――届けたいんだ、私。
力も足りない。迷惑ばっかり。そんな私だから、届かないのかもしれないけど。
だけどっ、それでもっ……――
ひゅん!ひゅん!ひゅんっ!
ある夏の湖上。
矢のようなスピードで飛び来る氷槍。
一つ避けては二つ避け、三つ避けては四つ避け。
弾幕ごっこと言いつつ、これは殺しにかかっているとしか思えない。
「ちょっとチルノちゃん!少しは手加減……うわわっと!」
私に喋る暇さえ与えてくれないんだ。本日の氷精はハイテンション極まりない。
「なになに大ちゃん、いつもだったらこんなので弱音あげないじゃん。
妖精だからって、なまけてちゃあいけないよっ!」
そんなことはない。私はいつも弱音をあげている。
一度だって聞き入れられたことはないけれど……けれど、今日は少し強烈過ぎる。
「チルノちゃん、何か今日、いつもより夢中になりすぎじゃない!?」
「そんなことないよ?今朝巫女に負けたのなんて、全然関係ない。」
なるほどいつも通り、私は憂さ晴らしの相手になってしまったみたいだ。
けれど、それでも。
この青い妖精チルノは私にとって唯一無二の友達で、ずっと隣にいる存在。
ここまで仲のいい妖精は、どうしてか他にいない。
ただ、最近ふと思うことがある。
大好きな友達だったら、もっといてもいいんじゃないか。
せめて、もう一人や二人くらい。
だってチルノには他にも……
「相変わらず、ぱっぱぱっぱと避けるのだけは上手いねぇ、大ちゃん。
でも、これでとどめだっ!」
気づくと、チルノは私の真上にいた。こんな時に何を考えていたんだ。
危険がすぐ目の前に、頭の上に迫っている。
チルノは容赦なく私に向かって手をかざした。
「うわぁ!」
次の瞬間、チルノの手から細かい雹が次々と生まれていく。
そしてそれが次々と、私の体に降り注いだ。
一つ一つは大したダメージじゃないけれど、弾幕ごっことしては、一つ当たった時点で私の負け。
つまり、この戦いは終了。
……そのはずだった。
「っ!痛い!」
瞬間、私の左羽に激痛が走った。よく分からない。
分からないけれど、多分大きめの雹が、当たり所悪く羽を襲ったんだ。
片羽が、動かない。右の羽もダメージが大きいのか、思うように力が入らない。
……飛べない!
「だ、大ちゃん!?」
気づいたチルノはすぐに攻撃をやめた。でも、いつの間にか反動でかなり上空まで昇っている。
一方、私の体は右羽だけでは持たず、周囲に残った雹と一緒に落下を始めた。
これは追いつかないだろう。
でも大丈夫だ、いつも通り湖の上で戦っていたのだから、落ちたって水の中。
たいして痛くもないし、羽だってきっとすぐ治る。
……と思った。だけど。あれ?
すぐ下が、もう地面だ。水じゃない。
そうだ、私までいつの間にか夢中になって、ほとりまで出てしまっていたんだ。
これは、少し痛いかもしれない。……絶対、痛い。
私は目をぎゅっとつぶった。
どすんっ!
「わぷっ!?」
あれ?あんまり痛くない。
水辺の地面だから、あんまり堅くはなかったのか。
私はゆっくりと目を開けた。
すると、
「えいやっ!せいやっ!」
目の前で、いきなり見知らぬ少女が筆を振り回している。
その筆で、まだいくつか降ってくる雹を弾き飛ばしたり、弾き飛ばせなかったりしている。
……とりあえず、誰なのだろう?
紫色の髪に、花の飾り。黄色の着物を着ている……人間の、子ども?
呆然と見つめていると、雹も降り止み、その少女がこちらを振り向いた。
「びっくりした……。いきなり小さいのと、超局地的な雹が降ってくるんだもの。
あれ、あなたもしかして、妖精!?ってことは……」
しかし、言葉の続きを聞く前に、私の体は突如宙に浮いた。
びゅん!
さらわれた私の体は、湖の空を飛んでいた。
背をつかみ必死に羽ばたくのは、チルノ。
「ごめん!ごめんね大ちゃん!まだ、羽痛む?」
「あ、大丈夫だよ、チルノちゃん。」
チルノに抱えられながら、私は羽の調子を確認した。
妖精は、回復力だけは強い。ゆっくり飛べる程度には、もう治っている様子だった。
チルノはひと安心した様子で、ほっと息を吐きながら続けた。
「でも、びっくりしたよ大ちゃん。地面に落ちたと思ったら、人間の上にいるんだもの。
だけど、あの人間のおかげで助かったね!」
あの人間のおかげで助かったというのは、どういうことだろう。
冷静に考えてみた。
そうだ、私が落ちたのはあの少女の上だったんだ。
じゃあ、私はあの女の子に助けてもらったことになる。
落下の痛みからも、降り注ぐ残りの雹からも。
そうか、私、助けてもらったんだ。
そのほんの数日後のことだった。
私はすっかり治った羽で、湖のほとりをゆっくりと飛んでいた。
すがすがしい青空に、流れる雲。絶好のお散歩日和だ。
そして、お日様も高く昇ってきた頃。
ふと眼下を見やると、小さな木陰に人の姿があった。どこかで見たようなシルエット。
「そうだ、もしかしてあの子じゃないかな!?」
間違いなかった。
先日と同じ、黄色い着物に花飾りの少女がいる。
また会えたんだ、助けてもらったあの子に!
