじっと見つめている。しかし、目を合わそうとはしなかった。刺激しないためなのか、診察のためなのかわからないが、火傷の痕を目で追っているかのようだった。
沈黙は解決の手段ではないぞ、とよく叱られて、だんまりを決め込む生徒に言っていた。なぜ今それを思い出したかはわからないが、今の自分には、そんな言葉がふさわしいような気がした。
いけないことだとわかっていた。何時までもこんなことを続けて言い訳がないといつも自分に言い聞かせていた。
永琳なら、何か解決の手段があるかもしれない。
羞恥心、圧迫感、緊張。そういったもので正常な判断が出来なかったであろう慧音は、ゆっくりと口を開いてしまった。
「も、妹紅だ……」
声は震えていて、弱弱しく、名前を出すのを恐れているようにも感じられた。
「そう……」
わかりきっていて、それ故に聞きたくなかった言葉。永琳は理解したかのようにため息をつき、椅子の背もたれをギギッと鳴らし背中を預けた。
「何時ごろから?」
下を向いたままの慧音に声を掛ける。
「半年……くらい前から」
「呆れた。そんな傷を負いながら教壇に立っていたのね」
「ち、違うぞ!これは……」
猛烈に、反論してくる。教師という姿と、自分の体と、その葛藤に悩まされていたであろう慧音にはこの言葉は禁句だったようだ。やがて聞いてもいないことを話し始めた。


初めは、ただの「営み」だった。どこにでもあるような、衝突だった。耐え難く、抗い難いその心の奥底の真実を、あふれ出る欲望を、そっと重ねるだけだった。やがて、妹紅に異変が起きた。苦しいほどに私を求めてきた。陽が昇るそのときまで、離してくれない日も、あった。そんな異常な日が幾夜か続いて、ある晩、妹紅は私の体を焼いた。
抱き合って、温もりを感じていた。体に纏わりつく妹紅の四肢が心地よかった。やがて、温もり以外の「熱」を妹紅から感じた。
「妹紅?なにか熱いんだが……。おい、妹紅?おい!」
耐え切れないほどの熱を受け、抵抗したが、妹紅はより強く締め上げてきて逃げられなかった。
「熱い!離してくれ!妹紅!あああぁぁ……」
涙を流して、ただじっと堪えるしかなかった。妹紅の体が離れたとき、彼女の顔を見た。泣いていた。
「ごめん。ごめんなさい慧音。許してほしい。ごめんなさい」
何度も何度も謝られた。重度の火傷とはならなかったが、妹紅は動揺していた。寝ぼけていたのかもしれないし、激しい興奮からかんなことをしたのかもしれない。いずれにしても、妹紅の泣いている姿を見たくなくて、頭をなで、許してやった。
それから、引越しも終えていつもの生活と営みに戻っていった。あれ以来、妹紅はよく働くようになった。それまでしたことのない料理を作り、私を楽しませてくれた。二人きりになり、妹紅との生活はより楽しいものになっていった。
だが、また数日後、体を焼かれた。今度は以前のものよりはっきりと、私の体に痕を残した。妹紅は泣いて、言葉にならない声で謝り続けた。私は彼女を抱きしめて、許してやった。
この行為は一定の間隔を空けながらも、続いていった。妹紅は後ろめたさからか、プレゼントを贈るなど、日々私を喜ばせようとしていた。私は素直にそれを喜んだ。
しかし、私はある法則を見つけた。

私が体を焼かれる日は、妹紅は決まって輝夜と殺し合いをしているということだ。

この法則を見つけてからは、私は素直に妹紅の行為を受け止めた。妹紅の苦しみが少しでも晴れるなら、と思った。妹紅と輝夜の間の怨は深く、私にはこれくらいしか出来なかった。
火傷痕と、服が擦れて激しく痛んだ。包帯を巻かなければ外出も困難になった。
回復が間に合わないほどの感覚で体を焼かれ、包帯を巻くことが習慣になっていった。朝など、鏡の前で包帯を巻いていると、自分の傷を眺めながら、これは妹紅と苦しみを分け合った証だ、などと自己満足していた。
妹紅はそんな私を見てよく、きれいだ、といってくれた。


