相談がある、と同僚の門番長から言われた時、紅魔館のメイド長は別段なんら気にはし
なかった。自分の所に相談をしにくる侍女は結構居る。その中にはチャランポランな質問
をする奴も結構いたりして、出来る限り自分で解決なさい、と一応は通達してはいるのだ
が、しかし、彼女のどこか必死な様子が微妙に気になってしまい、仕事を早めに終わらせ
て自分の部屋に呼ぶことにした。
彼女は、ええと、その、とどうにも言い難い事らしく、口ごもっていたが、やがて意を
決して言った。
「わ、わたしっ…………せ、せくはらされているんですっ!」
せくはら
「……セクハラ?」
メイド長は、あまり聞き慣れない言葉に思わず聞かれた言葉をそのまま返した。
「え、ええ……」
メイド長の前で項垂れる門番長はセクハラ、という言葉を肯定した。
「えーと、そのつまり」
セクハラ――セクシャルハラスメント、性的ないやがらせ。しかし、この紅魔館に男は
居ない。というか幻想郷に男という存在は1%居るか居ないかの存在だ。必然的に。
「……女の子に? 触られた?」
門番長は頷いた。
「……女の子なら、まだ良いんじゃない?」
ほら、スキンシップの類とか、ねえ。とメイド長は苦笑した。往々にしてこの様な事件
が良く起こり、そしてなかなか解決しない背景には周りの理解が低いという事があったり
する。今回はその典型的とも言えた。セクハラされた苦しみというのは同じセクハラされ
た人間ぐらいにしか判ってもらえない、というよりはセクハラを想像する事が難しいのだ。
「……あの、スキンシップって、スカートの中に手を入れたり、おっぱいをいきなり揉ん
できたりとかも入るんですか?」
が、流石に被害の程を伝えるとメイド長は先ほどの言葉を取り消した。謝罪をして、改
めてどの程度の実害かを聞く。その時、何がどうなったのかもしっかりと。辛いだろうけ
ど、言ってくれるかしら。とメイド長は言う。門番長は少しためらいつつも、頷いた。こ
ういう時何が大事かと言えば証拠である。証言は証拠にはならない。嘘だと言われればそ
こまでだ。だから彼女の証言から、その裏付けになるものを見つけなければこの事件を止
める事にはならないだろう。が、明確な証拠になりそうなものは見つかりそうに無かった。
「……ねえ、あなた拒否はしたの?」
数日おきに、その上不特定多数にやられているらしく、証言が襲われた、という事ぐら
いまでぼやけている為、メイド長は方向を変えて彼女の意志を確かめた。もし彼女が明確
な否定をしていなかったとしたら、もう自分では対処しきれない。
「え? し、しました! しましたよう! でも、でも……あのコ達……!」
辛そうに顔を伏せる門番長。
『美鈴さん、可愛いですねえ……』
『あ、ぴくぴくしてるー、やだなぁ美鈴さんたら』
『ふふふ、紅美鈴さん……可愛い』
「な、名前で……名前で呼ばれちゃったら、私、私……っ! 嬉しくて何も言えなくなっ
てっ……!」
そして門番長はわぁわぁと泣き出した。
「名前言われれば身体差し出すんか貴様はーーーーっ!」
そんな彼女のドタマを、メイド長は思いっきり殴った。かぽーん、と中身がスカスカな
スイカの様な音がした。
「ひ、酷いです咲夜さんっ! 暴力プレイだなんてそんな過激な事彼女たちだってやらな
かったですよう!」
「今まで何やらされてきたのかちょっと詳しく聞きたい処だけどそれは置いておくとして
ともかくそんなのだからアンタは中国って言われるのよ! え? 何よこの胸は! この
Fカップは! あてつけ! あてつけなのね! オラオラなんか言ってみろよこの妖怪F
カップ!」
「あ! 痛いっ、おっぱい痛いっ、やめてお願いっ、おっぱいスパンキングなんてマニア
ックですよう咲夜さぁんっ! 後名前で呼んでぇーっ!」
思う存分中国の胸を叩き、中国の声に微妙に艶が入り始めた処で咲夜は怖くなったのか
急に手を引いた。その時、彼女が残念そうな声を漏らした、と後に咲夜は語る――どうで
もいい事であるが。
「はーっ、はーっ、ともかく、セクハラなんてのは毅然な態度で拒否する! これが重要
なのよ。ああいうのはアンタみたいに拒否されないコだけを狙って襲うの。で、拒否され
たコは大抵の場合あんまり寄りつかなくなるわ。新しいターゲットを探した方が早いもの」
「さ、流石咲夜さんっ! いぢめっ子の気持ちをよく知ってる! いぢめっこメイド長上
級派とはよく言ったもの!」
時よ止まれ――
ロードローラーだURYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!