だけれど近づいてみると、少女は何やらかがみこんで、必死に手を動かしている。
右手は筆、左手は紙おさえ。何やらせっせと書きこんでいるらしい。
こんな湖のほとりで物を書く人間、しかも少女なんて、これまで見たこともなかった。
ちょっと珍しい女の子なのかもしれない。
そうだ、こんな湖のほとりに少女が一人でいる時点で、割と普通じゃないのだ。
しかも妖精である私を助けるような人間。
もしかしたら、相当変人で、すごいとっつきにくいのかもしれない。
でも、偏見は良くない。
私を助けてくれた子なんだし、折角の仲良くなるチャンスだ。見逃すわけにはいかない。
……仲良くなる?
「そっか!私にも、チルノ以外の友達が出来るかもしれない!」
思わず一人で叫んでしまう。
変人でも何でもいい。あの子と仲良くなりたい。
だけど、そういえばこの前、私に何か言おうとしていた気がする。
「妖精!?ってことは……」の続き。
何だろう、「助けてはやったが、もう私には近づくな」とかだったら困るな。
確かに、助けてもらったからって、仲良くなれるとも限らないし。
…………
私、チルノと仲良くなった時はどうやったのだろう?
……というくらいに、何故か私は考えに考え、どぎまぎしている。
人と仲良くなるのがこんなに緊張するなんて。我ながら少し情けないなぁ。
その間少女は、すぐ上空でうろたえている私になんて気づきもせずに、筆を走らせ続けていた。
と、疲れがたまってきたのか、紙を置いて大きく伸びをした。
その瞬間。
「わわっ!?」
ビュン、と突風。
私は危うく流されそうになるのをこらえた。何たって私には回復した羽がある。
しかし、そこに置かれた紙には、風に抗う術などない。
「あれ!?ちょ、ちょっと待って!」
少女が叫んだ。
しかし紙が応えるはずもなく、強い風に乗ってどんどんと舞い上がる。
ここだ。ピンチはチャンスだって、いつもチルノが言っている。
しかも高速移動なら、私の得意とするところ。
さあ、いくぞ。
ひゅん、と消えて、スパッと突き抜けて、ぱっと止まる!
ビンゴ、目の前を飛ばされた紙が舞っている。紙に追いつく程度、わけのないことだ。
くしゃっと紙をキャッチし、風の支配から解き放つ。
「なになに、湖となんちゃらについて。稗田阿求?」
ふと目に入った文章の冒頭部には、そのようなことが書いてあった。
「あきゅう」、それがこの少女の名前みたいだ。
よし、早速名前を呼んで、届けてあげよう。
「あ、あきゅうさーん!拾いましたよー!っと、あれ!?」
不意に、頭の上にもう一枚、紙が落ちてきた。
嫌な予感がしたけれど、今私が手に持っている紙と組み合わせてみる。
不自然にギザギザな端の部分がピタッと合って、両紙の文章がつながる。
……最初から千切れていたのか。いや、飛ばされた時は一枚に見えた。
でも私はいつも通り、ひゅん、と消えて、ズバッと突き抜けて、ぱっと止まったはず。
……あれ、「スパッと」?
私はその場に二枚の紙を置いた。阿求に向かって、気づくかどうか程度に頭を下げた。
そして、ひゅん、と消えて、ズバッと突き抜けた。
もう駄目だ。あんなことをした以上、嫌われたに決まってる。
でも、もしかしたら私が真っ二つにしたことには気づいていないかもしれない。
そりゃそうだ、阿求からは離れた場所だったもの。スピードだってあった。見えやしない。
ううん、見えやしないからって、私がやったことに変わりはない……。
そうやって一晩、悩んで悩んで落ち込んだ。
ところが、そのすぐ翌日だ。
この日もまた夏らしく、暑く晴れた湖のほとりで、チルノと遊んでいた。その最中だった。
「あれ?大ちゃん、あいつ、こないだの人間じゃない?」
先に気づいて指をさしたのはチルノ。
私もすぐ彼女の示す方を見た。ほんの小さな岬にいる人影。間違いない、阿求だ。
今日は手ぶらで、きょろきょろと湖岸を眺めている。まだ私たちには気づいていない。
しかし、昨日あんな目に合わせてしまったというのに、あっさり姿を現すなんて。
「もしかして、私たちに用がある……とか。」
「どしたの大ちゃん?」
チルノが怪訝そうな顔で私を覗き込む。
いけない、うっかり声に出てしまった。
「ううん、なんでもないよ!でもさ、あの人間何しに来るんだろう?
実は昨日も会ったんだよね。チルノちゃんは気にならない?」
「気になる。」
だが、そう答えたチルノの目は、星が出そうなほどきらきらと輝いていた。
ああ、これは困った。話がかみ合っていない。妖精の性だ。
「チルノちゃん、今回はその、いたずらするんじゃなくて……」
「はぁ!?何言ってるの大ちゃん!
