「ごめんなさい、ちょっといいですか?」
そう声をかけられたのは、大学の講義が終わって、校内の喫茶店で蓮子と待ち合わせをしているときのことだった。
おとなしめな印象の、眼鏡をかけた長髪の女性だった。歳は、多分私と同じくらい。私は愛想笑いを向けながら、「はい、どうしました?」と返す。
すると、彼女はどこかホッとしたような表情を浮かべ、
「ええっと、あなた、この大学の学生さんですよね?」
「ええ、そうですけど」
「よかった、実はちょっとお尋ねしたいことがありまして」
なんだろう。新入生……には見えないけど。他大学から図書館でも覗きに来たのかしら。
そんなことを考えていると、何やら彼女はごそごそと鞄を漁りだし、やがて一枚の小綺麗な写真を取り出した。
「この写真の女の子のこと、知りませんか?」
差し出された写真に写っていたのは、学校をバックにして微笑む二人の少女の姿。その内の一人は目の前の彼女だろう。そしてもう一人は、
「結構変人というか、ちょっと普通と違う感じの子で……あの、名前は宇佐見蓮子って言うんですけど」
たった二人の秘封倶楽部の一員にして、かけがえのない私の相棒、宇佐見蓮子その人だった。その容姿は今より若干幼めで、ブレザー姿なのが余計にそれを強調させていた。
なるほど、合点がいった。写真を鑑みるに、この人はきっと蓮子の昔の――中学か高校時代の知り合い、というか友人なのだろう。
「ああ、蓮子ならそのうちここに来ると思いますよ」
「えっ、本当ですか?」
「三時にこの喫茶店でって約束してるんです。……まぁ」
ちらりと時計に目を遣る。現在時刻は十四時五十五分。
「どうせ遅刻してくるんでしょうけどね」
はぁ、とため息をついて蓮子の遅刻癖を嘆いてみれば、その女性はしばし目をぱちくりさせて、それからプッと吹き出した。
「あっ、ごめんなさい。……蓮子ったら、まったく変わってないんだなぁ」
「ひょっとして、あなたも遅刻魔の被害者なの?」
「ええ、何度切ない気分にさせられたかわからないくらい」
そう言う彼女の瞳は、どこか遠くを見ているようだった。
私は立ち話もなんだから、と彼女に椅子をすすめる。現在時刻は十五時ジャスト。蓮子が来るまでまだ余裕があるだろうし、それに……
「ありがとう、えっと……」
「マエリベリー・ハーン。蓮子にはメリーって呼ばれてるわ」
「うん、ハーンさんね。私は春日野知世。蓮子とは中学高校と一緒だったのよ」
「じゃあ、東京の人なのかしら?」
「そうそう、東京の××大学で古典民俗学を専攻してるの。京都で学会の発表があって、ここに来たのはそのついででね」
軽く自己紹介を終え、彼女――春日野知世は、ミルクココアを一つ注文した。
「ハーンさんは蓮子のお友達……よね?」
「まぁ、その認識で問題ないわ」
秘封倶楽部のことを話そうか、一瞬そう思ったけれど、直後にその考えを否定する。何だかんだ言って、私たちのしていること――結界暴きは非合法行為。あんまり軽々しく人に話していいものでもない。
「そっかぁ……ねぇ、大丈夫? 蓮子に振り回されてない? あの子、自分の興味のためなら平気で無茶をするような子だし、ちょっと心配なのよ」
口振りから察するに、知世は蓮子とそれなりに仲が良かったのだろう。ほんのちょっぴり、妬いてしまう。ほんのちょっぴりだけど。
「ご明察。蓮子は今でも蓮子よ」
「……良かった。こっちでもちゃんと楽しく過ごせてるのね」
そこで、会話が途切れた。温くなった紅茶を口に運び、時計を見る。現在時刻は十五時七分。蓮子はまだ来ない。
「そうだ、ハーンさん。蓮子とは普段何を?」
ふと、そんな問いが投げ掛けられた。
うーん、何て答えよう。蓮子のことをよく知ってるみたいだし、やっぱり秘封倶楽部のことを話してみようかしら。もちろん、結界暴きについて触れない範囲で。でも、どう伝えたらいいのか――
そんなことをぐるぐると頭の中で巡らしていた時のことだった。
「やっぱり、日本中の不思議を探して回っているのかな」
「えっ、なんて?」
思わず、そう聞き返してしまった。
すると知世は懐かしげに目を細め、
「……私と蓮子はね、ちょっとしたオカルト研究会をやっていたの」
「オカルト、研究会」