――そして時は動き出す
「誰がいぢめメイドよ、全く」
そんなところがいぢめっこなんですよう。どこからか出てきたロードローラーに潰され
つつ、紅美鈴、もとい中国はそう思った。
*
さて、如何なる手段を用いればロードローラーに潰された色々な意味での悲劇の乙女を
一瞬にして助ける方法があるのだろうか? 答えは無い。ロードローラーの重量を考える
となるとまずどう考えても幾つかの下準備が居るのだ。無論この幻想郷には例外が多数存
在するわけではあるが、例外は普通ありえないからこその例外なのだ。
だが、特に名前関連が悲劇のこの乙女は僥倖とも言えるだろう。彼女を助けたのは例外
であるのだから。
「ふう、流石咲夜さんですね。あっという間にロードローラーが自分の上から消えてるだ
なんて」
「ふふ、そんなことあるわよ?」
そしてある意味彼女は不幸とも言える。
「すっごい力持ちですよねー」
彼女が例外という事をすっかり忘れていたのだ。そしてまた彼女が例外でありながらも
一人の少女であるという事も。
「あーでも、筋肉って付けすぎちゃうとおっぱい大きくなりませんよ?」
ある意味、彼女の不幸は自業自得な処も大きい――それに気づかない彼女は非常に御し
がたく。
したがって。
ミスディレクション
ロードローラー
「キャー?! スキマ?! スキマはどk」(チューン
悲劇の乙女に相応しくも痛々しく、そして馬鹿馬鹿しい具合のロードローラーが雨霰と
降り注いだ。カスるようなスキマなんて与えない。喰らいボムだなんて許さない。全力に
て全霊にて一切合切何もかも潰す。
それが十六夜咲夜。一向に大きくならない自分のおっぱいに、いい加減諦めの目で見る
ことが出来ない、かわいそうなおんなのこ。
そんな少女はロードローラーでもみくちゃにされた同僚を尻目に、ぷにぷにと自分の腕
を触っていた。
「ついてない……筋肉なんかついてない……ちゃんと柔らかいもぅん……うっうっ。……
おっぱいだってまだこれからだもぅんっ!」
微妙に幼女咲夜、(以降さくゃ)化して特にちょっと太そうな股をぐにぐにと触る様は、
覗いたモノに涙と、そしてその代償として命が落とされたという――。
いい加減に同僚を解放して、この問題を解決してくれそうな御仁の処へ行く。
「まったく……手間掛けさせないでよね」
「はい……」
咲夜は同僚を睨みながら呟く。手間掛けさせたのはそっちの原因じゃあないだろうか、
などと彼女は思うも、言ったらまたロードローラーがやってきそうなので黙っていた。咲
夜がまだこっちを睨んでいるのだ。特にあれだけの猛攻からも一向に潰れる気配を見せよ
うとしない、
Fカップが、
あんまりにも憎らしくて、
「――ぁっ、い、痛いっ、んっ、あんっっ、あ、駄目、だめっ、強すぎます、咲夜さぁんっ
……んはぁっ! も、もっと、その……優しく……いやぁ、ひぐぅっ!」
「……はっ! 私は何を?!」
気がついたら眼前のFカップを憎らしげに何度も何度も叩いていた自分が居た。その次
元外生命体であるはずのFカップに寄生している妖怪中国はというと叩かれたFカップを
守ろうともせずにただ咲夜の前に晒していた。服の先が心なしか尖って見えるのは、気の
所為だろうか。これが無形の位というヤツなのだろうか。何て高度な戦闘技術――イヤな
方向に偏る自分の脳を必死に比較的まともそうな方向に持っていく。そうしてある程度精
神が回復した処で咲夜は放蕩とした表情の同僚からようやく目を背けることが出来た。
「い、いくわよ!」
そして先にさっさと進んでいった。
「ぇ……、は、ぃ……咲夜、さ、…ぁ……ん」
後ろから聞こえた切なげな声が、咲夜の身を震わせた。
*
――ヴワル魔法大図書館。
紅魔館、いや幻想郷一の知識の貯蓄所と妖怪の間では専ら言われている。その分野は多
岐にわたり、特に桃色方面に置いて多大な研究結果を残している、と後生の歴史家たちは
口を揃える。
その影には、その図書館の主であるパチュリー=ノウレッジ――後にビバノウレッジと
呼ばれ、鼻で笑われてしまう「ビバはイタリア語で、ノウレッジは英語だ事件」は賢明な
る読者諸君の記憶に新しい事だろう――彼女があってこそ、彼女の有言実行があってこそ
為されたものである、と口々に言われる。
「魔理沙愛してるわ愛しすぎちゃっておおっといきなりるなてくマーキュリーポイズンそ
してカスリ疲れたところをあんなことやこんなことでげふんげふんゲボゥア」
鼻血を撒き散らし貧血を物ともせず妄想を限界の限界、それこそ月が捻れ狂いそうなぐ
らいに溜め込み、それをエネルギーと変換して投げだす。なお、偶に身体から血と、何か
ネチョ系の液体が流れ出てたりするのはスルーして頂きたい。
宝石の様な、しかし血で彩られた様な奇妙な光彩を放ち、彼女の全身から翠と金の弾が
次々と舞い飛んでいく。そして緩やかな弧を描きつつ目標に激突して、ぱぁんと弾ける。