妖精が人間にいたずらを仕掛けなくて、他に何をするっていうのさ?」
そう言われると、ぐぅの音も出ない。
私だって今まで数え切れないほどの人間に、くだらないいたずらを仕掛けてきた。
それが楽しかった。
だけど、それでも私は阿求にいたずらなんてしたくないんだ。
「いいよ、別に大ちゃんが乗り気じゃないなら、あたしがやってくるし。
へへん、見てなよ大ちゃん、あたいのスペシャルないたずらを!」
押し黙ってしまった私を、チルノは気遣おうとしたのかもしれない。
私が何か言う前に、勝手に飛び立っていってしまった。
全然、気遣えてないけれど。
だけど、チルノは構わずいたずらばかりなのに、どうして友達が沢山できるんだろう。
世の中って、妖精の頭には難しいことばっかり、なのかな。
ぼちゃんっ!
突然、湖から不細工な水音が響いた。
いけない、ボーっとしてる場合じゃない。
チルノのいたずらを止めないと、阿求がまたひどい目に合ってしまう。
「チルノちゃん、悪いけど今回は邪魔するからねっ!」
チルノとは長い付き合いだ。大体どんな手を使うか予想できる。
阿求を見ると、案の定さっきの水音に驚いて、湖面を凝視している。
それが、罠なんだ。
「阿求さん!後ろですっ!」
ひゅん、ズバッ、ぱっ!
私はすぐさま阿求の隣に移動した。
「へ?何!?」
しかし彼女は突然の叫び声と高速移動にうろたえてしまっている。
そしてその背後には雪玉を抱えたチルノの影。
「阿求さん危ない!!」
思わず私は手を出していた。
阿求に向かって。
どん。
「うわわぁっ!」
ぼちゃん。
少女の叫びと共に、再び不細工な水音が響いた。
これが、火事場の馬鹿力っていうのかな。
まじまじと自分の手を見つめ、そして改めて周囲を見回す。
そうだ、ここは小さな岬の上だった。
そこで阿求を突き飛ばしたら、湖に落ちてしまうのもありうる話。
「……!阿求さん!?大丈夫ですか!?」
「なかなかやるじゃん大ちゃん。あたい正直びっくりしたよ。」
もう駄目だ。
私もすぐ湖に飛び込んで、何とか阿求を引っ張り上げたけれど、
何だか訝しげな目つきでにらまれ、言葉も交わすことなく立ち去られてしまった。
「大ちゃん、一瞬の気の迷いが、逆に物凄いいたずらを生んだのかもしれないよっ。」
夕闇の中、湖もだんだん黒に染まっていく。
ああ、私の心もだ。結局、阿求と仲良くなることは叶わないんだ。
どうしてこうなっちゃうんだろう……。
「やっぱり大妖精と言われるだけあって、格が違うねっ、大ちゃんは。」
チルノの言葉も、私を気遣っているやらいないやら。
今夜は眠れぬ夜になりそうだ。
ところが、だ。こんなことってあるのだろうか。
結局すっかり眠りこけてしまった翌朝、また出会ってしまったのだ。
今日も彼女は湖畔を歩いていた。
「しまった、朝ごはんを忘れちゃったよ。」
木陰に隠れつつ、ひっそりと阿求の後をつけていくと、そんな呟きが聞こえてきた。
よし、ピンチはチャンスだ。
急ぎ、私はお気に入りの木の実をもぎ取り、阿求のもとへ戻る。
その時だ。
「お、大ちゃん、おっはよー!」
突然目の前にチルノが現れた。
本当に突然だったから、びっくりしてしまった。
「あっ!」
びっくりした拍子に、手から木の実がこぼれおちた。
阿求は、ちょうど私の真下にいた。
ゴチン!
「痛い!?」
……またも悲劇は繰り返された。
それでも、だ。
阿求は毎日、あるいは一、二日空けることがあっても、湖へとやって来る。
私も私で、見かける度に近づこうとするけれど、話しかけるところまでいかない。
何度も迷惑をかけている負い目もあった。
だからとっくに嫌われているだろう、という予測もあった。
そもそも妖精なんかと仲良くしてくれるはずがない、という思いもあった。
だけど。
ひどい目にあっても、やっぱりここへ足を運んでくれる阿求。
彼女と仲良くなりたい。なれるはず。
そんな希望や願いも、捨てきれなかったんだ。
だから、考えた。ずっと、考えてきた。
妖精と人間の関係って、どうしたらいいんだろう、って。
「やっぱりチルノはいたずらばかり。だけど何人もの人間と仲良し。
つまり妖精は妖精らしくしていた方が、友達も出来る……のかな。」
そうしてある日、私は気持ちをぐっと変えて、気力を振り絞って、阿求の前に立った。
「あれ、あなたは……。」
私、こうして阿求と面と向かうのも初めてだ。と、初めて気づいた。
でも、何だろう。初めて見るアングルだからか、いつもと顔色が違って見える。
ええい、そんなことはいいんだ。
今日、私は今までと違う方法で、阿求と仲良くなる!