「そう、名前もそのままオカ研。休日の度にね、蓮子が嗅ぎ付けた不思議スポットに出掛けては、何か起こらないか二人でワクワクしていたものよ」
知世は蓮子との思い出を語る。とある廃村の廃神社で、神隠しの噂の調査をした話。神話の舞台を訪ねて、三日で本州を北へ南へ往復した話。別世界にあると噂の源流を探しに、どこまでも川を遡った話。今も天狗が住んでいるという噂の山で遭難して、蓮子の目のおかげでどうにか助かった話……語る知世の言葉の端々から、その活動が彼女にとって本当に楽しいものだったことが伺えた。
けれども、私には嫌でもわかってしまった。時折混じる、淡い青色の感情。それに気づかないふりをして、私は話を続ける。
「私と会う前から、蓮子はそんなことをやっていたのね。蓮子らしいと言えば蓮子らしいけれど……」
「あ、てことはやっぱり今でも?」
「まぁね」
「そっか。……まぁ、そうよね」
知世は一旦言葉を切り、ミルクココアを一口。
「卒業式のとき、言ってたしなぁ……大学に入っても、絶対に止めないって。日本中の不思議を集めてやるんだって」
「…………」
「私がいなくても、ちゃんとやっていけてるのね」
返す言葉が見つからなくて、私は曖昧に微笑んだ。
それからしばらく無言の時間が続いて、やがて時計の針が十六時を回ったころ、知世はゆっくりと席を立った。蓮子はまだ来なかった。
「それじゃあ、私はこれで」
「蓮子のこと、待たなくていいの?」
「いいのいいの。もうあの遅刻魔には付き合ってられないわ」
そう言って、知世はからからと笑った。
「今日はいきなり押し掛けちゃってごめんなさいね、ハーンさん」
「ううん、面白いお話が聞けて楽しかったわ。またいつかお話ししましょう、春日野さん」
「ええ、また。機会があれば是非。今度はあなたたちの活動の記録を聞かせてちょうだいね」
別れの挨拶と会計を済ませ、春日野知世は店を去っていった。
去り際に見た、夕陽に照らされた彼女の髪。それはまるで綺麗な金色のように、私には見えた。
「いやー、お待たせ!」
「一時間二十九分の遅刻。最近の中では断トツね」
蓮子がやってきたのは、知世と別れてから更に三十分ほど経った頃だった。
「ごめんごめん、ちょっとゼミの教授に捕まっちゃっててさぁ。そう、不可抗力だったのよ。ね、許して?」
「……まぁ、蓮子の遅刻癖は今に始まった訳じゃないでしょうしね。今回は不問にしてあげるわ」
「え?」
蓮子はキツネにつままれたような、キョトンとした表情を浮かべる。
「……何よ、その顔」
「いやぁ、メリーにしては珍しいなぁって……いつもは問答無用で何かおごらされるのに」
「あら、蓮子がそう言うなら遠慮なくこの天然モノのフルーツケーキを……」
「あ、待って待って、私が悪かったから」
割と必死な様子の蓮子に、思わずくすりとしてしまう。
「冗談よ。でも……そうね、よく考えたら、やっぱり一時間以上の遅刻に何もなし、っていうのはちょっと良くないわねぇ」
「うー、だからごめんってぇ」
「罰として、今日の秘封倶楽部の打ち合わせは蓮子の家でしましょうか」
「私の家で? 別に構わないけど……でも、もうそろそろ五時よ。メリー、帰るの遅くなっちゃうんじゃない?」
「ご親切にどうも。でも大丈夫よ、今日は泊まっていくから」
「え」
「あら、嫌だった?」
「まさか、メリーならいつでも大歓迎よ。けど、いきなりどうしたの?」
「……別に、ちょっとそんな気分になっただけ」
喫茶店を出た私たちは、そのまま蓮子の下宿先へと向かう。陽はもうかなり傾いていて、並んで歩く私と蓮子の前に、長い影法師を作っていた。
「ねぇ、蓮子」
「何?」
「私といるのって、楽しい?」
黄昏時のどこか物憂げな雰囲気に誘われたのだろうか。気がつけば、そんなことを尋ねていた。
「もちろん。楽しくないわけがないじゃない」
「私と出会って良かったって、思ってくれてる?」
「訊くまでもないでしょ。当たり前よ」
「……それじゃあ」
訝しげな顔をする蓮子に、私は最後の質問をぶつける。それはきっと、二人にとってとても意地悪な問いかけ。
「今と昔、どっちの方が楽しかった?」
「……メリー。今日のあなた、何か変よ?」
「あなたほど変人じゃないわ。それで、どうなの?」