毒が降り注ぐ。どろりとした液体が目標に当たり、溶かしていく。もはや目標は避ける
事すら出来ず次から次へと弾に当たっていく。溶ける、当たる、溶ける、当たる、目標の
服は、既に溶けきっていた――。
目標――魔理沙の姿をした人形は、服のみを消した全裸でそこに在った。
「ああ成功よ成功だわ後はコレを実際の魔理沙にぶつけるだけそうすればオオウ」
勢いよく出るハイメガ鼻血を止めようともせず、先ほどの弾幕による被害も合わせて、
本棚一つが諸々駄目になった。その中には司書である小悪魔のひみつ日記があったりもし
て、新しい日記の一ページ目は紅く彩られた日記の事についてねちねちねちねちと恨み言
を書かれ、「でもやっぱり恋に恋するパチュリー様はえろかわいいわねえゲフンゲフン」
と締められているのはここだけの話である。
余談であるが、後日この「ネチョネチョ(中略)大作戦」を真の目標に試行し、「避け
るのめどいぜマスタースパーク連射」などと素人がよく使う手段でカスリすらさせてくれ
ずに切り抜けられ、逃げられた事を酒場でえんえんと小悪魔に愚痴ったという。この記録
は紅魔館のパチェ派メイドの間で高値でやりとりされ、ついには伝言ゲームのように様々
な偽の記録が飛ぶまで至った。無論当の本人は知りようもない。
そんな哀しく、そして悲しい未来を知らない恋に恋する1(ぴー)歳は入り口の処から
じぃっと見つめる四つの瞳にようやく気づいた。
「……咲夜さん、帰っちゃだめですか?」
「何言ってるのよ中国。貴女ここで歩みを止めたら一生中国のままよ?」
「そ、それはイヤですね! というわけで咲夜さん! メイド長として見本をお願いしま
す!」
「何をいうの門番長! ここは貴女の力を存分に見せて欲しいっていうかメイド服を汚し
たくないのよ」
「うわメイド服>私ですかっ?! 私の命は服より安いって言うんですか!?」
「当然じゃな――奇術「中国シールド」!」
気づけば眼前にまで迫った弾幕を時を止めて中国を前にぶん投げる事で咲夜はなんとか
やり過ごした。
「ああ痛い!? この弾幕結構痛いっていうかうわあ一発一発が当たってネチョっとした
物が溢れてなんか微妙に生暖かうぷっ…うえ、口に入った、にが、あううっ、そんな大き
いの、はいらな、いやあーーーっ!」
中国の決死の体当たりによって出来た隙間を咲夜はギリギリで交わしていった。
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何時でも何処でも貴女の好きな人をネチョる事に成功いたしました!
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弾幕が終えた時、そこにはようやく冷静に戻ったパチュリーと、弾幕全てを避けきった
咲夜が立っていた。
「――改良の余地があるわね」
「そのようですね」
そして彼女らの足下には、
「う……げふ……うえ……のどが、なんかいがいがする……全身べたべたできもちわるい
よう……」
全身ネチョネチョになって、服もボロボロになった中国が倒れていた。
なお、小悪魔によってこの中国のあられもない姿が記録され、紅魔館オークションでそ
こそこの高値を出した事を記す。
「かくかくしかじか、という訳です」
図書館の一角にて、図書館長とメイド長は司書が入れてくれた紅茶を嗜みつつ話し合っ
ていた。
「――はあ」
「どうかなさいましたか?」
「いえ、便利なフレーズね、と思ったの。誰が考えついたのかしら」
「大方何処かのものぐさな物書きでしょう」
「ありえそうね、今度調査してみようかしら。ま、ともかく――」
それも便利なフレーズだなあ、と咲夜は思ったがこれ以上話を断線させるのもなんだと
思いつつ、パチュリーの言葉に耳を傾けた。
「つまり、彼女に否定出来る程度の意志力を持たせればいいわけでしょう?」
「ええ。パチュリー様でしたら何か有効な手段が」
「無理よ」
にべもない、とはこの事か。パチュリーはばっさりと斬って捨てた。
「まともな手段では、ね? 彼女自身がすぐに変わるという事は難しいわ」
やはり、と咲夜はあらかじめその回答を予測していた。難しいのだ。既に虐待されてい
る、という現状に慣れてしまっている、ありていに言えば諦めてしまっている彼女にとっ
て、既に意志力なんてものは殆ど削がれて居るはずだ。それこそ十年、二十年単位での治
療がいる。だがそれでは手遅れになりかねない。
その十年を短縮する事も出来なくはない。だがそちらでは彼女が壊れかねない。同僚を
失いかねない危険な手段は咲夜も、パチュリーも取りたくはなかった。
「貴女が言ったところで恐らくは無理でしょうね。集団の暴走した思念は、例えどのよう
な異能であれ、個人では絶対に勝ち目がない。数々の魔王が英雄達に倒されていったよう
に。集団となった生き物はそれだけで一つの知性が欠けた化け物と見てもおかしくは無い
わ」