「今まで挨拶もせずごめんなさい。私、ここの湖の大妖精。
今日は、妖精の住まう湖に何度も足を運んでくれるあなたに、
とっておきのいたずらを仕掛けてあげる。妖精土産だと思ってね。」
言って、後悔した。空回りってこういうことなんだ。
我ながら意味不明な発言である。
それにこんな正々堂々とした「いたずら宣言」があるだろうか。
恥ずかしいってもんじゃない。うう、いきなり失敗。
そうだ、とりあえず一旦この場を離れよう。
目の前に立っていたら、いたずらも何も出来ないのだから。
そう考えをひねり出して、とにかく飛び去ろうとした、その時だった。
「ふふん、やっぱりついてきて正解だったじゃない、阿求さん。」
阿求の背後から、突然現れた少女。
二つに縛った茶髪、紫と黒のチェックのミニスカートが目立つその少女は、
手に持った小型の機械をいじりながら続けた。
「体調もすぐれないのに無茶するから、妖精にあて付けを食らうのよ。」
阿求より少し背の高い少女は、言いながら私の前に立ちふさがった。
「馬鹿にしないでください、はたてさん。私だって妖精なんかには……
ごほんっ、ごほんっ!」
はたて、と呼ばれた少女は、その呆れた顔だけで阿求を振り返る。
「もう、無理しない無理しない。
とりあえずこの妖精を追っ払ったら、私が代わりに湖と妖精の調査を進めておきますよ。」
よく分からない。
妖精の頭には分からないけれど、何やらこのはたてという妖怪は、
阿求のために私を追い払おうとしている。
そして阿求は今日、体調が悪い。
顔色がおかしいと感じたのは、間違いじゃなかったんだ。
それなのに、いたずらする、だなんて。
「じゃあ、やっぱり邪魔なのは私なんだ……。」
私は、ふっと体から力が抜けるのを感じた。
一方、私の言葉を拾ってか否か、はたては不思議そうな顔で私を見つめてくる。
「何よ、いたずらするんじゃなかったの?」
答える気力もない。
「まあいいや、阿求も妖精が好きじゃないみたいだし、一旦どいてくれる?」
…………
「……よく分からないこともあるもんね。
しょうがない、それっ!」
びゅんっ、と強い風が吹き、私の体は遠く、飛ばされた。
「どうしたのさ、大ちゃん。」
気づくと、私は湖上の夜闇に、ふよふよと浮かんでいた。
隣にはチルノが、ペースを合わせて飛んでくれている。
ものすごく心配そうな顔。一体どうして?
……ああ、私のせいか。
こんなひどい状態の私を見て、チルノは心配してくれるんだ。
そう気づいた瞬間、私の目から、嬉しさと悲しみと悔しさが、一気に溢れ出た。
チルノはあわてて、私の体を支えてくれた。
「はぁ、それはしょうがないよ大ちゃん。
あたし達が人間にいたずらするのは当然のこと。だって楽しいじゃん。
でもそれと同じで、人間や妖怪がいたずらを防ごうとするのも当たり前だもの。
だからこそ、いたずらし甲斐があるんだよ。」
昼間のことを何となく説明すると、チルノには珍しく、ものすごくまともな台詞が返って来た。
でも、やっぱりどこかずれているような。それとも私が悪いのかな。
「いたずらし甲斐があれば、あっちも防ぎ甲斐がある……!『らいばる』じゃん!
そうだよ大ちゃん、仲良くなりたいなら、やっぱりそうやって仲良くなろう!」
ううん、やっぱりチルノは、私を励まそうとしてくれてる。
でも。
「あの子――阿求はね、『妖精が好きじゃない』らしいんだ。
『妖精なんかに』とも言われたし、私を近づけないことが、阿求の為みたいだし……。」
「じゃあ何さ。結局大ちゃんは、阿求と仲良くなりたいの?別にいいの?」
チルノは容赦なく核心を突いてきた。
私だってどうにかしたいんだ。でもどうにもならないんだ。
だったら、何て答えたらいいの!?
今度こそ、器が壊れた。
「私はっ、仲良く、なりたいっ、けど!」
入れ物を失った気持ちは、もう留まるところがない。
ごめん、チルノ。全部ぶつけちゃうよ……。
「でもっ、駄目なんだよ!妖精だし、嫌われてるしっ、今までもひどいこと、沢山しちゃった……!
だからっ、きっとどうしようも、ないんだっ。」
チルノは今までになく難しい顔で、けれど意外にも、しっかり私の言葉を聞いてくれていた。
「どうして、なんだろう?嫌だよ……!
私ね、あの人にね。助けて、もらったんだ。偶々かもしれないけど。
でも、すごく嬉しくって、仲良くなりたくって……!」
涙と化した気持ちは止まらない。
「嫌だよっ!どうして、こうなっちゃうのっ!?
私はただ、阿求とっ、仲良くなりたい……、それだけなのにっ!」
思わずチルノに掴みかかって、私は泣き崩れた。
「よし、大ちゃん!あたい、やるよ!」
私が喋れなくなってしばらく。
ふいに、チルノが声を上げた。驚いて私も顔を上げる。
すると、先程とはうって変わって、チルノの表情は明るい力に満ちていた。
「友達がこんなに悩んでんだ。さいきょーのあたいが何とかしなくて、誰が大ちゃんを助けるのさ!