蓮子は私の質問の意図を図りかねているようだった。あごに手を当ててしばらく考えた後、
「そりゃあね、今までも結構色々やってきたけど……でも、過去は過去。今は今よ。今の私には、メリーと過ごすこの時間が一番楽しいし、好きかなー、なんて」
「蓮子、ちょっと顔赤いわよ」
「っ、メリーが変なこと訊くからでしょ! もう!」
蓮子は早足になって私の先を行く。置いていかれないように、私も後ろについていく。
「そうだ、晩ご飯の献立考えないと。メリーは何がいい?」
「私は何でもいいわ。蓮子と一緒なら何だって美味しいもの」
「じゃあ缶詰に白米で」
「それはちょっと」
蓮子の答えは、確かに今の私を満足させるものだった。けれど同時に、一抹の寂しさを覚えたこともまた確かで。
知世は蓮子とのオカルト研究会の活動を、本当に楽しそうに語っていた。きっとそれは、蓮子だって同じだったに違いない。けれど、蓮子にとって過去は過去で、今は今なのだ。
今、蓮子は私との秘封倶楽部の活動を一番楽しいと思ってくれている。けど、それも私たちが大学生でいる間だけ。卒業したら、きっと進む道は違う道。蓮子が将来、何か本気で打ち込めること――それは仕事かもしれないし、相変わらずの不思議探求かもしれない――に出会ったとき、私は蓮子の一番でいることは出来るのだろうか。
「メリー、帰る前にスーパーで食材を揃えていこうと思うんだけど」
「いいんじゃない? で、結局メニューは何になったのかしら?」
「蓮子さん特製、香草入り合成肉シチュー」
「合成肉は兎風味かしら」
「感謝してよ。私が手料理を披露するのなんて、メリーくらいなものなんだから」
――まぁ、先のことを憂い過ぎてもしょうがない。未来のことは未来の私が考えるのだ。蓮子じゃないけど、今は今。せっかく蓮子と一緒にいられる時間なのに、辛気臭いことを考えて過ごすのは勿体無い。
だから、
「ねぇ、蓮子」
今は少しでも長く、あなたのそばで夢を見させてね。
そう声をかけられたのは、大学の講義が終わって、校内の喫茶店で蓮子と待ち合わせをしているときのことだった。
おとなしめな印象の、眼鏡をかけた長髪の女性だった。歳は、多分私と同じくらい。私は愛想笑いを向けながら、「はい、どうしました?」と返す。
すると、彼女はどこかホッとしたような表情を浮かべ、
「ええっと、あなた、この大学の学生さんですよね?」
「ええ、そうですけど」
「よかった、実はちょっとお尋ねしたいことがありまして」
なんだろう。新入生……には見えないけど。他大学から図書館でも覗きに来たのかしら。
そんなことを考えていると、何やら彼女はごそごそと鞄を漁りだし、やがて一枚の小綺麗な写真を取り出した。
「この写真の女の子のこと、知りませんか?」
差し出された写真に写っていたのは、学校をバックにして微笑む二人の少女の姿。その内の一人は目の前の彼女だろう。そしてもう一人は、
「結構変人というか、ちょっと普通と違う感じの子で……あの、名前は宇佐見蓮子って言うんですけど」
たった二人の秘封倶楽部の一員にして、かけがえのない私の相棒、宇佐見蓮子その人だった。その容姿は今より若干幼めで、ブレザー姿なのが余計にそれを強調させていた。
なるほど、合点がいった。写真を鑑みるに、この人はきっと蓮子の昔の――中学か高校時代の知り合い、というか友人なのだろう。
「ああ、蓮子ならそのうちここに来ると思いますよ」
「えっ、本当ですか?」
「三時にこの喫茶店でって約束してるんです。……まぁ」
ちらりと時計に目を遣る。現在時刻は十四時五十五分。
「どうせ遅刻してくるんでしょうけどね」
はぁ、とため息をついて蓮子の遅刻癖を嘆いてみれば、その女性はしばし目をぱちくりさせて、それからプッと吹き出した。
「あっ、ごめんなさい。……蓮子ったら、まったく変わってないんだなぁ」
「ひょっとして、あなたも遅刻魔の被害者なの?」
「ええ、何度切ない気分にさせられたかわからないくらい」
そう言う彼女の瞳は、どこか遠くを見ているようだった。
私は立ち話もなんだから、と彼女に椅子をすすめる。現在時刻は十五時ジャスト。蓮子が来るまでまだ余裕があるだろうし、それに……
「ありがとう、えっと……」