彼女も、そこは理解していた。上に立つ者とは、下の者が居てこそ上に立てるのだ。下
の者がもし全員反乱を起こしたら、例え時を止めたとしても勝ち目は薄い。
「あ、あのぉ……」
そんな二人の後ろから議題の中心がやってきた。
「も、もうちょっと大きめの服……無いですか?」
そこには、ボロボロになった服の代わりに咲夜が所持していた代えのメイド服を着た門
番長ががいた。もの凄く胸がきついのか、ギチギチに張りつめている。無論ブラジャーを
着ける事も出来なかったのだろう。圧迫されたのか乳首が勃っているのが判る。ぷちん、
とボタンが一つ飛んだ。
ぷちん、と誰かさんの血管が切れ――
――そして時は動き出した。
「キツいのなら上は着なくて結構よ」
ぶるん、と門番長のFカップが大気に揺れて、メイド長は思わずヤクザ蹴りを入れてし
まった。ふぁんっ、と痛みとも喘ぎともつかない声を門番長は漏らした。
「で、まともじゃない方法というのもあるのだけれど」
二人のどつき漫才を見なかったかのように言葉を続け、――彼女の周りから炎が一つ一
つ浮かび上がる。アグニシャイン。火神の光。
「彼女から魅力を削ぎ落としてしまえばいい――まあ、無駄だろうけども」
その炎はゆっくりと動き、ようやく現状を理解して悲鳴を上げた門番長に向かっていく。
立ち上がり、回避しようにも既に遅く、炎は四方八方から襲ってくる。
一つ。
「熱っ!」
もう一つ。
「ひぐっ! う、あ、熱……や、やめて…あちっ!」
さらに一つ。少女の柔肌にかする様に、火の玉が彼女にまとわりつく。決して直撃せず、
じりじりと近づいては離れ、また近づく。その数は今や十、いやさ二十。
「熱い……熱、熱、や、あっ、んっっ! ……熱い、熱いよう……やだぁ……」
じりじり、じりじり、炎は彼女を囲み、逃げることすら許されない。火の粉が彼女の身
体に小さな焼け跡を付ける度に、小さなうめき声を漏らす。その声に反応してか、炎がゆ
っくりと勢いを増していく。それを理解したとき、彼女は絶望という火に燃やされそうに
なった。
「熱い、熱い、熱い熱い熱い……いや、助けて、助けてっ、咲夜さん助けてっ、熱い熱、
熱いぃ~っ、ひぃっ! ううっ……あついよう……あつい……だれか、たすけて……」
「パチュリー様、パチュリー様、落ち着いてください。顔がすっごいです。まるでどこか
のオーガみたいな喰っちまうか……なツラになってます!」
「あらあらいけないわ。私としたことが、つい……」
特になんら反省したようなそぶりもなく、パチュリーは火神を消した。炎が消え去ると、
擦り切った精神が持たなかったのか、床に崩れる中国。
「まあ、これが彼女の魅力――すなわち、何時でもほんのりとMっ気を匂わす程度の能力
なのよ。彼女の前ではどんな主義主張も無効にされるの。彼女を目の前にしたら、恐らく
どんな初対面の生物であろうと殴りたくなるか、いじめたくなるか、そんな気分にさせて
くれるのが彼女よ。ちょっとやそっとではまず消すことは出来ない、根元の属性。真性の
誘いM。
故に――彼女から魅力を削ぎ落とすのは不可能と見て良いわ」
「確かに……」
メイド長は改めて門番長を見た。
床に伏せて、むせび泣く中国のその姿に。
「あうっ」
思わず、彼女は踏みつけてしまっていた。
「ね? 判るでしょう?」
「ええ、すっごく」
咲夜とパチュリーは、すこぶる笑顔だった。
*
「しかし……だからといって見過ごすわけにもいきません」
「そうね。風紀の問題にも繋がるわ」
すっかり温くなった紅茶を飲み干し、お代わりを頼んだパチュリーは、魔理沙魔理沙可
愛いよ魔理沙と僅かな時間の合間に魔理沙の妄想をしては終わらせていた。この間約五秒。
眼前の時を支配出来るメイド長ですらこの芸当は出来ない。思考を複数に分割行動が可
能なパチュリー=ノウレッジだからこそ出来るのである。なお、本来は「賢者の石」など
の合成魔術の時に使用する技能ではあるが、妄想に浸るのは魔術を駆使するのとはまた違
う難しさがあった。最も違う点は、思考が浸食するのだ。合成魔術は、符と符を同時に発
動させればいい。その為の法則は全てこの頭脳に焼き付けてある。だが霧雨魔理沙は違う。
彼女を理解する事は出来ない。本じゃない。知識じゃない。生きている。今日彼女を見
た。明日彼女がそのままでいる筈もない。だから、こんなにも求めたくなる。ああ、今日
はどうしているのかしら。明日はどうするのかしら。考えれば考えるほど、知識が追いつ
かない。この知識は全てがあるはず。だけど、何も出来ない。それでも魔理沙を追い求め
る。結果――先ほどの様なトランス状態に陥るのだ。
「パチュリー様、鼻血! 鼻血が紅茶に入ってます!」
「あらいけない」
とぷとぷとパチュリーブレンドになってしまった血紅茶を飲み干す。眼前でその光景を
見たメイド長は心の中でうぇーと思った。
「……不味いわね」
そりゃそーだろうなーと咲夜は思った。流れ出た血は相当に赤黒く、それはパチュリー