任せてよっ、大ちゃんはここで待ってて!」
ねっ、と指を立てながら私を放すと、チルノはいきなりすごい速さで飛んで行った。
家々の灯りがかすかに揺れる、人里の方へ。
「チルノちゃん……。」
私は呆気にとられてそれを見送るしかなかった。
どれくらい時が経っただろうか。
今宵は満月のようで、丸く大きな月が既に南の空高く昇っている。
もう、真夜中じゃないか。
「チルノちゃん、どうしたかな。」
私はあの後、ずっと湖畔の草むらに寝転んで、考えにふけっていた。
「でも、もうどうしたって阿求は湖に来ないかもな。
そうしたら、私にできることは、いよいよ何もなくなっちゃうんだ。」
そう、私は湖の大妖精。今も昔もずっと、この湖で生きている。
外の世界を見たくたって、外の世界が恋しくたって、湖の妖精がここを離れることは……
「へ?あたいはどこへでも行くよ?」
えっ?
びっくりして跳ね起きてしまった。チルノの声?
しかし、辺りを見回しても、その姿は見えない。
「空耳かぁ、そんなこともあるんだ……。」
空耳、とも違うかもしれない。
自然に浮かんだんだ。もし私の思いを聞いたら、チルノがなんて言うか。
うん、絶対にそう言う。あの子は、どこにだって行けるんだ。
現に、今がそうじゃないか。
じゃあ、私は?
「行こう。」
私は立ち上がった。
チルノばかりに任せてはおけない。
だって阿求と仲良くなりたいのは、私なんだ。
ここで寝ていたら、どこにも行けないんだ。
ざわ……ざわ……
草むらが風でなびく。
その夜風に乗って、私は飛び立った。
夜の人里は、思いのほか閑散としていた。
全くの静寂というわけではない。時折、家々から人の声は響いてくる。
けれど、もう少し夏の夜らしく、騒がしい町並みを予想していた。
これでは、阿求の家を聞き出すこともできない。
「うーん、まあ酔っぱらった人間に、追っかけまわされるよりいいけど……。」
とにかく、勢い込んで来た手前、このまま阿求に会わないわけにはいかない。
でも、どうしよう。何か手掛かりは……
そう思って、入り込んだ路地を見回した。その時だった。
「げげっ、大ちゃん!?」
いきなり路地にチルノが入って来た。
なんだ、こんなところで彼女も迷っていたのか。けれど、妖精なら仕方がない。
「……とか失礼なこと考えてるでしょ、大ちゃん。」
チルノに心を読まれるのも、正直心外ではあったが、私は正直にうなずいた。
すると、チルノにしては珍しいことが続く。
「あ、あたいはその、阿求って奴にはもう会ってきたよ!けど、その。」
突然うろたえ、言葉を濁す。こんなこと、なかなかない。
でも、もう阿求に会ったということは、彼女の家を知っているはずだ。
「ごめん、チルノちゃん、ありがとう。
だけど、私もまた直接、阿求に会うことにしたんだ。
だから阿求の家がどこか、教えてくれる?」
チルノはばつが悪そうな表情のまま、阿求の家まで連れて行ってくれた。
「えーと、あたいは、うん。ちょっと、ここで待ってる。頑張れ、大ちゃん。」
チルノ、一体どうしたんだろう。
不思議に思いながら、私は阿求の家――稗田家の扉を叩いた。
直後、私は知った。
チルノがうろたえる理由。そして、最悪の事態。
満月は少しずつ西に傾き始める。夜明けまであと数刻。
私は稗田家の前で、どうしようもなく途方に暮れ、頭を抱えていた。
ピンチはチャンス、同じく横でしょぼくれているチルノが、よく使う言葉だ。
だけどこのピンチ、一体どうすればいいの?
やっぱり妖精に出来ることなんて、迷惑をかける以外にないんだ。
チルノだけを責める気にはならなかった。
……そう、これはチルノのせいだけど、私のせいでもある。
「会ってほしい奴がいるのっ!」
と、チルノは無理やりにでも阿求を呼び出そうとしてくれたらしい。
最初にそれだけ聞いた時は、単純だけどとても嬉しかった。
しかし、それが祟った。
夏の夜、氷の妖精にしつこく絡まれた阿求は、
もともとの体調不良を急激に悪化させてしまったのだ。
どうして気づかなかった。
私、今日の阿求が万全な体調じゃないこと、よく知っていたのに。
「阿求は元来体が弱いんだ。これ以上妖精に付きまとわれたら、たまったもんじゃないんだよ!」
稗田家の人にそう叫ばれ、私は閉め出された。
もう、無理だ。
ここまで来たけど、もう。
私の思いは届かない。
そして結局、私のせいで阿求は……
「死んじゃうの?」
ふいにチルノが呟いた。
「あいつ、あたしのせいで死んじゃうのかな!?」
その時、私の心に何かが灯った。
「そんなの、嫌だっ!」
チルノが言う前に、私が叫んだ。頭にぶら下がった緑おさげを揺らして。
青い少女は、呆気にとられてこちらを見る。
「私、阿求を助けたい。
私のちっぽけな思いは届かないかもしれないけど、だけど。
ほっとけるわけないよ!