「マエリベリー・ハーン。蓮子にはメリーって呼ばれてるわ」
「うん、ハーンさんね。私は春日野知世。蓮子とは中学高校と一緒だったのよ」
「じゃあ、東京の人なのかしら?」
「そうそう、東京の××大学で古典民俗学を専攻してるの。京都で学会の発表があって、ここに来たのはそのついででね」
軽く自己紹介を終え、彼女――春日野知世は、ミルクココアを一つ注文した。
「ハーンさんは蓮子のお友達……よね?」
「まぁ、その認識で問題ないわ」
秘封倶楽部のことを話そうか、一瞬そう思ったけれど、直後にその考えを否定する。何だかんだ言って、私たちのしていること――結界暴きは非合法行為。あんまり軽々しく人に話していいものでもない。
「そっかぁ……ねぇ、大丈夫? 蓮子に振り回されてない? あの子、自分の興味のためなら平気で無茶をするような子だし、ちょっと心配なのよ」
口振りから察するに、知世は蓮子とそれなりに仲が良かったのだろう。ほんのちょっぴり、妬いてしまう。ほんのちょっぴりだけど。
「ご明察。蓮子は今でも蓮子よ」
「……良かった。こっちでもちゃんと楽しく過ごせてるのね」
そこで、会話が途切れた。温くなった紅茶を口に運び、時計を見る。現在時刻は十五時七分。蓮子はまだ来ない。
「そうだ、ハーンさん。蓮子とは普段何を?」
ふと、そんな問いが投げ掛けられた。
うーん、何て答えよう。蓮子のことをよく知ってるみたいだし、やっぱり秘封倶楽部のことを話してみようかしら。もちろん、結界暴きについて触れない範囲で。でも、どう伝えたらいいのか――
そんなことをぐるぐると頭の中で巡らしていた時のことだった。
「やっぱり、日本中の不思議を探して回っているのかな」
「えっ、なんて?」
思わず、そう聞き返してしまった。
すると知世は懐かしげに目を細め、
「……私と蓮子はね、ちょっとしたオカルト研究会をやっていたの」
「オカルト、研究会」
「そう、名前もそのままオカ研。休日の度にね、蓮子が嗅ぎ付けた不思議スポットに出掛けては、何か起こらないか二人でワクワクしていたものよ」
知世は蓮子との思い出を語る。とある廃村の廃神社で、神隠しの噂の調査をした話。神話の舞台を訪ねて、三日で本州を北へ南へ往復した話。別世界にあると噂の源流を探しに、どこまでも川を遡った話。今も天狗が住んでいるという噂の山で遭難して、蓮子の目のおかげでどうにか助かった話……語る知世の言葉の端々から、その活動が彼女にとって本当に楽しいものだったことが伺えた。
けれども、私には嫌でもわかってしまった。時折混じる、淡い青色の感情。それに気づかないふりをして、私は話を続ける。
「私と会う前から、蓮子はそんなことをやっていたのね。蓮子らしいと言えば蓮子らしいけれど……」
「あ、てことはやっぱり今でも?」
「まぁね」
「そっか。……まぁ、そうよね」
知世は一旦言葉を切り、ミルクココアを一口。
「卒業式のとき、言ってたしなぁ……大学に入っても、絶対に止めないって。日本中の不思議を集めてやるんだって」
「…………」
「私がいなくても、ちゃんとやっていけてるのね」
返す言葉が見つからなくて、私は曖昧に微笑んだ。
それからしばらく無言の時間が続いて、やがて時計の針が十六時を回ったころ、知世はゆっくりと席を立った。蓮子はまだ来なかった。
「それじゃあ、私はこれで」
「蓮子のこと、待たなくていいの?」
「いいのいいの。もうあの遅刻魔には付き合ってられないわ」
そう言って、知世はからからと笑った。
「今日はいきなり押し掛けちゃってごめんなさいね、ハーンさん」
「ううん、面白いお話が聞けて楽しかったわ。またいつかお話ししましょう、春日野さん」
「ええ、また。機会があれば是非。今度はあなたたちの活動の記録を聞かせてちょうだいね」
別れの挨拶と会計を済ませ、春日野知世は店を去っていった。
去り際に見た、夕陽に照らされた彼女の髪。それはまるで綺麗な金色のように、私には見えた。
「いやー、お待たせ!」
「一時間二十九分の遅刻。最近の中では断トツね」
蓮子がやってきたのは、知世と別れてから更に三十分ほど経った頃だった。
「ごめんごめん、ちょっとゼミの教授に捕まっちゃっててさぁ。そう、不可抗力だったのよ。ね、許して?」