の健康状態は決して良くない事を語っていた。健康な人間の血液ほど綺麗な紅を、不健康
な人間ほど闇のような黒い血を流すのだ。いや、元より鼻血が入った紅茶の味なんてもの
は想像したくはないが。
「レミィが何時も飲んでいるから美味しいのか、と思ってしまったわ。今日は一つモノを
知った事になるわね。……何か?」
「いえ、てっきりお嬢様の事なら何でもご存じかと思っておりました」
「そんな訳無いじゃない。知識としてのレミィ……レミリア=スカーレットなら、確かに
貴女以上に知っているでしょうけど、でも。貴女と居るときのレミィの顔は知らないわ」
そんなものよ。と、日陰の魔女は続けた。全てを知ろうというのはおこがましい。それ
でも知りたいと思うのは――、そこで言葉を止めた。
咲夜もまた、何も言わなかった。
「ま、レミィの事は今はともかく」
話を切って、二人は本来の議論に戻った。
「手が無い訳じゃないのよ」
「例えば――?」
気を取り直して、先ほど思いついたパチュリーは対抗策を述べた。
なお、中国はほぼ全裸のまま床下で打ち捨てられていた。こういう話し合いに本人を参
加させないってのもどうなのかなあとこの図書館の司書である小悪魔は思ったが、同じ目
に遭いたくないので黙っていた。
中国の涙の痕が、光っていた。
「……それがどうして私のトコに来るのに繋がるのよ」
お茶をずずずーとババ臭くすすっては今日もぐうたらに過ごしていた素敵な巫女さんこ
と博麗霊夢は突然やってきた来訪者、いやさ闖入者に頭を抱えた。
「残念な事に、ウチでは適任者が浮かび上がらなくてね」
「あ、あの、……ご迷惑でしたか?」
闖入者の一人はあまりにも堂々とした態度で答え、はてこっちは何か悪いことでもやっ
たのだろうか、とここ最近の記憶を逆巻き再生するも、特に思い浮かばない。もう一人は
まるで世界中にごめんなさいとでもいうかのように怯えている。うーん殴りたい。無意識
に霊夢は思った。
「迷惑も迷惑よ。私だって忙しいんだから」
「ぐうたらするのが?」
「意外と体力使うのよ、ぐうたら」
咲夜の皮肉は、しかし霊夢には通じなかった。一度そのぐうたらを堪能してみたいなー、
と咲夜の後ろで怯えている中国は思った。
「幸せな身分ね」
しみじみと心から咲夜は言った。まあ、私には合わないだろうな、と口には出さず続け
る。仕事人間だと自覚している自分には、毎日を無為に過ごす事は到底出来そうにもない。
「そうね、そう思うわ。というわけで帰ってくれるかしら。ぐうたら国の人間は一日に三
十五時間ぐうたらしなけりゃならないのよ」
「一日が何時間だか知ってるの?」
「星座だって、蛇遣い座が入り込んだりする時代よ? 二十四時間が三十五時間になった
処で些細な違いでしょう」
それはそれで何か違うような気もするが、しかしここで引き下がる訳にもいかないのだ。
パチュリーが唱えた対策とは、つまり、霊夢の神社に中国を寝泊まりさせよう、という
事だ。襲われるのは大抵夜が多い為ならばその間だけでも安全な場所へ退避出来ないもの
か。と考えた結果、通常の妖が入ってこれない程度の結界が張れる場所、となると博麗神
社が上がったのだ。
「というか」
煎餅を囓りながら、説明を聞いていた霊夢は口を挟んだ。
「ん……、つまり、中国を匿えばいいって事なんでしょ? 私じゃなくてもいいじゃない」
ほら魔理沙も居るし。霊夢は次々と候補を上げていった。別段通常の妖怪が入れない程
度の結界なら、自分でなくてもそれなりのものを張るのは彼女らの知り合いにはそれなり
に居る。自分でなくてもいい。
「そこよ」
「どこよ」
「つまり」
「無視か」
「話続けるわよ……。中国の方に面識が無いのよ。私たちはともかく」
「ああー。でもそれなら魔理沙でも」
「確実な方を選んだのよ」
あえて何が確実なのかとは言わず、咲夜は言葉を続けた。実際には魔理沙の家、という
選択肢も咲夜の候補にはあったのだが、会議中、目の前のパチュリーが「万が一、いえ億
が一魔理沙があのデッカイのに興味を持っていじくりたおして責任取ってくださいね(は
ぁと)なオチになったらどうするのよ」と無言の圧力を掛けてきたので結局この選択肢は
失われた。まあ、霊夢の所に置いてもそうなる可能性が無い訳じゃないが、そうなったら
傷心のレミリア様を思う存分慰められるのでそれはそれでオッケー、と咲夜は考えていた。
まあ非常に望み薄だけど。中国だし。
それを気取られないように、勿論、報酬もあると咲夜は続けた。
「報酬、ねぇ……」
吸血鬼のお屋敷に住んでる人だ。聖者の灰とか聖骸布とか渡されそうだなあ。売れなさ
そうだし、腹も膨れなさそうだなあ。霊夢が嫌そうな顔をしていると、咲夜は何かとんで
もない想像してるみたいだけど多分違うわよ、と言った。
「中国のご飯なんてどう?」
「……作れるの?」