阿求の為にも、チルノちゃんの為にも!」
こんな時だけど、こんな時こそ、やっぱり落ち込んでるだけじゃあ駄目じゃないか。
再び私は立ち上がった。
その直後だ。
バタンッ。
急に稗田家の扉が開き、月光に照らされて、
二人の不思議な人影――長い耳の生えたような――が、姿を見せた。
「まさか、丁度肝心の薬が切れてるとはね。」
「相変わらず、気の向くままに売りさばいてるからこうなるのさ。」
「あんたには言われたくないわよ。」
私たちは息をひそめて、謎の二人の会話を聞いた。
「でもあの症状だと一番効くのは、妖怪の山の満月草じゃない。
今夜を逃したら、また採れるのは一ヶ月後よ。」
え?今夜、だけ?
「それくらいなら永遠亭にいくらでも備蓄はあるある。
でもさ鈴仙、あの草って。」
「うーん、お師匠様に聞きに戻るかぁ。さすがに阿求さんに死なれたら、まずいもの。」
「いや、聞きなよ。のんびりやってたら阿求は死ぬよ。
それに満月草ってさ、知らない?そもそも、あの草は……。」
「はいはい、嘘つきウサギさん。」
そんな会話を交わしながら、二人は立ち去っていく。
その背中を遠く見つめながら、私は聞いた言葉を繰り返していた。
「妖怪の山、満月草。阿求は、死ぬ。」
得たものは差し迫る危機感と、たった一つのチャンス。
阿求は今、本当に危ないんだ。
けど、妖怪の山の満月草。今夜中に、これさえ取れれば!
「チルノちゃん、今度はちゃんと、私が行くよ。」
チルノは相変わらず驚いた顔のまま、私を見つめている。
「ここで、ちょっと待っててよ。すぐ戻ってくるね。」
「大ちゃん……。」
言葉の続きを聞かず、私は飛び上がった。
これ以上、チルノにも迷惑かけられない。私が、やるんだ。
ひゅん、ズバッ!
私は翔け抜けた。夜の妖怪の山へ。
夜明け前が一番暗い。
その言葉の通り、夜明けの差し迫った妖怪の山は、
満月の輝きを遮る木や崖も多く、本当に真っ暗だった。
本来夜には活動を止める私のような妖精では、なかなか目が慣れてこない。
もっと悪いことに、私は満月草がどういう草なのか、当然ながら全く知らない。
また先走ってしまったようだ。
それでも、こんなところで諦めるわけにはいかない。
がさがさと手探りで草むらをかき分け、それらしい草を探す。
ここになければ、もっと奥へ。それでもなければ、もっと奥へ。
時間がない。あの月が沈んだら、もう……。
焦りながらもひたすら山を突き進んで、流れる川の音がかすかに聞こえてきた頃だった。
ふと、強い風が吹いた。
木々がなびき、そこから満月の光が一瞬眼前の草むらに注がれる。
その時だ。
「何か、今、光った?」
キラリ、と一瞬だけ輝く草。それも、黄金色に輝く草。
そんなものが見えたような、気のせいだろうか。
近づいて、目を凝らしてその辺りを覗き込む。
すると一本だけ、葉の形が真ん丸の小さな草を見付けた。
「これ……?」
とりあえず摘み取ろうと手を伸ばす。
……が、そのまま草に触れることは叶わなかった。
カシャッ!
おかしな音と共に、強烈な光が辺りを瞬間的に包む。
思わず手を引いた私は、眩む目をこすりながら周囲を見回した。
「確かに、文の言うことも正しいわね。
外に出て見れば、こんなにもよく分からないことばかり。」
声を頼りに、頭上前方を見上げた。
暗中遠目でよく見えないが、あの輪郭は、まさか。
「いたずら宣言しながら何もしない妖精。求聞持の娘を寝込ませる妖精。
真夜中の妖怪の山に忍び込む、湖の妖精。
こんなにネタをくれるなら、私は妖精って大好きかも。」
近づいてきた輪郭は、悪い予想の通り、昼間に会った妖怪少女はたてだった。
私は息を飲んだ。また、こいつに邪魔される。
「……そんな怖い顔しないでよ。
私も天狗ではあるけれど、別に手荒な真似はしないから。
今すぐこの妖怪の山を出ていくなら、ね。」
私は首を無言で横に振った。
「ふぅ、何をしに来たか知らないけど。
よそ者なら妖精一匹だって山への侵入を許すわけにはいかないの。
というか、妖精ごときの侵入を許したら、メンツもプライドもあったもんじゃない。
夜だってのに他の妖怪どもは何してんのよ。」
相変わらず言っていることはよく分からない。
この山は立ち入り禁止ってことだろうか。
でも今はそれどころじゃない、阿求の命がかかってるんだ。
よし、相手にするのはやめよう。
今すぐこの草を取って、逃げ帰ればいい話だ。
「ちょっと妖精さん、聞いてる?」
構わず、私は黄金に輝いた丸い葉の草を、地面から抜き取った。
後は、逃げるだけ。それなら得意だ。
行くぞ!ひゅん、ズバッ……
バシンッ!