「……」
永琳は静かに話を聴いていた。落ち着いた様子で、まるですべてを理解していたかのような表情だ。
それゆえに永琳は、言葉を濁さず慧音に言った。
「妹紅はあなたを独占したいがために傷を負わせていると考えるのが普通だわ。慧音、あなたは彼女の都合のいい存在になっている」
慧音は一瞬ポカンとした表情になったが、すぐに言葉を返した。
「そ、そんなことはわかっている!でもそれは問題じゃないんだ。私もあいつのことが好きだから……」
永琳からの反応はなく、慧音の言葉が続いた。
「妹紅は火傷を負わせた後、いつも謝ってくるんだ。謝るということは反省している。独占欲から生まれただけの感情じゃないと思うんだ。妹紅はきっと苦しんでいて、それを私に伝えているんだと……」
「妹紅のそれは暴力だわ」
きっぱりと、慧音の言葉を遮り、永琳は言った。
「あなたを手伝うのも、甘い言葉を囁くのも、あなたを束縛する為のものよ。意図してかどうかはわからないけど、きっと彼女なりの生きていくための本能なんでしょう」
「そんなことは……」
永琳は椅子から立ち上がった。
「今日はもう帰りなさい。薬を出してあげるから」
「いらない」
慧音は首を横に振った。
「この火傷は、消えると妹紅が悲しむんだ。だから……」
「そう」
永琳の返事は早かった。まるで予測していたかのように。
「私は……妹紅のことが好きなんだ。妹紅も私のことを愛してるはずだ」
慧音は続けて言う
「永琳。私は……私達は一体、どうすればいいんだろうか」
永琳は目を閉じた。
初投稿です。 だめだめな人たちの話でした。
よろしくおねがいします。


追記:コメント書いて頂きありがとうございます。
私的にはこの話はこれでおしまいなのですが、落ちがないのは確かに寂しいなと感じたので、続きます。
駄目な彼女らの話が続きます。
くじらのたましい
簡易評価

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コメント



0.940簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
これがDVスパイラルか
3.100名前が無い程度の能力削除
なんというか、凄く納得できる話でした。面白かったです。
4.100名前が無い程度の能力削除
何これ切ない
7.90名前が無い程度の能力削除
もこけーねの話としてはよくある題材ですが、静かで淡々とした文体も相まって面白かったです。
上手く纏まっているな、と
ただ最後があっさりしすぎな感も。もうちょっと無常感を演出してもいいと思います
あと物語後半、<猛烈に~の文章がえーりん一人称になってしまっている気がします
8.90奇声を発する程度の能力削除
静かで雰囲気がとても良かったです
9.90名前が無い程度の能力削除
これは良い共依存けーね
10.100名前が無い程度の能力削除
なにこれステキすぎる…
12.70名前が無い程度の能力削除
そこで終わるかー。
こんなこともあるかもね。
この後の話が読みたかったな。
14.100名前が無い程度の能力削除
是非続いてほしい
15.90愚迂多良童子削除
これは是非とも落ちが欲しい。
18.90名前が無い程度の能力削除
uhyahyau
23.90名前が無い程度の能力削除
すごく文章が上手くて読みやすかったです。
出てくるキャラクターもみんな魅力がありました。
ただ最後があっさりしすぎていて、
投げっぱなしな感じなのが残念と思います。
26.70名前が無い程度の能力削除
>「妹紅?なにか熱いんだが……
すみません笑っちゃいました。この題材はギャグ向きじゃないかな……。
28.100名前が無い程度の能力削除
慧音先生、それは病気です。
29.100名前が無い程度の能力削除
ふむ
30.60名前が無い程度の能力削除
題材がいいだけに、尻切れ気味な終わりがもったいない……。
31.80名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
妹紅の中で、輝夜との因縁の関係と慧音との恋人関係がどのように絡み合ってこのDVに至ったのか、どのように変化していくのか。
32.90ずわいがに削除
慧音は妹紅という呪いを背負ってしまったか

私的にはこの終わり方に不満はありませんでした
人を導く立場であるはずの慧音が、永琳先生に答えを求めたわけですが
しかし慧音自身の中で既に答えは出てて、永琳もそのことを知っている
なので言えることは無い、救いなど無い……そういう虚しさ
33.100名前がない程度の能力削除
万人向けでは無いでしょうこういう雰囲気とても好きです
34.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
37.90名前が無い程度の能力削除
最初の三行は妹紅のことかな、と思ってたのですが
読み直すと慧音のことかとも思えて怖くなりました。
44.90名前が無い程度の能力削除
もう少し!あともう少し先まで読みたかったです。
続くとの言葉を期待して。