霊夢が目を見開いた。咲夜も霊夢の反応に驚いた。どうやら、彼女が料理人もしている
ということを知らなかったらしい。
「普通の料理も出来るし、それに中華料理なら私以上よ? お茶の立て方も上手だし、お
菓子も作れるわ」
勿論材料はこっちから持ってこさせるから。と咲夜は言った。霊夢はぐうたらで錆び付
いた脳みそをフル稼働させて考え始めた。別段中国の事は嫌ってはいない。それどころか
中国を匿えば実質ロハで中華料理が食べ放題という事になる。正直な処、かなり渡りに船
であった。ここ幻想郷に属するこの神社、参拝客なんて酔狂な者は滅多に居らず、当然食
費どころか光熱費だってあるのかどうか怪しい処であり、先日は食べられそうな茸を食べ
て見事に胃袋にヒット(斜め上の方に)して厠から半刻は離れられなくなった経験を持つ
彼女である。妖怪が来る神社はどうなのか、とも思ったが、元より魑魅魍魎がわんさかと
居る幻想郷だ。今更どうって事もなさそうだ。何かあったら夢想封印すりゃいいし。
ここまでの思考約コンマ五秒。ご飯が掛かると行動が早い。それは当然の事で、ご飯が
ないとお腹が空くじゃないか。
唯一の不安と言えば――
「まさかその材料の中に人肉とか無いでしょうね?」
吸血鬼だけでなくいろんな生き物が生きているこの幻想郷である。目の前の中国だって
一応は妖怪だし。巫女の共食いとかはしたくないなあ、とか霊夢は考えていた。
「そんなわけないじゃない。そこは保証するわ」
――それもあっさりと消えた。
「ん、じゃあ良いわよ。でもそんな長くは置けないけど?」
「ああ、問題ないわ」
ああいうのは大抵一過性の熱病みたいなものだ。熱が冷めれば問題もないだろう。と咲
夜は考えていた。その熱病がどこまで長く続くか、とまでは判らないが、そんな長い事に
はならないだろう、と咲夜は思っていた。ブームは移ろい易いのだ。特に対象が無くなる
とすぐに。
「そう? ……ま、いいか。そっちの問題だしね。じゃあこれからよろしくね中国」
「は、はいっ、よろしくお願いしますっ! あ、あと――」
――私のこと名前で、との言葉は霊夢が咲夜が届けてきた材料を確認しに出て行った為、
聞かれることは無かった。実は何度も「名前で呼んでください」と言っていたのだが二人
は一度も聞いてはいなかった。
「……名前、……呼んでくれる、かなあ」
期待と不安が入り交じりながら、霊夢と中国の同居生活が始まった――。
*
「追い出されましたぁ~」
「早いわよ! もうちょっと頑張りなさいよ! せめて後一日! そうすれば――そうす
れば!」
たった三日で紅魔館に泣きながら帰ってきた中国を、「何時中国が戻ってくるか」の賭
けに負けてちょっぴり、というかかなり不機嫌な咲夜メイド長が出迎えた。
なお、オッズは以下の通り。
×10 一日から六日のうちどれか
×.0001 ~一週間
×.001 ~一ヶ月
×5 ~三ヶ月
×50 ~一年
×10 霊夢×中国
×10000 中国×霊夢
中国が攻めに転じる事はありえない、と紅魔館の生き物全員が理解している事がこの表
から判るであろう。寧ろ、大多数が霊夢×中国を結構期待していたのであるが、(主にお
っぱい教信者など)結果は無惨にも三日でお帰りとなってしまった訳である。咲夜自身も、
自分の予測よりももっと早く帰る結果になるとは思っていなかったのか(しかも一日だけ
ズレていたのが余計に悔しかったのか)ストレス解消にぱしーんぱしーんと中国の胸を往
復ビンタしていた。
遠巻きからメイド達がその光景を見つめる異様な雰囲気と視線の中、咲夜はすっきりし
たのかハフゥと清々しく息を吐き、そして中国が涙目になっている事に気づいて、慌てて
話題をそらした。
「――ま、まあ、それはともかく、何があったのよ?」
「? ……え、ええと――」
中国はおずおずと何があったのかを語り始めた。
一昨日――
「うっわー。中国、あなた本当に料理出来たんだー」
ぷるん。
「なにげに酷いこと言われてるような気もするんですけどとりあえず名前で呼んでくださ
いよう」
ぷるん。
「いっただっきまーす。……おお、美味しい」
「そう言って頂けると嬉しいです」
ぷるんぷるん。
「お代わりー」
「早っ! まあ沢山作ってありますから」
ぷるるん。
昨日――
「こんばんわー」
たゆん。
「あ、おかえり中国ー」
「え? ……おかえり?」
たゆ。
「そうよ、何かおかしい?」
「い、いえ……いえ、そんなことは! あと出来れば名前で呼んでくれれば!」
たゆゆん。
「あ、中国。今日のご飯は青椒牛肉絲が食べたいんだけど」
「はーいっ。……うう、この感情は嬉しいの? それとも悲しいの?」
たゆんたゆん。
そして今日――
「お風呂上がりましたよー。後名前で呼んでくださいー」
たぷん。
「わかったわ中国ー……」
「あれ? どうかしたんですか?」
たっぷん。
「……え、ええと、その、じっと見つめられると、その恥ずかしいって……きゃあっ?!