「……っ!?」
突如、体に衝撃、落ちゆく感覚、叩きつけられる痛み。
まとめて感じる程の速さ。気づくと私は、地面に伏していた。
「天狗をなめちゃいけないよ、そこらの妖精が。
文ほどじゃないけど、私だって並のスピードは出る。」
並って、天狗の並なんだ。私なんかの瞬間移動じゃ、かなわないんだ。
今更に、危機感が募ってきた。
「逃げようってのは感心だけどね。
その手に持ってるもの、置いてってもらわないと。
やすやすと入りこまれた上、山の物を持っていかれるわけにはいかないし。」
そうだ。幸い、掴んだ草はまだ手の中にあった。
私ははたての方を向き直り、にらみつけた。
この草が私の思いなんだ。何としてでも、この草だけはっ!
「届けたいんだ、私。
力も足りない。迷惑ばっかり。そんな私だから、届かないのかもしれないけど。
だけどっ、それでもっ!
――阿求を助けたいんだ!チルノちゃんを助けたいんだ!
私の思いが届かなくても、この薬だけは届けるからっ!!」
「あたいは大丈夫だよっ!」
目を疑った。
必死で叫んだその目の前に、青い服の少女。
「その草、早く届けてきなよ!
この天狗は、あたいがけちょんけちょんにしておくさっ!」
チルノちゃん……!
私は強くうなずいて、もう一度飛び上がった。
「今すぐ届けるからね、阿求!」
ひゅん、ズバッ!
無我夢中で、白み始めた空を飛んだ。
ぱっ、と、稗田家の前に着地する。もう一刻の猶予もない。
大地から離れた草がどれだけ持つか。阿求の体がどれだけ持つか。
それと、チルノがどれだけ持つか……。
でも、去り際に少しだけ覗いた、はたての表情。
直前までの偉ぶった天狗の顔とは、少し違っていた気がする。
私の声が、届いたのだろうか。まさか。
「ええい、そんな場合じゃない。とにかくこれを、阿求にあげないと!」
どんどんどん、と明け方には迷惑だろう音量で、稗田家の扉を叩く。
案外、すぐに扉は開いた。
出てきたのは、先の稗田家の人とは違う、それらしいしかめ面の医者だった。
「妖精?何かね、この非常事態に。」
「これ、阿求さんのお薬になるかと、思って……。」
医者に向かって、丸い葉の草を思いっきり突き出す。
「これは……!?」
医者が草を受け取ると、それを眺めている隙に、私は稗田家に入りこんだ。
「あ、こら!」
ここまで来たら、会わずにはいられない。
少しでも、助けになるんだ。少しでも、力に。
阿求は個室に敷かれた布団に伏せ、かなり苦しそうにしていた。
ちょっとでも元気な姿であれば……。そんな願いは叶わなかった。
「あ、阿求さん!その、もう少しです!」
とにかく励まさないと。
そう考えて、必死に言葉を絞り出す。
すると阿求は、辛そうにしつつも首をこちらに向けた。
そして驚いた表情を作った。
「あ、あなたは……!
うっ、ごほっ、ごほんっ!」
いけない。そりゃあそうだ、私なんかがいきなり居たら、驚かせるに決まっている。
でもどうしよう。何も出来ず、右往左往するしかないのか。
「おい、妖精。」
と、背後から突然呼ばれた。先の医者だ。
そうか、薬が出来たんだ!
私は途端笑顔になって振り向いた。
が、医者はしかめ面のままだった。
「何のいたずらのつもりだ?
こんな草を持ってくるなんて。」
えっ!?まさか、まさか。
「もしかしてそれ、満月草、じゃないんですか!?」
そんな、それじゃあ私のしたことは……!
しかし、医者は怪訝な顔になって答えた。
「何を言っているんだ。これは紛れもなく満月草だよ。
妖山に生える『妖毒』満月草。口に入れたが最後と言われる、毒草じゃないか!
それに、妖怪の山から追っ手が来たら、どうしてくれる!」
そんな、馬鹿な。
必死の思いですがりついた、必死の思いで掴んできた届け物のはずだったのに。
見ず知らずの人たちの会話を盗み聞いたのが悪かったんだ。
何も知らない私が悪かったんだ。
結局最後まで私は、阿求に何も出来ないどころか、
迷惑をかけて、迷惑をかけて、挙げ句毒まで持ち込んでっ!
どうしたって、私なんて、もう……っ!
「ごめん、なさい……。」
ろくに声も出ない。
かすれた音だけ振り絞って、私は阿求に背を向けた。
助けたかった。
いや、まだ助かるかもしれない。せめて追っ手くらい追い払わなきゃ。
だけど、どちらにしたってもう、私と阿求が会うことは……。
「ちょっと、待って、よ。」
突如、今の私に負けないくらい、かすれきった声が背中に響いた。
え、阿求……?
