いくら月日が過ぎようと、この日だけは特別だ。
私は青々と空に手を伸ばす樹木の影に入り、すべすべとした幹に己のからだを預ける。
ちょうどよく地面がくぼんでいる。
私は「彼」に抱かれるような格好で座り込んだ。
両手を合わせ、開く。
現れたのは本だ。一冊の古書。本物ではない。かといって、偽物でもない。
これは想い出だ。私の持つ宝物。私の想いなのだから、私の視た歴史でしかないのだから、そこに真実は無い。
ここにあるのはただ一遍、私の語る物語だ。
私は頁をめくる。数多の人間との出会いがあった。
皆、生きていた。懸命に生きていた。
懸命に生き、そして、死んでいった。貴人も奴隷も、賢者も愚者も。
百代の過客の通った後に、私は何かを得ただろうか。
最後の頁で、私の手は止まった。
指が頁を撫でる。この文字。毛先の払い一本一本だって、忘れはしない。
私はそっと、そうっと、硝子細工を扱うように一語一語を声に出す。
そうして、胸がじんわりと熱く、切なくなるのを感じて、くすりと笑った。涙がこぼれる。甘くとろとろとした愛しさが溢れ出る。
ああ。ああ。
最早言葉すら無く、心の震えるがままとなっていた私を、誰かが見つめていた。
穣子だった。彼女は呆れたように微笑んで、くっと下を向いた。
次の瞬間、彼女は気障ったらしい笑みを浮かべたまま、静かに私に話しかけてきた。
昔、誰かが何処かでそうしたように。
「かつて故人がその美しさを讃えた宓妃とは、貴方のようなお方なのでしょうね」
そう、これがはじまり。私という物語は、ここから始まった。
だって、
「ちはやぶる――」
神はいつだって、人に恋するものなのだから。
「おめでとう、静葉」
もし、そう呼ぶ日があるとしたら。
今日が、私の誕生日だ。
私は青々と空に手を伸ばす樹木の影に入り、すべすべとした幹に己のからだを預ける。
ちょうどよく地面がくぼんでいる。
私は「彼」に抱かれるような格好で座り込んだ。
両手を合わせ、開く。
現れたのは本だ。一冊の古書。本物ではない。かといって、偽物でもない。
これは想い出だ。私の持つ宝物。私の想いなのだから、私の視た歴史でしかないのだから、そこに真実は無い。
ここにあるのはただ一遍、私の語る物語だ。
私は頁をめくる。数多の人間との出会いがあった。
皆、生きていた。懸命に生きていた。
懸命に生き、そして、死んでいった。貴人も奴隷も、賢者も愚者も。
百代の過客の通った後に、私は何かを得ただろうか。
最後の頁で、私の手は止まった。
指が頁を撫でる。この文字。毛先の払い一本一本だって、忘れはしない。
私はそっと、そうっと、硝子細工を扱うように一語一語を声に出す。
そうして、胸がじんわりと熱く、切なくなるのを感じて、くすりと笑った。涙がこぼれる。甘くとろとろとした愛しさが溢れ出る。
ああ。ああ。
最早言葉すら無く、心の震えるがままとなっていた私を、誰かが見つめていた。
穣子だった。彼女は呆れたように微笑んで、くっと下を向いた。
次の瞬間、彼女は気障ったらしい笑みを浮かべたまま、静かに私に話しかけてきた。
昔、誰かが何処かでそうしたように。
「かつて故人がその美しさを讃えた宓妃とは、貴方のようなお方なのでしょうね」
そう、これがはじまり。私という物語は、ここから始まった。
だって、
「ちはやぶる――」
神はいつだって、人に恋するものなのだから。
「おめでとう、静葉」
もし、そう呼ぶ日があるとしたら。
今日が、私の誕生日だ。