や、やだ、見ないでください! 違う、違うんです! これは自分でやったんじゃなく
て、あの子たちが、そ、剃って……そっちの方が痛々しくていいって……皆で抑えこんで
……だ、だからその……私、そんなんじゃ……そんな目で、見ないでください……」
たぷん、たぷぷ、たぷんぷん、たぷん。
「……そんなことはどうでもいいから帰れーーーーっ!」
「というわけでガツガツたぷんたぷんムシャムシャたゆんたゆんぷるんボリボリぷるんと
五月蠅いガツガツ中国のおっぱいにヌッチャヌッチャ対して精神的被害を被ったので謝罪
とスッチャスッチャ賠償を求めてやってきたケーキおかわりーというわけよ」
いつの間にか現れたヒマ王国のヒマクイーンと自称する楽園の巫女さんこと霊夢がケー
キを貪りながら事情を説明した。
「食べるか訴えるかどっちかになさい」
ボリボリってケーキ食べる時にする音だっけ、とか、それ以前にスッチャスッチャって
何の音よ、とか思いながらため息をついてお茶菓子を食べていた。
「一ホール分お願いね」
「お腹壊すわよ」
ここで三日分の食費を浮かそう、と考えていた霊夢は誇らしそうに自分の腹を叩いた。
「ケーキは通常の三倍で胃袋に入るのよ。タッパーも持ってきたし。あとこのおっぱいど
うにかならないの? 動き回る度にたぷんたぷんと跳ね回ってむかついてむかついて」
まるでバイキングにやってきたおばちゃんの知恵ね、などと霊夢の行動を白い目で見や
りながら、咲夜は前半をあえて無視して、後半のみ答えた。
「激しく同意だけどきっと無駄よ。私が今まで何もしなかったと思う?」
霊夢は、咲夜のとある所のボリュームをまじまじと見て、酷く納得した。
「それもそうね」
「――あの、そんな理由で追い出されたんですか、わたし……」
隅っこで小さくなった中国が、蚊の鳴くような細い声で喋った。
「何を」
霊夢がむんずと右の乳を掴み、
「言うのよ」
咲夜がぎにゅと左の乳を握り、
「「このFカップがあーーーっ!!」」
そして二人して怒濤の怨念を込めて引っ張った。捻った。握った。しかしそれでも中国
のおっぱいは彼女らの手の中で圧倒的な存在感を誇った。
「痛い痛い痛い痛いです痛いです痛いですーーーーーっ!」
「で、ウチじゃもう匿う気は無いんだけど、どうするの? 今度は魔理沙の処? どうせ
同じ結果になりそうだけど」
「うぅーん……というかもう無理なのよ、霧雨魔理沙の処は」
「何で?」
「止めてっ、痛いっ、やぁーっ、乳首、乳首取れちゃうぅっ!」
「先日、パチュリー様がウチにやってきた当の彼女と一発やらかしたらしくて」
「――なるほど。こっちがモノを頼める状況じゃないのね?」
「そんな処よ」
咲夜はあえてぼかして言ったが、実際は結構深刻であり、現在ヴワル図書館に入ること
は出来ない。そこまでの被害が出てしまっている。復旧が遅れている原因に魔理沙の捕獲
に失敗した図書館長が紅魔館の酒場で血を吐きながら管巻いている事が上げられるがそれ
はどうでもいい事である。
「輸血の準備を急いで! 患者はチアノーゼを引き起こしているわ!」
「ふふ、……ふふふ……ああ、可愛いわ……わたしの、まり……ゲブバァ!!」
「く……早めに血を吸い出せ! 凝固したら窒息しかねん!」
「ああ、口からエクトなプラズムが?! 手ぇ振ってます! エクトなプラズムの先端な
パチュリー様が手ぇ振ってます」
「て、天井が光って……階段?!」
「――行ける!」
「「「行くなー!!」」」
霊夢達の後ろでばたばたと騒がしいやりとりが繰り広げられていた。
「何か毎日大変ね、この職場」
「ええーそうですとも。ただでさえ大変なのに、何だってこう問題が次から次へと……」
「痛いっ、ね、捻らないでっ、いやあっ、やだ、もう駄目っ、駄目ッッ! お願い! 何
でも、何でもしますから、もうやめてっ、ねえお願いっっ!」
咲夜は霊夢を睨みながら言うも、しかし霊夢は意にも介さない。
「ケーキお代わりー」
「幾つ目よそれ」
何回目になるか判らないため息を吐いて、咲夜は部下にケーキを二ホール注文した。
「あら判ってるじゃない」
「一つは私が食べるのよ」
「ケチ」
「誉め言葉として取っておくわ」
「あの……そろそろ解放してくれるとありがたいんですけど……ひぎぃっっ! い、痛っ、
痛いっ、唐突に思い出したかのように痛くしないでぇーっ!」
瀟洒なメイドとぐうたら巫女は、ケーキを存分に味わった。
*
「さて、中国のおっぱいを抉るという決死だけれども無駄な努力はここまでにするとして」
「するとして!」
ケーキを総計6ホール平らげたメイド長とぐうたら巫女は長きに渡って恨み辛みを込め
て握りつぶしていた中国の胸を解放した。恐らく、彼女の胸をはだけば形の異なる二つの
手の痕が見えるだろう。
「……ぁ」
既に中国は満身創痍で、二つの手から解放されるも既に自分を支える力すら失っていた
のか、床にゆっくり倒れた。
床は堅く、彼女を激痛を与えて受け止めたが、それ以降はひんやりとした感触が痛んだ
胸に優しく、気持ちよかった。ああ、このまま床になりたい――。中国の思考は蕩けてい
た。
「何倒れてるのよ」
ぎゃう。ごめんなさい床さん。毎日踏み抜かれている貴方の苦労も知らずに。ていうか
咲夜さん意外と重グエエエエエエ。
「な・に・た・お・れ・た・ま・ま・で・い・る・の・か・し・ら?」
「ちょっと咲夜、そこまでにしておかないと中国が床に埋もれちゃうわよ」
「それもそうね」
咲夜は中国の首根っこをひっつかんで無理矢理立たせた。
「さて、中国。いいかしら?」
「……はい」
「貴女には足りないモノがあるの。……それ以上デカくなってどうする気だこのスタカン!」