「お医者、さん。その草……満月草、なんでしょ?」
医者は訝しげな顔のまま、ああそうだが、とうなずく。
「それ、なら。勉強不足、ですよ。お医者さん。
ごほっ、ごほっ!」
医者は慌てて阿求を起き上がらせ、背中をさする。
「ど、どういうことです?勉強不足だなんて。」
阿求は医者の腕に寄りかかったまま、しかし少しだけ笑みを作って答えた。
「私、見たことが、あります。
満月草を処方された、重篤な風邪の患者が、ほんの一時で全快するのを。」
「ば、馬鹿な。でもこの草は毒で、決して採ってはいけないと、古くから里に伝わって……。」
阿求はゆっくりとかぶりを振った。
「それには、理由があるんです。
とにかく、それをすぐ粉末にして、白湯とあわせて飲めば……ごほっ!」
医者は何も言わず、すぐさま満月草の製剤を始めた。
私も固まってはいられないと、水を沸かしにかかる。
医者もそれに口出すことはしなかった。
そして……。
「満月草は妖怪の山にしか生えていない。
しかし、人間にも妖怪にもよく効く特効薬なんです。」
本当に、奇跡だ!
嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、一人涙が止まらない。
阿求は自分で言った通り、ほんの一時で見事に回復した。
「だからこそ、人間にとって満月草を取りに行くことが、そもそも毒だった。
妖怪の山に踏み入って、妖怪の薬を採るわけですからね。命を捨てるようなもの。」
泣きはらす私を置いて、阿求は早速医者に講義を始めている。
それでも、本当に嬉しかった。こんなことって、あるんだ!
「妖怪も妖怪で、薬を狩られるのが嫌だった。
だから、人間に噂を流したんです。『妖毒』満月草として。
とは言え、今の妖怪はわざわざ草一本取り返しに、追ってきたりはしませんよ。
……って、妖精さん、聞いているの?」
いきなり声をかけられた。
阿求は私にも話しているつもりだったんだ。
それは申し訳なかった。でも、余計に嬉しくって、涙がまた溢れる。
「あ、その、ごめ、ごめん゛なざい……。」
途端、阿求は呆れた顔になった。
「全く、変な意味で私の勘は当たったみたい。
たまたま湖で、縁起に纏めていない変な妖精に出会ったものだから、
しばらく湖と妖精について再調査をしていたの。」
え、それって。
「そう、特にあなたね。でも本当、妖精にもこんな奴がいるだなんて思わなかった。
正直、妖精には散々痛い目あわされてきたから……今回もそうだけど。
だから、妖精って嫌いなの。」
って、え、嘘……。
散々嬉し泣きして期待したばっかりに、一気に血の気が引いて、倒れそうになった。
けれど、阿求はそんな私を見て、声をあげて笑った。
「あ、阿求……さん?」
「私のことは阿求でいいよ。本当に変な妖精。
私を踏みつぶして、湖に突き落として、そういえばメモを引き裂いたのもあなた?
木の実が降ってきたこともあったかな。ブン屋と妖精に一度に絡まれた日もあった。
しかし全く、はぁ。」
阿求は笑いを収めると、今度は突然わざとらしいため息を吐きだす。
「あ、阿求、何でため息ついたの?」
すると彼女は、少し恥ずかしそうに目線をそらしながら、言った。
「ため息をつくとね、妖精が一万匹死ぬって聞いたんだけど。やっぱりそんなやわじゃないね。
……だから、まあ、少しくらいね。妖精を認めてやっても、いいかな、って。
とりあえず、命の恩人だし。今後とも、よろしく。」
本当に、驚いた。
手を、差し伸べてくれている。妖精と違わぬくらい、小さな手。
恐る恐る、だけど、しっかりと。
私はその手を握った。
「ね、どうだった?」
外に出ると、扉のすぐ横でチルノが待っていた。
何だ良かった、この子も無事だったんだ!
「あたい?あたいはあんな天狗、ものともしないよ。」
見ると、ところどころ青い服が汚れている。
でも、大きな怪我は特にないようだ。
「まあ、割と簡単に、見逃してくれたんだけどさ。
全く、妖精だからって手加減してるなっ!」
お互い、大笑いして、道に転がった。
何が楽しいって、みんな無事で、ここにいられることだよ。
ありがとう、チルノも阿求も、お医者さんも、それにはたても。
あとは夜中のおかしな二人組も。
笑い転げる私たちを朝日が照らす。
今日も夏らしく、暑くなりそうだ。
「よしっ、大ちゃん。湖に戻ろう!」
ひとしきり笑って、私たちは飛び立った。
道すがら、阿求の家に着いてからの話をして、また笑った。
「でも、これからは人里でも遊べるね、大ちゃん。」
「チルノちゃん、また人に風邪ひかせたら、今度こそ怒るからね。」
「ば、ばかぁ!友達の友達に風邪ひかせちゃったら、さすがのあたいも反省くらいするよっ!
まあ、いざという時の薬探しも、このあたいにかかれば一瞬だけどね!」
なんて、適当なことを言うけど、私はチルノが大好きだ。
ずっと湖の世界で一緒にいた。
でも今日からは、新しい世界が広がっていくんだ。
阿求と一緒に。チルノとも一緒に。
大好きな友達は、私に新しい世界をくれる。
これからも大事にしよう。
朝日に輝く湖から、また楽しくて大切な、私と友達の一日が始まった。
でも内容は良かったです。