「……まぁ、蓮子の遅刻癖は今に始まった訳じゃないでしょうしね。今回は不問にしてあげるわ」
「え?」
蓮子はキツネにつままれたような、キョトンとした表情を浮かべる。
「……何よ、その顔」
「いやぁ、メリーにしては珍しいなぁって……いつもは問答無用で何かおごらされるのに」
「あら、蓮子がそう言うなら遠慮なくこの天然モノのフルーツケーキを……」
「あ、待って待って、私が悪かったから」
割と必死な様子の蓮子に、思わずくすりとしてしまう。
「冗談よ。でも……そうね、よく考えたら、やっぱり一時間以上の遅刻に何もなし、っていうのはちょっと良くないわねぇ」
「うー、だからごめんってぇ」
「罰として、今日の秘封倶楽部の打ち合わせは蓮子の家でしましょうか」
「私の家で? 別に構わないけど……でも、もうそろそろ五時よ。メリー、帰るの遅くなっちゃうんじゃない?」
「ご親切にどうも。でも大丈夫よ、今日は泊まっていくから」
「え」
「あら、嫌だった?」
「まさか、メリーならいつでも大歓迎よ。けど、いきなりどうしたの?」
「……別に、ちょっとそんな気分になっただけ」
喫茶店を出た私たちは、そのまま蓮子の下宿先へと向かう。陽はもうかなり傾いていて、並んで歩く私と蓮子の前に、長い影法師を作っていた。
「ねぇ、蓮子」
「何?」
「私といるのって、楽しい?」
黄昏時のどこか物憂げな雰囲気に誘われたのだろうか。気がつけば、そんなことを尋ねていた。
「もちろん。楽しくないわけがないじゃない」
「私と出会って良かったって、思ってくれてる?」
「訊くまでもないでしょ。当たり前よ」
「……それじゃあ」
訝しげな顔をする蓮子に、私は最後の質問をぶつける。それはきっと、二人にとってとても意地悪な問いかけ。
「今と昔、どっちの方が楽しかった?」
「……メリー。今日のあなた、何か変よ?」
「あなたほど変人じゃないわ。それで、どうなの?」
蓮子は私の質問の意図を図りかねているようだった。あごに手を当ててしばらく考えた後、
「そりゃあね、今までも結構色々やってきたけど……でも、過去は過去。今は今よ。今の私には、メリーと過ごすこの時間が一番楽しいし、好きかなー、なんて」
「蓮子、ちょっと顔赤いわよ」
「っ、メリーが変なこと訊くからでしょ! もう!」
蓮子は早足になって私の先を行く。置いていかれないように、私も後ろについていく。
「そうだ、晩ご飯の献立考えないと。メリーは何がいい?」
「私は何でもいいわ。蓮子と一緒なら何だって美味しいもの」
「じゃあ缶詰に白米で」
「それはちょっと」
蓮子の答えは、確かに今の私を満足させるものだった。けれど同時に、一抹の寂しさを覚えたこともまた確かで。
知世は蓮子とのオカルト研究会の活動を、本当に楽しそうに語っていた。きっとそれは、蓮子だって同じだったに違いない。けれど、蓮子にとって過去は過去で、今は今なのだ。
今、蓮子は私との秘封倶楽部の活動を一番楽しいと思ってくれている。けど、それも私たちが大学生でいる間だけ。卒業したら、きっと進む道は違う道。蓮子が将来、何か本気で打ち込めること――それは仕事かもしれないし、相変わらずの不思議探求かもしれない――に出会ったとき、私は蓮子の一番でいることは出来るのだろうか。
「メリー、帰る前にスーパーで食材を揃えていこうと思うんだけど」
「いいんじゃない? で、結局メニューは何になったのかしら?」
「蓮子さん特製、香草入り合成肉シチュー」
「合成肉は兎風味かしら」
「感謝してよ。私が手料理を披露するのなんて、メリーくらいなものなんだから」
――まぁ、先のことを憂い過ぎてもしょうがない。未来のことは未来の私が考えるのだ。蓮子じゃないけど、今は今。せっかく蓮子と一緒にいられる時間なのに、辛気臭いことを考えて過ごすのは勿体無い。
だから、
「ねぇ、蓮子」
今は少しでも長く、あなたのそばで夢を見させてね。
未来のメリーがどうなるかはわかりませんし、
もしかしたらオリキャラさんが「未来のわたし」になって蓮子の隣にまた別の誰かが立ってる可能性もあるわけですし
できれば二人には大学を卒業後も一緒にいてほしいと思います
最初は嫉妬かなと思いましたがそれは不安だったのですね
贅沢な女ですハーンさん