足りないモノの処で自分の胸を見た中国のドタマに咲夜のハリセンがクリーンヒットす
る。辺りにいつの間にか紙クズ等が散らばっているのを見るに、思わず時を止めて作った
に違いない。
そして辺りに沈黙が流れた。流石にメイドがハリセンで叩くってシュールすぎるよなと
か今時ハリセン使う芸人って誰だろうとか霊夢は思ったりもした。それ程に痛い沈黙だっ
た。
「――つまりそう言う事よ」
「な、何がですか?」
霊夢以下野次馬メイド全隊が耳を立ててこの漫才を一字一句逃さず聞いていた。この邸
の娯楽は殆ど無いようなものなので何か騒ぎがあれば館の住人の大半がこぞってやってく
るのだ。
「貴女は何故反撃しなかったの?」
「え?」
「言葉でも何でもいい、ともかく何故今の行動に反発をしなかったの?」
「そ、それは……」
「思ってた、で済むのなられみりゃ様は要らないわ。いえ私が独占するけど貴女にはあげ
ないわ」
中国以下何言ってるんだろうと思ったが声に出したらナイフが飛んでくることウケアイ
なので黙っていた。
「セクハラされる事は確かに一大事だわ。私にとっても部下の教育がなっていない、とい
う事になるし」
毎日上司に夢の中でセクハラしている貴女が言うことですかと幾人のメイドが思ったが
次の瞬間ボッシュートされてそれ以降誰も彼女の事を考えなくなった。
「けど貴女は何をしてきたの? 何か手を打ったの? 自分から嫌だと言った?」
中国は何も言えない。言うことが出来ない。
「貴女名前が無いだのなんだのと言うけどね、そんな弱気で、誰が名前を呼んでくれると
思ってるの!」
アンタ判っててやってたんかい、という紅魔館全従業員&オマケの巫女さんの心からの
ツッコミすら気に止めず、彼女は続ける。言わなければ言葉は通じないのだ。普通は。
「貴女は負け犬よ! いいえ負け中国よ! 違うというのならガッツを見せなさい!」
正直な所、咲夜がとった手段は最終手段だった。ここで彼女が自分を負け犬と認めるな
ら、もう彼女は駄目だ。だが、恨んでくれてもいい。罵ってくれてもいい。殴られてもい
い。否定して欲しい。ここで、立ち上がってくれないのならば――貴女は、本当に負け犬
になってしまう。
お願い。
咲夜は、睨んだ顔のまま、彼女に祈った。
その時、
中国の、いや、紅美鈴の中で何かが弾けた。
「――私は……」
「何? 聞こえないわ!」
「私はっ……! 中国じゃない、負け中国でもない……」
「じゃあ何! はっきり言いなさい!」
「紅…美鈴。紅、美鈴! 私は紅美鈴です!!」
十六夜咲夜を、そしてその後ろに聳える幾百のメイド達を見据え、美鈴は言いのけた。
「よく言ったわ――美鈴」
やりとげた同僚に咲夜は優しく微笑んだ。周りから拍手が沸き起こる。メイド達だ。
「咲夜さん……」
「けれど、今の貴女ははしかにかかったようなものよ。一時の熱病が貴女にほんの僅かな
勇気を与えた。恐らくはすぐにしぼむでしょう――だから、特訓よ!」
「はいっ!」
どこから特訓という言葉が出てきたのか、というかどんな特訓だ、とかツッコムような
無粋な人間や妖怪はここには居なかった。皆が拍手で彼女の、茨の道への旅路を迎えてい
た。
こうして!
中国、もとい美鈴の特訓が始まった!
「――P.T!」
「――P.T!」
「――P.T!」
「――P.T!」
「ところで咲夜さん、この歌詞、どういう意味なんですか?」
「知らない方がいいわよ」
特訓は辛く厳しく、美鈴は幾度となく挫けそうになった!
「ここで問題よ、美鈴。
念願のアイスなソードを手に入れた人が現れました。どうしますか?」
「はい! 殺してでも奪い取ります」
「はい、正解。次行くわよ」
しかし耐えた!
美鈴は耐えたのだ!
「チュウ=ゴクは紅美鈴を総合的に扱う格闘技である。
この格闘技を極める事により、攻撃力は120%上昇、防御力は63%上昇。
――チュウ=ゴクを極めたものは、無敵になるわ!」
「……本当ですか、それ?」
「多分……」
ただ一つ、名前で呼んで貰う為に!
――そして。
「ちょっと待ちなさい咲夜これは一体どういう事なのよ」
中国のチチは見事に増量していた! 推定量約百cm。もはや幻想郷ならぬ幻想狂なサ
イズである。
「おかしいわね……一体どこでどう間違ったのかしら」
はじめから何もかもデス、とは誰もが突っ込みたくてしかし誰もがその勇気を持てなか
った。
「あ、あの、咲夜さん?」
「「黙れデカチチ」」
巫女とメイド長にヤクザ蹴りをかまされ、中国は床に転がされた。
「あ、また中国に戻ってる! 私の名前はギャフンギャフン」
「「アンタなんて中国で充分だーーーっ!」」
巫女とメイド長の魂の叫びが、蹴りと共に中国に突き刺さった。
「そんなぁーっ、誰か、誰かお願いだから名前で呼んでぇぇーーーーーっ!!」
中国の叫びは、誰も聞き入れてくれなかった。
どっとはらい
いえ、そう思うのは私だけかも知れませんが・・・。という訳でこの点数。
でもイジってもらうことを喜びにしているような
一面もあるあたり、侮れません(何
妖々夢はあるところにはあるものですよー
まぁなんというか、そのうち良いことあるさ、中国♪
未だかつてここまで中国を弄り倒したSSがあっただろうか。いや多分ないかもしれないきっと。
まあ、下ネタ多いのはちょっと気になったり。
しかし、かなり笑わせていただきました。
なんというか、タイトルが全てを表してるSSですな。
悲惨すぎる、美鈴…。
とても他人事とは思えん…。
あとは段落で分けるべきな部分が分けておらず、文章が延々と続いて目が疲れてしまうという指摘をひとつ。